新入生の入学式を見に行ったら妹(ウマ娘)がいた EP.6

  • 1◆iNxpvPUoAM23/05/05(金) 05:41:43

    1スレ目

    新入生の入学式を見に行ったら妹(ウマ娘)がいた|あにまん掲示板「お前なんでこんなとこいんだよ」「またまた〜、今日って入学式っすよ? トレセン学園の一年生の」「ああ、そうだな」「でしょ? だからほらほら、お祝いの言葉のひとつやふたつと言わず、たくさんくれてもいいん…bbs.animanch.com

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    関連スレ

    新入生の入学式を見に行ったら妹(ウマ娘)がいた 語りスレpart3|あにまん掲示板妹ウマ娘をテーマにしたSSについて語るスレです。スレ画はパフェが大好きなとあるウマ娘前スレhttps://bbs.animanch.com/board/1816801/bbs.animanch.com

    ※スレ画は兄の前担当ウマ娘です

  • 2二次元好きの匿名さん23/05/05(金) 05:42:07

    立て乙

  • 3◆iNxpvPUoAM23/05/05(金) 05:44:10

    トレセン学園グラウンド────
    2000m、模擬レース。

    合図と同時に妹とゴーストが飛び出す。
    ゴーストは出遅れなく走り出し、妹は少し遅れてそれを追う────

    「と、トレーナーさん、ぁ、あの位置、って……」
    「京都ジュニアステークスで試した走りだな。中団でスタミナを温存しつつ前の出方を観察する走り。つまり差しだな」
    「差し……と呼ぶには、ふたりは少なすぎますわね」
    「ぅおっ……ぉ、おお、変わったのか……」
    「ええ。この空気に耐えられそうになかったようですから……」ん
    「はは……まあ、気持ちは分かるけどな。ただの模擬レースにしちゃ……空気が重すぎる」

    異様とも言えるほどに、重く苦しい空気。
    話し声はほとんどなく、シンと静まり返ったグラウンドに、妹とゴーストの脚音だけが轟いている。

    コースの周囲を取り囲む、ウマ娘にトレーナーたち。
    その視線はジュニア級王者へと注がれている。

    だがこの緊張感は……きっと、妹にも伝わっているだろう。
    遠くから見ているだけの俺たちですらこうなんだ。全ての視線が集まるその場で走る、妹の感じているものは……こんなものではないはずだ。

    「……頑張れ」

    小さく呟いた声は、静まった空気の重さに潰れて消えた。

  • 4◆iNxpvPUoAM23/05/05(金) 05:44:49

    「テメェ、うざってぇ位置で走ってくれるじゃねぇか!」

    ゴーストが少しだけ顔を後ろへ向けて吠える。

    「ああ、でもいいね。デビュー戦より感じるぜ、テメェをよ! ザコなりに努力してんじゃねぇか!」

    妹は答えない。
    視線を合わせすらしない。

    ただ前だけを見据え、やつの背後にぴたりと付けて走り続ける。

    「あの走り方は、トレーナー様が?」
    「いや、指示してないよ」
    「では……妹さんが自分で……」
    「だな」
    「俺が言ったのは、ゴーストから見られない場所を走れってだけだ」
    「見られない……なるほど、そういうことですか」
    「そういうこと」
    「……うまくいけば、よいのですが」

    視線を戻す。
    発走から数十秒────長い直線がそろそろ終わろうかという地点。

    ぴたりとゴーストの背についたままの妹の顔は、見えない。
    心配していないわけじゃない。心配に決まってる。
    妹は根本のところは臆病で怖がりで、ゴーストなんか一番苦手なタイプだ。
    そんなやつに自分から喧嘩を売り返して、この衆人環境での模擬レース。

    プレッシャーで押しつぶされそうに決まっている。
    だけど、頑張れと言ったからには俺は信じなくちゃ。誰が信じなくとも、俺だけは信じてやらなくちゃ。

  • 5◆iNxpvPUoAM23/05/05(金) 05:46:21

    「ハッ! 分かってんだよ、テメェの魂胆は」

    第3コーナーの坂を登り切ったところで、再びゴーストが吠えた。
    しかし視線は前を向いたまま。
    わざと妹に聞こえるように、声を張り上げる。

    ここまで完璧に背後に取り付いた妹の考えを見抜いたゴーストは、ニヤニヤと笑みを浮かべた。

    「オレの“領域”にビビってんだろ? テメェは一回味わってんだからな!」

    デビュー戦のことだ。
    最終直線の残り400m、ゴーストは“領域”の世界へ脚を踏み入れた。

    追い縋る妹だったが、覚醒したゴーストによってその脚が鈍らされた。

    ゴーストの“領域”。

    「だったらお望み通りに見せてやるよ────オレの“領域”を!!!」

    その瞬間、空気の“色”が変わった。


    【魔眼の亡霊】

  • 6◆iNxpvPUoAM23/05/05(金) 05:47:42

    「こ、これ、模擬レースだよな……!?」
    「なにこれ……こんなの、本番そのものじゃん……」
    「ぅ、ぷっ……ぉ、え……っ」
    「これがジュニア級王者……まさかここで手の内を見せてもらえるとは」
    「……」

    ゴーストの咆哮が響き伝わると、途端、重苦しいグラウンドの空気が一瞬澱み、圧倒的プレッシャーで上から押し潰すように俺たちへのしかかった。

    これが“領域”を支配するウマ娘の“力”。

    「っ……、変わっていて正解、でした」
    「……え?」
    「あの子なら、耐えられずに気絶していた……かもしれません」
    「……」
    「周りだってそうですわ。この距離でこうなのですから、妹さんは……」
    「っ……!」

    まだ最終コーナーじゃない。
    第3コーナーの坂を登り切って身体が悲鳴を上げているはずのタイミング────そこからゴーストはスパートをかけ始めた。

    今までぴたりと離れずに走っていた妹とゴーストの距離が、少しずつ開いていく。

    「ハッハッ! どうしたよ、お望みの“領域”ってやつだぜ?」

    嘲笑うように叫ぶ。
    その声にすら圧を感じてしまう。
    それほどに、重たいプレッシャーだ。

  • 7◆iNxpvPUoAM23/05/05(金) 05:48:33

    「……、クソッ!!」

    前にさえ出なければいいと、思っていた。

    やつの視界にさえ入らなければ、プレッシャーに潰されることはないと思っていた。

    「……甘かった……っ」

    クラシックを前にして、ゴーストはすでにそんな次元にはいなかった。
    司令官の言う通り、ゴーストは“領域”を完全にモノにしている。

    見られなければいい、なんてものじゃない。
    そもそも戦うことが間違いだった────そう思わされてしまうほどに、圧倒的な力の差。

    それを間近で受けた妹は────

    ……だめだ、思い出してしまう。
    前担当のことを、思い出してしまう。

    “簡易領域”に目覚めてすぐの頃、目の前で本物の“領域”の圧を覗いてしまった時のことを。

    「……っ、妹……!」
    「と、トレーナー様!?」

  • 8◆iNxpvPUoAM23/05/05(金) 05:50:59

    エンプレスの声を無視して席を飛び出し、コースのすぐそばへと駆け寄る。
    柵を握り締めて走る妹へ視線をやる。

    だめだ、信じてやらなくちゃいけないのに。
    これじゃ裏切りだ。
    でも、それでもだめなんだ。

    このままでは妹が壊れてしまう────そう感じて、だめなんだ。

    「……模擬レースなんだ、本番じゃないんだ……もうやめても、いいんだ……っ」

    言い訳をするように言葉を漏らす。
    誰にも届かない言葉を、漏らす。

    妹は、妹は今どうなっている?
    辛そうにしていないか。泣き出したりしていないか。

    あいつは臆病で、怖がりで、俺が少し暴言を吐いただけで日和ってしまうような優しい子なんだ。

    根っこのところでは勝負事なんて向いていない、普通の生活を送るべきウマ娘なんだ。

    「もう、やめていいんだ……っ!」

    声を荒げて、叫ぶ。
    妹に届いてほしいと、やめてほしいと。
    この気持ちが届くようにと、精一杯、声を出して妹へ視線を送り────

  • 9◆iNxpvPUoAM23/05/05(金) 05:51:38

    「……見られないように、見られないように、見られないように」


    「ぇ……」

    妹は、泣いてなどいなかった。
    辛そうな顔など、少しもしていなかった。

    この重圧を受けてなお、諦めてなどいなかった。

    ただ前を見据え、俺の言葉を何度も呟きながら走っていた。


    「見られないように……、見られないように、……見られないように……っ!」


    必死に追い縋る妹。
    がむしゃらにも見えるその走りは、しかし、負けるつもりは一切感じられない。

    まだ諦めていない。
    まだ、勝利を目指している。
    勝機を伺っている。

    「最終直線に入った……もう終わりか。ジュニア級王者、これからが楽しみになる走りだな」
    「クラシックGⅠが始まる前からこのプレッシャー……すごいね、本当に。あんたもそう思うでしょ?」
    「私は負けない」
    「いや、そういうこと言ってんじゃなくてさ……」

    周りはすでに諦めている。
    妹に勝ち目はないと────

  • 10◆iNxpvPUoAM23/05/05(金) 05:52:38

    「……まだ、終わってない」

    つぶやきが聞こえる。

    「まだ、終わってない……」

    つぶやきが聞こえる。

    「まだ……終わってなんか、ない……っ」

    妹のつぶやきが、聞こえる。

    残り400mと少し。

    誰もがゴーストの勝利を確信していた。
    妹を信じるべき俺ですら、揺らいでいた。

    その音は、ゴール目前の坂に到達し、ゴーストがその斜面に脚をかけた時に聞こえた。

    ピシリ、と。

    ガラスにヒビが入るような音。
    とても小さく、微かな音。
    脚音でかき消えてしまいそうなほどに小さな音が、しかし俺には鮮明に聞こえた。

    「終わってなんか、ない……っ!!」

  • 11◆iNxpvPUoAM23/05/05(金) 05:53:59

    妹が坂に脚をかけた瞬間、その音は周囲のざわめきによってかき消されてしまう。

    「……あれ?」
    「ねぇ、ちょっと……え?」
    「え、うそでしょ? 今までいたよね?」
    「ちょ、ぇ、なんで?! どうなってんの?」

    「後ろの子……どこにいったの?」

    そのざわめきを理解する余裕は、俺にはなかった。
    ただ漠然と理解したのは、俺以外の全員が妹の姿を見失ったこと。

    「ぅ、う……、っ……!!!」

    妹は斜面に脚をかけたかと思うと、驚くほど軽やかに上がり始めた。
    “領域”を発動しているゴーストでさえ動きが悪くなる坂を、妹は淀ない速度で駆け上っていく。

    距離が縮む。
    さっきまで開いていた距離が、縮んでいく。

    「終わって、ない……終わってない……っ」

    妹とゴーストが坂を────全くの同時で上がり切った。
    なおも妹の脚どりは軽く、ゴーストと並んで駆けていく。
    むしろその距離を塗りつぶし、わずかに前に出始めてすらいる。

  • 12◆iNxpvPUoAM23/05/05(金) 05:56:39

    あと200m!!

    「……が、頑張ってください、妹さん……っ!!」

    いつの間にか隣まで来ていたエンプレスも声を荒げて妹へ声援を送る。
    どうやら妹を見失っていないのは俺だけではなかったらしい。

    「頑張れ、行け!!」
    「妹、さんっ……! ま、負けないで、……が、頑張って、頑張って……ください……!」

    あと、100mもない!
    このまま、行ってくれ……!!

    「ァ?」

    しかし、そうはいかない。
    妹の姿を見失っていたはずのゴーストが、いつの間にか前へ出ていた妹に気付いた。

    周囲のざわめきはまだ止まらない。
    まだみんな見失ったままだ。
    なのに、ゴーストが妹の存在に気付いた。

    「おい、おいおいおい! いつ前に出た? いつオレを抜いた? なぁ、オイ!!」

    「っ……そのまま、気づかないでよ……っ!!」

    「そうはいくかよ!!」

  • 13◆iNxpvPUoAM23/05/05(金) 05:58:41

    残り50m。

    ここにして妹がようやく稼いだ距離を、今度はゴーストが追う番だった。
    “領域”のプレッシャーが妹の脚へと絡みつき始める。

    徐々に、ゆるやかに。
    しかし確実に妹の速度は奪われていき、リードしていた距離がじわじわと消えていく。

    あと20m。

    「テメェはオレが殺すって決めたてんだよ! すり潰してやっから大人しくしとけ!!」
    「ぅ、るさい……っ! うるさいっ……!!」

    あと、

    「おおおぉぉぉおおおおっ!!!」
    「ぁぁぁぁああああああっ!!!」

    まさにデッドヒート。
    火を噴くような競り合いのまま、

    「ゴール!!!」

    ふたりはほとんど同時にゴールを駆け抜けた。

  • 14◆iNxpvPUoAM23/05/05(金) 05:59:50

    本日はここまで
    ありがとうございました

  • 15二次元好きの匿名さん23/05/05(金) 07:11:07

    お疲れ様です〜
    ついに出たか

  • 16二次元好きの匿名さん23/05/05(金) 13:26:31

    にいやんだけは見えてたのが気になる

  • 17二次元好きの匿名さん23/05/05(金) 13:31:14

    ウマ娘とヒトミミの間のパワー伝承の一端かと思いきや女王先輩も見えてるしね
    当事者のゴーストを見るに慣れはありそうだがこの二人は最初からっぽいのは確かに気になる

  • 18◆iNxpvPUoAM23/05/05(金) 14:49:11

    ・・・

    「はぁ、っ……はあ、はっ……」

    ゴールを通過したその先でゆるやかに脚を止めた妹は、その場に座り込んで荒く息を繰り返す。

    ゴーストはもう少し後ろで、同じように浅く息を繰り返していた。

    ゴールを駆け抜けたのはほぼ同時。
    しかし俺の目には、わずかに妹のが速かったように見えた。
    願望かもしれない。
    そう思い込みたいだけなのかもしれない。

    それでも、俺の目にはそう見えた。

    今は少しでも早く妹のもとに行ってやりたい。
    エンプレスもそう考えたのか、俺と共に小走りでグラウンドの中を走っていく。

    「ぁ、あ、あの、か、勝ちました、よね……?」
    「ああ、そのはずだ。僅差だけど、妹の方が速かった……そのはずなんだ」
    「で、ですよね、はいっ。私、私……これで……っ」

    ふたりで表しきれない喜びを口にしながら、先を急ぐ。
    怖かったろう。大変だったろう。
    すぐ行ってやるから、もうすぐ着くから、あと少しだけ待っててくれ。

    「すみません。少しよろしいですか」

    妹のもとへ急ぐ俺たちの前に、教員が割り込んできた。
    模擬レースの審判を担当していた、競技委員の者だった。

  • 19◆iNxpvPUoAM23/05/05(金) 14:54:33

    「……なんですか? 今はちょっと」

    話している時間すら惜しい。
    すぐにあいつのところへ行ってやりたいんだ。レースの結果とか、勝敗のことは後でも構わないだろう。

    「彼女のレースに関することです」

    「……え?」
    「ど、どういうこと、ですか……?」

    俺とエンプレスの疑問符が重なる。

    何か、あっただろうか。
    何か、おかしなところがあっただろうか。
    何か、止められるようなことがあっただろうか。

    「なあ、あんたちょっといいか? あれお前のウマ娘だろ? さっきのちょっと変じゃなかったか?」

    割り込んでくる、トレーナーの男。

    「すみません、わたしも気になってしまって……」

    つられて続々と集まり始める。
    ウマ娘に、トレーナーに、別の競技委員の教員。

    何がおかしいんだ。
    妹はただ懸命に走って、ゴーストよりも先にゴールへ────

    「彼女は一体、いつゴールしたんですか?」

  • 20◆iNxpvPUoAM23/05/05(金) 14:59:21

    「……、……は?」

    なにを、言ってるんだ?
    なにを言っているんだ、この男は。

    「いつ、って……今だろ!? ゴーストとほぼ同時に、いやわずかに速く、うちの妹……ウマ娘がゴール板を通過しただろ!」

    ゴール板を掲げていた教員へそれを確認する。しかし────

    「私の目には、あなたのウマ娘がいつゴールをしたのか見ていません。私が見たのは、あちらのウマ娘がゴールをしたということだけです」

    告げられたのは、衝撃。
    妹がゴール板を駆け抜けていない、と。
    ゴーストただひとりだけがゴール板を走り抜けたのだ、と。

    彼らが妹がいることに気付いたのは、その後……だと。

    「ぅ、そ……だろ……?」
    「そ、そんな……っ……そんなこと、ありません……だって、だって妹さんは……」
    「そうだ、そうだよ! 妹は走ってたじゃないか、あんたたちも見ただろ!?」

    「はい、もちろんです。しかし……残り400mを超えたあたりから、彼女の姿を誰も見ていません」

    ────誰も妹の姿を見ていない。

    見て、いない?
    どういうことだよ、ちゃんと走ってただろ。俺には見えてたし、エンプレスだって見えてたはずだ。

    「そんなっ……だって、観客席だって、コースの周りにだってヒトがたくさんいたんだぞ……!? 見失うわけ────」

  • 21◆iNxpvPUoAM23/05/05(金) 15:04:55

    そこまで口にして、俺はハッとなった。
    そういえば、あった。
    妹の姿を見失ったと発言していたのを、聞いた。

    ゴール直前の坂に脚をかけた、そのあたりで。

    誰かが言っていた────後ろのウマ娘はどこへ行ったのか、と。

    「まさ、か……ほんとに見えて、なかったのか……?」

    ゴーストにばかり視線を寄せられて、見失ったとかじゃ、なくて……?

    ……何が起きてるんだ。
    わからない。わからない。わからない。

    「今のレースには少し気になる点があります。少しお話がしたいので、よろしいですか」

    「…………はい」

    妹は正々堂々と走ってゴールした。
    これは紛れもない事実なんだ。
    絶対に間違っていない。
    ゴーストだって最後には気付いていた。

    だから競り合いながら、もつれ込みながらゴールへと迫っていったんだ。

    「……エンプレス、悪い。少し話をしてくるから、あいつのこと頼んでもいいか?」
    「ぁ……は、はい……トレーナー、さん。トレーナー室で、待っていますね」
    「ああ、頼む」

  • 22◆iNxpvPUoAM23/05/05(金) 15:13:49

    エンプレスに妹を任せ、俺は教員たちと共にグラウンドから出ていく。
    これからレースのことについて話し合うのだろう。

    もしかしたら、何かしらの処分もある可能性がある。
    けれど、そんなことは関係ない。
    妹は精一杯やった。正々堂々と、本気でぶつかった。
    何も悪いことなんかしていない、俺が知ってる。

    ウマ娘を守ってやるのが、トレーナーの仕事だ。
    妹を守ってやるのが、兄貴の役目だ。

    何時間でも付き合ってやる。
    お前たちが認めるまで、何度だって言ってやる。

    勝ったのは妹だ、って。

  • 23◆iNxpvPUoAM23/05/05(金) 16:44:29

    数時間後────

    「……はぁ」

    ようやく解放されて、カフェテリア付近のベンチに座って息を吐いた。

    空はすでに真っ暗で、街灯の白い光があたりを寂しく照らしている。
    クソ寒い部屋でずっと話していたから指先は痛いくらいに冷えているし、喉もガサガサだ。

    ────結論から言って、俺の主張は認められなかった。
    競技委員の誰もが妹のゴールを目撃していないという多勢に無勢で押し潰されてしまったのだ。

    しかしイレギュラーであることは認められた。

    全員が全員、見失ったという状況が不可解すぎるのだ。
    ゴール直前の坂に差し掛かるまでは妹のことをみんなが見ていたことから、ウマ娘の奇跡のような、何らかの不可思議な現象があったのだろう……ということになった。

    ゴールを誰も見ておらず、姿すら見失ったという特殊な状況。

    この模擬レースは無効試合とすることで折り合いがついた。
    例の司令官もそれで了承したと聞いている。

    結局勝敗は分からないまま。
    そして妹の頑張りも、消えて無くなってしまった。

    やるせない無力感に苛まれて、妹たちのもとへ馳せ参じるよりも先に、荒んだ自分の心の回復を優先してしまったのが、今の状況だった。

  • 24◆iNxpvPUoAM23/05/05(金) 16:47:13

    「……」

    自動販売機で購入したホットコーヒーに口をつけ、一気に飲み干す。
    温かいコーヒーが乾いた喉を通り、腹の中から温めてくれる。はらわたが煮えくりかえって熱くなっていた先ほどまでとは打って変わり、この温かさが今はありがたい。

    「……くそ……」

    覆してやることができなかった。
    俺の発言は、結局俺と、エンプレスのものから引用しただけ。
    なにか証明できるようなものもなく、結局は、何もできないままに終わったのと同じだった。

    「くそっ……くそっ……くそっ……」

    悔しい。
    悔しすぎるだろ、こんなの。
    あいつは頑張ってた。俺の言ったことを信じて、ずっとずっと信じて走っていた。

    最後にはあのゴーストにも負けない追い上げでゴールへと迫ったんだ。

    「勝ったのに……勝ったのに、勝ったのに……っ」

    たかが模擬レース。
    されども、だ。

    俺ってこんなに妹想いだっけ、なんて心のどこかで自分を笑う俺がいる。
    分かってる。マジになるならもっとデカい、本番のレースでなるべきであって、こんなことで本気になるのはおかしいって。

    それでも、悔しいじゃないか。
    頑張ったなら、認められてほしいじゃないか。
    ゴールしたことも、勝ち負けも。

  • 25◆iNxpvPUoAM23/05/05(金) 16:48:11

    つまんねーことに拘ってる、なんて思われるかもしれない。

    でも、それでも、認めてほしかった。

    「はぁ…………」

    深く息を吐く。
    コーヒーで温められた息はいつもよりも真っ白で。
    でも、結局すぐに冬の空へと消えていく。

    「…………寒い」

    スマホを確認すると、もう18時を超えそうだった。
    LANEの通知も軽く引くぐらいの量が届いている。しかも全部妹だ。

    「うわぁ……、……、なんだよこれ」

  • 26◆iNxpvPUoAM23/05/05(金) 16:49:04

    『お兄ちゃん大丈夫?』
    『トレーナー室で待ってるよ』
    『先輩寝そう』
    『先輩寝た。寝顔撮って遊んでる』
    『まだ?』
    『そろそろ帰ってこーい』
    『もしかして嘘ついて遊んでる?』
    『おい返事しろ、10秒以内に返事しないと遊んでると判断するぞ』
    『え、まじで遅くない? ほんとに遊んでる?』
    『お兄ちゃんまだ?』
    『お兄ちゃん遅いんすけど』

    『トレーナーさん、妹さんがずっと心配しています。終わったらすぐに連絡をいただけますでしょうか。よろしくお願いします』

    あ、これはエンプレスか。
    ……と、こんな風にたくさんのメッセージが飛んできていたのだった。
    ヒトの心配してる場合か、あいつ。
    一番不安なの、お前のくせに。

    「よし……帰ろう」

    このメッセージに少しだけ元気をもらって、ベンチから腰を上げようとして────

    「……ようやく見つけたわ」

    「うぉ……っ」

    背後から、静かな声。
    振り向くと、街灯の当たらない木陰からひとりのウマ娘がスッと現れた。

  • 27◆iNxpvPUoAM23/05/05(金) 17:08:23

    「……なんだよその登場の仕方は。そもそも見つけたって、俺を探してたのか?」
    「……振り向かないで。正面を向いたまま話して」
    「え? なんで?」
    「……どこで誰が見ているか分からない。担当でもないウマ娘とトレーナーが、個人的に話していると、あまり良くはないでしょう」
    「ああ……なるほど」

    とは言うけど、全然姿隠せてないしな……。遠目では分からなくても、少し近づいたら俺たちが話してることバレバレだろ……。
    ……なんて言ったらややこしいことになりそうだから、大人な俺は黙って対応することにした。

    「ひさしぶりね」
    「ああ。……ぁ〜、ひさしぶり、か?」
    「喫茶店で何度か顔を合わせはしたけれど、話していなければ同じ」
    「ぁ、ん〜……じゃあ、ひさしぶり」
    「新しいウマ娘を担当に迎え入れたそうね」
    「え? ああ、うん。先日な」
    「そちらではないわ。芦毛のウマ娘の方」
    「両方芦毛なんですけど……」
    「……。模擬レースをしていた方」
    「ああ、妹の方か。去年入学してきて、成り行きで」
    「もう平気なの?」
    「え? なに?」
    「あなたのこと。もう平気なの?」
    「……それは、それだよ」
    「そう」
    「わざわざそれ聞くために探してたのか?」
    「いいえ。あのレース、不可解なことが起こったでしょう。そのことで気になったことがあったから」
    「あの、ちょ、ごめん」
    「……なに?」
    「声小さくて、よく聞こえない……」
    「……」

