すれ違って、また巡り会って

  • 1二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 20:43:46

     “灯台下暗し”。世間でもよく使われる諺だ。

     これは灯明台という江戸時代初期の照明器具を用いた際、その構造上の都合でその周囲は明るくなるけど真下は真っ暗なままなことから身近なことには案外気付かない事を意味する言葉である。

     …そう、人間というものは周りを気にしすぎて見落としてはならないものを見逃してしまう生き物なのだが…。

     これが拗れまくると面白いくらい噛み合わなくなるものなのである。

  • 2二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 20:44:08

    【どたばたピラカンサ】

     桜前線もとうに過ぎて新緑の風薫る5月初旬。トレセン学園はゴールデンウィークを終えたウマ娘たちで溢れ、浮かれ気味だった連休前の流行る空気とは打って変わって停滞する梅雨前線のような気怠い空気で支配されている。連休ないもんね。

     そんな中、俺はと言うと別方面の悩みで憂鬱な気分になっていた。

    「…」

     悩ませているタネは来たるべき我がご主人様への誕生日プレゼント。正直、彼女において学園で一緒にいる時間が一番長いのは他ならぬ俺なのだが、そのせいで逆に選択肢を狭めることになってしまっているのだ。

    「あれは…この前買ったしメシは事あるごとに奢ってる気がするし…」

     一緒にいる時間が長い。それ即ち時間の共有もまた長いということの証明でもあり、彼女の要望に出来る限り応え続けたせいで何をあげても特に何とも思われないのではないかという不安に襲われていた。

     人となりこそはある程度理解しているのでこの辺りをあげたら喜ぶだろうなという傾向そのものは把握しているが、それだって普段彼女のワガママを叶えることの延長線上でしかない。

     普段の彼女を知っているが故に生じるジレンマ。こんな事になるなら普段からもう少し厳しく接するべきだったかと一瞬考えたがそれをしたら間違いなくどこかで関係が破綻する。いっそあげないのも手か?と考えたが───。

    『使い魔なんて大っ嫌い!バカバカァー!』

    「…はぁ」

     スイープにまず言われるであろうことを想像して重いため息を吐く。どうしたものなのだろうか、もはや打つ手はないのか───。

  • 3二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 20:44:25

    「…?どうぞ、開いてますよ」

     雁字搦めになりそうになっていると部屋のドアがノックされる。授業中の時間帯なので来客も限られると思うが誰だろうかと訝しみつつも入るよう促すと、失礼しますの声と共に入室してくる。

    「あら、お取り込み中でしたか?」
    「…まあ、取り込んではいますね…」

     入ってきたのは理事長秘書を務めているたづなさん。デスクではなくソファーに腰掛けて卓上に様々な店の広告と俺を交互に見て要領を得ない顔でキョトンとしている。

     …この際、女性視点でのアドバイスも欲しい。

     どこまで言っても男として生を受けた以上、男の感性しか持ち合わせてないので想像力の限界がある。女子としてこういうのがもらえたら嬉しいとか、視点一つでは見えてない部分の助言をいただけるだけでもだいぶ考え方の幅が広がるはずだ。

     一人で完結出来るくらい俺が完璧だったら良かったのだろうが、悲しいがそんな甲斐性は持ち合わせていないので縋る他ないのだ。

    「…その、たづなさん」
    「?どうしました?」
    「少し相談したいことがありまして…」

     相談という言葉に怪訝な表情を浮かべつつも聞く体勢を整えるたづなさんに感謝の意を示しながらぽつりぽつりと話し始める。

  • 4二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 20:44:41

    「…ふふっ」

     一通りの話をすると、先程出した紅茶をすすりながら微笑んでたづなさんは顔を上げる。今の話の中に面白い要素があったのだろうか…?

    「た、たづなさん?」
    「いえ、すみません。その、スイープさんが羨ましいなと思いまして」
    「うらやましい、ですか」

     意外な言葉をもらい、思わずオウム返しのようにたづなさんの言葉を繰り返す。むしろ俺がトレーナーをしてることで、彼女には不利益を被ってしまっている部分もあると思っているので少し申し訳無さも感じていたのだが…。

    「ええ、それはもう。トレーナーさんのように自分を大切に思ってくれる方がそばにいらっしゃるのですから」

     大切なのかどうかはわからないが周囲のトレーナーを見ているとこれが普通だから俺にはピンと来なくてよくわからないながらも照れ笑いして誤魔化す。

     ニシノフラワーのトレーナーは誕生日にハイキングに行き、綺麗な花畑の前に腰を下ろして二人で作ったお弁当を一緒に食べ合って眼前の花に負けないくらい話に花を咲かせた。

     マヤノトップガンのトレーナーは大人デートがしたいと常々言うマヤノの要望に、ドライブで各所を周ったシメに高層階の夜景を満喫しながらディナーを堪能する形で応えた。

     ビコーペガサスのトレーナーに至っては関係各所に連絡してキャロットマンをサプライズでお呼びし、お祝いに普段使っているベルトをいただくという彼女にとって忘れられない誕生日を1から創り上げた。

     彼らがここまで自分の受け持つ子のために東奔西走しているのを見ると、それこそ俺が出来ていることは彼らに比べてほんの僅かな気がする。出来る事と言えば、スイープのワガママに応急措置のように対処する事くらい。

     とは言っても俺は俺でしかない以上、出来る限りの最善を尽くす事でしか彼女に返す事が出来ない俺は今やれる事をやるしかない───。

  • 5二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 20:44:59

    「私の個人論ですがね」

     彼らとの比較で勝手に打ちひしがれているとたづなさんは両手を口に添えて笑いながら話し出す。

    「自分のために尽くしてくれる人がいたら、方向性さえ間違えなければ女の子は皆嬉しいと思いますよ」
    「それこそ、自分のお誕生日にあげるものに喜んでほしいあまり、わからず他人に助けを求めるほど悩む方がいらしたら、ね?」
    「…そういうものなのでしょうか」
    「はい♪」

     自信なさげにたづなさんの方を上目で見るとニコニコと笑いながら肯定される。…思い返すと、この笑顔には幾度となく勇気を貰った気がする。

     新人の頃から気にかけてもらい、独り立ちした今でもこうした悩みに乗ってくれる。本当にありがたい限りだ。

    「…ありがとうございます!俺、もう少し悩んでみます!」
    「良かった、お力添え出来たようで。この借りは…次の飲み代で払ってもらいましょうか♪」
    「…お手柔らかにお願いします」

     聖人のように見えてちゃっかりした所があるのもまたたづなさんが慕われる魅力なのだろう。多分この人も色々溜まった愚痴が爆発しそうっぽいし壁という名の聞き役として喜んで買って出ようじゃないか。

     …そういえば。

    「あの、こちらに伺ったということは何か俺に用件とかあったのでは…」
    「ああっ!すっかり忘れてました。その、先日の議事録をまだ受け取っていなかったので…」
    「…す、すみません」

     ホントこういうところだぞ、と内心自分に毒づきながら慌ててデスクに閉まっている期限超過の議事録を渡すのだった。

  • 6二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 20:45:19

     たづなさんが去った後、改めてスイープに渡すプレゼントを考えるがさっきの経験から一人で考えてもろくなことにならないのが分かったので人を頼る方針にした。

     さっきも言った気がするが自己完結できるのならまだ良かったがそれではまとまらないし堂々巡りを繰り返すばかり。ならば、色々情報を聞き出してそこから統括して決めた方が見えなかった部分も含めて妙案も出るだろう。

     ありがたいことに、彼女は顔がだいぶ広い関係で交友も幅も比例するように広い。俺の関与がだいぶ薄い、学園にいる時のスイープトウショウを知る分には材料に富んでいるので一人で考えるの自体が愚行だった気すらする。

     スイープに聞くのも手だが…やはりサプライズという形で喜ばせたいので悟らせないように動くのがマストか。

     時間帯的にもちょうど昼頃なのでカフェテリアに行けば多くのウマ娘がお昼を利用する。きっと良い戦果を得られるだろうと鼻息をフンと吐いて勇み足でカフェテリアに向かった。

    「スイープですか?んー、こっちでも魔法関連のものなら何でも興味持ちますよ」
    「そーそー、あとは初めて聞いた言葉には目ぇ輝かせて話聞いてる感じっすかね」
    「ね。バイクの話してる時のコイツとそっくりなんです」
    「まーな!あいつもあんなナリしてロマンがわかるやつだから…って余計なこと言ってんじゃねーよ!」
    「ロマン…参考になったよ。スカーレットさん、ウオッカさんありがとう」

    「スイープさんは結構アクティブですから魔法探索に出かけることが多いですね」
    「ああ、スイーピー5って奴?」
    「そうです!スイープさん、博識だからタキオンさんとよく難しい話で盛り上がってるのを見ますね」
    「キタちゃんも着いていこうとこっそりお勉強してるんですよ?」
    「だ、ダイヤちゃん!しー、しーッ!」
    「んー、となるとやっぱり狙い所は魔法絡みか…恩に着るよ二人共、これからもあの子の事をよろしくね」

     目論見通り、カフェテリアには彼女の知人が大勢いてこれ以外にも有益な情報はたくさん聞けた。後はこれらを持ち帰って総合的に判断したものを用意すれば良い…。

     いや、もっと情報はあった方が良いか?多すぎても絞りきれないだろうがもう少しあってもいいはずだ、情報を精査し直して放課後辺りにもう少し掘り下げてみようと一旦トレーナー室に戻るのだった。

    「…ふんだ、こそこそしちゃって」

  • 7二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 20:45:34

    【むかむかアプリコット】

     新緑の若葉が萌え始める頃、アタシの誕生日はやってくる。

     お花という華々しい大人の時間を終え、次の春が来る頃のために栄養を蓄える子供の季節。生命の息吹が入学したての新入生たちの朗らかな返事をするように芽吹くこの時期にアタシは生まれた。

     朝なら青々しく生え揃う木々の香りで心が落ち着き、昼間はクラス分けから1ヶ月経って打ち解けた友人達が校庭でめいっぱい遊ぶ楽しそうな声が聞こえ、夜は心地良い夜風が安眠を誘う。

     この時期に咲かせるお花もあるからアタシは5月が大好き。長い連休だってあるし、ワクワクするレースだって目白押し。楽しいが詰まったこの時期は自然と心が弾んで機嫌がいい日の方が多い気がする。

     日に日に近づくアタシの誕生日。連休が終わったらいよいよ秒読みになるこの時期は心なしかドキドキしている。

     どんな物をもらえるかな、どんな美味しいものが食べられるかな、どんな誕生日になるかな?

     胸が期待と楽しみでいっぱいになる…はずなんだけど。

    「…」
    「スイープ、ご機嫌ナナメだな」
    「昨日のお昼からずっとあんな感じなんだよね〜」
    「何かあったのでしょうか、スイちゃん…」

     ここ最近は、そんなワクワクも消し飛んじゃうようなイライラに支配され続けていた。

  • 8二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 20:45:53

    「トレーナーさんが隠し事をしている?」

     お昼休み。今日は皆トレーニングがお休みだからカフェテリアでお茶をしているとマヤノ達がアタシの元気がなさそうだからと心配して聞いてきた。

     正直、誰かに言う事でもないけど無性に愚痴りたい気分だったし聞いてもらう事にした。話せば、ちょっとは気が晴れるかもだし。

    「…アイツ、最近すっごくよそよそしいのよね。隠し事をしてるというか」
    「えっ!?スイちゃんのトレーナーさん、そういう事しなさそうですけど…?」

     フラワーはどうにも信じられないと言わんばかりに手を口に添えながらアタシの話にびっくりしている。他のリアクションもおんなじで何があったんだろうと一様に眉をひそめているからどうもアタシと使い魔は仲良しに見られてるらしい。

     …一応、びじねすらいく?な関係なんだけど?

    「そういうことは前もあったの?」

     マヤノの質問に首を振ると倦怠期…!と不安そうな顔で慌てている。だからアタシたちはそういう関係じゃないってば。

     …それでも、こういう事自体は初めてだからある種間違っていないのかもしれない。だって使い魔に隠し事をされるのなんて今までなかったもん。

     そりゃ、使い魔だって一人の人間だから言いたくない、知られてほしくない事があるのはわかってる。それを無理して聞こうとか問いただすなんてことをする気はないしアタシが同じ事をされたらイヤだから深くは言う気もない。

     それでも、使い魔に隠し事をされるのはなんか背中が痒くなると言うか…胸が何だか苦しくなる。言葉で言い表せないのが背中の痒さを更に加速させるからもう大変。

    「…なら、聞いちゃえば良いんじゃないか?」
    「聞いたわよ。そしたらアイツ、その時間はトレーナー室にいたよって」
    「ふん、昼休みにコソコソしてるのアタシに知られてないと思ってるのかしら…て、あぁっ!」

     ビコーからの質問を答えてる時にあるものを見つけて思わず声が上がる。皆が何だろうとアタシの視線の先を見ると───。

     渦中の男が、メモ用紙を片手に他の子と話をしている場面だった。

  • 9二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 20:46:18

    「あわわわわ…マヤ達、浮気現場見ちゃった…!?」
    「マ、マヤノさん!そうと決まったわけではありませんから…!」

     マヤノが逸る気持ちを思わず言葉にしちゃうのをフラワーが間髪入れずにフォローする。でも、そんな話はどうでも良くて視線の先にいる二人の会話の内容が気になって仕方がなかった。

     なによ、アタシがイラついてる時に気付かずメモメモしちゃって。アンタのそれはアタシよりも大事だって言うの?

     …気に食わない、ガツンと言ってやる。

     あの子は確かクラスメイトの子。ちょこちょこお話する事もあるから知らない子ってわけではない。あの子の話に熱心にメモをとる使い魔へのストレスが頂点に達し、席を立ち上がる。

    「スイープ!?今動くのは───」

     ビコーの助言を無視してあの二人が話してる所までズンズンと向かう。当たり前よ、モヤモヤしてるご主人さまをほっぽって他の女の子と楽しそうに会話するなんてゴンゴドーダンよ、まったく。

     二人の会話が聞こえるくらいまで近寄り、怒鳴ってやろうと二人から死角に位置取る。カフェテリア中がアタシ達を見るくらいの大声を出してやろうと大きく深呼吸をすると、まだ話は終わってなかったのかアタシに気付きもしない使い魔はお願いするようにこう言った。

    「それじゃ、これはスイープには内緒で…」

     ナイショ?なんで?

     アタシには言えない話なの?悩みがあるのにアタシじゃ力になれない話なの?

     スイーピーは使い魔のご主人さまでソーダン相手じゃなかったの?

     なんで、どうして。アタシじゃダメなの───?

     次々押し寄せてくる思考の波が制御出来ずに叫ぶ事を忘れてただ呆然と立ち尽くすしかなく、その間に使い魔は礼を言ってそそくさとカフェテリアを出て行った。

     その時、一瞬だけ使い魔と目が合ったけど…何も見なかったかのように反応もなくそのまま去っていくアイツの後ろ姿をただ眺める事しか出来なかった。

  • 10二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 20:46:39

    【昼下がりのラベンダ】

     スイープに関する情報が集まりだし、だいぶ判断材料も増えてきた。その中で彼女の知らなかった傾向や意外な部分も垣間見えてこれからのお出かけの参考になりそうな話も多々聞けたのでだいぶ充実した情報収集になったと思う…のだが。

    「さっき、見られてたよなぁ…」

     それは今日の昼休みのこと。いつものように学園のスイープに関する情報を集めようとご学友に話を伺った後、礼を言って退散する直前に視線を感じた。

     こんなに人だかりが出来ているのに俺個人に視線が飛んできていると察知出来る辺り、並み並みならぬと確認するように見やるとそこにはスイープがこっちを見て立っているように見えた。

     …まるで、見たくないものを見てしまったかのような悲しそうな顔で。

    「…はぁ」

     かれこれ、この話で何度吐いたかわからないため息が口からまた出る。知らずのうちに疲れているのかもしれないが…大本の理由は別にある。

     正直な話、ここ最近スイープに隠れるように行動するのが精神的に辛いと感じ始めている。最初は情報が集まる度にこれは活かせそうだとか、そういう一面があるのかと彼女の知らない部分を知って楽しかった。

     ただ、だんだんとその気持ちは彼女に隠れて行動している後ろめたさや、ここまでやってもし彼女を悲しませる結果になったらどうしようと言いしれぬ不安で楽しいが失われていく中での今日のアレ。何も思わないわけがないだろう。

    「…でも、言ってらんないよな」

     しかし、ここまで自分の良心の呵責を無視してまで頑張ってきたのに曲げてしまうのは結局中途半端に終わってしまう気がする。そうなった場合、残るのはやりきれない心と深い溝だけだ。

    「がんばれ、俺」

     塞がりそうになる心にエールを送って無理やり開かせると、部屋のドアが開かれる。

  • 11二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 20:46:58

    「…おつかれ」
    「ん」

     やって来たのは他でもないスイープその人。それはそうだ、今日はトレーニングがあるのだから来ない方が問題だ…本来なら。

     ただ、昼間のことを考えると何となく今日は来てくれないと思っていたので時間通りどころか時間前にやって来たのは予想外も予想外だ。それならばと急いで周りのものを片していると彼女が腰掛けたソファーから声が聞こえてくる。

    「ねえ、使い魔」

     ギュッと、心臓を縛られたかのような不快感が体を襲う。なんてことはない、いつものように呼ばれただけなのに。

     呼びかけるその言葉は自身を思うように動かさなくする呪詛のように思考、行動全てを鈍らせる。

    「アンタ、アタシに何か隠し事してない?」

     今の俺はちゃんと呼吸を出来ているのだろうか、動揺を露見されていないだろうか。普段の自分であるようにスイープに向かう。

    「…そんな事、ないよ」
    「ウソ。じゃあ今の間は何かしら?」

     一気に心臓の鼓動が早くなるのを乱れそうになる呼吸を抑える感覚で思い知る。大丈夫、別にバレた所でしょうもない事で何黙ってんだかで終わる話なのだから。一部だけ話して後はダンマリを決めれば良いだけ。

    「ごめん、今は言えないけど…その時が来たら絶対言うから」
    「…そう、なのね」

     顔は見えず、聴覚だけでしか推察出来ない彼女の感情。

     それは酷く濁ったような、淀んだような…朗らかなスイープにはあまりにも似合わない、汚濁された川の底に沈殿するヘドロのような重苦しいものに感じられ、以降言葉を返すことは出来なかった。

     その後トレーニングは滞りなく行われた。俺もスイープも最低限の会話だけ交わすだけで終始無言の…ただただ虚無の時間ではあったが。

  • 12二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 20:47:23

     トレーニングも終わり、片付け終わった所でスイープを寮に送ろうとトレーナー室に戻ると姿がなかった。はてなと周囲を見渡すとデスクに置いたスマホが光っているので確認すると一人で帰るとだけ書かれたメッセージが表示される。

     差出人は…言うまでもないだろう。

    「…やらかしたよなあ」

     デスクに深く腰掛け、何度吐いたかわからないため息がまたもや口から飛び出る。こういう時、ここにスイープがいたらアタシの分の幸せまで逃げちゃうからため息なんて吐かないでよね、なんてプリプリ怒るのだろうか。

     何がいけなかったのかと振り返ろうとする必要もない、今回のすべての発言が彼女において地雷だったのはこちらとて把握している。

     きっと面白く感じなかっただろう、腸が煮えくり返る思いだっただろう。

     彼女は、俺のエゴを通すためだけに一番嫌う“我慢”を強いられたのだから。

    「…っ」

     情けない自分への怒りと悔恨、スイープにさせなくていい思いを結果的に強要してしまっている事への申し訳無さ。それらが重なった結果、自身の右手で思いっきり右太腿を叩いた。

     ジンジンと広がる痛み。自分で自分を叩いてるので無意識にセーブされるものかと勝手に思っていたが、波紋のように痛みはじんわりと広がっていく。それでも収まらなかった俺は、眦に少し涙が溜まるのも気にせずに───。

     彼女のために集めていた情報の詰まったメモ帳を取り出し、一心不乱に破いて捨てた。

     何がサプライズだ、何が今は言えない、だ。お前のワガママが一人の女の子を傷付けたんだぞ。

     一頻り破きまくった後、ハッと我に返って鏡に映る自分の姿を見ると───。

     そこにはもはや何も残っていない、空っぽの器のような哀れな男が後悔に満ちた顔でこちらを見つめていた。

  • 13二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 20:47:42

    【むすっとロークワット】

    「つっかれた〜…」

     一人で寮に戻ってお風呂に入った後、部屋のベッドに寝転がって大の字で寝転がる。こうしてる時、すべての力が抜けてあとは寝るだけという快感で肉体が支配されるから結構好き。

    「さて、と」

     ベッドの脇に置いてあるキャビネットの上のわんこをギュウっと抱きしめながら今日の出来事について振り返ることにした。

     まず…と言っても今日はもう使い魔でしょ。コソコソアタシ周りの子に嗅ぎつけてるわ、アタシがちょっと揺さぶりかけるだけで慌てるわ、トレーニングの最中に無言でいたら今にも消えちゃいそうな顔で俯いてるわ。

     そもそも使い魔の分際でアタシに隠し事しているのを公言した上に今は言えないって勿体ぶるとか言語道断よ、まったく。

     でも、お昼を過ぎたあたりは考えたくもなかったけど放課後のトレーニング前のやりとりを経て何となく確信は持てた。アイツが隠しているのはきっとアタシに贈る誕生日プレゼント絡み。

     何をあげればいいかわからない…てのもあるのかもしれないけどきっと何をあげたら一番喜ぶのかなと試行錯誤している中でアレならさっきまでの行動にも理解は出来るけど…でもね?

    「アイツもつくづくおバカよね」

     おっきなため息を吐いて身体を伸ばす。ホント、アイツって不器用。

     慣れてもないくせにサプライズしようとして、失敗してしょげちゃって。

     使い魔のくせして完璧にこなそうと頑張るけど上手くいかなくて、そんな自分に嫌気が差しちゃって。

     そりゃそうよ、不相応なことをしたらどこかでガタが来るなんてわかりきった話じゃないの。

     アンタはスイーピーじゃない、使い魔は使い魔でしかないんだから。

  • 14二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 20:48:01

    「…でも、アンタはわんこを見つけてきたじゃない、ね?」

     仰向けで寝転がりながらわんこを掲げると肯定するような瞳の輝きを放っている。そう、この子は他ならぬ使い魔が見つけてきたんだから。

     完璧であろうとする姿勢はスイーピーの使い魔の自覚があるからだし、サプライズしようと思ったのだってきっとアタシを喜ばせたかったから。

     方向性自体は間違ってないしもしバレなければ何を貰うかにもよるけどきっとアタシは口には出さなくても嬉しかったと思う。

     …だって、アタシだけの使い魔が一生懸命探してくれたものなんだもん。

     使い魔が隠し通そうとしているのは、スイーピーがとびっきり喜んでほしいからというアイツなりに考えた最大限表現出来るおめでとうの形。それが使い魔の想いならきっちり受け取ってやらないこともないけど…それは違うでしょう?

    「それでアンタが傷ついて、苦しい思いをするんじゃ世話ないでしょ」

     アイツがアタシのために頑張れるやつなのは知ってるし、失敗しても次はもっとうまくやろうと努力出来るヤツなのも知ってる。今だって、きっと辛そうにしながらもアタシが喜ぶような何かを考えてるんだと思う。

     …辛い、悲しい思いをしながら捻り出したサプライズなんか、ちっとも嬉しくないしつまんない。悲しい気持ちで選んだプレゼントなんて受け取る気はない。

     スイーピーの誕生日は関わる人すべてが幸せでなければならないのに、誰よりも近い存在の使い魔が辛いなんてアタシが許さない。

    「…はーあっ!世話の焼ける使い魔だこと!」

     ため息をつきながらスマホに手を伸ばし、フリックで入力する。

     不出来だけど、誰よりもご主人さまに一途な使い魔のために仕方なく。

  • 15二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 20:48:24

    【遠回りのハーデンベルギア】

    「…ここだよな、呼ばれた所」

     夜も更ける頃、俺は近隣の公園に来ていた。時間はもう23時半をまわっており日を跨ぎそうな時間帯の中、照らす外灯以外の光源は月のみと言っていいほどでそのおかげか、この地域にしては珍しく星がよく見える…そんな夜だ。

     あの後、半ば自棄になって破いてしまったメモをゴミ箱に乱雑に放り込んでソファーで横になった。下を向いたら、情けない自分に耐えきれなくなって涙を溢してしまうからせめてもの抵抗で天を仰ぐという、何とも子供じみた反発。

     横になっていると連日の疲れが溜まっていたのか、涙を流す前に意識を放り投げてしまったようで目を開けると23時を示していてびっくりしたが…時刻の下にある通知の先頭に、それ以上に目を見開くものを目撃する。

    スイープトウショウ
    近所の公園で待ってるからとっとと来なさい

     淡々と記された短文はいかにも彼女らしいのだが…それ以上に今日あんな事があったのにこんな時間に会いたくもないであろう俺を呼び出すという事実に脳の信号が変なことになっているのを実感する。一体何を話すつもりなのだろうか…?

    「…っ、行こう」

     本来であれば、この場において俺がすべき行動は外出も禁止されている時間に学園街を出歩くスイープを注意することなのだろうが…今の焦燥しきった自分にそういう理性というものは残ってるわけもなかった。上着を一枚羽織って一目散に公園目がけて駆け出し、今に至る。

     公園に着いてひとまず辺りを見渡したが人影が見えない。まだ着いていないのかと考えたが待ってると言ってたくらいなのでそれはないはずだと、起きたばかりで錯乱している脳で思案していると───。

    「ばあっ!」
    「ひゃああああ!?」

     …心臓が3個分止まったかと思った。考え込んでる中、意識外からトントンと肩を叩かれただけでもビクッとするのだろうが驚かそうと耳元で大声をあげられたら男でも悲鳴をあげるだろう。勢いよく、声のする方を振り返ってしまう。

    「アハハハ…使い魔、ビックリし過ぎじゃない?」

     そこには、昼間とはうってかわってゲラゲラと腹を抱えて笑っているスイープの姿があった。

  • 16二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 20:48:45

    ま、昼間よりかはマシな顔してるわね」
    「…っ」

     顔を見るや、思い出したくもない昼間のことを話してくるスイープに緩んだはずの全身を再び張る感覚が支配する。やはり、彼女は昼のことで呼び出したんだと頭では理解しているけどその事実を受け入れたくないと脳が拒み始める。

     頼む、どうかその話はやめてくれと呼吸が乱れ出す俺のことなんてお構いなしにスイープは続ける。

    「それで?アタシにあげるプレゼントは決まったのかしら?」
    「それ、は…」
    「…決まらなかったって顔ね。ま、そんなところだと思ってたわ」

     鼻息荒くフンッと音を出すスイープの顔を完全に見ることが出来なくなっていた。それどころか、呼吸も完全にままならなくなっているのを息苦しさで実感し、混濁する感情の中でもあるものだけが大きく主張してくる。

     ああ、俺はスイープをまた失望させてしまったと。

     使い魔としてまた失敗してしまったんだと。

     吹いてもいないはずなのに荒れ狂う風のような音が耳を襲い、リズムなどとうに失った呼吸が肺を圧迫し、視界が逆さまに陥るような感覚に───。

    「使い魔!」
    「ぁ…」

     身体が揺らいだ刹那、頬に強い刺激が走って我に返る。ピントの合わなかった焦点の先にいたのは、普段とは少しだけ違った…熱を込めた眼差しをしたスイープの真剣な表情がそこにあった。

    「まったく、そんなになるまでアタシのプレゼント選んでたってわけ?どんだけスイーピーの事好きなのよアンタ」
    「…結局、選べなかったよ」

     スイープからの軽口に小気味の良い返しを言う余裕もなく、ポロポロと感情の汗が滴り落ちる。

  • 17二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 20:49:06

    「喜んでほしくて。思い出に残るものがあげたくて一生懸命考えたけど…選べなかった」
    「だから、情報を伏せて当日渡せばきっと喜んでくれるだろうと思ってた」

     それでも、結果はこのザマ。喜ばせるどころか不信感を募らせて不安にさせてしまった。

     何とも滑稽な、惨めな話だ。

    「…俺って、どうしてこうなんだろうな」
    「ごめん、本当にごめん…」

     多分だけど俺は許してほしかったわけでもなかったと思うしいっそのこと見限ってくれた方が彼女の為にもなるのではないかとすら思っていた。

     俺以上に上手くやるトレーナーなんてたくさんいるわけで、そっちの方が彼女もきっと幸せになれる───。

    「どうしてこうって、アンタが使い魔だからじゃない」
    「───」

     こっちのどす黒い陰鬱な感情を跳ね返すようにあっけらかんと返すスイープに目が丸くなる。いやまあ確かに俺は俺だけど…。

    「アタシは使い魔にカンペキを求めるし、ダメダメなら叱るわ」
    「当たり前じゃない、アンタはそんなもんじゃないって思ってるからね」

     これは果たして彼女からの優しさなのだろうか、それとも哀れんだ末に出た同情なのか。彼女の真意を汲みとれず、押し黙っているとスイープは少し顔を綻ばせる。

    「アタシの知ってる使い魔はおバカでおたんこにんじんで、今みたいにちょっと躓くだけでウジウジする困ったやつよ」
    「う…」
    「でも、失敗を失敗で終わらせないし取り返すぞって努力が出来るじゃない」
    「そーいうとこ、ちょっぴり気に入ってるのよ?ちょっぴり、ね!」

     親指とひとさし指で輪っかを作って少しのハンドサインをしながらスイープは笑っている。その笑顔は塞ぎ込んでいた俺の心の殻にヒビを入れる。

  • 18二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 20:49:39

    「だからそーやってカンペキな使い魔でいようと精進を続けなさい?」
    「…それで失敗したアンタをバカにするヤツがいるなら、アタシが怒ってあげる」
    「使い魔の努力はアタシが絶対否定させないし許さないわ…たとえ、アンタ自身が否定したとしてもね」

     ああ、本当に情けない。ともすれば、俺が第三者ならばこんなにもクサい言葉に絆されるなんてと冷ややかに笑うかもしれないのに。

     子供なんかに励ましてもらうなんて情けないと思わないのかと憤慨されるかもしれないのに。

    「……っ!」

     その優しさは、己を縛っていた全ての鎖を千切り、塞いだ心の殻を叩き割ってポタポタ垂れていた水滴は、感情の洪水となった。スイープは一瞬ビックリしたような声をあげたがしばしの無言の後、俺の顔を胸元に抱き寄せた。

    「…不思議ね、パパ以外の大人でも泣くことってあるのね」
    「いくらでも泣けばいいじゃない。アンタは余分に溜め込み過ぎるとこあるしジャンジャン吐いちゃえばいいのよ」

     何が悲しいとか、何が辛いとかわからないけど多分安堵したのだと思う。思い返すと泣かないように仰向けで寝ようとするくらい漏らさないように必死に堪えてきたのが、この言葉を聞いたことで耐えなくてもいいんだと緩んだのだろう。

     己の無力を、情けなさを、スイープへの申し訳無さを。ここ数日で渦巻いていた黒い感情を全て洗い流すように咽び泣いた。

    「…落ち着いたよ、ありがとう」
    「あら、意外と短かったわね。もっと時間かかると思ってたわ」
    「切り替えは早い方だからね…だからその、そろそろ離してくださると…」

     体感では5分ほど彼女の優しさに包まれていたのだが絵面的にも倫理的にも現在の状況はだいぶヤバい事に気付き、実際もう落ち着いたので離れようと進言するのだが…。

    「…ヤダ!使い魔の言いなりになんかならないもん!」

     …ここに来ていつものワガママが復活してしまった。お互いが普段の調子に戻った証左でもあるので喜ばしいのだが…小学生くらいの少女の胸に顔を埋めている成人男性という構図は変わらないしおまわりさんが巡回に来た場合、人生が危うくなる。

     …禁じ手だが背に腹は代えられない。

  • 19二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 20:50:03

    「な、何でも!何でもするからどうか離して下さい!」
    「へえ、言ったわね?じゃあはい」

     禁じ手の何でもするは過去に一度使った結果、財布の中身どころかクレジットの請求が見たくなくなるくらいおぞましいレベルで物を買わされた過去があるのではっきり言って使いたくなかったが人生の終焉を迎えるよりかはまだマシだ。

     スイープもその言葉を聞くやいなや抜け出せないくらい強い力で抱き寄せていた俺の頭を解放した。どうやら、何かしてほしい事があるようだが…誕生日に何も用意してやれなかったのだからこの要望くらいは叶えてやりたい。

    「…じゃあ、さ」

     さっきまでころころと笑っていた表情から一転し、ほんのり赤みを帯びた顔で手をきゅっと握りながら告げる。

    「アタシの誕生日なんだから、今日はずーっとそばで言うこと聞きなさい!いいわね!」
    「…え?」

     急に何をと思いながら公園の時計の針を見ると時刻は0時───5月9日になっていた。ああそうか、もう日を跨いだのかと彼女の発言に納得をする。しかし、同時に疑問も発生する。

    「その、そんなことでいいのか?もっとこう…アレして欲しいとかこれがやりたいとか、あったら出来る範囲で実現するよう努力するよ?」

     彼女からのお願いというものは普段から俺が彼女に対してやってることと大差ない…というかもはや変わらない、普段の日常とも言えるべきことをお願いしてきたのだ。

     それでは彼女からすれば特別感も薄れてしまうだろうに、どうせなら誕生日だからこそ出来ることでもと思っていたのだが…。

    「うん、それでいいのよ?使い魔」
    「だって、アレコレが欲しい、どこどこに行きたいは普段からやってるじゃない」
    「…あっ」

     言われてみると俺は普段からスイープからいろんなおねだり…というかワガママに振り回されてきた。何かものを買うのも、サプライズで用意するのも普段やってることの範疇の内で効果薄だったかもしれない。

     思い返すと最初から間違えてたんだな…と少し気が滅入りそうになっていると握られた手の力が強くなる。その方を見ると、少しだけ恥じらいで顔を赤らめながらスイープが俯いていた。

  • 20二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 20:50:29

    「だから、普段とちょっとだけ違うお願い…今日は使い魔とずっと一緒にいたい」
    「これは命令じゃなくてお願いよ。嫌なら断ってもらっても構わない」
    「…ダメ?」

     内心、もはや断らせる気ないだろうと苦笑したが…それが“ご主人さまからのお願い”なら俺の答えは一つしかない。その場に片膝をついて、頭を垂れて忠誠を誓うように宣言する。

    「それがご主人さまの願いとあらば、私の答えに否定の文字はございません」
    「私で良いのならば…今日一日、貴方のそばにいてもいいですか?」
    「そばにいてもいいか、じゃないっての」
    「アンタだからいてほしいの、アタシは」

     ああ、そうか。そういうことだったんだ。

     最初から奇を衒うことなんてしなくても良かった…のかはわからないがそこまで小難しく考えなくてもこうやって聞けばよかったんだ。

     下手にコソコソ動いて不信感を買うよりも、彼女の声を聞いてそれに応える形だって十分喜んでくれたはずだ。そう思うと昨日からうんうん悩んでいたのが何だかアホらしくなってくる。

     すれ違ってからあまりにも長すぎた。迷走して、行き詰まって、後戻りして…。結構な遠回りをしてしまったがこうしてまた彼女と再会出来たのだから終わりよければ何とやらという所だろう。結局、灯台下暗しという話だったのだ。

    「…よし、帰ろっか。日付も跨いちゃったし」
    「ん、そーね。明日は休みだけど夜更しは美容に悪いし」

     …?明日は平日だから普通に学園の授業があるはずだ。開校記念日だとかそんな話はなかったはずだが…?

    「明日…というかもう今日か、平日だし学園あるだろ?」
    「そうだけどアタシ休みにしてるわよ、その日」
    「…はっ?」

     何だそれは、初耳なんだけど…!?

  • 21二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 20:50:59

    【しあわせいろのディモルフォセカ】

    「えぇっと、そんな話してたっけ?俺に」
    「してないわよ?だって夕方フジさんや学園の人に伝えたもん」
    「ど、通りで初耳なわけだ…」

     頭痛に苦しむ人みたいにこめかみを抑えてうぅっと唸る使い魔はアタシが秘めていた逆サプライズにてんてこ舞いになっているようで笑いそうになっちゃう。

     でもね使い魔、まだこれで終わりじゃないわよ?

    「アタシね、実家に帰るってことで休みにしてもらったんだけど…今ここにいるじゃない」
    「…実家に連絡は?」
    「してるわけないでしょ、元よりそんなつもり微塵もないのに」
    「はあっ!?じゃあどこで寝泊まり…、ま、まさか」
    「そ!使い魔の部屋で泊めてもらわないと野宿する事になっちゃうわね〜、どうしようかしら…えーんえーん」

     アタシの考えたサプライズは至って単純。さっきも言ったように使い魔をそばに置いて誕生日を一日過ごすというもので一見、普段のアタシ達の距離感と変わりないけど…ちょっぴりアクセントを加えた。

     今回の一悶着の中で、使い魔がサプライズを仕掛けようとしているのならアタシもやり返してびっくりさせてやろうと思いついた。その中で、日常のなんてない部分を非日常にしてやったらきっとすっごくびっくりすると思ったけど…ビンゴみたいね。

     さっ、動揺してる獲物を逃さない手はないわよね?

    「でも、使い魔は今日ずっとアタシのそばにいてくれるのよね?」
    「いやまあ、そうは言いましたけど…」
    「じゃあ選びなさい。ここでアタシと野宿するか、素直に使い魔のお部屋にスイーピーを連れて行くか。さあどっち!?」
    「ず…ズルだろそれはー!」

     使い魔の声が静まった公園内で少し反響するように広がる。ふふん、サプライズはこうやるのよ?わかってもらえたかしら?

  • 22二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 20:51:47

     翌朝、使い魔の腕の中で目が覚めたことで改めて誕生日の朝を迎えたことを自覚する。

     昨晩はスイーピーをお部屋までエスコートする道を取った使い魔だったけど寝る時になって別々で寝るなんて信じられないことを言い出した。ずーっとそばにいるって宣言したんだから一緒に寝ろと有無を言わせずに寝かしたけど。

     最初は遠慮がちに背中を向けてた使い魔も、寝付いた頃には身体をこっちに向けてたのでこれ幸いと使い魔の腕に潜り込み、アタシよりも大きな背中に腕を回すと何でか安心しちゃってアタシもすぐに寝ちゃい、今の起床に至る。

    「…ふふ、よだれなんか垂らしちゃって。こうして見るとアンタも結構ガキなのね」
    「ん…」

     体を起こして使い魔の寝顔を拝むと、力の抜けきった顔ですぅすぅと寝息を立てていて口元には涎がほんのり垂れているので拭いてやると、少し唸ってびっくりしたけど起床には至らなかった。

    「んー、起こしてもいいけどまだ6時とかだし…ま、いっか」

     今日は使い魔から離れないでずっと一緒に過ごすって決めたし寝てる時くらいしか出来ないこともあるだろうと改めて使い魔の腕の中に収まる。

     とてもあたたかくて、安心する香りがするフシギな空間。昨日の昼頃はこんな事になるとは夢にも思わなかったからどうなるかはわからないものね。

    「…ねえ、使い魔」
    「アタシね、アンタの頑張りはちゃんと評価してるつもりよ?」
    「昨日も結局ダメだったけど…スイーピーを喜ばせようと頑張ってたみたいじゃない」
    「だからもっと自信を持て…なんて言ったらアンタはすぐ調子乗っちゃうからこう言わせてもらおうかしら」
    「もっとアタシみたいに胸張って前を見なさい」
    「アンタは大魔女になる魔法少女、スイーピーから見初められたコーイの使い魔なのよ?」
    「…その割には謙虚すぎ。調子には乗らないでほしいけどそのネガティブでアンタ自身の可能性を狭めたら世話ないでしょ」
    「だから驕らず、それでも胸を張って…今日も、明日も、いつまでも。スイーピーのそばで言うことを聞いてなさい?」
    「…絶対よ」

     寝ている使い魔にガラでもないことを言ってやるとぎゅっと、アタシを抱き締める力が強くなった気がした。ホントは何か言ってやりたかったけど、今はその不器用なお返事に免じて許してやろう。

     いつか、その答えをちゃんと口にしてくれる日まで待っててあげる。

  • 23二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 20:55:31

    お誕生日おめでとうございます。
    アレも書きたい、これも書きたいが募った結果どえらい長さになってしまったので読みにくいかと思われますがどうか許し亭
    いやホントに間に合わないかもわからなかったので誕生日のうちにお出しできてよかった…。

  • 24二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 21:21:29

    来ると思ってたぜ
    そして期待以上のものでした…ごちそうさま

  • 25二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 21:25:30

    ありがとうございます…そしてお疲れ様です
    毎度いいものを見せてもらって感謝してます、これからも頑張ってください

  • 26二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 21:34:58

    正直まだかな、まだかなって待ってる私がいました(自白)
    しょぼんとしちゃう使い魔を励ますスイープがなるほどコレが導く者…となりました、良きものをありがとうございます

  • 27二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 21:43:29

    彼女にとって使い魔のいる日常こそがこれ以上ない特別だったらと思うと愛おしくなりますね
    長編SSお疲れ様でした、堪能させてもらいました

  • 28二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 22:00:55

    尊くて溶けそう
    たづなさんの言葉が地味に好きですねえ…

  • 29二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 22:06:06

    許し亭氏の新作助かる
    今回は大作で読み応えもすごかった!

    最後の「…絶対よ」が例の誕生日ボイスで脳内再生されて破壊力がすごい

  • 30二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 22:20:25

    そんな単純なことでよかったんだみたいな空気だけど、間違いなく使い魔が相手だからそうだったと思うから日頃の信頼度の高さが見えて悶えておりました

  • 31二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 22:48:17

    ピラカンサの花言葉:燃ゆる想い、美しさはあなたの魅力、愛嬌

    アプリコット(杏)の花言葉:疑い、疑惑、臆病な愛、乙女のはにかみ

    ラベンダ(ラベンダー)の花言葉:沈黙、不信感、私に答えて下さい

    ロークワット(ビワ)の花言葉:密かな告白、あなたに打ち明ける

    ハーデンベルギアの花言葉:奇跡的な出会い、再会、運命的な出会い、思いやり

    ディモルフォセカ(アフリカキンセンカ)の花言葉:無邪気、元気、富、変わらぬ愛

    題名と各章の視点をこの花言葉に押し当てて読んでみると…ニクい事をしますね…。

  • 32二次元好きの匿名さん23/05/09(火) 23:49:47

    素敵な関係のお二人ですね
    見ててほっこりしました

  • 33二次元好きの匿名さん23/05/10(水) 06:49:24

    ただただ表現力の暴力に圧倒された
    お見事でした

  • 34二次元好きの匿名さん23/05/10(水) 08:09:18

    スイーピーの独白に無意識か意識的かわからないけど行動で示した使い魔の構図にグッと来ました
    朝からいいものをありがとうございます

  • 35二次元好きの匿名さん23/05/10(水) 13:25:23

    堪らねえ…最高だった
    昼間からニヤつき止まりませんわ

オススメ

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