- 1二次元好きの匿名さん23/04/25(火) 23:45:52
「……トレーナー、耳の中の“デブリ”が“蓄積”をしているよ」
そっと、耳元で囁かれる言葉。
担当ウマ娘のネオユニヴァースは俺の耳を覗き込むようにしていた。
……さっきまでトレーナー室には自分しかいなかったはずなのだが。
とはいえ珍しいことでもない、俺は少し距離を開けてから彼女に向き直る。
何かと聞き覚えのない単語は混じっているものの、言いたいことは理解できた。
「耳の中が綺麗じゃないってことかな」
「アファーマティブ、ネオユニヴァースは“ASAP”な“撤去”を『勧める』」
「まあこれくらいなら生活に支障はないから……心配してくれてありがとう」
「…………『めっちゃムカつく』」
ユニヴァースは珍しく眉を吊り上げると、ペシペシと俺の頭を軽く叩いた。
痛みは殆どないが、どうやら怒らせてしまったらしい。
確かに耳掃除なんて前やったのが、何時かわからないくらいしていないが
困惑する俺の表情を見て、彼女は小さくため息をついた。
「ネガティブ、“DEDU”をネオユニヴァースは“観測”している」
「……観測?」
「ノックもしたのに、トレーナーは『知らんぷり』だったよ」
「えっ」
「“ENGY”、それともネオユニヴァースは“ニュートリノ”かな?」
非難めいた、というよりも心配する様子でこちらを見つめるユニヴァース。
どうやら、彼女が入室する際の音が全く聞こえていなかったようだ。
……そりゃあ彼女も心配するだろうな。 - 2二次元好きの匿名さん23/04/25(火) 23:46:21
「心配をかけてごめんね、今度時間のある時にやるからさ」
「……ネオユニヴァースは『怒る』をしているよ」
「ああ、これは俺の不手際」
「ネガティブ、トレーナーはもっと自分を『労わる』べき、だから」
そう言って、ユニヴァースは俺の耳を軽く摘まんだ。
俺が聞き逃さないように、俺にしっかりと声を届けるように。
どこか遠くから聞こえるような声色で、彼女ははっきりと告げた。
「トレーナーの耳の“清掃”をネオユニヴァースが“EXTN”……『してあげる』」
ユニヴァースにしてはわかりやすい言葉なのに、一瞬理解が追い付かなかった。
そして彼女はこちらの反応を待つことなく、テキパキと準備を整えていく。
どこから取り出したのかおしぼりや耳かき。ティッシュなど。
それをしばらく眺めていて――――ようやく反応が追い付いた。
「まっ、待ってくれ、流石にそれを君にはさせられない」
「……何故? ネオユニヴァースはちゃんと『耳掃除』の“学習”をした」
「そうじゃなくて、ほら、一応学生と教員という関係でもあって、見られたりしたら」
「“QUEN”、見られるのが“問題”?」
「そうだけど、それだけじゃないというか」
「なら“不透視帯”に行けば良い……トレーナー、目を閉じて」
言いたいことはあるはずなのに、条件反射なのか、俺は言われるままに目を閉じてしまう。
直後に触れるひんやりとした冷たい感触、多分、彼女の手の感触だろう。
ああ、この流れは良く知っている。クリスマスや、あの春の日に経験したもの。
「さあ、着いたよ。トレーナー」
ユニヴァースの手が外される。目を開けると、そこには地平の彼方まで広がる草原があった。 - 3二次元好きの匿名さん23/04/25(火) 23:46:40
「ここなら『私』と『あなた』の二人だけ」
そう言って、ユニヴァースは微笑んだ。
暖かな日差し、広がる草の匂い、涼やかな風。
人の気配はなく、聞こえる音は風音とそれが織り出す葉のせせらぎのみ。
確かにここならば人に見られる心配はないし、とても安らげるのだけども。
「“ETD”まで3600秒ほど、『ゆっくり』をできるよ?」
ユニヴァースは緑のカーペットの上に正座するように腰を落とした。
そして、彼女は自身の太腿を叩きながら、手招きをする。
もはやアブダクションと大差ないなと思いつつ、ため息一つ。
単独で帰還も難しいし、ここは彼女に従って、満足してもらうことにしよう。
……そんな言い訳を自分にしながら、俺はゆっくりと彼女の太腿に頭を乗せた。
むに、という柔らかい感触。
細身ながらもハリがあって、少しだけ冷たいのが逆に心地良い。
周囲の環境も相まって落ち着けそうなのだが、どうしても身体は固まってしまう。
「ユニヴァースの『膝枕』で“RELX”……難しい?」
不安そうに俺の顔を上から見つめるユニヴァース。
膝枕をレビューできるほど経験はないが、決して悪い心地はしない。
けれど、歳は離れているとはいえ異性の膝の上というのは、やはり緊張する。
彼女は俺の耳を軽くなぞると、口元を近づけて、小さな声で告げた。
「これから“開始”するから、少しずつ“適応”して欲しいな」
そのくすぐるような響きの声に背筋を震わせながら、努力すると答える。
俺の言葉にユニヴァースは満足そうに頷くと、おしぼりを取り出して、広げた。
彼女はそれを軽く俺の耳へと触れされる。 - 4二次元好きの匿名さん23/04/25(火) 23:47:04
触れた個所からは熱すぎず、温すぎず、心地良い熱が伝わってくる。
――――いや、待てどうなってるんだコレ。どこから温かいおしぼりが?
