- 1二次元好きの匿名さん21/11/27(土) 17:57:44
- 21本目、トーセンジョーダン21/11/27(土) 18:06:04
「努力とか根性とか、なんかダサくない?」
「ここまでやれたんだし、上出来っしょ」
このような言葉を口にするようになったのは、何時だっただろうか。確か怪我でクラシックに出走できなくなった頃…あるいはシニアクラスで先輩たちとの差を思い知った頃だと思う。そういう言葉を口にして、レースから逃げていた。いや、私は怖かったんだ。また怪我をしてレースに出られなくなるのが怖かった。負けるのが怖かった。また練習を棒に振るんじゃないかって。そう思ったら、私の足は竦んでいた。
でも、トレーナーは私を見捨てなかった。私の為に手を尽くしてくれている。友達は根気強く応援してくれている。同期の皆も先輩たちも、悪戦苦闘しながらも確実に前へ進んでいる。止まっているのは私だけ。
「何やってんだろ、私…」
これでは、私と皆のどっちがダサいかなんて明らかじゃないか。そう思ってからは、練習に打ち込んだ。レースでよく走った。挫折しても這い上がった。どうやら私には、こっちの方が性に合っているらしい。つまるところ、私は真逆のことをしていたわけだ。つくづく腹が立つ。
そして時間が経ち、その日がやってきた。秋の古バ三冠レースの一つ。天皇賞(秋)。
ゲートから飛び出してから少し時間がたった頃に感じたのは、やけに速いペースだなということだ。他の子と競っても走り切れる気はしなかった。そう思った私は後方を走っていた。それでも十分早いペースだったが、たくさん走り込んだしスタミナにも自信がある。勝負は4コーナー。ジリジリと前へ抜け出し、他が失速する中で先頭に躍り出る。これはいけるときの雰囲気だ。一方、足音からして後続が追い上げてきている。でも、不思議と焦りは無かった。
トレーナーは言っていた。私の走りは「粘り腰の根性で勝利するタイプ」であると。だったら、私のやることは一つ。自分なりに粘って粘って粘りまくるだけだ。
「だあああああああああああ!!!!」
足を前へ。また前へ。回転数を落とすな。スピードを落とすな。一心不乱に足を動かし続けた。そして気がついた時には、すでに私はゴール板の前を駆け抜けていた。
「ぜぇ…はぁ…」
(何着?)
息も絶え絶えにレース場の電光掲示板に目を向け、固まった。着順表示の一番上には、私の番号である12が燦然と輝いていたのだ。 - 31本目、トーセンジョーダン21/11/27(土) 18:06:29
- 41本目、トーセンジョーダン21/11/27(土) 18:10:58
当時は馬鹿という描写が無かったので、意外と深く考えている系ギャルで書いてました
- 52本目、シチー・ユキノ21/11/27(土) 18:14:34
やけに雨が降った日。灰色の空の下、私は買い出しに出かけていた。こんな天気でも消耗品は無くなるし、定期的に身の回りの物品は買い替えなくてはならない。実家のある東北の田舎では大変だったが、都会はそういうお店が近くにあるので便利だ。
その日も普段通り買い物を終え帰路につこうとした時、視線の先に見覚えのある影があった。雨の中でも目立つ綺麗な尾花栗毛にトレセン学園の制服。先輩のシチーさんだ。初めはシチーさんも買い物に来たのかなと思った。でも、シチーさんはそういったお店に見向きもせず歩いていく。どこに行くのだろうか。それに、こころなしか表情が悲しそうに見えた。私は気になって、こっそりとついていった。
シチーさんが入っていったの東京レース場近くの総合病院だった。ここにはウマ娘科があり、レース場で怪我をしたウマ娘がよく運び込まれる。病気でも抱えているのかと思ったが、シチーさんはまっすぐ病棟の方へ向かっていく。私は見失わないように後を追った。
シチーさんが足を止めドアを開けて入っていったのは、とある病室の前だった。ドアが閉まるのを確認した私は、その隙間から内部を覗くことにした。無論、少々の罪悪感を覚えながら。そこにあったのは一つの医療ベットと、そこに寝ている黒鹿毛のウマ娘だった。そのウマ娘は医療器材と点滴に繋がれ、目を覚ます様子はない。一旦隙間から目を離し、その名前を確認する。
「来たよ、スターオー」
彼女の名前は、『サクラスターオー』といった。トレセン学園では聞いたことがない名前だ。思えば、シチーさんの交友関係については何も知らなかったと思う。私はシチー
「ねぇ、スターオー」
シチーさんは病室内に用意された椅子に座り、再度口を開いた。
「今度ね、同期で集まれる事になったんだ。」
親しい人と話すようなノリで話を続けるシチーさん。スターオーさんとは気軽に話ができるくらい仲が良いようだ。
「メリーもマティリアルも新しい環境で大変みたいでさ、スケジュールを決めるのに難儀したんだ。二人とも何とか休暇を合わせてくれて。まあ、無理言ったのあたしなんだけどね?ホント頭上がらないわ~」 - 62本目、シチー・ユキノ21/11/27(土) 18:15:33
大まかには最近の出来事やこれからの事。自分や友人たちの事。それを詳細に言い聞かせた。
「それと、最近はトレセン学園で可愛い子が入ってきたんだよ?ユキノっていうんだけどさ、田舎から出てきた方言が出る子でね、ありのままっていうかピュアっていうか…スターオーにも紹介したいなぁ」
私の名前が出てきてビックリしたりして。
「再来週シニアの重賞レースに出られるようになったんだ。相手は強い先輩や後輩も多いけど、あたしなりに頑張ろうと思ってる。寝坊癖は治ってないけどね」
近況を語るシチーさんはどこか楽しそうだった。でも、空元気を出しているようにも見えた。そして…
「スターオーにはさ。まだ話したいことがたくさんあるんだ。いっしょに行きたい所も、やりたいこともたくさん……だから……」
笑顔でいられたのもここまでだった。シチーさんの両目から涙が零れ落ちる。
「目を…覚ましてよぉ……」
押し殺したような声が泣き声に変わるのに、そう時間はかからなかった。堰を切ったようにあふれ出す感情の波。私は逃げるように啜り泣きのする病室から立ち去った。当時は頭が真っ白だったからだ。今思えば、それが最善だったのだと思う。盗み聞きをしている身の上で何か言うのもはばかられたし、仮にシチーさんの承認の上であの場にいたとしても、かける言葉は無かっただろう。
その日は、私がシチーさんの本音を知った日。
そして、『悲劇の世代』を知るきっかけになった日。
- 72本目、シチー・ユキノ21/11/27(土) 18:17:25
当時未実装の馬のウマ娘を妄想してSSに登場させるのが個人的なブームでした。
- 83本目、グラスワンダー21/11/27(土) 18:22:56
授業中にスペちゃんが倒れた。つい先程の休み時間の時は元気そうにしていたし、何か病気になったという話もなかった。あまりにも突然のことに動揺しながらも、先生やクラスメイトの協力もあり、廊下に設置されていた担架を使ってスペちゃんを保健室に運ぶことが出来た。
「それで、スペちゃんの…彼女の容態はどうなんでしょうか?」
そう聞くと、スペちゃんの反応を見ていた保健の先生はこちらを向いて言った。
「こりゃあ、『夢』を見てるな。」
『夢』。ウマ娘が一生に一度だけ見る特殊な夢のことだ。これを見ているウマ娘は長期間昏睡状態に陥り、刺激を与えても目を覚まさない。短いときは数日、長いときは数週間も続くが、起きた後に障害等が起きることはない。ウマ娘は『夢』の内容をよく覚えているが、その詳細を語ることを好まない。私の友人達の中ではエルとセイウンスカイさんが見たことがあるが、その内容について語ることはなかった。学校でも『夢』について軽く触れるだけで、詳しくは学べない。
前々から気になっていた私は思いきって『夢』について先生に聞いてみた。すると、生徒会長の所へと行くように促された。私はルドルフ会長の元を訪れ、同様の質問をぶつけた。
「ついてこい。」
ルドルフ会長はそう言うと、ゆったりと歩きだした。後を追うと、学園の片隅にある部屋へ案内される。そこはおびただしい資料が保管されていた。
「ここには明治時代から150年間、日本全国のウマ娘の『夢』の証言記録が残っている。」
確か、政府は『夢』を見たウマ娘に対して、任意で聞き取り調査をしていたと思う。その数に圧倒されていると、ルドルフ会長は静かに語り始めた。 - 93本目、グラスワンダー21/11/27(土) 18:23:33
太古の昔から私達は『夢』を見ていた。そして、『夢』には共通点があった。それは、『夢』の世界にて私達は現実に存在しない謎の生き物になっていて、その生き物の生まれて死ぬまでを擬似体験する事。不思議な事に、名前は同じ。人々は『夢』に出てくるその生き物「ウマ」に似た特徴を持つ私達を「ウマ」の「娘」_「ウマ娘」と呼ぶようになった。また、『夢』の世界は現実をなぞっており、一部は未来まで言い当てたことから、地域によっては予言者として崇められた例もある。ただ、当時『夢』はオカルトの類であり、近代まで科学的な検証はされていなかった。
時は流れ二十世紀初頭、欧州のウマ娘学者が世界各地で大規模な調査を行った。結果は衝撃的なものだった。住む場所も年代もバラバラな筈のウマ娘達が全く同一の世界観の『夢』を見ていたのだ。更に、自然災害、国家の勃興、文化の移り変わり…現実との気持ち悪いまでの一致は学者達を困惑させた。これ以降、世界各国は『夢』を注視するようになり、現在に至る。
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「では、スペちゃんは自分と同じ名前を持つウマの一生を体験していると…」
「そうだ。ただ、期間がどの程度かは分からない。」
ルドルフ会長はそう会話を締めくくった。そして、個々の『夢』についてはプライバシーの侵害になるので語れないとも。これ以上知れることはない。私はルドルフ会長にお礼を言って立ち去った。
帰り道、病院に運ばれているであろうスペちゃんを思う。彼女は何を見ているのだろう?そして、私は何を見るのだろう?
- 103本目、グラスワンダー21/11/27(土) 18:24:45
ウマ娘の世界観がほとんど分からなかったので、あることないこと構想してました
- 114本目、サイレンススズカ21/11/27(土) 18:28:24
日本から約16時間。私、サイレンススズカは初めてアメリカの地を踏んだ。初めての海外遠征。言語が違う、環境が違う、レースが違う。あらゆる意味で未知の体験だ。そこに一人で乗り込もうというのだから、正直緊張している。
私がいるのはケンタッキー州にある、ルイビル国際空港。そこで現地の案内人と落ち合う予定だ。待ち合わせの場所に行くと、そこには黒鹿毛のウマ娘が立っていた。近づくとあちらも気づいたようで、大きく手を振ってくる。彼女の名前はシアトルスルー。無敗で米国三冠ウマ娘になった方だ。お世話になるアメリカのトレセン学園で生徒会長を務めているらしい。
「初めまして、スズカ。会えて嬉しいよ。」
彼女はそう言うと手を差し出してきた。驚くことに流暢な日本語で。
「・・・あ、こちらこそ、お会いできて光栄です。」
たどたどしい英語で何とか挨拶しようとしていた矢先に出ばなをくじかれてしまったが、何とか挨拶して握手を交わす。
私の手を握るシアトルスルーさんの手は力強く、その目は私をしっかりと見据えていた。
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用意された自動車に乗り、目的地に向かう。
「わざわざすまないね。予定を前倒ししてもらって。」
「いえ、私も見てみたかったので。」
実は、アメリカのトレセン学園への到着予定は明日だ。場所も東海岸にある。わざわざケッタッキー州にやってきたのは、あるレースを見るためだ。
『ケンタッキーダービー』
アメリカクラシック三冠の一冠目にして、アメリカの数あるレースの中でも最高峰のイベント。アメリカのクラシック世代にとっての最大目標。通称、Run for the Roses。
それを見せてもらえるというのだ。アメリカのウマ娘レースの雰囲気を感られるということもあり、私は承諾した。 - 124本目、サイレンススズカ21/11/27(土) 18:29:05
チャーチルダウンズレース場。
ケンタッキーダービーが行われる場所だ。スタンドの屋根の上にある二つの尖塔が目を引く。
レース場の中は活気に満ちていた。子供から老人まで、男女関係なく、あらゆる人が集まり、レースの始まりを今か今かと待ちわびている。
「凄い・・・」
「毎年全米から十万人を超える人間が集まってくるんだ。大統領も無視できないイベントさ。」
中にはバーベキューをする人や、お酒を飲みながらたのしく会話している人もいる。豪華な衣装を身に纏った人も多く、非常にアメリカ独特の雰囲気があった。
観客席へ移動していると、どこからともなくバンドの演奏と歌声が聞こえてきた。
「My Old Kentucky Home(ケンタッキーの我が家)という曲だ。これを歌って待つのが伝統でね。」
成る程、日本では見られない光景だ。でも、たくさんの人々が楽しんでいる点は同じ。国は違えど、ウマ娘レースに込められた思いは同じなのだと実感する。
席に着く頃には、出走時間が迫ってきていた。ウマ娘達がターフに姿を現し、続々とゲートに収まる。
歓声の中、ケンタッキーダービーは始まった。スタート早々、激しい競り合いが始まった。上がり勝負の日本とは違い、アメリカはハイペースで先行しゴールまでそのスピードを維持した馬に有利となるからだ。後方では、前のウマ娘が蹴り上げる土塊に耐えながら位置取り争いが繰り広げられる。歓声、実況、ウマ娘達の気迫や足音、それらが組み合わさって、レースの迫力がヒリヒリと伝わってくる。
『The Most Excitting Two Minutes in Sports(スポーツにおいて最も偉大な二分間)』
その意味を、私は理解した。
- 134本目、サイレンススズカ21/11/27(土) 18:29:18
- 144本目、サイレンススズカ21/11/27(土) 18:30:14
未実装ウマ娘に対する妄想は海外の馬まで広がっておりました
- 155本目、ダスカ・ウオッカ21/11/27(土) 18:34:28
都内某所にある高級ホテル。そのきらびやかなロビーの片隅で、二人のウマ娘が立ち尽くしていた。
「な、なぁスカーレット…俺達浮いてないか?」
「だとしても、行くしかないでしょ。」
チームスピカに所属するウオッカとダイワスカーレット。近頃めざましい成績を残し、一躍国を代表する立場になった彼女達は、場の空気に呑まれていた。世界的な旅行雑誌に載るような超一流ホテルだ。洗練された空間に、きらびやかな人々。そんな非日常を前にして、目的の場所へ向かう足は止まってしまっていた。そんな時、新たな入口の方から新たなウマ娘が現れた。
「お前ら、何してんだ?」
「そろそろ受付開始時刻だぞ。」
「「あ…先輩!」」
チームリギル所属の先輩、エアグルーヴとヒシアマゾン。こちらは場の空気に呑まれず自然体だ。
「あぁ、もしかして緊張してんのか?」
「「はい……」」
「まったく、仕方ねぇなぁ〜」
やれやれといった風に肩をすくめ、ニシシと笑うヒシアマゾン。それに対してエアグルーヴが口を挟んだ。
「アマゾン……そういうお前も最初はガチガチだっただろう。」
「ギクッ!……そうだっけか?」
「だが、こればかりは仕方あるまい。だって今日は…≪OB会≫だからな。」 - 165本目、ダスカ・ウオッカ21/11/27(土) 18:35:06
≪OB会≫。トレセン学園におけるこの行事は一般的な学校のそれとは異なっている。年間数百人の中で、輝かしい成績を残したウマ娘のみが参加することを許される神聖な集会なのだ。年に一度行われるこの会には、トレセン学園の歴史上に名を残すようなOBが多数集まる。今回の場合は牝バ限定だが、そうそうたる面子が参加する予定らしい。二人が緊張するのも無理はない。
「まぁでも、その心配は杞憂だと思うぜ?」
「OBの皆さんは素敵な方ばかりだ。二人にも良くして下さると思う。」
若干頬がひきつっている二人に対し、ヒシアマゾンは双方の肩に手を置いた。エアグルーヴも安心させる言葉を発する。
「つーわけだから、安心して受付に行こうぜ。」
言われるまま会場の入口に向かうと、受付の席に座る初老のウマ娘が声をかけてきた。
「エアグルーヴちゃん、ヒシアマゾンちゃん、お久しぶり。」
「こんにちは!」
「ご無沙汰しております。」
「それと………もしかしてウオッカちゃんとダイワスカーレットちゃんかしら?」
「「は、はい!」」
柔らかな笑みを浮かべる受付のウマ娘。胸につけられた名札には『スウヰイスー』という文字が書かれている。
「よろしくお願いします。え〜と…」
「あぁ、これは旧仮名のゐのカタカナでね、スウイイスーと読むの。よろしくお願いしますね。」
「「こちらこそ!」」
- 175本目、ダスカ・ウオッカ21/11/27(土) 18:35:21
スウヰイスーの持ち前の朗らかさのお陰か、普段の調子を取り戻してきたウオッカとダイワスカーレット。しかしそこに、スウヰイスーが爆弾を投下した。
「そういえば、知ってる?今回はヒサトモさんとクリフジさんがいらっしゃっているのよ。」
「「「「えええっ!!!」」」」
その名前に四人は驚愕の表情を浮かべる。ヒサトモとクリフジといえば、戦前の日本のウマ娘レースを牽引した偉大な牝バ。名だたるOBの中でも最高クラスの方々だ。
「ほら、最近ウオッカちゃんがダービーを制したでしょ?同じダービーを勝った牝バウマ娘としてぜひ話がしたいと仰っていたわ。」
「あわわ……はわわわわわわ」
当のウオッカはあまりのことに壊れたスピーカーと化していた。
「ウオッカ?しっかりしなさいウオッカ!!!」
ダイワスカーレットの悲鳴に近い声が響く。喧騒の中、≪OB会≫が始まろうとしていた。
- 185本目、ダスカ・ウオッカ21/11/27(土) 18:35:59
興味は当然過去の競走馬にも…
- 19二次元好きの匿名さん21/11/27(土) 18:39:01
このレスは削除されています
- 206本目、マック・ライス21/11/27(土) 18:44:17
「よし…!」
頬を叩き、地下バ道で気合を入れた。古バの最高峰ともいわれるG1レース「天皇賞(春)」…もうすぐ私はその三連覇に挑む。メジロ家のウマ娘として、チームスピカの一員として、胸を張れるような結果を残す。その決意と共に、京都レース場に足を踏み入れる。
途端、大歓声が客席からあがった。ウマ娘レースの長い歴史の中でも前人未到の記録であること、更に前走の産経大阪杯を快勝したこともあり、世間は私の贔屓一色だった。でも、それに浮かれて慢心は出来ない。トレーナーから今年は厳しいと言われているからだ。事実、共に走るであろうライバル達は順調な滑り出しを見せていた。その中でも私が不気味だと感じたウマ娘がいる。宝塚記念・有馬記念を制し、今年初戦の阪神大賞典で他のウマ娘を完封したメジロパ―マー。そして、菊花賞でミホノブルボンの三冠を阻み、日経賞で強い勝ち方をしたライスシャワー。この二人が目下の懸念事項であるが、私は私にとっての最善を尽くすだけだ。
「やっほ~、マックイーン!」
「…パーマー。」
ゲートの近くで発走前の準備運動をしていると、私に話しかけてくるウマ娘が一人。私と同じ緑の白の縦縞模様の勝負服を着こんだ少女。件の不安要素の一人、メジロパーマーだった。
「その立ち振舞いは置いておくとして、何の用ですの?」
「宣戦布告?しにきたんだ。今日はわたしが一番になっちゃうからね~」
そう言い放ったパーマーは私にVサインをして見せた。同じメジロのウマ娘としてそのお馬鹿っぷりには頭が痛いが、彼女の実力は本物だ。でも負けるつもりはない。だからこそ、きっぱりと言い返した。
「返り討ちにしてさしあげますわ。」
その一言を聞いたパーマーはにっこりと笑い、ゲートの方へ歩いて行った。相変わらずよく分からない娘だが、やる気に満ちているのは感じ取れた。手強い相手になりそうだ。
パーマーと話した後、私はゲートに向かう途中にライスシャワーの姿を探していた。もう一人の不安要素である彼女の様子をもう一度を見ておきたかったのかもしれない。そして…私は見つけた。見つけてしまった。
「ッ!!?」 - 216本目、マック・ライス21/11/27(土) 18:45:15
初めてソレを見たとき、私は言葉を失った。あれは本当に私と同じウマ娘なのか?本気でそう持った。限界まで引き締めた体。それはまだ良い。パドックの時点で理解していたことだ。でも今はそれ以上に、背筋が凍るような悪寒を感じていた。彼女から立ち昇るどす黒いナニカを幻視した。私が立ちすくんでいると、ふと目が合う。
「――――――――」
よく悲鳴を上げなかったと思う。得物を見据えるような目。肌がひりつくような殺気。手足、口、目の動き…一つ一つが私に迫る刃物に見えた。私の中の本能が警鐘を鳴らしていた。すぐさま目を逸らしてゲートへ向かう。とてもじゃないが彼女とは……そこまで考えが至って、私の思考は真っ白になった。これから彼女と走る?本当にアレと?いつの間にかゲートの手前で足は止まり、後ずさっていた。
『マックイーンがゲート入りを嫌っています。珍しいですね』
困惑するアナウンスと観衆のざわめきの中、私は『鬼』の雰囲気に呑まれていた。そのとき__
「マックイイイイイイイイン(さん)!!!」
聞き覚えのある声がした。はっとしてその方向を見る。トレーナー、スペシャルウイーク、サイレンススズカ、ウオッカ、ダイワスカーレット、そしてトウカイテイオーとゴールドシップ。チームスピカの仲間達が、周りが引くぐらいの声援を送っていた。距離のせいでよく見えなかったけれど、そこに悲観の要素は欠片も感じられない。
(…何をやってたんですの、私は)
心の中で自嘲する。周りが諦めていないのに、私だけ弱気になっている。なんて滑稽な姿だろうか。止まった足が動き出し、ゲートに収まった。不思議とそれまでの恐怖感はどこかへ消え去っていた。そうだ、私を応援してくれる人がいる。そして何よりも、メジロ家として、チームスピカとして、絶対に勝つと決めたではないか!全員が収まるまでの数秒間、深く深呼吸をする。私はもう迷わない。
『いよいよスタートです。第○○回天皇賞!』
- 226本目、マック・ライス21/11/27(土) 18:46:02
ゲートが開く音と共に、一斉にターフへ飛び出す。最初に先頭に躍り出たのはやはりパーマーだった。調子の良いときはあのまま逃げきってしまうことを知っていた私は、パーマーを射程圏に入れつつバ群の2・3番手を追走する。ライスの姿は見えないけれど、気配で分かった。私のすぐ後ろで構えている。彼女は私をガッチリマークしているのだ。でも焦る必要はない。勝負は終盤からだ。
大きな動きもなく、レースは中盤に差し掛かる。それでもパーマーはペースを落とさない。このはったりのない逃げこそあの娘の持ち味だ。実に厄介だと思う。私はパーマーを捕らえながら後ろのライスに捕まらない様にしなければならない。その為に仕掛ける位置はどこか。迷っている間にもレースは進み、選択肢は減っていく。そして、終盤の第3コーナーの下りまで来たとき、私は決断した。
(…ここ!!)
足に力を入れ、スピードを上げる。ゆっくり行けと言われる淀の原則も関係ない。こうなれば自分の力を信じて、早めに仕掛けることに決めた。後方の気配もついてくる。ライスもペースを上げたようだ。
「負けるかああああ!!」
前のパーマーも必死で逃げる。春の天皇賞は3200mの長距離戦。淀の坂を上った上で仕掛けがこうも早いと、後はスタミナが物を言う。こちらがばてるか、あちらがばてるか。ここに来て、レースはスタミナ比べに突入したのだ。後続の足音が遠ざかる中、直線に入るのはただ三人。パーマー、私、そしてライス。
『今年だけ、今年だけもう一度頑張れマックイーン!』
「「「「「「「いけ~~~!!!マックイーン!!!!!」」」」」」」
アナウンスと観客の絶叫。仲間達の声援。私は力の限り走る。もっと前へ。更に前へ。やっと粘るパーマーに追いついたとき、視界に黒い勝負服が移る。ライスが外から仕掛けてきたのだろう。
「あああああああああああああああああああ!!!!!!」
「んんんんんんんんんんんんんんんんんんん!!!!!!」
「ううううううううううううううううううう!!!!!!」
三者三様の叫び。パーマーが視界から消え、ライスが前に出た。負けられない。勝ちたい。私は精一杯足を動かしたが、それでも差は縮まるどころか広がっていく。目の前の黒がとても遠くに見えた。
私とパーマーを置き去りにし、黒い弾丸がゴールに飛び込んだ。
- 236本目、マック・ライス21/11/27(土) 18:46:29
『ライスシャワー1着!マックイーンは2着~!!関東の刺客!ライスシャワー!天皇賞でも圧倒的な人気のメジロマックイーンを破りました!昨年の菊花賞でも、昨年の菊花賞でもミホノブルボンの3冠を阻んだライスシャワー!春の天皇賞ではメジロマックイーンの大記録を打ち砕きました!』
(負けた…?一番得意なはずの京都芝3200mで?)
走り終えた私は、掲示板を見つめた。ライスとの差は2バ身半。勝ちタイムは3分17秒1。春の天皇賞のレコードだ。私のタイムも従来のレコードを上回っていたが、彼女は更に上をいった。
「完敗……ですわね。」
私は終盤の激戦を繰り広げた相手を探した。
「くっそ~あとちょっとだったのにー!!」
パーマーは頬を膨らませていた。ライスは…客席に近寄っている。相手はトレーナーだろうか?レース中の彼女からは想像できない可愛らしい笑みを浮かべている。私はタイミングを見計らって彼女に声をかけた。
「ライスシャワー。」
「マックイーンさん!?」
「素晴らしい走りでしたわ。でも、次は負けませんわよ。」
「……はいっ!!!」
そう、私達のレースはまだ終わらない。いつか再び戦う日まで、至らない部分を改善し今度こそ勝とう。そう思えた。
- 246本目、マック・ライス21/11/27(土) 18:47:30
皆さんご存知、マックイーンとライスの天皇賞春。当時はパーマー未実装でした
- 25二次元好きの匿名さん21/11/27(土) 18:48:56
ひとまずはここまで。お目汚し失礼しました
- 26二次元好きの匿名さん21/11/27(土) 18:56:56
乙です!
スぺの夢の下りとか、未実装ウマ娘がどんどん出て来るところか、
アプリリリース後にウマ娘を知った身としては、当時を少し垣間見えたようで、
興味深いSSでした。投稿ありがとうございます。 - 27二次元好きの匿名さん21/11/28(日) 01:56:39
保守