【閲覧注意SS】絶望

  • 1二次元好きの匿名さん23/04/24(月) 22:20:13

    「愛していますよ」

    そう言った彼女の瞳は、どこまでも透き通っていて──。

  • 2二次元好きの匿名さん23/04/24(月) 22:20:30

    トレセン学園。全国からエリートが集まり、様々なレースでわずか一握りの勝利を掴まんと、皆が努力を重ねている学園の、校舎裏のその一角で、私は影に埋もれながら泣いていた。

    理由は様々だった。レースでの成績不良や、それに伴うプレッシャー。他にも理由はあったが、ひとつひとつ挙げればキリが無いだろう。

    ─今の私が特別不幸かと言えば、そうではない。
    私のようになってしまう生徒は他にもいるし、耐えきれずに学園を去ってしまう、なんて話もザラに見かける。
    その点で言えば、こうして泣くことのできる私は、まだ恵まれている方だろう。

    しかし、レースでの勝利が何よりの生きがいだった私は、そんな事など考える余裕など無いほど、精神は衰弱していた。

  • 3二次元好きの匿名さん23/04/24(月) 22:20:45

    そうして、どれくらいの時間が経った頃だろうか。

    「どうしたんですか」

    突然の声に、ふと顔を上げる。
    泣きじゃっている私の目の前。
    いつのまにか、ひとりのウマ娘が立っていた。

    お世辞にも綺麗とはいえない校舎裏。逆光に照らされた透き通るような銀髪の、その瞳を見たとき、私はいわれもしない感覚を覚えた。

    「なにか、辛いんですか」

    彼女の口から出た、さざなみのような、小さな声は、周囲の雑音の間をすり抜けるように、固く閉ざされた私の中へ、するりと侵入していった。

    途端に、涙が溢れ出す。

    気づけば、私は彼女に縋るように、みっともなく抱きついていた。
    そんな私を彼女は、何も言わずに、優しく包み込んでくれた。

    それが、私と彼女のはじまりだった。

  • 4二次元好きの匿名さん23/04/24(月) 22:21:01

    ひとしきり泣き、ようやく落ち着いた私を寮まで送ってくれた彼女。名前も告げずに立ち去った彼女に、せめて礼を言おうと翌日、私は学園中を探し回った。

    教室、食堂、プール。生徒数が多い事もあり捜索は難航を極めたが、放課後のトレーニング場にてやっと、彼女との再開を果たせたのだった。

    「昨日は…昨日は、ありがとうございました」

    夕焼け空の中、情けない所を見られてしまった羞恥心を必死に覆い隠し、たどたどしく感謝の言葉を紡ぐ。

    まるで情けない私を見た彼女は、子供の話に耳を傾ける母親のように、くすっと微笑んだ。

    「そ、それでは!」

    そんな状況に緊張が限界を迎え、慌ただしく自分勝手に立ち去ろうとすると。

    「あの」

    「はいぃ!!」

    声をかえられ、立ち止まる。
    依然増幅する緊張から恐る恐る振り返ると、微笑んでいた彼女が近づいてきて。

    「よければ、お友達になりませんか?」

  • 5二次元好きの匿名さん23/04/24(月) 22:21:37

    それから数ヶ月。
    学園のカフェテリアにて、私と彼女は談笑を交わしていた。

    あの後判明した事だが、彼女は私より1つ下の学年─つまりは後輩だったようだ。
    それに反した、随分と大人びた雰囲気に気圧され、所謂「コミュ障」に分類されている私は、最初こそはぎこちなく言葉を交わしていた。

    しかし時間の流れというものは時に便利で、彼女と過ごす時間が増えるにつれだんだんと距離は縮まってゆき、今では1番親しい間柄となっていた。

    その中で、分かった事がいくつかある。
    ひとつは、彼女の両親は幼い頃に亡くなっているという事だった。
    理由は流石に聞くことができなかったが、彼女はそれを引きずっている様子は無く、むしろ、今まで支えてくれた人たちに少しでもレースで恩返ししなければならないと、まるで前を向いている様に見えた。

