青雲の空 いつまでも、どこまでも【ウンスキン・SS】

  • 1二次元好きの匿名さん23/04/27(木) 00:06:21

    桜が新入生を出迎えて早二週間。散った桜は、早くもトレセン学園に新緑の季節の到来を告げていた。学園生活に慣れ始めた新入生達も、新しい友人が出来たり先輩たちのトレーニングに混ぜて貰う傍ら、ターフで競い合うライバルが出来たりと、少しずつ、でも確実に夢に向かって一歩一歩進み始めた。暖かく爽やかな風を浴びて、キラキラと笑顔を輝かせる新芽を見ていると、皆心が躍る。
    それは、彼女たちの夢の、遥か先に居る者達もまた然り。

    「いやぁ、思い出しますなぁ。ピカピカの一年生だった頃を……」

    陽の光を浴びるセイウンスカイの、鮮やかな髪が揺れる。気合い十分の新入生達を見下ろすその傍らで、キングヘイローは小さくため息を零した。

    「そう言えば、貴方にも授業を真面目に受けていた時期があったわね。懐かしいわ」
    「ひどいなあ、こう見えてセイちゃん、結構真面目なんですよ?」
    「ええ、それでいて、レースに対しては情熱的でもある、と」

    そう言ってふ、と口角を上げて見つめてくるキングに、スカイは驚きの表情で応える。

    「……なんか、キングからそんな風に言われるの、ちょっと意外かも」
    「そう? 的外れだとは思ってないけれど」
    「え~? セイちゃん、もっとこう……」

    ゆったり笑みを浮かべながら言いかけて、スカイの唇が止まった。キングに目をやると、彼女は変わらずスカイを見つめながらどこか余裕のある笑みを浮かべていた。
    あぁ、そうでした。セイちゃん、キングとは色々あったのでした。すっかりキングにはお見通しでしたね。
    言いかけた唇からほう、と息を零れる。スカイはキングの隣に腰掛けると、彼女の手に自身のそれを重ねた。

  • 2二次元好きの匿名さん23/04/27(木) 00:11:44

    「ね、キング。ちょっとお膝借りていい?」
    「何よ、藪から棒に」
    「まあまあ、キングとセイちゃんの仲じゃございませんか。それに、今日は一流の膝枕で横になりたい気分なのでございますよ」
    「仕方ないわね、キングの寛大さに感謝なさい」

    どこか得意げなキングの姿を瞳に映して、このやり取りにも、お互い随分慣れたなぁ、とスカイは感慨深く頷いた。
    最初の頃は膝を借りようとするとサボる気だなんだと怒られ、その度口八丁で言いくるめて膝を借り、結局二人して眠り込んでトレーニングに遅刻して二重に怒られたりしたものだ。けれど、今となってはこうして二人で過ごす時間は、学園での日々の中で欠かせないものになりつつある。
    私は、キングの膝に頭を乗せると、自慢のふわふわ髪をそっと撫でてくれるキングを見上げた。窓から入ってくる風が彼女の髪を揺らすのをぼんやり眺めつつ、そっと瞳を閉じる。
    暖かな陽射しと、頬を撫でる風。在りし日の思い出が、鮮やかに蘇る。

    スペちゃんとキングと、三強なんて呼ばれて迎えた皐月賞。終盤で一気に前に出て、スペちゃんとキングを寄せ付けずに見事一着、一冠目。走りきった後の解放感の後、湧き上がってくる勝利の喜びと高揚感。あの日の気持ち、今でもしっかり覚えてる。中山レース場の青空の下、歓声を浴びて手を振るセイちゃんに、惚れた方も多いのでは? その後、ダービーでは悔しい思いもしたけど、三冠目を競った菊花賞はレコードタイムでもう一度青空へ勝利を捧げたので、セイちゃん的には大満足です。

    頬を撫でる風と、キングのてのひらがふわりと髪に触れる感覚が心地よくて、思わず頬が緩む。薄っすらと目を開けると、キングも自身と同じく、穏やかな笑みを浮かべていた。何故か、その笑顔に安堵の想いが溢れ出した。そう、あの日、キングは────。

  • 3二次元好きの匿名さん23/04/27(木) 00:14:49

    それから季節が巡って、次なる春の大舞台は天皇賞。しっかりハナを奪って逃げたんけど、全体的にペースが速くて、理想的な展開とまではいきませんでした。ピッタリ付いてきたスペちゃんも、外から一気に上がって来たブライトさんも強かったなぁ。あと一歩だったんだけどね。まあ、そこからしっかり切り替えて、夏の札幌記念でちゃんと強い所は見せつけちゃいましたけどね。それから、秋の天皇賞。キングとスペちゃんともながーいお付き合いになりましたね。それからそれから、スペちゃんのジャパンカップに、有馬記念と、凄いレースを色々と見せて貰いましたよ。
    そして、私は────ああ、困ったなあ、思い出しちゃった。

