いやいやいやいや…

  • 1二次元好きの匿名さん23/05/18(木) 21:42:09

    「引越しする」と聞いた時は「良いんじゃないか」って言ったよ?
    「ちょっと不安」って言ってたから「遠慮無く頼って」とも言ったよ
    荷物全部うちに届くのは聞いてないぞ…

  • 2二次元好きの匿名さん23/05/18(木) 21:53:10

    トレーナーさん私お世話になり続けたいって言いましたよね

  • 3二次元好きの匿名さん23/05/18(木) 21:53:57

    >>2

    いやいやいやいや…

  • 4二次元好きの匿名さん23/05/18(木) 21:54:15

    >>2

    お世話される側じゃねえか

  • 5二次元好きの匿名さん23/05/18(木) 21:58:40

    仕方無いなあ…
    新居に持っていくの手伝うよ

  • 6二次元好きの匿名さん23/05/18(木) 22:06:37

    >>5

    いやいやいやいや…

  • 7二次元好きの匿名さん23/05/18(木) 22:12:40

    全く、君には俺がいないと駄目だな(冗談)

  • 8二次元好きの匿名さん23/05/18(木) 22:23:52

    いやいやいやいや……(転出届提出)
    いやいやいやいや……(引越先指定)

  • 9二次元好きの匿名さん23/05/18(木) 22:25:38

    ミラ子も強くなったなあ

  • 10二次元好きの匿名さん23/05/18(木) 22:30:35

    >>9

    お前は…後方腕組み友人ウマ娘A!

  • 11二次元好きの匿名さん23/05/18(木) 22:31:24

    >>7

    (いやいやいや…って返事が来るだろうなぁ…)

    「そうですよ」

    「えっ」

    「そうなんです(笑顔)」

  • 12二次元好きの匿名さん23/05/18(木) 22:38:28

    必要な物は出来るだけまとめたんですけどベッドだけ持ってこれませんでした〜

  • 13二次元好きの匿名さん23/05/18(木) 22:39:48

    「この辺は何があるんですか?」

    「…近所にラーメン屋」

    「いいですねえラーメン」

    「徒歩5分でスーパーに行ける」

    「日用品の調達は困らなさそうですね」

    「…俺が走って10分くらいのところに市民プール」

    「えっ」

    「市民プール」

  • 14二次元好きの匿名さん23/05/18(木) 22:40:05

    ベッドは一つで十分だってリッキーさんもいってることですし

  • 15二次元好きの匿名さん23/05/18(木) 22:47:26
  • 16二次元好きの匿名さん23/05/18(木) 22:48:35

    この部屋が狭く感じるのは幸せだからでしょうね〜


    …何か言いたげな顔してますけど体型絡みで言ったら私泣いちゃうんですからね。自分で言うのもなんですけどめんどくさいですよ、私が泣き出すと

  • 17二次元好きの匿名さん23/05/18(木) 22:49:31

    ヒシミーは抱き枕にしたら具合良さそうだよね

  • 18二次元好きの匿名さん23/05/18(木) 22:55:33

    別に苦学生って訳でもないけどなんでか家で食うもんが大体もやしがらみ

  • 19二次元好きの匿名さん23/05/18(木) 22:59:48

    このレスは削除されています

  • 20二次元好きの匿名さん23/05/19(金) 00:54:56

    しかしヒシミラクルはトレーナーに対して意外と行動力あるからな...
    なんかの転機でゴリ押してトレーナー宅に転がり込むヒシミラクル概念は想像に難くない

  • 21二次元好きの匿名さん23/05/19(金) 00:58:31

    いつの間にか娘のいない部屋を見て血の涙を流す親父が見える見える
    貴方の5倍の値段もするチョコを貰った奴の家に行ってるそうですよ

  • 22二次元好きの匿名さん23/05/19(金) 04:03:22

    ずっと傍に居たい的な言動はあるけど直接的な告白がないまま同居が続いて
    これで付き合ってないは無理あるよねって感じの同居生活してそう

  • 23二次元好きの匿名さん23/05/19(金) 04:25:40

    >>22

    同棲初めて3年目位の夏の日に腹出しながらタンクトップでバテてるミラ子とかなり刺激的な格好してるはずなのにもう慣れちゃってるシャツ姿のトレーナーは存在する

  • 24二次元好きの匿名さん23/05/19(金) 09:28:24

    >>23

    そこまで行ったらある日夕食を二人で食べてるときにふとトレーナーが「結婚しよう、ヒシミラクル」とか言ってきそう

  • 25二次元好きの匿名さん23/05/19(金) 09:29:46

    >>20

    バレンタインイベント本当に好き

  • 26二次元好きの匿名さん23/05/19(金) 09:30:54

    すべてを「これくらいふつ〜ですって」でゴリゴリ押してくるヒシミーはいます

  • 27二次元好きの匿名さん23/05/19(金) 10:49:58

    >>26

    リンパマッサージに通ずるものを感じる

  • 28二次元好きの匿名さん23/05/19(金) 10:52:13

    鍛錬ヤエノに並ぶ存在が誕生しつつある

  • 29二次元好きの匿名さん23/05/19(金) 15:21:15

    思ったより思考が普通だこの子!ウマ娘じゃないみたいだな!
    トレーナーへの詰め方がヤバい!やっぱウマ娘だこの子!

  • 30二次元好きの匿名さん23/05/19(金) 18:27:43

    走らずにチャリ乗ってるミラ子
    違和感がないことに違和感を覚えるトレーナー

  • 31二次元好きの匿名さん23/05/19(金) 21:24:01

    わたしの洗濯物まで干して貰っちゃってありがとうございます〜

  • 32二次元好きの匿名さん23/05/19(金) 21:26:08

    1回ヤッただけで妻面するヒシミーはあります

  • 33二次元好きの匿名さん23/05/19(金) 21:31:42

    まさかこんな卑しかウマ娘だったとはこのリハクの目をもってしても云々

  • 34二次元好きの匿名さん23/05/20(土) 02:23:26

    つい互いに「いやいや…」って言っちゃうけど
    相手が自分を好きってことを信じ切れてる関係っぽいのがいいね

  • 35二次元好きの匿名さん23/05/20(土) 03:07:44

    お互いに好き同士の二人が一緒に住むのって普通のことですよね~

  • 36二次元好きの匿名さん23/05/20(土) 06:26:16

    >>31

    ひしみーの下着は思ったよりえっちな物でも色気の無い物でも良いとされている

  • 37二次元好きの匿名さん23/05/20(土) 07:06:47

    ミラクルとトレーナーが事実婚状態でイチャイチャ……

  • 38二次元好きの匿名さん23/05/20(土) 08:06:50

    冗談めかして言ってる様でここだけ真顔なんだよね

  • 39二次元好きの匿名さん23/05/20(土) 12:08:56

    ひしみーかわいいから押しがけ女房しててもいいね…

    トレーナーさんが昔乗ってたマニュアルの原付バイクを押しがけしろ…

  • 40二次元好きの匿名さん23/05/20(土) 12:16:13

    玄関を開けたら大量の荷物と共に立っていたミラ子を見ての最初の一言

  • 41二次元好きの匿名さん23/05/20(土) 12:21:56

    レースや勉強に対する姿勢が限り無く普通なのにトレーナーに対してはグイグイなのもう好きじゃん…って滅茶苦茶気ぶってしまう

  • 42二次元好きの匿名さん23/05/20(土) 14:17:51

    >>39

    「トレーナーの借りますね~」って言いながらヘルメットと原付の鍵片手に出かける姿が似合いすぎてる

  • 43二次元好きの匿名さん23/05/20(土) 15:16:35

    現役辞めたら走らないのなんか分かりみあるな

  • 44二次元好きの匿名さん23/05/20(土) 23:42:54

    体重が増え気味なのは良くないからってプールに引っ張り出されたことは百歩譲って許しますよ
    どうしてトレーナーさんは缶を持って立ってるんですか
    普通一緒に泳ぐんじゃないんですか溺れないように手を握っててくださいね

  • 45二次元好きの匿名さん23/05/21(日) 11:34:38

    あげ

  • 46 23/05/21(日) 23:14:45

    あげ

  • 47二次元好きの匿名さん23/05/21(日) 23:17:07

    ・これぐらい普通のことですからね〜
    ・みんなやってることだから
    ・私は普通のウマ娘ですよ
    ここら辺でゴリ押ししてそう

  • 48二次元好きの匿名さん23/05/21(日) 23:18:35

    普通に言質は取るウマ娘ですね

  • 49二次元好きの匿名さん23/05/21(日) 23:20:29

    スレ落ちギリギリで延命されてて草

  • 50二次元好きの匿名さん23/05/21(日) 23:22:31

    まて!あの…そうだ、うちは歩いて30分以内にプール施設が5個もあるんだいやだろう?

  • 51二次元好きの匿名さん23/05/21(日) 23:29:13

    >>24

    「結婚しようか」

    「そうですか〜。あ、ごはんどのくらいよそいます〜?」

    「さっきと同じくらい」

    「こないだ健康診断引っかかったから半分にしますね〜」

    「ちぇ」

    「はいどうぞ〜……ってえぇぇぇぇぇ!!!???」

    「ミラクル、食事中に立たないで。あと結婚しよう」

    「あ、すみませ…ってえぇぇぇぇぇ!!!???」


    ってコト…?

  • 52二次元好きの匿名さん23/05/21(日) 23:51:11

    >>47

    新人上がりのトレーナーさんが担当ウマ娘の人と同居なんて普通のことですからね~

    G1勝ったウマ娘とトレーナーさんはみんなやってることですし

    そんなすごい人たちと比べたら私は普通のウマ娘ですし気張らなくても全然大丈夫ですよ~


    言いそう…

  • 53二次元好きの匿名さん23/05/22(月) 00:13:04

    「ここでやめたらプールトレーニングの効果なくなりますよ」
    「いやいやいや…」

    「ウマ娘ならみんな普通に(トレーナーと押しかけ同棲)やってますから」
    「いやいやいやいや…」

  • 54二次元好きの匿名さん23/05/22(月) 00:45:00

    >>50

    流石に騙されませんよ的な返しが来そう

  • 55二次元好きの匿名さん23/05/22(月) 00:58:37

    >>54

    (ほんとにあるなんて……)

  • 56二次元好きの匿名さん23/05/22(月) 05:11:56

    >>55

    5つあっても使うプールは1つだけだし……日によって使い分けるんですか…?

  • 57二次元好きの匿名さん23/05/22(月) 05:52:08

    >>56

    だって全部のプールがトレーニングに向いてるけど傾向が違うから……

  • 58二次元好きの匿名さん23/05/22(月) 06:11:36

    「今だヒシミラクル!そんなもんじゃないだろ!」
    「うっまた始まったよお…」
    「よっ日本一!」
    「うう…恥ずかしい…」
    「ポテンシャルの鬼!」
    「うう〜…」
    「好き!」
    「わたしも好きです、結婚しましょうね?」
    「ここだけいつも圧がすごいんだよな…」

  • 59二次元好きの匿名さん23/05/22(月) 07:42:32

    >>36

    9割がブラトップの中で、1割だけ気合い入れて買ったえっちなの(かわいい寄り)があると私性合

  • 60二次元好きの匿名さん23/05/22(月) 16:46:36

    俺がヒシミラクルのミラクルと言ってくれたり
    好きだってはっきり言えるくらい成長してくれて嬉しいよ
    俺もミラクルのことが好きだ……ただちょっと結婚の圧が強すぎないか?

  • 61二次元好きの匿名さん23/05/22(月) 18:47:17

    >>51

    >>58

    これトレーナー側もだいぶ掛かってるのでは…?

  • 62二次元好きの匿名さん23/05/22(月) 22:44:57

    >>61

    そうだが…なにか問題でも?

  • 63二次元好きの匿名さん23/05/23(火) 04:07:14

    トレーナーさんも私のこと好きって言ってますし……これはもう結婚するだけですね~

  • 64二次元好きの匿名さん23/05/23(火) 04:26:23

    >>27

    1右みなさんやってますから

    2中不純異性交遊には見えてないんで大丈夫ですよ

    3遊ここで同居すると私のやる気が活発化するんですよ

    4一あくまで普通の一環ですから

    5三中からほぐしていきますね

    6左ここに普通さが集まってるんですよ

    7二風水の流れ良くしますね

    8捕普通ですね~

    9投それではごく普通な同棲の方始めさせていただきます

  • 65二次元好きの匿名さん23/05/23(火) 05:31:15

    >>64

    怒涛の普通連打

  • 66二次元好きの匿名さん23/05/23(火) 05:34:43

    >>64

    なんか一人風水のお姉さん混じってない???

  • 67二次元好きの匿名さん23/05/23(火) 06:14:52

    プールが全てを解決してくれる

  • 68二次元好きの匿名さん23/05/23(火) 06:34:26

    >>67

    絶妙に凝ったコラをお出しするな

  • 69二次元好きの匿名さん23/05/23(火) 12:36:11

    あー普通のひしみーと元トレーナーの同棲生活の話が怖いなー
    クラスメイトたちから「卒業後すぐ押しかけ女房なんてそんなの全然ふつーじゃないから!」って言われて赤面するひしみーの話が怖いなー

  • 70二次元好きの匿名さん23/05/23(火) 12:39:47

    >>64

    DH嫌がってたら(荷ほどきが)終わりませんよ(半ギレ)

  • 71二次元好きの匿名さん23/05/23(火) 14:41:25

    >>64

    サードだけ改変無しなのに、意味がエッチな方じゃなくて内堀的な方に聞こえる...!