    ─まるで、と言ったのは、もうひとつの理由にある。
    彼女の「底」が見えないのだ。

    というのも、これは決して「彼女が何か隠している」とか、「裏で悪いことをしている」といった類のものではなく。
    かといって今の私には形容できない感覚。

    例えば、シンボリルドルフ会長。圧倒的強者としての風格と全ての生徒の上に立つ尊大さに皆が畏敬する。

    例えば、テイエムオペラオー。同じく強者として常に「覇王」を体現するその姿は、どこからが真実でどこからが虚構なのかがわからない。

    先の2人もまた、「底が見えない」と言えるだろう。

    しかし、彼女はそれらとはどこか違った。
    畏敬でも虚構でも無い、文化的、いや本能的に感じられるその感覚。

    しかしその足すら見えず、蜃気楼を掴むような考察は、なにより彼女の笑顔の前ではいつも解け、先ほどまでの思考は宙を舞ってしまう。

    彼女と過ごせればそれでいいじゃないか。そう思い、無意識に思考を外に放り出した。

  • 6二次元好きの匿名さん23/04/24(月) 22:22:19

    とあるレースを終えた後。
    ウイニングライブを終え、レース場から出ると、彼女が外で待っていてくれていた。

    上位とはいかないものの、今までに比べて少しだけレースが掴めてきたのもあり、私は浮ついて彼女に話しかける。
    そんな私を見て、彼女もどこか嬉しそうな、そんな笑顔を向けてくれた。

    とっぷりと暗くなった帰り道。
    大通りをすこし外れた、街頭がちらちらと光る薄暗い場所で、彼女が立ち止まる。

    「どうか、した?」

    突然の行動に少々驚きつつも、平常心を保ち、振り向いて問いかける。

    大通りから聞こえる車の音が嫌に響く、しばしの沈黙。その少し後。

    「わたしたち、付き合いませんか?」

    「…え?」

  • 7二次元好きの匿名さん23/04/24(月) 22:22:33

    彼女の口から出た予想外の言葉に、思わず固まってしまう。
    そんな私をよそに、人形のように整った表情を崩さず、彼女は続ける。

    「あまりに唐突でしたよね…すみません。でも私、先輩の事が好きになっちゃたんですよ。恋愛的な意味で。」

    そう綴る彼女を前にして、まるで蛇に睨まれた蛙の如く、立ち尽くしてしまう。
    それは、彼女が私に告白してきたからではない。
    彼女の中に眠る底が知れない奥底に、引き摺り込まれてしまいそうになったからだ。

    あえて考えないようにしていた、それはいわば彼女の本質。
    紛れもない彼女自身、その大きな一端が、他の誰でもない彼女から私へと向けられている。

    「だから…ね、先輩」

    動けない私へ、一歩、また一歩と、彼女が恐ろしく近づいてくる。

    「付き合いましょう?」

    まるで私を、見透かすように。

  • 8二次元好きの匿名さん23/04/24(月) 22:22:49

    翌日、曇天の中。
    ふらふらと、ひとり街を放浪していた。

    結局私は、彼女の告白を保留にした。
    「少し考えさせて欲しい」と、絞り出すように声を出して。

    …自分自身、わからない事があった。
    なぜ私は、告白を断らないのか。

    いくら驚いて固まっていたとはいえ、あの場でも告白を断れたはずだ。
    その程度で壊れてしまう関係でもないだろうし、彼女も受け止められないほど子供ではないはずだ。
    何だったらこんな無為な放浪をしている間にも嫌なら断ってしまえばいいのだ。

