- 1二次元好きの匿名さん23/05/11(木) 12:15:41
響く太鼓と鈴の音。それに合わせるかのように盛り上がる人々の声。ここで行われるは小さなお祭りだ。
お祭りといえば忘れちゃいけないのが、お祭りウマ娘であり、俺の担当でもあるキタサンブラックだ。
ここに来ることは数日前から決めていたことで、キタサンも今か今かと、今日が来る日ソワソワしながら待っていた。
俺はそれを微笑ましく見守りながら、今日という日を迎えたというわけだ。
「早く来てくださいトレーナーさん!」
「あはは、そんなに急がなくてもお祭りは逃げないよ」
「盛り上がりは一期一会、その時その時しか味わえないんです!」
「言いたいことはわかるんだけどな……」
ここに着いてからというもの、キタサンはワクワクを抑えられない様子で、いつも以上に笑顔が輝いている。その姿を後ろから見ながら、俺も笑みを抑えることが出来なかった。
先に歩いていたキタサンが不意に立ち止まる。どうしたのかと思い駆け寄ると、瞳をキラキラ輝かせながらある出店を見つめていた。
ゆっくりと近づいてきた俺に気づくと、キラキラした瞳のままこちらを見つめる。
「トレーナーさん!にんじん焼き食べてもいいですか?」
いつも以上に明るく弾んでいる声。
ここに来る前に、あんまり食べ物は食べ過ぎない約束をしたからこそだけど、こういうことを聞いてくれるところに彼女らしさを感じる。
弾む声を聞いた俺は心が暖かくなるのを感じた。
「ああ、大丈夫だよ」
「ありがとうございます!おじさん!にんじん焼き1つ下さい!」
「はいよお嬢ちゃん!」
小さな太陽のよう眩しくなる表情。その表情のまま出店の人からにんじん焼きを受け取っていた。出店の人もそんなキタサンを見て、同じように笑顔になっている。
受け取った後、急いでこっちに戻ってきてくれた。 - 2二次元好きの匿名さん23/05/11(木) 12:16:28
「お待たせしましたトレーナーさん!」
「大丈夫、待ってないよ。あそこの木陰で休みながら食べようか」
「えへへ……分かりました!」
笑顔のままキタサンと一緒に歩く。浮かれるキタサンの一歩はいつもよりも大きくて、ついていくのがやっとだ。
こういう風に付いていくのも悪くないな。でもキタサンを待たせるのも忍びないか……。そう思い少しだけ早足になる。
先に木陰についたキタサンは申し訳無さそうな顔をしていて、にんじん焼き片手にまっすぐ立っていた。
「ごめんなさいトレーナーさん……。はしゃぎ過ぎてますよね……」
「気にしないでくれ。嬉しそうなキタサンを見られるのが一番だ。それに祭りは楽しまなくちゃ……だろ」
「そう……ですね!ありがとうございますトレーナーさん!」
また笑顔が戻るキタサン。
やっぱりキタサンには笑顔が似合っている。改めてそう思った。
「それよりにんじん焼き食べないのか?温かいうちに食べたほうがいいと思うぞ?」
「それもそうですね!では、いただきます!」
そう言うと、小さな口を大きく開けて、にんじん焼きに齧り付き始めた。
ハムっと噛みつき、口がムグムグと動いている。
「もぐもぐもぐ………………」
「美味しいか?」
「もぐもぐ………………」
集中しているのか無表情になっていて、俺の声は届いていない。
ムグムグと食べている姿はどこか小動物のようで、見ているものを和ませるようだった。その様子を見守りながら食べ終わるのを待ってみた。
尻尾も耳も動かすことなく静かに食べるキタサンは、いつもの元気なキタサンと違って見えた。 - 3二次元好きの匿名さん23/05/11(木) 12:16:52
「…………ふぅ。おいしかったです!」
ボンヤリと眺めていると、キタサンの声が聞こえてきた。どうやら食べ思ったみたいだ。
静かだった耳と尻尾も動き出していて、表情が消えていたのが嘘みたいに笑顔になっていた。
さっきまであったにんじん焼きはどこにもなく、にんじん焼きを突き刺していた棒が、寂しそうに彼女の手の中に収まっている。
「凄く集中しながら食べてたな」
「えっ?」
笑いかけながら俺がそんな風に言うと、キョトンとした様子になる。
やっぱり気づいてなかったんだな。心の中で少し微笑みながら、キタサンを見る。
「そんなに集中してましたか……?」
「俺の声が聞こえないくらいだからね」
人差し指で頬を掻きながら照れた様子で笑うキタサンに、俺がそう返す。
すると、すぐに申し訳無さそうな顔に変わった。
「すみません……全然気づいてませんでした……。どんなことを言ってたんですか?」
「美味しいか聞いただけだから気にしないでくれ」
俺がそう言うと、キタサンはホッとした顔に戻ってくれた。
