【SS】見守る光は、いつだって

  • 1◆zrJQn9eU.SDR23/04/28(金) 19:32:59

    halo(ヘイロー)

    名詞

    1 a【美術】 (聖像などの頭部(時に全身)を囲む)後光,光輪,光背.

    b(人物・ものを取り巻く)光輝,栄光.

    2 【気象】 (太陽・月の)暈(かさ), 暈輪(うんりん).

    動詞

    〈…を〉後光で取り囲む.


    引用

    Weblio英和辞書 haloとは 意味・読み方・使い方 研究社 新英和中辞典での「halo」の意味

    (
    英語「halo)」の意味・使い方・読み方 | Weblio英和辞書「halo)」の意味・翻訳・日本語 - (聖像などの頭部(時に全身)を囲む)後光、光輪、光背、(人物・ものを取り巻く)光輝、栄光、(太陽・月の)暈(かさ)、暈輪(うんりん)|Weblio英和・和英辞書ejje.weblio.jp

    2023/04/28参照.

  • 2◆zrJQn9eU.SDR23/04/28(金) 19:33:48

     窓から光が差し込んでいる。雲一つない晴天は、天上の輝きを遮ることはない。もう少ししたら、カーテンを閉めてもらいましょうか。
     外で昇っている太陽が赤や黄で例えられるなら、この部屋は白としか言いようがない色合いだ。

     天井も、壁紙も、ベッドも。汚れが見当たらない手入れが行き届いた空間。その中でわたしは横たわっていた。今はリクライニングで少し身を起こしている。
     ベッドに縛り付けられたように過ごすというのは、正直慣れていない。現役時代、トレーニングやレースで怪我をしても、こうまではならなかったというのに。

     とはいえ、お医者さまの安静にという指示は理にかなっている。痛みこそ治まっているものの、今の状態で動き回れば体調の悪化に繋がる。
     そうなれば周りにも迷惑をかけてしまうし、それは私の本意ではない。まったく。自分の体だというのに、ままならないものね。

     自ら選んだ生き方に、後悔はしていない。こうなることだって、予想はしていた。かもしれない、ではなく確実に起こるという疑念の余地がない結果。
     ああ、もう。本当に私らしくない。過去ばかり振り返ることが一流の、キングヘイローのやること? たった一言で表せるじゃない。

     私は、入院しているのだと。

  • 3◆zrJQn9eU.SDR23/04/28(金) 19:34:22

     病院の一室に住まいを移して数日。仮初とはいえその住み心地はそう悪いものではなかった。看護師さんたちのサポートも手厚く、細かい部分にまで及んでいる。
     それは、その分お金を払っているからだという意見もあるかもしれない。確かに、ここは実績や評判を調べて選んだところだ。他と比べたわけではないけれど、費用も高い方なのかしらね。

     ただ、求める結果に相応しいものをと考えると、ここ以外は考えられなかった。物事に絶対はないけれど、出来る限り安全を備えた場所というのは安心する。
     特に、入院前の私にとって安心することは何より優先すべき事項だった。私の心の持ちようひとつで、体調を崩すどころではない結果になりかねない。それは避けたかった。

     その甲斐あって、今の私はとても安らいでいる。お医者さまも無事に終わらせてくれて、文句なんてつけようがない。
     得られた成果は、心身共に健康であること。ただ、それは私一人のことではない。

     私は隣に目を向けた。自分が寝ているものより小さなベッド。本来個室であるこの空間に、あることはないもう一人分の寝台。
     そこに眠っている幼い命。苦しくて、辛くて、いつまで味わうことになるのと苛まれながらも得た、大切な人との結晶。

     私が求めた、授かりものだった。

  • 4◆zrJQn9eU.SDR23/04/28(金) 19:34:54

     生まれたばかりなのに、もう髪の毛が生えていて。ぎゅっと握られた手は私の手のひらで簡単に覆い隠せてしまう。
     まだ歯も揃っていない口は、時折閉じたり、また開いたり。私の隣に来てから、見飽きることがない。

    「顔、緩んでいるわよ」

     この個室にいるのは私とこの子だけではない。三人目がベッド脇の椅子に座っていた。振り向いてその人と視線を合わせれば、言うまでもない、私の母親だった。
     窓側を背にしたお母さまは、太陽の光を背に受けている。少し眩しさに目を細めながらも、私は言葉を返した。

    「お腹を痛めて産んだ子だもの。お母さまも、人のことは言えないわ」

     子への愛着を宣言すると同時に、お母さまへのカウンターも忘れない。言われた当人はぱっと頬に手を当てて、急いできりっとした表情を作ろうとしている。
     もう遅いのだけれど、指摘した方がいいのかしら? きっと、私も同じような緩み方をしているのよね。やっぱり、血は争えないわ。

     昔、私がまだ子供だった頃であれば、今の発言ひとつでも反発していたでしょうね。むきになって否定して、絶対に認めようとしない。
     そんな娘相手に、お母さまは厳しく直截な言葉を投げ掛ける。自分を曲げない二人の主張は、平行線。よくもまあ、飽きずに続けていたものね。

