新入生の入学式を見に行ったら妹(ウマ娘)がいた EP.8

  • 1◆iNxpvPUoAM23/05/16(火) 13:22:54

    1スレ目

    新入生の入学式を見に行ったら妹(ウマ娘)がいた|あにまん掲示板「お前なんでこんなとこいんだよ」「またまた〜、今日って入学式っすよ? トレセン学園の一年生の」「ああ、そうだな」「でしょ? だからほらほら、お祝いの言葉のひとつやふたつと言わず、たくさんくれてもいいん…bbs.animanch.com

    2スレ目

    新入生の入学式を見に行ったら妹(ウマ娘)がいた EP.2|あにまん掲示板1スレ目https://bbs.animanch.com/board/1785534/関連スレhttps://bbs.animanch.com/board/1790982/※スレ画は兄の前担当ですbbs.animanch.com

    3スレ目

    新入生の入学式を見に行ったら妹(ウマ娘)がいた EP.3|あにまん掲示板1スレ目https://bbs.animanch.com/board/1785534/2スレ目https://bbs.animanch.com/board/1793189/関連スレhttps://bb…bbs.animanch.com

    4スレ目

    新入生の入学式を見に行ったら妹(ウマ娘)がいた EP.4|あにまん掲示板1スレ目https://bbs.animanch.com/board/1785534/2スレ目https://bbs.animanch.com/board/1793189/3スレ目https://bb…bbs.animanch.com

    5スレ目

    新入生の入学式を見に行ったら妹(ウマ娘)がいた EP.5|あにまん掲示板1スレ目https://bbs.animanch.com/board/1785534/2スレ目https://bbs.animanch.com/board/1793189/3スレ目https://bb…bbs.animanch.com

    6スレ目

    新入生の入学式を見に行ったら妹(ウマ娘)がいた EP.6|あにまん掲示板1スレ目https://bbs.animanch.com/board/1785534/2スレ目https://bbs.animanch.com/board/1793189/3スレ目https://bb…bbs.animanch.com

    7スレ目

    新入生の入学式を見に行ったら妹(ウマ娘)がいた EP.7|あにまん掲示板1スレ目https://bbs.animanch.com/board/1785534/2スレ目https://bbs.animanch.com/board/1793189/3スレ目https://bb…bbs.animanch.com


    関連スレ

    新入生の入学式を見に行ったら妹(ウマ娘)がいた 語りスレpart5|あにまん掲示板妹ウマ娘をテーマにしたSSについて語るスレです。スレ画はパフェが大好きなとあるウマ娘前スレhttps://bbs.animanch.com/board/1894922/bbs.animanch.com


    ※スレ画は兄の以前の担当ウマ娘【ミヤコレガリア】です。

  • 2二次元好きの匿名さん23/05/16(火) 13:24:10

    立て乙、念の為伸ばし

  • 3二次元好きの匿名さん23/05/16(火) 13:24:43

    立て乙ー

  • 4◆iNxpvPUoAM23/05/16(火) 13:25:17

    「うぶぇっ……は、っ……ぁ……?」

    よく分からない言葉を発しながら、状況を理解できないといった顔でソラは勢いよく起き上がった。
    せっかく整えてやった前髪は水でぐちゃぐちゃ。布団も枕もソラの服も全部水浸し。

    あーあ、明日洗濯しなきゃだよ布団も枕も。まあ水だしそのままでもいいけど。

    「ぇ……なん、……ぇ……? ぬれてる……」
    「おはよう」
    「……おに、ぇっ……お兄ちゃん……?」
    「ん?」
    「お前、やったか」
    「やった」
    「なにすんじゃお前!! 優しくおこせよ、優しく!」
    「何回起こしても起きねぇお前が悪いんだろうがよぉ!」
    「はぁあ〜〜〜っ……最悪……お風呂入らなきゃじゃん……」
    「シャワーでいいから浴びてこい。汗臭いぞお前」
    「うるせぇよお前に言われたくねぇよ」
    「俺も入るわうるせーな」
    「マジでこのクソ兄貴クソかよ……」
    「なんだ? もう一回やるかぁ?」
    「入ります入りますお風呂入ります」
    「さっさと入って寝ろ」
    「いつか絶対やり返してやる……」

    ぶつぶつと文句を言いながら、まだ寝ぼけた足取りで風呂場へソラは消えていった。

  • 5二次元好きの匿名さん23/05/16(火) 13:25:21

    たておつ
    揺れる兄やん…

  • 6◆iNxpvPUoAM23/05/16(火) 13:27:22

    ・・・

    ソラがシャワーを終え、臭い臭いとうるさいので俺も後に続いてシャワーを済ませてくる。
    パジャマに着替えて髪を乾かし、部屋へ戻るとソラは俺の布団に寝転がっていた。

    「あ?」
    「なんすか」
    「お前ベッドで寝ろよ」
    「寝れるかよあんな水浸し」
    「……」
    「誰のせいだと思ってるんですか」
    「俺だな」
    「自業自得でしょ。今日はこの布団はあたしがもらった」
    「……」
    「はいため息ー。あたしなんにも悪くありませーん。だから傷つきませーん」
    「いいよ、一緒に寝よう」
    「えっ」
    「なに」
    「……いいの?」
    「いいって言ってんだろ」
    「なんで……?」
    「ひとつ目」
    「え、ぁ、はい」
    「俺も疲れてる。ソファで寝たくない」
    「う、うん」
    「ふたつ目。ちょっとだけ悪かったかなって思った」
    「……ぉ、おう」

  • 7◆iNxpvPUoAM23/05/16(火) 13:28:50

    「みっつ目」
    「ま、まだあんのかよ……」
    「恋人なんだろ」
    「…………え?」
    「今日は恋人なんだろ? 俺の」
    「……ぁ、……ぇ、と」
    「電気消すぞ」
    「あ、……うん」
    「もうちょっとそっち寄れよ、狭い」
    「……うん」
    「枕使えよ」
    「お兄ちゃんは?」
    「タオル重ねる」
    「……いいよ、お兄ちゃん使いなよ」
    「いいって。ソラが使え」
    「ぁ……うん、ありがと」
    「おやすみ」
    「……お兄ちゃん」
    「なんだよ」
    「今日、楽しかったね」
    「まあな」
    「すっごく濃い1日でさ、まだ同じ日って信じらんない」
    「だな。めちゃくちゃ疲れた」

  • 8◆iNxpvPUoAM23/05/16(火) 13:30:07

    「へへ〜、デートしただけでも夢みたいなのに、一緒の布団で寝れるなんて、なんだか怖い」
    「なに言ってんのお前」
    「幸せだな〜って」
    「……」
    「どうよ、ドキッとした?」
    「あ?」
    「今のドキッとした? ほんとの恋人の会話っぽいでしょ」
    「もう寝ろよ」
    「したのか」
    「お前な……」
    「……カケルくん」
    「名前で呼ぶな」
    「恋人は名前で呼ぶでしょ」
    「お前に急に名前で呼ばれたら気持ち悪くて仕方ない」
    「うそつけ、嬉しいくせに」
    「吐きそう」
    「なんでだよっ!」

  • 9◆iNxpvPUoAM23/05/16(火) 13:31:02

    「……いいからもう寝ろよ、疲れてるだろ」
    「疲れてる、けど……ねえ」
    「なに」
    「抱きついていい?」
    「……」
    「……お兄ちゃん?」
    「……」
    「え、寝た?」
    「……」
    「うっそだろおい寝たのかよこいつ……」
    「……」
    「……ありがと、お兄ちゃん」
    「……」
    「桜花賞、頑張るからね」
    「……」

    「勝てたら……もっとすごいご褒美、ほしいな」
    「今日はデートだったし……次は、なにがいいかな」
    「ん〜……、ぁ〜……、……あ、結婚か」

    「アホすぎるだろお前」
    「起きてるじゃねーかよ返事しろよ」
    「黙ってたら寝るかと思ったのにお前うるせぇよ」
    「いいじゃんか〜! お兄ちゃんだってあたしが寝たあとひとりでなんか呟いてたことあるでしょ!」
    「ね〜よ、アホか」
    「も〜っ、なんだよも〜っ」

  • 10◆iNxpvPUoAM23/05/16(火) 13:34:36

    「いいからもう寝ようぜ……明日も疲れ残るぞ」
    「どうせ寝たって残るもん。だからもうちょっとお話ししたい」
    「えー……」
    「今日のこと、話したい」
    「なんだよ」
    「コンカフェおもろかった」
    「あぁ……あれなぁ」
    「ハルカ先輩意味わかんないでしょ、大阪まで行ってコンカフェって」
    「めっちゃ楽しんでたな」
    「チェキめっちゃ撮ってた」
    「お前も1枚撮ってたろ」
    「あのヒトめっちゃイケメンだった」
    「面食いかよお前」
    「違いますけど」
    「あ、そ」
    「てかハルカ先輩お金使いすぎでしょ……支払い金額見て目玉飛び出るかと思った」
    「流石に出してやる気にはなれんかったな……」
    「先輩も嫌がっただろうしね」
    「一緒に遊びに行く分にはいいけど、あれはな……」
    「お兄ちゃんはあたしのお財布なので」
    「お前払う時は払えよ」
    「たこ焼きは払ったでしょうが!」
    「ほか全部俺じゃねえかよ」
    「へへ〜、ありがとね」
    「いいけどさ……いいけどさ」

  • 11◆iNxpvPUoAM23/05/16(火) 13:41:56

    「高給取りなんだからさ、少しくらい散財しないと。この部屋、あんまり物ないじゃん。あたしもあんま集めてるものとかないけど」
    「色々と金使うからな、担当もってると」
    「移動費だけでやばいもんね」
    「それは経費で落ちるけどな」
    「じゃあ何で使うの? お金」
    「外部でトレーニングするときの手配とかな」
    「……なるほど」
    「リハビリ費用は全部俺持ちだ」
    「やべ〜っ……怪我できね〜っ……」
    「当たり前だろ。怪我なんかして、いいことなんかひとつもないんだ。お前も俺も苦しいだけだ」
    「……前のは、軽くて良かった」
    「だな。……酷い時は、それが原因で引退なんてこともあるんだからな」
    「……うん、それは、わかるよ。怪我で引退したウマ娘、ニュースにも出るもん」
    「ソラもハルカも怪我なく走り続けてほしいよ。俺の願いは、ただそれだけだ」
    「……勝てなくてもいいの?」
    「いい」
    「ぇっ」
    「っていうと、トレーナーとしてどうなのかとは思うけどさ。確かに勝ってくれたら嬉しいけど、何よりも無事に走り切ってくれることが1番だ」
    「……」
    「だからソラも……いや、やめとこ」
    「え、なになに」
    「勝たなくていいとか言ったらお前絶対手抜く」
    「抜きませんけど、ガチでやりますけど」
    「どうだか」
    「あたしのこと信用してないのかこいつ……」
    「お前の口から出る言葉の8割は信用に値しない」
    「お前あたしのことそんな風に思ってたのかよ!? 心外だ!」
    「2割は信じてる」
    「えぇ……2割……」

  • 12◆iNxpvPUoAM23/05/16(火) 13:44:53

    「だってお前ノリでしか会話しねーじゃん」
    「当たり前ですよ。5秒前の会話内容すら覚えてませんよ」
    「ほらみろ」
    「でも、大事なことはちゃんと覚えてる」
    「……」
    「お兄ちゃんがあたしにくれたものは、全部大切に残してある。言葉も、物も、全部」
    「……うわぁ」
    「なに引いてんだよ。喜べよ大切にしてやってんだぞ」
    「へいへい……」
    「……やばい、真面目な話はなんかキャラじゃない。やめよこれ」
    「じゃあ寝ようぜもう……瞼重いわ」
    「……ん」
    「なんだよくっつくなよ」
    「くっつかないと布団からはみ出ちゃう」
    「俺もう肩は布団から出てる」
    「あたしが横向いてお兄ちゃんに抱きついたらいいんすよ」
    「寝にくいだろ」
    「平気平気」
    「俺が寝にくい」
    「平気平気」
    「この野郎……」
    「へっへっへ……」
    「なんだよ」

  • 13◆iNxpvPUoAM23/05/16(火) 13:46:55

    「気づきませんか」
    「は? なにが」
    「当ててんですよ」
    「……はっ?」
    「ぉ、ちょっと上擦った」
    「おま、離れろっ」
    「ふ〜ん、へぇ〜? こういうのはうまく返せないんだね、お兄ちゃん」
    「離れろって」
    「やっぱりおっぱいが好きなのかこの兄……ハルカ先輩要注意だな……」
    「なに言ってんのお前。ほんとなに言ってんの」
    「触ってもいいよ」
    「ふざけんなよぶっ飛ばすぞ」
    「うへぇ……しっとりした雰囲気で言われるとキツイ……」
    「離れろクソマジでおい」
    「寝るか〜」
    「なんなんだよほんとに……」
    「おやすみ、お兄ちゃん」
    「ああ」
    「おやすみ」
    「わかったって」
    「お・や・す・み」
    「……おやすみ、ソラ」
    「うん、おやすみ、お兄ちゃん」

  • 14◆iNxpvPUoAM23/05/16(火) 16:30:03

    翌日────

    「じゃあねにぃやんまたあとで〜」
    「おう」
    「そ、それでは私も……」
    「ああ、またあとで」

    ソラとハルカの朝練を終えて解散し、俺はトレーナー棟へと歩いていく。

    チューリップ賞を終えたばかりのソラに本気で走り込みさせるわけにはいかず、今日は軽い負荷のトレーニングだけで済ませた。
    代わりにハルカはクラシックにも、それ以外にも対応できるようしっかりとトレーニング。

    軽く尋ねたところ、まだ迷っているそうだった。
    それでも俺のスタンスを伝えたことで、もう重く捉えたりはしていないようで、かなりスッキリした顔だった。

    なら、俺は支えてやるだけだ。
    もしそれでも迷うなら、進む道を一緒に考えてあげればいい。
    俺にできるのは、ウマ娘が楽しく走るのを支えることだけなんだ。
    そのために努力するなんて当たり前だから。

    「……」

    自販機で缶コーヒーを購入し、自分のトレーナー室へ。
    誰も来る予定はないが、一応鍵をかけておく。用心に越したことはない。ほとんど誰も来ないけど。

  • 15◆iNxpvPUoAM23/05/16(火) 16:33:10

    「はー……」

    椅子にどっかりと腰を落ち着け、息を吐く。
    全身の疲労感がやばい……昨日の疲れがまだ取れていない証拠だ。
    今日はさっさと切り上げて帰りたい……ところではあるが、あいつらのトレーニングを疎かにするわけにはいかない。

    さっきも言った通り、努力なんて当たり前。
    1番大変なところにいるのは俺じゃなく、ウマ娘たちなんだ。
    俺に出来るのが努力なら、なんだってやるさ。

    「……」
    「……?」

    机のそばに見慣れぬ物体。
    いや、違う。
    見慣れた物体だ。ただ、ここにあるのはあり得ないもの。

    「なんでこれが」

    ぬいぐるみ。
    うさぎでも犬でも猫でもない、1頭身のよくわからない生き物のぬいぐるみ。

    ソラが置いていったのか?
    でもいつだ。今朝は家にあったような気がするが……よく覚えていない。いたずらか?

    「……あとで説教だな」

    ビビらせやがって。

  • 16◆iNxpvPUoAM23/05/16(火) 16:36:57

    ぬいぐるみの胴体……頭? を掴み抱き上げ、内蔵されているボタンを押す。

    『ハァイ』

    成瀬先生に言われるまで知らなかったんだよな、このボタン。
    手に入れて半年は経つのに……マジで知らなかった。
    ホコリも被ってるし、拭いてやるか。

    「ウェットティッシュあったかな……」

    引き出しを漁る。
    確か入れておいたはずで……ノンアルコールのそれならぬいぐるみを傷めることもないだろう。

    「あれ、どこだ?」

    ふたつみっつと引き出しを開けても見つからず、頭を掻く。
    確かおいてあったはずなんだが……。

    「食器を入れてある棚の前」
    「え? ぁ……ほんとだ、ありが────」

    「……は?」

    今の声は……誰の声だ?

    「そ……ソラ? なんか仕掛けたりしてるのか?」

    背筋がぞっとする感覚を無視するようにソラの名前を呼ぶ。
    こんなくだらないことをするのは、あいつくらいのもんだ。ハルカもこんなことする子じゃないから。

  • 17◆iNxpvPUoAM23/05/16(火) 16:40:19

    「ソラ?」

    ……いや、違う。
    違うのはわかってる。
    わかってて、違うフリをしたいだけなんだ。

    だって、今の声は。

    「初めまして、と言っておきましょうか」

    このぬいぐるみのボタンを押した時の声と、同じだったから。

    そう、ぬいぐるみだ。俺が抱えていたぬいぐるみが、ゆっくりと視線を合わせた────ような気がした。

    「ちょっと、聞こえている? あなたに話しかけているのだけれど」
    「……」
    「ねえ、無視をしないでちょうだい。視線が動いているわ。私のことを認識しているのはもうわかってる」
    「……ぉ、お前……」

    あまりにも突然で、突拍子もなくて、驚くタイミングを逃した俺は、とりあえずそのぬいぐるみを机に戻した。

    「ようやく口を開いたわね」
    「なに……ぇ、え……っ……」
    「驚いているわね。まあ当然ね、ぬいぐるみが喋っているんだもの」
    「お前、やっぱうちにいたぬいぐるみか……?」
    「フフフ、それはどうかしら」
    「なんなんだ……」

  • 18◆iNxpvPUoAM23/05/16(火) 16:57:58

    「私はソフィーティア。ソフィでいいわ」

    そう名乗ったぬいぐるみは、怪しげに微笑む──ように見えるだけで、全く動いてはいない。
    喋っているのと、声の雰囲気のせいでそう錯覚させられてしまうだけだ。

    「そ、フィ……? え、っと……悪い、マジで飲み込めない……」
    「無理に飲み込む必要はないけれど、そうね。あなたの妹に興味があって接触した。それだけのことよ」
    「は、はあ……え? ソラ?」
    「あの子、相変わらず騒がしいわね。本当に変わらない」
    「え……、ソラを知ってるのか?」
    「もちろんあなたのことも知っているわよ、カケル」
    「……お前、何者なんだ? ぬいぐるみが喋るなんて……」
    「失礼ね。これはあくまでぬいぐるみ、本当の私は可愛くて美人な女の子」
    「……はぁ」
    「信じていないわね。これだからおバカさんなのよあなた」
    「はあ……?」
    「まあいいわ。今日は挨拶に来ただけだから」
    「……な、なんの挨拶だよ……」
    「本当はあの子たちが力に目覚めてから接触しようと思っていたけれど、退屈だったのよ」
    「はあ……」
    「さっきからはぁはぁうるさいわね。あなた語彙ってものが少ないの?」
    「お前マジでなんなの……」
    「だから言ったでしょう? 私はソフィーティアだ、と」
    「名前はわかった、わかったけど……」
    「これからそれを説明しようとしているんじゃない。あなたは本当に話の腰を折るのが得意ね、カケル」
    「……」

  • 19二次元好きの匿名さん23/05/16(火) 17:19:09

    なんなんだこいつ……マジでなんなんだ……。
    俺のことを知っていて、さらにソラのことにまで詳しい様子。
    あの子たちって言ったから、もしかしてハルカのことも……?

    「私の目的はこの世界の、あなたたちの観測」
    「……観測?」
    「ええ。つまりあなたたちがどう成長するかを見守ってあげる女神様、ということ」
    「…………厨二かよ」
    「ちょっと、この世界独自の言葉を使わないで。理解するのに時間がかかるんだから」
    「理解って……え、なんか、違う言葉でも使ってんの?」
    「当たり前でしょう。いま私とあなたが会話できているのも、翻訳装置のおかげなんだから」
    「……ぇぇえ……」
    「まあいいわ。今日はあなたにひとつだけ伝えたいことがあって来たの」
    「……なに……?」
    「ソラはそう遠くない未来で力に目覚める」
    「……力、って……“領域”のことか!?」
    「ああ、そうそう。“領域”ね、そう言っていたかしら」
    「お前はなんでそれを……」
    「私、ウマ娘の成長がわかるのよ。あなたのようなお猿さんとは違ってね」
    「……」

    猿って……こいつ何様だよぬいぐるみのくせに。

  • 20◆iNxpvPUoAM23/05/16(火) 17:19:53

    「それだけを言いにきた。もう用は済んだから帰るわ」
    「ぁ、ちょっ」
    「なに? 私は忙しいのだけど」
    「……それがいつかは分かるか?」
    「いいえ、それはあの子の成長次第。でもそう遠くはないわ」
    「……そうか」
    「フフフ、面白いわね、ウマ娘というのは。この世界特有の人種だなんて」
    「え……?」
    「いいえ、なんでも。それじゃあね」
    「ぁ、ちょ、おいっ」

    それだけ言ってソフィは空間に歪みを開き、その中へ消えていった。

    ────ということはなく、元の物言わぬぬいぐるみになったのだった。

    「……なんだったんだ、あれ」

  • 21◆iNxpvPUoAM23/05/16(火) 17:32:45

    その直後にホームルーム開始のチャイムが鳴り、俺は一気に現実に引き戻された。

    「……なんだったんだ、あれ」

    考えても分からない。
    ぬいぐるみが喋るとかいう不可思議現象をどう信じろというのだろう。
    真面目に何も分からん。

    とりあえず……その、ソフィが言っていた言葉。

    ────ソラが遠くない未来で“領域”に目覚める。

    それが本当なら、願ってもない情報だ。
    “領域”がソラを格段に成長させてくれるなら……望まない手はない。

    でも、俺のスタンスを変えるつもりはない。
    “領域”はあくまで“領域”。
    それ同士の戦いになれば、あとは地力がものを言うシンプルな世界だ。

    今はまだ身体作りをメインに、ソラを強くしていかなくては。

    “領域”に目覚めてくれるのは嬉しいが、それはそれ。
    変わらず今まで通り、やっていくだけ。

    「さてと……仕事仕事」

    桜花賞へ向けての情報収集、頑張らないとな。

  • 22二次元好きの匿名さん23/05/16(火) 18:30:40

    数日後────

    「そ、ソラちゃん走り……漲ってます、ねっ」
    「そうですか?」
    「はい。GⅠが近くて、き、緊張していたらどうしよう、って、私が緊張しちゃうくらいで……」
    「なんであたしのことで先輩が緊張するんすか……へへ、でもありがとうございますっ」
    「ふふふ……た、大切な後輩の、ことですからっ」
    「先輩優しい。めっちゃ優しい。にぃには冷たい」
    「へ?」
    「聞いてくださいよ。にぃやんのやつ、次のレースに向けてのミーティングうちに帰ってもやるんですよ」
    「あぁ……」
    「家でくらいゆっくりしたいっすよ……」
    「……それだけ、真剣なんでしょうね」
    「あたしだって真剣ですよ? でも……にぃに、また自分を削って仕事してて」
    「……」
    「最近は夜ちゃんと寝てるなーって感じだったんですけど、元に戻っちゃった気がして……」
    「心配、ですね……」
    「はい……、あ、別に心配とかはしてないです! アホだなーあの兄貴ーって感じで、こう、あれです、呆れてる」
    「ソラちゃん……」
    「……トレーナーがいないと、ウマ娘は走れませんから。先輩のためにも兄上には身体を大切にしてもらわねばなりませぬ」
    「私の次のレースは、フローラステークス。ま、まだまだ時間はありますから……いまは、ソラちゃんのことを……大切に、してほしいです」

  • 23◆iNxpvPUoAM23/05/16(火) 18:32:08

    「ほんっとハルカ先輩優しい。ママみ強い」
    「ま、ママ……」
    「おい、なんでそこで顔を赤くしてる。なに想像してる」
    「す、すみません私、性欲が強くて……すぐ、その、妄想を……」
    「えぇ……」

    「そろそろ休憩終わりにするぞー」
    「ひょあっ!?」
    「うおっ……」

    い、今の声ハルカか……? なんか女の子が出したらやばい声だった気が。

    「と、とれ、トレーナーさん……!」
    「おぅおぅおぅ! おっせぇじゃねぇかぁ! なにしてたんだおいぃ!」

    「荷物来てたから受け取ってた」
    「え、荷物?」
    「ああ。お前宛てのな」
    「え? なんかあったっけ」
    「勝負服だよ、お前の」
    「…………勝負服!!!」

