【SS】いまわし電話

  • 1二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 22:30:50

     あの子がいなくなって、ぽっかりと開いた私の心。その隙間に、いつの間にかあの人が入ってきた。あの人の声が、笑顔が、乾いた心のひび割れを埋めて、空の器を満たした。
     やがて、連れ立って出かけることが増えた。馴染みのプラネタリウムや天文台から、やがて足を伸ばして遠方へ泊まりの旅行までしたりして。もちろんやましいことなど何もなかったけれど、単なる契約関係と呼ぶには些か距離が近くなりすぎたことも事実だった。

    「──先輩、トレーナーさんと温泉に行ったんだって……」

     入学した頃に耳にして、その時はくだらないと一蹴した、担当トレーナーとウマ娘の浮ついた話。まさか私もそうなる日が来るとは、という戸惑いがあって、でもそれは決して不快なものでもなくて。凭れれば凭れるほどに安らぎを与えてくれる。そんな綿のようにふわふわとした日々が心地よかった。

    『ただいま、呼び出しています……』

     電話帳のアプリケーションを開いて、震える指が見知った名前にうっかり触れる。

     転機は、あの人にチームを持つという話が舞い込んできた日。私以外のウマ娘を彼が担当するという事実に気が付いて、そこでようやく夢が覚めた。彼は私だけのものではなかったと。

    「これからはもう二人で出かけるのはやめましょう。他の子たちへの示しもあるのだし。……今までがおかしかっただけなのよ。私とあなたは契約関係で、それ以上でも以下でもなかったの」

     あの人にはこれから、トレーナーとして多くのウマ娘を導く未来がある。学園のトレーナーの中でもおそらく彼は優秀な方だったから、才能あるウマ娘を相応の舞台へと導くことが義務付けられているといってもいい。……私のように、特別な事情を抱えて苦しんでいる子を救うことだってあるはずだった。
     だからこそ、一人のウマ娘に現を抜かす時間はもうお終い。ちょうど私も学園を卒業する日が近かったから、これからはお互いの道を歩むべき。そう思って、半ば無理やりにあの人を突き放した。

    「……もしもし、アヤベ?どうかしたか?」
    「あ……」

     コール音が途切れて、少し掠れた声が画面の向こうから聞こえた。

  • 2二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 22:31:21

     それから間もなく私は学園を卒業して、普通の人生を歩むことにした。具体的に言えば、一人暮らしを始めて、プラネタリウムの運営に関わる会社に就職した。ダービーウマ娘という肩書きがあったから、ある程度は好きな仕事を選ぶことができた。
     卒業式の日、あの人とどんな話をしたのかよく覚えていない。ただ、特に諍いもなく話は終わって、私たちは別れて──ようやく新しい生活に慣れ始めた頃、彼の受け持ったチームのウマ娘の活躍を耳にするようになった。やっぱり優秀な人だったのだと分かって、そして出会ったのが私でなくてもあの人は立派なトレーナーになっていたのだとも理解した。
     そう、誰でもよかった。誰が相手でもあの人は暑苦しいくらいの熱意を持って接して──五月病とでもいうのか、私はそれから間もなく体調を崩した。 

    「いえ、掛け間違えただけ……悪かったわね、こんな夜遅くに」
    「……また掛け間違いか。疲れてるならしっかり休まないと」

  • 3二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 22:31:40

     きっかけは本当に掛け間違いだった。上司に休みの連絡を入れようとして、朦朧とした意識が操作を誤った。
     コール音の後に聞こえた、懐かしさを感じる戸惑った声に思わず言葉を失って、疎遠になったとはいえすぐに切るのも憚られたから仕方なく世間話が始まって──自分でも驚くほどに心身に活力がみなぎっていくのを感じた。あの人も多忙だったから話自体はほんの数分だったけれど、ずっと続いていた身体の重たさはどこかへと消え去っていた。
     その日を境に、私は時々どうしようもないほどの気怠さに襲われると、間違い電話をするようになった。

    「善処するわ。……それじゃ、切るから」
    「ちょっと待った。時間があるならさ、少し話さないか?俺も少し吐き出したいことがあって」

     旧友──たとえばカレンさんがもしここにいたなら、おそらく「素直になってください」とでも言っただろう。あれだけ長い時間を一緒に過ごしたのだ。きっと彼だって悪い気はしないのだから、早く気持ちを伝えてしまえと。
     でも、それはできない。カレンさんはここにはいないのだし、持って生まれた性分というのは簡単に変えることなどできないのだから。あと一歩を私が踏み出すことは、決してない。

    「……少しだけよ。明日も仕事なの」

     だからこそ、在りし日の思いやりに甘える私が。そして、あの頃と変わらない優しさをくれるあなたが、忌まわしい。
     これは間違い電話ではなく、忌まわし電話。寂しさを埋める、たった一つのつながり。

  • 4二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 22:32:19

    オワリ。ようやく決心がついてようつべでRTTTTTTTT観ました。めっちゃよかった

  • 5二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 22:36:37

    "ついうっかり"ダイヤルを回したってことか

  • 6二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 22:37:08

    いいSSでした。ありがとう

  • 7二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 22:38:30

    原曲の間奏をよく聴くと後ろで何か「死にたくない」とか喋ってるんだよね

  • 8二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 22:58:22

    1ヵ月離れただけで体調悪くなるなら素直になりなよ…

  • 9二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 22:59:50

    苦しくて切ない、でももう少しこのままの関係でいたい そんな感覚にさせてくれるSSです

    >>5

    回す?

  • 10二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 23:01:10

    >>9

    今の子は黒電話使えないんだってな…

  • 11二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 23:05:19

    >>9

    何気ないその一言がワイの心にぽっかり穴を開けた…

  • 12二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 23:09:08

    掛け間違えという免罪符で見え透いた孤独をかき消しても、焦る気持ちに変わりはない

  • 13二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 23:15:54

    元ネタ40年以上前の曲だしな…

  • 14123/05/08(月) 23:17:09

    私は解凍期のヴォコーダーコーラスが好き。またこんど!

  • 15二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 00:07:19

    >>13

    Potpourri発売1981年....うせやろ.....?

  • 16二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 00:16:54

    ダイヤル回して手を止めた〜

  • 17二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 00:19:01

    📞「府中のトレーナーです」

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