- 1二次元好きの匿名さん23/05/29(月) 10:17:29
「ギャレスなら勿論ご存じだろうけど」
三角に膝を曲げて地べたに座りながら魔法薬のレシピやコツをまとめた自作ノートを読み返している男に話しかける人物は、男性とも女性とも取れるスリザリンの生徒だった。黒い骸骨を模した珍妙な仮面を外し隣へと座り、赤毛のグリフィンドール生の肩へ寄りかかりながら彼のノートを覗き見た。
「……相変わらず字汚いね、でも要点はよく纏められてる。んまあそんなことより。最も強力な愛の妙薬『アモルテンシア』の匂いは人によって異なるんだったよね?嗅いだ人の一番好きな香りになるんだとか」
「……………ああ、いかにも。対象がより手をつけたくなるように調合製法を考案したのか偶然こうなったのかはわからないけど、愛を強引に引き出すなんて強力な魔法薬を生み出せた訳だからきっと前者だろう」
ごく自然に筆跡を侮辱されたギャレスは一瞬煩わしさを覚えたものの、数秒の硬直を経て気持ちを落ち着かせてからどうして急にアモルテンシアの話を吹っ掛けてきたのかを疑問に思いながらそう返答した。
「愛といっても幸か不幸か、無条件の──真の愛を産み出すことは出来ないんだよね。ねえ、君にはどんな匂いが漂ってくると思う?」 - 2二次元好きの匿名さん23/05/29(月) 10:40:57
「んー、パッと思い付きはしないけど……強いて言うならフィフィ・フィズビーかな、あのシュワシュワ感が最高なんだ。匂いといわれればいまいちだけどさ」
『フィフィ・フィズビー』とはハニーデュークスにて販売されている炭酸入りのキャンディー。口に含むと宙に浮き上がるという欠点か利点かわからない特徴を好む者も少なくはない。二年前ギャレスがそのフィフィ・フィズビーを参考にした飲料の開発の為に乾燥させたビリーウィグの針を盗ませた事を思い出したスリザリン生は妙に納得したようにへぇ、と声に出した。
「てか、どうして急にアモルテンシアなんかに興味を示したんだい?」
「『この世で最も強力な愛の妙薬』なんて肩書きがついてたら気になっちゃうでしょ。ギャレスはそこら辺どうなのさ」
「僕だって魔法薬学の神童として実際何度か醸造してみようとしたけど……あんまりうまくいかなくってさ。四対零で僕の完敗だよ」
スリザリン生が五年生として編入して間もなかった頃、自己紹介間もなくしてギャレスは自他共に認める『魔法薬学の神童』と自身を呼称していた。どうやら今でも誇りに思っているようだ。
「そんな君でも失敗することはあるんだね。あれは上級指定されてるから仕方ないとはいえ……ねえ、今夜一緒にやってみない?」
「ポリジュース薬は造れたというのに不思議だよ。……やるって、まさか」
スリザリン生はギャレスの肩に手を回しにまにまと笑いながら一言「アモルテンシアの醸造だよ」とさぞ当たり前のように告げた。
- 3二次元好きの匿名さん23/05/29(月) 11:51:02
「僕が嗅いだらどんな匂いになるのか興味深いし効果も一目見てみたいからね。ふふ、当然君に飲ませるなんて事しないよ?」
誰もなにも言ってないというのに何故か自分に飲ませるという案を勝手に却下され、別方面の恐怖を抱いたギャレスはスリザリン生が座っている方向とは逆の方へと体の重心を傾ける。
「材料は僕が集めておくから。十時半がいいかな、じゃあ必要の部屋で待ってるね」
そう言い残して彼は立ち上がり、一方的に約束をこぎつけられ唖然としているギャレスへ手を振りながら小走りで去っていった。
深夜のホグワーツ城七階、天文台の塔に続く回廊へと足を運んだギャレスはその周辺を数回往き来し『必要の部屋』への入り口の出現を待った。再度壁に視線を向けると先程まではそんな気配もなかったというのに小綺麗な扉が鎮座していた。ドアノブに手をかけ中へ足を踏み入れたギャレスは一目見渡すだけでも広大な空間であることがわかる部屋へと導かれた。
壁一面を埋め尽くす絵画、ハナハッカに満月草などの魔法薬の素材となる植物から噛み噛み白菜や毒触手草といった危険性の高い魔法植物が部屋中を照らすシャンデリアの下栽培されている光景を目の当たりにしたギャレスは、何度も通いつめているというのに思わず息を飲み込んだ。
『ギャレスー?』