  • 72二次元好きの匿名さん23/05/23(火) 18:08:18

     朝、雀の鳴き声と共に、わたしは目を覚ました。
     布団に入ったまま時計を見ると、目覚ましがなる10分前。
     今までのわたしだったら、もうちょっとだけ寝てよって布団に入り直してたと思う。
     けれど今のわたしは、そのままむくりを起き上がって、背伸びを一つ。
     いやはや、昔の友達や同室の子が見たら、目を疑うんだろうなあ。
     着替えを済ませて、洗面所で顔を洗って、台所で朝食の準備をして。

    「入学した頃はこんなことになるなんて、思わなかったなあ」

     フライパンを扱いながら、独り言をつぶやく。
     ふつーに学生やって、ふつーの大学に入って、ふつーの会社で勤めて。
     そのうちふつーの男性と結婚して、ふつーの家庭に入って。
     そんな予定ともいえない、ライフプランを描いていたはずだったんだけど。

    「まさか、過程を吹っ飛ばして出会っちゃうなんてね……えへへ」

     朝ごはんの準備を終えて、わたしは一番やりたかったことを果たしに行く。
     まだ、起きてないと、いいなあ。
     部屋の前に辿りついて深呼吸。
     わざと控えめな音でノックをして、反応がないのを確認する。
     音を立てないようにそおっと扉を開けると、ベットの上から小さな寝息。
     抜き足差し足で近づいて、ベットの横で腰を落として、中を覗き込む。

     そこには慣れ親しんだ、わたしの大切な人が、気持ち良さそうに眠っていた。
     眺めていると胸がきゅーっとなって、そのまま寝かしてあげたくなってしまう。
     
    「でも約束は約束ですらかね~、ここは心を鬼して~」

  • 73二次元好きの匿名さん23/05/23(火) 18:08:36

     わたしは、右手に持っていたものを掲げる。
     それは、いくつかの空き缶を紐で繋げたもの。
     昔、プールや海に入りたがらないわたしに対して、使われた道具。
     それは部屋の奥底で大事にとってあって、どうやらずっと使われてる形跡はなくて。
     わたし専用の道具だったことが分かって、嬉しいような、恥ずかしいような。
     その道具を大きく振ると、カンカンカンカン! と自分でもびっくりするくらい大きな音が鳴り響く。
     慌てて飛び起きる彼がこちらを見たので、わたしはにっこり笑って口を開いた。

    「トレーナーさん、朝ですよ~?」

      ◇ ◇ ◇
     
     トゥインクルシリーズを走り抜いて、わたしはそのまま引退した。
     クリスエスちゃんやトップロードちゃんからはドリームトロフィーに誘われたし、トレーナーさんからも引き留められたけど、ふつーのわたしにはこれ以上の奇跡は荷が重いと感じたから。
     じゅーぶん美味しい思いはできたし、もうお腹いっぱい。
     というわけで新しい幸せを求めて、わたしは学園を卒業し、一旦実家に帰った。
     ……まあ、しばらくはなにもせずにゴロゴロしていたんだけど。
     読みたい漫画も読んだ、美味しいものを食べにいった、欲しかったものを買った、たまに走ったりした。
     けれど、何か、致命的に、物足りなくて。
     ふとした時に目を閉じて考えたら、浮かんできたのはトレーナーさんの顔。

     ――――ああ、そっか、粉だったんだ。

     わたしにとって、トレーナーさんはお好み焼の一部だって、思っていた。
     勿論、その中でも割合の大きな、大切な人の一人だったけど。
     それでもいつかは、別れなければいけない相手の一人なんだって、そう思い込んでた。
     そう思わなきゃいけないって、いつの間にか決めつけていた。
     でも、それは違った。
     わたしにとってのトレーナーさんは、小麦粉だったんだ。
     例え、他にどんな豪華な具材が揃っていたとしても、どんな上手な調理方法でも。

  • 74二次元好きの匿名さん23/05/23(火) 18:08:57

     小麦粉のないお好み焼きは、わたしのお好み焼きじゃないから。

     だから、わたしの人生に、トレーナーさんは必要不可欠だったんだ。
     ……ベタ惚れじゃんわたし、ぞっこんじゃんわたし。
     そうとわかった後の行動は、多分、人生でもっと迅速だったと思う。
     まずは、両親に正直に説明。
     お母さんは驚きながらも、応援してくれた。
     お父さんは号泣しながらも、許してくれた。
     正月には連れて帰ってこいと背中を押されつつ、わたしは学園へと戻ったのである。
     トレーナーさんがわたしの現役中、寮を出て、マンションを買ったのが幸いだった。
     わたしは事前連絡なしの、全くのノープランで、彼のマンションに突撃し。

    『トレーナーさん、わたしの人生の、責任をとってもらいにきました!』

     …………思い出すと、顔から火が出ちゃいそう。
     未だに呆気にとられたトレーナーさんの顔が、忘れられない。
     でも、トレーナーさんは、そんなわたしを受け入れてくれた。
     寝るところは一緒でも良かったのだけれど、ちゃんと部屋を用意してくれて。
     色々と……その……ステップを進めるのは……もう少ししてからって約束して。
     そして、現在に至るのであった。

  • 75二次元好きの匿名さん23/05/23(火) 18:09:19

    「ど~ですか? お味噌をちょっと良いものにしてみたんですけど」

     お味噌汁を啜るトレーナーさんに、私は声をかける。
     彼は口元を緩ませて、美味しいよ、君の味噌汁は日本一だな、と言ってくれた。
     ……我ながら、単純というか、チョロいというか。
     トレーナーさんの中で癖になっている、昔からのお世辞だってわかっているのに。
     胸がぽかぽか温かくなって、とっても嬉しくなって、幸せだなって思っちゃって。

    「だし巻き卵もふわふわに出来たんですよ~! ほらほら~、あ~ん」

     もっと幸せを味わってほしくて、もっと幸せを味わいたくなって。
     会心の出来だった料理を、箸でつまんで、彼に差し出す。
     まるで漫画やドラマでみた、バカップルの光景。
     ちょっとだけ頬が熱くなるわたしを尻目に、トレーナーさんは躊躇なく食べて。
     これは未来の三ツ星シェフだな、と言う。
     
    「またまた~、えへへ~」

     ああ、バカだなわたし。
     それを全く悪いことだと思わない辺り、筋金入りだ。
     その後もいっぱい褒めてもらいながら、のんびりと朝の時間が過ぎる。
     今日は休日、でも午前中から、二人でお出かけの予定。
     そこに行くかは決めてないけれど、とりあえずお昼はお好み焼きがいいなあ。
     食事を終えて、二人で隣合せで座って一休みしていると、トレーナーさんのスマホが鳴る。
     どうやら、現在担当している子からの電話らしく、一瞬不安になってしまう。
     やがて通話が終わり、彼は苦笑しながら、ちょっとした報告だよ、と言った。
     何事もなくて良かったと思いつつ――――ふと、気になったことが出来た。

  • 76二次元好きの匿名さん23/05/23(火) 18:09:36

    「そ~いえば、いつまでもトレーナーさんって呼び方、変ですよね?」

     正確にいえば、彼は私の元トレーナーさんである。
     すでに契約は円満解除されており、今は他のウマ娘のトレーナーさんだ。
     だけれど、わたしは慣れ親しんだ呼び方で呼び続け、彼も受け入れている。
     ……それはそれでいいのだけど、ちょっとだけ、意地悪したくなって。
     わたしはずいっと彼に顔を近づけて、微笑みながら言葉を紡いだ。

    「トレーナーさんはどんな呼び方をして欲しいですか~?」

     そう言うと、彼は困ったように笑みを浮かべて、誤魔化す。
     まあ、こうなるだろうなあ、と思ってはいた。
     わたしは心の中でにやりと笑いながら、彼の耳元に、口を近づけた。

    「あなた~? ダーリン? おとーさん? それとも~」

     そっと、小さく、それでいてしっかりと、彼の名前を囁く。
     ぴくんと彼は大きく身体を震わせて、顔と耳を真っ赤に染め上げる。
     やがてこちらに視線を向けると、小さな声でしばらくはトレーナーさんで、と言った。
     ふふん、作戦大成功。

     ――――でも、わたしとしてはちょっとだけ不満で。

     わかりましたよトレーナーさん、と伝えつつ、再度彼の耳元で近づく。
     本心を、本気の想いを練り込んで、そっと囁いた。

    「でも、いつかは呼ばせてもらいますから、考えといてくださいね~?」

  • 77二次元好きの匿名さん23/05/23(火) 18:10:01

    「とまあそんな感じで、相変わらずのふつーな日々を送ってるよ~」

     後日、都内某所の喫茶店にて。
     わたしは久しぶりに、在学中のクラスメートの子達と再会していた。
     トゥインクルシリーズに挑んでからは会う時間も減っちゃって、少しギクシャクもしたけど。
     それでも仲良くしてくれて、応援してくれた、大切な友人たちである。
     そんな彼女達に近況を聞かれたので、素直に答えた。
     トレーナーさんとの、なんてことのない、だけど確かに幸せな日常を。
     まあ、学園にいた頃とあんま変わらないし、つまらなかったかも、だけど。

    「……ええっと」
    「……ミラ子、あんた」
     
     彼女達を見ると、何故か顔を赤らめて信じられないものを見る目をしていた。
     えっ、どうしたの、そんな変なことわたし言ったっけ。
     黒髪の友人は衝撃が大きかったのが、そのまま俯いて黙ってしまう。
     もう一人の、赤髪の友人は頬をかきながら、恥ずかしそうに言葉を紡いだ。

    「一応確認だけど、あんたのトレーナー……元トレーナーって独身だったよね?」
    「うん、そうだよ~」
    「そっかそっか、ところであんたが当時読んでた漫画でさ」

     そう言って、彼女はとある漫画のタイトルを伝えた。
     わたしが好きだった、学園ラブコメの漫画。
     特にわたしはサブキャラの教師と生徒のお話が好きで、友人達とも話していた。
     それにしても最終回の展開には驚かされたなあ。

  • 78二次元好きの匿名さん23/05/23(火) 18:10:14

    「まさか、あの子が卒業後に、先生の押しかけ女房になるとは思わなかったね」
    「……そうだね、めっちゃ話題になったしね」
    「いやー、大胆というか、ぶっ飛んだ展開で、メチャびっくりしたわ~」
    「…………あんたそれマジで言ってるの?」
    「そーでしょ~、当時はちょっと引いたけど、幸せなのが一番だよね」

     ふつ~なわたしには真似できそうにないや、と苦笑する。
     二人は目を丸くしてこちらを見た後、大きなため息をついた。
     ……あれ、なんかわたし、馬鹿にされてる?
     やがて復帰したらしい黒髪の友人が、生暖かい目でこちらを見た。

    「ミラ子は、卒業してすぐ、トレーナーさんの家に上がり込んで」
    「うん」
    「漫画の子は、卒業してすぐ、先生の家に押しかけ女房」
    「うん」
    「そこにはなんの違いもありゃしねえじゃん?」

     違うの――――いや、違くないなコレ。
     冷静に自分の行動を省みて、血の気が引く。
     僅かな希望にかけて、わたしは目の前の二人に、震える声で尋ねた。

    「わたしがやったことって、引くくらいに大胆なぶっ飛んだ、行動だった……?」

     呆れたように二人はこくりと頷く。
     顔が瞬間沸騰したように熱くなり、隠れるように下を向いてしまう。
     そんなわたしを姿を、まるで当時のように笑いながら、友人達は告げた。

    「やっぱ、あんた普通じゃなかったわ」
    「ちゃっ、ちゃうちゃう、ちゃうの~!」

  • 79二次元好きの匿名さん23/05/23(火) 21:24:22

    このSSは癌に効く
    好き

  • 80二次元好きの匿名さん23/05/23(火) 22:31:28

    ありがとう…それしか言葉が見つからない…

    ところで次はトレーナーとリビングでテレビの占い見てたら「あなたの運命のお相手はすぐ隣にいるかもしれません!」って流れて「そんな上手い話ないですよね~」って笑ってたらトレーナーに指輪を差し出されるひしみーが怖いなー

  • 81二次元好きの匿名さん23/05/24(水) 05:02:53

    君もかい? わかるよトレーナーにお世話されたい気持ちはうんうん

  • 82二次元好きの匿名さん23/05/24(水) 07:46:20

    なんだこの幸せなミラ子は!!
    もっとください!!!

  • 83二次元好きの匿名さん23/05/24(水) 11:08:56

    ミラ子がイチャイチャして幸せを感じる展開はなんぼあってもいいですからね!

  • 84二次元好きの匿名さん23/05/24(水) 11:36:04

    ミラ子特製甘口ソースたっぷりのお好み焼きだぁ…

  • 85二次元好きの匿名さん23/05/24(水) 16:17:50

    >>42

    白いNSF50とかで思ったよりよく走ってくれて楽しくなっちゃうヒシミー

  • 86二次元好きの匿名さん23/05/25(木) 00:04:40

    結婚までの勢いが普通じゃなくて快速どころか特急なんだよなあ…

  • 87二次元好きの匿名さん23/05/25(木) 03:21:36

    >>86

    ズブいせいで早めにスパートかけておかないといけないからね


    それはそうとしてトレーナーといるときは友達の延長みたいな距離感で、

    引退・卒業で離れるときに恋心に気づくミラ子は解釈一致大好きなのでもっとください

    私も書きたいけど文字数がミラ子のプールへの意欲程度しか出せません!

  • 88二次元好きの匿名さん23/05/25(木) 09:43:25

    これは一歩からをしっかり固有進化スキルまで習得し切った、ミラ子の地道な努力の勝利ですね間違いない

  • 89二次元好きの匿名さん23/05/25(木) 16:51:49

    >>87

    ズブいな、1000mぐらいからガシガシしよう

  • 90二次元好きの匿名さん23/05/25(木) 21:41:17
  • 91二次元好きの匿名さん23/05/26(金) 02:27:49

    きゅっ、ぽん。桜吹雪に彩られた空に、ちょっと間抜けな音が響く。
    「なんでみんな筒を鳴らすんでしょうね?」
    「そこに筒があるから、かな」
    「深いですね〜。屋内プールくらい深いです」
    「…それは深いのかい?」
    卒業の日だというのに、わたしとトレーナーさんはいつも通りのゆるい会話に興じていた。卒業証書の入った筒を手すさびに鳴らしながら、二人校内を歩く穏やかな春のお昼前。

    「わ、レースも練習もなしだとこんな雰囲気なんですね~」
    「うん、俺も見るのははじめてだよ」
    校内に思い出の場所は色々あるけれど、つもる話ならやっぱりここだろう。みんな同じことを考えるのか、トレーナーと二人で、あるいは友達や家族とターフで談笑する卒業生たちが目立つ。
    「トレーナーさんには、お世話になりました」
    ちょっとだけ、改まった雰囲気で切り出した。
    「トレーナーさんには、レースの世界に誘ってもらって、わたしみたいなふつ〜の娘にも熱血指導してくれて、プールに叩き込まれて、いっぱい期待してくれて、プールに叩き込まれて、GⅠまで勝たせてもらっちゃって、プールに叩き込まれて……」
    結局あんまり改まれずにこれまでの思い出を語ると、トレーナーさんは少し気まずそうに顔を背けた。
    「…なんか、恨まれてる?」
    「まぁちょっぴりですよ。ちょっぴり。でも、それ以上に感謝してます。ありがとうございました」
    ぺこりと頭を下げて向き直ると、トレーナーさんも同じように私に頭を下げていた。
    「こちらこそ、ありがとう」
    「えぇっ?」
    「文字通り、奇跡みたいな走りを一番近くで見せてもらった!」
    「いやいやそんな…」
    「俺の最初の教え子が君のような素晴らしい娘で光栄だ!!」
    「いやいやいや…」
    「君は最高のウマ娘!これからもなんだってできる!」
    ヒートアップするトレーナーさんの必殺褒め殺し。この3年間、何度背中を押されたかわからない。押されすぎてつんのめることも時々あったけど。
    「もー、そんなに褒めても、わたしもうレースに出ないんですよ~?」
    「いいじゃないか。今日が最後なんだから」
    「そっかあ。これで、最後なんですね…」
    最後。最後。頭の中でその二文字を反芻する。