  • 24◆iNxpvPUoAM23/05/16(火) 19:08:51

    ・・・

    「おぉぉ〜っ……!」

    走り込みを終え、3人でトレーナー室へ。
    入ったすぐのテーブルに乗せた大きな段ボール箱を見て、ソラが目を輝かせた。

    興奮を抑えきれない様子でダンボールを雑に開封し、中から出てきたのはスーツの持ち運びに使うガーメントバッグ。

    半分が赤く半分が白い、少し変わったデザイン。

    それを丁寧に開けて、ようやく出てきたのは────

    「これがあたしの……っ!」

    ソラの勝負服、それは────

    「ぁ、れ……?」

    大喜びで勝負服を抱きしめるソラを見て、不思議そうにハルカが首を傾げた。
    どういうこと? という顔で、俺を見上げてくる。

  • 25◆iNxpvPUoAM23/05/16(火) 19:09:21

    「ハルカの気持ちもわかるよ」

    なぜならその勝負服は、よく見れば大きく違うものの、パッと見ただけではソラの私服に似ていたから。

    ソラが自分で考え、デザインした勝負服。
    お気に入りの私服をもとに、あれこれと手を加えてたそれは、確かに勝負服と呼ぶに相応しい豪華で力強い物となっていた。

    やはり1番目を見張るのはスカートと一体化した輝く翼。
    鮮やかなグリーンに煌めくそれは、ソラの名の通り、大空を舞う翼をイメージしたのだという。

    「……カッコいい……」

    ひと通り説明を聞いたハルカの第一声は、それだった。
    大好きな先輩のお褒めの言葉に、ソラも大変満足そうに笑う。

    「でしょでしょ! めっちゃ考えたんすよ、これ!」
    「は、はいっ! か、かっこいい、ですっ!」

  • 26◆iNxpvPUoAM23/05/17(水) 00:26:50

    「ちょ、にぃに写真、これ着るから写真撮って、ミャーコ先輩とお母さんたちに送るから!」
    「へいへい」

    「ぁ、わ、私も、着てるところを見たいので、外で、待ってますっ」
    「りょ〜かいっす!」

    ハルカと連れ立ってトレーナー室の外へ。
    ぱたりと扉を閉じると、ソラが中から鍵をかけた。
    覗かねぇよ……。

    「……嬉しそうでしたね、ソラちゃん」
    「ああ。初めての勝負服だしな……ハルカが初めて着た時はどうだったんだ?」
    「私、ですか……? 私は……」

    ふと、ハルカが顔を俯かせた。
    少し寂しそうな、辛そうな、そんな顔。

    それを見て意味を察し、すぐに謝罪する。

    「ごめん……そんな嬉しいものじゃ、なかったよな」
    「……すみません。初めてのGⅠ……阪神JFは、その……私が出たくて、出たレースでは、なかったので……」

  • 27◆iNxpvPUoAM23/05/17(水) 00:28:11

    あの頃はまだハルカは俺の元にはいなくて、司令官────あとで調べて知ったが、名前を高峰レンヤというらしい────のチームに所属していた。
    高峰の指導自体は悪いものではなかったが、その方針はハルカにとって辛いもので……。

    「なので、私は初めてあの服を着たときは、嬉しさ半分……これからこの距離のレースを走っていく運命を背負うんだ、って……気持ちで、とても揺らいでいました」
    「……勝負服、新調するか?」
    「え……?」
    「チームが変わってから、勝負服を変えるウマ娘も少なくない。ハルカだって今持ってる服に思うところがあるなら、変える選択肢だってある」
    「……で、でもそれって、お金……」
    「そんなの気にすることじゃないだろ。自分が着て、1番嬉しくなれる方がいい。俺もそう思ってほしくて、ソラにはめちゃくちゃ考えさせたしな」

    その結果、ソラの勝負服は本人がめちゃくちゃ満足できるデザインになった。最後に俺に何かひとつ考えろ、って言い出した時は困ったけど。

    それも含めて喜んでくれているなら、俺も嬉しい。
    はやく見るのが楽しみで仕方がない。まだかよ遅ぇだろはやく着替えろ。

    「……」
    「ま、そういうことだからさ。……最近ハルカには考えさせてばかりで申し訳ないけど、一考には値するんじゃないか?」
    「……私」
    「うん」
    「今の、勝負服……見た目は、好きなんです。エデンの女王であるもうひとりの私ではなくて、この私をイメージした……勝負服で」
    「……ああ」
    「今度……見て、もらえますか?」
    「もちろん」
    「……嬉しい、です」
    「……」

    なんだかむず痒い。こっちのハルカと話していると、そんな感覚になることが多い気がする。
    なんというか、ラブコメの波動とでも言うんだろうか……慣れない雰囲気だ。

    もちろん嫌な気持ちがあるわけではなくて、ただ、慣れていないだけ。今まで彼女いたことない奴にそういうのを求められても困る。

  • 28◆iNxpvPUoAM23/05/17(水) 00:29:00

    程なくして扉の鍵が開けられ、中からソラの声が届く。
    着替えが完了したらしい。

    「よし、入るぞ」
    『来いやぁ!』
    「……」

    その返事はどうなんだろう……いや、あいつらしいけど。

    ハルカと目を見合わせ、頷いてから扉を開けた。

    「おっ」
    「わぁ〜っ」

    「じゃじゃ〜ん! どーよソラちゃんの勝負服!」
    「はい、とっても似合って、ますっ! かっこいい……スカートの翼、素敵ですっ」
    「でしょ? でしょ〜?」

    ハルカが手放しで褒め称え、ソラは上機嫌にくるくると回って全身を見せる。
    それを更にハルカは褒めちぎり、ソラの機嫌は青天井。
    ハルカへ勝負服のデザインについてペラペラと語り始めた。

    その様子を見て違和感に気づいた俺はダンボールに残されていた最後のピースを手に取る。

    「おいソラ」
    「へ? ぇ、ちょ……ぉわ、っと」
    「忘れもん」
    「投げないでよ落としたらどうすんの。アホなの?」
    「お前がアホだわ。大事なもん忘れんな」
    「へーへー、さーせーん」

  • 29◆iNxpvPUoAM23/05/17(水) 00:30:09

    「大事なもの?」
    「これですこれこれ」
    「アクセサリー……?」
    「にぃにが考えてくれたんすよ! ミャーコ先輩の時、勝負服を着る時につける用にってアクセをプレゼントしたらしくって、あたしもそういうのほしい〜って」
    「トレーナー、さんの……」

    「ああ、まあ……デザインセンスはあんまだけど、ちゃんと勝負服のメーカーに頼んで作ってもらったから品質は大丈夫だろ」

    「……これでよしっ! ソラちゃんハイパーフォーム!」
    「ガキかよ」
    「ガキですようるさいな。いいでしょ、初めて着たんだからちょっとくらい浮かれたって」
    「はしゃぎすぎて壊すなよ」
    「全力で走っても壊れないような服ですよ? ちょっと遊んだって平気っしょ」
    「へいへい。せめて汚さないようにだけしてくれ」
    「は〜い」

    「トレーナーさんの、デザイン……」
    「先輩? ちょ、先輩?」
    「ぁ、ゎ、は、はいっ」
    「写真撮ってくださいよ。ミャーコ先輩に送りたくって」
    「はいっ……ぁ、でも、私なんかが撮ってもいいんですか……?」
    「先輩に撮ってほしい!」
    「え……でも、トレーナーさんの方が……」
    「にぃやん絶対ふざけるから」

    「ふざけねーよアホか」
    「絶対ふざけるでしょ」
    「ふざけてるのはお前の脳みそだ。まあいいや、ハルカ、撮ってやってくれ」
    「ぁ、は、はい、それじゃあ……」

  • 30◆iNxpvPUoAM23/05/17(水) 00:32:12

    そうしてソラとハルカの撮影会が始まり、俺はそれを椅子に腰掛け眺めていた。

    ミヤコの勝負服が初めて届いた日も、嬉しくて何枚も写真を撮ったっけ。
    本人は恥ずかしがってたけど、最後の方はノリノリで撮影されてくれた。

    今でもたまにその写真を見返しては、苦しい思いに潰されそうになるけれど、ミヤコは前に向かって走ってる。
    俺もソラと共に走り出してる。

    走り始めたら前を向いて、ゴールまで突き進むだけ。
    後ろなんて振り返る余裕はない。

    ミヤコも次はGⅠ級の大きなレースに出ると言っていたし、応援に行ってやらなくちゃ。
    トゥインクルシリーズではGⅠを勝たせてやれなくて、何度も涙を飲んだが……今度こそ、勝ってほしい。

    「お兄ちゃーん! 非常事態だー! ハルカ先輩のスマホの充電がなくなる! 代わりに撮ってー!」
    「す、すみません、すみません、すみません……っ!」

    「おう」

    ソラももうすぐGⅠだ。
    クラシックの初戦、桜花賞。

    前走で鎬を削ったヒャクシヤコウも更に仕上げてくるだろう。
    残る日数で俺がソラにしてやれるのは、最後まで寄り添って支えてやること。

    頑張ろうな、ソラ。
    俺とお前でティアラ路線を走り切ろう。

  • 31◆iNxpvPUoAM23/05/17(水) 00:32:32

    本日はここまで
    ありがとうございました

    次回、多分桜花賞

  • 32二次元好きの匿名さん23/05/17(水) 00:33:30

    お疲れ様でした
    いよいよか……!

  • 33二次元好きの匿名さん23/05/17(水) 01:00:51

    お疲れ様です〜
    いよいよ三冠レース開幕か

  • 34二次元好きの匿名さん23/05/17(水) 10:00:46

    ほしゅ

  • 35二次元好きの匿名さん23/05/17(水) 10:56:13

    ついに始まるのか…
    なんかドキドキしてくるな

  • 36二次元好きの匿名さん23/05/17(水) 19:36:23

    保守

  • 37◆iNxpvPUoAM23/05/18(木) 00:10:36

    数日後、桜花賞2日前────

    ファン感謝祭に入学式────トレセン学園のイベントごとは光のような速さで過ぎ去り、ついに桜花賞2日前。

    明日朝から移動して前乗りし、午後は阪神レース場にて調整をして明後日の本番を迎える予定で行動することになっている。

    そのため今日は軽めに済ませて、夕焼けが赤くなり始めた時間にソラとふたりで学園を後にした。

    「にぃに」
    「ん」
    「晩飯、なにしよっか」
    「あー……学食テイクアウトしたらよかったか」
    「えぇ……お兄様、マジで言ってんすか……」
    「なんだよ」
    「今日、なんの日か分かってる?」
    「え? ……なんかあったっけ」
    「え〜……嘘でしょ、ほんとに言ってます? ガチで言ってます?」
    「マジで分からん」
    「記念日ですよ、記念日!」
    「……記念日……? 誕生日じゃ、ないしな……」
    「ネタじゃないよね? 本気で言ってるんだよね?」
    「なんなんだよ。言えよ」
    「当ててほしいじゃん。ってか、覚えとけよそれくらい」
    「なんなのお前……お前ほんとなんなの」
    「記念日でしょ! あたしと、にぃにの!」
    「俺とお前の? ……デビュー戦じゃねぇしな」
    「お前いい加減にしろよぶっ飛ばすぞ」
    「口悪いぞお前。わかんねぇってだから」
    「なんでわかんないの! わかれよ! 記念日でしょうが!」

  • 38◆iNxpvPUoAM23/05/18(木) 00:39:28

    「口悪いぞお前。わかんねぇってだから」
    「なんでわかんないの! わかれよ! 記念日でしょうが!」
    「はぁ〜? わっかんねぇよ、なんの記念だよ、別に記念になることなんざなんもねぇわ!!」
    「あるっつってんだろうが! ほんっと信じらんない! サイテー! この兄、サイテー!」
    「うるっせぇなこいつまじで……アホなんじゃねぇのかよマジでこいつ」
    「語彙力死んでますけど大丈夫? もしかして記憶なくなっちゃった? あたしのこと覚えてる?」
    「……」
    「ため息は感じ悪いからやめろ。仕方ない、更なるヒントをここに授けよう。神たるソラ様に感謝するがよい。今日ってなにがあったっけ」
    「お前何様だよふざけんなよ。……えー……入学式だろ。だから授業は休みで、昼から軽く流して────あー、わかったわ」
    「へへ〜、それじゃあ正解発表〜」
    「お前の入学式」
    「全然違うわ。アホかよ」
    「はぁ?」
    「全然違う」
    「今日なにがあった、で連想できるのなんかお前の入学ぐらいだろうがよぉ!」
    「あとちょっと捻ってね! その先に答えがある!」
    「いい、もういいわ。もう考える気起きねーわ」
    「ね〜! おねが〜い! もうちょっとだけ考えてよ、カスってるから、あとちょっとだけだから、先っぽだけだから!!」
    「意味わかんねーよ、あと女の子がそんなセリフ道端で叫んでんじゃねーよ、恥じらいを持てよ」
    「恥じらいよりも先に兄者が当ててくれない怒りが上だ!」
    「はぁ〜……?」
    「入学式があって、あたしたちはどうした」
    「あ?」
    「どうした」
    「ぇ、と……廊下歩いてたら、お前が後ろから来たんだっけな」
    「そうそう、それはつまり?」
    「はぁ?」
    「あたしがお兄ちゃんを見つけて追いかけて、そこで?」
    「……久しぶりに会った?」
    「そう! それから! それからどうした!」

  • 39◆iNxpvPUoAM23/05/18(木) 00:48:15

    「誘導尋問かよ……なんだよこの時間」
    「いいからいいからっ。それからそれから」
    「それ、から……お前が俺の担当になった」
    「うんうん、そうそう。んで?」
    「んで……お前が家を乗っ取った」
    「乗っ取ってねーよ同棲だよ」
    「黙れよ」
    「黙らない! 正解が出るまで黙らない!」
    「……」
    「あーもう、ため息とかいいから早く答えてよ」
    「何を求めてんだよ……なんだよ、再会記念日とか言うつもりか?」
    「ん〜……あー、ぇっと……まあいいやもうそれで」
    「はぁ……?」
    「正解はお兄ちゃんとあたしの結婚記念日でし痛っってぇ!!!」

    結構本気で頭を後ろから叩いてやった。
    ヒットした後頭部をおさえながら、ソラが大袈裟に仰け反る。

    「いったぁ……っ! なにすんの!」
    「結婚ってなんだよおい」
    「あたしとにぃにが籍をいれること。苗字が同じになり、同じ家に住むこと」
    「生まれた時からそうだろうが!」
    「やだ……生まれてすぐ結婚してたの、あたしたち……? じゃあ毎日が記念日だねっ」
    「くたばれ」
    「あたしがくたばったらにぃに泣くでしょうが! 絶対泣くでしょうが!」
    「泣かねーよ。むしろせいせいするわお前が消えれば」
    「なんだよ、なんだよこいつも〜っ! シスコンのくせに!」

  • 40◆iNxpvPUoAM23/05/18(木) 01:15:43

    「むしろお前なんかめっちゃ嫌いだわ」
    「冗談でも傷つくぞ! いいのか、傷つくぞ! お風呂掃除ストライキするぞ!」
    「むしろ風呂掃除程度なのかよ結婚記念日……」
    「もうご飯作ってあげない」
    「お前に作ってもらった記憶は一切ない。ミヤコに謝れ」
    「ミャーコ先輩の名前出すのはずるいだろお前!」
    「今日の晩飯、ミヤコのハンバーグ食いたいな」
    「あ、わかる。ミャーコ先輩のハンバーグ大好き」
    「オムライスもうまかった」
    「あれ最高だったよね。ケチャップでお絵描きするの楽しかった」
    「今度またオムライスしてもらうか」
    「ありよりのあり」
    「で、晩飯よ」
    「あ、そうでした」
    「お前との会話、脱線しすぎてマジで疲れる……たまにはちゃんと会話してくれ……」
    「脱線してこそのあたしでしょうが。脱線しないあたしなんてケチャップライスのないオムライスですよ」
    「普通の会話がしたい」
    「してるじゃん」
    「できてねぇだろうが」
    「これがあたしの普通ですよ」
    「……クソ疲れるわ。もう飯コンビニで済ませる」
    「え〜……あたし、明後日、本番なんですけど」
    「お前なんかコンビニ弁当で十分だわ」
    「ほんとにそう思ってる?」
    「あ?」
    「あたしがコンビニ弁当だけでいいって、ほんとに思ってる?」
    「はいはい、思ってないです、思ってないですよ。ちゃんとしたもん食いに行くよ」
    「へへ〜、わ〜い」

  • 41◆iNxpvPUoAM23/05/18(木) 01:17:08

    ごめんなさいちょっと今日はここまで
    桜花賞まで行くつもりが2日前でした

    次回こそ桜花賞、たぶん、おそらく

  • 42二次元好きの匿名さん23/05/18(木) 01:18:33

    お疲れ様でした
    大事な日だから仕方ないね

  • 43二次元好きの匿名さん23/05/18(木) 01:28:55

    お疲れ様です〜
    このじっくり丁寧な進行が大好き

  • 44二次元好きの匿名さん23/05/18(木) 10:13:58

    保守

  • 45二次元好きの匿名さん23/05/18(木) 19:07:19

    でぃーふぇんす!

  • 46二次元好きの匿名さん23/05/18(木) 23:09:30

    このレスは削除されています

  • 47◆iNxpvPUoAM23/05/18(木) 23:10:13

    「マジでなに食いたい?」
    「焼肉! 焼肉の気分!」
    「焼肉かぁ……そういや入学式の晩飯も焼肉だったっけな」
    「あのお店おいしかった。お肉もやらかくてめちゃうまだった」
    「それなりに値段は張るからな。まずかったらこっちが困るわ」
    「へへ〜、……ぁ、でも焼肉なら勝ったご褒美がいいな……」
    「俺はどっちでもいいけど」
    「験担ぎは大事でしょ。勝負の前の日はトンカツ食う、みたいな」
    「お前意外とそういうとこあるんだな」
    「いやないです別に」
    「なんなのお前……」
    「別に縁起のいいもの食べたからって勝てるわけじゃないし」
    「そりゃそうだけど、そうかもしれんけど」
    「だったら好きなもの食べて、頑張るぞ〜って気持ちになった方がいいじゃん」
    「ぁ〜……、それはそうかもな」
    「でしょ」
    「じゃあお前の好きなもん食うか」
    「ミャーコ先輩のハンバーグ!」
    「だから来れねぇだろうが」
    「ちぇ〜……」
    「とりあえず一旦帰って風呂入るか。晩飯にはまだ早いしな」
    「はーい」

    時刻は17時過ぎ。
    晩飯を食うにしてもちょっと早い。
    うちの晩飯は19時ごろなのだ。

  • 48◆iNxpvPUoAM23/05/18(木) 23:13:01

    尚も続くソラのアホみたいな会話を適当にいなしつつ、我が家へ。

    「ただいま〜」
    「ただいま」

    声を揃えて帰宅の挨拶。誰が待っているわけでなくても、挨拶は欠かさない。
    ドアを閉めて鍵をかけて、靴を脱ぎ、部屋に入る。

    「ソラ」

    カバンを放り投げ一目散にベッドに飛び込もうと助走をつけ始めるソラを静止。

    「? なに〜?」
    「手洗いうがい」
    「あ、はい」

    多分、つかれた〜、とか言いながら飛び込みたかったのだろうが、そうはさせん。

    先に洗面所へ行き手を洗い、うがいしてソラと交代。
    ソラがやっているあいだにさっさとジャージから部屋着に着替え、ベッドに寝転ぶ。

    「ちょっ!」

    その瞬間、同じく早着替えして部屋着になったソラが戻ってきた。

  • 49◆iNxpvPUoAM23/05/18(木) 23:16:49

    「あたしのベッド!」
    「やっぱ疲れたあとはベッドで寝転ぶに限るわー」
    「こいつ……自分がやりたいからあたしを止めたな……」
    「お前今日そっちの布団で寝ろよ。ベッドのありがたみ分かるぞ」
    「やだよベッドがいい」
    「劣悪な環境に身を置いて分かることもあるんだぞ」
    「それは言い過ぎでしょ……寝袋とかで寝てるんなら分かるけどさ」
    「まあ結構いい布団だしなそれ。寝心地は悪くない」
    「やっぱいいんじゃん。このまえ一緒に寝た時、意外と気持ちよくてびっくりした」

    喋りながらベッドの淵に腰掛ける。

    「んだよ」
    「もうちょっと端っこ寄ってよ。座りたい」
    「……」
    「おい、それ結構本気の舌打ちだろ、おい」
    「ほらよ」
    「わ〜い」

    そのまま深く腰掛ける……かと思いきや。

    「おい」
    「へ?」
    「なにしてんの?」
    「添い寝」

    ころりと身体を倒し、俺の右半身に寄り添う形で寝転んだ。

  • 50◆iNxpvPUoAM23/05/18(木) 23:18:20

    「離れろ」
    「やだ」
    「汗臭い」
    「うそつけ。女の子はいい匂いしかしないんですぅー」
    「お前に関してそれは絶対にない」
    「うっわ女性差別だセクハラだモラハラだサイテーだ!」
    「耳元で叫ぶなようるさい……」
    「にぃにが失礼なこと言うからでしょうが。ちゃんと謝りなさい」
    「うるさい」
    「謝れ」
    「すみませんでした」
    「よしいい子だね〜」
    「抱きつくのやめてもろていいすか」
    「嫌です」
    「暑いしうっとうしい」
    「あたしは気分がいい」
    「なんでだよ」
    「だ〜いすきなお兄ちゃんとイチャイチャできてるから〜☆」
    「……」
    「おいだから舌打ちやめろ舌打ち」
    「……」
    「……お兄ちゃん?」
    「……」
    「え、寝たのか」
    「起きてる」
    「じゃあ返事してよ」
    「……、なんだよ」

  • 51◆iNxpvPUoAM23/05/18(木) 23:20:53

    「疲れてる?」
    「あ?」
    「疲れてるって言ってたから」
    「言ってるだけだよ、別に疲れてない。お前こそ疲れてんだろ」
    「あたしは平気。今日は軽かったし」
    「そ、か」
    「そっか〜、疲れてるか〜、仕方ないな〜」
    「あ? だから疲れてねぇって」

    もぞもぞとソラが起き上がり、ベッドの上を這いずり回る。

    「なんだよ、おい」
    「いいからいいから〜」

    ソラが俺の頭のほうに座るので位置をずらそうとすると、俺の意思とは別に頭が持ち上げられた。

    目と鼻の先に、ソラの顔。
    ニヤニヤとウザい笑みを浮かべながら、俺を覗き込んでいる。

    頭の後ろにはちょっとした弾力……うん、まあ、あれですね、うん。

    「……なにこれ」
    「膝枕ですけど」

    分かってはいたが、認めたくなくて聞いてみたら分かりきった答えを聞かされた。

  • 52◆iNxpvPUoAM23/05/18(木) 23:48:35

    「……なんで膝枕してんの」
    「疲れてるんでしょ?」
    「疲れてねぇよ」
    「疲れてる」
    「疲れてない」
    「疲れた」
    「しつこいぞ」
    「いいからいいから。されるがままにしとけって〜」

    目の前にソラの顔がある。
    さっきまでのニヤニヤ笑いではなく、優しい微笑み。
    静かに笑って、俺の頭や前髪を撫でる。

    結局それもウザくてうっとうしいけど……心地よくて。

    抵抗しなくてはいけないのに、その気もなくなってしまう。

    「なに無言になってんの?」
    「別に、なんでもねぇよ」
    「なんでもあるでしょ。へへ、妹の膝枕で興奮されてしまわれましたかお兄様?」
    「ねぇよ」
    「ちょろいっすわ〜、お兄ちゃんちょろいっすわ〜」
    「お前なぁ」

    起き上がって抗議しようとした俺の肩を、ソラが軽くおさえる。それだけで俺の身体は動けなくなる────くっそ力強ぇなこいつ……!

    「せっかくお兄ちゃんのためにサービスしてあげてるんだから、ありがたく受け取れ〜」
    「……へいへい」

  • 53◆iNxpvPUoAM23/05/18(木) 23:58:44

    お兄ちゃん。お兄ちゃんと俺を呼ぶ。
    普段はにぃやんだのにぃにだのクソ兄貴だの、色々と呼び方を変えてからかってくるが……『お兄ちゃん』と俺を呼ぶのは、本当に頼りたい時か、甘えている時。

    今は、たぶん、甘えている時。

    「今日もお疲れ様だね」

    語りかけるソラの声も、どこか甘ったるい。

    それが分かっているから、俺もつい甘くなってしまう。
    普段ならこんな調子で話しかけられたらウザくてぶっ飛ばしてるが、今は嫌な気分にはならない。

    ソラもそれが分かっているのか、最近はお兄ちゃんと呼んで甘えてくる。

    まるで昔に戻ったような……いや。
    俺がソラと過ごした時間が1番長いのは、いつもの調子に乗って俺をからかってくるクソ妹より、こっちの甘えたがりでお兄ちゃんっ子のソラ。

    ほんとこいつに甘いわ、俺。

    「どうよお兄ちゃん。妹の膝枕は」
    「落ち着かねぇ」
    「ドキドキしちゃって?」
    「あ?」
    「顔が赤くなってる。バレバレですよ」
    「……なってねぇよ」
    「うわ〜こいつ妹に膝枕されて喜んでる〜」
    「ぶっ飛ばすぞ」
    「そんな格好して言われても怖くないですー」

  • 54◆iNxpvPUoAM23/05/18(木) 23:59:56

    膝枕……膝枕、なぁ。
    恋人とかにしてもらえたら嬉しいんだろうが……相手はソラ。妹だ。
    心地よく感じはするが、うれしさとか、ありがたみは一切ない。
    むしろ妹にこんなことをさせているという罪悪感と恥が上回って非常に残念な感じになっている。

    やめよう。

    「もういいだろ、膝枕終わり」
    「え〜! もうちょっとやろうよ」

    起きあがろうとした身体をまたしても押さえつけられた。

    「なんでだよ」
    「高級オプションですよ? リフレならお金とる」
    「オプションとか言うなお前」
    「別にいいじゃん、お兄ちゃんにしかやらないよ。お父さんとかには絶対しない」
    「それこそなんでだよ。おとんにやるのも変な話だけどさ」
    「いいでしょ、お兄ちゃんだけの特別サービスですよ。もっとありがたがってよ」
    「……なんも嬉しくねぇなあ」
    「なんでだよぅ! この光景最高でしょ、女の子のおっぱい合法的に眺め放題ですよ!」
    「ハァ??」
    「下乳ですよほら。ハルカ先輩とかミャーコ先輩とかほどじゃないけど、あたしもそこそこあるんで」
    「お前スリーサイズの割にだもんな」
    「お兄ちゃん、そのセリフはキモいですよ。すっごくキモいですよ」
    「しばくぞ」
    「まさか兄にスリーサイズを知られてしまうとは……もうあたしの身体のこと、お兄ちゃんに全部知られちゃってるね☆」
    「不本意だ」
    「もっと喜べよ〜! 可愛くて素敵な妹の全てを知ってるんですよ? スリーサイズも体重も……お前ふざけんなよなんで全部知ってんだよマジで」
    「トレーナーなので」
    「くっそ……自分の立場を有利に使ってミャーコ先輩とハルカ先輩のスリーサイズとかも聞き出したのかよ……」

  • 55◆iNxpvPUoAM23/05/19(金) 00:14:47

    「ヒト聞きの悪い言い方すんな。ハルカのは知らん」
    「逆にミャーコ先輩のは知ってんのかよ……」
    「仕事上の不可抗力だ。今はどうなってんのか知らんし昔のも覚えてない」
    「仕事って言えばなんとかなると思ってんじゃないですよ。セクハラですからね、立派な」
    「勝負服の発注とかに必要だったんだよ」
    「だからって覚えとく必要はないでしょ」
    「覚えてねぇよアホかよ」
    「アホって言った方がアホなんですぅ!」

    しかし……ミヤコと、ハルカの膝枕……かぁ。

    ふと、想像してしまう。
    あのふたりに膝枕されて、下から眺めるその光景────あ、やばいな。
    ソラにされるよりよっぽど嬉しいわ。

    「おい、お前いま想像しただろ」
    「……え?」
    「想像しただろ、いま、ミャーコ先輩とかハルカ先輩に膝枕されるとこ」
    「し、してませんが?」
    「うーわ最低だこいつ、あたしがいるのに他の女のこと考えてる!」
    「お前俺のなんなんだよ彼女かよ」
    「妹ですが!」
    「じゃあ関係ねぇだろお前に!」
    「は〜〜……分かってないねお兄ちゃん。兄の恋人ってのはね、妹にとっては敵なんですよ」
    「ちょっと、言ってる意味がよくわかりませんが」

  • 56◆iNxpvPUoAM23/05/19(金) 00:23:27

    「兄とは妹のものである。オーケー?」
    「まったくわからん」
    「兄は妹のために存在しているんですよ」
    「なんで?」
    「お兄ちゃんがそうだから」
    「はあ?」
    「お兄ちゃんはあたしを守るために生きてる。あたしを讃えるために生きてる。あたしを愛するために生きてる。お分かりか?」
    「まっっったく違いますが」
    「溜めて言うなよ傷つくぞ! いいのかあたし傷つくぞ、守るべき妹を傷つけていいのか!」
    「お前を守ってるつもりはない」
    「嘘つきすぎでしょそれは。あたしが攫われた時めっちゃ焦ったって言ってたし」
    「……」

    急に真面目なトーンで返され、返事に窮してしまった。
    その俺を見てソラはニヤニヤしながら俺の頬を指でつついてくる。

    「シスコンめ〜」
    「いえ違います」
    「あたしのこと大好きなくせに〜」
    「嫌いです」
    「嘘つくなよだから」
    「……」
    「返事に困ったからって睨まないで! ほんと怖いんだからねお兄ちゃんのその目!」
    「お前がアホなこと言うからだろ」
    「ほんとのことですぅ」
    「……うっぜ」
    「そんなところも大好きなんでしょ?」
    「そこはマジで嫌い」
    「ええぇ……本気で否定されたらめっちゃへこむ……つら……」

  • 57◆iNxpvPUoAM23/05/19(金) 00:25:52

    「でも、まあ」
    「ん?」
    「うざくないお前はお前じゃないしな、もう」
    「なにそれ。あたしのこと好きってこと?」
    「家族として大切には思ってるよ」
    「……そっか」
    「なんだよ」
    「ううん、なんでもない。眠たくなってない?」
    「ちょっと眠い。お前もその態勢つらいだろ、そろそろ起きるわ」
    「いいよ、寝ても。あたしつらくないし」
    「晩飯あるだろ」
    「買ってくる。家でゆっくり食べよ、お話ししながら」
    「わざわざ改まって話すこともうないだろ。毎日一緒にいるし」
    「毎日いても話し足りないんですぅ」
    「へいへい、じゃあ任せるわ」
    「は〜い」
    「でも寝ない」
    「なんでだよ寝ろよ」
    「なんで寝させたいんだよ」
    「別に寝たらいいじゃん、妹の膝枕で。あたしの膝枕で」
    「寝てるあいだに何かやる気か」
    「ぉ、っ……。……、……?」
    「あー、もうわかった、いい。絶対寝ない」
    「なんもやんないから〜! ねっ! 寝ようよ、ねっ! ちょっと寝顔眺めて可愛いな〜ってやるだけだから!」
    「ソラ……お前」
    「? なに?」
    「めっちゃくちゃ気持ち悪いな、今の……」
    「そんなに言わなくてもいいじゃん!!」
    「彼女とか恋人とかに言われるなら可愛げもあるだろうけど……妹はなぁ……」

  • 58◆iNxpvPUoAM23/05/19(金) 00:27:02

    「今日は結婚記念日でしょ! 夫婦でしょ!」
    「ただの兄妹ですが。てかお前が転がり込んできただけの日ですが。なんなら入学の方が祝い事っぽいと思いますが!」
    「お兄ちゃん細かいよ! これだから童貞なんだよ!」
    「ぶっ飛ばすぞお前」
    「寝転んだままあたしをぶっ飛ばそうなんて……ぷぷーっ」
    「お前……いつにも増してうざいなぁ……」
    「そういうこと言うのやめて! マジトーンで言うのほんとやめて!」

    そのやりとりを最後に、しばらく無言の時間が始まった。
    ソラはずっと俺の頭を撫でたり、頬をつついて遊んだり。
    俺は静かにしているせいか、少しうとうと。

    「……んぁ」

    眠気覚ましにスマホでもいじろうと取り出し時間を見ると、もう18時を過ぎていた。
    予想以上に時間が過ぎていて驚いてしまった。

    流石にそろそろ飯を食う方向へシフトしなくちゃまずい。
    明日は朝から新幹線に乗って阪神レース場だ。
    俺とソラだけなら少し時間をずらしてもいいが、ハルカも一緒に来る以上、きっちりとしなくちゃいけない。

    「そろそろ飯買いに行くか」
    「早くない?」
    「遅いよりいいだろ。明日早いし」
    「それもそっか」

  • 59◆iNxpvPUoAM23/05/19(金) 00:50:44

    「なにしよっか」
    「考えとけって言ったろお前」
    「考えても思いつかなかった」
    「あー……、……ほか弁で」
    「おっけ。買ってくるよ」
    「いいよ、俺が行く」
    「お兄ちゃん寝てなよ、あたし行くから」
    「お前こそ少しでも身体休めとけよ。ってか風呂入っとけ」
    「やだ」
    「なんでだよ」
    「帰りにコンビニ寄りたいの」
    「俺も弁当屋で選びたいんだけど」
    「は〜? どうせハンバーグでしょ」
    「ミックスフライかもしれねーだろ」
    「お兄ちゃんがハンバーグ以外食べてるとこ見たことない」
    「唐揚げとかカレーとかも食うわ」
    「子供かよ」
    「お前も好きだろが」
    「あたしは子供だからいいんですぅ! じゃあもう一緒に行こうよ」
    「……、だな。そうするか」
    「やったぜお弁当屋デートだ!」
    「意味わからんわ。アホじゃねーの」
    「男女ふたりで行動すれば全てデートなのだよ、彼女いない歴=年齢くん」
    「ブーメラン刺さってんぞ」
    「うるさいな〜も〜! あたしはいいっていつも言ってるでしょ! お兄ちゃんしつこい!」
    「兄としては妹にはさっさと彼氏とか作って落ち着いてもらいたいもんなの」
    「でもお兄ちゃんが認めるヒトじゃないと許さないでしょ」
    「誰でもいいわお前の相手なんか」

  • 60二次元好きの匿名さん23/05/19(金) 07:07:26

    一応保守

  • 61◆iNxpvPUoAM23/05/19(金) 10:14:51

    「うそつけ、絶対適当なその辺の、女の子100人斬りが夢なんす! とか言ってそうなやつ連れてきたら怒るでしょ」
    「そらキレるわ。自分大事にしろよアホかよ」
    「ほらお兄ちゃんはやっぱりシスコン。あたしのことが大好きなのです」
    「……」
    「お? またため息か? 返しワンパターンか?」
    「ムカつくわお前……」
    「あたしもムカついてますけどね」
    「なんでだよ」
    「最近お兄ちゃんが女の子たちにうつつを抜かしてるからですよ、ぼっちで童貞のくせに」
    「あ?」
    「お兄ちゃんの彼女はあたしが選びます」
    「あ??」
    「あたしの認めたヒトしか許しません!」
    「お前なんなの」
    「あたしが許したヒトとしか付き合っちゃダメです!」
    「俺の自由だろ誰と付き合っても」
    「ダメです。あたしの審査を通してください」
    「誰ならいいんだよ」
    「知らんよ! それは知らんよ、彼女っぽいヒト連れてきてから聞いてくれ!」
    「……俺の身の回りの女子、ミヤコとハルカくらいだしな。パフェクイーンは……たぶん違う」
    「ミャーコ先輩! ミャーコ先輩はいい、あたしも養ってもらう」
    「なんだそれ……ってかお前、俺が付き合ってからも転がり込む気か」
    「当たり前ですよ、ここあたしの家なんですから」
    「クソ野郎だなお前」

  • 62◆iNxpvPUoAM23/05/19(金) 10:15:43

    「あとはハルカ先輩かぁ……ハルカ先輩はどうなんだろう。可愛くてめっちゃ好きだけど、料理できるのかな」
    「お前の判断基準それかよ」
    「ごはんは大事でしょーが。あたしもお兄ちゃんも料理できない族なんだから、相手は料理できるヒトじゃないと困る」
    「はいはい、もうくだらねー会話してないで飯買いに行こうぜ。あとハルカに失礼だからな」
    「あ、はい、すみません」
    「お前財布持ってけよ」
    「ぁうん……ぇ、なんで?」
    「自分の分は自分で払え。俺はもう払わん」
    「あ〜ん! ごめんって、怒んないでよぉ!」
    「もう知らん」
    「ごめんなさ〜い! お兄ちゃん大好きだから許して〜!」
    「それで許すわけねぇだろ」
    「おっぱい揉んでいいから」
    「……ァ?」
    「怖いって、だから!」
    「もういいよ。いいから用意して出るぞ」
    「は〜い……」

    いつまで経っても終わりが見えない疲れるやりとりを続けながら弁当屋に行き、コンビニでアイスを買い、家に帰ってふたりで食べた。

    「ごちそうさまでした〜」
    「ごちそうさまでした」
    「まさかほんとにミックスフライ弁当にするとは……」
    「初めて食ったわ」
    「どうだった?」
    「弁当屋って感じの味。普通にうまい」
    「あ〜、想像できる」

  • 63◆iNxpvPUoAM23/05/19(金) 10:16:53

    「ああいう安っぽい揚げ物好きなんだよな。コンビニのホットスナックとか妙にうまい」
    「あ、わかる〜。あんま食べないから特別感あるんだよなー」
    「そういや商店街の肉屋のハムカツがうまいらしい。今度行ってみるか」
    「え、それ初めて聞いた。行きたい行きたい〜」
    「お前の奢りでな」
    「ケチくせ〜」
    「なんでもかんでも出させてんじゃねえよ」
    「何も言ってないのに勝手に出しちゃうんでしょにぃやんが」
    「お前の分の生活費はおとんから送られてきてるしな」
    「前にも言った気するけど、あたしレースそこそこ勝ってるしお金あるでしょ」
    「あれはお前の将来に置いてる。一切触れてない」
    「ちょっとくらい使ったってバレないんだから使いなよ。あたし金額確認してないし」
    「俺はお前みたいなクズじゃないんでな」
    「クズって言うな。わがままでずる賢い自覚はあるけどクズはやめろ」
    「あたしが使う分にはいいの?」
    「あ?」
    「そのお金」
    「必要な金額と納得できる理由を言えばおろしてくるよ」
    「お兄ちゃんとの結婚指輪を買うので100万円おろしてください」
    「今日のお前ほんとなに言ってんの? アホなの? アホかよ」
    「じゃあお兄ちゃんに札束ビンタするので100万円おろしてください!」
    「ぜってーおろさねーよアホか!」

    「じゃあ!」
    「……じゃあ、この1年でお世話になったお金、返すから100万円おろしてきて」

    「……は?」

  • 64◆iNxpvPUoAM23/05/19(金) 10:17:44

    「……は?」
    「ずっとお世話に、なりっぱなしだから。迷惑ばっかりかけて、怪我もして……いっぱい、お金使わせたから」
    「……別に、それは気にすんなよ。仕事だろ」
    「でも、迷惑いっぱいかけたよ……? 無理やり家に押しかけたし、トレーナー契約だって勝手に」
    「なあ、ソラ」
    「うん……」
    「お前本気で思ってないだろ」
    「チッ……バレたか」
    「マジで思ってたら普段からもっとやることやってるだろ。何かと金せがんできやがって」
    「へへ〜、バレてたか〜」

    ふにゃっと笑って俺の腕に抱きつく。
    もう振り払う気も起きない。ソラの甘えたがりは十分理解している。

    桜花賞を2日後に控えて、かなり緊張しているのだろう。
    ソラは気持ちが落ち込んだり弱ったりすると、いつも俺に甘えてくる。

    高峰たちに攫われた翌日なんかトイレまで一緒に着いてこようとした。
    アホなのかなって思った。

    でもまあ、結局、こいつを守ってるのは俺しかいないんだ。
    なら俺も許せる限り、甘えさせてやろうと思う。

    「さてさて、アイス食べよ〜っと。お兄ちゃんどうする?」
    「俺も食う。取ってきて」
    「は〜い」

    とたとたと台所へ向かい、冷凍庫からアイスをふたつ手に戻ってくる。
    ちゃんとスプーンも2本。また1本だけ持ってきてあーんさせろとかゴネるかと思ったが、そんなこともなさそうで安心した。

  • 65◆iNxpvPUoAM23/05/19(金) 10:18:27

    「はいどーぞ」
    「さんきゅ」

    アイスを受け取り蓋を開け、声を揃えていただきます。

    「お前のなんだっけ」
    「ビスケットサンドのやつ。ネットで評判良かった」
    「へー……ん? じゃあなんでスプーン2本?」
    「お兄ちゃんはいつものバニラだね」
    「無視すんなよ。……普通のが1番うまい」
    「わかるけどね。たまには違うのもいいんじゃない?」
    「冒険したくないんだよな、失敗したときのリスクがでかい」
    「アイスで冒険て……これ食べてみる? うまいよ」
    「おぅ」
    「あーん」

    ソラが齧っていたビスケットサンドをこちらに差し出す。
    お前齧ったとこじゃねぇかよそこ。

    「……」
    「ほら早く〜、溶けちゃう〜」
    「えぇ……」

    結局こうなる……なんでだよ……。

  • 66◆iNxpvPUoAM23/05/19(金) 10:19:12

    「あーん……」
    「おいしい?」
    「……、……うまいけど」
    「けど?」
    「普通に食わせてほしい」
    「他に食べ方ないじゃんこれ」
    「割るとかさ」
    「めんどくさい」
    「お前な……」
    「お兄ちゃんのもちょうだい」
    「へいへい」
    「あーん」
    「あ?」
    「あーん」
    「スプーンあるだろ。使ってないやつ」
    「あーーん」
    「それ使えよ。自分で取って食え」
    「あーーーんしろよぉ! 待ってんだろぉ!!」
    「うるっせーよ時間考えろ!!」
    「……」
    「……、ほれ」
    「え、いいの?」
    「じゃあ俺が食う」
    「ぁ、やだ、待って。食う食う」
    「ん」
    「あーんって言いなさいよ」
    「お前マジでめんどくさいな……」
    「あたしは生まれた時からめんどくさいよ。今更なんだよ」
    「へいへいそうでした。あーん」

  • 67◆iNxpvPUoAM23/05/19(金) 10:20:55

    「あ〜ん、……」
    「普通だろ」
    「へへ〜、お兄ちゃんにあーんしてもらった味がする」
    「……ナチュラルにキモいこと言うのほんとやめた方がいいよ?」
    「バカップルならこう言うかなぁって」
    「大阪でも思ったけどお前のバカップル知識、すげぇ偏ってんな……」
    「ウマチューブとかに上がってるバカップルの日常動画だいたいこんなだった。ちょっとキモかった」
    「そういうこと言うなお前。ヒトのこと言えねーぞ」
    「彼氏いないんでバカップルにはなりません!」
    「じゃあ俺に吹っかけてくんのもやめろよ」
    「お兄ちゃんにしかしません!」
    「なんでだよ」
    「え、言わせる? 言わせちゃう?」
    「なにこいつうざい……」
    「ソラは〜、お兄ちゃんのことがだ〜いすきだから〜彼氏とかいらないの〜☆」
    「……」
    「お兄ちゃんのお嫁さんが将来の夢なの〜☆」
    「……」
    「おいその顔やめろよ」
    「お前何歳?」
    「お兄ちゃんの10個下ですけど」
    「幼稚園で止まってる?」
    「なんだよコラやんのかコラ」
    「お前、低い声出せるんだな……」
    「うるさいよ! 声の幅は広いと思ってるよ!」
    「シンプルにすげぇって思ったわ今」
    「声優になれるでしょうか」
    「無理だろ。お前演技とか下手そう」
    「頭ごなしに否定すんなよ傷つくだろ!」

  • 68◆iNxpvPUoAM23/05/19(金) 10:24:10

    「低い声でヤンキーみたいなキャラの方が売れるんじゃないか」
    「いや無理でしょ、あたしの可愛さはこれだからこそでしょ」
    「そうかぁ?」
    「おいおいおい、そうかぁってなんですか。あたし可愛いでしょ、美少女でしょ!」
    「普通」
    「おまっ可愛いって言えよ! 愛しの妹だろうが!」
    「ハイハイカワイイカワイイ」
    「ぁ〜、ひで〜……心こもってなさすぎて泣ける……」
    「ごちそうさまでした。さっさと風呂入って寝るぞ」
    「え、もう?」
    「明日早いって言ったろ」
    「……そうでした」
    「桜花賞、もうすぐなんだ。気合い入れてけ」
    「うん……」

    先ほどまでの明るい顔から一転。少し、俯く。
    やはり不安なのだろう。
    初めてのGⅠで、おそらくソラは1番人気。
    その重圧と緊張感は、俺じゃ理解してやれないくらいソラに重くのしかかってるはずだ。

    なら俺は、せめてソラがリラックスできるように心がけてやるだけ。

    「ほれ」
    「え、なにこれ」
    「入浴剤。成瀬先生にもらった」
    「へー……なんで?」
    「いい匂いするらしい。落ち着くって」
    「……サツキちゃん、心配してくれたんだ」
    「かもな」

  • 69◆iNxpvPUoAM23/05/19(金) 10:27:58

    「お兄ちゃんも心配してくれてるし……」
    「俺はしてねぇよ」
    「しろよ」
    「しない。信じてる」
    「え?」
    「お前なら大丈夫って信じてる」
    「……ん」
    「もう湯張りできてるから入れ。んで寝ろ」
    「わかった! 一緒の布団ね!」
    「無理」
    「ちぇ〜! 行ってきま〜す」
    「へいへい」

    ソラが風呂に入り、戻ってきたら俺も風呂に入る。
    このサイクルも1年間続けば、もはや日常だ。

    ソラが来たばかりは部屋が狭くなったとムカついたが、今はもうあまり気にならなくなっている。
    一応ソラの部屋も作ったのに、ほとんど俺と一緒にいるし。
    結局ソラはいつまでもどこまでも、甘えん坊のお兄ちゃんっ子。
    それを許してる時点で俺も相当か……まあ、もういいんだけどな。

    たぶん、来年も再来年も、ソラはこの家で過ごす。
    俺と共に、この家で。
    変わらず憎まれ口を叩き合いながら、それでも仲のいい兄妹として、過ごすんだろう。

    少し辟易しながらも、少し楽しみで。
    ソラの存在には支えられていることを、俺は再認識したのだった。

  • 70◆iNxpvPUoAM23/05/19(金) 10:36:47

    ・・・

    翌日、朝から新幹線に乗って兵庫県。
    電車を乗り継ぎ阪神レース場へ到着すると、桜花賞出走者のインタビューを軽く受けてから公開トレーニング。

    ここでは全力は見せず、軽く慣らしておくだけ。
    阪神レース場は何度も訪れているから、ソラも勝手はよく理解している。
    ソラの調子はいい。身体の動きも悪くない、むしろ絶好調なくらいだ。

    これなら、いける。
    俺は不思議なくらいに落ち着いていた。

    4月、桜花賞。
    ここから俺とソラの、クラシックが始まる。

  • 71◆iNxpvPUoAM23/05/19(金) 15:22:48

    阪神レース場────

    〈阪神レース場、本日のメインレースは全てのクラシックの初戦〉
    〈GⅠ桜花賞!!〉
    〈芝コース1600m 18人のウマ娘で争われます!!〉

    〈暖かな春の陽気に包まれた良バ場で、ティアラ路線最初の一戦をこの目で観ようと多くのファンが駆けつけております!!〉

    〈最初に登場するのはこの娘! チューリップ賞を制し、いま最もティアラ路線の頂点に立つと言われる芦毛のウマ娘!〉

    〈ソラノメモリア!!〉

    「……、……」
    「……あ、上着ばさってやらないと」

    〈勝負服のお披露目! 翼のような意匠にこだわりが見える素晴らしい勝負服ですね!〉
    〈初のGⅠということもあり、少し緊張しているでしょうか。しかし身体のコンディションは良いと聞いております、素晴らしい走りが期待できそうです!!〉

    「お兄ちゃんとハルカ先輩は……、……ぁ、あそこか」
    「おーい!」

    〈客席へ手を振っています!〉

    「カケル様? 愛しの妹君が手を振っていますわよ?」
    「ハルカに振ってんだろ」
    「ふふ、ご冗談を。わたくしたちに、ですわ」
    「……ああ」

  • 72◆iNxpvPUoAM23/05/19(金) 15:26:46

    「今まで感じたことのない熱量とプレッシャー……ですが、あまり緊張なさっていないようですわね」
    「いや、あれはかなり緊張してるなー」
    「え……?」
    「真っ先に俺たち探したろ。多分見つけて安心したかったんじゃないか」
    「……ソラちゃんのこと、よく分かっておられますね、カケル様」
    「これでも兄貴だからな」
    「ふふ、そうでした」

    「なあハルカ」
    「はい?」
    「クラシック、本当によかったのか?」
    「あぁ……ふふ、ええ、もう決めましたから。わたくしはわたくしの……あの子の目標を最優先にすると」
    「……うん。ならそうしよう」
    「カケル様にはわがままを言ってしまって、申し訳ありません」

    「わがままなんてひとつも言ってないよ。普段の……もうひとりのハルカにも言ったけどさ」
    「ぁー……、……うん、その……」
    「ハルカの夢が、俺の夢だから」

    「ありがとうございます、カケル様。やはり、あなたと出会えてよかった」
    「……」
    「あら、お顔が真っ赤」
    「う、うるさいな」
    「うふふ。可愛らしくて、つい」

    〈2番人気の登場です!〉

    「……ぉ」

  • 73◆iNxpvPUoAM23/05/19(金) 15:28:28

    〈チューリップ賞2着! ソラノメモリアと激闘を交わした親友とも噂されるこのウマ娘〉

    〈ヒャ────〉

    「やっほーみんな! ぼくビッキィ!」

    〈えぇっ……〉

    パドック紹介のアナウンスに割り込む形で登場したのはヒャクシヤコウ。
    前回、チューリップ賞でソラと最後まで競り合ったウマ娘。……ウマ娘だよな?

