一流の愁文【SS】

  • 1二次元好きの匿名さん21/12/02(木) 00:03:29

    注意
    元ネタはありますが元ネタと違う個所も多々あります
    元ネタとの都合上ウマ娘×ウマ娘な部分もあります

    それでもよろしければどうぞ

  • 2二次元好きの匿名さん21/12/02(木) 00:03:44

    コンクリートだらけの薄暗い外の様子をラーメンのにおいに包まれながら眺める。
    「シャカール、早く食べないと伸びちゃうよ」
    ファインが麵をすすりながら急かしてくる。
    オレはため息をつきながら自分の分の割り箸を割った。
    「呑気にラーメン食ってる場合じゃねェだろ」
    「餃子もあるけど」
    「そういうことじゃねェ……てか、仮にも探偵がにおいの強いモン食っていいのかよ」
    「いいのいいの、どうせ依頼なんて来ないし」
    「違う意味でマズいだろ。今月の家賃どうするつもり……」
    カンカン、と外の階段を上がる音が聞こえた。
    ファインがラーメンをすすったままにこりと笑った。
    「よかったね、今月は大家さんのところでお皿洗いをしなくて済みそう」
    「……家賃滞納常習者にラーメンを出前する大家もたいがい奇特だよな」
    階段を上がる音が近づいてくる。
    「女物の靴だな。でも足音は軽くて速い」
    「私たちと同じウマ娘かな」
    「多分な……お前が麺をすする音がなかったらもっと詳しくわかるンだが」
    「早く食べないとラーメン片手に依頼受けることになるけど」
    あわててどんぶりに残った麺を流し込む。
    先に食べ終わっていたファインが自分の分のどんぶりと餃子の皿を台所に持っていった。
    手を付けていない餃子の皿にラップをかけ終わると事務所の扉がノックされた。
    粗方食べ終わったどんぶりを台所に持っていくオレを横目にファインが扉に近づく。
    「餃子はあとで温めなおして食べようね」
    またにこりと笑ってファインは客を迎え入れた。

  • 3二次元好きの匿名さん21/12/02(木) 00:04:05

    入ってきたのは緑と黒を基調にした服を着たいかにも“お嬢様”といった風貌のウマ娘だった。
    彼女は緋色の瞳に戸惑いの色を重ねながら口を開く。
    「ええと……“シャカール&ファイン's探偵事務所”はこちらでよろしいでしょうか」
    このふざけた事務所の名前を付けたのはファインだ。
    曰く、一見シャーロック・ホームズっぽく見えるから、らしい。
    ……こんなコンクリートジャングル真っ只中の裏路地をベイカー街だと思ってるやつはまずいないとは思うが。
    名付け親のファインは上機嫌だった。
    「はい!立ち話もなんですからこちらへどうぞ」
    さっきまでオレたちがラーメンを食べていたソファに客人はおずおずと座った。
    インスタントの緑茶を差し出しながらオレたちはテーブルをはさんで向かい側に座る。
    キングヘイローと名乗ったウマ娘はややためらったのち、口を開いた。

    「お二人にはある写真を取り戻していただきたいんです」

    そして彼女は自らの過去を話し始めた。

  • 4二次元好きの匿名さん21/12/02(木) 00:04:35

    私の同期にセイウンスカイさんというウマ娘がいました。
    彼女とはたくさんのレースで一緒に走っていて、私生活でも……すごく仲が良かったんです。
    ただ、レースを引退してからぱったりと連絡が取れなくなってしまって……。
    最近になってようやく居場所がわかったのですが、訪ねても逃げられてばかりで……。
    ……私にはあの写真が必要なんです。
    ですからどうか、この依頼を受けていただけませんでしょうか。

  • 5二次元好きの匿名さん21/12/02(木) 00:04:56

    言い終えるとキングはうつむいて黙り込んでしまった。
    オレは気になったことを口にした。
    「それで、その写真というのはどんな写真なンだ?」
    キングの肩がびくりと震える。

    「…………私とスカイさんが二人で写ってるものです」

    オレは首を傾げた。
    どうしてそんな他愛のない写真を躍起になって取り戻す必要が?
    オレが疑問を投げかけようとすると、ファインの手にさえぎられた。
    「わかりました、その依頼お受けいたします!」
    「ハァ!?」
    オレの驚愕する声をよそに。キングはぱあっと顔をほころばせた。
    そしてスカイの人相や住所を伝え、キングは礼を言って立ち去っていった。

