新入生の入学式を見に行ったら妹(ウマ娘)がいた EP.5

  • 1◆iNxpvPUoAM23/04/26(水) 00:40:21

    1スレ目

    新入生の入学式を見に行ったら妹(ウマ娘)がいた|あにまん掲示板「お前なんでこんなとこいんだよ」「またまた〜、今日って入学式っすよ? トレセン学園の一年生の」「ああ、そうだな」「でしょ? だからほらほら、お祝いの言葉のひとつやふたつと言わず、たくさんくれてもいいん…bbs.animanch.com

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    ※スレ画は兄の前担当ウマ娘です

  • 2二次元好きの匿名さん23/04/26(水) 00:43:07

    立て乙

  • 3二次元好きの匿名さん23/04/26(水) 00:43:28

    たてお

  • 4◆iNxpvPUoAM23/04/26(水) 00:44:23

    「ぉ〜、っとと……」
    「こぼすなよ」
    「わ、分かってますよ……っと。次、にぃに入れたげる」
    「お、さんきゅ……おし」
    「そこは、おっとっと、でしょ」
    「おっちゃん臭いだろそれ」
    「あたしは言いましたけど」
    「言ってみたかったんだろ」
    「へへ、バレたか」
    「んじゃまあ、新年ってことで」
    「ウェーイ! かんぱ〜い」
    「乾杯!」
    「ん、んっ、っん……」
    「……、はぁ……どうだ?」
    「なんか甘ったるいような……でも舌がピリピリしてて、まずい」
    「ははは、だろうな。御神酒って言うだけあってつまり日本酒だからな」
    「未成年に飲ませるとかこいつ」
    「だから1杯だけだよ。元旦のお祝いくらい、いいだろ」
    「ま、あたしもちょっと飲んでみたくてテンション上がってましたけどね。くぴくぴ」
    「無理すんなよ? 飲んでやるから」
    「いやだね! こいつはあたしのもんだ、誰にも譲る気はないよ!」
    「悪の女幹部みたいなセリフだな……酔ってんのか?」
    「酔うわけないですよこれくらいで。おちょこ1杯ですよ? 余裕ですよ」
    「ならいいけどな」
    「でも、まさかうちにおちょことか置いてるなんてね」
    「かなり前に、同僚のトレーナーたちが飲みにきた時に買ったんだ」
    「ふーん……最近は来てるの見たことないね」
    「お前がいるからな」

  • 5◆iNxpvPUoAM23/04/26(水) 00:45:01

    「いいじゃん別に」
    「嫌だろ、なんか……嫌だろ」
    「なんでだよぉ」
    「担当ウマ娘と暮らしてて、しかもそれが妹なんだぞ? やばいだろ」
    「やばいか?」
    「やばいよ」
    「気のせいでしょ。ほら飲んで飲んで」
    「ぉわ、ちょっ……とと……くぴ」
    「あたしがいなかったらさ」
    「ん〜?」
    「友達とか同僚のトレーナーとか、うちに呼んだりしてた?」
    「してた……かもな。女好きのバカなやつがいてさ、そいつはよく遊びにきてた」
    「女好きですか……もしかしてそれが理由でトレーナーに?」
    「って言ってたけどな。そんなモチベでトレーナーなれるほど簡単じゃねぇけど」
    「そんな理由でトレーナーしてたら逆にすごいけどね」
    「確か去年GⅠに勝ってたな……」
    「まさかの凄腕かよ」
    「すげぇやつなんだよ、すげぇ女好きだけど」
    「その補足が強すぎて、あたしなら嫌かな……」
    「話せば面白いやつだしな。ただお前のことも前担当のことも紹介しろとか言われたから蹴っといた」
    「お兄様ガードが効いてて良かったよ」
    「おう、お前を守るのは俺の仕事だ」
    「ぁ、ぅ、うん……ぁ、えと……さ、さーてと、おせち食べよ〜っと。まさか昨日の夜に前先輩がお手製のおせちを作って持ってきてくれるなんてね〜」
    「ずず……、だな」
    「一緒に年越したりお祝いしたりしよう〜って言ったけど、実家の集まりがあるって言ってたもんね。なんかすごい料亭行くーって」
    「あいつの実家めっちゃ金持ちだからな……多分お前が想像してるより倍くらいすごいぞ」
    「まじか……まあ社長令嬢ですもんねぇ」
    「その娘さんを担当させてもらってたのに……GⅠ勝利に導いてやれなかったんだよな、俺は」
    「え、なんだなんだ、どした急に」

  • 6◆iNxpvPUoAM23/04/26(水) 00:46:59

    「いや……申し訳なかったなぁ、って思ってさ……」
    「お、おい、にぃやん酔ってるのか、酔ってるんだな!?」
    「前担当は……間違いなくGⅠを取れる才能があったんだよ。強いウマ娘だったんだ」
    「お……おう」
    「なのに俺は……俺はダメなトレーナーだったよ……」
    「ぁ、ちょっにぃやんもう飲むのやめよ! ね! 前先輩のおせち食べて元気出そ、ほら! 手合わせて、いただきます、ほら!」
    「いただきます……」
    「……おいしいね? おいしいでしょ? ね?」
    「ん……うまい。めちゃうまい……やっぱり優しいやつだよな、前担当」
    「ぇ、ぁ、うん、そうだね。あたしも大好き」
    「ご家族もいいヒトたちばっかりでさ、俺のこと誰も責めないんだよ」
    「ちょ、お前もうほんとにそれやめろ! なんだ、お酒飲んだらネガティブになるタイプなのか!?」
    「ごめ、もう……大丈夫、吹っ切ってるから」
    「吹っ切ってたらあんな話しないでしょ……」
    「悪かった。お前に話すようなことでもないな、担当ウマ娘を不安にさせるだけだ」
    「いやにぃにと前先輩の成績は知ってますけどね、レースの動画とか見ましたからね」
    「……それもそうか」
    「それでもあたしはにぃにの担当ウマ娘でいたいって思ってるから、ここにいるわけで」
    「はは……見限るなら今のうちだぞ。クラシック始まったら受け入れてくれるとこなんて、滅多にないんだからな」
    「それこそ無理。あたし、にぃやん以外に師事する気ないから」
    「……そ、か」
    「だから元気出してよ! ほら、おばちゃんエビ剥いたげるら。貸してみ、ほら」
    「ぉ、おお……じゃあ、頼む」
    「よしきた!」
    「あ、おいミソ食うなよ」
    「剥いてやってるのにわがままだなこいつ……」
    「ミソ含めてエビだろ」
    「さっきまで泣いてたくせに」
    「うっせバーカ」
    「お前がバカだバーカ。お酒に飲まれるんじゃないよ立派な大人が。妹はもう兄の今後が心配で心配で仕方ないですよ」

  • 7◆iNxpvPUoAM23/04/26(水) 00:48:06

    「そいつはどうも。俺もお前が心配だよ」
    「兄が妹を心配するのは当たり前なんで」
    「……あっそ」
    「ほい、剥けたよ」
    「さんきゅ。うっま……」
    「手、ベトベトだ。ウェッティありますか、ウェッティ」
    「ないな」
    「ちぇ〜、洗ってくるー」
    「うぃ」

    「……伊達巻きもうまい。マジでこれ全部1人で作ったのかな……今度お金渡さないと」
    「戻りましたよーっと。……くぴ」
    「ぁ、お前また飲んだな」
    「にぃやんに渡すとまた泣くからあたしが飲みます」
    「おい未成年」
    「おちょこ1杯だけ、1杯だけだから、これで終わるから」
    「おっちゃんみたいな言い訳すんな。継ぎ足したらもう1杯とは言わねーよ。返せ」
    「ぁ、こら、あたしのだぞ!」
    「違います。お前のじゃありません。酒は大人の飲み物です」
    「いいじゃんか〜、こうでもしないとお兄ちゃんに近づけた気がしないんだから」
    「なんだそりゃ」
    「あたしはいつかお兄ちゃんの年齢を超えるウマ娘だぞ」
    「俺が早死にしたらそうなるな」
    「いや死ぬなよ。生きたまま超えさせろよ」
    「どうやって超えるんだよ、アホかよ」
    「それはほら、気合いと根性ですよ。あたし根性はある子って言われてるんで」
    「クク、意味わかんねぇ」
    「ほんと。意味わかんないね、あたし。酔っちゃってるかも」
    「だな、はははっ」
    「えへへ〜」

  • 8◆iNxpvPUoAM23/04/26(水) 00:48:52

    「こんな意味わからん会話も実家に帰ってたらできなかったし、まあ今日くらいは許しといてやるよ」
    「あたしもお兄ちゃんと年越できて嬉しいよん」
    「そうか?」
    「覚えてますか、入学式での会話。ここで再会するまで5年会ってなかったんですよ、あたしたち」
    「……そう、だったな」
    「その5年を埋めるのは色々と大変ですぜ、お兄さま。もっともっとあたしと毎日を過ごしてくださいよ」
    「一緒に住んでりゃ嫌でも埋まるわ」
    「末永〜くよろしくお願いしますね、お兄さま」
    「そのうち彼氏作って出てけ」
    「あたちは〜、おにいちゃんのことがだ〜いすきだから〜、かれしとかいらないの〜☆」
    「……」
    「おい鼻で笑うなよ鼻で」
    「お前ほんと損してるわ。その気になりゃ彼氏とかすぐだろ、昔も告白されたって言ってたろ」
    「あったねぇそんなこと……ま、全部蹴ったんですけど」
    「勿体ねぇ」
    「物心ついた頃から理想のヒトがいるもんでしてね。あたしとしてはあり得ないわけですよ、そのヒト以外の恋人なんて」
    「おとんとか?」
    「アホなの? なんでお父さんが出てくるの」
    「いや知らんけど……ほら、あるじゃん。小さい頃の子供がよく言うやつ」
    「ぁ〜、大きくなったらパパのお嫁さんになる〜、ってやつ?」
    「そうそう」
    「あたしそんなこと言った覚えない」
    「確かにな。お前がいつも言ってたのって……」
    「あたし、大きくなったらお兄ちゃんのお嫁さんになる〜、ですよ。ちなみに今も昔も変わりませんよ、その気持ちは」
    「そうだったそうだった。昔は嬉しかったけど、今はもう嬉しくねぇな」
    「なんでだよっ!」

  • 9◆iNxpvPUoAM23/04/26(水) 00:49:32

    「流石にそういう歳じゃねえよ。あとお前がうざい」
    「照れ隠しじゃないですよ〜、やだな〜お兄ちゃんったら」
    「ムカつくなぁ……お前と喋ってると」
    「しみじみ言うのやめてもらっていいですか? お酒片手に言われるとダメージいつもより大きいんですよ? 泣くよ? あたし泣くよ?」
    「あ、ティッシュとって」
    「あい」
    「さんきゅ」
    「ねぇにぃやん」
    「ん?」
    「これ食べたら神社行こ。初詣しなきゃ」
    「行くかー、クラシックの祈願もしとこう」
    「脚の無事もお祈りしとこ」
    「しとけしとけ」
    「あとはねぇ、お小遣いが万単位で増えますようにって」
    「お前エグいな……」
    「おとんにちょっと甘えたら一瞬ですよ。ちょろいですわほんと」
    「気の毒になってくるな……」
    「あたしの甘え攻撃が通用しないのなんて、お兄ちゃんくらいのもの」
    「兄貴は妹の全ての攻撃に耐性がついてんだよ。カット率100倍だわ」
    「防御貫通攻撃するしかないってことですか……急所に当てればいい?」
    「物理的に当てられそうだ……」
    「うっひっひ、愚兄よ……貴様の急所は全て把握済みだ。観念するんだな……」
    「逆にお前の急所も知られてると覚えておけよ、愚妹め」
    「な、なんだと……!?」
    「お前、たまに俺が寝たあとにコソコソ何かやってよな」
    「……んっ? ん、ん、ん????」
    「何やってんのかは知らんけど、あんま夜更かしすんなよ」
    「ぁ……はい、すみません」
    「ん」
    「え、それだけ?」

  • 10◆iNxpvPUoAM23/04/26(水) 00:50:12

    「あ? 他にあんのか?」
    「いえ、ありません」
    「別に怒る気はないし、聞く気もないよ。夜更かしくらい誰だってやりたいだろ」
    「え、なに……お兄ちゃんなんか変なもん食べた?」
    「なんでだよ。あんまお前の行動に制限かけてないだろ」
    「まあそうだけど……ほら、何やってるのかとか聞かないの?」
    「どうせ碌なことじゃないから聞かん」
    「碌なこととか言うなよ! ひとりで気持ちよくなってるかもしれないでしょーが!」
    「やっぱ碌なことじゃなかったよこいつ。聞きたくなかったよ妹のそういう事情」
    「にぃやんだってシてるんでしょひとりで夜中とかに!」
    「あ?」
    「え、いやあの、怖いから凄むのやめてください」
    「まじてお前来てからそんな余裕ないわ。ってか兄妹でこんな会話したくない、やめよう」
    「うん、やめよう。あたしも酔ってるのかも」
    「オープンになりすぎ」
    「なんか、顔が暑い」
    「めっちゃ赤いもんな、お前」
    「え、うそ、まじ?」
    「めっちゃマジ。鏡見てこいよ」
    「いやーいいよ、にぃやんも真っ赤だし」
    「まじか」
    「マジですよ。鏡見ますか」
    「……いや、いい。めんどい」
    「わかるー」
    「もう少しゆっくりしたら神社行くかー」
    「おー。……ねぇにぃに」
    「ん?」
    「隣座っていい?」
    「好きにしたら」
    「やったぜ。今日のお兄ちゃんはソーシャルスペースがゆるゆるだ」

  • 11◆iNxpvPUoAM23/04/26(水) 00:57:42

    「酒のせいにしとこ」
    「じゃあこれから毎日お酒飲んでもらお〜っと」
    「毎日は……いらないかな」
    「……へへ、隣もーらい」
    「くっつくなよ……暑いぞお前」
    「顔と共に体温も上昇しとります。こうやってくっついて、お兄ちゃんと体温を分け合ってるわけですよ」
    「遭難でもしなきゃ聞くことなさそうなセリフだな」
    「へっへっへ、腕も組んじゃう」
    「これじゃメシも食えねえな」
    「もう片方の腕は空いておるでしょう? そちらを使うのですよ」
    「左手で食えってか」
    「あたしが食べさせてあげようか?」
    「……ゴボウくれ」
    「え、マジか。今日のにぃやんマジでソーシャルスペースゆるいな……もはや無いな、ATフィールドマイナスだな」
    「いいからゴボウ」
    「あ、はいはい。あーん」
    「ぁむ……ん、味が染みててうまい」
    「あたしも食べる。……、んま〜! めっちゃうまい、まじで前先輩料理うまいな……ほんとにうちに来てほしい」
    「へへ、よせよ」
    「は? 誰もあんたの嫁とは言ってませんが」
    「んだよじゃあ」
    「家政婦さんですよ」
    「俺が嫌だわそれ」
    「あたしも嫌だわ」
    「だろ」

  • 12◆iNxpvPUoAM23/04/26(水) 00:58:25

    「じゃああたしのお嫁さんにしよう」
    「世間体……」
    「もう今更だよ」
    「今更……、……今更かぁ」
    「まあお兄ちゃんの嫁はあたしで決まってるんですけど」
    「この歳になってから言われてももう嬉しくないな、やっぱ」
    「……ほんとに?」
    「うん」
    「こんなこと、しても?」
    「押し付けんなお前」
    「ドキドキ、したりしない?」
    「……」
    「お兄ちゃん……?」
    「……ぐぅ」
    「ぇー……う、うそだろ……」
    「む、ん……」
    「……寝たの? まじで?」
    「……、……」
    「……………………ぉーぃ」
    「すぅ……すぅ……」
    「…………おにい、ちゃん」

    「好きだよ、お兄ちゃん」

  • 13二次元好きの匿名さん23/04/26(水) 01:00:35

    言いよった…
    こいつ言いよった…

  • 14◆iNxpvPUoAM23/04/26(水) 01:06:45

    「寝顔は、まだまだ子供っぽいんだよね」
    「なのに目元のクマはすごくて……いつもあたしのために色々頑張ってくれてるんだよね」
    「ちゃんと寝ろって言うくせに、自分はちゃんと寝てないで……このまえ空き缶のゴミ捨てた時、袋に入ってたエナドリの数見て流石に引いたもん」
    「そんなに頑張らなくて、いいんだよ」
    「前先輩の時は、色々プレッシャーあったのかもだけどさ……あたしはほら、こんなんだし」
    「プレッシャーなんか、ないじゃん。あたしにとってお兄ちゃんはただのお兄ちゃんじゃないけど、お兄ちゃんにとってあたしはただの妹だもん」
    「妹なんだから、適当に力抜いてやってたらいいよ」
    「あたしはそれだけでも幸せだもん」
    「お兄ちゃんと一緒にいられたら、それだけで」
    「だから……、ぁー……うん」
    「なんか寝てるヒトに向かって喋るの恥ずかしいな……てかなんで喋ってんだあたし」
    「とりあえずせっかく寝てくれてますので、一枚もらっとくっすよ〜」

  • 15◆iNxpvPUoAM23/04/26(水) 01:21:44

    ・・・

    「……んぁ」
    「やべ、寝てた……のか?」

    「すぅ……すぅ……」

    「……って、お前も寝てんのかよ」
    「テレビつけっぱなし、せっかくのおせちも食いっぱなし。ラップもかけずにそのままだ」
    「時間……は、1時間ちょいか。全然朝だわ、良かった」
    「……起きろよ、おい」

    「んぅ〜……うぅ……」

    「ったく……ちょっと放せよ、ラップ取ってくるから」
    「……んぁ……」

    「……これでよし。食えなくなっちまったら、前担当に顔向けできないしな流石に」
    「おに、ちゃ……」
    「へいへい、お兄ちゃんですよ」
    「……」

    「んだよ、手で握れってか。寝てるくせに欲張りなやつだな」
    「ほら、これでいいか?」

    「……すぅ、すぅ」

  • 16◆iNxpvPUoAM23/04/26(水) 01:22:06

    「……お前起きてんだろ」
    「す、すやすや」
    「バレてんだぞ」
    「……ちっ」
    「おはよ」
    「ぅす、おはようございます」
    「2人揃って寝てたな」
    「にぃやんの方が先に寝たよ」
    「まあ今日くらい、いいだろ」
    「そう思ってあたしも抱き枕にさせてもらいました」
    「ラップかけちまったけど、おせちまだ食うか?」
    「んー……いいや。そろそろ神社行こ、朝のうちに行ってお昼からまたのんびりしたいな」
    「そうだな。俺もそうしたい」
    「じゃあ行きますか」
    「よっしゃ。じゃあ外出る格好に着替えろよ」
    「あいあ〜い」

  • 17◆iNxpvPUoAM23/04/26(水) 01:22:28

    本日はここまで
    今後ともよろしくお願いします

  • 18二次元好きの匿名さん23/04/26(水) 01:23:46

    お疲れ様です〜
    クラシック期の初詣か。体力回復しなきゃ

  • 19二次元好きの匿名さん23/04/26(水) 01:25:15

    お疲れ様です
    こちらこそ今後も楽しみにしております

  • 20二次元好きの匿名さん23/04/26(水) 09:13:51

    おつ
    妹ちゃんの夜中のコソコソタイムの詳s(パァン!)

  • 21二次元好きの匿名さん23/04/26(水) 15:38:26

    クラシック始まると殺伐としそうだしほのぼのモードは少なくなりそうかな…?

  • 22◆iNxpvPUoAM23/04/26(水) 22:12:36

    ・・・

    「うわ、すっごいヒトだね」
    「だな。トレセン学園の近所だからだろうけど、学生ばっかりだ」
    「あたしはね、勝ウマ神社ってところに行きたかったんですよ」
    「悪かったって、電車で4時間近くかかるとは思わなかったんだ」
    「お兄様がお酒なんか飲まなきゃ車で1時間半だったのにね」
    「だから何回も謝っただろ……」
    「ま、いいんだけどね。おかげで軽く初詣済ませておうちでゆっくりできるし。それにお祈りするのに場所は関係ないし」
    「祀られてる神様によって選ぶべきだとは思うけどな……」
    「じゃあ4時間コースか?」
    「今から4時間はやべぇよ」

  • 23◆iNxpvPUoAM23/04/26(水) 22:13:10

    「でしょ。ついたらもう夕方ですよ? 元旦から泊まりはつらいよ、ただでさえ年末の一週間ほとんど外泊だったんだから」
    「よし、ここで済ませよう」
    「分かればよし。さあ並ぶぞ〜」
    「昼前に帰れるといいな」
    「めっちゃ並んでるもんね、これ」
    「だな。……お、甘酒配ってる。貰ってこようかな、寒いし」
    「あ、あたしもほしい〜」
    「子供は飲むなよ」
    「甘酒にアルコールないだろ、飲めるだろ」
    「いや子供に飲ませるには勿体無い」
    「え、独り占めする気か……? あたしにもちょうだいよ」
    「大人は寒がりだからな、こういうので温まらないとすぐに風邪ひいちまう」
    「あたしも寒いよ? 指先とか冷たいよ? ほら触ってみ、ほら」
    「ん? ……うわまじだ、めっちゃ冷たいなお前。なんで手袋持ってこなかったんだよ」
    「それはぁ、お兄ちゃんと手を繋ごうと思ってぇ」
    「やっぱあったかいもんはあったまるわー」
    「スルーはやめよ? ね? 普通にひどいよ? ネタ振っときながらスルーはマジで最悪だよ?」
    「ちょっと行ってくる」
    「あ、はい」

  • 24◆iNxpvPUoAM23/04/26(水) 22:13:45

    「戻った」
    「ういうい、おかえりおかえりー」
    「ほれ、お前の」
    「ぉ、あんがと。……あたしのもあるんかい」
    「火傷すんなよ」
    「子供じゃないんだから、一気飲みしたって別にあちゅっ……ぁ」
    「あっ」
    「セーフ、まだセーフだから! ちょっと熱かっただけだから!」
    「お前なぁ……」
    「てへへ」
    「ふーふーして飲め」
    「ふー、ふー……ずずず……」
    「……、ずず……」
    「あったまりますな〜」
    「だな」
    「て」
    「ん?」
    「手」
    「ん」
    「最近さ」
    「ん?」
    「お兄ちゃん、普通に手繋いでくれるよね」
    「そうか?」
    「あたしは、いいんだけどさ。……いいの?」
    「じゃあやめとく」
    「あ、むり、やだ、やめないで」
    「なんなんだよ」
    「このままがいい」
    「そか」
    「……へへ」

  • 25二次元好きの匿名さん23/04/26(水) 22:18:02

    このレスは削除されています

  • 26二次元好きの匿名さん23/04/26(水) 22:18:56

    このレスは削除されています

  • 27◆iNxpvPUoAM23/04/26(水) 22:19:55

    「お前はすぐ知らないヒトについて行くからな。捕まえとかないとまた探す羽目になる」
    「お? お? 照れ隠しかよ〜、シスコン兄貴かよ〜、妹と手を繋ぎたくてしかめっ面の仏頂面かましてるだけなんだろ〜」
    「ぶっ飛ばすぞ」
    「威圧するのやめろっ、泣くぞ、いいのか泣くぞ、ヒト目も憚らずに大泣きするぞっ!」
    「ほら、前動いたぞ」
    「ぉ、あ、はい」

  • 28◆iNxpvPUoAM23/04/26(水) 22:21:17

    「はー、祈った祈った。仏も倒せるくらい祈ってやったわ」
    「お前、いつか痛い目あっても知らないからな……」
    「お兄様お兄様、なにお祈りしました?」
    「ん? ……ぁー、まあ、普通の内容だな。今年一年健康でいられますように、的な」
    「あー……当たり障りのないやつだ。一番面白くないやつ」
    「初詣のお祈りなんてそんなもんだろ。お前は何したんだよ」
    「言ったら叶わないって聞いたから言わない。でも、にぃやんの仕事を奪ってやる勢いで神頼みしてやったわ」
    「へー、そいつは楽でいいや。テレビの前で応援しててやるよ」
    「おい、せめて会場には来い。トレーナーとしての責任は持て」
    「俺の仕事なくなるんだろ? ならもう家で見とくだろ」
    「ごめん、ごめんって! 謝るからせめてレース場には来て! あたしのレースは生で見て!」
    「……当たり前だろ」
    「ぉ、う……え、なんだ急に……また情緒不安定なのか……?」
    「担当のレースは全部現地で見るって決めてるんだ。そもそも普通のトレーナーはみんなそうする」
    「1度、目を逸らされましたけれども」
    「もうしないって約束したろ」
    「改めて言われると……恥ずいんですけど」
    「俺だって言いたくねぇよこんなとこで」
    「じゃあ言うなよ」
    「そうじゃん、言わなくていいじゃん」
    「なんかもう会話のテンションが行方不明だよ……」
    「お前に言われたくねぇよ……いつも行方不明にさせてんのお前だろ」
    「それはそうなんですけどね、今日のあなたはほんとに酷いですよ。お酒飲み始めてからほんとに情緒がおかしすぎますよ」
    「帰って飲み直そうぜ。コンビニで酒買おう」
    「絶対やめろ!!」

  • 29◆iNxpvPUoAM23/04/26(水) 22:21:48

    数時間後、自宅────

    「……」
    「……」
    「……ねぇ」
    「んー……」
    「あのさ、いま何時だと思う?」
    「19時半」
    「時計見るなよ、予想してよ」
    「……まじでダラダラしてんな、今日」
    「こんなにしてていいのかな……って不安になってきた」
    「不安なぁ」
    「だってさ、つい2日前までめちゃくちゃトレーニングしてたんだよ? なのに今日はほんとに何もしてないよ……」
    「分かるよ、分かってる」
    「……ゴーストとか女王先輩は、今日もトレーニングしてるかもしれない。休んでるだけ突き放されてるかも……って思ったら、なんか不安になっちゃって……」
    「でもさ、これで今日もトレーニングだって言ったら絶対怒るだろお前」
    「……まあ」
    「今日は休む日だって決めたろ。明日からまた少しずつトレーニング始めていくんだ、焦らなくていい」
    「でもさ……次負けた時、今日を言い訳にしたくないっていうかさ……」
    「気にしてんのか? ゴーストがホープフルで言ったこと」
    「……まあ、ね」
    「あれは……すげぇな。今まであんな大口叩いたウマ娘は見たことない」

  • 30◆iNxpvPUoAM23/04/26(水) 22:24:22

    「レースも……すごかった。あたしと走ったデビュー戦なんかとは、比べ物にならないくらい」
    「やっぱ分かるのか?」
    「……魔眼、だっけ。お兄ちゃんも分かったでしょ、周りの子たちみんなの脚が鈍ってくの」
    「ああ……そうだな。お前が言ってた……」
    「うん、そう。でも……あの時よりもずっと成長してる。あのときは抜かれたら、また脚が動くようになったけど……今回は誰も動けてないもん」
    「……そうだな」
    「でも、あたしはゴーストに勝ちたい。勝たなくちゃいけない……でもあんなに強いなんて……」
    「……、こっちこい」
    「ぇ、な、なんだよ」
    「いいから隣こい」
    「……失礼します」
    「……」
    「ゎ、ちょ……っ、な、なに急に!」
    「頭撫でてやってる」
    「それは分かってますけど! なんで、急に」
    「昔はこうしてやったら泣きやんだろ」
    「泣いてねえし……」
    「大丈夫、大丈夫だ」
    「……元気付けてくれてるの?」
    「酒の勢いで普段なら絶対やらねーことしてるだけ」
    「それ、つまりそうってことじゃん」
    「じゃあそういうことにしとこう」
    「……お兄ちゃん」
    「お前、神社でどんなお祈りした?」
    「え? なに、急に」
    「いいから教えろよ」
    「言ったら……叶わなくなるって聞いたことある」
    「俺が叶えてやるから言ってみろ」
    「なにそれ、にぃやん神様なのかよ」
    「いいから言えよ。なんてお祈りしたんだ」

  • 31◆iNxpvPUoAM23/04/26(水) 22:25:59

    「……お小遣いが万単位で増えますように」
    「それは……叶えてやれないな」
    「ほらみろ」
    「他には?」
    「……ぃ、……言いたく、ない」
    「なんで?」
    「……だって……恥ずかしいもん」
    「どんなお祈りしたんだよお前」
    「笑わ、ない?」
    「笑わねぇよ」
    「バカにしない?」
    「しねぇよ」
    「……じゃあ、言う」
    「おう」
    「……お兄ちゃんに」
    「俺に?」
    「お兄、ちゃんに……GⅠをプレゼント、できますように……って」
    「……」
    「……」
    「……ククッ」
    「うーわ、笑ったよこいつ、うーわ」
    「いや、悪い悪い。そんなつもりじゃなくてな」
    「んだよ、んだよ! どーせあたしは勝てねーよ!」
    「んなこと言ってないだろ」
    「言ったも同じじゃん! じゃあお兄ちゃんはどんなお祈りしたんだよ!」
    「あん? 俺か?」
    「あたしが言ったんだからそっちも教えてよ」
    「お前をGⅠで勝利させてあげられますように」
    「……え?」

  • 32◆iNxpvPUoAM23/04/26(水) 22:27:54

    「お前が怪我なく走ることができますように」
    「え、あの」
    「お前がGⅠで勝つところを見られますように」
    「ぉ、おい」
    「……あとは、お前がずっと走っていてくれますように……かな」
    「…………なに、それ」
    「今日お祈りしたのは全部お前のことだけってことだよ」
    「なんだよ、シスコンかよお前……」
    「それでいいよ」
    「……え、うそ」
    「嘘じゃない」
    「ど、……ど、どうせ……お酒のせいでしょ、そんなこと言うの」
    「じゃなきゃ、こんなこと言わない。ぶっちゃけ酒の勢いに任せてる」
    「……バカじゃん」
    「バカって言った方がバカなんだぞ、バカ」
    「バカでいいよ……バカ」
    「明日の朝には忘れてるから、今のうちに言っとく。明日聞き返されても答えられねーからな」
    「……うん」
    「お前は俺の大切な妹だ」
    「……」
    「勝てなくても、強くなくても、世界中のすべてがお前に期待しなくなっても、お兄ちゃんが期待してる。お前のことを信じてる」
    「……」
    「期待してるから、俺はお前をGⅠで勝たせるよ。お前が強いウマ娘だって証明する。ゴーストもエンプレスも全部倒して、前担当にもできなかった勝利を掴み取ってやろう」
    「……うん」
    「約束したんだろ? あいつのぶんも勝つって」
    「……うん、した。約束した」
    「じゃあ明日から頑張れるよな?」
    「もちろん。明日から本気出す」

  • 33◆iNxpvPUoAM23/04/26(水) 22:30:13

    「よし。今日は充電の日なんだ、レースのことなんか忘れてゆっくりしとけ」
    「ゆっくりしすぎてる気がするんですけどね……」
    「いいんだよ今日くらい。……そうだ、なんか映画でも見るか? それかゲームでもいいし」
    「ううん、いい」
    「そうか?」
    「それより、こうしてたい」
    「頭撫で続けろってか。腕とれるわ」
    「じゃなくて、そばにいてほしいの」
    「ほぼ毎日いるだろ」
    「違いますぅ、ただそばにいるだけじゃありません〜!」
    「なんだよ」
    「手、握って」
    「ん」
    「違う」
    「は? どう違うんだよ」
    「こう」
    「……おい、これって」
    「お兄ちゃんの手、あったかい」
    「いや、これは……妹とこれは……」
    「妹の初恋人繋ぎだぜ。いいだろ?」
    「……なんか、いやだ」
    「は〜〜〜〜????」

  • 34◆iNxpvPUoAM23/04/26(水) 22:31:15

    「シスコンのくせに」
    「違います、シスコンじゃないです」
    「それでいいって言った」
    「言ってません。耳鼻科行った方がいいと思います」

    『シスコンかよ……お前』
    『それでいいよ』
    『……え、うそ』
    『嘘じゃない』

    「おま、このっ……録音すんなよ!」
    「言質はとったからな! 逃げ道なんて用意してやるかよ、フハハハハ!」
    「こいつ、こいつまじで……っ」
    「ありがと……お兄ちゃん」 
    「え?」
    「お酒の勢いだとしても、嘘だとしても、あたしのこと……大切って言ってくれて、ありがと」
    「それは……お前、あれだよあれ。あれだから。わかるだろ」
    「どれだよわかんねぇよ」
    「……お前に嘘はつかない」
    「…………と、言いますと」
    「もう知らん」
    「ぇ、ちょ、待って! じゃあシスコンもまじ!? ほんとですか!」
    「嘘です」
    「嘘つかないって言った!」
    「それも嘘です」
    「どっちだよはっきりしろよお前!」
    「嘘に決まってんだろ全部」
    「どれがだよ!? なんかあたし、色々感情の波がやばくてなにがどうなのかわかんなくなってんだよ!」
    「さあね。俺も5秒前の会話なんか忘れた」
    「ふざ、っ……おま、お前!」

  • 35◆iNxpvPUoAM23/04/26(水) 22:33:09

    「で?」
    「は?」
    「手握るだけでいいのか?」
    「え、他にもいいの?」
    「今日はウマ娘の神様キャンペーン中なんだ。叶えてやれる願いはだいたい叶えてやる」
    「え、まじか……いいの? ほんとに?」
    「ああ、いいよ」
    「……、でも……いまは、いい」
    「え、いいのか?」
    「うん、いまはこれでいい」
    「あ、そ」
    「……この手の温もりと、お兄ちゃんの匂いであたしは強くなれるのです」
    「……お前……気持ち悪いな……」
    「そんなはっきり言うことないじゃん! いまいい感じの空気出そうとしてたじゃん!」
    「いや……ごめん、やっぱお前にそういうの似合わねぇわ……」
    「なんだとこのやろう!」
    「ほんと、ほんとに……」
    「しみじみ言うのもやめろ……! テンションの落差で傷つくぞ、あたし結構ショック受けてるんだからな!」
    「よしよし、いい子だなー」
    「雑に頭撫でられても嬉しくないわ! もう知らんこのクソ兄貴! 絶対手放してやらん、今日は一緒に寝ろ、アホ」
    「意味わかんねぇよ」
    「あたしもわかってねぇよ!」
    「なんだこいつ、マジでなんなんだこいつ」
    「うっさいばーかばーか!」
    「お前がうるさいんだよ、声小さくしろ」
    「……ばーかばーか」
    「小さくされたからってウザさが消えるわけじゃないんだな……むしろ囁かれてるみたいでムカつくわ」
    「言いたい放題しやがってこの兄貴……」

  • 36◆iNxpvPUoAM23/04/26(水) 22:36:33

    騒がしいやり取りをしているうちに、いつのまにか日付が変わってしまっていた。

    去年まで、こんな風に笑う余裕はなかった。前担当のことで頭がいっぱいで、胸がいっぱいで、メシも満足に食えなかった。

    それが1年で、こんなに変わるなんて。

    4月の入学式に妹が現れて、転がり込んできて、トレーナー契約を結ぶことになって……それから、ずっと一緒にいて。
    俺はこいつに支えられてこの1年を過ごしてこれたんだ。こいつが居てくれたから、いま、笑えてるんだ。

    ありがとう。

    これはいくら酒の勢いを利用しても、口にはできない。
    胸の中にしまっておく、大切な気持ち。
    シスコンだろうが、そうじゃなかろうが、どっちでもいい。

    感謝してる。お前は俺の大切な妹だよ。

    だから今度は俺が借りを返す番だ。
    クラシック戦線での勝利をお前に掴ませてやる。

    そうすることで俺は初めて、ようやく、お前に恩返しができる。

    その決意を胸に留めながら。

    俺は正月の夜を、久しぶりに寝落ちするまで妹と騒いで過ごした。
    よく覚えてないけど、めちゃくちゃ楽しかった。

  • 37◆iNxpvPUoAM23/04/26(水) 22:37:34

    翌日────

    「くっそ頭いてぇ……」
    「飲み過ぎなんすよ、にぃやん……」
    「ハメ外しすぎたな……悪い、水入れてきて」
    「ういうい……」

    ばっちり二日酔い。
    寝不足だし頭は痛いし吐き気はやばいし、コンディションは最悪。

    おまけに色々騒いだ記憶はあるが、どんな話をしたのかは思い出せない。
    たぶん大事なことと、恥ずかしいことをめちゃくちゃ口走ったような、朧げな感覚だけが残っている。

    「なんかあたしも喉痛いし身体重い……」

    ついでに妹の目元にもクマができてるし、騒ぎまくったせいで喉はガラガラ。こっちのコンディションも最悪。

    ふたり揃って布団から動けそうもなかった。

    結局1月2日も家でゆっくり過ごし、我が陣営の正式稼働は3日からの運びとなった。
    スタートダッシュで出遅れた。流石にこれは、俺もへこんだ。

  • 38◆iNxpvPUoAM23/04/26(水) 22:40:42

    気を取り直して1月3日。
    1日ゆっくり寝て過ごしたおかげで、翌日には体調も回復して動けるようになった。
    妹も妹で、流石にそろそろ走らないと鈍る、と早朝から軽くランニングをしていた。

    帰ってきた妹を風呂に入らせ、そのあいだに俺も着替えて準備を済ませる。
    トレセン学園はもう開いている。授業こそないが、グラウンドもトレーニングコースも使える状態だ。

    昨日休んでしまったぶんを取り戻すためにも、ちゃんとした設備でトレーニングしないとな。

    「え〜っと……、忘れ物はない、っかな〜」

    妹が鞄の中身を確認し、済んだところでファスナーを閉めて立ち上がる。

    「うっし、かんぺきぃっ」
    「にぃやん、はやく。取られちゃうよ〜」
    「まだそんなに遅くないだろ」
    「急ぎたくないじゃん。準備できてるならもう行こうよ」
    「は〜いはい」
    「行くよ行くよ〜!」
    「お、おいっ、わかったって! 腕引っ張んな!」
    「お〜、いい天気〜! 寒いけど」
    「くっつくなよ、周りの目気にしろ」
    「いいじゃん、照れんなよ〜」
    「うっぜ」
    「おい今小声でなんつったおい」

    年明けてから更にじゃれつくようになった妹を適当にあしらいながら学校への道を歩く。

    相変わらず寒いが天気はいい。午後はもう少し暖かくなる予報だし、久しぶりの地上でのトレーニングにも身が入りそうだ。

  • 39◆iNxpvPUoAM23/04/26(水) 22:42:01

    「ようやく走れるんだ〜」

    これまで泳ぐか水中を歩くばっかりだったからか、妹も嬉しそうにニコニコしてる。
    俺もリハビリの成果を確認したくて仕方がない。

    新年初日だしそこまでみっちりやる気はないが、それでもリハビリと水中トレーニングでどれほど変わったのかが楽しみ────

    「……」

    ……と。
    思わぬ人物が校門の前に立っていた。

    「……おおっ、と」

    薄く紫がかった芦毛のウマ娘。
    こちらへチラチラと視線を送り、少しもじもじしたかと思えば、また俯きつつ視線を送ってくる。

    「……エンプレス」

    数週間前の阪神JFで優勝した、ティアラ路線の有力ウマ娘。
    そしてその夜、妹を連れ去った連中のひとり。

    「行くぞ」
    「あ、うん」

    「……ぁ」

    すれ違いざまに、こちらへ向かって小さく声を発したように聞こえた。だが一瞬だったし、正直聞く耳を持つ気はない。

    俺たちは急いでるんだ。

  • 40◆iNxpvPUoAM23/04/26(水) 22:42:50

    「……」

    「ぉ、ぉぃぉぃ……追いかけてきましたよ」
    「無視しろ無視」

    「……、っ……、……」

    「また追いかけてきてますよ……なんなんすか、あれ」
    「知らねぇよ……」
    「めっちゃ話しかけたいオーラ出してますけど……」
    「こっちから声かけろ、ってことか?」
    「そうしないとループしそうですしね……」
    「……、仕方ないな」

    「なんか用でもあんのか?」

    「……ぁ、ぅ……」

    「ちょちょちょ、顔! あと声! めっちゃ喧嘩腰!」
    「え? ぁ……悪い」

    「なにか、用があるんだよな? 俺たちに」

    「……」
    「ぁ、ぁ、の……」
    「……」
    「…………」
    「っ」

    「え、えっ」

  • 41◆iNxpvPUoAM23/04/26(水) 22:47:34

    「……なんだ今の」
    「知らん……なんかすっごいキョドったかと思ったら、あたしになんか押しつけて逃げてった……」
    「……わけがわからん。っていうかなんだそれ、手紙?」
    「あぁ……うん、っぽい、けど、え? ラブレター?」
    「一瞬俺も思っちゃったけど、なわけないよな」
    「だ、だよねっ。え、なんだろ? なに? 怖い」
    「読んでみれば?」
    「あ〜……うん」

    「……」
    「にぃやん開けて!」

    「なんでだよ」
    「カミソリとか入ってたら怖い!」
    「さすがにそんな陰湿なことしないだろ……貸せよ」

    「……、……」
    「やっぱお前宛だな」

    「へ? ま、まじでラブレター?」
    「読めば分かる」
    「え〜……怖い。読んでよ」
    「自分で読め」
    「えぇぇぇ……」

  • 42◆iNxpvPUoAM23/04/26(水) 22:55:44

    「え〜……っと」
    「『先日はごめんなさい。私では止められませんでした』
    「……えっ、謝罪文?」

    「らしいな」
    「よければ連絡くださいって。IDまで書いてある。話したいことあるって」
    「どうすんだ?」
    「どうすんだって、え、どうすればいいの?」
    「あんなに喧嘩売られて、お前も怖がらされたんだ。無視してもいいとは思うが」
    「う〜ん……」
    「代わりに俺が連絡するか? うちの妹に関わるな、って」
    「喧嘩腰やめてって! ……あの時、女王先輩だけは心配してくれたんだ。放してあげたら、とか言ってくれてたし……」
    「そういや言ってたな、そんなこと」
    「本気で謝ろうとしてくれてるなら……あたしが話しないとダメだよ」
    「じゃあ?」
    「……あたし、連絡してみる」
    「……、」

  • 43◆iNxpvPUoAM23/04/26(水) 22:59:48

    「……」
    「いや、待て」
    「え?」
    「お前は連絡しなくていい」

  • 44◆iNxpvPUoAM23/04/26(水) 23:08:25

    「ぇ、と……じゃあ、にぃやんが?」
    「俺もしない」
    「???」
    「あそこ、グラウンドの入り口。エンプレスが入ってったろ」
    「……見てませんでした」
    「入って行ったんだよ。しかも制服でな」
    「なんで?」
    「それは知らん。……けど、追いかけたほうが早い」
    「え、え、えっ……でも謝罪、ID……話したいこと、って」
    「LANEより直接聞いたほうが早いだろ」
    「いや、いやいやいや……あのキョドり具合、お兄さまも見てましたよね?」
    「見てたよ」
    「女王先輩の様子、普段と違いすぎて……逆に怖いじゃん」
    「普段っていうか……レースでいつも出遅れした時の人格っぽいよな」
    「……ああ、たしかに」
    「あれが素の人格なのかもしれない」
    「な、なるほど……すると、どうなりますかお兄さま」
    「とりあえず振りかかる火の粉は払う」
    「あのヒト、あたしにとっての火の粉ですか……」
    「そうではないとしても、お前を不安にさせるくらいなら俺が直接言ったほうがいい」
    「なんだよ心配してんのかよ〜、シスコンめ〜」
    「心配してるよ、めちゃくちゃ」
    「おぉ……真面目に返されるのは想定外だった……」

  • 45◆iNxpvPUoAM23/04/26(水) 23:15:25

    「とりあえず行こう。幸い、俺たちと行き先は同じだ」
    「う、うん……ねぇ、そんな心配?」
    「心配だろ。今後お前と戦う相手で、盤外戦術なんか使ってきやがる奴らだぞ」
    「ばん、がい」
    「レースと関係ないところでビビらせて走れなくさせること。お前めちゃくちゃ怖かったって言ってたろ」
    「ぁ、はい……割と、まだ引きずってますね」
    「だったら俺が出たほうが早い」
    「にぃに、実は結構あのヒトたちにキレてる?」
    「ああ、めちゃくちゃ」
    「ふへへ〜、シスコンめ〜」
    「……」
    「だめだ、冗談通じないレベルでキレてる……」

    「あのさ、にぃやんさ」
    「あたしが言うのもなんだけどさ……喧嘩腰はダメだからね。女王先輩だけ、ほんと優しくしてくれたから、ほんと」

    「わかったわかった」
    「ほんとに、だめだからね。クールにね」
    「どうせお前も横にいるだろ」
    「まあ、そだけど」
    「とりあえずグラウンドに入れば分かるさ」
    「……ん」
    「学校ではくっつくなって」
    「いや無理。ごめん、今そんな心の余裕ない」
    「あ、そ」

