- 1二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 09:24:50
トレーナー室に戻ると、そこはもぬけの殻だった。
マーチャンの荷物はそのままにしてあるのに、本人の姿だけ切り取られたみたいに空白になっている。
また嫌な光景が脳裏をよぎり――おや。
机の上に、見慣れないカードが置いてある。文字が書かれているみたいだ、手に取って読んでみる。
“トレーナーさん、隠れんぼしましょう。エージェント・マーを捕まえろ!”
「き、急にどうした……」
手書きの可愛らしい文字でそう書かれていた。
意図は全く分からない、しかしマーチャンを探すことにかけては、誰にも1番の座を譲る気は無い。
まずはヒントでもないかとカードの裏側を見ると、なんとそこには簡単な地図が。
学園の建物のイラストから外向きに矢印が出ている。
「……学外まで出たのか?」
ヒントはこれだけ。となると、難易度はおおいに跳ね上がる。捜索範囲もほぼ無限大ということになるし、人も建物もマーチャンを覆い隠すほどに沢山だ。
「しょうがないなあ」
けれども、不思議と無理な気はしなかった。
これまでずっとマーチャンのことを見てきたんだ、彼女の居場所なんて、感覚だけでもたどり着ける自信があった。
そうして俺は、ちょっとしたお遊びに付き合うことにしたのだった。 - 2二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 09:25:21
程なくして辿り着いたのは、学園が催事で利用している教会だった。
それとなくスタッフさんに聞き込みをしてみると、
「お待ちしておりました!アストンマーチャンさんはこの先にいらっしゃいますよ!」
なんて拍子抜けする程トントン拍子で話が進んでいる。
この根回しの良さは、もしかするとマーチャン個人の犯行(?)では無いのかもしれない。ならば学園協力か?ますます謎は深まるばかりだが、この先に進めば全てわかるはずだ。
俺は意を決して、重たい木の扉をグッと押し込んだ―― - 3二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 09:26:13
――ガタン
中の空気はしんと静まり返っていて、内装も相まって神秘的な気配に包まれていた。
神を信じているわけでないが、仮にそういった存在が降臨するならこんな場所なのだろうと強く確信させられた。
そしてレッドカーペットの先、逆光に照らされた人影がひとつ。
『見つけたよ、マーチャ――』
彼女への言葉を最後まで言い切ることは出来なかった。
それは、初めて見る彼女の姿だった。
ふわりと広がるスカートとドレスには花々があしらわれ、肩に結ばれた紫のリボンが強くその色を主張していた。
頭上には小さな金の王冠、黄金を超えて、真っ白な光を放ちこちらの目を刺してくる。
手にはブーケ、ほの白いヴェールに身を包んだその姿は正しく――
『あなたの花嫁、アストンマーチャンですよ。よろしくね』
もう、その言葉も耳には入らなかった。
ただただ……見惚れるしか無かった。
ステンドグラスからもれる虹色の光に照らされて、
白のドレスは次々に色を変えていく。
俺は生まれて初めて――天使を見た。 - 4二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 09:26:44
新しい衣装のお披露目を、サプライズでしてくれたのだろう……思い至った予想も一瞬で吹っ飛んで、心はもう目の前の非現実に囚われきっていた。
これが本物の結婚式な訳は無いが、マーチャンだっていつかはそうなる。
極上に着飾った花嫁は、俺の手の届かないところに行ってしまうのだ。
天使となり、女神となり、マーチャンは天へと連れていかれてしまう。
そんなの……とても耐えられない。
どうして行ってしまうんだ。
まだ、ウルトラスーパーマスコットになる夢は半ばじゃないか。
行っちゃダメだ。それ以上行ってしまったら、君は光の中へ溶けて消えてしまう。
マーチャンが……消える?
そんなこと俺が絶対許さない。
行かないでくれ。
約束したじゃないか、一緒に流れていくって。
嫌だ!
マーチャンは、俺が―― - 5二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 09:27:38
『行くなマーチャン!』
『ふへっ!?トレーナーさん!?』
気づけば、足が全速で駆け出していた。
ほとんどタックルするみたいに、マーチャンの小さな体を抱き締めていた。
『と、トレーナーさんったら情熱的。マーちゃんの美貌にメロメロですね?で、でも少し苦しいのです。緩めて……』
『マーチャン!マーチャン……!』
『トレーナー、さん?』
『だめだっ……行っちゃ、嫌だ……』
『……もう。トレーナーさん』 - 6二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 09:27:52
そっと、後頭部が優しい熱に包まれた。
マーチャンの手が、俺の頭をゆっくりと撫でていく。
気持ちの波が、穏やかになっていく。
次いでぐっと頭を押され、俺はマーチャンの胸に顔を埋める形になった。
『安心してトレーナーさん。マーちゃんは、ここにいます』
『あ……』
『ほら、聞こえますか?マーちゃんの胸の音。トクトクって、びっくりしたから少し早く鳴っちゃってます』
急ぎ足気味の鼓動が聞こえる。二人の境界線が曖昧になって、溶け込んでいく。
『でしょう?マーちゃんはちゃんとここにいて、生きています。だから、大丈夫ですよ』
それを皮切りに、膝からがくりと力が抜けて、俺はずるずるとその場にへたりこんだ―― - 7二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 09:29:11
『……すまない、本当に、申し訳ない』
『もう謝らなくてもいいのですよ?何だか映画のワンシーンみたいで、マーちゃんはとても大満足なのです』
2人並んで教会の長椅子に座り込んでしばらく経つが、未だに顔が熱い。
早とちりでとんでもないことをしてしまった……。
情けなさと恥ずかしさで、顔があげられない。
『とりあえず、トレーナーさんがこの衣装をとっても気に入ってくれたことがわかったから、良いのです』
『う、うん……それは間違いなく保証するよ』
主に数刻前の自分が、だが。
俺の予想通り、次のイベントに向けてあつらえた新衣装をサプライズでお披露目したのだということを、マーチャンの口から聞かされた。
その術中に、まんまと気持ちいくらいに嵌ってしまったという訳だ。
『けれど、いくら専属レンズさんと言えどもあんなことになるとは。トレーナーさんには一体何が見えていたのでしょう』
うっ……話の流れでいつかは切り込まれると思っていたが……これを話すのはもっと恥ずかしい。
しかし、少し心配の入った声色に答えない訳にはいかなかった。
『マーチャンが本物の花嫁に見えた。それ以上に……天使か女神に見えたんだ。そしたら、マーチャンが光の中に消えていくように見えて……』
どもりながらも紡いだ言葉を、マーチャンは黙って聞いてくれた。
自分で話しておいてなんだが、あまりに夢想的すぎる。大人としてどうかと思い、また自己嫌悪。
しかしマーチャンは文句のひとつも口にしなかった。
やがて、くすりと。困ったように笑って、マーチャンは言った。 - 8二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 09:30:10
『マーちゃんも相当ヘンテコだと自負していますけど、やっぱりトレーナーさんもマーちゃんと同じくらいヘンテコな人ですね。似たもの同士なのです』
『はは、そうかもな……』
『先程も言いましたが、マーちゃんはウルトラスーパーマスコットではありますが天上の存在などではありませんよ?褒めてくれることは嬉しいですけど……それで離れてしまうのは、寂しいのです』
『うん……ごめん』
『だから、トレーナーさんを安心させるためにも、ここで約束しましょう』
『……約束?』
そう告げるや否や、マーチャンは俺の手を取って立ち上がった。
再び祭壇の前まで来て、二人向き合う。
これは……もしかして誓いの言葉の真似事?
少し気恥ずかしくて軽口でもつきたくなる気分だったが……マーチャンと向き合った途端、そんな気持ちはどこかへ消え去っていった。
こちらを見あげてくるマーチャンのくるくる大きな瞳は、これ以上ないくらい輝いていた。
ああ。やっぱり君は世界で1番、可愛らしくて美しいウマ娘だ。
『せっかく教会まで貸していただけのです。マーチャン映画監督の血が騒ぎます……では、小指を出してくださいな』
言われるがままに、マーチャンにならい手を差し出す。
指切りげんまんなんてするのは、子供の頃以来かもしれない。 - 9二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 09:31:05
『汝ら二人は、可能な限りお互いのことを覚えていることを誓いますか?』
『はい……ずっといつまでも、マーチャンのことを忘れないと誓います』
唐突な挙式の真似事にも、戸惑いは無かった。偽りの心なんてない、口はすらすらと動いた。
『汝ら二人は、世界中にマーちゃんを広める活動のために、支えあっていくことを誓いますか?』
『はい……誓います』
『ふふ……では最後に。いつか、本物の景色をここで見せてくれることを――誓いますか?』
『――――』
一瞬、胸が詰まった。意地悪そうに、愛しそうに微笑みながら紡いだその言葉の意味を、俺は図りかねた。
いつかマーチャンも大人になる。
その時が来たとき、俺はきちんと祝福してあげられるだろうか。
……いや、考えるまでもなかった。
彼女の川の流れがどうあれ、俺のやることは変わらない。
『はい……マーチャンを絶対に幸せにすることを、誓います』
『うむ、よろしい。それでは――』
そっと目を伏せたマーチャン。一瞬この後の流れを予感して、いいや馬鹿なことを考えるなと首を振り……。 - 10二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 09:31:17
『――っ』
彼女の唇は、絡まった小指に優しく祝福を授けた。
『今は、これを誓いのリングにするのです』
照れたように微笑む顔が少し赤く見えるのは、差し込む光のせいだろうか。
『――』
この瞬間が、その笑みが。網膜に焼き付いて離れなかった。
脳天まで貫いた衝撃を、俺は一生忘れることはないだろう―― - 11二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 09:32:20
――カチリ
あったかなお布団の中、ボイスレコーダーのスイッチを切ります。
もうすっかりおんぼろさんになってしまった古い代物ですけれど……今でも大切に、ぎゅっと胸の内に抱いて録音を反芻します。
あの時仕掛けていたもうひとつのサプライズ……ドレスの奥に仕込んでいたボイスレコーダーは、しっかりと一部始終を捉えていました。
この録音を聞く度、あの瞬間を鮮明に思い出すことが出来ます。
あの頃より少し大きくなったマーちゃんの、一生の宝物。
「うふふ……どうですか。約束は、守れていますか?」
「うう……今でも恥ずかしいから聞くなら1人の時にって何度も言ってるのに……」
同じお布団にくるまる隣のもう一人は、身悶えして顔を逸らしてしまいました。 - 12二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 09:32:35
「ダメです。教会の誓いはゼッタイなのです。がっしりしっかり身に染みこませないとです……それで、どうですか?」
布団の中で、もぞもぞおててを探し当て、指を絡ませて尋ねます。
あれ以来こんなやり取りも、もう何度もしてきました。そして、やっぱり貴方は決まった答えを返すのです。
「ううん、まだまだ果たせてない」
「ほほう……それはどうして?」
「だって……明日も明後日もその先も。もっともっとマーチャンを幸せにしたいから」
「……えへへ」
静かな二人きりの夜は、大河のようにどんぶらこと過ぎてゆきます。
ぽかぽかしてきた胸の内を鎮めるには、もう少し時間がかかりそうです―― - 13二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 09:33:54
やはりサイゲはブライダル衣装を全員分用意すべきだぁ
幸せしか産まんねこれ - 14二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 09:34:36
脳を焼かれる感覚を知りました
気づけば筆が進んでいました
勢い任せな文ですが反省も後悔もしていません
マーチャンよいつまでも幸せに……
SSのタイトルはマーチャンの大好きなスパイ映画より
【SS】View to a kiss|あにまん掲示板マーチャンの担当になってからというもの、すっかりカメラ趣味が身についてしまった。休日にこうして一人で散歩などしている時も、常に景色の中のシャッターチャンスを伺っている。日差しが日に日に強くなっていく今…bbs.animanch.com - 15二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 09:39:05
美しい…
- 16二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 09:39:59
泣く
- 17二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 10:02:26
これは名誉マーチャントレ
- 18二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 10:04:47
砂糖で口の中がジャリジャリする!!!!
- 19二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 10:14:05
うおっ……砂糖吐く通り越して砂糖の柱になる……
- 20二次元好きの匿名さん23/05/28(日) 21:10:48