  • 6二次元好きの匿名さん21/12/02(木) 00:05:13

    扉が閉まり足音が遠ざかったことを確認する。
    「……オイ、ファイン。どういうコトだ」
    「だってこの依頼受けなかったらキングちゃんが大変なことになるかもしれないし」
    依頼人をちゃん付けで呼び始めたファインは古新聞の束から一紙を抜き出し、紙面を指さした。
    大規模なファッションショーの記事だ。
    「キングちゃんが着てたのはね、このファッションショーを主催したデザイナーさんの意匠なの」
    「……それが?」
    「このデザイナーさんの服ってすごく人気があるの。特にセレブな人たちにね」
    ファインが事務所の入り口でかがみこむ。
    視線の先には湿った土が落ちていた。
    「そんな服を着た女の子が一人でこっそりと訪ねてきた。しかも靴についた土が乾く暇もないくらい大慌てで」
    「誰かに知られたくない、かつ緊急性の高い物事」
    「その通り♪」
    目を輝かせたファインが話を続ける。
    「さらにキングちゃんは自分とスカイちゃんの仲のことになると言いよどんでた。多分恋人とかそれに近い関係だったんじゃないかな」
    「どうしてわかるンだよ」
    「勘!あと経験則!」
    「……そうか」

  • 7二次元好きの匿名さん21/12/02(木) 00:05:36

    テーブルの上の湯飲みを片付けながら話を聞く。
    ソファに座ったファインがふっと深刻そうな顔色になる。
    「でも、もしこの仮定が正しかったらかなりマズいんだよねえ」
    湯飲みを洗って少し冷めてしまった餃子を電子レンジに突っ込む。
    「二人で撮った写真ってつまり恋人だった証拠でしょ?それを取り戻したいってことはスカイちゃんの手にあると困る、とも言えるわけで」
    「……いいとこのオジョウサマを元恋人が強請ってきたとかか?」
    「そんな感じ」
    チン、と電子レンジが鳴った。
    温まった餃子をテーブルの上に置く。
    いつの間にかタレの入った小皿が二つ用意されていた。
    「ま、今日は遅いし調査は明日からだね」
    「いいのかよ、自分で急がないとマズいみたいな言い方してたクセに」
    「探偵って手を選べるくらいの猶予はあるってことだからね」
    オレたちは餃子を口に放り込みながら明日の予定を話し合った。

  • 8二次元好きの匿名さん21/12/02(木) 00:06:04

    次の日、オレは頭を抱えていた。
    「うんうん!似合ってるよシャカール!」
    目の前には満面の笑みのファイン。
    どうやら相方に自分のコーディネイトを着せてご満悦のようだ。
    オレはひらひらとしたワンピースを指先でつまむ。
    「なンだってこンなカッコウを……」
    「だっていつもの服だとフォーマルなところとかに入りづらいでしょ?」
    そう言うファインはTシャツにショートパンツというかなりラフな格好だ。
    一応オレがスカイの尾行、ファインが近所に聞き込みという分担なのだが……。
    「お前のシュミってだけじゃねェのか……?」
    「えへへ♪」
    ひときわ大きなため息が出た。

  • 9二次元好きの匿名さん21/12/02(木) 00:06:26

    オレたちはスカイの住む屋敷に向かった。
    屋敷というにはこじんまりとした印象だったが、手入れは行き届いているようだ。
    すると突然玄関から空色の髪をなびかせた少女が飛び出してきた。
    キングから聞いていた人相そっくりだった。
    彼女がスカイに違いないと確信した。
    「シャカール、追って!」
    ファインもそう思ったらしい。
    ワンピースをはためかせながらウマ娘専用レーンを走る。
    前を走るスカイに気づかれないよう少し距離を開けておく。
    しばらく走ると彼女は建物に入っていった。
    屋敷よりもやや大きい程度の欧風建築を見上げてつぶやく。

    「教会……?」

  • 10二次元好きの匿名さん21/12/02(木) 00:06:54

    厚い木製の扉を開けると規則正しく並べられた長椅子の先に人影が三つあった。
    「そんな!結婚が認められないってどういうことですか!?」
    「ですから、立会人がいらっしゃらないと……」
    なにやら揉め事が起こっているようだ。
    すると人影の一つがこちらに振り向いた。
    そしてとんでもないスピードで駆け寄ってきた。

    「ちょうどよかった!あなたが立会人になってください!」

    「ハァ!?」
    そこでようやく話しかけてきた人物が件のスカイであることに気がついた。
    あれよあれよという間にほかの二人の前に連れ出され、牧師らしき人物の言うとおりに訳もわからず宣誓を告げた。
    どうやらオレはスカイとそのお相手の結婚の立会人になってしまったらしい。
    結婚式、というより結婚宣誓式が終わり新婚の二人からそろって礼を言われた。
    スカイの隣にいる少女は小柄で花のような印象を受けた。
    そのまま教会に居座るわけにもいかず、二人に見送られながら立ち去った。
    去り際に二人の様子を盗み見る。
    仲睦まじくお互いを見つめ合っていた。

    元恋人を脅迫するような、そんな人物にはとても見えなかった。

  • 11二次元好きの匿名さん21/12/02(木) 00:07:14

    屋敷の前まで戻るとにぎやかな声が聞こえた。
    「あ、シャカールおかえり!」
    にこやかに出迎えたファインの周りにはギャル風のウマ娘が何人か集まっていた。
    彼女らは近所に住んでいてスカイともよく話をするのだという。

    いつもにこやかで、のほほんとした、やさしい女の子。

    要約するとスカイはこんな人物像のようだ。
    ファインと顔を見合わせると彼女は肩をすくめた。

  • 12二次元好きの匿名さん21/12/02(木) 00:07:35

    オレたちは一旦事務所に戻った。
    事務所の扉が閉まるなりワンピースを脱ぎ捨てる。
    ファインが口をとがらせながら床に落ちたワンピースを手に取る。
    「せっかく似合ってたのに」
    「うるせェ……この依頼続けるのか?」
    「いまやめちゃったらなにもわかんないまま終わっちゃうよ」
    ため息をつきながらクローゼットに入った私服を取り出す。
    「そう言うってコトは手立てが見つかったのか?」
    ファインはにこりと笑って細長い筒状の物体を掲げてみせた。

  • 13二次元好きの匿名さん21/12/02(木) 00:07:58

    その日の夜半、オレたちは屋敷の前に戻ってきていた。
    ファインは昼間と同じようにギャルたちの間に、オレはそこから少し離れた場所で待機した。
    すると上機嫌なスカイが屋敷に帰ってきた。
    ギャルたちの一人が声をかける。
    「スカイさんおか~。なんかテンアゲな感じ?」
    「にゃはは~♪やっぱわかっちゃう?おや、そこにいる人ははじめましてかな?」
    「はい、はじめまし……あれ?なんだかめまいが……」
    挨拶を返したファインがよろめいてスカイにすがりつく。
    「わわっ!?大丈夫?」
    「ごめんなさい、立ち眩みが……」
    「ちょうど私の家の前でよかったよ。そこで少し休んでいって」
    ファインとスカイは屋敷の玄関へと消えていった。
    しばらくして屋敷の窓から煙が上がった。
    合図だ。
    オレは息を大きく吸い込んだ。

    「火事だ!」

  • 14二次元好きの匿名さん21/12/02(木) 00:08:23

    オレの叫び声で通りは騒然とした。
    口々に火事だ火事だと騒ぎ始める。
    煙は収まるどころか勢いを増していた。
    またしばらく経つと窓が大きく開かれてそこからファインが顔を出した。

    「ごめんねー!さっきの煙は火事じゃないよー!だからみんな落ち着いてー!」

    ファインのよく通る声が響き渡る。
    証拠とばかりに煙はあっという間に収まり、文字通り霧散していった。
    ホッとしつつもまだ不安げなギャルたちや通りに飛び出してきた人をかき分けてオレは通りの角へと出た。
    十分ほどしてファインと合流した。
    「どうだった?」
    「バッチリ。人間あわてると大事なものを確保しようとするものだからね」
    あの煙はファインが仕込んだ発煙筒で、オレの声は騒動を起こす引き金だった。
    「写真は暖炉の横の隠し扉にあったよ。さすがに取ってはこれなかったけど」
    「明日依頼主を連れて写真を取り戻そう」
    「うんうん!いやー、ギャルの子たちにも協力をお願いしてよかったよ」
    「オイ、それ知らねェぞ!?」
    「だって言ってないから♪」
    わいわいと言い合いながら事務所への帰り道を急いだ。

  • 15二次元好きの匿名さん21/12/02(木) 00:08:42

    オレたちは仕事を終えた高揚感で油断していたんだと思う。
    だからこそ背後から近づく人物に気がつかなかった。

    「おやすみなさい、名探偵さんたち」

    事務所に入る寸前に声をかけらればっと振り向く。
    人影はなかった。
    「……あの声」
    ファインがつぶやく。
    「知ってるヤツか?」
    「…………ううん、ごめん。気のせいだと思う」

    翌日、ファインの気のせいではなかったことをオレたちは痛感することになった。

  • 16二次元好きの匿名さん21/12/02(木) 00:09:09

    写真が見つかったと聞いたキングはオレたちと屋敷に向かう道中大いに喜んでいた。
    しかし、屋敷にたどり着くと彼女は眉をひそめた。
    昨日のギャルたちが屋敷の前で困ったようにたむろしていたからだ。
    「オイ、なにがあった?」
    「今朝スカイさんからこの屋敷のカギとこの手紙を渡されて……」

    手紙の宛名にはオレとファインの名前が書かれていた。

    驚いて手紙の封を切る。

  • 17二次元好きの匿名さん21/12/02(木) 00:09:33

    親愛なる名探偵のお二人へ

    実に見事な手際ですっかり騙されちゃいました

    こんな名探偵に狙われては私たちは逃げるしかないんですよね

    こう見えて逃げるのだけは得意なので♪

    写真を隠していた場所にキングに書いた手紙を置いてあるので読ませてあげてください

    それでは~♪


    セイウンスカイより

  • 18二次元好きの匿名さん21/12/02(木) 00:09:56

    手紙を読み終えると受け取ったカギで屋敷の玄関を開けた。
    家具はほとんどそのままでただ住人だけが消えてしまったようだった。
    ファインが広間へと足を踏み入れ、暖炉横の柱に手を触れる。
    かたり、と音がして小さな隠し扉が開いた。
    そこには“キングへ”とだけ書かれた封筒が入っていた。
    キングはゆっくりと封を開けて中の手紙を読み始める。
    大粒の涙が手紙を濡らした。

    「私は、ただ……スカイさんとの思い出を持っていたかっただけなのに……」

    絞り出すようにつぶやいた彼女の声が静まり返った部屋に零れ落ちた。

  • 19二次元好きの匿名さん21/12/02(木) 00:10:14

    すっかり気落ちしてしまったキングを彼女の家まで送り届ける。
    想像の倍ほど大きな屋敷に面食らってしまったが、とりあえず屋敷の人間に彼女を預けた。
    帰ろうとする私たちにキングが声をかけてきた。
    「待ってください。依頼の報酬を……」
    ファインが口を開く前にオレが返答する。

    「悪ィが受け取れねェ。依頼は写真を取り戻すことだ。できなかった依頼で報酬をもらうワケにはいかねェよ」

    ファインのほうを見ると、なぜか得意げに笑っていた。
    「シャカールの言う通りです。依頼人を泣かせてしまっては探偵の名折れですよ」
    ファインはキングに歩み寄って彼女の両手を取った。

    「またなにかありましたらご相談ください。今度はおいしいラーメンもご馳走しますので」

    キングはうなだれたまま何度もうなずいた。

  • 20二次元好きの匿名さん21/12/02(木) 00:10:43

    「……今月も皿洗いだな」
    事務所への帰り道、オレはつぶやいた。
    「もったいないことしちゃったかな?」
    「オイオイ……せっかくカッコつけたのに……」
    あきれているとファインがオレの顔を覗き込んできた。

    「……シャカールは私の前から突然いなくなったりしないでね」

    エメラルド色の瞳にオレの顔が映っていた。
    一つ息をついてファインの頭に手を置く。

    「お前に付き合いきれるヤツが何人いると思ってやがる」

    乱暴に頭をなでる。
    ファインはうれしそうな笑い声をあげた。


    いくら手を伸ばしても届きそうにないくらい、空は青々としていた。

  • 21二次元好きの匿名さん21/12/02(木) 00:11:12

    キングへ

    まずはずっと連絡を取らないでいてごめんなさい

    キングと話しちゃうと決意が揺らぎそうだったから

    知ってるかもしれないけど私は今日結婚したんだ

    私は彼女を愛してる

    でもキングのことも愛してるんだ

    どっちかを選ばないといけなくて、私は彼女を選んだ

    この決断に後悔はしてない……多分ね

    キングはいい子だから私よりずっと素敵な人を見つけられると思う

    でも、その人に私との写真を見られたら?

    もしかしたらキングの出会いを邪魔してしまうかもしれない

    だからほかの人に見られないようにこの写真は私がずっと持っておくよ

    ほんとうにごめんね

    さようなら、大好きなキング


    セイちゃんより

  • 22二次元好きの匿名さん21/12/02(木) 00:13:35

    なっがい(自戒)

    元ネタはシャーロックホームズシリーズの『ボヘミアの醜聞』になります

    例のごとく元ネタと違う個所が大量にありますので気なった方はぜひ下のリンク(青空文庫)から読んでみてください

    ……最近キングが不憫な役が多いのでもう少し甘いお話も考えたいですね

    お目汚し失礼しました


    アーサー・コナン・ドイル Arthur Conan Doyle 大久保ゆう訳 ボヘミアの醜聞 A SCANDAL IN BOHEMIAwww.aozora.gr.jp
  • 23二次元好きの匿名さん21/12/02(木) 00:14:41
  • 24二次元好きの匿名さん21/12/02(木) 00:22:17

    はーすこすこ

  • 25二次元好きの匿名さん21/12/02(木) 10:57:06

    はぁ、切ないなぁ…けど面白かった…!
    シャカファイ、キンセイ、フラウンスが同時に
    摂取できる良作でござった(誰目線)

オススメ

このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています