- 1二次元好きの匿名さん23/05/06(土) 23:34:32
前回のスレを落としてしまったので新しく立てました
これからも続きを読んでもらえると幸いです。感想なんかもくれると作者が喜びます
※この作品はとある名馬をモデルにした作品です。名称や一部の史実、時期や年数の改変が含まれますので読む際はご注意を - 2二次元好きの匿名さん23/05/06(土) 23:35:48
- 3二次元好きの匿名さん23/05/06(土) 23:37:02
保守しようと思ったら落ちてしもてた…待ってた!立て乙!
- 4二次元好きの匿名さん23/05/06(土) 23:40:31
シルバーサバスの圧倒的な勝利は大勢の注目を集めることとなった。そうして彼女が見せ付けた強さでもってジョンはトレセンの理事長へと申し出る
「シルバーサバスの学園への編入、及びクラシックレースの登録をお願いします」」
それは予てより打診していたことであり、シルバーを更に上のレースに出場させる為にジョンがこの状況を作ったのである。ただ普通の道を行くのでは到達出来ない頂点へ向かう為に
それを前にして黒と赤の仮面を被った少女は……この学園の理事長は口元に笑みを浮かべる
「良いよ。約束だったからね」
「……ありがとうございます」
「生徒会長もあの子が来るのを楽しみにしていたよ。それに私もサンデーちゃんの活躍に期待しているし」
「……シルバーです」
「あれ違った? ごめんね。じゃあ受理しておくからハンコックトレーナーはまた必要書類、提出しておいてね」
「わかりました。そして俺はペンドラゴンです」
「あははは。失敬!」
理事長から新しい書類を受け取ったジョンは退室しようとするが、その前に理事長は少しだけ話を振る
「それにしても思い切ったことをするね? こんな目立つ形でトレセンに入るだなんて……それはそれは注目されるだろう」
「…………」
「良いのかい? 大事な担当が孤立しちゃっても。私、判は押すけど責任は取らないからね~?」
人好きしそうな笑みを浮かべながら理事長はそんなことを言う。それにジョンは苦笑を返す
「貴女はそんなことを言いつつも常に生徒達のことを考えてくれるじゃないですか」
「はて? 何のことやら」
とぼけるように椅子の上でクルクルと回る理事長。容姿も相俟って子供のような振る舞い、しかしジョンはそんな彼女を尊敬している - 5二次元好きの匿名さん23/05/06(土) 23:41:10
大恐慌の時代。誰もが暗く後ろ向きだった時にレースを通じて国中に活気を取り戻させ、更には今の学園の基盤を築いた偉人にしてスーパースター
「……理事長、本当にありがとうございました」
「うん。お礼なら“レース”で返してくれたまえ。君と担当の活躍を大いに楽しみにしているよ」
「それでは失礼します」
そうして二人は別れの言葉を交わすとジョンは部屋を後にした
理事長だけになった室内、そこで鳴り出す電話
「もしもーし? あ~、やよいちゃん? 久し振り~」
知り合いからの電話に理事長は笑顔を浮かべて話題を振る
「元気してた~? ナイスタイミング。急だけどちょっとこっちに出張してみない? 面白い子が入学する予定でね~。すごい激アツで―――」
理事長は何でもする。それがどんな未来に繋がるのかは本人も知らないが、繋げられる縁は繋げられるだけ繋げようとする。そうした働きにより彼女はかつてスーパースターと称されるようになったのだから
全てはウマ娘の幸福の為に
-・-・- - 6二次元好きの匿名さん23/05/06(土) 23:43:22
シルバーサバスの正式な編入が決まった
「―――年明けから君はトレセン学園の生徒だ。これ、学生証」
「おーけー」
ホテルでレースの疲れを癒やしていたシルバーはジョンが差し出す学生証を受け取ると気怠そうにソファへ沈み込む
「……しんどそうだな?」
「んー? あー……まー、ぼちぼち」
「レースは走れそうか?」
「余裕」
「…………」
どう見てもレース疲れが抜けきっていない。だがシルバーがどうしても走りたいと言うのでジョンは仕方無く12月の頭に有るレースに出走登録をしたのだ
「ア~サ~、チョコミント~」
「はいはい。今持ってきてやるから」
可能な限りシルバーの希望は応えてやりたいと思うジョン。肉体的に故障の心配は無く健康そのものなので一応許可を出したのだが、彼もトレーナーとして無理な時は無理と言う - 7二次元好きの匿名さん23/05/06(土) 23:44:08
「次のレースが終わったら少し休養を挟むぞ」
「ええ~?」
不満そうなシルバーにジョンは毅然として説明する
「学園に入ったら寮生活だ。環境もがらりと変わる。それに心身共に慣らして万全の状態でレースに挑みたい。だから先ずは休め」
「……“私達”は絶好調だけど?」
「好調過ぎるのも問題なんだ。ほらアイス」
ソファに寝そべるシルバーの頬にアイスカップを押し当てながらジョンは彼女の脚を指差す
「君の体はまだ成長期、これからまだ強くなる……逆に言えば今はまだ未熟ってことだ。そんな体であんなトップレベルの走りを続けると負担が凄まじいことになる」
ハリウッドパークで行った未勝利戦での圧倒的勝利、それをもたらした大きな力は未熟な肉体にも牙を剥く
「…………」
「納得してないって顔だな? まあ次のレースを走れば俺が言いたいことを理解出来るだろう」
ジョンは睨んでくるシルバーにそう言うと椅子に座って新聞を広げる
「……ふむ」 - 8二次元好きの匿名さん23/05/06(土) 23:44:58
そして新聞の一面を飾るウマ娘を見て目を細める
「やはり、この子か」
「何か言った?」
「いや。独り言だ」
「ふーん?」
チョコミントのアイスをペロペロ舐めるシルバー。そんな彼女の最大のライバルになるであろうウマ娘の記事を見ながらジョンはしかし乾いた笑いを出してしまう
「……はは」
シルバーより約3ヶ月早くメイクデビューを果たしたそのウマ娘の成績は現在6戦4勝。それだけでも強いと言えるのだが問題はその内容である
「この子も怪物だな」
6戦4勝、2着が2回……つまり6度走って連対率100%。しかも勝ちの内2つは“G1”
デビューした年で既にG1ウマ娘となった彼女は全てのレースで堂々とした走りを見せ、その容貌と合わせて『偉大なる赤(グレートレッド)を継ぐ者』と目される傑物
“赤き獅子王”と呼ばれるようになった彼女の名は――― - 9二次元好きの匿名さん23/05/06(土) 23:46:05
「―――モナーク助けてぇ~!!」
「あら?」
トレセン学園に響く助けを求める声。半泣きで廊下を走る彼女が突進するように抱き付く先には1人の栗毛のウマ娘
全速力に近かったその少女の走りを栗毛のウマ娘は真正面から抱き留める。揺らがずしっかりと受け止めた彼女のフィジカルは並大抵の物では無い
「どうかしまして? 何か困り事でも?」
「うええーん! 次のテスト赤点取りそうなの~!? 助けてモナーク~!」
「……それは自分で頑張って欲しいですわね」
頼られるのは嬉しいが、しかし内容が内容だったので栗毛のウマ娘は苦笑する
「仕方ありませんわね。一緒に勉強して、わからない所が有れば教えてさしあげますわ」
「やったー!! さっすがグレートレッド!!」
「……喜んで貰えて光栄、ですがその名は私(わたくし)には“まだ早い”ですわ」
高い背に均整の取れたスタイル、艶めく栗毛をなびかせて、彼女は瞳に強い輝きを宿す
「このステイトリーモナークが目指す頂きは遙か遠く……更なる勝利を積み上げたその先に存在するのですから!」
“赤き獅子王”ステイトリーモナーク。彼女は大きな胸を張り堂々とそう告げるのであった - 10二次元好きの匿名さん23/05/06(土) 23:48:25
続く
三冠レース編はシルバーサバスとステイトリーモナークの2人が中心となります - 11二次元好きの匿名さん23/05/07(日) 01:02:11
続きが楽しみだ
- 12二次元好きの匿名さん23/05/07(日) 12:13:14
保守!
- 13二次元好きの匿名さん23/05/07(日) 16:14:35
保守ありがとうございます。書けた分を投稿します
- 14二次元好きの匿名さん23/05/07(日) 16:15:42
1着でゴールしたウマ娘を讃える歓声が包む
『―――1着はツインサム! 2着はアタマ差でシルバーサバス!』
「……っ!」
ジョンが予見したようにシルバーは勝てなかった。少し距離が伸びたとはいえ同じ場所、同じ速バ場……それなのに前回のレースで発揮した力を出せなかったことに彼女は戸惑う
「なんで……」
領域には入れた。しかし最終直線から予想していた伸びが出なかった、“影”から力を得られなかったのだ
息を荒げるシルバー。そんな彼女をジョンは遠くから見詰めるのであった
-・-・-
タクシーに乗って空港に向かいながらジョンはシルバーに言う
「勝った子も強かったが……君の実力を考えれば十分に勝てるレースだった」
「…………」
「シルバー、予定通り次のレースは3月だ。それまでトレセン学園で多くを学ぶと良い」
「……わかったよ」
窓越しに夜景を見ながらシルバーは眉を顰める。ガラスの反射で自分の湿気た面が映ったことに苛立ったのだ - 15二次元好きの匿名さん23/05/07(日) 16:16:26
「情けないレースして悪かったな」
「レースの内容に拘りは無い」
「は?」
ジョンの言葉の意味がわからずシルバーは顔を向ける。ジョンは正面を見たままその理由を語る
「君が満足出来るなら、俺はレースの結果は問わないよ」
「何だそりゃ。勝てなきゃ価値なんて無いだろ?」
「……それもきっと、学園に行けばわかるさ」
「…………」
シルバーは苛立ちを紛れさせるように頭を掻く。その際に耳飾りの十字架が指に触れて熱くなり過ぎていた気持ちがスッと冷める
「……はぁ……最近そればっかりだな、トレーナー」
何を言うにしてもトレセン学園の名がよく出るようになった。確かにクラシックレースに出場するのなら絶対に通うことになるのだが……そこまで重要な場所なのかと疑問が先んじてしまうのだ
「トレセン学園か……」
人工の灯が宵闇を照らす街、そこから見上げる夜空に星は見えない
シルバーはただ見上げる。確かにそこに在る筈の星々の輝きを探すように
-・-・- - 16二次元好きの匿名さん23/05/07(日) 16:18:11
年が明けた
シルバーはトレーナーであるジョンに案内されてトレセン学園の中を進む。その広大な敷地と最先端の設備が導入された施設の数々に彼女は目が眩むような思いだった
「どんだけ金掛けてんだよ」
「ウマ娘が必要だと思う物全てが揃う場所、それがこのトレセン学園だからな。敷地面積だって近辺でここより広い場所なんて無いからな」
「……なるほどな」
シルバーは挑戦的な表情を浮かべる
「そんな場所に通う奴はどいつもこいつも選りすぐりのエリート様ってわけか。これは勝ち甲斐が有るな」
「お前も今日からその一員になるわけだが」
「え? ……ああ! そうじゃん私もじゃん!」
自分がエリート側に立った自覚がまるで無いシルバーにジョンは可笑しそうに笑う
「あははは! ……うん、強い子達が集まる。それをわかっていれば十分だ。ここでの生活はきっと君にとって実りが多い物となってくれる」
「……へっ。どれだけ強い奴が居ようと私が勝つに決まってるだろ」
「先日負けたばかりじゃん」
「ぐぅ……っ!? あ、あれは調子が悪かったからで……!」
そんな風に話ながらジョンはシルバーをとある場所まで連れて行く - 17二次元好きの匿名さん23/05/07(日) 16:20:42
「……あん? 生徒会室? 先公が居る場所に行くんじゃねえのか?」
「先に君に会っておきたいと“彼女”が言っていてね」
「彼女?」
生徒会室の扉前でジョンは真剣な表情を見せる
「……レースで勝利するウマ娘、優れた選手は数在れど。その枠組みを越えて“英雄”と称されるのは彼女ぐらいだろう」
ジョンは室内から聞こえた「どうぞ入ってくれ」という入室を促す声に従い扉を押し開ける。そこには―――
「ようこそトレセン学園へ。貴様の入学を私からも祝福させてもらおう」
生徒会室では1人のウマ娘が笑顔で新たな仲間を出迎えていた
「――――――」
生徒会長からの言葉を受けて、しかしシルバーは言葉を返せない。この時感じていた物はこれまでの彼女にとって初めての衝撃だった
「私の名前はグランルージュ。この学園で生徒会長をしている」
「……おう、私はシルバーサバスだ」
生徒会長グランルージュの差し出した手を取って握手するシルバーサバス。自分よりも頭2つ分は高そうな偉容を見上げながらシルバーは背筋が粟立つのを感じる - 18二次元好きの匿名さん23/05/07(日) 16:21:45
初めてだった。一目見て「勝てないかもしれない」と思ったのは
「かなり強いみてえだな、会長さん」
「そうだな。自分で言うのも何だが引退するまで一度しか負けたことが無いよ」
「マジかよ」
「100バ身差で勝ったことも在ったかな?」
「は? それは嘘だろ」
新入生をリラックスさせるジョークだろうとシルバーは思ったが……グランルージュはいたって真面目な顔をしており、隣のジョンも苦笑するばかりで否定はしない姿を見て困惑する
「まあ私の話は置いて貴様の話をしようサバス君。先ずは椅子にでも座って楽にしてくれたまえ」
グランルージュに言われてシルバーとジョンは来客用のソファに腰掛ける。すると直ぐに黒鹿毛で小柄な可愛らしいウマ娘がカップを持ってくる
「紅茶は苦手ですか? コーヒーもレモネードも有りますよ」