  • 5◆zrJQn9eU.SDR23/04/28(金) 19:35:44

     昔の私たちからは想像できないけれど、今は普通に話ができるようになっている。この普通に辿り着くまでには、少し苦労があったけれど。
     特に溝が深かったトレセン学園に通っていた時期。根本的な原因は、直接顔を合わせなかったことだと思う。

     遠く離れていても繋がる電話は便利だ。ただ、その繋がりでは肝心な部分は伝わらないし、誤解だって生まれやすい。
     表情や雰囲気、実際に会ってのやり取りで受け取り方ひとつ違ってくる。かつてのトレーナーと日々を過ごして、私はそれに気付くことが出来た。

     だから、二人でお母さまの元へ飛んでいった。スケジュールを調整してくれたトレーナーに、突然の訪問に文句を言いながらも受け入れてくれたお母さまには感謝しかない。
     そのまま数日、私とお母さまは話した。色々なことを、何時間も何時間も。近くで聞いていたトレーナーは喧嘩をしているようだったと評していたわね。

  • 6◆zrJQn9eU.SDR23/04/28(金) 19:36:20

     そのおかげで、お互いに少し分かり合えた。日本には雨降って地固まるということわざがあるけれど、泥も着こなしてきた私にふさわしい結果ね。
     私とお母さまがそれぞれ歩み寄った成果。それが実現したのは、少なくとも私に余裕が出来ていたからなんでしょうね。

     私は私。キングヘイローであって、お母さまではない。でも、やっぱりお母さまの娘である。その繋がりを、今は素直に認められる。あの頃より、先の今なら。
     かつての私だったら決して受け入れられなかった選択。それが出来ているのは、あの人と一緒に一流ウマ娘としての道を歩めたから。スマートではない回り道を、泥まみれで歩んで。
     あなたには、言葉を尽くしても尽くしきれないわ。だけど、私の隣という権利をあげたのだから十分過ぎるくらいのお返しよね? ね、あなた?

  • 7◆zrJQn9eU.SDR23/04/28(金) 19:37:07

     そんな夫のことを考えていると、お母さまにあの人の話題を出された。

    「それにしても、あの方も大変ね」
    「え?」
    「夜通しあなたに付き添って、一目我が子を見たら今度は教え子のレースに。身が持たないんじゃない?」

     お母さまはあの人のことを妙に畏まって呼ぶ。もう家族よ? と言っても、お世話になったからとあの人と一緒に笑い合っていた。もう。私に隠し事?
     それはさておき、お母さまの言葉に私は自信を持って返した。

    「大丈夫よ。あの人は、一流トレーナーだから」

  • 8◆zrJQn9eU.SDR23/04/28(金) 19:37:38

     私としては満点の答えだったのだけれど、お母さまは眉をひそめた。

    「信頼しているのは伝わってくるわ。ただ、切り捨てる部分を見誤っては駄目よ。ひとつ間違えるだけで、全体の調和が崩れて保てなくなるものだから」

     私はぐっと言葉に詰まった。あの頃より直截な言葉ではなくなったけれど、要はあの人が体を壊さないか心配してくれているのだ。

    「……気を付けるわ」

     デザイナーとしての経験則に基づくお母さまの言っていることはもっともなので、私は受け入れた。本当に、変わったものね。

  • 9◆zrJQn9eU.SDR23/04/28(金) 19:38:08

     言い返すわけではないけれど、お母さまのことも気になって私は問うてみた。

    「お母さまこそ、大丈夫なの?」
    「何のこと?」
    「ずっと私についていてくれるじゃない。デザインの仕事とか、発表とか……」
    「心配いらないわ。娘の付き添いで休みは取ってあるから」

     さらっとお母さまは告げた。私はその内容に驚いていた。お母さまが、私のために休みを?
     もちろん、そうやって休みを取ってくれたことはあったのかもしれない。でも、それを私に教えることなんてなかった。

     お母さまも自分が何を言ったのか気付いたみたいで、はっと口を押さえた。さっきと同じで、やっぱり気が緩んでいるようだ。
     そして、同様に私も顔が緩んでいるのでしょうね。お母さまは私の表情を見ると、ぷいっと顔を背けてしまった。横顔は、少し赤く染まっていた。
     あの人も、私のこんな顔をみていたのかしら。ちょっと、私も気恥ずかしくなってくるわ。

  • 10◆zrJQn9eU.SDR23/04/28(金) 19:38:42

     そんなやり取りを私たちがしていると、赤ちゃんがぐずり始めたことに気付いた。
     私の頭の中で可能性がいくつも浮かんでいた。ご飯? おむつ?  びょ、病気!?
     思わずナースコールを探し始めていた私の肩を、お母さまが軽く叩いた。