  • 46◆iNxpvPUoAM23/04/26(水) 23:23:33

    トレセン学園、グラウンド────

    「ん〜、久しぶりのグラウンドだ〜! さすがに三が日はヒトも少ないね」
    「……いねぇな」
    「ね、これからほぼ貸切かも」
    「違う、エンプレスだよ。こっちに入ってきたと思ったんだが」
    「あー……確かに見渡す限りには、おりませんな」
    「仕方ない。入れ違いになったか、どこかに隠れたか……分からんけど、とりあえず始めよう」
    「うっし! わかった!」
    「こりゃ俺が連絡するしかなさそうだな」
    「いいよ、あたしやるよ?」
    「お前はするな。俺がやる」
    「あ、はい」
    「まずは慣らしていくとこからだ。軽く1周走ってこい、軽くな」
    「了解っ!」

  • 47◆iNxpvPUoAM23/04/26(水) 23:32:54

    「いってきま〜す」
    「おう」

    妹を見送ってから、軽く周りを見渡す────が、やはりエンプレスの姿はない。
    これ以上気にしても仕方がないか。
    いまはトレーニングに集中しよう。

    トレセン学園のグラウンドは、東京レース場とほぼ同じ作り。
    つまり1周2400mで、いくらウマ娘といえど軽い走りで1周となると5分そこそこはかかる。

    その間にどんなメッセージを送るか……、と。

    「その前に登録しとかなきゃか」
    スマホを取り出して画面を叩き、手早くIDを登録してしまう。
    出てきたアイコンは何かのアニメのキャラのようで、おどおどした人格と女王然とした人格、どちらのイメージとも離れていて少しだけ驚いた。

    さて、なんと送ったものだろうか……。

  • 48◆iNxpvPUoAM23/04/26(水) 23:33:50

    本日はここまで
    ありがとうございました

    途中、書き溜め部分からコピペ忘れがあり、自分でレス削除しました
    驚かせてしまったかもしれん、申し訳ありません

  • 49二次元好きの匿名さん23/04/26(水) 23:35:42

    お疲れ様でした〜
    女王様の普段の姿が見れそうで楽しみ

  • 50二次元好きの匿名さん23/04/26(水) 23:46:59

    お疲れ様でしたー
    さてコンタクトの行方はいかに

  • 51二次元好きの匿名さん23/04/27(木) 08:14:06

    5-32で何か思い出すと思って前の話見返したら3-120あたりのくだりだ
    こういうの大好き(と言いつつ保守)

  • 52二次元好きの匿名さん23/04/27(木) 17:54:15

    妹はクラシックで勝つことができるのだろうか…

  • 53二次元好きの匿名さん23/04/27(木) 23:47:37

    保守

  • 54◆iNxpvPUoAM23/04/28(金) 01:34:15

    「……」
    妹が走る様子を片目に見ながら、スマホに文章を打ち込んでみる。

    『おはようございます。妹のトレーナーです。兄です。妹に謝りたいとのことでしたが、心配なので俺の方から連絡させていただきました』

    どうだろう……いや、喧嘩腰か?
    どこからどう見ても信用してません感が丸出しだ。
    あいつに喧嘩腰はだめだって言われてるし、もう少し柔らかく……。

    『先ほどは威圧的な態度をしてしまい、すみません。先日は妹を心配していただいて、ありがとうございます。感謝しています』

    これならどうだ、多少は和らいだんじゃないか?
    わからん、もうわからん。
    正直どう書いたって喧嘩か衝突は免れる気がしない。
    だってめっちゃ腹立ってんだもん。
    ……なんか俺、めっちゃシスコンだな。もうなんでもいいけど。

    あのときの妹は脚を痛めていて、まだあんまり長い距離を素早く移動できる状態じゃなかった。
    中華街だって、イルミネーションだって、普段より少しゆっくりと歩いていたんだ。

    だというのにあいつらは、広場から波止場まで移動しやがって……帰りに歩きづらそうにしてたから背負ってホテルまで行くことになったんだぞ。

    っていうか、あいつらのせいで神戸で一泊することになったんだっけ。
    あー、やばい、思い出したらまた腹立ってきた。

    くそ……相手が学生じゃなきゃ、ここまで気にする必要もないってのに……!

  • 55二次元好きの匿名さん23/04/28(金) 01:35:51

    このレスは削除されています

  • 56◆iNxpvPUoAM23/04/28(金) 01:36:21

    「……もういいや、これで」
    結局どれだけ考えてもいい文章が思い浮かばず、さっきの文章をそのまま送信。
    スマホをポケットにしまい、妹の様子を確認しようとして────

    「ひゃっ」
    飛び上がるような声と、聞き馴染みのある音が聞こえた。

    音。

    俺のスマホと同じ音。
    LANEの、通知音。
    それが、すぐ近くから。

    「……」

    音が聞こえた方へ振り向くと、そこにあるのは小さなベンチ。
    そしてその陰から見え隠れする……芦毛の耳と尻尾。

    「……」

    再びLANEの通知音。
    今度は俺のスマホからだった。
    取り出して確認すると、相手は当然エンプレス。
    すぐにトーク画面を開く。

    『おはようございます、エンプレスと名乗らせていただいています。そうですよね。ごめんなさい。心配して当然だと思います。図々しいお願いをしてしまって、ごめんなさい』

    ひとつの文に「ごめんなさい」がふたつ。
    疑う気満々だった心にちくりと刺すものがあった。

  • 57◆iNxpvPUoAM23/04/28(金) 01:37:54

    どう返信したものか……というか、どうするべきか悩んでいると、さらに追加でメッセージが届いた。

    『先日のこともごめんなさい。私には心配することしかできませんでした。私には、あのふたりを止めることができませんでした』

    「……」

    止める、か。
    なんだか引っかかる表現だ。
    カマをかけるわけではないが、気になったことをそのまま打ち込む。

    『もしかしてキミは、あのふたりのことをよく思っていない?』

    すぐさま通知音がベンチの裏から届く。
    スマホの画面にもすぐに既読がついた。
    しかし返事はなかなか返ってこない。

    「……」

    司令官と名乗ったトレーナー。
    そしてジュニア級王者にして、早くも魔眼の亡霊と異名をつけられたウマ娘ゴースト。
    それから、妹と同じ世代でデビューを果たしたティアラ路線の有力ウマ娘エンプレス。

    それらを有するチーム。

    どうもこのエンプレスのメッセージには、そのチームと微妙に反りがあっていないのではないかと、感覚を覚えてしまう。

    複数のウマ娘が所属するチームでの不和というのは、よくある話だからな。

  • 58◆iNxpvPUoAM23/04/28(金) 01:40:17

    自身の目指したい道と、トレーナーの目標の違い。
    メンバー同士のコミュニケーションによる、些細な言動からの仲違い。

    トレセン学園の門戸を叩くウマ娘は、それぞれ目標を持っていることがほとんどだ。
    それはGⅠで勝利したいだとか、レースの世界で活躍したいだとか、特定のレースで優勝したいとか、とにかく様々な理由がある。

    ほとんどのトレーナーはそのウマ娘の目標に共感し、それを叶えるべく奔走する────ものだと俺は思っているけれど。

    そうではないトレーナーも、もちろんいる。

    ウマ娘の成績は、トレーナーのキャリアに繋がる。
    強いウマ娘……レースで輝かしい成績を残したウマ娘を輩出したとなればそのチームの評判は上がり、大きくなる。
    チームが大きくなればトレーナー室も大きなものが割り当てられるし、がっついた話をしてしまうと、給料が増える。

    結局、トレーナーというのは仕事だ。ボランティアではない。
    仕事でいい成績を残せば給料が増えるように、所属のウマ娘がレースで優勝すればするほど、チームが大きくなればなるほどトレーナーとしての格が上がり、チームの資金もトレーナー自身の給料も大きく変化する。

    そのためにはトレーナーの腕はもちろんだが、ウマ娘自身の能力もかかっている。
    だからトレーナーたちは素質のあるウマ娘を探し、チームへスカウトし、トゥインクルシリーズへと送り出すのだ。

    もちろんそういう思惑のトレーナーが少なからずいるだけという話で、その全てがそういうわけじゃない。
    あくまでそういうこともある、というだけだと付け加えさせてもらっておく。

    「……」

    前置きが長くなったけれど、ともかく、エンプレスのこと。

    返事を待つあいだ、彼女と司令官、ゴーストにはそういって不和があるのではないか────などと失礼な想像をしているうちに、ようやくスマホが震えてメッセージが表示された。

    『最初は仲良くしたいと思っていました。でも、最近、少し怖くなりました』

  • 59◆iNxpvPUoAM23/04/28(金) 01:43:25

    「……」

    カマをかけただけのつもりだったが、この返答により、正解だったのではないかと思い始めてしまう。

    怖くなったというのは、いつからだろう。
    先日の妹を連れ去った時からだろうか。
    それともゴーストがホープフルステークスを優勝した時からだろうか。

    わからない、わからないが……これ以上はメッセージで話しても埒が開かない気がする。

    そもそも……いるよな、そこ。

    ベンチの裏。

    隠れているつもりなのか?

    先ほど見かけた薄い紫がかった芦毛がベンチの裏からはみ出して、太陽の光に照らされてキラキラと光っている。

    「……」

    直接、話しかけるか。
    怖がらせないようにゆっくりと近づいて、そっと声をかける。

    「エンプレスだよね?」
    「ひゃっ!!!」

    つとめて落ち着いた声を意識して呼びかけると、隠れていたウマ娘────エンプレスは奇声と共に飛び上がって俺から距離を取った。
    どれほど驚いたのだろう。その慌てぶりは、スマホを俺の足元に零してしまうくらいだった。

  • 60◆iNxpvPUoAM23/04/28(金) 01:45:06

    「……これ」
    「す、す、すす、すみ、すみ……ません……」

    スマホを拾って差し出すと、こっちが不安になるくらいにドモりながらエンプレスは俺の手からそれを受け取った。

    ……本当にこの子は、あのエンプレスと同一人物なのだろうか。
    自信に溢れた表情と、力強い走り。
    GⅠの舞台であってなお、堂々とした佇まいでゴールを駆け抜けたウマ娘と────

    どうにも違って見えて仕方がない。
    やはり人格……なのだろうか。

    俺が見た、レースの途中で変化する力強い走りと……スタート直後のひどい出遅れをした走り。

    自信に満ち溢れ、堂々とした態度で妹にも声をかけたあのエンプレス。
    まさしく女王と呼ぶに相応しい風格と圧を兼ね備えていた。

    しかし今のこの子は、女王なんて呼べるほどの大きな存在には思えない。
    儚く小さな、ただのウマ娘。
    触れれば壊れてしまいそうなほどに怯えた……。

    「な・に・し・て・ん・だっ……よ〜〜〜っ!!」

    「ぐ、ふっ……!!!」

    後ろから大音量の声と共に飛び蹴りを食らわされた。
    俺は蹴られた勢いのまま地面を転がって停止。1m近く吹っ飛ばされたことを確認するのに数秒を要した。

  • 61◆iNxpvPUoAM23/04/28(金) 01:45:54

    「なにしやがんだ!」
    「それはこっちのセリフでしょうが!」
    「あ?」
    「あたしが走ってるあいだになにやっとんか! ナンパか! ナンパしとんのか!」
    「してねぇよ! エンプレスが隠れてたから声をかけただけだ!」
    「え? 女王先輩?」
    「そうだよ! ほら!」

    俺はエンプレスを指差し、妹に促す。
    なんだと? と言いたそうな表情をしながらそちらへ顔を向けた妹は、そこにいたエンプレスを認めて、また表情を変えた。

    うわ、まじじゃん、と言いたそうな顔。

    「うわ、まじじゃん」

    言いやがったよこいつ。

    「ぇと……女王、先輩?」
    「ぁ、は、は、は、は、は……、い……」
    「………………ナンパされましたか、こいつに」
    「……、……!!?」

    「してねぇよ、やめろよヒト聞きのの悪いこと言ってんじゃねぇよ、ぶっ飛ばすぞ」
    「ひっ……ご、ご、ご、ごめ、なさっ……ぅ、うう……っ」

    妹の言い草に普段の調子で言い返すと、エンプレスは怯えた声を上げてその場から逃げるように立ち去ってしまった。

    速い。
    とてつもなく速い。
    疾風迅雷とでも呼べそうなほどの速さで、逃げていった。

  • 62二次元好きの匿名さん23/04/28(金) 09:39:03

    流石阪神JFウマ娘
    女王様モードでなくても足が速い

  • 63二次元好きの匿名さん23/04/28(金) 18:04:18

    女王様の姿か…?これが…?

  • 64二次元好きの匿名さん23/04/28(金) 22:53:03

    深夜帯のIP規制怖いから今のうちに保守

  • 65二次元好きの匿名さん23/04/29(土) 07:01:42

    保守

  • 66◆iNxpvPUoAM23/04/29(土) 10:48:04

    「……なん、だったんだ……」
    「いやにぃやんのせいでしょ! 絶対怖がらせたでしょ! あたし喧嘩腰やめろって言ったじゃん!」
    「断じて違う」
    「じゃないとあんな逃げ方しないでしょ!」
    「いや、まじなんだって! まじで声かけただけなんだって!」
    「えぇ〜……?」
    「お前が走ってるあいだにLANE送ってみたんだ。そしたらベンチの後ろから通知音が聞こえて、見たら隠れてたんだよ」
    「ふぅん」
    「いやまじだから。疑うなら見てみろよ、誰もナンパなんかしてねぇよ」
    「……確かに。ってかにぃやん、この文章めっちゃシスコンすぎじゃね?」
    「……」
    「なんだよ〜、やっぱあたしのこと大好きかよ〜! もっと素直になれよ〜!」
    「……」
    「おいおい〜、そんな顔してももうバレてんだぞ〜」
    「お前もう2周してこい」
    「うっそだろいま走ってきたとこなのに」

    「ふは、っ、はあ……、はっ、は……っ」
    「よーしお疲れ」
    「ま、まじで……2周走らせ、やがった……こ、こいつ……っ」
    「おかげで身体も温まったろ」
    「そうすね、おかげさまでね……ほかほかっすよ」
    「んじゃ軽いメニューから進めてくぞ」
    「ウス、了解ッス」
    「坂路4往復」
    「全ッ然軽くねぇ〜……」
    「冗談だよ。今日からしばらくはウッドチップコースで脚に負担をかけないようにする」
    「芝じゃないの?」
    「まだ100パー本調子じゃないだろ。痛みがないとは言え、急に本気で走ってまた痛めたりしたらどうすんだ」
    「オッケーオッケー。じゃあそれでっ」

  • 67◆iNxpvPUoAM23/04/29(土) 10:49:45

    「それから、身体の調子が戻ってきたら1本の距離を長くする」
    「長く?」
    「クラシックで走るレース、3つ答えてみろ」
    「えーっと、皐月賞と……」
    「アホか。ティアラ路線の方に決まってんだろ」
    「わかってるよ、冗談に決まってるでしょうが。これだからにぃやんは頭がガッチガチなんですよ」
    「お前ぶっ飛ばすぞ」
    「お茶目なジョークに対してその返しはあんまりじゃないですかね! 泣くよ! いいの、泣くよ!」
    「桜花賞、オークス、秋華賞の3つだ。それぞれの距離は覚えてるか?」
    「えーっと……1600、2400、2000だっけ」
    「そうだ。桜花賞と秋華賞はお前も走ったことのある距離だが、オークスは2400。お前が今まで走った距離のどれよりも長い」
    「2400……この前の京都ジュニアステークスが2000だったよね」
    「そうだな」
    「あれより400m長いと……やっぱやばいのかな」
    「ああ、やばいよ。2000と2400じゃスタミナの持ちが全然違うし、仕掛けるタイミングをミスったら一瞬で終わりだ」
    「やべぇ……やべぇ……」
    「ってわけだから、まずはオークスに向けてスタミナをつけることを意識していく。スタミナがつけば、それより短い距離でも走るのが楽になるからな」
    「走る力がたくさんあるなら、トップスピードを維持する時間も増えそうだしね」
    「お前、難しいこと知ってんなぁ」
    「は? お前バカにすんなよ、いくらあたしでもそれくらい考えながら走ってるんだからな?」

  • 68◆iNxpvPUoAM23/04/29(土) 10:50:18

    「悪い悪い。茶化しただけだ」
    「あたしが茶化したら怒るくせになんなのこのヒト」
    「悪かったって。その通り、スタミナがあればスピード維持にも役立つ。3000を走れるスタミナで2000を走るなら、普段よりも早いタイミングで仕掛けて長時間スパートを維持できる……みたいな感じだな」
    「そう簡単にいきますかね……」
    「いくわけないな。スタミナは周りの状況によっても削られる。だから多少削られても気にせずにいられるくらい、スタミナをつけなくちゃいけないんだ」
    「……なるほど」
    「ちなみに三冠路線の菊花賞は更に長い3000m。天皇賞・春なんか3200もあるんだぞ」
    「…………無理では?」
    「ああ、無理だな」
    「でもお前はゴーストを倒すんだろ」
    「……うん」
    「なら、3000走る気でいるあいつよりもスタミナつけて強くならないとな」
    「……分かった」
    「よし、とりあえず行ってこい。1000mを5本。タイムも測るからな」
    「うっす!」

  • 69◆iNxpvPUoAM23/04/29(土) 10:52:03

    夜、自室────

    「お風呂でましたよー」
    「うーい」
    「どしたの、スマホ睨みつけて」
    「んー……」
    「にぃに?」
    「……んー」
    「おい何してんだ」
    「いてっ! 叩くなよお前……」
    「にぃにが雑な返事するからでしょうが。なにしてんの?」
    「ああ……エンプレスにメッセージをな」
    「ナンパかよ」
    「ちげぇよ、何回やんだよそのくだり」
    「メッセージ送ってどうすんの? なんかあるの?」
    「いや……なんか、チームの奴らとそりがあってないっぽいんだよな」
    「合わない、って仲良くないってこと?」
    「そうだな。実際、ある話だよ。自分の成り上がりのためだけにウマ娘を利用するトレーナーも」
    「言葉だけ聞くとめちゃくちゃ悪いやつみたいだけど……トレーナーなんだし、ちゃんと教えてくれるんだよね?」
    「ああ、腕前は確かだと思うよ。、でもウマ娘の気持ちや目標はフル無視だ。自分のキャリアにつながりやすい方針で育てる」
    「もしあたしのトレーナーがそれだとしたら、例えばどんな方針?」
    「え? う〜ん……じゃあ、お前の目標って?」
    「にぃやんと走ることです!」
    「……お前、難しいこと言うな」
    「え、そう?」

  • 70◆iNxpvPUoAM23/04/29(土) 11:01:44

    「普通さ、例えば日本ダービーで走りたいとか、天皇賞春秋連覇を目指す、とかさ? そういう明確な目標があるもんだぞ」
    「明確って、言われましても……あたしはずっとにぃやんがトレーナーになって一緒に走ることしか考えたことなかったしなぁ」
    「じゃああれだ、お前がその気持ちのまま、あいつ……悪徳トレーナーのチームに入る」
    「え、嫌ですけど」
    「例え話だよ。チームに入って、ティアラ路線で活躍する……お前が俺と組みたいって気持ちを踏み躙ってな」
    「……それ、この前やられかけましたよね? 司令官ってヒトに」
    「やられた」
    「あれめっちゃムカついた」
    「ああ、俺も」
    「そんな感じのことをするトレーナーがいる、ってこと?」
    「かなり極端な言い方はしてるけどな。別に司令官ってやつが、そのタイプのトレーナーだって言ってるわけでもない」
    「まあ、実際、お前に素質があるからっつって引き抜こうとしてたか」
    「絶対嫌だからね」
    「そうか? 実際、俺とやるよりめちゃくちゃ活躍できるかも」
    「おい、あたしの目標さっき言ったろ。忘れんなおい」
    「分かってるよ。もう言わない」
    「あたしはにぃにのものです」
    「え、別にいらない」
    「ひどい」

  • 71◆iNxpvPUoAM23/04/29(土) 11:16:44

    「じゃあ結局、悪いトレーナーは自分のためにウマ娘を育てるの? ウマ娘はそのトレーナーに目をつけられた時点で、ただの道具ってこと?」
    「そこまで極端になると漫画の世界だな。あくまで、ウマ娘の気持ちに寄り添わないってのがメインだ」
    「気持ちかぁ……」

    「そういうやつに限って腕前は確かだし、そのチームの方針、トレーナーの思想にウマ娘が共感したなら、いいトレーナーとして関係は続けられるだろうけどな」
    「でもそうじゃないウマ娘は、チームに居場所がなくなってしまう」
    「そうなってしまったら、そのウマ娘はどうするべきだと思う?」

    「チームを辞めるか、無理して頑張る?」
    「そうなるよな」
    「何度も言うけど、司令官ってやつがそうだと決まったわけじゃない。あのときは、お前を怪我させた俺に対して文句を言ってたようにも受け取れるし、俺がお前を潰すくらいなら、って気持ちで言ってたのかもしれん」
    「うーん……でもあたしは他のヒトのとこ行く気はありませんからね」
    「ああ、分かってるよ。なども言わんでいい」
    「兄上が何度も言うからだと思いますが」
    「悪かったって。……とにかくこういう話の一番初めは、トレーナーとウマ娘のそりが合わないことだ」

    「悪いトレーナーが、って散々極端な話をしたけどさ、結局どういう側面で見るか、ってだけだ」
    「ウマ娘の側から見ればトレーナーが悪いやつかもしれないし、トレーナーの側から見ればウマ娘が悪いやつかもしれない」
    「トレーナーとウマ娘の関係は信頼で成り立ってる。特にトレーナーはウマ娘の主張を可能な限り受け入れてやるべきで、そこで反発が生まれちまったらもう信頼なんてなくなってしまう」
    「チームを辞めたり辞めさせたりってのは、色々と複雑な理由があるもんなんだ。俺たちが簡単に言えるようなものじゃないんだ」

