- 1二次元好きの匿名さん23/04/26(水) 23:15:22
──今日は自分の誕生日である。
それをまあ当然のように意識しつつも、そう見せないように振る舞いがちになってしまうのは……。
そのめでたいらしい区切りとなる日が、ほんの少し怖いからかもしれない。
トレーナーさんは「もうこの歳になると誕生日は嬉しいものじゃないんだよ……」なんていう、実にステレイタイプなおじさんっぽいことを言っていたけれど。
まだその境地に至ってるわけじゃない。
というか至りたくない。
まだまだセイちゃんは育ち盛りですからー。そんな後ろ向きな気持ちとは無縁ですしー。
ほら、身長もちょっぴり伸びてますしー、お胸もいい感じに育ってますしー。
しっぽの長さも、耳のゆるっとふわっとした感じも「大人のウマ娘」って感じになってきてるじゃん?
……そんなことを冗談っぽくフラワーに言ってみたら「そうですね! 本当にスカイさんは大人っぽくて、憧れちゃいます」なんて、キラキラした瞳とともに真正面から言い返されてしまって参った。
憧れてもらえるのは嬉しいけれど、果たしてそれに自分が値するのか。
……まあ、ちょっぴり怖くなるのだ。にゃはは。
猫めいた笑いで誤魔化してみても、傘の下で整えた尻尾が豪雨でいつ濡れるかわからない……。
そんな不安をくすぐる感じが消えてくれない。 - 2二次元好きの匿名さん23/04/26(水) 23:15:32
誕生日。誕生日。
生まれてから何年目、その数字を一つ増やす日。+1。
その+1だけ、今日の私は成長できているのかしらん?
周りのすごいウマ娘たちがニョキニョキと実力を伸ばす中で、私もそれに負けないくらい強く……なーんて、トレーナーさんのように暑苦しくなるつもりはないけど。
せめて一発を狙えるくらいは、ついていけているのか。
平々凡々なウマ娘としては、そこら辺の事情にちょっとネガティブを感じちゃうくらい、いいじゃん?
折角のおめでたい日でもさ。
にゃはは……。 - 3二次元好きの匿名さん23/04/26(水) 23:15:42
「セイウンスカイさん、お誕生日だそうね、おめでとう!」
廊下で出会ったキングは私を見つけるなり、そんな声をかけてきた。
いきなり、唐突に……というわけでもない。
朝にクラスでちょっと顔を合わせていたし、なんなら少し話だってした。
それなのにあえてタイミングを見計らって待ち構えるスタイル。
どこから湧いてくるのだろうと思ってしまうくらい自信満々な言葉の張り。
きっとキングはキングの常日頃から言う「一流」な自分を示せるタイミングをちゃんと待っていたんだと思う。私のために。
そういうところ、ちょっと敵わないなと思ってしまいそうになる。
別にそこで競ってるわけじゃないんだけど。
……それでも少し、やっぱり、眩しくて。
ふざけてからかって、逃げてしまいそうになるのだ。
こういうとき、逃げるのが得意なのがちょっと嫌になっちゃうね。 - 4二次元好きの匿名さん23/04/26(水) 23:15:55
「キングはさー、誕生日が来てさ。歳を取ったら……やっぱり嬉しい?」
翌年の誕生日もお祝いしてくれる約束をもらいつつ、そんなことをこっそりと聞いてしまった。
「当たり前でしょ。キングの存在がさらに大きくなることを示す日なのよ。喜ばしいこと以外の何があるのかしら?」
おおぅ。堂々とした言い方。まさしくキング。
彼女なりの一流が、紛れもなく本当の一流であることを見せつけるようにキングは高笑いする。
「そうだよねー」
一流ならぬ傍流な私では、とても真似できそうにない笑い。
真似したいわけじゃないけど。
そんな笑いが、不意にピタリと止まった。
「──だから、スカイさん。あなたの誕生日もこのキングと同じくらい喜ばしいのよ。私と競い争う相手なんですもの。そんなウマ娘が一流に祝福されることは当然のことでしょ?」
キングが優しい視線を私に向ける。
一流な彼女が、同じ一流であると認めてくれる、私へ。
「おめでとう、スカイさん。あなたの誕生日を、私は心からお祝いするわ」
キングの真摯な言葉に私は。
「どうも。ありがとね」
としか、言えなかった。
ちょっと胸がキュッとしてたから。
感動とか、いろいろで。……なんちゃって。 - 5二次元好きの匿名さん23/04/26(水) 23:16:08
フラワーからもらった、ポカポカとした陽だまりのような暖かさのある栞を胸ポケットに入れたまま、私はトレーナー室をノックする。
「失礼しまーす」
そして返事を聞かないまま、預かっている鍵を使ってドアを開けて中に入る。
部屋の主は昨日から出張なのでいない。
