【SS】愛には愛を、情には情を

  • 1二次元好きの匿名さん23/05/03(水) 21:42:14

    ナカヤマとトレーナーがドラッグストアでお買い物するヤマもオチもない話。

  • 2二次元好きの匿名さん23/05/03(水) 21:42:59

    『夜遊び』をしていたころは、まともに外出届を出したことなんてなかった。
     お天道さんが昇ってるうちならともかく、夜なんて届を出すだけで足がつくだろう?

     美浦の寮長は規律に対して厳格すぎることもなく、寧ろ、臨機応変に対応してくれるお節介なタイプだ。けれども、規律という物差しがぐにゃりと形を変えやすい分、意識的なのかそうでないのかストレートに情で殴りつけてこようとする。

     そういうのに対して怯むような私ではなかったが、幾ばくかの後ろめたさすら存在していないわけじゃない。だからこそ、夜はそこそこ人目を忍んでこっそりと寮を抜け出さなければならなかった。

     もちろん、呼び止められたしなめられたところで夜間外出をあきらめるような私じゃあないさ。

     それはそれ、これはこれ。

     捕まらないまま闇にまぎれることができたなら、喜ばしい夜の幕開けが約束されたようなものなんだから。

  • 3二次元好きの匿名さん23/05/03(水) 21:43:21

    ***

     行き先、出発時刻、帰寮予定時刻、同行者の有無──未成年の子どもを預かるわけだから、寮には当然ながらそれらを記載する外出届が存在している。
     これは寮生の行動を管理するためのものじゃあない。なんらかのトラブルが発生した際の頼みの綱とするため、というやつだ。

     もちろん、全員が全員、正直に書くわけじゃないさ。
     書かずにふらりと出かけるような寮生だっている。
     外泊届やらとは違い、必須ではないが推奨されている。
     本来ならその程度のもんだろう。

    「ドラッグストアで買い物、だね」

     藁半紙に記入した項目を確認しつつ『ヒシアマ』と彫られたネームスタンプを押印するのは、我らが美浦寮長ヒシアマゾン。

     その名の『ヒシ』から来てるんだろうな、朱赤でかたどられた枠は、正円でも楕円でもない菱形で、聞いた話によれば完全オーダーメイドらしい。
     なにかのレースの副賞だったか、それともスポンサーによる提供だったか、はたまた寮長みずからがオーダーしたかまでは忘れちまったがな。

     本人も気に入ってんだろう。
     この手の簡易届だけじゃなく、談話室に置かれてる連絡ノートだとか、ラジオ体操週間のラジオ体操カードにだとかで、目にする機会はそこそこあったりする。

  • 4二次元好きの匿名さん23/05/03(水) 21:43:36

     すっかり太陽もオネンネした午後8時の、美浦寮玄関先。

     私が提出した外出届は押印ののち、ヒシアマの手によって寮玄関備え付けのバインダーに仕舞い込まれる。

     それから。

    「もう20時も過ぎてるんだ。明るい道を通って、気をつけて行ってくるんだよ」

    ──たとえ片道5分ほどの目的地であったとしても、きっちり心を砕くことを忘れないのが、美浦のおっかさんと言われるゆえんだろうな。

     もっとも、すっかり日も暮れてあとは夜がふけるばかりの時間帯ってのもあるのだろう。
     この時間ともなれば、寮生が帰ってくるならまだしも、寮生が出かけていくことなんてほぼ無いにひとしい。

     だからといって、談話室でゴールデンタイムの楽しげなテレビ番組を視聴中だったところをわざわざ中座して、玄関まで見送りに来なくてもいいとは思うんだが。

    「はいはい、わーってるよ」
    「許可を出しておいてなんだけれど、明日に回せない買い物なのかい?」

     女傑だのなんだのと言われ、見るからに勝ち気そうな顔の作りをしているが、こういうときのヒシアマの表情はまるで母親のそれだ。
     年も近い年頃のお嬢さんに対して『母親』はないだろうと思っちゃいるが、おそらく美浦寮の中にゃヒシアマを母親のように慕っている寮生もいるだろう。
     国内外問わず入寮したての生徒だとかがホームシックをこじらせるとき、ヒシアマはかならずそいつらのそばに寄り添っているからな。