「俺は好きですよ。シルバーのは甘ければ何でも」
「わかりました」
黒鹿毛のウマ娘はティーカップに茶葉を入れる。香辛料や砂糖と共に星や花の形に加工されたそれに直接お湯を注ぐ
「ティードロップって言うんですよ。可愛いですよね」 - 19二次元好きの匿名さん23/05/07(日) 16:22:25
朗らかに微笑みながらも艶を感じさせる表情でお茶を差し出して―――それをシルバーが食い気味に受け取った
「ありがとう、お姉さん」
「ふえ?」
「は?」
呆気に取られたジョンを尻目にシルバーは良い笑顔で黒鹿毛のウマ娘に話し掛ける
「確かに可愛いお茶だな。だがあんたには負ける……それでお姉さんの名前は?」
「へ? あ、え~っと……シャドウドリームと言います。一応ここで副会長を……」
「良い名前だ。それでこの後時間空いてたりする?」
「ん~、ちょっと生徒会の業務が有りまして」
「じゃあそれが終わったら―――」
「待て待て待て待て待て! ちょっと待て!」
ジョンは頭を抱えて待ったを掛ける
「……シルバー? お前は何をやってる?」
「何って……シャドウドリームと遊ぼうと思って」
「思って?」 - 20二次元好きの匿名さん23/05/07(日) 16:22:38
「口説いてる」
「おバカ!」
シルバーの奇行?にジョンは頭痛がする思いだった。失礼にも程が有る。ジョンはグランルージュの機嫌を損ねてはいないかと冷や冷やした。だがその心配は杞憂だった
「あははははは! 成る程成る程! 貴様は思ったよりも面白い子のようだな!」
グランルージュは自らもソファに腰を落とすと不敵な笑みを浮かべる
「しかし口説いている所悪いが、ライトニングは私の大事な右腕でね。貴様にはあげられないんだ」
「おいおい、それは彼女が決めることだろ?」
「……あの~、私はどちらの物でも無いのですが」
笑みを浮かべて睨み合うシルバーとグランルージュ、それを困ったように見るシャドウドリームと完全に蚊帳の外になってしまったジョン
「……学園生活、大丈夫かなぁ」
自分が進めたことであるが、それでも先行きに不安が出てくるジョンなのであった - 21二次元好きの匿名さん23/05/07(日) 16:23:47
続く
キャラが増えてくると面ど……難しくなりますよね - 22二次元好きの匿名さん23/05/07(日) 17:02:39
ちょっとナンパな一面が出てきてるな……
- 23二次元好きの匿名さん23/05/07(日) 23:49:31
アメリカのトレセンは日本よりもデカそう。土地有るし
- 24二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 01:40:16
やった続き来た
- 25ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/08(月) 10:08:34
1です
大変なことに気付いた。有力馬が多すぎる - 26ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/08(月) 13:33:09
シルバーは教師に連れられて自分が所属するクラスへと辿り着いた
「―――今日からクラスの一員になるシルバーサバスさんです。皆さん仲良くしてあげてくださいね」
普通の学校にしかた通ったことが無いシルバーにとってウマ娘しかいないクラスは新鮮だった
どいつもこいつもギラギラした目をしてやがる、そんな風に教室に居るウマ娘を眺めながらシルバーは牙を剥いて口角を上げる
シルバーが最初にすることは決まっていた
「シルバーサバスだ。最強になる。以上」
「サバスさん!?」
シンプルイズベスト。それは紛う事なき挑発、そして宣戦布告でもあった - 27ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/08(月) 13:33:47
教師はギョッとし、同期であるクラスメイト達は様々な反応を示す
「はっ! 私様の前で吠えよるのう!」
「ふむ、それだけレースに対して真摯なのでしょう……Awesome/オーサム(すごく素晴らしいです)!!」
「あー、シルバーサバスってあの時の? 久し振りー。この前レース走ったよねー」
「……風が吹く。新しい風が」
「この出会いに踊りでも捧げようか!」
「じゃあ僕は歌おうかな」
シルバーの言葉に俄に騒がしくなる教室。エリートが集う場所とあって個性の強い者の多いこと多いこと
「み、皆さん! 授業前なんですから静かにしてください! 色々と伝えておかなければいけないことも多いんですからね!」
「教師も大変なんだな」
「もう! サバスさんの所為じゃないですか! 貴女の席はあそこの空いてる場所ですから着席しておいてください!」
「へいへい」
教師は特に濃い世代である彼女達を何とか捌きつつ、全員を席に着けて授業を進行させる
「―――はい! じゃあ大事な話をしますからね」
教師はホワイトボードに文字を書く
「今年から皆さんはクラシック級になりました。ですので今日の授業ではその中でも最も栄誉有る“クラシック三冠レース”についての説明をします」
クラシック三冠。その言葉を聞いてシルバーは目を細める - 28ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/08(月) 13:34:11
続く
短いけど一端ここまで - 29二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 16:37:41
- 30ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/08(月) 22:16:28
クラシック三冠。その言葉を聞いてシルバーは目を細める
「言葉通りクラシック期にしか走れないレース、その3つである“ケンタッキーダービー”・“プリークネスS(ステークス)”・“ベルモントS(ステークス)”を合わせてクラシック三冠レースと呼ばれています」
ホワイトボードに書き込まれるレースの名称
「一冠目、ケンタッキーダービー。5月最初の土曜に開催されるダート10ハロン、レース時間から『The Most Exciting Two Minutes(最も偉大な2分)』とも言われ『The Run for the Roses』……勝者には―――」
教師がそれを言う前に、彼女は先んじて答える
「薔薇(ローズ)のレイが与えられる」
「……その通りです、サバスさん」
教師は心臓が締め付けられるような気持ちになった。それは薔薇のレイの名を口に出したシルバーの瞳が喩えようも無い程に剣呑な色を帯びていたから。だがそれ以上彼女が何かを言うことは無く教師は震えを抑えながら授業を続ける
「二冠目、プリークネスS。ケンタッキーダービーの2週間後に開催されるダート9.5ハロンのレースです。『The Run for the Black-Eyed Susans』……勝者にはブラックアイドスーザンのレイが与えられます。そして最後の三冠目―――」 - 31ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/08(月) 22:17:22
ホワイトボードに書かれる言葉
「『The Test of the Champion(王座への試練)』」
その言葉に空気が張り詰める
「ベルモントS。6月最初の土曜かプリークネスステークスの3週間後に開催される三冠最長距離12ハロン(2414m)、殆どのウマ娘が初めて体感する長距離レースであり最後の試練とも呼ばれるレースです。勝者には『The Run for the Carnations』の言葉が示す通りホワイトカーネーションのレイが与えられます」
出揃うクラシック三冠レース。そのどれもが世代最強を決めるに相応しいレース
故にその全てに勝つのは困難を極める
「11人。この人数が意味することはわかりますか? ……シーフクローさん」
「おん? 私様が答えるのか?」
制服では無く勝負服を来たウマ娘、シーフクロー。荒々しさを感じさせる姿と眼光の彼女は不思議そうに教師を見る
「はい。このクラスで現在、三冠レース全てに出走の意を示しているのはシーフクローさんだけですから」
「んなら仕方ねえな。私様がバシッと答えてやるわ!」
机の上に足を乗せんばかりの勢いでふんぞり返るシーフクロー。その姿を横目にシルバーは「何でこいつ授業中なのに勝負服着てんだ?」と疑問を抱く。実は特に理由は無く格好いいから普段使いしてるだけである - 32ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/08(月) 22:18:11
そうしてシーフクローは質問の“11人”が何であるか答える
「そりゃ『歴代三冠ウマ娘』の人数じゃ! カーッ! うン十年もやっとるのに少ないのう!」
「正解ですシーフクローさん」
教科書を取り出して該当するページを開く。そこにはクラシック三冠が制定されるまでの経緯と歴史が記され、同時に歴代三冠取得者の名前を書き連ねられていた
「名誉有るクラシック三冠。レース創設から考えれば100年以上の歴史が有りながらも全てに勝利したウマ娘はたった11人。これはつまり三冠レースで勝利を掴むのがいかに過酷なのかを物語っています」
100年以上の歴史で僅か11人
その数字を見てシルバーは笑みを浮かべる
「10年に1人の才能が無ければ勝てない……ってわけか?」
滾る。胸の内で激しい熱が湧き上がってくるのをシルバーは感じる。その横でシーフクローは「ハハハハハ」と高笑いして言う - 33ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/08(月) 22:19:10
「その三冠! 私様が全部勝って獲ってやるよ!」
自信に満ち溢れた言葉。自分が負けるなんてこれっぽっちも考えていない
「“赤き獅子王”なんて関係無い、私様が勝って12人目の三冠バに―――!」
「私だ」
「―――……あん?」
シーフクローの言葉を遮り、シルバーサバスは牙を剥く
「他の誰でも無え……私が……“私達”が全員ぶっちぎって三冠を勝つ」
耳飾りの十字架に触れて告げる
「最強は私だ」
それはシーフクローの自信に満ちた言葉とは少し違う、底知れぬ何かを……覚悟を聞く者に感じさせる言葉だった
「……っ!」
椅子が倒れる音が響く
「シ、シーフクローさん!?」 - 34ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/08(月) 22:41:45
立ち上がったシーフクローがシルバーに顔を寄せて睨み付ける。その表情は笑みの形になってこそすれ、猛獣が威嚇するような怒りが秘められていた
「……お前、最初も言っとったのう」
「…………」
「最強になるとか何とか。それは本気で言ってんのか?」
「…………」
「紹介の時に聞いたが……グレードにさえ出たこともねえ“ペーペー”じゃろ、お前。よくその口で勝つなんぞ言えたもんじゃ」
シーフクローは昨年8月にメイクデビューを果たし今日までに2勝を上げている。その内の一つは『G1』、最高位のレースで彼女は既に勝利している。G1レースでしか袖を通すことを許されない勝負服を所持しているのは決して伊達では無いのだ。そしてそれはシーフクローだけでは無い。このクラスに居る幾人かもG(グレード)レースに出走し勝利した経験を持つ猛者。そんな中でシルバーは己が最強になると言った。それは―――
「もう勝つ気で居んのか? 私様や、他の者に……!」
遠回りな挑発だった。そしてそれを買わない軟弱な者などこの学園には居ない。シーフクローは未だにこちらを見向きもしないシルバーに青筋を立てて言葉を続ける
「低レベルなレースで幸運にも勝っちまって図に乗ったか? お前みたいな勘違いした奴なんて幾らでも……」
「…………」
「……オイ。聞いてんのかコラ。辛気臭いスカーフェイスしやがって―――」
その時、「ふぅ」と溜息を吐いた。シルバーだ。ようやく反応を見せた彼女はシーフクローを見上げて口を開く
「……ピーチクパーチク」
「は?」
「耳元でうるさいと思えば……」
そうして吐かれる言葉は
「よく鳴く鶏(チキン)が居たもんだ」
「……ッ!!」
先とは違う、ストレートな挑発だった - 35ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/08(月) 23:05:44
「お前……ッ!!」
シーフクローは射殺すような目でシルバーを睨み、その胸倉を掴み上げようと即座に手を伸ばす。距離や姿勢を考えれば避けることは不可能、しかしシルバーはそれに対して牙を剥くような笑みを浮かべると―――
「……!」
シーフクローが伸ばした手、その手首を掴むと力の流れに乗るようにして椅子から体を浮かせる。シルバー1人分の体重が掛かって沈む腕、それに釣られてシーフクローの体勢が前に崩れる。その時に晒される首元に向かってシルバーは―――
「ウマ娘の勝負は!!!!」
「……レースで」
首元に叩き込もうとしたシルバーの手刀、顔面を殴り飛ばそうとするシーフクローの拳。それらを2人のウマ娘がぶつかる直前に防いだ
「いけませんよ2人共! 暴力はいけません! それではオーサムはあげられません!」
シルバーの腕を掴んで快活に笑うウマ娘、グッドコンダクト
「悪い風……走った方が気持ち良い」
シーフクローの拳を掌で逸らしたウマ娘、エウロペウィング