とはいえだ。他の食べ物なら何かしらの反応は出来るのに、にんじん焼きには反応も出来ないくらい集中して食べるとは……。
「本当にすみません……。にんじんを食べるときは、どうしてもそうなっちゃうみたいなんですよね……。味をじっくり楽しみたいからなのかな……」
「食べてる時にサトノダイヤモンドに頬を触られてそうだな」
「そんなわけ……。あれ?確かにダイヤちゃんと一緒のとき妙にニコニコしてたような……?」
俺の変な一言は、キタサンに疑問を呈示してしまったようだ。
むむむと唸りながら腕を組んでいて、その姿もどこかおかしくて笑ってしまいそうになる。 - 4二次元好きの匿名さん23/05/11(木) 12:17:16
「いえ!いくらあたしでも触られたら気づきますっ!」
「あれだけ集中してたらわからないんじゃないか?」
「むむむ………。気づかないなんてことない……はず……」
少し意地悪なことを言ってしまった。
恐らくサトノダイヤモンドも俺と同じで、黙々と食べるキタサンの姿を、微笑ましく見てただけのはずだ。流石にそういうことをする娘ではない……はずだ。
だけど、キタサンはその言葉に考え込んでいる様子だから、冗談だと言おうと思ったら。
「気づかない……?そうだ……!」
キタサンらしくない小さな声が聞こえた。
何を思いついたのか分からないが、こちらを笑顔で見つめている。
何故だろう?妙なことを言い出すような気がする。いや、まさかな……キタサンさんがそんなこと……。
「それなら試してみましょう!にんじんを食べてるあたしに触ってみてください!」
「え?」
変なことを言い出すキタサンに戸惑いを隠せなくて、つい変な声が出てしまった。それをするのは君の親友じゃないか?そんな失礼な考えが頭を一瞬よぎる。
「ちょうどここならにんじん焼きも売ってますし、試すにはもってこいですよっ!」
「いや、すごい近いな……」
何故か瞳がキラキラ光っているキタサンは、強い勢いで俺の目の前まで迫っていた。その勢いに負けて少し後ろに下がってしまう。
だけど。そういう風に来ることはあまりないから。それが嬉しくて。
何よりもそのキラキラした瞳に惹かれた俺は。
「わかった、わかったから!だからそんなに近づかないでくれ!圧が強い!」
つい同意してしまった。
その言葉を聞いたキタサンの顔は光り輝く笑顔に変わった。 - 5二次元好きの匿名さん23/05/11(木) 12:17:39
「ありがとうございます!では、早速また買ってきますね!」
そう言うやいなや、キタサンはさっきのにんじん焼きの出店に駆け出していった。
そんなに急がなくても……いや、にんじん焼きは好きな人が多いだろうから急いで正解なのかな?
――遠くからキタサンの元気な声が響いてる。その声に少し吹き出してしまった。
そんなに気になるのかな?自分がどれだけ集中してるのかどうかなんて。
「買ってきましたよにんじん焼き!」
「もう買ってきたのか……」
そう思っていたら、にんじん焼きを掲げて戻ってきたキタサン。あまりの速さに少し驚いてしまう。
走って帰ってきたキタサンは、にんじん焼きを持っていない手がグーパーしたり、目をキョロキョロさせていたりと、どこか落ち着きがない。
その様子にどこか違和感を感じながらも、一先ずは考えないようにした。
「では、にんじん焼き、食べます!」
「わかった……。その……俺は何をすればいいかな?」
「そうですね……。頭を撫でたり、あたしに何か語りかけてください!例えば……いつも頑張ってて偉い!とか」
なるほど、要は褒めたりすればいいのか。正直俺も照れくさいけど、まぁ……うん。やってみよう。
心の中で覚悟を決めて、キタサンに近づいていく。
すると、俺との距離が近づけば近付くほどに、キタサンの頬はどんどんと赤くなっていった。
少しだけ乱れるキタサンの呼吸。そして、小さく深呼吸をしている様子。大きく揺れる尻尾。
もしかしてキタサンの考えてることって……。何となくわかってしまった。でも確信が持てない。
「で、では……食べます……!あたしが夢中になってるタイミングでお願いします!」
「わかった」
どこかギクシャクしながら、にんじん焼きを口に近づけるキタサン。さっきよりも小さく口を開けて、ゆっくりと噛み付いた。 - 6二次元好きの匿名さん23/05/11(木) 12:17:59
「はむ……はむ……」
さっきよりもゆっくりと食べていて、何とか味わって食べようとしているのが見て取れた。
そろそろかな。
キタサンの頭に向かって、手を伸ばした。
少し震えるキタサン。ゆっくりと、ゆっくりと、頭に近づいていく手のひら。
優しく頭の上に手を置くと、まるで何かを我慢するかのようにキタサンの震えは止まった。
彼女が求めてることに気づくことが出来た。望むことを叶えたい気持ちと、少しのイタズラ心で言葉を紡ぎ始める。
「いつも頑張ってて偉いよ……」
「はむはむ……」
ゆっくりと頭を撫でていく。しっかりと手入れしているからか、サラサラとした感触が手のひらに広がっていく。
ピョコピョコと動く耳。跳ねる尻尾。それらを無視するように、どうにかして無心になって食べようとするキタサン。
さっき食べたときは、耳も尻尾も動いてなかったのにな。
そのことを指摘せずに言葉を続ける。
「君の頑張る姿は俺の支えになっているよ。その頑張りに報いたいから俺も頑張れるんだよ。」
「は……む……は……む……」
変わらず続ける言葉と撫でる手。
弱々しく動く耳と尻尾。
下を向いて食べ始めたキタサンを見ながら、何度も言葉を続けた。
「誰かのために頑張れる君が誇りだ。皆を笑顔にできる君が何よりも素敵だ」
「あ……ぅ……あ……」
何とか食べようとしながらも口が回っていない。
これ以上はキタサンが持たないな。
そう思って、言葉を止めて頭を撫でるだけにする。 - 7二次元好きの匿名さん23/05/11(木) 12:18:19
「よしよし……」
「もぐもぐもぐもぐ」
さっきまで止まっていた口は、スピードを上げてにんじん焼きを頬張っている。まるで何かを隠すように。
ゆっくりと頭を撫でながら、それを微笑ましく見守った。
さっきよりも速くにんじん焼きは無くなっていき、気づいたら空の棒がキタサンの手の中に収まっていた。
聞こえてくる荒い呼吸。
「お、おいしかったです……」
震えた声でそう言った。
「どうだった?やっぱり気づくよな?」
俺の言葉にピクッと反応する。すると。
「いや……気づき……ません……でしたね……。あはは……そんなに……集中してたかな……あたし……」
まるで考えていたかのような言葉を、たどたどしく俺に返した。
そんな可愛らしい姿を内心微笑ましく思いながら、口を開く。
「凄く集中してたもんな……ビックリしたよ……」
「あはは……あたしも……です……。ダイヤちゃんも……もしかしたら……ほっぺた……触ってたかも……です……」
何とか言葉を続けるキタサン。
どんなに言葉を取り繕っても、りんごのように赤らむ頬を誤魔化すことは出来ていない。
君は嘘つけないもんな。そういうところに、俺も惹かれているんだ。
そんな風に考えているからだろうか。 - 8二次元好きの匿名さん23/05/11(木) 12:18:42
「俺は気づかれなくてホッとしたよ……」
「えっ?」
「結構……恥ずかしいこと……言ったと……思うから……」
自分の頬が熱くなっているのに、今更ながら気づく。きっと、キタサンに負けないくらい頬も赤くなっているはずだ。
そして、キタサンがそんな俺をどんな風に見ているか。今は見ることが出来ず、目を閉じてしまった。
「そっか……。何を言ったのかな……。気になるな……もっと……もっと……聞きたいな……」
恥ずかしそうにしながらも、それ以上に嬉しそうなキタサンの声が、俺の耳に届いた。
そんな俺達の姿をどこか茶化すように、お祭りの賑やかな音はいつまでも鳴り響くのだった。 - 9123/05/11(木) 12:24:27
元ネタ?はキタサンブラック育成で見られる『祭りを食せ!』の上の選択肢です。
これなんのイベントかと言うと太り気味がつくイベントですね。上の選択肢だからつきませんが。
これを初めてみたときからこのネタで書きたいなと思ってたんですけど中々書けなくて……。
この話でまた何か書きたいとは思ってます。
後、ダイヤちゃんは本当に何もしていません。夢中に食べてるキタちゃん可愛いなと思ってただけです。 - 10二次元好きの匿名さん23/05/11(木) 12:32:34
策士だけど策がバレバレ
バレバレだけど相手も嵌る気満々なので結果オーライ
良いイチャイチャ茶番だった - 11二次元好きの匿名さん23/05/11(木) 12:35:53
- 12二次元好きの匿名さん23/05/11(木) 22:04:50
あげておくのだわ
- 13二次元好きの匿名さん23/05/11(木) 23:13:08
かわいかった……末永く幸せにな!
浮かれるキタサンの一歩はいつもよりも大きくて、ついていくのがやっとだ。
↑こういう細やかな描写がすごく好きです。あとしれっと褒めてアピールするキタちゃんかわいかった…… - 14二次元好きの匿名さん23/05/12(金) 04:47:42
- 15二次元好きの匿名さん23/05/12(金) 05:37:17
地味なところだけどキタちゃんを「キタサン」って呼んでるのが好きだ
あ、こいつ育成シナリオのトレーナーだな?って思えるから - 16二次元好きの匿名さん23/05/12(金) 05:55:10