- 1二次元好きの匿名さん23/05/21(日) 18:48:25
「髪を……伸ばしてみようかな……」
部屋で勉強していると、そんな声が聞こえてきた。
振り返ると、綺麗な黒い髪をしている私の親友が、ベッドに座ったまま顔に手を当てて、私が見たことのない顔をしていた。
意識して言ったことではなかったみたいだからかな?ぼんやりと呟いたあとに、自分でも驚いている様子で目に見えて動揺していた。
そんな親友――キタちゃんの姿を愛らしく思ってしまう。
「キタちゃん、髪伸ばしたいの?」
私の声に驚いたキタちゃんは、ピョンとベッドから跳ねてさっきよりも激しく動揺している。
分かり易いところもキタちゃんらしいというかなんというか……。
「うえ!?ダイヤちゃん……聞こえてたの……?」
「うん!この耳でバッチリ!」
大切な親友の言葉を聞き逃したりはしたくない。そんな気持ちを込めて、ウインクしながら耳をピコピコ動かす。
だけど、あんまり嬉しくなかったようで、キタちゃんは肩をガクッと落として少しだけ落ち込んでいる様子だった。
まぁあんまりは聞かれたくないことだったかも……。ちょっと良くなかったかな……。ごめんねキタちゃん。
「うぅ~……恥ずかしいこと聞かれちゃったよ〜……」
「そんなことないと思うけど……。ダイヤはキタちゃんの綺麗な黒い髪が長くなる姿みたいよ」
偽りない本心だ。
今の髪型ももちろん素敵だけど、長くなればお揃いの髪型にも出来るし、何よりも沢山の可愛いキタちゃんを見ることが出来る。親友としてこれほど嬉しいことはない。
それは本当のはずだ。
私の言葉は聞いてちょっと気持ちが落ち着いたみたいで、ゆっくりと顔を上げてくれた。
恥ずかしさからか顔は赤らんでるし、少しだけ瞳が泳いでいる。 - 2二次元好きの匿名さん23/05/21(日) 18:48:52
「本当に……?」
「本当だよ!キタちゃん、私が嘘ついたことある?」
「それは……ない……かも……」
ないと断言してくれなかったのが少しだけ悲しかったけど、信じてくれたみたいで一安心。
改めて話が聞きたくて、私は姿勢を正してキタちゃんに向き直る。
「何で髪を伸ばしたいの?今まではあんまりそんなこと言わなかったのに?」
「なんだろう……?何となく……?ごめんね、自分でもよくわからないんだ……」
「そうなんだね……」
本当に分かっていない様子のキタちゃんだけど、私は何となく想像がついた。
きっと誰かを振り向かせたいのだ。変わった自分を見せることで、その誰かの気を引きたい。無自覚だけど、そう思っているに違いなかった。
そうじゃなければ、髪型を変えたいと言った時、私が見たことのない――どこか熱っぽい顔をしているわけがない。
その誰かが私ではないことが、少し寂しくて。どこか悲しくて。親友を誰かに取られたような、そんな子供じみた錯覚が胸の中に溢れていた。
「そのヒトが羨ましいな……」
「ダイヤちゃん?何か言った?」
可能な限り小さく呟いた言葉は、親友も聞こえてしまいかけたみたい。
大丈夫。キタちゃんと私はいつだって一緒なんだ。きっとそれは変わらない。だからこの寂しさも……いつかは慣れていくのだろう。
そう思いこむことにして、不思議そうな顔をしているキタちゃんを安心させるために、笑顔で見つめる。
「ううん、なんでもないよ!それよりもどんな髪型にしたいの?」
「う~ん……どんな髪型が似合うかな?あたしはそんなに髪型に詳しくないからなぁ……」
腕を組んで悩んでる様子のキタちゃん。
前みたいにポニーテールもいいかもしれないよ。
そう口にしようとしたけどやめた。
その姿をそのヒトに見せたくない。何となくだけど、そんな風に思ってしまったからだ。 - 3二次元好きの匿名さん23/05/21(日) 18:49:22
「ツインテールみたいなのはどうかな?」
「つ、ツインテール!?あたしには似合わないよぉ……!」
手を振って否定するキタちゃん。
絶対似合うのにな……。そう思い少し肩を落とす。
とはいえ、キタちゃんは割りと押しに弱い。強く押したら、ツインテールもいけそうな気がする。だけど、今はやめておいた。
何となく……そうしたいとは思えなかった。
「それなら、そのままのロングヘアーとか?」
「う~ん……下手に髪型を変えるよりはいいのかな……?うん!とりあえずロングヘアーでいこうかな!」
そう言って笑顔になったキタちゃんはやっぱり素敵で、とても誇らしくて、少しだけ遠くて……。何よりも……今だけは……その笑顔が痛かった。
「でも、髪を伸ばすとなると中々時間はかかるよね?」
「うっ……そうなんだよね……。早く伸びないかなぁ……」
小さな笑顔を見せているキタちゃんを見て考える。
キタちゃんの髪が伸びる時、私はキタちゃんの隣にいるのだろうか?
キタちゃんが髪が伸びてそれを誰かに見せる時、私は今のように楽しそうに話せるのだろうか?
キタちゃんが振り向かせたいヒトに……私はどんな気持ちで話せるのだろうか?
私の心の中にあるモヤモヤの答えは、キタちゃんの髪が伸びる時には分かるのだろうか。
今は分からないことばかりだ。けど。
「うん……早く伸びてほしいね……」
笑うキタちゃんに笑顔を返しながら、私は心の中にあるモヤモヤに一旦蓋をかける。
大丈夫。今は怖いかもしれないけど、きっと大丈夫。
さっきから心の中で言い続ける言葉を、何度も、何度も繰り返す。
きっとこの胸の痛みも笑い話に出来るから……。そう信じて、キタちゃんの顔をもう一度だけ見る。
キタちゃんの小さな笑顔は綺麗で……可愛くて……見たことがないくらいに眩しかった。 - 4123/05/21(日) 18:52:26
書いたことのない話を書こうと思い書いてみました。
最近文章を書けなくなってきてますのでリハビリも兼ねてます。
その誰かを明言するのは避けました。それを確定させるのは違うのかなと思ったからです。 - 5二次元好きの匿名さん23/05/21(日) 18:54:26
良かったよ〜
とても読みやすかった - 6二次元好きの匿名さん23/05/21(日) 18:54:39
誰かを明言してる方が好みではあるがぼかして想像の余地を持たせてくれるのも好きですぜ
- 7123/05/21(日) 18:57:46