裕太にキスで負かされそうでヤバい……

  • 1書いてる人23/04/28(金) 23:00:36

    宝多六花が初めて響裕太とキスをしたときの想い出は、恋人と唇を重ねた嬉しさ以上に忘れられないものとなっている。
    歯と歯をぶつけてしまったのだ。
    緊張と高揚で震える体をなんとか制し、目を瞑って至福のひと時をじっと待つ。
    そこまでは良かったのだが、裕太はそうはいかなかったようで、逸る気持ちを抑えきれずに、ちょいと勢いを付けすぎた。

    「あっ……⁉︎」
    「いっ……⁉︎」

    かつんっ、と小気味良い音が空間に響き渡り、六花と裕太は同時に悲鳴をあげて仰け反った。
    なかなかの痛みと衝撃に思わず口元を抑えて裕太を見れば、彼もほとんど同じ姿勢で、何が起こったのか分からないと言わんばかりにこちらを見つめ返している。

    「っ、たぁ〜……!ちょっと裕太、なにしてんの……⁉︎」

  • 2書いてる人23/04/28(金) 23:02:12

    「あっ……ごっ、ごめんっ!六花、大丈夫っ……⁉︎」
    「いや大丈夫ってそっちこそ……あ〜いった……え、これ歯欠けてないよねあたし……?」
    「みっ、見せてっ……あ、う、うん、大丈夫!欠けてない!」
    「ほんとに〜……?いやもう今のめっちゃ……あ、裕太は⁉︎裕太も大丈夫だった、歯⁉︎」
    「だ、大丈夫!全然、あの、平気だから!ほら見て!」
    「あ〜ほんとだ欠けてない……え〜、結構痛くなかった今の……」
    「う、うん……だいぶ……」
    「ね〜……」
    「……ごめん、六花。オレ、やっちゃったぁ……」
    「……ま。初めてだもん、ね〜……?」
    「あぅ……」
    「もう。そんな顔しないで裕太。あたし、別に怒ってないよ」
    「で、でもぉ……」

  • 3書いてる人23/04/28(金) 23:03:36

    肩を落とし、あからさまにしょんぼりとしてしまった裕太を見て、六花はむしろ緊張がほぐれて微笑ましい気持ちになった。
    また、期せずして自分も裕太も初めてなのだと実証することができたので、ちょっぴり嬉しいとさえ感じたほどなのだ。
    もちろん、その後で二人はちゃんとキスをやり直し、大切なファーストキッスもなんとか面目を保つことができたわけなのだが、それにしても今回の裕太の失態は、六花の脳裏に強烈な印象を刻み残していったようだ。
    それだけに、別の日になって、六花が裕太と二回目の口付けをしたときに、裕太がなんとか無事にこなしてみせたのが六花には意外であった。
    その驚きを六花が知覚したのは、ぽわぽわとした幸福感から意識を取り戻した後のことで、

    「あ……」
    「り……六花……?」
    「……今度は」
    「え……?」
    「今度は、ぶつけたりしないんだ……?」

  • 4書いてる人23/04/28(金) 23:05:20

    「うっ……いやもう、その節はほんとに、大変申し訳ないと……」
    「……練習、した?」
    「れ……練習、っていうか……動画見て、勉強したっていうか……」
    「ふーん……動画ねぇ……そんな動画ほんとにあるかぁ……?」
    「あ、あるんだよ……」
    「へぇ〜……動画だけにしてはなーんか、手慣れてた気がするけどなぁ……」
    「そ、そんなっ、ことっ……」
    「じと……」
    「……あの。練習、してました……枕とか、布団とかで……」
    「やっぱり。どうして隠すかなぁ……」
    「う、うぅ……」
    「……ふふ。うそうそ。そんなことなんかで怒んないよ。他の女の子にやってたわけじゃないんでしょ?」
    「あ、当たり前でしょ、そんなのっ……」

  • 5書いてる人23/04/28(金) 23:07:10

    「え、てか裕太ってば、枕相手にキスの練習してたの?やっば、想像したらだいぶ面白いやつじゃん……」
    「か、からかわないでよ……!オレ、割と必死で……!」
    「はいはい。だからうそだって。あれでしょ裕太。この前のこと、気にしてるんでしょ」
    「う、うん……」
    「そんなのいいのに。ほんとにあたし、怒ってなんかないんだからね?」
    「だ、だけど……」
    「……でも、嬉しい。裕太、あたしのために頑張ってくれてたんだ……」
    「……うん」
    「……ありがと、裕太……」
    「り、六花……」
    「…………」
    「も……もう一回、してもいい……?」
    「ん……」

    瞼を閉じて、愛しい少年の柔らかな唇を受けいれる。
    なんとも満ち足りる想いであった。
    それからというもの、六花は裕太とキスすることがだんだんと増えていった。恋人同士なのだから、これは当然のことと言えよう。
    流石に学校や路上でというわけにはいかないが、どちらかの部屋に二人でいる時などには、自然とそういう流れになっていく。
    そうしたことを繰り返しているうちに、六花は、ふと気づいてしまったのだ。

  • 6二次元好きの匿名さん23/04/28(金) 23:07:53

    この名前…あの人か!いつもいいもの読ませていただきありがとうございます

  • 7書いてる人23/04/28(金) 23:08:24

    (もしかして裕太って……キスの才能、あったりしない……?)

  • 8二次元好きの匿名さん23/04/28(金) 23:08:24

    書いてる人!書いてる人ではないか!

  • 9二次元好きの匿名さん23/04/28(金) 23:09:04

    これは信頼の出来るクオリティですわ

  • 10二次元好きの匿名さん23/04/28(金) 23:09:57

    まったくこの浮かれポンチ達は…(ニヤニヤ)

  • 11書いてる人23/04/28(金) 23:10:53

    このことであった。
    考えてもみてほしい。
    自分が裕太にキスされる度、胸がどきどきと高鳴っていく。
    心が弾むようにうきうきとして、言葉に尽くせぬ幸せが全身を優しく包んでいくのである。
    これを彼の才能と呼ばずして、なんと呼べばいいのだろう。

    (多分……いや……絶対そう。裕太、絶対キス上手い……!)

    と、すると、最初に裕太が勢い余って歯をぶつけてしまったのはなんだったのか。
    六花が思うに、あれはまだ裕太の持つキスの才能が花開いていなかっただけではなかろうか。

  • 12書いてる人23/04/28(金) 23:13:41

    枕を相手に涙ぐましい練習を繰り返した結果、それまで眠っていた裕太の才覚が目を覚ましたというわけだ。
    現に裕太は、まだ僅か二回目だというのに、天にも昇るような六花へのキスを見事にしてのけたではないか。
    もはや疑う余地はない。六花の彼氏は、響裕太は、キスがはちゃめちゃに上手いのだ。

    (ふーん……ま、そういうこともあるよね。ふーん……)

    努めてなんでもないように取り繕う六花であったが、その実、顔がにやけていくのを防ぎきれはしなかった。
    キスの上手い恋人を持って、嬉しくないはずがない。六花ほどの年頃の乙女となれば、その喜びは層倍のものだろう。

  • 13書いてる人23/04/28(金) 23:15:41

    だがここで、また新たな問題が六花に降りかかることとなる。聡明にもその事実に気づいた彼女は、半ば愕然となってしまった。

    (え、待って。このままだとあたし、ひょっとして……裕太にキスで負けちゃわない……⁉︎)

  • 14書いてる人23/04/28(金) 23:18:20

    このことであった。
    考えてもみてほしい。
    恋人である裕太が自分に幸せを与えてくれるのなら、彼の恋人である六花もまた、同じだけの幸せを彼に与えてやらねばならぬのだ。
    そうするだけの充分な自信が、六花にはない。
    あれほどにキスの上手い裕太と比べて、ただ震えて唇を受けいれるだけな自分の、なんと下手っぴなことか。
    年頃の乙女のプライド的にも、これは到底看過せざるべき事態である。
    ならばどうするべきなのか。
    答えはひとつ、練習だ。
    それを悟った彼女は早速、裕太の言葉を参考にして特訓を開始したわけだ。

    「ん〜……こう。いや、こう、かな。ん、ん、んん〜……?」

    お風呂上がりでほこほこ火照ったパジャマ姿の六花が、自室で愛用の枕を抱きしめ抱きしめ、キスの練習を繰り返している。
    裕太がそうしていると聞いたときには面白いと思ったものだが、自分でするとなったからには面白がっている暇もない。

  • 15書いてる人23/04/28(金) 23:21:09

    しかし真剣な六花の想いと期待に反して、効果は思ったほど上がらなかった。
    枕を相手にいくら顔を押し付けてみても一向に胸はどきどきしないし、幸せな気持ちになったりもしない。
    ならばとばかりに枕を裕太と思ってやってみれば、今度は逆に胸が高鳴り過ぎて耐えきれず、六花は枕を抱きしめたままベッドをごろごろ転げ回った。

    「んなあぁぁぁ〜〜〜……!」

    恐るべし響裕太。
    この場にいないはずの身でありながら、乙女の防御をいとも容易く打ち砕いてしまうとは。

  • 16書いてる人23/04/28(金) 23:24:58

    いずれにせよ、うかうかしてはいられなかった。
    なんとしても裕太に負けぬくらいの技量を身に付けなくては、一方的な敗北を喫してしまうだけである。
    とはいえ、既に枕相手の練習では限界が見えており、これ以上の成長は望めようはずもない。
    ならばどうするべきなのか。
    答えはひとつ、実戦だ。
    翌日、裕太を自室に招いた六花は、いきなりずばりと切り込んだ。

    「裕太、キスさせて」
    「えっ…………」

  • 17二次元好きの匿名さん23/04/28(金) 23:26:39

    六花さんが攻め裕太によってポンチになっちまった
    君の責任を果たすんだ

  • 18書いてる人23/04/28(金) 23:27:20

    先手必勝とはよく言ったもので、裕太はたちまちのうちに絶句し、次の瞬間、赤面した。
    今まで二人が唇を重ねるときには、少なからず雰囲気というか、ムードというものがあった。
    それが突然、しかも六花の方から、直接おねだりされた裕太の驚き、推して知るべし。

    「裕太?」
    「……あっ。あ、え、ご、ごめん。えと、なんだっけ……?」
    「キス。させて」
    「キ……え、り、六花、ど、どうしたの……?」
    「……イヤ?」
    「あっ、イ、イヤとかじゃなくてっ!ただその、少し驚いたっていうか……六花がそんなこと言うの、珍しいなって思って……!」
    「……別によくない。あたしだって裕太とそういうこと……したい気持ち、あるんだから」
    「そっ……そっか……うん、そっか……」
    「……で?」
    「え……?」
    「え……じゃなくて。していいの。だめなの。どっち」
    「あ……う、うん。い、いい、けど……」
    「ん。じゃあ、そっち行くね」
    「う、うん……」

  • 19書いてる人23/04/28(金) 23:29:38

    ベッドに腰掛けたまま、六花は肩と肩を寄せ合うようにして裕太とぴっとり距離を詰めた。
    六花の滑らかな黒髪が、裕太の体の其処此処に触れるほどの近間である。
    俯きがちにもじもじしている裕太の狼狽ぶりに、六花は全く気付いていない。
    そのまま六花は、耳に掛かった自慢の髪をかき上げるようにして、言葉を失う裕太の口に己を唇を押し当てた。
    雲を踏むような優しい感触が立ちどころに六花を包む。
    どきどきとして、ぽわぽわとして、この上なく幸せな心持ちだ。
    唇を離した後でもなんだかぽーっとした気分となり、ほんのり頬を染めた裕太がおずおず声を掛けてくるまで、六花はしばらく動けなかった。

    「……六花?」
    「んぁ……」

  • 20書いてる人23/04/28(金) 23:34:08

    惚けたような返事を寄越した後に、六花は、激しい焦りを覚えてしまった。
    裕太に負けないくらいのキスをするつもりでいたのに、結局は自分が裕太によって幸せにされているではないか。
    これはいけない。自分から仕掛けておいて返り討ちにされてしまうなど、まだまだ修行が足りないのだ。
    こんな調子でのんびりとしていては、類い稀なる才能持ちの裕太にはとても追いつけるものではない。
    何しろ六花はキスに関しててんで素人、上手くなるにはさらに回数を重ねて、経験を積んでいかないと。

    「もっかい」
    「へ」
    「もっかい、させて」

  • 21書いてる人23/04/28(金) 23:36:38

    「え……あ、え……?」
    「いいでしょ」
    「り、六花……?」
    「いいよね」
    「……はい」

    有無を言わせぬ六花の口調に、裕太はもはや訳が分からぬながらも頷くより他はない。
    六花にしても、今の彼女には裕太をキスで負かして幸せにするという崇高な使命があるのだから、ここで退くわけにも参らぬ。

    「裕太のため……裕太のため……これは裕太のためなんだから……」
    「?……?……?」

    小声で呟く彼女の瞳に何やら怪しい光が灯り出して、奇妙に渦を巻いている。
    もっとも、瞳の中がぐるぐると回っているのは、混乱と羞恥に陥った裕太の方も同じだったようではあるが。

  • 22書いてる人23/04/28(金) 23:39:35

    「裕太……」
    「ん……」

    六花が僅かに身を乗り出して、再び裕太に口付ける。
    先ほど交わしたキスよりも、ほんの少しだけ長い。
    やがて互いの唇が別れ別れになっていき……束の間、息継ぎをしようとした裕太の口を、すかさず六花の口が塞いだ。

    「んむぅっ……⁉︎」

    裕太の綺麗な蒼い双眸が、非常な驚きに見開かれた。
    その首元と背中にはいつの間にか六花の両腕が回されていて、彼の柔らかな赤髪をその手にかき抱いている。

  • 23書いてる人23/04/28(金) 23:43:09

    まるで獲物に巻きつく蛇さながらに、六花は裕太をぎゅうっと抱きしめて、心ゆくまで口を吸った。
    練習のときは枕を使ってそのようにしていたから、六花にとってはこれが一番落ち着く形となるわけだ。

    「ぷはっ……はぁ……はぁ……」
    「裕太……」
    「り、六花……待って、六花……」
    「裕太……んっ……」
    「あっ……ん、む、うぅっ……」

    唇同士がまたくっつく。
    何度もキスを重ねるごとに、触れ合う時間が長くなっていく。
    ぐいぐいと体重を傾ける六花の猛攻に、裕太はベッドに突いた後ろ手一つで必死にバランスを支えていた。
    もう一つの腕は体ごと六花に巻き締められてまったく自由を失っており、なんとか言葉で彼女を制止しようとしてもすぐさま口を閉ざされてしまうので、思うように抵抗できない。

  • 24書いてる人23/04/28(金) 23:45:48

    密着している六花の髪と体から、甘やかで芳しい香りが音も無く漂ってきて、裕太は目が眩み始めた。
    そのことに六花は気が付かない。
    ただひたすらに裕太を抱きしめ、桜色をした唇を裕太のそれへと押し付ける。
    抱きしめれば抱きしめるほど、口づけをすればするほど、六花の心が躍り、弾んで、脳の奥から指の先まで満たされていくような想いになる。
    裕太にキスで勝たねばならない。
    裕太をキスで幸せにしてやらねばならない。
    そうしなければならぬというのに、何度彼にキスをしたとて、身も心も幸せにされていくのは、何故か六花の方なのだ。

    (どうしよう……このままじゃあたし、裕太に負けちゃう……もっともっと頑張らないと……もっともっと、裕太のために……)

  • 25書いてる人23/04/28(金) 23:48:05

    焦燥と、負けん気と、溢れるような幸福感が、六花の瞳に輝く渦をぎゅんぎゅん加速させていく。
    今や裕太は最後の砦となっていた後ろ手さえも失って、肉付きの豊かな六花の脚に挟み込まれるような形で押し倒され、ベッドに仰向けとなっている。
    前触れもなく、生温かく蠢く何かが、六花に塞がれているはずの裕太の口へぬるりと入り込んできた。
    それが六花のどの部分であるかを悟ったときに、純真無垢な裕太の体は、生娘の如く跳ね上がった。

    「んぅ〜〜〜っ……⁉︎」
    「んっ……んむ、んぅぅ……」

    情熱的に貪られ、痺れて力の抜けきった裕太の四肢がぴくぴくと痙攣する。
    丹念に、丁寧に、愛の奉仕を続ける度に、恋人の声なき呻き声が夢うつつに聴こえてきて、それがまた一層強く、六花の心をくすぐった。
    舌に受ける裕太の体温をねぶり尽くし、味わい尽くして、なおも彼女は止まらない。

  • 26書いてる人23/04/28(金) 23:50:15

    いったいどれくらいそうしていたのか……。

    「六花……六花ぁ……」
    「え……?」

    寄せていた顔を離し、口の端から溢れた涎を拭ってから、六花は初めて蚊の鳴くような弱々しい訴えをその耳に聴き取った。
    見下ろしてみれば、髪を振り乱した裕太が満面を赤々と上気させ、荒々しい呼吸となって己の下敷きになっているではないか。
    透き通るような彼の目元に、うっすらと涙が浮かんでいるのを見てとったとき。
    我に返った六花はようやく、自分が今までしていたことの重大さを、客観的に思い知ったのだった。

    「あっ……あっ……あああああーーーーーーっ⁉︎」

  • 27二次元好きの匿名さん23/04/28(金) 23:50:59

    六花さんブレーキ壊れちゃったんすか?

  • 28書いてる人23/04/28(金) 23:53:53

    瞳から渦の消えた六花が張り裂けんばかりの叫びをあげて、裕太の体から飛び退いた。
    階下の店に聞こえるのではないかと思うほどにそれはそれは大きな悲鳴であったが、今の六花はそれどころではない。
    その顔が一瞬にして赤くなり、さっと血の気が引いて青くなったかと思えば、再び血の気が戻って真っ赤になった。
    なんという大それたことをやらかしていたのだろう。
    これでは裕太を幸せにするどころか、彼に嫌われてしまってもおかしくない程の所業ではないか。

    「ちょっ……やだもっ、ほんっと、あたし何して……!ゆっ、裕太っ⁉︎ごめん裕太っ、大丈夫っ⁉︎いやその大丈夫ってかなんていうか、今のはほんとに違くて、そのっ!ごめんほんと、マジでごめん!あたしそんな、そんなつもりじゃなくってっ……!」

  • 29書いてる人23/04/28(金) 23:56:50

    もはや何を言っても遅い。遅いがしかし、何かを言わずにはいられなかった。
    とにかく助け起こさなければと、一度は飛び退った裕太の体に再び近寄る。
    と、六花がその手を差し伸べて、彼に触れたか触れないかというところで、彼女の手首の辺りが不意にがしりと掴まれた。

    「ひゃっ⁉︎ゆ、裕太……⁉︎」
    「……オレ……」
    「え……?」
    「オレ……そういうの……まだ早いよなって、思ってたけど……」

    六花の手首を握り締めた裕太が、彼女の体重を支えにしてむっくりとベッドに起き上がった。
    荒い呼吸も、乱れた髪も、上気した頬もそのままに、俯けていた面を上げる。
    愛してやまない、ガラス玉のような彼の瞳に、奇妙に輝く怪しい光がいまだ鮮明に残っているのを、六花は確かに目撃した。

  • 30二次元好きの匿名さん23/04/28(金) 23:59:44

    スイッチが入った片方が正気に戻る
    が、もう片方のスイッチが入ったならば…

  • 31書いてる人23/04/29(土) 00:00:51

    「……いいんだね?」
    「ひ、ぁっ…………」

  • 32書いてる人23/04/29(土) 00:02:29

    囁く声に問われた一瞬。
    乙女の小さな心臓が、爆発したかのように膨れ上がった。
    どきどきなどと、生易しいものではない。ばくんばくんと脈打って、熱い血潮が全身を巡っていくのが、はっきりと分かってしまう。
    六花を掴む裕太の手に嘘かと思うほどの力が加わって、彼女の細く白い手指がゆっくり折れ曲がっていく。
    これは人体の反射の作用で、手首を強く掴まれると自然にそうなってしまうのだ。

    「六花……」
    「ゆ、裕太……」

  • 33書いてる人23/04/29(土) 00:04:54

    熱っぽく名前を呼ばれ、六花も掠れる声でそれに応える。
    今の六花は、指先ひとつほども動かすことが叶わない。
    裕太に手首を掴まれているからなのか……いや、きっとそうではないことを、六花は既に理解していた。
    優しい裕太をこのようにしてしまったのは、他ならぬ自分自身なのだから。
    六花が観念の眼を閉じたのと、裕太の体が突風の如く揺れ動いたのは、ほとんど同時。
    竦み上がった恋人をその腕の中に抱き寄せながら、裕太は六花の唇へ素早く顔を寄せていき……。













    かつんっ、と小気味良い音が、空間に響き渡った。

  • 34二次元好きの匿名さん23/04/29(土) 00:04:58

    まさか?!アクセスフラッシュをするのか?!

  • 35書いてる人23/04/29(土) 00:08:08

    「あいっっっ、たぁっ……⁉︎」
    「いっっっ、つ、ぁっ……⁉︎」

    驚きと痛みがいっぺんに襲い掛かってきて、六花と裕太は示し合わせたかのように悲鳴を上げて仰け反った。
    手を離されて自由の身となった六花が口元を抑えて六花を見れば、彼もまったく同じ姿勢でこちらを見つめ返していた。
    怪しい光の消え失せた彼の双眸が、何が起こったのか分からないとでも言いたげにまんまるにかっぴらかれている。
    その可笑しみのある格好と、極限の緊張から解放された反動で、六花は思わず声を立てて笑ってしまった。

    「……あはっ、あははははっ……!ちょ、ちょっと裕太っ、何してんのっ……⁉︎」

  • 36二次元好きの匿名さん23/04/29(土) 00:09:47

    天丼きーたーー
    これは綺麗なお点前

  • 37書いてる人23/04/29(土) 00:10:45

    「あっ……ご、ごめんっ!六花、大丈夫っ……⁉︎」
    「いやもう大丈夫も何も。歯折れたよこれ絶対折れた。ほら見てよこれ、折れてない?」
    「えっ……み、見せて!あ、いや、うん!大丈夫っ!折れてないよ、折れてない!」
    「え〜ほんとに〜?裕太の方は大丈夫なの?見せてみなってちょっと、ほら」
    「う、うん!あ、でも大丈夫だから!平気だよ、ほらっ!」
    「あ〜、ね。ほんと。折れてない。良かったぁ無事で……」
    「そ……そう、だね。無事で、よかった……」
    「ね〜……」
    「……ごめん、六花。オレ……」
    「やめて」
    「え……?」
    「今のは、さ。あたしが悪くない?」

  • 38書いてる人23/04/29(土) 00:12:34

    「えっ……で、でも……」
    「いやほんとに。ほんとになんか、どうかしてた。ごめんね裕太。やっちゃったの、あたしの方だ……」
    「そ、そんな!六花は全然、悪くないよ!全部オレのせいで、こんなっ……!」
    「あたしさ」
    「へ?」
    「あたしね。裕太に負けたくないなって、思ってた」
    「ま……負け、たく?え、なに、何の話……?」
    「キスの話」
    「キッ……えぇっ⁉︎」
    「裕太とキスしてるとね。どきどきして、ぽわぽわして、すごく幸せな気持ちになる。いつもそう。裕太とキスすると、いっつもそうでさ。だからあたし、裕太はすっごく、キスが上手いんだと思ってた」
    「え……あ、そ、そう……なの?」
    「そう。でもさ裕太。あたし、ちょっと勘違いしてたかも」
    「え?」

  • 39書いてる人23/04/29(土) 00:13:53

    「裕太。キス、へったくそだね」
    「うぐぅっ……!」

  • 40書いてる人23/04/29(土) 00:15:02

    「てか思ったんだけどさぁ。普通、二回も歯ぶつけたりしなくない?いや、一回目のときは分かるんだよ?初めてなんだし、こっちだって緊張したしさ。だけどもっかい、かっつーん、っていうのはねぇ……?」
    「だ、だってぇ……!そんななんか、上手になんて出来ないし……!」
    「前は上手くできてたじゃん。練習、してたはずなんじゃないんすかぁ?」
    「そ、そぉだけどぉ……!」
    「……だからね。あたし、分かった気がする。キスが下手とか上手いとか、そんなの関係ないんだって。好きな人と……裕太とするから、あたし、どきどきしてたんだと思う」

  • 41書いてる人23/04/29(土) 00:16:35

    「…………」
    「裕太がいくらキスが下手でも、裕太とキスすると、すごく幸せ。裕太があたしを幸せな気持ちにしてくれるから……あたしも裕太を、幸せな気持ちにしてあげたかった。それであたし、焦っちゃって……裕太にいきなりあんなことして……」
    「……六花……」
    「……ごめん。あたし、最低だね……」
    「……そんなことないよ。六花の気持ち、オレはすごく嬉しいって思う……」
    「…………」
    「オレの方も……オレも、なんだ。オレも六花とキスすると、どきどきして、ぽわぽわする。だからいつも、六花とキスしてるときは幸せな気持ちだったし……六花がキスさせてって言ったときも……その、驚いたけど、嬉しかった……」

  • 42書いてる人23/04/29(土) 00:18:16

    「……裕太……」
    「謝ることなんてない。オレは六花と、キスしたいって思ってる。変な言い方かも知れないけど……六花も、あの、オレとキスしたいって、思ってくれてるんだよね……?」
    「う……うん。あたしも……えと、裕太と……キスしたい、って、思ってる……」
    「だったら。それで、いいんじゃないかな……」
    「……うん」
    「だから……その。これからも。六花と、キスして、いいですかっ……?」
    「……ぷっ。なに、それ。あたしなんて答えればいいの。断っちゃってもいいやつなの?」
    「え、えぇっ……⁉︎」
    「いやだって、わざわざそうやって訊いてくるってことはさぁ?もしあたしに断られたら、裕太はあたしとキスしないってことだもんねぇ?」
    「あっ、いやっ、違くって!いやそうだけどそうじゃなくてあのっ、オ、オレは、ちゃんと六花に……!」
    「んぁ〜どうしよっかなぁ〜?裕太ってばキス下手だしなぁ〜?下手な人とはキスしたくないかもなぁ〜?」

  • 43書いてる人23/04/29(土) 00:20:02

    「そ、そんなぁ……!六花ぁ……!」
    「ふふ。はいはい、冗談。そんなこと思ってないからさ」
    「うぅ……六花、ときどき意地悪だよ……」
    「ごめんごめん。……で、どうする?」
    「え……?」
    「え……じゃなくて。……したいんでしょ?」
    「あ……う、うん……」
    「……だったら、さ。すれば、良くない……?」
    「あ……うん。そう、だね。そう、なんだけど……」
    「……?」
    「え、えっと……えっとね……?」
    「……どうしたの裕太。なんか変」
    「そ、その……」

    と、裕太が六花から視線を外し、面を伏せた。
    どうしたことかその耳が、またしてもみるみるうちに赤く染まっていくではないか。

  • 44書いてる人23/04/29(土) 00:21:55

    怪訝な面持ちをした六花へ、身を縮めた裕太が心底から恥ずかしそうに、小さくぼそぼそ呟いた。

    「その……できれば……六花の方から、してほしいかな、って……」
    「…………え?」
    「オ……オレは、キス、下手くそだと思うけど……さっきの六花は、えと、全然そうじゃなかったっていうか……」
    「……あっ……」
    「……すごかった。あんなすごいの、初めてで……オレ、どうにかなりそうだった。六花だって初めてなのに、才能って言うのかな……六花はオレなんかよりも、すっごく、キスが上手いんだね……」

  • 45書いてる人23/04/29(土) 00:23:49

    六花の肌という肌に、滝のような汗がたらたらと流れ落ちてきた。
    裕太と同じくらいに赤くなった顔に流れるそれは、冷や汗なのか、なんなのか。
    六花の頭の片隅に、何かの緊急警告音がけたたましく鳴っている。
    すぐにも逃げ出してしまいたかったが、服の裾を裕太がきゅっと摘んで引き留めるので、動こうにも動けない。
    顔を上げた裕太の見せる、恥じらいに塗れた潤んだ瞳が、金縛りに遭う六花の胸をあざとさ満点に撃ち抜いた。