    それから、二つも季節が巡って、もう一度春の大舞台、天皇賞。ねえ、キング。私は……。

    「スカイさん」

    不意の声に、瞳を開く。キングは、驚きの表情で見下ろしていた。そして、そんな表情を向けられた私はと言うと。

    「貴方、泣いてるの?」
    「あ……」

    頬に手を当てると、瞳からこぼれ落ちた滴の跡が指先から冷たく伝わった。けれど、その滴はすぐにそよ風が消してくれる。まるで、私を慰めるように。
    優しい風に、思わずため息が漏れる。もう大丈夫。だから、そんな不安そうな顔、しないでよ。

    「うん、ちょっとさ、思い出しちゃって。色々と」
    「そう……」
    「ホント、色々あったなぁ、って……でも……」

    そこまで言って、少し間を置く。もう一度瞳を閉じて、しばし心に想いを巡らせる。その間も、キングは私の髪をふわふわと撫でてくれていた。

  • 4二次元好きの匿名さん23/04/27(木) 00:21:18

    スペちゃんと、キングと勝負した秋の天皇賞の後、私は怪我での長期休養を余儀なくされた。投薬治療、再生医療、それでも私の脚は元に戻るか分からないし、もう二度と走る事はできないかもしれない。突き付けられた現実は、余りにも重く私にのしかかった。病院からの帰り道でトレーナーさんが言った、すまない、という一言と、夕焼け色に染まった涙が、今もハッキリと頭に残っている。その日から何度も何度も「引退」の二文字が頭を過ぎった。
    けれど、それでも、私は答えは出せなかった。

    『ね、今日は良い天気だし、外に出てみない? ずっと横になってると、気持ちも滅入っちゃうよ』

    そう言って優しく微笑みかけてくれたローレルさんに肩を借りて、散歩がてら久しぶりに学園のコースへと脚を運んだ。走れもしないのに、お散歩の行き先に学園のトレーニングコースを選んだのは、もしかしたら誰かに会って、言葉を交して、未だ定まらないこの気持ちに、決着を付けたかったのかもしれない。けれど、そこで待っていたのは────。

    『オーッホッホッホッホ!! やっと来たわね、スカイさん!!』
    『え……き、キング……?』
    『早速だけど、貴方にはこのキングの一流の歩みを見届ける権利をあげるわ! 今日から毎日、このキングの走りと栄光を刮目してご覧なさい!』

    突然の展開に訳が分からないまま呆然としていると、ローレルさんがすかさず私に大きな襷をかけた。そこにはでかでかと"キングヘイロー担当サブトレーナー・セイウンスカイ"と書かれていた。

    『……何、これ?』
    『あら、見たら分かるでしょう? 今日から貴方はこのキングのサブトレーナーよ。キングの走りをよく見て、トレーナーと共にキングを一流のウマ娘として更に輝かせなさい!!』

    そう一方的に宣言すると、キングは早速トレーニングを開始した。正直、何に付き合わされているのか分からなかったし、ローレルさんまでグルだったというのも信じられなくて肩を落としていると、そのローレルさんがそっと私の肩に手を置いた。

    『もしかして、怒ってる?』
    『……怒るというか……勢いが急すぎて何を言う気力も起きないです』
    『そっか、そうだよね。でも……コレ、ヒミツなんだけど』

    ローレルさんはそこまで言って、耳元に口を寄せると、ひそひそと教えてくれた。

  • 5二次元好きの匿名さん23/04/27(木) 00:28:34

    『キングちゃんは、貴方を信じてる。きっと、貴方の中で何かが変わるって信じてる。キングちゃんの走りを、しっかりと見届けてみて……答えを出すのは、それからでも遅くないと思うな』

    それから、自分の治療の傍ら、キングのトレーニングに付き合う日々が始まった。と言っても、私は本職のトレーナーじゃないし、キングの走りに私のやり方がハマるとも思えなかったので、最初は本当にトレーニングを見ているだけだった。それでも、キングは私に積極的に意見を求めてくる。もちろん、適当に返すと怒るので、メイクデビューの頃、ライバルを出し抜く為の作戦を考えてた時の事を思い出しながら、一生懸命観察して、思った事をキングに伝え続けた。

