- 1二次元好きの匿名さん23/06/01(木) 19:06:00
変に気持ちが落ち込むことがある。今の俺がそれだ。
理由はなんてことはない。使っていたペンをなくしてしまったり、愛用していた食器を割ってしまったり、夢見が悪かったり……。そんな小さなことの積み重ねだ。
だけど、塵も積もれば何とやらとはよく言ったもので……。確実に自分の心を蝕んでいった。
心の均等を保つことが出来なくなって、眠りも浅くなり、朝をしっかりと起きることが出来ない。
そんな悪循環が続いてしまい、また悪いことの繰り返しだ。
いつまでこういう事が続くのか……。考えても考えてもきりがなくて……もうどうすることも出来なかった。
トレーナー室で仕事をしながら、悪いことを思い出してしまい溜息を一つ零した。
気分を変えたくて窓から外を見てみても、太陽は雲に隠れていて今ひとつはっきりしない。
今の自分と同じだな……。また溜息が溢れてしまった。気持ちも下向きだと目線も自然と下がるものだな……。
トントントン
そんな自分の気持ちを知ってか知らずか、その娘の優しさが伝わるようなノックの音。
下を向いていた顔を上げて扉の方に目を向ける。
「キタサンブラックです!トレーナーさんいますか?」
太陽のように明るく、皆を笑顔にしてくれる担当ウマ娘――キタサンブラックの声が扉越しから聞こえてきた。
その声を聞くと、少しだけ気持ちが上向きになるのを感じる。
「ああ、いるよ。入って大丈夫だよ」
ゆっくりと開かれた扉の先から見えたキタサン。その表情はいつも通りの晴れ晴れとした笑顔だった。
その笑顔に答えたくて、なんとか笑顔で返してみる。俺の方はいつも通りと言えないから、もしかしたら、どこか歪なものだったのかもしれない。
だからだろうか。俺の表情を見たキタサンは、少しだけ目を見開いたように見えた。
そう思っていたら、すぐにこちらに駆け出してきて、気づいたら目と鼻と先にキタサンの顔が近づいていた。 - 2二次元好きの匿名さん23/06/01(木) 19:06:23
「トレーナーさん……どうかされたんですか……?」
俺を見つめるその瞳は、心配しているからなのか微かに震えているように見える。
心配をさせたくはない。けれど、嘘をついてキタサンを悲しませるほうが良くない。
そう思ったから、嘘をつかずに話すことにした。
「ああ……大したことではないよ……。ただ、ちょっと悪いことが立て続けに起きてたから、少しだけ落ち込んでただけだよ」
ははは……と笑いながらそう答えても、キタサンの表情は変わることはなく、こちらの瞳をじっ……と見つめたままだった。
紅く光るその瞳は美しくも悲しみの色に染まっていて、俺はその瞳から視線を逸らすことしかできなかった。
「トレーナーさん……手を出してください」
突然そんなことをキタサンは言い出した。
手を?何故?そう思いはするものの、瞳を逸したことへの後ろめたさから、キタサンの言う通りに大人しく手を出すことにした。
差し出すのは……利き手でいいのかな……?
「これでいいのか……?」
ゆっくりとキタサンの目の前に差し出した手のひら。キタサンは俺の手のひらに視線を移していて、表情が分からない。
何をされるのか少しだけ不安になりつつも、キタサンのことだから変なことはしないだろう……。そう信じて、内心ドキドキしながらもキタサンの動向を伺った。
「えい」
その声と同時に、キタサンがゆっくりと両手を出して俺の手を包み込んだ。
俺の手よりも小さいけど、優しさと逞しさに溢れるキタサンらしい手のひら。そこからまるで、キタサンの温かさが俺に移っていくかのようだった。 - 3二次元好きの匿名さん23/06/01(木) 19:06:44
「キタサン……どうして」
こんなことを?
そう言いたくてキタサンを見てみる。すると、同じタイミングでキタサンもこちらを見ていた。
キタサンの表情は少しだけ照れながらも、真剣な表情で……。その真っ直ぐな瞳を俺は、今度は逸らすことはなかった。
「えへへ……あたしの元気をトレーナーさんに分けたくて……。元気……与えられてますか?」
少しだけ不安そうな顔になりながらキタサンはこちらの様子を伺っていた。
キタサンの言う通り、その温かさのお陰でさっきまで感じていた悲しさは消えていき、少しずつ元気が戻ってきた。
キタサンの優しさが奥底まで届いていた気がして、何かが込み上げてきそうだ。
「うん……すごく温かいよ……。俺にはもったいないくらいだ……」
「そうですか……!良かった!それなら……!もっと……もっと……元気をあげますね……!」
キタサンは俺の言葉で笑顔になり、嬉しそうな表情で両手を深く……だけど、優しく包み込んだ。
少しずつ……少しずつ、不安や悲しみを吸い取ってくれて……。
辛かった気持ちが一滴、いつの間にか頬を伝っていた。
「キタサン、ありがとう……。さっきまでの気持ちが和らいだよ……。だけど、何で手を繋いだんだ?言葉でも伝わるような……?」
両手を包み込んだ温かさはそのままで、キタサンにそう呼びかける。
するとキタサンは、少しだけ目を伏せ口をモゴモゴさせていて、上手く言葉に出せない様子だった。
暫くその様子を見守ると、何とか言葉に出来たようで、ゆっくりと口を開き出す。 - 4二次元好きの匿名さん23/06/01(木) 19:07:22
「言葉だけじゃ……きっと笑顔に出来ないと思ったんです……。頑張れや負けないでの言葉は……今のトレーナーさんに言うことじゃないと感じたんです……。何でそう思ったかは……分からないんですけどね……」
「キタサン……」
あはは……と、そう笑うキタサンは少しだけ寂しそうに見えた。そんな顔をさせてしまった申し訳無さから、謝ろうと口を開こうとする。
けれど、キタサンがそれを許してくれなかった。
キタサンは伏せていた目をもう一度開いて、太陽のようにキラキラ光る瞳を俺に向けていた。寂しそうな様子は……そこにはもうなかった。
「ですけど!手を繋ぐことなら……。温かさを直接分けられたのなら……。きっと伝わると思ったんです……!悲しみも不安もあたしがいれば大丈夫だって……!あたしなら……全部吹き飛ばせるって……!そう思ったんです……」
包まれた手が熱くなるのを感じた。
それは間違いなく、キタサンの熱がこちらに直接伝わる感覚で……。胸に響く感覚によく似ていた。
「届きましたか、あたしの気持ち」
キタサンは笑顔のまま、もう一度深く手を包んでくれた。
それは頑張れでも、負けないででもない。辛いときは寄り添うという気持ち。思いやりに満ちた、キタサンブラックの嘘偽りのない温かな気持ち。
それは胸の中に染み込んでいった。
だから伝えたい。包まれた手では届かないから俺の言葉を……君の元に……。
「ああ……届いたよ……。君の気持ちも……全部心に……」
その言葉で太陽のように光り輝くキタサン。その笑顔を見て、俺の中の悪い気持ちは全部吹き飛んでいき、俺も笑顔をキタサンに返した。
――やっと本当の笑顔を、キタサンに返すことが出来た。 - 5123/06/01(木) 19:09:40
本当は違う話を書いてたんですが、最近自分自身が悲しいことがあったりしたので、自分を励ますために書きました。
いつも以上に勢いで書いてるから変なところはあるとは思いますが、書いて良かったです。
キタちゃんの笑顔があれば元気になれそうです。 - 6二次元好きの匿名さん23/06/01(木) 19:11:50
スレ主どうしたの?話聞くよ
- 7二次元好きの匿名さん23/06/01(木) 19:14:59
キタサンならこうしてくれるなってのがとても解釈一致…
いい物をありがとう
そしてご自愛くださいな - 8123/06/01(木) 19:17:51