新入生の入学式を見に行ったら妹(ウマ娘)がいた EP.7

  • 1◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 01:54:43

    1スレ目

    新入生の入学式を見に行ったら妹(ウマ娘)がいた|あにまん掲示板「お前なんでこんなとこいんだよ」「またまた〜、今日って入学式っすよ? トレセン学園の一年生の」「ああ、そうだな」「でしょ? だからほらほら、お祝いの言葉のひとつやふたつと言わず、たくさんくれてもいいん…bbs.animanch.com

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    ※スレ画は兄の以前の担当ウマ娘【ミヤコレガリア】です。

  • 2◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 01:56:30

    「ぇ、嫌いですけどー」
    「こんなに分かりやすい照れ隠し、初めて見たかもしれません」
    「ちょ、ハルカ先輩まじでやめてくださいって」
    「ねぇカケル様? ソラちゃん、カケル様のことが大好きみたいですよ?」
    「ちょお〜!!」

    「あー……うん、ヨカッタネ」
    「おまぶっ飛ばすぞ! なんだその雑な態度! 少しは嬉しそうにしろよ!」
    「ウレシイウレシイ」
    「こいつマジで、くそっ! あたしにも優しくしてよ可愛い妹なんだからぁ!」
    「はいはい」
    「うーわ信じらんないうーわ」
    「……」
    「ため息ほんとさぁ! ため息がさぁ!」

    「最初は本当に喧嘩しているのかと思っていましたが、ふふ、確かにカケル様とソラちゃんのことをよく知っていくと、ただ仲良くしているだけですわね」
    「でしょ〜」

  • 3◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 02:14:17

    「くっそ〜……ムカつくからにぃにの海老天もらったろ!」
    「はぁ!? てめ、このっ、触んな!」
    「ちっ……置いてる方が悪いんだい」
    「アホかお前、俺は最後まで取っとくタイプなんだよ」
    「あたしは最初に食べる」
    「知ってる」
    「でももう一個食べたいからやっぱりちょーだい」
    「絶対無理」
    「いいじゃん〜、可愛い妹に食べさせろよ〜、お兄ちゃん好みに育ってやるぞ〜?」
    「消えてしまえ」
    「ひどい!」
    「でもにぃにの好みっておっぱいおっきい子でしょ」
    「げほっごほっ!」

    「……あら」
    「……」

    「若干2名、目の色が変わってますけれども」
    「おま、あのなぁ! お前さぁ!」
    「まじな話じゃん」
    「お前まじで湯船に沈めるぞ」
    「あのー、ね? リアルにありそうなのやめてもらえます? リアルにエグい方向のお仕置きやめてもらえます?」
    「あっちに足湯あるから沈めたるわ」
    「足湯で溺れるとか情けなさすぎるでしょ!」
    「面白いもんが見れそうだなー」
    「こいつ最悪だ……鬼だ……地獄の悪魔だ……! ハルカ先輩やっちゃってください!」

  • 4◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 02:16:33

    「ふふ、カケル様は胸の大きな方がお好み、と」
    「……」

    「ぇ、いや、今のはこいつが言ってるだけで……」

    「カケルさんは……、むぅ……」
    「そういえば先ほどの混浴、カケル様の熱い視線を胸に感じておりました」

    「混浴?」
    「……混、浴?

    「ちょ、ちょっとハルカさん」

    「ちょっとにぃに、混浴ってなに?」
    「えっ」

    「カケルさん……混浴って……」
    「いや、あの」

    「先ほどふたりで入らせていただきましたの。混浴」
    「ハルカ先輩が忘れ物って戻ったの……それっすか」
    「ええ、まあ……ふふ、実はそうなんです」
    「へぇ〜……ふぅ〜ん……へぇ〜……」
    「下着もつけずに、熱い交わりをいたしましたね」
    「あ〜、なるほどね〜! 混浴、お風呂に下着つけちゃダメですもんね〜! うんうんそりゃそ〜だわ〜!」

    「ムカつくわこのクソ兄貴」
    「カケルさん……」

    「ちげーよ足湯だよ足湯! こんな施設に混浴なんかあってたまるか!」

  • 5二次元好きの匿名さん23/05/11(木) 02:41:11

    10まで埋めといたほうがいいかな

  • 6◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 02:42:46

    ・・・

    食事を終えて、4人でゆっくりと時間を過ごして、もう一周温泉に入って、気づけば時間は夕方を超えてあたりも暗くなり始めていた。

    施設を出て車でそれぞれの家へ送り届けていくことに。

    「今日はありがとうございました。とっても楽しかったです」
    「こちらこそ。貴重な休み使わせてごめんな、ミヤコ」
    「ううん、そんなことないよ〜。みんなで遊べて、ほんとに楽しかったから」
    「俺は色々とメンタル削られたけどな……」
    「それは……うん、カケルさんが悪いところも、あると思いますっ」
    「え、なんで?」
    「混浴」
    「……だ、だから違うって!」
    「ふふ、冗談〜。ちょっとだけ意地悪言ってみた」
    「勘弁してくれ……マジで今日ずっとこんなのばっかなんだから……」
    「たくさん笑ってくれるカケルさんを見られて、私はよかったよ」
    「……」
    「今朝も少し思い詰めてたみたいだったから不安だったんだけど……カミカゼさんと混浴して、気持ちが楽になったのかな。お食事の時には戻ってて安心した」
    「だから足湯な。……まあ、でもハルカと話して楽になったのは本当の話か」

  • 7二次元好きの匿名さん23/05/11(木) 02:43:30

    スレ主さんも10まではやるだろうけど、万が一もあるし埋める準備はしておく

  • 8◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 02:43:34

    「そっか。……ほんとなら、1番部外者の私が聞いてあげられたら、良かったんだけれど……」
    「気にするなよ。俺の問題を押し付けたくない」
    「でも、やっぱり……私はカケルさんの力になりたいから」
    「全然なってもらってる。ソラの子守りしてくれるだけで、十分すぎる」
    「それでも足りないって思うのは……私ってちょっと嫉妬深いのかも」
    「え?」
    「ふふ、なんでもありませんっ。それじゃあ……今日はありがとうございました。送ってくれて、ごめんなさい」
    「それくらい全然。また、そのうち」
    「うん……また、近いうちに」
    「お疲れ、ミヤコ」
    「カケルさんも、お疲れ様でした」

    「ミャーコ先輩またね〜!」
    「うん、ソラちゃんまたね」

    「レガリアさん、本日はお疲れ様でした。とても有意義な時間を過ごせて、嬉しかったです」
    「いえいえ、私こそお声がけいただいてありがとうございました。またみんなで遊びましょうね」
    「ええ、是非とも」

    「それじゃあみんな、おやすみなさい」
    「おやすみ」

  • 9◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 02:57:28

    ・・・

    「次はわたくしが降りる番ですわね」
    「ハルカ先輩もお疲れっした。今日はありがとね」
    「いえいえ。ふふ、ソラちゃんも元気になってくれてよかったです」
    「いやいやいや、あたしは元気ですよ、元気印が取り柄なソラちゃんですから」
    「わたくしはちゃんと、分かっていますから」
    「……」
    「ふふ、そういうところはカケル様に本当によく似ていますね」
    「ぇ、似てないですけど〜? どこら辺が似てるんですか〜?」
    「その誤魔化し方」
    「……ぉぅ」
    「ちゃんとお兄様に、ご相談すべきことは、してくださいませ」
    「はい……すみません」
    「カケル様もソラちゃんのことをちゃんと見ています。見ている上で、ソラちゃんの気持ちを尊重してくださる……とても優しいトレーナー様です。ちゃんと、話すことは話してくださいね」

  • 10◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 02:58:32

    「分かってます……分かってる、けど……あたしのせいでお兄ちゃんに迷惑かけたくない、っていうか……」
    「カケル様はそうは思っていないと、感じましたが」
    「絶対思ってますよ。あたしのこといっつもうざいうざいって言ってるし」
    「そうかしら。ふふふ、ソラちゃんもあたり器用な子ではないですからね」
    「いやそれ先輩に言われたくはないですけど〜」
    「あら、確かにそれはそうですわね。あの子の不器用さと言ったら、別人格のわたくしですら呆れてしまいますから」
    「あっちの先輩めっちゃ可愛くて好きですけどね、あたし」
    「あら、このわたくしのことは嫌いですのね……悲しいですわ……」
    「ぇいや好きですけども。ほんと、ママって感じで」
    「お姉ちゃん」
    「違います」
    「あら、残念。うふふっ」
    「油断も隙もねぇなこの先輩……」
    「……さてと、それでは本当に帰りますね。あまり遅くなると寮長さんに怒られてしまいますから」
    「ぁ、お疲れでーす。また明後日、学校で」
    「ええ、月曜日に。トレーニング、一緒に頑張りましょうね」
    「は〜い! それじゃあおやすみなさい先輩!」
    「ええ、おやすみなさい」

    「カケル様も、本日はありがとうございました」
    「おう」
    「むしろお礼を言っていただくべきではないかと」
    「……、……ありがとうございました」
    「いえいえ〜」
    「まだ寒いし暖かくして寝ろよ。、明日また冷え込むって天気予報で言ってた」
    「あら、そうなんですのね……かしこまりました。そのようにいたします」

    「おやすみ、ハルカ」
    「おやすみなさい先輩!」
    「ええ、おやすみなさい」

  • 11◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 03:00:07

    10まで書けたので本日はここまで
    ありがとうございました
    新スレもよろしくお願いします

    目標はこのスレ中に桜花賞まで行くことですがグダグダと会話してのんびり進むいつもの流れだと思うので末長くよろしくお願いします

    書き溜めある時は早いけど遅い時は書きながら投下してます

  • 12二次元好きの匿名さん23/05/11(木) 03:04:21

    お疲れ様でした

    のんびりした進みにも中身があって1日1ヶ月1年の重みを感じるの好きなんだよね

  • 13二次元好きの匿名さん23/05/11(木) 03:04:27

    >>11

    おつ

    グダグダ脱線しながら永遠に書き続けて♥️

  • 14二次元好きの匿名さん23/05/11(木) 12:16:57

    保守

  • 15◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 14:38:20

    「さて……俺たちも帰るかー」
    「晩ごはんどうする?」
    「腹減ってるか?」
    「んー……ちょっと」
    「ちょっとぉ? また微妙だな」
    「にぃには? 減ってる?」
    「俺もちょっと」
    「なんだよにいやんもかよ。お互い微妙だね」
    「昼飯の量、結構多かったしな。風呂入ってたせいでちょっと遅めになっちまったし」
    「そうなんだよねー。どうする? なんか軽く食べるものだけ買って帰る?」
    「そうするかー。つってもこの時間じゃスーパーのお惣菜もたいしたもの残ってなさそうだしな」
    「にぃに年頃の娘にお惣菜食わせる気ですか」
    「お前好きだろ、あそこのたこ焼き」
    「好き〜。たこはちっちゃいんだけど、安くてソースたっぷりで美味しいんだよね〜」
    「わかる。量も多いしな」
    「今度阪神レース場いったら大阪のたこ焼き食べまくりたい」

  • 16◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 14:39:25

    「いいな。ていうか普通にたこ焼き食いたいな。銀だことか近くにあったっけ」
    「にぃに、それあかん、それあかんすわ。大阪のヒトたちから殺されてまいますわ」
    「なんでだよ」
    「大阪やと銀だこはたこ焼きやなくて、銀だこなんですわ」
    「はぁ?」
    「そうらしいで?」
    「なんで」
    「いや知らんけど」
    「それムカつくからやめてくれる?」
    「いいじゃん関西弁。可愛いでしょ」
    「お前が喋ると煽られてるみたいでムカつく」
    「ちなみににぃやんの『やん』は関西弁から来てます」
    「え、まじ?」
    「うっそ〜」
    「……うっぜ」
    「うひゃひゃっ」
    「お前晩飯抜き」
    「なんでやねん! それとこれは話しちゃうでっしゃろ!」
    「そろそろ黙れ」
    「はい、すみません」

  • 17二次元好きの匿名さん23/05/11(木) 14:40:22

    このレスは削除されています

  • 18◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 14:42:50

    「そういやお前、明日暇か?」
    「インタビューとグラビア撮影がある」
    「先輩トレーナーがお前に会いたがってるからちょっと出かけるぞ」
    「そんなこと急に言われても。マネージャーに確認しないと……」
    「……」
    「おい待て今のマジでイラついた時の舌打ちだろ」
    「張り倒してやろうかと思ったわ」
    「押し倒してやろうかと思った?」
    「お前マジでうざい。もういいわ、俺ひとりで行く」
    「ぁ〜! ごめん、ごめんって! ひまだから! ひまひま、明日ひま! めっちゃひま! にぃにとなにして遊ぼうって考えてました!」
    「……ほんっと無駄なやりとり多すぎてお前と喋るの疲れるわ」
    「それがコミュニケーションというものでしょうがぁ。コミュ障拗らせやがってよぉ」
    「うっせーよ。お前こそ知らないヒトの前じゃおとなしいだろうが」
    「初めて会ったヒトの前でこれだったらただのやべーやつでしょ」
    「俺の前でも控えてくれないかなぁ」
    「家族! 家族でしょ! ありのままのあたしを受け止めて!」
    「もうキャパオーバーだわ俺」
    「大丈夫、大丈夫だって! にぃやんまだいけるよ、あたしのこと全部受け止められるよ!」
    「ほんっっっっっっっっとにむり」
    「貯めて言うなよぉ! なおさら辛いじゃんかぁ!」

  • 19◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 14:45:24

    「ったく……じゃあ明日、9時に出るからな」
    「あ、はい。えっと、会うのって兄上の先輩なんですよね?」
    「ああ」
    「俺がトレーナーになる前から世話になってた。先生みたいなもんだ」
    「へー……」
    「ミヤコの時、右も左もわからなかった俺を教えてくれてさ」
    「なるほど……あたしのトレーニングとか、ティアラ路線のことも教えてもらってる、って前に言ってたよね」
    「そうそう」
    「じゃあにぃやんの師匠だね」
    「だから先生だっつってんだろ」
    「師匠の方がかっこいいじゃん」
    「なんでもいいわ。とりあえず飯だよ飯、どうすんの。もうずっとこの辺うろちょろしてるだけだぞ」
    「お弁当屋さんで買って家でゆっくりする」
    「おっけ」

  • 20◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 15:13:29

    翌日、都内某所────

    「うへ〜……つかれた……」
    「ほぼ寝てただけだろお前」
    「座って寝ると疲れるんだよね。首痛い。今度クッション買お」
    「自分で買えよ」
    「えー! 買ってよぉ!」
    「小遣いあんだろ」
    「ありますけど」
    「全部俺に買わせやがって」
    「頼んでないのに出してくれることと多いと思いますけど」
    「……」
    「にぃに結構あたしに甘いよね〜」
    「次から塩対応だな」
    「そんなこと言って〜、お砂糖どっぱどぱのくせに〜」
    「デスソースぶっかけるわ」
    「ぁ〜、激辛〜……。塩ってレベルじゃないよそれ」
    「うっせーよ。さっさと降りろ」
    「へいへーい」

  • 21◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 15:33:40

    車を停めて坂道を歩く。
    閑散とした、山道とは呼べないくらいのひっそりとした道。
    ソラのしょうもない話を聞き流しながらゆっくりと歩いていると、ようやく先生の家が見えてきた。

    「なんか」
    「ん?」
    「この辺さ、地元に似てる気がする」
    「そうだな」
    「あ、にぃやんもわかる? ほら、神社に行く道」
    「ああ」
    「時々あるよね、どこかで見たことある気がする場所って。初めて来たはずなのに、なんか地元のここに似てるな〜、みたいなやつ」
    「ある。わかる」
    「ここもそんな感じかな」
    「まあな。っていうか、先生も似てるからってこの辺りに住んでる」
    「えっ! それってマジで地元一緒じゃん! え、会ったことあるのかなあたし……」
    「どうかな」
    「会ってなくてもすれ違ってそう」
    「ははっ」
    「おぅ、なんだよ。なんだよその含みのある笑いは」
    「ぁ、もう待ってたのか」
    「え?」

    「お、来たね〜。新海兄妹〜」

  • 22◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 15:56:35

    「……ぇっ」
    「おはようございます、先生」
    「見たよー。この前のクイーンカップ。惜しかったね〜」
    「どうも。もうちょっとだったんですけど」
    「ね。私も勝てると思ってたんだけどね〜。次はチューリップ賞?」
    「はい。次は絶対に勝ちます。な、ソラ」

    「ぇ、ぁ、うん、はい。……え?」

    「やっほ、ソラちゃん久しぶり。元気してた〜?」
    「…………え?」
    「ちょっと新海くん。なんかドン引きされてません?」

    「ぁー……まあ、言ってなかったから」
    「え、なんで〜? 言っといてって言ったじゃん」
    「驚かせてやりたくて」
    「あー、まあ気持ちはわかるけどー」

    「…………」
    「ソラ」
    「ぁ、ぁぉ、おう。……え、サツキ……ちゃん?」

    「やっほ〜」
    「にぃにの先生って……先輩トレーナーってサツキちゃん!?」
    「そうですよー。成瀬サツキトレーナーさんですよー」
    「うっそだろ……まじで……」
    「あはは、めっちゃ驚いてる。確かに言わなくて正解だったね、この顔見れてめっちゃ満足してるわ〜」

  • 23◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 16:15:58

    「でしょ、俺もめちゃくちゃ気分いい。ほら、挨拶しろよソラ」
    「ぁ、え、えと……ソラノメモリアです、おはよう、ございます……?」

    「よーく知ってますよー。小学校のときとか、走り見てあげてたもんね〜」
    「だ、ね……え、サツキちゃん……? ほんとに?」
    「うん、ほんとにサツキちゃんだよ〜」

    成瀬サツキ。
    俺とソラの地元にある神社の生まれで、そこの巫女。
    俺たちが幼少期からお世話になってる近所の姉ちゃんって感じで、巫女やりつつトレーナーもやってる、実はすごいヒト。

    トレセン学園に所属することになって再会した俺を何かと面倒見てくれて、ミヤコやソラを育てる上で色々と助けてくれてる恩人だ。

    「なんでサツキちゃんがここに……?」
    「なんでって、そこ、私の家」
    「……神社に似てる……って、そういうことか」
    「そういうこと〜。似てるでしょ、あのあたりに」
    「うん……さっきにぃにとちょうど話ししてて……そしたら、サツキちゃんいて……」
    「びっくりした?」
    「びっっっっくりしたぁ……」
    「あはは、それはそれは〜」

  • 24◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 16:17:46

    「先生、これからどうするんですか? 呼び出したってことは大事な用があるんですよね?
    「ああ、学校行こうと思って」
    「は?」
    「うちの担当にも会わしてあげたいし。乗っけてってよ」
    「……なら学校で集合でも良かったんじゃ?」
    「電車めんどくさいじゃん。新海くんの車のほうが楽だもーん」
    「……」
    「はやくはやくー。そのためにここで待ってたんだから」
    「まじかよ……」
    「まじ。ほら行きますよー」
    「へいへい……」

    「ソラ、行くぞ」
    「ぁ、おう。え、あたしたち何しに来たの?」
    「先生迎えに来た」
    「うっそだろ……」
    「恨むならあのヒトを恨め」
    「……うへぇ」

  • 25◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 16:38:10

    成瀬先生と共に、来た道を逆戻り。
    車で小一時間走りって俺のマンションへ。

    乗り込んだ最初は機嫌良さそうに喋ってた先生も、数分経つ頃には結構でかい寝息を立てて寝始めてしまった。
    その直後あたりからソラも寝息を立て始め、俺はひとり運転。

    なんだこれ。まじでなんだこいつら。

    「起きてください、先生」
    「んぉぉ……もう着いたの……?」
    「俺のマンションに着きました。ここから歩いてください」
    「えぇ〜? 学校のそばにつけてくれたらいいのにー」
    「めんどくさいでしょ俺が。早く降りてくださいよ」
    「はいはーい」

    「ソラも起きろ」
    「ん〜……もう食べられないよ……」
    「……」
    「ぁだっ!? え、なに、なになに!? いって……え、おでこいってぇ……え、なに……」
    「起きろこのやろう」
    「ぁ、はい、すみません……え、めっちゃおでこ痛い……ぇ、こわい……」

    「先生、荷物うちに置いときます?」
    「あ、そうだねー。大きい方だけ置かせてもらおうかな」

    ソラをデコピンで起こして車から無理やり引っ張り出し、歩いてトレセン学園へ。
    謎の大荷物は俺の部屋に置き、3人で歩いて行く。

  • 26二次元好きの匿名さん23/05/11(木) 16:47:55

    このレスは削除されています

  • 27◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 16:49:08

    「それにしても、ソラちゃんがトレセンに来るとは思ってなかったなー」
    「俺もです」
    「新海くんにも私にも黙ってくるなんてねー」
    「そもそもソラは先生がトレセンにいること知らなかったですから」
    「あ、そっか。そうだったね」

    「いやほんとびっくりしたもん……サツキちゃんいるならもっと早く教えてほしかった」
    「俺もすぐ言うつもりだったけど忘れてた」
    「まじかよ……」
    「どうせなら会う時に驚かせてやろうと思って黙ってた」
    「まじかよこいつ……」

    「それであの顔見れたら儲けだよね」
    「はい、めっちゃ面白い顔見れたんで俺も満足です」

    「こ、こいつら〜……っ」

    ふたりでソラを揶揄いながら歩き、10分ほどで学園に到着。校門をくぐったところで先生がスマホを取り出し、渋い顔をした。

    「どうしたんですか?」
    「ぁ、いやね。うちの担当と連絡つかなくって……」
    「え?」
    「まずった……新海くんたちのことさっきメールしたから気づいてないかもなー……」
    「マジかよ」
    「昨日メールしようと思って忘れちゃった」
    「マジかよ……」
    「ごめん、今日うちの担当に会えないかも」
    「えー……」

    適当なヒトなのは分かってたけどここまでとは……。なにも口にしていないが、ソラも呆れてため息を吐いていた。

  • 28二次元好きの匿名さん23/05/11(木) 16:59:18

    このレスは削除されています

  • 29◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 17:00:14

    「ま、仕方ない仕方ない。とりあえずソラちゃんの走り見たいからグラウンド行こっか」
    「え、走るんですか? 今日?」
    「え、うん。あれ? 走り見ていたい〜って言わなかったっけ」
    「それは聞いてましたけど、まさか今日なんて思ってなかったですよ」
    「まあまあ」
    「いやいやいや」
    「まあまあまあ」
    「……ソラ、着替え」
    「え、あ、おう。え、走るの?」
    「走る」
    「聞いてないんですけど」
    「俺も聞いてねぇよ。成瀬先生の性格分かってるだろ」
    「分かってる、けど……ここまで適当っていうか理不尽でしたっけ……」

    「小さい頃はよく見てあげてたじゃない。大きくなったソラちゃんの走り、生で見せてよ」
    「……ぁ、……うん! にぃに、トレーナー室の鍵貸して!」
    「ほい」
    「あんがと! いってくるねー!」

    ばたばたと駆けていくソラを見送り、俺たちはひと足先にグラウンドへ。

  • 30◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 17:04:32

    「そういえば先生の担当って、もうデビューしてるんでしたっけ」
    「うん、ソラちゃんと同期になるねー」
    「え、そうなんですか。名前は?」
    「ん?」
    「名前。担当の名前ですよ」
    「ふっふっふ」
    「いや、ふっふっふじゃなくて」
    「まあまあまあ」
    「まあまあまあじゃなくて」
    「そのうちね〜」
    「えぇ……」