    そんな日々の中で迎えた、スプリンターズステークス、結果は3着。その次は、適性の可能性に賭けてフェブラリーステークス。結果は……見せ場のほとんど無い、13着だった。

    けれど、キングは────決して首を下げなかった。堂々と、次のレースに向けて、すぐに前を向いていた。そう、あのクラシックの時と同じように、何があっても、背筋を伸ばして。泥だらけになっても、その目は勝利への渇望を讃えて。そこには確かに、一流のライバルの姿があった。
    いつしか、私は図書館で治療の為の本に加えて、トレーニング教本を借りて読み漁るようになっていた。すっかりサブトレーナーが板についてきたとキングのトレーナーに言われた時は少しモヤっとした気持ちにもなったけど、その後の一言で、私は思わずハッとした。

    『サブトレーナーに就任した頃より、随分良い顔になったね。もしかして……もう、心は決まったかな?』

    胸に手を当てて、ターフを見つめる。私の中で、確かに何かが変わっていた。

  • 6二次元好きの匿名さん23/04/27(木) 00:32:23

    そうして迎えた、中京レース場、芝1200m・高松宮記念。そこで、キングは────。

    『ここで大外から、大外からキングヘイローが飛んできたッ!』
    『……キング!!』

    そうだ、行け!! 走れ!!
    先頭を向いて全力で突っ込んでくるウマ娘達の、一番外を駆け抜けてくる一流のライバルに向かって、いつしか私は、人目も憚らず叫んでいた。その瞳からは、想いが涙になって溢れて、止まらなかった。

    『キングヘイローが飛んできた! キングヘイローだ! キングヘイローが撫で斬った!! キングヘイローがまとめて撫で斬りました!! 恐ろしい末脚、ついにGⅠに手が届きました!!』

    一流のライバルが、頂点へ向かって飛んでいく姿を、私はしっかりと見届けた。そして、涙で滲んだ視界を拭った先で拳を突き上げたキングの姿を見たその時、私の心はハッキリと決まっていたのだった。

    私は、もう一度、青空の下で、雲のように自由に────走りたい。

  • 7二次元好きの匿名さん23/04/27(木) 00:43:05

    それから、私は今まで以上に自身の治療と、レースへの復帰を見据えたトレーニングに力を入れるようになった。
    今までと立場が入れ替わるように、今度はキングが、私のリハビリと現時点での脚に合わせたトレーニングに付き合ってくれるようになった。
    そんな日々の中で、スペちゃんは栄養が付きそうな差し入れを山のように。グラスちゃんは私がよく眠れるようにとお香を。エルは勇気が出るようにと私に合わせた柄のマスクを。ツルちゃんは自分の経験から治療に必要そうなものを。そして、フラワーも綺麗なお花を持ってきて、復帰に向けて本格的に歩み出した私を支えてくれるようになった。

    そんな日々が1年続いて、ようやくお医者様から太鼓判を貰った時、レースに勝ったわけでもないのに病院のロビーでスペちゃん達の万歳三唱と、周囲の患者様の暖かい拍手を頂戴してしまったのは本当に恥ずかしかった。
    まったく、公共の場で何を、とキングが止めなければどうなっていた事やら。

    そうして迎えた、復帰戦の大舞台・天皇賞春。気付けば『黄金世代』と呼ばれた私達もみんなトゥインクル・シリーズを去って、私が最後の一人になっていた。既に時代は次の世代へと進んでいる。そして、私の直感も、ハッキリと私にこう告げていた。きっと、このレースが最後になるだろう、と。

    この日の為に力を貸してくれたみんなからの激励と、小さなお守り達を胸に忍ばせて、私は1年半ぶりにレース場のターフに立った。不思議と、気分は凪いでいる。緊張しているハズなのに、心地よい。ああ、私は帰ってきたんだ。
    そんな感慨は、枠杁した瞬間に即座に消え去った。さあ、これが最後の大舞台。セイちゃん一世一代の逃げっぷり、とくとお目にかけましょう。
    そして、ゲートが開き、私の脚は力強く、前へと踏み出したのだった。

