- 1二次元好きの匿名さん23/05/02(火) 20:00:08
夏合宿。
心身を鍛えることが目的の、トレセン学園恒例行事。
とはいえ、修学旅行みたいでテンションが上がってしまうのがウマ娘の性。
……例年通りであれば、だけれど。
揺れるバスの中、私はちらりと前の方の座席に目を向ける。
ダービーで最高のレースを見せてくれた委員長――――ナリタトップロード。
騒がしいバスの中、彼女はどこか物思いに耽るような様子で静かに佇んでいた。
『アドマイヤベガ! アドマイヤベガです! 皐月賞の無念を晴らして、輝く一等星!』
思い出すはあの時の委員長の泣き顔。
初めて目にした、期待に応えられず、悔し涙を流す委員長の姿。
もう一か月以上も経つというのに、私の脳裏からあの顔が消えることはなかった。
――――私達の期待が、委員長の負担になっていたのではないか。
そう思うと気持ちが晴れない。
ずっと前から楽しみにしていたはずの夏合宿も、どこか気が重い。
私は委員長から視線を逸らし、外の風景を眺める。
海が見えてきた、周りからは歓声が上がっているのに、私の口からはため息しかでなかった。 - 2二次元好きの匿名さん23/05/02(火) 20:00:24
とはいえ、まあ。
実際に浜辺に立つと、テンションは上がってしまうもので。
部屋に荷物を置いて、水着に着替えて海に出る。
焼けるように熱い砂浜から、潮風薫る海に足を踏み入れると、ひんやりとした感触が心地良い。
うへへ、なんだかんだいってもやっぱ海っていいなあ。
委員長も、これで少しは気分転換できるといいんだけど――――と思って、彼女を探す。
「今日は初日だし、お前さんも遊んで来たらどうだ?」
「いえ、大丈夫です! まずはスプリントでしたよね!」
そこにいたのは、ジャージ姿の委員長とそのトレーナーさんの姿。
大きく砂煙を立てながら走り込む委員長に、トレーナーさんは伸び伸び走れ、と指示を飛ばす。
凄いな委員長、もう次に向けて頑張ってるんだ……。
真面目で努力家な彼女のことだ、こうなるのも予想できたことではある。
私の目には、あのダービーから立ち直って元の調子を取り戻したように見えた。
「……これは重症かもな」
小さく聞こえる、委員長のトレーナーさんの声。
それを頭に改めて見ると、確かに委員長の走るフォームはいつもより固くて、ぎこちない。
ああ、やっぱりそうなんだ。
委員長の心は、まだあのダービーに囚われたまま。
そして私の心もまた、あの東京レース場に置き去りになったままなのである。 - 3二次元好きの匿名さん23/05/02(火) 20:00:45
「あっ、ちょいちょい」
お風呂上り、私はクラスメートに声をかけられた。
茶髪のショートヘアー、左耳に黄色い飾り、青い縁の眼鏡。
私と一緒に委員長からノートを借りることが多い子で、一緒に応援も行っている。
どうしたの? と私が返事をすると、彼女は裁縫道具を取り出した。
「いいんちょーの横断幕を作り直そうかと思ってね? アンタも手伝ってくれない?」
いいんちょーには秘密でね? と悪戯っぽい笑みを浮かべながら。
普段の私ならば二つ返事で手伝ったことだろう、現に今も手が出ようとしていた。
――――けれど委員長の涙が浮かんで、その手はぴたりと止まってしまう。
その光景に、彼女は不思議そうに首を傾げた。
「どうしたの? 用事でもあった? それともやっぱり裁縫苦手?」
苦手ではあるけど、ってかやっぱりってなんだ、やっぱりって。
私は自身のお下げを手で触りながら、ずっと思っていた疑問を、彼女に問いかけることにした。
――――私達の期待が、委員長の負担になってるんじゃないかな。
彼女はその言葉に目を大きく見開いて、そして破顔した。
なあんだアンタそんなことで悩んでたんだ、と私の肩をぽんぽん叩きながら言う。
…………どうやら私も重症だったようである。
「確かに、そうかもしれないね。自分達の夢を、いいんちょーに託してる部分はあるよ」
私達は、共に栄光のクラシックの舞台に立つ資格すら得られなかった。
入学した当初は、絶対にダービーウマ娘になってやるという気持ちはあった。
私だって地元のレースクラブでは負け知らずの実力者で、自信もあった。 - 4二次元好きの匿名さん23/05/02(火) 20:01:32
けれど、それは井の中の蛙に過ぎず、ダービーどころか重賞や条件戦にも挑めていない。
それ自体は良い。自分の力不足だし、走るのは今も好きだし、今の生活だって気に入っている。
でも、夢は夢で――――それをきっと、委員長に託して応援をしていた。
「ちょっと期待を押し付けすぎてるかなって、思う時もある」
少しだけ居心地の悪そうな表情で、彼女は視線を逸らした。
その顔を見ながら、私はふと思い浮かんだ新たな疑問に考えを巡らせる。
なんで、応援するのが、委員長じゃなければいけないんだろう。
夢を託す相手ならば、他にたくさんいるはずなのに。
「でもさ、いいんちょー諦めてないじゃん。負けて泣いても、ひたむきに頑張ってるじゃん」
声を上げて涙を流す委員長の姿。
敗戦の翌日からクラスメートを気にかけてくれる委員長の姿
真剣な表情で、苦しみながらも必死で浜辺を駆ける委員長の姿。
その姿からは――――諦めという言葉を一切感じ取ることが出来なかった。
「だからさ、いいんちょーが戦い続ける限りは応援したくなっちゃうんだよね」
誰もが思わず応援したくなってしまうウマ娘。
決して勝つことを諦めない、勝つための努力を惜しまない、不屈のウマ娘。
それが私達の委員長、ナリタトップロードなんだ。
「いいんちょーが私達の期待くらいでダメになるわけないじゃん、だってそうでしょ」
私と彼女は、にっこりと目を合わせて笑い、声を合わせて言った。
『私達の委員長は、凄いから』 - 5二次元好きの匿名さん23/05/02(火) 20:01:56
今、私達は合宿所の庭先でトレセン学園近くの商店街主催の縁日を楽しんでいた。
何を言ってるかわからないと思うが、私も何が起きているのか理解できなかった。
どうやら委員長のトレーナーさんから近況を聞いて、居ても立っても居られず来てしまったらしい。
うーん流石私達の委員長だ、凄すぎる……いやこれ凄いのは商店街の方なのかな。
たくさんの人参料理が並べられて、舌鼓を打つものの、肝心の主役がなかなか来ない。
「遅いよいいんちょー! ……って委員長、だよね?」
眼鏡のクラスメートの言葉に、私も反射的に反応する。
そこにはジャージで顔を隠した謎のウマ娘Xがいたが、多分委員長だろう。
焼きあがったばかりの人参の姿焼きを皿の上に乗せて、私は彼女の隣に動く。
「……美味しそう」
ジャージを元に戻して、顔を晒した委員長の目元は少し赤い。
けれど顔は少しだけすっきりしたような表情になってて、何かがあったんだろうと察せられる。
気にはなるけれど、聞かぬが花というヤツなんだろう、
私は気づかなった振りをして、箸て人参を掴むと、それを委員長に差し出す。
「メッチャ美味しいよ~、ほら、委員長も!」
「はむ……おいひぃ……!」
委員長は何の躊躇もなく人参にかぶりついて、目を輝かせる。
そんな委員長に商店街の人達はあれもこれもと色んな料理を勧めていく。
そして、彼女に集まっていく、真っすぐな応援の言葉。
委員長は憑き物が落ちたような表情を浮かべて、改めて宣言をする。
「私、頑張ります……いっぱい頑張りますから! うん! 頑張ります!」
「いいんちょー、語彙~」 - 6二次元好きの匿名さん23/05/02(火) 20:02:27
委員長の単純な、それでいて彼女らしい宣言。
その言葉を私達は、安心と期待を込めた笑い声で包んでいく。
ああ、やっぱり、間違いなく――――私の委員長は凄いんだ。
改めてそのことを、私は確信するのであった。
ところでこの食べかけの人参、私食べていいのかな、うへへ……ちゃんと本人にあげました。
その後、商店街主催縁日の裏。
私は委員長に送る寄せ書きの文章に悩んでいた。
そこにはすでに、様々な心のこもったメッセージが書かれている。
いや、なんか『人参食べたい』とかいう謎の欲求もあったけど、あれだけあったのにまだ足りないのか。
コンコンと、ペンでテーブルを叩きながら、思い悩む。
書く場所も広くないので単純なメッセージが良い。
けれど他の人と被るようなメッセージも書きたくない。
それでいて私の想いの丈をしっかり伝えたい。
でも誰が書いたかバレちゃうのもちょっとな。
…………なんて、複雑な想いをこねくり回して、ついに意を決して書き込む。
普段の呼び方を少し変えて、心からの想いをそこに書き込んだ。
『大大大好きなトプロ委員長~~!!』
少し頬に熱を篭らせながら、誰にも見つからないようにこっそり元の場所に戻す。
そして、縁日も終わった後、ふと気づくのであった。
――――いやあの応援メッセージも人参食べたいと同レベルじゃないか? - 7二次元好きの匿名さん23/05/02(火) 20:03:19
お わ り
この子がアップで映ってドキドキしました
でも眼鏡の子も良かったな…… - 8二次元好きの匿名さん23/05/02(火) 20:05:06
- 9二次元好きの匿名さん23/05/02(火) 20:05:33
待ってました!!
自分もアップになったとき思わずガッツポーズしちゃったよ……
今回も良作でございました - 10二次元好きの匿名さん23/05/02(火) 20:06:27
待 っ て た
- 11123/05/02(火) 20:30:09
- 12二次元好きの匿名さん23/05/03(水) 00:03:50
眼鏡の子も結構前に出てきてたねえ
可愛かった… - 13123/05/03(水) 06:20:21
今回のアニメはモブが全員可愛くて記憶に残るのが良いですよね