暴力沙汰を直前に止めた2人に続いて他のウマ娘達も席を立ってシルバーとシーフクローを引き離しに掛かる
「血の気多すぎ~」
「歌でも歌って落ち着こう! 僕歌っちゃうよ!」
「ここはダンスで決着を付けるのはどうかな!?」 - 36ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/08(月) 23:40:48
そうして物理的に距離を取らされるシルバーとシーフクロー。だが両者の熱はそんなことでは収まらない
「ナード(陰気オタク)みたいな見た目してふざけた野郎じゃ……!! 私様がぶっ潰してやるよ!!」
「ハッ! Kiss my ass(クソ食らえ)!!」
一触即発。正にそう言うに相応しい状態、そんな2人の間に立って通せんぼするように両手を広げるウマ娘が
「レースレースレース~~!! 委員長言ってたでしょー! 喧嘩するならレースで決着付けてー!」
ツインサム。先のレースでシルバーに勝ったウマ娘、彼女が指を立てて言う
「G1! それで勝負したら良いと思う! G1レースで決着付ければお互いに納得出来るでしょー?」
それを聞いてシーフクローは挑戦的な目でシルバーに言う
「はん! なら3月に有るフロリダダービー! そこで―――」
「あ。3月入って直ぐは一般競争に出る予定だからフロリダダービー出られん」
「はぁああ!? 何じゃそら!?」 - 37ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/08(月) 23:41:33
フロリダダービーは3月に入って直ぐに開催されるG1。3月まで他のレースに出ないとトレーナーと約束したシルバーはそれまでに参加条件を満たすことが出来ない
「じゃあ4月! サンタアニタダービーはどうじゃ!」
「それなら行けるな」
トレーナーと立てた予定に従うならその月で問題無い。そう判断したシルバーはシーフクローの申し出を受け入れる
「サンタアニタダービー! そこで私様はお前を完膚無きまでに打ち負かしてやる! ビビって逃げるなよ?」
「……はっ。二度と舐めた口が聞けねえようにしてやるよ」
火花を散らす両者。2人はこうして4月に開催されるG1サンタアニタダービーで決着を付けることになったのであった
「―――……ひええ~ん、どうして仲良くしてくれないんですかぁ~」
もう殺伐とし始めたクラスに教師は泣いた - 38ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/08(月) 23:42:59
続く
先生は泣いて良い - 39二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 00:56:00
乙乙
シーフクローは誰だ?モデルいるのかな - 40ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/09(火) 10:47:42
登場人物はだいたいモデル有りです
シーフクローはウマ娘シンデレラグレイにも登場してるので案外すぐ見付かるかもしれませんね - 41二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 16:18:57
力作やこれは…続きも楽しみ
- 42二次元好きの匿名さん23/05/10(水) 00:04:12
ほしゅ
- 43ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/10(水) 00:12:28
放課後、グラウンドの片隅。コースの邪魔にならない場所で柔軟をするシルバーは……
「あいつ、絶対レースで泣かす」
むしゃくしゃしていた
入念にストレッチを行い全身をケアしながらも表情は不機嫌さを隠そうともしない。そんなシルバーにトレーナーのジョンが歩み寄る
「今日は一段と顔が怖いな。クラスで何か有ったのか?」
「何も無かったら不機嫌になんてならねえよ」
腱を伸ばし間接の可動域を十全に動かせるよういする。そうしてから跳躍して筋肉の連動を確認
「なあアーサー。本当にまだ走っちゃ駄目か?」
「走るのは構わない、だがシルバーが聞いてるのはそういう意味じゃ無いな」
シルバーの言う走るはレースのことだ。それも練習や模擬レースではない公式の、本気で走るレース
「何と言われようと決定は覆さない。本気のレースは体に常以上の負担を掛ける。だから3月に入るまでは肉体作り」
「……あ~、スッキリしね~」 - 44ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/10(水) 00:13:04
シルバーはぶつくさ文句を言いながらもジョンの組んだメニューをこなしていく。ランニングを始めたシルバーを見送ったジョンはファイルにまとめた最近のタイム表に目を通す
そんなジョンの背後から幾人かのウマ娘が近付いてきた
「ヘイ、トレーナー!」
「難しい顔してどうしたのー?」
「……君達か」
そのウマ娘達はジョンが受け持つチームメンバーだった。彼女達はグラウンドのコースを軽く走るシルバーを見ながらジョンに話し掛ける
「あの子? 例の期待の新人」
「小っちゃ~い。一緒に併走(あそんで)良い?」
新たな仲間を歓迎する彼女達であるが、ジョンはシルバーとの併走に関しては「駄目だ」と断る
「え~? 何でさ」
「少し危ういからだ。今のシルバーと走ると“吞まれる”かもしれん」
「何それどういう意味?」
「…………」
ジョンはどう答えるべきか悩む。これは一番近くでシルバーをよく見てきた彼か、もしくは本気のレースで共に走った者にしか感じられない物だからだ
「……シルバーと走るとペースが乱される」
「ん? それってよくあることじゃん。逃げの人がハイペースにしたり、先行・差しが揺さぶったり」
「それとは違う」 - 45ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/10(水) 00:13:31
レース時のシルバーの様子を思い出す。選手全員に対して彼女が掛けるプレッシャーは尋常ではなく、そのプレッシャーの源泉であるシルバーの激しい感情……怒りは否応なしに周囲の者達の心身を崩させる
肉体に収まりきらぬ激情の発露。それは真剣勝負で有れば有るほどに周囲へ牙を剥く
「そうだな……今のシルバーと併走させられるのは図太いぐらいマイペースな子か―――」
そうしてシルバーの危うさをチームメンバーに話していた……その時だった
ジョンはこの場所に近付いてくる人影、それに目を向けながら続く言葉を言う
「……シルバーと同等以上に精神が強い……確固とした意志を持つ子」
光を浴びて赤く輝く栗毛をなびかせて、彼女は自らのチームメイトとトレーナーを引き連れ土を踏む
「彼女のようなウマ娘ぐらいか」
“赤き獅子王”と称される、現在最も世代王者に近いウマ娘
「―――さあ、トレーニングを始めましょうか」
ステイトリーモナークがグラウンドに姿を現わした - 46ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/10(水) 00:13:58
続く
感想や保守ありがとうございます - 47二次元好きの匿名さん23/05/10(水) 01:42:18
乙
なんかこういう元ネタ匂わせみたいなのやっぱワクワクするな - 48ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/10(水) 11:07:19
彼女に誰もが目を奪われる、生まれながらにして王道を征くことを運命付けられたウマ娘に
「モナークは今日はどんなメニュー?」
「そうですね、本日は肉体作りの成果がどこまで出ているかテストを兼ねて走るのを重点的にするつもりです」
ジャージを脱ぐと傍に立つチームメイトに渡すモナーク。ボディラインがはっきりと出るランニングウェア姿になった彼女はコースに足を踏み入れる。既にウォーミングアップを済ませているモナークの肌には汗が滲み、薄らと蒸気を上げていた
「ではよろしくお願いします。トレーナー」
「ああ」
ベストコンディション。トレーナーがタイム計測の準備をするとモナークはスタートラインに立ち
「――――――」
駆け出した
上背で長い手足を持つモナークの肢体が加速していく。グラウンドに居る他のウマ娘達は自然とそんな彼女に視線を惹き付けられていく
「走ってるだけなのに……」
「……モナーク様、かっこいい……♡」
完璧に近いフォームで走るモナークの姿はそれだけで芸術品のよう。それに恵まれた身体能力が加わり圧倒的なパフォーマンスを発揮する - 49ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/10(水) 11:08:14
「……あの子と同世代とかマジで自信失うわ~」
「いや逆に光栄って感じじゃん? ステイトリーモナークと走ったて将来自慢出来るっしょ?」
モナークの存在に魅了される。誰もが羨む才能を、容姿を、全て与えられて誕生した彼女は正に人々の上に立つことを定められた絶対強者
「―――っ!!」
最終コーナーを抜けて最後の直線へ。スパートに入りモナークの真価が更に光り輝く。
「速っ!?」
ダートを抉る深さはそのまま脚力の強さを示す。もしこれがレースだったなら他の選手はもうモナークの背しか見えていない
威風堂々。モナークの背を見た者はそこに夢と希望を見る。“偉大なる赤/グレートレッド”の再来を感じずには居られない
「―――……ふぅ……! 良い調子ですわ」
ゴールまで駆け抜けたモナークは赤く輝く髪を掻き上げ汗の雫を散らす - 50ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/10(水) 11:09:23
走り抜け、美しい微笑みを浮かべる彼女の姿を見た者は戦意よりも敬意を抱く。戦う前から負けを認め平伏しそうになる
「……赤き獅子王、か」
一部始終を見ていたジョンはグラウンドの空気がモナーク一色に染め上げられていくのを感じる。彼のチームに所属するウマ娘達でさえ多かれ少なかれ魅了されているのだ
「まさに王者の貫禄。あの年で大した者だ」
ジョンでさえ胸が熱くなるような走りなのだ。モナーク以上に強いウマ娘はこの時代生まれないとさえ思える光景
だが例外は在る
「―――誰? あのハリウッドスターみたいな奴」
そう、“彼女”を知らなければモナークの王座を疑わなかっただろう
「シルバー」
「澄ました顔して、育ちの良さが丸見えだな」
シルバーサバス。ランニングを終えて戻って来た彼女にジョンは言う - 51ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/10(水) 11:09:48
「なあ、ちょっとこのコースを走ってみないか?」
「んあ? どれ?」
ジョンが指示したコースは先程モナークが走った物と同一
「……ふーん? 良いぜ、“私だけ”なら別に全力で良いんだろ?」
「ああ。全力で走ってこい」
「オーケー」
グラウンドの空気なんて一切気にしていないシルバーは悠然と進む。コースに入る直前、入れ替わるように彼女はモナークと擦れ違う
「――――――」
両者の距離が近付き視線が交わる。ただそれだけ。そのままモナークはコース外に出てシルバーはコースに立つ
「お疲れ様モナーク。プロテインとドリンクだけど……」
「あの方」
「え?」
モナークは飲み物を受け取りながらも意識はずっと別の物に向けて口を開く
「あの方……私、知っている気が」
そうモナークが言った直後―――シルバーは駆け出した - 52ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/10(水) 11:14:26
続く
アメリカの三冠レース間隔短すぎてヤバイ。そりゃ三冠馬なんて生まれねーよ……なんで生まれるの? - 53二次元好きの匿名さん23/05/10(水) 19:07:42
保守のだ
- 54二次元好きの匿名さん23/05/11(木) 00:20:51
復活の保守
- 55ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/11(木) 08:54:30
保守ありがとうございます
昨晩更新出来なかった分投稿します - 56ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/11(木) 08:57:45
「モナークさん、タオルどうぞ」
「…………」
「モナークさん?」
「……ええ。ありがとう」
チームのウマ娘から受け取ったタオルを首に掛てモナークは飲み物をようやく口にする。その時に目が向けられるのはたった今走り出した1人のウマ娘の姿
「いつだったかしら」
黒い髪と尾をなびかせてコースを駆ける姿に既視感を覚える。記憶を探れば脳内はモナークを過去へ過去へと誘っていく
「……子供の頃?」
面影が見えた気がした
「―――オイあれ!」
「……っ!」
しかしそんな記憶の旅は周囲のざわめきによって打ち切られる。モナークの耳に届いてくる声の内容は現在コースを走るシルバーサバスに対しての物 - 57ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/11(木) 08:58:19
「かなり……速くないか?」
「走ってるコース、もしかしてステイトリーモナークと同じ?」
「…………」
シルバーサバスが最終コーナーに差し掛かる
