じゃあ、来年も。……一緒に居てよ、誕生日

  • 1◆y6O8WzjYAE23/05/06(土) 00:00:08

     アタシの誕生日である5月6日はゴールデンウィークと被る事がそこそこある。
     毎年という訳じゃないけど、なんとなくこの日が近づくと今年はどうなんだろうと。ちょっとだけ気になるのが本音だ。
     そして今年は祝日である5月5日が金曜日だった為、アタシの誕生日は連休と重なっていた。

    (まあ、だからと言って何かが起こるわけじゃないんだけど)

     そう、何かが起こるわけじゃない──はずだった。
     これは、学園の生徒として迎えるのは最後になった、ちょっとだけ特別な誕生日のお話。

  • 2◆y6O8WzjYAE23/05/06(土) 00:02:43

    【黄昏色のツイステッドライン】


     5月の大型連休に入る数日前。芝のコースを走り終えたと同時にトレーナーが駆け寄ってくる。

    「はぁ……はぁ……ふぅー……」
    「お疲れさま。レース勘はどんな感じだ?」
    「まだ去年ほどじゃないかな……タイムは?」
    「ドーベルの体感とあまり差はないと思う。調子のいい頃と比べると前半のペースが少し早いね。分かってるとは思うけど最後の伸びが今ひとつかな」
    「そっか……」

     前走を2着に敗れたアタシはトレーナーから春のレースは全休にする、と言い渡された。
     理由としてはここまで走り抜けて来て蓄積した、披露を抜くためのもの。
     現在は秋の復帰に向けての調整中。トレーナー曰く、どうもアタシは意識してないとペースが早くなりがちらしい。
     恐らく昔のトラウマでレースが早く終わって欲しい気持ちがそうさせたんじゃないか、というのはトレーナーの分析。
     今はそんな事はないけど、癖というものは中々抜けないものみたい。
     結果的には勝てたものの、あまり得意ではない逃げを打った事もあるのでレース前の調整ではかなり念入りにトレーニングを積んでる。

    「幸い春のレースは休みにしてるから、焦らずに改善していこう。君は焦る気持ちも走りに出やすいからね」
    「ん、分かった」
    「よし、じゃあ今日はここまでだな。連休はしっかり休みなよ? 今のドーベルに必要なのは体も気持ちもしっかりリフレッシュすることだからな」

     重ねるように、焦る必要はない事を念押しされる。トレーナーからの指導で実際に結果を出せている訳だし、そこを疑う余地はない。
     デビューから数年が経っている今、本格化が終わり始めたんじゃないかとか、色々思うところはあるけれど。
     トレーナーが信じてくれているんだから深くは考えないようにしてる。
     そう思うとトレーナーと出会ってからアタシの考え方は随分と変わった。
     前向き、とまでは言わないけど。不安なことばかりに目が行かなくなったというか。その理由はきっと──。

  • 3◆y6O8WzjYAE23/05/06(土) 00:03:33

    「ドーベルは連休中どこか行くのか?」

     思考に釣られるように視線を向けた矢先、トレーナーから連休の過ごし方を聞かれ、不意に重なった視線に心臓がドキリと跳ねる。

    「え? アタシは……前半にメジロ家の皆で旅行の予定だけど」
    「流石お嬢様だな……」
    「トレーナーは?」
    「悲しいことに予定は特にないな〜。子供の頃はあんなに連休が楽しみだったのにな」

     共に駆け抜けて来て。トレーナーに対して胸の高鳴りを覚え始めたのは最初の3年間が終わった後。多分、一緒に温泉に行ったあたりから。
     最初は戸惑っていたけれど、最近では随分と慣れたもので。トレーナーの行動に一喜一憂するのも案外楽しめている。
     きっと、トレーナーと出会わなければ知ることのなかった感情だから。
     でもそっか。連休の予定、特にないんだ。