    「そういえばあちらの方、阪神JFでは見かけませんでしたわね。チューリップ賞では上がり最速でクビ差の2着と好成績でしたが……」
    「あいつの末脚はやばいかもな。未勝利戦でハルカの走りを始めて見た時のこと思い出した」
    「ふふ、わたくしのほうが速いですよ? 桜花賞に出ていれば、ソラちゃんも……」
    「ああ、ソラも勝てない。……ハルカが桜花賞も皐月賞も回避したこと、結構色々言われてるな」
    「そうですわね……ですが、決めたことですから」
    「ああ。蒸し返して悪い、決めたら最後まで突っ走ろう」
    「はい、そのように致しましょう」

    〈3番人気はこのウマ娘────〉

    「さて、今のうちに控室に行こう」
    「もうよろしいのですか?」
    「ヒャクシヤコウが絶好調なのは見てわかるよ。それよりソラの様子が気になる」
    「……ええ、そうですわね。参りましょう」

  • 74◆iNxpvPUoAM23/05/19(金) 15:31:41

    控室────

    「……ぁ、にぃに、ハルカ先輩」
    「おぅ」

    「パドック紹介、見てましたよ。勝負服、とってもお似合いです」
    「へへ、ありがとうございますっ」
    「バングル、忘れていませんか?」
    「ちゃ〜んとつけてますよっ。ほらここ」
    「お兄様との繋がり、ですものね」
    「先輩に言われるとなんか恥ずかしいですけど……お守りって感じですね」
    「頑張ってくださいね」
    「はいっ」

    「いいかソラ」
    「うん?」
    「ヒャクシヤコウは前走……チューリップ賞ではお前より後にスパートをかけた結果、お前が勝った」
    「あ、うん。ビッキーね」

    「ビッキィですわ。小さな、ィ、です」
    「ぁ……はい。なんだよ、ファンかよ……」

  • 75◆iNxpvPUoAM23/05/19(金) 15:33:18

    「こっちに集中しろ」
    「え、あたしが悪いの? 今のあたしが悪いの?」
    「ヒャクシヤコウはおそらく前回よりも早いタイミングでスパートをかけてくるはずだ」
    「ぁはい」
    「お前とあいつの実力は……ほぼ互角か、僅かに向こうのほうが上だろう」
    「ぁ〜……、うん、そんな気は、してる」
    「チューリップ賞ではまだ手の内を隠してる……そんな感じだった」
    「え、それって“領域”ってこと?」
    「それはわからんけども」

    「不気味な底知れなさ……普通のウマ娘とは、少し違う次元にいる存在のようにも思えます」
    「ぇ、なんすかそれ……怖い、あたし怖い……」
    「ソラちゃんは、何かを感じたりはしませんでしたのね」
    「めっちゃうざかっただけっすね……」
    「そう……」
    「ぇ、なんすか、なんなんすか……」
    「いえ、お気になさらず。おそらく……」
    「なんなの……やっぱ“領域”なの……?」
    「その可能性もある、ということです。それもおそらく完全なる“領域”……」
    「……え、やばくね?」

    「落ち着けソラ」
    「いや無理でしょ! 落ち着けないでしょ! あたし“領域”なんてそんなん使えないよ!」
    「お前はお前の走りをしろ」
    「や、でもさぁ!」
    「今までやってきたこと、全部出せばいい。それがお前の力だろ」
    「今まで、やってきたこと……」
    「負けた時なんて考えるな。自分があいつに勝つイメージをすればいい。ぶっちぎってやれ」
    「勝つイメージね、おっけおっけ。あたしめっちゃ勝つよ、ぶっちぎって勝ったる!」

  • 76◆iNxpvPUoAM23/05/19(金) 15:34:35

    明るい顔で調子のいいことを言うソラだが、その声は少し震えている。
    いくら調子乗りのソラでもこの大舞台じゃ緊張してしまうんだろう……。

    「ソラ」
    「ん、っ……にぃに?」

    俺はその手を握り、少し屈んで目線を合わせ、頭を撫でてやる。

    「大丈夫だ」

    俺にできるのはこれだけだ。
    実際に走って考えるのは、ソラだから。
    元気付けてやるしかできないが……それで力になれるなら。

    「……お兄ちゃん」
    「お前は1度勝ってる。1ヶ月前の、ここで」
    「……うん」

    ソラの表情は晴れない。
    そもそも俺は口が上手いわけじゃない、気分を乗せるようなことを言ったりなんてできない。

    だから俺ができるのは────

    「俺はソラを信じてる」
    「……ほんと?」

    「ああ、ほんとだ。兄ちゃんが観てるよ、全部観てる。目を逸らしたりしない。勝ち負けなんて気にするな。ライバルと思いっきりぶつかってこい」

    「……やるからには、勝ちたいよ。勝ってお兄ちゃんに喜んでほしい」
    「……ソラ」

  • 77◆iNxpvPUoAM23/05/19(金) 15:34:57

    「ハルカ先輩にも、ミャーコ先輩にも褒めてもらいたいし」
    「お兄ちゃんの自慢の妹って言ってほしいから、頑張る」
    「勝ったらご褒美ね!」

    「……ああ、なんでも叶えてやる! 頑張ってこい!」
    「うん! 行ってくるね、お兄ちゃん、先輩!」

    力強い笑顔で控え室から出ていくソラを、俺とハルカは見送った。
    さあ、俺たちも観客席へ行こう。
    ソラの晴れ舞台を、最後まで観ないとな。

    「ハルカ、戻ろう」
    「ええ」

    「……ふふ、少し妬けてしまいますやね」
    「え?」
    「カケル様とソラちゃん、とっても仲良しですもの」
    「普通の仲いい兄妹なだけだろ」
    「そうかしら? ふふっ」
    「なんだよ……」
    「さあ、精一杯応援いたしましょう。本日はあの子が勝てるよう、わたくしもお祈りしておきますので」
    「ありがとう。頼むよ」

  • 78◆iNxpvPUoAM23/05/19(金) 15:55:35

    地下バ道────

    「すー、……ふー」
    「……よしっ! いってきま────っと」

    「ぉわっ!」
    「ぁ、ごめんなさい」
    「ああ、ああも、もも、申し訳ありません……すみません、ごめんなさい……っ!」
    「ぇぇ……そ、そんな謝んなくて大丈夫ですよ、あたしこそ前見てなくてすみません」
    「そ、そそそんな、あ、あたし、こそ……ご、ごめんなさい……ソラ、さん……」
    「え……っと、えっ……と……」
    「あばっ……ず、ずびばぜっ……あ、あたしなんかが、な、名前をよっ、呼んだり、して……っ」
    「あ、もしかしてファンの子? しかもウマ娘! やだ〜、あたし嬉しい! はじめてファンできた!」
    「ぇ……、と」
    「はじめてだ〜! 頑張ってくるから応援しててね!」
    「ち、っ……が、違う、んです……っ」
    「……へ?」
    「ぁ、あたし、も……出走、で……」
    「ぇっ、ぇっ、ぇっ……ぁ、……それ、勝負服……?」
    「ちょ……ちょっと、だけ……まま、待って……」
    「えっ」
    「ネズ耳を、つけ……て」
    「えっ……え、えぇっ!!?」

  • 79◆iNxpvPUoAM23/05/19(金) 15:56:46

    「やあお待たせソラ! 恥ずかしいところを見せちゃったかい?」
    「…………えー」
    「おや? どうしてそんな顔をしているのソラ?」
    「いや……えー……えー……髪の色……えー……」
    「あははっ! 驚いたかい?」
    「いや、まあ……はい」
    「ぼくはこのネズ耳をつけていないと力が出せなくってさ。だから学園ですれ違ってもぼくのこと、気づかなかっただろう?」
    「……え、すれ違ってた、の……?」
    「ああ、もちろん。結構な頻度ですれ違っていたよ」
    「……なんか、すんません」
    「いいのさ! ビッキィじゃない時のぼくはあんな感じだから。さあいこうソラ! ぼくたちの晴れ舞台だ!」
    「……、……」

    「ソラ、行かないのかい?」
    「ぁ、行く、行きます」
    「さあゴールしたらぼくと握手をしよう! 勝っても負けても恨みっこなし、全力でぶつかり合って笑顔の握手さ!」
    「お、おう……まあ、はい……それくらい、なら」
    「頑張ろう! パレードの始まりさ!」
    「テンションくそ高ぇな……うう、飲まれちゃダメ飲まれちゃダメ……」

    「……行ってくるね、お兄ちゃん」

    〈さぁ本バ場入場です────!!〉

  • 80◆iNxpvPUoAM23/05/19(金) 16:44:20

    〈さぁ本バ場入場です────!!〉

    「あら? ソラちゃんとビッキィ……揃って登場ですわね」
    「めっちゃ絡まれてんな」
    「ふふ、やっぱりお友達のようですわね。微笑ましい」
    「……なあハルカ。あれ、つけ耳だよな」
    「え? 確かに、そのように見えますが。耳飾りのようなものでしょう。それが何か?」
    「いや、なんか……めっちゃ丸いからさ。最初、ウマ娘じゃないのかと」
    「ウマ娘ですわよ」
    「……だよな」
    「ええ、学園でもお見かけしたことはありますし」
    「……え、そうなの? マジか……あれだけ目立つ存在ならすぐ分かると思うんだけどな……情報もあんま入ってこないし」
    「それは……ええ、その通りかもしれません」
    「え?」
    「彼女はわたくしと同じ……“陰の者”ですから」

    〈18人のウマ娘がゲートにおさまりました〉
    〈本日、この中からティアラ路線最初の勝者が決まります〉
    〈桜の女王として君臨するのは一体どのウマ娘か────〉

    「すー……、ふー……」
    「あたしの走り……あたしの走り……」

    〈阪神レース場、芝1600m〉
    〈桜花賞────スタートです!!〉

  • 81◆iNxpvPUoAM23/05/19(金) 17:42:55

    〈18人のウマ娘がゲートにおさまりました〉
    〈本日、この中からティアラ路線最初の勝者が決まります〉
    〈桜の女王として君臨するのは一体どのウマ娘か────〉

    「すー……、ふー……」
    「あたしの走り……あたしの走り……」

    〈阪神レース場、芝1600m〉
    〈桜花賞────スタートです!!〉

    〈横一直線の綺麗なスタート! 大外から一気にグランサイファーが上がってきた!〉
    〈激しい先頭争いに加わっていきます!〉

    「……お兄ちゃんが、言ってた……位置取り」

    ・・・

    「いいかソラ。桜花賞はお前が今まで出てきたどのレースよりも人数が多い」
    「18人だもんね……でもチューリップ賞でも16人いたけど」
    「2人増えたら違うだろ」
    「そういうもんすかね……」
    「ああ。特にお前の走りは群れに飲まれやすい。『差し』は前の奴らを観察できるポジションに身を置きたい」
    「ふんふん……」
    「ただ後ろすぎると先頭から距離が開きすぎてスパートが間に合わない可能性がある」
    「じゃあどうすりゃいいんすかにぃやん」
    「お前はいつも中団の、外側にいたな」
    「後ろ過ぎなくて前過ぎない、1番楽に走れる場所だから」
    「そこでいい」
    「え?」
    「お前の好きな場所、いつも通りのソラでいこう」

  • 82◆iNxpvPUoAM23/05/19(金) 17:46:07

    ・・・

    「……いつも通り、いつも通り……」
    「あたしの好きな位置は……ここ!」

    〈1番人気ソラノメモリアは中団10番手の位置!〉

    「あの子は……」
    「どこだろ、ここからじゃ見えないな……」

    〈長い直線を通って先頭は第3コーナーへ! ヒャクシヤコウ、後方2番手の位置! これは苦しいか!〉

    「ソラは中団……うん、いい位置だね」
    「でもぼくはヒトの多い場所は苦手なんだ。ネズ耳をつけてビッキィになっても、どこかで怖がっちゃってる」
    「だから……ぼくはここで勝って、ビッキィを本物にしてみせる!」

    〈グランサイファー先頭をキープしながら第4コーナーを曲がります!〉
    〈じわりじわりと群れが固まり始めました!〉

    〈先頭残り600の標識を通過!〉
    〈4コーナーカーブ、グランサイファーのリードは身体半分といったところ!〉
    〈2番手をザンクティンゼル、3番手はダイダロイトベルトが追走します!〉

    「いつもならあと少し待つけど、今日は……ここでっ……!!」

    〈ソラノメモリア仕掛けた! 最終直線手前のカーブから追い上げを開始します!〉

  • 83◆iNxpvPUoAM23/05/19(金) 18:15:26

    〈ここでグランサイファー脚がいっぱいか!! ザンクティンゼルが先頭!〉

    「あたしが、あたしがっ……!! 勝って、お兄ちゃんにGⅠを……っ! ミャーコ先輩との、約束をっ……!!」
    「行かせ、ない……っ!!」」
    「……ぁっ……!!」

    〈ソラノメモリア前を阻まれた! マークされていたか!〉

    「くぅ、うう……っ……!!」
    「お兄ちゃんが観てる、のに……全力すら、出せないなんて……っ」
    「……あの感覚さえ、くれば……っ」

    〈残り400mを通過! このままザンクティンゼルが逃げ切るか!?〉

    「みんなの熱意……よく伝わってくるよ」
    「1番後ろから見ててわかる。みんな勝ちたいって気持ち、ぼくに伝わってくる」
    「だからぼくも、全力でっ!」

    〈ここでヒャクシヤコウが来た! 大外から一気に上がってきた!!〉

    空気が変わる。
    怒号と歓声が混ざり合ったレース場の空気を、そのウマ娘は変えてしまう。

    「さぁ、踊ろうか! 思いっきりはしゃいじゃおう!!」

    ゴールを目前にして誰もが険しい顔をする中で────そのウマ娘だけは、輝かしいほどの笑顔だった。

    【エキセントリックパレード】

    「さあ、ショータイムだ!」

  • 84◆iNxpvPUoAM23/05/19(金) 18:51:06

    「落ち着け、落ち着けあたし……まだ400ある……」
    「似てる……似てると、思う」
    「ゴーストと走った模擬レース……うん、こんな感じだった」
    「思い出さなきゃ……世界に、あたしが溶けていく、あの感覚」
    「すー……、ふー……」

    〈残り300m付近! ソラノメモリアは苦しいか! 群れに飲まれて前に出られない!〉

    「まずいですわね……ソラちゃん、完全に飲まれてしまいました」
    「カーブを曲がるタイミングで完全に前の2人に蓋をされてしまうとは……1番人気を甘く見ていましたね」

    「ソラ……っ」
    「ぁ……カケル様!」

    「……そうでした。ゴーストさんとの模擬レースでも、あなたは」
    「今回はわたくしも参加させていただきましょうかしら」

    「すいません、通してくれ! すいません!」
    「お、おいなんだよお前!」
    「悪い、通してくれ!!」

    観客を掻き分け、前へ行く。
    ソラが1番よく見える場所へ。

    「そら、そらっ……」

  • 85◆iNxpvPUoAM23/05/19(金) 18:55:04

    掻き分けて、ようやく最前列。

    「ソラっ!!」
    「ソラちゃん!!」
    「っ……ハルカ……?」
    「ソラちゃんの味方は、トレーナーさんだけじゃ、ありません……私も……っ」
    「……ありがとう」

    「ソラ、行け!! 行けっ!!」
    「ソラちゃんっ! がんばって、ソラちゃん……っ!!」

    叫ぶ。
    ソラの名前を叫ぶ。
    ハルカも、一緒になって叫んでくれている。
    女王モードから普段のハルカに戻るほど、必死に。

    見えてるか、ソラ。
    お前には俺たちがついてる。
    俺たちが、お前がゴールへ行くための最後の支えなんだ。

    「……お兄ちゃん、ハルカ先輩」
    「見えてる、聞こえてるよ。……大丈夫」
    「わかったから」

    俺たちの声に、ソラが静かに頷いた。
    その瞬間、異変が起きる。

    ソラの翼が────輝いた。

  • 86◆iNxpvPUoAM23/05/19(金) 19:13:30

    スカートと一体になった翼が、淡い緑の輝きから、鮮やかな水色の輝きへ。
    呼応するように勝負服のラインも同じ色へと変化し、輝きを放つ。

    「……あれ、って」

    勝負服に、そんな機能があったのか……?
    まるでミヤコの“簡易領域”────

    〈残り200を通過! 1着になるのはどのウマ娘か!〉
    〈現在ザンクティンゼル1番手! 外から猛烈に追い上げるヒャクシヤコウは残りおよそ2バ身と言ったところ!〉

    「ああ、楽しい……楽しいね!」
    「レースって本当に楽しいよ! でもみんなの顔は険しいね……そんな顔、キミたちには似合わない」
    「さぁ、みんな笑おう! ぼくと一緒にパレードだ!」

    〈横一列に広がった!!〉
    〈ザンクティンゼルか! ヒャクシヤコウか!〉
    〈後方一気のヒャクシヤコウが今────〉
    〈並ばない! 並ばない! ザンクティンゼルを交わして先頭へ────〉

    「……ううん、ぼくだけじゃない」

  • 87◆iNxpvPUoAM23/05/19(金) 19:18:25

    光が迸る。
    一筋の光が、奔る。

    群れの隙間を縫い、駆け抜けて、今────

    〈えっ────ソラノメモリア!!? 中からソラノメモリアがヒャクシヤコウに並んだ!?〉
    〈え、いつの間に!?〉

    「やっぱり最後はキミだよね、ソラ!」

    〈分かりません、分かりませんが先頭はソラノメモリアとヒャクシヤコウ!〉
    〈先にゴール板を駆け抜けるのはどちらか!?〉

    〈ソラノメモリアか!〉
    〈ヒャクシヤコウか!〉

    「ぼくが……!!」
    「あたし、が……っ!!」

    〈内か外か! 内か!! 外か!!!〉

    〈いまふたりならんでゴォォーーール!!!〉

  • 88◆iNxpvPUoAM23/05/19(金) 20:00:15

    〈やはりこのふたり! 最後はこのふたりだった!!〉

    〈1着────ヒャクシヤコウ!!〉
    〈2着はソラノメモリア! 3着はザンクティンゼルと続きます!〉

    「は……、……っ、はぁ……っ」
    「っ……はは! みんなありがとう! ぼくはビッキィ!」
    「みんな、みんな笑顔になってくれているかい? もっと笑顔になる合言葉を教えてあげるよ!」
    「ラッキー! クッキー! ビッキィ! さあみんな、ぼくと握手をしよう!」
    「ソラ、まずはキミから────……ソラ?」

    地下バ道────

    「……っ、……」

    「ソラ」
    「ソラ、ちゃん」

    「……ぁ、お兄……ちゃん、ハルカ先輩……」

    「お疲れ」
    「お疲れ、様でした」

    「ぁ、あはは……あたし、負けちゃったわ〜」
    「……ああ」

    「結構、頑張ったと思うんだけどね! ……ちょっと、足りなかった、のかな」
    「なんかあの時の感覚、掴めそうな気がしてさ。お兄ちゃんたちの声がさ、聞こえたらいい感じに、なったんだよ!」
    「そしたら身体が軽くなって、塞がってた前も、たまたま開いて、うまく抜け出せたの!」
    「いや〜、あともうちょいだったのになぁ! 惜しかったな〜っ」

  • 89◆iNxpvPUoAM23/05/19(金) 20:07:03

    今にも泣き出しそうな顔で、ソラは明るく振る舞う。
    でもその姿は、痛々しいほどに、つらそうで────

    ああ、つらいに決まってる。
    ソラの言う通り惜しかった。

    あと少し、だったんだ。

    辛くないわけ、ないだろう。

    「ソラ」
    「ぅ、お……ちょ、な、なんだよぅ……急に抱きしめるとか、あれ、あれですよ。シスコンって思われちゃいますよ」
    「……」
    「お兄ちゃん、いつも……嫌がってる、じゃん。シスコンって言われるの……いや、がって……」
    「よく頑張ったな」

    「……頑張った、んだよ。いいとこまで、いけたんだよ」
    「頑張ったよ。ほんとに、よく頑張った。俺もハルカも観てた、全部、全部」
    「……うん、ありがと」

    抱きしめた腕の中で、ソラは泣いたりはしなかったけれど、落ち着くまでのあいだ、ずっとそうしていた。

    途中からはハルカも混ざって、ふたりでソラを抱きしめて激励した。

    きっと泣くところを見られたくなかったのだろう。
    辛い気持ちを知られたくなかったのだろう。
    だから少しして俺たちから離れて、ソラは少しスッキリしたような笑顔で、言った。

    「オークスは絶対勝つね!」

  • 90◆iNxpvPUoAM23/05/19(金) 20:39:46

    夜、自宅────

    「ただいま」
    「ただいま〜」

    ソラと共に帰宅。
    時間はほぼ日付が変わる手前。

    レースを終えて、挨拶回りと各所への手続きを済ませて、ほとんど休む間もなく自宅へ帰ってきた。

    そのまま向こうでホテルを取って休むつもりではあったが、ソラが帰りたいと口にしたので、その気持ちを優先してのことだ。

    途中で夕食も済ませたので、あとは風呂に入って寝るだけ。

    「疲れたね」
    「……ああ」

    見るからにソラは元気がない。
    惜しい負け方をしたからというのもあるが、初のGⅠに対して、色々と思うことがあったのは間違いない。

    ミヤコとも勝つことを約束していたらしいし……かなり堪えているに違いない。
    俺もソラを一刻も早く落ち着ける環境で休ませてやりたくて、連れて帰ってきたのはある。

    ホテルのキャンセル代は痛いが……金をどうこう言ってる場合じゃないしな。

    「風呂洗ってくるから」
    「あたしやってくるからいいよ」
    「いいから休んでろ」
    「……うん、ありがと」

  • 91◆iNxpvPUoAM23/05/19(金) 21:32:18

    ソラを置いて風呂場へ。
    水で濡らし、洗剤で浴槽を磨いて流して完了。

    湯張りは10分もあれば終わるだろう。

    「ソラ、少ししたら────」

    部屋に戻るとソラは布団に倒れ込み、眠っていた。
    いつものベッドではなく、俺の使っている布団で。

    「……疲労困憊、って感じだな」

    そうに決まってる。
    初のGⅠで、1番人気で、同期のウマ娘たちと本気でぶつかったんだ。

    ミヤコの初GⅠの時も、そうだった。

    もちろん絶対に勝てるなどは思っていなかったが、やはりGⅠという大きな舞台で降りかかる重圧は、それ以下のグレードレースとは一線を画し過ぎている。

    あの時は俺もミヤコもその重みに潰されかけて、レースが終わった後、家に帰ったら泥のように眠ったんだ。
    もちろんそれは俺たちだけではないと思う。
    けれど、俺たちにはまだ早かったんじゃないかと、そう思わされるくらいには、GⅠの初舞台は予想以上に大きかった。

  • 92◆iNxpvPUoAM23/05/19(金) 22:08:49

    「……」

    ソファに投げられていたガーメントバッグを持ち上げ、中からソラの勝負服取り出した。
    ハンガーに通して壁にかけて、それに手を触れた。

    「……お前もお疲れ様」

    激しいレースで少し汚れてしまった、昨日まではまだ新品だったはずの勝負服。
    次のオークスのためにクリーニングに出しておかなくちゃな。

    「あ、忘れるとこだった」

    もうひとつ、大切なもの。
    ソラが欲しいとうるさく言うから、用意したバングル。
    星と羽をイメージした装飾のそれもバッグから取り出して、手にしたままソファに腰掛ける。

    「お前もソラに力を貸してくれたよな? 俺の分身みたいなもんなんだぜ、お前は」

    カッコつけて呟きながら、手入れ用のクロスを棚から取り出してそいつを磨き始めた。

    「ソラって名前だから、羽にしたんだ。あと俺の名前のカケル……」
    「ふたつ合わせたら天翔る……なんて、おとんが言ってたのを思い出してさ」
    「ソラが天を駆けるための翼になってほしくて……」

  • 93◆iNxpvPUoAM23/05/19(金) 22:13:59

    今日のソラの走りを、思い出す。
    前をウマ娘たちに阻まれて抜け出せなかった、あの時。

    勝負服のスカートと一体になった翼が、ラインが輝いていた。
    勝負服が光り輝くのを、俺は以前にも見たことがある。

    ミヤコの簡易領域────その状態と、全く同じだった。

    ウマ娘とその勝負服には、俺たち人間にはわからない不思議な力が備わっていると聞く。
    今回のそれも、その不思議な力ってやつがソラを前に進ませてくれたのだとしたら────

    「……ありがとな」

    バングルの中央で煌めく星に、願いを。

    どうかこれからも、ソラの走りを助けてやってほしい。
    見ているしかできない俺の代わりに、そばで。
    妹の力になってやってほしい。

    「よろしくな、相棒」

    丁寧に磨き上げて、バングルを保存袋に入れて棚に片付ける。しっかりと磨いたおかげか、照明の光を反射してキラキラと輝いていた。

    それと同時に湯張り完了のアラームが鳴る。なんやかんやと時間が経つの早いようで。

    さっさと起こして風呂に入らせなきゃな。俺も入りたいし。

  • 94◆iNxpvPUoAM23/05/19(金) 22:40:59

    「ソラ起きろ。風呂入ってから寝ろよ」
    「ん〜……」
    「おい、ソラ」
    「……ぅん……起こして」
    「またかよ。……ほら」

    眠るソラを仰向けに転がし、背中に手を入れて抱き起こす。

    「ひとりで入れるか?」
    「んー……いっしょにはいる」
    「入らねーよバカ。早く行ってこい」
    「あい……」

    寝ぼけ眼を擦りながらソラは部屋から着替えを手に、風呂場へと消えていった。

    「……」

    息を吐き、改めてソファへ腰掛ける。

    テーブルにノートPCを用意し、電源を入れる。
    程なくして立ち上がり、今日のレースの動画を表示させた。

    ……レースの運びは悪くなかった。
    これまでと同じ中団に位置を取ったソラは澱みない流れで最終コーナーまで行った。

    そして今まで通り……いや、いつもよりも少し早めにスパートをかけていた。
    おそらく前との差と、ヒャクシヤコウの追い上げを考えて少し早めに仕掛けたのだろう。

    対してヒャクシヤコウは前回と同じあたりでのスパート……けれど、今回はチューリップ賞とは明確な違いがあった。

  • 95◆iNxpvPUoAM23/05/19(金) 22:56:25

    あの重圧……ハルカの言っていた通り“領域”によるものだ。

    あいつは“領域”を完全に支配している。
    今後のオークス、秋華賞でもぶつかる大きな壁になるだろう。

    だがソラも未熟ながら“簡易領域”を発動してみせた。
    自分の存在感を消して、周りから認識されなくなる異質の“領域”。

    翼が輝いてから、ソラの動きが見違えるように変わった。
    前に開いた小さな隙間を縫うようにすり抜け飛び出し、“領域”状態のヒャクシヤコウに肉薄してみせた。

    ……やっぱりソラは強いウマ娘だ。
    俺が育てるよりも……成瀬先生のような腕のいいトレーナーに育てられた方が幸せなんじゃないか。

    マークされることを事前から分かっていれば、もっと上手く立ち回ることが出来たはずなんだ。
    そうすれば勝っていたのは……ソラだったかもしれない。

    自分の不甲斐なさに腹が立つ。
    まだまだ俺はダメだ、全然ダメだ。

    勝てるポテンシャルがあるのに、勝たせてやれなかった自分が憎たらしくて仕方ない。

    ハルカだってそうだ。
    天皇賞を取りたいという夢、その夢を俺はとらせてやることが出来るだろうか。
    不安だ。
    不安で仕方がない。

  • 96◆iNxpvPUoAM23/05/19(金) 22:56:49

    「……クソッ」

    声に出して自分の弱い思考を吐き捨てる。
    不安になったって仕方がないんだ。
    ソラもハルカも俺を信じてトレーナーにしてくれた。

    ミヤコだって、新米だった俺を信じてトレーナーにしてくれた。

    俺の努力が足りないんだ。
    作戦も、トレーニングも、何もかも。
    もっと俺が頑張らなくちゃいけない。

    表に出て考えて走って、1番辛いのはウマ娘たち。
    彼女たちのために俺が努力することは当たり前だ。

    ……先生の言われた通り、努力は見せない。
    当たり前の努力を、さも頑張りましたなんて言い方はしないし、見せるようなことはしない。

    次こそ俺が勝たせてやるんだソラを、そしてハルカを。
    勝たせてやれなかったミヤコのぶんも、俺が。

  • 97◆iNxpvPUoAM23/05/19(金) 23:38:08

    決意を新たに、桜花賞の分析をしようとして────

    「ハァイ、こんばんは」
    「ぅぉっ!」

    部屋の隅に置かれていた人形が言葉を発した。

    「あら、お取り込み中だったかしら」
    「いや……そうじゃないけど、急に喋り出すとびっくりするだろ」
    「そうは言われてもね。この方法でしかあなたとコンタクトを取る方法はないわけだし、ちょうど家にいたようだったから」
    「はあ……」
    「話すのは2度目ね、カケル」
    「ああ、そうだな。えーっと、ソフィ?」
    「正解。よく覚えていたわね」
    「……お前、バカにしてる?」
    「事実でしょう? おバカさんをバカ扱いして何が悪いのかしら」
    「……」

    こいつ……ほとんど知らない相手にここまで言ってくれやがると、いっそ本当に清々しい。
    けど、ここで“領域”について多少知っていそうな人物と話が出来るのはありがたかった。

    「……それで、なんだよ」
    「ソラが力の片鱗に目覚めたようね」

    やっぱりそのことだった。願ってもない。

  • 98◆iNxpvPUoAM23/05/19(金) 23:50:40

    「ああ、そうらしい。少し前……えーっと、ゴーストってやつと模擬レースをしたんだが」
    「それは知っているから省いてもらって構わないわ」
    「あ、そ……。んで、今日の桜花賞……レース中に、多分ソラが“簡易領域”を手にした」
    「簡易……? なに、それは」
    「え? ぁ、いや、“領域”を完全に支配する前の……なんだ、あれ。ゲームの下位スキル的な……」
    「ゲーム……ちょっとごめんなさい、こちらの世界の言葉を言われても困るの。もう少し分かりやすく説明できない?」
    「え〜、っと……くそ、難しいな……」
    「……」
    「お前わかりやすくため息つくなよ」
    「まどろっこしいのは嫌いなのよ」
    「……、あー……領域”を完全に支配する前の、なんだ……」
    「もういいわ、勝手に解釈した。つまりは“領域”を使いこなせていない状態でしょう。前段階ね」
    「前段階?」
    「“領域”を『走る』ことだとすれば、まだその前段階の『歩く』状態。あと少しで使えそうで、まだ到達しきっていない、つまりはそういうことでしょう」
    「あー、そうそう、そんな感じ」
    「なら制御させる訓練をした方がいいわね。させすぎはダメだけど」
    「なんで?」
    「それは言えない」
    「なんで」
    「そういう規則なのよ」
    「規則って……お前、なんかの組織にでもいるのか?」
    「まあそういうとこね。それを説明することもできないけれど」
    「はあ……まあ、分かった。早めに使えるようにする方がいいんだな」
    「ええ。それともうひとりの担当……」
    「ハルカか?」
    「そう、ハルカ。あの子は“領域”を使いこなせるポテンシャルがある」
    「え? いまも使いこなして……」
    「今はまだ使いこなせていない。支配はしているけれど、完全には支配しきれていない」
    「はあ……」

  • 99◆iNxpvPUoAM23/05/19(金) 23:51:14

    「まあ、あの子に関しては放っておいても平気だろうけれど」
    「なんで?」
    「言えない」
    「またそれかよ……」
    「仕方ないでしょう?」
    「規則か」
    「そういうこと」
    「で……ソラの“領域”について、わざわざそれを伝えに?」
    「ええ、まあね。それと、惜しかったわね、と」
    「へえ……お前もそういうこと言うのか」
    「当たり前でしょ。私だってヒトの頑張りを敬うことくらいはするわ、あなたと違ってね」
    「いちいち棘があるな……ってか、俺だってちゃんと労ってる」
    「そう? まあなんでもいいけれど、改めて挨拶に伺うわ」
    「え?」
    「あなたの職場にね」
    「……はあ? おぅ」
    「ちなみに明日は学園へ?」
    「いや、明日は休む。ソラも疲れてるだろうし、ハルカには自主トレメニューを渡してある」
    「そう、なら後日にしておくわ」
    「あ、ああ。そうしてもらえると助かる、けど……」
    「くれぐれも、ソラを失うようなことにならないようにね」
    「はぁ? ああ、失うってなんだよ……」
    「気にしないで。それじゃあね、おやすみなさい」
    「あぁ……うん、おやすみ」

    言いたいことだけ言って、ソフィはまた物言わぬぬいぐるみへ戻った。
    なんだったんだ、こいつは……。

  • 100◆iNxpvPUoAM23/05/19(金) 23:54:11

    「しかも、ソラを失う……? 意味がわからん」

    ソラが死ぬってことか? ……いやいや、そんなことあるわけない。
    そんなこと、させるわけがない。

    「にぃに?」
    「あ、あぁ、ソラか」

    風呂場からこちらを覗きながら、ソラが語りかけてくる。

    「どうした?」
    「誰もいないのに話し声みたいなのが聞こえたから……頭おかしくなったのかと思って」
    「なってねーよ、アホか」
    「にぃやんたまに変なこと喋るからなー。あんまり信用ないよそれ」
    「なんでだよ。誰と喋るんだよ」
    「イマジナリーフレンドでしょ」
    「お前ぶっ飛ばすぞ」
    「ちょっとイラッとしたからってそれ言うのやめてもらえます? にぃにのねぇ! そういうの! ほんとに怖いんだからね!」
    「声でけーよ時間考えろっつの」
    「はい、すみません」

  • 101◆iNxpvPUoAM23/05/20(土) 00:10:03

    髪を乾かし着替えを済ませて戻ってきたソラと入れ替わりで風呂に入る。
    こういう時に男の風呂は早く済むから楽でいい。
    ソラが入ると1時間近くは待たされるからな。俺なら長くても20分で済む。

    「戻った」
    「おかえりおかえり〜」

    風呂から戻ると、ソラはまた俺の布団に寝転がっていた。脚と尻尾をパタパタさせながらスマホをいじっている。

    「俺の布団だろそれ」
    「いいじゃん、まだ寝ないんだし」
    「もうすぐ寝るだろ」
    「もうちょっと起きててよ」
    「なんで?」
    「いいから」
    「はあ……」
    「ねぇ、にぃに」
    「あん?」
    「脚、マッサージしてほしい」
    「はいよ」
    「え、いいの?」
    「当たり前だろ。よく走ったからな」
    「ん……じゃあ、お願いします」
    「オイルは無くてもいいか?」
    「変な声出ていいなら」
    「マジで腹立つから無しで」
    「あれは不可抗力なの! あたし悪くない、出そうとして出してない!」
    「へいへい……ほら、脚ばたばたさせんな」
    「はい」

  • 102◆iNxpvPUoAM23/05/20(土) 00:17:18

    「……軽くにしとくぞ。あんまやりすぎるとな」
    「マッサージやりすぎるとよくないの?」
    「俺が疲れる」
    「なんだよ、クソかよ」
    「冗談だよ。揉み返しになると良くないから軽く済ませるだけだ」
    「揉み返し?」
    「マッサージした後に痛みが出ることあるだろ」
    「わからんよ。にぃににやってもらったことしかないし」
    「そか」
    「にぃやんにしてもらった時は痛くなってないよ?」
    「そうならないように気を遣ってんの」
    「なるほどっす、ありがとござまっす」
    「痛かったら言えよ」
    「は〜い」

    前にマッサージしてやったのはいつだっただろうか。
    福島のホテルでしてやって以来、時々こうしてマッサージしてるが……毎度変な声出されてイラついてたんだよな。

    とりあえずいつもの流れてマッサージ。
    脚の裏から太ももの付け根、鼠蹊部までを流していくリンパマッサージ。
    それに風呂上がりは体温が上がって血行も良くなってるし、マッサージに適してる。

  • 103◆iNxpvPUoAM23/05/20(土) 00:28:11

    「ふおぉ……そこ、効くぅ……」
    「お前うるせぇよ……」
    「なん、っぁ……すか……ん、っ……あの声、出して……ぉっ、ない……でしょ……」
    「マジでそれもやめてほしい」
    「はぁ、ふぅ……なんで?」
    「……わかれよ」
    「えっちすぎる?」
    「わざわざ言わんでいい」
    「うわ〜、にぃやん妹の声で欲情してんだ〜! シスコン童貞とか救いようないわ」
    「あ?」
    「い゛っっって!!!! おま、おまっ……内腿やめろって……っ……ぅぅう〜〜〜〜っ……!!!」
    「そんな悶えるほど強くつねってないだろ」
    「こういうのは大袈裟にして相手に罪悪感を植え付けないと意味ないでしょうが!」
    「クソ野郎かよ」
    「スポーツでもそうでしょ、サッカーのファールとかめっちゃ大袈裟」
    「あれはファール欲しいからだろ」
    「あたしもそれですよ」
    「あ?」
    「次は優しくしてほしいから大袈裟にしてるんですよ」
    「アホかよ。続けるぞ」
    「ひでー……、っ……ん、は……」

    両脚を丁寧に揉みほぐして30分。
    そろそろ俺の手も痛くなってきたし、十分にほぐれたと思うのでマッサージ終了。

    流石に疲れた。
    ソラの隣にごろんと寝転び、深く息を吐く。

  • 104◆iNxpvPUoAM23/05/20(土) 00:32:14

    「ありがと、お兄ちゃん」

    ソラが俺の頭を軽く撫でる。
    払いのけてやろうかと思ったが、腕がだるくて持ち上げる気力も湧かん。

    「明日ってほんとに学校休んでいいの?」
    「いい。お前は休め」
    「にぃには行くよね?」
    「休む」
    「……え、いいの? それ」
    「有休消化しろってめっちゃ言われてるから休む」
    「ブラックかよトレーナー……でもハルカ先輩は?」
    「休みにするとは言ってるけど、一応自主トレメニューは渡してる。軽く動かしたいならって感じで」
    「そっか」
    「明日はゆっくりしよう」
    「へへ、おうちデートだ」
    「バカかよ」
    「せっかくだし出かけたいな〜。ハルカ先輩も連れてく?」
    「誘えば来るだろうけど、ハルカもハルカで一人で休みたいだろ」
    「そうかな。まああたしはふたりっきりでもいいけどね」
    「行くならどこ行くんだよ」
    「わからんけど」
    「なんだよそれ」
    「1日家にいるの勿体無いじゃん」
    「それはわかるけど。たまには家で無駄な時間過ごすのもいいだろ、ゲームでもやろうぜ」

  • 105◆iNxpvPUoAM23/05/20(土) 00:40:13

    「お兄ちゃんからゲーム誘われるの久しぶりかも」
    「そうだっけか。マリカくらいしかやるもんないけどな」
    「ちょっと飽きてきたなーそれ……」
    「なんか買いに行くか? やりたいやつあるなら」
    「それはそれで特にないかも……ってか、最近のゲーム何あるか知らない」
    「俺もそれは知らんな……桃鉄とかか?」
    「それも結構前な気がしますけども……まあいいや、明日考えよ」
    「そうするか」
    「じゃ、おやすみ」
    「おい」
    「ん?」
    「ベッド行けよ」
    「え、ここでいいでしょ」
    「じゃあ俺がベッドいくわ」
    「なんで?」
    「あ?」
    「一緒に寝ようよ」
    「またそれかよ、アホかよお前」
    「真剣ですけれども」
    「なんでだよ」
    「寂しいんだもん」
    「はぁ?」
    「寂しいの! レースで頑張って負けて! 心が不安定なの! だから一緒の布団で抱きしめて寝てよ!」
    「……なに言ってんのお前」
    「初G Ⅰで負けたミャーコ先輩にもそんなことしたんだろ」
    「バカじゃねーのお前。ミヤコを泊めたことはない」
    「でも押し倒したことはあると」
    「ね〜よ、アホか」
    「アホって言った方がアホなんですぅ! いい加減認めろよビジネスライクのくせに」
    「お前まだそれ言うかよ! ふざけんなよ!」

  • 106◆iNxpvPUoAM23/05/20(土) 00:51:54

    「最初にビジネスライクって言ったのお兄ちゃんでしょ! 全然ちゃうかったし! めっちゃ仲良いじゃん! ふざけんな!」
    「声でけーってだから。いい加減にしろ」
    「……はい、すみません」
    「今度、ミヤコのレースがある」
    「ん……うん」
    「GⅠ級の、デカいレースだ。大学リーグの晴れ舞台」
    「……うん」
    「見に行くか?」
    「行く」
    「分かった。伝えとく」
    「ミャーコ先輩……勝てるかな」
    「どうだろな。最近のレースも勝ってるし成績はいいから、可能性はあるかもな」
    「……そっか、そっか」
    「大学のトレーナーは俺なんかより腕がいい。ミヤコの素質を見抜いて能力を引き出してる」
    「俺なんか、って」
    「事実だろ。俺は全然だよ」
    「お兄ちゃん……でも、あたしはお兄ちゃんがいたから、強くなれたって思ってるよ」
    「だといいけどな……もっとベテランで経験豊富なトレーナーに見てもらった方がいいんじゃないか、とは思うよ」
    「……だとしても、あたしはお兄ちゃんじゃないと嫌」
    「夢、だもんな」
    「うん、夢。……でも、夢が関係なかったって、あたしはお兄ちゃんがいい」
    「……そか」
    「分かってる。お前を手放す気はないよ」
    「妻ですからね」
    「ァ?」
    「え、怖い……なんで睨むの? これが噂のDV夫か……?」

  • 107◆iNxpvPUoAM23/05/20(土) 00:58:42

    「お前ほんとなに言ってんの? アホなの? アホだったわ」
    「アホじゃないですぅ! 献身的でお兄ちゃん思いの超絶美少女でナイスバディな妹ですぅ!」
    「色々とつっこみどころあり過ぎて困るわお前」
    「事実でしょうが!」
    「妹以外に事実ねぇだろ!」
    「美少女とナイスバディも事実だろが! 触ってみろよ!」
    「嫌だよやめろよセクハラで訴えんぞ」
    「その前にあたしが叫んでやるわ」
    「お前マジでやめろよそれ」
    「たすけて〜、お兄ちゃんに襲われる〜」
    「ぶっ飛ばすぞ」
    「すみません」

    無駄な会話が多すぎる。
    数時間後には忘れてしまうくらいに無駄で中身のない会話。

    それが心地よく感じはするが、無駄に疲れることも間違いない。
    おかげでいい感じに疲れて眠気がやってきたところだ。

    今日はベッドで寝よう。

    「そろそろ寝る。俺ベッドもらうわ」
    「ぇ、ちょちょちょ、待ちんしゃい、待ってください、待て」
    「なんだよ」
    「一緒に寝る約束でしょ」
    「いつしたよそんな約束」
    「昨日、夢の中で」
    「俺はしてねーな。じゃあな、おやすみ」
    「お兄ちゃ〜ん!」
    「おい、服引っ張んな、やめろ」

  • 108◆iNxpvPUoAM23/05/20(土) 01:23:02

    「い〜っ〜しょ〜に〜寝〜て〜く〜だ〜さ〜い〜!」
    「分かった! 分かったから服引っ張んなって破れるだろ!」
    「わ〜い!」
    「くっそ……袖伸びたじゃねえかよ……」
    「あたしから逃げようとするからですよ」
    「こんなことされたら逃げるわそりゃ」
    「離さなーいゆずれなーい逃さなーい渡さなーい♩」
    「歌詞に載せんな」
    「逃しませんよお兄様」
    「逃げねーよ……もう分かった、一緒に寝てやる」
    「え、ほんと!? やた〜!」

    浮かれるソラをよそに、ベッドからソラの枕を取り上げて手渡す。ソラがクッションがわりにしていた俺の枕をぶんどって交換。
    駄々をこねるソラは無視だ。

    「あたしそっちのでよかったのに」
    「なんでだよ」
    「お兄ちゃんの匂いするから落ち着くの」
    「やっぱお前アホだろ。兄妹でいい匂いとか聞いたことねーよ」
    「もしかしたらあたしたちって義兄妹なのかも」
    「ねーな。おかんが産んだの分かってるし」
    「ちぇ〜、義理なら色々とやっても怒られなさそうだったのに」
    「なにをやる気かは知らんが、義理でも俺は怒るぞ多分」
    「ですよね」
    「分かったら布団かぶってそっち寄れ。俺が寝れない」
    「へいへい……んしょ、と。はい、どーぞ」
    「ん、ご苦労」
    「電気消すね」
    「さんきゅ」

  • 109◆iNxpvPUoAM23/05/20(土) 01:33:57

    「……そっち向いていい?」
    「好きにしろよ」
    「……へへ、うん」
    「んだよ」
    「なにが?」
    「じーっと見てきやがって」
    「お兄ちゃんの寝顔、見れるかなって」
    「そんないいもんでもねぇだろ。寝ろ」
    「意外と可愛らしいもんですよ、お兄ちゃんの寝顔」
    「きっしょくわりぃ」
    「そんなはっきり言うなよ! あたしの安らぎなのにれ」
    「あ?」
    「睨むなよぅ! 傷つくぞ、あたし傷つくぞ!」
    「いいからもう寝てくれ。俺も寝る」
    「へいへーい。……お兄ちゃん横向いて寝る派だよね」
    「まあな」
    「へへ、もっと寄りたい」
    「嫌だ」
    「断られても寄る」
    「……」
    「ため息つかれても寄る」
    「あっそ」
    「へへ、抱かれてるみたい」
    「……」
    「今日、抱きしめてもらえて嬉しかった。ありがと」
    「そうかよ」
    「今も抱きしめてもらってもいいですよ」
    「嫌だよ。あの時限定」

  • 110◆iNxpvPUoAM23/05/20(土) 01:34:37

    「じゃあ負けるのも悪くないかも」
    「冗談言うな」
    「……うん」
    「抱きつくなって」
    「……」
    「ソラ」
    「負けた」
    「……ああ」
    「……やっぱ、悔しいね」
    「……ああ」
    「抱きしめてよ。慰めてよ」
    「……」
    「お願い」
    「ったく……今日だけだからな」
    「えっ」
    「ん……これでいいか」
    「……ほんとに抱きしめてくれるんだ」
    「お前がやれっつったんだろ」
    「まね、へへ」

  • 111◆iNxpvPUoAM23/05/20(土) 01:34:59

    「……暑い」
    「あたし、体温高めの女なので」
    「冬場は良さそうだ」
    「じゃあ今年の冬はあたしを湯たんぽにしてもいいよ」
    「しない」
    「へいへい。……もっとぎゅってして」
    「ん」
    「……えへへ、落ち着く」
    「彼氏作って言えよそういうのは」
    「お兄ちゃんだから言うんだよ」
    「アホかよ」
    「アホですよぅ、お兄ちゃんのことが大好きなアホなんですよぅ」
    「バカじゃねーの」
    「罵倒の語彙が少なくなってきましたなぁ。おねむかな?」
    「眠い」
    「……じゃあ寝よっか」
    「ああ。おやすみ、ソラ」
    「おやすみなさい、お兄ちゃん」

  • 112◆iNxpvPUoAM23/05/20(土) 01:35:29

    本日はここまで
    ありがとございました

    まただらだら日常やって次のレースへ

  • 113二次元好きの匿名さん23/05/20(土) 01:37:00

    お疲れ様でした〜
    日常とレース、どちらも面白い

  • 114二次元好きの匿名さん23/05/20(土) 01:37:45

    お疲れ様でした
    今日はいつにも増して激動だったなー
    次回の日常も楽しみ

  • 115二次元好きの匿名さん23/05/20(土) 09:17:07

    おつおつ
    次はオークス直行かな?

  • 116二次元好きの匿名さん23/05/20(土) 12:31:03

    その前にハルカ先輩のフローラステークスかな?

  • 117二次元好きの匿名さん23/05/20(土) 20:57:52

    一応保守
    連日の更新めっちゃ楽しみ

  • 118二次元好きの匿名さん23/05/21(日) 01:04:28

    保守

  • 119二次元好きの匿名さん23/05/21(日) 08:41:27

  • 120◆iNxpvPUoAM23/05/21(日) 15:08:35

    ・・・

    「……」

    まだ陽も昇っていない、暗い時間。

    ふと目が覚めて、まずため息を吐いた。
    どうやら俺とソラはなかなかに、勘違いされかねない程度にはしっかりと抱き合ったまま眠っていたようだった。

    眠る直前の会話の内容が朧げだ。
    ほぼ寝落ちに近い形で眠りに落ちたのだろう、こいつにされるがままの体勢になっていた。

    「……」

    甘いというか、なんというか。
    俺もこいつに似て流されやすいところがあるらしい。
    ……いや、こいつが俺に似たのか。

    お兄ちゃんと呼ばれて頼られてしまったら、余程のことでない限り、まあいいかと受け入れてしまうのは良くないな。

    良くない、が────

    「……、……、……」

    気持ちよさそうに眠る妹の寝顔が、俺を甘くさせているようだった。

  • 121◆iNxpvPUoAM23/05/21(日) 15:09:45

    桜花賞に負けからまだ12時間くらいしか経っていなくて、ソラはひどく落ち込んでいた。
    表面上はいつものように明るく振る舞っていたが、こいつはそういう時ほど落ち込んでいたり、悩んでいたりする。

    ハルカは気づいていただろうか。ヒトをよく見て、察しのいい彼女のことだから分かっていたかもしれない。
    だから急遽帰るという話にも、今日を休みにするという申し出にも嫌な顔ひとつせず受け入れてくれた。

    ハルカを疎かにはしないと言っておきながら、ソラばかりを優先してしまうのが申し訳ないが……助けられてるな、俺。

    次はハルカのレースがある、ソラを最優先にしておくこともできない。
    今月は出るレースに観るレースと、とにかくレースが詰め込まれている。
    その中でもトレーニングは欠かすことはできないし、来月にはオークスだって────

    ……やることは山積みだな。

    ここからは時間管理との戦いだ。
    俺がゆっくりと休むのは今日まで。
    明日から……いや、今日の夜からでも始めた方がいい。

    ウマ娘たちの時間を削ることはできないんだ。
    なら、削るなら俺だ。俺しかない。

    「ん……にぃに……?」
    「ぅおっ……!」

    胸の中でソラの声がして、ドキッとしてしまった。
    ビビった……急に声かけるなよ……。

  • 122◆iNxpvPUoAM23/05/21(日) 15:10:12

    「……あさ?」
    「いや、まだ4時だな。もう一眠りできる」
    「そ、か……」
    「ああ」
    「……へへ、ずっと抱きしめてくれてる」
    「お前がやれって言ったんだろ。言ったんだよな?」
    「ううん、言ってない」
    「えっ」
    「にぃやんが自分から抱きしめてきた。一緒に寝よう、大切な愛しのマイハニー……って。耳元で甘く囁いて、あたしを骨抜きにしたの」
    「あ?」
    「いって……なんで叩いた!?」
    「絶対に言ってねぇ」
    「バレたか……」
    「今日はこうしといてやるから、いいから寝ろよ。俺ももう一回寝る」
    「ん……優しいね、珍しい。なんか変なもん食べた?」
    「俺はいつも優しいだろ」
    「叩いた後に言いますかね、それ……」
    「愛の鞭ってやつ」
    「ひとかけらの愛も感じませんでしたけど」
    「わっかんねぇかなぁ、この俺に溢れ出んばかりの愛」
    「少しは悪びれろよ、叩いて悪かったって思えよ」
    「すみませんでした」

    流石に叩くのは良くなかったかなと、そう思って軽い気持ちで謝罪を口にする。

    と────ソラは薄く目を閉じ、こちらへ顔を近づけて言った。

    「悪いと思ってるなら、キスして」

  • 123◆iNxpvPUoAM23/05/21(日) 15:21:35

    するかアホ────と、いつもの調子ならすぐに返せたのに。
    なぜか、この瞬間だけはうまく言い返せなくて。

    「っ、ぇ……」

    こんな感じで、フリーズしてしまった。
    隙を見せた俺にソラは容赦しない。抱きつく腕に力を込め、更に密着させながらこちらへ顔を近づけてくる。

    「ソラ」

    なぜ妹相手に、俺はドキドキしてしまっているのだろう。

    電気の消えた部屋。
    日の出にはまだ少し早い時間。
    カーテンの隙間から覗く街灯の光でほんのり明るい。
    暗く照らされたソラの頬が朱に染まっているように見えて────