    「落ち着きなさい」

     そう言って、お母さまは赤ちゃんを抱き上げてあやし始めた。そのまま、私に確認をしてくる。

    「さっき、この子にあげたわよね?」
    「え、ええ」
    「こっちは看護師さんに替えてもらっていたし……」

     お母さまは思案しながら様子を見ている。あやされて安心したのか、赤ちゃんの声は少し治まっていた。
     それを確認するとひとつ頷いて、私の目の前に差し出してきた。

    「さ、抱っこしてあげなさい」
    「で、でも、お母さまの方が……」

  • 11◆zrJQn9eU.SDR23/04/28(金) 19:39:25

     レクチャーは受けたけれど、正直お母さまの方が上手だった。このままがこの子にとっても……
     私の言葉にお母さまは真剣な顔になって、告げた。

    「この子の母親は、あなたよ。これからこの子の手が求めるのも、あなた。見誤っては、駄目よ」

     今度は私がはっとなる番だった。赤ちゃんを差し出しているお母さまの表情は、少し陰っている。
     かつての私との接し方を思い出しているのだろうか。娘に遠い国に出て行かれた時、家に留守番させていた時、そして生まれてきた時。

     分かり合えたとはいえ、過去がなかったことにはならない。その積み重ねは、身体から離れることはない。
     この言葉は、経験則なのだ。デザイナーとして、母親として、母になる前に私を身籠った女性として。

  • 12◆zrJQn9eU.SDR23/04/28(金) 19:39:56

     お母さまだって、最初からお母さまではなかったのだから。私を育ててきたことで生まれた苦労と後悔は、今も心の中に残っているのかもしれない。
     その想いは、全ては分からない。

     私は、どうだろう。母親になったばかり。でも、お母さまが支えてくれている。
     何より、私の赤ちゃんが目に入る。宙に伸ばされた小さな手は、開かれて何かを掴もうとしているかのようだ。
     この子が手を伸ばしている相手は、私。目も見えていないのに鼻で探そうとしている相手も、私。

     誰が答えてあげるの? 誰が認めてあげるの? 私しかいないじゃない。


     だったら、後ろに下がってはいけない。前に、進むのよ。

  • 13◆zrJQn9eU.SDR23/04/28(金) 19:40:28

     私は恐る恐るお母さまから受け取った。即座に緊張で手が汗ばんでくる。く、首は? 呼吸は?

    「大丈夫よ。こっちをもう少し……そう、それでいいわ」

     お母さまのアドバイスに従って抱き方を変える。そのままとん、とん、あやしていると、赤ちゃんはまた眠っていった。
     それをしばらく観察して、問題なさそうだと確認したら口から長い溜息が漏れ出ていた。

    「いいお母さんね」

     お母さまがそんなことを呟く。どこか気が抜けたまま、私はとっさに返していた。

    「お母さまが、いてくれたおかげよ」

     少しだけ、お互いに時間が止まった気がした。再び動き出しても止まったままのような感じで、ようやくお母さまが、そう、と言った。
     私は、そうよ、とまた返した。短い言葉だったけれど、私たちにはちゃんと伝わっていた。

  • 14◆zrJQn9eU.SDR23/04/28(金) 19:41:16

     お母さまはこの子のベッドと反対側に回り込んで、私の隣に腰かけた。身を起こしている私の負担を軽くしてくれるためなのか、私の体をそっと自分の方に預けさせてくれる。
     両肩に手を添えられ、時折私の頭上から赤ちゃんに呼び掛ける声が耳をかすめてくすぐったい。くすぐったいけれど、悪くない気分だった。

     ふと、この子に掛けてあげたい言葉が思い浮かんだ。眠っているこの子には、聞こえないでしょうけれど。
     お母さまも、こう言ってくれたのかしら。いえ、私のお母さまだもの。必ず言ったわ。
     私の背中に感じられる温もりが、その証拠。太陽とは違う、ひっそりと我が子を照らす光。ずっと、見ることも気付くこともなかったのに。見守ってくれていたのね。

     昔の私なら、分かろうとしなかった。少し前の私なら、おぼろげに分かりかけていた。ようやく、今の私になってはっきりと分かる。同じ立場になったから、なのかしら。
     だったら、私も倣うことにしましょう。今でも私が受け取っている光のように、私もこの子に。決して別れることがない、この想いを。

  • 15◆zrJQn9eU.SDR23/04/28(金) 19:41:49

     まだ目も開けられないこの子に、私は語りかける。あなたが見ていなくても、私は見ているわ。


     こんにちは、私の赤ちゃん。そして。



    「生まれてきてくれて、ありがとう」

  • 16◆zrJQn9eU.SDR23/04/28(金) 19:42:24

    以上です。誕生日ということで書きました。ありがとうございました。

  • 17二次元好きの匿名さん23/04/28(金) 21:33:56

    なんでこんな良い文章をこんなところに…(困惑)

  • 18◆zrJQn9eU.SDR23/04/28(金) 23:42:08

    >>17

    読んでいただきありがとうございます。感想をいただけて嬉しいです。

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