    「あのさ……アタシの誕生日、覚えてる?」

     それならば、と。連休と重なるアタシの誕生日、一緒に過ごせたら。

    「担当の子の誕生日を忘れるほど俺はボケてないぞ? 来月の6日だろ」
    「そ、そうなんだけど。その……その日って、空いてる?」

     この上なく嬉しいと思ったんだけど……。ああ〜……絶対に誘い方を間違えた……。
     こんなの当日貴方に祝って欲しいです〜、と言ってるようなものじゃない。
     誕生日は抜きに、純粋に連休中一緒に出掛けない? とでも言っておけば良かったのに。
     それとなく誘う口実を求めて逆に不自然になってしまった。

  • 4◆y6O8WzjYAE23/05/06(土) 00:03:53

    「…………えっ? 俺の予定聞いてる?」
    「アンタ以外誰もいないでしょ!」
    「ああ、いや、ごめん。てっきりメジロ家でパーティーでもあると思ってたからさ。その日は忙しいんじゃないか、って」
    「それはっ、そうなんだけどっ。でもパーティは夜だからそれまでは時間があるし……」

     ああ~もう、ほら……やっぱり余計な気遣いをされちゃったし。
     確かにトレーナーの言ってる事は間違っていない。実際夜にはその予定だからそれまでに帰っておく必要がある。
     だからその日はむしろアタシの都合が悪いと思われるのはごもっともなんだけど。

    「……空いてるの? 空いてないの?」

     なんだけど。きっと夜にはたくさんの人がお祝いしてくれる。
     それでも、一番祝福してほしい、たった一人と過ごす時間が、アタシは欲しい。

    「さっきも言ったけど俺の方に特に予定はないよ。それにもし入りそうになっても先約を優先するさ」
    「ねぇ……その日、パーティーまでの時間、付き合ってもらえない?」
    「……本当にいいのか? 俺で」
    「いいも何も最初っからそう言ってるでしょ……」

     何を疑ってるんだろう。いつもならノータイムで誘いを受けてくれそうなのに。
     そりゃあ担当ウマ娘がわざわざ誕生日をお祝いして欲しい相手として名指ししてくるだなんて、中々ないかもしれないけど。

    「もちろん、喜んで」
    「そ、そう。なら良かった」

     それはそれとして、ここでちょっと素っ気ない態度を取るアタシもアタシだ。
     もっと素直に喜びを表に出せばいいのに恥ずかしいから、って抑えるから。トレーナーがちょっと自信なさげに疑ってしまう原因はアタシな気がしてきた。

  • 5◆y6O8WzjYAE23/05/06(土) 00:04:12

    「出掛けるならメジロ家のみんなと行く旅行先以外にも行きたい場所があったりする? 折角のゴールデンウィークだし、あるならそこで問題ないけど」
    「えっ? いや、え~と……」

     まずい、誘うことばっかり頭にあって、誘った後のことなんて何も考えてなかった。

    「あれ? そういうわけじゃない?」
    「……っ」

     ど、どうしよう。折角誘えたのに、いざ行きたい場所となると何も浮かんでこない。
     だってトレーナーと一緒ならどこでも楽しいか、ら……。

    (いや! そういうこと考えてるから余計に!)

     ダメだ、ドツボにはまってしまった。お願いだから深く追求して来ないで! と祈っていると。

    「なら、俺が決めてもいいか?」

     祈りが通じたのか、願ってもない提案をしてくれた。

    「じゃ、じゃあ、それでお願い」
    「よし、任せとけ。パーティーまでに帰らないといけないみたいだからあんまり遠出は出来ないだろうけど。ドーベルが楽しめそうな場所を探しておくよ」

     こうして、無事に誕生日にお出掛けする約束は取り付けられた。

  • 6◆y6O8WzjYAE23/05/06(土) 00:04:25

     そして、迎えたアタシの誕生日当日。連れて来られたのは隣県にある公園だった。

    「……綺麗なところだね」

     公園のゲートを入るとすぐに綺麗に彩られた花壇が出迎えてくれる。

    「連休も終わりかけだけど流石にテーマパークとかは満足に楽しめないだろうからね。どこも混雑はしてるだろうけど、こういうところならそれでも楽しめそうだから」

     アスレチックやどうぶつのふれあい広場など。様々な施設が複合された大きな公園な為か、トレーナーの言う通り訪れている人はかなり多い。
     特にアスレチックのある場所に家族連れの人達が集まっているのは入り口から少し進んだだけでもすぐに分かった。
     とはいえ密集してると言えるのはその辺りだけで、他は程よく賑わっているといった雰囲気。あまり窮屈な感じはしない。

    「どこから見て回ろうか? ドーベルの気になるところからでいいぞ?」
    「とりあえず風車のある所に行きたいかな。写真で見ただけでもお花が綺麗だし」
    「そうだな。そこの近くに昼食を取れる場所もあるみたいだし、ついでに済ませてしまおうか」
    「そっか。もうお昼近いもんね」
    「早めに出たはずなんだけどなぁ~……」

     連休中はお屋敷の方で過ごしていたから、トレーナーが迎えに来てくれて出発したんだけども。
     早めに出たのに案の定というかなんというか。しっかり渋滞に巻き込まれて想定よりも遅い到着になってしまった。

    「でももっと遅くなってた可能性だってあるんだから。十分でしょ」
    「ドーベルがそう言ってくれると助かるよ。ちょっと見通しが甘かった気がしてたから」
    「もう、気にし過ぎだってば」

  • 7◆y6O8WzjYAE23/05/06(土) 00:04:37

     トレーナーへフォローを入れつつ、行先も決まった事だし目的の場所へと向かう。
     道中、楽しそうに遊ぶ子供連れの家族たちを、トレーナーが少しだけ羨ましそうに見ているのが気になった。

    「子供、好きなの?」
    「えっ? ああ、ごめん。ドーベルの誕生日なのに、全然違うところを見てて」
    「いや、それは別にいいんだけど。どうなの?」
    「まあ好きだよ。ただ最近同級生たちから結婚した〜、っていう報告がちょこちょこあってね。それで俺もそういう歳なのか、って意識しちゃってる部分が大きいかなぁ」

     トレーナーだって歳を重ねてる訳だし、年齢的にそういう事を考えるのはある種普通のことなんだと思う。
     ただ、新人トレーナーの頃から一緒だったからあんまりそういうイメージがなくて。意外だと思うのと同時に、少しだけ嫌だなと思ってしまった。

    「……いるの? そういう相手」
    「いたら今ここにはいないな」

     トレーナーの言うことはごもっとも。大体もしも恋人がいたら連休の予定がないだなんて絶対言わないだろうし、野暮なことを聞いてしまったかもしれない。

    「……ごめん」
    「待ってくれ、謝らないでくれ。恋人がいない俺が憐れみたいに思えてくる」
    「じゃあ作ったら? アンタだったら引く手あまただと思うんだけど」

     アタシの主観がかなり入ってる気はするけど、実際顔は整ってると思うし。
     女性からモテそうな雰囲気なのは男性が苦手なアタシでもなんとなく分かる。

  • 8◆y6O8WzjYAE23/05/06(土) 00:04:58

    「ドーベルが卒業したら考えるかな。今は君の為に色々してるのが楽しいから」
    「そ、そっか……」

     冷静に考えれば普段から恋人がいるような素振りは全然ないし、今すぐにどうこうとは思っていないことなんてすぐ分かるはずなのに。
     なんとなく嫌だと思ってしまった自分が恥ずかしい。けれどトレーナーの思い描く未来に、アタシも居て欲しいと願ってしまうのは。
     多少は、仕方がないことなんじゃないかなって。ちょっとだけ心の中で言い訳をする。
     でもそれはそれとして。その理由は引っ掛かる部分がある。

    「ん? でもそれって新しい子を担当し始めたらまた同じこと言ってそうじゃない?」
    「……言ってそうだな」
    「……アンタ、結婚できるの?」
    「……いやぁ、出来るとは思うんだけどなぁ」

     トレーナーという職業の人はモテそうにないな、と。なんとなく、思ってしまった。

  • 9◆y6O8WzjYAE23/05/06(土) 00:05:09

    「わぁ……」

     目的の風車がある場所まで辿り着くと、チューリップやイベリスなど。彩り鮮やかな花々が見頃を迎えていた。

    「良かった、ここにして」

     声がした後ろを振り向くと、トレーナーがいつにも増して優しい表情をしていた。

    「……アタシはどこでも嬉しかったけど」
    「まあ君ならどこでも喜んでくれたとは思うけどね。でも表情と……尻尾を見てたら、なんとなく」

     どんな表情をしてたんだろう、アタシは。そんなに顔に出てたとは思えないんだけど。
     ……え? 尻尾?