部屋主であるスリザリン生の声が西側の部屋から木霊する。ギャレスは部家に目が釘付けになりながら声が聞こえた方向へ歩みはじめた。
- 4二次元好きの匿名さん23/05/29(月) 13:21:48
ずっと前に醸造が終わっているであろうウィゲンウェルド薬と集中薬が放置された調合台の数々が陳列された一室の隅、異様な大きさのソファに寝転がるスリザリン生がいた。入室した青年を見るなり上体を起こしあげ安堵からくしゃっと笑うとソファから降り、床に置かれた箱を持ち上げる。
「良かった!ちゃんと来てくれた」
「待ちぼうけ食らわせるのも申し訳ないからね。 ん、その箱は?」
「材料に決まってるでしょ。この瓶が真珠の粉末、これが冷凍したアッシュワインダーの卵で、月長石の粉は……」
一つ一つを取り出し在庫の確認し終えたスリザリン生はギャレスへ目線を寄せてまた微笑み、「ちゃんとノートにレシピ写した?」と尋ねた。それに答えるようにギャレスはノートを取り出し、橙色の付箋が貼られたページを開いて彼に見せた。
「よしよし、準備万端!早速始めようか?」
スリザリン生はアモルテンシアの醸造に使える調合台を確保するべく集中薬を瓶に詰め、杖を一振りし鍋を綺麗にしてからギャレスに読み上げられるアモルテンシアのレシピに沿って材料を鍋へと投入していった。
「アッシュワインダーの卵は入れた?じゃあ次は薔薇の花びら、半分すりつぶして……残りは切り刻んで、それから一つまみの月長石の粉を入れて三十分くらい醸造しておく」
「最初の行程は結構楽じゃん」
「あぁ、でもそう簡単な問題じゃないんだ。最後に杖を振らないといけないんだけど感覚がいまいち掴めなくってさ」
「そこで僕の出番って訳だね?んじゃあ一次醸造終わったら呼んでよ、ちょっとニフラーとかユニコーン達に餌やってこないといけなくて。給餌器の書物買ってこないとなー……」
スリザリン生はさながら『任せなさい』と豪語するように拳を握りながら不敵な笑みを見せて部屋をあとにした。ギャレスは彼の後ろ姿を見つめながら(ユニコーン『達』?)と希少な魔法生物を一頭以上保護しているという事実を疑った。鍋の中ひとりでに混ざりあう別系統の赤とぽつぽつと沸き始めた気泡に胸を弾ませながら標準サイズのソファへと腰掛け、自前のノートをまた読み返した。
- 5二次元好きの匿名さん23/05/29(月) 14:53:15
とはいえ魔法薬に興味を示した日から何冊ものノートの白紙を全て埋め続け、時折読み返し、新たな気付きを得る度小さな余白に書き殴り……一部と言わず中級までの魔法薬についてほぼ全て暗記してしまったギャレスは、アモルテンシアの煮える音だけが鳴る部屋を抜け出しスリザリン生がいるであろう部屋(とは名ばかりで、実際は外を模倣する異空間)へと向かった。
『ああっ、ヘイゼル!毛は真っ白だからって心は真っ黒じゃないか!!その餌はビスケットの!弱いものいじめ反対!』
声だけでも何やら保護している魔法生物の一頭に手を焼いている様子が想像できるスリザリン生の状況を遠目に見たギャレスはすぐに彼の元へ駆け寄った。雪でさえ濁って見える程純白なユニコーンと、通常のより一回りほど小さいムーンカーフの間に一悶着あるようだ。
「だーかーらー!!!マフラーに噛みつかないっ……なんで君だけこんなに気性が荒いの……」
「えーと、手伝おうか?」
「わっ、ギャレス!僕は大丈夫、ただちょっとヘイゼルが他の子達の餌を勝手に食べようとしてて……温厚なはずのユニコーンがどうしてこんな感じなんだろう。あれ、もう三十分経っちゃった?」
「いや、まだ後十分くらいある。ただちょっと暇になってさ」
「あぁ、ごめんね。お詫びに後で僕と──」
「結構!!!」
何と言おうとしたかは謎に包まれたままだが、経験談からろくな目には遭わないだろうと予期したギャレスは食い気味に断った。マフラーを真っ白なユニコーン──ヘイゼルに引っ張られながら不満そうな表情を映すスリザリン生は無礼にも面白く見えてしまい、ギャレスは咳払いする振りをして軽く笑った。
「誤魔化そうとしてもわかるんだよ!?笑い事じゃないって……もう、離して!ヘイゼル!」
ギャレスはマフラーを引っ張りながら必死にそう叫ぶスリザリン生をどうにか助けるべくヘイゼルの関心をそらそうとしたものの、女性を好むユニコーンの気質のせいで抵抗された挙げ句腹を重めに蹴られる羽目となった。