【SS】不沈船の再出港

  • 1二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 23:50:38

    *某所に投げたものをリライトものです



     ある夏の晴れた日。
     照りつける日差しに青々とした芝。
     心地いい程度の風が吹く丘の上に、一人の女性がいた。

    「よぉ、トレーナー。アンタが先にいなくなっちまってから今日でちょうど10年だな」

     顔にいくつものしわが出来てもなお、美しいと評される葦毛のその女性は目の前にいる墓標に語り掛ける。

    「なっつかしいなぁ。いろんなことが起こったけど全部昨日のようだぜ」

     彼女がトレーナーと呼ぶ、墓に刻まれた名の男性と会ったのは、まだそのウマ娘である女性が学生の頃だった。

    「――あのときすげぇ暇そうなやつがいるって思ってさ」

     そのウマ娘は出会った初日から男性を無人島へと連れていった。
     それからも彼女の突拍子もない行動は毎日、いや、毎秒のように続き。
     その男性は自由奔放な彼女に振り回されっぱなしだった。

    「でもだんだんとワタシのノリについてこれるようになってたよな。ゴルシちゃん、感激だぞ」

     その女性――ゴールドシップと男性はトレーナーとウマ娘という関係。

     仲が良かったウマ娘をいじり倒したり、生徒会のお世話になってばっかりと、いろいろと問題行動は多かったが、レーニングはしっかりと打ち込んだ(といってもその日のやる気次第でトレーニングを絞ったりはしていたが)。その結果、最終的にG1で六勝という記録を残すことが出来た。

  • 2二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 23:52:35

    「その後ドリームトロフィーリーグに行ったんだよな。んで、ちょうどそのころぐらいだったよな、アタシがトレーナーのこと気になり始めたの」

     トレーナーとウマ娘は一蓮托生の関係。思春期真っただ中の数年間を、男性と非常に近い距離で過ごすのだからトレーナーに恋心を抱くウマ娘も少なくない。
     
     ここにいるゴールドシップだってそうだった。

    「引退式で公開告白してさ、トレーナーは『ありがとう、俺も前から好きだったんだ。是非付き合ってくれ』って泣きじゃくりながら逆告白してくれたよな」

     あの時ゴルシちゃんもなきそうだったんだぞ?と心の中でちょっぴり怒る。

  • 3二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 23:54:57

     それからはトレーナーと甘く幸せな日々を過ごしていった。
     子供も何人か生まれ、さらにその子供たちもそれぞれ結婚して孫もできた。今じゃ立派にレースで活躍している。

     現役時代と同じくいつも二人で隣同士にいて、二人で一緒に緩やかに年を重ねていった。

    「でも、十年前のあの日トレーナーは先に逝っちまった」

     原因は老衰。トレーナー時代の時にあれだけ徹夜だのなんだのしておいてよく大病を患わなかったものだとゴールドシップは思う。

    「最後に言ってくれたよな。ゴルシと出会えて俺の人生面白くなった、って。ウマ娘だからって早足でこっちに来ちゃだめだ、って」

     最初は心にぽっかりと穴が開いてしまっていた。何せ、ずうっとそばにいた人が遠い場所へと行ってしまったのだから。
     でも――それでも、トレーナーにあんなこと言われちゃ下を向いてなんかいられない。家族に励まされ、そう決意してからは頑張って前を向いた。

    「そりゃあトレーナーがいなくて寂しかったけどよ、それでも子供や孫たちのおかげで結構楽しかったぜ」

     今度会ったらまたお礼言わなくちゃな、と思いながら最愛の人が眠るお墓に頭をもたげる。

  • 4二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 23:55:38

     ――ああ、それにしても今日はいい天気だ。雲一つない真っ青な空。緑も多いので空気もおいしい。息を吸うたびに、もうずいぶんと古くなってしまった肺に緑の匂いが入り込む。

     こうしているうちに、だんだんとまぶたが重くなってくる。最近昼寝が多くなってきたが、それらとは違った眠さであった。いつもはもう少し抵抗できるのに、今日はやけに重い。考えも、だんだんとまとまらなくなってくる。そして――――


     ――アンタと出会えて、アタシの人生面白くなったよ。



     それを最期に、ゴールドシップは意識を手放した。

  • 5二次元好きの匿名さん23/05/08(月) 23:58:27

     アタシはいつも目覚めはいい方だ。
     今だって、さっきまで寝ていたけど目はもうぱっちり開いているし、意識ははっきりとしている。

     さっきまで丘の上で横になっていたと思っていたけど、目が覚めるとレース場の外にアタシは立っていた。ペタペタと体を触ると、なんでか自分が思うより若々しい。顔のしわも、すっかりなくなっている。

     ああ、そうか。アタシも死んだのか。

     しっかりとした証拠はないけど、なんとなくそう思った。いくら天才ゴルシちゃんでも若返りはさすがに無理だもんな。タキオンの薬を飲んだわけじゃあるまいし。

     さてっと。これからどうすっかな。ここが天国ならマックちゃんにいたずらしに行こうか。んーでも本当にここ天国なのか?最初に目に入るのがレース場て。もうちょっとこう、一面に広がるきれいなお花畑とかでも――――

  • 6二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 00:00:25

     ――ふいに、風が吹いた。

     強すぎも弱すぎもせず、心地よい普通の風。
     
     その匂いが、ワタシの鼻の中を通る。



     ――この匂いは。まさか。まさかまさかまさかまさか。




     私は、気づいたらその場を駆けだしていた。

     全力で走ったのは、もう何十年も前のことだ。いくら全盛期まで若返ったとはいえ、かつての感覚を忘れて久しい。何度か足がもつれそうになるけど、それでも前へ、前へと進んだ。

     ひょっとしたら現役の時よりも必死で、速く走ったかもしれないと思いながら観客席へと入る。そして観客席の一番前には、ターフを見つめる人影がいた。

     間違いない。あの背中だ。アンタに出会ったときのあの背中。アタシの手をいつも引っ張ってくれていた時に見たあの背中。

     忘れるはずがない。この匂いだ。アンタをはじめて見たときに嗅いだこの匂い。何十年もの間ずっと隣で嗅いできたこの匂い。

     アタシの気配に気が付いたのか、その人はくるっと振り向くとアタシに優しく微笑みかける。

  • 7二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 00:02:13

    「――トレー、ナー……」


     ゆっくりと、まるで吸い寄せられるようにトレーナーへと進んでいく。ついに――――



    「よう、ゴルシ。ちゃんと遅く来て偉いぞ」



     アタシはトレーナーに抱きしめられた。



     ああ、これだ。この匂い。この声。この感触。この温もり。


     もう長い間直接触れ合えていなかった。トレーナーにああは言われたけど、それでも寂しいもんは寂しい。

    「へへっ、さすがゴルシちゃんだろ?アタシにできないことなんてないぜ」

     目に熱いものが込み上げるけど、それをゴルシちゃんパワーで抑える。それでもたぶん、声は震えていたと思う。


    「ああ、さすがは俺の愛バだ。トレーナーポイント一万点をあげよう」


     でもトレーナーはそれには触れなかった。アタシ色に染まったのか、普段はアタシとふざけ合うけどもここぞという大事な時にはちゃんと気遣ってくれる。ゴルシちゃんはそういう優しいところに惚れちゃったんだぞ☆

  • 8二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 00:03:09

    「さてゴルシ、お前にいいニュースと悪いニュースが一つずつある」

    「お、なんだなんだ?実はオメー人じゃなかったとか?」

    「んなわけねぇだろ」


     このくだけたやり取りも、久しぶりだ。


    「んじゃまず悪いほうから。わかってると思うけどここは天国なわけなんだが、ゴルシが目指してた楽園(エデン)ってやつじゃどうもなさそうなんだ」


     ……んだよ、そんな小っせえことか?それ以上しょうもねえこと言ったらメジロスペシャル決めちゃうゾ☆


    「まあ落ち着けって。それで、いいニュースなんだがな」
    「ここでもウマ娘のレースがあるらしいんだ」

     ふぅん、とアタシの耳がピクリと動く。

  • 9二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 00:04:14

    「同じように担当契約を結べば出場できるらしい。チームなんかも作れるんだと。まあ、この俺は?一緒にチーム作らないかとか言われたり逆スカウトとかされたりしたけど??俺の愛しの愛バがいつか来たときにまた担当してやらないとすねちゃうかなーって思って全部断ったし????ぜーんぜん寂しくなんかなかったしぃッ!?!?」


     ここまで聞いてて思った。
     ははーん、さてはオメー、


    「ゴルシちゃんがいなくてずっと寂しかったんだな?さっすがアタシのトレーナー!そこまで一途だなんて、改めて惚れ直しちゃう♡」

    「バ、バカ!!そんなんじゃねぇよ!!!!」


     顔を真っ赤にしながら否定するトレーナー。思わずアタシは噴き出した。
     それに連れられてか、トレーナーも笑いだす。

     二人でひとしきり笑い合った後、お互いに目を合わせる。

  • 10二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 00:08:10

    「そんなわけだ、ゴールドシップ。君さえよかったら――――」

    「もう一度、君をスカウトさせてくれ」


     その言葉に、また泣きそうになる。一体何回アタシに涙流させようとすれば気が済むんだ。

     いや、さっきと違って今回は実際頬を温かいものが伝った。アタシはそれを左手で拭って、右手でトレーナーの手を握り、トレーナーの目を改めてみつめる。
     アタシと同じく、トレーナーも目を腫らしていた。


    「ああ、もちろんだ」


     そのまま握った手を天高く掲げる。

     なんたって、アタシはゴールドシップ様だからな。


    「ここがあの世だろうが何だろうが関係ねぇ」


     トレーナーとなら、エデンだろうと何だろうと、どこにだって行ける。


    「おうし、そうと決まったら早速トレーニングだ!うおおおおおおおおおおお、行くぞトレーナァァァァァァ!!」



     ゴールドシップ伝説2、ここに開幕だ。

  • 11二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 00:08:43
  • 12二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 00:09:22

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