    グラウンドに到着。
    休日だからかヒトの入りはまばらだが、トレーニングに励むウマ娘は少なからずいる。
    そろそろクラシックもシニアも春GⅠの時期に入ってくる。
    それを見据えてトレーニングに精を出すチームがいて当然だ。

    俺たちは来週から土日も軽くトレーニングをすることになってるし、頑張っていかなくちゃな。

    このタイミングで先生にソラを見てもらえるのはむしろラッキーだったかもしれない。
    自分の担当とのやりとりすら適当なのは少し不安だけど……。

  • 31二次元好きの匿名さん23/05/11(木) 17:35:46

    「にぃに〜! サツキちゃ〜ん!」
    「お、きたきた。ソラちゃんやる気満々だねー」
    「へへ〜。サツキちゃんに走り見てもらうの久しぶりだし、やる気出さなきゃでしょ!」
    「いい顔してる。クイーンカップで負けて悩んでたって聞いてたけど、大丈夫そうだね」
    「まあ……昨日までは悩んでたっぽいですね、あたし」
    「じゃあ昨日、いいことあったんだ?」
    「先輩たちと遊んで吹っ切れた!」
    「そっかそっか。うんうん、青春してるねー。むかつくからさっさと走ってきてください」
    「なんでだよっ!?」
    「早く走ってきてください!」
    「は〜い……なんだよもぅ……」

    先生に急かされるままにターフへ向かうソラ。
    背中がしゅんとしててちょっとだけ可哀想な気もしたが、ソラだしまあいいだろ。

    準備運動を済ませ、スタート位置に立つ。

    「新海くんストップウォッチ持ってる?」
    「一応持ってます」
    「じゃ、タイム測っといてね」
    「はい」
    「ソラちゃんいくよー」

    「はーい!」

    「よーい……どーん」

    先生の気の抜けた号令に従い、ソラが走り出した。

  • 32◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 17:51:21

    「映像でも見てたけど、スタートは悪くない」
    「デビューまでめちゃくちゃ練習させましたからね」
    「ちゃんと身についてる証拠だねー」
    「スタートは大事だって先生の教えのおかげですよ」
    「……腕の振りがちょっと甘い」
    「えっ」

    「ソラちゃーん! 腕の振り意識して〜! 疲れてもしっかりとフォームと腕の振りに注意だよ〜!」
    「はー……、いっ……!」

    「フォームは綺麗だけど〜……5歩に1回くらい、かなー。ちょっと軸がブレてる。体幹トレーニングしっかりさせたほうがいいね」
    「……」
    「スタミナもちょっと怖いね。新海くんも分かってると思うけど、オークスは2400だからね〜」
    「はい。最近はスタミナ増強に力入れてるんですけど」
    「それに体幹も増やそっか。カケルくんタブレットある? メニュー見せて」
    「わかりました」
    「んー……やっぱりこういうのは映像じゃわかんないや。ちゃんと生で見といて良かったねー」
    「ありがとうございます」
    「ふふーん。可愛い弟分たちのためですから」
    「先生……」
    「今は先生じゃなくていいよ、カケルくん」
    「……。サツキちゃん、ありがとう」
    「とりあえず1本走らせたら次は────」

  • 33二次元好きの匿名さん23/05/11(木) 17:55:14

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  • 34◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 17:58:30

    先生────サツキちゃんの指導のもと、ソラのトレーニングを夕暮れまで続けた。
    指摘事項をソラに伝えて改善するよう意識させつつ、無理はさせない程度に走らせて。

    ついでにトレーニングメニューについても色々と感想とお小言、ついでに指摘を色々と……というかかなりいただき、チューリップ賞、ひいては桜花賞制覇へ向けたメニューを完成させるに至った。

    「ちゃんと見たあげられたのは数時間だけだったけど、少しはマシでしょ」
    「ごめん……いつも頼りっぱなしで」
    「いいのいいの。私はふたりの先生だからね〜」

    「そしてにぃやんの師匠でもある」
    「お、かっこいいねそれ。あの漫画みたいな、えーっと、亀仙人……は嫌だな。界王様って感じで」
    「え、なにそれ」

    「知らん」

    「世代の差を感じてむかついたので帰ります」
    「ちょちょちょ、待ってよサツキちゃん!」
    「はいはい、いいですよー、私はどうせ昭和の人間ですよー」
    「嘘だから! 冗談だから! 最近アニメやってて知ってるから、改とかスーパーとか見たことあるから!」

    「身勝手の極意とかすげーもんな」
    「私は逆にそれを知らないんだけど。なに、いま新しいのやってんの〜?」
    「だな。賛否色々あるみたいっすけど」
    「そうなんだ。ま、なんでもいいけどー」

    適当なやり取りを交わしながら片付けをして、帰路へついた。
    10分ほど歩いて、また俺のマンションへ。

  • 35◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 18:14:55

    「サツキちゃんどうする? もう帰るなら送ってくけど」
    「せっかくだしお茶でも出してよ〜」
    「……。入んの? うち」
    「まだ時間あるし入るよ〜」
    「へいへい……」

    「お邪魔します〜」
    「ただーいまー」
    「ただいま」

    「サツキちゃんいらっしゃーい」
    「ありがと〜ソラちゃん」
    「まあまあ好きに座っておくんなせぇ。にぃにお茶用意して」

    「お前俺んちで好き勝手しやがるな……」
    「あたしんちでしょ、なに言ってんの」
    「はいはい」

    「一緒に住んでるのマジだったんだ」
    「マジ。いつでも追い出す準備はしてるとこ」
    「いいじゃない。ふたりで一緒の方が、私は安心ですよー」
    「なんで?」
    「大切なヒトがそばにいる方がいいもんでしょ。辛い時は支え合えるし、苦しみも共有して、楽しみも共有して、一緒に強くなれるじゃん」
    「ソラじゃなきゃなぁ」

    「おい、聞こえてるぞ、おい」

  • 36◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 18:25:45

    「ビジネスライクだもんね」
    「お前のだけタバスコ混ぜといてやる」
    「やばい。それはやばい。やめて」
    「お前とりあえず風呂入ってこい。臭い」
    「はぁ〜!!? 女の子に向かってなんてこと言うんですかねこのバカ兄貴は! いい匂いでしょうが、制汗剤とか色々気にしてるんですからね!?」
    「制汗剤臭い」
    「うっそだろにぃにの好きそうな匂い選んでるのに……」
    「アホかよ。いいから入ってこい。サツキちゃんもいるんだぞ」
    「くっそ〜……サツキちゃんを盾にしやがってこいつ……」
    「ソラ」
    「はいはい行きます行きますぅ。サツキちゃん出るまで帰っちゃダメだかんね!」

    「はいは〜い。いってら〜」
    「……はぁ」

  • 37◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 18:41:31

    「おっきくなったねぇ、ソラちゃん」
    「あー、サツキちゃんが最後に見たのっていつだっけ。その頃よりは身長も伸びてるよな」
    「そっちじゃなくてさ〜、ほれ、あれよあれ」
    「は?」
    「こっちよ」
    「……」
    「デカくなったねぇ」
    「……」
    「どしたのカケルくん。頭痛いの?」
    「痛いよ。当たり前だろ、やめてくれよ急に妹で下ネタ言うの」
    「え〜? どこをどう聞いたらそう感じたんですか〜? カケルくんのエッチ〜」
    「……」
    「猥談は置いといて」
    「猥談って言いやがった……」
    「ウマ娘の成長ってほんと早いもんだねー。小学生まで小さい子が、1、2年ですっごい大きくなるもんねー」
    「……っすね。俺も5年会ってなかっただけで、トレセンで再会した時めっちゃデカくなってて驚いた」
    「すっごく美人になったし」
    「中身は昔からアホのまんまだけどな」
    「大事にしてあげなよー?」
    「なにをっすか」
    「ソラちゃん」
    「あいつ大事にして俺になんの徳が」
    「あるでしょ。きみたちの夢」
    「……っていっても、なぁ」
    「それに、やっぱり兄貴としては妹が変な男に食われないようにはしたいじゃん?」
    「あいつがどこでどう散らそうと俺には関係ないっすね」
    「あら〜、寂しい。お姉ちゃん寂しい。昔はあんなに仲良かったのにー」
    「あいつが付き纏ってただけだよ」
    「でも、どこ行くにもちゃ〜んと手握ってたでしょ? おじさんの言いつけ通り」
    「……」

  • 38二次元好きの匿名さん23/05/11(木) 18:44:21

    このレスは削除されています

  • 39二次元好きの匿名さん23/05/11(木) 18:46:38

    「ソラちゃんはこれから、大変な道を走っていくことになる。その時、手を握ってあげるのはカケルくんじゃないと」
    「……」
    「ちゃんと手を握って、そこまでふたりで一緒に行くんだよ。妹を守るのは、お兄ちゃんの役目って言ってたの、私覚えてるよー」
    「……」
    「照れてる」
    「う、うるさいな……」
    「絶対放しちゃダメだからね。お姉ちゃんとの約束」
    「ぁー……、……っす」
    「ちゃんと宣言すること」
    「……分かりました、分かりましたよ。ソラの手は絶対放さない。絶対に、放さないよ」
    「よし、よく言えました。指切りしとく〜?」
    「いいよそれは……おっさんになってまで恥ずかしいだろ」
    「は? それ私のことおばちゃんって言ってます?」
    「え、全然言ってない……」
    「帰りにこの家燃やしていこう」
    「サツキちゃん? ちょっと目がマジだよ、やめよう、な? な?」
    「どうせおばちゃんですよ。30過ぎてもトレーナーやってる行き遅れのおばちゃんですよ」
    「誰もそんなこと言ってねーよやめろよ!」
    「ところでカケルくん」
    「え、あ、はい」
    「お茶請けはないのかなー」
    「……買ってくる」
    「よろしく〜。コンビニのケーキでもいいよ〜」
    「へいへい……」

  • 40二次元好きの匿名さん23/05/11(木) 18:58:46

    ・・・

    「ただいま……」
    「あ、おかえりおかえり〜」
    「おー、おかえり〜」

    「うぃ。よく分かんなかったから適当に買ってきた」
    「あ、ケーキだ! じゃああたしチョコとショートケーキもーらお」
    「先にサツキちゃんに選ばせろよアホかよ。お客さんだぞ」
    「へーい」

    「いいよ、私このエクレアにするから。ソラちゃん食べな〜」
    「あざ〜っす! じゃあ両方もらお〜」

    「おい、俺のは?」

    「え、にぃやん食べるの?」
    「カケルくん食べるの?」

    「食べるよ! だから3個買ってきたんだろ!?」
    「あ、そうなんだ……欲張りだな、にぃに」
    「2個取ろうとしてるお前に言われたくねぇよ」
    「うひゃひゃっ。にぃにのものは、あたしのもの!」
    「じゃあお前のものは俺のものってことだからチョコはもらった」
    「あ、それあたしが食べたかったやつ!」
    「は〜……ショートケーキでいいよ」
    「わ〜い」

  • 41◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 19:14:34

    「……変わらないね、きみたち」

    「え?」
    「へ?」

    「ううん、なんでも〜。せっかくのケーキだし、コーヒー飲みたいかも」
    「……いれるよ」
    「悪いね〜」


    「チョコうめ〜」

    「……、コンビニのケーキもバカにできねーな。うまい」
    「いや〜……普段甘いものあんまり食べないからなー。たまに食べるこれの美味しいこと美味しいこと」
    「そういやサツキちゃん、晩飯どうすんの?」
    「ぁ、夕飯? なんか作ってあげようと思ってるけど」
    「え、そうなの?」

    「サツキちゃん料理できるの!?」

    「ひとり暮らしして何年だと思ってるのかねきみ。サツキちゃんに任せときなさいよ〜」
    「おぉー。サツキちゃんちでご飯よく食べさせてもらったりしてたけど、楽しみだねぇ」
    「ソラちゃん買い物付き合ってくれる?」
    「了解っす!」

  • 42◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 19:18:58

    「え、俺は?」
    「カケルくんは留守番してていいよー。色々と迷惑かけちゃってし、かけるつもりだし」
    「まだ何かやるつもりっすか……」
    「へっへっへー」
    「なんだこのヒト……」
    「ほんと車出してほしいけどね。歩くのだるいしめんどいし」
    「だるいっすか……」
    「でもいっぱい面倒かけたし、今日は我慢しとこう」
    「うっす」
    「これ食べたらちょっと近くのスーパー行ってくるねー。ソラちゃん案内よろしくー」
    「はいはーい」

    サツキちゃんの提案を飲み、晩飯を作ってもらえることに。
    ソラとふたりで買い物に行ってるあいだ、俺は部屋の片付けと風呂の掃除。

    あいつシャワーで済ませやがった……うぜぇ。洗えって言っとけばよかったわ。
    ひとりでぶつぶつ文句を言いつつ風呂掃除を済ませ、少し身体の重さを感じたのでベッドに寝転がった。

    「はー……」

    深く息を吐く。
    ここ数日動きっぱなしだったからめちゃくちゃ疲れてる、気がする。
    別に熱があるとかそういうわけじゃないが、休息が足りてないのは確かだ。

    昨日の温泉でだいぶ回復したとは言え。
    流石に朝から運転し続けて、トレーニング見て、色々とやってたら……な────

    すぅ、と。

    俺の意識は闇の中へと落ちていった。

  • 43◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 19:40:31

    ・・・

    「……ん、ぉ……」
    「あ、起きた?」
    「……」
    「……目開けたまま、寝てる?」
    「起きてる。……起きた」
    「おはよう、お兄ちゃん」
    「おはよ……俺、寝てたのか」
    「すやすやだった」
    「そ、か。いま何時?」
    「20時過ぎ。もうご飯食べちゃった」
    「起こしてくれたらよかったのに」
    「サツキちゃんが疲れてるだろうから寝かせてあげようって」
    「……悪い、ありがとう」
    「ぉ、ぉう、素直か。怖いな……」
    「サツキちゃんは?」
    「お風呂入ってる」
    「そか。お風呂な、お風呂……ん? お風呂?」
    「泊まるって」
    「は?」
    「今日は泊まって、明日仕事して帰るって」
    「なんで?」
    「帰るのめんどくさいから」
    「……着替えは?」
    「そこの荷物」
    「そこの、って……今日持ってた大荷物……」
    「あれ着替えだった」
    「マジかよ……」
    「まじまじ。あたしもびっくりした」

  • 44◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 19:44:28

    「……どこで寝てもらおう」
    「にぃにの布団貸してあげたら? あたしソファで寝るからいいよ、にぃやんもベッド使って」
    「いや、それなら俺がソファで寝る」
    「なんでよ。疲れてるんでしょ」
    「疲れてる。疲れてるけど……ソファで寝るなら俺でいい」
    「なんだそれ……どういう意味だ?」
    「なんでもいいだろ。腹減った、俺の飯ある?」
    「冷蔵庫。起きたらチンして食べなって」
    「おー」
    「いいよ、あたしやったげる」
    「……珍しいな。お前なんか企んでるだろ」
    「あたしが何かやってあげようとするたびにそれ言うの、やめません? 疲れた夫を優しく世話する素敵な妻でしょ、むしろ」
    「……ァ?」
    「将来の妻でしょ! 可愛くて美人の!」
    「アホじゃねぇの」
    「アホじゃないですよ真面目ですよ。にぃにこそアホじゃないんですか」
    「は?」
    「疲れて寝落ちするまで頑張ってたんでしょ。いつも、あたしのために」
    「……いや
    「ハルカ先輩、LANEで言ってたよ。あたしたちが温泉行ったあと、1人で仕事してたって」
    「……」
    「先輩めっちゃ気にしてた」
    「これくらい、普通のことだよ」
    「お兄ちゃんが頑張ってくれてるおかげで、あたしが走れるのは分かってるけどさ。あたしは自分のことよりお兄ちゃんの方が大事なんだからね。あ、あたしだけじゃなくてハルカ先輩もか」
    「……」
    「お兄ちゃんはあたしが素直に言ったところで素直に受け取ってくんないと思うけど、一応、ちゃんと言っとくね」
    「なんだよ」
    「いつもありがとう。大好き」
    「きっしょ。くたばれ」
    「あーあ、そういうと思ってました。はいはい、言われる覚悟してたんで傷ついたりなんてしてませんよ」

  • 45◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 20:11:57

    「……飯、頼んでいいか? ソラ」
    「ん、お任せあれい!」
    「なに作ってくれたの?」
    「えーっと、豚肉と玉ねぎの炒め物とお味噌汁。あとあれ、おひたし。ほうれん草の」
    「うちでは珍しく和食だな」
    「ミャーコ先輩に作ってもらうの、ほとんど洋食だもんね。ハンバーグ率高め」
    「あれめっちゃうまいからな。毎日食える」
    「わかる〜。あれでハンバーガー作ってほしい」
    「今度多めに作ってもらってやってみるか」
    「ぉ〜! やばい、今から楽しみっ」
    「お兄ちゃん白ごはん食べる?」
    「食べる。茶碗に入れるのめんどいし、多めにタッパに入れといて」
    「はいはいー」

    待つこと数分。
    サツキちゃんはまだ風呂から出てこない。
    結構長風呂か……ていうか、ヒトんちで長風呂って。
    いや、サツキちゃんらしいか。

    「できたよー。ほらベッド降りて」
    「さんきゅ」
    「はい、ごはんね。多めにしたけど食べれる?」
    「食える。いただきます」

  • 46◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 20:12:34

    「ソラちゃん特製のお味噌汁と豚肉の炒め物とほうれん草のおひたしです、召し上がれ!」
    「とんでもねぇ嘘つくな。サツキちゃんに謝れ」
    「いいじゃん! ちょっと奥さんっぽいこと言ってみたかっただけでしょ!」
    「彼氏作ってやれよそういうことは」
    「いらんいらんそんなもん」
    「なんだこいつマジで」
    「いいから早く食べてお風呂入って寝なさいって。添い寝したげるから」
    「いらん」
    「朝まで手握っててあげる」
    「それもいらん」
    「この前のお礼ですよ。お礼は心って言うでしょ、あたしの心を受け取りなさいよ」
    「へいへいどうも」
    「うーわ」
    「んだよ」
    「素直になりなさいよ。嬉しいでしょ? 可愛い女の子からこんなに大切にされてるんですよ?」
    「妹じゃなきゃなぁ……」
    「あたしが妹じゃなかったら嬉しかったの?」
    「お前が?」
    「うん」
    「妹じゃなかったらシカトするわお前みたいなやつ」
    「……そこはさぁ? せめて、もうちょっとこう、あたしに優しい言葉をね? かけてほしいなって思うんですよ」
    「うっせ。お前と喋ると疲れがさらに増える」
    「にぃになんなのほんと! あたしのこと嫌いか!? 嫌いなんか!?」
    「嫌い。めっちゃ嫌い」
    「ぅゎー……いつものノリでも嫌いって言われたら普通に傷つくわー……ぁやば、涙出てきた」
    「ソラ、ティッシュ取って」
    「はい」

  • 47◆iNxpvPUoAM23/05/11(木) 20:12:49

    いつもより早いけど本日はここまで
    ありがとうございました

  • 48二次元好きの匿名さん23/05/11(木) 20:15:49

    おつです
    サツキちゃんこのイチャイチャ空間堪能してそう

  • 49二次元好きの匿名さん23/05/11(木) 20:17:24

    おつおつ
    サツキちゃんの担当ウマ娘が気になる

  • 50二次元好きの匿名さん23/05/11(木) 20:28:06

    お疲れ様です
    サツキちゃん上がってきたらどんな反応するか楽しみ

  • 51二次元好きの匿名さん23/05/12(金) 00:16:56

    怒涛の3連続サツキちゃんに草

  • 52二次元好きの匿名さん23/05/12(金) 07:10:20

    保守

  • 53二次元好きの匿名さん23/05/12(金) 07:20:32

    サツキちゃんは青春に対して並々ならぬ思い(呪い)を持ってるはずなので堪能なんて清い行為はしないね
    どうせやるなら1番いいタイミングで邪魔しにくるね

  • 54二次元好きの匿名さん23/05/12(金) 13:03:51

    EP.4の200はサツキちゃんのレスだった……?

  • 55◆iNxpvPUoAM23/05/12(金) 18:47:50

    「ね、おいしい?」
    「ん? うん。うまい」
    「なにが1番美味しい?」
    「1番て……別にどれもうまいよ」
    「へへ〜」
    「なんでお前が嬉しそうなんだよ」
    「ちょっと手伝いましたからね」
    「邪魔したの間違いだろ」
    「しっつれいな! ちゃんとお味噌汁のお湯沸かしましたよ!」
    「……」
    「おい、いま鼻で笑ったか」
    「たいしたことしてねーじゃん」
    「したよ! 他にもしましたよ、お湯だけ沸かして終わるソラちゃんじゃありませんよ」
    「なにしたの?」
    「お出汁とった」
    「……」
    「だから鼻で笑うなってお前」
    「他には?」
    「豆腐切った。あたしにはまだ早かった」
    「だから崩れてんのか。味薄いのもお前のせいか」

  • 56◆iNxpvPUoAM23/05/12(金) 18:49:18

    「いろいろ心折れてあとはサツキちゃんにバトンタッチした」
    「お前マジで邪魔しかしてねーな」
    「違いますよ! そこまでは頑張りましたよ! お兄ちゃんにおいしいよ〜って言ってもらおうと思って頑張ったんですよ! この頑張りを褒めてよ! さあ褒めろ、頭を優しく撫でろ!」
    「声でけーよ時間考えろお前」
    「……はい、すみません」
    「ったく……」
    「頑張ったのになー……」
    「……」
    「ちょっと手のひら切ったけど頑張ったのになー……」
    「はぁ? 見せろ」
    「ん」
    「マジでちょっとじゃねえか」
    「ん〜? 心配したのかな? ん〜?」
    「……」
    「鼻で笑った次は舌打ちかよやめろよ」
    「飯がまずくなるからお前黙れ」
    「ひどい!」

  • 57◆iNxpvPUoAM23/05/12(金) 18:51:24

    ソラを適当にあしらって晩飯に集中。
    サツキちゃんの手料理を食うのは初めてだが、確かにうまい。
    小さい頃、ソラとサツキちゃんちに遊びに行って食わせてもらったのを思い出してしまう。

    正直、あの時の味は思い出せないが、こんな味だったような気がする。味噌汁だけちょっと味薄いけど。

    なんだか、すごく懐かしい気分だ。

    ただ、落ち着かない。
    めちゃくちゃ落ち着かない。

    もぐもぐと肉を口に運び、米を咀嚼し、味噌汁と共に流し込む……静かに飯を食う俺の様子をじーーーーっと見続けるソラ。

    ……落ち着かない。

    「あのさ」
    「ん?」
    「なに、お前」
    「え? なにが?」
    「なんでこっち見てんの」
    「食べてるなーって思って」
    「食ってるよ。食ってるけどなんでじーっと見つめてくるんだよ。落ち着いて食えねぇだろうが」
    「にぃにがちゃんとご飯ひとりで食べられるか見てるんですよ」
    「お前ふざけんなよ」
    「ふざけてませんよ。ちゃんと食べてるか心配なだけですよ」
    「ちゃんと食べてる。だからじろじろ見んな」
    「お味噌汁おいしい?」
    「ああ」
    「へへ〜」
    「お前作ってねぇだろが。ヒトの手柄横取りして喜ぶんじゃねーよ」

