- 1二次元好きの匿名さん21/11/28(日) 23:30:18
- 2二次元好きの匿名さん21/11/28(日) 23:30:27
「シャカールってレースを引退したらどうする予定なの?」
きっかけは私のなにげない一言だった。
私のベッドの上で隣に座りながらシャカールが怪訝そうな顔をする。
「……急にどうした」
「ほら、キングちゃんのお母さまとか引退してからデザイナーやってるでしょ?あんな感じで!」
シャカールが腕を組んで天井を見上げる。
ただ、唸ってばかりで言葉は出てこないようだった。
「私はね~」
「お前が言うのかよ!?」
「だってシャカールが言ってくれないから」
ため息をつきながら頬杖をつくシャカールをよそに話を続ける。
「私はやっぱりラーメン屋さんかなあ。写真屋さんなんかも面白いかも!」
「なンだそれ、ファインが好きなモンばっかじゃねェか」
「だって好きなものに囲まれてたら絶対に幸せだと思うもの」
私は上体をかがめてシャカールを覗き込んだ。
自然と笑みがこぼれてしまう。
「もちろんその好きなものの中にはシャカールも入ってるからね!」
シャカールは私の目を見つめて───
ふいとそらした。 - 3二次元好きの匿名さん21/11/28(日) 23:30:41
「えっ」
私が声を上げてもシャカールは目をそらしたままだった。
一瞬混乱しながらもなんとか明るい声を絞り出す。
「も、もうシャカールってば!私はシャカールと一緒に暮らしたいなあって意味で」
「わかってる」
言い終わる前にシャカールの声が遮ってきた。
私と目を合わせようとしないシャカール。
彼女の目は困っているような悔しいような、そんな目をしていた。
「ファイン、オレは……」
それきりシャカールは下唇を噛んで黙ってしまった。
気まずい沈黙が流れる。
耐え切れなくなったのはシャカールの方だった。
「……悪ィ、今日はもう自分の部屋戻る」
そう言ってシャカールが部屋から出ようとする。
「待って!」
あわててシャカールの腕をつかむ。
勢いがつきすぎてそのまま彼女の胸に飛び込んでしまった。
愛おしい鼓動と熱が頬に伝わってくる。
ぽわぽわとした気持ちのまま私は口を開いた。
「……シャカールは、私と一緒にいたくないの?」
シャカールのほっそりとした身体を抱きしめる。
たぶん私は“そんなことない”って言ってくれることを期待していたんだと思う。
でも、シャカールの口から出た言葉は。
「……ゴメン」
短くて残酷な、謝罪の一言だった。 - 4二次元好きの匿名さん21/11/28(日) 23:30:57
熱は怒りに変わり、期待は憎悪に変わった。
どん、とシャカールを突き飛ばす。
相変わらずシャカールは目をそらしたままだった。
「……なにそれ、浮かれてた私がバカみたい」
「ファイン……」
ようやくシャカールが私の目を見てくれた。
でも、もう遅い。
「……出てってよ」
伸びてくるシャカールの手をはねのける。
「出てけ!」
私の怒号が部屋に響く。
今度は私が目をそらしてしまった。
「……ゴメン」
もう一度謝罪の言葉を残してシャカールは部屋を出ていった。 - 5二次元好きの匿名さん21/11/28(日) 23:31:10
一人きりになった部屋で私はベッドに倒れこんだ。
濡れたシーツで初めて自分が泣いていることに気がついた。
布団をかぶって枕に顔をうずめる。
閉じたはずの目にはシャカールの顔がずっと浮かんでいた。
大好きなのに。
大好きなはずなのに。
ただただ胸の苦しさだけが増していった。
しばらくしてから帰ってきたグルーヴさんにはひどく心配をかけてしまった。
布団をかぶったまま大丈夫と返答したせいで、グルーヴさんがどんな表情をしていたのかはわからなかった。
ただ、布団越しに私をなでてくれたことははっきりとわかった。 - 6二次元好きの匿名さん21/11/28(日) 23:31:27
目を開ける。
いつの間にか寝てしまったらしい。
空気がこもっていて顔が熱い。
ばさりと布団をどけても少ししか視界は明るくならなかった。
時計は就寝時間をかなり過ぎた時刻を表示していた。
グルーヴさんを起こさないようにそっとベッドから降りる。
廊下に出ると消火栓の赤いランプと月明りだけが床や壁を照らしていた。
ふらつく足取りで共用のキッチンに向かう。
灯りをつけると暗闇に慣れた目にまぶしさが襲い掛かってきた。
手でひさしを作りながら蛇口をひねる。
流れる水を手ですくって飲むと少し脚に力が戻ってきた気がした。
もう一度水をすくって顔を洗う。
目を閉じるとまたシャカールの顔が浮かんだ。
水滴が頬を流れる。
涙なのかどうかすら自分でもわからなかった。 - 7二次元好きの匿名さん21/11/28(日) 23:31:46
「ファイン」
突然、自分の名前を呼ばれた。
少しだけ元気のない、愛おしい声。
顔から水を滴らせたまま振り向く。
スウェット姿のシャカールが立っていた。
呆然としているとなにかを投げ渡された。
とっさに受け取るとタオルだった。
「……まず顔ふけ」
言われるがままに渡されたタオルで顔をふく。
少しだけシャカールのにおいがした。
「その、今日のことなンだけどな……」
手を止めて顔を上げる。
シャカールはうつむいて私の足元を見つめていた。
「オレはずっとずっと走るコトしか考えてこなかった」
訥々と語る口からちらりとギザギザの歯が見える。
「メシなンてテキトーでいいと思ってたし、人付き合いにも縁がないモンだと思ってた」
シャカールがゆっくりと顔を上げる。
琥珀みたいにきれいな瞳だ。
「ファインと会うまでは、な」
そう言ってシャカールはタオルを握っていた私の手を取った。
タオル越しから彼女の熱が伝わってくる。
「お前と出会ってからオレの世界は変わった。本当に大切だと思ってる」
でも、という言葉とともにシャカールの目線がまた下がる。
「オレは誰かをシアワセにするとか考えたコトもなくて、
そンなヤツがファインと一緒にいていいのかって考えちまって、それで……」
最後の方の言葉はほとんど消え入りそうだった。 - 8二次元好きの匿名さん21/11/28(日) 23:32:05
私はシャカールの頬に手を当てた。
熱い。
愛おしい熱さだ。
「……ありがと、シャカール。あと怒鳴っちゃってごめんね」
シャカールがふるふると首を小さく横に振る。
頬に触れている手をそのまま頭へと移す。
少しだけチクチクする。
「でもシャカールが不安に思ってることはちゃんと言葉にして伝えてほしかったかな」
私は琥珀色の瞳を見つめた。
「私はシャカールと二人で幸せになりたいんだから」
にこりと微笑むと、私は少し背伸びをしてシャカールの顔に唇を近づけた。
もう少しで触れ合う、というところで─── - 9二次元好きの匿名さん21/11/28(日) 23:32:25
ぐうう~。
……盛大におなかが鳴った。
そういえば夕飯を食べていなかったことをいまさら思い出した。
急に顔が熱くなってしまう。
ぷっ、とシャカールが噴き出す。
「も、もー!笑わないでよ!」
「悪ィ悪ィ……ふっ、ぐうう~って……くふふっ」
ツボに入ってしまったようでシャカールは口を押さえている。
抗議の意をこめてぺしぺしと彼女の肩を叩く。
ひとしきり笑った後、シャカールが涙を浮かべながらポケットからなにかを取り出した。
「……カップ麺?」
「オレも晩メシ食いそこねたからな」
シャカールが電気ジャーからお湯を注ぐ。
深夜のキッチンにいい香りが漂う。
「二人だけのイケナイ秘密、かな?」
「オイオイ、もう少し色気のある秘密に……」
ぐうう~。
「……なりそうもねェな」
「……だね」
私たちはもう一度笑い合った。
今度はしっかりと、お互いの目を見て。 - 10二次元好きの匿名さん21/11/28(日) 23:33:00
- 11二次元好きの匿名さん21/11/28(日) 23:46:05
- 12二次元好きの匿名さん21/11/29(月) 08:29:28
応援スレからきました…
すれ違いからすぐ関係修復するのは脳に優しくて好き。
シャカファイももちろん良かったけど
さりげないエアグルーヴパイセンの優しさも好き - 13二次元好きの匿名さん21/11/29(月) 08:51:39
ええやん…すれ違い百合は尊いのだ…この世の何よりも…
- 14二次元好きの匿名さん21/11/29(月) 08:56:05
いいものを見た
- 15二次元好きの匿名さん21/11/29(月) 09:05:07
あっちょっと死ぬっ
- 16二次元好きの匿名さん21/11/29(月) 10:03:56
すこ…