「“次元連結”のちょっとした“応用”、温度は“JYVE”?」
……うん、この理解は諦めよう。
温度は丁度良いよ、と伝えるとユニヴァースはおしぼりで耳全体を包む。
そしてそのまま、軽めの力で耳の裏側や耳たぶ、耳の縁などを、拭い始めた。
じんわりと耳全体に熱が広がっていくのを感じて、思わず息をついてしまう。
「……『気持ち良い』の“IVO”? うん、それならユニヴァースも……『嬉しい』」
そのまま、ユニヴァースは耳の各所を指圧するように力を込めていった。
ほっそりとした彼女の指が、絶妙な力具合で耳の各所を刺激していく。
気持ち良いような、少しだけ痛いような。
おしぼりの熱も相まって、徐々に耳自体が温かくなっていくのを実感する。
そして、おしぼりが冷めた頃合いに、耳は解放された。
外からの空気がとても冷たく感じられて、それもまた心地良い。
「耳の“赤方偏移”を“観測”……うん、そろそろ“掘削”を始めるよ」
その言葉を合図に、耳の中へ固い棒状の物が侵入した。
いわゆる一般的な竹で作られた耳かきの感触だろうか、一瞬身体が強張る。
がり、がり、とノイズと共に耳の中が擦られる音。
想像以上に溜まっていたのが、ユニヴァースの言う通り、削られているという感覚が強い。
だがそこに痛みはなく、こそばゆい感触と音色が、身体の緊張を解していく。
「まるで“デブリ・クラウド”、“ADR”はやっぱり必要だったね」
ユニヴァースは少し呆れたような声色でそう言った。 - 5二次元好きの匿名さん23/04/25(火) 23:47:27
がりがり、ざりざり、かりかり、さりさり。
彼女の耳掃除は静かに、そして着実に進んでいく。
時が流れるに連れて、耳が少しずつ軽くなって、聞こえが良くなっていく。
流れる風の音はより清涼に、そよぐ草の響きはより爽籟に。
そして手慣れて来たのか、彼女の方にも変化が現れる。
「…………かり、かり…………さり、さり」
何故か、口で効果音を呟き始めた。
最初は空耳かと思ったが、通るようになった耳では誤魔化しも出来ない。
流すべきかとも考えたが、どうしても気になって、疑問を口にした。
「“音響効果”でより『あんし~ん』できると教わった……“中止”をする?」
どこで教わってるんだこの子、不安しかない。
疑問は浮かぶものの、それ以上にユニヴァースの声から残念そうな響きを感じた。
……まあ不愉快というわけじゃない、俺はそのままお願い、と伝える。
「スフィーラ、そのまま“継続”していく……かりかり……こりこり……」
耳を擦る音と、彼女の口から流れるオノマトペ。
二つの音色は少しずつシンクロしていき、耳かきの感覚と混ざり合っていく。
ああ、確かに安心できる。
微かに残っていた自分の身体のこわばりすらも、完全に氷解していくのがわかった。
頭の中はふわふわと浮ついていき、瞼の重みが増していく。
「“SLEP”? ……もうちょっとだけ『我慢』してね」
そう言って、ユニヴァースは手のひらを俺の目元に当てる。
ひんやりとした感触が意識を少しだけ浮かび上がらせてくれた。 - 6二次元好きの匿名さん23/04/25(火) 23:47:52
「うん、こちら側は“ミッションコンプリート”。『梵天』を使っていくよ」
しばらく経ってユニヴァースの口からそんな言葉が聞こえた。
それが名残惜しいなと感じてしまうほど、いつの間にか堪能してしまっている。
少しばかりの自己嫌悪に浸っていると、耳にふわふわとした何かが入ってきた。
「ふわふわ……ぐるぐる……耳かきの“必須”と聞いたけど“シナジー”は不明」
見えないけれど、多分首を傾げているんだろうなというのは分かる。
確かにこれで耳垢が取れるとも思えないし、割と謎ではある。
とはいえ、この気持ち良いというか、くすぐったいというか、絶妙な感覚。
ユニヴァース特有な声色と合わさって、どうにも癖になってしまいそうだ。
「ふふっ、トレーナーは『梵天』が“DIGG”? “新発見”だね」
楽しそうに告げる声に、恥ずかしくなって口を噤む。
しかし、それを同意と受け取ったのか、彼女は梵天による清掃を継続した。
「ぐるぐる……すりすり……ふわふわ……ずりずり……」
マッサージするように優しく、時にくすぐるように浅く、たまには深く。
巧妙な力具合で、俺の耳と身体と精神は更に解されていってしまう。
浮上したはず意識は、逆に無重力下にいるかのように空を越えて浮かび上がってしまいそう。
意識の糸がぷつんと途切れる、それを感じた直後。
「………ふぅー」
耳の中に流れ込む温かい吐息。
背筋に冷たいものが走り、身体がびくりと反応し、意識が一気に覚醒する。
思わず発生源に顔を向けると、息のかかるそうな距離にユニヴァースの顔があった。 - 7二次元好きの匿名さん23/04/25(火) 23:48:15
「ハロートレーナー、反対も“撤去”するから『ごろーん』としてね、『ごろーん』」
……なんかオノマトペに引っ張られて言葉のセンスが幼稚になってる気が。
彼女の言葉に従うように、身体の向きを反転させる。
そのまま彼女のお腹に向き合う形になるものの、あまり気にしないことにした。
「ごしごし……ぐにぐに……『痛い』はないかな? うん、スファーラ、だね」
また、温かいおしぼりで耳を拭いながら、マッサージ。
その恩恵を受けながら、ふと浮かび上がった疑問を、俺は口にした。
――――どうして、急に耳掃除なんだ?