  • 58◆iNxpvPUoAM23/05/12(金) 18:55:11

    「半分はあたしの手柄でしょうが。お湯沸かして出汁とって豆腐と手切ったって言ったじゃん」
    「全然手切ってなかっただろが」
    「はぁ? ちゃんとよく見ました? 切れてますよ、ちょこっと血滲んでますよほらここ! ここ!」
    「……全然わかんねぇ」
    「大丈夫? 眼科行ったほうがいいんじゃない?」
    「うっせーな。マジで落ち着いて食わせてくれよ……」
    「断る!」
    「うっぜぇ……」
    「可愛い妹が傷ついてるでしょうが! もっと優しくお姫様扱いしてもいいでしょうが!」
    「お前なんか侍女扱いもしてやらねーわ」
    「ひどい!!」

    結局静かに飯を食うことはできず。
    無駄にソラの相手をしながら食うハメになってしまった。いつもより食うの時間かかったわ。

    ようやく食べ終わると食器の片付け。
    ソラとサツキちゃんの分の食器もそのままだったから、一緒に手早く片付けてしまう。

    「なんだこのちっさい鍋。しかもふたつ」

    味噌汁はなんかでかい鍋に入ってるし、おひたしを作るのにでも使ったのか? まあ、なんでもいいか。

    「お風呂出たよー。お、ちゃんとご飯食べたね〜。えらいえらい」
    「ああ、うまかった。ありがと」
    「いえいえ〜」

    風呂場からサツキちゃんが戻ってきて、ふたりで静かに喋ってるうちにソラが眠り始めてしまった。
    ベッドで寝るようにと声をかけようとした俺をサツキちゃんは止めて、冷蔵庫から銀色の缶を2本持ってきた。

    「ここからは大人の時間ですよ〜」

  • 59◆iNxpvPUoAM23/05/12(金) 19:07:39

    買い出しに行った時に用意していたのか。
    テーブルにお菓子を用意して、眠るソラには内緒の晩酌。
    飲むのは正月以来か。

    「乾杯」
    「あ、ども。乾杯」
    「ん……ん、っ……ぷはー」
    「……くぅ……っ」
    「あ〜、しみる〜」
    「はは、おっさんかよ」
    「うるせー。おばちゃんだよ」
    「ごめんって」
    「すーぐそうやって私をおばちゃん扱いする」
    「してないって。俺とソラにとってサツキちゃんはいつまでも近所の姉ちゃんだよ」
    「へいへい。ありがたみのないお言葉、いただいときますー」
    「まじで言ってんだけどなー」
    「……カケルくん、ぐっすり寝てたね」
    「ほんとにごめん、寝るつもりじゃなかったんだ」
    「いいよ〜、気にしなくて。疲れてたんだねえ」
    「そんなつもりは……なかったんだけどな。昨日温泉行ったし」
    「温泉ねぇ……まあ、リラックスはできるだろうけどー。カケルくん、結構表情出るから気をつけた方がいいよ」
    「え、マジ?」
    「ミヤコさんの担当してた時よりは随分マシだけど」
    「……」
    「あのとき相当やばかったからなー。私も自分の担当が忙しくて、あんまり助けてあげられなくて……ごめんね」
    「いや……あれは、俺の責任だよ」
    「ミヤコさんの、引退の原因?」
    「……うん」
    「確かにあの怪我が原因だとは思うけど……カケルくんだけのせいじゃないよ。レース中の怪我なんて、あんまり言いたくないけど、珍しい話じゃないし」

  • 60◆iNxpvPUoAM23/05/12(金) 19:12:44

    「ウマ娘の怪我って、酷い時は一歩間違えば、それが原因で死んじゃうこともあるんだよ」
    「うん、知ってる。知ってる、けど」
    「そうだね、カケルくんは本当によく分かってるよね」」
    「……」
    「いまもミヤコさんとか、そのご家族とは親交あるんでしょ?」
    「まあ、それなりに。ミヤコはソラが懐いてるから」
    「それが1番の救いだねー。ミヤコさんは奇跡的に怪我が治って、大学リーグでデビューもできた」
    「……うん。デビュー戦、見に行ったら……泣いちまった」
    「うゎまじ? ちょっと見たかったな……カケルくんが汚い顔で泣くとこ。めっちゃ笑ってやりたかった」
    「最低かよ」
    「……」
    「……」
    「ソラちゃんのことさ」
    「あ、うん」
    「いまは恥ずかしくて言えなくても、いつかちゃんと言いなさい。わかりましたねー」
    「はい、わかりました」
    「よしよし」
    「ちょ、ぉ……っ」

    頷いた俺の頭を、サツキちゃんがガシガシと撫でた。

    「こんな歳になってもサツキちゃんに頭撫でられると思わんかったわ」
    「私にとっては、新海兄妹はず〜っと子供のままなのだよー」
    「酒飲んでるけど、俺」
    「それでもねー。可愛い弟と妹って枠から離れられないよね」
    「……」

  • 61◆iNxpvPUoAM23/05/12(金) 19:15:51

    「カケルくんにとってソラちゃんも、守るべき妹のままでしょ?」
    「……ですね。確かに、そうです」
    「なら、守ってあげなよ。お兄ちゃんなんだから」
    「はい、わかりました」
    「よしよし、いい顔になったね〜」
    「え、俺そんな酷い顔してた?」
    「してたしてた。買い出し途中、ソラちゃんめっちゃ心配してた」
    「……まじか、ソラが」
    「お兄ちゃん、あたしいっつも迷惑かけてるのに、あたしのためにいつも頑張ってくれてて……すっごく疲れた顔して、心配で……、みたいな?」
    「似てる」
    「え、まじ? やり〜。モノマネ大賞に景品くださーい」
    「別の酒持ってくる?」
    「お、いいね。なにある?」
    「日本酒くらいだけど」
    「最近飲んでないなー。それにしよー」
    「おっけ。取ってくる」

    台所へ移動し、棚から日本酒とお猪口をふたつ手に取り、戻る。
    それぞれ注ぎ、手渡して。

    「第二回戦、乾杯」
    「乾杯」

  • 62◆iNxpvPUoAM23/05/12(金) 19:23:18

    「でね、ソラちゃん」
    「うん」
    「自分のことよりも、お兄ちゃん自身を気遣ってほしいって」
    「俺のことなんかより、いまはソラとハルカのことだろ。ウマ娘の方が大事に決まってる」
    「そこだよねー、カケルくんのダメなとこ」
    「え?」
    「せっかくいい顔になってくれたところで悪いけど、もう一回お説教するね」
    「……」
    「カケルくん。自分を大事にできない奴が、誰かを大事にできるわけないんだよ」
    「……」
    「担当ウマ娘にとって大事な時期なのはわかるよ、私もトレーナーだから。あの子たちの心のケアも大事だし、身体を気遣ってあげなきゃいけないのもわかる。でもカケルくんが壊れかけてるのに、担当が安心できるわけないでしょ」
    「別に、俺は壊れてなんて」
    「聞けよ。聞いて。私の話聞いて。いまいいこと言ってる途中だから」
    「ぁ、はい」
    「担当を大切に思うなら、その次くらいには自分のこと大切にしないと。カケルくんの優先順位、自分のこと1番下でしょ」
    「……すね」
    「それじゃあみんな心配しちゃいますよー。私から見れば、カケルくんの方こそソラちゃんたちに迷惑かけてる」
    「……」
    「お兄ちゃんだから。トレーナーだから。言いたいことはわかるよ? なら、大人として子供たちに心配はさせちゃダメだよ」
    「そう、か……」
    「そうなの、そうなのよカケルくん。自分の面倒を自分で見られるようになって、ようやく大人。それができないうちは、きみはまだまだ子供なのよ」

  • 63◆iNxpvPUoAM23/05/12(金) 19:43:47

    「トレーナーの疲労や不安はウマ娘にも伝わってしまう。あの子たちはとっても敏感だからね、そういうところにさ」
    「自分を大人だって言うなら、見せない努力はしなきゃ。大人ぶって頑張って、無理して頑張って、それで壊れちゃったらウマ娘たちはどうすればいいのさ」
    「カケルくんは機械じゃなくて人間なの。頑張れば疲れるし、無理をすれば壊れちゃう。私ぐらいいい加減で適当なのはおすすめしないけど、適度に自分のことも気にかけてあげなくちゃねー」

    「……でもサツキちゃん」
    「なに?」

    「1番頑張ってるのはこいつらだ。俺はその頑張りが叶うように背中を押してあげるための存在で……サツキちゃんが教えてくれたんだろ。トレーナーはウマ娘の頑張りに最後の一押しをしてあげる存在だ、って」
    「なら、俺は……ソラたちの頑張りが報われるように、して、やらないと……」

    「うん、言ったねー。言ったけど……カケルくん、もしかして勘違いしてない?」
    「え……?」
    「トレーナーが背中を押すのは、ウマ娘の後ろからじゃないよ」
    「……どう、いう」
    「ウマ娘とトレーナーの二人三脚〜、ってよく言ったりするよねー」
    「ぁ……はい」
    「二人三脚って、どうやってやる?」
    「それ、は……ふたりの足を結んで、息を合わせて、歩く……」
    「その時、どうやって並ぶ?」
    「……隣同士、で」
    「そう、隣同士なのよ。後ろから押してるわけじゃないんだよなー、これが」
    「……」
    「トレーナーはウマ娘と一緒に歩いていくもんなのよ。特に経験の浅い若い子は、一緒に、隣で、手繋いで歩いていかないと。小さい頃ソラちゃんとお出かけした時みたいにね」
    「……」

  • 64◆iNxpvPUoAM23/05/12(金) 19:49:20

    「ソラちゃんの歩幅に合わせてたでしょ?」

    頷いて返す。

    「ソラちゃんと繋いだ手、絶対放さなかったでしょ」

    頷いて返す。

    「ソラちゃんが何か見つけた時、目線合わせてたでしょ」

    頷いて返す。

    「ソラちゃんとふたりで隣同士だったでしょ」

    頷いて返す。

    「ウマ娘を育てるのも同じ。トレーナーも一緒に成長していくものなのよ。自分はもう完成してるなんて、自惚れ過ぎ」
    「ははっ……自惚れてるつもりは、なかったんだけどな……」
    「大変だよ、これから。自分も大切にする、担当も大切にする、大人として引っ張っていく、隣同士歩いていく、やることいっぱいだね〜」
    「……難しい、すね。トレーナーって」
    「そ、難しいの。めちゃくちゃ難しくて、大変なの。でも、やりがいあるでしょ〜」
    「……はい!」
    「ふふ、今度こそいい顔だね。うんうん、その顔その顔」

    ぴん、と俺の鼻の頭を指で弾きながらサツキちゃんは笑った。

    「いって……」

    俺の中にあった何かがぶった斬られたような気分だ。肩の荷が降りたような、そんな気分。
    今までやってきたことを全否定されて、じゃあどうすりゃいいんだよって、分からなくなってしまったけど……せめて、ソラとハルカに心配かけないようにすることだけを、考えてやっていこうと、そう思えた。

  • 65◆iNxpvPUoAM23/05/12(金) 19:58:21

    「ふふ、それでさ〜」
    「……はい」
    「ぁ、もう身構えなくていいよー。お説教はさっきのでおしまいー」
    「ぁ……うん」
    「夕飯、お口に合いました〜?」
    「ああ、マジでうまかったよ。ごちそうさま、ありがとう」
    「よかったよかった。実はソラちゃんも手伝ってくれたんだよね〜。どれがソラちゃんのか、カケルくん分かる?」
    「味噌汁だろ? 自分で言ってた」
    「あっそ。つまんね」
    「えぇ……」
    「せっかくびっくりさせようと思って温めといたのに〜!」
    「いや知らんしそっちの事情」
    「くっそー……まじかよつまんねー……」
    「そんなショック受けることかよ」
    「そりゃそうでしょ! ソラちゃん全部1人でやったんだよ?」
    「え?」
    「え、なにその反応」
    「だってソラ、半分しかやってないって……出汁とって豆腐切っただけ、って」
    「は〜? 出汁取るのも豆腐切るのも味噌溶かすのも全部ソラちゃんひとりでやりましたけど」
    「……なんで半分だけ、なんて嘘」
    「恥ずかしかったんじゃないの? 知らんけど」
    「……」

  • 66◆iNxpvPUoAM23/05/12(金) 20:02:20

    「お兄ちゃんにうまいって言わせたる、って意気込んでましたよ」
    「……ソラが?」
    「愛されてますね、お兄様」
    「ちょ、やめてくれよ。妹にそんなこと言われても寒いだけだわ」
    「シスコンのくせに〜」
    「は?」
    「おー、怖。……まあ。ソラちゃんが自分で言ったなら、今のは忘れといてー。半分は私が使ったってことで」
    「……こいつがなぁ」
    「ちゃんと美味しかったでしょ?」
    「まぁ、うん……うまかっ、た。ちょっと薄かったけどな」
    「あ〜……まあほら、食べれるだけ上出来でしょ。初挑戦にしては」
    「まあ……? 料理できないの代名詞だったソラがなぁ……」
    「作り方は私が教えたし、後ろから指示しながらだったから。半分私が作った……は、まぁ嘘は言ってないのか」
    「……」
    「カケルくん、結構飲んだよね」
    「味噌汁? 一杯だけ」
    「違う違う」
    「なに?」
    「お酒」
    「あぁ……まあ、普段よりは」
    「明日に残すと大変ですよね?」
    「ぁー……まあ、はい」
    「ちょうどお客さんみたいなヒトに〜、いいものがあるですよねー」
    「え?」
    「お味噌汁って言うんですけど〜」
    「……」
    「ソラちゃんのお味噌汁、飲んどけ? な〜?」
    「……、温めてくる」
    「私も飲む〜」
    「おっけ」

  • 67二次元好きの匿名さん23/05/12(金) 20:03:36

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  • 68◆iNxpvPUoAM23/05/12(金) 20:03:57

    台所まで静かに移動し、コンロに乗せてあったデカい鍋をそのまま火にかける。

    ……そうか、ソラが全部、なぁ。
    確かに豆腐は不恰好だし、味も薄くてちょっと困った。

    流し台に置いてた鍋の片方は、もしかしたら量を間違えて入れ替えたのかもしれない。水の量とか、溶かす味噌の量とか、多分、そのあたり。

    ソラのやつ、料理できないくせに無茶しやがって。
    手まで切って……ほんのちょっとだけど。

    でも……なんか、無性に胸に熱い気持ちが込み上げてくる気がして。

    「……ありがとな、ソラ」

    リビングにいるサツキちゃんに聞こえないよう、俺は小さくそう呟いた。

    「カケルく〜ん? まだ〜?」
    「すぐできるよ。もうちょっと待ってて」

    ・・・

    「できたよサツキちゃん。……なにしてんの?」
    「お、ありがと〜。いやね、カケルくんちにもこのぬいぐるみあったんだーって思って」

  • 69◆iNxpvPUoAM23/05/12(金) 20:06:44

    「ああそれな。クレーンゲームの景品で取ったんだよ。なんのぬいぐるみかは知らんけど」
    「ね、ほんとわかんないよね。私も景品でもらったんだけど……知ってる? これ、喋るんだよ」
    「え、喋るの?」
    「そうそう。ここ押したらさ」

    『ハァイ』

    「ね?」
    「まじかよ……」
    「おもろいでしょ」
    「まあ」

    『あなた本当におバカさんね』

    「むかつくなぁ、なんか」
    「あははっ、確かに〜。はい、返しまーす」
    「どーも。そのへん適当に置いといて」
    「はいよー」

    『なにするのよ!』

  • 70◆iNxpvPUoAM23/05/12(金) 20:08:40

    「さてさて、ソラちゃんのお味噌汁ですよ」
    「へいへい。どうぞお飲みください」
    「……、……ちょっと味薄いよね?」
    「だな。最初はそういう味なのかと思った」
    「ソラちゃんが分量間違えちゃってねー」
    「やっぱそうか」
    「頑張って調整したけどうまくいきませんでしたね」
    「まあ飲めるよ」
    「でしょ〜。ソラちゃんお味噌汁だけは作れるようになりましたよ」
    「うん」
    「これで毎朝お味噌汁作ってもらう相手には困らんね」
    「……」
    「どしたの」
    「バカなの?」
    「きみねぇ、先生にバカってなんですか。怒るよ?」
    「え、ごめんなさい」
    「謝ったので許します」
    「……えぇ……なんなの……」

  • 71◆iNxpvPUoAM23/05/12(金) 20:20:42

    「……、ほらカケルくんも飲みなさいよー。ソラちゃんが待ってるでしょー」
    「なんだよそれ。……、やっぱ薄い」
    「カケルくんは濃い味が好きなんだよね?」
    「まあ薄いよりは。なんで?」
    「いやいや」
    「え、なに」
    「いやいやいや」
    「なんだよ」
    「ソラちゃんがね〜」
    「あん?」
    「お兄ちゃんは濃い味が好きだから出汁と味噌多めにするって」
    「はぁ……? そこそこ薄味だけど?」
    「だからそれも含めて、失敗ですよね」
    「店で出てきたらキレる」
    「うわ〜、ひっど〜」
    「サツキちゃんもだろ」
    「私? 私だったらお金払わない」
    「俺よりひどいだろそれ」
    「ま〜、愛情の味ってことで」
    「うっすい愛情だな」
    「表に出ないものですよ、真心って」
    「1番真心に飢えてるヒトが言うと説得力違うな」
    「あー、言ったなー! 1番言っちゃいけないこと言ったなー! よーし表出ろー」
    「やだよ寒いのに」

  • 72◆iNxpvPUoAM23/05/12(金) 20:22:55

    くだらないやり取りをして、夜は深まっていく。
    時計を見れば23時過ぎ。少し飲んで喋りすぎたか、喉がガラガラだ。

    もう一杯お椀に入れた薄味の味噌汁を一気に飲み干し、締めるように俺は腰を浮かした。

    「さてと……そろそろ風呂入って寝るよ。サツキちゃんは?」
    「じゃあ私も寝る〜。毛布ある? ソファで寝ますよー」
    「布団あるから、それで寝てくれたらいい」
    「そう?」
    「俺が普段使ってるやつだけど」
    「え、ベッドは?」
    「ソラ」
    「占領されたか」
    「された。入学初日に」
    「あはは、想像できる」
    「とりあえず食器片付けたらソラをベッドに寝かせて……だな」
    「食器片付けといてあげるから、ソラちゃんやったげて」
    「ああ、ありがと」

  • 73◆iNxpvPUoAM23/05/12(金) 20:27:52

    「……ソラ、起きろ。ソラ」
    「んう……ん……」
    「寝るならベッドで寝ろよ」
    「ぁぃ……」
    「手貸すか?」
    「……ぉこして……」
    「ったく……ほら」
    「ん……」
    「……、と。おい、ちゃんと立てよ」
    「ぅん……」
    「……にぃには……ねる?」
    「風呂入ったらな。サツキちゃんはもう寝るって」
    「そかぁ……ぐぅ」
    「立ったまま寝んなよ器用なやつだな。おいソラ」
    「ぅす……はい、起きます。起きましたよ」
    「そのままベッドいけ」
    「へいへい……おやすみにぃやん」
    「ああ、おやすみ」
    「ふぁあ……ぁふ……」
    「……なあ、ソラ」
    「なに〜……?」
    「…………ありがとな」
    「ぁ、ぅん。……ん? え?」
    「もう寝ろ」
    「え、ちょ、ちょっ! 今、なんと」

  • 74◆iNxpvPUoAM23/05/12(金) 20:33:31

    「なんも言ってねーよ。寝ぼけてんじゃねーの」
    「いや聞きましたよ、ちゃんと聞きました。ソラ愛してるって」
    「マジで言ってねぇよ! バカじゃねーのお前」
    「バカちゃいますけど。バカなのそっちでしょーよ」
    「……」
    「ぉ、おぅ、……なんだよ急に。頭撫でんなよ……」
    「……おやすみ」
    「あ? あ、はい、うん。おやすみ、なさい」
    「俺は風呂」
    「うん。いってらっしゃい」

    「…………え、なに? なになに、怖い……にぃやん怖い……」
    「なんでもねーって。じゃあな」
    「うん、おやすみ……」

    「あ、ハグしてもらえばよかったのか」
    「はぁ? しねーよ、アホか」
    「いまからでも遅くないよ! ほら!」
    「頭撫でてやっただけありがたく思え」

  • 75◆iNxpvPUoAM23/05/12(金) 20:35:33

    「いやそもそもなんで頭撫でられたのか分かってないんで。じゃあもうハグの方がいいでしょ。ハグしろ」
    「しねぇっつってんだろが」
    「え〜!! し〜て〜よ〜!」
    「うるっせーよ時間考えろって言ってんだろいつも!」

    「遊んでないでさっさとお風呂入れー」
    「ぉゎ、サツキちゃんいたんだった、忘れてた……」
    「私に片付けさせといて遊ぶなー、さっさとお風呂入れー」
    「ごめんって、手伝うから〜!」
    「いやもう終わりましたけど」
    「あ、そっすか……」

    「おら、シスコン兄貴もお風呂入れー」
    「シスコンじゃねーよ、入ってくるわ!」

    「ブラコンの妹はもう寝ろー」
    「あーい……」

    「お前も否定しろよ」
    「え?」

    「さっさとお風呂に入りなさい」
    「はい、すみません」

  • 76◆iNxpvPUoAM23/05/12(金) 23:54:00

    翌日────

    「おはよ、サツキちゃん」
    「はーいおはよー。カケルくん、ソラちゃん起こしてあげて。さっきからアラームうるさすぎてキレそう」
    「へいへい。ソラ起きろよ、サツキちゃんに殺されぞ」
    「殺しはしないよ、心外だな」
    「半殺しくらいにはしそうだな……」

    俺が起きるとサツキちゃんは既に起きていて、朝飯の準備に取り掛かってくれていた。
    といっても夕飯の残りを温め直したもの。

    当然、ソラ謹製の味噌汁も。

    「ていうか量多すぎだろ……ようやく鍋の半分ってとこだぞ、これ」

    「お湯沸かし過ぎちゃいましたよね、へへへ」

    俺のつっこみにそう誤魔化すソラだったが、量が増えまくった理由を俺はもう知っている。
    知っているが……。

    「マジでお前邪魔しかしねぇのな。もう手伝い禁止」
    「お湯沸かすことも許されないのかあたしは!?」
    「決まった量すら沸かせらんねーくせに調子乗んな!」

    ソラがあくまで隠そうとするので、それに乗ってやることにした。
    妹の頑張りに対して心無いことを言うのは可哀想に感じたが、まあソラだしいいかと思い直した。

  • 77◆iNxpvPUoAM23/05/12(金) 23:54:54

    あんま調子乗せるとうるさいしうざいしな。
    ……いや、俺の返し文句がうるさくさせてる気もしないでもない……いや、いやいやいや。

    そもそもこいつが絡んでこなきゃいい話なんだ。俺は悪くない、断じて。

    3人でまったりと朝食をとり、歩いて学校へ。

    「歩くのだるーい……新海くん車出して〜……」
    「それくらい頑張ってくださいよ……」
    「せめて荷物持ってよ〜。めっちゃ重いんだよ、これ」
    「俺が持つんですか? 先生の荷物を?」
    「持ってよ! 男らしく! 後輩らしく! 先輩を敬えー」
    「なんかどっかで聞いたようなセリフだな……はいはい、持ちますよ。持たせていただきますよ」
    「やり〜」

    サツキちゃんもとい成瀬先生は着替え類が入った荷物を俺に持たせ、ソラと楽しそうに会話をしていた。

    「サツキちゃんまたねー!」
    「はいよ〜。ソラちゃんもまたね、今度うちのトレーナー室遊びにおいでー」
    「にぃやん連れて遊びにいくね!」
    「その時には担当にも声かけとくからー」
    「はーい」

    校門を通ってグラウンド入り口前。俺とソラは軽く朝練をするため、ここで成瀬先生とはお別れ。

    「ハルカ先輩ももう着くって」
    「おっけ。来たらすぐ始められるように準備しとくか」
    「はーい。じゃああたし着替えてくるね」
    「おう」

  • 78◆iNxpvPUoAM23/05/12(金) 23:56:28

    成瀬先生参加の非日常はここでおしまい。
    今からはまた、いつもの日常が始まる。

    ソラとハルカと3人で朝練をして、午後のトレーニングをして、次のレースへ向けて研鑽を積む。

    残り3週間。

    もうクラシックは目の前に迫ってるんだ、のんびりなんてしていられない。
    やれることは全部やってやる。

    その覚悟じゃないと、クラシックを戦うことなんて出来やしないんだ。

    「にぃにおまたせー」
    「おう」
    「ハルカ先輩は?」
    「まだ」
    「おっせぇな……寝坊か?」
    「ソラ」
    「ん?」
    「お前、走るの好きか?」
    「ぇ、なに急に」
    「いいから、どうなんだ。好きか?」
    「ん〜……まあ、好き、かなぁ」
    「なんだよその微妙な顔」
    「いやぁ、急に聞かれても困るって言うか……」
    「じゃあ……ま、いいか、これは」
    「なになに、気になる気になる」
    「……いや、恥ずいからいい」

  • 79◆iNxpvPUoAM23/05/12(金) 23:57:28

    「え、なに言う気なんだこの兄……? ねえ、ちょ〜気になる! 気になるから教えて!」
    「いいって」
    「よくないから! 気になって走れなくなっても知らないぞ!?」
    「……」
    「おい舌打ちやめろよ、面倒になったからって」
    「ぁ〜、……、……俺と、さ」
    「にぃにと? うん」
    「俺と……その、なんだ」
    「なんだよ、早く言えよ」
    「……俺と、一緒に歩いてくのは……好きか?」
    「うん」
    「即答かよ……」
    「いや、なにその質問。え、なんなの」
    「なんでもねーよ」
    「気になるじゃん!」
    「ならなくていい」
    「気になるでしょ! なんかよく分かんないままにされたら気になるでしょ! もう夜しか眠れませんよ!」
    「夜寝れたら十分だわ。朝練始めるぞ」
    「ちぇ〜、なんだよ〜、も〜……」
    「準備運動したら軽く一周」
    「はいはーい、わかってますよー」

    ぶーたれながらソラがコースへ向かっていく。
    その小さい背中を見送りながら、俺は白い息を吐いた。

    「……ずっと歩いていこうな、ソラ」
    「あら、わたくしとは歩いてくださらないんですの? カケル様」
    「うぉっ……!!?」
    「おはようございます」
    「ぁ、お……お、おはよう……」

  • 80◆iNxpvPUoAM23/05/12(金) 23:57:56

    「驚かせてしまいましたわね。すみません」
    「ぃ……いや、いい、けど……焦った……」
    「ご挨拶をしようと思ったら、おふたりで仲が良さそうにしていたものですから」
    「……あ、ぉう」
    「それで、カケル様?」
    「……はい」
    「わたくしとは、歩いてくださりませんの?」
    「歩いていくよ、もちろん。俺はソラとハルカのトレーナーなんだ、ふたりと歩いていく」
    「……そうですか」
    「不満か?」
    「そう、ですわね……不満、確かに不満です」
    「えっ」
    「わたくしとしては、カケル様とふたりきりで、歩いていきたいところなのですが……ね?」
    「ちょ、おま、抱きつくなって……!」
    「……温泉でのやりとり、思い出してしまいますね?」
    「……っ……!」
    「あらカケル様。お顔が真っ赤」
    「とっ……トレーニング! 朝練! ゴー!」
    「うふふ、はいはい。それでは本日もよろしくお願いしますね、カケル様」
    「……お、おう」

    初っ端から女王モードは心臓に悪すぎるだろ……いや、マジで。
    すぐにヒトをからかってきやがって……。

    「……大丈夫、ハルカも一緒だ」

    担当すると決めたのだから、当然だ。
    一緒に、みんなで、歩いていく。

  • 81◆iNxpvPUoAM23/05/12(金) 23:58:46

    本日はここまで
    ありがとうございました

  • 82二次元好きの匿名さん23/05/13(土) 00:08:50

    お疲れ様でした
    なんか久々にハルカ先輩をみた気がするくらい濃かったなサツキちゃんとの話……

  • 83二次元好きの匿名さん23/05/13(土) 00:12:26

    お疲れ様でした〜
    ここからはレースのターンかな?

  • 84ここの後抜けてた!◆iNxpvPUoAM23/05/13(土) 07:06:42

    >>35

    「ソラそっち片付けとけ」

    「へいへーい」


    「カケルくんさー」

    「なんすか?」

    「彼女、できた?」

    「できてないっすよ。この仕事してて出来るわけないでしょ」

    「ミヤコさんとかさ」

    「はぁ?」

    「いい子じゃん〜。お前も青春しなさいよ〜、若い子と乳繰り合いなさいよ〜」

    「おま、ちょっ、なに言ってんの!?」

    「あれ〜? 私の見立てだと卒業したら付き合うと思ってたんだけどなー」

    「やめてくれ。俺とミヤコはそんなんじゃないから」


    >>36

  • 85◆iNxpvPUoAM23/05/13(土) 13:05:05

    3週間後、阪神レース場────

    〈生憎の雨模様となりました、阪神レース場。しかし会場は激しい熱気に包まれています〉

    〈さあハナを切って先頭を進むのはケンシンランマン。その後にヨウランドトウ、キンガシンネンと続きます!〉

    「わしの先頭は誰にも譲らないぞ!」

    〈ケンシンランマン、逃げる逃げる! ぐんぐんと突き放して2番手との差はおよそ4バ身から5バ身と行ったところ!〉

    「そなたの走りはすでに一度見ておる。今度こそ我が勝つ!」

    〈2番手ヨウランドトウが追い立てる! ケンシンランマンは一度勝利を収めているが、今回も彼女の追い上げから逃げ切ることはできるか!?〉

    先頭を走るケンシンランマン。
    犬のような見た目から犬神とも呼ばれ、活躍が期待されるウマ娘のひとりだ。

    それを追う2番手のヨウランドトウ。犬神とは既知の仲であり、羊神と称されティアラ路線の双璧をなすウマ娘と噂高い。

    このふたりが阪神を走るのは初めて────なら、一度走ったことのあるソラの方がこのレース場のことはよく知っているはずだ。

    敵じゃない、とまでは言わない。
    だが、気にするべきは────最後方のウマ娘。

  • 86◆iNxpvPUoAM23/05/13(土) 13:06:11

    〈各ウマ娘、最終コーナーへ差し掛かります! チューリップ賞を制し、ティアラ路線をいち早く駆け抜けるのはどのウマ娘か!〉

    「ふっ……ふっ……んッ……!!」

    〈さあここで動き出したソラノメモリア!! 外からソラノメモリアが先頭を狙っている!〉

    直線に入る手前の最終コーナー。
    走り方を変えてから初めての阪神レース場だが、ソラの脚取りは軽い。

    やっぱりこの走り方はソラにあってる────そう感じる。
    そしてこのレース場も、ソラにあってる。

    そして多分、相手も。

    「みんなすごいね! クラシックにかける思い、すっごく伝わってくる! でも、ぼくだって負けていないよ!」

    〈最後方からヒャクシヤコウ!! ヒャクシヤコウがものすごい脚で突っ込んできた!!〉

    「っ……!」

    ……やっぱり来たな。

    最後方に位置どりし、長い最終直線を利用して一気に追い上げる走りが得意なウマ娘。

    特徴的な大きな丸い耳をした、ネズミのような、ウマ娘────ヒャクシヤコウ。

  • 87◆iNxpvPUoAM23/05/13(土) 13:06:54

    〈ソラノメモリアが先頭! しかしヒャクシヤコウの猛烈な追い上げが止まらない!〉

    犬神羊神を退けようやく先頭に立ったソラを、しかし子神が追いたてる。

    「きみもクラシックにかける想いがあるんだね! うんうん、素敵だ! さあ、勝負といこうじゃないか!」

    鋭い切れ味の末脚だ。
    しかしソラだって負けていない。
    この3週間、成瀬先生と作ったメニューを反復してフォームの矯正もできた。
    体幹トレーニングも徹底し、軸がブレることもなくなった。

    いまのソラなら────

    〈2番手にヒャクシヤコウ上がってきた! 最後はこのふたりの一騎打ちか!!〉

    「くっ、ううぅぅぅうっ……!!!」
    「あははっ! 走るのはいいね、楽しいね! ねぇきみ、ここでぼくと走ったのも何かの縁さ。ゴールをしたら握手しようじゃないか!」
    「ぇ、なんだよこのヒト、めっちゃ話しかけてくるな……ちょっと怖い……」

    〈残り100m! 1着のウマ娘はどっちだ! ソラノメモリアか! ヒャクシヤコウか!〉
    〈わずかに抜け出しの早かったソラノメモリアがリードを保っているか! しかしその差がジリジリと詰まっていく!〉
    〈さあ逃げ切るかソラノメモリア! それとも差し切るかヒャクシヤコウ!〉

    〈ふたり並んで今ゴールイン!!〉

  • 88◆iNxpvPUoAM23/05/13(土) 13:14:41

    「はぁ、っ……はぁ、はっ……はぁ……っ」
    「ふう、ふぅ……はぁ……っ。いやぁ、いい勝負だったね、ソラ!」
    「ぇ……いきなり呼び捨て……」
    「あははっ、いいじゃないか。激闘を繰り広げたぼくたちはもう親友も同然さ。さあ約束通り握手しよう」
    「ぁ、えと……はい、どうも……」
    「この出会いを祝してぼくと握手!」
    「はい、はい、ども」
    「さてと、それじゃあ改めて自己紹介しようか。ぼくの名前は────」

    〈1着はソラノメモリア!!! 2着はヒャクシヤコウ、3着は────〉

    「……ぁ」
    「おっと、いま呼ばれてしまったね。そう、ぼくの名前はヒャクシヤコウ。ビッキィって呼んでよ!」
    「……え、どこから来たんすかビッキィ」
    「あはは、それは気にしないでよ。それよりぼく、きみとは他人な気がしないんだ。これからよろしくお願いするよ」
    「えぇ……あ、はい、ども……」
    「今回は負けてしまったけれど、次は分からないよ。桜花賞は今回と同じ条件だからね。ぼくもこれ以上に仕上げてきみに挑むとしようじゃないか!」
    「……うす」

  • 89二次元好きの匿名さん23/05/13(土) 16:48:41

    もしやこのビッキーマウス領域で陰陽が…?

  • 90二次元好きの匿名さん23/05/13(土) 17:24:53

    グラブル?

  • 91二次元好きの匿名さん23/05/13(土) 17:53:24

    >>90

    多分グラブル

  • 92二次元好きの匿名さん23/05/13(土) 19:29:24

    このレスは削除されています

  • 93◆iNxpvPUoAM23/05/13(土) 19:32:02

    〈1着はソラノメモリア!!! 2着はヒャクシヤコウ、3着は────〉

    「よし!!!」

    ソラの1着を確認し、俺は拳を握った。
    いいぞ、順調だ。
    警戒していた相手との競り合いにも勝ち切ったし、やっぱりソラと阪神レース場は相性がいい。

    このままの調子で桜花賞も────

    ……と。

    「……なんだ? あの微妙な顔」

    順位が確定し、1着のウマ娘の喜びを見せようと大型ビジョンに映されたソラの顔は、なんとも微妙な顔をしていた。

    嬉しいような、嬉しくないような……そんな顔。

    『やあみんな! ぼくビッキィ! 次の桜花賞ではソラに負けないよう頑張るから、応援してほしいな!』

    そこに割って入ったのはヒャクシヤコウ。困惑するソラに引っ付くように身体を寄せて笑顔を見せる彼女だが、あいつはこのレースの2着。
    普通ならソラだけが映されて拍手を送られて……のはずなんだけど……。

    ぱち、ぱち……ぱちぱち……。

    といった具合にまばらな拍手。
    観客たちもソラへ拍手を送るつもりだったのに、2着のウマ娘が出張ってきてどうしていいのか分かっていないような、そんな雰囲気だった。

  • 94二次元好きの匿名さん23/05/13(土) 19:32:51

    このレスは削除されています

  • 95◆iNxpvPUoAM23/05/13(土) 19:33:13

    『ちょ、やめてください……ほんとに、あの……』
    『いいじゃないか、せっかくこうして仲良くなれたんだ。みんなに大きく手を振ってアピールしないと損ってものさ!』
    『いや仲良くなってないし……ちょ、めっちゃ押し強いなこのヒト……なんなんだ……』

    めちゃくちゃヒト見知り発動してるじゃねーかあいつ……。
    初めて会ったヒトの前で見せる態度そのままがビジョンにすっぱ抜かれ、会場の困惑ムードがくすくすと笑い混じりになっていく。

    全霊をぶつけ合ったレースの後に、こうして和やかになれるのはいいことだ。
    相手がソラだろうとなかろうと、ヒャクシヤコウはその行動をしただろうが……まあ、あいつ友達いないしな。親友にしてもらえよ、ソラ。

    さて……俺も控室で帰りを待たなきゃな。

    これからの自分の行動は、まずは走り終えたソラを迎えておめでとうを伝えなければいけない。
    だから控室へ行こうと、ターフから目を離し、建屋の中へ────入ろうと、して。

    「そう……あの子が」

    「……え?」

  • 96◆iNxpvPUoAM23/05/13(土) 19:33:32

    すれ違った少女────いや、ウマ娘が意味深に呟くのが聞こえて俺は吸い寄せられるように視線をそちらへ向けた。

    白いのウマ娘だった。
    爛々と輝く猫のような瞳をターフへと向けている。

    子供、か……?

    「力の片鱗は見えているはずなのに、まだ到達できていないなんて。遅れているわね、あの子」

    ……なんだこいつ? 力とか片鱗とか、厨二か。
    どこかの現最強の厨二病ウマ娘を想像しつつ、その隣を素通りして……中へ入ろうと、して。

    「……まあ、遅くても構わないけれど。ちゃんと制御させなさいね」

    ……? 誰かと喋ってんのか?
    これ以上じろじろ見るのも変だし、そもそも関わらない方が良さそうな気がしたので俺はその場を後にし、控え室へと向かった。

  • 97◆iNxpvPUoAM23/05/13(土) 20:04:50

    控室────

    「……なんか、めっちゃ疲れたー……寒いしびっちょびちょだし……」
    「甘いもの食べたい、甘いもの。ケータリングとかないのかなレースの控室……ウマ娘ってあれでしょ、ほぼ有名人でしょ」
    「芸能人みたいなもんでしょ、テレビ出て走って歌って喋って、ほぼアイドルでしょ。てかアイドルより過酷じゃん……ケータリングくらい用意しといてほしいよねー……」
    「ぅ〜……甘いの食べたい……にぃにに買ってきてもらおうかな……ん? にぃやん? いいよー入ってきて」

    「失礼、します……」
    「あっ! ハルカ先輩だ〜」
    「ぉ、お、お疲れ、様でした、そ、ソラちゃん。レース、見てました」
    「え、あ、はい。そりゃ一緒に来ましたもんねレース場、見てくれてなかったらあたしふつーに泣きますよそりゃ」
    「おめでとう、ござい、ます。本当に、勝ててよかった……」
    「へへ〜、なんかようやく勝った実感湧いてきたかも。ハグして先輩!」
    「ぇっ、あ、は、ぇ、はぐ……!?」
    「えーい!」
    「ほわっ……ぁ、わぁぁあっ!!!」
    「え、うるさっ!」
    「わ、わたっ……私なんか、と、ハグ!? こ、これって……ぁ、ど、どうしましょう、私、そ、ソラちゃんとハグ、しちゃってますぅぅぅ!!?」
    「そ、そうですしてます、してますよ〜? ってか先輩やわらか……めっちゃいい匂い……やばい、ママみ強い……」
    「そ、そらちゃ、ま、っ…………ぉぇっ」
    「えっ……なんでえずいた? あたしのこと嫌いか……?」
    「ご、ごめん、なさい……その、ぁの、私、は、ハグって……陽のヒトたちにしか許されない、神聖な行為だと思って……うぅ、それで、緊張というか、胸がいっぱいで……ぅぇっぷ」
    「ちょちょ、それ言ったらあたしも陰側ですから! てか吐かないでくださいよあたしに!?」

  • 98◆iNxpvPUoAM23/05/13(土) 20:32:03

    「すみません……も、もう大丈夫、です……」
    「そ……そうです? てか、ごめんなさい、あたしびしょ濡れなのにハグしちゃって。このタオル使ってください、あたし使ってないやつなんで」
    「あ、す、すみません、それじゃあ……」
    「ちょおい、ここで脱ぐな、いま脱ぐな、せめてそっちの更衣室で脱げ!」
    「ぇ……?」
    「ぇ、て。なんでそこで『私、何かおかしかったですか……?』って顔できるんすか」
    「え……と、……、……え?」
    「いや……いいっす、いいです先輩。先輩はそのままのピュアな感じでいてください」
    「は、はい……じゃあ、か、借りますね、タオル」
    「どぞどぞ〜」
    「……ん、しょ……」
    「…………クソでけぇな」
    「?」
    「あ、なんでもないですよ〜。……にぃにに見せたらあかんやつだわこれ……バカでけぇな……」
    「……?」
    「いや持ち上げんでいいですから。これですか? みたいな顔しなくていいですから。てか、わざとやってません? わざとやってますよね?」
    「ソラちゃんも……興味、あるんですか……? 私の胸に……」
    「もってなんだよ、もって。多分先輩が思ってる興味とは違いますけど、女の子として気にはなりますよ。どうやってそんなデカくしたんだよ教えろよ……」
    「え……? で、ですが、ぁの、ソラちゃんもスタイル、いいと思います、けど……」

  • 99◆iNxpvPUoAM23/05/13(土) 20:32:29

    「先輩に言われると嫌味にしか聞こえねぇな……」
    「ぇ、ご、ごめんなさいっ! そ、そんなつもり、は……っ」
    「いや、いいんですよ〜。いいんですよ先輩〜」
    「ソラちゃん……お、お顔が怖い、です……」
    「とりあえずはよ着替えてください、にぃに来ちゃいますよ」
    「ふぇっ!? と、トレーナーさん!? ゎゎ、は、早くしなくちゃ……」
    「そっか……あたし勝ったのか」
    「……ソラちゃん?」
    「ぁ、いえ! 勝ったしご褒美なにしよっかな! 先輩なにがいいです?」
    「ぁえ、わ、私、ですか……? 私だったら、トレーナーさんとお出かけとか……」
    「ちげーよなに言ってんだよ、ご褒美の話でしょうが」
    「だから、ご褒美…………、あっ」
    「この前の先輩のご褒美、温泉でしたよね。みんなで、温泉」
    「ぁ……ぁ、ああぁぁあっ……わ、わた、私ったら、か、勘違いを……っ」
    「ですねー」
    「は、恥ずかしい……っ」
    「いや恥ずかしがるのそこちゃうと思いますけど……まあ、いいんすけどね。そんな先輩があたし好きだし」
    「すみません……」
    「……へへ、先輩っ」
    「ぁ、はい?」
    「あたし、勝ちましたよ! 先輩に言われた優先権、ちゃんとゲットしてきました!」
    「……! はいっ」

  • 100◆iNxpvPUoAM23/05/13(土) 20:40:59

    今日はここまでで…
    チューリップ賞の出走ウマ娘は十二神将です

  • 101二次元好きの匿名さん23/05/13(土) 21:05:24

    えっ!?ビッキィって現在プリコネでグラブルとコラボイベント開催中で更に近日ガチャで登場予定のあのビッキィ!?

  • 102二次元好きの匿名さん23/05/13(土) 21:36:58

    中の人ネタじゃねーか!

  • 103二次元好きの匿名さん23/05/14(日) 01:53:34

    おつおつ
    まさかの新キャラで草

  • 104二次元好きの匿名さん23/05/14(日) 08:49:31

    保守

  • 105二次元好きの匿名さん23/05/14(日) 09:30:01
  • 106二次元好きの匿名さん23/05/14(日) 09:49:53

    ありがとうございます

  • 107◆iNxpvPUoAM23/05/14(日) 12:41:51

    >>105

    ありがとうございます!