せっかくの私の誕生日なのにさ。
……なーんて言えるくらい、私のメンタルは回復していた。キングの一流認定と、フラワーのプレゼントのおかげで。
あとそれからクラスの友達や同期のみんなも。
もうちょっとしたらカフェテリアでささやかなパーティーをしてくれるという。
恥ずかしさと嬉しさで、尻尾の根本がピクピクしてしまう。
そんな滅多に見られないご機嫌なかわいいセイちゃんがここいるというのに、トレーナーさんはいない。
なんて間の悪い人なのだ。 - 6二次元好きの匿名さん23/04/26(水) 23:16:18
「パーティー前の前菜でも味わおうかなって、思ったのにさー」
ポケットから押し花の栞を取り出して、それを眺めながら私はだらしなく揺れる尻尾抑えるようにソファに腰を下ろした。
揺れなくなった尻尾のかわりにウマ耳が動いてしまう。
緩む頬のまま、手作りの花の栞をじっと眺めた。
これを使って本を読むのが楽しみだった。
楽しみすぎて、きっと使うことなく本を読み切ってしまう。そんな外れようのない予感がした。
そしてそれを十分堪能したあとで、ようやく私は視線をトレーナー室の奥に目を向ける。
もちろんちゃんと気づいてた。あの存在を見逃すわけがない。
トレーナーさんの机の上に置いてある、大きいなプレゼント包装された箱のことを。 - 7二次元好きの匿名さん23/04/26(水) 23:16:29
ずるい人であるトレーナーさんはアメとムチの扱いが上手で。
ご褒美さえあればセイちゃんがちゃんとがんばると思っているらしく、基本的に贈り物の類は欠かさない。
それは昔、わざとらしくおねだりした猫ちゃんマグカップに始まって。それから毎年の誕生日でも続いていた。
──あの箱のサイズ。
きっと先月くらいにわざとらしく「セイちゃんお気に入りのタモ網が壊れちゃいましたー。とほほー」と言ってみたのを、聞き逃さなかったらしい。
その時の彼の「そうか。買う時は言ってくれよな……ところで、次はどんなやつを買うつもりなんだ?」なんていうわざとらしい質問の意図なんて、お互いわかっているのだ。
以心伝心なんて仰々しいことは言うつもりはないけど。
うまくペースを合わせて歩めてきた人が、肝心な日に近くにいない。
そのことば寂しい……なーんて弱いところを見せるセイちゃんじゃないですよーだ。
今日はもういっぱい気持ちをもらったんだから。これからももらうし。
だから──。 - 8二次元好きの匿名さん23/04/26(水) 23:16:39
私はプレゼントの箱の前に立って、スマホを手にした。
LANEを立ち上げる、と同時に、通話を示す画面に切り替わった。
「わっ……とと」
焦らす余裕もなく、応答ボタンを押してしまう。
『もしもし? スカイ?』
「……」
『……あれ、繋がってない? おーい。スカイー』
「……」
少しびっくりして悔しかったので、わざと黙って彼の声を聞く。
『もしもし。もしもし。聞こえてるかー?』
「……」
もう、ちょっとだけ。
『……誕生日、おめでとう。セイウンスカイ。トレーナー室の机の誕生日プレゼントを置いてあるから。余裕があったら持って帰ってくれ』
まったく。そんな雑なことできるわけないじゃん。
ずるい人のくせに、妙に抜けてるのだ。この人は。 - 9二次元好きの匿名さん23/04/26(水) 23:16:49
「もしもーし。こちらセイちゃんでーす」
『お、繋がったか? 俺の声、聞こえてるか?』
聞こえてますよ。もちろん。
でも、聞きたいのはスマホ越しの声じゃないので。
「聞こえてませーん。プレゼントもどこにあるのかわかりませーん」
『おいおい』
「こっちに帰ってきたら、直接渡してくださいね。じゃ私、これから誕生日パーティーなので」
『そうか……おめでとう、スカイ。楽しんで』
そして私は通話を切った。
プレゼントの箱に手を伸ばして、結局触れずに背中を向ける。
「前菜のつもりが、デザートになっちゃったかな」
しかも、数日後の。
でもきっとそっちのほうが味わい深いに決まってるのだ。
仕掛けは見えてる。たまには釣る側じゃなくて、釣られる側として楽しませてもらおうかな。
「早く帰ってきてよね。トレーナーさん」
その言葉を部屋の中に残して、私はドアに鍵をかけた。 - 10二次元好きの匿名さん23/04/26(水) 23:17:06
おしまい。
セイちゃん誕生日おめでとう。 - 11二次元好きの匿名さん23/04/26(水) 23:46:43
しまった!セイキンSSだ!
と思わせて、しまった!セイトレSSだ!
キングに打ち負けるセイちゃん、いいぞ