    「ソラっ」

    せめてもの抵抗に、名前を呼ぶことしかできなくて。
    ウマ娘の抱擁を解くだけの力も、俺にはなくて。

    ただ近づいてくるソラの顔を、見つめ返すしかできなくて。

    あと数センチ。

    今まで見たことのないような表情で、ソラは俺に迫ってくる。

  • 124◆iNxpvPUoAM23/05/21(日) 15:53:28

    なんで。どうして。なにが起きてるんだ。

    そんな思考が頭を埋め尽くしては、その端からソラで掻き消されていく。
    頭の中が、ソラでいっぱいになっていく。

    「そ、ら……っ」

    あと数ミリ。

    吐息が当たる。

    熱い。

    お互いの吐息がぶつかって、熱い。

    「……そ……、……」

    名前を呼ぶことすらもうできない。
    口を開けば、その瞬間に触れてしまうから。

    ぐっと口を噤み、息を殺す。
    そうしたところでソラは止まらない。

    こんなソラを俺は知らない。
    こんな妹を、俺は知らない。

  • 125◆iNxpvPUoAM23/05/21(日) 15:55:42

    これは夢だ。

    悪い夢。

    きっと一緒に寝たりなんかしたから、そうに違いない。
    必死にそう思い込むことで名状し難い感情に蓋をして、俺は、覚悟を────

    「……へへ」

    ギリギリ触れるか触れないかのところで、ふっ、と笑ってソラは顔を離した。

    ニヤニヤと笑みを浮かべてくる。

    「やっぱりこういうのはうまく返せないんだねにぃやん」
    「ぉ、まっ……」

    締め付けられて潰れる寸前だった心臓が、解き放たれたように軽くなる。

    「うひひ、にぃにのおもろい顔が見れて満足ですよ、わたくし」
    「……」
    「睨まないでよ怖いから」

    ようやくいつものソラに戻った、そんな気がした。
    さっきまでのは一体……なんだったのだろう。

    見た目はソラだった。
    声もソラだった。

    けれど、表情だけが……別物で。
    兄に向けるものではない表情の……男に愛を捧げる女になってしまった、ような。

  • 126◆iNxpvPUoAM23/05/21(日) 16:10:36

    「……ソラ?」
    「へ、なに?」
    「いや……なんでもない」

    少し怖くなって、妹の名前を呼んだ。
    返事をしたのは妹の形をした女ではなく、ちゃんとソラだった。

    よかった、いつものソラだ。
    さっきまでの女はいない。

    いつもの、ソラだ。

    ホッとして俺はもう一度眠りに入ろうと目を閉じて、心臓が跳ねた、
    背中に腕を回されて、また抱きしめられるような形になってしまったから。

    「ちょっとがっかりした?」
    「っ……するかっ!」

    そう胸元で上目遣いするソラに、今度こそ俺は文句を返すことができた。

    「へへへ、おやすみ」

    いたずらに笑って、ソラは何事もなかったようにもう一度眠りに落ちた。
    寝息を立て始めるまで、俺は気が気でなく、目を閉じることすら迂闊にできなかった。

    瞼の裏に、あの女の顔が鮮明に焼き付いていたから。

    その隙にキスされてしまいそうな気がしたから。

    俺が眠りに落ちたのは、それから30分後だった。

  • 127◆iNxpvPUoAM23/05/21(日) 23:22:13

    翌日────

    結局、起きたのは昼前だった。
    最初に目を覚ましたのは俺で、恐る恐るソラを起こした。

    起き上がったソラが俺の妹のソラであることを祈って身体を揺さぶり、声をかけて覚醒を促した。

    「おはよ〜……」
    「おう」

    あまり外には出せなさそうな顔で起き上がったソラは、たしかに俺の知るソラの、はずで。
    それでもまだ安心できなかった。

    トイレを済ませて顔を洗い、髪を少し整えてようやくヒト前には出られそうな程度の見てくれになったソラを見て、ようやく俺は安心することができた。

    ダラダラとしながら朝飯……といってもほぼ昼前だから軽めだが、スクランブルエッグもどきの半熟炒り卵とウインナーとトースト、お湯で溶かすだけのスープを用意。

    料理のできない俺でも卵とウインナーを焼くくらいはできるのだ。……焦げないかめちゃくちゃ不安だったのは内緒。

    もそもそとトーストを齧りながらしょうもない会話。
    出かける予定も用事もトレーニングも何もない休日はいつもこんな感じ。

    「いただきます」
    「いまだきま〜す」

    パジャマ姿のまま朝食を開始。

  • 128◆iNxpvPUoAM23/05/21(日) 23:25:43

    「にぃにのトーストの焼き方もようやくあたし好みになったね〜。コンポタうめぇ〜」
    「お前が来るまでまともな食いもんなかったからなぁ……。おかげでちょっと太ったわ」
    「普段なんだっけ、ゼリーのやつだっけ」
    「そう、10秒チャージ。飲んで終わり」
    「よくもってたね、お昼まで」
    「もたなかったら仕事しながらパン食ってた」
    「うーわ、早弁かよ〜。あ、マヨとって」
    「ほい」
    「あんがと〜」
    「この時間にこんな食ったら昼飯なくてもいいかもな」
    「そんな気もしちゃうね。でも絶対お腹減ると思う」
    「だな。遅くなるだろうけど」
    「生活リズムめっちゃ狂う〜。いつもならにぃに絶対怒る」
    「今日はもういいよ。この時間に起きた時点で諦めてる」
    「それはあたしも」

    ゆっくり食べ終わって食器をまとめ、洗って朝食は終了。
    テーブルを挟んで座り、時計を確認。

    現在時刻は11時45分。

    さて……。

    「どうすっか。もう昼だけど」
    「出かけようって言ってたのに、いまからじゃ無理そうだよね」
    「ぁ〜……この前の銭湯くらいなら行けそうだけどな」
    「行ってもいいけど別々だしなぁ……混浴ないし」
    「当たり前だろ」
    「ふたりで行くならふたりで楽しめるとこがいいじゃん」
    「そりゃあ、まぁ……そうか?」

  • 129◆iNxpvPUoAM23/05/21(日) 23:28:55

    「あーそっか、ぼっち気質のにぃやんには分からない世界かもね」
    「うるせーよ。お前も俺と似たようなもんだろ」
    「あたしはひとりであんまり出かけたりしないし。出てもコンビニとかくらいだし」
    「5年前は俺がいなきゃ泣いてたお前もひとりでコンビニ行けるようになったんだなぁ」
    「何歳だと思ってんですか。あ、でも服買いに行くときは絶対お父さんがお母さんに連れてってもらってました。お金出してもらう役で」
    「うちの両親お前に甘すぎるわマジで」
    「にぃにも大概だと思う」
    「あ?」
    「あたしにめっちゃ甘い」
    「んなことねーよ。クソ厳しく育ててるわ」
    「甘かったら今日休みとか言わないじゃん普通」
    「逆に明日からはスパルタに決まってんだろ。毎日倒れるまで走れ」
    「うっそマジかよこいつ……鬼じゃん」
    「ハルカのレースも近いし、お前のオークスも2400m。今まで走ってきたどのレースよりも長いんだ、バンバン走ってスタミナつけろよ」
    「あたしが走った1番長いのって2000だっけ……それより400も長いの、なんかイメージ出来ないなー」
    「考えるのは明日からにしよう。今日は休みって決めてるんだ、だから休め」
    「急に休めって言われても……昨日までずっと桜花賞のことばっかり、だったし」
    「ならやっぱ出かけるか? 車出せば大体のとこはなんとかなるだろ。平日だし」
    「ん〜ん、いい」
    「いいのか?」
    「むしろ出ずっぱりだし家でゆっくりしたい」
    「じゃあなんか映画でも見るか」
    「お、いいね〜。コーラほしいかも」
    「買いに行かなきゃないぞ」
    「じゃあ買ってくる! お菓子も!」
    「ポップコーンだな」
    「にぃやんもノリノリかよ」
    「やるならとことんやろうぜ」
    「ありだね。いつもこんなにノリノリならあたしも楽しいんだけど」
    「うるせーよ、さっさと行ってこい」

  • 130◆iNxpvPUoAM23/05/21(日) 23:29:43

    「は〜い! ……あ、やべ、着替えないと」
    「いいだろそれで」
    「いいわけないよアホかよ。こんな格好でコンビニ行ったら絶対あれですよ、あれって思われちゃいますよ」
    「なんだよあれって」
    「エッチし終わっ」
    「黙れ」
    「はい」
    「俺の上着着てけよ。デカいから隠れるだろ」
    「それ尚更それっぽくない?」
    「……」
    「……」
    「兄妹だから大丈夫」
    「どこが大丈夫なんだよ。誰が兄弟ってわかるんだよあたしひとりでコンビニ行って」
    「……流石に着替えようか」
    「はい〜」

    外に出れる格好に着替えてソラはコンビニへ。
    待ってるあいだ観る映画を探しているところに────

    「ん?」

    スマホが震え、ロック画面にメッセージが表示される。
    差出人は……、……。

    「……」

    まさか授業中に……と思ったが、時間は12時過ぎ……ちょうど昼休みか。

  • 131◆iNxpvPUoAM23/05/21(日) 23:34:32

    「……」

    返信完了。
    それと同時に玄関のドアが開く音がした。
    意外と早かったな。

    「ただいま〜」
    「おう」
    「ちゃんと言ってよ、おかえり〜って」
    「へいへい。おかえり」
    「は〜い」

    ガサガサとビニール袋を両手いっぱいに提げたソラが登場。
    買った中身をテーブルに並べていく。

    「これコーラ2Lね、2本あるから。にいやんこっち」
    「飲み切れるか?」
    「そのうち飲めるでしょ。んでお菓子、ポップコーンとポテトチップスとチョコ」
    「お前ほんとそのチョコ好きだよな」
    「つまんでいいよ〜」
    「さんきゅ」
    「あとはお昼に食べようと思って買ってきたパスタとかハンバーグ。レンジであっためるやつ」
    「好みの偏りやべぇな。俺の好きなやつばっかだ」
    「兄上の好みは全て把握しておりますゆえ」
    「ちょっと怖いよお前」
    「でもあたしとお兄の好みほとんど一緒だし。あたしが好きなの、にぃにもだいたい好きでしょ」
    「まあな」

  • 132◆iNxpvPUoAM23/05/21(日) 23:35:53

    「あ、あとこれこれ。ポテト」
    「ホットスナックのやつか。それマジでうまいよな、コンソメ」
    「ね〜。揚げたてだったから買っちゃった」
    「金渡すわ」
    「いいよたまには」
    「ダメだ」
    「にぃに絶対あたしに出させないよね」
    「当たり前だろ」
    「そうかぁ……? おかげであたしはお小遣い使わなく済んで助かるけど」
    「仕送りも全部貯金してるもんな、お前」
    「お父さんが多めに送ってくれてて助かりますわ」
    「帰ったらなんかうまいもんでも食わせてやれよ」
    「うん、そうするつもり」
    「ってかマジでお前に甘いわ、うちの両親。レース勝ったら金送ってくるのやめさせろよ」
    「助かってまーす」
    「せめて俺にも生活費送れよお前の分」
    「お兄ちゃんに甘えろって父上から言われています」
    「ほんっと俺の負担考えねぇよな」
    「あたし負担になってる?」
    「あ? ……別に負担には感じてないけどさ」
    「へへ〜」
    「んだよ、ニヤニヤすんな」
    「お兄ちゃんにも恩返ししないとね」
    「いらねーよ」
    「じゃあ勝手にしまーす。ってことで先にポテト食べよ、冷めちゃう」
    「皿持ってくるわ」
    「あ〜い」

    適当な皿にポテトを出し、つまみながら映画を選ぶ。
    何にするかな……。

  • 133◆iNxpvPUoAM23/05/21(日) 23:39:55

    「ぁ、これうっま。揚げたてめっちゃうま」
    「一時期めっちゃ食ってた」
    「業務スーパーとかにないかな、冷凍のやつ。それ買えばいつでも家で食えるのに」
    「あのコンビニ、揚げてないやつ売ってくれるぞ。たまに食いたいとき冷凍のまま買って揚げて食ってた」
    「へ〜、そうなんだ。そんなことしてくれるんだ」
    「それで酒飲んでた」
    「それで酔い潰れると」
    「潰れねぇよ。酒は強いぞ、俺」
    「お正月のこと、あたしは忘れてないですよ」「あ? なんかあったっけ」
    「いやもういいよ、さっさと見るの決めよ」
    「なにする?」
    「ホラーとかいいかも」
    「ぇ……」
    「あれ、にぃにホラーダメだっけ? ホラー映画はむしろチープさが好きって言ってなかったっけ」
    「ひとりで観るならな。誰かと観ると……ちょっと、こう、躊躇う思い出が……」
    「なにそれ」

  • 134◆iNxpvPUoAM23/05/21(日) 23:42:52

    「昔、知り合いとホラー見た時に相手が怖がって俺にしがみついてきたんだよ。腕がちぎれるかと思った」
    「なにそれ……そっちの方がホラーじゃん」
    「だからお前が怖がってしがみつかれたら俺の手がもげる」
    「しませんよそんなこと。まあいいや、じゃあ普通のアクションにしようよ。それかアニメ」
    「アニメか……」
    「メビウスとか」
    「……」
    「お兄様はクソアニメはお嫌いですかな」
    「クソとか言うなお前。地元が舞台のアニメだぞ」
    「まね。何話あるんだっけ」
    「25話」
    「2クールかよ……」
    「たっぷり12時間だな」
    「無し」
    「じゃあ……」

    ぐだぐだ喋りながら選んだのは、ひと昔前に大流行りしたゾンビものの映画。

    元はゲームで、それを題材に作られていてかなり面白い出来だったが、途中から路線変更というか監督の趣味が入り始めたのか、ゲームファンからは微妙な扱いをされるようになってしまったやつ。

    テレビに動画配信のサブスクを表示させる。
    ソラが俺の隣にぴったりくっついて座り、ポテトやお菓子をつまみながら上映開始。

  • 135◆iNxpvPUoAM23/05/21(日) 23:59:36

    映画を見始めて、数分で俺は『しまった』と思った。
    この映画、ストーリーに関係ないくせにちょっとエッチなシーンが多いんだった。

    女主人公と男の……いわゆるラブシーンとか。
    あと女主人公が常に薄着なせいでアレがかなり浮いてるとか。

    それのせいで、変に意識してしまう。
    俺の右腕にぎゅっと抱きついたままのソラ────昨晩の、あのソラを。

    鮮明に思い出せる。

    ヒトが変わったような、あの一瞬の出来事。
    逃げ場はあったはずなのに、逃げられなくて、逃げようという力すら湧いてこなくて。

    最後には俺も諦めて……いや、覚悟を決めて受け入れようなんて。

    俺らしくないし、ソラらしくない。
    兄妹らしくない。

    本当になんだったんだろう。
    妹を、そんな目で見そうになるなんて……意味がわからん。
    間違ってるだろ、そんなの。
    間違えすぎてるだろ……それは。

  • 136◆iNxpvPUoAM23/05/22(月) 00:26:15

    「ぅぉっ! 犬ほんと怖い」

    小さく声をあげてソラが俺の腕にしがみつき、それで意識が現実に引き戻された。
    画面では犬のゾンビが女主人公に襲いかかるシーンだった。

    いかんいかん、映画に集中だ。

    考えないようにしよう。やっぱりあれは夢、夢なんだ。

    こいつが最近妻だの結婚だの恋人だのアホなことを抜かすから、変に意識してしまっただけの夢だ。

    アホらしい、アホらしくて仕方ない。

    いや、夢なんだからアホらしくて当然か?
    ……まあ考えるだけ無駄か。

    いまはもう、俺の知ってるソラだ。
    俺が1番よく知っているソラだ。
    だから、それでいい。

    ようやく自分の中で謎の区切りがついて、映画に集中することができるようになった。
    ソラも何かを感じたのか、見ながら話し始める。

  • 137◆iNxpvPUoAM23/05/22(月) 00:39:44

    「やっぱ20年近く前だと色々チープだね」
    「今のゾンビものとかもっとリアルだしなー」
    「アクションはかっこいい」
    「サイコロステーキはいま見ても笑った」
    「あれ最初見た時怖くて泣いちゃった」
    「お前一生俺から離れなかったよな」
    「それは今もだよ」
    「あっそ」
    「少しは照れろよ」
    「照れねーよアホかよ」
    「あ、ここ可哀想。ひとり残されてゾンビに囲まれるの」
    「俺なら絶対耐えられねぇ」
    「あたしも無理……ってか、ウマ娘の女優とか見るとやっぱ走るだけじゃないんだなって思うな」
    「なにが?」
    「これからの人生ね」
    「あぁ。……お前から人生の話されると思わんかったわ」
    「だからってこんなゾンビ映画みたいな人生は嫌だけどね。マジでこんな死に方したくねぇ」
    「死ぬならゾンビにならずに死にてぇな」
    「あたしたちふたりで逃げよう」
    「お前盾にしてひとりで行くわ」
    「うーわ、サイテーかよこいつ」
    「お前ウマ娘なんだし強いだろ」
    「ウマ娘だからってなんでもかんでも押し付けないでよね。いくら力強くても物量じゃ無理だよ。ウマ娘のゾンビだっているだろうし」
    「トレセンやべぇことになるだろうな」
    「タイトルはトレセンオブザデッドだね」
    「地獄だな……それ」

    軽口を言いながら映画を進めて、一作目を見終わったところで昼飯。
    冷凍のスパゲッティをレンチンして、それを啜りながら2作目を上映。

  • 138二次元好きの匿名さん23/05/22(月) 00:41:12

    >腕がちぎれるかと思った

    ビジネスライクの一環として並んで映画見たのかな?

  • 139◆iNxpvPUoAM23/05/22(月) 00:53:15

    「お菓子食べながら見てたのに意外と食べれちゃうね」
    「な。明太子うまい」
    「あ、ちょっとほしい」
    「ん」
    「ありがっと〜。カルボナーラもどぞ」
    「さんきゅ」

    最近の冷凍食品ってすげぇわ。
    技術の進歩なのか、チャーハンとか特に目を見張るものがある。
    マジで中華料理屋のそれっぽいんだよな。コンビニのオリジナルブランドのもめちゃくちゃうまいし。

    映画の出来といい、技術革新ってすごい。

    「そういえばなんでゾンビ映画ってみんな立てこもるんだろ」
    「え? ああ、映画の話か。なにって?」
    「ほら、みんなどこかに集まって立てこもるじゃん。ショッピングモールとか」
    「ああ……ありがちのやつな。んでそこでヒト同士で争ったりする」
    「しばらくゾンビの出番なくなってさ」
    「んで、色々問題が解決しそうになったら思い出したかのようにゾンビ出てきてショッピングモールの中がゾンビまみれになるんだよな」
    「たくさんヒトいたのにほとんど死んじゃって、最初の仲間とそこで加わった数人で次の拠点に逃げたりね」
    「めっちゃ想像できるわそのシーン……」
    「たくさん食料とかあったのに捨てていくしかなくってさ、みんなこれからどうすんの……みたいな絶望感漂う中でエンディング」
    「映像が脳裏に浮かぶくらいわかる」
    「うわ、なんかやばいの追いかけてきた」
    「ぁ? ああ、映画ね」
    「映画の話だったでしょずっと。にぃにちゃんと見ないと」
    「俺は一回観てるからなぁ」
    「あたしも観た気するけどあんまり覚えてない」
    「俺が家出てからだしな、完結したの。お前がどこまで観てるかは知らん」
    「新鮮な気持ちで楽しめてるからいいよ。記憶を消してもう一回、みたいな」

  • 140◆iNxpvPUoAM23/05/22(月) 01:13:27

    「そこまでするほどじゃないだろこの映画」
    「でもめちゃくちゃ流行ったんじゃなかった?」
    「ああ、めちゃくちゃ流行った。でもマジで面白かったのは2作目まで」
    「ぁ〜……それはネットでもよく言われてるようで」
    「俺は結構好きだったけどな、3作目以降も」
    「そのゲームの映画って思うと微妙だけど映画そのものは面白いっていうやつね」
    「ゲームは今も出てるしな、新しいの」
    「プレイ動画見たことあるけどめっちゃ怖かった」
    「やってみるか?」
    「絶対無理でしょ。あたしあんまゲーム上手くないよ、にぃにのでよくやってるけど」
    「だな。モンハンとか無理だしな」
    「あたしはゆっくりのんびりやれるのがいいんですよ。ポケモンとか、マイクラとか」
    「あとどうぶつの森な」
    「やったな〜、めっちゃやったな〜」
    「あれ面白いの?」
    「面白いって言うか……なんだろ、ほんとにのんびりしてる感じ。何をしてもいいし、何もしなくてもいいみたいな。庭作って花植えたり、島の雑草抜いたり、魚釣ったり虫とったり」
    「スローライフ?」
    「そうそう、それですそれ」
    「俺はやってなかったな」
    「1週間は楽しめると思うよ、にぃにでも」
    「でも、ってなんだよ」
    「闘争を求めるでしょ、にぃやんは」
    「新作出るらしいな」
    「ほんとに出るんだ……あのネットのやつほんとになったんだ」
    「祭りだったなーあれ」
    「ってか、てかてか」
    「あ?」
    「映画の話しようよ」
    「……だったな」

  • 141◆iNxpvPUoAM23/05/22(月) 01:15:08

    脱線しまくってた。
    ソラと喋ってるといつもそうだ。いつの間にか脱線して終着駅がわからなくなる。

    本当に他愛もない会話。
    数時間後には忘れてしまいそうなくらいに中身のない……けれど、それが心地いい。

    俺と空の距離感って感じだ。
    沈黙が苦ではなく、脱線しようが関係ない。
    俺とソラだけの、しょうもない会話。

    まるでほんとに恋────いや、なんでもないなんでもない。

    改めて映画に集中し、その内容を見ながら雑談を続けた。

  • 142◆iNxpvPUoAM23/05/22(月) 01:28:12

    ・・・

    2本目を見終わり、少し休憩。
    さすがにずっと腕に抱きつかれたままなのは疲れる。
    流石にトイレにも行きたい。

    「ちょっとトイレ」
    「あ、待ってあたしも行く」
    「あ?」
    「どこまで?」
    「トイレでしょ?」
    「待ってろよすぐ終わるから」
    「ドアの前で待ってるからいいよ」
    「……音聴かれたくねぇんだけど」
    「乙女かよ。いいから早く行きなよ、ずっと行きたそうだったじゃん」
    「ああ……うん、行くけど」
    「ほらはやくはやく」
    「押すなよ、わかったから」

  • 143◆iNxpvPUoAM23/05/22(月) 01:29:22

    うん、こいつ全然アホだわ、甘え癖落ち着いてないわ。
    レース後のこいつだいたいこうなんだよな……これからも続くのかな、これ……。

    渋々ドアの前でソラを待たせたままトイレを済ませ、部屋に戻ろうとすると、

    「待っててよ」
    「なんでだよ」
    「いいから待っててよ! でも音は絶対聞いたらダメだからね!」
    「乙女かよ」
    「乙女だよ、あたしめっちゃ乙女だろ」
    「乙女は兄貴のトイレに中まで入ってこようとしねーよ」
    「それは……あれだよっ。寂しがりの乙女ってことだよっ」
    「お前何歳だよ……」
    「も〜っ! いいから待ってて!」
    「へいへい……」

    なんでかなぁ……。
    兄ちゃんはお前の将来が心配だよ、マジで。

  • 144◆iNxpvPUoAM23/05/22(月) 01:41:47

    「ぉ」

    スマホが震える。
    画面を見ると、またもやメッセージ。
    ……3作目はまたの機会のお預けだな。

    トイレ中のソラを置いて部屋に戻り、そそくさと部屋着に着替える。
    パジャマのままは流石に良くないからな。

    着替えたついでにテーブルのお菓子のゴミを片付ける。
    これは流石にヒト様をあげる状態には見えん。

    食べたまんまだったパスタの器も全部ゴミ袋に入れ、適当にまとめて口を縛って……と。

    「なんで待っててくんないの!!」

    トイレの方がソラのキレた声が飛んできた。
    とたとたこちらは向かってきて、姿が見えたかと思うと俺にしがみついてくる。

    「待ってろって言ってじゃん」
    「子供かよ。家ん中にはいるんだから」
    「も〜!! ……あれ、なんで着替えてんの?」
    「流石にパジャマのままはよくないしな」
    「へ? なにが?」
    「もう来るから」
    「誰が?」

    ソラの質問と同時、インターホンが鳴る。

  • 145◆iNxpvPUoAM23/05/22(月) 01:50:15

    「ほら来た」
    「え……誰? あたしも着替えた方がいい?」
    「だな。呼んでくるから着替えとけ、40秒で」
    「ちょっ」
    「早くしろよー」
    「うっそだろマジで……!」

    何事かも理解できないままソラは部屋へダッシュで戻り着替え始めた。
    見ないように背を向け、ドアを開ける。

    「いらっしゃい」
    「ぁ、お邪魔します、カケルさん」
    「悪い。いつも来てもらってばっかで」
    「ふふ、来たくて来てますから。……あ、これ、またお爺さまがケーキを持たせてくれたの。みんなで食べなさいって」
    「マジか……いつも本当にありがとうございます」
    「いえいえ、こちらこそお世話になってますから」
    「もう何もしてないけどな」
    「これまでお礼もあるし、カケルさんは今でも私を導いてくれるトレーナーさんだから」
    「買い被りすぎなんだよな……ミヤコは」

    「お兄ちゃん、誰が来た────あっ! ミャーコ先輩!」
    「こんにちは、ソラちゃん」
    「え〜! 来るなら来るって言ってくださいよ、あたし全然知らなかった!」
    「ぇ、カケルさんには伝えたけど……」
    「は?」

    「ソラには黙ってた」
    「なんでだよ。言えよ、それは言えよ」
    「驚かせてやろうと思ってな」
    「え?」

  • 146◆iNxpvPUoAM23/05/22(月) 01:50:51

    「今日はソラちゃんの初GⅠお疲れ様会をしに来たの」
    「ぁ……」
    「驚いた?」
    「……めっちゃ驚いてます、けど」
    「じゃあ作戦成功、かな? ね、カケルさん」

    「だな。驚いてる、ってよりは戸惑ってそうだが」
    「そりゃ戸惑うでしょ……なに言ってんの、ほんとなに言ってんの」
    「いいから部屋戻れ。いつまでミヤコを玄関に立たせてんだ」
    「ぁ、はい」

    「ミヤコもどうぞ。ちょっと散らかってて悪いけどな」
    「大丈夫。もっと汚い時を知っちゃっているし」
    「それは……忘れてほしいところですねぇ……」
    「一緒に片付けたの、思い出すね〜」
    「ほんと忘れて……」

  • 147◆iNxpvPUoAM23/05/22(月) 01:51:09

    本日はここまで
    ありがとうございました

  • 148二次元好きの匿名さん23/05/22(月) 01:52:45

    お疲れ様でした〜
    そういや初G1だったか。濃いレースを何回もやってるから忘れてた

  • 149二次元好きの匿名さん23/05/22(月) 01:52:50

    このレスは削除されています

  • 150二次元好きの匿名さん23/05/22(月) 01:57:49

    お疲れ様でした
    もっと汚い時、ちょっとしたごみ屋敷の解体工事レベルだったのだろうか

  • 151二次元好きの匿名さん23/05/22(月) 02:46:22

    掃除なんかに気を配らず担当のことしか考えてなかった時なんだろうな

  • 152二次元好きの匿名さん23/05/22(月) 02:52:52

    ミャーコ先輩だ!ミャーコ先輩だ!
    大切な後輩のGⅠ初挑戦に何もしないミャーコ先輩じゃないよな!
    ハルカ先輩は2週間後くらいに自分のレースあるしそっちで手いっぱいか

  • 153二次元好きの匿名さん23/05/22(月) 09:36:03

    おつ
    みゃーこ先輩から正妻の余裕を感じる

  • 154二次元好きの匿名さん23/05/22(月) 15:48:02

    一応保守

  • 155二次元好きの匿名さん23/05/22(月) 21:32:34

    ココで来たか〜
    ソラちゃんの事、相談はできんよな

  • 156◆iNxpvPUoAM23/05/22(月) 23:46:49

    「ミャーコ先輩! ここここ、ここ座って!」
    「あ、ちょっと待ってね。先に買って来たもの、冷蔵庫に入れちゃうから」

    提げていたビニール袋から色々と食材やら何やらが現れ、うちの冷蔵庫へ収納されていく。

    その傍らでペットボトルのお茶を取り出してコップに注いでおく。実はうちには数年前からミヤコのマイカップがあるのだ。
    それがソラにバレたときは散々ビジネスライクでいじられた。次にその言葉を口にしたら本気で殴ると決めている。

    「あ、ごめんなさい、わざわざお茶なんて」
    「ん? ああ、こんなものしか出せなくて悪いけど」
    「そんな気を遣ってもらわなくても大丈夫なのに」
    「お客さんだろ、ミヤコは。それならそっちこそ気遣ったりしないでくれよ」
    「そういうわけにはいきませんっ。お邪魔しているんですから」
    「じゃあお客さんだ」
    「むーっ」

    冗談めかしたやりとりをしながら部屋に戻ると、ソラがじっとりウザい目でこっちを見ていた。

    「なんだよ」
    「べっつにぃ」
    「あ?」

    なんだこいつ。

    「ミャーコ先輩こっち! にぃにそっち。ひとりで座れ」
    「へいへい」
    「失礼しま〜す」
    「やったぜミャーコ先輩だ!」

    マジでなんだこいつ。

  • 157◆iNxpvPUoAM23/05/22(月) 23:52:39

    「ミャーコ先輩は今日は大学?」
    「うん、そうだよ。お昼までだったから、帰って用意して、急いで来ちゃった」
    「あたしのためにそこまでしてくれるなんて……ほんとミャーコ先輩すげぇ。神」
    「ずっとお疲れ様会はしようね、ってカケルさんと話してたから」
    「え、にぃにも?」

    「勝っても負けてもやるつもりだったよ。初GⅠだしな」
    「言えよそれを……」
    「アホかよ。わざと黙ってたんだよ」
    「ごめんね、祝勝会できなくて」
    「そういうのいいから」
    「はい、すみません」

    「ぇ〜、っと……ふたりは映画を見ていたの?」

    「ああ、ずっとダラダラしてた」
    「めっちゃしてた〜」

    「……ずっと」

    「昼前に起きてず〜っと映画見てのんびりしてました。マジで生産性のねぇ1日ですよ」
    「家でゆっくりしたいって言ったのお前だろうが」
    「それはそうだけど、なんか無駄にしてる感パない。めっちゃ勿体無い」

  • 158◆iNxpvPUoAM23/05/22(月) 23:58:28

    「あはは……それじゃあ、えと……早いけど、始めちゃう? お疲れ様会」
    「お疲れ様会ってなにするの? ごはん?」
    「ご飯はもう少ししてから作るけど、せっかくだしお爺様が持たせてくれたケーキ、食べよっか」
    「ミャーコ先輩のお店のケーキ! あれ美味しいんだよね〜」
    「それじゃあ用意してくるね。カケルさん、台所借りま〜す」

    「うぃーす。……毎回言わなくていいんだぞ、借りるとか」
    「ふふ、でもヒト様のおうちだから」
    「もうほぼ自分の家みたいに使いこなしてると思うけどな……うちの台所」
    「親しき仲にも礼儀あり。ちゃんとしないと、お爺様に怒られちゃう」
    「さすが飲料メーカーの社長令嬢だな……ヒトが出来てる」
    「もう、茶化さないでくださ〜い。それじゃあ、すぐに用意するね」

    ミヤコが慣れた様子で台所へ。テキパキと食器棚からティーセットや皿を取り出し、お茶の用意を進めていく。

    ……本当に慣れ過ぎている。
    もう自分の家レベルで使いこなしてるだろ……全然いいんだけどさ。

    「いや〜、ミャーコ先輩はほんといいお嫁さんになりますな〜」
    「だな。気配りもできるし料理もうまいし」
    「完璧な奥様ですよ。うちにほしい」
    「バカ言ってんじゃないよお前は。いつまで俺の世話になり続ける気だよ」
    「誰もにぃやんのお嫁さんにとか言ってませんよ。自惚れんなよ」
    「あ?」

  • 159◆iNxpvPUoAM23/05/23(火) 00:03:09

    「ミャーコ先輩はね、あたしの! あたしのお嫁さんにするんですよ」
    「尚更バカじゃねぇか」
    「バカじゃないですぅ! 悪い虫が寄りつかないように目を光らせてんの! にぃにみたいなのが1番やばいんだから!」

    めんどくさいのが始まった。
    スマホを手にして相手しませんオーラを出してみる。

    「うわ無視か。おいかまえ、退屈だぞ、かまえ」

    ちょんちょんと俺の服を引っ張って抗議してくるソラ。
    なんだこいつ。

    「なに」
    「かまえ」
    「暇ならミヤコ手伝ってこいよ」
    「にぃにバカなの?」
    「は?」
    「あたしが手伝うとね、準備が遅れるってことになぜまだ気づかないのか」
    「……」
    「おいその目やめろ、ゴミを見る目を直ちにやめろ」
    「お前……ほんと役に立たねぇな」
    「ひどい! 料理に関しては自覚してるけどそこまで言われるとつらい!」
    「成瀬先生来たときもお湯沸かすしか出来なかったもんな」
    「にぃやんは寝てたから知らないでしょうけどね、あたし色々と頑張ったんですからね!」
    「水計ったり鍋に入れたり火にかけたりな」
    「お湯沸かしてるだけじゃねぇか!」

    全部知ってるけどな。
    味の薄い味噌汁を作ったのがソラだってことも、かなり苦労したってことも全部。
    妹の名誉のために知らんふりをしておいてやる兄をありがたく思え。

  • 160二次元好きの匿名さん23/05/23(火) 00:07:16

    このレスは削除されています

  • 161◆iNxpvPUoAM23/05/23(火) 00:09:17

    「お待たせしました〜。……? どうしたの?」
    「いやなんでも。ソラ受け取って」

    「へーいへい。ミャーコ先輩こっちもらいますよー」
    「あ、ごめんねソラちゃん、ありがとう」

    お盆に紅茶とケーキを乗せたミヤコが登場。
    ソラと繰り広げていた会話のボクシングを打ち切り、カップと皿をテーブルへ並べていく。

    ミヤコを担当していたとき、うちに来るようになって購入したティーセット。
    学園から卒業して、もう出番はないものかと思ってたが……最近またミヤコがうちに来るようになったことで日の目を浴びることができた。

    よかったな、捨てるつもりだったんだぞお前。
    俺だけじゃ絶対使わねぇからな。

    ……なんて謎の感慨に浸っているあいだに用意が完了。

    少し遅めのティータイム。

    「いただきます」
    「いただきます」
    「いただきま〜す」

    3人で手を合わせて、いただきます。

    「んん〜っ……うま〜」
    「マジで絶品だな、ここのケーキ」

    「ふふ、当店の人気メニューですから」

  • 162二次元好きの匿名さん23/05/23(火) 00:12:02

    >ミヤコのマイカップ&ティーセット

    こいつほんまよくビジネスライクなんて言えたな(蒸し返し)

  • 163◆iNxpvPUoAM23/05/23(火) 00:38:25

    このメンバーで、この部屋で何かを食べるのはもう見慣れた光景になっていた。
    ミヤコが在学中だったときも色々と作りに来てくれたし、一緒に色々食べたりもしたが……。

    なんというか、嬉しいもんだよな。

    俺と話して、ソラと話して、俺とソラの不毛なやりとりを見て、ミヤコが笑っている。

    それだけで嬉しい。

    これまでも何回も来ていたし、笑っているところも何度も見たのに……急にそんなことを思うなんて、どうしたんだろう。

    約1週間後に迫ったミヤコのレースが、GⅠ級の大きなレースだからだろうか。
    俺じゃ取らせてあげられなかったGⅠ────それを目前にしてノスタルジックになっているんだろうか。

    俺も力になれるならなってやりたいが……ソラとハルカのこともあるし、ミヤコには違うトレーナーがいる。

    俺ができるのは……まあ、精々、友達として見守ってやることくらいか。

    「ね、にぃやん」
    「ん?」
    「ぇマジかよ話聞いてなかったのかよ」
    「悪い、考え事してた」

  • 164◆iNxpvPUoAM23/05/23(火) 00:50:45

    「とか言ってミャーコ先輩に見惚れてただろ〜!」
    「はっ?」

    「ふぇっ」

    「別に、そうじゃねぇよ」
    「なんだよその言い訳、子供かよ」
    「あ?」
    「なんだよコラやんのかコラ」
    「お前低い声出せるんだな……」
    「食いつくとこそこちゃうでしょうが!」
    「うっせーよ見惚れちゃ悪いかよ!」

    「ぇっ」

    「ついに白状した! やっぱにぃやんミャーコ先輩のこ痛い!!」
    「アホ抜かすな」
    「はい……すびばせん……」

    「ミヤコも真に受けなくていいからなこいつ。9割信用ならん」
    「ぇあ、え……え、と……はい……」

    「ぅわミャーコ先輩めっちゃ顔真っ赤! 照れてる〜可愛い〜」
    「そ、ソラちゃん!」
    「でもミャーコ先輩はあたしのだぞ、にぃににはやらん」
    「ぇ」
    「この際はっきりしましょうミャーコ先輩! あたしとにぃやんのどっちが好きなんすか!」
    「えぇっ!?」

  • 165◆iNxpvPUoAM23/05/23(火) 00:55:43

    「ソラ、いい加減にしなさい」
    「でも聞きたいでしょ、にぃにも」
    「あ?」
    「どっちが好きなのかをですよ」
    「別に」
    「なんでだよ〜、ノリ悪いなぁ! も〜!」
    「どっち選んでも角立つだろうが」
    「冗談の会話で角立たれても困りますけど」
    「……」
    「え、もしかしてマジだと思いました? ガチだと思いました?」
    「……」
    「うわ〜、思っちゃったんだ〜! にぃに本気の話だと思っちゃったんだ〜!」
    「……」
    「こいつめっちゃ自意識過剰ですよミャーコ先輩! ……先輩?」

    「……、……ぅ、……ぇ、と」

    「こっちもガチな話だと思ってた……ミャーコ先輩、ステイ、落ち着いてミャーコ先輩、ノリですからね、いつもの冗談ですからね」
    「ぇ……あ、え、えと……ぁ、そ、そっか、冗談、冗談なのね、そっか、そっか」
    「うわだめだ完全にショートしてる……ピュアかよ」

    「お前責任取れよ」
    「えっ……ミャーコ先輩を嫁にとって……?」
    「ぶっ飛ばすぞ」
    「はい、すみませんでした」

  • 166◆iNxpvPUoAM23/05/23(火) 01:34:05

    その後、顔を赤らめつつも気を持ち直したミヤコと3人でのんびり会話しつつケーキを味わい、話は次第にレースのことへ。

    「桜花賞は……本当に残念だったね」
    「……はい。あとちょっと、だったんすけどね」
    「そう、ね……動画で見たから、知ってる。私も色々と思い出しちゃうな……」
    「ぁ……ミャーコ先輩の皐月賞って、確か……」
    「うん、2着。ソラちゃんとおんなじだね」
    「ミャーコ先輩も……」
    「悔しいよね……2着って。あと少し、あと少しだけでも前に出られていたら自分が勝っていたのに……って、思わずにはいられないよね」
    「……うん」
    「悔しくて辛くて、塞ぎ込んじゃうこともあるも思うけれど……諦めないで。三女神様は、頑張ったヒトには必ず微笑んでくれるから」
    「三女神様かぁ」
    「ふふ、目に見えない神様よりも、目に見えるお兄ちゃんの方がいいかな?」
    「えっ」
    「ソラちゃんにはカケルさんがついてくれている。私のトレーナーさんが一緒だから、頑張れるよ」
    「……うん」
    「私も負けた後は、カケルさんにたくさん励ましてもらったの。私って……すごく、その……責任感っていうか、そういうのを感じやすくって……みんなの期待に応えないと、トレーナーさんのために頑張らないと、って……悩んじゃって、それで調子を落としちゃったの」
    「ミャーコ先輩が……?」
    「それで日本ダービーは散々で……恥ずかしいから、もう順位は言わないでおくけれど」
    「あ、大丈夫っす、動画で見たから知ってます」
    「…………もう」
    「へ?」

    「今のはソラが悪い」

    「えっ」
    「ソラちゃんが悪いですっ」
    「ぇ……ごめんなさい」
    「……ふふ、可愛いから許してあげますっ」

  • 167二次元好きの匿名さん23/05/23(火) 08:44:22

    一応保守

  • 168◆iNxpvPUoAM23/05/23(火) 10:50:24

    「オークスまではあと1ヶ月。東京レース場の上り坂の克服……登り切ったあとに300mを走るきるためにスタミナもつけなくちゃいけない……」
    「きっと、凄く大変だと思う。私もたくさん練習したけど……本番では調子を落としちゃって、うまく力を出せなかったのだけれど」
    「だから力をつけることもそうだけど、気持ちと身体のケアはちゃんとしてもらいましょうね。私はひとりで悩み過ぎてしまうから、だめだったけど……ソラちゃんは、ちゃんとカケルさんを頼ってね」

    「ミャーコ先輩……」
    「トレーニング方法は、きっと、私のダービー前のメニューがソラちゃんの役に立つと思います。オークスも日本ダービーも、東京2400で条件は同じだから」
    「はい、ありがとうございます」
    「……はい、難しい話はここでおしまい〜。お夕飯の時間までゆっくりしましょうね」
    「あ、はいはい! 先輩にひとつ質問があります!」
    「はいソラちゃん。なんでもどうぞ〜」
    「じゃあじゃあ〜……」

    「私のトレーナーさんってなに?」

    「……ぇっ」
    「にぃにのこと、私のトレーナーさんって言いましたよね」
    「ぇ、ぇ、ぇ」
    「無意識か? 無意識なのか? ナチュラルにスラッと出てきたから無意識か……どうするにぃに」

    「あ? なにが」
    「私のトレーナーさんだそうですよ」
    「ありがたい話だろ、昔のトレーナーと友達やってくれてんだし。かなり買い被り過ぎてるけど」

    「そんなことは……だって、私が走るためのあれこれを、一緒になって導いてくれたのは……カケルさん、だし……」

    「ちょちょ、にいやん」
    「なに、なんだよ。耳打ちすんな」
    「今なら抱けるぞ」
    「マジで黙れお前」
    「はい」

  • 169◆iNxpvPUoAM23/05/23(火) 12:07:15

    「と、とにかく! ……頑張ってね、ソラちゃん」
    「はい、あざっす! がんばりまっす!」
    「……ということで、このお話はおしまい……」
    「色々と衝撃的だった」
    「……」
    「私のトレーナーさん」
    「そ、ソラちゃん!」

    「ソラ」
    「はい、すみません」

    「そういえばみゃーこ先輩の、えーっと、GⅠ級?」
    「あ、うん」
    「GⅠじゃなくて? GⅠ級ってなに?」
    「GⅠとかGⅡとか、そういう呼び方はトゥインクルシリーズのものなの」
    「はぉ」
    「ローカルシリーズ……地方レースではGⅠじゃなくて、JpnⅠって言い方をしたりするけれど……聞いたこと、ある?」
    「あーありますあります、授業で言ってました」
    「よかった。で、そのJpnⅠはトゥインクルシリーズのGⅠと同じ格付けって扱いで……つまり、そんな感じのものが大学リーグにもあるのです」
    「なるほど……えっと、平日でしたよね?」
    「そうだね。再来週の水曜日……皐月賞の、次の週」
    「どこで?」
    「中山レース場、芝……2000」
    「……あれ? それって皐月賞……」
    「うん、同じ条件」
    「皐月賞……」

  • 170◆iNxpvPUoAM23/05/23(火) 12:08:04

    「ずっと目標にしてたもんな、皐月賞」
    「……うん。カケルと果たせなかった忘れ物。今度こそ、取ってきます」
    「応援してる」
    「ふふ、ありがとうございます。……カケルさん、次のレースっていつだった、かな……?」
    「2週間後の日曜。ハルカが出るフローラステークスだな」
    「そ、っか……そう、だよね」
    「行くよ」
    「……えっ」
    「見に行くよ。時間作って」
    「で、でも……週末、レースなんだよ? 私なんかに、時間を使うなんて……」

    「あたしも行きたい!」
    「ソラは学校があるからダメ」
    「なんでだよぅ! 前は連れてってくれたじゃん!」
    「休み過ぎ」
    「ハルカ先輩も絶対行きたいって! ミャーコ先輩とも仲良くなれたでしょ!」

    「……どう、かな?」
    「ミャーコ先輩が首を傾げた……にぃにやばい、ハルカ先輩のコミュ障がミャーコ先輩を母性を跳ね返してる!」

    「いや女王モードのせいだろ……」
    「そう、かも? 素の、えぇと、普段のカミカゼさんとお話ししたの……歓迎会の時だけだから」

    「女王モードのハルカ先輩……たまにめんどくさいですしね」
    「お前めっちゃ世話になっててよくそんなこと言えるな」
    「それとこれとは別だよっ! でもあたしはどっちも好きだよ、大切なヒトだよ!」
    「本人に言えよ。えずくほど喜ぶぞ」
    「見えるわー想像できるわー……」

  • 171◆iNxpvPUoAM23/05/23(火) 13:10:08

    「とりあえず行けるようにスケジュールは調整する。ソラとハルカは……まだわからんけど、自主トレかな」
    「レース直前のウマ娘にそれはいいのかよ」
    「……」

    「そうだよ。私のために時間を使うなら、カミカゼさんに使ってあげて」
    「……まあ、それも含めてスケジュール調整する。最悪行けない可能性もあるけど……」
    「大丈夫。でも……」
    「?」
    「終わったら……電話、してもいい?」
    「もちろん。むしろ終わる時間にこっちからかける」
    「ふふっ、ありがとう」

    「おいイチャつくな、あたしを置いてイチャつくな」
    「ぇっ」
    「あたしも電話しますからね!」
    「ぁぇ、あ、うん、待ってる……ね?」

    「お前さっきからなんなの」
    「あたしを仲間外れにするな!」
    「お前……なんかめちゃくちゃめんどくさいな……ほんと、マジでだるい」
    「しみじみ言うのやめて! 仲間外れにされて傷心のあたしにその言葉は刺さりすぎるからやめて!」

  • 172◆iNxpvPUoAM23/05/23(火) 13:42:54

    ・・・

    「ごちそうさまでした」
    「ごちそうさまでした〜!」

    「はい、お粗末様でした〜」

    夕食を終えて、午後20時過ぎ。
    ミヤコによるソラのお疲れ様会も終わりの時間だ。

    今日のメニューはソラのリクエストり
    ハンバーグにサラダ、スープとバゲットというフルコース。
    どれもこれもうまくてめっちゃおかわりしてしまった。

    いいよな……たくさんおかわりしてね、って言葉。
    なんか暖かい感じがして、いいよな……。

    「それじゃあ、私はこのあたりで」

    食器の片付けや洗い物を終えると、ミヤコも家に帰る時間。
    明日も大学があるし、レースのトレーニングも朝からあるという。
    むしろ長居させ過ぎてしまったくらいだ。

    「送るよ」
    「ぇ、でも」
    「最近物騒だろ。途中まででも、送る」
    「それじゃあ……お言葉に、甘えちゃっていい?」
    「むしろこっちから言い出してるんだ。行こう」

  • 173◆iNxpvPUoAM23/05/23(火) 13:43:48

    「じゃああたしも」
    「駄目だっ、ゆるさんっ!」
    「なんでだよ。え、なに怒ってんの」
    「……。心配なんだよ、大事な妹になにかあったら。暗い夜道で暴漢に出会したら、俺だけじゃふたりを守ってやれないから……」
    「お兄ちゃん……」
    「……」
    「お前、ミャーコ先輩とふたりきりになりたいだけだろ」
    「……」
    「ほらみろ〜!」
    「ちょっとふたりで話したいことがあんの! お前がいるとできないの!」
    「なによ! 内緒話なんて! 浮気ね、浮気なのね!?」
    「……………………」
    「……おい、なんだこの無言で差し出した千円札は」
    「頼む、待っててくれ……!」
    「どんだけ必死なんすか兄上……」

    やれやれと嘆息しつつも、賄賂を受け取る話のわかる妹であった。

    「わかったわかりました待ってますぅ」
    「ありがとうっ!」
    「……にぃにのそんな笑顔ひさしぶりに見た気がする……」
    「お前は兄想いの本当によくできた妹だ」
    「帰ってきたらぶん殴りますからね。なにその熱い手のひら返し」

    「……?」
    「あ、なんでもないですよ〜! ミャーコ先輩、ごちそうさまでした!」
    「あ、いえいえ。本当にこれくらいしかできなくて、ごめんなさい」
    「ぜ〜んぜん! いっつも感謝してますっ!」
    「ふふ、それならよかった。私のレースが落ち着いたら……また、一緒に走ろうね。ソラちゃんの“領域”……私も興味があるから」
    「! ……はい、よろしくお願いします!」

  • 174◆iNxpvPUoAM23/05/23(火) 14:28:16

    「じゃあ行こうミヤコ」
    「あ、うん。それじゃあ、ソラちゃん、またね」

    「はいはい〜! 今日はほんとにあざっした〜」

    ミヤコと連れ立って外へ。
    ドアに鍵をかけてマンションから出て、ふたりで歩く。
    ミヤコは自転車を押しながらで、俺は手ぶら。

    無言のまま、歩いている。
    思えばミヤコを担当していた時、うちに来たあとは必ずこうやって途中まで送っていたんだっけ。

    最初は月に2、3回だったのが、週に2回くらいになって。
    トレーニングが終わってそのままの流れでうちに来たこともあった。

    多分、仲は良かったと思う。普通のトレーナーとウマ娘の関係よりも、かなり仲が良かったと思う。
    その点を考えれば、今のミヤコのトレーナーの方がよっぽどビジネスライクの関係に思える。
    プライベートには全く干渉せず、走るのに必要やことだけを淡々とこなして……。

    ほんとビジネスライクとか言ってごめんなさい。

    ソラにバレてからかわれるのを嫌がったというよりも……あれは、俺が逃げていただけだ。
    ミヤコと向き合うことを、怖がっていただけ。

    俺のせいで引退させてしまったミヤコに、その現実に向き合うのを恐れていただけなんだ。
    成瀬先生は俺のせいだけじゃないと言っていたけど、やっぱり事実は俺の責任で間違いない。
    全て俺の責任だ。

  • 175◆iNxpvPUoAM23/05/23(火) 14:45:55

    「ミヤコ」
    「……はい」
    「走るの、楽しいか?」
    「うん、楽しいよ」
    「トレセン学園を卒業したこと……後悔してないか」
    「……してないって言ったら、嘘になっちゃうかも」
    「……」

    「あの子はまだ走っているし、カケルさんもいるし……ソラちゃんやカミカゼさんもいるから」
    「みんなと一緒にいられたら、どれだけ楽しいだろうって思うこと、やっぱりあるよ」

    「……そ、か」

    「でもあの頃は……私もあなたも、大変だったから。こうして距離を置いたのは、正解だったのかも、って今は思えてる」
    「……」
    「あの時のまま続けていたら、罪悪感で、ふたりとも潰されていたような気がするから」
    「……かも、な」
    「これで良かったのだと、思うけれど……」
    「……けど?」
    「それでも……やっぱり、もっとあなたと一緒にいたかったな」
    「……ミヤコ」
    「ふふ、ごめんなさい。やっぱり私もまだ……引きずっちゃってるね」
    「俺だってまだ吹っ切れたわけじゃない。もっと上手くできていれば、って……時々考えちまう」
    「……私たち、まだまだ未熟だったね」
    「そうだな……俺が未熟過ぎた」
    「そんなこと……カケルさんのおかげで私は“領域”の使い方も分かるようになったよ。走り方だって」
    「あれは成瀬先生の受け売りだし、先生がよく見てくれてたおかげだよ」
    「私のために本気で向き合ってくれたのが、嬉しかったんです」
    「……それは、当然だろ」

  • 176◆iNxpvPUoAM23/05/23(火) 15:43:35

    「社長令嬢だからって私を私として見てくれるヒトはほとんどいなかった。カケルさんが初めてだったんだよ」
    「……」
    「気づいていなかったのは、あるかもしれないけれど」
    「そ、それ……ですね」
    「いつもお爺様のお店に通ってくれてるトレーナーさん……私は気づいていたのに、カケルさんは全然気づいてくれてなかった」
    「ミヤコから声かけてくれなかったら、多分気づいてなかった」
    「……もう」
    「仕方ないだろ? 行きつけの店の可愛い店員さんが、身近にいるウマ娘だったなんて思うわけない」
    「もうフォローしても遅いですっ」
    「悪かったって」
    「ふふ、特別に許します。……今度こそ取りたいなあ……GⅠ」
    「……ああ」

    「一緒に走っていた舞台から変わっちゃったけれど……GⅠはGⅠだから、取りたい。取って…………」

    少しだけ考え込むようにミヤコは俯き、それから少しだけ恥ずかしそうに顔をあげて、俺へ微笑む。

    「カケルさんに喜んでほしい」

    「……お前は、どうしてそこまで」

    そこまで、俺のことを。

    想ってくれるんだ。

    「ふふ、どうしてかな。分からないけれど……やっぱりカケルさんの初めての担当は私ですから」
    「初めてのGⅠは、私が取りたいだけ……かも」

    「でも今は俺の担当じゃないだろ……?」
    「はい。だから……これは私の個人的な願い」

  • 177◆iNxpvPUoAM23/05/23(火) 15:46:39

    「あの時の私のためにカケルさんは、たくさん頑張って、壊れてしまいそうなくらい頑張ってくれた」
    「だから私は……」
    「……」
    「ううん、これ以上は、全て終わってからお話しします」

    ミヤコが歩く脚を止めて、俺もつられて立ち止まる。
    ガタンと音を立ててミヤコは自転車のスタンドを起こした。

    「ミヤコ」
    「ごめんなさいカケルさん……私、わがままを言います」

    深く頭を下げる。
    そのわがままの内容を察することはできたが、俺はあえて先を促す。

    「ああ、どんな?」
    「私のレース……見に来てほしいです」
    「……」
    「無理を承知なのは、わかっています。カミカゼさんのレースが近いことも、わかっています。目を離せる状況じゃないのも……もちろん」
    「……」
    「でも、カケルさんに……見に来てほしいです。お願いします、私のわがまま……聞いてください」

    頭を下げたまま動かない。
    きっと俺の返事を聞くまではあげるつもりはないのだろう。
    だから、俺は下げたままのミヤコの頭に手を乗せて、優しく撫でてやる。

    「……わかった」
    「ぇ……」

  • 178◆iNxpvPUoAM23/05/23(火) 16:10:23

    「必ず行くよ。1番いい席で、ミヤコのレースを見てる」
    「ほんと、ですか……、きゃっ!」
    「うぉっ!」

    頭を撫でていた時にミヤコが勢いよく頭を上げた。
    驚いて手を放せばよかったものの、逆に変な力を入れてしまって抱き寄せるような形になってしまう。

    ぽふ、とミヤコが俺の腕の中に収まる。
    頭を抱えて、俺の胸に押し付けるような……結構、熱い抱擁、的な……そんな、感じ。

    「ぇ、ぁ、な、ぇ、ぇ、ぇ、ぇっ、ぇっ……ぇ?」

    なにが起きているのか理解できない────そんな様子で俺の胸に顔を埋めたままのミヤコ。
    どんな表情をしているかは伺えない、が……多分、予想通りで。

    というか、俺も動揺し過ぎて手を放すことができない。完全にフリーズしてしまっている。

    「か、かけ、カケルさん、ぁぁ、あ、あの、ぁの、ぁの……っ」

    胸の中でミヤコが慌てふためく。
    俺も必死に返事をしているつもりが、口がうまく動かず心の中で叫ぶだけ。

    童貞根性丸出しというか、なんというか。ここまで免疫がないとは、すごく恥ずかしい。

    ソラに抱きつかれた時は特になにも思わなかった……というか、あれはあれか、覚悟してたからか。

    覚悟のあるなしじゃ……咄嗟のこれじゃ、全然反応できないのは、大人としてよくないよな。
    うん、よくない。
    だから誰か助けてほしい……。

  • 179◆iNxpvPUoAM23/05/23(火) 16:36:41

    ・・・

    1分くらいそのままでいて、ようやくお互い持ち直して、離れた。

    「……すみませんでした」
    「こ、こちらこそ……ごめんなさい……」

    ふたりして顔が真っ赤。
    周りから見ればバカップルかと思われるくらい、ずっと抱いてしまっていた。

    ソラがいなくて良かったと心の底から思う。いたら死ぬほど煽られてただろうから。

    「……ほんとにすまん」
    「い、いえ、私こそ……」

    さっきから何度も謝り、謝り返され。

    「……」
    「……」

    そして無言。なんとも居心地が悪い。

    今までミヤコといてそう感じることはなかなか無かったが……これはとても居心地が悪い。
    というか気まずい。

    ほんとに、周りが暗くてよかった。
    多分誰にも見られてないだろうから、ほんとによかった。

    そんな安堵は、しかしミヤコの真っ赤な顔を見ると別の感情で塗りつぶされる。
    やってしまった、という気持ちで塗り潰される。

  • 180◆iNxpvPUoAM23/05/23(火) 16:40:40

    「……ぇ、と……か、帰るか?」

    そうしてようやく絞り出した言葉が、これ。

    「……」
    「ミヤコ?」
    「ぁ、……い、いえ……は、はぃ、か、かか、帰ります……」

    おずおずと口にし、真っ赤なまま、自転車のスタンドを起こす。

    「そ、それ……では、あ、ぁの……か、カケル……さん」
    「ぁ……あ、ああ、気をつけて帰れ……よ?」
    「は、ぃ……ぁ、ぁの、ぁ、の!」
    「な、なんだ、どうした……!」
    「っ……ぁ、ぁ、ぇ、ぁ、ぇ、と、ぁ、あの、ぇ、と」
    「お、おお、落ち着け、落ち着いてミヤコ、ゆっくりで、ゆっくりでいいから」
    「ぁ、は、はい……ぇ、と……はい」

    深呼吸を4回。
    ようやく少しだけ落ち着いた様子。
    まだ顔の赤さは残ったままだが、多少は和らいだような気がする。

    ……が、口を開いた瞬間、またさっきと同じような慌てまくった表情に逆戻り。

    「……かっ、たら」
    「へ?」
    「次の、レース……か、勝ったら……っ」
    「ぁ、お、おう、勝ったら……?」
    「……ご褒美、ください」
    「えっ」

  • 181◆iNxpvPUoAM23/05/23(火) 16:42:01

    「ソラちゃんにも、カミカゼさんにも……あげてるんですよね、ご褒美……」
    「ぁ、あ、ああ……そう、だな……?」
    「じゃあ……私も、ほしい……かも、しれなくて、ぇと……なので、だから……」
    「……わかったよ」
    「へ……」
    「勝ったらご褒美な」
    「いいん、ですか……?」
    「ああ、もちろん。ミヤコも……うん、俺の担当ウマ娘だからな」
    「…………!」
    「うちのご褒美はウマ娘たちからの申告制になってるから、ミヤコが考えといてくれ。ただし、俺が叶えてやれる程度のことに限る」
    「は、はい、わかりました! 考えて、おきますね」
    「ぁー……うん。その、ハグとかでも、うん」
    「っ」
    「……」

    いらんことを言った、とその顔を見て思った。
    冗談めかして茶化して笑い話にしようというつもりだったが、逆効果だったようで。

    「ご、ごめっ……か、か、っ……かか、帰ります〜……っ!」
    「ぉ、おう……き、気をつけてな」
    「ごめんなさい〜……っ!!」

    さっきのを思い出したのか、真っ赤にしながらミヤコは自転車に跨り路側帯を爆速で走って帰って行った。
    しかも立ち漕ぎである。
    ウマ娘の立ち漕ぎは初めて見たが……多分、時速60kmくらい出ていたんじゃないだろうか。
    隣を走っている車と同じくらいの速度だった。

  • 182◆iNxpvPUoAM23/05/23(火) 16:46:09

    緊張が解けたのだろう。
    一気に重たいものが身体にのしかかるのを感じながら、俺は歩いて帰路へついた。

    気づけば30分ほど経っていて、いつも送る時間の倍くらいかかってしまった。

    多分帰ったらソラに何か言われるだろうなぁ────
    そんな気持ちのままマンションへ戻り、鍵を開けて部屋に入ると。

    「遅ぇよ。いつまでイチャついてんだよ」
    「イチャついてねぇよアホ」

    案の定、そんな言葉で空は俺を迎え入れた。
    悶々とした気持ちのまま、風呂に入ってさっぱりしてから布団に入った。

    「ミャーコ先輩となに話したの?」
    「レース頑張れよーって」
    「それだけ?」
    「うん」

  • 183◆iNxpvPUoAM23/05/23(火) 16:46:25

    「うそだろ」
    「マジ」
    「うそつけよ。なんかしてきたんでしょ、めっちゃ遅かったじゃん」
    「……」
    「言えよ。なにした」
    「なんもしてないって」
    「あたしに黙ってなんか食べてきただろ! スイーツとか!」
    「静かにしなさい」
    「……はい」
    「明日からまたトレーニング再開だ。寝なさい」
    「おやすみ、お兄ちゃん」
    「ああ、おやすみ」

    その後、数分経ってソラが寝息を立て始めたのを確認してから俺は起き上がり、ノートPCを起動させた。

    「……少しでも時間削って対策しないとな」

    誰にでもなくそう呟いて、眠るソラを背に、起こさないように画面の明るさを調節して俺は仕事を始めるのだった。

  • 184◆iNxpvPUoAM23/05/23(火) 21:22:17

    1週間後────

    〈────ホワイトブリーチが1番手のまま第4コーナー!〉
    〈しかし迫る迫る! ゴーストが迫る!〉

    「雑魚共がオレの邪魔してんじゃねぇ!! オラァッ!!」

    〈ホワイトブリーチを交わしてゴースト1番手! 最終直線に入ります!〉

    「ハッハッ! つまんねぇ、つまんねぇなオイ! もっと骨のあるやつぁいねぇのかよ、オイ!!」

    〈強い強い! 年度代表ジュニアウマ娘が今────〉

    〈ゴオォォーーール!!!〉
    〈いま1着で皐月賞を制しました! 無敗の皐月賞ウマ娘の誕生です!!〉

    「……力を使うまでもねぇ。こんなレースじゃ、マジで無敗の三冠余裕だな」

  • 185◆iNxpvPUoAM23/05/23(火) 21:34:20

    『ちったぁオレをビビらせてくれよ!! これ程度じゃ全ッ然楽しめねぇだろうが!!』

    画面の中で、ゴーストがつまらなさそうに吠える。
    それを眺める俺たちは────

    「……」
    「……」
    「……」

    ぶっちゃけ、絶句。
    第4コーナーから最終直線にかけて2人のウマ娘を差し切る、強い走りを見せての勝利。
    しかも本人の疲弊はそれほどには感じられない……まだまだ余力を残しまくっている、という様子。

    「……なんか言えよ」
    「いや……なんか、と言われましても……」

    「……めちゃくちゃ、です」
    「だな……しかも“領域”は発動してない……よな、多分」
    「そう、です……はい、です。多分、ですけど……テレビだと、はっきりとはわかりません、けど……その、はずです」

    「ハルカ先輩、これ出てたら勝ててたのかな……」
    「む、むむ、むりです……! 私なんかがこんな、こんな大きな舞台で、ご、ゴーストさんと戦ってなんて、む、むりです絶対!」
    「ぅぉっ……声でかっ」
    「ぁ、す、すみません……」

    「落ち着けハルカ」
    「ぁは、は、はい……」

  • 186◆iNxpvPUoAM23/05/23(火) 21:48:34

    「どちらにせよゴーストとぶつかるのは、早くても冬。ジャパンカップか有馬記念なんだ、今からビビってても意味ないだろ」
    「いやいや……にぃやん、にぃに、兄上、お兄様」
    「なんだよ」
    「この時期でもうバケモノなんすよ。冬には魔王でしょ、こんなん」

    「……! ……!」

    ソラの発言に同意するように激しく首を縦に振るハルカ。
    まあ、その気持ちはわかるけど……。

    「走る路線が違う相手にビビったって仕方ないだろ」
    「そ、れは……」

    「そう、です……けど……」

    ふたりの顔は暗い。
    なまじ相手のことを知っているだけに、沈んでしまっているのだろう。

    特にソラはゴーストには何度も恐怖を植え付けられている。ターフに立てばその恐怖に抗うこともできるだろうが、そうでなければこいつは基本的にか弱い。

    ハルカも緊張には弱く、かなり怖がりな性格だ。ふたりともメンタル部分の強さが求められるな、これは。

    とはいえ、直接これから戦うわけでもないのにここまで暗くなられても困るんだが……。

    「インタビュー始まるぞ」
    「え、見るの……?」
    「ここまで見たら最後まで見よう」
    「へい……」

    「……」

  • 187◆iNxpvPUoAM23/05/23(火) 22:33:51

    『おめでとうございます! 無敗での皐月賞制覇、素晴らしいことだと思います!』
    『おう』
    『ホープフルステークスから弥生賞、そこからさらにさらにパワーアップしての今回のレースという印象を受けましたが、如何でしょう!』
    『周りの野郎が張り合いねぇやつしかいなかっただけだ。オレの相手じゃねぇ』
    『ぁ〜……、次は日本ダービーへ直行されるのですか?』
    『あ?』
    『ヒッ……!』

    インタビュアーを威圧するゴースト。
    すくんでしまったのか、マイクを持った記者はうまく言葉を発せないでいる。

    ホープフルステークスのインタビューを思い出すな、これ。
    あれの通りなら、そこから助け舟を出すように────

    『すまない、彼女は多くを語らない性格なのだ』

    やはり出てきた。
    高峰レンヤ────ゴーストのトレーナー。そしてハルカの、元トレーナー。

    『今回も私が代わりに答えさせてもらおう。私の言葉は、彼女の言葉と捉えてもらって構わない』
    『で、では……質問を』
    『ああ』
    『ホープフルステークスから、劇的に強くなったという印象を受けましたが、何か新たな発見のようなものがありましたか?』
    『ああ、もちろんだとも。毎日が新たな発見、我がチーム、リグ・ヴェーダが進む道には光で満ち溢れている』
    『え、ええと……で、では次の日本ダービーへ向けての意気込みをお願いします!』
    『フッ……ダービーと言わず、菊花賞も同じことさ。この1年、全てのレースで我がリグ・ヴェーダは勝利を掴み取る。無敗の三冠は通過点。我らが目指すは“最強”のウマ娘だ』
    『ぁ、ありがとう、ございま……した……』

  • 188◆iNxpvPUoAM23/05/23(火) 22:35:00

    『すみません、こちらも質問を!』
    『構わないかな、ゴースト』

    『テメェでさっさと済ませろレンヤ。オレは帰りてぇ』

    『だそうだ。手短に願おう』
    『では……こちらもホープフルステークスからのここまでのパワーアップについてです』
    『それについては既に答えたと思うが?』
    『明確な答えをいただけていませんので』
    『ほう』
    『ホープフルステークスを終えて1月、トレセン学園で模擬レースを行われたそうですね』
    『ああ、その通りだ』
    『そのレースは何故か無効試合となったそうですが、なにがあったのでしょう。お答えいただけませんか』
    『よく調べている。学園での模擬レースといえど、確かに年度代表ジュニア級ウマ娘が走るとなれば情報は外にも漏れるか』
    『質問に答えてください』
    『答えは簡単だよ。誰もゴールの瞬間を見ていなかったのさ』
    『見ていない……? ありえません、模擬レースとは正式な手続きを踏んで行われる学園でのレースでしょう。それには専門のスタッフがついて全てを管理してあるはず。彼らがいながら、誰も見ていないと?』
    『その通り。あり得ない状況が起きたのだよ、我々には到底理解し得ない、ね』
    『どういう……』
    『分からない。ただ、そのレースには不満が残る形にはなった』
    『不満、と言いますと』
    『我がチームからウマ娘がひとり抜ける形となり、ゴーストも納得いかない決着にとても荒れてね。彼女を強くした要因というのならば、仲間の喪失と模擬レースの不満、だろう』
    『……そうですか、ありがとうございます』
    『こちらこそ。さぁもう構わないだろう、道を開けたまえ。彼女を休ませなくては』

    インタビュー中継が終わり、スタジオの映像に切り替わった。
    これ以上は俺たちにとって有益な情報もないため、ここでテレビの電源をオフにする。

  • 189◆iNxpvPUoAM23/05/24(水) 01:16:29

    「……」
    「……」
    「……」

    またしても3人で無言、というより、やはり絶句。
    めちゃくちゃ敵視されてるわ、俺たち。今度ばっかりは俺もビビっちまった。

    高峰とは話をつけたし、あの口ぶりはリップサービスと厨二病も混ざっていそうだが……ゴーストがあの模擬レースの敗北から強くなったのは間違いなさそうだ。

    となると……。

    「お前のせいでめちゃくちゃ強くなってんじゃねぇかあいつ」
    「ぇ、あたしのせいっすか!?」
    「他にいるのかよ……」
    「いやいや……」
    「いやいやいや……」
    「いやいやいやいや……」

    「わ、私のせいで……」
    「は?」
    「わ、私が、と、トレーナーさんの、ウマ娘になりたいと言ったばかりに、す、すみません!」
    「ええっ!?」
    「私のせいで、わ、私、私の……っ」

    「「それはないから!」」

    「……ぇっ」

    珍しくソラと声がハモった。

  • 190◆iNxpvPUoAM23/05/24(水) 01:19:23

    「ハルカにチームを抜けることを提案したのは、俺だしな。元を辿れば俺のせいだろ」
    「あいつの模擬レース、だっけ。あの、宣戦布告受けたのもあたしだもん。ハルカ先輩なんにも悪くないよ」

    「で、でも、私が、そもそも入らなければ、ご、ゴーストさんに因縁をつけられる、ことも……」

    「あいつはなんか色々ソラに因縁つけてた。ハルカのことがなくてもいつかはやる気がしてた」
    「うんうん、にぃにいじめられてたもんね。妹としては兄がいじめられてるのを見て見ぬふりはできませんよ」
    「いじめられてねぇよ、しつこいぞそれ」
    「事実でしょ」
    「事実じゃない」
    「事実ですぅ! あたしにぃに泣かされてるとこ見たもんね!」
    「ぶっ飛ばすぞ」
    「困ったらすぐそれ言うのやめてもらっていいですか、急に飛んでくると怖いから、ビビるから」

    「すみません……私、頑張ります」
    「うん、一緒に頑張ろう」
    「はい……ありがとう、ございますっ」

    「にしても……なんか腹立つね、この新聞」

    デスクに乗せてあった新聞を手に取り、ソラが嫌そうな顔を浮かべた。

    「ハルカミカゼ、桜花賞も皐月賞も回避。阪神JF女王の不在のクラシック。トレーナーの真意を関係者が激白……ですか」
    「誰にも言ってないからな、俺」
    「そりゃあわかってますよ? でも、誰だろね、この関係者って」
    「雑誌記者のよくやることだよ。それっぽい内容を、誰かから聞きました、みたいな言い方するやつ」
    「ぁー……ゲスいことやりますねぇ、このヒトたち」

  • 191◆iNxpvPUoAM23/05/24(水) 01:19:55

    「私……やっぱり、その、クラシック出た方が良かったんでしょうか……」
    「せっかく頑張ろうって言ったのにまたネガっちゃった……」
    「ぁ、す、すみません……」

    「出たほうがいいとか、出ないほうがいいとか、俺はそんなのないと思う」
    「……ない?」
    「出たくても出られない奴はいるし、そもそも出たくない奴だっている。レースの世界は結局勝ち負けだ。自分の勝てる土俵で勝ちを狙いに行くのがセオリー」
    「……はい」
    「確かにハルカの力なら、桜花賞に出れば余裕で勝てただろうな。ソラもヒャクシヤコウも、ハルカには敵わない」

    「ぅゎー……目の前で言われるの結構くる……あとにぃに、その名前出さないで」
    「なんでだよ」
    「あれから学校で時々すれ違うようになってさ……」
    「へえ、よかったじゃん」
    「よかった、のかなぁ……? めっちゃ影からあたしを監視してるんだよね、あの子」
    「えぇ……」
    「なんか怖い……話しかけてほしいのかなんなのかわかんなくて怖い……」
    「まあ……がんばれ」
    「雑かよ」

    「ぇ、と」
    「ああ、ハルカの話な、悪い。確かにハルカの才能だけを見れば、クラシックは出て当然だったと思う」
    「……」
    「でもふたりで相談して決めただろ。天皇賞を走るために、全力を尽くすって」
    「……はい」

  • 192◆iNxpvPUoAM23/05/24(水) 01:21:09

    「ゴールは常に前にしかないんだ。俺たちはゴールを決めた、ならあとは迷わず走るだけだろ」

    「と、キメ顔で兄はそう言った」
    「茶化すなよソラ」
    「はい、すみません」

    「……トレーナーさん」
    「この話はこれで終わり。もう迷わないでいこう、周りになに言われても気にしないで」
    「ぁ……は、はい……そう、します」
    「それでも怖くなったら、LANEでも電話でもしてきていい。俺でもソラでも」
    「っ……はい」

    「あたし、いつでも電話出れますんで! 寝てたら、まあ、うん、あれですけど」
    「ありがとう、ソラちゃん」
    「ハルカ先輩のためなら!」

    「さ、トレーニングに戻ろう。いよいよ来週はフローラステークス。ハルカのレースだ」
    「は、はいっ! が、頑張ります……! 力の使い方、間違えないように……頑張ります!」

    ゴーストの皐月賞に戦慄し、新聞記者の心ない記事に腹を立てつつも、改めて自分たちの足場を再認識してトレーニングへと向かう俺たち。

    3日後にはミヤコの大勝負があって、そして1週間後にはハルカのフローラステークス。

    そのあとは天皇賞・春……ハルカも見に行きたいと言っていたこのレースには、あいつが出る。
    通称、というか俺が勝手につけたあだ名だが……パフェクイーン。
    昨年の有馬記念2連覇を果たして尚、“最強”の座に居続けるウマ娘。

    レース前に顔見せといてやるべきか?

    忙しいなあ、この時期……。

  • 193◆iNxpvPUoAM23/05/24(水) 01:58:26

    ・・・

    「お疲れ、今日はこれで終わりにしよう」

    「はい、お疲れ様でした」
    「はぁ……はぁ、ふー……おつかれっしたー……」
    「ソラちゃん、大丈夫……?」
    「あざっす、なんとか大丈夫っす……でも、すごいなハルカ先輩……あたしと2400ずっと走ってるのにあんまりバテてなくて……」
    「ぁ……トレーナーさんは、スタミナがすごい、って」
    「うらやまし〜……」

    「ソラも見習ってスタミナトレーニングしっかりやろうな。だから5月入ったらしばらくプールだ」
    「うへぇ……」

    「あの、私は……」
    「ハルカはとりあえず……“領域”発動中のアクセル操作だな。まだうまく扱えてないんだろ」
    「はい……やっぱり、その、全力に、なってしまいます」
    「でもハルカの……それって、ほんとに異質だよな」
    「異質……?」
    「俺の聞いてた“領域”ってのは、限界を超えた先にある剛脚……超集中状態に発揮できるパフォーマンスだ」
    「は、はい」

  • 194◆iNxpvPUoAM23/05/24(水) 01:59:09

    「でもハルカは……なんか、自分の人格? も切り替えたりしてるだろ。それも“領域”の効果なだよな?」
    「そう、です……はい。ぇと……」
    「どういうことか教えてもらうことって、できます?」
    「……た、たぶん、できます……けど、そ、その……私、口下手で、あの、きっとうまく、言えないかも、しれません」
    「それでもいいから、聞かせてほしいんだけど」
    「かなり、時間がかかってしまう、と思います」
    「構わないよ」
    「日付、変わっちゃうかも……」
    「そんなにか……」
    「こ、今度! ちゃんと、お話、まとめてきます、ので……!」
    「ぁ、ああ……わかった、じゃあ、それで」
    「すみません……! そ、それでは、今日はこれで……お疲れ様、でした!」
    「ああ、お疲れ様」

    「ハルカ先輩、おつかれっしたー」
    「はい、また明日、ですっ」

    走り去るハルカを見送り、俺たちも。

    「帰るか」
    「うぃーす」

    荷物を肩にかけ、ふたりでグラウンドを後にする。
    トレーナー室には戻らないつもりで荷物も全て持ってきていたから、このまま帰るだけだ。

  • 195◆iNxpvPUoAM23/05/24(水) 02:07:31

    「にぃやん、ほんとに行くの? ミャーコ先輩のレース」
    「行くけど」
    「あたしたちを置いて?」
    「平日なんだから仕方ないだろ」
    「トレーナー権限で休ませられるんじゃないの?」
    「それはレースがある時だけ」
    「ちぇ〜、行きたかったな〜」
    「お前のぶんも応援してきてやるから」
    「よろしくお願いします」
    「おう。……で、晩飯どうする?」
    「学食?」
    「そうするか……家帰ってから買いに行くのめんどくさいしな」
    「帰り道にあるのもコンビニとかだけだしね」
    「トレーニングして腹減ってるのにコンビニとか嫌だろ」
    「お弁当じゃ足りない自信があります」
    「じゃあもう学食でたらふく食って帰る」
    「おっけおっけ。そうしましょ〜」

    ふたりでグラウンドを出て、結局校舎の方へ。
    学食で晩飯を食ったあと、のんびり歩いて家に帰り、順番で風呂に入って就寝。

    ……したソラを見届けてから、起こさないよう台所にテーブルを移動させてノートPCを起動。実は先週、明るさでバレたのだ。

    立ち上がった画面を操作し、開いたのは────ミヤコのデビュー戦。

    今から、4年前の話。

    思い出す。
    俺がトレーナーになって、右も左も分からないままだったあの頃のこと。

  • 196◆iNxpvPUoAM23/05/24(水) 03:55:41
  • 197二次元好きの匿名さん23/05/24(水) 04:11:19

    たておつー

  • 198二次元好きの匿名さん23/05/24(水) 09:24:40

    うめまする

  • 199二次元好きの匿名さん23/05/24(水) 09:24:51

    うめていきまする

  • 200二次元好きの匿名さん23/05/24(水) 09:25:58

    200なら100スレまで続く

オススメ

このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています