【SS】K2外伝 「答え合わせ」

  • 1二次元好きの匿名さん23/04/28(金) 22:21:58

    (俺は、医者として恥ずかしくない診断が出来ているだろうか?)

    (俺は、医者として間違いのない治療が出来て居るだろうか?)

    (俺は、医者として何処までこれただろうか?)


    「う~ん……"コレ"をやる時は、何時もあの時の事を思い出すなぁ」


    "剖検依頼書"


    そう書かれた、たった1枚の紙切れ

    それを前に、数百の病床と職員を預かる富永総合病院の院長──富永研太は1人過去に想いを馳せていた

  • 2二次元好きの匿名さん23/04/28(金) 22:22:31

    【N県T村】

    かつて、富永総合病院院長である富永研太が西海大学医局員時代に赴任した無医村である──いや、無医村だった
    その村には"K"と称される医者の一族が隠れ住んでいたのだ
    彼等一族はその全てを医術の発展に捧げ、またその優れた医術が悪用されないようにと人知れず闇に潜んでいた

    無医村を解消せんと勢い乗り込んだ、若く情熱に燃える富永は、しかしなんの因果か"K"と出会った

    "K"は圧倒的だった

    医者としての叡智、技量、そして覚悟
    若く情熱に燃える富永は、若く情熱に燃えているだけでしかないのだと打ちのめされた
    医師免許の有無など関係無かった

    その後、紆余曲折を経て富永は"K"と共に村で医者として過ごすことになる

    そんな村でのある日の話である

  • 3二次元好きの匿名さん23/04/28(金) 22:22:49

    では、これより剖検を開始する
    主目的は──

    何時ものように冷静な"K"の声が部屋に響いた


    ある日、ある時、N県T村と称される場所の一画で1人の患者がその生を終えた

    医者と、患者と、その家族──
    誰もが真摯で、一生懸命だった
    知りうる全ての叡智を動員した

    しかし「頑張ればどうにかなる」「努力すれば大丈夫」であればどれだけ良かった事だろうか
    それを知るのもまた彼等、彼女等だった

    叡智は足りず、努力は実らず、奇跡は起きずに1人が死んだ
    言葉にすればそれだけの事だった

    そうして亡くなった患者は"K"や富永の前で横になっている
    しかし場所は病院のベッドではなく、自宅の布団の上でもなかった
    患者はこれから剖検──病理解剖と呼ばれる処置を受けるのだ

  • 4二次元好きの匿名さん23/04/28(金) 22:23:14

    手順に従い「患者だったもの」は体のあらゆる場所を調べられた
    表面を観察され、体を切り開かれ、中身を検められた
    そうして「何故患者は亡くなったのか?」「治療は正しかったのか?」等を調べるのが剖検の目的だ

    ──終了だ

    始まりと同じように、"K"の声は冷静なままだった
    "K"の一族に相応しい技量を持った男は、その名に相応しい速さと的確さで剖検を終わらせ、汗1つかいていなかった

    「どうしようもなかった……ってことですかね、やっぱり」

    ──うむ、残念ながらそうとしか言えまい

    剖検の結果は残酷なものだった
    治療は完璧だった
    正しく病名を鑑別し、的確な治療を施し、しかしそれでも病の治療には足りなかった
    「治療は成功したが患者は亡くなりました」というありふれた──残酷なほどにありふれた話だった

  • 5二次元好きの匿名さん23/04/28(金) 22:23:33

    「…………はぁ」

    その結果を前に富永はため息をつく
    自分達の努力が及ばなかった、その事実に

    ──どうした、富永

    そしてそれだけではないのだ、という声なき声を"K"は感じ取った

    「えっ、あっー、そのー……」

    ──力及ばず患者が亡くなる、残酷だが医者である以上必ず経験するものだ
    ──今更お前がその事でそこまで落ち込むとは思えん
    ──どうした?