  • 28二次元好きの匿名さん23/05/05(金) 17:32:07

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  • 29◆iNxpvPUoAM23/05/05(金) 17:32:33

    ため息をつき木陰から出て、すとんと俺の隣に腰を下ろした。

    街灯がその姿を照らし、ようやく鮮明になる。
    振り向いたからほとんど分かっていたが、まあ、うん。

    何度か顔は見ているし、すれ違ってもいるし、有馬記念を見にいったばかりだから……そんなにひさしぶりという気がしないんだけどな。

    確かに話すのはひさしぶりだ。

    通り名を“裁きの鉄槌”。
    1ヶ月前に有馬記念2連覇を果たした、現“最強”のウマ娘。
    またの名をパフェクイーン。

    「レースのことで気になったことがあるから、探していた」
    「ああ……そのことか」
    「あなたが教員に連れて行かれるのを見ていた。私も後を追ったけれど、見失った」
    「グラウンドの管理室に呼ばれてな……それからさっきまでずっと話し合いだった」
    「あなたの妹のゴールを、誰も見ていなかった話ね」
    「……聞いてたのか?」
    「見失ったと言ったでしょう。私自身、ゴールの瞬間を目撃できていない。ゴール手前の坂から、その姿を見失った」
    「やっぱり、“最強”のウマ娘でもそうなんだな」
    「茶化さないで」
    「……悪い」

  • 30◆iNxpvPUoAM23/05/05(金) 18:15:55

    「私は誓いのために走っているだけ。“最強”であろうとしているだけ」
    「ああ、そうだな。……そうだな」
    「あまり時間もないし、速やかに済ませましょう────データを送った。確認を」
    「あ、あぁ。……これって……さっきのレースの、動画?」
    「ええ。出走直後からだけど、撮っておいた」
    「客席からか……結構遠いな」
    「スマホのカメラよ、画質には目を瞑って。でも、途中から移動して……」
    「ぁ、ゴール前……」
    「私の言いたいことは伝わったようね」
    「……これ」
    「ええ。あなた以外、全ての観客が見逃したゴールの瞬間を、カメラは捉えていた」
    「……
    「おめでとう。あのレース、あなたの妹の勝ちよ」
    「そう、か……そうか、そうか……っ」
    「ぇ……あ、あなた……もしかして泣いてる……?」
    「な、泣いてない! 大人が泣くかよ、みっともない!」
    「いや……いえ、いいわ。とても悔しがっていたものね」
    「……え、見てたんすか。いつから。いつから見てた」
    「ベンチに座ったところから」
    「最初からじゃねぇか! もっと早く話しかけろよ!」
    「もったいぶった方が、カッコいい」
    「おま、っ……。……変わんないな、お前は」
    「“最強”と呼ばれようと、私は変わったつもりなどないわ。あの子がいた頃から」
    「……ああ」
    「あなたの妹がこれから先も走り続けるのならば、いずれ刃を交えることになる。その時は、あなたであろうと容赦はしない」
    「ああ、全力で頼むよ。昔の知り合いだからって手を抜かれちゃ、前担当にも妹にも、エンプレスにも申し訳が立たないしな」
    「……用件は以上よ。帰るわ」
    「ああ、ありがとう、救われたよ」
    「礼なんて必要ない。私たちは、……ヴァルハラ・ソサイエティの仲間なんだから」
    「……!」

  • 31◆iNxpvPUoAM23/05/05(金) 18:19:20

    「それじゃあ」

    俺に背を向け、パフェクイーンはクールに去っていった。
    1度も振り返ることなく、脚を止めることなく。
    尻尾だけが妙に忙しなく動いていたのだけが、気になったけど。

    ……それにしても。

    「久しぶりに聞いたな……あの名前」

    前担当と組んでいた時、なんか仲良くなって、あいつが口走った謎の組織……まだ続いてたなんてな。

    一時期は前担当の精神が不安定になって疎遠になりかけたこともあったけど……また話せてよかった。
    もしかしたら俺が知らないだけで、前担当の喫茶店に行ってよく話してたのかもしれないし。

    「……よし、今度こそ帰ろう」

    今更模擬レースの結果が覆ることはない。
    無くなってしまったものは、どうしようもない。
    けれど、この動画の存在は救いだ。
    唯一、妹の勝利を認めてくれる、大切な証拠だ。

    それに……“最強”からおめでとうと言ってもらえたんだ。
    悔しい気持ちはまだあるが、悔しがってばかりじゃいられない。
    妹の身に起きたことも考えなくちゃいけないし、やることは山積みだ。

    「忙しくなるな……ああ、忙しくなる」

    これから待ち構えているであろう壁の大きさを改めて実感しつつ、俺はスマホを握りしめたままトレーナー室へと向かった。

  • 32◆iNxpvPUoAM23/05/05(金) 18:47:09

    1時間後、トレーナー室────

    「悪い、お待たせ……って」

    「……、……」
    「……、ん……」

    「……寝てら」
    「もう少し寝かしといて……って言っても、もうかなり暗いし俺も仕事は持って帰ってやるし」

    「お前ら起きろー」

    「ぅぅ、ぇむ」
    「ん、っう……ぅ〜……」

    「起きろって、ほら、エンプレスも」

    「ぁう、っん…………、……ぁ、れ……? とれー、なー……さん……?」
    「おはよう。ごめんな、遅くまでずっと妹のこと見ててくれて」
    「ぁ、ぇ、え、ぇと、そのっ……ま、任せてくれました、から。トレーナーさんこそ、遅くまで……お疲れ様、です」
    「ありがとう。妹を起こしたら、少し話があるから、もうちょっとだけいいか?」
    「ぁ、はい、私は、大丈夫です」

  • 33◆iNxpvPUoAM23/05/05(金) 18:47:55

    「助かる……あ、寮の夕飯は?」
    「へ? ……ぁ」
    「……悪い。終わったら3人でカフェテリアで飯食って帰ろう」
    「すみません……私のせいで……」
    「いや、俺のせいだからね? 俺が遅れたせいだからね?」
    「そんな、でもトレーナーさんは、妹さんのために本気で……」
    「なに言ってんだよ、妹のためだけじゃないぞ」
    「……へ?」
    「そもそもこの模擬レース、なんのためだったのか覚えてるか?」
    「ぇ、と……それは、私があのチームを抜けて……こちらに入った、件で…………、あ」
    「俺のやることなんて全部優先順位そんなもんだ」
    「っ、……ぁ……白バの、ナイト様……」
    「王子の次はナイトと来たか……」
    「ぁっ……す、す、す、すみませんっ! わ、私、また余計なことを……っ!」
    「は、ははは……」

  • 34◆iNxpvPUoAM23/05/05(金) 22:41:25

    「おはようございます。にぃににクソ待たされて眠すぎて寝ました」
    「誠に申し訳ございませんでした」
    「はい、謝罪に免じて許します。あたしは寛大なので」
    「じゃあ結論からいく」
    「ぁ、いいよ、知ってるし。模擬レースなかったことになったんでしょ? あたしの、なんか……変なやつが原因で」
    「……知ってたのか」
    「司令官がね、ごめんねって言いに来たの」
    「……そうなのか?」

    「はい……その、名残惜しさはあるけれど、頑張ってくれ……って、言葉をもらいました」
    「そうか……あいつ、俺にはなにも言ってなかったぞ……」

    「え、なにが? なにもって、なにが?」
    「いや……ここに戻ってくる前に電話したんだ。話つけとこうと思って」
    「あ、そうなの? ここに来たのって……多分、2時間は前だったと思うけど」
    「じゃあわざと黙ってやがったな……あいつ」
    「もう女王先輩の件で因縁つけてくることはないって」
    「ああ、つけさせねぇよ。次にあいつらとぶつかるのは、今度こそ早くて年末だ」
    「……年末」

    「年末、となると……ぇと、ジャパンカップ、と……有馬記念、ですね」
    「有馬記念! あれだ、パフェクイーンが連覇してたやつ!」
    「??? ……パフェ?」

    「あ、ぁ〜……ほら、“最強”のウマ娘のことだよ」
    「ぁあ……え、パフェクイーン……?」
    「気にしないでくれ……」
    「は、はい、では、そう……します」

  • 35◆iNxpvPUoAM23/05/05(金) 22:42:02

    「ただ、いくつか今日のレースのことで気になることがあったから話していくぞ」
    「あ、うん」

    一通りの説明を。
    自分のわかる範囲で。

    まずは模擬レースが無効試合になったこと。
    もうゴーストたちから因縁をつけてくることはなくなったこと。

    そして妹の身に起きたこと。俺とエンプレス以外のみんなが、妹の姿を見失ったこと。

    ゴールの瞬間を、俺たち以外に誰も見ていなかったこと。

    「あたしのゴールを、誰も見てなかった……」
    「ああ。ゴール前で審判をしてた教員がいただろ? それすらお前がゴールしたことに気づいてなかった」
    「……うーん……」
    「お前の身に何か異変はなかったか?」
    「ぁ〜、ん〜……なんか、う〜ん……」
    「あるのか?」
    「ある、っていうか……」

    「ぁ、あ、あの……」
    「ん? どうした?」
    「い、妹さん……もしかして、その……何か、自分の中の何かが、割れるというか、破るような感覚……とか、なかった、ですか……?」
    「割れるような……?」

  • 36◆iNxpvPUoAM23/05/05(金) 22:42:42

    「あ〜!!」

    「ぅぉっ」
    「ぴゃ!?」

    「あった! あったあった、なんか、こう、バリバリ〜って!」
    「……そう、なんですね」
    「ぇ、ぇ、ぇっ。なに怖い」
    「勝てるように、お祈りする……って、お話しました、よね」
    「あ、うん、言った。言ってた。言ってましたね」
    「きっと、私のお祈りが……妹さんの殻を破るキッカケになって、勝利へと導いてくれたのではないかと……っ!」
    「ぉ、ぉぅ」

    「殻を破るって、どういうことだ?」
    「ぇ、と……“領域”に辿り着くための、殻……です」

    「え、まじ!? あたしが!?」

    「“領域”……こいつが?」
    「はい。きっと……きっと、そうではないかとっ。私も、その……初めてエデンを発動した時に、同じような感覚になりましたから、はいっ」
    「……エデン?」
    「ぁ、す、すみません……その、自分の“領域”に、そう名前をつけてまして……」

  • 37◆iNxpvPUoAM23/05/05(金) 22:43:12

    「ほぇ〜……じゃあ先輩の女王モード? も、“領域”の……なんだっけ、効果のひとつ、でしたっけ」
    「はい、そう……です」
    「じゃあエデンの女王! エデンの女王だ!」
    「エデンの、女王……」
    「ぁ、やっぱダメでした? 女王じゃなくてお嬢様でしたっけ……じゃあエデンのお嬢?」

    「それもそれだろ……」
    「だよね〜」

    「いえ……い、いえっ! エデンの女王、すごくかっこいい……と、思います、ですっ」
    「ぇ、あ、意外と好感触だった!」

    「うそだろ……」

    「わ、私、今までちゃんとしたあだ名みたいなもの、付けられたことなくって……その、今までブスとか、デブとか……そんなものばかり、でしたから」
    「ぉ、ぇ……ぁ、えと……コメントしづれぇ……」

    「そういや、男子が苦手って言ってたのって……」

    「……はい、いじめられて、いました。小学生の、頃に……」
    「……悪い。聞いちゃいけないこと、聞いちまった」

    「すみません、うちの兄が……」
    「おい」

  • 38二次元好きの匿名さん23/05/05(金) 22:43:50

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  • 39◆iNxpvPUoAM23/05/05(金) 22:44:51

    「ぁ、え、い、いえ! も、もう、大丈夫、ですからっ! その、えと……はい、ですっ」
    「先輩めっちゃ可愛いのにいじめるとか頭おかしいじゃんね」
    「そ、そんなことない、です……私なんか、ほんと、もう……雑草みたいな、ものですから」
    「そんなことないですって! めっちゃ可愛いしおっぱいでっかいし! ね、にぃに!」

    「えっ!? あ、ぇ〜、ぁ、うん、そ、そうだな!」
    「うわきっしょこいつ学生のおっぱい見て喜んでやがる」
    「あ?」
    「結局おっぱいなのか! おっぱいが全てなのか! 前先輩もおっぱいおっきいもんな! おっぱいおっきいウマ娘なら担当にするのか!」
    「……」
    「ちょっと待てオイ。今のマジでイラついた時の舌打ちだろ」
    「クソつまんねぇからキレそうだわ」
    「あのねぇ! にぃにのねぇ! そういうの! 怖いんだからねっ、まじで! いつものノリって分かっててもガチでビビりますからねっ!」

    「ぇと、……ぁ、も、揉みます? と、トレーナーさんなら、はい、ぇ、と、どうぞ……っ」
    「ちょっと!? お前までノらなくていいからなこいつの話!?」

    「とりあえず……妹の“領域”のこととか、またゆっくり考えていこう。今日はもう飯食って解散だ」
    「あ、おっけぃおっけぃ」
    「はい、わかりました」

  • 40◆iNxpvPUoAM23/05/05(金) 23:10:42

    自宅────

    「ただ〜いま〜」
    「ただいまー」
    「はいはい、おかえりなさいお兄様」
    「なんだお前」
    「あたしの方が先に入ったから、おかえりを言うのはあたしの仕事なのだよ」
    「意味わからん。さっさと風呂入って寝ようぜ、今日は疲れたろ」
    「ん……まあ、そう……だね」
    「よし、今日は兄ちゃんが風呂洗ってやる。お前はちょっと待ってろ」
    「え、いいの?」
    「いいよ。頑張ったご褒美だ」
    「……ご褒美クソ安いな」
    「小さな積み重ねが大事なんだぞ、ご褒美」
    「結構頑張ったと思うんですけどねあたし」
    「……」
    「おい舌打ちすんなよ、めんどくさくなったからって舌打ちすんなよ」
    「ぁー、んん〜っ……」
    「な、なんだよう!」
    「勝ったらご褒美だったな」
    「えっ」
    「レースで勝ったらご褒美、前に約束したっけな」
    「……したっけ、そんなこと」
    「した」
    「ぇ、ぁ、はい」
    「だからお前のやってほしいことやってやる。欲しいものがあるなら買ってやる。だから風呂洗ってるあいだになんか考えとけ」
    「……いいの?」
    「早くしないと時間切れになっちゃうなー」
    「ゎ、ちょ、か、考える! ちゃんと考える!」

  • 41◆iNxpvPUoAM23/05/05(金) 23:11:37

    「ただいま。決まったか?」
    「んー……、いまネット見てるんだけど」
    「うん?」
    「実はちょっと欲しいものがありまして」
    「ほぉ。なに?」
    「実はですね、これなんですけどね」
    「……は? なに、カメラ?」
    「はい、一眼レフのクッソいいカメラです、はい」
    「……いや、いやいやいや、いやいやいやいや」

    「分かってます! めっちゃ高いのは分かってるんです! 自分でお小遣い貯めて買う予定だったんですけど!」
    「ご褒美って言われて、なんでもいいって言われて、流石にちょっとダメだよなーやばいよなーって思いながらも一回見せてみようの精神で!」
    「はい! なので、これほしいです、いいカメラ!」

    「却下」
    「はい」

  • 42◆iNxpvPUoAM23/05/05(金) 23:14:02

    「お前さ、これさ、俺の給料何ヶ月分だと思ってんの?」
    「すみません……ちょっと、出来心です……はい」
    「一応勝ったからってのもあるけど、一番はあれだぞ」
    「え?」
    「エンプレスのために頑張ろうとした、その気持ちに報いてやりたいと思ってるんだ。仲間を守ろうとした、お前の心に」
    「……あれは、ちゃいますよ。あれっすよ、あいつがムカついたからで」
    「なんでムカついた?」
    「先輩と、お兄ちゃんの悪口……言ったから」
    「俺は言われてないけどな。……でも、そうなんだろ。仲間を侮辱されて、ムカついたんだろ」
    「……うん」
    「だったら、お前はよく頑張ったじゃないか。怖かったのに、立ち向かって、しかも勝ったんだ。褒められて当然だ」
    「じゃあカメラ」
    「それは無理」
    「ちぇー……」
    「流石に手心咥えてくれないと明日から俺たちの飯が霞になる」
    「それは困りますね、はい。もうちょっと身の丈にあったご褒美にします」
    「よろしく頼む」
    「じゃあ、一回だけ……いい?」
    「うん?」
    「キスして」
    「黙れ」
    「はい。お風呂入ってきます」
    「はい、いってらっしゃい」

  • 43◆iNxpvPUoAM23/05/05(金) 23:17:56

    「あった! よろしくお願いします!」
    「へいへい。座れよ」
    「ではお邪魔して……どっこいせっと」
    「……なんで俺の足の間なの」
    「特等席だから」
    「やりにくい」
    「特等席だから」
    「……、わかったよ」
    「やった〜! へへへ、にぃにの匂いする〜」
    「やめろ気持ち悪い」
    「あたし、にぃやんの匂い嫌いじゃないよ? 兄妹だとあれだぞ、なんか……遺伝子? が近いから、普通に嫌な匂いに感じるらしい」
    「じゃあ……あたしたち、実は義兄妹……?」
    「ないなー」
    「だね〜。でもあたしはこの匂い好き」
    「……、物好きで変なやつ」
    「兄好きな妹なのだよ」
    「マジで気持ち悪い。やめようかな」
    「あ〜ん、うそうそ、うそじゃないけどやめないで!」
    「……」
    「え、うそでしょいま舌打ちした?」
    「熱かったら言えよ」
    「あ〜い。おなしゃっす!」
    「……」
    「ふんふふ〜ん」
    「…………」
    「…………?」
    「………………」
    「え、まだ?」

  • 44◆iNxpvPUoAM23/05/05(金) 23:20:40

    「いや、なんか……どうやったらいいんだろうって、考えちゃって」
    「ノリでいいよノリで。適当に乾かして梳かしたりしてくれたら」
    「つってもなぁ……なんか、ウマ娘の髪の尻尾触るの、めっちゃ怖い」
    「ウマ娘の前に妹でしょ。ビビらずサクッとやっちまってくださいよ兄貴」
    「緊張してグサッとやっちまうかもしれん」
    「それは……落ち着いてもろて」
    「よし、いくぞ……」
    「そんな構えられると逆にこっちが緊張すあっつ!!!」
    「うぉ、悪い」
    「熱風! いま熱風が耳に! あたしの大事な耳に、ダイレクトに! 熱風!」
    「ご、ごめんって、自分にやるイメージじゃダメだよな、うん!」
    「そこマジで注意して!? 耳、めっちゃデリケートな部分! 尻尾もマジで大事に扱って! 宝物触るみたいに扱って!」
    「うす、うす、了解っす……えーと、髪を照準に入れてスイッチ……」
    「ぁ、そうそう。それでゆっくり乾かしながらブラシしてもらう感じで〜」
    「ぉ、……おお……こ、こうか?」
    「そそ、ふへ〜」
    「……」
    「いい感じですな〜、自分でやらなくていいのめっちゃ楽ですな〜」
    「……」
    「男のヒトに大切に髪の毛触ってもらってると、なんかあったかい気持ちになるな〜、これはもう恋人かな〜」
    「……」
    「いやなんか喋れよ、無言でやるなよ、怖いだろ」
    「ぇ、あ……悪い。集中してた。なんか言ったか?」
    「髪乾かすのに集中するな? 普通にやれ? 自分のとか鼻歌歌いながらやるだろ?」
    「いや、自分のとヒトのじゃ違うだろ……」
    「だとしてもそこまで集中するもんでもないでしょーが!」
    「ちょ、黙って。手元がブレる」
    「髪乾かしてるんだよね? いま、髪乾かしてるんだよねお兄様? 別に精密作業とかしてませんよね?」
    「髪乾かしてる。だから静かにして」
    「あ、はい」

  • 45◆iNxpvPUoAM23/05/05(金) 23:49:26

    「……お兄ちゃん、そのままでいいから聞いて」
    「ん?」
    「あたし、さ」
    「うん」
    「今日、その……あいつに、勝ったわけじゃん」
    「あぁ、勝った」
    「でも……誰も、見てなかった……んだよね?」
    「……ああ、そうだな。俺と、エンプレス、あと、あの動画だけ」
    「もし、もしもだよ。もしも、また……あんなになっちゃってさ、例えばGⅠとかさ、大きなレースで……同じことに、なったらさ」
    「ならない」
    「……分かんないじゃん」
    「ならないよ。ならないために、制御できるようにするんだ」
    「……できるの、かな」
    「できる。お前は俺の妹だぞ」
    「なにそれ、何の根拠もないじゃん」
    「ある。お前の兄貴は誰だ?」
    「……あんたですけど」
    「ああ、俺だ。俺の職業は?」
    「トレーナー」
    「だろ。トレーナーがウマ娘を育てるんだ、お前の力の制御も、俺が何とかする」
    「そう言って、今までにぃにが役に立ったことありましたかね」
    「はぁ〜〜〜〜?」
    「あっつ! ちょ、変なとこ当てないでよ熱風!」
    「おま、お前さあ、リハビリとか考えたの誰だと思ってんの? あの走り方とか指示したの誰だと思ってんの?」
    「まあ……まあ、それはさ、ね。うん」
    「……不安なのはわかるよ、めちゃくちゃ伝わってる。俺だって、ちょっと怖かった。お前の頑張りを、誰も見てないなんてさ」
    「……でも、お兄ちゃんは見ててくれたんでしょ」
    「ああ、瞬きすらしてやらなかったね」
    「うそつけ」

  • 46◆iNxpvPUoAM23/05/05(金) 23:53:17

    「はは、悪い、ちょっと盛った。1回はした」
    「もっとしたくせに」
    「とにかく、俺は最後まで見てた。坂の登り方、上手くなったな」
    「へへ、にぃににクソほど坂路走らされましたんで」
    「スタミナ管理もちゃんとできるようになってきてるし、むしろ今日のレースは収穫ばっかだ。明日からのトレーニングに活かせる」
    「ほんと?」
    「ちょっとレベル上げる。回数とか距離とか増やす」
    「うっそだろ、今のでもしんどいのに……」
    「ちょうど競い合う相手もできたことだしな。クラシックに向けて練習精度も上げていかないと」
    「……もうすぐ、だもんね」
    「上手くいくなら、それまでに“領域”をモノにしたいな」
    「“領域”……あたしが、“領域”……。前先輩にもできなかったのに……」
    「あの時は俺も眉唾だったからな。前担当が言うから、って信じてたけど……多分、信じきれなかったんだ」
    「だから……破り切るまではいかなかったってこと?」
    「多分、な。それでもかなりすごいんだぞ、前担当」
    「知ってる、分かってるよ。相手の視界を覗いたり、記憶を読んだり、だっけ。どんな魔法ですか、って感じ」
    「お前も一回やられてみてほしいわ」
    「え、怖い」
    「今日、お前の“領域”が目覚めたのはゴーストのそれを真正面に受けたからだと思う。あのプレッシャーの中、よく走り続けられたよ」
    「いやぁ……あの時は、色々と必死だったから。お兄ちゃんの指示をずっと口にしながら走ってましてね」
    「みたいだな。ずっと言ってたのか、見られないようにって」
    「ええ、まあ……そうすね、はい。レース前もずっと呟いて確認してたのに、あいつが話しかけてうるさかった」
    「あいつ、よく喋るよな。喋りかけてイラつかせて、リズム壊すのがスタイルなのか……結構悪どいやり方だよな」
    「盤外戦術はダメだろって思った」
    「だな。でもそれにハマらなかったんだ、お前は強いよ」
    「うひひ、もっと褒めてもいいんだぜ」
    「はいはい、すごいすごい」
    「うわ雑ぅ」
    「で、前担当の話だけど」

  • 47二次元好きの匿名さん23/05/06(土) 00:14:08

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  • 48二次元好きの匿名さん23/05/06(土) 00:14:25

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  • 49◆iNxpvPUoAM23/05/06(土) 00:19:07

    「ゴーストの“領域”を正面から受けてとっかかりが生まれたなら、他の“領域”も受けてみるといいんじゃないかな」
    「すると、どうなりますか」
    「ヒビがもっと入るかもしれん」
    「そうかな……」
    「わからん」
    「そこは自信持てよ」
    「とにかく反復していこう。幸い、こっちにはひと足先に“領域”に目覚めた先輩がふたりもいる」
    「ありがたいことですほんと」
    「ありがたく助けてもらおう」
    「うん……そう、だね」
    「よし、髪の毛終わり。次は……尻尾?」
    「ん、尻尾」
    「くっそ……怖い……」
    「がんばれがんばれ〜」

  • 50◆iNxpvPUoAM23/05/06(土) 00:33:42

    「ぁ、そういえばにぃにさ」
    「ん?」
    「あの動画ってどこから撮ってきたの? にぃやんじゃないよね」
    「ああ、……ぇーと、なんだろ……うーん」
    「え? なに、なんすか」
    「言ってもいいんかな、これ」
    「え、なに、言えよ、言いなさいよ」
    「……パフェクイーン」
    「ん?」
    「ぁー、だから、パフェクイーンがくれたんだよ、その動画」
    「んっ、ん、ん……ん?」
    「たまたま見にきてたんだって」
    「ううん、じゃなくてね、じゃなくてねお兄ちゃん」
    「なに」
    「なんでパフェクイーン? え、なんで? どのつながり?」
    「ぁ〜……、それはまあ、おいおい」
    「おいおい、じゃねーよ! なんで、なんで? どこから出てきたんすか、パフェクイーン!?」
    「だから言いたくなかったんだよ、めんどくさい……」
    「それで前先輩のことビジネスライクっつってボコボコに怒られたの忘れたんかお前?」
    「お前やめろ、それはマジでやめろ」

  • 51◆iNxpvPUoAM23/05/06(土) 00:34:50

    「にぃやん、あの、なに、なんなの、なんなんすか」
    「なにがだよ」
    「え、パフェクイーンとも知り合いなの?」
    「そう、なりますね、はい」
    「どういう繋がりで……?」
    「……昔の、ツレ?」
    「は? 元カノか?」
    「ちげーよ! 学生だぞ相手!」
    「うーわ信じらんないうーわ、こいつうーわ」
    「違うっつってんだろお前やめろよその顔!」
    「じゃあなんのツレだよ! 友達が、友達とでも言い張る気かクソ兄貴!」
    「……仲間? 昔の」
    「なかま。なかま……な・か・ま〜!?」
    「なんだよ、うるせぇよ」
    「仲間ってなによ、どんな仲間よ、一緒に魔王でも倒したのかよ!」
    「違うってだから! 前担当と組んでた時の、あれよ、ライバル……的な?」
    「的な? じゃなくてね、え、なに、前先輩もパフェクイーンと友達なの?」
    「ぁー……まあ、うん、そうなる」
    「ええぇ……ちょっと意味わかんない……え、喫茶店に通っててやばかった話はなんなのじゃあ」
    「あー、あれか? 前担当がパフェクイーンに負けまくって、それでもあいつが店に来るからメンタルやばかったって話」
    「そうそう、それですよ」
    「あれはマジの話。あいつ的には行きつけだから、普通に通ってただけなんだろうけど……ほら、どんな仲良い奴でもボコボコに任されたあとは顔合わせにくいだろ、そのノリ」
    「そのノリて。ノリで済ますなよ、ちゃんと言えよ」
    「いや、マジでこれ以上に説明のしようがないんだって」
    「は〜? ……もういいよ、もうあと何人かこの女が出てもあたしは何も言いませんよ。でもあたし一個だけ言いたい、どうしてもこれだけ言いたいあたし」
    「なんだよ」

  • 52◆iNxpvPUoAM23/05/06(土) 00:35:14

    「あたしのいないところで他の女に会うのやめろよ」
    「アホなんかお前。俺の彼女かよ」
    「妹様だ! 彼女なんぞよりも格上の妹様だ!」
    「なんだよ格って。どう考えても彼女のほうが上だろ、妹なんざ下の下だわ」
    「違いますぅ〜! 妹様が一番格上なんですぅ〜! おばかさんには分かんないですよ〜だ」
    「尻尾引きちぎるぞ」
    「ぇちょやめて怖いそれマジで怖いあたしの尻尾握りながら言うのやめてごめんて」

    「とにかく普通に友達みたいなもんだ。前担当と仲良くて、それで知り合ったような感じ。ちょっと違うけど、そんな感じ」
    「はぁ……もういいよ、わかりましたわかりました」
    「え、うざ。なにこいつ」
    「あたしのセリフですけどね、それ」
    「なんでだよ」
    「やっぱ5年もあいたら知らない女ぽんぽん出てくるな……嫌だな……」
    「え、なんでそんな嫉妬してんの。怖いんですけど」
    「怖いのはあたしだよ」
    「俺だわアホか。お前俺のなんなの」
    「え、妹ですけど」
    「えぇ……わけわかんねぇ……」
    「いいからちゃんと尻尾もやってよ。優しく丁寧に、いつものように愛し合うみたいに」
    「引きちぎったらいいんだな」
    「やめてくださいお願いしますごめんなさいふざけましたごめんなさい」

  • 53◆iNxpvPUoAM23/05/06(土) 00:40:12

    「……はい、終わり」
    「お、あざ〜っす。いいじゃん、いい感じにつやつやのキラキラですよ。トレーナーより美容師の資格の方が合うのでは?」
    「なんでだよ」
    「んで、あたし専属の美容師になる」
    「ならない。お前専属のトレーナーで許せよ」
    「女王先輩が入った時点で専属じゃないと思いますが」
    「……」
    「でしょ」
    「ごめんって」
    「あ、いや、怒ってないよ? 怒ってはないけど、まあ、あれですよね。にぃにが先輩に鼻の下伸ばしてたら殺そうって思ってますよ」
    「伸ばさねーよ、アホか」
    「どうですかねぇ……先輩におっぱい揉むかって言われてちょっと嬉しそうにしましたしねぇ……」
    「え、うそ!? そんな顔してた!?」
    「してましたしてました。めっちゃムカついた」
    「嘘だろ……教え子相手にそんな顔したのか俺……」
    「サイテーよあんた。教師失格ね。もうやめたら?」
    「真面目にその方向も考えた方がいいかもしれん……」
    「じゃあやめて2人で」
    「暮らさない」
    「ちっ」

  • 54◆iNxpvPUoAM23/05/06(土) 00:48:22

    「じゃ、俺風呂入ってくるわ」
    「うぃーす」
    「先寝てていいぞ」
    「そう言われて、今まで寝た試しがありましたかね」
    「……あるだろ、数回」
    「あるかもしれない……でもほとんど起きて待ってるじゃん」
    「待たなくていいのにな。いいから寝ろよ、今日はマジで疲れたろ」
    「ええ、もうクタクタっすよ……まだ思い出したら怖くて震えるくらい」
    「……、寝れるか?」
    「クックック、それはどうかな遊戯ボーイ。今日のあたしを眠らせるのは至難の業だぞ?」
    「……」
    「てオイ、ため息やめろため息、せめてノリで返せ」
    「すぐ出てくるから、待ってろ」
    「ぁ、うん」

    ・・・

    「お待たせ……、起きてたか」
    「おかえり。ちゃんといい子にしてお待ちしてました」
    「ん、じゃあ布団入れ。風邪ひくからしっかり被れ」
    「……ん、はい。被りましたっ」
    「じゃ、手」
    「……はい」
    「寝るまで握っててやるから」
    「じゃあ添い寝してよ」
    「やだよ」

  • 55◆iNxpvPUoAM23/05/06(土) 01:08:07

    「前はしてくれたじゃん」
    「あれはご褒美だろ」
    「今日もご褒美」
    「今日のご褒美は髪と尻尾を乾かすので消費された」
    「ケ・チ・く・せ〜」
    「放すぞじゃあ」
    「ぁ〜、うそですうそです! お兄ちゃんちゅきちゅき♡」
    「うわぁ気持ち悪い放してください」
    「や〜だね! この手はあたしのもんだぃ!」
    「……、静かに寝ろよ。俺も疲れてる」
    「ん……ごめん」
    「なにが?」
    「あたしのせいで……迷惑、またかけちゃった」
    「かけられた覚えはないなー。お前と話してる方がむしろ迷惑だ」
    「そんなこと……言わなくてもいいじゃん」
    「……悪い、今のお前にはきつい冗談だったな」
    「……あたしね」
    「うん」
    「真後ろで、走ってたんだ」
    「うん」
    「見られたわけじゃない、のにさ……すごかった。脚がすくんじゃいそうだった」
    「……ああ」
    「必死だったよ。必死に走ってて、よく分かんなかったのも、ほんと。だけど……ただ、怖くて、重たくて、辛かった」
    「……」

  • 56◆iNxpvPUoAM23/05/06(土) 01:08:44

    「それでも走らなくちゃ、いけないじゃん。先輩のためにも、にぃにのためにもさ」
    「特にあいつ、前にもお兄ちゃんのことバカにしたから、やっぱ許せなくて……それでさ」
    「みんなはもうあたしが負けるって思ってた。その気持ちが、なんか、伝わってきて……それで、腹立ったからさ」
    「終わってない、終わってない、って……そしたら、なんか……割れるような気がしたの」
    「多分、先輩の言ってた……殻? がね、ヒビ入るような音して、そしたら、なんか、変になった」

    「変って?」
    「あたしが、消えていくような感覚」
    「……消える」
    「世界の中にあたしが溶けていって、消えちゃうような感覚……あたしはここにいて走ってるはずなのに、ここにいない、ような……」
    「……怖かったんじゃないか?」
    「うん……怖かった。めちゃくちゃ、怖かった」
    「だよな。聞いてるだけで俺も怖いよ」

    「そしたらあたし、急にさ、視線を感じなくなったんだよね。あたしに向けられた視線が、なくなったような感じ」
    「……分かっちゃった。あたし、存在感が薄くなったんだ、って。でもそれなら、あいつに見られずにゴールできるかも、って思って……」
    「そうしたら、ゴールしたのに、誰も見てなかった」

    「……俺たちは見てたよ」
    「うん、うん……嬉しい。ありがと」
    「約束したからな」
    「えへへ、うん」

  • 57◆iNxpvPUoAM23/05/06(土) 01:09:27

    「……ごめん、でも、急に怖くなっちゃった」
    「……怖い?」
    「あたし……いる、よね? ちゃんと、ここに」
    「ああ、いるよ。手、握ってるだろ」
    「うん……消えてない、よね。お兄ちゃんはあたしのこと、見えてるよね」
    「ああ、ここにいる。見えてるし、聞こえてるし、触れてるよ」
    「……お願い、この手、放さないで」
    「放すもんか。ずっと握ってる」
    「寝ても、放さないで」
    「それは……保証しかねるけど」
    「お願い、お兄ちゃん」
    「……わかった。ちゃんと握っててやる。明日起きるまで、俺がずっと握っててやる」
    「うん……ありがとう、お兄ちゃん」
    「おやすみ」
    「……寝るの?」
    「え、寝ないの? 明日も学校だろ」
    「……寝る」
    「じゃあおやすみ」
    「うん……おやすみ」

  • 58◆iNxpvPUoAM23/05/06(土) 01:15:05

    「……」
    「……」
    「放さないでよ」
    「放してない」
    「今ちょっと浮かした」
    「位置変えただけだろ」
    「……握りにくくない?」
    「めっちゃ握りにくい」
    「分かった、ちょっと布団そっち寄せて」
    「は?」
    「あたしも床に布団敷いて寝る」
    「え、嘘だろ」
    「高さ一緒なら握りにくくないもん」
    「それはそうだけど、お前」
    「いいから」
    「……、分かったよ。今日だけだぞ」
    「ありがと、お兄ちゃん」

    「へへ、これで実質添い寝ですよ」
    「なんか騙された気分だよ」
    「ほんとに添い寝してるわけじゃないじゃん。布団ふたつ並べてるだけでしょ」
    「まあな。でもなんか、なぁ」

  • 59◆iNxpvPUoAM23/05/06(土) 01:15:43

    「へへ、これで実質添い寝ですよ」
    「なんか騙された気分だよ」
    「ほんとに添い寝してるわけじゃないじゃん。布団ふたつ並べてるだけでしょ」
    「まあな。でもなんか、うん」
    「じゃないとにぃに手放しそう」
    「ああ、寝たら放す気だった」
    「最悪。クソ野郎。童貞」
    「最後関係ねぇだろぶっ飛ばすぞ」
    「明日の朝、起きたときにぃやん握ってなかったら怒るから」
    「へいへい」
    「絶対、絶対だよ」
    「ちゃんと握ってるよ」
    「このまま寝て、起きて」
    「分かってる」
    「このままトイレ行って、ご飯食べて、登校」
    「アホなのかな? 起きたら放せよ」
    「……あたし、消えたくない」
    「すぐそれ持ち出すのやめろお前」
    「えへへ〜」
    「これでもう不安ないだろ。今度こそ寝ろよ」
    「ん……うん」
    「朝まで握っててやるから、怖くないだろ」
    「……絶対、放さないでね、あたしのこと」
    「ずっと握って放さないでいてやるから、安心して寝なさい」
    「……うん、わかった。おやすみ」
    「ああ、おやすみ」

  • 60◆iNxpvPUoAM23/05/06(土) 01:15:59

    本日はここまで
    ありがとうございました

  • 61二次元好きの匿名さん23/05/06(土) 01:16:46

    おつです!兄妹かわいいね

  • 62二次元好きの匿名さん23/05/06(土) 01:20:17

    このレスは削除されています

  • 63二次元好きの匿名さん23/05/06(土) 01:22:12

    お疲れ様でした
    やっぱりこの二人だいすき
    あと最後の方のダブルアーツみたいなことをいう妹で笑った

  • 64二次元好きの匿名さん23/05/06(土) 08:50:22

    消える領域のコントロールが鍵になりそうね

  • 65二次元好きの匿名さん23/05/06(土) 10:24:11

    シングレ読んでて思うけど領域は圧倒的プレッシャーを放つ覇王色の覇気みたいな感じだけど、
    妹の場合はその逆って感じね

  • 66二次元好きの匿名さん23/05/06(土) 10:27:32

    え、あの…消えておりますが…

  • 67二次元好きの匿名さん23/05/06(土) 10:33:55

    本当だ、また消えてる!?
    またIP被って消されてしまったんだろうか

  • 68二次元好きの匿名さん23/05/06(土) 15:30:07

    復元して良かった

  • 69二次元好きの匿名さん23/05/06(土) 23:04:50

    念の為の保守

  • 70二次元好きの匿名さん23/05/07(日) 01:26:39

    まさか現最強ウマ娘とも親交があるとは…
    にいやんやるな

  • 71二次元好きの匿名さん23/05/07(日) 08:42:00

    妹は何を考えてるんだろうな…

  • 72二次元好きの匿名さん23/05/07(日) 08:44:10

    いっそ何も考えてないまである

  • 73二次元好きの匿名さん23/05/07(日) 14:14:43

    ほレゅ

  • 74◆iNxpvPUoAM23/05/07(日) 21:23:46

    翌日、トレセン学園────

    「しっかり息入れろー、腕の振り落ちてるぞー」
    「は、は、はいぃ〜っ」

    妹の模擬レースから一晩あけて。
    ようやくトレーナー契約の申請書を受け取ったことで、晴れて俺と女王はトレーナーと担当ウマ娘という関係になった。

    これで俺の担当するウマ娘は妹と女王のふたり。結局専属みたいなもんだけど、一応形態としてはチームと呼ばれることになる。

    それで俺は昨日、司令官のやつが言ってたことが気になり、女王の走りを見てみることにしたのだが……なるほど。
    女王モードの走りばかり見ていたから気付けなかったのかもしれないが、女王の問題点というのは意外とわかりやすいものだった。

    「はぁ、はあ……はぁ、はっ……」
    「お疲れ。10分休んだらもう一回行くぞ」
    「じゅっ……は、は、はひぃ……ぅぅ、ぉぇっ」

    「ちょ、大丈夫ですか女王先輩! お水、お水飲んでちょっと座って!」
    「ぁ、ありがとう、ございます……」

    「……」

    どうやら、スタミナがない。

  • 75◆iNxpvPUoAM23/05/07(日) 21:36:14

    少し違った。
    スパートにかけるスタミナを上手く残せない、という方が正しい。
    特に“領域”に入ると最初からフルスロットルでアクセルを踏み抜いているような感じで、ゴールするまでノンストップの暴走特急になってしまうらしい────というのは、女王モードの彼女の言葉。

    「わたくしの“領域”は……言うなれば、制御の効かない暴走状態。活動限界になるまで、全速力で走るしかできないのです」
    「どうしてそうなる?」
    「勝ちたいから……でしょうか。わたくし自身、まだ力を制御できていないのです。勝利の未来を祈るあまり、頑張りすぎてしまうのでしょうね」

    そうにこやかに笑う女王だったが、実際は笑い事じゃない。
    彼女の走りたいと口にしていた天皇賞・春。
    その3200mを走り切るには並々ならぬ体力を要求される。

    しかし今の女王の走りは“領域”に頼った力任せの走り。“領域”を発動しなければまともに走ることができず、かといって“領域”を発動すればスタミナは一気に無くなってしまう。
    正直言って、これはかなりきつい。

    ほぼ最初から“領域”を発動して圧倒的強さを見せてゴールを駆け抜けた阪神JFは、特にそれが顕著だった。

    しかし逆に1600mを全力で走り抜けるスタミナがあるのなら、あとはアクセルワークを教えてやれば、うまくいくのかな……なんて考えて。

  • 76◆iNxpvPUoAM23/05/07(日) 21:52:52

    「休めたか?」
    「あら……トレーナー様。えぇ、程よく」
    「すぐ人格変わるな……」
    「この力を持て余している自分に、少々悩んでしまっていたので。もうしばらく落ち着くまで時間が必要ですわね」
    「そうか……たしか、その人格も“領域”由来のものなんだよな?」
    「ええ、そうです。あの子は常に自分を追い込みます。精神的にも、肉体的にも……だからそれから自分を守るために、わたくしが生まれました」
    「……」
    「それと“領域”の何が関係あるんだ、と言いたそうですわね、トレーナー様?」
    「うん。その通り過ぎて困る」
    「ふふ、“領域”にも色々あるのですよ。妹さんの“領域”も、そういった類だったでしょう?」
    「……たしかにな。俺の聞いたことのあるソレとは違ってる。お前のもそうだな」
    「そういうことです。異質な“領域”……たしかに超集中状態ではあるでしょうし、限界を超えた剛脚を発揮することもできます。しかしそこに、何か不可思議な異能が付随していて、それを持て余しているのが、わたくしたちなのです」
    「不可思議な異能……まるで魔法みたいだな。というか、超能力的な」
    「ふふ、もしかしてレベル5かもしれませんね」
    「だったら俺はレベル0だな。ウマ娘じゃないし、集中したって“領域”なんてものには入れない」
    「右手に何かが宿っている可能性も、なきにしもあらずでは?」
    「ペンと箸握るしかできねぇよ俺の右手」
    「あらあら。ふふ、意外とお話ができるのですね、トレーナー様ったら」
    「多少はな。……ところであいつは?」
    「お手洗いに行くと」
    「そうか。じゃあ俺たちはもう1セットするか。スタミナの温存の仕方を身体に覚えさせるんだ」
    「ええ、承知しました。頑張りましょう」

  • 77◆iNxpvPUoAM23/05/07(日) 22:09:18

    ・・・

    「たっだいま〜」
    「おぅ」
    「先輩、どんな感じ?」
    「全力全開、って感じだ」
    「そっかぁ……まあ、あたしと走った時もそんな感じだもんね。2000mくらいまでならギリギリ、それを超えると、むりぃ〜……って感じ」
    「あれじゃ春天はどう足掻いても無理だな。司令官のやつがティアラ路線行かせたがった理由が分かった。あいつがいたらお前勝てねーかもな」
    「おい、そこは信じろよ、自分の担当ウマ娘を!」
    「あいつも俺の担当ウマ娘だよ」
    「じゃああれですよ、妹を信じなさいよ。愛しい妹を、信じなさいよ」
    「お前には無理」
    「ひどい!」
    「透明人間になったって勝てないぞ。出力が違いすぎる」
    「先輩はアクセルがバカになってるけど、あたしは単純にスタミナが足りない……んでしたっけ」
    「そう。だからお前はもっとスタミナを付けなきゃな。2000走れるからって調子乗んな」
    「なんだよぅ、初挑戦の2000で優勝してんだからいいだろ!」
    「ティアラ路線のオークスは2400だって前に言ったろ」

  • 78◆iNxpvPUoAM23/05/07(日) 22:09:28

    「そこはほら、あたし結構そつなくやりこなすタイプですし?」
    「寝言は寝て言えよアホ」
    「ちゃんと起きてますよ。ちゃんと起きて本気で言ってますよ、アホとかいうなアホ」
    「マジで言ってるつもりなら舐めすぎだ。いまからエンプレスと3000走ってこい」
    「んっ……ん、ん……んっ?」
    「3000」
    「ぇ待って、先輩いま3000走ってんの?」
    「走ってる」
    「何周させてんですか……」
    「いま3周目か? とにかく長い距離でのスタミナの使い方を身体に教え込もうとしてる」
    「やばいだろこいつ……先輩死んじゃいそう」
    「いけるって言ってるからやらせてる。無理はさせない」
    「……なら、いいけど」
    「お前は今日は走んなよ。昨日の模擬レースで全力出しすぎだ」
    「わーかってますってー。別に走れるのに」
    「だめだ」
    「へいへい」

  • 79◆iNxpvPUoAM23/05/07(日) 22:21:39

    ・・・

    「ふぅ……はあ、はぁ……」
    「お疲れ。初日からきついことさせて悪かったな」
    「いえ、……そ、そんな……ことは、ないです……司令官さんも、結構、厳しかったですから」
    「そうか……あいつなりに、お前を春天で走るせようと思ってくれてたのかな」
    「それは、違うと思います……。彼は早々に、私を……マイル中距離を、め、メインで走るようにと……い、言っていました……から」
    「……そうか」
    「私が、ち、力の制御をうまくできないから、だから勝てるレースを、と……」
    「でも走りたいんだろ? 天皇賞」
    「ぁ、……ぅ、そ、それは……でも、私なんかが……」
    「走りたいんだろ?」
    「……は、走り、たい……です」
    「なら走ろう」
    「……! は、はひっ」

    「ぁ、先輩いま噛みました?」
    「ぇ」

    「ぅーゎ、出たよすぐヒトのミス指摘するやつ」
    「弱みを見せる方が悪いのですよ、そうあたしは思う」
    「こいつしばいていいぞ」

    「ぇ、ぇ、そ、そんなこと、で、できません……」
    「よかったな優しい先輩で。代わりに俺がしばいてやる」
    「えぇぇっ!?」

    「すぐしばくとか言うな、あたしゃ結構弱いぞ、メンタル弱いぞ、普通にビビるぞ」

  • 80◆iNxpvPUoAM23/05/07(日) 22:48:34

    「ちょっと早いけど今日はこれで解散するか。風呂入ってゆっくり休めよ、当面はこれやるから」
    「ぁ、は、はい、わかり、ました」
    「きつかったらすぐ言ってくれ。調整するから」
    「……はい、わかりました」
    「それじゃあ、遅くなったけど……よろしくな。エン────いや、いつまでもエンプレスって呼ぶ訳にはいかないな」
    「へ? ぁ、ぁ、な、名前、ですか……?」
    「ああ。今まで司令官に紹介された通りにエンプレスとか、女王とかって呼んでたけど……さすがに担当になったらそう呼ぶのもな」
    「で、で、でも、わ、私なんかを名前で、呼んでいただくなんて……」
    「いいだろそれくらい。妹なんてこいつ呼ばわりだ」

    「どうも、にぃにの妹のこいつです」
    「そ、それは……ええ、と」

    「お前のノリがウザすぎて困ってんじゃねぇか。謝れよ」
    「ぇ嘘だろあたしのせいかよ!? にぃやんの振りが雑なせいでしょーが! あたし悪くない、あたし悪くないよね先輩!」
    「ぇ、えと、その……えと」
    「……ダメだ、困惑してらっしゃる。すみません、悪ふざけが過ぎました」

    「すー……、はー……、すー……」
    「改め、まして……【ハルカミカゼ】です。よろしくお願いします、トレーナーさん、こいつさん」
    「ああ、よろしく、ハルカ」

    右手を差し出し、それをハルカがおずおずと重ねた。

    「ぉ、男のヒトと握手……はわわ、ちゃ、ちゃんとできてる……」
    「喜ぶポイントすげぇな……」

    「よろしくねハルカ先輩! あとあたしの名前、ほんとにこいつじゃないからね、違いますからね」
    「ぇっ……ぁ、そ、そうなんですか……!? すみません、わ、私、そんなつもりじゃ……っ」
    「うわ天然かよ、マジで素で言ったのかよ、すげぇな……」

  • 81◆iNxpvPUoAM23/05/07(日) 23:11:27

    「え〜っと、あたしもじゃあ自己紹介!」
    「え、いる?」
    「いやいるでしょ、いるだろ。しないとあたしの名前【こいつ】になるんだぞ」
    「いいじゃんそれで」
    「いいわけあるかぃ! 自己紹介させて、お願いします、させてください、あたしの尊厳のために!」
    「仕方ねーな。悪いハルカ、もう少しだけ付き合ってやってくれ」

    「ぁ、は、はい、ぇと……はいっ」

    「トレセン学園1年D組所属、あたしこそがにぃにの妹、【ソラノメモリア】なり!」
    「そ、ソラノメモリアさん……」
    「……というのは世を忍ぶ仮の姿」
    「へ?」
    「ある時は学園をまたにかけるスパイファミリー。ある時は魔王から世界を救う勇者。またある時は闇バイト(ボランティア)で日銭を稼ぎながら家族を養う学生。しかしてその実態は!」
    「ぁ、キューティーハニー……!」
    「そう、あたしはにぃにの妻、ソラノメモリアさ痛って!」

    「ヒトの目があるとのでなに抜かしてんだアホ。ぶっ飛ばすぞ」
    「ぶっ飛ばしてから言うことじゃないだろぉぉ……いってぇ、くっそぉ……」

    「ぇ、えと……トレーナーさん、の……?」
    「妹だ」
    「……あ、そういう! 兄と妹の禁断の────」
    「ないから」
    「……そうですかぁ」
    「なんでシュンってなるんだ……」
    「いえ……妹モノが、り、リアルにあるなんて、って……ちょっと、その、感動しかけていただけで……」
    「え、ん? 妹モノ? え、なに、こわい」
    「大丈夫です……気にしないでください、はい……」
    「えぇぇ……」

  • 82◆iNxpvPUoAM23/05/07(日) 23:28:45

    「ぁ〜……いってぇ、くそ痛ぇ……結構マジで殴りやがったこのクソ兄貴……」
    「お前がふざけるからだろ。真面目にやれよ自己紹介くらい」
    「それがあたしのいいところでしょうが。いい意味でのシリアスブレイカーでしょうが。もっとあたしに感謝した方がいいよにぃやんはさ」
    「お前に空気乱されて疲れる方が多いから無理」
    「なんだよ〜、あたしのこと好きなくせによ〜」
    「お前の脳内お花畑でもできてんの?」
    「やめろ、その憐れむ視線をただちにやめろ」

    「ぇ、ええと、そ、ソラノメモリアさん……」
    「あ、ソラでいいですよ、ハルカ先輩っ」
    「ぁ……っ、は、はい! よ、よろしくお願いします、そ、そ……ソラ、ちゃん」

    「じゃ、そろそろお開きにするか」
    「あ〜い」

    「ぁ、あの、トレーナー、さん」
    「ん?」
    「……あの、どうして今までソラちゃんのこと、妹、って呼んでたんですか……?」
    「……」

  • 83◆iNxpvPUoAM23/05/07(日) 23:29:27

    「あの、単純に……ぎ、疑問、なんですけど……」
    「……あー、あれだ、あれ」
    「……あ、あれ?」
    「妹は兄を、お兄ちゃんとかって呼ぶだろ?」
    「そ、そうですね……確かに」
    「じゃあ兄は妹をなんて呼べばいい?」
    「……お名前、では……?」
    「アニメに詳しいハルカだから分かると思って言うけど、妹を妹って呼ぶ兄もいただろ?」
    「は、はい……確かに、い、いるにはいますが……」
    「だろ? 今までそれで伝わってたんだから、いいんだ」
    「は、はぁ……」
    「気にしたら負け。いいな?」
    「な、なるほど、そういうことでしたら……はい、ですっ」

    「いや納得すんのかよ! なにひとつ納得ポイントなかったよ!」
    「うるさいぞソラ」
    「名前出したら急に名前呼びだよなんなんだよこいつも〜!!」

  • 84◆iNxpvPUoAM23/05/07(日) 23:53:40

    「そ、それではトレーナーさん、ソラちゃん、また、あ、明日も、よろしくお願い、します……っ」
    「ああ、よろしく。お疲れ様」
    「はい、お疲れ様ですっ」

    「……さて、俺たちも帰るかー」
    「うーいうーい」
    「晩飯食って帰るか」
    「お、いいね。マックいこマック!」
    「いかない」
    「え〜! 昨日勝ったしいいじゃん〜!」
    「ご褒美してやっただろ。髪と尻尾乾かした」
    「あれがご褒美ぃ〜?」
    「お前が言ってきたんだろうが、俺はめっちゃ嫌だったんだぞ」
    「なんでさ」
    「なんでって、それも言った。ウマ娘の髪と尻尾触るのは怖い」
    「あたしのくらいなら気軽に触っても怒りませんよ」
    「断る」
    「んだよ〜、触れよ〜、いやらしく触れよ〜」
    「……」
    「おい舌打ちやめろ、しかもそれ結構マジギレしてる時の舌打ちだろおい」
    「昔のお前は静かで可愛かったのになぁ」
    「あの、やめてもらえます? ここ最近で1番胸にきましたよ、やめてもらえます?」
    「なのにこんなうざくなっちゃって。お兄ちゃん悲しい」
    「だからやめろぉ! 今のあたしも可愛がれよぉ!」
    「…………………………無理だな」
    「んだテメッ、やんのかオラ!」
    「やってやんよツラかせや!」
    「帰ったらゲームでデュエルだぃ!」
    「やったらぁ。なんでもこいや」

  • 85◆iNxpvPUoAM23/05/07(日) 23:54:20

    「スマブラだスマブラ! ボコボコにしたる!」
    「返り討ちだわアホ」
    「んだとぉー! じゃあ寝るまで勝負!」
    「受けて立ってやるよ。……の前に飯」
    「ぁ、はい」
    「マックにするか」
    「え、いいの?」
    「考えるのがめんどくさくなった。食いながらやろう」
    「お、テイクアウトですか〜! いいね、ついでに映画とか見たいかも」
    「はあ? ゲームじゃねーのかよ」
    「マック食べながらだったら映画がいい。ちょっと気になってたやつが見れるようになったはずだからそれしよ」
    「あいよ」
    「あたしナゲット食べた〜い」
    「へいへい」

  • 86◆iNxpvPUoAM23/05/08(月) 00:07:52

    週末、自宅────

    「お、ぉ、ぉ、お邪魔、し、します……っ!」

    「ハルカ先輩、いらっしゃ〜い! さささ、どーぞどーぞ!」
    「……、ぁ……、ぅ……」
    「ん?」
    「っ……、ぁ……っ」
    「先輩? なに突っ立ってんですか、はよ入って入って」
    「……、……、……ほ」
    「ほ?」
    「ほっ……ほ、ほ、ほ、ほ、本日は、ぉ、お招き、あ、あり、ありがとう、ございまひゅっ……!」
    「ぅぉ〜、緊張してるなー先輩……。大丈夫ですよ、誰も取って食ったりしませんよ」
    「す、すみ、すみません……お、お友達の、お家に遊びにいく、なんて……その、は、初めて、なので……っ」
    「友達て……どっちかって言うと、トレーナーの家ですけどね、ここ。いや、あたしんちでもありますけども」

  • 87◆iNxpvPUoAM23/05/08(月) 00:09:05

    「ぁ、ぁと、あの、ぇと、お、男のヒトの、お部屋も……その、は、初めて……です」
    「あ、それは察してます、はい。とりあえず入りましょ、暖房の空気逃げちゃう」
    「ぁ……す、すみません……! ……ええ、と、これを……ど、どうぞ!」
    「わ〜、お土産! ありがとうございま────ぇ、なにこれ」
    「おすすめの、漫画を……も、持ってきました。その、前に、教えてほしい、って……言ってくれたので」
    「ぁ〜……はい、そっすね、言いましたね、うん。……そっかぁ、手土産とかじゃなかったかぁ」
    「へ? ぁ、い、いま、なんて?」
    「あ、いえいえなんでも。あとでしっかり読ませてもらいますんで、とりあえずどうぞ〜」
    「……ぁ、ぉ。お、じゃま、しますっ」

  • 88◆iNxpvPUoAM23/05/08(月) 00:10:23

    「へいへい兄貴〜、ハルカ先輩が来やしたぜ〜」
    「ぁ、お、お邪魔……します」

    「おぅ。いらっしゃい」
    「……お仕事、ですか?」
    「あぁ、悪い。今ちょっと手が離せなくて」
    「は、はい……えぇ、と」

    「にぃにのことは気にせず座ってもろて〜。もうちょっと時間あるし、せっかくなので持ってきてくれた漫画のこと教えてほしいっす!」
    「ぁ、は、はい! 一応、3種類ほど持ってきたんですけど〜……」

    時間を待つあいだにソラとハルカが会話しているのを流しながら、PCと睨めっこ。

    ほんのひと握りのウマ娘のみが到達できる極地、“領域”についての研究を読み漁っていた。

    あらためて“領域”もしくはゾーンとは、超集中状態のことを言う。一時的にパフォーマンスが向上するなど大きなメリットがあるも言われているが、それゆえに体力の消耗が激しい。

    しかもその状態のウマ娘が放つ存在感。
    プレッシャーとも呼ぶべき重圧は、共に走るウマ娘たちを怯えさせることすらある、らしい。

    先日のゴーストとの模擬レースで片鱗を見せた、ソラの“領域”。

    あいつと比較してみると、ソラのソレの異質さが目立つ。
    おのれの存在感をフルに撒き散らすそれと、逆に存在感を世界に溶かして薄くする。

    ゴーストのものは研究論文にある内容と似ていて、視界にいる者の動きを鈍らせるのも、その影響だと思われる。

    あるウマ娘の発言によると、“領域”に入っているあいだは、世界に自分ひとりだけになったような感覚になる……らしい。

  • 89◆iNxpvPUoAM23/05/08(月) 00:11:14

    だがソラは、むしろ逆。
    自分だけが世界から消え去っているような、そんな感覚だったという。
    パフォーマンス自体は向上しているようだったから、“領域”には間違いないと思うんだが……。

    「……」

    先日、ハルカが言っていた、“領域”についての話。
    ハルカやソラの“領域”には、超集中状態の所謂ゾーンとは何かが違う、不可思議な異能が付随している、ということ。

    にわかには信じがたい魔法のような話だが……ソラの身に起きたことを考えると、納得できてしまう気がする。

    ……考えれば考えるほど、ウマ娘の生態には不可思議なことばっかりだ。
    前担当の……未完成の“領域”もそうだし、ハルカの“領域”も不思議が多い。

    他人の視界を覗いたり、記憶を読み取ったり。
    人格を入れ替えたり、願った通りに自分を変化させる……とか、なんとか。

    不思議なことばっかりだ。
    どれだけ調べてもわからない。わかる気がしない。
    結局、自分たちで見つけるしかないというのが、なんだかもどかしい気持ちになる。
    ソラはあの感覚を『怖い』と口にした。

    確かにそうだろう。走っているだけだったのに、自分が世界から薄れて消えていくような感覚があるというのは……ああ、確かに怖い。

    怖いけど……。

    「……なんかしょぼいよな」
    「え、にぃになんか言った?」
    「いや、なんでも」
    「???」

  • 90◆iNxpvPUoAM23/05/08(月) 00:26:21

    ……口に出てしまった。
    いや、だってさぁ! なんかさぁ! “領域”って言うからにはさぁ、あれじゃん?
    必殺技的なやつじゃん!

    だったらゴーストのとかめっちゃそれっぽいだろ。
    魔眼だぞ? 魔眼、石化的な。
    ハルカだって人格変わって強くなるわけだし、前担当も視界覗いたり記憶読んだり経験盗んだり、みんなすげぇよ。

    じゃあソラも覚醒したらなんかすげぇのあるかなって思うじゃん、普通!
    そしたら存在感薄くなります、だぞ。
    透明人間になるって感じか? 必殺技としては、なんか、しょぼいよな。

    そもそもあくまで噂程度でしかない“領域”を存在する前提で考えるのも変な話なんだが……流石に、身近にこんなにいるって言われちまうとなぁ。

    もうほぼ信じ切ってるようなもんだけど、受け入れるしかない、よな。

    にしても、透明人間かぁ……うぅん、やっぱりしょぼい。

    ってか、ダメだな。
    ふざけてる場合じゃない。
    でもどんなに調べても研究論文を読んでも、分からんことばっかでほぼ何も収穫なしだ。
    じゃあもう、いじるしかないだろ。

  • 91◆iNxpvPUoAM23/05/08(月) 00:29:07

    「……」

    チラリと時計を見て、そろそろかとスマホを確認。
    予想通り、メッセージが届いていた。

    『あと30分ほどで到着します』

    これが10分前の通知だから、あと20分ってところか。
    ソラとハルカはまだ漫画片手に喋ってるし、俺は俺で仕事でテーブルを占領。
    っていうか、そもそもヒトを招くような環境じゃないな、これ。

    気抜きすぎだな、俺もソラも。

    俺とソラの普段の生活模様そのまますぎる。
    流石に片付けないと怒られそうだ。

    「ソラ、そろそろ片付けよう。あと20分くらいで着くって」
    「おけおけ〜。あ、先輩ちょっとすみませんよっと」

    「ぁ、は……はい」

    ハルカにも手伝ってもらいながら軽く片付けること15分。
    ようやく落ち着いたかというところで、インターホンが鳴った。

    「あ、来た!」
    「ソラ出てきて」
    「へーい」

  • 92◆iNxpvPUoAM23/05/08(月) 00:31:47

    ・・・

    「いらっしゃい先輩〜!」
    「こんばんは、ソラちゃん。なんだか久しぶりだね」
    「ですね〜、大晦日におせち持ってきてくれたぶり?」
    「ふふ、3週間ぶりくらい?」
    「もう先輩のごはん食べたくて食べたくてしゃーなかったですよ〜」
    「ほんと? そう言ってもらえると、うれしいな」
    「まま、どーぞどーぞー」
    「はい、お邪魔します。えぇと……新しい担当の方は、もう?」
    「あ、来てますよ。たぶん漫画読んでます」
    「そうなんだ。まずはご挨拶しなくちゃ」

    「お待ちかねですよ〜」
    「お邪魔します、トレーナーさん」

    「おぅ、いらっしゃい。大晦日のおせち、ありがとな」
    「ううん、お口にあってよかったです。ぇ、と……」
    「ああ、紹介するよ。新しい担当ウマ娘の────」

    「あ、ぁ……ぇ、と、じ、じ、じこ、しょうかい、しますっ!」
    「ぁ、じゃあよろしく」

  • 93◆iNxpvPUoAM23/05/08(月) 00:42:17

    「は、はじめまひてっ!」
    「ぁ……ぅ、うう……噛んでしまいました……っ」

    「盛大に噛みましたね、はじめまひて、って」
    「す、すみません、すみません……っ」

    「なんだか思い出しちゃうな……私が噛んで、いっぱいいじられちゃったこと」
    「先輩いじりは永遠に続きます」
    「ごめんなさい……許してください……」

    「ぁ、あの……」
    「あ、ごめんなさい、脱線してしまって」
    「ぇ、と、こ、今度こそ……! は、はじめまして、この度は、トレーナーさんの、お世話になることに、なりました。ハルカミカゼですっ! よ、よろしく……お願い、します」
    「【ミヤコレガリア】です。こちらこそよろしくお願いします。以前、トレーナーさんに担当していただいていました。賑やかになって嬉しいなぁ、ふふ」
    「そ、そ、そ、そうなん、ですねっ。ぇ、と、あの……す、すみません、私なんかが、その……お邪魔をしてしまって、すみません……」
    「ぇ、ぇ、ぇっ」

    「ぁ〜、前先輩、気にしないでください。ハルカ先輩いつもこんな感じなんで」
    「ぇと、……あ、うん。……うん?」

    「……困った顔で俺を見るのやめてくれ」
    「ぁ、ご、ごめんなさい。その……はい、困ってしまい、ました……」
    「いや、気持ちはわかるよ。前向きになってほしいんだけどな」

    「す、すみません……」

  • 94◆iNxpvPUoAM23/05/08(月) 00:43:05

    本日はここまで
    賛否両論あるかもしれませんが、名前解禁しました…
    今後ともよろしくお願いします

  • 95二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 00:43:57

    乙です!

  • 96二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 00:46:51

    今日は名前を決めるのも含めてお疲れ様でした
    みんな呼びやすく覚えやすいものになったのではないかと思います

  • 97二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 00:53:11

    おつです
    まあ遅かれ早かれ名前は必要だったでしょう

  • 98二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 01:08:04

    お疲れ様です〜
    名前良いですね。つけて正解だと思います

  • 99二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 01:18:01

    元ネタあるし名前出しはいるよね
    おつです

  • 100二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 08:47:32

    おつおつ
    ついに名前解禁か

  • 101二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 14:49:25

    一応保守

  • 102二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 19:02:07

    妹ちゃんは地力が足りてなきゃ意味なさそうだしよなあ…

  • 103二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 19:11:44

    今のところ2000でいっぱいいっぱいっぽいしねぇ…

  • 104二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 19:11:45

    逆に言えば地力を上げ使い方を心得るほど強くなっていくわけで
    二人三脚のにぃにや領域のことを教えてくれる仲間たちがいて初めて成立するし、
    入門からしてライバルがきっかけで一人では恐怖心に潰されるような状況になる
    色んな意味で一人では扱えない領域なんだよな

    似たようなものが出てくるバスケ漫画も技術と経験と仲間が揃って初めて成立してたっけ……

  • 105二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 19:19:28

    ハルカ先輩みたいにレース以外でも使えるようになったら乱用しそう

  • 106二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 19:37:46
  • 107◆iNxpvPUoAM23/05/08(月) 23:18:57

    「あ、そうだ。トレーナーさん、これどうぞ」
    「ん? なにこれ?」
    「お爺様のお店のケーキ。デザートにみんなで、と思って」
    「ああ、ありがとう。嬉しいよ」

    「わ〜いケーキだ〜! ミャーコ先輩、ありがとございますっ! あ、ミヤコだからミャーコ先輩ね!」
    「ふふ、お口に合えばいいんだけれど」
    「いやいや、あのお店のケーキが美味しいのは知ってるので。期待値爆上がりっすよ、鰻登りっすよ」
    「食後にみんなでいただきましょうね」
    「は〜い! ……楽しみですね、先輩」

    「……」
    「先輩、ハルカ先輩」
    「へ? ぁ、わ、私、ですか……?」
    「ミャーコ先輩の手土産のケーキ、あとでみんなで食べようねって」
    「ぁ、は、はい。ありがとう、ございます」
    「だめだ全然伝わってねぇ」
    「?」
    「あ、なんでもないですよ〜」

    「お前ほんとクズだな……」
    「急に会話に割り込んできて罵倒すんなよ!」
    「いや……お前、マジでクソ野郎だな……」
    「はいはいわかったわかりました! あたしがクソ野郎ですすみませんでしたっ!」

  • 108◆iNxpvPUoAM23/05/08(月) 23:21:04

    「ったく……よし、全員集まったし行くか」
    「は、ぁ……え、えと……ど、どこへ……?」
    「買い物」
    「お買い物、ですか……?」

    「夕飯のお買い物です。近くのスーパーだけど、トレーナーさんが車を出してくれるって言うから……お言葉に甘えちゃおうかなって」

    「毎回ひとりで待たされるのも退屈だしなー。だいたいこいつのせいで」
    「なに言ってるんですかお兄様。留守番好きでしょ。今日も待っててもらってもいいんですよ」
    「車出すっつってんだろ」
    「こちとらウマ娘三人衆だぜぃ! 多少の大荷物くらい余裕っすよ!」
    「うるせぇ、俺も行く。ってか行きたい」
    「構ってちゃんな兄貴で困ったもんですよ。女の子だけでしかできない会話もあるのにさー」
    「そうなのか?」
    「いや、ないですけど」
    「なんなんだよお前」

    「ふふ、というわけでカミカゼさんも行きませんか、お買い物?」
    「ぁ、で、でも、私なんかが一緒に行っては、お邪魔では……」
    「ううん、そんなことありません。トレーナーさんから聞いています、今日はカミカゼさんの歓迎会でしょう?」
    「……、ぁ……」
    「ね」
    「……は、はいっ……ぜひ!」

  • 109◆iNxpvPUoAM23/05/08(月) 23:24:02

    ・・・

    「やっぱり車だと、少し遠くのスーパーでも早いですね〜」
    「毎回作ってもらってる側だしな。ミヤコが行きやすいとこがいいだろ」
    「ふふ、ごめんなさい、ありがとございます」

    「にぃやん、ミャーコ先輩、あたしたちちょっとお菓子見てきますので」
    「す、すみません……」

    「ああ、いいけど……なんでふたりで?」
    「いやほら、あれじゃん、分かれよ。な?」
    「あ?」
    「ふたりっきりにしてやろうってあれですよ、あれ」
    「はぁ?」

    「ぁ、あの、すみません……その、どうしても探したいお菓子がありまして……」
    「そうなのか?」
    「はい……ぇと、トゥインクルシリーズグミって言うんですけど、過去に活躍したウマ娘たちのカードがついていて、どうしてもほしい子が当たらなくて、その、探しに行きたいなぁ、と」
    「ああ、いいよ。それでソラもついてくのか」

  • 110◆iNxpvPUoAM23/05/08(月) 23:28:14

    「ちっ……バレたか。そうですよー、あたしも気になってるんですよー」
    「何回か買ってたもんな、お前」
    「ダイワスカーレット! めっちゃほしい!」
    「さっきの理由は嘘か」
    「当たり前だろ、じゃなきゃ進んでにぃにと女の子をふたりきりになんかするかよ。邪魔してぶち壊してやるわ」
    「バカじゃねーのお前。実はバカだろお前」
    「無表情で言うのやめろ、せめてなんかこう、怒った顔とかしろ。それはそれで嫌だけど淡々と処理するのほんとやめろ」
    「うるせーよバカ。さっさと行ってこい」
    「へいへーい。他にもなんか色々見てくるねー」
    「おー」

    「ちょ、ちょっと行ってきますっ」
    「うーい」

    「……ってなわけだが」
    「気を利かせてくれた、とか……私たちがゆっくり話をする、ための」
    「あいつに限ってそれはない」
    「あ、あはは……、……」
    「とりあえず、食材選んでくか」
    「……そうだね、うん。そうしましょう」
    「メニュー、なににするんだっけ」
    「リクエストの多かった、スパゲティにしようかなって。それとスープとサラダ」
    「お、いいな。店のナポリタン、めっちゃうまかった」
    「ふふ、お爺様のお店の看板メニューのひとつですから」

  • 111◆iNxpvPUoAM23/05/08(月) 23:30:39

    「最近行けてないからなー……また食いに行くよ」
    「お爺様もトレーナーさんが来てくれると、いつも楽しそうに話してくれるの。ミヤコが世話になったからたくさん食わせてやりたい、って」
    「はは、ほんとありがとうございます。妹共々お世話になっております」
    「ソラちゃんのことも気に入ったみたい。美味しそうに食べてくれて、さすがはトレーナーさんの妹だ、って」
    「過大評価しすぎだろ、それ。あいつテンション高くてうるさいだけだし」
    「でも、私もトレーナーさんも……そこに救われてる」
    「そんな、大層なことじゃ」
    「でもソラちゃんが来てくれなかったら……トレーナーさん、この仕事辞めてたでしょう?」
    「それ、は……」
    「まだまだクラシックが始まったばっかりで、大変だと思うけれど……私も今までのお礼として、サポートしますから」
    「……大丈夫だよ。俺はもう平気」
    「それでも、お返ししたいから」
    「それなら俺だって、ミヤコには謝らなきゃいけないことがたくさんある」
    「もう何度も謝られましたし、私も何度も謝りました。お互いごめんなさいばっかりだと、仲悪くなっちゃいますよ? いつかみたいに」
    「ごめんなさいはミヤコの口癖だろ。俺は……ほんとに悪いと思った時しか言わない」
    「あ〜! 私のことそんなふうに思ってたんですか〜?」
    「ぇ、ちがっ……今のは言葉の綾で……!」
    「ふふ、冗談です」
    「……心臓に悪いからやめてくれよ」
    「いじわる言ったお返しですっ」
    「ごめんって……」

  • 112◆iNxpvPUoAM23/05/08(月) 23:33:22

    「ふふ〜、許してあげますっ。あ、トレーナーそっちのお肉ください」
    「ぁ、おう」
    「……むむ」
    「どした?」
    「……いつもより、ちょっと高い」
    「え?」
    「お肉がいつもより高いんです。ここ、いつも安くていいお店なのに……」
    「完全に主婦の目線だな。俺が金出すだしいいだろ」
    「お金は大事ですから、ちゃんと節約しなくちゃ。ちなみに、トレーナーさんのおうちに行く時もいつもこんな感じですっ」
    「いつもお世話になっております」
    「最近は、私も忙しくてなかなか行けてませんけど……」
    「大学リーグ、順調みたいでよかった」
    「ふふ、はい。なんとか、頑張れてます」
    「トレーナーさん────ぁっ、大学の、トレーナーさんの指導のおかげで、大きなレースにも出られそうで」
    「俺よりよっぽど優秀だ」
    「ベテラン、だから。私とトレーナーさんの時は……ふたりとも、1年生だったし」
    「……だから、お前を……」
    「あ、もうっ! ダメですよ、それ」
    「え……あぁ、悪い。そうだな……」
    「もう終わったことなんです。私も走れているし、トレーナーさんも仕事を続けられているから」

  • 113◆iNxpvPUoAM23/05/08(月) 23:55:45

    「……」
    「なにより……また、こうして一緒にお話をして、ご飯を食べて、時間を過ごせてる。私はそれが1番嬉しいんです」
    「……ああ」
    「……お買い物しながらする話じゃないですね、ごめんなさい」
    「いや、いいよ。部屋でふたりでってなったら、どんな顔していいか、わからなくなる」
    「……私も、きっとそうなっちゃうかもしれません」
    「なら、これでいいだろ。賑やかな方が」
    「うん、そうだね。そういえばトレーナー……あぁ、もう、また間違えちゃう。大学のトレーナーさんが……」
    「なあ」
    「はい?」
    「俺のこと、トレーナーさんって呼ぶの、やめないか?」
    「え……?」
    「もう俺はミヤコのトレーナーじゃないんだし」
    「ぇ、で、でも、私にとっては、トレーナーさんはトレーナーさんで……」
    「もう俺の教え子じゃないだろ?」
    「でも……ほ、ほら、小さい頃の先生は、大きくなっても先生って呼んだりしますし……」
    「前にもその話してたけど、考えてみたらそういうのガラじゃないんだよ、俺。もっとフランクに接してくれた方が嬉しい」
    「ふ、フランク……ぇと、う、うぇ〜い……みたいな……?」
    「クク、なんだそれ。はは、はははっ」
    「も、もう! 笑わないでください、トレーナーさんが言ったんですからね!」
    「違う違う、友達でってこと」
    「……ぇ、友達?」

  • 114◆iNxpvPUoAM23/05/09(火) 00:05:43

    「ああ。担当でもトレーナーでもない、友達」
    「で、でも……さすがに、その、友達は……失礼じゃ……」
    「こっちから頼み込んでるんだ。失礼なんてあるもんか」
    「そ、それじゃあ……ええ、と……新海、さん……?」
    「めっちゃ他人行儀だな」
    「え〜……ど、どうしよう……」
    「名前でいいよ」
    「ぁ、名前! そっか……、……え? な、名前……?」
    「そう、名前」
    「……カケル、さん?」
    「それで」
    「……は、恥ずかしい……」
    「顔、すげぇ赤くなってる」
    「や、やめてください……」
    「はいはい」
    「ビジネスライクなのに……」
    「ちょ、お前までそのいじりするか」
    「だって、ひどいな〜って。3年間も一緒にいて、たくさん笑って、たくさん泣いて……トレ……、……か、カケルさん、といっぱい思い出があるのに、ビジネスライクだなんて」
    「俺が世界で1番嫌いな言葉になったよ、ビジネスライク」
    「ふふ、時々ビジネスライクって言って困らせちゃおっと」
    「やめてくれ……」
    「……あ、お野菜忘れちゃった。ちょっと取りに行ってきますね」
    「ああ、俺も行くよ」

  • 115◆iNxpvPUoAM23/05/09(火) 00:13:11

    ふたりでゆっくり会話しながら、食材を選んでいく。
    よく考えればこんなことをするのは初めてで、すごく新鮮な気がした。
    ソラとスーパーに来ても弁当を選んだりするだけ。俺もあいつも料理なんかできないし、それっぽいことをするのは、なんだかくすぐったい。

    1年……いや、もう2年前か。
    まだミヤコを担当していて、ふたりで頑張っていた頃に戻ったみたいな気がして、心が救われた気がする。

    「……ほうほう、ほうほう……」

    ……と、戻った気になっていたのはここまで。
    俺は振り返りながら、通路の筋に隠れて覗き見るクソ野郎を指差した。

    「ソラお前マジでぶっ飛ばすぞ!」
    「あたしまだなにも言ってない!」

    と、なんか知らんが微妙そうな顔をして覗いていたハルカにも。

    「お前が期待してるようなことはない」
    「へ? ……ぇ、ぁ、ぇ、えと、あの! いえ、あの!」

  • 116◆iNxpvPUoAM23/05/09(火) 00:36:33

    「おいバカ兄貴」
    「あ?」
    「見てたぞ、おい」
    「なにが」
    「ていうか聞いてたぞ、おい」
    「だからなにを」
    「カケルさん♡」
    「……」
    「舌打ちで誤魔化すのやめよ? もう誤魔化されんぞあたしは」
    「……」
    「舌打ちがダメならため息ですか、そうですか、逃しませんよお兄様」
    「お前なぁ……」
    「20分くらいグミ選んでたら兄と先輩が名前で呼び合う中になってた件について。ハルカ先輩からひとこと」

    「ぇっ……え、ぁ、え、ぁ」
    「ダメだ、先輩壊れちまってる……まだ早すぎたんだ……」

    「ぁれ、ソラちゃんとカミカゼさん? もう選び終わったの?」
    「あ、ミャ〜コ先輩! なんすか、ついにすか、ついにですかおいおい」
    「ぇ、ぇ、ぇっ」
    「付き合ってんのかお前ら」
    「ぇ」

    「だから違うっつってんだろ」
    「そ、そうだよ、まだそんなのじゃ……」

    「まだ?」
    「ぁ……ご、ごめんなさい今のは言葉の綾で……そ、そう、お友達! お友達なんですっ」
    「ほう……お友達と。元担当ウマ娘とトレーナーが、お友達と」

  • 117◆iNxpvPUoAM23/05/09(火) 00:42:21

    「いいだろ別に。トレーナーさんって呼ばれ続けるのも流石におかしいし」
    「ふぅん、へぇ、そう」
    「お前マジでムカつくなあ……」
    「ミャーコ先輩にあることないこと吹き込んで破局に追い込んでやろ」
    「だからそういうのじゃねぇって」
    「ふ〜ん、まぁどうでもいいや。それで、ごはんのメニューってなんなんですか?」
    「露骨に不機嫌になりやがったこいつ……」

    「えっと、今日はお野菜のスパゲッティとスープとサラダにしようと思ってるの」
    「スパゲッティ! ミャーコ先輩のお店のやつ大好き!」
    「ふふ、トレーナーさ……、ぇと、お兄さんもさっき同じこと言ってた」
    「あ、いいですよ遠慮しなくて。好きなだけカケルさんって呼んであげてもろて」
    「ぇ……、ぁ……そ、その……」

    「お前いい加減にしろ」
    「はい、すみません」

    「……、カケルさん」
    「ぇ、あ、はい?」
    「あっ……い、いえ、その……呼び慣れよう、と」
    「……お、おう」

    「ぇ〜……なにこのひとたち、ほんとなんなの……」
    「……カケル、さま」
    「え、先輩いまなんて?」
    「ぁ、い、いえ! ……な、なんでも!」

  • 118◆iNxpvPUoAM23/05/09(火) 00:58:50

    ・・・

    「たっだいま〜」
    「ただいま」
    「お邪魔します」
    「お邪魔、します」

    「まさかもう一軒べつのスーパーに行くことになるとは……」
    「ごめんね、遅くなっちゃって。早速取り掛かるから、少しだけ待っててね」
    「あ、大丈夫で〜す! あたし手伝いましょーか?」
    「ほんと? それじゃあ……」

    「さてと」
    「ぁ、あの……と、トレーナー、さん」
    「ん? どうした?」
    「その……す、す、すす、すっ……」
    「???」
    「……ぁ、ぅ……や、やっぱり、なんでも……ありません……」
    「……えぇ……?」
    「き、気にしないでください……」
    「……」
    「……、……」
    「ハルカ」
    「……」
    「おーい」
    「……」
    「ハ〜ル〜カ〜」
    「へ? ぁ、はい、わ、私ハルカです!」

  • 119◆iNxpvPUoAM23/05/09(火) 01:06:35

    「なんかアニメでも見る?」
    「……はい。……えっ」
    「飯の用意してくれてるあいだ暇だろ。俺も仕事する気になれないし、なんか見よう。おすすめの映画とかあったら教えてくれ」
    「い、いいんですか……?」
    「え? いいけど」
    「わ、私! 語ると、長い……ですよ……?」
    「ぇ……あ、ああ、うん、まあ……ほどほどにしてもらえると助かるけど」
    「わかりました! では……トレーナーさんは、どのサブスクに入っていますか? 私はアマプラもアニメストアもユーネクも入ってるのでほぼ隙はないかなって思っているんですけど、トレーナーさんは……あ、そのアイコンはアマプラですね。ではアマプラで見れる面白いアニメ映画なんですけど……すみませんちょっと検索させてください、確か配信されてたはずなんですが……」
    「……めっちゃ早口だな」
    「えぇと、え〜っと……あ、あったっ! これ、見たことありますかっ!」
    「え? あ、ぁ〜……いや、ない。見てみようってずっと思ってたけどまだ見れてないんだよな」
    「じゃあこれ、これにしましょう! 1時間半で終わりますし、作画も綺麗で迫力もすごくて、何より男の友情〜って感じがして、とっても熱いんですっ!」
    「あ、うん、いいと思うよこれにしよう」

    イヤホンをつけて、視聴開始。
    開幕から超作画のバトルが始まり、5分足らずで一気に興味を掴まれてしまった。
    内容は炎を操ることのできる人類と、それと戦う消防士の話。
    キャラの掛け合いや主人公の熱い性格が結構好みで感触もいい。

    「このキャラはまっすぐな性格なんですけど、実は大変な過去があって〜」

    若干話の内容は小難しいが、横から邪魔をしない程度の音量で解説を入れてくれるハルカのおかげで設定がすんなりと入ってきてくれた。

    ストーリーのテンポも良く、確かに迫力も男同士の友情ってやつもかなり熱く、すごく好きな感じのアニメでよかった。

    「この新人類の成り立ちってのはどういう意味だ? ちょっとわからなくて」
    「ああ、これでしたら〜……」

    見ているうちに俺にも熱が入ったのか、途中から自分で質問までする始末。本編が終わってエンディングに入る頃には、口々に感想を言いながら食事を待った。

  • 120二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 01:57:42

    「いや面白かったな〜」
    「はい……何度見直しても素敵です……! やっぱり面白い作品は、何度見ても面白いですねっ」
    「ハルカの解説もわかりやすかった。ありがとう」
    「い、ぃぇ……そ、そんな」
    「いやほんとほんと。やっぱり詳しいだけあって正確だし、楽しませてもらったよ。ありがとう」
    「そ、そんなこと……ふふ、こちらこそありがとうございます」
    「なにが?」
    「私のために……歓迎会、だなんて」
    「これから一緒に頑張るのに、歓迎しなくてどうするんだよ」
    「でも、私なんかが……歓迎される、なんて……ぁ、緊張思い出してきちゃいました……」
    「だ、大丈夫か……?」
    「は、はい……でも、嬉しいのは、本当で……ぉぇっ」
    「ちょ、おい!?」
    「す、すみません……嬉しくすぎて、気持ち悪くなってしまって……」
    「落ち着いて。なんか飲み物用意してくるから」

    「あ、大丈夫ですよ〜。は〜い、あたたかいお茶で〜す」

    「ああ、ありがとう」
    「ありがとう、ございます……」

  • 121◆iNxpvPUoAM23/05/09(火) 01:59:49

    「もうすぐできますからね〜。ぁ、ソラちゃんそのお皿はこっちじゃなくて〜……」

    「あいつ大丈夫かよ……」
    「……その、ぁ、あの」
    「ん?」
    「れ、レガリアさん、とは……」
    「ぇ、ああ、ミヤコか? ソラが来る前の担当……って、知ってたんだったか。司令官から聞かされたって言ってたな」
    「ぁ、はい。その……引退した、と」
    「いまは大学リーグで走ってる。向こうのトレーナーがベテランのすごいヒトらしくて」
    「……今も、仲良くしてる……ん、ですね」
    「ああ、まぁ……な」
    「私……司令官さん、から……お話を聞いて、き、きっと……すごい、仲違いをした……と、思っていました」
    「……間違っては、ないよ」
    「ぁ、す、すみません……こ、こんなこと……踏み込んで、しまって……私、空気読めなくて……」
    「気にしなくて大丈夫だよ。これくらいで機嫌悪くしたりしないって」
    「で、でも……私、嫌なこと、聞いちゃいました……よね」
    「事実だしなぁ。まあ、それもあって今があるのかな、って思ってるから。ほんとに気にしなくていいよ」
    「あ、……はい」
    「ミヤコが気になる?」
    「え、ぃぇ、ち、違いますっ! ……いえ、違わない、かも、です。その……担当ではなくなって、トレセン学園を卒業しても、その……大切なヒトと、仲良くしているのが……いいなぁ、って」
    「大切って……俺のことか」
    「……はい」

  • 122◆iNxpvPUoAM23/05/09(火) 02:00:24

    「まあ……俺は色々後ろめたさがあって連絡できてなかったんだけどな。そこはソラのおかげかもな」
    「ソラさんの……?」
    「あいつが来なきゃ辞める気だったし、トレーナー」
    「えっ」
    「あ、これソラには言わないでくれよ。あいつがまためんどくさくなる」
    「……は、はい」
    「口にはしないけど、あいつには色々と支えてもらってるし、感謝してるんだ」
    「口喧嘩……えと、やりとり……? も、愛情……の、裏返し……」
    「かもな。実際クソめんどくせぇしクソうざいから自信持っては言えないけど」
    「……」
    「……なんか恥ずかしいこと言っちゃったな俺」
    「いえ。……ふふ、素敵なお話を聞かせていただきました」
    「そりゃどーも。……だからまあ、これから一緒にやってくわけだし、ハルカのことも色々教えてほしい」
    「……はい」
    「ハルカのこともソラのことも、もう大切な俺の担当ウマ娘なんだ。最後まで面倒見るつもりだし、卒業してからもミヤコみたいに集まって話したり飯食ったりしよう」
    「……ぅ、う……うぅ、……ぉぇっ」
    「え、また!?」
    「す、すみません……お、男のヒトから優しい言葉をかけられることがあんまりなくって……っ」
    「ぉ、あー……苦手って言ってたもんな……」
    「と……トレーナーさんのことは、優しくて素敵な方だと分かっているので、平気なのですが……」
    「ぁ……お、おう」
    「す、すみません〜……っ」
    「大丈夫、大丈夫だから」
    「は、はい〜……」

  • 123◆iNxpvPUoAM23/05/09(火) 02:09:13

    「お待たせしました〜」

    それから数分後、出来上がった料理がテーブルに並べられた。

    トマトとナスのスパゲッティにスープとサラダ。それとバゲットにガーリックバターでも塗って焼いたのか、食欲をそそる香りが部屋いっぱいに広がった。

    彩豊かなメニューで、こんなものは我が家では決してお目にかかれない。
    見るだけで腹が鳴りそうだ。

    「お、うまそうだなー」
    「わぁ……」

    「おい、にぃに、なに偉そうにしてんだよ。働けよ」
    「ハルカと面談してたんだよ」
    「面談て、今更?」
    「そ、今更。仲良くしようぜ、って」
    「にぃやんがそれ言うとやべぇ言葉にしか聞こえないんですけど。え、なに、広告に出てくるエッチな漫画的なノリですか」
    「黙れ」
    「はい」

  • 124◆iNxpvPUoAM23/05/09(火) 02:19:46

    「……」
    「ハルカ先輩どうしたんですか? え、もしかしてほんとに?」
    「ぁ、いえ、そ、そうじゃなくて……私なんかが、こんな……華やかな場所にいて、いいのかな……って」
    「ぁ〜……感極まった的な。いいのよ、嬉し泣きしてもいいのよ」
    「……ォェッ」
    「え、なんでえずいた? 気持ち悪いの? ほんとは気持ち悪いの?」
    「す、すみません……大勢でパーティなんて、緊張と興奮が高まりすぎて……うぅっ」
    「えぇ……?」

    「は〜い、みんなスプーンとフォークですよ〜」

    「わ〜、ありがとうミャーコ先輩!」
    「じゃあ始めるか、ハルカの歓迎会」

    「……はっ」

    「いますごい顔したぞ。今日の主役が自分ってこと思い出してすごい顔したぞ」
    「…………ぉぇ」
    「またえずいた! ちょ、大丈夫すか先輩〜!」
    「す、すみません……私、私なんかのために……うぅ、すみません……」

  • 125◆iNxpvPUoAM23/05/09(火) 02:20:13

    「じゃあ乾杯とか、やめといた方がいいか?」
    「し、したいです……させてください……!」

    「いやするんかい。……無理しなくても大丈夫ですよ?」
    「も、もう2度と経験できないかもしれないので……どうか、よろしくお願いします……っ」
    「ぉ、おう……いや、何回でもできると思いますけどね……?」

    「それじゃあ、カケルさんに音頭をとってもらいましょ〜」
    「よし」

    「えー……エンプレス改めてハルカミカゼさん」
    「は、はいっ」
    「紆余曲折ありましたが、よくここへ来てくれました。これから一緒に頑張っていきましょう」
    「よ、よろしくお願い、しますっ」
    「それじゃ、乾杯」

    『かんぱ〜い』

    「ひぃ、ひぃ……か、かんぱ……い」

  • 126◆iNxpvPUoAM23/05/09(火) 02:42:02

    俺もこの家で大勢で食事をするなんて初めての経験だから、実はちょっとだけ緊張していたりする。 

    普段はソラとふたり。
    多くて、ミヤコを入れて3人。

    今までで1番多い人数での食事に、少し緊張しつつ……ミヤコの料理がうますぎて、そんな緊張は5秒で消え去ってしまった。

    「ミャーコ先輩のごはんいつ食べてもうますぎる! やばい、うちの子になってほしい」
    「ふふ、たくさんあるからおかわりもしてね」
    「にぃにと付き合えよ〜」
    「ぇっ……え、えっ!?」

    「お前しょうもないこと言って困らせんな」
    「でもにぃにもミャーコ先輩が毎日ごはん作ってくれたら嬉しいでしょ?」
    「あ? ……まぁ、な」
    「ほらみろ〜! まあ1番嬉しいのはあたしですけどね!」

    「お口にあってよかった。カミカゼさんは、どうですか?」
    「ぁ、……お、おいしい、です」
    「……ごめんなさい、言わせちゃいましたね」
    「い、いえ、ほんとに……おいしいです。すみません、感動して、ちょっと……」
    「はい、お茶、飲んでください」
    「すみません……、……はぁ」

  • 127◆iNxpvPUoAM23/05/09(火) 02:42:33

    3人のやり取りを、1歩引いた目で眺める。

    ミヤコがもう1年でも長くトゥインクルシリーズで走れていたら────そう思わずにはいられない。
    もっと仲良くなれるのではないだろうかと、思わずにはいられない。

    今でも少しずつ打ち解けているし、ソラを除いてふたりとも優しい性格だし、学年とデビューの時期が違ったとしても、きっと楽しい仲間になっただろう。

    でも、その未来は願っても辿り着けない。
    俺にそんな力なんてないし、ゲームみたいな能力も持っていない。

    それでも“もしも”を願ってしまうのは、欲張りだろうか。
    欲張りなのだろう。
    出来ることならあの日に戻ってしまいたいし、やり直してもう一度この未来に辿り着きたいと思ってしまう。

    ……だめだな、子供みたいなことを考えるなんて。

    よほどいま目の前に広がる光景が、尊く愛しく感じたのだろう。

    笑顔で話しながら食事を楽しむ3人に、これからもこの仲が続きますようにと祈りながら、俺は静かに料理を口へ運び続けるのだった。

  • 128◆iNxpvPUoAM23/05/09(火) 02:45:14

    眠気が限界を迎えたため本日はここまで

  • 129二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 02:48:21

    お疲れ様でした
    にぃににネオユニ先輩を会わせちゃいけないなこれは……
    向こうから見せることはないだろうけど主人公補正でなんか「事故」が起きそう

  • 130二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 07:05:49

    お疲れ様です〜
    主人公サイドが賑やかになってきた

  • 131二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 07:41:38

    いちいちえづくハルカ先輩可愛い

  • 132◆iNxpvPUoAM23/05/09(火) 15:44:02

    「ごちそうさまでした!」
    「お粗末さまでした」

    食事を終えて片付けをして、ミヤコがお茶を淹れて戻ってきてくれた。
    全員が座ったところで、俺はずっと確認しようと思っていたことを口にする。

    「ミヤコに聞きたいことがある」
    「あ、はい?」
    「ソラが“領域”に目覚めつつある、かもしれない」
    「……ぇ」

    「ぁ〜……あれ、ですか……」
    「ほんと、なの……?」
    「多分……はい、そうかも。にぃにが読んだ研究? の、なんか本に書いてたことと、だいたい合ってるので……多分」
    「そうなんだ……すごいね、ソラちゃん! 私の力は未完成だから、ほんとにすごいな〜!」

    「いや、それが少し変わってるんだ」
    「……へ……?」

    俺はミヤコに説明した。
    今わかっている範囲で、ソラの“領域”がどのような特性か。

  • 133◆iNxpvPUoAM23/05/09(火) 15:46:44

    レース中、俺とハルカ以外の全てのヒトがソラの存在を見失ったこと。
    ゴール板の前に立っていた審判が、ソラがゴールした瞬間を見ていたはずなのに、気づかなかったこと。

    いや、気づかなかったというよりは、見えてすらいなかった。
    しかしレースの動画にはちゃんと残っていて、その上ではしっかりとゴールしていた。

    あの日の夜、ソラが話していた内容と合わせて考えると────

    「ソラの“領域”は、自分の存在感を薄くしてるんだと思うんだ」
    「……存在感……」

    「ソラさんはまだこちらの世界の扉を叩いただけですわ」
    「……、……ぇ?」
    「うふふふ、まだ制御できていなくて当然、ということです」
    「ぁ、え、ええと……カミカゼ、さん……?」
    「はい、ハルカミカゼですわ」

    「ぁ〜……ハルカ先輩、お腹減るとこうなっちゃうんですよね」
    「お、お腹が空くと……、あれ? でも今ごはん食べたところ……」

    「アホの言うことは無視していい」
    「んなっ! ちょっと空気和ませようとしただけなのに!」

    「わたくしもまだ完全に制御しきれているとは言えませんが……それでも、殻は破っています。しかしソラさんはまだ破れていない……その時点で、まず力への理解と練度には大きな差があります」
    「とはいえ、反復トレーニングをすれば覚醒へ至れるということでもありませんし、わたくしのようにレース以外でもその恩恵に預かることができるとも言えません」
    「結局のところ、“領域”というものはレース中に辿り着ける境地でしかないのです。答えは走ることでしか、得られないのです」

  • 134◆iNxpvPUoAM23/05/09(火) 15:54:25

    「そう、ですね。私の力も、レースの中で目覚めました。最初は他人のものを奪う、覗き見るような……この力を嫌悪したけれど……」
    「……今ではこの力も好意的に受け取れるようになりました。悪用は、しないですけど」

    「……ともかく、ソラは何度も走って走って走りまくって、あの感覚を物にしなきゃいけないってことか」
    「ぉ、おぉぅ……あたし、またヒトから見えなくなるのか……」
    「だな。制御できるようになれば、抜け出す時に認識されずにうまく立ち回れるかもしれない。見方を変えれば強力な力だよ」
    「でもにぃやんしょぼいって言ってじゃん」
    「……」
    「しょぼいって言ったじゃん!」
    「対ゴーストの最終兵器になる」
    「うわ無視か。……まあ、実際それで抜け出せたしね」
    「すぐ気づかれてたっぽいけどなー」
    「あたしのことが見えるヒトと、見えないヒトの違いってなんなんだろう……」
    「俺とハルカは見えてたな」

    「ええ、一度たりとも忘れることなんてありませんでした。ちゃんと、見ていました」
    「ゴーストも一瞬見えてなくて、すぐ見えるようになった。なにが違うんだ?」
    「……考えられるのは、やはり練度不足ではないかと」
    「やっぱそうなんかなぁ……ともかく、だ」

    「ミヤコにこの話をしたのは、頼みたいことがあって」
    「ぁ、もしかして……私の力で、ソラちゃんを覗く……とか?」
    「そういうこと。話が早くて助かる」

    「ぁ、ハルカ先輩、ちょっとちょっと」
    「……あら、ふふっ」

  • 135◆iNxpvPUoAM23/05/09(火) 15:57:19

    「ミヤコ頼りにするのは申し訳ないんだけどな……あいつはアホだから自分じゃ絶対わからないと思って」
    「あ、あはは……そんなことはないと、思うけれど……でも、大丈夫ですよ。私も大きなレースが近づいてきているので、一緒にトレーニングさせてくれると、嬉しい」
    「ほんと? まじで助かるよ」
    「……それにカケルさんに見てもらえるのも、嬉しいから」
    「ぁ……お、おぅ。まあ……向こうのトレーナーに、怒られない程度に……な」
    「それは大丈夫。良いものはどんどん取り入れていくってスタンスだから」
    「俺が良いものとは限らないぞ?」
    「ふふ、私にとっては1番ですからっ」
    「…………、……そ、か」
    「……ちょっと、恥ずかしいですね、いまの」
    「ぁー……、……だな」
    「ぁ、だめ……尻尾が動いちゃう……」
    「昔から照れたらめっちゃ動くもんな」
    「あんまり、見ないでください……恥ずかしい……」
    「ま、まあ……感情表現が豊かなのは良いことだと……」

    「おぅおぅおぅおぅ! さっきからなに夫婦空間作ってんでぃ!!」

    「ぇ」

    「作ってねーよアホか。お前らこそなにやってんださっきから」
    「ゲーム」
    「は?」
    「難しい話ばっかで退屈だったから、ゲーム」
    「いや、お前の話なんですけど」
    「夫婦空間作っといてか。ぶっ飛ばすぞ」
    「なんでだよ」

  • 136◆iNxpvPUoAM23/05/09(火) 16:01:32

    「ソラさんの発案で、みんなでゲームをしようと。2人1組であれば遊べるものがあったので、準備していたんですよ」
    「ぁ、そう……」

    「ぇ、えと……ゲーム、私あんまりやったことなくて……」
    「ふふふ、大丈夫。すごろくしつつ、簡単なミニゲームをこなしていくものですから」
    「あ、すごろく……! それなら、私も出来るかな……?」
    「ええ、説明も出ますからきっと」
    「わぁ、じゃあ……頑張ってみるね」
    「ふふ、はい。それでは────カケル様は、わたくしと」

    「えっ」
    「はいっ?」
    「はぁっ!?」

    むぎゅ、と左腕に抱きつかれる感覚。
    女王モードのハルカが俺の腕にしがみついていた。色々とこう、押し付けるような感じで……。

    「か、カケル……様?」
    「え、なに、なになに?!」

    「……」
    「おいこら! にぃになんでまんざらでもない顔してんの! 学生相手でしょ、いつもなら鬱陶しい離れろ暑いって怒るとこでしょ!」
    「え、し、してる?」

    「……ニヤニヤしてる」

    「……」

  • 137◆iNxpvPUoAM23/05/09(火) 16:14:03

    慌てて右手で口元を隠す。
    いや、だってさぁ……。
    突然で驚いたのと、なんかこう、感触が、こう……。
    そりゃにやけるよ! 仕方ないだろ!

    「どうでしょう、カケル様。ふたりの息の合った連携で、レガリアさんとソラさんを倒してしまうというのは」
    「ぇ、あ……え、ぁ……ああ、……いや」

    「……なに照れてんだよはっきり断れよ」
    「い、いやっ、照れてるわけじゃ!」

    「……」
    「ほらぁ! ミャーコ先輩もキレ気味でしょーが!」
    「へっ? あ、そ、そんなつもりは……」
    「ここは公平に! グーとパーで別れましょ!」

    「よろしいのですか?」
    「……え、なにがですか?」
    「天運に賭ける勝負であれば、わたくし、負けませんよ?」
    「よーしやったるわ! めっちゃやったるわ! 全力で勝ったるわ!」

    「わ、わたしも……頑張らないと」
    「え、え、なに、どういうことこれ」
    「にぃには黙ってグー出せばいいから」
    「えぇぇ……」

  • 138◆iNxpvPUoAM23/05/09(火) 16:18:50

    なんだかバタバタした時間を過ごした後、ハルカの門限もあり、お開きとなった。
    ちなみにゲームは俺とハルカ、ソラとミヤコのペアとなった。
    しかもほとんど俺の出る幕はなく、ハルカがソラとミヤコを相手取って無双していた。めちゃくちゃゲームうまかった。

    あと、ずっと女王モードのハルカは俺をカケル様と呼び続けていた。トレーナーを名前呼びって……いや、もう訂正しても意味なかったからもういいけどさ……。

    ハルカと契約して数日、彼女についてまだまだ分からないことだらけで、俺は困惑し続けるしかできなかった。
    ……まあ、賑やかなのはいいことだけどな。

    でもソラがうざいのはマジでキレそうになった。

  • 139◆iNxpvPUoAM23/05/09(火) 16:25:35

    2週間後、東京レース場────

    〈ゴオォォーール!! クイーンカップを制したのは────、怪我明けのソラノメモリアは惜しくも3着────〉

    「3着、おめでとう」
    「にぃやん……ボロ負けしました、はい」
    「今回はうまく出なかったみたいだな、“領域”」
    「ヒビが入る感覚も、なかったですね……」
    「惜しかったな」
    「仕掛けるタイミングは合ってた、と思うけど……意識しすぎちゃったかも」
    「だな。“領域”が出る前提で走るのはやめとこう。ハルカの言うとおり、お前はまだ入り口の前に立っただけなんだ」
    「うす……」
    「落ち込むなよ。3着も上等だ、よくやってる」
    「ぅぅ〜……でも、悔しい……! ずっとトレーニングしてきたから尚更悔しい! あ〜! くっそ〜!!」
    「次のレースは3月のチューリップ賞。それが終わったら今度は桜花賞だ」

  • 140◆iNxpvPUoAM23/05/09(火) 16:33:17

    「……G I……」
    「ああ。GⅢよりもよっぽどすごいんだ」
    「……次は、勝てるかな」
    「そのために頑張るんだ。俺と一緒に」
    「……うん、頑張る」
    「よし、そろそろライブだな」
    「ぁ〜……どんな顔して歌えばいいんだよ〜……」
    「……ったく、仕方ねーなぁ。顔こっち向けろ」
    「ぇ、あ、はい、え、なに」
    「いいから」
    「あ、うん……ぅわっぷ……ほぁ、なにこれ」
    「タオル」
    「それは、わかってまふけど……なんで?」
    「汗だくで泥まみれ。見てられねーからな。こんな顔でみんなの前には出させられないだろ」
    「んむむ、うぅ……きもちぃ……」
    「めっちゃふわふわにしといた」
    「……」
    「……よし、綺麗になった」
    「ん……ありがと、お兄ちゃん」
    「頑張ってこい、ウイニングライブ」
    「うん!」

  • 141◆iNxpvPUoAM23/05/09(火) 16:49:29

    ・・・

    「……ああ、ハルカか。悪い、気づかなくて」
    「いえ。わたくしもネット中継で見ていましたが……やはり、発動していませんでしたね」
    「ああ……そうそう、うまくはいってくれないな」
    「反復して練度を上げるほかありません」
    「……ハルカはどうやったんだ?」
    「どう、とは?」
    「自由に“領域”を使えるようにさ」
    「あぁ……いえ、わたくしは……申し上げにくいのですが、わたくしはほとんど苦労はしませんでした」
    「……そうなのか」
    「デビュー戦の時点で入り口には立っていましたから。それからしばらく、ソラさんとの未勝利戦の時にはもう」
    「素質もあるってことか」
    「そうですね。全てのウマ娘があの世界へ到達できるわけではありませんから」
    「ソラとも話してたんだ。“領域”前提で走るのはやめよう、って」
    「その判断は正しいかと。意識的に制御しているゴーストさんやわたくし、レガリアさんはともかく、ソラさんはまだまだ入り口の前に立っているだけですから」
    「ああ……必殺技、みたいに捉えすぎた俺が悪い」
    「ゾーンとは、あくまで集中している状態。とても深く深くまで集中している、それだけのこと。身勝手の極意と同じようなものです」
    「……なるほどな、分かりやすくて助かる」
    「つまり今回のレース、ソラは限界まで自分を出しきれてなかったと」
    「そこまではっきりと言うつもりは、わたくしにはありませんでしたが……そういうことに、なるでしょうね。やはり鎬を削り合う、明確な相手が必要かと」
    「……ゴーストみたいな、か」
    「ええ」

  • 142◆iNxpvPUoAM23/05/09(火) 17:01:08

    「難しいな、色々と」
    「だからこそ、みんな必死になる」
    「……俺よりよっぽど分かってるな、ウマ娘のこと」
    「ふふふ、ウマ娘ですから。……カケル様も、そう気に病まないでくださいね」
    「ありがとう、ハルカ。俺は大丈夫だ」
    「……カケル様のダメなところ」
    「え?」
    「ご自分の負担を隠して、見て見ぬ振りをしてしまうところ」
    「……」
    「わたくしだけには……とは、申しません。ソラさんもきっと心配していますから、たまには、弱いところも見せてあげてはいかがでしょう」
    「……俺は兄貴だから。妹には見せられないよ」
    「あら、ではわたくしの特権とさせていただきましょうかしら?」
    「お前にも見せる気はないぞ……」
    「ふふふ、今まさに見ている気がいたしますが、そういうことにしておきます」
    「……勘弁してくれ」
    「それとも、レガリアさんの方が見せやすいとか? もう彼女は教え子ではありませんし」
    「だ、だからぁ……!」
    「いじわるしすきてしまいましたね。このままでは嫌われてしまうかも」
    「それくらいにしといてくれ……そろそろ切るよ。ウイニングライブがあるから」
    「ええ、わたくしも配信を見させていただきます。明日は、わたくしのレースで」
    「……うん。ハルカの……」


    「共同通信杯で」

  • 143◆iNxpvPUoAM23/05/09(火) 17:56:08

    翌日、自宅────

    「ソラいつまで寝てんだ。もうすぐ出るぞー」
    「……」
    「ソラ」
    「起きてる、けどー……」
    「早く布団から出て飯食え」
    「……行きたくない」
    「なんで」
    「……だって」
    「昨日負けたから、とか言ったらぶっ飛ばす」
    「……」
    「あのな、レースは負けて当たり前なんだ。考えてみろ。、16人出ても勝ちはひとりだけ。お前はその中でも3着まで頑張ったんだ、十分すごいだろ」
    「でも、前に走った距離より短かったのに……」
    「春天に勝ったやつでも、違うレースじゃ負けることだってある。距離が短いからって絶対勝てるとは限らないんだ」
    「……」
    「お兄ちゃんは走ったことないじゃん……」
    「ああ、ない。でも俺だって悔しい気持ちは同じだ。昨日は切り替えれてだろ」
    「あれはライブがあったから……昨日ずっと考えてたら、しんどくなった」
    「……表面上だけでも切り替えられるのが、お前のいいとこだと思ってたんだけどなぁ」
    「……」
    「ハルカの応援、いくぞ」
    「……行きたくないって」
    「いいから、いくぞ」

  • 144◆iNxpvPUoAM23/05/09(火) 18:06:25

    「うぅぅ……わかった、わかりましたよ、いきますよ……」
    「ハルカの前で泣き言言ったらぶん殴るからな」
    「……お兄ちゃん」
    「あ?」
    「あたし……、……ごめん、やっぱりなんでもない」
    「……飯食え。トースト焼いてやるから」
    「バター多めにして」
    「はいはい」
    「スープは?」
    「いる。コンポタ」
    「うい」
    「あとオレンジジュース」
    「はいはい」
    「……」
    「……」
    「……」
    「トーストもうちょっとだから、先にスープ飲んどけ」
    「ん……おいしい」
    「そりゃ俺が作ったからな」
    「うわぁ、お湯で溶かしただけのくせに調子乗ってるよこのヒト……」
    「うるせーよ。それだけ言えたらもう元気だな」
    「……」
    「来週はミヤコの予定が空いて走りを見てもらうことになってるんだ。しょげてられないぞ」
    「……じゃあ、今日だけ」
    「ハルカと合流するまでだ」
    「1時間もないじゃん……」
    「ゆっくり悩んでる時間もないってことだ。飯食ったらシャワー浴びてこいよ」
    「ん……わかった」

  • 145◆iNxpvPUoAM23/05/09(火) 18:16:08

    東京レース場────

    「うわぁ……ヒト多いな……」
    「昨日とあんま変わんないだろ」
    「やっぱターフに立つ側とこっちじゃ感じ方が違いますね」
    「そういうもんか」
    「そういうもんよ」
    「ふーん」
    「……で、ハルカ先輩は?」
    「そこ」

    「ぁ、ぁあ、ぁ、あわっ……わぁ、ぁ……っ」

    「くっそビビってらっしゃる……ちょ、大丈夫ですか先輩……」
    「女王モードに変身しないで頑張りたい……らしい」
    「え、なんで?」
    「それが今日の課題だから」
    「……課題」
    「前に言ってただろ。ハルカの“領域”は発動したらアクセルベタ踏み。ゴールするかスタミナ切れるまで全力疾走だ、って」
    「ぁー、うん、そうでした」
    「だからここぞって時までは温存するように……って話だったんだけど」

    「はわっ……す、すみませんぶつかってしまって……ぁわわゎわ、ごめんなさい、ごめんなさい! ぁ、壁でした……」
    「壁に謝ってますけど」
    「レースの時でよかったんだけどな……そのままでいいの」
    「まあ、あたしはこっちの先輩の方が可愛くて好きだけどなー」
    「女王モードは苦手か?」
    「え、ううん、そんなことないよ。頼りになるし、にぃに忙しいときあたしの見てくれてるし。走りながら教えてくれることもあるし」
    「ほんと、なんでお前と同期なんだろな」
    「おい、それどう言う意味だ、おい」

  • 146◆iNxpvPUoAM23/05/09(火) 18:28:28

    「いや……ありがたいよな、って。仲間でライバル、いい関係だろ」
    「……だと、いいけど」
    「凹むの禁止っつったよな」
    「ぁ、さ、さーせん」

    「ハルカ、こっちこっち」
    「ぁ、す、すみません……私、ヒトがたくさんいると、き、緊張、してしまって……」
    「ああ……まあ、あんま得意じゃないよな。俺もあんまり得意じゃないし」

    「あ、あたしもあたしもー」
    「私たち、“陰”って感じ……ですもんね」
    「陰って……あぁ、陰キャか。いやそうですけど、確かにあたしもそっち側ですけど」

    「高校の時は俺もやばかったな。大勢で遊ぶのとかめっちゃ嫌いだったし、文化祭とかでクラスの奴らと何かやるってのも全然乗り気になれなくて」
    「あ〜、わかりますっ。私も、ぜ、全然……むしろ空気というか、目立たないようにしていて……はい、学校ではほとんど話さないことが多い、です」
    「ちょっと先輩の陰レベル高すぎてやばい、あたしビビってる」
    「そ、そうですか……?」
    「もしあれだったら、あれですよ。昼休みみんなでご飯食べましょ、にぃにもひとりで寂しいだろうし」

    「俺は仕事してる」
    「可愛い妹たちとご飯食べられて嬉しいだろ〜!」
    「邪魔くせぇ」
    「おいおい、照れんなよ〜」
    「鍵閉めとくわ」
    「持ってるわ〜、合鍵持ってるわ〜」
    「死んでしまえ」
    「ひどい!」

  • 147◆iNxpvPUoAM23/05/09(火) 19:04:53

    「……ふふ」
    「え、なに、なぜに笑った……」
    「ふたりのやりとり……き、緊張、少しだけ……ほぐれた、気がします」

    「……そ、か」
    「ありがとうございます」
    「釈然としねぇ……まあ、いいか」

    「今日のレースは東京1800。ハルカはここで走るのは初めてだな」
    「ぁ……は、はい」
    「昨日ソラが走ったのは1600。ハルカの阪神JFよりも200m長い。中距離……と呼ぶには少し短いが、最初から“領域”任せで走るには長いと思ってるんだけど、どうだ?」
    「そ、そう……ですね。なんとかやれそうな気もします、けど……ゴール前の坂が、ちょっと……怖いです」
    「なら、やっぱり温存しよう」
    「……できる、でしょうか」
    「ゾーンに頼らず走る練習はしてきたんだ。あとは雰囲気に呑まれず、ハルカ自身の力で前を見て走る、それだけだ」
    「……」
    「……実際に走るのはハルカだ。最後はお前の判断次第、やばいって思ったらすぐに変わればいい」
    「で、でも……それじゃあ、長距離は……」
    「ああ、勝てない」
    「……」

    「ちょ、にぃに追い込んでどうすんの! せっかく緊張ほぐれたって言ってたのに……」
    「大丈夫」

    「お前は今日、1番人気だ」
    「い、いちばん……ひ、ぃぅ……ぉぇっ」

    「ぁ、ちょちょっ、……よしよし……。にぃやん!」
    「いいから」

  • 148◆iNxpvPUoAM23/05/09(火) 19:09:21

    「すでにGⅠを取ってるハルカは今後出るレースでは高い人気順位で走ることになる。それに慣れるためにも、今から鍛えとかなきゃな」
    「ぁ、あわ、で、でも私なんかが1番、なんて……き、期待、させて……落としたら、ど、どうすれば……」
    「大丈夫」
    「……と、トレーナー、さん……」
    「俺はハルカに期待してる」
    「とっ、とと、とれっ……っ……────」

    「……カケル様」

    「ぉわ、変わっちゃった……」

    「すみません、あのままでは本当に吐いていましたから」
    「……oh」

    「カケル様、質問を」
    「どうぞ」
    「カケル様は、わたくしの……いいえ、このハルカミカゼのどこに期待していらっしゃるんですか?」
    「空気読めないとこ」
    「…………」

    「ちょ、おいにぃやんなに言ってんの! そこ普通褒めるとこ、貶すとこちゃうから! 先輩びっくりして固まっちゃったから!」

  • 149◆iNxpvPUoAM23/05/09(火) 19:11:27

    「じゃあ言い換えると、マイペースなとこ」
    「……ぇ、ええと……わたくしの、その、マイペースなところ……に、期待を?」
    「ああ。周りに流されない、自分ってやつを持ってる」
    「そう、でしょうか」
    「そう思ってるよ、俺は」
    「……こんなに緊張して、吐きそうにすら、なっているのに」
    「ハルカは始まれば切り替えができる子だよ。チームを辞めるときも立ち向かう勇気があったから、やめられただろ」
    「あれは……あの子の代わりに、わたくしが動いただけです。生徒会長のお力を借りる形で」
    「でも、ハルカ自身の判断に変わりはないだろ」
    「……そう、ですわね」
    「その勇気があるんだ、ハルカは大丈夫。俺は信じてる」
    「…………わかりました。頑張ってまいります」
    「うん、頑張って」
    「ところで、ソラさんから聞いたのですが」
    「ん? ソラ?」
    「レースに勝ったら、何かご褒美をしてあげている、と」
    「……ん? ん、んっ……ん?」
    「わたくしが勝った時のご褒美、考えておきますから……よろしくお願いしますね、カケル様」
    「えっ」
    「そうですわね……では、せっかくですので温泉でも」
    「ぇ、あ、ああ……それくらいなら」
    「わたくし、調べておきますからね。混浴」

    「ああ、混浴ね、はいはい」
    「……」
    「えっ、混浴!?」

  • 150◆iNxpvPUoAM23/05/09(火) 19:18:11

    「ちょ、先輩なに言ってんの!? やべぇよやっぱこっちの先輩まじでやべぇ!」
    「ふふふ、勘違いしてはダメ。わたくしはあの子が望んだことを可能な限り、叶えてあげようというだけですから」
    「ってことは、あっちのハルカ先輩もにぃにと混浴したいって……?」
    「さあ、どうでしょう。もしかすると、わたくしだけの願いかも」
    「うわぁ、うわぁ……なんかもう、うわぁ……」

    「……にぃになにニヤついてんの、キモイ」
    「に、にやけてねぇよ! ハルカはさっさと控室! あとでまた顔出すから!」

    「ふふ、承知いたしました。ではまた、のちほど」

    「……ふぅ」
    「ふぅ、じゃねーよ! なんでまたあの空気に飲まれてんの!」
    「い、いや……飲まれてなんか、な、ないぞ!? 俺はちゃんと大人として、毅然な態度でだな」
    「鼻の下伸ばしやがってこいつ……」
    「伸ばしてねーって!」
    「そんなに女の子と入りたいなら、あたしでもいいじゃん……」
    「は?」
    「うーわ差別、差別ですよこのヒト! 妹差別だ!」
    「アホかお前。さっさと席取りに行くぞ」
    「へいへーい」

  • 151◆iNxpvPUoAM23/05/09(火) 20:07:08

    「今日のレースって警戒するヒトいるの?」
    「……特定の個人にはいない」
    「え、なにそれ」
    「全員ってこと」
    「えー……」
    「このレースはお前が走った昨日のレースとは明確な違いがある」
    「なにそれ」
    「このレースに出るのは、三冠路線を狙う奴らだ」
    「……え、先輩やばくない? もともとティアラ路線走ることになってたでしょ?」
    「だから警戒すべきは、全員。ティアラ路線走ると思ってたやつが急に乗り込んできたら、そりゃあそうなる」
    「そ、そんな中で1番人気ってのもやべーな……先輩」
    「それも一因のひとつだな。……ゴーストがいたらあいつだったろうな」
    「……」
    「実際、ハルカの注目度はすごい。去年のティアラ路線有力候補が、急に共同通信杯だ。普通ならお前が昨日走ったクイーンカップに行くからな」
    「でも、三冠路線の共同通信杯……ハルカ先輩、ほんとに三冠路線行っちゃうの?」
    「かもな。まだ話してる途中だから決まってないけど」
    「……ぅーん」
    「なんだよ」
    「ぁ、ううん……ハルカ先輩とティアラ、走りたかったなって気が、少しだけ」
    「同じチームのウマ娘を同じレースに? 俺どっち応援したらいいんだよ」
    「そりゃあたしでしょ」
    「は?」
    「あたしでしょ、あたししかいないでしょ」
    「本気で言ってる?」
    「本心。100億パー本心」
    「そうだったこいつめっちゃ自己中だったわ」
    「なんだよぅ、お兄ちゃんなんだから妹応援するのは当たり前でしょーが!」
    「へいへい」
    「うーわこいつうーわ」

  • 152◆iNxpvPUoAM23/05/09(火) 20:15:12

    「どうせにぃにはハルカ先輩でしょ、おっぱい好きだし」
    「……」
    「舌打ちやめろよ怖いだろ! いいのか、泣くよ! あたし泣くよ!」
    「……」
    「ちょおい、無視すんなよ。あたしがいるのにスマホ触るなよ」
    「……」
    「ダメだ、完全にスマホ人間だ……」
    「……ゴーストは弥生賞に出るのか」
    「弥生賞?」
    「皐月賞のトライアルレースだ。ここで上位3位以内に入ることができたら、皐月賞への優先出走権が手に入る」
    「優先出走……って、つまり」
    「ファン数とか気にしなくていいってこと。お前が次に走るチューリップ賞も同じトライアルなんだ、覚えとけよ」
    「上位3位以内かぁ……」
    「まあハルカはここで勝てばファン数も大丈夫だし、優先権なくても出れると思うけど、場数は踏んどいたほうがいい」
    「あたしは昨日負けちゃったしなー……」
    「お前は勝っても出す気だったけどな」
    「え、そうなのかよ……走ってばっかかよ、今月と来月……」
    「クラシックは忙しいぞ。夏までほぼ毎月レースだ」
    「ひぃ〜……」
    「とりあえずお前の課題はあれだな」
    「……“領域”?」
    「違う」

  • 153◆iNxpvPUoAM23/05/09(火) 20:16:35

    「え、違うの?」
    「“領域”に頼らず走る。兆しが見えたから次は……なんて発想じゃ、普通の走りすらできない。昨日のお前がそれだ」
    「……」
    「だから、それがなくても強い走りができるようになること。それがお前の課題」
    「あたし、壁にぶつかってたかぁ……」
    「だな。俺もお前と同じ壁見てた」
    「そっか。あたしたち同じとこ見てたんだ」
    「知らなかったのか」
    「あたしだけだって思ってた」
    「1人で超えられる壁かよ」
    「いや〜、無理ゲーですわ。使いこなしてるハルカ先輩とミャーコ先輩さすがっすわ」
    「ミヤコは超えられてないけどな……」
    「……すみません」
    「とにかくお前は自分の走りの再認識。と、それのレベルアップ。チューリップ賞まで1ヶ月ないから頑張ろうな」
    「おっすおっす。頑張ります」

    〈晴れ渡る空のもと、東京レース場は大きな歓声に包まれています〉

    「お、そろそろだな」
    「うん……頑張れ、ハルカ先輩」

    〈1番人気の登場です! ティアラ路線最有力候補と言われていた阪神JF勝者の殴り込み! ハルカミカゼ!〉

    「……よ、よよ、よっ……ぅ、う……」

    「ぅーゎ……くっそ緊張してらっしゃる」

  • 154◆iNxpvPUoAM23/05/09(火) 21:26:50

    「……私の、勇気。私を、信じてくれてる……」
    「新海さんが、トレーナーさんが……か、カケルさんが……っ」
    「すー……、はー……、すー……」
    「……よ……よし……っ」

    〈12人全てのウマ娘がゲートに入りました〉
    〈GⅢ 共同通信杯 1800m〉
    〈いまスタートしました!!〉

    「ぅ、あ……っ!」

    〈おっとハルカミカゼ少しタイミングがズレたか! 後方からのスタートです!〉

  • 155◆iNxpvPUoAM23/05/09(火) 21:27:04

    「ハルカ先輩っ……!」
    「ぁ、くっそ……一拍ズレたな」
    「先輩、スタート苦手だもんねー……でもほら、先輩もともと追込だし」
    「だとしても、だな……」
    「ダメだった?」
    「ハルカはいつも出遅れたら、すぐに人格を変えるだろ」
    「ぁー……」
    「……我慢しろよ、ハルカ」

    〈さあ最初のコーナー回って向こう正面! 出遅れてしまったハルカミカゼは未だ後方!〉

    「は、っ……は、はあっ……!」
    「いつも、なら……もう、変わってる、のに……っ」

    ────俺は信じてる。

    「……信じてる、って言ってくれた。もう1人の私じゃなくて、私を……信じてる、って」
    「応えたい……トレーナーさんの、カケル、さんの……気持ちに……っ!」

    〈堪えるようにハルカミカゼは後方待機! 前に出るタイミングを伺っている!〉

    「よし、いいぞ……いいぞ……」
    「踏ん張って、踏ん張ってハルカ先輩〜……!」

  • 156◆iNxpvPUoAM23/05/09(火) 22:00:14

    「でも……ここからだ」
    「ここから?」
    「ハルカはこのレースにおいて殆ど前例のない、ティアラ路線からの参戦だ。嫌なやつを前に行かせたくない時、どうすればいい?」
    「どうって……」
    「お前もやられたことあるだろ」
    「ぁ……前を、塞ぐ……?」
    「ああ」

    〈おぉっとハルカミカゼ激しいマーク! 前に出られない!」

    「ぁ、っ……!」
    「ま……前、が……っ」
    「いつもなら、いつも、なら……っ……」
    「……まだ、まだ、1000mまで……っ」

    〈横一線に並んだ! 激しい追い比べだ!〉

    「……」
    「うぉでっかい舌打ちびっくりした……あたしにしたのかと思った……」
    「ほら、前塞がれた」
    「ぁ〜……これじゃあ1000mから入れ替わってもきついかも……」

    〈第3コーナーに入って1000mを切りました! 未だ隊列崩れず一直線! 激しい先頭争い続くまま最終コーナーへと進んでいきます!!〉

    「ハルカの強みはスタミナだ」
    「え?」
    「阪神JFの1600では、開始直後から“領域”を発動してそのままゴールまで走り抜いた」
    「お、おぅ」
    「なら、多少のロスくらい、なんてことない」

  • 157◆iNxpvPUoAM23/05/09(火) 22:13:24

    「1000m……これなら、大丈夫……ですっ」
    「カケルさんが、言ってくれた……私のスタミナなら……っ」
    「すー……、ふー……、……行きましょう」

    「もう1人の私」

    〈大外から上がってきたハルカミカゼ! ハルカミカゼの猛烈な追い上げが始まった!!〉



    「ごきげんよう、三冠路線のみなさま。いつもより我慢した分────全力でお相手させていただきます!」

    【エデンの女王】


    〈激しい先頭争い制した6番トルネードスピア1番手、1バ身遅れて2番手ホワイトブリーチ、ほぼ並んでピストルワンピースが3番手で第4コーナー回って最終直線!〉

    「ま、間に合うかな!?」
    「大丈夫、落ち着け」

    〈大外からハルカミカゼが追い上げる! 瞬く間に順位を上げて、先頭へ────!!〉

    「違う路線からの参入、不躾かとお思いでしょうが……ふふ、どうか許してくださいね」
    「私だって、もともとはあなたと同じ舞台に上がりたかったのです」
    「またいつか見えることを願って、ひとまず……このレースはわたくしがいただきます」

    〈ゴオォーーール!!〉

  • 158◆iNxpvPUoAM23/05/09(火) 22:21:58

    「ふう。一時はどうなるかと思いましたが……」
    「ありがとうございます、三冠路線の皆さま。またお会いできる日を楽しみにしています」

    〈1着ハルカミカゼ! ティアラ路線から殴り込んだ女王が、共同通信杯を制しました!!!〉

    「やった〜!!! 先輩が勝った!!」
    「ああ……! よしっ!」
    「これでご褒美の温泉は決まりだねにぃに、……じゃなくて、カケル様〜」
    「わざわざ言い直すなよやめろよ」
    「いいじゃんカケル様〜! みんな名前で呼んでるしあたしもそうしよっか」
    「やめろ」
    「へいへい、お兄ちゃんは妹の特権ですしね〜」
    「ゴーストも呼んでたな」
    「……」
    「露骨に嫌そうな顔すんなよ」
    「あいつの名前出さないで」
    「あ、はい、すみません」

  • 159◆iNxpvPUoAM23/05/09(火) 22:31:30

    ・・・

    「ハルカ先輩〜!」
    「ソラさん。見ていてくれましたか?」
    「バッチリですよ! さっすがですね〜!」
    「ふふ、この程度で沈んでいては、春天など夢のまた夢、ですから」
    「いや〜……負けたあたしとは大違いで……」
    「昨日のレース……ですね」
    「……はい」
    「……ぁ、の……き、昨日の、レース……」
    「ぇ、あ、いつもの先輩か……戻ったのか、びっくりした……」
    「きっと……力が、入りすぎていたんだと……お、思い、ます」
    「力……」
    「とても、走りにくそうに……見えました。ゴーストさんとの模擬レースは、もっと……荒削り、でしたけど……も、もっと、その……スッキリ、していた、ような」
    「余計なこと、考えすぎ……ってことですか?」
    「あ、はい! そう、はい、ですっ!」
    「……むぅ……」
    「私が言うのも、よくない……と思うん、ですけど……“領域”は、その……殻、なんです」
    「殻……?」
    「はい……自分という、殻を破って……新しい自分を、見つけるような……私の場合、そんな、感じ……でした」
    「私は、どうなんだろ……」
    「それはソラさんが……み、見つけるべきだと、思います。トレーナーさんと、一緒に」
    「……うん、頑張ります。あたしも負けてらんないですね!」
    「ふふ、はいっ」
    「それじゃあライブ、客席で見てますからね〜! にぃにも喜んでましたよ、やった〜って」
    「ぁ……よ、よかったです……っ」
    「じゃ、またあとで!」
    「はいっ」

  • 160◆iNxpvPUoAM23/05/09(火) 22:39:11

    ・・・

    「お疲れ、ハルカ」
    「ぁ、ぉ、お疲れ様、ですっ」
    「おめでとう。ちゃんと見てたよ」
    「……ありがとう、ござい、ます」
    「最後方からの1000mで“領域”発動、、そのまま1着なんて……めちゃくちゃすげーよ。マジでびっくりした」
    「い、いえ……そんな、私なんて……」
    「ハルカの力だよ」
    「……、……」
    「勝てたご褒美、やらなくっちゃな」
    「ぁ……っ」
    「さっき言ってた温泉でいいのか?」
    「……そ、の……、ぇと……」
    「ミヤコも誘っていくか。仲のいい奴が多い方がいいだろうし」
    「と、トレーナー、さん……っ」
    「ん?」
    「……、……が、いい……です」
    「え? ごめん、なんて?」
    「……ふたり、が……いい、です」
    「えっ」
    「……ふたりで、いきたいです、温泉」
    「えっ!?」

  • 161◆iNxpvPUoAM23/05/09(火) 22:59:33

    「いやーごめんごめんおトイレ混んでまして……あれ、なんですかこの空気。え、なにこの空気」
    「ぁ、お……お、おぅ、ソラ」
    「え、なに、なんなのそのニヤケ顔。なにがあった言え、今ならビンタ1発で許してやる」
    「ちょ、待て! なんもしてない、俺はなにもしないぞ!」
    「じゃあ先輩?」

    「うふふ、いいえ? わたくしも、なにも」
    「えぇ〜!? じゃあなんなんだよぉ……にぃになんなんだよぉ……」
    「温泉にふたりで行きたい……と申しただけです」
    「あ〜そういうことかぁ、温泉ね、温泉。どこ行きます?」
    「府中から電車で少し行った先に、大きな温泉施設があるんです。2年ほど前に出来たばかりで……そこにカケル様と行けたら、と。ふたりで」
    「なるほどなるほど。じゃあみんなで行かなきゃですね、ミャーコ先輩も誘って!」
    「ですから、ふたりで」
    「絶対ダメですよ」
    「あら」
    「ダメですよ」
    「どうしてですか?」
    「ダメだからですよ」
    「みんなでいきましょーね〜」
    「わたくしのご褒美ですのに……」
    「あれ〜、先輩知らなかったのかな〜? ご褒美はみんなで共有するんですよ〜」
    「でしたら、ソラさんのご褒美をわたくしもカケル様からいただける、と」
    「ぇ、そ、それは……」

  • 162◆iNxpvPUoAM23/05/09(火) 23:01:05

    「ねぇ、カケル様? これまでソラさんにしてあげたご褒美、教えてくださる?」
    「ちょちょちょ、ちょい、ハルカ先輩ちょい」
    「はいはい、なにかしら」
    「温泉って……ガチで混浴行く気ですか」
    「ええ、もちろん」
    「じゃあ絶対ダメ!」
    「混浴でなければ、許してもらえたんですか?」
    「100歩……いや100億歩譲って別々なら、はい」
    「では100億1歩譲って、混浴も」
    「無理に決まってるでしょ!」
    「あら……ふふ、わがままな妹さんですこと」
    「妹は生まれたときからわがままなんです〜!! 許さんぞ、お母さん絶対フジュンイセイコーユーなんか許さんぞ!」
    「不純、でなければ許していただけると……ではカケル様、純粋な異性交友を♪」
    「そういう意味じゃね〜!! ぁ〜……こっちの先輩の相手疲れる〜……」
    「ふふふ、揶揄いすぎてしまいましたね。みんなで行きましょう、温泉」
    「ほんとっすかぁ……?」
    「ええ、もちろん。少し意地悪しちゃいました、ふふふ」
    「マジギレ案件でしたわ……」
    「すみません。これで許してくださいな、よしよし
    「ふぉお……ハルカ先輩包容力やべ〜……おっぱいでっかいしめっちゃいい匂いするし……ママみたい……」
    「いいんですよ、お姉ちゃんって呼んでも。カケル様を呼ぶみたいに、ねぇね、でも構いませんよ」
    「いや呼びませんけど。呼ぶわけないですけど」
    「あら。ふふっ」
    「抜け目ねぇなこいつ……」

  • 163◆iNxpvPUoAM23/05/10(水) 00:11:18

    「とりあえずにぃに、にぃに」
    「ぁ、……はい」
    「いつまでフリーズしてんだよニヤケ顔で」
    「に、ニヤけてないよ! そんな顔してない!」

    「わたくしとの混浴、楽しみにしていてくださったのに申し訳ありません……全員で、行くことになってしまいました」
    「ぇ、い、いや」

    「だからそこは毅然と答えろよ、なんでふわふわな態度なんだよ」
    「だ、だからそんなことない、ないぞ……うん」
    「これだから童貞は……嫌ですね先輩、26にもなって童貞なんて」
    「おま、このっ……!」

    「ふふ、可愛らしいじゃありませんか。わたくしは気にしませんよ?」
    「ぁー……この先輩ダメだわ、もうずっと遊んでるわ、レースの勝った余韻とかないタイプだわ」
    「勝つことが最低条件、と目標づけておりましたので」
    「くっそー……かっこいいー……あたしもそういうこと言ってみたいー……」
    「ソラさんも、次のレースは勝つことが最低条件ですわよ?」
    「えっ」
    「チューリップ賞。ファン数は足りているでしょうけれど、万が一があってはいけませんから、優先権は狙いに行かなくては」
    「ぇ、でも上位3位までのはずじゃ……」
    「3位に甘んじて、クラシック戦線を生き残れるとお思いで?」
    「……、……っ」

  • 164二次元好きの匿名さん23/05/10(水) 00:16:19

    このレスは削除されています

  • 165◆iNxpvPUoAM23/05/10(水) 00:22:18

    「ハルカ」

    「あら、言い過ぎてしまいましたね。すみません、意地悪を言うつもりではなかったのです」
    「……いえ、分かってます。ふざけてばっかりじゃ、ダメなのも……分かってます」
    「デビューは同期ですが……学年では、わたくしはあなたよりも上なんですよ?」
    「ぁ、はい……ナメた口聞いて、ごめんなさい」
    「ぁ、違います違います、ソラさんのことは好きなので、そのままでいいんです」
    「え……?」
    「わたくしはあなたの先輩。ですから、少しは先輩っぽいこと、してあげたいんです」
    「は、はぁ……」
    「だから、その……少し厳しいことを口にした、つもりだったんですが……失敗、しちゃったみたい」
    「……は、はは……な、なんすか、不器用……ですか、先輩」
    「ふふ、いくら違う人格とは言え、ベースはあの子ですから。ご愛嬌、ということで許してもらえます?」
    「いや、もう、むしろ正論っていうか、その通りっていうか……でも、ちょっと怒られてしゅんってなったので、もうちょっとこのままぎゅーっとしときます」
    「それくらいでしたら、いつまでだって。……よしよし、ソラちゃん……」
    「え、ソラちゃん?」
    「ぁ、すみません、ママならそう呼ぶかと」
    「ソラちゃんでいいですよ、あたしのこと。ミャーコ先輩もそう呼んでくれてますし」
    「あら、ふふ。では、ソラちゃん」
    「は〜いハルカ先輩〜」
    「可愛らしい……ねぇ、カケル様」

    「え、あ、はい」
    「ソラちゃん、わたくしの妹にしても?」
    「ああ、いいですよ。どこへでも連れてって持って帰ってください」

    「おいちょ待てこら!」

  • 166◆iNxpvPUoAM23/05/10(水) 00:32:33

    週末、温泉施設────

    「おぉ〜! ついたついた〜」
    「わぁ……大きい、ですね……」
    「流石に軽自動車で4人はきつかったなー……まあ片道30分くらいだったけど」

    「お疲れさま、カケルさん。お茶、飲む?」
    「ありがとミヤコ」
    「いえいえ、ふふっ。みんなで出かけるの、久しぶりだね〜。ソラちゃんのリハビリに行ったプールで、遊んだ時以来」
    「だな。あの時は途中で帰ったっけ」
    「最後まで一緒にいたかったけど……ごめんなさい。今日は最後まで一緒にいられますから」
    「……ちょくちょく気になってたんだけどさ」
    「???」
    「敬語とタメ口が混ざるのって、なに?」
    「ぇ、ぇと、あの……な、なんといいますか……」
    「うん」
    「その、お、お友達として、接したい気持ちと、その……まだトレーナーさんとして敬う気持ち、が色々と、こう……」
    「はは、なんだそれ」
    「少しずつ、慣れていきます」
    「うん。それで頼む」

    「と、トレーナー、さん……っ」
    「おーいなにしてんのふたりともー」

    「へいへい、すぐ行きますよー」

  • 167◆iNxpvPUoAM23/05/10(水) 00:54:39

    受付を済ませてリストバンドとロッカーキーを受け取り、奥へ。
    浴衣もレンタルできるらしかったので、せっかくだからと全員分借りてみることに。

    ハルカのご褒美とはいえ、温泉施設なんて久しぶりだ。ちょっとテンションが上がってしまうが隠さなくては。
    大人だからな。

    「それじゃあにぃに、また後でね〜」
    「へいへい。騒いで迷惑かけんなよ」
    「かけませんよ、子供じゃないんだから」
    「ミヤコとハルカには悪いけど、そいつの世話頼むな」
    「おい」

    「うふふ、お任せくださいな、カケル様」
    「着替えたらロビーで待ってるね、カケルさん」

    「ああ、よろしく」

    更衣室前で一旦別れて着替えに入る。
    自分のロッカーを見つけて荷物と衣類を適当に突っ込んでいき────

    「あ、PC持ってくりゃよかった」

    1日ここで過ごすなら、仕事道具も持ってくればよかった。
    まずったかなぁ……でも、遊びにっつってきてるのに1人だけ仕事してたら怒られそうな気もする。

    まあネットで家のPCに繋げばスマホでも出来るし。

  • 168◆iNxpvPUoAM23/05/10(水) 00:55:43

    スマホに届いていた先輩からのメールを確認しながらひとりつぶやく。

    「先輩から色々教えてもらってるし、今度顔出しに行かないといけないしな……」

    ティアラ路線については、その先輩トレーナーから色々と情報をもらってソラの育成に当ててきた。
    さすがに顔見せに行かないと怒られちまう。ソラにも紹介したいし。

    リラックスしにきたってのに仕事のことばっかり考えてちゃダメか。ミヤコあたりにめちゃくちゃ怒られるな、これ。

    ひとまず考えを打ち切り、素早く浴衣に着替えて更衣室を出る。

    ロビーに出るとまだみんなは出てきておらず、手近なソファにゆったりと腰掛けてぼんやりと掲示されているポスターを眺めた。

    週末の土日は芸人を呼んでお笑いのライブをやったりするらしい。
    縁日コーナーもあるみたいだし、温泉施設というよりはアミューズメントパークだな。

    周りをよく見ればトレセン学園の生徒らしきウマ娘も結構いて、人気スポットらしい雰囲気をしていた。

    値段も相応だし学生でも訪れやすい、楽しげな施設のようだ。ハルカが知っていたのも頷ける。

    というか、俺が知らなすぎるのかもしれない。

    「お待たせしました」

    声がしてそちらに顔を向けると、浴衣姿のハルカがそこにいた。

  • 169◆iNxpvPUoAM23/05/10(水) 01:10:29

    「いかがですか? わたくしの浴衣姿は」
    「ぁ、ああ、似合ってると思うよ」
    「ありがとうございます。カケル様もお似合いですよ」

    いつの間にか女王モード。
    浴衣を見せるのは恥ずかしいから、とかそんな理由だろうか。ありそうだな。

    「隣、失礼しますね」
    「ぁ、ぉ、おう」

    すとんとハルカは俺の隣に腰掛けた。
    なぜか身体をこちらへ寄せ、腕に抱きつくような形。

    「……あの、ちょっと、ハルカさん?」
    「あら、どうかされました?」
    「いや、近い。めっちゃ近い」
    「ふふ、よいではありませんか。こういった経験もなかなかできませんし」
    「……知り合いに見つかったらまずいから!」
    「では見せつけておきませんと。わたくしのもの、と」
    「ちょ、ちょ、マジで勘弁してくれ……」
    「あら、ソラさんみたい。ふふ、本当にそっくりですね」
    「と、とにかく離れてくれ。ミヤコたちに見られたらお前もまずいだろ」
    「あら、それこそ見せつけるべきですわね」
    「いいから、離れて……お願いします」
    「あらあら、ふふふ。ほんと、可愛らしくてついいじめたくなってしまいます」
    「……」

    こいつ、翻弄するような揶揄い方してくるな……。
    しかしこの距離感はまずい。俺は毅然とした態度でハルカの拘束を振り払い、普通に横に並んで座る形で許してもらった。

  • 170◆iNxpvPUoAM23/05/10(水) 01:29:44

    「ソラたちは?」
    「すぐに来ますよ。髪を結えるのに時間がかかっているみたいで。わたくしは遅れることを伝えるために、先に参りました」
    「そ、か。ハルカはいいのか?」
    「ええ、わたくしはあまり、そういったことには拘りませんので」
    「綺麗な芦毛だし、結えても良さそうだけどな」
    「あら、カケル様は下ろしているよりも結えた方がお好みですか?」
    「え、いや、そういう意味では」
    「男性はポニーテールがお好き、と……専門書で学びましたが、カケル様もそうなのかしら?」
    「どんな専門書だよ……漫画か、漫画だな」
    「ご想像にお任せいたします。うふふ」
    「……別に俺は、そのヒトに似合ってたらなんでもいいと思うよ。ポニーテールでも、三つ編みでも、お団子でも」
    「では、わたくしには何が似合うと思います?」
    「ぇー……なんだろ……」
    「あら。存外、真剣に悩んでくださるのですね」
    「え、いまの流してよかったのか」
    「では、せっかくですので」
    「……いらんこと言ったな、俺」
    「カケル様の素敵なところだと思いますよ、うふふ」
    「……うーん……でも、やっぱり普段の降ろしてるイメージが強いしな……」
    「では、オーソドックスにポニーテールなど────」

    「にぃやんおまたせ〜」
    「ごめんなさい、時間かかっちゃって」

  • 171◆iNxpvPUoAM23/05/10(水) 01:32:20

    おそろいの団子結びにしたソラとミヤコが登場。
    お淑やかで落ち着いた雰囲気のミヤコは和装も様になる。
    対してソラは動きがうるさい。大人しく静かにしてりゃ可愛らしいのに、勿体無い。マジで動きがうるさい。

    「なんだよ、なんなんだよその目は。褒めてる目じゃないだろ」
    「アーハイハイカワイイカワイイ」
    「ふざけんなぶっ飛ばすぞ」
    「褒めたろ今!」
    「褒めてないだろ今の!」

    「カケルさん、あの……髪、綺麗にできてるかな? ちょっと自信なくて」
    「ああ、いいと思うよ。少なくとも俺から見てもなにも問題なし」
    「そっか、よかった〜」

    「なんだろう、あたしすごい疎外感……あたしだけ除け者にされてる気する……」
    「ねぇねとお話ししましょうか?」
    「いやねぇねて、ねぇねてなんすか。てか先輩、着崩しすぎでしょ、やばいでしょそれ、ほぼおっぱい出てますやん」
    「あら、そうかしら。ふふふ、なんだか熱くて熱くて」
    「絶対あたしの思ってる漢字じゃない。暑いじゃなくて熱い方だろ絶対……」
    「カケル様をドキドキさせるのが楽しくって、つい」
    「もー! この先輩ほんとやだ、すぐお兄ちゃんのことあたしから取ろうとしてやだ!」
    「その代わり、お義姉ちゃんがいるじゃないですか。いらっしゃいソラちゃん、また抱っこしてあげましょうね」
    「絶対それもあたしの思ってる漢字じゃねーだろ!!」

