- 1◆bEKUwu.vpc23/05/13(土) 21:19:54
「よぉし、今日から私のレースライフが始まるんですね! 同じトレーナーさんに付いたからには私も1番、目指していきます! よろしくお願いしますね、トレーナーさん、ダイワスカーレット先輩!」
目の前のウマ娘が威勢よく声を上げる。鹿毛の彼女は新しい担当のマーメイドチャネルだ。
元気いっぱいで、ややお転婆なところはあるものの、真っ直ぐな性格。それ故に将来性はたっぷりと秘められているだろう。それは、最初の我が担当から学んだところだった。
「長いからスカーレットでいいわよ。よろしくね、チャネル。……なによ、じっと見つめて」
「いやいや。タイプは少し違うけど、なんだか懐かしいなって思ってね」
スカウトする前、あの頃の君も1番を目指して直向きに頑張っていたよね、なんて遠い昔のように語りかけると、スカーレットは恥ずかしそうにそっぽを向いた。その顔は少し赤みが差している。
「え、私、そんなにスカーレット先輩にそっくりなんですか? 嬉しい!」
「な、何よアンタまで……」
「逃げられないぞスカーレット。大人しく偉大な先輩として、褒め殺しに合うがいい」
「もう!」
アイスブレイクはあっという間に済んだようだ。彼女が明るい子で良かった。きっといい先輩後輩の関係になるだろう。早すぎるかもしれないが、そんな確信を持てた。
「じゃあ、そろそろトレーニングを始めようか、ふたりとも」 - 2◆bEKUwu.vpc23/05/13(土) 21:20:05
「たはぁー、やっぱり全然かなわないや! さっすがスカーレット先輩!」
「アンタも、デビュー前にしてはいい線いってるわよ。頑張りなさい」
「はい!」
選抜レースでも彼女の実力は見させてもらったが、今一度脚質を見定めるためにスカーレットと並走トレーニングを行ってもらった。流石に全力で千切らせる訳にもいかず、かなり加減をして走ってもらったが、それでも結果はこの通り。
まあ当たり前といえば当たり前だ。素質を感じたとは言え相手は新人ウマ娘。スカーレットが苦戦する筈もない。
「むぅ! トレーナーさんがなんかニヤニヤしてる! もー、そんなにスカーレット先輩が私に大差をつけたのが嬉しいんですかぁ? 新人いびりだぁ!」
「そんなことをして悦ぶ性格はしてないよ」
だから声高に騒ぐのやめようね? いろいろ外聞があるし、ね?
そう口にする間もなくチャネルが口をとがらせて騒ぎ出す。
「ええと、パワハラ? モラハラ? セクハラ? だぁ!」
不穏な単語を聞きつけて、トレーナーとウマ娘の何組かがこちらを振り返る。すかさずスカーレットがふるふると首を振ってみせると、皆何かを察したように苦笑いをして、それぞれトレーニングに戻っていった。新しく船出した矢先に職を失うのは勘弁願いたい。
もちろん冗談のつもりなのはわかっているんだが、流石に弁明しておかなければ。 - 3◆bEKUwu.vpc23/05/13(土) 21:20:23
「それ以上は本当にやめてくれ、洒落にならん。別に君を蔑ろにしたわけじゃなくて、後輩相手でも手を抜かない彼女が誇らしいなと思っただけだよ」
それを聞いたチャネルは一瞬呆気にとられたかと思うと、直後、途端に眼に火を灯して笑顔になった。
また、何かを言う気だな? トレーニング初日にして、なんとなくこの子のテンポが分かってきた。……分かったところで対策など打つ隙もないが。
「あ! それ知ってますよ、月間トゥインクルで読みました! “スカーレットは俺の誇り”! いい言葉ですよね、痺れちゃいます!」
面と向かって言われると恥ずかしいなこのセリフ。
「……うん、記事読んでくれたんだね。ありがとう」
「自分のトレーナーさんのことですもん、リサーチ済みですからね!」
ふふんと胸を反らせて得意げにする新人の横で、スカーレットが頬を掻く。 - 4◆bEKUwu.vpc23/05/13(土) 21:20:37
「……」
見ればウォームアップ程度にしか呼吸を乱していなかったスカーレットが、少しだけ赤くなっていた。それを見て、なんだかこちらまで恥ずかしくなってしまう。知らずにスカーレットを贔屓目に見てしまったことを誤魔化すだけのつもりが、別のダメージにつながってしまった。
ただまあ、悪い気はしないな。これまでのスカーレットとの道のりは、間違いなく誇れる大切な財産だ。
きっと彼女もそう思ってくれている。目が合うと少しだけ目尻を下げたあと、そっぽを向いた。カワイイ奴め。思わず目を細めてしまうが、その視界の端で、半目でじろりと睨むチャネルを捉えた。
「ねーねー、トレーナーさん?」
「な、何かな?」
「スカーレット先輩にご執心なのはわかりますけどね、今は私もアナタの愛バ、ですよね? 今はとても追いつけないかもしれないけど、いつかスカーレット先輩を超えた“アナタの誇り”になってみせますから、先輩ばっかりじゃなくて、私を応援してくださいよ?」
確かに、ちょっと意識をスカーレットに向けすぎなのかもしれない。せっかく新しく担当になってくれたというのに、彼女を蚊帳の外にしてしまったようだ。長年連れ添ったパートナーと新人、付き合った時間に差はあれど、扱いに差があるようなことはトレーナーとしてするべきじゃない。これからは俺も気を引き締めていかないと。
しかし、なんというか、こういった押しの強さもスカーレットに似ているな、なんてどこか明後日の感想をも抱きながら翻弄されていると、
「へぇ、大きく出るじゃない。愛バ? アタシを超える誇り? 100年早いわよ」
スカーレットが割り込んだ。その顔は不敵に笑っている。 - 5◆bEKUwu.vpc23/05/13(土) 21:20:51
「ふふーんだ! 先輩、油断してると1番、貰っちゃいますからね! さあ、もう2,3周、お願いします!」
「喧嘩売りながら並走のお願いなんて、本当にいい度胸ね。……じゃあトレーナー、行ってくるから!」
「お、おい!! オーバーワークにならない程度にするんだぞ!」
ここ最近では珍しく、トレーニングに“掛かり気味”になっているスカーレットに念を押す。
すると彼女は足を止め、振り返ってそばに寄ると、新人に聞こえない小声で答えた。
「分かってるわよ。この子のペースもちゃんと近くで見ていてあげる。何年アンタと一緒にいると思ってるの?」
「任せておきなさい」と目でも語る彼女は、頼りになるというか、とてもカッコよく見えた。なんだろうな、こう言うと立場上は非常によろしくないけれど、改めて惚れ直したというか。怪しまれない程度に話を切り上げ、スカーレットは新人のもとへと向かう。
「さあ、来なさい! 軽くねじ伏せてあげる!」
その言葉とは裏腹に、スカーレットの口元が楽しそうに釣り上がる。
「胸をお借りするつもりで頑張ります!」
「アンタにはアタシの背中だけで十分よ!」
勢いよく駆け出していく担当たち。新しい担当はスカーレットに取っていい刺激になりそうだ。 - 6◆bEKUwu.vpc23/05/13(土) 21:21:07
また別の日。
「へぇ、コイツがスカーレットの後輩かぁ。なんだかオレの後輩と同じで元気なヤツじゃねぇか」
広大なトレセン学園と言えど、その生徒の殆どが毎日トレーニングに勤しんでいる。遅かれ早かれ、偉大な競走相手にも出くわそうというものだ。
「ああっ! アナタはウオッカ先輩! スカーレット先輩のライバルですよね! 永遠の!」
どうやらスカーレットだけでなく、ウオッカも彼女のあこがれの対象らしい。目標が多いのは良いことだ。目指す姿が多ければ、それだけ世界も広がろうというもの。
ただまあ、目の前でライバルとの関係を語られるのは恥ずかしいだろうな。
「ちょ、ちょっとやめなさいよ。そんなに明け透けに言わないでよ、恥ずかしいじゃない!」
「えぇー? あ、でも否定はしないんですね!」
やや困り気味のスカーレットではあるが、本気で嫌がってはいないようだ。それにしてもこの子は本当に物怖じしないというか、遠慮がないというか。あのスカーレットが後輩に押されている姿を見るのはなんだか新鮮だった。 - 7◆bEKUwu.vpc23/05/13(土) 21:21:21
「ちょっといい加減に……ねぇウオッカ、アンタも何か言いなさいよ!」
耐えかねたのかウオッカに支援を要請するスカーレット。しかし。
「困ったからってオレに振るなよ、お前の後輩だろー? ……ったくそういうトコ変わんねぇよなぁ。何か安心するぜ」
この感じ、なんだか懐かしいやり取りだな。観客ポジションに陣取りつつ、口は挟まず眺めることにした。
「何を一人で達観してんのよ! ……あぁ、もう! そう、コイツはアタシのライバル! 絶対負けたくない相手……アンタもそんな相手と出会えればいいわね! これでいいかしら!?」
「うわぁー! ヤケになっているように見えて、その奥に少しだけ見え隠れする本音……さすがスカーレット先輩、高等テクニックですね! 素敵です!」
何をしても上がり続ける後輩のテンションに、さすがのスカーレットも肩を落とし、ため息を付いた。
「ねぇ、ウオッカ。この子、デジタルの親戚だったりしないかしら」
「いや、同じ“アグネス”ならどっちかって言うとタキオン先輩に対するお前みたいじゃねぇか?」
「はぁ? 意味分かんないわよ。それを言うなら未だにバイク見て『カッケー!』ってテンション上げてるアンタにも似てると思うんだけど!」
ぷりぷりとむくれてウオッカから顔をそらすスカーレット。そんな彼女と目が合った。 - 8◆bEKUwu.vpc23/05/13(土) 21:21:35
「……というか、アンタも何黙ったまま見てるのよ。アタシのトレーナーなら援護しなさいよ! もう!」
「いやすまん、ちょっと楽しくなっちゃって」
見つかったか。
「ふふん! 残念ですが先輩、トレーナーさんはもう私のトレーナーでもあるんですぅー! 私の味方なんですぅー!!」
何が自慢なんだか、これでもかとふんぞり返る後輩。これ以上はやめなさい、とブレーキをかけようと口を開きかけるが、
「ねー、トレーナーさん!」
隣に並び立ち、こつん、と自分の腕に頭を当てる。その行為にピタリとこちらの動きを止められてしまった。まだ担当してそれほど時間が立っていないというのに、距離感が近いな、この子。っと、気を取り直して。
「こらチャネル、これ以上この場を煽るのは――」
ふと目線を向けると、眼の前でスカーレットが耳を倒していた。
笑顔で。
「ねえトレーナーさん? 良いかしら?」 - 9◆bEKUwu.vpc23/05/13(土) 21:21:53
「え? あ、ああ、何でしょう、スカーレットさん?」
思わずこちらも敬語になる。だってすっごい迫力なんだもの。一見普通の笑顔に見えるが、口元の筋肉の張り具合と眉の角度がいつもと比べて少しだけ強めになっている。たったそれだけの違いでここまでの威圧感を出せるのは流石である。
腕にまとわりついていたチャネルがぱっと離れ、ウオッカの背後に隠れる。そのウオッカは「うわぁ」と声が聞こえてきそうな表情を浮かべると、二人して距離を取った。
俺を置いて行かないでくれないか。
「そうそう、お利口ね、チャネル。距離感は間違えちゃ駄目よ? ……さて、トレーナーさんとチャネルは担当になってまだ間もないですよね? いきなりそういう事をするのは良くないと思いますよ?」
「ま、待ってくれスカーレット。今のは別に俺から寄って行ったわけじゃ……」
「言い訳? 問答無用よ」
笑顔を消して真顔になるスカーレット。怖い。
すると、ウオッカの背後から「うん?」と声が聞こえてきた。
「あれ、『いきなりは駄目』ということは、ある程度一緒にいれば、そういう事をしてもいいという事に?」
「バッ、お前、今ここでそんな事……!」
焦るウオッカの背後で首を傾げる彼女に、すごい勢いで向き直るスカーレット。矛先を替えた彼女が歩み寄っていく。 - 10◆bEKUwu.vpc23/05/13(土) 21:22:09
「ねえ、チャネル? 肩、凝ってないかしら」
「え? い、いやぁ別に凝ってはいないかなぁ……? ストレッチしたばっかりですし。でもなんで急に――」
「アンタも結構いいモノ持ってるし、肩凝りの辛さはアタシにも分かるの。ほら、揉んであげるから早く後ろを向いて」
「スカーレット先輩? ちょっと顔が怖くて……なんか身の危険を感じるのでまた次の機会に――」
「遠慮しないでほら――捕まえた。さあ始めるわよ」
「まって、トレーナーさん助け――」
「ふっ!!」
「うぎゃぁー!!」
トレーニングコースに悲鳴が響き渡る。いい感じに囮になってくれて助かった。しばらくそのまま怒りの発散に協力してくれ。 - 11◆bEKUwu.vpc23/05/13(土) 21:22:22
しばらくすると満足したのか、チャネルは開放された。
まあなんだ、ちょっとお調子者の感じのある子だけど、だからこそこれからは今まで以上に退屈しないだろう。
「よし、そろそろ休憩を終わりにしようか。それぞれメニューを再開するぞ。ウオッカもありがとうな。良い息抜きになったし、またちょくちょく顔を見せてくれると助かる」
「お、おう。そりゃ良かった」
「は、はいぃ……」
ウマ娘パワーでしっかり解されてへたり込んでいたチャネルが、よろよろと立ち上がる。
「叫び疲れている所悪いが、自業自得だから頑張り給え。ほら、スカーレットも――」
「ねえトレーナーさん?」
おっと……。 - 12◆bEKUwu.vpc23/05/13(土) 21:22:36
「いつもアタシ達のためにありがとうございます。このメニューを作るのだって苦労したでしょう? 毎日デスクに向かって、色んなところが凝ってるんじゃないですか?」
「いや、別に俺は――」
「私この前トレーナーさんが背伸びして肩をポンポンしてたのを見ました!!!」
急速に元気を取り戻したチャネルが、今度はスカーレットの背後に回ってこちらを指差す。
お前というやつは……!
「ですって。安心して。時間はそんなに掛けないから、トレーニングに支障は出ないわ。チャネル。逃さないで」
「らじゃー!!」
言うが早いか、跳ねるように背後に周る彼女に対応できるはずもなく、あえなく羽交い締めにされた。
「やめろ、離せ! まだ死にたくない! それにこないだセクハラだの言ってたやつの行動とは思えないぞ!?」
「先輩から助けてくれなかったトレーナーさんのことなんて知りませーん」
「お前……!」
「さて、覚悟は良いかしら」 - 13◆bEKUwu.vpc23/05/13(土) 21:22:48
「や、やめ……うああああ!!」
全く抵抗できないまま体の至る所を揉まれる。
激痛である。
激痛なのだが、スカーレットは多少の心得はあるらしく、ツボを適性よりやや強めで押す程度に手加減してくれているのがわかる。
しかしチャネルの方はツボでもなんでも無いところをかなりの力で押し込んでやがる。
本当に砕けそう。
「ギブ! ギブ! スカーレット、チャネル! ギブだって!」
「へぇ、Giveだって、チャネル。トレーナーが何か買ってくれるみたいよ? 何がいいかしら?」
「じゃあ私、スポドリの代わりに毎日はちみーが飲みたいです!」
「そんなもん毎日頻繁に飲んでたら太るぞあああだだだ!!! わかった、今日のトレーニング後に1杯だけ奢る!!」
ぱっと開放されるとともに、痛みに耐えていた全身の筋肉が弛緩し、芝の上に伏した。
「やった! じゃあ、私トレーニングの続きしてきますね! スカーレット先輩、お先~!」 - 14◆bEKUwu.vpc23/05/13(土) 21:23:01
満面の笑みで駆け出すマーメイドチャネル。こちらは転がったまま見送るしか無い。
動けないままの自分のそばに、スカーレットが近づき、顔を寄せる。
「アタシははちみーは要らないわ。その代わり、今度の週末にアクセサリーを買いに行きましょ? 安物でいいから、アンタとお揃いで」
アクセサリーか。自分とお揃い、というのがよくわからないが、年頃の女の子っぽい要望だな。
「……はちみーより高くつくな」
「良いじゃない、先輩特権よ」
「その特権、後輩だけじゃなくてトレーナーにも効くんだな。まあ、いいよ」
スカーレットにはどうしても甘くなってしまう。また贔屓だと言われそうだな。
「決まりね。トレーニング中でも、どこでも付けておいてもらうから」
「ああ、せっかく買うんだし、付けておくけど……」
「これで安心ね」
「?」
後日、まさか買いに行くアクセサリーとはペアリングのことで、それを嵌めた薬指をチャネルに誂われるのは別のお話である。 - 15◆bEKUwu.vpc23/05/13(土) 21:23:27
以上になります。
長々と読んでいただきありがとうございました! - 16二次元好きの匿名さん23/05/13(土) 21:48:21
このレスは削除されています
- 17二次元好きの匿名さん23/05/13(土) 22:11:33
いいじゃん……いいじゃん……
ありがとう…… - 18二次元好きの匿名さん23/05/13(土) 22:21:54
スカーレットの賑やかで微笑ましい世界のほんの一部と、未来を見られる良い作品でした
彼女を贔屓したくなるのは…そう言うものですね、はい - 19◆bEKUwu.vpc23/05/13(土) 22:38:34
- 20二次元好きの匿名さん23/05/14(日) 00:25:56
ダスカはいいものだ・・・
健康にもいい