  • 72◆iNxpvPUoAM23/04/29(土) 11:21:41

    「なるほど……デリケートな問題ってやつだ」
    「そういうことっすわ」
    「うちのにぃやんがそんなやつじゃなくてよかった、って心底思いました」
    「やるわけねぇだろ……まあ前担当の時は、俺なんかが……つって死ぬほど悩んだけどな」
    「でも最後まで担当したんでしょ?」
    「前担当の意思でもあったからな。……でも、今でも俺じゃなきゃもっと活躍できたんじゃないか、って思うことはあるよ」
    「ちょっと、それって前先輩に失礼じゃない?」
    「分かってる。それでも後悔は尽きないよ」
    「……後悔、かぁ」
    「もっと上手くやれたんじゃないか。もっと強くしてやれたんじゃないか。その思いの中に、俺じゃない方が良かったんじゃないか……って気持ちが混ざるだけ」
    「そんなこと、ないと思うけど。前先輩もにぃにのこと大切なヒトって言ってたし」
    「え、うそ!?」
    「うそ」
    「は〜!?」
    「うっひっひ! めっちゃおもろい顔だったこいつ!」
    「おま、お前なあ! ほんっと嫌だこいつ!」
    「先輩に失礼なこと言った罰ですよ。にぃにはちゃんと前先輩のいいトレーナーをしてたって思います。胸張った方がいいよ」
    「つっても、なぁ」
    「それに今はあたしのトレーナーでしょ? あたしのことだけ考えとけ」
    「考えてるよ、お前のことなら四六時中」
    「ぇ……ぁ、お、……ぉぅ。真面目に返されることは想定外でした……」
    「話を戻すが……エンプレスのことだ」
    「あ、はい。気になるの? そのチームとの、関係性」
    「外野がとやかく言う問題じゃないのは分かってるが……わざわざお前に接触してきたことと、LANEで言ってたことが気になって」
    「むこうの司令官ってヒトに見つかったら大問題だろうね……」
    「引き抜き、って言われたらたまったもんじゃねぇな」
    「引き抜くったって、あたしと先輩、同期ですよ? やばいでしょ、喧嘩でしょ」
    「流石にそれは困るな。まあデカいチームなら同期のウマ娘を同じレースで走らせることもよくあるけどさ」
    「レース後とか殺伐としてそう。うわぁ、想像もしたくね〜……」
    「女王がうちに所属することになって、お前と一緒に桜花賞走った後のこととか目も当てられねぇな」

  • 73◆iNxpvPUoAM23/04/29(土) 11:24:48

    「ふたりして負けたならまだいいけど、どっちかが勝ったりしたらにぃやん大変よ? 祝勝会と反省会同時開催とか聞いたことないよ」
    「俺の胃がもたねぇな……それ」
    「そういえばクラシックが始まると受け入れてくれるチームはほとんどない、って言ってたよね。あれってどうして?」
    「クラシックはそのウマ娘の競技人生で1度きり。どこのチームもそいつのクラシックに全力を注ぐ。他のやつを見てる余裕なんてないんだ」
    「でも大きなチームなら、1人がクラシックでもう1人がシニアのレースってこともあるでしょ?」
    「もちろんある。だから大きなチームにはトレーナーが複数つくんだ」
    「複数……」
    「サブトレーナーって言うんだけどな。クラシックの大事な時期には責任者のチーフトレーナーが面倒を見て、入ったばかりのジュニア級や、クラシックより少しだけ落ち着いたシニア級のウマ娘なんかを、サブトレーナーが見たりするんだ。まあ例外もあるけどな」
    「へー……」
    「まあウマ娘2〜3人程度なら、普通トレーナーは1人だろうな」
    「じゃあ先輩やばいじゃん」
    「いや、まだそうと決まったわけじゃない。本人から聞いたわけでもないし、そんな話を進めてるわけでもない」
    「ふーん……で、聞こうか悩んでたってこと?」
    「ようやく最初の話に戻ってきたな……。まあ、そういうこと」
    「でもそれもさっき言ったけど、司令官ってヒトにバレたらやばくない?」
    「やばい。だから悩んでる」
    「……聞かなくて、いいんじゃない?」
    「ん?」
    「簡単な話じゃないんでしょ?」
    「ああ、まあ……な。でも、お前に接触しようとしてきた理由は知りたい」
    「ただ謝りたかっただけじゃないの?」
    「それならそれでいいんだけど、だとしてもやっぱ引っかかるんだよな……」
    「ふ〜ん……じゃあ連絡すれば?」
    「なんだよ、急に投げやりだな」

  • 74◆iNxpvPUoAM23/04/29(土) 11:26:59

    「いいんすよ、別に。あたしは。女王先輩が入ることになったって」
    「いや、そういう話じゃ」
    「とりあえずメッセージ送ったらいいじゃん」
    「なんて送るんだよ」
    「そっちやめてこっちに来ませんか」
    「それはやばいだろ。最悪、俺、トレーナー資格剥奪されるんですけど」
    「ならあたしもトレセンやめる」
    「なんでそうなる」
    「お兄ちゃんがいないと意味ないから」
    「……お前な」
    「なんだい、その目は」
    「いや……俺もお前がいないとキツイ」
    「え、それはちょっと、あの、どういう、その」
    「まあとにかく、基本的にチームを辞める理由なんてウマ娘側からの要望の方がほとんどだ。トレーナーが自分のキャリアのためにやめさせたりなんてトレセン学園じゃ、まず聞かない」
    「……そっか」

    「だからあの女王の理想と、司令官ってやつの理想が同じ方向を向いてないってことだと思う」
    「……って、抜ける前提の話してんな、ずっと。余計なお世話になるかもしれねぇし、深く追求する気はないよ」

  • 75◆iNxpvPUoAM23/04/29(土) 12:19:49

    「────お? 言ってたらなんかメッセージきた」
    「……女王からだな」
    「え、なになに?」
    「ちょ、おい、覗いてくんなよ」
    「あたしのチームに関わるかもしれないことだぞ。見せなさい」
    「……、仕方ねぇな」
    「ちょ、にいやんスマホ見にくいからPCで開いてよ」
    「注文多いなこいつ……」
    「うーん……横からじゃ見にくい。お兄ちゃん足開けて!」
    「おま、嘘だろお前っ……!」
    「ちっちゃい頃はよくこうやって座ってたじゃん? ふへへ〜」
    「……どけよ」
    「あったか〜」
    「どけって」
    「断る! ここはあたしの特等席だ!」
    「ったく……」
    「ほれ、抱っこもしろ。ちっちゃい頃みたいに」
    「アホかお前」
    「サービスのなってない椅子だ」
    「どくか? あ?」
    「やだ、今日のお兄ちゃん超かっこいい……このまま抱いてほしい……」
    「きっしょ」
    「は〜? いまなんて言いました、は〜?」

    『今朝は逃げてしまってごめんなさい。とても驚いてしまって、緊張と見つかってしまったのと、色々と……ごめんなさい。困らせてしまってごめんなさい』

    「……めっちゃ謝ってる」
    「ああ、めっちゃ謝ってくる。逆にこっちが申し訳なくなるくらいにな」
    「あ、また来た」
    「おう」

  • 76二次元好きの匿名さん23/04/29(土) 20:34:42

    念の為保守

  • 77◆iNxpvPUoAM23/04/29(土) 22:06:03

    『大人の方に失礼なことをしてしまって、本当にごめんなさい。男のヒトと話すのが苦手で、うまくできなくて。LANEなら打ち込むだけなので、まだ大丈夫なのですが』
    『ごめんなさい。先日の件で謝りたくてIDをお渡ししたのに、別のことで謝ってばかりですね。あれから妹さんは大丈夫でしょうか?』
    『しばらく学園にも来てなかったみたいですし、通学路でも見かけなかったので心配だったんですが、今日見かけることができてよかったです。また走ってくれて、よかったです』

    「くっそ長文ですけど……話すの好きなのかな」
    「どうだろ……」
    「ってかこれ、男の子が苦手って言ってる」
    「……だからあの時、逃げられたんだな」
    「なるほどですな……女王様の時とかめっちゃ男のヒト好きそうだけど。毎朝たくさんの男の子連れて登校してたりして」
    「マジな女王様かよ」
    「女王様じゃない時の先輩だと、無理だと思うけど……」
    「冗談は程々にしとこう。とにかくお前のこと、めちゃくちゃ心配してくれてんぞ」
    「ね、だから言ったじゃん。先輩だけはずっと心配してくれてたって」
    「だな。なんて返すかな……」

    『こちらこそ驚かせてしまってすみません。冬休みを利用して、しばらくリハビリで学園から離れていました。脚の調子も良くなったので、今朝からトレーニング再開となった次第です』

    「これでいいかな」
    「教えていいの? 聞き出せ、っていう司令官ってヒトの命令だったりしない?」
    「偵察だとしても、これくらいなら大丈夫だろ。明確に邪魔してきたわけじゃないし」

  • 78◆iNxpvPUoAM23/04/29(土) 22:08:15

    『そうだったのですね。ごめんなさい、知らなくて、あれから毎日校門前で待っていたんです。治ってよかったです。』

    「毎日……、ぇ、毎日!?」
    「うそだろ……あれから毎日って、2週間くらいずっとってこと?」
    「……ただ謝るためだけにそれは……」
    「ちょっと考えにくい……かもしれませんな」
    「というか打ち込むのめんどくせぇな……電話じゃダメか?」
    「おバカさんなのかな? いま先輩、男と話すのが苦手って言ったとこでしょうが」
    「いや……顔が見えなきゃ大丈夫じゃないかな、って」
    「そういう問題じゃないでしょ……」
    「だよな……」

    『心配してくれてありがとうございます。2週間も毎日探してくれていたとは、驚きました。先日の謝罪のためだけに、そこまでしてくれたのですか?』
    『可能であれば電話でお礼を言わせていただけませんか? 妹もそばにいるので』

    「探り入れてる?」
    「……まあ。あからさまか?」
    「わかりやすすぎでしょ。むしろめっちゃ探られてんな、って思われて嫌がられそう。あたしなら自分のトレーナーに報告します」
    「文面削除するか……いや、もう既読ついてるし今更だな」
    「先輩既読も文字打つのもめっちゃ早いよね。暇なのか?」
    「さあ」
    「あ、きた」

    『ごめんなさい、うまく話せないと思います』

    「ほらー」
    「だよな。ちょっと突っ込みすぎた」

  • 79◆iNxpvPUoAM23/04/29(土) 22:10:28

    『こちらこそすみません。差し出がましいお願いでした。妹も感謝しています、本当にありがとうございます』

    「今日のとこはこれで終わりかな……俺から変に話を聞くのも無理そうだ」
    「まあ、トレーナーからは聞きにくいよね、あれ」
    「証拠ってほどのものもないしな。あの言い方が少し気になっただけで」
    「もう直接聞いちゃえばいいじゃん」
    「え」

    『単刀直入に聞きます。あなたは、トレーナーや他のメンバーのやり方に不満を抱いていますか?』

    「おま、なっ……なに送ってんの!?」
    「にぃやんがじれったいからでしょうが!」
    「終わった……これで俺のトレーナー人生終わった……」
    「平気ですって、その時はあたしが一緒にいてあげるって」
    「お前のせいなんだよアホ」
    「え、あたしのおかげ? へっへっへ」
    「耳引きちぎったろかこいつ」
    「ちょちょちょ、耳はやばい耳はやばい。さすがに本能で逃げるよそんなの」
    「……返事来ねえな」
    「やりすぎたかな」
    「やりすぎだろ」
    「てへぺろ〜☆」
    「……」
    「いって! 無言で頭殴った! 抵抗できない妹をいいことに!」
    「そこに座ったお前が悪い。嫌ならさっさとどけよ」
    「そっちの方が嫌だよ、当たり前だろ」
    「ほんとムカつくなぁお前……」
    「しみじみ言うのもやめろぉ! なんだよぉ、にぃやんが優柔不断だからさっさと話進めてやってんだろぉ!」
    「進め方ってもんがあんだろが!」

  • 80二次元好きの匿名さん23/04/29(土) 22:15:25

    女王先輩(表)が良くても女王先輩(裏)が密告しそう

  • 81◆iNxpvPUoAM23/04/29(土) 22:18:38

    『不満と言われたら、そうかもしれません』

    「あ、きた」

    『彼らの理想は三冠路線、ティアラ路線の全てを獲ることです』
    『ゴーストさんは司令官さんの理想に共感しているようで、それが以前のインタビューでもあったコメントなのだと思います』

    「無敗の三冠制覇ってやつだな」
    「あと、全てのウマ娘を跪かせるって言ってた」

    『私は……実は、短い距離が得意ではありません』

    「……短い距離?」
    「短距離とか、マイルとかだな。お前と走ったのもマイルだし、阪神JFもマイルだ」
    「え、でも勝ってたじゃん」
    「ああ、勝ってた。でも……多分、そうじゃないんだろう」

    『ですが阪神JFでは強い勝ち方をしていたように思います。出遅れこそありましたが、それもカバーできていたのでは?』

    「途中から胸のリボン外してね、ちょっとおっぱいこぼしそうな感じにしてたけど」
    「お前黙れ」
    「はい」

    『たしかに、もう1人の私のおかげで阪神JFを勝つことはできました。でも、もともとの私はゆっくりと走れる長い距離の方が好きなんです』
    『だからクラシックは、ティアラ路線を進むよりも三冠路線に行きたい……と、思っていました』
    『それでも司令官さんは私を育ててくれましたし、それに対して恩はあります。だから不満はあるとはいえ、それを表に出すことはできないでいます』

    「……もう1人の私。もともとの私……ずっと感じてた、人格ってやつだな。ロールプレイみたいなもんかと思ってたけど……そういうもんでもなさそうだ」
    「にぃやんが言ってた通りだね」
    「まじかぁ……なんか、なんだろ……すっげぇ複雑な気分だ」

  • 82◆iNxpvPUoAM23/04/29(土) 22:21:04

    「ここまで言わせたからにはもう、ね。責任取ろう、お兄様」
    「お前がいらんこと聞くからだろ!」
    「お前が聞きたそうにしてるからだろ!」
    「あぁぁあ〜……もぉお〜……どうすんだよ、これ……」
    「しゃーないですなぁ」
    「ちょ」

    『チームを辞める選択もあると思いますよ』

    「お前さぁ!」
    「いいからいいから。任せとけって」
    「何を任せんだよ、どうするつもりなんだよ」
    「うちに入ればいいんでしょ?」
    「マジで言ってんの? お前」
    「前先輩がリハビリ見てくれてて思ったんだよね。あたし、競う相手がいる方が燃えるって」
    「……はあ」
    「安心せい。そなたの足のあいだは誰にも譲らぬよ。あたしだけの特等席でござる」
    「お前の席でもねぇよアホ」
    「ちょ、も、ポコポコ叩くな、うっとうしい!」
    「もうどけよお前」
    「嫌だね! ここはあたしのだ!」
    「もうやだこいつもう!」
    「ってか、返事遅くね? さっきまでめっちゃ早かったのに」
    「さすがに困るだろあれ。ちょっと貸せ」
    「ぉ、おう」

  • 83◆iNxpvPUoAM23/04/29(土) 22:56:13

    『急に困らせてすみません。ただ、あなたがウマ娘であるなら、自分の目的、目標を優先するべきだと思います』
    『適性の有無は重要かもしれませんが、可能な限り、ウマ娘の夢に寄り添ってくれるトレーナーのもとに行くほうが、エンプレスさんのためにもなるのではないでしょうか』

    「長文だ……」
    「こうでもしないと変なやつだろ……」
    「これでもまだ変なやつだけどね」
    「うるせぇよ」

    『ごめんなさい。やっぱり電話で話したいです。かけてもいいですか?』

    「……電話ですって」
    「お前喋ってくれよ」
    「え、やだよ。あたし初めてのヒトにはビビるもん」
    「お前……せめてお礼は言えよ」
    「それは言うけどさ。メインはお兄ちゃんだよ」
    「ほんとお前……。返事するよりこっちからかけた方が早いな。イヤホンとマイク取ってきて」
    「うぃっすうぃっす」

    「あったよー」
    「お前左耳な」
    「へい」
    「とりあえず横に映れ。この状況見られたらやばい」
    「見せつけていこうぜ」
    「アホか。横いけ」
    「ちぇ〜」

  • 84◆iNxpvPUoAM23/04/29(土) 22:58:38

    「さて、通話ボタン、と」
    「ぷるぷるぷるぷる」
    「なんだよ」
    「コール音の真似ですよ。ぷるぷるぷる」
    「……全然出ねぇな」
    「出ませんな……出る気ないのかな。ぷるぷるぷる」
    「…………一旦切るか」
    「そうだね、そうしよ……あ、繋がった」

    『……、……』

    「……もしもし」
    『ぁ、ぁ、ぁ、ぁの、も、もし、もし』
    「こんばんは。えぇと……新海です」
    『ぁ、は、は、はい、こ、こん、ばんゎ』
    「あ、あ〜、あの、兄です。トレーナーの……ええと、こいつの」

    「妹で〜す。こんばんはです、先輩」

    『は、はぃ、……、ぁ、ぁの、トレー、ナー、さんに、妹さん……はい。ぇ、ぇ、えん、ぁの……エンプレス、です』
    「すみません、朝は……ちょっと、あの、態度が悪くて」
    『ぃ、いえ……当然、だ、だと、思い、ます。わ、私たちが、その、妹さんを、あの……』

    『ご、ごめん、なさい、や、やっぱり、ぅ、うまく……』
    「大丈夫。ゆっくりでいいですから」
    『ぁ……』

    『……』
    『は、はい。ありがとう、ございます』

  • 85◆iNxpvPUoAM23/04/29(土) 23:02:08

    『……その、ぁ、ありがとう、ございます』
    「あ、いや、大丈夫ですよほんとに。ゆっくり喋ってもらえたら、それで」
    『ぃ、いえ、そうではなくて……その、私のことを、心配してくれた、ので』
    「ああ……いや、それは……いいんですよ。それより、妹からも話があるんで聞いてやってください」

    「……ほら、お礼」
    「あ、うん」

    「女王先輩。改めまして、こんばんはです」
    『ぁ、は、はい、こ、こんばんは。先日は、本当に……』
    「いいんですよっ! むしろあたし、先輩が心配してくれてほんとにありがたかったんです」
    『ぁ、え、ぇと』
    「あたしからもお礼言いたくて、兄に無理言って電話してもらいました。ありがとうございます、先輩」
    『そ、そんな……むしろ、私の方こそ、その、他人なのにお兄さんに、相談に乗っていただいて……』
    「いやいや、こんな兄で良ければ好きなだけ使ってやってくださいよ」
    『そんな……本当に、ありがとう、ございます。私……その、強く言うことができなくて、本当に走りたいレースがあるのに、言えなくて……』
    「わかります、わかりますよ」
    『それで、ずっと悩んでいて……レースに出させてもらえること自体は、ありがたくて。でも、その、やっぱり短い距離は……もうひとりの私に頼るしかなくって……』
    「もうひとりの私、あれっすね。いつものやつですね」
    『……初めて、悩みを誰かに話しました。ほとんど接点のないウマ娘で、あなたを怖がらせた、敵のような私に……あんなに親身になって話を聞いてくれて……まるで、白バの王子様、みたいで』
    「うんうん、にぃやん目つきは悪いですけどちゃんと大人なんで、そこは安心して……ん? 白バ?」

    「ぇ、王子……? え、は?」

    『すごく、嬉しかったです。トレーナー、さん、本当に、ありがとう、ございます』
    「ぁ、い……いえ、はい。こちらこそ力になれたのなら、よかったです、はい」
    『その……ゆ、勇気はまだ、出ませんけど……考えて、みます。私の……目標』
    「はい、それがいいと思います。あなたの目標、夢に寄り添ってくれるトレーナーが、一番だと思います」
    『は、はい、その、ぁの、あ、ありがとう、ございます』

  • 86◆iNxpvPUoAM23/04/29(土) 23:12:04

    『それで、あの、もしも、なんですけど』
    「はい?」
    『ぁ、ぁの、あの、ぁ、ぁ、ぁ、ぁの』
    「ちょ、ちょっと……落ち着こうか。ね、落ち着いて、ゆっくりでいいから」
    『は、ぁ、は、はい……す、すみません、いざ言おうと、思ったら……き、緊張、してしまって』
    「ぁ……あ、ああ……ええ、と……?」

    「……まさか、先輩」
    「え、なに?」

    『も、もしも……もしもの、話、なんですけど』
    「う、うん……はい」
    『私、が……チームを、抜けたら……』
    「………………はい」
    『わ……わた、私の、と、とれ……と、……けほっ』
    「ぇ、ちょ、だ、大丈夫……ですか?」
    『す、すみません、は、話しすぎて……喉が……』
    「よわっ」
    『ぅ、うぅ……す、すみません……』
    「ぁ……ご、ごめん、俺も素でつっこんでしまって」

  • 87◆iNxpvPUoAM23/04/29(土) 23:13:04

    「……」
    「どうしたんだよ」
    「いやもう、わかった。あたし、先輩がなに言おうとしたか分かった」
    「あん?」
    「お前まじか、鈍感か? 鈍感系主人公か? ほぼ言ってたでしょうが答え」
    「なにが……」

    『す、みません、ちょっと……けほっ。の、喉がもう、痛くて……後日、改めても……構いませんか……?』
    「あ、ああ……いい、ですよ?」
    『ありがとう、ございます。それでは、失礼します、トレーナーさん、妹さん』
    「はい、お疲れ様でした。おやすみなさい」
    「お疲れっしたー」

    「……で、なんて?」
    「いやマジで分からんのだが、って顔するのやめてもらえます?」
    「マジで分からんのだが」
    「お前さあ……」
    「なんなんだよさっきから」
    「……」
    「ため息やめろよ、ムカつくから」
    「あたしがムカついてるよ! 今!」

  • 88◆iNxpvPUoAM23/04/29(土) 23:22:41

    「は〜、ムカつく。めっちゃムカつくわ、この兄。バカ兄。アホ兄。クソボケ」
    「なんなんだよお前」
    「先輩がもし勇気出してチーム抜けたとするじゃん」
    「うん」
    「じゃあにぃやんがトレーナーになるしかないじゃん」
    「なんで?」
    「後押ししたからでしょうが! え、なに、なんでたまに急にこんなアホになるの?」
    「……」
    「難しい顔してもダメですからね。覚悟決めてくださいね」
    「…………うん、あの、ね」
    「なんすか」
    「現実逃避してた」
    「ですよね、ですよね、よかった! 急にアホになったわけじゃなかったね! アホになりたかったんだよね、困りすぎてアホになりたかったんだよね!」
    「トレーナーを探す手伝いをするならさ、それくらいならさ、手伝えると思うけどさ」
    「うんうん、わかるよ、わかるわかる。にぃやんの気持ちわかる」
    「俺が担当することになったらお前のことどうすんだよ……」
    「ね、そうだよね! にぃやんあたしのこと大好きだもんね! あたしのことしか眼中にないもんね!」
    「それは違うけど」
    「おいそこは頷けよ、うんって言えよ」

  • 89◆iNxpvPUoAM23/04/29(土) 23:28:42

    「とりあえず今考えても仕方ねぇな……風呂入るか」
    「まじでどうするか考えときなよ? あたし競う相手がいた方がいいって言ったけどさ、ほんとに来ると思ってなかったからね」
    「いや俺もですけど」
    「まあ……来たら来たで面白そうだけどね。先輩、可愛いし」
    「まあな」
    「なに同意してんだよ、殴るぞ」
    「なんでだよ!」
    「あたしの方が可愛いって言えよ!」
    「おかしいだろそれ、お前俺の彼女かよ!」
    「え、そのつもりですが」
    「きっしょこいつ」
    「は〜? 同棲してるくせに今更そんなこと言う方がおかしいと思いますけど〜?」
    「同棲じゃねえよ、家族だろうが」
    「やだ、もう家族……? あたしたち、結婚してたの……?」
    「お前そろそろいい加減に黙れ」
    「はい」

  • 90◆iNxpvPUoAM23/04/29(土) 23:57:21

    ・・・

    「はー……」
    「お兄ちゃんおかえり〜」
    「うぃーす」
    「さっぱりしてきたね」
    「お前さ」
    「はい?」
    「俺のシャンプー使った?」
    「……」
    「使ったよな」
    「え?」
    「使ったな?」
    「はい」
    「お前さぁ……」
    「無くなってたんだもん! 仕方ないじゃん!」
    「くっそ……さっき座った時に気づけよ俺も……! エンプレスとのLANEでそれどころじゃなかったわ」
    「いやあ……全身からお兄ちゃんの匂いがしますな」
    「気持ち悪いこと言うのやめてくださいます?」
    「あたしとしては案外……イケる!」
    「……お前さ、俺の気分を下げること言わせたらピカイチだよな、ほんと」
    「テンアゲでいこ〜!」
    「上げんな、寝る用意しろ。電気消すぞ」
    「は〜い。ささ、にぃにもこちらへ」
    「行かねーよ。俺は今日も今日とて布団だわ」
    「ベッドが恋しい?」
    「そりゃもう、当然ですが」
    「じゃあ一緒に寝たらいいじゃん」
    「アホか」

  • 91◆iNxpvPUoAM23/04/29(土) 23:58:24

    「あたしはいいけど」
    「俺が嫌だ。なんで正月早々お前と一緒に寝るんだよ」
    「……そういえばまだ1月3日でしたね」
    「めちゃくちゃ濃い1日だったな、今日」「先輩がうちに入るのかぁ」
    「決まったわけじゃないだろ」
    「ほぼ確定だよあれ。白バの王子様だもん」
    「……あれ、なんなんだろうな」
    「さあ……明日あたり先輩に聞いてみたら? もう気軽に話していいでしょ」
    「いや、困るわそれ。ほとんどLANEしねーのに」
    「あたしともあんまりしないもんね」
    「ほぼ一緒にいるからな」
    「授業の時以外ずっと一緒だもんね」
    「そういや阪神JFのあとやばかったよな」
    「? なんかあったっけ」
    「お前、メンタル弱ると甘え癖出すだろ」
    「甘え癖って……いやまあ、うん、分かりますけどね、にぃにの言いたいこと」
    「そろそろ独り立ちしてほしいよなぁ」
    「いや……無理じゃないすかね……」
    「だよなぁ、俺もそう思う」
    「でしょう? あとあれですよ、あたし、マジで弱るとにぃやんがそばにいてくれないと無理になる」
    「ほんと変わんねーよなそこ」
    「はい。視界から消えるだけでもう無理です」
    「その歳になってもかよ」
    「だいじょびかなって思ってたけど、だいじょばなかった」

  • 92◆iNxpvPUoAM23/04/30(日) 00:08:25

    「なのでにぃにはあたしと離れることができないのだ。主にあたしのお世話のために」
    「まじで彼氏とか作って出て行ってくんねぇかな……」
    「トレセンにいるあいだは無理じゃね……?」
    「中学の時とか告白されたろ」
    「何回その話するんすかお兄様。しつこいですよ」
    「毎回思うよ、もったいないなぁって」
    「あたしの方こそ、そんなのに処女散らす方が勿体無いんすよ」
    「やめろお前、処女とか言うなお前」
    「嫌でしょにぃにこそさ、可愛い妹がさ、どこぞの凡骨とも分かんないさ、チャラ男でパーリーピーポーのさ、100人斬り目指してます! とか言ってるやつと付き合って適当に卒業して、別れたり付き合ったりを繰り返して堕ちていくの」
    「妙にリアルなのやめろよ……普通に気分悪くなってきたわ」
    「わかればよろしい。さあお兄様、こちらへ」
    「行かねえよ。なにが、さあこちらへだよ」
    「先輩に取られる前にあたしが奪うのだ」
    「俺は誰のもんでもねえよ」
    「今はあたしんだ」
    「……まあ、そうなのか?」
    「認めたな!?」
    「ゃ、違う、そんなことない、なんも言ってな────おいお前なんでこっち入ってきてんだ!」
    「あたしのもんなら添い寝しろ、添い寝」
    「しないって言ってんだろ、戻れよほら」
    「戻らんぞフハハハハ! あたしのものならあたしのものらしく、あたしの言うことを聞け〜」
    「お前何様だよ……」
    「妹様だ! 敬え!」
    「……お前、出ていく気ないだろ」
    「ないですが」
    「……」
    「うーわため息。さよならにぃにの幸せ。ようこそ、あたしの幸せ」
    「ヒトの幸せ吸い取るんじゃねぇよ」
    「お兄ちゃんはあたしのものなんですよ。じゃあお兄ちゃんの幸せもあたしのものなんですよ」
    「……いみわかんね」

  • 93◆iNxpvPUoAM23/04/30(日) 00:17:37

    「ドキドキしない?」
    「なにが?」
    「女の子と一緒の布団で寝てんですよ?」
    「お前だと特に感じないかな……」
    「……ほんとに?」
    「なんなのお前」
    「ねえ、お兄ちゃん……」
    「なに」
    「あたし、いま……つけてないんだよ?」
    「……はっ?」
    「ほら、わかるでしょ、腕に押し付けた感触……」
    「……嘘だろ」
    「は〜い、うっそで〜す! ちゃんとナイトブラしてま〜す!」
    「…………はあ」
    「まあまあまあ、冬休み終わったら24時間一緒にいられなくなるし、今のうちにお兄ちゃんパワー充電させてくださいよ」
    「俺の幸せと安眠を吸い取ってか」
    「そ〜そ〜」
    「悪魔かよ」
    「あくまで妹です」
    「最悪だ……くぁ、ふ……」
    「あくびでっか」
    「うるへぇよ。さっさとそっち戻って寝ろよ」
    「え〜」
    「戻れ」
    「はぁい」

  • 94◆iNxpvPUoAM23/04/30(日) 00:17:52

    「……お兄ちゃんおやすみ」
    「ああ、おやすみ」
    「あ、明日もトレーニング?」
    「当たり前だろ」
    「終わったら買い物行きたい」
    「どこに?」
    「福袋! お正月の福袋買わないとかないでしょ!」
    「もう4日だぞ? 置いてるのかよまだ」
    「だいじょび。ああいうのは1週間くらいやってくれてるから」
    「そーか? なら終わったらな」
    「やったぜ! あと晩御飯、前先輩のとこ行きたい」
    「え、ああ。……あいてたかな」
    「前先輩にLANEして聞いとく」
    「分かった。じゃあおやすみ」
    「おやすみ〜」

    「あ、」
    「寝ろ」
    「はい」

  • 95◆iNxpvPUoAM23/04/30(日) 00:18:54

    本日はここまで
    名前から逃げられなかった…

  • 96二次元好きの匿名さん23/04/30(日) 00:23:56

    お疲れ様でした〜
    確かにあの場面は名前誤魔化すのキツいですね…

  • 97二次元好きの匿名さん23/04/30(日) 00:24:13

    お疲れ様です
    読んでて驚いたけど下の名前や妹のウマ娘名は出てきてないし多少はね

  • 98二次元好きの匿名さん23/04/30(日) 02:05:38

    おつ
    モチーフ通りでいいさ

  • 99二次元好きの匿名さん23/04/30(日) 08:18:17

    保守

  • 100二次元好きの匿名さん23/04/30(日) 13:26:47

    保守

  • 101二次元好きの匿名さん23/04/30(日) 18:54:29

  • 102◆iNxpvPUoAM23/04/30(日) 19:29:12

    数日後、トレーナー室────

    「勝負服?」
    「ああ。そろそろ真面目に決めないとやばいだろ」
    「でもまだ1月の後半戦に入ったとこでしょ? まだクラシックまで3ヶ月近くあるじゃん」
    「アホか。早めに決めて業者に頼んどがないと、いざ届いた時にサイズ違ってたらお前、どうすんの」
    「……確かに。女王先輩のことで完全に忘れてた」
    「あいつのことは、あれから連絡もないし、こっちからアクションかけるようなことでもないだろ」
    「まあ、そうなんだけどさ。ちょっと心配だよね」
    「言ったろ、こっちからはどうしようもないんだって」
    「分かってるって。じゃあ今日は勝負服を決めるミーティング?」
    「ああ、そうしようと思ってお前が前に描いてたデザイン画を引っ張り出してきた」
    「おぉっ! あたしやっぱセンスありますな〜」
    「俺はこれでもいいと思うけど、いま改めて見て気になることとかあるか?」
    「んー……あとは色、かなぁ」
    「色?」
    「うん。赤と白で悩んでる」
    「ふーん……」
    「俺は、このヘソ出しってどうなんだ? 寒くねぇ?」
    「ちっちっち」
    「あ?」
    「にぃやんは分かってませんね。おしゃれのことをな〜んにも分かってません」
    「ぶっ飛ばすぞ」
    「なんだよぉ! 事実を言ったまででしょうが!」
    「お前の汚ねぇヘソ見せられて誰が喜ぶんだよ」
    「汚くねぇわ、めっちゃ綺麗にしてるわ! 友達からも、お肌綺麗だよね〜、ってよく言われてるわ!」
    「ふぅ〜ん」
    「うーわ、うーわこいつうーわ」
    「10000歩譲って綺麗ってことにしといてやるよ」
    「譲らねぇよ! じゃあ見せてやろうかあたしの綺麗なヘソ!」

  • 103◆iNxpvPUoAM23/04/30(日) 19:42:41

    「いいよ、いらねぇよ」
    「くっそ、覚えてろよ勝負服届いたとき……」
    「お前の汚ねぇヘソのことは忘れといてやるからさっさと決めようぜ」
    「このクソ兄貴め……」

    「……あ、そういえばさ。あたしの決める前に知りたいんだけど」
    「なんだよ」
    「前先輩の勝負服ってどんなの?」
    「ああ……写真あるよ。見る?」
    「あ、みるみる〜」
    「どこしまったっけな……ちょっと探すわ」
    「はーい」
    「……お、あったあった」
    「どれどれ」
    「ほれ」
    「おぉ〜! かわいい!」
    「へへ、一緒に考えたんだ」
    「……にぃやんが? どのへんを?」
    「え? ……えーと……この髪飾りとか」
    「それだけかよ。ほとんど何もしてないじゃん」
    「いいだろが! 前担当がさ、トレーナーさんの考えたものを何かひとつ持ちたい、って言うからさ」
    「ほうほう……なるほど」
    「俺ってセンスないしさ、デザイン足すのは難しかったから、邪魔しないくらいの髪飾りをつけた」
    「それがこのお花っぽい髪飾り?」
    「そういうこと」
    「ふぅん……へぇ、にぃににしては可愛いじゃん」
    「だろ。前担当も気に入ってくれたんだ」
    「それは社交辞令だと思う」
    「こいつ、まじで……こいつ……」

  • 104◆iNxpvPUoAM23/04/30(日) 19:48:33

    「じゃああたしもそういうのほしいな〜、にぃやんの考えたやつ」
    「社交辞令だろ、いらねぇよ」
    「ちょ、拗ねないでよ〜! 冗談でしょ〜!」
    「いいっていいって。俺はお前が考えたデザインだけで見たい」
    「え〜……でもほら、ふたりの絆? 的な? あたしとにぃにのさ、愛の結晶ってやつですよ」
    「アホくさ」
    「前先輩にだけずるいだろ! 他の子にやったならあたしにもやれよ!」
    「うるせーなぁ……ったく……何がいいんだよ」
    「同じくアクセ! シルバーアクセがいい!」
    「うーん……髪は気に入ったやつ付けたいだろ」
    「ん、兄上がこれぞというデザインを出してきたら考えてもよろしいですぞ」
    「じゃあ無理だな。お前の趣味に合うようなやつは思いつかん」
    「んだよぅ」
    「アクセサリーなぁ……」
    「とりあえず候補挙げてってみてよ。なんか気に入ったやつあったら、それにするから」
    「へいへい」

  • 105二次元好きの匿名さん23/04/30(日) 20:13:16

    >トレーナーさんの考えたものを何かひとつ持ちたい


    う~ん、これはビジネスライク

  • 106◆iNxpvPUoAM23/04/30(日) 20:32:38

    「イヤリング、ブレスレット、ネックレス、髪飾り、指輪、アンクレット……あと何があったっけな」
    「いざ言われてみると分かんないよね」
    「だな。あ、あとなんだ、腕輪みたいなやつ」
    「バングル?」
    「それそれ」
    「バングルかぁ」
    「でもお前の勝負服、袖長いぞ?」
    「たまに見えるのがいいんですよ、そういうのは」
    「なんだそりゃ」
    「愛の結晶ですよ? 見せびらかすのは美学に反する」
    「はぁ」
    「あ、いまあれだな。よくわかんね〜なこいつ、って思ったな」
    「思った」
    「いいんだよぅ! ヒトには見えないけど、あたしの中には確かに存在する感触ってやつなんだよぅ!」
    「はあ……」
    「ちゃんとレース前にね、にぃやんのバングルに触れてお祈りしとくから」
    「形見みたいな扱いすんな。生きてるわ」
    「きっと前先輩もやってたよ。走る前に髪飾りに触って、トレーナーさん、行ってきます……みたいな」
    「しんでねぇよ俺」
    「さっすがビジネスライク! 担当の勝負服に自分で考えたデザインの髪飾りを贈るなんて!」
    「あー……うぜー……ぶっ飛ばしてー……」
    「ガチ感ある言い方やめろ! いいの、あたし泣くよ! 泣いちゃうよ!」

  • 107二次元好きの匿名さん23/04/30(日) 20:46:29

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  • 108◆iNxpvPUoAM23/04/30(日) 20:48:03

    「じゃ、ブレスレットかバングルでいいか?」
    「うん。それでお願いします!」
    「分かった。またデザイン出来たら言うわ」
    「オッケーオッケー」
    「今日はお疲れ。もう帰っていいぞ」
    「はーい、また明日〜……って待てぃ!」
    「なんだよ」
    「一緒に帰るでしょ」
    「俺まだ仕事残ってんの」
    「じゃあ待ってるよ」
    「待たなくていいよ。先帰って風呂入っとけ」
    「ごはんは?」
    「帰りにカフェテリアのテイクアウトしとくから」
    「え〜、なんか今日は学食の気分じゃないかも」
    「じゃあ何が食いたいんだよ」
    「ハンバーグ!」
    「お前……アスリートなんだぞ」
    「1食くらい好きなの食べたいじゃん」
    「カフェテリアのにんじんハンバーグでいいだろ」
    「デミグラスソースじゃんあれ」
    「うまいだろ」
    「うまいですよ? うまいけど、違うんですよ。オイルソースのハンバーグが食べたいんですよ」
    「じゃあびくドンでも行くか」
    「やったぜ! 早く終わらせなさいよお兄様」
    「まだ時間かかるから帰れって」
    「帰らないって言ってるでしょ。そのあいだに前先輩の勝負服の写真色々見とく〜」
    「もう好きにしろよ……」
    「許可出た〜! ウェーイ!」

  • 109◆iNxpvPUoAM23/04/30(日) 21:07:34

    「……ん? 左手のとこ、これ何?」
    「左手?」
    「ほら、ここここ。前先輩の勝負服の」
    「ああ……これな、なんか凝った作りになっててさ。前担当が“簡易領域”に入ったら光るんだよ」
    「……ひ、光……え、光る?」
    「光るっていうか模様が浮かぶっていうか……なんか業者のヒトが入れてくれた隠しデザインらしい」
    「へ〜! ……あたしの背中の紋様みたい」
    「お前も光らせてもらったら? 暗いところでぼんやり光るように」
    「プリキュアの光るパジャマかよ! ……でもなんかいいかも。前先輩の意思も継いでます! みたいな〜」
    「前担当が聞いたら驚くだろうな」
    「もうあたしたちめっちゃ仲良しなんで。だいじょび、絶対喜ぶ」
    「そうか? ま、仲いいのはいいことだな」
    「にぃやんのこと頼まれちゃいましたしね〜」
    「……は? なにを」
    「うひゃひゃひゃ、あたしと前先輩だけの秘密なのだよワトソンくん。話すわけがなかろう」
    「なんだよ、話せよ」
    「や〜だよっ」
    「おま、気になるだろ」

  • 110◆iNxpvPUoAM23/04/30(日) 21:08:27

    「ないしょですよ〜? ちゃんと言っといたからさ、にぃにのことはあたしにまかしとけ、って」
    「逆じゃなくて?」
    「あたしが保護者だ」
    「じゃあ家賃と光熱費と食費全部出せよ」
    「嫌です。それはお兄ちゃんの役目です」
    「たまには飯代くらい出してくれよ」
    「いい女は財布を持ち歩かない」
    「クソ野郎だな。帰れ帰れ」
    「帰りませんよ〜だ。仕事って言っときながらエッチな動画見るんでしょ」
    「見ねぇよアホかよお前」
    「家じゃあたしがいてひとりでできませんもんね。こういうところでやってかないと」
    「やってねぇって」
    「別に遠慮しなくていいんすよ、あたしを襲ったって。あたしは準備できてますよ。お兄ちゃんを受け入れる体制整ってますよ」
    「お前マジでぶっ飛ばすぞ」
    「はい、すみません」

  • 111◆iNxpvPUoAM23/04/30(日) 22:07:54

    「女王先輩とゴーストの勝負服ってどんなだったっけ」
    「エンプレスはあれだろ、なんか……女王にしてはおとなしめなドレスみたいなやつ」
    「そうだったそうだった。でもあれ、元々の、人格? もうひとりの私じゃない方のセンスって考えたら合ってるかもだよね」
    「ああ、そうだな。確かに……元々の性格がこの前の電話で喋った方なら、な」
    「女王先輩の服はリボンが着脱可能と」
    「あれほぼ引きちぎってたけどな」
    「めっちゃ谷間見せびらかしててムカついた」
    「女子同士でも気になるもんなのか?」
    「ううん、違う」
    「?」
    「あれ見てニヤついてたにぃやんにムカついた」
    「ニヤついてねぇよ!」
    「きもかった」
    「お前いい加減にしろよ」
    「うっひゃっひゃっ! でも前先輩の紋様が光るのいいな〜、あたしもやりたいかも」
    「アイデアになったなら、そりゃ良かったよ」
    「へへへ、にぃやんには内緒の隠しコマンド入れておきますよ。ぶち上がること間違いなしだぜ」
    「男の子としては変形してくれると嬉しい」
    「ロボかよ」
    「スパート入る時の心拍数でモードチェンジ的な。NT-Dみたいな」
    「ユニコ〜ン!」
    「そうそうそれそれ」
    「ほんとに存在するんすかね、一本角の生えたウマ娘なんて」
    「おとぎ話だろ」
    「いたらロマンあるよね〜」
    「覚醒したら緑色になって角が割れるんだ」
    「だからそれ違う方ですってにぃやん」

  • 112◆iNxpvPUoAM23/04/30(日) 22:12:07

    「懐かしいなあ、プラモ組んだっけ」
    「おかんに捨てられてましたけどね」
    「やめろお前。それはやめろお前」
    「あのときのにぃにの絶望顔、めっちゃおもしろかった」
    「お前、趣味最悪だな……」
    「本気っぽい言い方するなよ! 泣くぞあたし、いいのか泣くぞ!」
    「よし、仕事終わり」
    「お、じゃ〜帰りますか」
    「おう。お前の方は?」
    「デザインの要望の紙ならここ」
    「おっけ。んじゃ、バングルのデザイン出来たら別紙に用意しとく」
    「お願いしまっす! さてさてびくドンだ〜!」
    「せっかくなら前担当の店でも良かったな」
    「でも今日バイトじゃないみたいだよ?」
    「確認済みかよ」
    「いるなら最初っから言ってますよ、前先輩のお店って」
    「それもそうか」

  • 113◆iNxpvPUoAM23/04/30(日) 22:13:12

    「そっすよそっすよ〜」
    「帰って車乗ってくか? 歩きはちょっと遠いだろ」
    「おお、夜のドライブだ! あたし海行きたいな〜」
    「飯食って帰るだけだ。明日も学校あるだろ」
    「ちぇ〜!」
    「そろそろ次のレースも考えなきゃいけないしな」
    「……次のレース?」
    「怪我明け1発目がGⅠは色々とな。GⅢかGⅡか……どこかで様子を見たい」
    「それを挟んで、桜花賞?」
    「そうなる」
    「おわ……なんか、なんか急に近づいてきた気がする……」
    「ああ、実際かなり近い。もうのんびりしてる余裕はないぞ」
    「うす、うす、頑張るっす」
    「俺も一緒にな」
    「え?」
    「ティアラ路線は初めてだからな。お前ひとりじゃなく、俺と一緒に頑張るんだ」
    「ぁ……う、うん! 一緒に!」
    「よし。じゃあさっさと帰ろう」
    「あいあ〜い!」

  • 114◆iNxpvPUoAM23/04/30(日) 22:15:32

    帰路────

    「なにしよっかなぁ」
    「今からメニュー考えてんのかよ」
    「先考えとかないと、にぃやんに勝手に頼まれちゃう」
    「しねーよそんなこと」
    「1回された。マックで」
    「あれっきりだろ」
    「コーラふたつ」
    「嫌だったら交換してやるよ」
    「どっちもコーラだったじゃねぇか!」
    「へへ、あれは笑ったな」
    「あたしはメロンソーダが良かったですよ」
    「今日飲めばいいだろ」
    「え、まじ〜? やった〜」
    「ちょっと待て」
    「な、なんだよ、いいって言ったじゃん。もう決めましたからね、飲むぞあたしは」
    「違う」
    「え?」
    「……」

    「……ぁ」

    「あ、女王先輩」

  • 115◆iNxpvPUoAM23/04/30(日) 22:17:42

    「あ、女王先輩」
    「ぁ、ぁ、あのっ……こ、こ、こ、こ、こん、ばんゎ……」
    「こ、こんばんわっす。えと、どうかされました?」
    「ぁ、ぁ、ぁ、ぁ、ぁの、ぇと、ぉ、お……おは、お話、が……」
    「……にぃやん」

    「ああ……そうだな。場所、変えましょうか。その方がいいですよね?」
    「ぇ、と……ぁ、は、は……は、ぃ……そぅ、です、ね……」
    「じゃあどうするか……トレーナー室行きますか? それとも……」

    「ごはん!」
    「えっ」

    「女王先輩、晩ごはん、たべました?」
    「ぁ、ぇ、い、ぃぇ、その……ま、まだ、です」
    「じゃあご飯いきましょ! びくドンいけます?」
    「は、はぃ……ぇ、い、……え、ご、はん……ですか……?」
    「はい! 一緒にどうです? あたしたち今からご飯行くんですけど」

    「いやお前、お前それは、お前」

    「……ぇ、と……で、では、ぜ……ぜひ」

    「じゃあ行きましょ〜!」
    「うそでしょ……」

  • 116◆iNxpvPUoAM23/04/30(日) 22:18:09

    本日はここまで
    ありがとうございました

  • 117二次元好きの匿名さん23/04/30(日) 22:19:31

    お疲れ様でした〜
    女王様がどちらにつくのか気になる展開

  • 118二次元好きの匿名さん23/04/30(日) 22:20:49

    お疲れ様でした
    スズカさんと化したにぃやんで芝

  • 119二次元好きの匿名さん23/04/30(日) 22:28:12

    おつ
    この兄一生ビジネスライクでいじられそう

  • 120二次元好きの匿名さん23/05/01(月) 06:26:25
  • 121二次元好きの匿名さん23/05/01(月) 16:03:50

    保守

  • 122二次元好きの匿名さん23/05/01(月) 16:43:22

    せっかくなら3人で前先輩の店に行って修羅場になるところが見たかったぜ

  • 123◆iNxpvPUoAM23/05/01(月) 22:55:04

    某ハンバーグレストラン────

    「先輩、メニュー決まりました?」
    「ぁ、え、ぇと……こ、これで」

    「あ、オッケーで〜す。レギュラーですね〜。にぃやんは?」
    「俺はこれのライス大盛り」
    「にぃやんほんとチーズ好きだね」
    「お前もそれだろ」
    「まね」
    「エンプレスさん、他に欲しいものがあったら、好きなもの頼んでください」

    「は、はい……あ、ありがとう、ございます。では……そ、その、こ……これを」
    「いちごミルク?」
    「ぁ……だ、だめ、でしたか……?」
    「大丈夫ですよ。好きなもの、好きなだけ食べてください」
    「は、は……ぃ……」

  • 124◆iNxpvPUoAM23/05/01(月) 22:56:36

    「え〜、いいな〜。あたしもいちごミルク飲みたいな〜」
    「お前と俺はコーラだろ?」
    「なんでだよ!」
    「嫌だったら交換してやるって」
    「だから両方コーラじゃねぇか! メロンソーダって言ってたじゃん!」
    「じゃあ交換してくれ」
    「じゃあにぃにも頼めよメロンソーダ」
    「ちっ」
    「なんだこいつ……めんどくせ〜……」
    「じゃあお前コーラといちごミルクな」
    「メロンソーダ!」

    「ぁ、あ、ぁの……」
    「「?」」
    「け……け、喧嘩、は……」
    「あ、喧嘩じゃないですよ〜。いつも通りの会話のドッジボールですよ〜」
    「ど、ドッジ、ボール……ぇ、えっ?」
    「いつものやりとりってことです! こいつ目つき悪いし口も悪いですけど、噛みついたりはしないんで。さ、注文しましょ〜」

    「こいつ呼ばわりってお前何様だよ」
    「妹様だ! 敬え!」

  • 125◆iNxpvPUoAM23/05/01(月) 22:59:06

    ・・・

    「いただきます」
    「いただきま〜す」
    「いただき、ます」

    「いや〜、それにしても久しぶりだね。匂いだけでお腹減ってきちゃう」
    「だな」
    「あたしチーズ倍にしてやった」
    「それ見て俺もすればよかったって、ちょっと思った」
    「へっへっへ、注文するとき黙ってた方が悪い」
    「別になんも言ってないだろ。お前のもらうし」
    「あげませんが!」
    「冗談だよ」

    「そういえば先輩って、外食とかするんですか?」
    「ぇ、えと……私は、寮、なので……外食は、あまり……」
    「あ、そうなんですね」

    「……は、はい」
    「寮は、決まった時間に……ごはんがあります、から。その時間に食べられ、なかったら……学食、とか……」

  • 126◆iNxpvPUoAM23/05/01(月) 23:02:12

    「そうなんですね〜! あたしにぃやんと同棲してるから知らなかった」
    「同棲じゃねえ。同居」
    「似たようなもんでしょ」
    「全然違う。あと誤解生むから2度と言うな」
    「やだね」
    「お前ぶっ飛ばすぞ」

    「ひっ……」

    「だから喋んなって! 先輩怖がってんじゃん!」
    「ごめんなさい……」

    「え〜、っと……あ、そうだ! 先輩って趣味とか……」
    「お見合いかよ」
    「うるせぇよ」

    「あたしはゲームとかよくやります! にぃにの持ってるやつだけど! 先輩ゲームやります?」
    「……、……」
    「……」
    「……、……」
    「────ま」

    「あ、ティッシュとって」

    「おまっ、いま先輩が喋りかけてただろうが!!」
    「ぇ、あ、ごめん」

  • 127◆iNxpvPUoAM23/05/01(月) 23:04:34

    「……」
    「大丈夫。大丈夫ですからね先輩〜」
    「……。漫画、とか、読んだり……あと、アニメ、も……」」
    「漫画とアニメ! にぃにも漫画とアニメよく見てますよ、家にも色々ありますし! なに好きなんですか?」
    「……、……たくさん、あるので……今は、言い切れない……です」
    「そんなにあるんすか……」
    「……はい、たくさん……あり、ます」
    「にぃにと結構気あうかもよ! 話題できたじゃん!」

    「かもな。俺ほとんどサブスクで見たりが多いんだけど、エンプレスさんは毎週の放送を追ったりしてるんですか?」
    「……」
    「……」
    「…………」
    「…………」
    「………………」
    「悪い、妹。ティッシュ取って」

    「はい」

    「大丈夫ですよ? 女王先輩。うちの兄、目つき悪いけど噛みつきはしませんよ?」
    「この前の電話は普通に話せてたし、緊張しないで大丈夫ですからね〜」

  • 128◆iNxpvPUoAM23/05/01(月) 23:12:03

    「……、ご、ごめん、なさい……。その……、や、やっぱり、か、顔を見ると、き、き……緊張、して……しまって……」
    「あの……、寮には、て、テレビがない、ので……私も、ネットで……」

    「だってさ」
    「……」
    「なに偉そうに頷いてんの。喋れよ」
    「いや、話したらプレッシャーかけちゃうかと思って」

    「……ご、ごめん、なさい」
    「ああ、いや、嫌味っぽく聞こえたらすみません。ただ楽しく話したいだけだから。苦手なのは、仕方ないよ」
    「……ぁ」

    「ね? 意外と優しいんすよ、こいつ」
    「こいつ呼ばわりすんなっつうの。何様だお前」
    「妹様だ! 敬え!」
    「……。俺もこいつのこと苦手だから、ほんと気にしないでね、エンプレスさん」
    「おい、今なんつった、おい」

    「会話の、ドッジ……ボール……仲良し、ですね……」

    「いや、仲良くないです。嫌いです」
    「おいおい、照れんなよぅ」
    「……」
    「おい。先輩の前であんまりきついこと言えないからってその目やめろ。蔑む目を直ちにやめろ」
    「……ふ、ふふっ……」
    「え、いまの笑うとこでした? 妹いじめでしょ、仲良いポイントなかったでしょ?」

    「なあ、ティッシュとって」
    「お前何枚ティッシュ使うんだよ箱ごと持ってけよ!」

  • 129◆iNxpvPUoAM23/05/01(月) 23:19:27

    ・・・

    「ごちそうさまでした」
    「ごちそうさまでした〜!」
    「……、ごちそう、さま、でした」

    「……さて、エンプレス」
    「ぁ……、は、はい……」

    「ちょっとにぃやん」
    「そろそろ始めないとダメだろ」
    「……まあ」

    「話があるって言ってたよな。そろそろ聞かせてもらえるか?」
    「……」
    「落ち着いて話してくれたらいい。俺も怖がらせたいわけじゃないし、キミのペースで構わないから」
    「……」

    「ぇ、えとさ、先輩! あたしたち────」
    「お前は静かにしてて」
    「え……で、でもさ、にぃやん」
    「これはトレーナーとしての話だ」
    「……うす、了解っす」

    「なにか温かい飲み物でも頼もうか?」
    「ぁ、ぇ……と、だ、い……じょうぶ、です。お話……できます」
    「……そ、か。じゃあ、聞かせてくれ」

  • 130◆iNxpvPUoAM23/05/01(月) 23:21:35

    「すぅ……、はぁ……、すぅ……」
    「……、はい」

    「に、新海、さん」
    「うん」
    「私はいまの……チームの方針に、納得、できていません……」
    「ああ。電話でも、言っていたな」
    「司令官、さんに……感謝は、しています。私を見つけてくれて、トレーニングを見てくれて、レースにも出させてくれて……感謝は、しています」
    「それでも納得できない部分がある、と」
    「ぇ、と……はい」

    「私は……このように、ダメなウマ娘……です。やることは遅いですし、いつも出遅れしてしまいますし……走りの調子が良くなるのも、ほとんど……終盤です
    「ですから、マイルや短距離では……気持ち良くなった時には、ゴール手前。それに……それまでほとんどいい走りができず、着順は、後ろの方」
    「……私は、長い距離の方が……好き、です。もうひとりの私はどんな距離も気にせず、いつも強い走りをしてくれますが……私が、私として走りたいのは……長距離。せめて中距離以上……なんです」

    「キミのトレーナーが、マイルや短距離を走らせたがる理由は?」
    「……。それは、もうひとりの私のおかげ、です……」
    「短距離もマイルも、走れる……って言ってたな」
    「は、はい……もうひとりの私は、距離適性はありません。短距離も、マイルも、中距離も、長距離も、すべてそつなく走ることができます」
    「……阪神JFで言ってたのを聞いたよ。適性なんて存在しない、って」
    「ぁ、……は、はい。もうひとりの私は、そうです。でも……私は、そうではないんです」

  • 131二次元好きの匿名さん23/05/01(月) 23:34:19

    このレスは削除されています

  • 132◆iNxpvPUoAM23/05/01(月) 23:44:31

    「司令官は……もうひとりのキミの力があるから、キミをチームに?」
    「……ぁ、は、はい。私の指令は、クラシックでは、ティアラ路線を制覇。シニアに入ると、マイルや短距離といったレースを制覇していく……と、されていました。私とゴーストさんで、国内GⅠの全てにチームの名前を刻むことができるのでは、と……怪しく笑っていました」
    「……あ、怪しく……」
    「ぁ、に、新海、さん……?」
    「ご……ごめ、……笑っちゃいけないところでツボに入りそうになった、ごめん」
    「ぁ、は、はい……。そ、それで、ぇと……それでも、私は……長距離が、走りたいです」
    「長距離、か。そういえばこの前の電話では聞けなかったけど……目標は、あるの?」
    「私、の……目標……ですか……?」
    「ああ」
    「……こ、こんなこと、口にしても、いいのでしょうか……」
    「もちろん。聞きたい。聞かせてくれ」

    「……天皇賞の、春秋制覇」

    「……!!」

  • 133◆iNxpvPUoAM23/05/01(月) 23:47:08

    「小さな、頃に……親に、連れて行ってもらって……初めて見たのが、天皇賞でした。春も、秋も……どちらもすごくて、私も走りたい、って……思いました」
    「トレセン学園に入ったら、必ず走るんだ、って……思っていました」
    「でも、司令官、さんは……それを走るのは、ゴーストさんへの指令だ、と……言っていて」
    「その時期には……ティアラ路線を走ってきたウマ娘のレース、ヴィクトリアマイルが、あります。同じマイルレースの……安田記念も、あります」
    「春天ではなく、それを走るのが指令だと、言われました。秋天の時期には、エリザベス女王杯。その少し前には……スプリンターズステークスもあります」
    「私は……自分で走るレースは……信頼できるトレーナーさんと、相談して、決めるものだと……思っていました」
    「相談もなく、決められるなんて……もうひとりの私がそれを走れるから、というだけで、決められるなんて……」
    「……納得、できな────っけほ、けほっ」

    「ぁ……だ、大丈夫ですか先輩! お水、お水飲んで!」

    「ご、ごめ……、なさっ……話しすぎて、喉が……」
    「落ち着いて話してくれたらいいよ。……キミの気持ちはわかった。それを踏まえて、俺から聞きたいことがある」
    「は、はい……けほっ」
    「キミの気持ちは……もう、あのチームを離れる方に傾いている。……違う?」
    「……、……はい」
    「いまの話をするためだけに……俺たちに声をかけたわけじゃ、ないよね。天皇賞のことは驚いたけど……他は電話でも聞いたことだから」
    「……はい」
    「教えてほしい。キミは何を目的に、俺たちに声をかけた?」
    「……、……」

    「…………今日、司令官さん、に……出してきました」
    「なにを?」
    「脱退、届け……です」
    「……脱退」

  • 134◆iNxpvPUoAM23/05/01(月) 23:52:42

    「ひどく、動揺していました。当たり前、ですよね……私と、ゴーストさんで……全てのGⅠを取ると、言っていましたから」
    「……うん」
    「でも、それでも、私……嫌、なんです。走りたい……春と秋の盾に……挑みたい、んです」
    「ちゃんと受理してくれたのか?」
    「先日、出した時は……断られました。認められない、と」
    「……」
    「なので、今日……生徒会長の、シンボリルドルフさんと共に、もういちど……提出して、認めてもらいました」
    「すげぇ力技だな……でもシンボリルドルフを通したなら、間違いないな」
    「……はい。なので、私は……いま、トレーナーのいない、……状態です」
    「そうか」
    「はい……」
    「それで?」
    「……それ、で?」
    「まだ先があるんだろ?」
    「……ぁ、……」
    「これからキミはクラシックの時期だ。ウマ娘にとって大切な3年間……その2年目、人生で一度きりの大舞台。それをふいにするのは惜しい」
    「そう、です……ね」
    「新しいトレーナーが必要だな」
    「……はい」
    「探すなら、手伝うよ。俺がキミの背中を押したようなもんだしな」
    「ぁ、え……と、ぇ……ぇと、……っ」
    「でもクラシックGⅠが始まれば、受け入れてくれるトレーナーはいないと思う。今いる担当の世話で手一杯になるだろうからな。うちもそう、妹の相手でいっぱいだ」
    「ぁ、あ……は、は、ぃ。そう、です……よね」
    「でも今ならまだ間に合うかもな。お前はどう思う?」

    「……。……ぇ……?」

    「ん、いけるんじゃない? あたしも競う相手がいる方が燃えるし」

    「……、ぁ……」

  • 135◆iNxpvPUoAM23/05/01(月) 23:58:36

    「……ぁ、の……それ、って」
    「ああ、ごめん。こっちの話。続きを聞かせて」
    「……。…………、新海、さん」
    「はい」

    「……、……、……」
    「私、を……チームに、入れて……ください」

    「……」
    「……、ぅ……」
    「……」

    「よし、妹」
    「へい!」
    「突然だが、新しいチームメイトができた」
    「ほう。して、それはどちらに」
    「なんと、このエンプレスだ。お前のライバルだぞ」
    「うお、マジですか! 先輩にぃやんの子になるんですか!」
    「子じゃねぇよ、アホか。チームメイトだチームメイト」
    「やだ〜、にぃやんの侍らす美少女が増えちゃう〜」
    「……」
    「ん〜? 今のは舌打ちか? 返しワンパターンか?」
    「お前ノリのは助かるけどめちゃくちゃムカつくわ」
    「そういうこと言うのやめろノってあげてるのに!」

  • 136◆iNxpvPUoAM23/05/02(火) 00:08:00

    「ぇ、と……」
    「というわけで……ようこそ、でいいか? 大きなチームじゃないし経験もまだまだ浅い。満足いく指導ができるかはわからないけど……」
    「……」
    「精一杯、キミのために頑張るよ。もちろんこいつのためにもな」
    「……白バの……王子様」
    「は?」

    「え、また言ってる……いやいや先輩、過大評価しすぎな! 普通、普通ですから! ちょっと想像広げすぎ的な!」

    「ぁ、あ〜……うん。明日、申請書書いて持ってくること。それを受け取ったら、正式にうちのチームメイトだ」
    「……は、はい……っ」
    「じゃ、会計して帰るか」
    「ぁ、お、お金……」
    「俺の奢り。歓迎会ってことで」

    「歓迎会にしては安すぎませんかお兄さま。もっと派手に楽しく激しくするもんでしょう、歓迎会」
    「あ〜、それもそうだな……うーん……じゃあまあ、正式に届け受け取ったら、またやろう」
    「そうしよ〜! あたしお店探す! いい焼肉!」
    「お前が食いたいだけだろ、それ」
    「……ナ、ナンノコトデショウ?」
    「お前まじで自分のことしか考えねぇな」
    「や、やめろぉ! あたしの印象が悪くなる!」

    「……ふふ、ふふふ……っ」

    「お?」
    「ん?」

  • 137◆iNxpvPUoAM23/05/02(火) 00:09:55

    「ぁ、ごめ、っ……ごめんなさい、その……おふたりが、本当に仲良し、そうで」

    「いや仲良くない」
    「仲良くないですよ〜、あたしもこいつ嫌いですし〜」
    「そうそう、俺もこいつめっちゃ無理。司令官とこ行け、交換してやる」
    「それはマジでやめてくださいあのヒトねっとりしてて怖いから」
    「もうちょいオブラートに包んで言え……」

    「ふふ、ふっ……ふふふふっ……」

    「あ〜ら……さらにツボっちゃったよ先輩」
    「まあ、あのトレーナー、歳の割に厨二っぽいしな」
    「めっちゃ痛かった」
    「ロールプレイでもあれはきついなー」

    「あ、の」
    「ん?」
    「……そ、そのあたり、で」
    「ぁ、悪い。言いすぎたな」
    「い、いえ、その……それは、大丈夫、なんですけど……また、笑ってしまい、そうで」
    「……うん、やめとく」
    「はい……お願い、します」
    「よし、帰ろう。学校まで送るよ、乗っていってくれ」
    「ありがとう、ございます……新海さん」
    「もうトレーナーだろ、俺」
    「ぁ……っ、……はい、トレーナー、さん」

    「よろしく、お願いします」

  • 138◆iNxpvPUoAM23/05/02(火) 00:46:59

    翌日、トレーナー室────

    エンプレスを担当することになった。
    実際、あの電話の時点でそうなるのではないかと思っていたから、大きな驚きはない。

    その代わり、クラシックのあいだのトレーニングをどうするべきかという悩みが俺の思考の大部分を占めていた。

    今までの俺は前担当と3年。それが終わって、妹。
    ひとりずつしか担当したことがない。ふたり以上のウマ娘を同時に担当するのは初の試みで、これからのことを考えるだけで頭が痛い。

    特にエンプレスはティアラ路線よりも三冠に出たいと言っていたし、それは相談しつつ決めていく流れになりそうだ。

    ただエンプレス────女王って名前を、ティアラ路線を走らせるためという理由で付けたのだとしたら俺は気に入らない。
    呼び名を変えてやる必要があるかもしれないな。

    どちらにせよ、これも相談しつつだ。

    そして気になるのが、あいつらの動向。
    エンプレスがチームを抜けたはいいが、彼女の口ぶりからして、司令官が簡単に諦めるとはそうそう思えない。

    なにかを仕掛けてくる、もしくは……う〜ん。
    ……まあ、考えたところで思いつくわけではないのだが。

    普通に抗議の電話をしてくるだろうか。
    しかし妹を攫うようなやつだ……そんなことで済むとは思えない。
    最悪、ここに直接文句を言いにくる可能性だって考えられる。

    打てる手があるなら打ちたいが、実際、今の段階でできることはなにもない。
    エンプレスから申請書を受け取れば、その瞬間、俺たちのトレーナー契約は成立する。
    それさえ無事に済めば────

  • 139◆iNxpvPUoAM23/05/02(火) 00:47:49

    がらりとトレーナー室の扉が開く。
    ノックもなしに入ってくるのは妹だけ。
    案の定開かれた扉から、芦毛をサイドテールに結えたウマ娘が登場した。

    「お疲れお疲れ〜」
    「おう、お疲れ」

    愚妹だ。

    「おい、いまなんか失礼なこと考えただろ」
    「……なにも?」
    「なんだよその間は! 絶対変なこと考えたじゃん!」
    「考えてねーって。ていうかどうした、昼休みだろ」
    「にぃやんと食べようと思って」
    「え、なんで? 食う相手いねーの?」
    「ううん、そうじゃなくて! 入ってください、女王先輩っ」
    「……ああ」

    「し、失礼、します……っ」
    「いらっしゃい」

    「というわけで新メンバーを連れてきましたよ。ありがたく思え、ひとり寂しく学食のお弁当を食べる愚兄よ」
    「ご苦労だった。もう帰っていいぞ。そんで二度と来んな」
    「帰るわけないでしょうが。あたしたちふたり、看板娘ですよ、ここの」
    「お前が〜? 看板〜?」
    「う〜わ、なにこいつ、う〜わ」

  • 140◆iNxpvPUoAM23/05/02(火) 00:51:05

    「え、えと……お邪魔、でしたか……?」
    「いや、全然。これからここがエンプレスのトレーナー室でもあるからな、自由に来てくれ」
    「ふふ……、ありがとう、ございます」
    「ほら、にぃににぃに、お茶お茶」

    「お前……」
    「先輩が待ってるでしょ。あったかいお茶淹れて、ほら」
    「お前まじでぶっ飛ばすぞ」
    「う〜わ、う〜わこのヒトう〜わ、先輩が怖がるのにまたそんなこと言って」
    「……」
    「また舌打ち〜? 返し進歩しないね〜?」
    「お前、いつもうざいけど今日は特にうざいなぁ」
    「しみじみ言うのやめて! 胸にぐさっとくるの、かなり深々と刺さっちゃうの! 先輩も怖がるからやめて! ね、先輩!」

    「ふふ……会話のドッジボール、ですよね」

    「だってよ。受け入れられてんぞ、ドッジボール」
    「うっそだろまじで……」
    「じゃあぶっ飛ばしても文句ねぇな」
    「ち、ちくしょう! あたしの鉄壁の守りが、こんな簡単に崩されるなんて!」
    「残念だったな」
    「わかりました、わかりましたよ! あたしがお茶淹れますよ!」
    「最初からそうしろよ」
    「ひとこと余計だなお前マジで! あ、先輩、緑茶でいいです?」

    「ぁ……は、はい。お願い、します」

  • 141◆iNxpvPUoAM23/05/02(火) 00:53:51

    もう少し続けたかったけど眠気が限界のため本日はここまで
    ありがとうございました

  • 142二次元好きの匿名さん23/05/02(火) 00:56:40

    お疲れ様でした
    ゲームの方で鬼ドッジやってるのもあって会話のドッジボールという言葉のパワーがいつもより腹筋によく刺さる気がする

  • 143二次元好きの匿名さん23/05/02(火) 01:01:14

    お疲れ様です〜
    主人公サイド芦毛チームになってて草

  • 144二次元好きの匿名さん23/05/02(火) 08:40:47

    おつです
    エンプレスが味方サイドになったことで桜花賞はどうなるんだろうか

  • 145二次元好きの匿名さん23/05/02(火) 12:49:53

    「そらいろ」で「はるいろ」
    なら「ゆきいろ」も期待していいのか…?

  • 146二次元好きの匿名さん23/05/02(火) 13:01:00

    このレスは削除されています

  • 147二次元好きの匿名さん23/05/02(火) 13:09:52

    ウマ娘の性質上兄妹でダブル主人公になっとる上に表(レース)に出るのは妹の方なので、
    他ルートも拾うとなるとどうなっていくのかわからんのよね
    その点でも期待したくなる

  • 148二次元好きの匿名さん23/05/02(火) 13:11:56

    「ここいろ」は……?
    「ここいろ」は期待すらさせてもらえない状況ですが…

  • 149前担当世代箱推しのスレ主23/05/02(火) 22:52:34

    保守
    ここいろはSS作者に圧かけて描かせるから待っててね

  • 150二次元好きの匿名さん23/05/02(火) 23:04:23

    前先輩からそのうち「ここいろ」もあることは示唆されてはいるのだけどね
    過去編なので拾われるのが怖くもあっていつ回収されるかちょっとドキドキしてる

  • 151二次元好きの匿名さん23/05/03(水) 06:45:21

    前担当ちゃんのライバルが増えていく…

  • 152二次元好きの匿名さん23/05/03(水) 13:54:23

    やっぱり前担当ちゃん人気あるな…

  • 153◆iNxpvPUoAM23/05/03(水) 20:11:12

    「ん〜、にんじん弁当、うま〜」
    「たまには違うの食えよ」
    「にぃにに言われたくありませんよ。いつもハンバーグ弁当食ってるでしょうが」
    「今日は唐揚げだ」
    「1個」
    「あぁ? じゃあ……にんじんチーズとトレード」
    「えぇ……交換かよ」
    「当たり前だろ!」
    「ケ・チ・く・せ〜! どう思いますあの兄、唐揚げ1個くらい気前よくくれてもいいじゃんね!」

    「……」

    「いや先輩、女王先輩。おにぎりもぐもぐしてないで。明太子うまいみたいな顔してないで。マイペースか」
    「ぇっ? ぁ、はいっ、素敵な、お兄さま……だと、お、思いますっ」
    「全然話聞いてねぇ」
    「ち、違い、ました……? トレーナーさんが、優しいというお話、では……」
    「全然、全然ちゃいます先輩。あの兄が唐揚げくれないって話です。むしろ逆です」
    「ぁ……だ、だったら、私のおかずを……」
    「いやいやいや! 先輩からそんなん貰えませんって! あいつから取ります」

    「なんでだよ」
    「めっちゃでっかい唐揚げ美味しそうにもぐもぐしてて羨ましいからですけど」
    「お前マジでクソ野郎だな。交換以外受け付けねーぞ」

  • 154◆iNxpvPUoAM23/05/03(水) 20:14:00

    「ちぇ〜、ほい」
    「ちっちゃ! お前舐めてんの?」
    「なんだよ欲張りだなぁ、もう! じゃあこれ!」
    「……まあ及第点か。こいつと交換してやる」
    「ほとんど皮じゃねぇか!」
    「冗談だよ。こっち取れよ」
    「ぉ、結構大きい。いいの?」
    「いらんなら皮食え」
    「にぃにありがと〜、優しくて大好き〜」
    「うわぁ」
    「そういう目をやめるように昨日お願いしたと思いますが」

    「エンプレス、お茶のおかわりは?」
    「ぁ、と、ぉ、お願い、します」
    「ん」
    「……そういえば」
    「……?」
    「前のトレーナー……えと、司令官とは普通に喋ってたのか?」
    「ぇ、……」
    「ぁ、ほら、男が苦手って言ってたから。……俺とは少しずつ、話してくれるようにはなった……って勝手に思ってるけど」
    「ぁ、え……ええ、と」

    「ええ、それはわたくしが」

    「お、変わった」
    「“領域”とか関係ないんだよな、その……人格、交代?」

  • 155◆iNxpvPUoAM23/05/03(水) 20:20:13

    「あー、レース中に入るんだもんね、“領域”って。先輩、レース中じゃなくても変わるもんね」
    「ああ、これですか? これは副産物、のようなものですわ。わたくしが“領域”の片鱗に手をかけた時に生まれた、その副産物」
    「はあ……やべぇ、なに言ってるか全然わかんねぇ」

    「俺もよく分からん。“領域”ってのはファンタジーの話みたいな認識だからなぁ、俺たちトレーナーにとっちゃ」

    「うふふ、トレーナー様ったら」
    「トレーナー、様……? え、なに、えっ」
    「存じ上げていますわ。あなた様の前の担当ウマ娘……前担当さん、でしたかしら。彼女もその片鱗に手をかけている、と」
    「……、よく、ご存知で」
    「ええ。惜しくもGⅠには手が届かず……しかし、いまは大学リーグで活躍されているとか」
    「本当によく知ってるな。それは、司令官から?」
    「まあ……そのような感じ、ですわね。阪神JFの後にお聞きしましたの。妹さんを引き入れられなかったことを、悔やんでいたご様子でしたから」
    「あいつは、なんて?」
    「ウマ娘の才能を潰してしまうようなトレーナーにはもったいない、と」
    「……そうか」

    「ぇ、なにそれ。めっちゃむかつく」
    「いいよ、気にすんなお前は」

    「ええ。その方がよろしいですわね」
    「え〜、なんすかそれ、あたしだけ除け者じゃん。気分悪〜……」

    「……エンプレスは、それを知ってて俺のところに来たのか?」
    「はい、もちろんです」
    「言っちゃ悪いが、いまのでスパイ疑惑が発生した」
    「あら、それは不本意です。誤解を解かなくてはいけませんわね」
    「ああ……ぜひ頼む」

  • 156◆iNxpvPUoAM23/05/03(水) 20:22:11

    「司令官さんの方針に納得がいかなかったのは、わたくしも、あの子も同じです。それ以上にあなた様の方針に惹かれたことも、事実」
    「であれば、よりわたくしのことを考えてくださるトレーナーに師事すべき────そう、相談に乗ってくださったのは、どこのどなたでしたかしら」

    「俺だな」
    「ええ、あなた様です。わたくしのことを考えてくださったトレーナーはあなた様が初めてでした。なら、もう当然ではありませんか?」
    「本当に? 俺だけか?」
    「ええ、本当に。あの子の性格を見れば、お分かりいただけるかと」
    「……」
    「ご理解いただけたようで、なにより」

    「……え、ちょ、なにこの空気。なんでバチバチになってんの? なんでチームメイトになってみんなでご飯食べて親睦深めようって感じにしたかったのに、こんなことなってんの?」
    「これから担当していただくのに、ちゃんと話すべきことは話しておく必要がありますから。隠し事はなし、という誠意のつもりです」
    「ぉ、おお……こっちの先輩やりにくいな……」
    「うふふ。ご安心ください、わたくし、もうあの方々とは連むつもりはございませんから」
    「そ、そですから……はい、えと、うす」

    「じゃあ、エンプレス。キミは俺のことを知っていながら、それでも俺がいいと?」
    「ええ、ずっと申し上げているとおりです。あなたが、いい。トレーナー様以外には考えられません。私はあなたのそばで走りたいのです」
    「そうか。なら俺からはもう何もない。同じ轍を踏まないように、精一杯がんばるよ」
    「こちらこそ不束者ですが、よろしくお願いしますね、トレーナー様」

    「……ぁ、という感じ、ですっ」
    「ぉゎ、戻った」

  • 157◆iNxpvPUoAM23/05/03(水) 20:26:33

    「いつでも、その……もうひとりの私と入れ替わることが、できるんです」
    「なんかあれですね、先輩」
    「……?」
    「女王モード? 勝手にそう呼んでますけど、そっちの方が強そう」
    「っ……ぁ、ぅ……」
    「え、何か違いました?」
    「ぁ、ぇ、と……その、女王様と、言いますか……お嬢様……」
    「ぁ、あ〜、お嬢様! そうですね、その方がいいですね! その方が女の子っぽい!」
    「は、はい、ですっ。もうひとりの私は堂々としてて、男のヒトと話す時も負けたりしないので、つい……変わってしまうんです」
    「にぃにとは喋れるんです」
    「ぇ、は、ぁ、はい。その、トレーナーさんは……優しい方だと、分かりました、から」

    「司令官は厳しいトレーナーだったのか?」
    「そ、そんなことは……ありません。トレーナーさんのように私のために、と考えてくれることは少なかったですが……指導もしてくれましたし、無理強いをすることも、なかった、です」

    「それでも女王モードじゃないと喋れなかったんですよね? シンプル苦手だったりして」

    「……」
    「こ、こんなこと言うの、よ、よくないと思うんですが……」
    「……」
    「圧が……」

    「「……ぶふっ」」

  • 158◆iNxpvPUoAM23/05/03(水) 20:28:34

    「お、同じアニメや漫画の好きな、その、同好の士ではあるんけど……あの、急に手を広げたり、とか、ビクッてすることがあって……」
    「ぁっ、ごめん、なさい。悪口を、言いたいわけじゃなくて……その……えと……はい」
    「……」
    「圧が……」

    「ぷくくっ……圧、圧っすね……うんうん、くくく……っ」
    「ぉ、おい笑っちゃ失礼だぞ。圧は……うん、確かに……な、うん」
    「いやいや、にいやんこそなに笑ってんのよ。多分にぃにより年上っすよ、あのトレーナー。圧すごいけど」
    「ぉま、っ……それやめろ、禁句だ禁句っ」
    「……っ、く……」

    「……ぁ、あの……え、と」
    「あ、ああ、悪い。……ちょっと面白くて」
    「は、はぁ……ぉ、面白かったでしょうか……?」
    「ああ、エンプレスのこと少しわかった気がする。これからよろしく頼むよ」
    「……、……はいっ、よろしく、お願いします」

    「いや〜……笑い堪えるの無理めでしたわ〜、めっちゃお腹痛いわ、変なよじれ方してるわ」
    「ヒト様を笑うとかなんて悪いやつだ」
    「はァ? お兄様に言われたくはございませんが?」
    「お前その口調似合わねーな……びっくりした」
    「何をおっしゃっているんでしょうお兄様。あなた様の大好きな妹様でございますよ、敬いなさい敬え優しくしろ」
    「うっせうっせ。さっさと食ってさっさと教室帰れ」
    「次は移動教室だからちょっと余裕なんですぅ〜!」
    「それこそ余裕ないだろ。帰って用意しろよ」
    「もう移動教室の荷物全部まとめて持って来てますけど」
    「俺の貴重な昼休みまでお前の相手させられるのか……」
    「可愛い妹様のお相手ができて光栄です、であろうバカ兄貴め! フハハハハハ!」

  • 159◆iNxpvPUoAM23/05/03(水) 20:45:42

    「ったく……ぁ、ごめんなエンプレス。こいつは無視していいから、次の授業には遅れないようにな」
    「ぁ、は、はい、ありがとう、ございます。でも大丈夫、です。私の教室、ここから近いので」
    「……あ、そ」
    「そう、いえば……なんですが」
    「ん?」
    「この階に、司令官、さんの、トレーナー室があった、ような────」

    「────エンプレス!!」

    「……!」

    会話を遮るように、ノックもなしに開け放たれる扉。
    そこから駆け込んできたのは、見知った顔の男。

    司令官と呼ばれる、トレーナー。

    先日出会った時に浮かべていたようなニヒルな微笑みはなく、焦りと緊張に支配されたような表情で。

    どこから走ってきたのか、肩で息をするように喘ぎながらエンプレスの姿を認めると、少しだけ落ち着きを取り戻したのか、ほんの少しだけ余裕を浮かべた顔に戻る。

    「ノックもなしにすまないね、食事中だったとは。私のチームのウマ娘が迷惑をかけたようだ、謝罪をさせてもらおう」

    大仰に手を広げ、カッコイイポーズ的な動作をする司令官。
    なるほど、確かに圧がすげぇ。
    しかしこの状況では流石に笑いも込み上げてこない。

    椅子から立ち上がり、やつの前に一歩出る。

    「何の用だ」

  • 160◆iNxpvPUoAM23/05/03(水) 20:46:05

    「エンプレスを迎えにきたのさ。世話になったな」
    「なに言ってんだ。彼女はもうお前のチームのウマ娘じゃないだろ」
    「なに?」
    「話はもう聞いてる。お前のやり方に不満があってやめたってな」
    「……そうか、話したのか、エンプレス」

    「ぁ……、ぅ……」

    「認められるものか。私たちは3人で全てのGⅠを手中に収めると誓い合ったではないか……それを急に、できないなどと……っ」
    「彼女も同意したのか? 苦手なマイル、短距離を担当するって。本当に走りたいレースがあるのに?」
    「彼女はジュニア級の身にありながら、すでに“領域”の世界へと入っている。それもレースの外であっても入り込めるほど。これほどの才能を、持て余すなどそれこそ愚の骨頂だ」
    「お前……そのために、彼女の夢を無視してもいいって言うのか……っ」
    「夢、か。夢とは……残酷なものだよ」
    「……なに?」
    「キミは彼女の走りはもう見たのか?」
    「……妹と走った未勝利戦と阪神JFは見たが」
    「ならば、キミは一度彼女の走りを見てみた方がいい。担当をするつもりならば、な」

  • 161◆iNxpvPUoAM23/05/03(水) 22:35:54

    「残酷? ……どういうことだ?」
    「目指した夢に、目指した通り挑めるならば……構わない。私も全力で応える。だが……」
    「……お前」

    「回りくどい話はもういいだろ、なぁ? お兄ちゃん」

    続いて入り口から声。
    全員の視線がそちらへ移動し────現れたのは。

    「……ゴースト、キミは来なくていいと言っただろう」
    「うるせぇよ、お前に何ができんだ」

    ゴースト……フードを被ったまま、ギラついた紅い視線を俺へ送ってくる。

    「よぉ、お兄ちゃん。もう泣きべそはかいちゃいねぇみてぇだな」

    ツカツカとこちらへ歩いて、オレの目の前で歩みを止めた。
    俺が見下げる形のはずなのに、背筋を怖気のようなものが走る。

    「テメェはうちのチームメンバーを引き抜こうとしてる。違うか?」
    「違う。エンプレスはもう脱退届を出したと言ってる」
    「受理されたと思うのか?」
    「シンボリルドルフに立ち会ってもらった、って聞いたけどな」
    「へぇ、よく知ってんじゃねぇか。ハッハッ! ちゃんと敵やってるじゃねぇか、いいねエンプレス」

    「……ぁ、……っ……」
    「先輩……大丈夫ですよ。怖く、ないですよ」

  • 162◆iNxpvPUoAM23/05/03(水) 22:38:01

    「じゃあ、構わねぇよ。受理されたことにしといてやる」
    「ならもう帰ってくれ。俺たちはまだ飯の途中だ」
    「いいや、帰らねぇ。受理されたっつっても、書類上では、だろ。オレたちの気持ちはどうなる?」
    「気持ち、だって?」
    「あァ。オレたちゃ1年間、一緒にやってきた仲間だぜ? あんな紙切れ1枚で絆を否定されちゃ、たまんねぇよ」
    「お前……」
    「……テメェも考えてみろよ。テメェの妹がよ、1年間ずっと一緒にやってきて、ようやくってタイミングで脱退届だぜ。受け止められんのか?」
    「それ、は……」
    「ヒトの心ってやつがあるなら、分かるだろ」
    「……おま、え」
    「だからよ……オレたちにもきっちり話つけさせてくれよ。このまま何も言わずお別れってのは、気分がわりぃ」
    「……」
    「分かってくれたか?」
    「ああ、……そう……だな」

    「そうか、分かってくれたか」
    「話の通じるトレーナーで助かったぜ、よかったよかった」
    「オレ、こういう……仲間っつーの? 初めてでよ、路線は違うとはいえ、研鑽しあった仲ってやつだ。そいつが急にサヨナラってのは、どうにも後味がうまくねぇ」

    「ああ、そうだな。俺も同伴して、ちゃんと改めて挨拶を────」



    「だから二度と走れねぇようにぶっ潰してやるよ」



    「────……は?」

  • 163◆iNxpvPUoAM23/05/03(水) 22:53:50

    「……ちょ、なに言って……っ」
    「っ、あ……ぅ……」

    「ゴースト、キミは……っ」
    「レンヤは黙ってろよ。……ぁー、司令官だったか? まぁ、なんでもいいや」

    「黙って逃げられると思ってんじゃねぇよ。エンプレス、テメェはオレたちを裏切ったんだぜ? そんなやつが、どのツラ下げてレースに出るってんだよ。裏切り者に相応しい罰ってやつだ」

    「っ……ぅ、……」

    「おいおい、なに泣きそうになってんだよ。怖いのかよ、怖いなら変わればいいじゃねぇか、女王様によ。いつも助けてもらってんだろ? 今回も逃げて助けてもらえよ」
    「ゴースト、てめぇ……!」

    「お兄ちゃんっ!」
    「……ぁ……っ」

    「おっと、イラついたからって学生に手を挙げる気か? お兄ちゃん」
    「っ……」

    「ウマ娘が白黒つけるっつったら、ひとつしかねぇだろ」
    「……な、に……?」
    「ハッハッ、やろうぜ模擬レース! “領域”同士のガチバトルだ、クラシックの前にやっときたかったんだよな!」
    「……」
    「なぁ、やろうぜ! テメェが勝ちゃ、オレたちゃもう何も言わねぇしよ!」
    「勝負の世界じゃ、師匠に勝つことを恩返しって言うんだろ? ならエンプレス、テメェもチームを抜ける前に恩返ししてけよ。今まで世話になったトレーナーさん、ってやつによ」

  • 164◆iNxpvPUoAM23/05/03(水) 22:59:41

    「……ゴーストさん」

    「あ? やっと変わりやがったか、ようやくちゃんと話ができそうだ」

    「わたくしは正式に書類を提出しました。理由も説明させていただいたはず。音声を録音しているのですが……はて、これは証拠にはならないのでしょうか」
    「……ァ?」
    「あなたは気持ち……そう、気持ちに折り合いをつけられない……と、そうおっしゃっているんですか?」
    「そうだっつってんだろ」
    「あら、そうですの。……ふふっ」
    「……なに笑ってやがるんだテメェ」
    「うふふ、すみません。いえ、ゴーストさんって、意外と幼稚なのか……と思いまして」
    「あぁ?」
    「いえいえ、少し勘違いしておりました。まさかあなたはわたくしの離脱に関して、そんな風に思ってくださるだなんて。あの子はあなたの声や言葉遣いが怖くて苦手なのですが……ふふ、少しだけ見直しました。ツンデレなのですね、ゴーストさん」
    「テメェ……喧嘩売ってんのか?」

    「ええ、もちろん。その勝負、受けて────

    「────あたしが受けて立つ!!!」

    「……あ?」

    「い、妹さん!?」
    「おま、なに言ってんだ!?」

  • 165◆iNxpvPUoAM23/05/03(水) 23:15:06

    「テメェ、なんのつもりだ」
    「模擬レース、でしょ。受けて立つって言ってんの」
    「オレの相手はテメェじゃねぇ」
    「女王先輩はもう……あたしのチームメンバーだもん!」
    「……話通じねぇなぁ、テメェ」
    「それにあんたは……お前は、お兄ちゃんをいじめた!」
    「はぁ? ハッハッ、いじめてねぇよ、なに言ってんだよアホかよ」
    「うるさい! お前はあたしが倒す!」
    「……ギャーギャーうるせぇガキだな。分かったよ、まずテメェから潰してやる。そのあとはエンプレスだ。テメェら両方とも、もう二度と走る気も起きねぇくらい、ボコってやるよ」
    「……っ……」

    「行こうぜレンヤ」
    「……私のことは、司令官と呼べ」
    「放課後、グラウンドで待っててやる。逃げたら……どうなるか分かってるよな?」
    「ノックもせずに入室したことは詫びよう。……失礼する」

  • 166◆iNxpvPUoAM23/05/03(水) 23:56:47

    「はぁあ〜〜〜〜…………ぁ」
    「ぉ、わっ、ちょっ!」
    「ふぃ〜……ナイスキャッチですわ兄貴……」
    「お前……なにやってんだよ、啖呵切るなんて」
    「いや、あれですよあれ。大切な先輩とにぃやんバカにされて? 引き下がれね〜、的な?」
    「お前なぁ……」

    「妹さん……」
    「ぁ……ごめんなさい、女王先輩。あたし勝手なことしちゃって」
    「……いえ、むしろ、謝るべきはこちらです」
    「へ、なんで?」
    「わたくしの行動が、軽率すぎたのです。会長さんの力を借りるという強行手段に出たために、彼らは……」

    「それは違うぞ、エンプレス」
    「……トレーナー、様」
    「俺たちは、お前をチームに入れると決めた。もう、その手は取ってるんだ。なら、仲間のために何かしてやりたいって思うのは、当然のことだろ」
    「で、ですが……これは、わたくしの問題で……」
    「それこそ違うんだ」
    「……」
    「仲間の問題は、俺たちの問題だろ。妹だってそう思ってるから、ゴーストにキレたんだろ」

    「おうよ! 仲間バカにされて黙ってるようなやつはここにゃいねぇ!」
    「よく言った! それでこそ俺の妹だ!」
    「褒めてもなにも出ないぞう! でももっと褒めて!」
    「それは……やめとく」
    「え、なんで」
    「あとで軽く説教だ」
    「ぇ〜……なんでだ〜……」

  • 167◆iNxpvPUoAM23/05/04(木) 00:02:35

    「妹さん……トレーナー様……」

    「それにな、エンプレス」
    「あ、……はい」
    「妹が何か言わなくても、俺が走ってた」

    「いやそれは無理でしょ」
    「えっ」

    「ええ、それは無理があるかと」
    「えっ、えっ」

    「にぃやんがウマ娘と走って勝てるわけないでしょ。それこそアホかよと」
    「えっ、えっえっ」

    「いくらお慕いしているとはいえ……あなた様をあの方と走らせるのは、ちょっと」
    「え、慕い……え、えっ」

    「と〜に〜か〜く! にぃやんはあいつぶっ飛ばす作戦考えといて! 戦略! プランニング!」
    「ぁ、お、おう」
    「先輩はあたしが勝てるように祈ってて!」

    「……! ……ええ、それならばわたくしの得意分野です」
    「え、祈るのが得意ってなに、なんすか」
    「ふふ、それは……秘密ということにしておきましょう」
    「うっそだろ仲間に隠し事しないってさっき言ってたじゃんこのヒトめっちゃ嘘つきじゃん……」
    「女性はミステリアスな方が魅力的なのですよ、妹さん。あなたも……お兄様に言えないことくらい、あるでしょう?」
    「ぇ、ぁ……ぉ〜……、ん……」
    「ふふっ」

  • 168◆iNxpvPUoAM23/05/04(木) 00:05:46

    「え、なに、なんの話?」
    「うふふ、乙女の秘密、ですわ。男子禁制、でしてよ?」
    「ぁ、……おう」
    「そろそろ教室に戻らなくてはいけませんわね。それではトレーナー様……放課後に」
    「ぁ、あ……ああ、放課後に」

    「またあとでね、先輩〜」
    「ええ、妹さんもまた……のちほど」

  • 169二次元好きの匿名さん23/05/04(木) 00:06:16

    ?????????「理解できません…」

  • 170◆iNxpvPUoAM23/05/04(木) 00:11:30

    「さてさて〜……ふぅ〜……はふぅ〜……」
    「いやなんで残ってんだよ。お前も行けよ」
    「うん、いくよ。いくけど」
    「なんだよ、くねくねすんな気持ち悪い」
    「先輩がいる手前、言えなかったことがありまして」
    「なに?」
    「………………くっっっっっっっっっそ怖かったぁ……」
    「だろうな……」

  • 171◆iNxpvPUoAM23/05/04(木) 00:20:50

    「めっっっっっっっっちゃ怖かった……まじであいつの顔怖い……口悪いし声でかいし怖い……おしっこ漏れるかと思った……」
    「汚ねぇよやめろよ……」
    「お兄ちゃんあたし漏れてないよね、大丈夫だよね!?」
    「知るかよ! ひとりでトイレ行って確認しろよ!」
    「ちょ、いま脱ぐから見て!」
    「マジでやめろお前!」
    「いてっ! 叩いたぁ! お兄ちゃんが叩いた!」
    「お前まじで落ち着け、それから帰ってきてくれ! 怖かったのは分かったから、せめて壊れるのはやめてくれ! 恥じらいを忘れないでくれ!」
    「〜〜〜っ…………はい」
    「もう、授業だろ」
    「はい……」
    「次はなに?」
    「視聴覚室でなんか、見るって」
    「ひとりで行けるか?」
    「無理って言ったらついてきてくれるの?」
    「行くわけないだろアホかよ」
    「じゃあなんで聞いたんだよ……」
    「文句言えるならちょっと落ち着いたな」
    「……うす」
    「よし。頑張ったご褒美に頭を撫でてやる」
    「ん……」
    「あともうひと頑張り残ってるけど、やれるか」
    「やる。先輩とにぃにいじめたあいつは許さん」
    「俺はいじめられてねぇけどな。まあ、いいや。野良レースだからって舐めてかかってくれるようなやつじゃない、本気でいくぞ」
    「……ねぇ、にぃに」
    「なんだ?」
    「おしっこ大丈夫かな……」
    「授業いけ」
    「はい」

  • 172◆iNxpvPUoAM23/05/04(木) 01:07:36

    ・・・

    「ねぇねぇ聞いた?」
    「なにかしら」
    「放課後、グラウンドで1対1の模擬レースがあるんだって」
    「そう」
    「しかもなんかチーム同士の争いみたい。なんかチームメンバーを引き抜いたとか抜いてないとか」
    「内輪揉めに興味はないわ」
    「でもさ、その片方は今年のジュニア級王者らしいよ? もう片方はなんだっけ、名前忘れたけど……GⅡ勝ってる」
    「……」
    「お、ちょっと興味出た?」
    「いいえ」
    「ふ〜ん。私は見に行くけど、やっぱり敵情視察はしといた方がいいんじゃないですか? “最強”さん〜?」
    「……」

    ・・・

  • 173◆iNxpvPUoAM23/05/04(木) 01:53:40

    放課後、グラウンド────

    「結構集まってんなー」
    「う〜わ……え、これまじなレースでしたっけ」
    「模擬レースだ。実際のレースと同じ形式で行うし、勝敗もちゃんとつけられる」
    「まじすか……え、成績とかに関わってきたりとか、しちゃう系ですか」
    「しちゃう系だな」
    「うわ、めっちゃダル……」
    「特にこの模擬レースはジュニア級王者と、名前もろくに覚えられてないGⅡ勝者のレースだからなー」
    「……え? GⅡ? あたし勝ったっけ」
    「勝ってねぇな。お前が勝ったのはGⅢ」
    「間違えて覚えられてるんですね、普通に悔しいやつですね」
    「ま、ここで勝ちゃ問題ない。お前がジュニア級王者をぶっ倒せば、みんな覚えてくれるさ」
    「そ、そうだよね! 格上に勝ったら成績もグンッて伸びるよね!」
    「あ、模擬レースはお前の成績には関係ないぞ」 
    「……は?」

  • 174◆iNxpvPUoAM23/05/04(木) 01:54:09

    「え、どゆこと? いまさっき、しちゃう系って言いましたよねお兄様?」
    「トレーナーのいないウマ娘には、だ」
    「……えーっと、トレーナーがつく前のウマ娘が模擬レースとかする、ってこと?」
    「そうだ」
    「で、気になったトレーナーたちが見に来る。そのお眼鏡にかなえばスカウトしてもらえる。成績に関わるだろ?」
    「まぎらわしいわっ!」
    「いって! 蹴んなよ!」
    「うっせーよ! 無駄にあたしを不安にさせやがった罰じゃい!」
    「こいつ……まるで緊張してねぇな……」
    「いまのでバカらしくなったわ!」
    「そうかよ、ならよかった」
    「ぇ」
    「緊張、してないんだろ?」
    「まあ、はい……うん。にぃにのせいで」
    「おかげで、な」
    「なんかムカつく……って、女王先輩は?」

    「ぁ、い、いますっ……ここ、ですっ。遅くなって、しまいました……」
    「うぉわっ……び、びびった……」
    「す、す、すみませんっ……えと、ぁ、あのっ……妹、さん……」
    「ほえ? どったんです?」
    「……すみません、私のせいで……その、ご迷惑、を……かけてしまって……」
    「あ〜、大丈夫っす大丈夫っす。あいつは元々いつか倒すつもりだったんで」
    「ぇ……そ、そう……なんですか……?」
    「にぃにをいじめた報復はさせてもらうぜ」

  • 175◆iNxpvPUoAM23/05/04(木) 01:54:40

    「いじめられてねぇよ、アホかよ」
    「いじめられてたでしょ!」
    「いつだよ」
    「デビュー戦とか! 京都ジュニアステークスとか! あと阪神終わった後とか!」
    「あれはどっちかっていうとお前だろ」
    「うるっさいな、とにかくあたしはあいつを許さん!」
    「へいへい」

    「……ライバル、なんですね」
    「え?」
    「強敵と書いて、ライバルですっ! お互いに意識し合い、切磋琢磨し合い、物語の大切な部分でたびたびぶつかり己の力を高めあう存在……強敵と書いて“とも”と呼ぶ! 素晴らしい関係ですねっ!」
    「……ぇ、ええ……」
    「ぁ……す、すみ、すみませんっ! 私ったら余計なことを……うぅ、忘れてください……っ」
    「…………女王先輩、アニメと漫画好きって言ってたからもしかしてって思ってたけど、結構オタクです?」
    「結構どころかかなりオタクですぅ……」
    「ぅ〜ゎ〜……やべぇ」
    「ず、ずびばぜんん〜っ」

  • 176◆iNxpvPUoAM23/05/04(木) 01:58:00

    「先輩、先輩」
    「ううぅう、ごべんなざいぃ〜」
    「ちょ、先輩。聞いて、聞いて先輩。おい聞けよコラ」
    「はひぃ……」
    「終わったら漫画の話しましょ、先輩」
    「……ごめんなさい、ごめんなさ────え?」
    「先輩のおすすめの漫画、教えてください。あたしもおすすめ教えますんで! ……あ、読んでる可能性高いかもだけど」
    「……いいんですか?」
    「もちろんですよ! 仲間ですもん」
    「し、しますっ! お話、たくさん……その、おすすめしたいもの、たくさん、考えておきますっ!」
    「ぅゎ急にグイグイ来るなこのヒト……ぉ、おす! おねしゃす!」

    「……」

    「おいにぃに、なにちょっと羨ましそうな目で見てんの。なに俺も混ぜてくれよ的な目で見てんのね
    「俺も混ぜろよ」
    「素直か! でも素直に言えたから仲間にしてやろう!」

    「はい、み、みなさんで……お話、しましょうっ。わたし、寮の本棚の漫画、みんな持ってきます……からっ」
    「全部はやべぇ……っと、あんま喋ってる余裕もなさそうですね」

    「ああ、来たな」

  • 177◆iNxpvPUoAM23/05/04(木) 01:59:02

    「よぉ。ちゃんと逃げずに来れたな、褒めてやるよ」
    「我が仇敵……これで刃を交えるのは二度目だな、ベトレイヤー」

    「……べ、と……え?」
    「ベトレイヤー。キミのコードネームさ、若きトレーナーよ」
    「……はぁ?」

    「直接的にいうと、裏切り者……でしょうか」
    「ぉゎーっ、女王先輩詳しい! やっぱオタクって英語に詳しいんすね!」
    「え、えへへ……知識が役に立って嬉しいですっ」

    「ちょっと、ちょっとそこ、のほほんとした空気出さないでもらえる? 雰囲気壊すのやめてもらえる?」

  • 178◆iNxpvPUoAM23/05/04(木) 01:59:47

    本日はここまで
    ありがとうございました

    “最強”はこのレースを見に来るのかな…?

  • 179二次元好きの匿名さん23/05/04(木) 02:03:23

    お疲れ様です〜
    めちゃくちゃ良いところだから次回が楽しみ

  • 180二次元好きの匿名さん23/05/04(木) 02:03:32

    お疲れ様でした
    まさかのもう再戦でドキドキするし最強さんも気になるし次も楽しみすぎるぞ

  • 181二次元好きの匿名さん23/05/04(木) 02:38:24

    デジたんとはまた違うヲタク娘だ

  • 182二次元好きの匿名さん23/05/04(木) 09:55:50

    クラシック開幕前なのにめちゃくちゃ内容が濃い

  • 183二次元好きの匿名さん23/05/04(木) 17:10:16

    念のため保守

  • 184◆iNxpvPUoAM23/05/04(木) 22:06:14

    「相見えるのは、キミたちが成長してからだと思っていたよ」
    「ああ、俺もだな。ジャパンカップか、有馬記念か……」
    「そうだな。……まさかエンプレスが離反するとは、私の目をもってしても予想外だった」
    「ウマ娘の心に寄り添うのがトレーナーだろ。お前にはそれが出来なかった、ってことじゃないのか」
    「そうではないさ。私は彼女の夢に惹かれた。しかし……夢は夢だ。現実を受け入れさせるのも、私たちトレーナーの仕事だよ」
    「さっきも言ってたな。エンプレスの走りを見てみろ、って」
    「ああ、その通り。見ればわかるさ、彼女の夢が途方もなく遠き道であることが」
    「……どういう意味だ。あの子に天皇賞を走る力がないって言うつもりか?」
    「フッ。だから見てみろ、と言っているのだ。……では、私はゴーストの準備があるのでね」
    「……」

    「俺たちも行くぞ。エンプレス、手続き頼んでいいか?」
    「ぁ、は、はい……」
    「俺はまだお前の走りを見てないから何もわからない。だから大丈夫とは言わないし、任せろとも言わない」
    「……、……」
    「これから頑張っていこう」
    「っ、……トレーナー、さん……」
    「まずは全部、この模擬レースであいつをぶっ倒してからだ。もう俺はお前を、俺の担当ウマ娘だと思ってる。だからそんな顔しなくていい」
    「……は、い」
    「さ、手伝ってくれ」
    「わ……わかりましたっ……!」

    「お前はこっち。さっさと来い」
    「あ、うん。……にぃに、先輩の何が悪いってんだぃ」
    「悪いも何も、まずはこっからだよ。ジュニア級が終わったばっかなんだぞ」
    「……そ、だね」
    「ああ。お前たちはこれからすげぇ道を走っていくんだ。その先に何があるのか、一緒に見つけにいこうぜ」
    「にぃに、臭いセリフ吐くじゃん」
    「うるせぇよ」

  • 185◆iNxpvPUoAM23/05/04(木) 22:15:02

    「さてと……いいか。まず、お前の脚はもう治ってる」
    「存じ上げておりますよ、調子もいいし痛くないし」
    「が、まだ無理をさせるのは怖い」
    「まあそれは、あたしも怖いけど……でもやらないとでしょ」
    「ああ、そうだ。だからそこ座れ」
    「?」
    「テーピングしてやる」
    「え、でも怪我してないよ?」
    「怪我の悪化を止めるのだけがテーピングじゃない。予防にもなる」
    「へ〜……すごいねにぃやん。まるでトレーナーじゃん」
    「トレーナーだよ。いいから座れ」
    「ん」
    「……」
    「なんだよヒトの脚触って……変態かよ」
    「巻き方考えてんだよ! 茶化すなアホ」
    「へ〜い」
    「……よし」
    「ぅひ、くすぐったいなこれ……」
    「我慢しろ。動きやすくなるようにもしといてやる」
    「あんがと〜」
    「……」
    「どっすか」
    「なにが?」
    「合法的に女子の脚を触れるってのは」
    「ぶっ飛ばすぞ」
    「静かなトーンで言うのもやめろ、普通にビビるからな。あたし結構簡単にビビるからな」
    「お前のなんか触ったって何も思わねぇよ」
    「はぁ〜ん、あぁ〜ん、気持ちい痛ってぇ!! なんで叩いた!?」
    「お前まじでぶっ飛ばすぞ」
    「それ殴る前に言うやつ、それ殴った後に言っちゃあかんやつ! いって〜……くっそ、めっちゃいってぇ〜……」

  • 186◆iNxpvPUoAM23/05/04(木) 22:59:18

    「ほれ、次の脚」
    「あ、はい……」
    「先に戦術を伝えとく」
    「プランニング! 出来たんだ、やるじゃん兄上!」
    「その前にひとつ確認。あいつが“領域”に入ると、脚が遅くなるんだよな?」
    「うん……そうだと思う。あいつの視線を感じると、もうダメって感じ」
    「分かった。なら、見られないように走れ」
    「……ん?」
    「あいつの視線を受けないように走れ。それが戦術だ」
    「んっ、ん、……ん?」
    「質問はあるか?」
    「え、全部ですけど。全部疑問ですけど。ひとっつも納得できる要素なかったですけど」
    「じゃあ大丈夫だ。あとはお前が考えろ」
    「おいトレーナー、仕事しろよ仕事。放棄すんなよ、戦術考えるのが仕事だろ」
    「だから言ってるだろ、見られないように走れ」
    「え、本気ですか。本気で言ってんですかそれ。あたしとあいつふたりだけのレースで見られないように走れと、本気で申されておりますか」
    「ああ、本気だ」
    「あたしこのチームやめようかな……」
    「……」
    「おい今鼻で笑ったな?」
    「お前が俺以外のとこで走れるかよ」
    「な、なんだよ急に……真面目に返されると調子崩れるな……」
    「はい終わり。頑張ってこい」
    「んっ! お、なんか変な感じするけどいつもより速く走れそう!」
    「あくまで補強と怪我の予防のテーピングだからな。無茶はすんなよ」
    「わ〜かってますって兄貴〜」

  • 187◆iNxpvPUoAM23/05/04(木) 23:02:38

    「と、トレーナー、さんっ。準備が……で、できました」
    「おぅ、さんきゅー」

    「え、なんの準備?」
    「模擬レースの準備。ほら、いくぞ」
    「ぁ……う、うん」

    「ちゃんと、い、祈っていますから。……妹さんが、勝てる、ように……って」
    「あざ〜ッス! 勝ってみんなで歓迎会、やりましょうね! 先輩のっ」
    「そ、そ、そんな、私なんかに歓迎会、なんて……勿体無いと言うか、お金の無駄というか、時間の無駄というか……」
    「うわぁ、めっちゃ自己肯定感低いなこのヒト……ぁ、にぃににぃに」

    「ん?」
    「前先輩も呼んでいい? 先輩のこと、紹介すべきではないかと」
    「ああ、そうだな。確か週末、メシ作りに来てくれるって言ってたっけ」
    「じゃあその日にしよう! 先輩もいいですよね?」

    「ぁ、は、はい、えと……作る、って……?」
    「あぁ、にぃやんの前の担当ウマ娘の先輩がね、たまにご飯作ってくれんの。めっちゃうまいんですよ」
    「……そう、なんですか……ごはんを……」
    「ま、楽しみにしててくださいよ。あいつぶっ倒して祝杯ですよ!」
    「ぁ……は、はい、……楽しみに、しています。が、頑張ってください……っ」
    「あいあい、任せといてくだせ〜」

  • 188◆iNxpvPUoAM23/05/05(金) 00:30:43

    ・・・

    出走時間が迫る。
    グラウンドの周囲にはジュニア級王者の走りを見ようと、多くのウマ娘やトレーナーたちが集まっていた。

    口々「あの子誰だろ……ジュニア級らしいけど」だの「あれでしょ、なんかのGⅡに勝ってた」だの「チームの引き抜きで揉めたって聞いたよ」だの好き勝手に喋る声が聞こえる。

    勝ったのはGⅢだっつうの。あと引き抜きじゃなくて向こうの因縁だ……と言ってやりたい気持ちを抑えつつ、位置につく妹に視線をやる。

    「だ、大丈夫、……でしょうか」

    エンプレスが心配そうにつぶやく。その声は小さく、まるで我がことのように震えている。
    ……実際、自分が関わっているため間違ってはいないのだが……。

    「頑張れって声かけただろ? 俺たちにできるのは、祈って見ておくだけだよ」

  • 189◆iNxpvPUoAM23/05/05(金) 00:31:04

    「……」

    励ますように声をかけるが、しかしエンプレスはそれでも不安そうな表情を変えない。
    気持ちは分かるけど、実際、出来ることは祈るだけなのだ。

    「祈るのは得意なんだろ?」
    「そ、それは……ぇと、祈る、と言いますか……妄想……と、言いますか……」
    「は? え、妄想?」
    「は、はい。妄想……ぇと、妹さんが勝てたらいいなぁ、って……妄想、する……と言いますか」
    「はぁ……おぉ、うん」
    「だ、大丈夫、ですよね。大丈夫、大丈夫、です」
    「ああ、大丈夫。年末からここまで、リハビリとトレーニングであいつも強くなった。信じてやろう」
    「……はいっ」

    ようやくエンプレスも顔を上げ、スタート位置に立つ妹に視線と祈り────いや、妄想を送った。

  • 190二次元好きの匿名さん23/05/05(金) 00:36:42

    このレスは削除されています

  • 191◆iNxpvPUoAM23/05/05(金) 00:39:57

    「よぉ、調子はいいのかよ」
    「……」
    「おいおい、無視すんじゃねぇよ。テメェが売った喧嘩だろ」
    「売ったのはあんたらでしょ」
    「ハッハッ! アホかよお前、オレが喧嘩売ったのはエンプレスだっての。テメェなんか眼中にねぇよ」
    「……」
    「……、無視かよつまんねー。まァ、いいや。喋りすぎるのは三流だっけか」
    「……」

    「位置につきなさい」

    「……ああ、ザコに用はねぇからな。せいぜいのんびりかけっこしてろよ」
    「……、……、……」
    「あ? なんつった、テメェ」
    「……、……、……」
    「聞こえねぇよ。もっとデケェ声で言えよ」
    「うるさい」
    「クッ……ハッハァ! ────殺す」

    「始め!!!」

  • 192◆iNxpvPUoAM23/05/05(金) 05:42:35
  • 193二次元好きの匿名さん23/05/05(金) 05:46:21

    >>192

    立て乙

  • 194二次元好きの匿名さん23/05/05(金) 08:26:23

    立て乙、どうなるか楽しみ

  • 195二次元好きの匿名さん23/05/05(金) 11:33:24

    うめ

  • 196二次元好きの匿名さん23/05/05(金) 11:33:46

    このレスは削除されています

  • 197二次元好きの匿名さん23/05/05(金) 11:34:08

    埋め

  • 198二次元好きの匿名さん23/05/05(金) 11:34:28

    このレスは削除されています

  • 199二次元好きの匿名さん23/05/05(金) 11:37:18

    200ならみんな忘れる

  • 200二次元好きの匿名さん23/05/05(金) 11:37:46

    200なら愛がそのうちなんかを覆す

オススメ

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