    なのに、何故。

    何故私は、彼女を。


    下を向き、自分の内側で考え込みながら道を歩き続ける。

    赤色に変わる信号も目に入らずに。


    けたたましく鳴るクラクションと、急ブレーキの音。

    それに気がついた時には最早、全てが手遅れだった。

  • 9二次元好きの匿名さん23/04/24(月) 22:23:44

    「お邪魔します、先輩…」

    彼女の声と共に、どこまでも真っ白い病室の扉が開かれる。

    窓の外からゆらり、視線を移すと、小ぶりな花束を持った彼女がこちらを見つめていた。

    「…きてくれて、ありがとう」

    精一杯笑顔をつくろうとするが、気持ちの重力に引かれ、どうしても上手くいかない。

    そんな私を励まそうとしてくれているのか、彼女が優しい笑顔で語りかける。

    「先輩…具合は、どうですか」

    「体調は、落ち着いたかな。多分」

    「そうですか…それなら、良かったです。」

    「良かった、か…」

    ぐらりと、力なく視線を脚に移す。

    厚い毛布にくるまれた身体の、本来右脚があるべき所にはしかし、不自然な欠損が生まれていた。

  • 10二次元好きの匿名さん23/04/24(月) 22:25:16

    「…すみません、先輩」

    視線を落とし、謝る彼女。

    「手、握ってもいいかな」

    「…はい」

    そっと差し伸べられた手を、力なく握る。

    「私ね。走るのがすきだったんだ」

    無意識のうちに、言葉が私の中から漏れ出す。

    「昔から1番になるのがすきで、まけたら悔しくて、でもいっぱい練習してね。憧れだったトレセンにも、入学できて」

    ふつふつと、感情が溢れて来る。

    「でも、トレセンでいちばんを取るのは、思ったよりも大変で。挫けそうにもなったけど、それでもあなたと出会えて、またがんばれて」

    震える手を、静かに握りしめて。

    「このまえのレースでいい成績だったとき、やっぱり私ははしることが楽しいんだって思えて、でも、でも…」

    とっくに尽きたと思っていた涙が、私を嘲笑うかの様に溢れ出す。

    「私、こんなに、こんなになっちゃって、もう走るのは、無理だって先生からも、いわれて…」

  • 11二次元好きの匿名さん23/04/24(月) 22:25:30

    「先輩」

    そっと、両手で私の手を包み込む彼女。

    「わたし、どんな願いでも、先輩の力になりたいです」

    その言葉を皮切りに、取り繕っていた感情の抑えが効かなくなり、ベッドから身を乗り出して彼女に縋り付く。
    私の全てを投げ出して。

    「私ね、はしれなくなっちゃった……私もう、生きてる意味なんかないんだもう、嫌なんだ!もう……もう…生きていたくない」

    どんな希望もまるで敵わないほど力強く、取り返しのつかない恐ろしい抱擁を交わす。

    「このまえはごめんね、好き、好きだよ、あなたの事が。私も好きだよ。出逢ったあのときからずっとずっと!!私も……すきだよ、だから、だからぁ……」

    ああ、私は今から、人としての、人としての一線を超える。

    「いっしょに、死のうよ…」

  • 12二次元好きの匿名さん23/04/24(月) 22:26:26

    夜の海。

    途方もない静寂の中、ふたりの影が水面に写っている。

    ゴールへと進むような力強さで、一歩、また一歩と海へ沈みゆくふたり。

    「先輩」

    「…なぁに」

    水の冷たさに痺れ始めた思考に、彼女の声だけが空っぽの私の中に響く。

    「わたし、先輩と一緒に終われて、嬉しいです」

    一歩一歩、彼女に支えられながら前へ進んでゆく。

    「私も、嬉しい」

  • 13二次元好きの匿名さん23/04/24(月) 22:26:36

    「先輩」

    真っ直ぐにこちらを向く彼女。

    「愛していますよ。」

    そう言った彼女の瞳は、どこまでも透き通っていて、どこまでも淀んでいた。

    「私も、あいしてる」

    ──きっと私も今、同じ目をしているのだろう。

    私が最後に感じたのは絶望の心地よさだった。


    永遠に揺らめく海面。

    そこにはもう、誰の影も無かった。

  • 14二次元好きの匿名さん23/04/24(月) 22:27:13

    終わりです。

  • 15二次元好きの匿名さん23/04/24(月) 22:27:25

    ひょっとしてあの動画見た?

  • 16二次元好きの匿名さん23/04/24(月) 22:28:02
  • 17二次元好きの匿名さん23/04/24(月) 22:32:47

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