「オイ! あそこから加速したぞ!?」
「て言うかさっきからコーナーリング速すぎない? どうしてあんなに……」
その走りはモナークとは違った。彼女は恵まれた身体能力でコーナーリング時に掛かる慣性を力尽くでねじ伏せるが……シルバーのそれは対照的と言って良いだろう
モナークは自然とその言葉が口を付いて出た
「綺麗」
流れるように滑るように。ネコ科動物のような俊敏さとしなやかさによって発揮される理想的な脚運び。反動の殆どが上体に返ってくることは無く前に進む推進力へと変わる
コーナーで十分に速度が付いたシルバーの脚は、直線に入ることで更にその力を爆発させる
「もっと上がるの!?」
「でも左右によれてる! きっと体力が尽き―――」
「……来ます」
「え?」 - 58ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/11(木) 09:20:50
モナークは断言する
「あの方は来ます。最後まで」
その言葉通りシルバーは左右にぶれるような走りながらも速度を一切緩めること無く、ゴールまで駆け抜けて行った。そしてモナークはその背中をじっと見る。そこから何かを思い出そうとするように
周囲のざわめきが大きくなった。誰かが戯れにタイムを計っていたのだろう、そこに表示された計測結果を見て信じられないような顔をする
「……はぁ、疲れた。まあこんなもんか」
走り終えたシルバーがジョンの元へ戻る為に歩き出す
「嘘……このタイム……」
「モナーク様よりも」
シルバーの叩き出したタイムはモナークより0.1秒速かった。時間にして僅か、しかし着差で見ればおおよそ1/2バ身差が発生する明確な距離
「…………」
「あ?」
シルバーは立ち止まる。目の前に立ち塞がる者が現れたから
「私に用か? ハリウッドスター」
その人物とはモナークだった。シルバーは自分よりも頭一つ分大きい彼女を睨むように見上げて挑発するように呼び掛けた - 59ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/11(木) 09:21:27
一触即発。周囲の者は王者に歯向かう者の登場に戦々恐々とし……だがそんな緊張した空気は直ぐに杞憂であったと知る
「素晴らしいですわ貴女!」
「うおっ」
それは称賛だった。笑顔を浮かべたモナークはシルバーの肩を叩きながらとても友好的に話し掛ける
「最後の直線の力強さもさることながら、やはりあのコーナーでの足捌き! とても流麗でしたわ!」
「そ、そうか」
「ああ、突然すみません。私ステイトリーモナークと言いますの。以後よしなに」
「……私はシルバーサバス」
2人は握手する。誰が見ても互いの好走を称え合い友好を深める光景
「それはそれとして、私一つ気になったことが」
手を繋いで身を乗り出したモナークはシルバーに顔を寄せて囁く
「貴女、一体“誰と”走っていましたの?」
「…………」
誰の耳にも届かない、2人だけにしか聞こえない声で尋ねる - 60ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/11(木) 09:22:01
「……さあね、知らねーな」
「あら? これでも見る目は在ると自負していますわ。途中まで確信は持てませんでしたが……最後の直線で確信しました」
モナークは目を細める。それは遠目に見れば微笑んでいるように見えたかもしれないが、間近で見れば違うと直ぐにわかる
「シルバーサバス。私、負けず嫌いでして……ええ、負けるのがとてもとても嫌いでして。ですのでもし同じレースを走る機会が在れば―――」
細められた目の奥で眼光が鋭く光る
「“貴女達”をまとめてねじ伏せてあげましょう」
「…………」
その言葉を聞いてシルバーは牙を剥いて口角を上げる
「……はっ。返り討ちにしてやるよお嬢さん」
握手した手に力が込められる。もし視線に熱が有れば両者の間で火花が散っていただろう
「――――――」
少しの間そうしていた2人だが先に切り上げたのはモナークだった。手を離した彼女は胸を張って高らかに言う - 61ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/11(木) 09:22:18
「それではお元気でシルバーサバス。お互いに切磋琢磨し、最高のレースが出来るよう精進しましょう」
「おう。楽しみにしてるわ、ステイトリーモナーク」
そうして互いに背を向けて離れる。相手の存在を強く感じながら
シルバーサバスとステイトリーモナークの最初の邂逅はこうして幕を閉じた
「……そういえば。あいつ、どっかで会ったような……」
ジョンの元へ戻りタオルと飲料を受け取ったシルバーは先程見たモナークの姿に既視感を覚え頭を捻る。以前一度だけ会った気がするのだが思い出せない
「まあいっか」
しかしシルバーは直ぐに興味を失い、トレーニングの続きを始めるのであった - 62ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/11(木) 09:23:14
続く
学園の日常を挟んでレースに入ります - 63二次元好きの匿名さん23/05/11(木) 20:15:36
あげ
- 64ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/11(木) 23:59:39
学園に入ってからシルバーは走る以外で久し振りに騒がしい日常を送っていた
とある授業中
「もっと笑顔で! レッツダンシング!」
「こ、こう……か?」
「あっはっはっはー……こわいよぉ……」
「えぇー……」
ライブのダンスレッスン。それをペアになって行うシルバーとシルヴィダンサー、だが如何せんシルバーの笑顔は怖かった。シルヴィダンサーが手取り足取り教えるも中々上手く行かない
「サバちゃん! 君それでよくウィニングライブやってきたね!?」
「……いや、特に何も言われなかったし」
困って眉を寄せるシルバーにシルヴィダンサーは銀細工のアクセサリーをジャラリと鳴らしながらニパーっと笑顔を作る
「せっかく可愛い顔してるんだから! 笑顔笑顔!」
「可愛いとかキモい」
「あっはっはっはー……ひどいよぉ……」
「打たれ弱すぎるだろ」
「うん。じゃあもう一度最初からやってみよう!」
「立ち直り早っ」
笑顔が怖いシルバーは鏡を見ながらにらめっこすることになった
シルヴィダンサー。銀細工が趣味でダンスが好きなちょっと打たれ弱いウマ娘 - 65ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/12(金) 00:00:19
とある休憩時間中
「シルバーサバスさん、私は委員長として貴女に言わなくてはなりません」
「……何だ?」
グッドコンダクトは真剣な表情で伝える
「授業中に寝過ぎです! しっかり起きて先生のお話を聞きましょう!」
「あ~……悪い悪い」
「ええ、人の話を聞くのはとても大事ですからね!」
「次から気を付けるようにするわ」
寝ないとは言ってない
「じゃあ私はこれで……」
「実はですね! 私、シルバーサバスさんが起きていられるよう良い物を用意したのですよ!」
「え。別に要らない……」
「ではこれをどうぞ!」
「人の話聞かないじゃん」
そうしてグッドコンダクトが差し出したのは……眼鏡だった
「……何これ」
「眼鏡です! 眼鏡を掛けると真面目になります!」
「……何それ」
「貴女も私と同じように眼鏡ウマ娘になって共にオーサムになりましょう!」
「……何言ってんの」
シルバーサバスは逃げるように教室を後にした
グッドコンダクト。良い子なのは間違い無いのだが独特な価値基準を持ったウマ娘 - 66ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/12(金) 00:01:09
とある昼食時間中
「うーん……ステーキにしようかな~。それともフライドチキン? 悩むなー」
「両方食えば?」
「え~? 良いかな? えへへ~、じゃあ両方食べちゃおうかなー」
ツインサムに誘われて共に食堂に来たシルバーは自分もステーキを食べようかと考え、どうせならと隣りに居るのほほんとしたツインサムにお勧めはないか聞くことにした
「この食堂、メニュー色々有るけど旨かったのって有る?」
「美味しいの? 基本全部美味しいよー。理事長さんが私達ウマ娘の為に一流のシェフを雇ってるらしいから」
「そりゃ随分と豪勢だな」
流石はトレセン学園と思っているシルバー、そんな彼女にツインサムはお勧め料理を教える
「私の好みになるけど……ザリガニのガンボ、辛いのが大丈夫ならチリコンカルネ……甘い物ならドーナツ! クリームたっぷり甘々なのも良いけど実家の近くに有るチェーン店の甘さ控えめのドーナツが好きなんだ~。それと似たドーナツ売ってて感動したよー」
「ふーん? 何でも有るんだな……じゃあステーキにしよう」
「えー!? 何で聞いたのー!? 食べてよガンボー!」
結局ステーキを頼んで食べたシルバー
ツインサム。普通っぽいけどちょっと普通じゃない、シルバーにレースで勝ったことが有るウマ娘 - 67ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/12(金) 00:01:58
続く
日常をしつつクラスメイト紹介みたいな感じ - 68二次元好きの匿名さん23/05/12(金) 00:27:41
乙
キャラがどんどん増えてきたな - 69二次元好きの匿名さん23/05/12(金) 01:14:16
前スレから読んだ
次楽しみ! - 70二次元好きの匿名さん23/05/12(金) 01:15:47
なんとなくだけど
このオーサム委員長は将来BCクラシック取りそう - 71二次元好きの匿名さん23/05/12(金) 11:13:48
アメリカって店でザリガニ出すんだ…
- 72二次元好きの匿名さん23/05/12(金) 19:02:09
平和な日常パートもいいぞ
- 73二次元好きの匿名さん23/05/12(金) 19:48:59
- 74ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/12(金) 20:52:53
とある音楽の時間中
「君の歌声の魅力はずばり……愛らしさ!」
「は?」
「シルバー君の可愛らしい歌を爆発させよう!」
「え、何? キッショイ」
ジョイサウンドからの言葉にシルバーは嫌そうな顔をする。なんか似たようなことを別の相手からも言われた気がしたから。ダンスレッスンの時に
「普段は低く抑えてるようだけど……勿体ない! 持ち味を生かそう!」
「興味無い」
「ほら僕に続いて! “The Legend UMAPYOI”」
「歌わねえよ? ……おい? 歌わねえって言って……おいコラ曲止めろぉ!!」
「大丈夫! 歌えば気持ちが通じ合うから!」
流されるメロディにシルバーは強制的に付き合わされる
「うーーーーうまだっち!♡」
「う、ぅー……うまぴょい、うまぴょい……」
「うーーすきだっち!♡ うーーうまぽい!♡」
「うまうまうみゃうみゃ」
「「3・2・1・Fight!!♡」―――ってやってられるかぁ!!?」
顔真っ赤にしてシルバーは頭を抱える。
「良い! 良いよ! 今の君はすごく輝いてる!」
「……ウゥ~……ガチンッ!!」
「うわぁ!? 噛み付いてきたぁ!?」
ジョイサウンド。歌が好きで誰かと一緒に歌うことも大好きなウマ娘 - 75ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/12(金) 21:11:07
とある寮での時間中
「こっち」
ウマ娘がシルバーの手を引いて廊下を歩く。そうして彼女が案内するのは―――
「ここ」
「へー、ここが私とお前の部屋か」
シルバーがこれからトレセン学園で暮らすにあたり日々を過ごすことになる部屋だった。そして同室となるのは不思議な雰囲気を持つウマ娘、エウロペウィング
「いらっしゃい」
「おう」
そうして部屋に入ったシルバーは自分のベッドに荷物を放り投げて内装を見渡す
「結構良い部屋じゃん」
「冷暖房完備。快適」
「お、冷蔵庫も有るじゃん」
小さいながらも冷蔵庫も有りシルバーはそれを空けて中を見る。そこにはよくわからない食料品が入ってあった
「なんじゃこりゃ? 見たことねー文字」
「海外の食べ物。食べて良いよ」
「じゃあこの牛乳っぽいの貰うわ」
パックにストローを差して飲む。口の中にキャラメルのような芳しい香りが広がり甘さと酸味が顔を出す。シルバーが「これ何語?」と聞くとエウロペウィングは「露西亜語」と教える - 76ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/12(金) 21:13:05
「わざわざ取り寄せてんのか?」
「ん。趣味」
エウロペウィングは勉強机に座る。シルバーがそこに目を向ければ机の上には飛行機の模型が飾られ、壁には世界地図が描かれたポスターが掛けられている
「私、世界の風を感じたい」
「世界の風?」
風に乗るように両腕を広げるフライングコンチネンタル
「たくさん走って、たくさんの場所に行って……飛んでいく、何処までも何処までも」
「ふーん」
「卒業したら世界旅行する。それが私の夢」
「良いんじゃね? 行きたい所に行くの」
パックの中身を飲み干したシルバーはそれをゴミ箱に放り込む。そうして少し目を離した隙に
「あなたの夢は?」
「……ああん?」
エウロペウィングはシルバーの目と鼻の先に来て尋ねる
「あなたは、とても……すごく激しい、Supercell(嵐)。周囲の風を巻き込んでいく竜巻」
不思議な色を湛えた瞳がシルバーの瞳を覗く
「走った先で、あなたはどんな夢を見ているの?」
「…………」
エウロペウィングのその言葉は純粋な興味での問い掛けだった。何気無い世間話での言葉……しかしシルバーにとっては違った - 77ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/12(金) 22:00:49
「……最強になる」
「…………」
「私の夢は最強になることだ。それ以外無えよ」
「……そう」
暗い深海のような目になったシルバーを見てエウロペウィングは一つ頷くと身を離す。そうして両腕を広げて部屋の中央でくるくると回る
「あなたの風は……とても悲しいね」
「は?」
「消灯は夜12時。シャワー室は1日3回清掃の人が入るけどそれ以外は自由に行けるよ」
「ん? あれ? ……わ、わかった?」
急な話題転換。意味深なことを言われた気がするが……気勢が削がれたような感じになりシルバーは寮のルールを素直に聞く
「外泊許可が欲しい時は寮長・トレーナー・先生の3人に届け出してね」
「お、おう……」
「じゃあこれからよろしく、ね」
「……よろしく」
唐突な握手。シルバーは何だか釈然としない気がしたが……それでもエウロペウィングの人の良さを感じてそう悪くは思わなかった
エウロペウィング。不思議なウマ娘。シルバーの同室 - 78ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/12(金) 22:01:35
続く
次はレースです - 79ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/12(金) 22:04:49
名前付きクラスメイトは同期、同じ年にデビューした子達になります。ビジュアルは特に決めてません自由です自由の国です
- 80二次元好きの匿名さん23/05/12(金) 23:10:46
世界に広がるうまぴょい
- 81二次元好きの匿名さん23/05/13(土) 10:20:08
保守
- 82ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/13(土) 17:15:14
トレセン学園に入学してから2ヶ月以上経った。休憩時間中にジョンがトレセン内のカフェを覗くとそこにはクラスメイトと団欒するシルバーの姿が有った
「情報は出揃った! 場所はリビング! 凶器はぬっぺっぽう! 犯人は……オニオンだー!!!」
「確認……ん。シーちゃん正解」
「ぐぅ!? 私様も推理出来てたのにぃ! こんちくしょう!」
「名探偵はキャロットのシルバーサバスさん。オーサムです」
どうやらボードゲームをしていたらしい。シルバーはシルクハットを被りパイプを手に持つと椅子の上でふんぞり返る
「ふははは。これでお前らのマカロンは私の物だぁ」
「ここまで邪悪なホームズが居た?」
「これは薬キめてますね」
お菓子を賭けて勝負をしていたようでシルバー皿の上にカラフルなマカロンが積み上がる。それを見ばがら歯軋りするシーフクロー
「ぐぬぬぬ……まだだ! 勝負はまだ終わっちゃいない! 最後の勝負に私様はツウィンキーズも賭ける! オールインだ!」
「良いねえー! なら私もこのマカロン全部と更に……ミントオレオを出してやる!」 - 83ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/13(土) 17:15:49
賭け金置き場なのか隣のテーブルにシルバー達はお菓子をどんどん積む。ジョンは「……いったいどれだけ溜め込んでたんだ」と戦々恐々とする。見ているだけで胸焼けしそうな甘味の山だ
ウマ娘は甘い物が大好きなのである
犯行現場、凶器、プレイヤー、その3種のデッキをシャッフルする。その際にシルバーとシーフクローは凶悪そうな顔をしているが如何せんやってることはゲーム、とてもシュールな光景である
「じゃあ事件の真相になるこの3枚を封筒に入れまーす。……私もお菓子欲しかったよぉ……」
「早々にお菓子(賭け金)を失うとはダンサー君。よし悲しい時は歌おう!」
ボードを囲んだ6人がサイコロを振り合いゲームを進行していく。賭け金を失い脱落した1人は進行役に割り振られた。深まる推理、白熱する腹の探り合い、出し抜くタイミングを虎視眈々と狙う
その光景は何処からどう見ても仲の良いクラスメイト達の交流だった
「……馴染めてるみたいだな……良かった」
ジョンはこの光景を見られただけでもシルバーをトレセン学園に入れた甲斐が有ったと思った。そうしてシルバーにバレない内にひっそりとカフェから立ち去る
「後は……」
そしてジョンは1人呟く - 84ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/13(土) 17:16:10
「後は、あの子にレースの楽しさを」
手に持った資料に目を落とす。次走であるG2サンフェリペステークス、G1サンタアニタダービー……それらを捲ったクラシック三冠路線が書かれた用紙を見詰める。そこには現時点で出走が確実視され尚且つ本人もその意志を示しているウマ娘の名が書かれていた
ステイトリーモナーク
ジョンは彼女に期待を寄せる。シルバーとレースで戦って欲しい願う
「……レースは楽しいのだと、思い出させてくれ」
そうして彼はただ祈るのであった - 85ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/13(土) 17:18:19
続く
次回予測は嘘になった本当に申し訳無い。ぬっぺぽう - 86二次元好きの匿名さん23/05/13(土) 17:34:30
(ぬっぺぽうってなんだ……?)
- 87二次元好きの匿名さん23/05/13(土) 17:41:42
- 88二次元好きの匿名さん23/05/13(土) 22:44:17
これは太り気味不可避
- 89二次元好きの匿名さん23/05/14(日) 00:28:11
次がレース回かな?
- 90二次元好きの匿名さん23/05/14(日) 11:03:44
期待
- 91ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/14(日) 16:43:41
3月2日、サンタアニタパーク競馬場
「シルバー、調子はどうだ?」
「あ~? 調子なんて悪いに決まってるだろ」
控え室からパドックに向かう途中シルバーは気怠げに牙を剥く
「今まで走れなくてこっち、欲求不満が限界だったんだよ」
「そうか、なら……」
「おうよ」
シルバーは通路を潜り抜けてパドックへ躍り出る
「軽く勝ってくるわ」
―――3ヶ月振りの公式レース。そこでシルバーは余裕の1着、2着に対して4と1/2バ身差を付ける快勝で一般競争を勝ち上がった。
そして次に開かれるレース、サンフェリペステークス
一度はG1にまで昇格し現在G2に降格となったが紛れもなく由緒正しき重賞。そこにシルバーサバスは出走を決めるのであった
-・-・-
3月19日、サンタアニタパーク競馬場
開催されるのはG2サンフェリペステークス。このレースに出走を決めたのは5人、パドックに立つ彼女達の中にはシルバーのよく知る者達も居た - 92ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/14(日) 16:45:22
「お歌の稽古の成果、この僕が見極めてみよう!」
「飛ぼう。一緒に」
ジョイサウンドとエウロペウィング。クラスメイトであり学園生活で親しくなった2人。彼女達を前にしてシルバーは牙を剥いて笑う
「はっ。ボードゲームは負けたが……このレースは勝たせてもらうぜ」
「ふふふ。僕も勝ちを譲る気は無いね」
サンフェリペステークスでの一番人気はシルバーでは無い。その人物は片目を瞑って微笑むと「ラララ~♪」と軽やかに歌い始める。彼女はG1デルマーフューチュリティで勝利を掴み、そしてあのシーフクローにも勝利した実力バ。
『奏でる者』ジョイサウンド。彼女はシルバーの挑発に堂々と返した
そうして火花を散らす2人に彼女も参戦する
「……私も。負けないよ? シーちゃん」
『シルフィード』エウロペウィング。人気こそシルバーに押されての三番であるがその実力は本物
「良いね。弱い奴に勝ったって何の意味も無えからな」
眼光鋭くシルバーは告げる
「全員まとめてブチ抜いてやるよ……!」
メイクデビューを果たしたシルバー、彼女が初めて挑むグレードレースが幕を開ける
-・-・- - 93ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/14(日) 16:46:28
『―――今5人のウマ娘がスタートです!!』
ゲートが開き、一斉に走り出す
『―――が先頭を走ります! このまま一番をキープしたままゴール出来るでしょうか!』
逃げウマが1人居る中でシルバーは少し距離空けて先行を走る
『2番手にシルバーサバス、様子を伺うように走ります! 初めて挑むグレードレースで実力を証明出来るか!? そしてその直ぐ後ろ―――!』
「……っ!」
背後からのプレッシャー。その原因へシルバーは横目で鋭い視線を投げ掛ける
『―――ジョイサウンド! レース上のマエストロが一切の油断無くシルバーサバスを牽制するぅー!』
「……さあ、僕と共に歌おうじゃないかシルバー君!」
シルバーサバスが最も脅威であると判断したジョイサウンド。彼女は相手に圧力を掛けて万全なレース運びをさせないようにしたのだ
『―――そして後方にエウロペウィング! レースは最初のコーナーへと―――!』
ジョイサウンドの有力バに対しての徹底的な対策、それはタクトを振るうように相手の呼吸や攻め時さえコントロールする。それが奏でる者と呼ばれる所以 - 94ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/14(日) 16:47:34
だがしかし
「……ふぅ……っ!」
「……!?」
シルバーの走りに迷いは無い。その足取りにジョイサウンドの方が逆に飲み込まれそうな感覚に陥る
(背後から追従しているだけなのに……息苦しい……! 前を走る子は僕の比じゃ無い筈だ……!)
まるでシルバーを中心に広がる影が自分達の脚を掴み暗闇へと引き摺り込もうとするような
(これが君の走りかシルバー君!!)
この場で走る全てのウマ娘が藻掻き苦しむ影の中で、シルバーだけが軽やかに走る。機械のように正確に水のように滑らかにコーナーを駆ける彼女の後を後続のウマ娘達は必死に追い掛ける
『―――レースは向こう正面に差し掛かり―――!』
そして最初の限界が訪れる
「はっ……はっ……はぁっ!」
『―――が苦しそうです! 掛かってしまったかー!? 走りに精彩を欠いています!』
影が……先頭を走るウマ娘の喉元にまで手を伸ばした - 95ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/14(日) 16:48:35
『先頭集団が最終コーナーへ―――!』
声が聞こえた
「いつまで私の前を走ってる?」
「……ひ……っ!?」
その言葉で息が詰まる。怖い。怖い怖い怖い―――
集中力も体力もボロボロに削り切られた先頭が……落ちた
『上がってきた上がってきたー!? 外側からシルバーサバスが上がってきたー!!』
シルバーが勝負を決する為に駆け出す - 96ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/14(日) 16:51:22
『ジョイサウンドも追い掛けるように外側から走る走る!! 勝負は最終直線へと持ち込まれるかー!?』
(わかっていた……ここで君が仕掛けてくるのは……わかっていた筈なのに!?)
ジョイサウンドは走る。しかしそれは彼女が狙い望んだ展開では無い。本来なら彼女がシルバーを追い立て削る筈だった、しかし実際は真逆の結果となって襲い掛かる
「……くそっ……強いなぁ……!」
縮まらない差に苦しい笑顔を浮かべる。そして差はじわりじわりと広がる
『強い! 強いぞシルバーサバス! 先頭に躍り出て2番手ジョイサウンドとの差を広げて行くーーー!!』
ここで観客の誰もがシルバーサバスの勝利を確信する
『―――だがしかし―――!!』
勝負は終わらない
「私の風は……っ!」
後方から一陣の風が吹く
「此処からッ!!!」
「……っ!」
それはシルバーとの距離を強烈に詰める
『エウロペウィング!! 後方からエウロペウィングが猛烈な末脚で追い上げて来たぁーーー!!』 - 97ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/14(日) 17:26:24
3番手のウマ娘と2番手ジョイサウンドさえも抜き去り、エウロペウィングは先頭を征くシルバーの背を追い掛ける
『スローペースのスペシャリスト! 遙か彼方から吹き抜ける大陸の風がシルバーサバスを追い詰めるのかぁー!?』
その後方から一気に差し返す一陣の風のような末脚から付けられた二つ名シルフィード。その名に恥じぬ速さで彼女は1着を目指す
(―――……とてもっ)
両者の間がどんどん縮まる。そして近付いたことでエウロペウィングもより強く感じる
(とても……悲しい……っ! 貴女の風は……!)
影を率いて走るシルバーの姿にエウロペウィングは泣きそうな気持ちになる。その感情のままに彼女は手を伸ばすように駆ける
だがそれでも―――
(……どうして貴女は……そんなにも……)
届かない - 98ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/14(日) 17:26:45
『ゴーーーールッ!!!! シルバーサバスが1着でゴール板を駆け抜けたーーーー!!!! グレードレースでも見せ付ける!!!! 彼女の力は本物だぁーーーー!!!!』
勝敗は決した
『―――2着は1と3/4バ身差でエウロペウィング!! そして3着はジョイサウンド―――』
十字架が揺れ、音を鳴らす
「勝ったぜ“お前ら”……」
シルバーは呟く。ゴール板まで共に駆け抜けた影達に向かって。そしてそれらはシルバーに何かを伝えようとしたのか揺らぎを見せ……しかしシルバーはそれを汲み取ることが出来ず、影は消えてしまう
「…………」
十字架に指を這わせてシルバーは目を伏せる
「……そうだな。まだまだこれからだ……俺達が最強になるのは」
―――こうしてサンフェリペステークスが終わりを告げ、シルバーサバスは遂にレース最高峰である“G1”へと歩を進める
次の戦場は今日と同じサンタアニタ。開催されるのはクラシック級のウマ娘が集うレース“サンタアニタダービー”
シーフクローと雌雄を決すると約束したレースである - 99ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/14(日) 17:28:21
続く
シルバーサバスと並び立てるのは誰か - 100二次元好きの匿名さん23/05/14(日) 23:22:24
乙乙
ついに三冠レース始まったか - 101二次元好きの匿名さん23/05/15(月) 07:34:13
やっとG1挑戦まで来た
wktk - 102二次元好きの匿名さん23/05/15(月) 17:43:41
次はあのレースか
- 103ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/15(月) 23:03:16
4月8日
「……さて、と」
シルバーは特別な服を詰めたトランクケースを担ぐとホテルの部屋を出る。そうしてホールにまで行くとジョンが彼女を待っていた
「シルバー」
「よ」
軽く手を上げて挨拶を済ますと並んで外に出る
事前に呼んでいたタクシーに乗り込むとジョンは荷台に積まれたケースに意識を向けながらシルバーに聞く
「あれは気に入ったか?」
「ああ、注文通りだったよ」
シルバーもまたトランクケースに入れた物、もう何度か袖を通したが公式レースでは初めて使用する衣服の着心地、その感想を口にする
「あれを着て誰かに負けるなんて……まるで想像出来ねえな」
それはシルバーサバスの勝負服。公式レースではG1でのみ袖を通すことを許される特別な服でありウマ娘にとってそれを身に纏いレースに出走することは名誉である
勝負服を持ってレース場に向かうシルバーの瞳にはこれまで以上に強い光が宿っていた
-・-・- - 104ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/15(月) 23:03:52
サンタアニタパーク競馬場。そこで激闘を繰り広げる6人のウマ娘達はパドックでその華々しい姿を衆目へと披露する
『今ここに集うのは西海岸を代表する6人の優駿達!! 勝った者は正に“自由の象徴”に最も近きウマ娘と言えるでしょう!!』
力の入った実況の声に会場の熱気が増す。席はほぼ満席、最高峰の舞台に大衆の注目は必然的に引き寄せられるのだ
『さあ紹介しましょう!! この場で熾烈なレースを始める彼女達を!! 1番人気はこの娘!! 並み居る強豪を抑えて人気通りの結果が出せるのか―――!?』
パドックに立つウマ娘の名が呼ばれる
『“ザ・リトル・ラスカル”……ツインサム!!』
「その二つ名やめてよー!? うおおおーでも応援ありがとうー!! 勝っちゃうからねー!!」
半泣きのヤケクソ気味に大きく手を振るツインサム。そんな彼女に観客達は笑いながらも好意的に応援の声を掛けていく。そんな中で実況は次に2番人気のウマ娘を……飛ばして3番人気から紹介していく
『3番人気はこの娘!! “奏でる者”ジョイサウンド!! 前回の雪辱を果たし勝利のミュージックを奏でられるのか!?』
「あはは! 期待に応えられるよう頑張るよ!」
笑顔で応えるジョイサウンド - 105ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/15(月) 23:09:28
『そして4番人気!! 素質は十分!! その強力な鉤爪で勝利を掴み取れるか!? “鷹の目”シーフクロー!!』
「何で私様が4番なんじゃぁああー!? もっと注目せんかい!!」
人気順が不服なシーフクロー
『5番人気はこの娘!! “シルフィード”エウロペウィング!! その美しき風で勝利まで駆け抜けられるか!?』
「……風のままに、走る」
空を見上げるエウロペウィング
『6番人気はこの娘!! 強豪ひしめく中で勝利を手に出来るのか!? “ドルフィンスルー”ウェイヴマン!! ―――』
6番人気まで紹介され、そこで実況は飛ばしていた2番人気のウマ娘を紹介する
『そして2番人気!! 人気こそ譲りましたがその注目度は今大会NO.1でしょう!! 圧倒的な勝ち方でここまで突き進んできたダークホース!!』
黒衣がひるがえる
『中央へと殴り込みを掛け、全てに噛み付く“黒い牙”―――!!!』
十字架が揺れる
『シルバーサバス!!』
その名が呼ばれ、会場が一気に沸き立つ - 106ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/15(月) 23:10:14
漆黒の衣で覆われていたシルバーサバスのそれは修道服を模して作られた勝負服
上から下まで黒を基調に仕立てられ、それが彼女の顔に刻まれた傷跡をより強調しまるで牙のように浮かび上がる
「――――――」
シルバーサバスの鋭い眼光がパドックに居るウマ娘達を映す。これからレースで走る対戦相手を焼き付けるように
「――――――」
5人の視線がシルバーに集中する。初のG1である彼女に対して、全員が最大級の警戒を向ける
異様な光景だった。しかしそれを一身に受けるシルバーは彼女達からのプレッシャーなど意に介さず口を開き―――
「……掛かってこいよ、全員」
牙を剥く
「勝つのは私だ……!」
誓いの衣を纏い、シルバーは戦いの舞台に立つ
-・-・-
地下通路を通ってパドックからレース場へ移動している最中だった - 107ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/15(月) 23:19:31
「おいシルバーサバス!!」
「…………」
大きく響く声がシルバーを呼び止める。それはシーフクローであった。彼女はズカズカと歩み寄ると顔を近づけて睨め付ける
「勝つのは私様じゃ!! このサンタアニタダービーではっきりと力の差を教えてやる!!」
「……うるせえ4番」
「はぁッ!? お、お前っ……人気順は言うんじゃねーよ!? レースの勝敗と関係無いじゃろが!!」
「ああ、そうだな。関係無く……ブッ倒してやるよ」
「……っ!! ええ度胸じゃ、私様も本気でヤッてやるから覚悟しとけぇ!!」
背を向けるシルバーにシーフクローは「ファック!」と吐き捨てる。しかし彼女は振り返ること無く進む
その時だった
「んあ?」
シーフクローの傍を小さな影が横切った
「…………」
視界の端を掠めるように走った小さな影。しかし目を向ければそこには何も無い。見間違いかと思ったのだが―――
「……ガキ?」
それは確かに小さな子供……“子供達の影”のように見えたのだ
こんな場所に居る筈も無いのに
「……まさか、な」
まるでシルバーを追い掛けるように走り抜けた小さな影。それに寒気を覚えながらシーフクローは控え室でエウロペウィング達が言っていた話を思い出した - 108ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/15(月) 23:27:57
まるでシルバーを追い掛けるように走り抜けた小さな影。それに寒気を覚えながらシーフクローは控え室でエウロペウィングがクラスメイトに向けて……シルバーを除いて言っていた言葉を思い出した
“お願いが有るの”
“誰でも良い”
“このレースで”
“シルバーサバスに”
“勝ってあげて”
―――そうして思い出した言葉にシーフクローは不愉快そうに目を細める
「……まったくふざけた話じゃ。レースに勝ちに行くなんぞ当たり前じゃろうが……!」
シーフクローは地下通路からレース場へ躍り出る
自身に纏わり付いてくる影を振り払うように。普段よりも力を込めて - 109ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/15(月) 23:59:16
-・-・-
『―――6人のウマ娘がゲートに入ります!』
全員が出走の時を待つ。客席からの喧騒さえも静まり、ただ心臓の鼓動がいやに大きく聞こえてくる
勝負服を身に纏ったウマ娘はより大きな力を発揮出来る。それが一体どんな原理で働く力なのかは不明だが、確かにこの場に集う彼女達は常よりも高い集中力とパフォーマンスを手にしていた
勝負服を着てレースを走るのは名誉なこと、そしてレースに勝ち栄光を。誰もがそう願い努力を重ねこの日に挑むのだ
だから、だから、だから―――
『今、スタート!!!!』
ゲートが開いた瞬間、走り出した全員が影に呑み込まれた
「―――さあ、行くぞ」
影が蹄鉄を鳴らして走る
「“私達”が最強だ……!!」
影の君主が引き連れて走る
『ツインサム! 外から先頭に出て走る!』
「……っ!」
ただ前を見て走る。それがツインサムの戦法。前を走り続けて勝利を掴む……後ろを見ないようにして - 110ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/15(月) 23:59:28
『ジョイサウンドはその直ぐ後ろに付けて2番手! 半バ身差の位置でマーク!』
前回のレースの反省も踏まえ徹底的に対策を練ったジョイサウンド。しかし彼女の表情に余裕は無い
『3番手にシルバーサバス! 冷静にペースを維持します!』
見えない
『6番手シーフクロー! 最高峰からじわりと上がってくる! エウロペウィングとウェイヴマンを抜いて4番手に躍り出る!』
シーフクローは影の背中を見て歯を食いしばる。視界に入るだけで怖気が走りそうな感覚を押し殺しながら駆ける
『しんがりの位置でエウロペウィング! 緩急により斬れ味を増す末脚はここでも発揮されるのか!?』
重く息苦しい中で、エウロペウィングはただ勝ちたいという一心で走る
当事者でなければ理解出来ない異質な状況。スタート直後からこのレースを走るウマ娘達はただ1人に支配されている - 111ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/16(火) 00:23:47
『ツインサムが先頭! あのシルバーサバスにも勝ったこの娘は今回も勝ちきれるか!? しかし内から上がって来たぞジョイサウンド!』
仕掛け時と感じた。まだ早いと理性が訴えるがしかし本能は違う。ジョイサウンドはハナを奪う為に加速し、それに対抗するツインサムと競り合う
『残り3/8マイル(600m)!』
そうして速度を上げる2人は
『―――来た!? 来た来た来た来たぁああー!!』
影に絡め取られる
『外からシルバーサバス!! 怖ろしい速さで2人に迫る!!』
「……ッ!?」
見てしまう
「――――――」
ツインサムとジョイサウンドは自分達を追い抜かしたそれを見てしまう
『残り1/4マイル(400m)!』
最終コーナー - 112ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/16(火) 00:46:21
そこからは彼女の独壇場
影の“領域”
【死の舞踏/ダンスマカブル】
誰も追い付けない。勝利への道筋、栄光の輝きが……影に塗り潰される
「……かっ……は……っ!?」
ツインサムの足が一気に遅くなる。限界が来たのだ。背後に感じる影の圧力に精神がズタズタに削られ、そして抜かれる直前に影の君主と目が合い最後の気力さえ刈り取られた
「ぐぅ……っ! ぎっ!」
同じように影の前を走っていたジョイサウンドも同様に影に苛まれていた。しかし彼女は前回の経験から可能な限り影を意識から外すという戦法で対処、僅かだが効果を見せた
だがそれはツインサムのように最高峰まで沈んで行くのを防いだだけ。影に追い付くことはもう無かった
『先頭に立ったシルバーサバス!! これはもう勝ったも同然!!』
実況が叫ぶ言葉はあまりにも早い勝利宣言。しかしレースを観戦する者達は誰もそれを否定しない。出来ない。それだけ後続との距離を開いていくのだから - 113ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/16(火) 01:13:51
「クソッたれがぁあああっ!!? 私様はまだ負けちゃいねぇええええ!!?」
それでもシーフクローは必死で食らい付く。スタート直後から今までずっと影を意識した所為でツインサムよりも心身共に斬り刻まれていようとも、彼女は諦めること無くその背を追い掛ける
「クソ!? クソクソクソっ!? こんな……っ!! こんな走り……っ!!?」
だが無理だった。影に飲まれた時点で自分の走りが出来なくなった彼女達にその差は埋められない。ただ離れていく背を見送ることしか許されない
『最終直線ちぎるちぎるちぎる!! 弾むようにシルバーサバスが駆ける!! エウロペウィングが後方から末脚で上がってきたが差は縮まらない!! 開いていくばかり!!』
シーフクローもジョイサウンドも追い抜かして走るエウロペウィング。彼女はただ遠く離れていく影の背中を見て唇を噛む。追い付けない、差を縮めることさえ出来ない
「勝てない、の? 私達じゃ……!?」
目尻に浮かぶ涙が溢れそうになる
「シーちゃん……!」
そして無情にも勝敗は決する - 114ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/16(火) 01:30:24
『ゴール!!! ぶっちぎりの圧勝!!! シルバーサバス、サンタアニタダービーを制覇しました!!!』
影がゴール板を駆け抜けた。圧倒的な力で
『2着エウロペウィングに11バ身差を付けての勝利!!! シルバーサバス!!! 見事G1レースでその力を我々に見せ付けたぁああああーーっ!!!』
影が消える。レースが決着し、全員が力尽きる中でシルバーサバスだけが軽やかにウィニングランを走る
「…………」
この日シルバーサバスというウマ娘の名は全米に轟くことになる
「このまま……“私達”が、最強に……」
シルバーサバスが次に走るレースは約1ヶ月後、ケンタッキーダービー。クラシック三冠最初のレースであり……民衆はそこで“グレートレッドの再来”との戦いを待ち望む
「待ってろよ。ステイトリーモナーク」
時代の流れが大きく動こうとしていた - 115ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/16(火) 01:36:37
続く
眩しすぎる影 - 116二次元好きの匿名さん23/05/16(火) 08:05:39
保守
- 117ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/16(火) 18:14:30
トレセン学園でシーフクローは屈辱を味わっていた
「おいおい良い眺めだなぁ~、シーフクローちゃんよ~」
「ぐぬぬぬ……!」
放課後の夕食時。シルバーサバスはニヤニヤと笑いながらシーフクローの痴態を鑑賞する
「お、お前覚えとけ……っ!? 次に私様が勝った時は目に物見せてやるからな!!」
「あっはっはっは! そんな可愛い格好で言われても全然怖くねえ」
シーフクローはメイド服を着させられ、給仕の手伝いをさせられていた
「何でこのメイド服はこんなにも丈が短いんじゃぁ……!」
「……クーちゃん、似合ってる」
「メイド服は私、シルヴィダンサーが提供しました」
クラスメイトもシーフクローのメイド姿を楽しそうに見る
「ダンサーは良いとして……お前らも負けた側じゃろーが!?」
シーフクローの指摘に食堂に集まっていたエウロペウィング、ジョイサウンド、ツインサムの3人は目を逸らす - 118ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/16(火) 18:15:34
「……私は別に……シーちゃんと勝敗賭けて無いから……」
「うんうん、その通りその通り。でも僕はその格好、可愛いと思うよ」
「あはは~……私も別にシルバーちゃんに命令されてないし」
「こ、こいつら……っ!?」
敗者のペナルティからしれっと逃げた3人にシーフクローは青筋を立てる。ただ彼女達が言うように別に個人的にシルバーと何か勝敗を競っていた訳では無いのでシーフクローの怒りは完全に逆恨みだった
「なぁなぁ~、私のミント・ジュレップはまだかよ~?」
「ぐぎぎ……! し、少々お待ちを……ご主人様! って下から覗くなアホ!?」
ちょっと大股で歩くとスカートの中が見えそうなので屈んで確認しようとするシルバーにシーフクローは虫でも追い払うように腕を振る
「う~……何故私様がこんな目に……」
肩を落として注文を取りに行くシーフクローを見送るシルバー、そんな彼女の隣りの席にツインサムが腰を下ろす。その際にテーブルにはツインサムが運んで来たスイーツの山が置かれる
「あーあー。でも悔しいのは私もだよ~。前は勝てたのに~!」
手足をバタバタさせて全身で悔しさを表現するツインサムにシルバーは鬱陶しそうに手を振る
「けっ。私は同じ相手に2度は負けねえんだよ」
「んもー本当に悔しい! ……ふーんだ、良いもん良いもん! やけ食いしちゃうもんねー!」
ツインサムはスイーツをパクパク食べる。そんな彼女の後ろにジョイサウンドが立つ - 119ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/16(火) 18:15:49
「そんなに食べると太るよ?」
「今は悔しい気持ちで心が燃えてカロリーも燃焼されるので大丈夫です!」
「何その理論」
ジョイサウンドは変なことを言っているツインサムの頭を撫でつつシルバーに尋ねる
「そうだシルバー君。時間が有る時で良いんだけど、君のトレーナーとちょっと話が出来ないかな?」
「ああ? アーサーとか? 別に良いけど用件は何だよ」
「大した用じゃ無いさ。ただちょっとプレゼントする歌に関して」
「歌?」
意味が分からず首を傾げるシルバーにジョイサウンドは歌うように高らかな声で言う
「僕が歌が好きなのは周知の事実! それとは別に作詞作曲も趣味でね! 僕はそれで仲良くなった友達に対して歌をプレゼントするようにしてるのさ!」
「ほーん? それが何でアーサーと話すことに繋がるんだ?」
「それは歌の主役をシルバーサバス君にして作るつもりだからトレーナーに許可を取る為だよ!」
「歌って私の歌かよ!? 要らねえよ恥ずかしい!? 先ず私に許可取れや!」
怒鳴り付けるもジョイサウンドはスルー、機嫌が良さそうに「ははははは!」と笑っている
「……諦めるのが吉。サーちゃんがああなったら誰が何を行っても無意味だから」
そう言ってシルバーの肩を叩くのはエウロペウィングだった
「それって……」
「もう私達はプレゼント貰ってるから」
「マジかよ」
一緒に食堂に来たメンバーは全員歌をプレゼントされていた。こんな時、どんな顔をしたら良いのかわからない - 120ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/16(火) 18:21:51
続く
時間があれば晩にもう一回更新する……かも? - 121二次元好きの匿名さん23/05/16(火) 19:39:07
う~むこのスケベ親父
- 122ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/17(水) 00:21:51
今日はもう更新無理だったので明日にします
いつも保守や感想ありがとうございます - 123二次元好きの匿名さん23/05/17(水) 11:18:50
ミニスカメイドのシーフクロー!?
- 124ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/17(水) 21:49:50
「目の前で歌ってくれるサービス付き」
「本気で要らねえ」
そうしてシルバーがクラスメイトと愉快な一時を過ごしていると、にわかに食堂がざわめきだす
「何だ?」
「シーちゃん、あっち。有名人来た」
「有名人……ってあいつか」
シルバーの視界に入ったのは―――赤く輝く栗毛のウマ娘
彼女は幾人かの友人達と楽しそうに会話しながら食堂に入ってくる。そして料理を受け取るとそのまま別のテーブルに行くかと思われたが、しかし彼女の瞳がシルバーの存在を捉え……微笑みを浮かべた。その足は向かう先を変えて真っ直ぐシルバーの方へと進む
シルバーは目の前まで来た彼女を見て口角を上げる
「よお。調子はどうだ? “王様”」
「とても好調ですわ。貴女もお元気そうで、シルバーサバス」
シルバーが居るテーブルの前に立ったのはステイトリーモナークだった。彼女の登場で周囲の視線や意識が集まってくる
「皆さん、こちらのテーブルで食事にしましょう」
そう言ってモナークが指し示したのはシルバー達の居るテーブルの直ぐ隣り。見惚れるような笑顔を浮かべながらモナークが椅子に座ると、彼女の友人達もそのテーブルに集まり席に着く - 125ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/17(水) 21:50:44
「おいご主人様っ、頼んでたドリンク……ってモナーク!?」
「貴女は確かシーフクローでしたわね。……いや何ですのその格好?」
「これに触れんな!?」
「早く~。ミント・ジュレップ早くよこせよ~」
「うるせえ!? 渡すからちょっと待っとけ!?」
シーフクローは半ギレ状態でテーブルにドリンクを乱暴に置くと椅子に座る。モナークはその様子から事情を察したのか苦笑を浮かべる
「罰ゲームですか。ご愁傷様です」
「慰めは要らん!」
「それは申し訳ありません。確かサンタアニタダービーでしたか? その勝敗を賭けたのですね。……そういえば私、その日はニューヨークでレースでしたので直接は無理でしたが……映像では後ほど拝見させて頂いたのですのよ」
モナークは映像記録を思い出しているのか何度か頷くとシルバーに目を向ける
「とても強い走りでしたわね、シルバーサバス」
「……お前も大概な勝ち方だったろ」
「あら、もしかしてご覧に? それはそれは、嬉しいですわね」
モナークはにっこりと笑う。その笑顔を見ながらシルバーが思い出すのはサンタアニタダービーと同日に開催されていたレース、G2ゴーサムステークス。トレーナーのジョンが用意したその映像記録を見た時……シルバーの背はぞくりと震えた - 126ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/17(水) 21:51:43
2着に対して13バ身差、更にレコードタイムを叩き出すという圧倒的過ぎる勝利を世界に見せ付けたのだ
その上でモナークは言う
「次のレースの後に、私はクラシック三冠に挑みます」
「…………」
「シルバーサバス。出走の意志に変わりはありませんか?」
「何だその質問」
「いえ。ただ直前に走らない、なんて言われると残念だと思いまして」
グラスの中の氷にピシリと罅が入る
「……はっ。そっくりそのまま返してやるよ」
「あら、私は出走しましてよ? 返されても困りますわ」
「じゃあ訂正だ……お前を“裸の王様”にしてやるよ」
気温が下がったような気分になる。モナークの皮肉に対してシルバーはもっと直接的に伝えた。その所為かモナークの友人達からの視線が険しくなった……が、それをモナークは軽く手を上げて抑える
「それは楽しみですわ。ええ、とても。そうでなければレースは面白くありませんもの」
モナークの口が弧を描くもその瞳は全く笑っていない。彼女の友人達はそんなモナークの常とは違う、普段は優しく面倒見の良い筈の彼女が一目見てわかる程に対抗心を露わにする姿に動揺する
「…………」 - 127ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/17(水) 21:52:05
シルバーとモナーク、2人の間にこれまで以上の火花が散る。誰も割って入ることが出来ない空気がこの場に充満していく―――
「……あ、あの~……」
そんな中、1人のウマ娘が恐々と手を上げる
「……わ、わたしを挟んでバチバチしないで欲しいな~、なんて……あはははは……」
彼女、ツインサムはとても気不味そうな表情でそう言った
割って入るのは無理、だが最初から2人に挟まれる位置でスイーツを食べていたツインサムが嫌嫌ながら口を挟んだ。本当に気不味かった。途中で食べる手が止まってしまうぐらい
モナークは目をパチパチ瞬きするとばつが悪そうな表情を浮かべる。緊張していた空気が和らいだ
「……これは失礼しました。食事の席なんですもの、もっと楽しい話題にすれば良かったですわね」
「……そうだな。もっと下らねえ話でもするか」
2人はこの下がった空気を上げることにした
「シーフクローさん。とっても可愛らしいですわよメイド服」
「今度はもっとセクシーに胸元ぐわっと開いたやつにするか?」
「私様をネタに使うんじゃねぇええーーッ!!!?」
息を潜めて空気になろうとしていたシーフクロー、だが2人に体良く使われて顔を真っ赤にしてキレ散らかすのであった - 128ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/17(水) 21:52:37
続く
始まるようで始まらない三冠レース - 129二次元好きの匿名さん23/05/18(木) 03:01:21
今更だけどこれシングレ時空?
- 130ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/18(木) 13:53:00
登場してませんがミシェルマイベイビーやオベイユアマスターも楽しく?学園に通っています。先輩です
ぬっぺぽう - 131ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/18(木) 22:20:15
シルバーがそれに気が付いたのはケンタッキーダービーに向けて調整している時だった
「……なんか人、多くね?」
学園の関係者では無い。少し観察すれば部外者だとわかる者達が遠くから写真を撮ったりメモを取ったりしている。敷地内に居るということは学園から許可自体は取っているようだが―――
「マスコミってやつか?」
普段ならシルバーはそんな雑多なことに気を回したりしないが……それらが自身に向けられているのだと知れば無視し続けるのは難しかった
「なあアーサー。あいつら何で私見てんだよ」
「ん? ……ああ、君は新聞なんてあまり読まないしな」
ジョンは仕方が無いといった様子で肩を竦める。その態度がシルバーにとっては馬鹿にされているような気がして機嫌が悪くなる
「知らねえよ新聞なんて。良いからさっさと理由教えろってんだ」
「わかったわかった、教えるから」
ジョンは少し考える素振りを見せ、そして説明する
「今年のクラシック三冠は例年以上に盛り上がりを見せているんだ。だから出走する娘達にも必然注目が集まっている」
「盛り上がってんのか?」
「……君はテレビも見た方が良い」
「はあ?」
溜息を吐いたジョンは腕時計に目を向けるとシルバーに言う - 132ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/18(木) 22:20:52
「時間だな。じゃあシルバー、朝に伝えていた通り少し付き合ってもらうぞ」
「……ああ、何か言ってたなそんなこと。具体的なことは知らねえけど」
「なに簡単なことだ」
ジョンは記者達を指し示す
「インタビューの時間だ。シルバー」
「……?」
そうしてシルバーは一室に案内されることとなった
-・-・-
夕方、白目を剥いたシルバーが寮へ帰ってきた
「お帰り」
「……アー……アー」
「Oh、ゾンビ?」
「……疲れた」
ベッドにドサッと倒れ込んだシルバーの頭をエウロペウィングはよしよしと撫でる
「インタビューお疲れ」
「クソうぜえ質問攻めにされた……」
エウロペウィングはその言葉を聞くと自分のベッドに移動、そこからとある物を取ってくるとシルバーに見せる - 133ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/18(木) 22:21:36
「シーちゃん、有名人。みんなシーちゃんのこと知りたがってる」
「何でお前も持ってんだよ“私の”ぱかプチ」
「クレーンで取った」
持ってきたのはウマ娘をぬいぐるみ化したぱかプチ、クレーンゲームの景品だった。しかもそれはシルバーサバスを模した物だった
「かわいい」
「こんな物いつの間に作ってたんだよ本当。しかもご丁寧に勝負服……」
「URA公式」
2頭身のデフォルメが利いたぬいぐるみだが作り込みは中々の物。シルバーは自分のぱかプチの目付きが気に入らないのか指で突いて目潰しをする。布と綿の弾力を感じた
エウロペウィングはぱかプチをシルバーの魔の手から避難させると話題を戻す
「テレビも。ずっとクラシック三冠のニュースばかり、特にシーちゃんとモナークちゃんが話題」
「…………」
その言葉にシルバーは記者からの質問を思い出す。その内容とはケンタッキーダービーへの意気込みから出走する他のウマ娘に対しての思い、トレーニングや私生活で気を付けていることなど……そこまでは良かった。
「だからって私の趣味や好きな食べ物なんか……レースに関係有る質問なのか?」
一応は答えたのだが未だに納得しきれていないシルバー。そんな彼女をエウロペウィングはじっと見詰める
「…………」
「……おい何だよその保護者みてーなツラは」
「よしよし」
「撫でんなっ」 - 134ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/18(木) 22:36:07
手を振り払われたエウロペウィングは口元を手で隠しながらくすくすと笑う。そして今度はシルバーの手を握って立たせようとする
「行こ」
「行くって何処へ?」
「ラウンジ」
少しだけ強引に立たせるとエウロペウィングはシルバーを部屋から連れ出す
「テレビ、見よ」
-・-・-
そうしてテレビで放映されているのを見てシルバーは口をあんぐりと開けて呆ける
『―――今度の三冠レース! ステイトリーモナーク様を応援するんです!』
『彼女は正に東海岸を代表するウマ娘だよ』
『私の心のお姉様です!』
『モナークが三冠取るの楽しみにしてるんだよ』
テレビの内容はクラシック三冠レースに出走するウマ娘、その中の誰のファンですかという物
それは理解出来た。モナークが大勢から慕われているのも。何故なら彼女はそれだけカリスマを持っているから。
―――しかし直後にテレビから流れた内容は上手く頭の中で処理出来なかった
『―――シルバーサバスを応援してます!』
『ちょっと怖いけどカッコ良くて~』
『ぅひょ~~! とても推せます!』
『ライバル対決! 激アツだよ今年の三冠!』 - 135ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/18(木) 22:46:33
それはシルバーサバスを応援する声。そして―――
「……クラシック三冠。その主役は……貴女達2人」
「…………」
人々はシルバーサバスとステイトリーモナークの2人をライバルとして、熱狂的な盛り上がりを見せていたのだ
その事実にいまいち現実感が湧かないシルバー。そんな彼女の隣りにまた1人ウマ娘が近寄る
「オーサム。私達ウマ娘が走ることで大勢の人々が喜んでくれる、とてもオーサムだと思いませんか? シルバーサバスさん」
「……委員長」
グッドコンダクトが微笑みながらテレビ映像を見る
「お二方に話題を攫われているのが少々悔しいですが……私はレースで挽回してみせましょう! 負けませんよシルバーサバスさん!」
彼女もケンタッキーダービーに出走する。しかしテレビで流れる話題はシルバーやモナークのことばかり。それに対してグッドコンダクトは悔しいと言ったが表情は柔らかく、暗い雰囲気は全く無い - 136ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/18(木) 23:05:26
「ただこうしてシルバーサバスさんとステイトリーモナークさんが取り沙汰されるのも当然ですね。お二方の成績はそれだけオーサムなのですから」
現在の状況を当然だと捉える。だからこそ必要以上に気にすることが無い
そうしてグッドコンダクトは三冠レースで特に注目される2人の成績を言葉に出す
「シルバーサバスさんの公式レース成績は6戦4勝、2着が2回。連対率は驚異の100%」
そして、とグッドコンダクトは続ける
「ステイトリーモナークさんは今日行われたレースを入れて9戦7勝、2着が2回。彼女もまた連対率100%」
連対率100%。他に類を見ない筈の成績、それがまさかの2人。
「東と西、それぞれに主戦場を持った2人のウマ娘。どちらも3着以下になったことが無く勝利を掴む時は圧倒的な力を見せ付ける……!」
グッドコンダクトの語り口に熱が籠もっていく
「そんな2人が初めて激突するのがクラシック三冠レース! これ程までに注目される要素が揃ったレースは早々有りません!」
眼鏡を白く染めながら告げる
「今! この国中が! お二人の勝敗に目が離せなくなっているのです!」
「お、おう……そうか。あと近ぇ……」
ちょっとハッスルし始めたグッドコンダクトを押し退けつつシルバーはもう一度テレビに目を向ける - 137ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/18(木) 23:40:02
「…………」
流れる映像。クラシック三冠レースに注目する大勢の人々
重い。シルバー周辺の空気が重くなっていく
「……そんなに注目されてんのか」
十字架が揺れた
「なら、勝たねえとな」
過去はずっと彼女の足下に張り付いている
「勝って……記憶に刻む。“私達”を」
瞳に影が灯る
「この三冠レースで最強を証明してやる」
牙を剥く口から漏れ出るのは刃のような誓い
そうして少し息苦しい沈黙が続き……シルバーは席を立つとこの場に居るクラスメイトに背を向ける
「……じゃあな。もう寝るわ」
「ん。わかった」
「おやすみなさいシルバーサバスさん」
ラウンジからシルバーが立ち去る - 138ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/18(木) 23:40:45
「ふぅ……」
それを見送ったエウロペウィングはぽつりとグッドコンダクトにだけ聞こえる程度の声で呟く
「……どうすれば」
「…………」
「どうすれば……シーちゃんは」
その言葉は
「……レースを楽しんでくれるの?」
ただ友人を案じる物
「わからない……何も出来ないよ……シーちゃん」
「……エウロペウィングさん」
グッドコンダクトはただ肩に手を置いて寄り添うことしか出来ない下手な慰めに意味は無いから。だから彼女もまたクラスメイトを案じる
レースが始まれば眉間に皺を寄せ、ゴールすればただ祈るように天を仰ぐ。ただの一度だって勝利を心から喜ばず笑顔を浮かべない。そんな彼女を案じて、夜が過ぎる
クラシック三冠レース、ケンタッキーダービーの開催はもう直ぐそこまで迫っていた - 139ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/18(木) 23:41:53
続く
薔薇のレイを手にするのは誰か - 140二次元好きの匿名さん23/05/19(金) 09:36:55
保守
- 141ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/19(金) 21:23:47
新聞を使って大々的に取り上げられるのはクラシック三冠レース―――そこで激突するシルバーサバスとステイトリーモナークの2人
『西海岸の覇者にして下克上の“黒い牙”―――シルバーサバス』
『東海岸の覇者にして美しき“赤き獅子王”―――ステイトリーモナーク』
圧倒的な強さを誇る両者はその外見も対照的である
グレートレッドの再来と呼ばれるモナークは恵まれた体格とグラマラスな肢体を兼ね備えた才色兼備の絶対王者。対するシルバーサバスは小柄な体躯に華奢な手足という決して見栄えしない……傷だらけな容貌はむしろ忌避感を抱く者すら居るほど
そして対照的なのは外見だけでは無い
「……理事長」
「何かなハンコックトレーナー?」
ジョンは目の前で平然とした様子を見せる理事長に少し困った顔を向けている。そんな彼等の間には件の新聞記事が広げられている
「最近……テレビでも新聞でも三冠レースの話題で持ちきりのようですが」
「そうだね~。盛況で私はとても嬉しいよ。やっぱりレースは大勢で楽しまないとね!」
マスクから覗く目が笑みによって細められる。ジョンはそのまま4月に入ってから幾度も記事に書かれている2人の“生い立ち”に触れる
「……『名家の生まれで両親から惜しみない愛情を注がれた才媛ステイトリーモナーク。彼女の堂々とした振る舞いは自信と誇りだけでは無い。その育ちにより培った“愛”が根幹となった物である、正に上位者に相応しい資質と云えよう』……」
そしてもう1人
「『シルバーサバス。彼女の幼少期は悲惨である』」 - 142ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/19(金) 21:24:36
ジョンは理事長によく見えるよう記事を指で突きながら読み上げる
「『実の両親から愛されないばかりか捨てられた憐れな子。彼女はその時の体験から強烈な“怒り”をその胸に宿した現代の革命家。その激情はレースでも遺憾無く発揮するだろう』」
その記事はよく出来た物だった。それこそ“短い期間”で調べるのは難しいであろう
「理事長」
「ん~?」
「……この記事、貴女がマスコミに流した物ですよね?」
「…………」
シルバーサバスに本格的な取材が来たのはつい先日、つまり彼女の身辺調査を始めるのも近い時期だと推察出来る。それなのにテレビや新聞では一足早く取り沙汰されていた。
まるで誰かが事情を知っている者が意図的に情報を流して記事を作らせたような―――
「アハ☆ バレた? そうだよ私が新聞社やテレビ局にゴリ押しして記事や番組を作らせました~」
そうした張本人は満面の笑みで自白する
「私、イージーちゃんとサンデーちゃんならクラシック三冠の主役に成ってくれると思ってた。だからマスコミにレースでの活躍や生い立ちを“売った”んだよね~」
椅子を回して理事長はクルクルと回転する - 143ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/19(金) 21:45:54
「目論見は大成功! 今やレースと口に出せば2人の名が出るほどに彼女達は話題の中心となった! その勢いは普段なら興味の薄い層にまで波及し、空前のブームになっている!」
ジョンに背を向けた状態で椅子の回転が止まる
「……これで“礼”は返してもらったよハンコックトレーナー。君が連れてきてくれたあの娘のお陰でこの国は更に面白くなるよ☆ あっはっはっはっは!」
満足げに仁王立ちして笑う理事長。その小さな背中を見ながらジョンは―――
「理事長」
「ふっふっふ。何かね? もしかして怒らせてしまったかな―――」
「ありがとうございます」
「…………」
「貴女のお陰でシルバーは……私達は万全の状態でレースに挑めます」
「……ふむ。お礼を言われることはしてない筈だけど?」
感謝を告げられ理事長から笑い声が消える。そんな彼女へジョンは続ける
「理事長が先んじて動いてくれなければシルバーの過去が“全て”掘り返されたでしょう」
シルバーの過去。記事に書かれた幼少期の悲惨な内容は両親とのことが中心……“それ以外”は不自然な程に触れられていない
「もしあの“事故”の件まで記事にされていれば……シルバーは平静では居られない。記者が調べていればそうなっていた」
シルバーの生い立ちを語る上で切っては切れない出来事。肉体に残ったのと同じ……否、それよりも深い傷が心に刻まれた痛ましい事故。それが記事になっていない - 144ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/19(金) 22:10:03
シルバーの生い立ちを語る上で切っては切れない出来事。肉体に残ったのと同じ……否、それよりも深い傷が心に刻まれた痛ましい事故。それが記事になっていない
マスコミはそれが聴衆の興味を引けるのならば無遠慮に引っ掻き回し、晒し上げる。どれだけ本人が触れて欲しく無い箇所だろうと
「だからありがとうございます。理事長が流れを作ってくれたお陰です」
「…………」
ジョンがそうして感謝を伝え、理事長は―――
「はぁ~~……そこまでバレてたの?」
苦笑しながら振り返る。ばつが悪そうに頭を掻く理事長はもう一度椅子に座り直すと正面を向く
「……サンデーちゃんとイージーちゃんは対照的、ドラマチックなぐらい……でもね?」
マスクを外しながら微笑む
「安らかに眠る子達までエンターテイメントにするのは悲しいことだから」
「……理事長」
「でもごめんね。これも結局は先延ばしにしかならないと思う……人の知りたいという欲求は抑えきれる物では無いから」
色々と手は回した。しかしいずれ明るみに出るだろう。シルバーサバスという少女の背には亡き友人達の思いまで乗っていることが - 145ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/19(金) 22:39:50
「大丈夫です」
だがジョンは力強く断言する
「きっと大丈夫です。シルバーは乗り越えてくれると……信じています」
「それは……」
理事長は新聞記事の写真に視線を落とす。そこに映るのは赤毛の貴公子
「それはイージーちゃんがサンデーちゃんを救う“鍵”になると思ってるからかな?」
「はい」
「……そっか」
ジョンの企み……“希望”を聞いて理事長は安心したように笑みを溢す
「じゃあ私も信じようか。新しい時代のウマ娘達を」
-・-・-
5月6日、チャーチルダウンズ競馬場
『遂にこの日がやって来ました……ウマ娘が走るレース、その中でも最高峰に位置し、華々しいレイが捧げられるクラシック三冠レース、初戦……“The Most Exciting Two Minutes”にして“The Run for the Roses”―――』
実況の声がほんの僅かだが硬い。それは緊張によるもの
観衆も固唾を飲む中で……実況は高らかに告げる
『―――“ケンタッキーダービー”の開催を此処に宣言します!!!!』
大きな歓声が競馬場内を包み込む。それは凍えそうな寒ささえ吹き飛ばす程の熱狂だった - 146ミサ◆2FyDxLGl.g23/05/19(金) 22:40:26
続く
ようやくここまで来ました - 147二次元好きの匿名さん23/05/20(土) 02:15:19
ほしゅ