  • 108◆iNxpvPUoAM23/05/14(日) 12:46:10

    ・・・

    「ぁ、にぃに〜」
    「おう」
    「なにしてんの? あたし今からライブの集まり行くとこだけど」
    「ああ、お前待ってた」
    「え、じゃあ控室来たらよかったじゃん」
    「優勝したら関係者たちに色々挨拶とかしていかなきゃいけないんだよ。で、それが終わって今なんだよ」
    「今までしてたっけ」
    「してたわ。特に今回は桜花賞の優先権の話もあるから時間かかったんだよ」
    「そっか、お疲れお疲れ〜」
    「おう。ハルカは?」
    「さっきまで控室に一緒にいたよ。たぶん客席戻ってるとこだと思う」
    「もうすぐウイニングライブだしな、俺も戻って見させてもらうよ」
    「今日はにぃやんどこにいるのかな〜」
    「見つけられねーだろ」
    「毎回見つけてますけども」
    「え、きっもお前まじかよ」
    「マジだけどその言い方はひどいでしょ! 傷つくぞあたし、いいのか傷つくぞ?」
    「……まあいいや。とにかく、あれだな」
    「なにぃ?」
    「おめでとう」
    「おぅおぅ! どうよどうよ、嬉しいか〜?」
    「ああ、よく頑張ったな」
    「ぇ……ぁ、お、おぅ」

  • 109◆iNxpvPUoAM23/05/14(日) 12:49:53

    「なんだよ」
    「素直に褒められると……て、照れる……」
    「こんな時まで適当にあしらったりするかよ」
    「へへ〜、まねっ。ハルカ先輩も褒めてくれたよ」
    「ああ、よかったな」
    「ハグまでしてくれた」
    「そうか。ハルカがなぁ……緊張で吐いたりしなかったか?」
    「危ないところまでいきましたけどね……」
    「はは、想像できるわー」
    「それはまあ別によくて、ほら、こう」
    「あ?」
    「んっ」

    唐突にソラが両手を広げたポーズを取る。
    手をちょいちょいとこまねくようにしながら俺を見る。

    「……あ?」
    「んっ」
    「なに?」
    「ハルカ先輩ハグまでしてくれた」
    「聞いたよ。よかったな」
    「ハルカ先輩ハグまでしてくれた」
    「わかったからもう何回も言うなよ」
    「ハルカ先輩ハグまでしてくれた」
    「同じトーンで言うんじゃねーよ怖いだろ! なんなんだよ!」

  • 110◆iNxpvPUoAM23/05/14(日) 12:54:37

    「いいだろハグしろよぉ! 頑張った妹を優しい抱擁で受け止めて褒めろよぉ!」
    「気持ち悪いわ! せめて肩ポンしてやるくらいだろ普通の距離感!」
    「お兄様それは他人行儀すぎますよ、兄妹は世界で1番距離の近い存在ですよ? ハグくらい普通ですよ、ワールドワイドにいきましょうよ」
    「絶対にしない」
    「いいじゃんしてよ〜! ちょっとギュッてするだけでしょ、なにも減るわけじゃないでしょ、ちょっとくらいお尻触っても怒らないから〜!」
    「触りたくもないわお前なんか!」
    「は〜〜〜〜〜〜? 今なんつったおい、あたしの身体が貧相だと、魅力ゼロだと、そう言いやがりましたから、は〜〜〜〜?」
    「あぁもう……うざい、だるい、マジでめんどくさい……ほんとやだ、お前ほんとやだ……」
    「にぃやんが失礼なこと言うからだろうがふざけんなよ」
    「ふざけてんのはお前だ。さっさとライブやって飯食ってホテル帰ろうぜ、疲れた」
    「ね〜ぇ〜! ハグしてよ〜! し〜て〜〜よ〜〜〜!!」
    「いやだよ……」
    「なんで!」
    「誰か通ったらどうすんだよお前! それくらいわかれよアホかよ!」
    「ぁ〜……」
    「もういいからライブ行けよ、そろそろだろ」
    「……いま何分?」
    「30分すぎたとこ」
    「やっべ、あと10分で集合じゃん……行くわ……」

  • 111◆iNxpvPUoAM23/05/14(日) 12:57:34

    流石のソラも若干血の気が引いたような顔。
    ライブの時間がズレるのはかなりまずい。ただでさえ押してるのに、緊急事態でもないことで遅れさせたらやばい。

    俺も客席に戻らないと。
    ハルカも待ってるだろうし。

    「いってらっしゃい」
    「うん、いってきます」

    ソラが歩き始めたのを確認してから、俺も背を向けて観客席へと歩き始め────た、ところで。

    ライブ会場へ向けて歩いていたはずの足音が、こちらへと向かってきた。
    小走りの、速度で。

    「お兄ちゃん!」
    「ん? なんか忘れ物────いてぇ!」

    腹部に強い衝撃。
    駆けてきたソラが俺の腰に両腕を回し、しがみついた。

    「へへ、ハグしてやったぜ」
    「……」
    「ため息すんなよぉ、こういう時は抱き返すか頭撫でるかするもんだろぉ」
    「……ったく」

    観念し、俺もソラの身体を抱く…………のはさすがに周りの目があるとやばいので、頭に手をポンと乗せて撫でてやることに。
    だいぶ乾いてるけど、まだ少し湿ってる……あんな雨の中走ったんだ、当たり前か。

    着替えは済ませてるみたいだし風邪はひかないだろうけど、雨の日のレースは気をつけないとな。

  • 112◆iNxpvPUoAM23/05/14(日) 13:05:50

    「……」

    俺の手に撫でられながらソラが上目遣いで見上げてくる。なんかむかつくな……。

    口元をニヤニヤさせながらソラが言う。

    「ひよったな」
    「ちげーよアホか」
    「いいんですよ、抱き返してくれても」
    「しない。許してやってるだけありがたく思え」
    「ちぇ〜」

    ぐりぐりと俺の腹に顔を押し付けるソラ。

    「おい痛いだろ」
    「もうちょっと我慢して」
    「なんなんだよ」
    「じゃれてる」
    「痛いって」
    「もうちょっとだけっ」
    「ソラ」
    「〜〜っ」
    「あ? いま鼻かんだか?!」
    「は〜っ、すっきりした〜」
    「おいてめぇ!」

  • 113◆iNxpvPUoAM23/05/14(日) 13:10:15

    「うそうそ嘘ですよ噛んでませんよ〜」
    「こ、こいつ……まじで……」
    「じゃ、もう行くね」
    「……ああ、いってらっしゃい」
    「あ、行く前にもう一個だけ」
    「まだあんのかよ」
    「大人のハグよ。帰ったら続きをしましょう」
    「バッッッッカじゃねぇの」
    「そんな溜めて言わなくてもいいじゃん! じゃあね、もう行くね! バイバイ!」
    「はいはい。バイバイ」
    「ちゃーんと見ててね、お兄ちゃん!」
    「分かってるって、早くいけ」
    「は〜い」

  • 114◆iNxpvPUoAM23/05/14(日) 13:22:37

    ぶーたれるソラを見送り、今度こそ俺も客席へ。
    自分の席に戻ると当然ハルカは先に来ていた。

    「おかえりなさいませ、カケル様」
    「あぁ。ありがとう、ソラのこと」
    「ふふ、いえいえ。大切な後輩の勝利ですから、祝いの言葉はすぐにかけてあげなくては」
    「助かったよ。わざわざ阪神まで一緒に来てくれて本当に助かった」
    「それこそ大切な妹のレースですもの。その場で見てあげたいじゃないですか」
    「いやうちの妹ですけど……ハルカさん? 最近なんかソラを持って帰ろうとしてます?」
    「ふふ、いつかお姉ちゃんって呼んでもらうのが、今の目標ですわ」
    「あ、そうですか……呼んでもらえると、いいっすね」
    「陥落も時間の問題かと。ね、カケル様?」
    「え、ぁ、はい、そうすね」
    「適当にあしらうのは、あまり褒められた行為ではありませんわよ?」
    「じゃあどうしろってんだよ」
    「堂々といなしてくだされば、わたくしも受け入れますのに」
    「いなしてるだろ」
    「適当にされるのは不服です」
    「勘弁してくれ……ソラなら連れて帰ってもらっていいから」
    「うふふ、いつかそうなることを祈っておりますわ」

  • 115◆iNxpvPUoAM23/05/14(日) 13:23:40

    「そういや予定とかなかったのか? このレースのために土日潰れただろ」
    「これが予定ですけれど」
    「ぉぅ、なんか……目、怖くないですか、ハルカ先輩……」
    「いいえ? ふふ、カケル様ったら」

    怪しげな笑みを浮かべ、俺の腕に腕を絡ませるハルカ。
    ガッチリとホールドされて逃げ場がない。

    「ちょ、腕」
    「いじわるを言った罰ですわ、ふふっ」
    「頼むから離れて……見られたらまずい」
    「誰に見られると、まずいんです?」
    「いや、周りに色々いるだろ……」
    「ソラちゃん、ではなく?」
    「あのねぇ……」
    「ふふ、ライブが始まればみなさんそちらへ夢中になります。わたくしたちがこうしていることなんて、誰も気に留めたりしませんわ」
    「するから、めちゃくちゃするから」
    「……あら?」
    「え、なに……?」
    「ソラちゃんの匂いがしますわね……カケル様?」
    「えっ」
    「そうですの……わたくしがここで待っているあいだ、カケル様はソラちゃんと熱い抱擁を交わしていたのですね……」
    「えっ!?」
    「ウマ娘の嗅覚、バカにしてはいけませんよ? 衣服についた匂いくらいなら、わかってしまいますから」
    「……ぁ、はぃ」
    「では、このままで」
    「え、なんで!?」

  • 116◆iNxpvPUoAM23/05/14(日) 13:31:30

    「付けておこうかと。わたくしの香りも」
    「いやいやいや……ちょ、本当に離れてください……」
    「そんな……カケル様はわたくしが嫌いですのね……」
    「またこのやりとりするのか……」
    「……嫌いですのね、カケル様……?」
    「もうほんと勘弁して……」
    「うふふ、あと2度くらいはしておきたいですけれど、今日はこのあたりで。そろそろ始まってしまいますわね」
    「あー……うん、そうすね、そうですね」
    「カケル様、こちらをどうぞ」
    「え、ああ、サイリウムか。はい。ありがとうございます」
    「さ、ソラちゃんのライブ、精一杯楽しみましょう? わたくしと、ふたりで」
    「いやそれはそうですけど、そうなんですけどね、そろそろ腕離してもらえませんかね……」
    「そんな……うぅ、カケル様はわたくしのことが嫌いなんですね……」
    「だからもうやめてくれよそれ……」
    「うふふ、ではまた次回に」
    「ほんと頼むよ……」

    軽くお決まりのやり取りになりかけてる会話をしていると会場が暗くなり、ウイニングライブが始まった。

    ソラがセンターのウイニングライブも随分と見てきたが……次は、GⅠで見ることができるだろうか。
    ここまで来ると、否が応でも期待してしまう。
    楽しみに、してしまう。

    まだどうなるかはわからないけれど。
    今日の調子を見る限り、なんとかなりそうな気さえしてしまう。
    これが慢心にならないように。
    勝って兜のなんとやらだ。

  • 117◆iNxpvPUoAM23/05/14(日) 16:13:11

    夜、ホテル────

    「つっかれた〜……」

    部屋につくなりカバンを投げ捨て、ベッドに身体を投げた。
    ライブが終わった後もソラと共に各所へ挨拶と手続きをし、最後にインタビュー。桜花賞出走への宣言も済ませた。

    これで俺とソラはもう、後戻りはできない。
    次こそ本番、待ちに待ったGⅠ桜花賞。
    ティアラ路線の最初のレース。

    これまでの全ては、クラシックのため。

    そしてハルカも、同様に。

    「はー……」

    ごろんと仰向けになり、深く息を吐く。
    考えることが山積みだ。
    自分を大切にしろと成瀬先生からはこっぴどく叱られたが、これからしばらくは多少無理してでも頑張らなくちゃ。

    やることも考えることも多すぎる。

    1番大切なのはウマ娘たちで、その次に自分。
    その気持ちを忘れないようにして、時間の許す限りは動画のチェック、トレーニングメニューの調整。

    ふろにはいってるあいだも、飯を食ってる時間も出来ることはやっていく。
    動画を見るだけならいつでも出来るし、いまこうしてベッドに寝転んでる時間すら惜しい。

  • 118◆iNxpvPUoAM23/05/14(日) 16:16:52

    「……よし、やるか」

    来たる大舞台への決意を胸に、身体を起こして荷物からノートPCを取り出し起動。
    今日のレース映像を撮影していたカメラと接続し、動画をPCへ保存させる。

    そのあいだに俺は風呂だ。
    スマホを持ち込み、URAが出している今日の動画をチェック。
    お湯を張る時間も勿体無い。
    物足りなさを感じながらシャワーで身体と頭を洗い、10分で済ませた。

    「お、終わってるな」

    戻ると動画の保存は終了していた。
    すぐにPCで撮影した動画と、URAの動画を2画面で表示させ、違う視点からの映像を見ながらソラの走りをチェックしていく。

    角度の違う映像があれば指摘事項も出てくるし、見えてくるものも違う。

    とにかく何度も見て、何度も見て、対策をしなくては。

    今日はギリギリ制することができたが、ヒャクシヤコウは次回ではもっと調子を上げてくる可能性だってある。

    あの底知れなさは正直、不気味だ。
    まだ隠し玉があると、そう感じさせられる。

    ソラだってまだ完全に身体が出来上がってるわけじゃない。
    ウマ娘の身体がほぼ完成に近づくのはだいたいクラシックの秋頃……レースで言えば、秋華賞の時期。

  • 119◆iNxpvPUoAM23/05/14(日) 16:17:53

    それまでにどれだけソラの基礎能力を強化出来るかが重要だ。
    トレーニングすればするほどタイムは縮まっているし、まだまだ伸び代はある。
    桜花賞まであと1ヶ月。
    この1ヶ月で更にレベルを上げ、絶好調の状態で臨む。

    今日は今できるベストに限りなく近いレース運びができた。
    このまま更に強くなれば、きっと。

    もしも、ここで更なる要素がかかってくると、したら。

    ────“領域”。
    あの世界に入れるかそうでないかで、きっとこれから先のレース展開が全てひっくり返るだろう。

    しかし“領域”同士のぶつかり合いになれば、最後は必ず地力での戦いになる。
    いまのソラにさせているトレーニングは、きっと“領域”を支配した後でも必ず役に立つはずだ。

  • 120◆iNxpvPUoAM23/05/14(日) 16:18:59

    大丈夫、ソラはしっかりとやってる。
    成瀬先生にも褒められてた。大丈夫。

    以前ハルカも言っていた。
    “領域”とは超集中状態、全てを出し切った先でようやく見つけられる殻だと。
    その殻を破れるか、どうなのか。
    こればっかりは俺がどうしてやることもできない。

    ソラとトレーニングをする中で、ソラと共に走る中で、見つけられるかどうかだ。

    「……」

    ひと通り動画をチェックし終え、軽く息を吐く。
    チラリと時計を確認すると、時刻は22時半。
    明日は大阪を軽く観光して、そのまま帰るわけだから、そろそろ眠る準備をし始めてもいいわけだが……。

    「もうちょっと、やるか」

    眠る気分にはなれず、気持ちが落ち着くまでは動画のチェックやトレーニングの確認をしておこう。
    あと1ヶ月で少しでも経験値を上げて、レベルアップしなくちゃいけないからな。

  • 121◆iNxpvPUoAM23/05/14(日) 16:19:33

    ・・・

    「く〜……っ……」

    身体を伸ばし、凝り固まった部分をほぐしていく。
    ずっと椅子に座ってPCと睨み合っていたから身体がバキバキだ。

    「……うげ、結構経ってんなー」

    もう少しやるか、と考えてPCに向き合ったのが22時半だったか。
    今の時計は日付をとっくに超え、1時を過ぎようかという頃合い。
    流石にこれ以上は明日起きれる自信がない。

    「終わりにするか」

    今日はここまでとして、そろそろ眠りに就こうと考えて。

  • 122◆iNxpvPUoAM23/05/14(日) 16:20:11

    「喉乾いた……けど、なんも飲むもんねぇな」

    冷蔵庫にあったミネラルウォーターは仕事をしながら飲み干してしまい、空っぽ。
    他に飲み物を買ってきてもいなかった。自宅なら水道水でもいいが……ホテルでそれは、ちょっとな。

    諦めて眠る前に飲み物だけを買おうと、財布と鍵を手に取り、上着を羽織って部屋を出た。

    「自販機って1階だっけな……」

    エレベーターに乗り込み、1階へ。
    この時間になると流石に館内の照明もところどころ落とされて暗い。足元に注意しながら進むと、暗がりの中でも燦々と明るい一角が目に飛び込んできた。

    そしてその前のベンチに座る、ヒトの影も。
    確認して小さくため息を吐くと、俺はそちらへ静かに進み、その隣にどっかりと腰を下ろした。

    「子供が夜更かししていい時間は終わったぞ」
    「ぁ……」

    怪訝そうにうつむけていた顔をハルカが持ち上げて、すぐに俺だと気づいて取り繕うようにあたふたとし始めた。

    「ぁ、と、トレーナー、さん……」
    「どうしたんだよ」
    「……その、眠れなくて……」
    「眠れない?」
    「はい……今日の、ソラちゃんのレースを見て、から……」
    「……なんかあったのか?」
    「い、いえ、その……、……はい、少し、悩んでいて」

  • 123◆iNxpvPUoAM23/05/14(日) 16:26:55

    悩み事……悩み事かぁ……。
    こういうのって俺、どうしたらいいんだろ。
    レースに関係することなら乗ってやれるし、むしろ相談してほしいわけだが……。

    もしも女の子のことに関するデリケートな話題なら、変に聞いたりしない方がいいような。
    ソラにそれとなく声かけて相談乗ってもらうよう頼むか?

    どうしよ……。

    「ぁ、その、トレーナーさんに、相談しなくてはいけないこと、なんです」
    「……あ、あぁ」

    迷っている俺の様子を察したのか、ハルカは自分から悩みの種について明かしてくれた。
    ……が、浮かない顔のまま。

    「なんですが……そ、の……まだ、自分の中でも、答えが見つかって、いなくて」
    「……そうか」
    「そ、それで……部屋でひとりでいても、悩んでしまうので、少しお散歩を、しようと……思ったんですが」
    「それでこんなとこに?」
    「はい……温かいものでも買って、少し、外を歩こうかな、と」
    「なるほどな」
    「す、すみません……明日は大阪を観光、ですよね。早く寝ないと、ですよね……すみません、すぐに帰ります、から」
    「ハルカ」
    「ぁ、……は、はい」
    「俺に付き合ってくれ」
    「……ぁ、はい、喜ん、で……、……ぇ?」

  • 124◆iNxpvPUoAM23/05/14(日) 16:30:36

    「?」
    「ぇ、え……つ、え……おつき、あい……え?」
    「ハルカ?」
    「ぁ、あれ、ぁ、え、あれ……わ、私また、妄想しちゃって……? え、ぅ、ううんそんな、でもトレーナーさん、え……私と、付き合っ……えっ、ええっ!?」
    「ちょ、落ち着いて、落ち着いてくださいハルカさん!?」
    「お、おち、落ち着き、ます、ますから、その、ぇと、つ、付き合っ……えっ!?」
    「あ、そういうことか! ごめん、ごめん俺が悪かった!」
    「……え?」
    「散歩、散歩です! ごめん変な言い方して困らせた、ごめん!」
    「……さん、ぽ……」
    「外を散歩しようと思ったんだろ? 俺もするから、付き合ってくれ……って、そういう、ね?」
    「ぁ……あ、ぁっ……わ、私、なんて、か、勘違いを……っ……!」
    「ごめん……」
    「は、恥ずかしい……死んで、しまいそうです……」
    「死なないでくれると嬉しいです……でも、本当にごめんなさい……」

    慌てふためくハルカを宥め、とりあえずホテルを出る。
    自動ドアを抜けると、冷たい風が俺たちを撫でた。

    3月とは言え夜は冷える。
    西宮は街中とはいえ、山と海に挟まれた地形のせいか結構冷える。
    俺もハルカも軽く上着を羽織ってはいるが、もう少し厚手のものを用意してもよかったかもしれない。

    「冷えるか?」
    「ぁ……ですが、耐えられ、ます」
    「……」

  • 125◆iNxpvPUoAM23/05/14(日) 17:15:35

    ゆっくりと、明るめの道を歩いていく。
    別に治安が悪いとかではないが、なんとなくハルカを暗がりを歩かせるのは気が引けた。

    そもそも学生……未成年を夜中に連れ出してる時点で警察に見つかったらおしまいだ。

    軽く歩いて気分を変えて、さっさと帰るようにしなくては。

    当てもなく歩くこと数分。
    ぽつりぽつりと、ハルカが悩み事を話し始めた。

    「ソラちゃんの、レース」
    「今日のレースを、見て……思ったんです」
    「私は……クラシックを、どう走りたいんだろう……って」

    「どう、走りたい?」

    「はい……ソラちゃんは、きっと……大きな理由があって、走っています。それがどんなものかは、わかりませんが……」
    「それに対して、私は……どうなんだろう、って」

    「……ハルカの夢は、天皇賞だよな」
    「ぁ、……はい、天皇賞……春と、秋。ふたつの盾をとりたい……です」
    「クラシックのGⅠ……皐月賞、日本ダービー、菊花賞には興味がないのか? ティアラ路線にも」

  • 126◆iNxpvPUoAM23/05/14(日) 17:34:44

    「興味は、あります……ティアラ路線も、あります。でも前にお話した通り……私は、短い距離を走ると、もうひとりの私に頼り切ってしまい、ます」
    「そっちのハルカも、結局はハルカだろ? ハルカの力、だと思うけどな」
    「はい……その、私もそう、考えました。司令官さんも、そう……言っていました」
    「……だよな。けど、ハルカは?」
    「ぁ、……は、い。私、は……私の、……この私の、力で走る……レースをしたい、です」
    「今のハルカの、力」
    「もうひとりの私に頼らなくても、走れるように……もうひとりの私に、心配をかけないように……」
    「……」
    「私ひとりで、勝ちたい、です」
    「……うん」
    「でも、私は鈍臭くてのろま、ですから……出遅れ、治らなくて……短い距離だと……」
    「難しい、かもな……」

    「はい……立て直した頃には、もう……手遅れに、なってしまいます」
    「でもスタミナは、その、トレーナーさんが言ってくれた、みたいに……走るスタミナは、ある、みたいなので……長距離、なら……出遅れ、しても……大丈夫、だと思って」
    「そんな私でも、走れそうな……のが、天皇賞……春、で」
    「私の名前にも、ある……春、で」
    「私は……そのことばかり、考えてしまうんです。もうひとりの私は、クラシックを走りたいと思っている、みたいなんです……けど」
    「トレーナーさんはやっぱり、走った方がいいと、思いますよね……? クラシック、GⅠ……」

    「……」
    「ハルカが走りたくないなら、俺は無理に勧めない」

    「ぇ……」

  • 127◆iNxpvPUoAM23/05/14(日) 18:08:29

    「走るのはハルカで、夢を目指すのもハルカなんだ。俺はあくまで、その隣で一緒に歩いていくだけなんだ」
    「ハルカが夢に向かって走っていけるように、隣をついていって、支えるのが俺なんだ」
    「だから……ハルカが走りたくないなら、走らせない。俺はハルカの気持ちに寄り添うよ」

    「……とれ、……なー……さん……」
    「だから……その、あれだ。走りたくないなら、無理して……その、走らなくてもいい」
    「はい……ありがとう、ございます」
    「まだ、悩んでるよな?」
    「……はい」
    「俺も明確な答えを出してやれない。ハルカが春天と秋天のことだけを考えて走りたいというなら、俺はそれに全力で応えたいと思う」
    「……」
    「可能な限りの長距離レースへ出走できるように立ち回る。ハルカがもうひとりのハルカに誇れるように、トレーニングだって相談だって、いくらでも付き合うよ」
    「……でも、と、トレーナーさんには、ソラちゃんが……」
    「ああ、ソラのことも疎かにしたりなんかしない。どっちかを見て、どっちかを……なんて事にはしない。ハルカもソラも、俺の大切なウマ娘だから」
    「……、ぅ……」

    ……ここまで言って、急に恥ずかしくなってきた。
    やべぇ、かっこつけすぎだろ俺……。
    い、いや、ここまで来たら行き切った方がいいだろ!