  • 172◆iNxpvPUoAM23/05/10(水) 01:49:06

    ・・・

    「まず何する? なんか縁日コーナーもあるみたいだな」
    「え〜、おもしろそ〜、迷っちゃうな〜」
    「お前引っ付くなよ、邪魔だろ」
    「確保しとかないとハルカ先輩に取られる」
    「いや、あのねソラ」
    「なに」
    「女王モードのハルカが厄介なのはわかってるだろ、俺がなに言ってものらりくらり交わされて気づけば手篭めにされてるんだぞ」
    「小声でそういうこと言ってもむしろ情けないだけだよにぃやん」
    「くっ……」
    「最近あたしのターン少ないしぃ、ちょっとくらいいいでしょ〜?」
    「マジで邪魔。放せ」
    「ひどい」

    「ほんと仲良し兄妹ですよね〜、羨ましくなっちゃう」
    「うふふ。ええ、本当に」
    「そういえば、共同通信杯、優勝おめでとうございます」
    「ありがとうございます」
    「ティアラ路線を進んでいたのに、三冠路線を狙うウマ娘たちを相手に他を寄せ付けない走り……本当に、すごいです」
    「わたくし、本当は最初から三冠路線に行きたかったのですよ」

  • 173◆iNxpvPUoAM23/05/10(水) 01:49:28

    「……はい、カケルさんから聞きました。前のトレーナーの、こと」
    「感謝は、していますわ。けれど、あの子……もうひとりのわたくしの願いを叶えるためには、離反するしかなく」
    「トレーナーとウマ娘は、その絆の力の強さでより輝く……」
    「御伽話の言い伝え、ですわね」
    「はい、ウマ娘なら誰でも聞いたことがある……御伽話」
    「お互いに想い合う心が、ウマ娘の力になる。わたくしも、カケル様ともっと心を通わせてみたいものです」
    「……、ぁー……」
    「あら、怒らせてしまいましたね。すみません、そんなつもりはなかったんです」
    「ぇ、え、えっ、わ、私もそんなつもりは!」
    「ふふっ♪」
    「と、とにかく、今日は楽しみましょう! カミカゼさんの……えと、ご褒美? のおかげで、私たちも誘ってもらえたわけですしっ」
    「ええ、楽しみましょうね」

  • 174◆iNxpvPUoAM23/05/10(水) 01:49:48

    本日はここまで
    これからもよろしくお願いします

  • 175二次元好きの匿名さん23/05/10(水) 01:51:09

    お疲れ様でした〜
    ハルカさんが色々と強い

  • 176二次元好きの匿名さん23/05/10(水) 01:54:07

    お疲れ様でしたー
    ねぇねとかお義姉ちゃんとか言ってくるの衝撃がすごくすごい(トプロ並感)

  • 177二次元好きの匿名さん23/05/10(水) 02:54:59

    おつ
    おっぱい平均値がすごいすごくて浴衣姿がすごそう

  • 178二次元好きの匿名さん23/05/10(水) 09:40:43

    おつおつ
    妹ちゃん、色々と強敵が多い…

  • 179二次元好きの匿名さん23/05/10(水) 13:05:59

    このレスは削除されています

  • 180二次元好きの匿名さん23/05/11(木) 00:13:16

    ひとまず保守

  • 181◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 00:19:48

    ・・・

    それから俺たちは縁日コーナーで射的に興じたり、湯上がりのアイスクリームを賭けた卓球対決で盛り上がった。
    そもそもウマ娘との対決の時点で俺に勝機がないことは明白で、全員からボコボコにされた。

    そこで意外と強かったのが、というかめちゃくちゃ強かったのがあのハルカだというのが驚きで。

    ……というか、呪われたみたいに俺たちがミスをしまくるのだった。

    俺の球はほとんどネットにかかってしまう。
    ソラの決め球はテーブルを超えてしまう。
    ミヤコは打ち返すことすらできず空振り。

    逆にハルカの打った浮いた球は、必ずテーブルの縁に当たって得点に。
    入ることを前提に取りに行くと結局空振り。

    ……いや、おかしいだろ。
    おかしすぎるだろ……なんだ、これ。どうなってんだよ。

    「ハルカ先輩と勝負したら絶対勝てないって思った」

    「自信があったわけじゃないけど……カミカゼさんと勝負する時は力に訴えたくなっちゃった……」

    かなりしょぼくれたソラとミヤコがベンチに座って黄昏ながら呟く隣で、俺も心の中で同意しておいた。

    「うふふ?わたくしの勝ちですわね」
    「俺たちの負けです、はい」
    「初めて触れた卓球でしたが、なかなか楽しく遊ばせていただきました」
    「うそでしょ……」

  • 182◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 00:21:41

    心が折れる音がした。
    初めてって……おかしいだろ……。

    「では、湯上がりのアイスクリーム、ご馳走してくださいませ、カケル様」
    「言われなくても。どうせなら1番高いやつ食うといいよ」
    「ありがたくそうさせていただきます。うふふっ」

    にこやかに微笑むハルカを除き、俺たち3人が立ち直るまでは数分の時間を要した。
    だって仕方ないじゃん、ボコボコだったんだから。

    ダラダラと休憩を挟んで、そろそろ動き出さなくてはと思ったところで、ハルカが立ち上がり手を叩いた。

    「ささ、みなさん。汗をかいた後は温泉に入りましょう。お昼までもう少し時間もありますし」
    「あたしサウナ入りた〜い」

    「あ、私も〜。ふふ、ソラちゃん福島の施設でもお気に入りだったもんね」
    「へへ〜、ミャーコ先輩の教えてくれた入り方、めっちゃ気持ちよくなるんですよね〜」
    「今日もたくさん気持ちよくなろうね〜」
    「なりた〜い」

    「あら、気持ちよくなるのでしたら、わたくしはカケル様とふたりきりで……」
    「え〜……またなんか言い出してるよ……このヒトほんとにやばい……」
    「ふふ、ソラちゃんには早すぎたかしら」
    「いや別に分かりますよ、分かってますよ、流石にそういうこと分かる年ですよ」

  • 183◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 00:23:31

    「成長というのは早いものですわね……この前なんて、こんなに小さかったのに……」
    「いやあたしの小さい頃のなにをどう知ってんですか……初めて会ったの1年以内でしょうが」
    「うふふ、ごめんなさい。ソラちゃんもカケル様も、反応がおかしくて、つい」
    「も〜……ほんと疲れるからやめてください……」
    「ではまた、回復した時に」
    「うそでしょぉ〜……もう温泉行きましょ、温泉。ミャーコ先輩がブチギレる前に」
    「あら、こわい」

    「ぇ、わ、私そんな顔してた、かな……?」
    「してましたしてました。めっちゃ嫌そうな顔でした」
    「そ、そうかな……そんなつもり、なかったんだけれど……」

    「レガリアさんはわたくしのこと、嫌いですのね……」
    「ぇ、え、えっ! そ、そんなことないですよ、カケルさんの大切なウマ娘ですし、そんな、嫌いだなんて」

  • 184◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 00:24:46

    「では、好きですか?」
    「ぇ……え、と」
    「そうですの……」
    「い、いえ、今のはそうではなくて、あのっ!」
    「ふふ、また揶揄ってしまいました」
    「もう……」
    「さあ参りましょう、おふたりとも。ちなみにわたくしは、ソラちゃんのことも、レガリアさんのことも、大好きですよ」
    「ぇ……」

    「ぉ、ぅ」

    「あら、ふたりともお顔が真っ赤」
    「「も〜!!」」

    「やっぱこの先輩疲れる……にぃやんまたあとでね、温泉でゆっくりしてくるからにぃにもしっかり休んできなよ」
    「ああ」

    心底疲れた顔でハルカとミヤコを追うように女湯の入り口へ向かうソラ。
    あ、そうだ、言い忘れてたことあったわ。

    「ソラ」
    「ん〜? にぃやんなに?」
    「お前と喋ってる時、いつもそんな感じだよ俺も」
    「なんだよ急に! このクソ兄貴め〜……」

    渋い顔で睨みつけてくるソラにちょっとだけ安心感を覚えながら、俺はみんなが女湯ののれんをくぐるところを眺めていた。

  • 185◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 00:29:49

    ・・・

    ウマ娘たちを見送ってから、俺も温泉へ────行くことはなく、その場に座ったままスマホを取り出した。
    Wi-Fiを経由させて家のPCに繋ぎ、仕事の続き。

    ソラのトレーニングメニューのファイルを開き、その最新版のタブを選択。
    スマホの画面が小さくて見辛いことはムカつくが、まあ、いいだろ。

    先週のクイーンカップを踏まえ、“領域”に頼らずレースを勝ち抜くためのトレーニングをしていかなくてはいけない。

    これまでは“領域”なんて縁遠い代物だと思っていたから深く気にすることなく出来ていたことなのに、唐突に手の届く距離にあることを知らされてしまうと、どうしてもそれを気にしてしまう。

    「ゾーンの存在そのものが壁になってる、って感じだな……」

    自分で認識するため、あえて小さく呟く。
    ソラもあの日以来、どこか思い詰めた感じだ。 トレーニング自体はちゃんとやってるし、ハルカから“領域”についてよく話を聞いているところも見かけるから、やる気はあるんだろうが……。

    チューリップ賞まで1ヶ月もない。
    ハルカが発破をかけていた通り、優先権は狙えるなら狙いたい。
    あるに越したことはないからな……それだけでもクラシックへの気持ちの余裕は全く違うはずだ。

    でもそれは勝ってからの話。
    スランプとまではいかないが、小さな壁につまづいてる今の状態じゃあ……。

    「厳しいよな……」
    「ソラちゃんは常に元気で明るい、ように見せて……意外と脆いところがありますからね」

  • 186◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 00:32:26

    「ああ、そうだな……いつもふざけて遊んでるようで、意外と物事はちゃんと見てるし、考えてる」
    「ただ、今は考えすぎている、という状態ですわね……」
    「なんとかしてやりたいんだけどなぁ……あいつ、俺には弱み見せないようにしてるから。ハルカかミヤコにメンタルケアを頼むのも考えてるけど…………、ん?」
    「ふふ、お任せくださいカケル様。お姉ちゃんとして、しっかりと妹のお世話はしてみせます」
    「いや……んっ? え、うん?」
    「どうかなさいまして?」

    ハルカが俺の隣に座っていた。
    あれ、なんで? 今さっき見送ったはずだよな……?

    「……なんでここにいるんですか?」
    「カケル様、きっとわたくしたちを見送ってからお仕事をされるのでは……と思ったので、戻ってまいりました」
    「嘘だろ……」
    「ふふ、予想通りでしたわね」
    「ぁ、ちょ、スマホ返せ!」
    「没収いたします。思い詰めているのはカケル様も同じこと。リフレッシュというならば、トレーナーもしっかりとガス抜きしなくては。トレーナーの強張りは、ウマ娘にも伝わっていましてよ?」
    「いや、俺は別に」
    「カケル様」
    「ぅ、む……」
    俺の口唇に人差し指を当てて、ハルカが微笑む。

    「ね?」
    「……分かった。今日はもう仕事はしない。だからスマホ返してくれ」
    「はい、ではお返しします」

  • 187◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 00:33:38

    スマホを俺の手に戻し、なぜかそれを両手で包むようにしてハルカは言う。

    「では、さっそくお湯につかりましょうか」
    「ああ、うん、そうだな。男湯は……あっちか」
    「いえ、混浴できるのは、あちらですわね」

    「ああ、なるほど」
    「……」
    「混浴!?」

    ・・・

    「ふ〜……気持ちいいですわねぇ……」
    「そ、そっすね……」

    ハルカと隣同士座って温泉に浸かる。
    足だけ。
    そう、足だけ。

    つまり足湯だ。

    ……足湯、足湯かぁ……。
    確かに男女関係なく入れるから混浴……っちゃ混浴か……?

    なんか無駄に驚かされただけに終わった気がして、なんかすごい変な気持ちだ……。

    いや、よく考えたら家族連れも普通に来るような施設にガチの混浴なんかあってたまるかって話なんですけどね……。

  • 188◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 00:39:43

    「ふふ、期待されていました?」
    「してない」
    「あら、連れないお方」

    クスリと笑って、ハルカが俺へもたれかかってくる。
    柔らかい感触が右腕に感じられて、困る。
    俺はどうしたらいいの……このまま我慢しろというのか、それとも普通に引き剥がせばいいのか……。
    ソラなら問答無用で湯の中に突き落としてるけど、流石にハルカをそうするわけにもいかないしな。

    というか、いや、さっきも思ったけど、ソラも言ってたけど、胸元開けすぎだろこのヒト。たくし上げた浴衣の裾からは太ももがあらわに……いや、マジで気崩しすぎ。

    目のやり場に困る……!

    「カケル様」
    「……はい」
    「ガス抜きを、と申しても……すぐにそうすることはできないでしょう。ですから、ひとつだけわたくしから真面目なお話が」
    「……、……なんだ?」
    「わたくしも悩むソラちゃんを見ているのは心苦しいですわ。いつも笑って元気なソラちゃんが、思い詰めた顔をするのは心配」
    「……」
    「ですからソラちゃんの先輩として、わたくしは可能な限り、あの子の背を押してあげたいと思っています」
    「……ハルカ」
    「しかしわたくしとて、同じクラシックを迎えるウマ娘。自分のことを捨ててまで面倒を見てあげるなど、流石にできません」
    「……うん、分かってるよ。だから俺は……」
    「まだ話している途中、ですわよ? ふふ、割り込まないで」
    「ぁ、……はい、すみません」
    「ふふ、せっかちさんですわね、カケル様。それとも……早くこの話を済ませて、わたくしとお湯を楽しみたい、とか」
    「いいから、続けてくれ」
    「ふふ。ええ、かしこまりました」

    一瞬だけクスリと笑って見せてから、ハルカは表情を引き締めた。

  • 189◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 00:43:48

    「あの子ばかりにかまけて、わたくしを疎かにしないでくださいね? カケル様?」

    「ぁ、……。……そんなつもりはないよ。もうハルカも俺の大切なウマ娘なんだ」
    「ふふ、それはつまり、好きと?」
    「は?」
    「まあ……カケル様はわたくしが嫌いですのね……」
    「……なに言ってんの?」
    「では、わたくしのこと、好きですか?」
    「はぁ……、……んん……? なんでそうなる?」
    「告白してくださったのは、あなたではありませんか。大切なウマ娘、と」
    「それは言いましたけど」
    「言い換えれば、わたくしの事が好きと。そういうことでしょう?」
    「なに言ってんの、ほんとなに言ってんの」
    「ふふ、冗談は置いておきましょう。カケル様は大人ですわね、わたくしとしてはもう少しお顔が真っ赤になったり、ドキドキされるカケル様を見たいのですが」
    「流石にそういう歳じゃないよ」
    「あら、それこそ、カケル様はそういうお歳には見えませんが? とても若くて、凛々しいお方……わたくしには、そう見えていますけれど」
    「……そりゃどうも」
    「カケル様」
    「ん?」
    「ソラちゃんのこと、大切に思っているのですね」
    「俺が? あいつを? いやいや」
    「はぐらかすのは図星の証拠」
    「……」
    「もちろんわたくしもソラちゃんのことは大切な後輩で、大好きなお友達……そう思っています。あの子……もうひとりのわたくしは、ふふ、恥ずかしくて口が裂けても言えないでしょうけれど」
    「……はは、ハルカらしいな」
    「ですから、頑張ってほしいですし、クラシックを前にスランプに陥るなんて、あって欲しくはありません」
    「……」
    「支えてあげてくださいね。トレーナーが迷っていては、ウマ娘は走るべき道を見つけることができませんから」
    「……ありがとう」
    「ふふ、なんのことでしょう? ……はい。真面目な話はおしまいです」

  • 190◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 00:49:07

    ぽんと手を叩き、ハルカが俺の手を取る。
    浴衣の布が薄いせいか、押し付けられた胸が想像以上に柔らかい気がする。

    ……まさかな?
    いやいや。
    いやいやいや。

    学生相手になに考えてんだ俺。
    というかトレーナー相手に何してるんだハルカは。

    女王モードのハルカ、めっちゃ疲れる……ぁ〜、あれだ、ソラの気持ちめっちゃ分かったわ。
    このハルカの相手、めっちゃ疲れるわ。
    ソラ相手の時とは違うベクトルでめちゃくちゃ疲れるわ……。
    せっかく足湯入ってんのに回復してる気しないわ。

    ……心臓がもたん。

    「そういえば、カケル様にもうひとつだけ伝えておかなくてはいけない事が」
    「……なんだよ」
    「実はわたくし……」
    「はい……」
    「下着、つけていませんの」
    「はっ!!?」
    「ふふふ、ようやく表情を崩してくださいましたね。カケル様、お顔が真っ赤」
    「お、おまっ……」
    「ぶっ飛ばすぞ、ですか?」
    「いや……言わんけど、そんなこと」
    「あら、ソラちゃんには言いますのに」
    「流石に……なぁ?」

  • 191◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 00:51:26

    「ふふ、愛されていますわね、ソラちゃん」
    「ぶっ飛ばすぞって言われたいのか? なんだ、ドMなのか?」
    「カケル様にであれば、組み伏せられるのもやぶさかではありませんわね」
    「アホなこと言うのやめてくれ……何度も言うけど、ソラはただの妹だよ」
    「ただの、というにはとても気にかけていらっしゃるかと」
    「……そういうもんだろ、兄貴って。うざいしうるさいし相手するのめちゃくちゃ疲れるけど、心底大事には思うもんだろ」
    「わたくしのことも、大切に思ってくださいますか?」
    「……思ってるよ」
    「まぁ……悲しいですわ……。今の考え込んだお顔……カケル様は、わたくしのことが嫌いですのね……」
    「だ、誰もそんなこと言ってないだろ!」
    「では……好きですか?」
    「あのねぇ……」
    「うふふ、すみません。慌てるカケル様が可愛らしくて、つい」
    「やめてくれ、頼むから」
    「いいえ、やめません。楽しいですもの」
    「そろそろ怒るぞ」
    「まぁ怖い。カケル様はわたくしのことがお嫌いだから、そんなことをおっしゃるのですね……」
    「だから違うって言ってんだろ……」
    「では、好きですか?」
    「何回やるつもりだよこれ」
    「そろそろやめておかないと、本当に嫌われてしまいますわね。では、ここまでとしておきましょう」
    「ふー……」
    「今、ほっとされました?」
    「うるさい」
    「あらあら、ふふっ」

  • 192◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 01:05:38

    ・・・

    その後、まだふたりで話したいと言うハルカを無理やり女湯へ押し込んでから俺も温泉へ。
    久しぶりに入る温泉は確かに気持ちよくて、気づけば全ての風呂を制覇するぞと舞い上がってしまうくらいにはテンションが上がっていた。

    ハルカの狙い通り、しっかりガス抜きされてしまったわけで。

    遅れて合流する頃には、ソラの張り詰めていた顔も多少は緩みを見せていて。

    どうやらこっちもきっちりガス抜きされてくれたらしい。
    ハルカはこれを見越してご褒美に温泉を、と言ったのだろうか?
    だとしたら感謝するしかないわけだけど……。

    ……いや、どうだろ。
    ただ俺とソラとミヤコで遊びたかっただけなんじゃね?

    友達と出掛けて、遊ぶ……ハルカの言い方を真似するなら、もう二度とできない経験かもしれないから。

    ずっとひとりで、クラスでも目立たないように過ごしていると言ったハルカ。
    友達なんていないとも言っていた。
    だから、そう呼べる間柄の仲間ができて、嬉しかったんじゃないだろうか。

    そんな相手と、出掛けて遊びたかったんじゃないだろうか。

    だったら、俺は……またその願いを叶えるくらいはしてやりたい。
    トレーナーのメンタルケアをするウマ娘なんて聞いた事がない。
    数少ないであろう前例のひとつになってしまったわけだし、ちゃんとトレーナーらしいところを見せてやらないとな。

    そう気持ちを新たに引き締めて、今日はこの温泉施設を楽しもう。
    みんなでまた来たいと、今度は、普段のハルカが自分の口でそう言えるように。

  • 193◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 01:34:07

    「いただきます」
    「いただきま〜す」

    温泉施設にあるレストランでお昼ごはん。
    なんでもここの天ぷらが有名らしく、全員同じ天ぷら御膳を注文した。
    こういうとき1番変えてきそうなソラが普通に同じものを選んでいたので、ちょっと驚いてしまった。
    有名って言葉に弱いのかこいつ?
    いつもなら親子丼とかいうノリだろお前。

    「おい、いま失礼なこと考えたろ」
    「いや別に」
    「ほんとか〜? でもあたしのこと考えてた顔してる」
    「天ぷらうま〜」
    「ぉ、無視かよ……。……でも、ほんとにうまい! 衣さくさく! えびぷりぷり!」

    「ほんとに美味しいね〜。……どうやってるんだろう、ちょっと揚げ方教えてほしいかも……」
    「レガリアさんはいつもカケル様に料理を?」
    「へ? ぁ、いえ、時々ですよ。カケルさん、ほっとくと偏ったものばっかり食べちゃうから」

    「うちの晩飯御三家はコンビニの弁当とスーパーのお惣菜とカップ麺だな」
    「それに朝は10秒チャージのゼリー飲料。私、すっごく心配になっちゃって……担当してもらってた時から、週に1回か2回くらいはご飯を作りに行くようになってしまったんです」

    「通い妻かよ」
    「えっ」

    「本当に奥様のようですわね」
    「えっ、えっ」

  • 194◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 01:36:05

    「あの頃はマジで助かった。ミヤコはいい嫁さんになるよ」
    「ぁ、ぅ」

    「にぃに死んでしまえ」
    「お前なんなの急に」
    「べっつにぃ」

    「ふむ……カケル様の胃袋はすでにレガリアさんに掴まれている、と」
    「そ、そんな……ただの、お礼ですから」
    「ただのお礼で、週に2回もお部屋に通うだなんて……ねぇ?」
    「そ……そうなのかな……私、おかしかった……?」

    「おかしくないだろ。まあ……ビジネスライクとは言えないけどな」
    「うわぁついに自分でネタにし始めたよこいつ」
    「うるせーよ。絶対お前が言うから先に言ったったわ」
    「聞いてくださいよハルカ先輩! にぃやんね、ミャーコ先輩とのことビジネスライクな関係だったとか言ってんですよ!」

    「あら」

    「いちいち言わなくていいだろ。はいはい、全然ビジネスライクなんかじゃないですよ、見ての通りめっちゃ仲良いですよ」
    「ぁ、あ、あはは……」

    「ミャーコ先輩顔真っ赤! 照れる先輩ほんと可愛くて好き!」
    「も〜! またソラちゃん私をからかう……」
    「だって可愛いんだも〜ん」

    「では、わたくしもからかってしまっても?」
    「先輩のからかい方は色々とやべぇからダメです」
    「あら、連れないですわね……ふふふっ」

  • 195◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 01:51:27

    「そういえばミヤコも春からGⅠ相当のレースに出るんだって?」
    「ぁ、うん。トレーナーさんから、後押ししてもらえて」
    「ミヤコがGⅠか……ついに取れるところ、見れるのかな」
    「ほんとなら、カケルさんと一緒に取りたかったけれど……」
    「だな。俺が取らせてやりたかったよ」
    「でもカケルさんへのGⅠはソラちゃんがプレゼントしてくれるって、約束したもんね」

    「あら、そうなんですか?」
    「ぇちょ、まっ……なんで言うんすかミャーコ先輩!?」

    「あれ、ダメだった……? てっきりソラちゃん、もうカケルさんに言ってるものだと」
    「言ってないですよ! 言うわけないじゃないですか! あたしはあれですよ、マジで取ってから初めて言うタイプですよ」
    「そう? 私の思うソラちゃんなら、カケルさんとふたりきりになったら、言っちゃいそうだなって思ってたけど」

    「言ってたろお前、それ」
    「えっ」
    「初詣の時」
    「……ぁ〜」

    「レガリアさんの見立て通りだったみたいですわね」
    「ふふ、やっぱり言ってたんじゃない。ソラちゃん、お兄ちゃんのこと大好きだから」

  • 196◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 01:55:48
  • 197二次元好きの匿名さん23/05/11(木) 01:57:03

    立て乙!うめうめ

  • 198二次元好きの匿名さん23/05/11(木) 02:00:02

    立て乙です
    うめー

  • 199二次元好きの匿名さん23/05/11(木) 02:20:11

    うめていく
    200はなにかな

  • 200二次元好きの匿名さん23/05/11(木) 02:23:17

    200ならやっぱり二人はずっと仲良し

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