    何時ものように冷静な声で、しかし富永を心配する気持ちが確かに込められた声で"K"は聞いた

  • 6二次元好きの匿名さん23/04/28(金) 22:23:56

    「……少し、考えたんです。
    自分は……ここまで、出来るのだろうか、と……」

    考えながらなのか、詰まりながらも確かな声音で富永は告げた

    ──?
    ──なにがだ

    しかし、いまいち要領を得なかった"K"はそう問い返した

    「ここに来てだいぶ経ちました。
    その間、ずっと"K"を見てきた。
    診療中も、手術中も、往診中も、その他にもたくさん。
    そうして思ったんです。
    果たして俺は成長出来ているんだろうか、と」

    呟く声は大きく無かったが、強い想いの籠もった声で富永はそう返した

  • 7二次元好きの匿名さん23/04/28(金) 22:24:19

    「この患者さんもそうです。
    "K"が診察し、治療した、けれども残念ながら亡くなった。
    その時にふと思ったんです。
    『じゃあ自分が主治医なら助けられた?』
    ──出来なかった。
    診断も、治療も、何もかもが遅れる未来しか見えなかった……」

    吐き出された言葉は大きくない
    しかし確かにそれは"悲痛な叫び"だった

    そして気持ちに答えた肺が労働の対価として新鮮な酸素を要求した為に、富永はものの数秒で息を切らしていた

  • 8二次元好きの匿名さん23/04/28(金) 22:24:41

    ──富永

    対する"K"はやはり何時ものように冷静な声で富永に近づき、肩に優しく手を置いた

    ──俺は、自分が絶え間のない幸運に恵まれた男だと思っている

    先程からの会話の流れとは余りにもそぐわない声と内容を"K"は言い出す

    ──医者という職に出会えた事
    ──教えてくれた親父や村井さんや沢山の村の人達
    ──認めてくれた高品先生や朝倉先生達
    ──そして共に働いてくれる医者だ、富永

    先程の富永と立場を変えたように、"K"は考えながらも強い想いを込めて言った

  • 9二次元好きの匿名さん23/04/28(金) 22:25:05

    ──お前には俺の方が優れているように見えるのかもしれん
    ──1面においては確かにそうだろう
    ──だが、そうであるとしても、そう成れたのはお前のおかげでもあるのだ

    肩に置いた手に力を込めて、そしてそれ以上の想いを込めて"K"は告げた

    ──俺は"K"の一族としてこの村で生まれ、育ってきた
    ──そして一族の影として、持てる限りの知識と手技を叩き込まれてきた
    ──だからこそ俺は一族の優れた医術を身に着け、実践することが出来る……だが、そんな俺でも怖かった

    眼の前に横たわる、剖検の終わった患者に目を落としながらも"K"の話は止まらない

    ──こうして亡くなった患者を見る度に、その体を検める度に、患者達の声なき声が問うて来るのが聞こえてきた
    ──『お前は"K"を名乗るのに相応しいのか?』『一族として恥ずかしくない力量を身に付けたのか?』とな

    ──剖検とはつまるところ"答え合わせ"だ
    ──『手掛けた医者の診断や治療は正しかったのか?』『効果は有ったのか?』『見落としは無かったのか?』
    ──亡くなった患者達が目を開かなくとも、声を挙げずとも、何よりも雄弁にその体が俺に問いかけて来ていた
    ──その度に俺は医者として、一族として、親父の息子として、果たして相応しい成長が出来ているのか悩んだものだ

    それは"K"の、いや"神代一人"という1人の男の想いだった

  • 10二次元好きの匿名さん23/04/28(金) 22:26:29

    ──そんな俺の所に来たのがお前だ、富永

    患者(過去)から顔を上げ、富永(現在)を見ながら"神代一人"は言った

    ──外の世界で生まれ、育ち、医者となった男が俺の所に来たのだ
    ──そのお前が俺と共に患者を診察し、診断し、治療したのだ
    ──あの時、お前は俺に色々言ってきたな……

    微かに笑う"神代一人"にの目には、かつて2人が出会った時の景色が鮮やかに浮かんでは消えていた

    「……そういうKだって色々言ってきたじゃないッスか」

    そんなKの気持ちが通じたのか、富永もまたかつてを思い返しては、そんな反論とも文句とも甘えともつかない言葉を返した

    ──なに、俺だって医者としての誇りは有ったからな
    ──突然やってきた部外者にあれこれ言われては文句の1つや2つや3つや4つは言いたくなったのさ

    「いや多くない!?」

    だから2人でそんな喧嘩のようなじゃれ合いをした

  • 11二次元好きの匿名さん23/04/28(金) 22:26:52

    ──ふっ……だがな、おかげで俺は確信できた
    ──俺が身に付けた知識は、技術は、確かに『外』にも通じるのだと
    ──俺の人生は間違っていなかったのだと
    ──たとえこのままこの村で生を終えるのだとしても、俺は一族として恥ずかしく無い人間になれたのだと…………そう、思えたのだ
    ──それに……

