【SS】アドマイヤベガとパジャマパーティー

  • 1二次元好きの匿名さん23/05/26(金) 22:42:41

    「……そういえば、こんなものもあったわね」

     寮の部屋にある備え付けの衣装タンス。
     その奥に眠っていた、一度も着たことのない服を手にして私は小さく息を吐いた。

     ──春から夏へ。そして秋から、冬へ。
     皐月賞からダービーへ。そして菊花賞へ。
     あの熱く、苦しく、ただそれだけを、滑稽に……あの子に捧げる勝利だけを追い求めた時間。
     私のトゥインクル・シリーズでのクラシック期は終わりを迎えようとしていた。

     結局私が手にすることができたのは、星に届けることができたのはダービーの一冠だけだったけれど、そのことを悔やむべきなのか。
     それとも小さくでもいいから、誇ってもいいのか……。
     未だに気持ちの整理がついていなかった。

  • 2二次元好きの匿名さん23/05/26(金) 22:42:57

     もっとやれたのかもしれない。
     皐月賞は特に。あれは単純に私のミスだった。
     それ以外にも、たくさん。後悔は数え切れないくらいある。
     でも体調さえ万全であれば、失敗さえなければ……なんてことは軽々しく言えはしない。

     オペラオーの走りは凄かった。強かった。
     菊花賞のトップロードさんも同じく。
     今になってよくわかる。私が全快であれば勝てたなんて想像は自惚れが過ぎるだろう。
     そんな考えはあの二人に……レースに出走したみんなに、失礼だ。

     ……ようやく、そういう考えができるようになった気がする。
     妹の、自分のレースのこと以外を、考えることが。

  • 3二次元好きの匿名さん23/05/26(金) 22:43:16

    「……っ」
     まだかすかに痛む左足の足首に手を当てる。
     あの子からもらった、大切な新しい運命。
     いくら壊れる結末が変わったからといっても、調子が悪いまま酷使した事実は変わらない。
     トレーナーさんからの強い言いつけで、復調するまではしばらく休むことになっていた。

     だからこうやって、余った時間で部屋掃除や衣替えをしていたのだけれど……。

    「やっぱり、思った以上に透けてる。よくこんなの着るわね」
     青いフリル付きの、薄いパジャマ。
     それを頭上に掲げて、私は苦笑いをした。

     もちろんこれは私の趣味じゃない。
     寝間着はもっとダボッとしたものが好きなのだ。

     今年の春に同室の後輩が「ペアセットなのを間違えて買っちゃいました。アヤベさんにプレゼントします♥」といって押し付けられたものだった。
     「いらないわよ、こんなの」と言って突っ返したのだけれど。
     彼女のウルウルという擬音が聞こえてきそうな懇願の顔に根負けして、結局受け取ってしまったのだ。
     でも受け取っただけで、すぐにタンスの奥に仕舞い込んで。
     一度も袖を通したことがなかった。

  • 4二次元好きの匿名さん23/05/26(金) 22:43:31

    「……カレンさんにも謝らなきゃ」
     ここ一年くらいは全く余裕がなくて、ずっと彼女に冷たく当たっていた気がする。
     差し伸べてくれた手を振り払ったことすらあった。
     放っておいて、構わないでと。

     それなのに彼女は懲りることなく私を心配し続けてくれていた。
     後輩で、まるで妹のように振る舞っていたのに。年上の私のほうが気を配られていたなんて……情けない。みっともない。
     きっと空で見守ってくれてるはずの妹も、呆れているに違いない。

     遅くなったけれど彼女に謝罪と、それから感謝の言葉を贈りたいと思う。
     それが「ちゃんと生きる」ってことの最初の一歩だとも思うから。
     ……でも。

    「いまさら、よね」
     私は青いパジャマを畳んで、衣装ケースに仕舞っていた秋冬物と入れ替えようとした。

     そう、いまさらだ。
     もう冬も近い。こんな薄いパジャマを着ている余裕なんかない。
     
     だから──。

  • 5二次元好きの匿名さん23/05/26(金) 22:43:56

    「ただいまー。アヤベさん、タンスの衣替えですか? 最近寒くなりましたもんね。……あ、それは!」
     その時だった。
     放課後のトレーニングから帰ってきたカレンさんが部屋に入ってきて。
     私が手にしているものをみるなり、すごい勢いで距離を詰めてきた。

    「ちょ、ちょっと。近いから。離れて」
     トレーニングを終えて、ジャージ姿なのにメイクも髪型もバッチリ決まっている。
     たくさん体を動かして汗をかいているはずなのに、いい匂いまでする。
     同年代の女子として、同じレースウマ娘として、どうやって身だしなみを保っているのか不思議でならない。

     きっと今まで私がなおざりにしてきたものを捨てることなく頑張ってきたのだろう。
     私と違って、「ちゃんと生きてきた」のだ。それがちょっとまぶしい。
     ……別にカレンさんのように可愛くなりたい、というわけじゃないけれど。

  • 6二次元好きの匿名さん23/05/26(金) 22:44:11

    「とうとう着てくれる気になりました?」
    「そんなわけないでしょ。寒くなってきたし、仕舞うだけだから」
    「えー。せっかく今手に持ってるのに。せっかくだから着てみましょうよ♪ カレンとおそろいで、カワイくなっちゃいませんか♥」
    「ならない」
    「……ダメ?」

     ……またこの目だ。きっと彼女のファンならすぐ籠絡されるに違いない。
     カレンさんが「お兄ちゃん♥」と呼ぶ、彼女のトレーナーがこの視線に耐え続けているのが不思議でならなかった。
     彼女が入学してから毎日顔を合わせる私でも、時々揺らぐ時があるのに。

    「アヤベさんも絶対似合うと思うのになー」
     カレンさんが少し寂しそうにつぶやいて、自分のベッドの方に戻っていく。

     その姿に、胸が痛む。
     そうだ。謝らなきゃいけないのに。
     ずっとこんな接し方をして。私は何も変わっていない。
     変わりたい。「ちゃんとしたい」と思ってるのに……。

    「……着たら、満足してくれるの?」
     思わずこぼれたつぶやきに、カレンさんがすごい勢いで振り向いて。

    「ホントですか!? やったー! じゃあ、今夜はパジャマパーティーですね♥」
     そして私は、断るタイミイングを逃した。

  • 7二次元好きの匿名さん23/05/26(金) 22:44:29

    「アヤベさん、すごいカワイイパジャマですね! こう、なんていうか、すごくカワイイです!」
    「はっはっはっはっ! さすがはアヤベさん。青い羽衣を身にまといし姿はセレーネと呼ぶにふさわしい! ボクに並び立つ覚悟を感じるよ!」
    「ほんとうに、カワイイです~。カレンさんとお揃いで素敵ですぅ~」

     カレンさんの「今夜はパジャマパーティーですね」がまさか本気だとは思っていなかった。
     夜の10時。いつもなら明日のための予習をしている時間なのに、部屋の人数は2人から5人に増えて騒がしい。

    「ですよね! アヤベさんは磨けば今よりももーっと光ると思うんです!」
     私とおそろいの、ピンクのフリル付きのパジャマ。それを着て、なぜか自慢げなカレンさんが私を無理やり部屋の中央に立たせる。
     拍手が巻き起こった
     ……落ち着かない。

     いつも通りのオペラオーに、キラキラとした目を向けてくるトップロードさんとドトウ。
     どうしてこうなったのか。
     カレンさんに、隙を見せすぎたのかもしれない。

  • 8二次元好きの匿名さん23/05/26(金) 22:44:44

    「ちょっと。大きな声を出さないで。隣の迷惑になるから」
     私の言葉にみんながうなずくものの。

    「はーい」
    「あ、すみません。そうですね」
    「控える必要などないさ。きっとすべての人が刮目する。さあ、今宵は語り明かそうではないか!」
    「お菓子、開けますねー。……あぁぁぁ」

     ドトウが勢いよく開けたポテトチップスが部屋を舞う。
     せっかく掃除をしたのに。まったく……でもドトウらしい。
     そんな彼女が少しずつ力をつけていることも知っている。
     きっと来年のトゥインクル・シリーズは、今年よりも賑やかになるに違いない。

  • 9二次元好きの匿名さん23/05/26(金) 22:45:01

     騒がしいのは好きじゃない。
     一人がいいと思ってた。
     それなのに……。

    「アヤベさん? 今笑いました?」
    「おお! 隠れがちな星の女神が微笑みを見せるとは! 実に喜ばしいじゃないか!」
     そんなわけないでしょ。
     そう答えるつもりだったのに、自分の口角がほんのわずか、上がっているのに気づく。

    「みんな──」
     静かにして。

    「……ありがとう」

     自分の口から出た言葉に驚く。
     何を? なんてことは言っていない。
     それなのに誰も聞き返すことなく、うなずいてくれた。

  • 10二次元好きの匿名さん23/05/26(金) 22:45:12

    「こちらこそ、ありがとうございます。アヤベさん」
     散らばったお菓子の掃除をしてくれていたトップロードさんが、私の手を掴んで引き寄せる。

    「写真撮りますね〜」
     カレンさんが腕を伸ばしてスマホを構える。

     こんな姿の写真が残るなんて。
     彼女がこの光景をウマスタに上げるのだけは絶対阻止しなきゃならない。
     それくらいの良識があることくらいは信じているけれど。

     ……あの子もきっと、この時の話を聞きたがるだろう。
     だから忘れないように。

     妹に語る思い出が増えるのを感じながら、私はカレンさんのスマホに向けてできる限り、ちゃんと。

     みんなに囲まれたまま、精一杯の笑みを浮かべてみせた。

  • 11二次元好きの匿名さん23/05/26(金) 22:46:09

    おしまい。


    RTTTの例のパジャマに惹かれて書きました。


  • 12二次元好きの匿名さん23/05/26(金) 22:46:58

    カレンチャンと、ノーマルパジャマアヤベさん。

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