    「……アタシってそんなに分かりやすい反応してるの? というかそんなに尻尾に出てるの?」
    「まあ。表情は分かりにくい時もあるけど、機嫌が良い時は大体尻尾の振りが激しいし」

     トレーナーの言葉に思わず尻尾を手で抑え付ける。た、たしかに!

    「え? 気付いてなかったのか?」
    「ふ、普通自分で分かる訳ないでしょっ!」
    「あ、そういうものなんだ……俺には尻尾がないから分からないけど。結構無意識で動いてるものなんだな」

     ああ〜……! 恥ずかしい……! 今回はともかく、今までもこういうことがあったかと思うと余計に!

    「言わないほうが良かったかな……」
    「今後は絶対抑えるから!」
    「……出来るのか?」
    「抑えるからっ!」

  • 10◆y6O8WzjYAE23/05/06(土) 00:05:21

     尻尾にも感情が出やすいって分かったのならいける、はず。
     まぁ綺麗な光景を目の前にして気分が高揚しないのはそれはそれでおかしな話だし。
     今は気にしないことにしよう。せっかくのお出掛けなんだし。楽しい気持ちが溢れるのは悪いことじゃないはず。ちょっとだけ、恥ずかしいのは確かなんだけど。

    「普段ひとりでは中々来ないからさ、こういうところって。ドーベルと一緒に来られて俺にとっても良い機会だ」
    「だったらどうしてここに? アタシ一人楽しんじゃいそうなんだけど」
    「君の誕生日なんだからドーベルが楽しめてるなら俺としては十分なんだけど。まあ、でも。昔と比べたらかなり楽しめるようにはなったよ」
    「昔は好きじゃなかったの?」
    「そりゃあ子供の時なんて花より団子じゃないけど花より遊びでしょ。花を見るくらいならそれこそアスレチックで遊んでたい、って思ってたね」
    「ああ~、なるほど」

     アタシの弟もそうだ。妹の方は綺麗な花を見て喜んでたりするけど、弟の方は見てるだけじゃどうにもつまらなそうにしてるし。どこの家庭の男の子もあまり大差はないみたい。

    「けど今は違うんだ?」
    「そうだな。なんとなくではあるけど、花に癒されるって気持ちは分かるようになってきたかな」
    「ふ~ん、そうなんだ。好きな花とかあるの?」
    「え!? 俺の花の知識って小学生レベルだぞ?」
    「それでもいいから。教えてよ」

     実際どうなんだろう。まあトレーナーがお花に詳しいイメージがないのは確か。
     桜とか、今の季節だとチューリップとかツツジとか。その辺りから選んでくるのかなぁ、とぼんやり考えていると。

    「好きな花……あっ! デンファレかな!」

     小学生レベルと言う割に、かなり意外な答えが返ってきた。

  • 11◆y6O8WzjYAE23/05/06(土) 00:05:34

    「それは小学生は知ってなさそうなんだけど」
    「いや、だってここでひまわり! とか答えても知ってるのから適当に答えたと思われるじゃないか」
    「好きなお花ひとつでそんなに疑わないから……。でもデンファレが好きなのはどうして?」

     別にひまわり、って答えられても納得しただろうけど。それはそれとして数ある中でデンファレを選んだ理由は気になる。
     見た目の華やかさから人気のあるお花だし、一番好きと言われる事に対して疑問はない。
     ただお花に詳しくない人が知っているかと言われたら微妙なラインであるのも確か。どういう経緯で好きになったんだろう。

    「おばあちゃんが育ててたんだよ。おばあちゃんの誕生日が子供の日だったから、子供の頃は毎年この時期お祝いも兼ねて遊びに行っててね。それで咲くのを楽しみにしてるのが印象的でさ。年によっては咲いてる時期に遊びに行って見れる事もあったから」

     なんとなく見た目が好きとか、花言葉とか。そういう理由が返ってくるのかと思っていたけど。
     それ以上に素敵な理由が返ってきた。なるほど、子供の頃印象に残っていたのなら好きなお花に挙げるのも頷ける。

    「思い出のお花なんだね」
    「そこまで大層なものでもないかな? でもまあ、自信を持って好きだと言える花ではあるね。そういうドーベルはどうなんだ? 俺よりは詳しいと思うんだけど」
    「まあアロマとか調べてるうちに普通の人よりかは詳しくなってると思うけど。でもアタシが詳しいのって香りが強いお花とかがメインだから……」

     本当に詳しい人よりかは見劣りするだろうけど、興味がない人よりも詳しいのは実際そうだと思う。
     とはいえパッと思いつく好きなお花と言われると悩む。見た目とか、香りとか。好きな要素って色々あるし。

    「ああ~。なんか色々聞いた覚えがあるな。スイートうんちゃらとか」
    「スイートマジョラムね。ここには咲いてないけど。でもゼラニウムだったらそこに咲いてるよ」

     ちょうど近くの花壇に集まって咲いていた、赤色のゼラニウムの方を指差す。

  • 12◆y6O8WzjYAE23/05/06(土) 00:05:47

    「へぇ~、これが」
    「そう。あっ、でも香りもいいし見た目も華やかだから好きなお花ではあるかな。アロマを焚く時にお世話になる事も多いし。それに花言葉も……」

     続きを言う前に、失言だったと気づく。しまった、完全に余計だった。

    「花言葉がどうしたんだ?」

     けれど時すでに遅し。流石に止めた部分があまりにも不自然だったからか、トレーナーも当然のように疑問を投げかけて来る。

    「な、なんでもないっ」
    「いや、そこまで言いかけられたら気になるだろ」
    「いいでしょっ、花言葉くらい知らなくたって」
    「まあドーベルが教えてくれなくても文明の利器があるんだけど」
    「ちょ、ちょっとやめて!? 教える! 教えるから!」

     スマホを取り出して調べ始めたトレーナーを慌てて止める。あ、危なかった……。
     ゼラニウム全般の花言葉ならまだしも、目の前にある赤色のゼラニウムに関しては今の話の流れで知られたくない。恥ずかしすぎる。
     どうせ知られてしまうならもう割り切ってしまおう。せめて、お出掛けの後に色ごとの花言葉は調べられないようにと祈って。

    「……尊敬とか、信頼とか。アンタに対しての気持ちだとぴったりだな、って。そう思っただけ」

     ああ~……もう……。絶対に今のアタシの顔はゼラニウムより真っ赤になっているに違いない。
     本当はぴったりだと思ったのはそっちじゃないんだけど、言った方の花言葉も違和感がないのは幸いだったかもしれない。
     ……いや、幸いなのかな? むしろぴったりじゃなかった方が別の言い訳を考えられたんじゃない?

    「あははっ、嬉しい事言ってくれるね」
    「も、もう! だから言いたくなかったのに!」

     でもまあ。トレーナーもちょっと顔を赤くしてるし、お相子だという事にしよう。

  • 13◆y6O8WzjYAE23/05/06(土) 00:06:00

     季節柄だんだんと日も伸びてきていて、16時を過ぎて黄昏色になりつつある空はまだ明るい。
     ただ閉園時間の方が迫りつつあるのと、今日のパーティの主役が遅れる訳にはいかないという理由からそろそろ帰らなければいけない。
     園内の橋の上から公園を見下ろしつつ、今日一日の思い出を振り返る。

    「アスレチックは良かったの? 好きなんでしょ?」
    「いや、あれは子供の頃の話だからな?」
    「……本当は?」
    「……ドーベルがワンピースじゃなかったら行きたかったね」
    「ほらやっぱり」

     花々を楽しんだ後は昼食をとって。ボートに乗ったり、他の場所を見て回ったり。
     どうぶつとのふれあいもしたりして楽しく過ごせた。うさちゃん、可愛かったな。
     あいにく今日のアタシはワンピースを着ていたから、身体を動かすのにはあまり向いてなくて。
     トレーナーにはちょっと退屈させちゃったかもしれないけど。誕生日のプレゼントとしては十分過ぎる時間を過ごさせてもらった。

    「……ありがと、連れてきてくれて」
    「お礼なんて。今日は君の誕生日だからね。これくらいはさせてもらわないと」

     まるでなんてのことないように、簡単に言ってくれるけど。そうやって、アタシの為に色々としてくれるのがたまらなく嬉しい。

    「あのさっ」
    「なに?」

     願わくば、この先もずっと。こんな時間を過ごせたらいいな、って。そう思うと自然と言葉が──。

  • 14◆y6O8WzjYAE23/05/06(土) 00:06:10

    「来年、も……」

     出て、来なかった。言いかけた言葉は、宙に淀む。
     アタシは今年度でトレセン学園を卒業する。つまりは来年の5月6日は、アタシにとってトレーナーは既に元トレーナーになっていて。
     少なくとも、誕生日にわざわざ会ってまでお祝いしてもらうような間柄じゃない。
     今日という日が楽しくて。今年度で学園を卒業する事なんて意識出来ていたはずなのにすっかりと抜け落ちてしまっていた。
     だから、来年があるかは分からない。もしかしたら、アタシの誕生日をふたりで過ごせるのは今年で最後だったのかもしれない。そんな寂寞に心が支配されそうになった時。

    「来年も、一緒に過ごせたらいいな」

     耳を、疑った。都合のいい、聞き間違いなんじゃないかって。

    「……アタシ、来年はもう卒業してるんだけど」
    「分かってるよ」

     聞き間違えでもない。来年もアタシが学園の生徒だと勘違いしていた訳でもない。それなのに、一緒に過ごしたいと言ってくれるその気持ちは一体なんなのだろう。

    「もちろん、ドーベルさえ良ければだけど」
    「じゃあ、来年も。……一緒に居てよ、誕生日」
    「ああ、約束するよ」

     そう言って、右の小指を差し出される。それに答えるようにアタシも右の小指を絡ませる。子供みたいな、ささやかな約束。

    「もうそんなに子供じゃないんだけど」
    「いや、まだ子供だよ。君はまだ学園の生徒だから」
    「……来年は、そうじゃないの?」

  • 15◆y6O8WzjYAE23/05/06(土) 00:06:22

     確かにアタシはまだ学園の庇護下にあるし、社会的には子どもというのは事実だと思う。
     なら、来年は? 来年のアタシはトレーナーにとってどういう存在なんだろう。そんな何気ない質問だったのに。

    「来年は……そうだな。もう子ども扱いは、出来ないだろうな」
    「……そっか」
    「ああ」

     アタシの問いへの答えは、心臓が跳ねるのには十分すぎるものだった。
     言外に。察してくれと、まだ踏み込まないでくれと言われたような気がした。それでも、どうしても確認したいことがある。

    「じゃあ来年のアタシはアンタにとっての何になるの?」
    「──っ。言わなきゃダメか?」
    「ダメではないけど……。でも、答えては欲しい。嫌なら、無理強いはしたくないけど……」

     アタシにしてはらしくない、勘違いかもしれない。けれどもし、この推測が正しくて。本当にそうなのだとしたら。少しだけでいいから、聞かせて欲しい。その想いを。

    「……大切な人だよ、今でも。だから、来年は今よりももっと大切な人になっているんだと思う」

     ……トレーナーの想いは、思っていた以上に大きくて。これ以上を今求めるだなんて、きっとそれは贅沢だ。だって、約束を守ってくれるって。そう信じられるから。
     これだけの気持ちを貰えたのなら。きっと来年には、この想いはもっと大きくなっていると思うと。高鳴る心音が鈴の音にも感じられた。

  • 16◆y6O8WzjYAE23/05/06(土) 00:06:37

    「……お屋敷に戻ろうか。渋滞に巻き込まれてパーティに遅れでもしたら大変だ」
    「……うん」

     赤みのさした頬が陽に照らされたものなのか、はたまた別の理由なのか。今は、聞かなくても大丈夫。

    「ドーベル?」

     だってほら。今だって、手を伸ばしてしまえば。

    「……嫌だった?」
    「まさか。なんなら腕を組んでもらったっていいけど?」
    「はぁ!? そんな恥ずかしい事出来るわけないでしょ!」
    「…………ふふっ、あはははは……!」
    「ちょっと、笑わないでよっ!」
    「こういうところは、まだまだ可愛い女の子だよ!」
    「もう! ……ふふっ、来年は同じ事は言わせないんだから」

     すぐにでも、貴方と繋げる距離にいるんだもの。

  • 17◆y6O8WzjYAE23/05/06(土) 00:06:51

    みたいな話が読みたいので誰か書いてください。

  • 18◆y6O8WzjYAE23/05/06(土) 00:07:10

    という訳で。ベルちゃん、お誕生日おめでとう!

  • 19二次元好きの匿名さん23/05/06(土) 00:14:46

    お待ち申しておりました 期待通りの甘味で素晴らしい!
    きっとこの後のパーティーはずっとご機嫌で来年以降は参加人数が一人増えてるんだろうなあ

  • 20二次元好きの匿名さん23/05/06(土) 00:47:55

    可愛いが過ぎる
    末永くイチャイチャしてほしい
    いつも良質なSSをありがとうスレ主

  • 21◆y6O8WzjYAE23/05/06(土) 01:08:19

    誕生日ネタという事でお祝いという方向じゃなくて歳を重ねる、という方向で書きました。
    前作を書いた後にスランプに突入していたので間に合ってよかったです、本当に……。
    ここまで読んでいただきありがとうございました。

  • 22◆y6O8WzjYAE23/05/06(土) 01:11:12
    一曲お願い出来ますか? トレーナーさん|あにまん掲示板【比翼の燕】「っとと!?」「トレーナーさん? 大丈夫ですか?」「あ、ああ、ごめんよアルダン」「ふふっ、焦らずとも大丈夫ですよ」 クラシック級の年に参加したリーニュ・ドロワット、通称ドロワ。数年前に参加…bbs.animanch.com

    前作ですがあまりにも人を選ぶ内容な為、読まれなくても……という感じはすっごいしてます。

    刺さる人に刺さってくれたら嬉しいですけど。



    自作SSまとめ(ドーベルとアルダンと時々ブライト)|あにまん掲示板bbs.animanch.com

    それとSSを書き始めて大体一年経ったので、これまでの作品をまとめたスレも立てさせていただいたので、もし過去作も読んでいただけるのでしたらそちらからお願いします。

  • 23二次元好きの匿名さん23/05/06(土) 02:15:57

    来ると思ってたよ誕生日おめでとう

  • 24二次元好きの匿名さん23/05/06(土) 02:39:18

    なんとなく寝れなくてゴロゴロしてたら とても素晴らしいものに出会えました
    ありがとうございます!

  • 25二次元好きの匿名さん23/05/06(土) 10:33:23

    もうスレタイとスレ画を見たらあっ君かぁとなる
    良き話である

  • 26二次元好きの匿名さん23/05/06(土) 19:52:16

    1年後もみたいよおおおおお!!!!!

  • 27◆y6O8WzjYAE23/05/06(土) 22:32:00

    スランプに突入した後に書いたものなのでちゃんと書けているか不安でしたが反応をいただけてなによりです……
    如何せん自分だとスランプを抜けられたかどうかの判別がつけられなかったもので……

  • 28二次元好きの匿名さん23/05/06(土) 22:38:24

    来年も再来年もドーベルの誕生日を2人で過ごしてて欲しい!
    ドーベルもトレーナーも可愛いめっちゃいいSS

  • 29二次元好きの匿名さん23/05/07(日) 10:16:48

    あげ

オススメ

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