その言葉に、ユニヴァースは冷めたおしぼりを離して、一瞬だけ制止する。
やがて、ぎゅっとちょっと強めに俺の耳を摘まんで、引っ張った。
これからの言葉を、絶対に聞き逃させない、絶対に伝えるという強い意志を感じる。
「別宇宙の『ぼく』は『あなた』に言葉を伝えられなかった」
悲しみを含んだ声色から発せられる、『ぼく』。
『俺』と共に居ることいることの出来なかった宇宙のネオユニヴァース。
“愛”によって、今の俺と今の彼女の窓を繋がったけれど、それでもその宇宙はあった。
その宇宙を、彼女は観測している。
「言葉が通じなくとも心は通じていたけれど、それでも」
――――もっと、いっぱい、伝えたかった。感謝を、謝罪を、愛を。
想いのこもった声で、彼女はそう付け足す。
それはユニヴァースの中にある後悔。
決して忘れられない記憶なのだろう。 - 8二次元好きの匿名さん23/04/25(火) 23:48:33
「『ぼく』は出来なかった、けれど『私』は出来る、だから」
俺の耳を摘まむ手に力がこもる。
ここが一番大事なんだという想いが、伝わってくるようだった。
「ちゃんとこの耳で聞いてて欲しい……そうすれば『私』は『無敵』だから」
そうだ、言葉が伝わる彼女に、弱点はない。
だからこそ、俺はそれを聞くための努力を、惜しむべきではなかった。
――――ネオ、ごめん、今後は気をつける。
心からの反省の想いを込めて、俺は彼女に告げる。
しかし、彼女から帰ってきた反応は思いがけないものだった。
「ネガティブ、ネオユニヴァースはその“必要性”を“否定”するよ」
あれ? ここは同意してもらって、俺が自分を戒める流れではないのか?
言葉を失っていると、ユニヴァースは指で俺の耳をいじり始める。
耳の縁をなぞり、耳たぶを擦り、耳の中をくすぐるように触れ、耳を引っ張り畳んだり。
冷たい指先で弄ばれて、ぞくぞくと背筋が走っていく。
「トレーナーの耳はネオユニヴァースが“管理”するから“WORR”はいらない」
ユニヴァースはそっと口を俺の耳に近づける。
彼女の唇がそのまま触れるかのような距離で、小さく囁いた。
「『あなた』の耳は『私』がちゃんと『愛でる』から……ね?」 - 9二次元好きの匿名さん23/04/25(火) 23:49:00
お わ り
ネタが被る前に書けて良かった - 10二次元好きの匿名さん23/04/25(火) 23:50:44
- 11123/04/26(水) 00:12:06
そう言っていただけると幸いです
- 12二次元好きの匿名さん23/04/26(水) 00:18:39
100点どころか12000点のものをお出しされた気分だ
- 13二次元好きの匿名さん23/04/26(水) 00:29:26
別世界のネオユニヴァースが伝えれなかった後悔や謝罪や感謝を娘の姿を得られたネオユニヴァースが代わりに伝えるってのでちょっと泣いちゃったじゃないか…
- 14二次元好きの匿名さん23/04/26(水) 00:58:44
- 15二次元好きの匿名さん23/04/26(水) 01:07:27
風使いといい、稀によく野生のライターが出没するよな
- 16二次元好きの匿名さん23/04/26(水) 01:17:12
エミュ精度の高さに注目してしまうが実は耳かきSSとしてもすごく高レベル
- 17二次元好きの匿名さん23/04/26(水) 01:53:41
寝る前に良いもの読めたよ
ありがとう…… - 18123/04/26(水) 06:57:32
- 19二次元好きの匿名さん23/04/26(水) 09:06:40
稀にこういう天才が出現するからウマカテはやめられねぇや
- 20二次元好きの匿名さん23/04/26(水) 09:27:41
このSS自体の質の高さやエミュ精度…お主いつぞやの風使いだな?
- 21二次元好きの匿名さん23/04/26(水) 15:27:33
いいじゃん・・・いいじゃん・・・!
- 22123/04/26(水) 19:05:09