    ねぇ、キング。私は……私はね。

  • 8二次元好きの匿名さん23/04/27(木) 00:51:46

    「ホント、色々あったなぁって……でも……それでも、戻ってきて良かった。諦めなくて、良かった」

    想いの丈が、堰を切ったように溢れ出る。それでも、目の前に居る大切なライバルを笑顔のまま見上げ、見つめ合う。

    「スカイさん……」
    「……ありがとう、キング。あの日、私を空の下へ釣り上げてくれて。私をここまで連れてきてくれて」

    笑みを浮かべ、涙を零したスカイの頬を、キングは優しく微笑みながら指先でそっと撫で、涙を拭った。

    「今更何言ってるのよ、おばか。言ったでしょう? 貴方は、キングが認めた、一流のライバルなんだから。勝手に居なくなるのは許さないわよ」

    その言葉に、スカイはふふ、と口角を上げた口から楽しげな声を零すと、自身も涙を拭った。そして、キングの膝の上からすっくと起き上がり、キングの瞳を真っ直ぐに見つめる。

    「ねえ、キング。これからもずっと……キングと一緒にターフを走る権利、私にくれない?」

    その問いかけに、キングは初め驚いたような表情を浮かべたが、すぐにそれをしまい、一流のウマ娘だけが見せる力強く気高い笑みでスカイに答えた。

    「ええ、勿論。これからもずっと、ライバルとしてこの私の隣を走り続ける権利をあげるわ」

    その日、黄金世代と称されたウマ娘の内、トゥインクル・シリーズに最後まで残った二人が、同時にドリームトロフィーリーグへの移籍申請書を提出した。
    その年の夏に開催されたドリームトロフィーリーグでは、再び集結した黄金世代の在りし日を思わせる走りに、大勢のファンが湧いた。そして、その日のウイニングライブでは、その名に相応しい青空の下で、セイウンスカイとキングヘイローの笑顔がセンターで輝いていたという。

  • 9二次元好きの匿名さん23/04/27(木) 00:56:10

    以上です。ありがとうございました。
    セイちゃんのお誕生日には必ずや一本と思っていたのですが、間に合わず盛大に出遅れてしまいました。ごめんねセイちゃん。改めて、誕生日おめでとう。これからもセイちゃんを推し続けます。

  • 10二次元好きの匿名さん23/04/27(木) 00:57:38

    とでも…よがっだ……………
    いいウンスキンをありがとうありがとう…

  • 11二次元好きの匿名さん23/04/27(木) 01:07:57

    色々経験してきたうちに深い繋がりが生まれてるセイキン最高です…!
    遅れたから二人の誕生日の間になってるのがいい……

  • 12二次元好きの匿名さん23/04/27(木) 07:20:06

    朝から素晴らしいSSを見た

  • 13二次元好きの匿名さん23/04/27(木) 07:30:32

    >>11

    SSを読み終え、その事に今気付いて言い知れないエモさを感じた。誕生日を挟んでこれからの事を誓い合う2人……

  • 14二次元好きの匿名さん23/04/27(木) 09:27:10

    爽やかなキンセイは健康に良い、この尊さはDNAに素早く届く。

  • 15二次元好きの匿名さん23/04/27(木) 10:45:13

    黄金世代の中の黄金カップリングやね

  • 16二次元好きの匿名さん23/04/27(木) 12:02:51

    ホーム会話でもシナリオでもセイちゃんとキングの親和性凄いよな。
    だんだん語彙力無くなって良い……しか言えなくなる。

  • 17二次元好きの匿名さん23/04/27(木) 21:58:13

    尊みが凄いでしゅ…

  • 18二次元好きの匿名さん23/04/27(木) 23:14:50

    皆様、読んで頂きありがとうございます。


    >>10

    ありがとうございます!ウンスキンは良いぞ……もっと広まって……。


    >>11

    酸いも甘いも噛み分けて乗り越える2人の姿は美しいと思う次第です。

    誕生日の間を取る形になったのは言われて気付きました。おかげでエモさが増した気がします、ありがとうございました。


    >>12

    セイちゃんとキングの尊い姿は朝昼晩いつ摂取しても良いとされる。


    >>13

    これからはセイちゃんの誕生日→一緒に歩むと誓い合った日→キングの誕生日というコンボを毎年続けていく訳です。素敵ですね……素敵ですね!!


    >>14

    その内あらゆる病にも効くようになる。


    >>15

    セイちゃんのシナリオを読んでから一番好きなカップリングまでありますね。釣果ゼロからの流れは神……。


    >>16

    リアルだと色々正反対と言われる2人ですが、狙ってその関係性をウマ娘のキャラに落とし込んでいるとしか思えないほどのハマり具合。上手く言えませんが、お互いがお互いにとって欠けてはならないピースのようです。


    >>17

    ありがとうございます!尊みをしっかり出せていたと言って頂けてこれ程嬉しい事はありません。尊いセイちゃんとキングもっと増えれ……!

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