    先程までの言い合いの時のような、柔らかい顔付きのまま、しかし強い想いの込められた声が"神代一人"から聞こえてきた

    「あー、うん、はい……いやいやいや。
    あの時の事はまあなんというか若気の至りというかなんというか色々有るので俺としてもこう……ねぇ?」

    予想外に話を聞かされた富永は、嬉しいやら恥ずかしいやらでそんな言葉を返すのが精一杯で

    「ああああ!!やめやめ!!
    剖検も終わった事だし、サッサッと片付けて飯にしましょう!」

    そんな返しをするのがやっとだった

  • 12二次元好きの匿名さん23/04/28(金) 22:27:17

    ──そうだな、そうしよう
    ──遅くなっては料理を作ってくれるイシさんに悪いしな

    そんな富永の気持ちを知ってか知らずか、先程までと打って変わってテキパキと片付けを始めた
    そうして片付けを終わらせて出ていく富永の背中を見ながら"神代一人"は先程の言葉にならない続きを心の中でだけ呟いた

    (──それにな、富永)
    (お前のおかげで俺は世界の広さを学ぶ事が出来たのだ)
    (お前が俺の代わりにここで医者として働いてくれていたからこそ、俺は外で医者としての腕を振るう機会を得た)
    (お前が俺達一族が身に付けた知識と技術を学んでいてくれたからこそ、俺はそれに負けまいと外の知識を学ぶ意欲を持てた)
    (お前がいなければ、俺の歩みは今よりずっと遅かったのだ)

    それは誰にも聞こえない声だった
    しかし、その声にならない声を聞いている『人』はこの場にいた
    何も見えず、耳も聞こえず、声を上げられないその『人』は"神代一人"にこう問うた

  • 13二次元好きの匿名さん23/04/28(金) 22:27:44

    『お前さんは富永先生の前で"K"を名乗るのに相応しいのか?』

    ──あぁ、そうだ
    ──俺は"K"だ
    ──あの日、あの時、あの場所で
    ──最初に俺を医者として認めてくれたあいつが、今も俺を"K"として見ている
    ──俺はその信頼に答える義務と責任が有る
    ──あいつが腕を上げるのなら、俺も負けてはいられない
    ──俺と富永は同じ学びを得てきた"戦友"だからな

    『そうか』
    『なら頑張ってくれよ、K先生』

    ──はい
    ──ありがとうございました

  • 14二次元好きの匿名さん23/04/28(金) 22:28:11

    そうして声なき声はもう聞こえなくなった

    この世間から隔離された村で、人々はK一族の医術の発展のために身を捧げ続けてきた
    今日『声』を掛けてきたのもそのうちの1人

    彼等彼女等は死してなお医術発展の礎にならんと、すすんで一族に身を差し出してきた
    そうして今日のように解剖され、一族にその治療の正しさの是非を問うてきたのだ

    ──やはり、俺は運が良い

    そう思わずにはいられなかった
    もし自分が『外』の生まれだったなら、これほどたくさんの『答え合わせ』は経験できなかっただろうから

    ──行くか

    そして
    "K"が扉を締めた時、今度こそ部屋からは誰も居なくなった

  • 15二次元好きの匿名さん23/04/28(金) 22:28:40

    「さて、思い出に浸ってばかりも居られないな」

    富永はそう言って、意識と記憶をかつてすごしたT村から、書類が積み上げられた富永総合病院院長室の机の上に戻した

    ある日、ある時、富永総合病院と称されるその場所の一画で、1人の患者がその生を終えた

    医者と、患者と、その家族──いや、それにとどまらず、看護師、管理栄養士、その他多くの人達が関わった
    誰もが真摯で、一生懸命だった
    知りうる全ての叡智を動員した

    しかし「頑張ればどうにかなる」「努力すれば大丈夫」であればどれだけ良かった事だろうか
    それを知るのもまた彼等、彼女等だった

    叡智は足りず、努力は実らず、奇跡は起きずに1人が死んだ
    言葉にすればそれだけの事だった

  • 16二次元好きの匿名さん23/04/28(金) 22:28:59

    しかし富永はそれで終わらせたくなかった
    かつて彼が村で経験したように、亡くなった患者を調べることによって得られる『答え合わせ』は、医者や病院にとって大きな宝なのだ
    彼はかつての自分が経験したように、彼の下で働いている多くの医者や研修生達の為に──そして富永総合病院の外にいるもっと多くの医者や患者達のためにも、少しでも沢山の経験を積ませてやりたかった

    「経営の事とか考えたら、剖検なんてやらない方が良いんだろうけどねぇ」

    今や病院において剖検はその実施数が年々減り続けている業務だ
    人手が掛かり、時間が掛かり、何よりもお金が掛かった
    24時間365日人手不足が叫ばれる、医者という職業の人間が数人、数時間拘束され、数十万円に及ぶ剖検費用は全額病院持ちなのだ
    まして遺族にしてみればこれ以上家族にメスを入れられたくないのだから拒否もしたい
    はっきり言って儲かるとかそんな次元ですらないのだ

    死亡時画像診断(AI)が増えてきた昨今、正直言って実施数が下がり続ける事は有っても上がることは考えづらい

  • 17二次元好きの匿名さん23/04/28(金) 22:29:17

    「……なんて言ってられないよな。
    経営だなんだなんて事を考えるのも、研修医を1人前に育てるのも、俺の仕事なんだし!」

    なんて事を言いながら気合を入れた富永は、剖検依頼書を持って立ち上がった

    「K」

    そう一言だけ口に出して

    (俺は、成長出来ているか?
    お前に少しは追いついただろうか?
    これでも少しは出来るようになってきたと思うんだ。
    俺1人の力じゃない。
    親父、病院の先生や看護師、出入りの業者。
    数えきれない皆に支えられて、今の俺が有る。
    けど、俺はお前と一緒に働いた"戦友"だから。

    あの剖検の後に時なんて言おうとしたのかは分からないけど、今なんて言われても恥ずかしくないように、そしてこれからも恥ずかしくないように、俺は頑張っていくからさ。)

  • 18二次元好きの匿名さん23/04/28(金) 22:29:44

    あとの想いはかつて何処かの誰かがそうしたように、心の中で呟いていた

    そうして富永が剖検依頼書を手に部屋を出ていった時

    『やれやれ……その答え合わせは必要なんですかねぇ、富永先生』

    誰にも聞こえないはずのその声だけが、富永総合病院院長室に響いていた

  • 19スレ主23/04/28(金) 22:31:03

    以上、終わり!
    長いね!
    長すぎるね!
    読んでくれたみんなありがとう!

  • 20二次元好きの匿名さん23/04/28(金) 22:31:43

    野生の公式ってあにまんにもいたんだ……

  • 21二次元好きの匿名さん23/04/28(金) 22:37:06

    こんな名作を読めた事を幸運に思うわ

  • 22二次元好きの匿名さん23/04/28(金) 22:37:10

    いい物を読ませてもらった

  • 23二次元好きの匿名さん23/04/28(金) 22:42:41

    最近K2読んだ俺にクリティカル
    ブラックジャックとKとかみてみたいね…

  • 24スレ主23/04/28(金) 22:44:01
  • 25二次元好きの匿名さん23/04/28(金) 22:54:49

    >>24

    君だったのか!

  • 26二次元好きの匿名さん23/04/29(土) 05:45:29

    2人がまた合うことは有るんだろうか……

  • 27二次元好きの匿名さん23/04/29(土) 10:10:58

    いい話でした
    こうしてさらなる成長を遂げたトミーと一人にまたいつか戦友として共闘してほしいなあ

  • 28二次元好きの匿名さん23/04/29(土) 13:06:15

    ここからスレに何を書けと言うんだ……

  • 29二次元好きの匿名さん23/04/29(土) 17:02:58

    >>24

    本スレで時折見かける原作キャラのやり取りレスも貴方なんだろうなぁと思って読んでたw

  • 30二次元好きの匿名さん23/04/29(土) 17:08:20

    スレ主実はコナン・ドイルなんじゃね?

  • 31二次元好きの匿名さん23/04/29(土) 23:10:22

    解剖って高いんだな

  • 32二次元好きの匿名さん23/04/30(日) 07:54:56

    すげえよ

  • 33二次元好きの匿名さん23/04/30(日) 07:56:33

    まあ、アンタだろうな、と……

  • 34二次元好きの匿名さん23/04/30(日) 09:04:32

    読んでてめっちゃ引き込まれた。良かった。
    ...けど、トミ-がKのこと「お前」呼びするとこだけ超違和感あるっす

  • 35スレ主23/04/30(日) 20:24:30

オススメ

このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています