- 1二次元好きの匿名さん23/05/02(火) 17:53:33
「そうだ、スケート行こうよ」
それは、猫よりも気まぐれで、秋の空より移ろいやすく、山の天気よりも読めない。そんな彼女の突然の提案だった。
だが、そんな彼女を止める事は出来ないし、する必要もない。そうと決まれば、彼女に付いて行くのみであった。
電車に乗り、地下鉄に乗り換えて数駅。とある議論の爆心地となった場所の隣に聳え立つ、リニューアルされたばかりのスケートリンク。
チケットを購入し、改札を通り抜け、カウンターでスケート靴を受け取る。
「シービーはスケートした事あるの?」
「いや、無いよ。ただ、ルドルフがスケートは楽しいって言ってたから、アタシも挑戦したくなってさ」
手慣れない様子で靴ひもを結ぶ彼女。フィギュアスケート用の真っ白な靴は、彼女の真っ白で長い、惜しげも無く晒された脚に映えて───
「って待て、なんでスカートでスケート来てるんだ!?」
初心者は、間違いなく氷の上では転ぶ。氷上とは別世界であり、地上の物理法則が適用されない別次元である。摩擦が無く、ちょっとの体重移動で転倒し、普段は使わない筋肉を使う事を強要され、壁にしがみついても転ぶ時は転ぶ。
そして、初心者が転ぶ時は大体尻もちをつくのである。氷上の不安定なバランスに怯え、及び腰になり、重心が後ろに傾く。これを経験しなかったスケーターはまずいない。
「うーん、なんか今日はそういう気分だったから!」
あっけらかんとして言う彼女。そのあまりにも自信ありげな表情に安心と若干の不安を覚えながら、彼もいそいそと黒に赤いラインが入ったシューズを履く。
それはそうとして、嫌がる彼女にストッキングを履かせた。氷上は生足では寒いし、転んだ時の痛さや痣の出来やすさが全く異なるのだ。 - 2二次元好きの匿名さん23/05/02(火) 17:53:45
だが、現実は非情であった。
転びこそしないものの、氷上に立った彼女はそこに立ち竦み、一歩も踏み出せない状況であった。
内股になった両足は、ぷるぷると震え。足首はぐらぐらと不安定で。及び腰で背中は海老の様に曲がり。手は何か掴める物を探して右往左往し。顔も、彼女にしては珍しい困り顔になっていた。
あー、これは...ちょっとスケートを舐めてたかもしれないなー...
本来なら、初心者なのに何にも頼らず氷上でバランスを取れるだけでも十分凄い。だが、よくテレビで観る様な華麗な滑走とまでは行かずとも、普通に前に進むくらいは出来る事を期待していた彼女にとっては。
───なんか、もう飽きてきちゃったな。
既に退屈を覚え始める程の物であった。
こんなのは、単なる不自由じゃないか。動きたくても、動けない。前に進もうにも進めない。リンクから出たくても、出られない。ストッキングの締め付ける感触や、硬くて指を動かせないスケート靴も好きになれない。 - 3二次元好きの匿名さん23/05/02(火) 17:54:21
こんなのは、単なる不自由じゃないか。動きたくても、動けない。前に進もうにも進めない。リンクから出たくても、出られない。ストッキングの締め付ける感触や、硬くて指を動かせないスケート靴も好きになれない。
そう思っていた時。
「シービー、ちょっとこっちに来て」
突如として掴まれる腕。ぐいっと引っ張られる感覚。それまで不自由で窮屈に感じていたのを、吹き飛ばすような涼やかな風。
気が付けば。
トレーナーに、腕を引かれ、氷上を共に滑っていた。
そして、連れて行かれたのは、リンクの横の小さな個室。アイスホッケーで反則を犯した選手が規定の退場時間を過ごすための、反省部屋。ペナルティボックスと呼ばれるその部屋は、二人が入るには少し小さかった。
彼の吐息が。白い蒸気が。自分の耳まで届く。
ベンチに座る様に促され、硬いベンチに腰掛ける。
ガラスのドアが閉められ、リンク上の喧騒から隔離される。だが、意外と二人きりで隔離されるのは悪い気分ではなかった。
「そんなに足首がぐらついているのは、靴紐が緩すぎるんじゃないかな」
これ以上、足が靴の中で不自由になるのは嫌だ。 - 4二次元好きの匿名さん23/05/02(火) 17:54:32
そう口にするより早く。彼は彼女の前に跪いて。丁寧に靴紐をほどき、きつく結び始めた。
一見は、姫に跪く騎士。姫を護るべく、自らを律し、縛る忠義の騎士。
だが。
ギュっ。自分で締めたよりも、何倍もの強さで締め付けられるたびに。彼に自由を奪われるたびに。紐で束縛されるたびに。
───意外と、トレーナーからの束縛、いいかもしれない
かつて、水族館の水槽を壊そうとした幼少期。父親に「自由を押し付けるのはかえって不自由を強制しているのと同じ」と言われた事があった。
水族館の魚の気持ちが、今なら分かるかもしれない。確かに、スケート靴は爪先から自由を奪う。しかし、かつて、彼に約束で縛られた時の様に。彼によってもたらされる不自由は。心地よい不自由であった。
それも、
「よし、じゃあ行ってみようか」
ドアが開かれ、賑わいの奔流が流れ込む。
真っ白な氷の上に立つ彼が差し出す手を取り。
冷たい空気に反した、彼の力強い熱に手を包まれて。
氷の上に、彼女は再び降り立った。 - 5二次元好きの匿名さん23/05/02(火) 17:54:54
最初に思った事は、違和感だった。
さっきまで、水中の様に身動きが取れなかったはずの氷上が、地面の様に安定できるようになった。
転倒という天敵に怯える事も無く、ただ自由に氷上を動ける。
不自由を代償に、自由を得た。
そして、ペンギンの様によちよち歩きをする所から始め、少しずつ滑走を身に着けて、段々と氷上でバランスを容易に取れる様になった。
だが、どうしても氷を上手く蹴る事が出来ない。普段、陸上で蹴る様にして氷を蹴ると、スケートの刃がただツルリと氷を裂くだけなのだ。一方、トレーナーは自由にスケートを楽しんでいる。
ずるいなぁ、アタシもあんな感じで、風を感じたいな。
そう思い、彼女はトレーナーを呼び寄せる。
そして、サーっと雪の様な氷片を散らしながら彼女の隣に止まろうとする彼の手を掴み。
「ねえ、トレーナー。このままさ、アタシを引っ張ってみてよ。アタシの手を掴んでさ」
脚だけでなく、手も彼に自由を封じられる。いや、むしろアタシが頼んでいるから、アタシから自由を奪わせる代わりに、彼からも自由を奪う。彼がアタシの自由を封じている間は、アタシも彼に自由を与えない。
ただ手を繋ぎ。後ろ向きに滑る彼に引っ張られ、顔いっぱいに感じる冷たい風。それは心地よく、空を翔ける鳥の様な、大地を弾む鹿の様な、爽快な感覚。
そして、自分よりも大きく、武骨で、冷たい風に関して熱を伝える、自分の手を包み込む手。この手を放すだけで氷上の自由を失う、二重の意味で自分を鎖の様に絡め取る、そんな彼の手。 - 6二次元好きの匿名さん23/05/02(火) 17:55:09
自由を標榜する彼女と、そんな彼女が自ら自由を奪わせるトレーナー。
健全でありながらどこか倒錯的な。そんな二人は飄々と白い大地を滑り抜ける。
突如として、彼女が曲がる際に遠心力に負け、スケートが氷からすっぽ抜けるまでは。
曲がる際に思い切り手を引っ張られ、前のめりになりすぎたため、急遽バランスを保つために後ろに体重を移動させた彼女。だが、その体重移動は些かやりすぎであり。
「いたたた~…氷はやっぱり硬いな~…」
尻もちを見事についたのであった。
だが、転んだのは彼女だけでは無かった。転びかけた時に人は咄嗟に藁にもすがろうとするが、彼女がすがったのは藁では無く、トレーナーであった。
すると、案の定だが彼は手を引っ張られ、そのまま前に転ぶ。
彼女を氷上で押し倒す形で。
目と鼻の先には、翡翠の様に煌めく青竹色の瞳。元より整った顔が目前にあり、思わず息を呑む。
それは彼女も同様で。
異性に体全体を覆われ。異性の顔が目の前にあり。思わず上気した頬は、果たして寒さかそれ以外か。
「「だ、大丈夫?」」
示し合わせた様にハモる。
そしてお互いに無事を確認し合った後、彼はいそいそと彼女から離れ、立ち上がろうとする。スカートの中が思い切り見えていた事は敢えて無視する。 - 7二次元好きの匿名さん23/05/02(火) 17:55:32
「ねえ、アタシちょっと腰が痛いから起こすのを手伝ってよ」
立ち上がった後、足元から若干恨みがましそうな声が聞こえて来る。
仕方ないな、と笑いながら手を差し伸べる。彼女の華奢な手に掴まれる───そしてそのままぐいっとまた引っ張られる。
まずい、転ぶ。そう思った時には、既に彼女に受け止められ。
頬に瑞々しい唇が押し付けられていた。
それは、刹那にも満たぬ一瞬であったが、ちろりと舌を見せて笑う彼女も。そんな彼女を見て驚愕に身動きが取れなくなった彼も。
その刹那が永遠に感じられたのであった。 - 8終23/05/02(火) 17:55:50
とりあえず、仕返しは成功かな。
冷静にキミが、アタシだけをドキドキさせて振り回すのは許せなかったからね。
正直、自分でもらしくないというのは分かっているけどさ。
びっくりしたんだよね、アタシにもこんな感情があるなんてことが。
初めての感情だけど、アタシの両親の事を思えばある意味当然の感情。
今のこの一瞬も、アタシのどこかで燻り燃え続けるこの感情。
いつもアタシを縛って、普段ならしない様な事をさせる、錘みたいなこの想い。
微かだけど、あの日のトレーナーの言葉が理解できるかもしれない。
落胆するのは分かっているのに、なぜアタシにチョコを渡し、想いを伝えたがるのか。
錘となって、少しでも影響を与えたい。
切なさと共に、改めてキミはアタシを諦めないでほしいと伝えたくなっちゃったな。 - 9二次元好きの匿名さん23/05/02(火) 18:00:09
- 10二次元好きの匿名さん23/05/02(火) 18:03:37
ぼくこのクソスレタイと縦読み仕込む人を絶対知ってる…知ってるんだ…!
- 11二次元好きの匿名さん23/05/02(火) 18:03:59
(神宮外苑スケート場かな?)
- 12二次元好きの匿名さん23/05/02(火) 18:08:33
あえて一言だけ贈らせていただく
出たわね - 13二次元好きの匿名さん23/05/02(火) 18:09:03
バレてる…府中から行くならどこかなーって考えた時に一番近そうなのが神宮だったからそこを選びました(安直)
- 14123/05/02(火) 18:14:38
と言う訳で、ふとシービーって絶対スケート自信満々で挑んで動けなくなるタイプの子だよなーと思って勢いで一気に書き上げました。
それはそうとして、アイスリンクでバイトしてた身として一言。マジで、初心者はスカートで来ないでください。転んだときに怪我確認と立ち上がる補助をしないといけないんですが、スカートだと目のやり場に困るんですよ。主に社会的に自分が死ぬんじゃないかっていう意味で。すぐに転ぶ初心者は絶対にズボンで来ようね。 - 15二次元好きの匿名さん23/05/02(火) 18:37:05
- 16二次元好きの匿名さん23/05/02(火) 19:29:36
氷で裸足は凍傷案件なんだよなぁ
- 17二次元好きの匿名さん23/05/02(火) 19:40:51
言われなきゃ縦読みは気がつかねンだわ
普通に名文だしな… - 18二次元好きの匿名さん23/05/02(火) 20:46:21
シービーってEカップだっけ…でっか…
- 19二次元好きの匿名さん23/05/02(火) 21:08:40
パンツ見放題じゃん!とか思ったけど、冷静に考えたら現実の未成年女子とか爆弾すぎて怖いわ
- 20二次元好きの匿名さん23/05/03(水) 01:57:30
CBはしっかりとでかいだろ、何言ってんだ
- 21二次元好きの匿名さん23/05/03(水) 02:07:05
あまりにクソスレタイだから逆に見よ…と思ったらめちゃくちゃいいSSをお出しされてスケート場でもないのにひっくり返ってる
良い………縛られるところの倒錯的な感じ……………良い……………………………… - 22二次元好きの匿名さん23/05/03(水) 03:23:05
いいよね、一回「自由なCBであり続ける」と自分から自由を奪う約束をしてから、お互いに自由を奪い奪われるのにハマるCB…
- 23二次元好きの匿名さん23/05/03(水) 08:12:35
えっちだ…
- 24二次元好きの匿名さん23/05/03(水) 08:46:13
スレ画よく見たらCBで草
- 25二次元好きの匿名さん23/05/03(水) 12:47:07
捕手
- 26二次元好きの匿名さん23/05/03(水) 17:43:56
下手すれば足を切断する案件だからやめようね
- 27二次元好きの匿名さん23/05/03(水) 22:54:00
素敵なシチュだ…良き…
それはそうと今回は特にタイトルのくだらなさが光ってて好き - 28二次元好きの匿名さん23/05/04(木) 03:43:54
言うて他のスレタイも同じくらいしょうもないんだよなぁ…
- 29二次元好きの匿名さん23/05/04(木) 03:47:43
本職の方ですかね
- 30123/05/04(木) 05:50:32
(キショスレタイ)の本職ですが、単なる浅学な学生にてございます…
- 31二次元好きの匿名さん23/05/04(木) 07:23:57
今回のお話も良かったです。
- 32123/05/04(木) 10:22:12
毎回お読みいただいてる様で、ありがたいです…
- 33二次元好きの匿名さん23/05/04(木) 10:46:04
ふざけまくったスレタイから繰り出される良SS書きまん民複数いない?
アヤベさんとかカレンちゃんとか - 34二次元好きの匿名さん23/05/04(木) 13:07:47
一回クソスレタイの人で認識されるとそれを辞めるのが難しくなるからな…
- 35二次元好きの匿名さん23/05/04(木) 13:33:47
野生の村上春樹といいクソスレタイ複数主といいもしかしてウマ娘は文学カテゴリなのでは?
- 36123/05/04(木) 15:21:53
ごく真面目な考察をすると、ウマ娘って規約によって迂闊なR18コンテンツが出せないのは既にご存じだと思います。その様な中で、物書きの中で溜まりに溜まり、煮詰まり切ったリビドーをどの様に発散するかというと、健全な方法でアウトプットせざるを得ないんです。私は画才も無ければ、動画編集も貧乏なので出来ないためSSを書くという方向で溜まった欲求を定期的に吐き出している…という感じですね。
はいそこ、要するに筆者のそろぴょい行為じゃんとか言わない。