    「ま、……まあ、だから、さ」
    「……ぁ、っ……」

    寒そうに擦り合わせるハルカの手を取り、俺は立ち止まる。向かい合わせになるよう彼女の対面に移動し、視線を合わせた。

    冷たい手先を両手で覆って、温めながら。

  • 128◆iNxpvPUoAM23/05/14(日) 18:10:38

    「決まった形なんてないんだ。ハルカにはハルカの道がある。その道を歩く手伝いを、俺にさせてくれないか?」
    「……、ぅ……ぅ、っ……」
    「ぁ、ぇ、ぁぁ……ぁ〜……」

    な、泣き出してしまった……。
    何かまずいことを言ってしまったのだろうか。
    それとも俺が手に触れたのがダメだったのか。

    でもいつも腕組んできたりくっついたりするだろ────と思いかけて、そういえばそれはもうひとりのハルカの方だと考え直し、反省。

    このハルカは、男が苦手だと言っていた。
    俺とは話してくれるし、慣れてきてくれているようだからと……油断していたのかもしれない。

    「ご、ごめん……」

    ひとこと謝って、握ったままだった手を放そうとして────

    「ち、がっ……違う、んです……っ」
    「……え?」
    「私、……嬉しく、て……っすみ、ません……」
    「ぉ、あ……ぁぁ」
    「ごめん、なさい……」
    「え、いや、そんな謝らなくてもいいよ。泣いたくらいで……」
    「そう、じゃなくて……私、心の、どこかで……思って、いたんです」
    「……え?」
    「トレーナー、さんも……なんじゃないか、って」
    「……?」
    「私が、この相談をしたら……クラシック、GⅠ、出た方がいいって、言うんじゃ、ないか、って……」
    「……あぁ」

  • 129◆iNxpvPUoAM23/05/14(日) 18:15:14

    「ずっと、ずっと怖くて……悩んで、いて……トレーナーさんは、っう……私のこと、考え、て……ぅぅ、っ……くれてる、って……分かってる、はずなのに……っ」
    「なのに、なのに……不安、で……相談、したくても……ソラちゃん、は……っ、あなたの、妹さん、だから……言え、なくて……」
    「お兄さんの、こと……疑ってる、なんて……絶対、傷ついて、しまうと……っ、……おも、思う、から……ぅぅ、っ……」
    「勇気、出して……相談、しました……そした、ら、っ……、そした、らぁ……っ……」
    「……、……っ、トレーナーさんは、そんなこと、ひとことも言わなくて……私の、ことだけを、考えてくれて……嬉しくて、泣いて、しまって……すみません」

    涙を流しながらの謝罪……いや、懺悔だ。
    俺のことを、心のどこかでそう思っていた懺悔。
    そんなことしないと口では言っても、本当にそうか疑う気持ちはわかる。

    俺だって信用してない奴だっているし、ソラの口から出てくる言葉の8割は信用に値しないと思ってる。

    だからハルカもきっと、そうだったんだ。
    優しくて純粋で、可愛い子が……不安だったんだろう。

    大切な時ほど言葉ではなく行動で示さなければならない。
    俺はそう思っているから……安易な行動は、したくない。
    軽い言葉で唆したり、思考を捻じ曲げようなんて、したくない。

    だからまあ、とりあえず、今は。

  • 130◆iNxpvPUoAM23/05/14(日) 18:24:08

    「……悪い、ハルカ」
    「ぅ、……、っ……、は、……い……?」
    「ティッシュ持ってなくて……涙、拭けるものがなくて」
    「……」
    「だから……その、だからさ」

    ただ、泣いたままの女の子を、道端で立ったままにさせるのが、忍びなかったから。

    両腕を開いて、招き寄せる。

    「気が済むまで……胸、貸すから」
    「……、ぅ、……っ、……っ……」

    するとハルカはさらに瞳から涙を溢れさせ、俺の胸へ結構強めに飛び込んできた。
    両腕を背中まで回し、ぎゅう、と抱きついてくるハルカ。

    俺は呻き声をあげそうになるのをなんとか堪え、胸の中で静かに泣くハルカを守るように身体とコートで隠して。

    周りから目立たないように、して。

    落ち着くまで、彼女の頭を撫でていた。

  • 131◆iNxpvPUoAM23/05/14(日) 18:47:17

    ・・・

    「……、……すみ、ません。もう、大丈夫、です」

    数分後、目元を赤く腫らしたハルカが顔をあげた。
    まだまだ瞳は潤んでいるし、鼻はぐずぐず言わせているが、それでも流れる涙は止まっていた。

    ……あぶねぇ。
    あんまカッコつけてこういうことやるもんじゃないわ。
    ハルカからするいい香りとか、柔らかさとかで慰めるどころじゃなくなりそうだった。

    必死に気分が萎えるようなことを考えてなんとか乗り切り、ハルカが離れたところで軽く息を吐いた。

    そんな心の内を悟られないよう、必死に表情筋に力を入れる。

    「……もう、大丈夫か?」
    「は、ぃ……だいじょうぶ、です……もう、泣いたり、しませんから」
    「無理は、しなくていいからな」
    「ありがとう、ございます……」
    「俺は……なんだ、その……あんまり言葉で言うと、軽い気がして好きじゃないんだけどさ」
    「……はい……?」
    「ハルカの夢が、俺の夢だから」
    「……、……」

    ハルカがぽかんと口を開けて、俺を見つめる。
    ……。
    今の、告白みたいですね?
    勢いに任せて、とんでもないことを言ってしまった気がするが……訂正はしない。
    偽りのない、本当の気持ちだ。

  • 132◆iNxpvPUoAM23/05/14(日) 18:51:46

    俺はハルカの夢を応援したい。
    その夢を追いかける手伝いがしたい。
    ハルカが見る、夢の先を、俺も見たい。

    そのために出来ることならなんだってやる。
    手伝えることなら、なんでもやる。
    堂々と自分の夢に誇りを持てるようにしてあげたいと、心からそう思ったんだ。

    「……ふふ、最初から、トレーナーさんと出会えれば、よかったです」
    「その頃の俺は……多分、ソラともまだ再会してなかっただろうな」

    「はい……で、でも、今、会えて……よかったです」
    「ありがとう、ございます。嬉しい、です……っ」

    ハルカがまた少しだけ溢れた涙をヒト差し指で拭いながら、俺を見上げて笑った。

    ……よかった、笑ってくれた。
    もう大丈夫そうだな……と、ホッとしたのも束の間。

    「トレーナーさんは、本当に、私の、白馬の、ぉぉぉおおおお……っ!!」

    ハルカがいきなり悶え始め、俺はギョッとした。

    ウマ耳をへにゃりと垂れさせて恥ずかしさに悶えながら、俺の胸に頭を乗せて身体を拗らせている。

    「だ、大丈夫……?」
    「す、すみません……は、恥ずかしいことを言ってしまいそう、だったので……な、なんとかこらえました……っ」
    「……なる、ほど……」

    白馬の……まで言われたら、流石にわかるんだけど……黙っとこう、その方がいい。

  • 133二次元好きの匿名さん23/05/14(日) 19:44:38

    このレスは削除されています

  • 134◆iNxpvPUoAM23/05/14(日) 19:45:17

    「もう、大丈夫、です。もう、もう……失態は、見せません、ので……っ」
    「いいよ、気にしなくて。そういうの見せられる相手がいた方が、気を抜けるだろ」
    「……で、でも……」
    「?」
    「き、嫌いに、なったり……し、しませんか……?」
    「え? 嫌い?」
    「私の、こと……その、みっともない、姿……見せて、しまったら……っ」
    「なるわけないだろ」
    「……で、は、その……これから、も……かっこ悪いところ、とか……お店、してしまうかも、しれませんが……」
    「ああ、いいよ。嫌いになったりしないし、むしろそういうところがあった方が好感が持てる」
    「……でも、トレーナーさんは、かっこいいところ、ばっかりで……素敵、です」
    「ぁ、……お、おう、そか……」
    「……え、へへ」

    ふにゃりと笑う、ハルカ。
    その笑顔がとても子供のようで、可愛らしくて、俺は照れ臭くて目を逸らした。

    ……なんだか、むず痒い。
    照れくさいと言った方が正しいかもしれない。
    でも、まあ、こういうのも、悪くはないのかもしれない。

    ハルカは、ソラやミヤコとはまた違う雰囲気で楽しいヒトだ。
    そんな子が悩んで涙を流すのは、俺が耐えられない。

    この子を引き取って良かったと、心の底からそう思えた。

  • 135◆iNxpvPUoAM23/05/14(日) 19:46:21

    ようやくハルカの涙も落ち着いて、元気を取り戻したかと思ったその瞬間のこと。

    「くしゅっ」
    「ん……寒いか?」
    「……、すこし……でも、平気です」

    ぎこちない笑顔で返すハルカ。
    少しだけ肩を振るわせ、指先に息を吹きかけている。

    流石に長時間、外出しすぎたな。

    「せめて、ホテルに戻るまで」
    「え、……っ」

    自分の上着を脱いで、ハルカの肩にかけてやる。

    女の子が身体を冷やすといけないから。
    特にウマ娘は身体が資本だ。風邪をひいて走れないなんてことがあったら、俺はトレーナー失格だ。

    「と、トレーナー、さん……?」
    「少しはマシだろ?」
    「で……も!」
    「俺は大丈夫。早く帰ろう」
    「は、ぃ……」

    せめて冷たくなった手先だけでも温めてあげようと、ハルカの手を取って歩き出す。
    途中のコンビニで温かい飲み物を買って、ふたりで飲みながら、他愛のない会話をしながらホテルへ。

    程なくしてホテルへ到着し、ハルカの部屋の前まで。

  • 136◆iNxpvPUoAM23/05/14(日) 19:47:56

    「悪い、夜更かしさせちまったな」
    「いえ……私こそ、トレーナーさんの時間を、とらせてしまって……」
    「それはいいの。俺の時間はお前たちのためにあるもんなの」
    「それ、は……ダメ、です」
    「え?」
    「トレーナーさんにも、休む、時間は……必要、です……っ」
    「それは……分かってる。ちゃんと休むし、息抜きもするよ。ちょうど最近、手酷く怒られたところだしな」
    「ぇ、怒……っ、…ソラちゃんに、ですか……?」
    「ああ、トレーナーの先輩にな。自分の優先順位を下げすぎだ、って」
    「……ぁ」
    「もうひとりのハルカにも似たようなこと、言われた後だったから、すげぇ堪えた」
    「ぁ、す、すみ、ません……わ、私……」
    「あ、いいんだよそれは。気にしないで」
    「トレーナー、さん……」
    「いつも気にかけてくれてありがとな。もうひとりのハルカにも、そう伝えといてくれ」
    「……、……ありがとう、ございます」
    「うん……それじゃあ」
    「ぁ、はい、おやすみ、なさい」
    「……いや、あの、上着」
    「ぁ、ぁ、ぁ、ぁっ!」
    「あの、ハルカさん?」

  • 137◆iNxpvPUoAM23/05/14(日) 19:48:42

    「そ、その……こ、これ、借りても、いい……ですか……?」
    「……え?」
    「そ、の……男の子、から……こんなこと、してもらうの……夢、だったんです」
    「……ぉ、おお」
    「なので……その、もう少し、だけ……」
    「ぁ〜……、じゃあ、貸し、とく」
    「……! あ、ありがとうございますっ」
    「ん、じゃあ……おやすみ」
    「は、はいっ! おやすみなさい、と……、……カケル、さん」
    「……えっ」
    「ぉ、あ、い……いえ、その……い、言い間違い、です! おやすみなさい、トレーナーさん!」

    捲し立てるように言って、ハルカは自分の部屋へと消えていった。

    ……なん、え? なぜ名前……?
    いや、うん……うーん……女王モードのハルカは俺をカケル様、とかって呼ぶし、その影響か……。
    ……まあ、いいか。

    ホテルの暖かい空気で眠気がやばい。
    まともに考える力も出てこないし、俺も早く部屋に戻って寝よう。

    明日もあるし、早く寝ないとな。

  • 138◆iNxpvPUoAM23/05/14(日) 21:33:50

    翌日、ホテルのロビー────

    「おはよ」
    「おう」
    「……あれ?」
    「ん?」
    「にぃに昨日寝た?」
    「寝たよ。なんで?」
    「目元のクマ」
    「……あぁ」
    「何時に寝たの?」
    「あー……2時、過ぎてたな。仕事してた」
    「え、アホなの? あたしより仕事が大事なの?」
    「うるせーよ、色々あんの」
    「ほんと自分を大切にしなさいよね〜」
    「へいへい」
    「冗談で言ってないからね、お兄ちゃん」
    「分かってる、大丈夫だよ」
    「なら、いいけど」
    「心配してくれてるのか」
    「当たり前じゃん」
    「……そ、か」
    「ハルカ先輩ももう来てるよ。1番最後ですよ、お兄様」
    「悪い」

  • 139◆iNxpvPUoAM23/05/14(日) 21:36:01

    午前9時、ホテルのロビーに集合。
    昨夜はハルカと解散した後、身体が冷えたせいかなかなか眠れず、もう一度風呂に入ってからベッドに潜り込んだのは実は2時ではなく、3時を過ぎていた。

    スマホにはソラから雑談のLANEが入っていたが、時間も時間だったため返せずそのまま。
    機嫌が微妙に悪いのはそのせいだろう。

    仕事は仕事、嘘は言ってない。
    ウマ娘の相談に乗ったり、メンタルケアをするのは立派な仕事だ。

    おかげでハルカの思いも知れた。
    気持ちも新たに繋がった、気がする。

    ソラのGⅠに、ハルカの天皇賞。
    それぞれへのプランも新たに考えなくちゃいけないが、やりがいはある。

    ともかく、今日は休息。
    大阪観光して帰ろう、という話。

    ホテルのチェックアウトを済ませ、西宮北口駅から大阪は梅田へ向かって電車に乗る。

    30分ほど揺られて梅田に到着したところで、どう行動するかという話し合いで────

    「ぁ、あ、あ、あのっ! わ、私、行ってみたいところが……っ!」

    鼻息荒く、ウマ耳と尻尾を大暴れさせながらハルカが言った。

    「行きたいってどこに?」
    「日本橋、です!!」
    「ああ、日本橋か」

  • 140◆iNxpvPUoAM23/05/14(日) 21:36:46

    「ねぇにいやん、日本橋って東京にもなかったっけ」
    「それとは別だな。こっちはニッポンバシ」
    「なにが違うの……」

    「ぇと、西の秋葉原、と言えば、分かっていただける、かとっ」
    「ぁ〜……なるほど、めっちゃ分かりやすい……」

    「俺たちも行くか?」
    「ぇ……」

    「え〜……めっちゃ顔引き攣ってますけれども……」
    「ぁ、えと、その……い、色々と、その……お買い物、とか、見たいもの、とか……が……ぁの、はい……」
    「じゃあ別行動します?」
    「か、可能であれば、ぜひ……」
    「にぃやんも大丈夫?」

    「あぁ、俺はいいけど……ハルカ、大丈夫か?」

    昨日のことがあり、なんだかハルカ贔屓な思考をしてしまう。
    可能なら一緒に行ってやりたいし、何かあったら、と考えてしまう。

    が……。

    「大丈夫、です、はいっ」
    「なら、別行動にするか。それぞれ何かあったら連絡しあうってことで」
    「は、はい!」

    言うが早いかハルカは荷物を手に、嬉々として我先にと日本橋方面へ向かう電車を求めて駅構内へと消えていってしまった。

    そして残された俺たち、ふたり。

  • 141◆iNxpvPUoAM23/05/14(日) 21:38:17

    ニヤニヤと嬉しそうな顔をしたソラが俺の脇腹を肘で小突き始めた。
    なんだこいつ、やんのかこいつ。

    「へいへい、お兄様よぅ」
    「あ?」
    「ふたりっきり、ですよ」
    「だな」
    「分かってなさそうなのでもう一度言います」
    「は?」
    「ふたりっきり、ですよ」
    「だからなんだよ」
    「デートですよ、デート!」
    「はぁ?」
    「今日は制服じゃなくて私服。しかも結構しっかりキメたお出かけコーデ! デートでしょ!」
    「アホなの?」
    「も〜、ノリ悪いんだから〜」
    「え、うざい……なに……」
    「大阪デート! いくよっ」
    「ちょ、おい引っ張んなって」

    ソラに手を引かれるまま、俺たちも電車へ。
    移動すること数分、到着したのは道頓堀。
    あのグリコの看板とかで有名なあれ。

    慣れない駅を案内板に従って移動し、外へ出るとそこは商店街の中。
    日曜だということもあるせいか、あたりはヒトでごった返していた。

  • 142◆iNxpvPUoAM23/05/14(日) 21:39:14

    「……めっちゃヒトいるなぁ」
    「ヒト多い場所に行くたびにそれ言うよね、あたしたち」
    「マジだしな」
    「まあね、マジだもんね」
    「なんか、来る曜日待ち構えた気がする。めちゃくちゃ移動するのめんどくさそう……」
    「気をつけろよ。ヒト混みに飲まれたら、お前もう帰ってこれなくなるぞ」
    「どこまで連れてかれるんだよあたし……」
    「あれだろ、あの、橋から落とされるやつ」
    「あ、テレビで見たことある。あれほんとにやってるのかな」
    「どうだろな。でもニュースでも動画出してたりするし、マジでやってるんじゃないか」
    「にぃにやってみようよ」
    「やらねーよ。バカじゃねーの」
    「バカじゃなきゃそんなことしないでしょうよ。にぃやんみたいな」
    「お前ぶん投げるぞ」
    「おぅ、力比べでウマ娘に勝てると思うなよぅ!」
    「へいへい、参りました。とりあえず行こうぜ、どっちだ?」
    「あ、えーとね、あっちだと思う! グリコの看板!」
    「はいよ」
    「よーしあたしについて来るがよ〜い!」

    くだらない会話をしながら移動、しようとして。

    なぜか成瀬先生────サツキちゃんに言われた言葉を、思い出してしまった。

    「ソラ」
    「へ?」

    ひとりでずんずん進もうとするソラを呼び止めた。
    立ち止まったソラの隣までゆっくりと移動して、右手を差し伸べる。

  • 143◆iNxpvPUoAM23/05/14(日) 21:52:59

    「ほれ」
    「え、なに?」
    「手」
    「……」
    「手、ほら」
    「え、なになになに」
    「手、繋ぐ」
    「なんで……えっ、どういう、あれですか……」
    「お前はぐれるだろ。いいから早く出せよ手」
    「ぁ、は、はい……」

    状況が飲み込めないのか、ひたすら困惑した表情のまま、ソラが左手を俺の手に重ねた。
    それをぎゅっと握り、ゆっくりとソラが示した方向へと歩き始める。

    「……いいの?」
    「なにが」
    「手……繋いで」
    「繋いでないと俺が不安だからな」
    「なんすか、それ」
    「なんでもいいだろ」
    「……へへ、意味わかんないっ」

    ふにゃっと笑うソラ。
    何かを確かめるように握る手に力を入れたり、もぞもぞさせたりする。
    それがくすぐったくてキレようかと思ったけど、こいつがあんまり嬉しそうな顔をするので、諦めた。

    耳と尻尾までぱたぱたさせて、なにが嬉しいのやら。

  • 144◆iNxpvPUoAM23/05/14(日) 21:56:59

    「ねぇ」
    「なんだよ」
    「あたしたちってさ、人間とウマ娘だから、そんな、似てないわけじゃん。髪の色とか、体格とか」
    「まあな。そればっかりはうちのおかんもおとんも、どうにもできねーだろ」
    「へへ、そうだよね。でね、だからさ」
    「あん?」
    「……こうしたら、さ」

    ソラはするりと握った手を動かして、俺の指のあいだに、自分の指を交差させて、絡ませるように握り直す────

    ……おい、待て、これって。

    「へへ〜、恋人、って思われちゃいそう」
    「手を放せ。この繋ぎ方を直ちにやめろ」
    「や〜だよ〜」
    「にぃにの恋人繋ぎ童貞はあたしがもらったぞ! フハハハハハ!」
    「……うぜえ」
    「ハルカ先輩には悪いけど、感謝しなくっちゃ〜」
    「あ?」
    「だってハルカ先輩いたらにぃに絶対手握ってくれなかったでしょ」
    「ハルカに繋いでもらったな」
    「じゃあやっぱり感謝しなくちゃですね。お膳立て、ってやつですよ」
    「アホなの? お前」
    「バカはそちらですよ兄上。あたしの手を握ったら、こうなることくらい予測できたでしょう?」
    「放せ」
    「やだ」

  • 145◆iNxpvPUoAM23/05/14(日) 22:15:27

    「……」
    「今日はため息も舌打ちも効かんぞぉ〜? いまのあたしは最強だからなぁ!」
    「もう好きにしろよ。何も言わない」
    「……え、いいの? ほんとに?」
    「うるせーな」
    「やた! お兄ちゃんとガチデートじゃん!」
    「黙れ」
    「無理〜!」
    「なんなんだよお前……今日ちょっとおかしいぞ」
    「ご褒美でしょ?」
    「なにが?」
    「昨日のチューリップ賞に勝ったご褒美、でしょ?」
    「……あぁ」
    「今日はあたしのこと、恋人って思ってデートしてよ」
    「いや無理だろ」
    「無理でもやれよご褒美だろ」
    「いやいや」
    「いやいやいや」
    「いやいやいやいや……」
    「んだよしつけーな! 無理だっつってんだろうがよぉ!」
    「それでもやれっつってんだろ、しつこいのはどっちだよ男なら覚悟決めろよ!」
    「なんでお前がキレてんだよふざけんなよ」
    「まあ聞けよ、聞いて、あたしの話聞いて」
    「あ?」

  • 146◆iNxpvPUoAM23/05/14(日) 22:16:18

    「まずふたりでデートします」
    「しない」
    「聞けっつってんだろ」
    「……」
    「まずふたりでデートします」
    「……」
    「返事しろ」
    「なんなのお前マジで……はぁ、んで?」
    「手繋いで歩き回って、たこ焼きとか食べ歩きグルメを楽しみます」
    「うん」
    「ちなみに全部食べさせっこします」
    「はあ?」
    「聞け」
    「……」
    「ここを楽しんだらあべのハルカスに行きます」
    「はあ」
    「最上階の展望台でカップル写真を撮ってもらいます」
    「いや撮らないからね?」
    「撮ります」
    「嫌だって」
    「撮るの!」
    「嫌だっつってんだろ!」
    「撮るから!」
    「……」

  • 147二次元好きの匿名さん23/05/14(日) 22:20:54

    このレスは削除されています

  • 148◆iNxpvPUoAM23/05/14(日) 22:40:46

    「展望台でゆっくりランチしたり大阪の風景を楽しみます」
    「……あ?」
    「最後はキスをしてデートは終了。完璧なプラン。即興にしては上出来すぎる、あたし天才」
    「たこ焼き食う以外却下」
    「なんでだよぅ!」
    「当たり前だろ、バッカじゃねーの。絶対無理」
    「そんなこと言いつつも握った手を放そうとはしない兄なのであった」
    「……」
    「おい、言われたからって急に放そうとするな? バレバレだぞ?」
    「ったく……」
    「出ました、にぃにの『ったく……』! これ出たら諦め入ったってことなのであたしの好きにさせてもらお〜!」
    「お前……今日特別うざいなぁ……」
    「おい、しみじみ言うのやめろ? 普通に胸にくるからな、楽しい気分台無しだからな」
    「とにかくそのプランは無し。調子乗んな」
    「へいへーい。じゃ、手繋ぐだけで我慢しとく」
    「……あれ? なぁ、ソラ」
    「? どしたの?」
    「お前、さっき恋人繋ぎ初めてって言ったよな」
    「え、うん」
    「前にもやったろ」
    「え、いつ?」
    「神戸のイルミネーションで」
    「……あー」
    「放すか」
    「放しませんけど。忘れてたんで、改めて覚えるためにしますけど」
    「……」
    「絶対放しませんけど」
    「へいへい……」

  • 149◆iNxpvPUoAM23/05/15(月) 00:32:03

    「あれ、なんかここ見たことない?」
    「来たことあんの? 修学旅行とか?」
    「ううん、はじめて来た」
    「じゃあテレビだろ」
    「テレビはテレビなんだけど……あ、あれあれ! ゲーム! ほら、ヤクザの!」
    「……ああ、あれか」
    「兄貴の好きな、ケジメです」
    「よぉく見とれや〜!! だな」
    「へへ、そうそう〜! あれほんと怖かった」
    「懐かしいなー。俺もちょっときつかったわ」
    「ね」
    「おい、俺の小指触んな」
    「にぃにの好きな、ケジメです」
    「やめてくれる? お前が本気出したら骨折るくらい余裕だからな?」
    「1本1本折っていったら、お兄ちゃんはあたしから逃げられなくなるね……?」
    「嫌だわ……マジで嫌だわ……」
    「その嫌はどっちの嫌なんだい? 折られるのが嫌なのか、あたしから逃げられないのが嫌なのか」
    「お前」
    「折られる方がマシってか! ちくしょう!」

  • 150◆iNxpvPUoAM23/05/15(月) 00:34:02

    「無料案内所とかあるのかな」
    「うわー……いやだわー、お前の口からそのワード聞きたくなかったわー……」
    「あっちの方だっけ」
    「探すなよ」
    「聖地巡礼ってやつですよ」
    「街並み見るだけで勘弁してくれ」
    「ちぇ〜」
    「で、どうすんだよ」
    「どうって?」
    「たこ焼き食うのか、例の看板見に行くのか」
    「たこ焼きがいいな〜、お腹すいた」
    「どの店する?」
    「全部でしょ」
    「食えるかよそんなに」
    「あたし食えそう。ウマ娘の食欲、舐めたらいかんぜよ」
    「まじで俺知らねーからな」
    「まっかせんしゃ〜い!」
    「買うなら6個入りだぞ。1番少ないやつ」
    「わかってるわかってる〜」

    ・・・

    「お兄様〜、買ってまいりましたよ〜」
    「おう」
    「はい、手」
    「ん?」
    「繋ぐでしょ」
    「……ほれ」
    「へへ〜」
    「食おうぜ。腹減った」

  • 151◆iNxpvPUoAM23/05/15(月) 00:36:08

    「うん、食べる食べる〜……あ、手繋いでたら箱開けにくいな」
    「じゃあ放せよ」
    「それはやだ」
    「……」
    「ん、しょ……よ、っと」
    「? ……あ?」
    「ど、どうかされました〜? おにいたま?」
    「あのさ」
    「……はい」
    「なんで8個入り買ったの?」
    「えっと〜……あの……おじさんが、あの、おまけしてくれるって、言うから?」
    「食えるの? 他の店」
    「……」
    「食えるの? 他の店」
    「……」
    「食えるの? 他の店」
    「何回も同じトーンで言わないでよ怖いじゃん!」
    「お前がやってきたお返しだわ! 俺絶対食わないからな!」
    「わかりましたよ、食べますよ……でも行けるお店2軒くらい減りそう」
    「行く気はあんのかよ……」
    「ほらにぃに、たこ焼き持って」

    右手と左手を繋いだまま、ソラは俺にたこ焼きを入れ物ごと手渡してきた。

    「ぁ、おい……熱っ……」
    「慣れる慣れる」
    「お前な……」
    「いただきま〜す」

  • 152◆iNxpvPUoAM23/05/15(月) 00:40:26

    竹串2本を箸のようにうまく使い、見るからに熱そうなたこ焼きを自分の口へ運ぶ。

    「ほふ、ぁふ、はふっ……ふは〜!」
    「え、なんて?」
    「はふ、はふ、はふ……ん、ぅま〜、だよ」
    「……あ、そ」
    「でもほんとにめっちゃうまい! 近所のスーパーの安いやつもう食えなくなる、ハマる」
    「俺も食いたい。ソラこれ持って」
    「え?」
    「なに?」
    「持ったままでいいよ」
    「おま、まさか」

    全部自分ひとりで食うつもりじゃないだろうな────と続けようとして。

    「あーん」

    ソラがたこ焼きをこちらへ差し出してきた。

    「……は?」
    「あーん」
    「いや、いいから」
    「あーーん」
    「大丈夫です」
    「あーーーん」
    「自分で食うから、これ持ってってば」
    「あーーーーん」
    「いやだ……」
    「あーーーーんしろよぉ!」
    「嫌だっつってんだろうがよぉ! 自分で食わせろよ!!」

  • 153◆iNxpvPUoAM23/05/15(月) 00:41:18

    「お兄ちゃんアホなんちゃうの」
    「は?」
    「周りを見てみなさいよ」
    「なんだよ……」

    言われた通り、周りを見る。
    俺たちがいるのは開けた場所の、すみっこのほう。
    建物の影に背を預けてヒトの波から避ける形で避難している。

    ソラの言う、周り。
    俺たちと同じように建物の影や広場のすみっこに避難している、男女の組み合わせたち。

    そのどいつもこいつも、片方がたこ焼きを持ち、もう片方が食べさせたりしているのだった。

    「ね?」
    「ね、じゃねえよアホかよ。自分で食わせろ」
    「真似したいんでしょうが! デートだぞ? おわかりか?」
    「わかんねーよわかりたくねーよそもそもデートじゃねーよ!」
    「うるせぇよ早く口開けろよ!」
    「いいから竹串よこせって!」
    「一回だけ食べてよ〜! あーーーーーん!!!」
    「はぁ〜〜〜〜〜〜」

  • 154◆iNxpvPUoAM23/05/15(月) 00:44:19

    うぜぇ……まじでうぜぇ……。
    やっぱ俺もハルカと日本橋行けばよかっ……、……いやもういいわ。

    「……あーん」

    全てを諦め、死んだ目で口を開ける。

    「! あ〜んっ」

    そこへ、ソラは嬉しそうな顔をしてたこ焼きを俺の口へ運んだ。

    「ゔぉっ……ぶふ、っぐ、……っ!!」
    「ぁ、ごめ、あつかった?」
    「っ、……ふ、ふは、ぅ……っ」
    「え……やだ、お兄ちゃん顔やば。おもろ……撮っとこ」

    熱さに身悶えする俺を見てニヤニヤしながら、ソラはスマホで俺を撮影し始めた。

    「カケルくんあちゅい? あちゅい?」
    「ぉ、まっ……ぶ、っ……はふ、っ……」
    「ん〜? 今のはぶっ飛ばすって言おうとしたのかな〜? それじゃぶっ飛ばせないね〜」

    こ、のクソ妹め……!

  • 155◆iNxpvPUoAM23/05/15(月) 00:45:49

    「ふーっ……ふー……っ……」
    「あ、食べ終わった? どうよ、美味しかったでしょ」
    「……お前ぶっ飛ばす……」
    「やだ〜怖い〜」
    「こ、いつ……まじで、くそ……」
    「美味しかった?」
    「うまかったよ。うまかったけどさ……」
    「あ、火傷した?」
    「したよ。めっちゃした。中の皮がべろべろだ」
    「ありゃ、かわいそ。フーフーしてあげたらよかったね」
    「そういう問題じゃねーよアホ」
    「アホちゃいまんねん〜。はい、あーん」
    「もうやらない」
    「あと一回!」
    「やらない」
    「ふーふーしてあげるから!」
    「い・ら・な・い」
    「ごめんなさい〜! そんな死にそうな顔になると思わなかったんだって、ごめんなさい〜!」
    「お前さぁ、ほんと……ほんとお前さぁ……」
    「ゆるして〜!」
    「はぁ……じゃあちゃんと食わせてくれ」
    「わかった! ちゃんとふーふーして食べさせてあげるね」
    「そっちの食わせてじゃねーよ!」
    「えっ」
    「新しい竹串よこせ」
    「え……これしかない」
    「うそだろ」
    「いやマジ」

  • 156◆iNxpvPUoAM23/05/15(月) 00:47:58

    「店でもらってきてくれよあと2本」
    「いや〜……あのめっちゃ並んでるとこにもう一回行くのはちょっと……」
    「……」
    「あーんする?」
    「それでいいから貸して」
    「間接キスになっちゃうけど」
    「今更だろ」
    「普通にされるとそれはそれでつまんないな……やっぱあと一回あーんさせて」
    「嫌だ」
    「ちぇ〜。あたし持つよ」
    「おう」
    「はいこれ」
    「さんきゅ」

    ソラから竹串を受け取り、たこ焼きに突き立て切り込みを入れと割れ目から湯気が溢れ出した。
    これが俺の口の中で暴れてたのかと思うと、かなり嫌な気持ちになる。

    まじでソラ許さねぇ……。

    立ち上る湯気を見てげんなりしながら、少し冷ますべく息を吹きかけようとすると、そこにソラが割り込むように顔を寄せてきた。

    「……ふー、ふー」
    「おい」
    「これくらいはいいじゃん」
    「……」

  • 157◆iNxpvPUoAM23/05/15(月) 00:49:30

    「ふー……、ふー……、はい食べていいよ」
    「……ふー、ふー」
    「あたしを信用しろよっ!」
    「めっちゃ湯気出てますけど」
    「だいじょび。いけるいける」
    「……ぁー、……ん……」
    「いけますって! 迷わないで!」
    「いただきます……あ、ぐ」
    「どう?」
    「……、……ん、うまい」
    「やた〜!」
    「お前がなんで喜ぶんだよ」
    「ふーふーしたでしょ」
    「だから?」
    「あたしのふーふーのおかげでさらに美味しくなったんですよ」
    「アホなのかなこいつ」
    「いまお兄ちゃんのお腹の中には、あたしの息がいるわけですよ」
    「お前……」
    「……へ?」
    「ちょ、っと……」
    「ぁー、あの、……お兄ちゃん?」
    「きっもちわるいな……いまの」
    「ひどい! ……いや普通に気持ち悪いな、あたし」
    「なんなのお前、マジでなんなの……」
    「うん、いや……うん、うん……」

  • 158◆iNxpvPUoAM23/05/15(月) 00:50:55

    「なんで自分が言ったことで自己嫌悪してんの? 普通は俺だろ嫌な気分になんの」
    「ごめんお兄ちゃん……あたし気持ち悪いわ……」
    「いや、……あー……うん。今更だろ」
    「……おいフォローしろよそこ」
    「なんか言おうかと思ったけど……悪い、フォローのしようがなかったわ。お前めっちゃ気持ち悪いよ今のは……」
    「そんなはっきり言うことないじゃん!」
    「うん……いや、流石に、いつものノリじゃないレベルでキモかったわ……」
    「もういいって〜! 何回も言わないでいいって〜!!」
    「ちょっ、と……離れてもらえる? あと、手も……」
    「も〜〜〜〜!!! ごめんって〜! 反射で適当に喋ってごめんなさい〜!!」

    大阪に来ても、このくだらないやり取りばかり。
    俺とソラはずっとこうなんだろうな、なんて思いながら……。
    仕切り直すためにふたりでたこ焼き8個をたいらげるのだった。

  • 159◆iNxpvPUoAM23/05/15(月) 00:51:59

    本日はここまで
    ありがとうございました

    大阪のんびり観光デートを書く覚悟を決めた結果このスレのうちに桜花賞は絶望的になりました
    ごめんなさい

  • 160二次元好きの匿名さん23/05/15(月) 00:57:26

    お疲れ様です
    日常パート大好きなんでむしろ嬉しいです

  • 161二次元好きの匿名さん23/05/15(月) 00:58:24

    もっといちゃついても助かる命はあるのです。ゔっ

  • 162二次元好きの匿名さん23/05/15(月) 00:59:23

    お疲れ様でした

    観光デートがいっぱい見れていっぱい嬉しいのでモーマンタイです

  • 163二次元好きの匿名さん23/05/15(月) 02:21:43

    おつです
    イチャイチャパートはいくらあってもいいからな

  • 164二次元好きの匿名さん23/05/15(月) 08:48:39

    乙です
    兄妹の掛け合いでしか得られない栄養素がある

  • 165二次元好きの匿名さん23/05/15(月) 16:29:22

    保守

  • 166二次元好きの匿名さん23/05/15(月) 17:06:29

    おつ
    ハルカ先輩の日本橋編も書くべきなので次スレも桜花賞怪しくなっていいのよ?

  • 167◆iNxpvPUoAM23/05/15(月) 22:49:51

    その後、たこ焼き屋をいくつか巡ったりグリコの看板で写真を撮ったり、とりあえず大阪に来たらやってみたいことをやり尽くした。
    有名な肉まん──大阪では豚まんと呼ぶらしい──も食べ、もう昼飯いらんだろと思うくらいには満腹になっていた。

    時刻は13時。
    そろそろハルカと合流して、東京へ戻る方向へシフトしていかなければならない。

    明日は月曜日、普通に学校があるのだ。

    「そろそろ帰るか」
    「……ぇ」

    そう口にすると、ソラは絶望したような顔。

    「マジですか」
    「当たり前だろ。明日学校あるんだぞ」
    「……で、でもほら、もうちょっとデートは楽しめるでしょ、まだ通天閣とか行ってないし」
    「行きたいの?」
    「うん」
    「……ってもなぁ」

    夕方まで大阪で遊ぶとなると家に帰るのが億劫になってしまう気がしてしまう。
    ここでもう一泊、なんてやっちまうとふたりは平日に学校をサボることになるわけで。

    トレーナーとしてそれは見過ごせない。

  • 168◆iNxpvPUoAM23/05/15(月) 22:50:51

    「帰ろう」
    「……ぅぅう……」
    「なんだよ」
    「せっかくの大阪デート……」
    「デートじゃねぇって」
    「このあたしたちの姿を見ても、そうお思いか兄上!?」
    「なにが」
    「恋人繋ぎしてるじゃん!」
    「ほかには?」
    「えっ」
    「それだけか? デートっぽいの」
    「……えー……男女で、こう、お出かけして、こう……」
    「兄妹で出かけたらデートか」
    「あたしたちの場合は、そう」
    「帰るぞ」
    「くっそ……今すぐ学校に隕石落ちないかな……」
    「俺たちの家も吹っ飛ぶだろうな、そしたら」
    「じゃあ実家に帰れば……いや、ないな」
    「なにが?」
    「うちが吹っ飛んだら実家に帰ればいいじゃん、って言おうとしたけどやっぱなし。ふたりきりになれる場所ないもん」
    「ふざけんな、アホか」
    「は〜いふざけてま〜す! じゃあハルカ先輩に連絡入れるね、いまどこ〜って」
    「頼むわ」

  • 169◆iNxpvPUoAM23/05/15(月) 22:52:19

    ソラがハルカに連絡を入れてしばらく。
    なかなか返事がないので、近くのマックに入り休憩することに。

    「大阪まで来てマックて」
    「やっぱ知ってるとこが1番安心するよね、って。海外旅行行ったときに日本語聞こえるとホッとするみたいな」
    「いやまあ、わかるけど」
    「あたしなにしよっかな〜、結構お腹いっぱいだしな〜」
    「俺はコーヒーでいいや」
    「それだけ?」
    「うん」
    「ん〜……よし、三角チョコパイにしよっと」
    「まだ食うのかよ」
    「デザートは別腹よお兄様」
    「あれ結構腹にたまるだろ」
    「スイーツを腹にたまるって、オシャンティさのかけらもないな」
    「うっせーよ。いいから行ってこいよ、席取っとく」
    「はーい。あ、にぃにお金」
    「てめぇで出せや……」
    「あたし財布持ってない」
    「は?」
    「いい女は財布を持ち歩かない」
    「うぜぇ……なんだよそのドヤ顔」
    「最高にいい女の顔ですが」
    「最低なクソ野郎だな。……ほらよ」
    「やたっ。いってきま〜す」
    「へいへい……」

  • 170◆iNxpvPUoAM23/05/15(月) 22:56:50

    アイスコーヒーを受け取り、ミルクを入れてストローで軽くかき混ぜる。
    ソラもアイスティーにミルクとシロップを入れてかき混ぜて、ストローに口をつけて飲みながら続ける。

    「お兄様、ミティーとレイコーですってよ」
    「は?」
    「大阪弁でそう言うんだって。ミティーと冷コー」
    「なにそれ」
    「ミルクティーの略」
    「レイコーは?」
    「アイスコーヒーのことなんだって。冷えたコーヒーの略」
    「へー」
    「うーわ興味ない顔」
    「ない。まったくない」
    「これだからお上りさんは……郷に入っては郷に従えですよ」
    「関西人って適当な大阪弁喋られたらキレるらしいぞ」
    「あ〜、みたいだね」
    「だから俺は絶対喋らん。喧嘩売られたくない」
    「なーにビビってんすか先輩……その身長と目つきで返り打ちでしょうが」
    「身長はいいだろが。目つきは俺のせいじゃねーよ、おかんに言えおかんに」
    「にぃにに睨まれたらあたしもビビるからな……ってか、普通に口も悪いからそれでもビビらされてる」
    「お前がいらんこと言うからだろ」
    「コミュニケーションでしょうが、兄妹の! じゃれあってるんでしょうが!」
    「うるせーよ店の中だぞ、静かにしろ」
    「はい、すみません」

  • 171◆iNxpvPUoAM23/05/15(月) 22:59:25

    「ハルカから連絡は?」
    「ありませんね」
    「そ、か」
    「心配?」
    「帰るの遅くなるとなー」
    「明日学校かぁ……早かったなぁ、大阪旅行」
    「メインはレースだろ」
    「まね」
    「脚は大丈夫か?」
    「うん、今は平気。昨日はちょっと熱持ってたから、マッサージして湿布貼って寝た」
    「お前、なんでそれ言わねぇんだよ」
    「朝起きてもダルかったら言うつもりだったけど、治ってたから大丈夫かなーって」
    「……、ちょっとこっちこい」
    「え?」
    「いいから来い、隣」
    「あ、うん」

    ソラを隣に座らせ、脚を掴んで俺の太ももに乗せる。

    「ぇ、ちょ」

    軽く触診。
    医者じゃないから実際のほどはわからないが、多少の心得はある。
    脚首、ふくらはぎ、太ももと順に触れて確認していく。

  • 172◆iNxpvPUoAM23/05/15(月) 23:04:39

    「おい、マックでそれはやばいだろ、せめて個室とかでやれよ……」
    「お前が早く言ってたらカラオケでもなんでも入ってたわ」
    「ちょ、くすぐったいって」
    「……異常はない、か」
    「治ったって言ったじゃん」
    「念の為、反対側も」
    「どさくさに紛れて乙女の身体に触れたいなんて……」
    「お前ぶっ飛ばすぞ」
    「はい、すみません、確認お願いします」

    すぐに反対側の脚も太ももに乗せ、触れて確認。
    こちらも異常は特に見られず、安心してその脚を下ろした。

    「大丈夫だな」
    「ほら〜! にぃには心配性だな〜、も〜」
    「前に怪我したこと、忘れたとは言わせねぇぞ」
    「ん……だいじょび。ちゃんと覚えてるし、その時はちゃんと言うから」
    「約束だからな」
    「うん、約束」
    「さ〜て食べよ食べよ! あ、でもチョコパイ冷めちゃってるかも」
    「お前向かいの席戻れよ」
    「いいよここで。にぃにも食べる?」
    「俺はいい」
    「そう? ……、んふふ、うま〜」
    「……」

  • 173◆iNxpvPUoAM23/05/15(月) 23:06:12

    隣で幸せそうにチョコパイを齧るソラの声を聞きながら、アイスコーヒーに口をつける。
    腕時計が示す時間は13時40分。
    連絡を入れてから結構経ってるが、ハルカから返事はない。

    流石に、少し心配になってくる。

    ポケットからスマホを取り出しLANEを表示させて、ハルカへメッセージ。

    『俺たちは道頓堀にいるけど、ハルカは今どこにいる?』

    当然、既読はつかない。
    普段なら恐ろしい速さで既読がついて、数秒後には返事が届くはずなのだが────

    ぺちょ。

    と、頬に生暖かく、湿った感覚。それと、甘い香り。

    「……」
    「おいおいおい、にぃやんよぉ」
    「……ァ?」
    「うわ怖っ! その顔怖っ! めっちゃ睨んでる怖っ!」
    「なにしてんだ……?」
    「チョコパイ食べるかなって」
    「聞けよ!」
    「聞いたけど無視したんじゃん!」
    「はぁ?」
    「あたしを無視してメッセージたぁいい度胸だぜ。こうしてやるわ!」

    ソラが俺の頬にヒト差し指を押し付けて、それを動かし始めた。

  • 174◆iNxpvPUoAM23/05/15(月) 23:10:18

    「ぉまっ」
    「あ、動かないでっ
    「あのな、おい……」

    ぬるぬるした感触が気持ち悪い。
    この香りのせいでだいたい予想はできてるが……こいつ、まじでふざけんなよ……。

    「……できた」

    満足そうに指先を離し、写真を一枚。
    見せられたその中にはしかめっつらの俺と、その頬に描かれた茶色のハートマーク。

    どう見てもチョコレート。

    「お前、食いもんで遊んでんじゃねえよ」
    「バレンタインデーですよ、お兄様」
    「はぁ?」
    「チョコだし」
    「アホか。ティッシュとって」
    「やだよ〜」
    「お前なぁ」
    「バカップルならね、このハートマークのとこにキスするんですよ」
    「するわけねぇだろ。バッカじゃねぇの」
    「童貞に何がわかるんだよバカップルの。恋人いたことないだろ」
    「うるっせーよ! お前こそねぇだろうがよ!」

  • 175◆iNxpvPUoAM23/05/15(月) 23:10:43

    「あたしはいますよ」
    「は? 誰」
    「カケルくん♥」
    「死んでしまえ」
    「ひどい! 小粋なジョークでしょ!」
    「冗談に聞こえねぇよ今日のお前見てると」
    「刷り込み効果ってやつですよ。これであたしのこと意識しちゃうでしょ、そばにいるだけでドキドキでしょ」
    「ないわ、死んでもないわ」
    「は〜? 今なんて言いました? は〜?」
    「絶対にない」
    「絶対とか強調すんなよ! ワンチャンあるかもでしょ!」
    「ねぇよ、アホかよお前マジで」

    騒ぐソラのトレイから無理やりペーパーを引ったくり、頬に塗りたくられたチョコを拭き取る。
    勿体無い気もするが、拭って舐める方が気持ち悪い。

    手早く拭いてくしゃくしゃっと丸めてトレイに放り、ちょうどそこでスマホが震えた。

    「ん、あたしも?」

    どうやらソラのスマホも震えたらしい。ということは、ハルカからのメッセージだろうか。

    「ちょ、お兄ちゃん……見てこれ!」

    慌てた声でソラがスマホの画面を俺に向けてくる。
    そこに映っていたのは────

    「……はる、か……?」

    ホスト風の男に顔を寄せられ、頬を染めるハルカの写真だった。

  • 176◆iNxpvPUoAM23/05/15(月) 23:46:20

    ・・・

    走る。走る。走る。
    ヒトの中を縫うように走る。

    日本橋までのルートをマップで調べ、それを辿る。
    どのルートもヒトでいっぱいで、迂回のしようがない。日曜を舐めすぎだ、どこをどう通ろうとヒト混みを回避できるわけがない。

    少しでもヒトの少ない、走れそうな道を選び、通っていく。

    「は……、っ……はぁ、……はっ……!」
    「ちょ、お兄ちゃん落ち着いてって、ねぇってば!」
    「落ち着いてられるか! なんだよ、あの写真!」

    送られてきた写真。
    ホスト風の男に手を取られ、今にもキスでもされそうなハルカの写真。
    その頬は赤く染まり、熱い視線を男に返しているハルカの写真。

    男が苦手だと言っていたハルカが、そんなことをするか?
    いや、するわけがない。絶対にあり得ない。
    理由も状況も全く理解できないし考える気にもなれないが、この写真は普通の写真じゃない。

    ハルカの身に何が起きているのかも、わからない。
    とにかく俺はソラを連れて走る。
    添えられていた位置情報へと俺たちは走る。

    「お兄ちゃん、ってば……!」
    「なんだよっ!」
    「ちょっ……顔、怖いって……」
    「ぁ、……、悪い」

  • 177◆iNxpvPUoAM23/05/16(火) 00:05:12

    「ハルカ先輩なら大丈夫だって!」

    焦る俺を落ち着かせようと、ソラは明るく振る舞う。
    ……しかし俺にはそんな余裕は、なくて。

    「……でも、これは……普通じゃないだろ」
    「それは……まあ、うん、わかるけど」
    「こいつらに、何かされてたら、って……」
    「それもわかる、わかるけど、先輩もウマ娘だしさ。なんかあったら、パワーでなんとかさ」
    「……」
    「あとほら、女王モード! あれでなんとかなるって!」
    「……とにかく行くぞ、ソラ」
    「ぁー……こいつ全然話聞かねぇな……あたしが攫われた時もこんな感じだった?」
    「なにがだよ」
    「イルミネーションの時、あたし、攫われたでしょ」
    「なんで今その話するんだよ」
    「気になったから」
    「……、……そうだな。気が気じゃなかった」
    「へへ〜、そっか」
    「なにニヤついてんだよ。いいから急ぐぞ」
    「は〜い!」

    道頓堀から日本橋へは走って20分ほど。
    しかしヒト混みに巻き込まれたり、信号に捕まって動けなくなったりして、結局到着したのは写真を送られてから30分ほど経過したあたりだった。

    「はあ、っ……はぁ、はあっ……」

    そうして、ようやく辿り着く、位置情報で示されていた建物。
    黒い外壁に、メイド喫茶や添い寝リフレなどの看板や広告が大量に貼り付けられた小さなビル。

  • 178◆iNxpvPUoAM23/05/16(火) 00:08:10

    「は〜……ついたーっ……」
    「……入るぞ」
    「ぇ、何階か分かるの?」
    「分からない。入って探す」
    「ええぇ〜…………、……ん? んっ? んっ!?」
    「なんだ!? 何か分かったのか!」
    「ねえ……にぃに、にぃやん、お兄様」
    「なんだよ、早く言えっ!」
    「この写真のヒト……こいつじゃね?」
    「……は?」

    ソラが指差したのは、一枚の広告。
    その中央に映っている人物は────ハルカの写真に映っている男にそっくりだった。

    色々な意味で血の気が失せていく気がした。
    そして同時にこの写真と、ハルカの表情と、色々なものを一気に理解していく。

    つまり、ここは────

    「……にぃに」
    「…………」
    「……ちょっと」
    「……………………」
    「おい、お兄様」
    「……おぅ」
    「コンカフェじゃね?」
    「…………そのよう、ですね」

  • 179◆iNxpvPUoAM23/05/16(火) 00:14:56

    男装カフェ&バー”
    広告に記された文字列。無駄に長いそれは、まさしくその……“店”の、名前を示していた。

    「おい」
    ソラが俺の脇腹を肘で突く。

    「おいおいおい」
    2度、3度と突く。1回ごとに威力が増していく。

    「落ち着いたか兄貴」
    「……はい」
    「この男のヒト、男じゃなくて女の子です」
    「……はい」
    「男装ですよお兄様」
    「……はい」
    「女の子に嫉妬したんか、お前」
    「……いや」
    「あたしといるのに、コンカフェで楽しんでるハルカ先輩の心配か」
    「いや、いや」
    「いやじゃわかんねぇんだよぅ! おおん!?」
    「すみません……」
    「よく見たらこの位置情報に店の名前書いてますけどぉ?」
    「そのよう、ですね……」
    「も〜! 走って疲れた! 色々損した! 中はいろ、もう」
    「えっ!?」
    「お茶飲みたい。いこ、にぃに」
    「えぇ……うそだろ……」
    「奢れよお茶。無駄に走らせやがって」
    「……うす」

  • 180◆iNxpvPUoAM23/05/16(火) 00:33:42

    ・・・

    ソラに手を引かれ、ハルカのいるらしきコンカフェへ入店。
    そこらの男よりもよっぽどイケメンな“女の子”に席へ案内されそうになるも、友人が先に来ていると告げて、ハルカの席を探すことに。
    他の客の邪魔にならないよう、入り口から探すこと十数秒。

    「あ、あそこ」

    ソラの指差す先で、ハルカは席に座っていた。
    少し遠いし店は薄暗いしでよく見えないが、店の奥のステージに向かってキラキラとした視線を飛ばしているような気がする。

    「いこ」
    「はい」

    座席のあいだを縫うように進み、ハルカのもとへ。隣の席から椅子を拝借し、ハルカの正面へ置いて、そこへ腰を下ろした。

    「…………ぇ?」

    キラキラとした視線のままステージを眺めながら口に運ぼうとしていたオムライスがポロリとこぼれ、ハルカはあんぐりと口を開けたまま俺とソラを交互に見渡した。

    まるで信じられないものを見た、という顔。

    「ぇ……、え……っ……え……え?」

    あたふたと首を傾げ、周りを見渡し、俺とソラを見回し、状況を確認しようと悶えるハルカ。
    しかし結局よく分からなかったのか、消え入りそうな声で、

    「……そ、の……ぃ、いらっしゃい、ませ……です」

    そう、よくわからない挨拶をするのだった。

  • 181◆iNxpvPUoAM23/05/16(火) 01:03:06

    「ぁ、ぁあ、あ、あの、ど、どうしてここにっ!?」
    「写真……」
    「……え?」
    「写真……送られましたよね、ハルカさん……」
    「えっ……写真、ですか……? い、いえ、私……ネットの知り合いに……、ぁ────」

    さーっとハルカの表情が青ざめていく。
    どうやら別のヒトに送るつもりのものを、俺たちに送りつけていたらしい。
    なんて間違え方をするんだ、こいつ。しかも絶妙にエグいタイプの間違え方を。

    「す、すみませんっ……私、私、なんという間違いをぉおおおっ……!!!」

    両手で顔を覆い、身悶えするハルカ。
    いや……分かる、分かるよ、その気持ち。
    俺も店の広告見たとき同じ気持ちだったもん。死んでしまいたかったもん。

    ソラは白い目で俺を見るしさ、浮気だなんだと肘でどついてきやがるしさ。

    浮気ってなんだよ妹にそんなこと言われる筋合いねぇよふざけんなよお前は俺のなんなんだよ!!

    ……と心の中で思うも、焦って振り回した申し訳なさから飲み込んだ。

  • 182◆iNxpvPUoAM23/05/16(火) 01:04:29

    「あたしミティーにしよ」
    「やめろよそれ……」
    「郷に入りなさいよ、にぃにも。恥ずかしがらないで」
    「……アイスコーヒーで」
    「クソつまんねぇやつだな焦って30分走りやがったくせに」
    「すみません……」

    店員の男装ウマ娘を呼んで注文を告げると、“彼”は静かなのにカッコつけた動きで店の奥へと消えていった。

    「ハルカ先輩コンカフェなんて来てたんすね〜」
    「ぁ、あ、あの、そ、その……っ」
    「あ、いや、いいんですよ? そんな申し訳なさそうな顔しなくて。その顔すべきはにぃやんなんで」
    「……え?」
    「ぁ気にしないで〜、こいつがアホなだけなので〜」
    「は、はあ……」

    「奢れよにぃに」
    「奢ります……」

    「……ぇ、と……え?」
    「あ、ハルカは気にしないで……俺の問題、なので……」
    「ぁ、は……はあ……」

  • 183◆iNxpvPUoAM23/05/16(火) 01:05:24

    「にしても先輩、すごい荷物ですね」
    「あぁ……え、と……色々と、ちょっと……お買い物を、しちゃいまして……」
    「なに買ったんです?」
    「そ、の……漫画とか、ゲームとか……その、はい……」
    「どのお店で?」
    「アニメイトとか、メロンブックス、とか……ソフマップとか……」
    「エロいやつか」
    「ェッ……、ぁう、……」

    「ちょ、ソラさんなに言ってるんですかやめてください」
    「エッチなゲーム売ってるお店でしょメロンブックスって」
    「他にも色々置いてるだろ……同人誌とか」
    「そうかもだけど、イメージが……」
    「いやわかるけど……」

    「てか先輩、さっきのあの写真なんすか! チューしようとしてたやつ!」
    「ぁ、あれは……その、メニューを頼むと、撮れる写真で……ぇと、キャストの方と……っ」
    「へ〜! どれですか?」
    「こ、これ、です……」
    「ふんふん……キャストと写真撮影付きオムライス、2000円……えっ2000円?」
    「……は、い……」
    「やべぇなこの先輩」
    「……ぅぅ……っ……」

    メニューの1番最初に大きく載っているそれ。
    2000円という文字に、俺もソラも唖然としてしまっていた。

    もしかして、ハルカの金使いって荒い……?
    いや、推しのためならってやつか……わからん、そういう文化には触れてこなかった俺には分からん……。

  • 184◆iNxpvPUoAM23/05/16(火) 01:06:40

    程なくして俺とソラの飲み物が到着。コーヒーもアイスティーも一律800円、割高すぎである。
    気にしてはいけないのだろうが……割高すぎる。

    「やべー……めっちゃ午後ティーの味だ……これで800円かぁ……」
    「そういうのは分かってても言うもんじゃないぞ……ソラ」
    「あ、はい、ごめんなさい。つい、心の声が……」

    気持ちはわかる、わかるけども。
    確実に口にしてはいけない言葉です、今の。

    俺とソラが登場したことで、ハルカも少し居心地悪そうにしている。
    当たり前だ、ひとりで楽しんでいたところにツレが邪魔をしに来たようなものなんだから。

    これを飲んだら出ようと思う。思うのだが……。

    「あ、これなんですか? 写真?」

    いちいちソラが何かを見つけてはハルカに聞きやがる。
    お前マジで自重しろ、遠慮って言葉を考えてくれマジで。

    「これは……チェキ、というもので……その、たくさん取ると、そのキャストさんのお給料が増える、みたいで……」
    「推しに貢いだと」
    「……ぅ、うぅっ……そ、そうです……」

    なんか可哀想に思えてきた。

  • 185◆iNxpvPUoAM23/05/16(火) 01:18:43

    その後もハルカはソラの質問攻めに合い、その都度その都度で顔を赤くしては俯き、答えてを繰り返していた。

    その質問攻めがようやく終わる頃にはソラも男装カフェの雰囲気を楽しみ始め、ステージで歌ったり踊ったり、女性客に演技っぽいセリフを浴びせて湧かすキャストたちに拍手を送ったりしていた。

    腕時計をチラリと見る。
    示している時刻は14時どころか15時を過ぎていた。

    おい……1時間半以上いるのか俺たち……?
    ってことはハルカは何時間ここにいるんだよ、マジかよ。
    帰りたい……帰らせてくれ、もう……。

    楽しそうにするふたりを前に、俺は表情に出さず心の中でさめざめと涙を流すのだった。

  • 186◆iNxpvPUoAM23/05/16(火) 01:41:57

    ・・・

    店を出ると、すっかり陽は落ちて真っ暗。
    時刻は17時過ぎ。
    マジで何時間いたんだよ、やば過ぎだろ。

    「はぁ〜……ふふ、ふふふ……っ……はわぁ……」

    しかし、ハルカは大満足の様子。
    ここまで幸せそうにする彼女を見ることができたのは嬉しい収穫ではあった。

    ……が。

    「ぶっちゃけ2時間くらいでもう帰りたかった」

    俺にしか聞こえないくらい小さな声で呟くソラの背中を軽く叩き、俺も同意の意を示しておいた。

    それから3人で地下鉄に乗り新大阪駅まで向かい、駅弁を買って新幹線で東京へ。

    駅弁を食べているあいだは3人で色々と喋ったりした。
    ハルカと別れた後、ソラとふたりで道頓堀を観光したこと。どのたこ焼き屋がうまかったとか、豚まんがうまかったとか、グリコの看板の写真とか、色々と見せたり。

    ハルカはひとりで日本橋を歩き回って色々と買い物をし、ずっと憧れだったコンカフェにこの機会だからと入ってみたら思っていた以上に楽しくて、散財しまくってしまったとか、どうとか。

    ソラはハルカのそんな自由な行動を羨ましがり、ハルカは俺とデートっぽいことをしたソラを羨ましがるようなことを言っていた。
    なんも羨ましがることないですハルカさん、ただただ大変だっただけです……。

    ……楽しかったのは楽しかったけども。

  • 187◆iNxpvPUoAM23/05/16(火) 01:45:01

    食べ終わると、ふたりとも疲れが出たのか、すやすやと寝息を立てて眠り始めた。
    俺も正直眠たくて仕方がなかったが、全員が寝てしまうと大変なことになりそうな気がしたので気合いで起きた。

    途中、何度か船を漕いだ気はするが、気合いで起きた。

    両肩にハルカとソラの重さを感じながら、スマホをいじってなんとか2時間半の行程を耐え切り、東京駅に到着。

    それからJRを乗り継いで府中駅に到着すると、夜も22時になろうかという時間。

    「……疲れた」
    「うん……疲れた」
    「疲れ、ましたね……」

    ヒト気も少ない駅に降り立ち、3人で深く息を吐いた。

    マジで疲れた……絶対今度は早く帰るぞ……桜花賞の時は……。

    そう決意を新たに胸へ抱いて。

    「お、お疲れ、様……でした、トレーナーさん、ソラちゃん……おやすみ、なさい」
    「おやすみ、ハルカ……」
    「おやすみっす先輩……」

    疲労困憊すぎてほとんど会話もなくトレセン学園への道のりを歩き、ハルカを寮まで送り届けてから俺とソラも自宅へ。

    学園に到着する頃には22時半近くになっており、当然、寮の門限はとっくに過ぎている。
    寮長に連絡をしておいたらしいおかげでハルカは寮に帰ることができるらしいが……軽く小言はもらったようだった。

    あんまり遅くに帰る日が続くと俺も言われてしまいそうだ。
    管理責任を問われる前に、気をつけなくてはいけない。

  • 188二次元好きの匿名さん23/05/16(火) 09:23:35

    一応保守

  • 189◆iNxpvPUoAM23/05/16(火) 13:01:29

    自宅────

    「ただいまー……」
    「ただいま……」

    ふたりそろって気のない挨拶。
    亡者のような足取りでふらふらと部屋に入り、電気をつけて、まるでコピペしたかのように揃った動きでソラはベッドへ、俺は敷きっぱなしにしていた布団へ倒れ込んだ。

    「……つかれた」
    「わかる……つかれた」
    「……」
    「……」
    「風呂……」
    「洗うのやだ……つかれた」
    「わかる……洗いたくねえ……」
    「……シャワーする……?」
    「そうするか……」
    「でもお湯につかりたい……あったかいお湯につかりたい……」
    「わかる……ほっとしたい……」
    「あったかいお湯で、ほっと……HOT」
    「死んでしまえ……」
    「さーせん……」

    ゆるい。
    あまりにもゆるすぎる会話。
    もはや頭を使わずに反射だけで会話をしている。

  • 190◆iNxpvPUoAM23/05/16(火) 13:03:46

    こうしている余裕があるならさっさと風呂を洗えと言われるかもしれないが、掃除する気力がない。
    立ち上がる力が湧いてこない。
    着替えることすら億劫な時点で、色々とお察しいただけるかと思う。

    「ソラ着替えろよ……」
    「むり……着替えさせて……」
    「絶対嫌だ……」
    「あたしもにぃににおっぱい見られたら恥ずかしくて死ぬ……」
    「なんなのこいつ……」

    いつものやり取りも、なんとなくゆるい。
    憎まれ口の応酬もほとんどなりをひそめ、口先が勝手に自動で動くのに任せて喋り続けていた。

    それすらもしばらく経てば口数が減り、枕に顔を埋めたままぼーっとするだけで時間が過ぎていく。

    ソラはさっきから身じろぎすらしなくなった。多分もう眠ったのだろう。

    俺も流石に寝ないとヤバい。
    特に昨日はあんまり寝てないから、本当にやばい。

    首だけを動かして時計を見ると、24時前。流石にもう寝ないと。

    「……明日でいいや、風呂」

    朝起きてシャワーすればいいやと、そう考え直し、もぞもぞと寝転んだまま衣服を脱ぎ捨てていく。

    下着以外脱ぎ終わると、タンスに入れてあった着替えを引き出しから無理やり取り出して寝巻きに変身完了。

  • 191◆iNxpvPUoAM23/05/16(火) 13:07:18

    「……そら、おきろ……せめて着替えてから寝ろよ……」

    ベッドに半分乗る形でソラの身体を揺さぶる。

    「そら、起きろ、ソラ」
    「ぅー……」

    何度目かの身体を揺さぶる攻撃。すると呻くような声を発し、微睡の中から戻ってきたことを俺に知らせた。
    しかし動かない。枕に顔を埋めたまま、微動だにしない。

    一瞬だけ起きて寝たのかこいつ……。

    「ソラ」

    もう少し強めに揺さぶる。

    「ん……っ……」

    2回揺さぶったところでようやくころりと仰向けになり、ぼんやりと俺と目を合わせるソラ。いつもならここで憎まれ口のひとつでも叩くはずが、何も言わない。

    薄く開いた、焦点の定まらない視線で俺を見つめ、浅く息をしているだけ。

    俺は。

    不覚にもその表情に、ドキッとしてしまって。

    「……っ」
    「なに考えてんだ、俺。疲れてるな……」

    振り払うように頭を振る。

  • 192◆iNxpvPUoAM23/05/16(火) 13:10:42

    ……今日1日恋人だのなんだのとこいつが騒いでいたからだ。
    じゃないとおかしい。妹をそんな風に見てしまうなんて……おかしいだろ。

    一瞬で、ソラの中に異性を見てしまうなんて。

    「……」

    乱れた前髪に触れ、整えてやる。
    ソラは俺をぼんやり見つめたまま動かない。

    疲れていたとかじゃない。
    きっと浮かれていたんだ、俺も。
    チューリップ賞に勝って、桜花賞への優先出走権を手に入れて。

    それ以上に、無事に走り切ってくれて。

    まだGⅠを勝ったわけじゃないのに。
    妹が、ソラがここまで頑張ってくれていることが、嬉しかったんだ。

    だからデートだの恋人だのと喚き散らかすこいつに1日付き合って、俺も少しだけ……ほんの少しだけ、悪くないと思ってしまったのかもしれない。

    ソラは小さい頃からずっと俺にべったりだった。
    俺が10歳の時に生まれた、歳の離れた妹だった。
    だからその頃の俺の認識は、ソラは俺が守るべきものという、そんな感じで……だからずっとずっと一緒にいた。

    出かける時は絶対に手を繋いでいたし、何をする時にも必ず一緒。
    ソラは毎日のようにお兄ちゃん大好きと口にし、俺も悪い気はしなかったので俺も好きだよ、なんて返したりして。

  • 193◆iNxpvPUoAM23/05/16(火) 13:13:14

    多分、傍目から見てかなり仲のいい兄妹だったと思う。

    風呂に入るのは当然一緒で、寝る時だって一緒。隣に敷いた布団で寝ていたはずなのに、朝起きると俺の布団に入り込んでいたことなんて数えきれないくらいにある。

    俺がソラをうっとうしいと感じ始めたのは、中学から高校の頃。思春期真っ盛りの俺にとって、いつでもどこでも妹がついてこようとするのは、流石に我慢できなくなった。

    小さな妹を連れて友達と遊ぶなんて、子供心ながらに恥ずかしくて仕方がなかった。

    だから兄離れをさせようと、俺はソラに冷たい態度を取り始めた。とは言っても、一般的な兄妹の仲くらいの態度。
    必要以上に干渉せず、一緒にいることもなく、でも普通に喋るくらいの態度。

    しかしソラにとってそれは耐え難いもので。
    今までずっと一緒だった俺から、突然冷たくされたら、当然泣いてしまう。それでも俺は突っぱねるので、その度に俺は親から怒られた。

    俺が大学に入って帰りが遅くなる日が増えて、ようやくソラは今までべったりだった距離感を見つめ直し、好きと言わなくなった。
    代わりに俺をからかうようになり、憎まれ口を叩くようになり、今のソラが出来上がった。

    それでも、多分、根っこのところは変わっていなくて────きっとお兄ちゃんっ子のまま。

  • 194◆iNxpvPUoAM23/05/16(火) 13:16:59

    大学を卒業してから、入学するまで一度も会っていなかった妹。

    そのあいだ、ソラはどんな日々を過ごしたのだろう。

    俺はトレセンで再会した成瀬先生のところでトレーナーとして教わり、ミヤコを担当に迎え、トゥインクルシリーズを走り抜ける日々を過ごしていた。

    ソラは小さな頃に俺と約束した、ふたりでトゥインクルシリーズを走るという夢を求めて、必死に勉強して、走る練習をして、ここへ入学して……。

    俺がいなかったあいだ日々を埋めるように、今を過ごしている。
    そんな日々を俺はうっとうしいと感じることもありながら、別に嫌な気持ちはしていない。

    こいつが俺を好きだと言ってべったりだった日々が、あまり信じたくはないが、俺も多分、結構好きだったんだろう。

    だからだろうか。
    ソラと過ごすこの毎日を、俺はなんだかんだ楽しく思っている。
    大切な家族だから。
    大切な妹だから。
    守ってやらなきゃと、そう思っている。

    「…………シスコンかよ、俺」

    シスコンかもしれんなぁ、俺……。

    「……、……やだやだ」

    また目を閉じて寝息をたて始めたソラを置いてベッドから降り、台所へ。
    流し台からコップを。冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出し、注いでひと息であおった。

    冷たい水が喉を通り、恥ずかしい思考を丸ごと飲み干してしまう。

  • 195◆iNxpvPUoAM23/05/16(火) 13:19:07

    「……はぁ」

    湿った息を吐き出しながら、俺はベッドで眠るソラを眺める。

    そばにいるのが俺だからなのか、無防備すぎるくらいに無防備で。
    せめて多少は気を使ってほしいと思うのだが、ソラにそれを求めるのは無理な話だろう。

    コップに水を注ぎ、もう一度飲み干す。

    だいぶ気持ちが冷えてきた。
    そろそろ真面目に起こしてやらないと、マジでこのまま朝までコースだ。

    「すぅ……すぅ……」

    規則正しいリズムで胸が上下している。
    安らかな寝顔。
    落書きして写真でも撮ってやろうかと子供みたいな発想が浮かび、アホらしくて消し去る。

    可愛い妹にそんな落書きなんてことできるわけがない。
    大切な大切な妹の顔に落書きだぞ? いくら面白かったとしても可哀想だ。

    だから俺はベッドのそばに立ち、手に持った水をソラの顔にぶっかけた。

  • 196◆iNxpvPUoAM23/05/16(火) 13:23:54
  • 197二次元好きの匿名さん23/05/16(火) 13:32:50

    立て乙うめうめ

  • 198◆iNxpvPUoAM23/05/16(火) 14:06:30

    おまけ
    兄妹が布団に入っている頃。

    「今日の戦利品……うふふ、ふふふっ……」
    「わぁああ〜っ! うふ、うふふふっ……まさか日本橋の古書店でプレミアものに出会えるなんて……」
    「しっかりカバーもつけて保存しておかないと……ううん、むしろ袋に入れたまま開封せず……あぁ、でも読みたい……」
    「手袋、手袋して読まないと……確か、引き出しに……」
    「あ、あったあった……」
    「ふ、ふふふふ……カバーもかけました、手袋も大丈夫……さあさあ、うふふふ……プレミア本様〜」
    「……ぉ、おおっ……おおおぉ……っ」
    「ふぁ、っあ……うそ、やだっ……ふわぁぁ……っ」
    「まずいですこれまずいです、こんなのそんなプレミア付きますよこんな内容〜っ」
    「やだこんな裏設定が!? そんな、ちょっじゃああのシーンの解釈変わっちゃいます……あ、でもこれすごくいい……感情ぐっちゃぐちゃになっちゃいますグフフやばぃぃヒヒヒ……」
    「激重感情ですねぇグフッ、フヘヘ、ぁよだれが」
    「やっぱりトレーナーさんたちに無理言ってひとりで行動させてもらって良かった〜っ、こんなグフフ、お宝に出会えるなんてっ……フヒヒ……っ」
    「あ〜明日も学校もトレーニングもあるのにこんなことしてていいのかな私……でも戦利品を残して寝るなんてできないですもんそんなの無理ですもんぁ、ちょっと待ってくださいこの挿絵やばい尊い……ふぉおおおっ!!」
    「ファー! ハー! ファー!」
    「高いお金出して買った甲斐が……ぁダメですこんなのダメです、エッチすぎます、やば……ひぃいヒヒヒヒ……ッ」

    「……はぁあ……満足度、高かった……」
    「ぁ……ちゃんとカバーして日の当たらない場所に保管しておかなくちゃ」
    「……これでよし、っと」
    「それじゃあ次は……グフッ……」

    ハルカ先輩の夜はまだまだ続く。

  • 199二次元好きの匿名さん23/05/16(火) 15:27:42

    ハルカ先輩あかん、奇声はあかん
    イメージ大事にしてイメージ

  • 200二次元好きの匿名さん23/05/16(火) 15:38:14

    200ならティアラ路線がソラの走りも心もにぃにとの関係もより大きく育ててくれる

オススメ

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