(SS注意)サラダ記念日と声の日

  • 1二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 21:32:15

    「ローレル、誕生日おめでとう」
    「ありがとうございます、トレーナーさん」

     5月8日、トレーナー室。
     俺は担当ウマ娘のサクラローレルに祝いの言葉を告げていた。
     我ながら飾り気のない、ありきたりな台詞。
     交友関係の広いローレルのことだ、朝から何度も同じこと聞かされているだろう。
     しかし彼女は、その日初めて聞いたと言わんばかりの嬉しそうな表情で、それを受け止める。
     そして視線をテーブルに移すと、くすりと小さく笑った。

    「プレゼントは予想外でした、まさかサラダとは」
    「うん…………色々考えたんだけど、しっくり来るのが来なくて」
    「いえ、私サラダ大好きですから、さっそくいただきますね!」

     そう言いながら、ローレルは席につく。
     最初は誕生日らしく、ケーキでもと考えていた。
     しかし、ヴィクトリー倶楽部でVケーキなるものを用意しているという話が耳に入る。
     更には寮の方でも準備があるということだったので、その線は無し、ということにした。

     ――――途端、何をプレゼントすればいいのか、答えに窮してしまった。

     小物類はセンスに自信がない。
     フランス料理の店にでも、と思うが見識もお金も心もとない。
     考えて、悩んで、何も思いつかなくて、その先に辿り着いた物が彼女の好物だった。
     …………いや、サラダはないよなあ。

    「ごちそうさまでした、とっても美味しかったです……♪」
    「えっ、もう食べ終わったの?」
    「ふふっ、トレーナーさんの想いがとっても感じられて、ぺろりでした」

  • 2二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 21:32:38

     そう言いながら、ローレルは満足気に、笑みを浮かべる。
     多めに盛り付けたつもりの皿の上は、綺麗にまっさらになっていて、思わずに目を疑う。
     食べるのが早いのは知っていたけれど、サラダ単体だとこんな早いのか……。
     少し考えが甘かったな、と苦笑しつつ彼女に言葉を返す。

    「気持ちは確かに込めたつもりだけど、ちょっと大袈裟だよ」
    「ほほう? 朝からわざわざ学園の畑まで自ら採りに行ったのにですか?」
    「…………もしかして見られてた?」
    「いえ、ズボンに土がついてますから、もしかしたらと思って……図星ですか?」

     悪戯に成功した子どものような表情で、ローレルは目をきらりと輝かせる。
     慌てて足元を確認すれば、確かにズボンには土が残っていて、靴も少し汚れていた。
     とはいえまあ、彼女が確信したのは俺の反応を見てからだろうけども。

    「……出来るだけ新鮮なものをって思って、でもそれくらいだよ」
    「それにドレッシングも私好みなんですけど、なんというか、独特の味なんですよね」
    「…………気のせいじゃないかな」
    「そうですか、じゃあどこのメーカーのものなのか教えていただいても?」
    「……勘弁してください」
    「はぁい、でも後でレシピは教えてくださいね?」

     楽しそうに俺を追い詰めていくローレル。
     この子には敵わないなあ、と改めて思い知らされてしまう。
     とにかくドレッシングが口に合って良かった、と考えておくことにしよう。
     しかし、やっぱり。
     もうちょっと良いものがなかっただろうか――――そんな思いがどうしても消えない。
     そんな思考を見透かすように、彼女は言葉を続けた。

  • 3二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 21:32:58

    「私はとても嬉しかったですよ? それに今日はサラダ記念日でもありますから」
    「……あれって7月6日じゃなかったっけ」
    「ローレル先生のサラダ講座! 本としてサラダ記念日の初版は5月8日なんです!」
    「サラダ講座」

     また謎知識を身に着けてしまったと思いながら、勢いに釣られて笑う。
     ……まあ、本人が満足してくれているのに、こちらがうじうじしているのも失礼かな。
     また何かを思いついたら、その時に贈れば良い。
     そう考えた瞬間、ローレルは突然、何かを思いついたように両手をぽんと叩いた。

    「そういえば、5月8日は声の日でもあるんです」
    「……声の日?」
    「私も実は名前を知ってるだけなんですけどね、語呂合わせだったはず」
    「5で『こ』かな、8と『え』は……もしかしてエイト?」
    「…………それで、もし、トレーナーさんの気が済まないというのでしたら」

     ローレルは少し目を逸らして、躊躇しながら、言葉を選ぶ。
     そして、深呼吸を一つ。
     俺の顔が映りそうなほどに綺麗な瞳で、真っ直ぐにこちらを見つめた。
     
    「――――声を、いただけませんか」

     人魚姫を思わせるほどに、見惚れるほどに美しい顔と声色。
     だけど言ってることは魔女みたいだな、そんなことを俺は感じていた。

  • 4二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 21:33:18

    「……これを読み上げればいいのか?」
    「はい、できるだけ心こめて、ゆっくりとお願いしますね?」
    「意外と要求が高い……まあ頑張らせてもらうよ」

     わくわくと擬音が聞こえそうな、期待した表情で耳をぴこぴこ動かすローレル。
     俺はそんな彼女を微笑ましく見つめてから、一枚の紙に視線を落とす。
     そこには、フランス語で書かれたいくつかの短い文章が書いてある。
     ローレルによる、読み方の補足付きだ。

    「えっと、Vous êtes très jolie……?」
    「はいお上手です、もっと自信をもって大丈夫ですよ」
    「発音だけならなんとなくは……Tu as de très beaux yeux」
    「ふふふっ、はい私もそう思います。さあ、今度はこちらを見て言ってくださいね?」

     紙に書かれた文章を読み上げる度に、ローレルの尻尾が楽しそうに揺れ動く。
     なるべく彼女の期待に応えてあげたくて、頭の中で文章を反芻しながら、顔を上げる。
     桃の花を連想させる、大きくて綺麗な、ローレルの瞳を正面に見据えた。

    「Je suis fou de toi」
    「さすがにちょっと恥ずかしくなってきますね……でも、嬉しいです」
    「……Je t’aime de tout mon cœur」
    「……っ! えへへ、Moi aussi……なんちゃって」

     最後の言葉に、ローレルは照れくさそうに目を逸らして、小さく呟いた。
     微かに赤くなっている彼女の頬から、恥ずかしいことを言わされているのだとわかる。

     ――――というか、まあ、全部わかっているんだけど。

  • 5二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 21:33:36

     密かにローレルが好きな映画等を見ながら勉強をした甲斐があった。
     まさかここまでズバリ当たるとは流石に思っていなかったけれど。
     俺は優しく彼女の顎に触れて、逸らした視線をこちらに向けさせる。
     思わぬ行動に彼女は目を見開いて、少し困惑した表情を浮かべる。

    「ト、トレーナーさん?」
    「うん、やっぱり想いを込めて伝えるには、慣れた言葉の方が良いと思うんだ」
    「……えっ?」
    「というわけで最初から言うね? ……『キミはとても美しい』」
    「ふえっ!?」

     ――――奇襲成功。
     ローレルは顔を真っ赤に染めて、耳と尻尾を逆立たせる。
     正直俺もかなり恥ずかしいのだが、ここは勢いのまま一気に攻めるべきだろう。
     そっと顔を近づけて、出来る限りはっきりと、心からの言葉を彼女に伝える。
     何故かこの時は、不思議と淀みなく言葉が出てきた。

    「『キミの瞳はとてもきれいだ』」
    「えっと、トレーナーさん、これは……!」
    「『キミに夢中だよ』」
    「……っ!」
    「……『キミを心の底から、愛して言います』」
    「…………あう」

     流石にここまで言うのはどうなんだ、と思いつつもはっきりと伝えた。
     言葉の重さはともかく、嘘はついていないのだから。
     最後まで聞いたローレルはへなへなと全身を脱力させた。
     尻尾と耳はへたり込み、表情を見せられないと言わんばかりに、両手で顔を隠す。
     正直、俺も穴があったら入りたい気分ではあったが――――どこか清々しい気分でもあった。

  • 6二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 21:33:54

     思えば、彼女にはやられっぱなし。
     たまにはこういう展開の日があっても良いだろう、と天井を見上げる
     羞恥心以上に、心に溢れて来る満足感を、俺はゆっくりと噛みしめていた。。

    『――――キミはとても美しい』

     どこからともなく聞こえて来た、自分自身の声を聞くまでは。
     油の切れた機械のようにギリギリとゆっくりと、顔をローレルに向ける。
     彼女の手にはスマートフォン、そしてこちらに向けた画面にはボイスレコーダーの表示。
     ローレルは恥ずかしいような、怒っているような、喜んでいるような、複雑な笑みを浮かべていた。
     
    「ふふっ、ふふふふっ、素晴らしいプレゼントを、本当にありがとうございます♪」
    「あの、えっと、その、ローレルさん?」
    「まさかまさか、トレーナーさんが日本語までサービスしてくれるなんて、サプライズでした」
    「……すいません、録音は、その」
    「素敵な、プレゼントを、ありがとうございます!」
    「……はい」

     俺は諦めた。
     うん、やっぱり彼女に対抗しようなんて、烏滸がましいことだったんだ。
     まあとりあえず、喜んでくれるプレゼントは用意できたのだから良しとしておこう。

    「あっ、そうだ。私の方もちゃんとお伝えししないと、ですね」

     ローレルは何か思いついたように、そっと俺の耳へと顔を近づける。
     細い息を吐いてから、小さな声で、けれどはっきりと伝わるように、彼女はそっと呟く。

    「……『私も』ですよ」

     ああ、彼女には勝てそうにない。それを改めて痛感した、一日であった。

  • 7二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 21:34:35

    「あっ、ローレルさん!」

     サクラローレルの誕生日が過ぎた、数日後。
     サクラチヨノオーは中庭で一人イヤホンで何を聞いているローレルを姿を発見した。
     手を振りながら子犬のように近づいていくも、ローレルが気づく様子がない。

     ――――最近のローレルさん、音楽を聴く時間が増えたなあ。

     付き合いの長いチヨノオーは、不思議に思っていた。
     ローレルが音楽を聴くのが珍しい、ということはない。
     ヴィクトリー倶楽部でカラオケに行くこともあり、好みの差は有れど音楽は好きなはず。
     だが、最近のローレルはちょっとした隙間時間に、音楽を楽しんでいるようだった。
     チヨノオーの好奇心が、うずうずとしてくる。
     気づかないローレルの背後に近づいて、片方のイヤホンにそっと手を伸ばした。

     ――――えへへ、こういうの、ちょっとやってみたかったんだよね。

     青春ドラマなどで良く見るワンシーンをチヨノオーは想起する。
     そして、ローレルの片耳のイヤホンを外し、自分自身の耳へと装着させた。

    「ローレルさん、最近どんな音楽を聴いてるんです……か……」
    「あっ」

    『キミはとても美しい』
    『キミに夢中だよ』
    『キミの瞳はとてもきれいだ』

     イヤホンから流れる音声に、一瞬チヨノオーの世界が凍り付いた。
     思考停止したチヨノオーの耳に流れ続ける愛の言葉。
     この声の主に、彼女は心当たりがあった。

  • 8二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 21:34:56

     ――――ローレルさんのトレーナーさんの声、だよね?

     何度かチヨノオー自身も接したことがある人物。
     ローレルのことを一番に考えていて、とても優しそうな人。
     しかし、この音声集はなんなのだろうかとチヨノオーは考えて――――考えるのをやめた。
     まずは一旦この場を離れることが先決だと判断したからである。
     チヨノオーはそっとイヤホンを無言でローレルの耳に戻した。

    「『田で食う人参もすき焼きに合う』ですよね、ローレルさん! それでは!」
    「――――田んぼに人参は生えないよ、チヨちゃん♪」

     チヨノオーの口から発せられる苦し紛れのアドリブ格言。
     それをローレルは穏やかな笑みで論破しつつ、がっちりとチヨノオーの肩をつかむ。
     痛みはないけれどずっしりと伸し掛かる重みには、絶対に逃がさないという意思を感じさせた。
     チヨノオーはもはやこれまでと察し、顔を青くし、全身を震え上がらせる。

     後日、サクラチヨノオーは述懐す。

     仲の良い友人であっても、他人のイヤホンを勝手に聴くような真似はしていはいけない。
     安易な行動の報いは、必ず自分自身に降りかかってくるのだから。

    『親しき仲でも冷凍人参はない』

     チヨノートに新たに書き加えられた一文であった。

  • 9二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 21:35:17

    お わ り
    誕生日ギリギリセーフということで一つ

  • 10二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 21:36:16

    6で終わりかと思った

  • 11二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 21:36:29

    コーヒー飲んでたんだけど急に砂糖入れたの誰?

  • 12二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 21:40:38

    チヨちゃんにはまだ早いかな…この領域の話は

  • 13二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 21:42:25

    この部屋に砂糖ばらまいたの誰だよ……

  • 14二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 21:51:49

    ローレル一人勝ちで笑う

  • 15二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 21:53:49

    口から砂糖出ましたよ
    ザーッて

  • 16123/05/08(月) 22:32:08

    感想ありがとうございます

    >>10

    まあ元々そこで終わりだったところに追加した感じなんで

    >>11

    >>13

    >>15

    甘めの話を意識したのでそう言っていただけると嬉しいです

    >>12

    いきなりこの領域な話聞かされる方の身にもなれ

    >>14

    最初からトレーナーに勝ちはなかったんだなあ……

  • 17二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 22:48:11

    このレスは削除されています

  • 18123/05/08(月) 23:09:15

    >>17

    カイチョー

  • 19二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 00:22:23

    甘すぎて良し!
    チヨちゃんが完全被害者でダメだった

  • 20123/05/09(火) 09:27:35

    >>19

    チヨちゃんは犠牲になったのだ……

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