    『母親』といえば、栗東にはなにかと『ママ』を自称したがるスーパークリークもいる。
     ヒシアマの『母親』とはまた性質が変わってくるが、両者ともに世話焼きのお節介であることはまちがいない。

     ゆえに。

     私のようなウマ娘にとっちゃ、なんともすわりの悪い心地になっちまうって寸法だ。
     思惑のあるそれとは違い、純粋な親切心をばっさりと切り捨て無碍に出来るほど私はもう子どもじゃない。
     かといって素直に感謝のひとつやふたつできていれば、まるで反抗期のガキみたいな返しをして、肩身の狭い思いをしちゃないさ。

  • 5二次元好きの匿名さん23/05/03(水) 21:43:53

    「心配しなくてもアンタが想像するような寄り道はせずに帰ってくるよ」

     ざっくりとした必要金額だけ詰めてきたショートウォレットはショーパンの尻ポケットにねじこんだ。
     肩をすくめつつ、つい取り繕うようにことばを継いでしまう私も、随分と丸くなったもんだ。

     ヒシアマの疑問のとおり、明日に回せないわけじゃないさ。
     ただ、今年の汚れは今年のうちに、だとか、思い立ったが吉日、だとか言うだろ?

     いくら私の気性が軟化をたどっていたとして、それはそれ、これはこれ。

     もっともヒシアマも私が譲らないことについてはとうに心得ちゃいるからな。
     ため息ひとつ、ヒシアマの両手が伸びてきて、私のデニムジャケットの襟元をさらう。

    「前みたいな心配はしてないよ」

     計画性もなくそのタイミングの思いつきで、適当にひっかけてきたのも、おっかさんにはお見通しだったのかもしれない。
     やれやれ、とばかりの色を声音ににじませて、ヒシアマの両手が、どうやら立っていたらしい後襟をなでつける。

    「律儀に届を出してくれるようになったんだ。たとえ寄り道をしても、あぶない遊びはしないだろうことも、わかってるよ。それでも、ね」

     目的地はドラッグストア。
     帰寮までの目標は30分。
     それが果たせなければはちみードリンク奢りの賭けつきでおっかさんとはひと勝負。

     明日も走るなら、気をつけて帰ってくるんだよ!

     まるで背中を叩くような心遣いに見送られ、夜の帳のその下に、一歩、私は身体を潜らせる。

  • 6二次元好きの匿名さん23/05/03(水) 21:44:09

    ***

     裏路地に入り浸っていたころは、月のない夜には気をつけろだとか言われたこともあったものだった。

     もっとも、遠回しな闇討ち宣言にビビるような私じゃない。

     ウマ娘の聴力や脚力、女子供の体に秘めた筋力を見くびるような命知らずもそうそういない。
     まれに、それでもどうにかなるだろうと数撃ちゃ当たるとばかりに多勢に無勢で勝ち誇ろうとする野郎もいるにはいたが、ま、返り討ちだわな。

     喧嘩のたぐいはバレりゃ退学騒ぎになりかねなかったから、『手』は出してないぜ?
     あくまで、逃げ果せるため、バ群を縫うかのように立ち回る『だけ』の話さ。
     なぁに、レースにおいちゃ接触もよくあること。
     私の細腕じゃ殴り合いなんてとてもじゃないができないからな。
     ただ、うっかりぶっかっちまうくらいは、正当防衛の範疇だろ?

     そこそこ遅い時間まで外周トレーニングに勤しむ生徒もいないわけじゃない。
     だから、外周ルートには等間隔に街路灯が設置されている。
     でも今の私は、走りたいわけじゃないからな。
     ウマ娘用レーンじゃなく歩道を選び、指先やら脚やら頬やらにまとわりつくひんやりとした夜気を楽しみながら、のんびりと歩みを進める。

     ウマ娘用レーンを挟んだ車道では、クルマが排気音を鳴らしヘッドライトを煌々と燃やす。
     夜空を見上げたところで街灯に阻まれて、冴え冴え怜悧に浮かび上がるのはお月さんだけって有様さ。
     夜の静けさを楽しむには些か眩過ぎるけれど、別に、それも嫌いじゃない。

     のんびり歩いても10分以内には辿り着く、トレセン学園最寄りのドラッグストアが見えてくれば、光の騒がしさも最高潮。
     全面窓からあふれる光量は、蛾やらが纏わりつきたくもなるもんさ。
     閉店時間まで30分を切った店内は飛び込みの客もそこそこいるらしい。
     自動ドアをくぐり、買い物カゴを手にしたところで、視界の先、よくよく見知った姿を見つけた。

  • 7二次元好きの匿名さん23/05/03(水) 21:44:21

    「トレーナー、奇遇だな」
    「ナカヤマ?!」

     どうしてこんなところに?! とばかりの反応には「買い物以外に来るか?」と先回りしてやる。
     昼間のビジネスカジュアルや放課後のスポーツウエアとはまた違う、いかにもサンダル引っかけてきましたって風情の格好でさ。昼間はきちっと整えてる髪だって緩めてある。
     買い物カゴを腕にかけて、手にしているのは商品入れ替えのため割り引かれているホットアイマスク。……なにやら生活感が出ていて新鮮だ。

     ついつい上から下まで不躾に眺めちまったのに気づいたんだろう、トレーナーは居た堪れないとばかりに視線を泳がせた。
     大方、気を抜いた格好で教え子たる私に遭遇したことに対して羞恥心でも抱いているんだろうけどな。
     ならもう一手、からかってみるかと口を開こうとしたところで、トレーナーははっと我に返ったようだ。

    「そうじゃなくてさ、ひとりできたの?」
    「ヒシアマのお墨付き、外出届は提出してきたぜ?」

    「それはそうだろうけど」それは、あたかも当然、とばかりの声音。ちっとばかし気に食わねぇな?

     推奨される規則を守るのは当然、ってニュアンスじゃなくて、まるでさっきヒシアマが言ってたみたく、『外出届を律儀に出すようになった』みたいじゃねぇかよ。間違っちゃいないがね。

     そうなれば続く言葉は、

    「もう夜も遅いんだから、ひとりで出歩くのは危ないよ。君は女の子なんだから」
    「それを言うならアンタがだろ? アンタは筋骨隆々の大男でもなければ、力に自信のあるウマ娘でもないんだから」

     この問答、いったい何度やったかねぇ?
     こちとら中等部のころから治安の悪い裏路地で夜遊びしてたんだ。
     秩序の有無が斑で歪な裏路地に比べりゃ、トレセン学園のお膝元は平穏安寧の天国さ。
     気狂いしたおかしな連中との付き合い方だって躱し方だって慣れている。
     足を洗ってからは入り浸ることはなくなっちゃいるが、あの界隈で五体満足のまま生き残るために叩き込んだあれこれはそう簡単に風化するもんでもないだろう?

  • 8二次元好きの匿名さん23/05/03(水) 21:44:34

     それを踏まえれば私が裏路地でもない暢気な夜道で危ない目に遭うことなんて万が一にもありはしないだろう。
     ……と、幾度言おうが、ヒシアマだってコイツだって、ほかのお節介どもだって、私を窘めるのを忘れない。

     でも、と、反駁しようとするトレーナーが手にしていたホットアイマスクの箱を取り上げる。
     こんなところでちんたらしてたら蛍の光が流れ出すし、私はヒシアマにはちみーを奢らなきゃならなくなるからな。

    「香料にも好き嫌いがあるだろ。割引に誤魔化されんな。陳列棚にあるアソートからにしとけ」

     最近眼精疲労が……なんてぼやいてたことを思い出す。
     大一番での思い切りはいいくせにどうでもいいところで優柔不断なことがあるんだよ、このトレーナーは。
     お説教はこれで封殺。私は私で、買わなきゃならないものがそれでも一応あるからな。

    ***

     さすがトレセン学園のお膝元のドラッグストアなだけあって、ウマ娘専用品の取扱も潤沢だ。
     レース場や療養所付近のコンビニとかもそうだが、需要に応えるってのは大切なことだよな。

     縦一列の陳列棚にずらりと並んだウマ娘専用洗髪剤を眺めて、私は考え込むことになった。

    「なぁトレーナー」
    「うん?」

     向かい側、つまり私が背を向けている陳列棚は、非ウマ娘用の洗髪剤各種が並んでいる。
     どうやらトレーナーもこのあたりに用事があったらしい。
     ホットアイマスクのアソート箱を買い物カゴに入れてやってきたのを私は視界の端にとどめている。

     そちらを見ずに声をかけると、献身的なトレーナーはひょこっとこちらを覗き込む。

    「自分が何使ってたか思い出せねぇ」

  • 9二次元好きの匿名さん23/05/03(水) 21:44:46

     おかしなこと言うと思うだろ? 自分でもそう思うぜ。
     実家にいたころはさ、弟妹たちに使える低刺激で安価なラインナップを使ってたんだよ。
     刺激なく汚れを落とせりゃそれでよかったしな。
     生まれついてのクセっ毛はシャンプーコンディショナートリートメントじゃなかなかおさまるもんでもなかったし。
     私が手を懸けるべきところはそこじゃなかった。いつものニット帽さえかぶりゃ髪の七難くらいは隠せるさ。

     で、トレセン学園入学直後はさ、その物臭そのままで、適当に手に取った洗髪剤を使ってたんだが……。

    「足りなくなったの、コンディショナーだったよね」
    「そうだが、……なんでわかった?」
    「この間ぼやいてた気がして」
    「そうだったか」

     てんで記憶にゃねぇが、トレーナーが言うならそうなんだろう。
     私の洗髪剤周りは、普段、ゴールドシップのお下がりで賄われていてね。時たま美浦の浴場に現れては、使いかけの洗髪剤を押し付けてくるんだよ。しかもドラッグストアにはなかなか並ばないようなブランド品ときた。
     何でかは知らねぇよ。奇っ怪な理由は告げられるが要は使っちゃいるが合わなかった、だとか、飽きた、とかだろう。
     シャンプーなりコンディショナーなりトリートメントなり、それが積み重なって私の洗髪剤はこだわりなく回っちゃいたが、当然、どれかが妙なタイミングで切れることもあるわけだ。

     いっそオールインワンのリンスインシャンプーにでもしてしまうか? とも思うんだが、クセっ毛がどうにもならなくても頭が痒くなったりだとかするのは勘弁願いたい。
     クセはどうにもならなかったとして、痛んでるのもイライラするし。

    「ま、なんでもいいか」
    「調べるから待って」
    「……業務時間外だろ」

  • 10二次元好きの匿名さん23/05/03(水) 21:44:59

     確かに話を振ったのは私だが。
     そしてこの担当バ鹿の反応を想定出来なかったワケじゃなかったが。
     じゃあどうして話を振ったかって? ただの世間話の類さ。
     一緒に買い物に来たわけじゃないのに? ……うるせぇよ。

     さておき、そのあたりにあったツキが向いてそうなボトルデザインのコンディショナーを手に取ろうとしたところで、制止の声がかかる。
     ……見た目は完全に気ィ抜いてるそれなのに、表情と声だけは昼間みたいなの、けっこうオモシロイかもな。

    「基本的に同メーカーのシャンプーコンディショナーセットで使わないといけないわけじゃないんだよ」
    「そうじゃなきゃ今頃私の頭は大爆発してるだろうしな」
    「シャンプーの銘柄、覚えてない?」
    「覚えてると思うか? 貰いもんだぜ?」
    「そしたら……」

     トレーナーもトレーナーで私の答は予測済みらしいな。
     検索をかけていただろうスマートフォンから視線を上げて、立ち並ぶ品揃えを見渡して──一本、えらくシンプルな見た目のボトルを取り出した。

    「これならいいと思う」コンディショナーにしては無色透明。かたむければたぷんと揺れるそれを差し出されれば、……跳ね除ける理由も特にはねぇだろ。

     いわゆるオイル系。
     無香料なのは銘柄すらわからないが花っぽい香りのするシャンプーと匂いを混ざらせないようにするためだろう。


     なんでもいい、だとか、洗えりゃいい、だとか。


     トレーナーは、そういう私の『適当』に構える部分を、こうするのはどうかと懇切丁寧に潰そうとする。

     それらを両の手で受け取っちまえば、……何だろうな、私はひどく、肩身の狭い気持ちなるんだよ。

  • 11二次元好きの匿名さん23/05/03(水) 21:45:13

    ***

     そこからはまぁ、流れみたいなもんだ。
     示し合わせて買い物に来たわけじゃねぇけどさ、それじゃあなと別行動するような間柄でもなかった。
     トレーナーの買い物カゴの中に洗髪剤が入れられなかったのを見るに、トレーナーもまたそうだったんじゃねぇの?

    「柔軟剤そろそろ買い換えがいるんじゃなかったか? あとアイロン用糊」
    「本当だ。忘れるところだった……あ、そういえば、君のお気に入りの薄荷飴、あっちで売り出ししてたよ」
    「マジか」
    「買い占めないようにね」
    「残念ながら手持ちがな。最低限しか持ってきてない……なァトレーナー、勝負しないか?」
    「……福利厚生費あたりで計上する?」
    「こういうのは自分の手で勝ち取ってこそだろうが」

     奢れって言ってんじゃねぇんだよ、大事なのはそこまでの経過だろ?
     とかなんとか言いつつ。

     気づけば聞こえてくるのは蛍の光。
     ショートウォレットと一緒に尻ポケットにねじこんでいたエコバッグに、コンディショナーとはちみードリンクとポリ袋を突っ込む。

     ホットアイマスクアソートや柔軟剤、アイロン用糊の他にもこまごまと日用品を買い物カゴに詰め込んだトレーナーに「出てるぜ」と言い置いて、私は一足先に自動ドアを潜った。
     まるで最後通告みたいな退店用BGMに背を押される客たちを横目に、さっきエコバッグに突っ込んだポリ袋を取り出す。
     いくら物臭とは言え面倒はごめんだからな。
     ラップに包まれちゃいるが液垂れしないように退避させたそれは──

    「ナカヤマ、お待たせ」
    「口開けろ、トレーナー」
    「えぁ? ……んぐ」

  • 12二次元好きの匿名さん23/05/03(水) 21:45:26

     お勤め品の割引シールが貼られたラップを剥がし、白い発泡スチロールの器に乗せられていた焼き鳥をつまんで、無警戒に開かれたその口に放り込んでやった。
     言われるまま口を開くだろうことは想定内だったがな、ためらいもしないのは本当にどうかと思うぜ?
     あきれつつも私も一本。
     鶏レバーのタレ焼きは、ぴりっとしたいときにちょうどいい。

    「さっきの礼だ」
    「……なにかお礼されるようなことしたっけ」
    「覚えがないなら素直に味わっとけ」

     こちらとしては貸しを作ったようなもんなんだが、あたかも当然とばかりの態度を取られると拍子抜けしちまうな。厄介なもんだぜ。

     4本入りの鶏レバー串をドラッグストアの軒の下、半分ずつ味わって、私は──私たちは、ふたたび夜道に足を踏み出す。

    「待っててくれてありがとう、ナカヤマ」
    「先に帰って説教繰り出されるよかマシだからな」

     歩き出して少しして、ふっと視界が暗くなった。
     わざわざスマホを取り出さなくてもわかる。
     21時。ドラッグストアの閉店時間だ。
     ポール看板の電灯が切られて、店内の蛍光灯も必要箇所を除いて落とされたんだろう。
     その暗さも寮へ足を進めれば進めるほど目立たないものになってくる。
     視界をよぎるヘッドライトにテールライト。
     見上げれば夜闇を散らす街灯。防犯対策に青色LEDが混ざってるらしいな。
     あいかわらず、その向こうの夜空には白い月が浮かぶだけ。

     けれど、行きがけよりは、かすかに光はやわらかい。

     私とトレーナーは、影を引き連れ道をゆく。

  • 13二次元好きの匿名さん23/05/03(水) 21:45:39

    「君はひとりで帰ることができるかもしれないけどね」
    「心配なんだろ。ったく。私の何を見てそんな心配だのなんだのと言い出すのやら」
    「君のことが大事だからだよ」

     なんてことはない。そんな風に、トレーナーは口にする。
     あたかもあたりまえかなにかのように。

     べつに、あっけにとられたとか、そんなんじゃねぇよ。でも。

     ……なんでこいつは、いつも、こうなんだろうな?
     なんでお人好しの連中ってのは、こうなんだろうか。
     邪な思惑なんてひとつたりともない顔をして、こっちがどう受け取るのか考えもしないで、……こうして、情で殴りつけてくる。

     そういう情愛を投げかけられるようなこと、私は何もしてねぇだろうが。
     そんな態度を取るたびに、私の周囲のお人好しどもは、首を傾げてみせるんだ。

    「そうかよ」

     もっとまともな返し、したかったんだがな。
     真正面から踏み込まれて、珍しく私は怯んでいた。
     もし私がトレーナーだったら、ここが好機とばかりに追い詰めてるところだが。

    「そうだね」

     お人好しは追撃しない。それどころか。

    「君は自覚がなさすぎるけど、……君が周囲を大切にしてるみたいに、大事にされてる、って意識は持っていてね?」

  • 14二次元好きの匿名さん23/05/03(水) 21:45:52

     あぁ、これもある意味、攻勢に出られたってやつかもしれないな。
     トレーナーはこちらを見ない。
     ウマ娘レーン側を歩いて、私を歩道の内側に押し込める。
     エコバッグの中のコンディショナーとはちみードリンクがぶつかりあってかすかな音を立てる。ポリ袋ががさりがさりと騒がしい。

     投げかけられた言葉を、……すぐ理解できないほど、鈍いつもりはないさ。
     愛には愛を、情には情を、そう言ってたのは誰だったか。
     優しくしてるつもりはねぇさ。
     見返りなんて、賭け事以外で求めちゃいない。