  • 92二次元好きの匿名さん23/05/26(金) 02:31:46

    >>91

    トレーナーさんと、なんでもない会話をするのも最後。くすぐったくなるような、でも本心から期待しているとわかる応援も最後。普段押しが強いくせに、こっちから押されると困ったように笑う顔を見るのも最後。隣りにいるだけで心がぽかぽかするような、大切な、大好きな人とも、最後……そう思ったとたん、


    「う゛え゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛……!!!」

    「ちょっ、ミラクル!?」

    急に涙が溢れ出して止まらなくなって、そのままトレーナーさんの胸に飛び込んだ。

    「み、みんな見てるから、とりあえず離れて落ち着こう…?」

    「い゛や゛で゛す゛〜!!」

    卒業生やそのご家族でいっぱいのターフで、わたしはトレーナーさんの胸にしがみついて一目はばからず泣き続けたのだった。


    ─────⏰─────

    「あの節はすみませんでした…」

    「いや、いいんだ。ご両親やクラスメイトからの誤解もぶじに解けたしね…」

    あの後、泣き止まずトレーナーさんを解放しないわたしとトレーナーさんとなんだか思い返すだけでこっ恥ずかしい紆余曲折があって、今日に至る。


    「ところでトレーナーさん、クリスマスのくだり、覚えてますか?」

    「いや全然。億ション買って一緒に住むなんてくだり全く記憶にない」

    「ばっちり覚えてるじゃないですか」

    「億ションじゃないけどいいのか?」

    「いいんです。トレーナーさんと一緒なら、そこが億ションですよ」

    「いやそんなことはないよ。賃貸だよ」

    「もー、そこはノッてもらわんと〜!」

    なんていつも通りゆるい会話を繰り広げながら、わたしとトレーナーさんは不動産屋のドアを開けた。

  • 93二次元好きの匿名さん23/05/26(金) 02:32:07

    みたいな話を読みたいので誰か書いてください

  • 94二次元好きの匿名さん23/05/26(金) 05:08:23

    >>93

    すでにお出ししてくださったので無いですね

    ありがとうございます、最高でした

  • 95二次元好きの匿名さん23/05/26(金) 05:41:04

    このスレまだ落ちずに続いてたのか〜とか思いながら見に来たる神SSが2つも作られてら…
    ありがとう…ありがとう……

  • 96二次元好きの匿名さん23/05/26(金) 07:27:26

    『本日の第一位は牡羊座のあなた! 運命を決める一日になりそう! その相手は意外と身近に……? ラッキーアイテムは指輪!』

     外からはざあざあと、叩きつけるような雨音。
     最近は気温が高かったけれど、今日は雨のせいか妙に肌寒い。
     今日は休日だけれど、こんな天気では外へ出かける気には全くならない。
     なので、今はソファーでトレーナーさんとくっついて、まったりとしている。
     いわゆるおうちデート……一緒に住んでる場合も成立するのかな、これ。
     ホットココアをふーふーしながら飲みつつ、わたしはテレビ画面を指さした。
     わたしは牡羊座、サトノダイヤモンドちゃんも喜んでくれる3月31日生まれだ。

    「あっ、見てくださいよー、わたし今日運勢第一位ですよ」
    「へえ、占いも馬鹿にならないね……なんか特別な日になるんじゃないかな?」
    「またまた~、そんな上手いこといくわけないじゃないですか~」

     ちょっと驚いた表情のトレーナーさんに、わたしは笑いながら答える。
     特別な日……ふつーのあたしには、縁遠い言葉。
     まあ、トレーナーさんとこうして過ごすふつーの日こそ、わたしの幸せなんだけどね。
     それでも、憧れは心の片隅に残ってるわけで。
     両手を開いた状態で、腕を前に伸ばして、その指先をじっと見つめる。
     
    「指輪、指輪かあ~、やっぱ女の子としては婚約指輪とか、憧れがありますよね~」
    「……なんか憧れのシチュエーションがあったりするの?」
    「ええ~? そうですね、思い出の場所で、テレビ番組みたいな感じで」
    「……プールの底に沈んでる指輪を探すとか?」
    「なんでバラエティとくっつけるんですか! 普通に渡してください! というか思い出の場所そこ!?」

     見つけられる気がしない、ってそうじゃなくて。
     トレーナーさんの方を見ると、楽しそうに笑っていた。
     ……むう、乙女の憧れをからかわれたようである。
     わたしは頬をわざとらしく膨らませて、そっぽを向いて、唇を尖らせた。

  • 97二次元好きの匿名さん23/05/26(金) 07:27:54

    「……トレーナーさんの、いじわる」
    「あはは、ごめんごめん」

     そう言うと、トレーナーさんは優しくわたしの頭を撫でた。
     彼の大きくて温かい手のひらが、わたしの頭に、耳に、髪に触れていく。
     ちょっぴりくすぐったくて、とっても気持ち良くて、すごく安心する。
     一回、二回と撫でられるごとに、頭はふわふわ、ぽかぽか、夢心地。
     
    「ふあ……んっ……わたし怒ってますから……あと、5分は撫でてくださいね」
    「了解」

     本当は、最初からそんなに怒ってなんていないけど。
     この手に離れて欲しくないから、わたしは怒ったふりを継続する。
     きっとトレーナーさんも見抜いているけれど、何も言わず撫で続けてくれた。
     色々あって15分後、残念なことにトレーナーさんの手は離れてしまった。
     名残惜しさで切なくなる胸中を隠しながら、わたしは話を戻す。

    「えっと、トレーナーさんは逆に渡すシチュエーションって何かあります?」
    「……昔、ドラマでケーキか何かに入っているのは見たことあるかな」
    「おぉ、サプライズも良いですよね~、行きつけのレストランで……とか」
    「まあ良く行く店じゃないと、協力してくれないだろうね」
    「わたし達はそういうレストランはあんま行きませんからね、行きつけというと」
    「……お好み焼きのタネのなかに入れておくとか?」
    「あははは――――絶対にやめてくださいね」

  • 98二次元好きの匿名さん23/05/26(金) 07:29:54

     お好み焼きは好きだけど、小麦粉まみれの指輪は嫌すぎる。
     そもそも食べ物の中に入れるのは、色々と宜しくないような気がした。
     そう考えると、憧れのシチュエーションって、具体的に思いつかないなあ。
     まあ、ふつーなわたしに特別なシチュエーションなんて似合わない。
     日常の中で、何気なく、プレゼントされるのがわたしらしいのかな、なんて。
     ちらりと、トレーナーさんを見る。
     彼は何か考えるようにこちらをじっと見つめ、やがて口を開いた。
     
    「そういえば、君が指輪とかしてるの見たことないな」
    「持ってないですからね、実は今まで付けたことないんですよ~」
    「へえ、そうなんだ……ちょっとさ、左手を開いた状態で、前に出してくれる」
    「はい?」

     突然の要望に、わたしは何も考えず、言われたまま左手を出す。
     するとトレーナーさんは無言で、ぎゅっとわたしの左手を両手で握り締めた。
     
    「ひゃっ……!」

     大切なものを包むように優しく、かけがえないのものを掴むようにしっかりと。
     ダイレクトにトレーナーさんの体温を感じて、わたしは固まり、一瞬思考が飛ぶ。
     そして気づけば彼の手は離れていて、わたしの左手の薬指には、あるものが残されていた。
     まるで水滴を閉じ込めたような、瑞々しい、淡い青色の宝石がついた指輪。
     小さな頃に憧れた、いやそれ以上にきらきらとした輝きに、わたしは魅了されてしまう。

  • 99二次元好きの匿名さん23/05/26(金) 07:30:24

    「……綺麗」
    「ユークレースって石なんだ、調べたら、君にぴったりでさ」
    「ほわぁ、こっ、これかなりお高いんじゃないんですか?」
    「給料三カ月分ってとこかな」
    「ひえ……!」
    「初めての指輪で気に入ったのなら、付けていて欲しいな」
    「そっ、そりゃあ、目が離せないくらいですけど……!」
    「それは良かった、うん、本当に良かった」

     ちょっとおかわり入れて来るね、とトレーナーさんはマグカップを持って台所へ向かった。
     ソファーで一人残されたわたしは、激しい胸の鼓動を聞きながら、指輪を見つめる。
     
    「……えへへ」

     思わず、笑みが零れる。
     全く予想もしていなかった、トレーナーさんからのプレゼント。
     ちょっと豪華すぎる気もするけど、それだけに特別感があって、幸せの気持ちになれる。
     
    「それにしても、給料三カ月分なんて、婚約指輪みたいだあ……」

     合わせたようにつけてくれたのも左手の薬指。
     まったくもう、こんなの殆ど、プロポーズみたいなもんじゃん。
     乙女にこんな思わせぶりなことをするなんて、トレーナーさんってば。

     ………………うん?

     刹那、わたしは全身の血液が沸騰した気がした。
     転がるようにソファーから降りて、ドタバタと台所に向かう。
     そこには何事もなかったように、ホットココアを入れているトレーナーさんの姿。
     ぐちゃぐちゃな感情のまま、何も整理出来ない頭で、わたしは言葉を紡いだ

  • 100二次元好きの匿名さん23/05/26(金) 07:30:51

    「とっ、とれーなーさん! これ、ゆびわ! けっこん!? さんかげつ! くすりゆび!」
    「ステイステイ、ちょっと落ち着こう」
    「わたしは! れいせいさを! かこうとしてます!」
    「うん、すでに欠いてるよね……いや、そのとっくに気づいているもんかと」

     何の話だろう、思わず首を傾げた。
     確かに指輪の話はしていたけれど、こんな展開予想できるわけがない。
     トレーナーさんは僅かに赤面しながら、苦笑を浮かべた。

    「だって君、俺から指輪を貰うこと前提で話をしていたから」
    「…………はえ?」

     何を言っているんだろうこの人は。
     試しに、先程までの会話を思い返してみる。

     ――――普通に渡してください!
     ――――絶対にやめてくださいね。

     あー、これはー、わたしトレーナーさんから貰うこと前提で話してますねー。
     ただでさえ燃えるように熱かった顔が、さらに勢いを上げていく。
     ちゃうちゃう、これはそういうのじゃなくて、その、あの。

  • 101二次元好きの匿名さん23/05/26(金) 07:31:11

    「……あーもー!」

     破れかぶれになったわたしは、ぶつかるように彼に突っ込んでいく。
     ぽふんと、彼の胸元に真っ赤になった顔を埋めて、ぎゅーと抱き締める。
     そしたら、トレーナーさんもぎゅーと、抱き締め返してくれて。
     温かくて、心地良くて、どうしようもないくらい幸せで。
     言いたいこといっぱいあったのに、どうでも良くなってきちゃった。

    「……乙女の運命を全部決めちゃった、悪いトレーナーさんには罰を与えます」
    「うん」
    「この先も、ずうっと、わたしのことを幸せにしてください」
    「……言わせちゃったな、うん、それは絶対に誓うから」

     トレーナーさんは抱き締める力を強めて、わたしの耳元で囁く。

    「俺とずっと一緒に、幸せになって欲しい――――世界一可愛い、俺のヒシミラクル」
    「……っ!」

     ずるい、ずるい。
     こんな言われたら嬉しくなるに決まってるじゃん。
     幸せな気分なっちゃうに決まってるじゃん。
     全部入りのお好み焼きが、今だけはトレーナーさん色の染まってしまう。
     今日はもうダメだ、何をしても、貴方の味しかしないだろう。
     彼の胸元から鳴り響く心臓を音を聞きながら、わたしは小さく悪態をつくのであった。

    「ばか……ばか…………だいすき」

  • 102二次元好きの匿名さん23/05/26(金) 07:37:45

    最高

    これトレーナーの「占いも馬鹿にならない」ってセリフそういうことだったんすね…

  • 103二次元好きの匿名さん23/05/26(金) 07:45:03

    しおり兼保守

  • 104二次元好きの匿名さん23/05/26(金) 08:02:06

    いやいやイヤーッ
    グワーッ

  • 105二次元好きの匿名さん23/05/26(金) 08:12:28

    またSS投下されてる…感謝……供給多いけど無限に需要あるので助かる

  • 106二次元好きの匿名さん23/05/26(金) 08:55:32

    朝から幸せな気分になってしまった……ありがとう

  • 107二次元好きの匿名さん23/05/26(金) 09:13:04

    始まりはヒシミラクルが強引に押しかけ、
    同棲する内にトレーナーがヒシミラクルを担当から一人の女性へと意識するようになり、
    最後にはトレーナーからプロポーズする!
    完成しちまった...ミラトレ黄金の方程式

  • 108二次元好きの匿名さん23/05/26(金) 15:53:33

    心があったかくなる…

  • 109二次元好きの匿名さん23/05/26(金) 18:09:48

    >>103

    ガッチガチだな…

    分かるよ 最高だもんなこの流れ

  • 110二次元好きの匿名さん23/05/26(金) 18:30:21

    感想が遅れたけど良いものを見せてもらえたおかげで一日頑張れました……ありがとう

  • 111二次元好きの匿名さん23/05/26(金) 19:16:16

    ヒシミラクルって元が「期待されただけ頑張る」みたいに受け身ながら育成終盤でナチュラルに同居提案できる強かさを身に着けてるのがとても良い
    自分から大胆な言動に出てトレーナーが動くのを待つ理想的な誘い受けをしてそうな解釈が押しかけ同棲概念と合いすぎている

  • 112二次元好きの匿名さん23/05/26(金) 19:51:11

    なんかやけに続いてんなこのスレ…と思ったら良質なSSの投下場になっていた
    ありがてえ

  • 113二次元好きの匿名さん23/05/26(金) 20:50:05

    ありがたい……
    あーそれにしてもいつも頼れるトレーナーの情けないとこを見てしまったひしみーが怖いなー
    同棲を始めたら思ったよりズボラだったりGを退治できないかったりすることが判明して(この人はわたしがいないとダメなんだな)と思ってしまうひしみーが怖いなー

  • 114二次元好きの匿名さん23/05/26(金) 21:29:55

    「今日の特売は……キャベツとシーフードミックスが安いなんて、晩御飯はお決まりですねぇ」
     年季の入ったママチャリにまたがって、スーパーまで初夏の陽光を浴びながらサイクリング。流れる風は全力疾走のときに感じた強烈なものとは程遠く、この心地よさが気持ちいい。冷蔵庫に卵のストックはまだまだ残ってたし、今日はチラシに載ったものだけ買えばいいかな。
    「って、あれ。どうしてトレーナーさんがここに」
    「外周トレーニングのときはこの公園で集合して、それからトレセンに帰ることにしてるからな」
    「わたしのときは追いかけ回したのに……」
    「何か言った?」
    「いーえ、何も言ってませんよ」
     タイムセールでもないので遅れて行っても買い逃がすことはないからと、ベンチに腰掛けるトレーナーさんの横に腰掛ける。手元のファイルには所狭しといろんなメモが書いてあって、相変わらず頑張り屋なんだからと笑みが溢れた。それ以上の会話は特に続かず、ただ隣で腰掛けるだけののんびりした時間。もっとも、トレーナーさんはまだお仕事中なんだけれども。
    「それより、買い物は行かなくて良いのか?」
    「急ぐものでもないので、ゆっくりで良いんですよ」
    「まぁ、それもそうか」
    「それよりも、今日の晩御飯はお好み焼きですよ、お好み焼き。しかもシーフード玉」
    「そりゃ楽しみだ、ヒシミラクルのお好み焼きは世界一美味しいからな」
    「えへへ、それほどでも……とにかく、今日は残業なしで帰ってきてくださいね」
    「もちろん、熱々が一番美味しい」
     遠くからいくつもの掛け声が聞こえて来る、そろそろわたしはお暇しなきゃ。トレーナーさんが私を追い回すのに使っていた、思い出の自転車にまた乗り直してお買い物の続きへと走り出した。

  • 115二次元好きの匿名さん23/05/27(土) 02:30:13

    >トレーナーさんが私を追い回すのに使っていた、思い出の自転車にまた乗り直して

    ここが良い…現役時代の日常のアイテムで新しい日常を過ごしてるのが好き

  • 116二次元好きの匿名さん23/05/27(土) 03:31:38

    普段は渋とかそっちの方で活動してるけれども、良質なミラ子スレを見てついつい投稿しておきたくなりまして
    それが当然と思ってそうなヒシミラクルのトレラブ感が好き

  • 117二次元好きの匿名さん23/05/27(土) 04:28:38

    名SSスレ助かる…
    引退後ミラ子は自分の足で走るんじゃなくて、自転車乗ってるって概念妙にしっくり来るから好きです

  • 118二次元好きの匿名さん23/05/27(土) 13:22:42

    >>72

    良いSSでした…

  • 119二次元好きの匿名さん23/05/27(土) 13:32:18

    >>118

    カンカンカンカン!!!

    そいやこのジュースは現役の頃トレーナーさんとよく一緒に飲んだなあ(カンカンカン!!!)

  • 120二次元好きの匿名さん23/05/27(土) 13:48:59

    「ヒシミラクル・・・」
    「なんですかー?」

    卒業後にトレーナーさんと(半ば押しかけ気味に)同居を初めてから、早数ヶ月も経ったある日のこと、トレーナーさんが神妙な面持ちで声をかけてきた。

    「いや・・・俺の勘違いならいいんだが・・・」

    そう言いながらトレーナーさんはソファに寝転がる私の近くで跪くと

    むにぃっ、と

    そんな音が立つような揉み方でお腹を触ってきた。

    「な・・・にをするんですかセクハラトレーナー!」

    バチコンッ、とトレーナーさんの頭を叩くと、トレーナーさんは頭を抑えながら、衝撃的な発言をしてきた。

    「いやなミラ子、お前・・・」

    太ってない?

  • 121二次元好きの匿名さん23/05/27(土) 13:52:39



    「という訳でやってきました市民プール」
    「なんでよりによってプールなんですか!」

    あまりに衝撃的な発言を受けた私は、急いで埃の被った体重計をひっぱり出して、無実を訴えようとした。

    ・・・そもそも埃を被るほど体重計から目を逸らしていた時点で、ある種気づいていたのかもしれない。

    判決は有罪。刑罰はダイエット─ただしプールで、である。

    「残念ながら空き缶は持ってこれなかったけどな」
    「当たり前です!市民プールでやられたら恥ずかしくて私もうここにこれないで・・・いや、そっちのがいいのかも?」
    「いやお前が自発的に来なくても太ったらその都度連れてくるが」
    「鬼!悪魔!大家さん!」
    「家賃払ってるの俺だからな?」
    「うぅ・・・」

    そんな訳で、私の悪夢のプールトレーニングが再開されたのでした・・・。

  • 122二次元好きの匿名さん23/05/27(土) 13:55:01

    後は任せた

  • 123二次元好きの匿名さん23/05/27(土) 23:20:44

    鬼!悪魔!の次が大家さんになってるの好き

  • 124二次元好きの匿名さん23/05/27(土) 23:43:54

    なんだいこのSS倉庫スレは…良いじゃないの

  • 125二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 01:08:23

     トレーナーさんと一緒に暮らし始めてから、しばらく経った。
     最初の頃は、彼の気配とか匂いを敏感に感じてしまって、ドキドキの連続。
     最近はようやく慣れてきて、周囲を落ち着いて見る余裕ができてきた。

     ふつーだったわたしを見出して、奇跡を見せてくれて、たくさんの幸せをくれた人。

     学生の頃は、彼が有能で熱心で頼りになる、しっかりとした大人の男性に見えていた。
     きっと苦手なことなんてなくて、プライベートもきっちりしているんだろうなあ。
     そんな風に、わたしは勝手に思っていた。
     でも――――それは違った。
     例えば、トレーナーさんは虫が大の苦手。
     この間某黒光りする例のアレが出てきた時は、わたし以上に、大きな叫び声をあげていた。
     わたしも得意なわけじゃないけど、あまりに腰が引けてる彼が可哀相で、わたしが退治した。
     それに案外ズボラというか、自分のことを省みないところがある。
     朝ごはんは取らないのが当たり前、お昼もほどほど、夜はカップ麺がメイン。
     ……現役当時から知ってたら、絶対に怒ってただろうな、わたし。
     食生活に関しては、わたしがすごーく頑張って改善したため、もう問題はないけれど。
     まさか他人の生活習慣を矯正する側に回る日が来るなんて、思いもしなかった。
     そして、他にも色々とある中で、わたしにとって、もっとも重大なこと。
     ちらりとカレンダーを見れば、今日の日付に大きなマル。
     そう、今日が『その日』。
     トレーナーさんが帰ってくるのが待ち遠しくて、待ち遠しくて。
     わたしはステップしながら鼻歌を奏でて、夕食の支度をするのであった。

  • 126二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 01:08:38

     夕食を終えて、先にわたしがお風呂に入って。
     ほこほことした身体で、準備しつつ、彼がお風呂から上がるのを待っていた。
     アレが出来るように部屋を整理整頓し、色んな道具を揃えておく。
     色んな本を読んで、情報を集めて、気持ちよくしてあげられるように、いっぱい勉強した。
     もしかしたら、学生時代以上に勉強に身が入っていたかもしれない。
     ちょっぴり難しい内容や、恥ずかしい内容もあって、諦めようと思ったこともある。
     だけど、前にしてあげた時の、彼の幸せそうな表情を思い出すと。

    「……諦めるなんて気持ち、どっか行っちゃうんだよねえ」

     ああ、我ながらなんて単純で、色ボケなのだろうか。
     これも惚れた弱みというなのかな……そう思っていると足音が聞こえて来た。
     耳をピンと立たせて待ち構えていると、リビングの扉が開かれた。
     髪の毛を拭きながら薄着のトレーナーさんが入って来て、こちらを見て、目を見開く。
     ……この反応、忘れてたな? わたしはこんなに楽しみにしていたのに。
     でも、わたしの欲求は、もう抑えられそうにない。
     わたしは立ち上がって、彼に近づく。
     ふわっと、柑橘系の匂い。わたしがオススメしたシャンプーの香り。
     わたしと同じ匂いが、彼からするという事実に、ちょっとだけ胸が高鳴る。
     湧きあがる衝動は一旦横において、そっとトレーナーさんの耳に呟いた。

    「トレーナーさん、今日はー、お耳のお世話をする日ですよー……♪」

  • 127二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 01:09:01

     トレーナーさんの最大の問題点。
     それはお耳のケアが全く、出来ていないということである。
     現役時代に生活に支障が出そうなレベルで疎かになっていて、耳掃除をしてあげたことがあった。
     それ以降も機会を探っていたのだが、なかなか暇がなく気づけば引退し、卒業。
     そして、同棲生活を始めてしばらくしてから気づいた。

     ――――この家、耳かきどころか綿棒もないじゃん。

     許せなかった。
     『耳かき人間国宝』と(お父さんから)言われた、わたしのプライドが許せなかった。
     すぐさま耳掃除セット一式を購入し、帰ってきたトレーナーさんを有無を言わせず、わたしの膝(枕)に沈めて、思う存分に耳掃除をした。
     さすがの彼も驚愕の表情を浮かべていたけど、最後にはふにゃふにゃーっと気持ち良さそうな表情に。
     それからというもの、わたしは定期的にトレーナーさんに耳掃除をしてあげている。
     短期間でやると、むしろ悪影響なので月に二回までで我慢しているのだけど。
     そんな大事な大事な一日だから、出来るだけ気持ち良く、幸せにしてあげたい。
     そう思って、色んな勉強をして、色んな準備をしたのである。

    「さあさあトレーナーさん、こちらへどうぞ~」

     わたしはソファーの端っこに陣取って、太腿をポンポンと叩きながらトレーナーさんを呼ぶ。
     彼は苦笑を浮かべながら、すんなりとわたしの膝枕に頭を預けた。
     最初の頃は恥ずかしそうにしていたけど、今じゃ彼も慣れっこ。

    「ど~ですか? お風呂上りのあったか膝枕ですよ~?」

     さすがに冷めている気がするけど、こういうのはノリだと思う。
     彼は小さく唸り声を上げながら、わたしの太腿の感触を確かめると、小さく呟いた。
     太った? と。
     わたしは無言で彼の耳を、ちょっと強めに引っ張った。

  • 128二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 01:09:17

    「……こほん、じゃあまずは耳を揉んでいきますよ~、くにくに~」

     まずはマッサージから。
     トレーナーさんの耳を指で優しく、時折押し込むように、解していく。
     お風呂でしっかり耳の裏まで洗っているようで、そこら辺はとってもきれい。
     以前はその辺りも疎かになってたからなぁ、まったくもう。
     昔を思い出しながら耳の裏もぎゅっ、ぎゅっと力を加えていく。
     気づけばそれだけで、トレーナーさんの目つきはとろんとしたものになっていた。
     気持ち良さそうで何より――――でも、本番はここからなので。

    「ふぅ~♪」

     トレーナーさんの耳に軽く息を吹きかけて、意識を呼び戻す。
     びくんと跳ねるように彼は身体を震えさせて、ついでに奇声をあげた。
     その様子がちょっと可愛らしくて、わたしは思わず吹き出してしまう。

    「ぷっ……あはは、ごめんなさい、でも、耳掃除はまだ始まってないんで」

     恨めしそうにこちらを見つめるトレーナーさんの頭を、さらさらと撫でる。
     それもそうだね、と彼は答えて、また耳をこちらに向けてくれた。
     まあ、マッサージはとりあえずここまで。
     軽く耳を引っ張って、中の様子を確認する。
     二週間前にやったばかりなので、流石に中はそこまで荒れていなかった。
     耳掃除というよりはマッサージをするような形でやっていくことを意識しよう。

    「それではお待ちかねの、耳掃除をやっていきますよ~」

  • 129二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 01:09:33

     耳かきを優しく、彼の耳に入れていく。
     掻くというよりは、そっとなぞるように。
     あまり力を入れすぎないように、耳の入り口の方から始めていく。

    「かりかり、さりさり……ふふっ、トレーナーさんは、わたしの声が大好きですもんね~」

     これも同棲を始めてから、気づいたこと。
     耳かきをするとき、囁きながらやってあげると、とても気持ち良さそうにしてくれる。
     わたしの声と耳かきの音色が一致して脳が刺激される、とかなんとか。
     なので耳掃除をしてあげる時は、オノマトペを囁きながらやるようにしている。

    「すりすり~、こりこり~、痒いところはありませんか~?」

     何度も何度も、彼の耳の中を撫であげるようになぞっていく。
     そんな弱々しい力でも、耳垢は案外とれるもので、その都度トレーナーさんは気持ち良さそうに息を吐く。
     普段はもうちょっとお喋りなのだけど、今日は妙に大人しい。
     多分、疲れているのだろうか。
     そう思うと、胸がうずうずとしてきてしまう。
     もっと気持ち良くしてあげたい、もっと癒してあげたい。
     耳かきを持つ手に力が入ってしまいそうなのを何とか抑えて、言葉を紡ぐ。

    「……それじゃあ、奥もやっていくので、動かないよーに」

     少しだけ大胆に、耳かきを奥に進めていく。
     決して傷つけないように慎重に、力が入り過ぎないように丁寧に。
     そして彼が安心できるよう、出来るだけ甘い声色で、囁き声も入れていく。

    「かりかり……かりかり……どうですか? 気持ちいーですよね?」

     蕩けたトレーナーさんの表情を見れば、聞くまでもなかった。

  • 130二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 01:09:46

     気づけば、太腿に感じるトレーナーさんの頭の重みが増している。
     彼がリラックスして、わたしに身を任せてくれている証拠。
     もっと、もっとしてあげたいのだけれど、あまりやり過ぎも良くない。
     耳かきの出番は終わりで、今度は梵天か綿棒が定番、なのだけど。

     一つだけ――――してあげたいみたいことがあった。

     それはネットで見つけた、ウマ娘でしか出来ない行為。
     見ようによってはとっても、その、えっちというか、ふつーではない行為。
     昔ならば、ないないと言ってすぐ忘れてしまっていたようなこと。
     けれど今は、強く惹かれてしまって。
     わたしは自身の尻尾を前に出して、手に取った。
     うん、これならば尻尾の先端は、ギリギリ届くだろう。
     お風呂でお手入れは念入りにやったし、毛並みもツヤツヤ、匂いだって大丈夫なはずだ。

     …………本当にやるの?

     想像しただけで、顔から火が出るほど恥ずかしい。
     ネットでは凄い気持ち良いとか、元気が出たとか書いてあったけど、正直眉唾ものだ。
     でも本当に効果があるなら、彼にしてあげたい。
     ――――いや、効果なんて関係なく、わたしがやってみたい、と思ってしまった。
     ごくりと息を飲みこんで、尻尾の毛先を、彼の耳に近づける。
     
     ふぁさ、ふぁさ。

     わたしは自分の尻尾の先っぽで、トレーナーさんの耳の中をなぞり始めた。

  • 131二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 01:10:02

    「…………なんか、言ってくださいよ」

     手を動かしながら、ぽつりと呟く。
     トレーナーさんはこちらを見ていないが、何が耳に触れているのかはわかっている。
     その証拠に、彼の耳は真っ赤に染まっていて、触れるごとに身じろぎをしていた。
     しばらくの間、尻尾の擦れる音だけが場を支配して、やがて、彼が小さく言葉を紡ぐ。
     ――――気持ち良くて、良い匂いがして、とても幸せな気分だ。

    「……っ!」

     その言葉を聞いた瞬間、顔は燃えるように熱くなり、心臓が大いに暴れ出す。
     ああ、尻尾の感触を知られてしまった、尻尾の匂いを覚えられてしまった。
     やってしまったやってしまったやってしまった――――やって良かった。
     気持ち良くなってくれたことが嬉しくて、幸せだって言ってくれたことが嬉しくて。
     恥ずかしい以上に、幸せだという気持ちで胸がいっぱいになってしまう。

    「あの、いま、こっち見ないでくださいね」

     ふぁさふぁさと、尻尾での耳掃除を続けながら、わたしはそう伝える。
     今の顔は、見せられない。
     こんな緩んだ表情は、乙女としては絶対に見せるわけにはいかないのである。
     トレーナーさんはこくりと頷いて、わたしの尻尾を堪能するのであった。

  • 132二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 01:10:16

     トレーナーさんと同棲を始めて、彼の弱い部分が見えるようになった。

     虫が苦手なこと。
     自分を省みず、不健康な食生活を続けていたこと。
     耳の手入れが出来ていないこと。

     でも、それは決して、彼の嫌な部分というわけではない。

     虫は苦手だけど、いざアレが出てくれば、嫌々ながら最後は立ち向かおうとはする。
     ちゃんとご飯は食べてなかったけど、わたしの料理は毎日美味しいって残さず食べてくれるし、洗い物もやってくれるし、休みの日は一緒に料理もしてくれる。
     耳掃除に関しては、ぶっちゃけ半分以上はわたしの趣味なのだけれど、理解したうえで、付き合ってくれる。
     弱い部分も愛おしくて、支えてあげたくなって、幸せにしてあげたくなって。
     結局のところ、わたしはトレーナーさんの全部が好きで好きで、仕方ないってことなのだろう。

    「我ながら、色ボケだぁ……」

     太腿の上で小さく寝息を立てるトレーナーさんの頭を撫でながら、呟く。
     こうしてるだけでも、どんどん幸せになってしまうのだから、付ける薬がないというもの。
     彼といるだけで毎日が幸せで、彼が幸せな気分になってくれると、更にわたしも幸せになれる。
     こんなの――――離れられるわけないじゃん。
     わたしは眠る彼の耳元で、小さく言葉を告げる。
     ベタ惚れなのがちょっとだけ悔しくて、口からは捻くれた内容が零れてしまう。

    「トレーナーさん、わたしがずっと、一緒にいてあげます」

     ――――トレーナーさん、わたしとずっと、一緒にいてほしい。
     
    「あなたは、わたしがいないと、ダメなんだから」

     ――――わたしは、あなたがいないと、ダメなのだから。

  • 133二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 01:11:11

    >>113の内容のはずだったのに性癖が漏れ出して収拾がつかなくなってしもうた……

  • 134二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 01:14:30

    ちょうどコーヒーに入れる砂糖切らしてた
    甘々で良かった

  • 135二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 01:16:55

    いつもお世話になっております推定耳掃除フェチの御大•••

  • 136二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 02:19:19

    そういうプレイなん?ありがたいです

    あーお次は結婚してからも何かにつけてほめ殺してくるトレーナーに意趣返しするひしみーが怖いなー
    からかって「世界一カッコいい私の旦那さん」とか言ってるうちに恥ずかしくなるんだけどあとに引けなくなって惚気てたらお互い真っ赤になっちゃうトレーナーとひしみーが怖いなーこんなのお出しされたら怖くて夜トイレ行けないなー

  • 137二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 02:36:13

    ひしみー引かなかったけどもしかして可愛い?

  • 138二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 07:55:51

    >>137

    👺

  • 139二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 08:14:38

    ウマ娘にしか出来ないプレイ
    コレを待っていた!!!

  • 140二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 08:22:57

    >>125

    同じシチュだし再掲かなー?とか思ってたら新作だったわ助かる🙏

    朝から超甘いSS見られて幸せです

  • 141二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 14:17:47

    すみません、ここに来れば
    「元クラスメイトを家に招いてトレーナーとの『ふつーの同棲生活』とやらを披露するんだけど『あれ』『それ』で全部話が通じるし同じ空間にいるときは尻尾絡んでるしハチャメチャにいちゃつきまくってクラスメイトに『は?』みたいな顔をされるすごくすごいミラ子ちゃん」
    が見られると聞いてきたんですが!

  • 142二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 15:42:16

    >>141

  • 143二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 20:32:01

    「ヒシミラクルは、本当に美味しそうに食べるね」

     あるデパートのフードコート。
     週末、わたし達はデートに出かけていた。
     家具屋さんで、ベットやソファーを見て回って、現在はお昼ご飯の真っ最中。
     現役時代はなかなか手が出せなかったビックサイズのパフェを頬張るわたしに、トレーナーさんは優しく微笑みながら声をかけた。
     ……おっと、今日はトレーナーさんじゃなかったな。

    「だってメチャ美味しいもん~、食べてみてくださいよ……『旦那さま』」
    「……俺は見てるだけでお腹いっぱいだよ、その呼び方、なんかくすぐったいな」
    「ふふっ、いずれはお気に入りを決めてもらいますからねー旦那さま?」

     最近の、わたしのマイブーム。
     トレーナーさんではなく、別の呼び方で、彼を呼ぶこと。
     その日の気分に合わせて、アナタだったり、ダーリンだったり、色々と変えるのが楽しい。
     ちなみに今まで一番反応が良かったのは、『ご主人様』だった。
     メイドかぁ、ちょっとわたしにはビジュアル的にも性格的にも似合わないかも。
     ……まあ、一回くらいなら着てみても。
     スプーンを動かしながら、そんなことを考えていると、彼は何気なく呟いた。

    「本当に、キミは日本一可愛く、幸せそうにパフェを食べるウマ娘だな」
    「むぐ」
    「きっと芸能界デビューしたら、CM女王に間違いなしだ」
    「むぐぐ」
    「俺の奥さんには勿体ないくらいの、素晴らしい女性だよ」
    「むぐぐぐ、だっ、旦那さまー、そんなベタ褒めせんといて……」

     わたしが顔を熱くさせながら懇願すると、彼はきょとんした表情で首を傾げる。
     彼が、名実ともにわたしのトレーナーさんだった頃の、悪癖。
     過剰なまでの褒め癖は、未だに健在であった。

  • 144二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 20:32:19

     悪くはない、悪くはないんよ、うん。
     褒めてくれると嬉しいし、もっとがんばろーって気持ちにもなる。
     可愛い可愛いってお世辞でも言ってくれれば、幸せな心地にもなれる。
     でも今みたいな公共の場で、ガンガン褒めるのはわたしもどうかと思う。
     ほら、隣の人とかチラチラとアタシの方見てるしー。

    「いや、思ったことを言っただけなんだけど、嫌だったか?」
    「嫌じゃ、ないん、ですけど」

     というか素かー、無意識でわたしのこと可愛いとか言っちゃうのかー。
     嬉しい、嬉しすぎて、尻尾がパタパタ揺れるのを抑えきれない。
     でもでもー、恥ずかしいのは本当だから、人前では控えて欲しい。
     なんか良い手段はないものだろうか。

     ふと、視界の片隅に、学生と思われる集団が見えた。

     わたしが彼と出会った時くらいの年齢だろうか。
     男女のグループできゃあきゃあ騒ぎながら、ちょっとしたゲームに興じている。
     そういえば、昔、愛してるゲームとか流行ったことがあったな。
     刹那――――わたしの脳裏に電光が走った。
     慌てて残っていたパフェをかき込むと、口元を拭いて、彼でと提案する。

    「旦那さま、ゲームをしませんかー?」
    「……ゲーム」
    「ええ、名付けて、褒められるゲームです!」

     ドヤ顔で言い放っておきながら、もう少し良い名前あっただろって思ってしまった。

  • 145二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 20:32:37

     ルールは至ってシンプル。
     お互いに褒め合っていき、照れてしまった方が負け。
     なお、照れたら負けはお互いに適応されるため、歯の浮くような台詞を言うにもバランスが大事。
     とまあ、理屈はこねくり回したものの、要は旦那さまに褒められる身になって欲しい、ということである。
     彼は興味深そうにわたしの話を聞いて、こくりと頷いた。

    「なるほど、面白そうではあるね」
    「でしょ~? じゃあさっき旦那さまが褒めたから、わたしが先行で」
    「……ずるくない?」
    「提案者特権ですー」

     呆れたような表情で抗議を口にする旦那さまを無視して、わたしは思考を巡らせる。
     最初はシンプルに、ストレートに攻めていこう。
     彼の目をじっと見つめて、出来る限りの笑顔で、わたしは言葉を紡ぐ。

    「とっても頼りになって、素敵な、わたしの大好きな旦那さまです!」
    「うんありがとう……俺の大好きな、可愛い可愛いヒシミラクル、君との出会いが俺の奇跡だよ」
    「……っ!」
    「今照れた」
    「…………っという感じで進行しますから! じゃあ次からが本番っ!」
    「ええ……」

     危ない危ない、カウンターの危険性を失念していた。
     言う時も油断せずに、全身全霊で望まないといけない。
     大きく深呼吸して、両頬を軽くぺちんと叩いて。

    「さあ、始めていきますよー♪」

  • 146二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 20:32:57

    「わたしが作ったお好み焼きを、美味しそうに食べてくれるのが好きです」
    「お好み焼を作る時だけ、いつもの倍くらいテキパキ動くのが好きだよ」
    「あっ、それなら作ってる時じっと鉄板見てる旦那さま、可愛くて好きだなぁ」
    「だったらメニュー見ながら幸せそうに悩んでるキミも、面白くて好きかな」
    「じゃあじゃあ! 綺麗にひっくり返せた時、おぉーって喜んでくれるの、好き!」
    「ははっ、俺も綺麗にひっくり返せた時のドヤ顔を浮かべるところ、好き」

     ――――やばい、超楽しい。

     もはや褒めるというより、お互いの好きなところを言い合うゲームと化している。
     趣旨はどっかに吹っ飛んでしまったが、やめられない、止まらない。
     正直お互いに顔は赤くなっているのだけど、それを指摘するのが無粋に感じてしまう。
     ああ、わたしって、こんなに旦那さまが好きなんだなあ。
     ああ、旦那さまって、こんなにわたしが好きなんだなあ。
     そういうことがわかって、どんどん幸せになって、幸せスパイラルで。
     
    「旦那さまは脱ぐと、意外に」

     戦いが危険な領域に突入しようとする、その瞬間だった。
     ガタッと隣の椅子が動き、わざとらしく音を立てて、誰かが座る。

    「やっほーミラ子、あっトレーナーさんもお久しぶりです」
    「……はえ?」
    「えっと、確かキミはトレセン学園の」

     その声に、聞き覚えがあった。
     というか、つい最近会って話をしたばかりのはずだ。
     油の切れた機械のようにギリギリと声の方を向けば、そこには黒髪のウマ娘。
     赤い髪の子と一緒に仲良くしていた、わたしの親友の一人が、隣に座っていた。

  • 147二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 20:33:46

    「いやあ、もっと早く声かけようとは思ってたんだよ?」
    「……ちなみにいつから見てたの?」
    「『いや~ん甘いもの食べた~い』って若干キモい声色でトレーナーさんの腕に抱き着きながらお店に並んでたところ」
    「椅子に座る前!」

     その時点で声かければ良いじゃん! ここまで泳がせとく意味ないじゃん!
     唸り声を上げながらじっと睨みつけるわたしを見て、彼女は苦笑を浮かべる。

    「正直お邪魔しちゃ悪いかなって思ってたんだけど、見るに見かねてね、好き好き大好きゲームだっけ?」
    「ゲームしか合ってないよ~……ん? 見かねて?」
    「うん、まずはミラ子、トレーナーさんもかな? 二人は自分の知名度を甘く見過ぎだね」

     そう言いながら、彼女はスマホの画面を見せた。
     表示されているのはウマッター。
     文字の様子から、どうやらわたしの名前で、エゴサーチみたいなことをしているようだ。

    『フードコートでイチャついてるヒシミラクル見つけた』
    『俺、現役時代のヒシミラクルにガチ恋しててさ、あー脳が破壊されるー』
    『トレーナーさん何やってんの!?』
    『少しいい雰囲気じゃない? もしかしてデートかな?』
    『うわー、なんか顔真っ赤』
    『照れちゃってカワイイ……ますますファンになりそ~!』

     バッと立ち上がり、周囲を見渡す。
     するとこちらを見ていた周りの人達が一斉に目を逸らした。
     トレーナーさんもスマホに鬼電があったらしく、顔を青くしている。

    「これ以上は流石に止めないとかなって……」

     申し訳なさそうな表情で口元を押さえてプルプル震える親友……いや絶対に笑ってるよね!? 口元それ隠してるだけだよね!?

  • 148二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 20:34:08

     沸騰しそうなほどに煮えたぎる頭、ぐるぐる回っていく思考。
     ウマ娘の鋭敏な耳は、こそこそと話をする周囲の声を拾ってしまう。
     やってしまった、やらかしてしまったことは、もうなかったことには出来ない。
     覆水盆に返らず、というやつだ。
     ……でも、わたしこの言葉あんまり好きじゃない。
     旦那さまとは一緒に頑張って、一緒に失敗して、一緒に成功してきた仲なんだ。
     器の水を零したくらいで、はいお終いなんて、そんなの寂しすぎると思う。
     色々と流されて、開き直って頑張って、G1にまで至ったわたしにはむしろ。

     毒食らわば皿まで――――こっちの方が合ってるんじゃないかな?

     よぉし! だったらいっそ! 見せつけてしまおう!
     わたしはスマホを見ている旦那さまの横に立って、腕を組んで、無理矢理立ち上がらせる。
     呆気に取られる彼と親友を、尻目に、わたしは息を吸って大きな声をあげた。

    「みなさーん!」

     バクバク心臓が鳴る、何をやってるんだと理性が警告する。
     でも、止まろうとする意思は、どこにも感じられなかった。
     もしかしたら、わたしずっと自慢したかったのかもしれない。
     世界で一番大好きな、わたしの大切な人を、皆の前で褒めたかったのかもしれない。
     それに気づくとお腹に力が入ってきた。
     わたしはフロア全体に響き渡るほどの大声で、高らかに宣言する。

    「この人が! 世界一カッコいい! 私の旦那さんですっ!」

  • 149二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 22:30:21

    見る栄養素
    ありがとう。これで今夜はすやすや眠れる。

  • 150二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 23:24:03

    「あっ、いらっしゃーい。さぁさぁ~上がって上がって~」
    「あんたの家じゃないでしょ……お邪魔します」
    「あはは、ゆっくりしていってね」

     朗らかに微笑むミラ子とその元トレーナーさんが出迎えてくれる。
     好奇心で高鳴る胸の内を隠しつつ、私は二人の愛の巣へと足を踏み入れた。

     ――――それがとんでもない魔境であるだなんて、この時の私は知る由もない。

     事の発端は、先日、私とミラ子を含めた学生時代の友人でお茶した時のこと。
     その時の主な議題は、なんといってもミラ子の同棲生活の話だった。
     なんやかんやで、私達も大人になって、彼氏くらいはいたことがある。
     けれど一番進んでいるのは、卒業後すぐに元トレーナーの家に押しかけたミラ子。
     同棲生活なんて未知の領域、そこに私は興味津々だったわけなのだけど。

    『いや~、特に話すことなんてない、ふつーの生活だよー?』

     そんなことを、いけしゃあしゃあと言うわけで。
     ほーん、それなら見せてもらおうか、と冗談混じりで言ったらあっさり了承されたのである。
     せっかくなので、良く一緒に居た黒髪の友人も誘ってはみたものの。

    『……いいえ、私は遠慮しておきます』

     と、すげなく拒否られた。何故敬語。
     あの子は一度ミラ子と元トレーナーさんの家に言ったことがあるらしく、遠慮したみたい。
     そして妙に実感のこもった重たい口調で、一つ、言葉を添えた。 

    『アンタは自分でミラ子の家に行こうとした、そのことを良く認識して家の扉を開けてね』

     怖いよ、一体あの家で何があったんだ。

  • 151二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 23:24:17

    「座って座って~、遠慮せずにくつろいでね~」
    「うん……そういえばミラ子、エプロン姿初めて見たけど、似合ってんじゃん」
    「えへへー、ダーリンが選んでくれたんだー♪」
    「……ダーリン」

     ゴングが鳴った直後、私は軽いジャブを食らう。
     ダーリンて、アンタそんなキャラじゃなかったでしょ。
     しかしあまりにも幸せそうに、ふにゃーっと笑うミラ子を見ると、言う気が失せる。
     もやもやする気持ちを誤魔化すように、私は出してもらったクッキーを一つつまむ。
     サクッっと心地良い食感、程よい甘みとシナモンの香り、口の中に幸せな感覚が広がっていく。
     これは――――絶品だ。
     慌てて手元を見直してみると、若干形が不揃いで、それが手作りであることがわかった。
     まさかと思い、視線をミラ子に向ければ、ドヤ顔で胸を張る彼女の姿がある。

    「えっ、これもしかしてミラ子が? お菓子作りとか出来たっけ?」
    「ふふーん! 実はわたしにメチャスゴな才能が眠っていたみたいでー!」
    「……まあ、その形になるまで何度も炭みたいの食べさせられたけどね」
    「あっ! もーっ! ダーリンってばそれは内緒だってばー!」
    「あはは、ごめんねクーちゃん」

     ミラ子は隣に座る元トレーナーさんを、ぽかぽかと軽い力で殴りつける
     ――――エグいボディブローを2、3発もらった気分だった。
     いや、クーちゃんって。
     そしてこの人達なんでクッキーの質問したら流れるようにイチャついてんの?
     ミラ子怒ってるように見せかけて、尻尾がどう見ても喜んでるし。
     私はその光景を眺めつつ、無言で紅茶を口にする。
     あーミルクティーおいしー。

  • 152二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 23:24:35

    「……俺そろそろ仕事あるから。ゆっくりしていってね」

     そう言って元トレーナーさんは席を立とうとした。
     話の切り出し方が唐突で、多分私に気を使ってくれたのだと思う。
     悪いことをしたと思う反面、正直助かったと思う私がいる。
     このままコーナーに追い込まれて、殴られ続けるのは、流石に厳しかったからだ。

    「あっ……」

     立ち上がろうとする元トレーナーさんの服の裾を、ミラ子は摘まんでいた。
     切なそうな、寂しそうな表情を浮かべて、小さく声を上げる。
     見ればミラ子の尻尾は元トレーナーさんの足に巻き付いており、その想いを感じられた。
     自分の行動に初めて気づいたのか、ミラ子は恥ずかしそうに顔を俯かせる。
     そんな彼女に元トレーナーさんは柔らかく微笑んで、耳元に顔を近づけた。

    「また後で、ね? クーちゃん?」
    「…………はい」

     ――――ふざけてんのかコイツら?
     流れるコンビネーションからアッパーカット食らってこちとら膝ガックガクだっての!
     後でね? じゃないんだよ、後で何するんだよ、ああ!?
     ミラ子もミラ子でうっとりした顔すんなし! 親友の雌の顔とか見たくないんだけど!?
     私はクッキーを2、3枚まとめて口の中に入れて、紅茶を口にする。
     あー! クッキーおいしー! ミルクティーおいしー!

  • 153二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 23:24:53

    「でねー、鮎の煮干しがねー」
    「あはは、ウケるねそれー」

     元トレーナーさんが立ち去った後、私達は他愛もない話で持ち上がっていた。
     ミラ子は左手で髪をいじりながら、楽しそうに笑みを浮かべている。
     これこれ、こういうのを私は望んでいたんだ。
     いや発端を考えれば、今までのが望みだった気もするが、あんな高濃度なのはNGだ。
     
    「ニンニクを揚げた牛脂でー」
    「……うん、そうだね」

     左手で何度も髪をかき上げるミラ子。
     ……この子こんなに髪をイジるクセあったっけ?
     なんとなく違和感を覚えつつも、その正体が掴めないまま会話を続ける。

    「鶏油をー」
    「なんでだろうね……ん?」

     ミラ子が頬に左手を当てた時、私はついに見つけた。
     彼女の左手、その薬指に輝く指輪の存在を。
     学生時代、あまり手につけるアクセサリを好んでいなかったミラ子。
     そんな彼女が指輪をしている事実に、私の好奇心は大いに刺激される。
     そして、気づいた時には、ミラ子に対して問いかけていた。
     ――――問いかけて、しまった。
     
    「ミラ子、その指輪……」
    「えっー! 嫌だなー見つかっちゃったか―! えーそんなつもりはなかったんだけどなーでもどうしても聞きたいっていうなら仕方ないなー! えへへ、これねーダーリンがくれたんよー! うーん、どこから話したらいいかなー? 同棲し始めた時の辺り…………ちゃうちゃう、やっぱスカウトしてくれた時のことから話さないとダメだよねー? あれは皆とトレーニングしていた後の話で――――」

     この瞬間、ようやく私は、自分がまんまと誘い込まれたのだと理解した。
     それから約一時間、ミラ子はノンストップで元トレーナーとの出会いからプロポーズまでを語るでのあった。

  • 154二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 23:25:10

    「ってことなんよー、もー恥ずかしいよねー」
    「……ハイ」
    「あっ、紅茶なくなっちゃった。なんか飲みたいものあるー?」
    「…………濃い目のコーヒー、ブラックで」
    「おぉ、大人だぁ」

     アンタほどじゃないよ、という言葉は何とか我慢する。
     待っててねーと立ち上がるミラ子に、ごゆっくり、と心からの言葉を送った。
     まだ少しだけカップの中に残っていた冷めきった紅茶を飲み干しながら、天井を見上げる。
     ……まあ、正直、ふつーの生活なんてあんまり信用してなかった。
     最終的にアンタ全然普通じゃないじゃーん! ってツッコミ入れて終わる流れだと思っていた。
     まさかこんな地獄みたいな状況になるなんて……予想できるわけないじゃん……!
     後悔の念に苛まれつつ、私はただぼーっと待ち続けてた。
     そして、15分が経過した。

    「…………いや遅くね?」

     いくらあの子がズブいタイプとはいえ、そんなに時間がかかるだろうか。
     そこまで本格的なコーヒーを淹れてくれている? なら最初から出しそうなものだけど。

     ふと、私の耳が、部屋の外からの音を拾い上げる。

     これは、話し声だろうか。
     ウマ娘の聴覚は鋭敏は、しっかりと耳をすませば、小さな声でも拾い上げることが出来る。
     私は目を閉じて、耳に意識を集中して、その小さな話し声の内容を聞き取った。

    『……もっと、強くぎゅーっとしてください』
    『こうかい? クーちゃん?』

     ――――な に し て ん だ こ い つ ら 。

  • 155二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 23:25:33

    『ん……っ、はい、もっと強く、長く、ぎゅーっとしてください』
    『いや、その、お友達、待たせているんじゃないのか?』

     そうだよ元トレーナーさん、もっと言ってやってください。

    『そうなんですけどー……指輪の話をしていたら、昔を思い出して』
    『指輪の話をしてたんだ』
    『はい、どーしても聞きたいって』

     ミラ子さーん、事実を歪曲をするのやめてくれませんかねー。
     私は指輪が気になってはいけれど、聞きたいなんて一言も言ってないんですがー。
     当然私の心の声なぞ届くわけもなく、ミラ子達のこそこそ話は続いていく。

    『それで、昔みたいな感じで、今みたくいっぱい甘えたくなっちゃって……』
    『昔みたいって』
    『制服だってまだ着れます……あの、ダメ、ですか……トレーナーさん』
    『……! その呼び方は……! いっ、今はダメだ、こんなの見られたら』
    『えへへ、ドキドキしちゃいますよねー?』

     こっ、こいつ、私の存在をダシに特殊プレイを……!

     数分後、なんやかんやあってミラ子はコーヒーを持って戻ってきた。
     その時、まるで何事もなかったかのような表情を浮かべるミラ子に、私は初めて恐怖を覚えるのだった。

  • 156二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 23:25:48

     気づけば、私は帰路についていた。
     夕食も誘われたが、丁重にお断りした。
     あの家の今日の夜については一切考えたくはない。
     なんとなくスマホを見ると、着信が一件。
     それは今日一緒に来るのを断った、黒髪の親友からだった。
     すぐさま折り返しの電話を入れると、待ち構えていたかのようにすぐに彼女は出た。

    『はぁい、そろそろ終わった? 精神は無事?』
    「…………アンタ、わかってて止めなかったでしょ?」
    『うん、本当は止めようかなって思ったけど、やっぱり親友とは想いを共有したいなって』
    「こやつめハハハ」

     どうやら、私は陥れられたようである。
     まあ、彼女も同じ地獄を体験したのならば、あまり怒る気にもなれない。
     大きなため息をつきながら、私は今日あったことを話し続ける。
     昭和のアベックみたいな呼び名で声を掛け合っていたこと。
     一挙一動でイチャイチャされていたこと。
     ちょっと隙を見せた瞬間惚気られたこと。
     最終的に制服プレイに至ることを知ってしまったこと。

    「まあ、私も迂闊だったかな、あんな見え見えの指輪の誘いに乗るなんて」
    『というか、最後の方、割と普通で良かったじゃん』
    「えっ」
    『私の時なんてミラ子のG1の話からスーパークリークさんの話に繋がって最終的に疑似相関間接相互でちゅね遊びに着地したからね』
    「なにその悍ましいワード」

     というか対面ミラ子なのにミラ子の話したらワンキルルート確定するの環境壊れてるでしょ。

  • 157二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 23:26:17

    『それで、あの二人見て、正直どう思った?』
    「……そういうアンタはどう思ったの?」
    『うーん、多分同じ感想だと思うなあ……じゃあ、一緒に言ってみようか……3』

     その言葉に、私は立ち止まって空を見上げる。
     日は落ちかけて、空は燃えているかのように紅い。
     脳裏に思い浮かぶのはミラ子の楽しそうな笑顔。
     いつも楽しそうにしていた子だったけど、あの頃と同じか、それ以上に楽しそう。
     
    『2』

     次に浮かぶのは、元トレーナーさんの楽しそうな表情。
     まだ連敗中だった頃のミラ子を見出して、栄光へと導いてくれた人。
     ミラ子曰くちょっと厳しくて、熱心で、優しくて、頼りになる人。
     きっと、あの二人じゃなければ、奇跡は起きなかった。出会いこそが奇跡だった。

    『1』

     色々と、言いたいことはあるけれど。
     大切な、そして自慢の親友が幸せそうにしてるなら、まあ良いかな。
     おめでとう、これからも末永くお幸せに。
     ……と告げるには少しだけムカついたので、それはそれとして言いたいことを言う。
     次の瞬間、私達は声を揃えて言った。

    『爆発しろって思ったよね』
    「爆発しろって思ったよね」

  • 158二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 23:33:19

    爆発しろ(乙です甘々で良かったです)

  • 159二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 23:42:17

    すごくすごいです!
    ミラ子ちゃんとトレーナーさんがその…ぶわーってなって…
    こう、とにかくすごいです!!

  • 160二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 23:51:22

    >>153

    ちょっとラーメン発見伝の話してて芝


    それにしてもなんでここまでバカップルになってしまったんだ……

  • 161二次元好きの匿名さん23/05/29(月) 00:07:26

    >>147

    >>『少しいい雰囲気じゃない? もしかしてデートかな?』

    マンハッタンカフェのシナリオに出てくる通行人はマジでどこにでもいるんだな…

    もはや何かの怪異になってないか?

  • 162二次元好きの匿名さん23/05/29(月) 04:59:14

    バカップルだ!!!アホップルだ!!!!流石にこれはミラ子の親友のモブちゃんに同情する…
    親友の雌の顔みたくないってところで吹いたわ

  • 163二次元好きの匿名さん23/05/29(月) 04:59:18

    いつの間にか口角が限界まで上がって心温まるSS保管庫になってて嬉しい…ウレシイ…

  • 164二次元好きの匿名さん23/05/29(月) 12:37:24

     その日のわたしは、ツイていなかった。
     今日は友人とお出かけの予定だったが合流した後に、友人に急用が発生して即解散。
     仕方ないので一人で目的のお店に行ってみれば、そちらもまさかの臨時休業。
     もう今日はそういう、ふつーじゃない日なのだろう。
     沈んだ気分のまま簡単に昼食を済ませて、すごすごとお家へと帰る。

    「トレーナーさんがいてくれたらなあ……」

     トレーナーさんのマンションの鍵を開けながら、一人呟く。
     確か今日はトレーナー同士の勉強会で、帰りが遅くなると話していた。
     これもまた、ツイていない。
     彼がいてくれたら、沈んだ気持ちなんて、一瞬で回復しちゃうんだけどなー。
     ため息をつきながら、扉を開ける。

    「……あれ?」

     するとそこには、一足の革靴が並んでいた。
     手入れされて艶が出ている、あまりこなれていない雰囲気の革靴。
     それは先日、わたしがトレーナーさんにプレゼントしてあげたものである。

    「トレーナーさん、帰って来てるんだぁ……!」

     思わず顔が綻んでしまう。
     さっきまで淀んでいた胸の中はパァっと晴れやかになっていく。
     きっと、トレーナーさんも勉強会の予定がキャンセルになったのだろう。
     嬉しい、ツイている、ミラクルだ。

    「あは♪」

  • 165二次元好きの匿名さん23/05/29(月) 12:37:40

     せっかくなんで、驚かせてあげよう。
     わたしはひっそりと足音を立てないように、リビングへと向かう。
     扉の向こうのリビングからはがさごそと物音が聞こえてくる。
     早く会いたくてドキドキする気持ちを堪えながら、わたしはドアノブに手をかけ。

    「…………えっ?」

     匂いを感じ取った。
     それは毎日のように嗅いでいる、大好きなトレーナーさんの匂い。
     そして――――それとは別の匂いが、混ざっていた。
     身体と、頭と、心が、まるで凍てついたかのように冷えていく。
     
    「ふぅ、ヒシミラクルは、なかなかヤラせてくれないからなあ」

     その言葉に、わたしの脳がハンマーで殴られたかのような衝撃を受ける。
     お好み焼きを上手くひっくり返したら、微笑んでホメてくれるトレーナーさん。
     わたしが作ったお好み焼きを、美味しそうに、幸せそうに食べてくれるトレーナーさん。
     まさか、彼がこんなことを考えていたなんて。
     わたしは、ドアノブから手を離す。
     手が震えてしまって、中にいる彼に、気づかれてしまうから。

    「あの子といるのは幸せだけど、こういう欲求は別だよな」

     ……うそだ。
     この人はトレーナーさんなんかじゃない。
     トレーナーさんが、こんなことを言うわけがない。
     トレーナーさんが、わたしを裏切るようなことを、するわけがない。
     頭で必死に否定するけれど、共に過ごしてきた感覚はこれを現実だと残酷に告げる。
     一緒に過ごしているだけで、お好み焼きを食べているだけで、幸せだと思ってた。
     きっとトレーナーさんも、幸せと感じてくれてるって、思ってた。

  • 166二次元好きの匿名さん23/05/29(月) 12:38:03

     でもそれは――――わたしだけだったの?

     身体の震えが止まらない、足に力が入らなくて、ぺたんとへたり込む。
     中からは、少しだけ水気と、粘度を感じる物音。
     信じたくなくて、受け入れたくなくて、耳を伏せてしまいそうになる。
     でも逃げてはいけない、逃げて、見なかったことにしたら、きっと皆が不幸になる。
     わたしはぎゅっと両手を握り締めながら、部屋の中の物音に、耳を澄ませる。
     小さく地面に液体が零れる音。
     そして、呆れたような声色で、トレーナーさんが悪態をついた。

    「うっ……あーあー、派手にヤッちゃったなあ、後で掃除しないと」

     わたしの脳裏で、部屋のカーペットが白い液体で塗れる情景が浮かぶ。
     同棲し始めてすぐの頃、トレーナーさんと一緒に買いに行った白と青のカーペット。
     キミのメンコの色と一緒だねって、微笑んで言ってくれた、カーペット。
     それが、彼のタネで、汚されていく。

    「やめて……わたし達の場所を……思い出を…………汚さんといて……!」

     気づけば、頬に一滴の水が伝っていた。
     ああ、わたし、泣いているんだ。
     こんなトレーナーさんのことが好きで、大切で。
     そんなトレーナーさんに裏切られたことが、とても辛くて。
     だから、涙が止まらないんだ。
     嗚咽が聞こえないように、震える手で、口元を押さえる。
     やがて、部屋の中からは熱さを感じさせる音色が響いていく。
     少しずつ出来上がっていく状況を、わたしはただ泣きながら待っているしかない。
     ふと、トレーナーさんが、小さく呟いた。

    「これ、ヒシミラクルより上手いんじゃないのか?」

  • 167二次元好きの匿名さん23/05/29(月) 12:38:18

     その言葉を聞いた瞬間――――ぷつんと何かが切れた。
     わたしはすっと立ち上がり、勢いよく扉を開ける。
     ガシャンと激しい音に、トレーナーさんが身体を震わせ、目を見開く。
     わたしは彼と目の前の惨状をキッと睨みつけて、言い放つ。

    「…………トレーナーさんっ!!」
    「なっ……ヒシミラクル!? 君、今日は出かけているんじゃ……!?」
    「なんで……なんで……なんでぇ……!」

     鼻の奥がツンと痛い。
     視界が潤んで、彼の顔も良く分からない。
     グチャグチャな感情を剥き出しにしたまま、わたしは大声で叫んだ。

    「なんで一人でお好み焼きを作ってるんですかぁっ!?」

  • 168二次元好きの匿名さん23/05/29(月) 12:38:31

    「たまたま勉強会が中止になって、お好み焼を食べたいなあ、って思っちゃってさ」
    「……もぐもぐ」
    「ほら、君と一緒だと全部君が作っちゃうでしょ? たまに俺がやりたいなーって」
    「……もぐもぐ」
    「だからお願いします、そろそろ俺にも食べさせていただけないでしょうか……!」
    「……ふーんだ、トレーナーさんの作るお好み焼は、全部わたしが食べますー」

     わたしは、トレーナーさんが焼き続けるお好み焼きを、端から食べ尽くしていた。
     数日後後悔することになりそうだけど、知ったことか。
     抜け駆けして、一人でお好み焼きを食べようとするいけないトレーナーさんに食べされるお好み焼きなんてない。
     
    「だいたいカーペット汚したらすぐ掃除してください! 跡が残っちゃうじゃないですか!」
    「……それは、はい、すいません」
    「何がヒシミラクルより上手いんじゃないかー、ですか! ほら、混ぜが甘くて具が偏ってますし、ひっくり返すのが早すぎるせいで形だって歪んじゃってますし、そもそもこの辺メチャ焦げてるじゃないですか、良くもまあそんなこと言えますよねー!」
    「…………はい、はい、調子に乗りました、すいません」
    「……まあ、味は、美味しいですけどー」

     わたしが良く頼む、好きな具材全部入りの、贅沢なお好み焼き。
     それをトレーナーさんが作ってくれたのだ、美味しくないわけがない。
     ちらりと横目で、しゅんとお腹を空かせているトレーナーさんを見やる。

    「トレーナーさん、まだ材料は残ってますか?」
    「えっ、ああ」
    「……2つ、約束してください。まず、お好み焼きはわたしと一緒に食べること」
    「うん、悪かった、それは約束する」
    「……はい、ぜったいですからね? それと、あともう一つは――――」

     わたしは材料を手に取りながら、笑顔でトレーナーさんに言った。

    「あなたが食べるお好み焼きは、わたしが作ったのだけですから、ね?」

  • 169二次元好きの匿名さん23/05/29(月) 12:42:33

    >>その言葉に、わたしの脳がハンマーで殴られたかのような衝撃を受ける。

     お好み焼きを上手くひっくり返したら、微笑んでホメてくれるトレーナーさん。

     わたしが作ったお好み焼きを、美味しそうに、幸せそうに食べてくれるトレーナーさん。

     まさか、彼がこんなことを考えていたなんて。

     わたしは、ドアノブから手を離す。

     手が震えてしまって、中にいる彼に、気づかれてしまうから。


    この時点で伏線は張られていたのか・・・

  • 170二次元好きの匿名さん23/05/29(月) 13:21:29

    真昼間からNTRか思ったらそんなことなくて安心した
    次はたこ焼き辺りに挑戦して浮気の疑いかけられそう

  • 171二次元好きの匿名さん23/05/29(月) 17:59:34

    あとから読み返してみると靴が1足な時点で他の娘がいるって可能性はなかったのか…あと彼のタネで草

  • 172二次元好きの匿名さん23/05/29(月) 19:59:36

    トレーナー×お好み焼きNTR概念……

  • 173二次元好きの匿名さん23/05/29(月) 20:48:46

    >>172

    何そのトレーナー×風NTR概念的なアレは…

  • 174二次元好きの匿名さん23/05/29(月) 20:55:13

    >>172

    本来ミラ子が焼いてたわけだからNTRれたのお好み焼きのほうになるのかな

  • 175二次元好きの匿名さん23/05/29(月) 22:44:12

    このスレをしばらく置くとミラ子SSが増えてて気軽に読めて助かっております

  • 176二次元好きの匿名さん23/05/30(火) 01:46:52

    ほしゅ
    感想までにもう一本書きたいですね

  • 177二次元好きの匿名さん23/05/30(火) 04:32:29

    ようやくミラ子と温泉に行けたんですけど、ヒシミラクルから見たトレーナー像とトレーナーに対する想いが最後いっぺんに押し掛けてきて凄く良かった……
    そりゃクリスマスで同棲提案しますわトレーナーさんから離れる気微塵も無いなミラ子は
    トレーナーが押さないとある日突然本当に押し掛け女房してそうな気がした

  • 178二次元好きの匿名さん23/05/30(火) 09:22:11

    間違えて完走が感想になってた
    ようやくエンジンかかったミラ子がトレーナーを差し切る

  • 179二次元好きの匿名さん23/05/30(火) 17:27:50

    そういえばトレーナーに引っ越すと告げられて捨てられると勘違いしてショックを受けるひしみーが怖いなー
    トレーナーはもとよりミラクルと一緒に住む新しい家を探すつもりだしなんならプロポーズするつもりなのに号泣して周りの誤解を招いちゃうひしみーが怖いなー
    設計士の女の人とトレーナーが話し込んでるのを見て勘違いしちゃった日には夜も眠れないなー

  • 180二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 00:44:36

    >>177

    しかし同時に温泉旅行でのトレーナーからの距離感からしてトレーナーが押す可能性は低そうなんだよな

    だからこそ、そこにヒシミラクルの対トレーナー押せ押せムーブが究極合体起こしてヒシミラクル押しかけ女房概念が爆誕した...

  • 181二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 01:52:43

     早起きの代償は昼過ぎにやってきて、窓の外から差し込む穏やかな陽光がわたしを暖めるものだからそのまま身を委ねたくなる。幸いにも今日は午前中に洗濯物は干しておいたし、晩御飯の支度は済ませて冷蔵庫にしまっておいた。弁当を作ったときの残りを温めて済ませたお昼ごはんの後、しなきゃいけないことがなくなった開放感に包まれてしまったわたしはソファに身体を委ね、いつの間にか深い眠りに落ちていました。

    「うわっ、熱っ」
    「……あれ?」
    「焦げないうちにひっくり返さないと……あれ、もしかして焦げ付いて」

     ガリガリと聞こえてはいけないような音が部屋に響く。今日の昼間に仕込んでおいたわたしの特製お好み焼きがトレーナーさんの手で焼かれようとしている匂いと、お好み焼きを焼くにしては物騒な音の双方で目が覚めてしまった。被った記憶のない毛布を払い除け、ダイニングの方を見るとホットプレートの前で悪戦苦闘する彼の背中があった。

    「おやおや、これはやってしまいましたねぇ」
    「うわっ、起きてたのか。結構熟睡してたみたいだから起こすのも悪くて」
    「いやいや、お好み焼きセミプロのわたしに任せず自分で焼いて失敗したあなたのほうが重罪です」

     横目で確認したホットプレートは明らかに加熱し過ぎなようで、これではひっくり返すよりも前に焦げ付いてしまうのも納得。レースならあんなに頼りになるのに、どうしてこういうことだけは一向に学ぶ気配すらないんでしょうか。そのギャップがなんだか面白くて、ちょっと笑いつつもホットプレートの電源を一回オフにする。

    「生焼けだとまずいって前に言ってたから、ちゃんと火を入れようと思って」
    「もちろん中まで火が通らないとお腹を壊しちゃいますけど、強すぎると表面は焦げて中まで火が通らないんですよ。何事もほどほどが肝心です」
    「なるほど……」

  • 182二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 01:53:04

     そうそう、わたしのトレーニング同様ほどほどが肝心で……って、そうじゃなくて。ちょっと焦げたお好み焼きも、わたしの手にかかれば美味しく焼き上がり、ちょっと申し訳無さそうな顔をしているトレーナーさんのお皿の上に盛り付ける。ドロっとしたソースとマヨネーズのグラデーションを舞台に踊る鰹節、見ているだけで寝起きのわたしまでお腹が減ってきちゃいました。

    「焼く前にわたしを起こしてくれたら良かったのに」
    「見るからに疲れてそうだったから、あんまり迷惑かけたくなくて」

     きっとわたしを起こさないようにお好み焼きを焼いて、美味しく焼き上がった頃にわたしを起こそうなんて考えていたのだろうか、ちょっと恥ずかしそうに髪をかきあげる彼はそれ以上何か言う事なく、押されるがままに椅子に座ってわたしのお好み焼きに箸を伸ばしていた。

    「……うん、美味しい。やっぱりヒシミラクルのお好み焼きが一番美味しいよ」
    「えへへ、褒めても何も出ないですよぉ」

     美味しそうに箸を進めるその様子がわたしにとっては一番の幸せ。早起きは苦手だし、慣れないことをしていることなんてわたしだって自覚しているけれど、美味しそうにわたしのご飯を食べてくれるあなたを見るために、わたしはいつもよりちょっとだけ、頑張ってみようと思ってしまう。

  • 183二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 07:17:08

    ええやん……ええやん……

  • 184二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 09:14:44

    今日もミラ子は可愛いな…明日はもっと可愛いぞ

  • 185二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 17:26:22

    明後日はさらに可愛いのだ

  • 186二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 23:07:35

     事の始まりは、親友から送られてきたメール。
     これ、アンタのトレーナーさんじゃね? という文面から添付されていたのは一枚の写真。
     そこにはわたしのトレーナーさんと、見知らぬ女性が、楽しそうに話す姿。
     
    「うそ……」

     詳しく話を聞いてみれば、この写真を撮った日、トレーナーさんは学園にいるはずだった。
     つまるところ――――嘘をついて、この女の人に会いに行ったことになる。
     わたしでは及びもつかない、美人な、大人の女性。
     大人のトレーナーさんにぴったりな、綺麗な人。
     脳裏に浮かぶ絶望の未来を否定したくて、気づけばその証拠を探していた。
     後ろめたさを感じながら、トレーナーさんの部屋も、こっそりと探してしまった。
     ――――そして、見つけてしまった。

    「これ……うそ……うそだよ……こんなの……!」

     作成中の、引っ越し手続きの書類と、新たな引っ越し先と思われる周辺情報。
     その引っ越し先は、トレーナーさんが女性と会っていた場所と一致している。
     全てが繋がってしまったと気づいた瞬間、わたしは身体の震えが止まらなくなってしまう。
     書類は手から零れて、力なく床に座り込み、涙がポロポロ零れていく。

    「いや……いやだよぉ……トレーナーさん……」

     わたし達の思い出が詰まった、この家から出て行く。
     わたしは一人置いて行かれて、彼は新たな出会いと共に歩んでいく。
     そんなの、耐えられない、許せない。
     けれど同時に――――そもそも、わたしが無理矢理押しかけたことを思い出す。

  • 187二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 23:07:52

     わたしは、トレーナーさんと一緒に暮らすことが幸せだった。
     けれど、トレーナーさんは幸せではなかったのかなあ。

     わたしは、トレーナーさんと一緒にお好み焼きを食べることが楽しかった。
     けれど、トレーナーさんは無理して付き合ってくれてたのかなあ。

     わたしは、トレーナーさんとはもう家族なんだと思っていた。
     けれど、トレーナーさんはそうは思っていなかったのかなあ。

     わたしは溢れる視界の中で、ゆらりと立ち上がる。
     終わらせなくちゃいけない。
     もしも、そうだとすれば、ちゃんとトレーナーさんを解放してあげなくちゃいけない。
     わたしが、わたしの好きなお好み焼きを選ぶように。
     彼にも、彼の好きなお好み焼きを選ぶ権利が、あるのだから。

    「いままで、いっぱい……支えてくれたんだから……笑顔で……見送らんと……!」

     涙を拭いて決意する。
     この家で話すのはダメだろう。
     思い入れがあり過ぎて、きっとわたしは彼に縋りついてしまう。
     恥も外聞もなく泣き叫べば、優しい彼は、わたしに情けをかけてしまうかもしれないから。
     ……お好み焼き屋。
     トレーナーさんと現役時代から何度も行った、お好み焼き屋さん。
     頼めば個室も使わせてくれる――――全てを決めるならば、きっとあそこが相応しい。

  • 188二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 23:08:11

     数日後、わたしとトレーナーさんはいつものお好み焼き屋さんに来ていた。
     大切な話があります、そう彼に告げて、一緒に来てもらった。
     普段なら和気藹々とした雰囲気だけれど、周囲から隔離された個室はとても重い空気。
     案内されてからしばらく経って、トレーナーさんは優しく微笑んで問いかける。
     
    「それで、話って何かな?」

     わたしからただならぬ気配を感じたのだろう。
     まるで現役時代のみたく、苦しんでいるわたしに慮るように、柔らかい口調。
     ああ、いつも、わたしが大好きなトレーナーさん。
     そんな彼の姿を見てしまうと、ついつい甘えたくなってしまう、我儘になってしまう。
     けれど、それじゃあダメだから、彼が自分の人生を歩めなくなってしまうから。

    「…………引っ越し、するんですか?」

     言葉少なに、単刀直入に問いかける。
     するとトレーナーさんは分かりやすく動揺し、目を見開く。
     ――――本当に、隠し事の出来ない、お人良しさんですね。
     隠し事をされていたというのに、微笑ましい気分になってしまう。
     やがて彼は困ったように視線を逸らし、言葉を紡ぐ。

    「……知ってたのか?」
    「……はい、部屋のお掃除をしていたら、偶然見つけちゃいました」
    「そっか……それは、困ったな」

  • 189二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 23:08:25

     ええ、困るでしょうね。
     きっと、わたしを傷つけないように、別れる方法を考えていたんですよね。
     わたしにひどいことを言って、わたしから出て行くように仕向けるくらい、やりそうですもんね。
     まあ、きっと、それくらいじゃあ、わたしも離れたりはしないんですけどね。
     だから――――わたしから、ちゃんと終わらせてあげないと。
     わたしは例のツーショット写真をスマホに表示して、彼に突きつける。

    「この人と、一緒に暮らすんですよね?」
    「……えっ」

     心の底から、驚いた表情を浮かべるトレーナーさん。
     きっと、わたしがここまで掴んでるなんで、思いもしなかったのだろう。
     わたしがいずれ捨てられることを知ってたなんて、思いもしなかったのだろう。

     でも、大丈夫ですよ、トレーナーさん。

     わたし、恨んだりしません。
     あなたには今まで、たくさんの幸せを、溢れんばかりに貰ったから。

    「トレーナーさんにこんな良い人がいたなんて隅に置けないな~このこの~」
    「いや、ヒシミラクル、違うんだ、それは」

     無理矢理頑張って、おちゃらけた笑顔を作って、彼に笑いかける。
     大丈夫、大丈夫だわたし、G1にだって勝てたんだ、これくらいなんともない。

  • 190二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 23:08:41

     ちゃんと、見送ってあげなくちゃ。
     ちゃんと、祝福してあげなくちゃ。
     ちゃんと、伝えてあげあくちゃ。
     
     おめでとう、今まで幸せでした、お二人ともお幸せに。

     これだけ、これだけを伝えれば、お終いなんだ。
     全然辛くない、春天の長い距離に比べれば、全然短い、比べ物にならない。
     だから早く言わんなきゃ、言わないと、言うんだ、言って、言え――――!

    「…………いやだよぉ」

     口から漏れ出したのは、思ってもない言葉。
     いや、これしか思っていなかった言葉なのだろう。
     言ってはいけない、伝えてはいけない、思ってはいけない、心からの言葉。
     一度溢れてしまえば、決壊したダムの如く、零れ出るだけだった。

    「いやだ、ずっといっしょにいてください、はなれちゃダメなんです……!」
    「ちょっ、ヒシミラクル! 落ち着いて!」
    「だいすき、だいすきなんです! わたしはあなたしか、いやなんです……!」

     間に挟んだテーブルを乗り越えて、頭から飛び込むように、彼に縋りついた。
     トレーナーさんを押し倒す形となり、上から慌てた表情の彼を見下ろす。
     ぽたぽたと、彼の顔には大粒の雫が落ちていく。
     それが、わたしの両目から零れているのだと気づいたのは、後になってからだった。

  • 191二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 23:09:00

    「だから落ち着いて、その女性は!」
    「ききたくない、ききたくないです! わたしいがいのひとのはなしなんて」
    「ああもう! だから!」

     カンカンカンカン!
     突然鳴り響いた空き缶の音に、わたしの動きは停止する。
     懐から取り出した小型化された例のアレを投げ捨てると、叫ぶように声を発した。

    「俺はっ! 君と! 住む家を! 探していたんだ!」
    「…………ふえ?」
    「君を捨てるとか! そういうことは一切! 考えていない! あり得ない!」
    「…………あのおんなのひとは?」
    「引っ越しの候補先の、不動産屋さんの人」
    「…………なんでだまってたんですか?」
    「もう少し話が纏まってからサプライズで、と思って、うん、これは俺が悪かった」
    「…………ということは、つまり」
    「まあ、君の早とちりだね」

     早とちり、つまり、勘違い。
     気づいた瞬間、顔が沸騰したかのように熱くなった。
     彼の顔も見ることが出来なくて、そのまま力なく、彼の胸元に顔を埋めた。

    「あっ、あうう……すいません」
    「いや、俺もこういうことでサプライズなんて考えるべきじゃなかったよ、ごめん」
    「それで、その、住む家を探すということは、その」
    「うん、なんか流れが滅茶苦茶になったけど……まあ、俺達らしいか」

     トレーナーさんは、わたしを一先ず起こして、真っすぐ見つめる。
     真っ赤で、涙でぐしゃぐしゃな顔を隠したかったけど、彼の真剣な視線から目を離せない。

  • 192二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 23:09:19

    「ヒシミラクル――――俺と、家族になってくれませんか?」

     わたしの両手を、両手で握りしめて、彼はそう告げた。
     顔が、頭が、目が、胸が、手が、全身が、更に熱の勢いを上げていく。
     嬉しいとか、楽しいとか、幸せとか、そんな感情全部乗せの、最高級のお好み焼き。

    「クーちゃん」
    「えっ」
    「……家族は、わたしのことをクーちゃんって呼ぶんです」
    「それは知ってるけど」
    「だから、トレーナーさんも、そう呼んでください」

     その言葉に、トレーナーさんはふわりと微笑んで、ぎゅっと抱き締めてくれた。
     そして、耳元で、小さく、優しく、愛おしそうに、わたしを呼びかける。

    「クー、ちゃん?」
    「もっと気安く」
    「クーちゃん?」
    「ふふふっ、もっと自信を持ってください」
    「……クーちゃん」
    「……もういっかい」
    「クーちゃん」
    「はい、クーちゃんですよー、えへ、えへへ」

     何度も囁かれるその言葉に、思わず緩んだ笑みが浮かんでしまう。
     ああ、幸せだな、本当に、幸せだな、今わたしは世界一幸せなんだろうなあ。
     そんな浮かれまくっていたその刹那――――外から吹き出す音が聞こえた。

  • 193二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 23:09:42

     トレーナーさんにも聞こえていたようで、思わず二人で外の扉に視線を向ける。
     すると、やべっ、と聞き慣れた声とドタバタとした音が鳴り響く。
     わたしは一旦トレーナーさんから離れて、無言で扉を開けた。

    「………………なにしてるの?」
    「あっ、いや、写真送ったの、私だから責任感じちゃって」
    「ミラ子を捨てるなんて許せないから、増援も呼んじゃって」

     そこには黒髪と赤髪のウマ娘――――学生時代からの親友二人が尻餅をついている。
     まあ、今回の件で何度も相談乗ってくれたし、心配かけたから、あんまり怒る気には……増援?
     見れば二人の後ろに、何人ものウマ娘がいて。

    「クククッ、定めの鎖(フェイト)はかくも強固か! オマエらの運命(デュミナス)、なかなかの酩酊だったぞ!」

     ギムレットちゃんはポーズを決めながら何か変なことを言ってた。

    「おめでとうミラ子ちゃん♪ 特殊部……皆を突入しないで済んで良かったよ~」

     ファインちゃんは両手を合わせて祝福……待って、もしかしてお好み焼き屋さんの危機だった?

    「えっと、めでたくて、その、すごく、すごい、おめでとうございます!」

     トップロードちゃんは変わらない語彙力を発揮していた。

    「congratulations――――ヒシミラクル」

     クリスエスちゃんはストレートに祝福してくれた、クリスエスちゃんが一番まともってどういうことだ。
     ついでにお好み焼き屋さんの店長さんや、他のお客さんまでこちらを見て拍手している。
     トレーナーさんも呆れたように苦笑を浮かべながら、個室から出てきた。
     ……えっ、これあたしが収拾付けなきゃダメなの!?

  • 194二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 23:10:01

    「みなさん! 祝福してくださって、ありがとうございます!」

     わたしはヤケクソ気味に、大声で叫ぶ。
     おぉーという歓声のようなどよめきが、巻き起こり、あの年末の大レースを思い出す。
     
    「わたしみたいなふつーなウマ娘でも、こんな幸せになれました、ミラクルですっ!」

     トレーナーさんと出会わない人生でも、幸せな人生は歩めたかもしれない。
     でもきっと、ここまでたくさんの人から祝福される幸せは、奇跡なんだと思う。

    「大切な誰かと出会い、やれるだけやれば、きっと」

     一度は別の道を歩んだ。
     だけどわたしは、道を無理矢理横切って、彼の歩む道へと勝手に合流した。
     彼と幸せになるため色んなことを勉強して、色んなことを頑張った。
     それは特別なことではない、きっと、誰もが出来ること。
     踏み出した一歩こそが、奇跡の始まり、だから。

    「誰にでも起きます、ミラクルッ!」

     わたしは隣で呆気に取られているトレーナーさんに抱き着いて、そっと唇を奪う。
     再度周囲から巻き起こる歓声、もはや自分でも何をしているのか理解できない。
     だけどまあいいか、すごく、幸せだし。
     心配してくれた人達に、駆けつけてくれた人達に、幸せにしてくれたあなたに。
     ここにいる人達全員に、ここにいない人達にも届くように、大きな声で感謝を叫ぶ。
     
    「ありがとう、ございました~!!」

  • 195二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 23:30:57

    「こんな時間までお仕事なんて、身体壊しちゃいますよ」
    「ごめん、気になるならそろそろ電気消すよ」
    「そうじゃなくて、そろそろリラックスの時間ですって。朝起きて寝るまでずっと仕事してたら疲れちゃいます」

     2つの針が天井をまもなく指そうとしてくる頃、リビングでバインダーを眺めては唸っているトレーナーさんの背中からそっと話しかける。さっきまで流れていた深夜ドラマも終わり、雄大な自然を背景に明日の天気が淡々と読み上げられていた。明日は梅雨の中休みかのような晴天、少しお散歩に行くのも楽しそう。

    「明日は休みだし、時間あるときにしっかり予定立てておかないと」
    「休日までお仕事のために使っちゃダメです。休むときはしっかり休む、トレーナーさんが言っていたことですよ?」
    「ヒシミラクルにそう言われたら、説得力が違うな」
    「というわけで、せっかくの休み前なのでちょっと張り切っちゃいました」

     少し焦がしたバターを絡めたキノコの炒めもの、今朝の弁当と一緒に作っておいたポテトサラダ、あとはトレーナーさんが美味しいって言ってくれたおつまみをいくつか机に並べる。もっとも、彼のことだからどれを出しても美味しいって言ってくれるのだけれど。でも、特に好きなものはちゃんと把握してますから。

    「それじゃ、カンパイ」
    「カンパイです」

     休日前の夜に催されるささやかな宴。普段は相変わらずお硬いトレーナーさんも、いつになく相好を崩して饒舌になる。わたしを担当していたときには見せなかったそんな一面がどこか可愛いとすら思えてくる。

    「うん、本当美味しい。ヒシミラクルの作るおつまみは世界一だよ」
    「またまた冗談を~」

     照れ隠しのようにわたしもお酒を口にしていくものだから、徐々に顔が火照ってきてしまう。こういう日々の幸せをいっぱい拾って集めて、わたしたちの毎日が過ぎていく。

  • 196二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 23:31:54

    更新したら新しいミラ子SSが投稿されてて被ってしまった

  • 197二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 23:35:34

    ミラコSSはなんぼあってもええですからね
    だがこのスレもじき終わりか……良質な投稿場で楽しく読ませてもらっただけに寂しいものがある
    皆さんありがとう

  • 198二次元好きの匿名さん23/05/31(水) 23:57:21

    素晴らしいスレをありがとう。これで水底でも生きていけるよ。

  • 199二次元好きの匿名さん23/06/01(木) 00:07:20

    200ならトレーナーさんと同棲

  • 200二次元好きの匿名さん23/06/01(木) 00:09:36

    200ならミラ子とトレーナーさんは末長くお幸せに

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