    「オ、オレがやったら、絶対また失敗しちゃうから。だ、だから……その、お願いします。もう一回だけオレに……さっきみたいなキス、してください……」

  • 46書いてる人23/04/29(土) 00:25:39

    「う、あ、あぅ、ぅ……」

    上手く呂律が回らない。
    六花は、目的を果たしていた。
    さっきの六花は間違いなく、裕太をキスで打ち負かして幸せにさせていたのだ。
    六花の方がキスが上手で、裕太の方がキスが下手。
    真のキスの才能持ちがどちらなのか、それが明らかになったというのに、どうしてこんなに追い詰められた気分なのだろう。

    (どうしよう……やっぱりあたし、裕太に勝てる気しないかも……)

    見つめ合う二人の眼差しに、新たな光が渦巻き始める。
    キスをするのかしないのか、固唾を呑んで待ち受ける可愛い恋人を前にして、極度の羞恥を覚えた六花が懸命に答えを探す。
    彼女が果たしてどちらの答えを選んだのか……それは流石にこの場では、伏せておくこととしよう。
    年頃の乙女には秘密が多いものなのだ。

  • 47書いてる人23/04/29(土) 00:26:04

    おわり。
    ご覧くださりありがとうございました。

  • 48二次元好きの匿名さん23/04/29(土) 00:28:24

    >>47

    乙、最高の裕六をありがとう

  • 49二次元好きの匿名さん23/04/29(土) 00:28:39

    素晴らしい情動だった。ありだとう

  • 50二次元好きの匿名さん23/04/29(土) 00:29:02

    ちょっとコーヒー飲んでくる
    口の中がめちゃ甘い

  • 51二次元好きの匿名さん23/04/29(土) 00:29:12

    やはり素晴らしい甘さ
    毎度ありがとうございます

  • 52二次元好きの匿名さん23/04/29(土) 00:31:20

    こいつらユ・二・バァァァス!したんだ(多分)

  • 53二次元好きの匿名さん23/04/29(土) 00:32:03

    俺も砂糖切らしてたから丁度いい

  • 54二次元好きの匿名さん23/04/29(土) 02:27:18

    ありがとうございます
    これくらいの甘さでいいんだよこれくらいで

  • 55書いてた人23/04/29(土) 09:36:53

    みなさんコメントありがとうございます。

    また、前の作品でお目目ぐるぐる六花さん作ってくれた人もありがとうございました。とても可愛かったので今回の作中で使わせていただきました。お礼言えてなくてすみません。


    毎度ながら、他のところでこの作品見かけてもここの掲示板のことはそっとしておいてくださると助かります。

    こっちでなら全然ウェルカムなので!


    今までの作品はこんな感じです。

    よろしければ一緒にどうぞ。

    私はこれから6バースしてきます。


    六花「人生で大切なこと」|あにまん掲示板ここは南口のやっすいファミレス。ドリンクバーで粘りながら長いこと他愛のない話に花を咲かせていた宝多六花と南夢芽であったが、その内に、少しだけスマホを弄っていた夢芽がふと思い出したような調子で顔を上げ、…bbs.animanch.com

    えっちえっち!裕太の泣いて怖がる顔えっち!|あにまん掲示板「はぁ〜い」『もしもし夢芽ちゃん……?今、いい……?』「六花さん。どうしたんですか急に、電話なんか」『あの〜。そのね。実はぁ……夢芽ちゃんに相談したいことが』「えっ!裕太さん、今度は何したんですか⁉︎…bbs.animanch.com

    聞いてくれますか六花さん|あにまん掲示板「蓬を抱き枕にして思いきりすーはーしたいわけですよ」「ちょっと待ってね夢芽ちゃん今なんか聴き間違えた気するからね」残念ながらそうではない。宝多六花の聴覚はまさに正確無比そのもの、寸分の狂いもなく言葉を…bbs.animanch.com
  • 56二次元好きの匿名さん23/04/29(土) 10:18:26

    最高のユニバースじゃった⋯⋯

  • 57二次元好きの匿名さん23/04/29(土) 11:40:46

    いい…

  • 58二次元好きの匿名さん23/04/29(土) 13:03:52

    ユニバース!
    ユニバーース!!
    ユニバァァァァァァァス!!!

オススメ

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