    「うるせぇよ、バーカ」

     ちらりと横顔をうかがうと、腹立つくらいに勝ち誇った表情をしているもんだから。

     仕方ねぇ、寮玄関までは大事にされてやるよ。
     おっかさんにはちみードリンクは献上するが、ひとり夜道じゃなかった証左はないよりある方がいいからな。

     行きと違って夜気はどこか温かく。
     月の光の優しさまでも、おそらく私を笑ってるんだろう。

     ああ、腹立たしいったらありゃしねぇ。
     このどうしようもない居心地の悪さに私が慣れちまうのは、いったいいつになるのやら。

    おしまい

  • 15二次元好きの匿名さん23/05/03(水) 21:47:27

    ナカヤマはなにかと「私なんかが」とか「私のような」みたいなことを言うんだけど、君は本当に大事にされているんだよ、と、声を大にして言いたい。

    いつもクソ長絨毯なので改行を施しましたが意味はあるんだろかってなっている。

  • 16二次元好きの匿名さん23/05/03(水) 22:11:12

    ストレートな愛の受け止め方に悩むナカヤマ良い…
    いつも素敵な作品をありがとうございます

  • 17二次元好きの匿名さん23/05/03(水) 23:12:55

    ナカヤマってワルぶってるけど周りの人大切にしてるよね だから周りもナカヤマを気にかけてるんだな でもそこには気付いてなさそうなのが可愛いね

  • 18二次元好きの匿名さん23/05/03(水) 23:13:39

    アーヨイ…優しさには優しさを返す世界が美しくてよいです

  • 19二次元好きの匿名さん23/05/03(水) 23:29:24

    >>16

    恋でもなければコメディでもなく読ませる話でもないので、反応なくてもしかたねぇ〜(大の字)と思っていたので大大大大大感謝です……うれしいです……


    今回はヒシアマ姉さんとトレーナーをピックアップしましたが、ナカヤマの恩師や両親、きょうだい、お友だちなど、そこそこストレートに優しくしてくれるひとはいると思うんですよね

    でもなんで優しくされるのか(愛情を与えられるのか)本人よくわかってないんじゃないかと思うことがあり


    そりゃ君が周囲に優しくしてるからだよ、みたいなのを書きたかったんです。愛情の受け止め方に戸惑っていつかするりと受け止められる日がくるように、そんな祈りをこめて書きました……

  • 20二次元好きの匿名さん23/05/03(水) 23:31:42

    周りのお人好しに良くしてもらって気にかけてもらってることはちゃんとわかった上で、ストレートにそのことへの感謝が出せない思春期感めちゃくちゃいい
    いつか2人で日用品買ってて欲しい

  • 21二次元好きの匿名さん23/05/03(水) 23:48:41

    >>17

    彼女のまわりにお人好しばっかり集まってくるのはちゃんと理由があるんですよね。でも自覚がないからなんなんだよ……って不可解な顔するんですよ、で、自覚のない優しさを振りまく子だと思っております

    可愛い子ですよ本当に!


    >>18

    ナカヤマ育成シナリオはドラマチックな側面もありつつただひたすらに優しさにあふれたお話だと思ってるので、その優しさがすこしでも描けていたら幸いです……!


    >>20

    トレーナー宅に入り浸ってるわけじゃないのにいろいろ把握してそうな描写にしたのは、実はそんな感じの意図も伝わればいいな、というところからでした

    明確にトレウマとは書かなかったんですが、バレてしまったらしかたがありません……(?)ここだけの秘密ということで……!

  • 22二次元好きの匿名さん23/05/04(木) 04:53:00

    優しさに溢れたお話で良かったです。
    文を書くのが下手な自分が言うのはなんですがすごく読みやすかったです。
    洗髪剤の下りで何となく違和感があったんですけどそういうことだったんですね…。
    なるほどこれが匂わせですか…勉強になります…。

  • 23二次元好きの匿名さん23/05/04(木) 11:57:16

    >>22

    お褒めいただき感謝です!

    今回の匂わせはメタ的なやつなのですが、どちらにせよトレーナーが「キーピングがそろそろ切れそう」だとか「ソフランそろそろ切れそう」だとか言ってて、それをナカヤマが逐一覚えてて忘れんなよ〜って自然に伝えるの可愛いよな、ってやつでした〜!

    読んでくださりありがとうです!

  • 24二次元好きの匿名さん23/05/04(木) 19:09:17

    良かったです

  • 25二次元好きの匿名さん23/05/04(木) 22:05:23

    >>24

    ワ!

    ありがとうございます!

  • 26二次元好きの匿名さん23/05/05(金) 08:16:07

オススメ

このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています