(SS注意)サクラローレルが通い妻になる話

  • 1二次元好きの匿名さん23/06/06(火) 20:03:07

     まだ日が昇ったばかりで街中も静かな時間帯。
     私はある部屋の前に立ち、手鏡で身嗜みの確認をしていた。
     ……うん、髪の毛の乱れも、制服の乱れも無し。
     一呼吸、私は月桂冠を模した小さな飾りがついたキーホルダーを取り出す。
     
    「……ふふっ♪」

     彼がくれた、私の大切なもの。それを使って、私はその部屋の鍵を開けた。
     ゆっくり、そっと、音を出来るだけ立てないよう。

    「おはようございま~す……」

     起こさないように、小さな声で挨拶をした。
     部屋の中は静寂包まれていて、誰もいないのではないかと錯覚する。
     けれど、微かに良く知る人の気配と、心地良い香りを感じて、一息。
     ……まずは顔を見ないと、ね。
     抜き足、差し足、忍び足。
     バクちゃんがもっと苦手とする歩き方をしながら、私は寝室へと向かう。
     こっそりと覗き込むと、ベットの上から小さな寝息。
     ゆっくりと近づくと、枕元に資料が散らばっているのを見つけた。

    「もう……また夜遅くまで……やっぱり寝るまで監視が必要かも?」

     今度、お願いしてみようかな。
     きっと、慌てて拒否しながら、最後は渋々認めてくれるんだろうなあ。
     私は身を屈めて、眠っている彼の顔に、目線を合わせる。
     気持ち良さそうに眠る、あどけない顔。
     昨日の夜が少しだけ暑かったせいか、いつもより少しだけ匂いが強い。
     好奇心が湧き出てきて、ついつい私は、彼に鼻先を近づけてしまう。
     汗の匂いに混じる、彼の自身の、爽やかで、穏やかで、安心する匂い。

  • 2二次元好きの匿名さん23/06/06(火) 20:03:25

    「すんすん……これ、いいかも……」

     もっと嗅いでいたい。
     そんな衝動に駆られて、身体を近づける――――直前で我に返る。
     以前、本能に抗えず、彼の布団に入り込んでしまい、二人で遅刻するハメになった。
     更に制服に彼の匂いがついてしまったため、誤魔化すのが大変で、何人かには気づかれてしまった。
     チヨちゃんに気を遣われたのが、一番堪えたなあ……。

    「Tout vient à point à qui sait attendre」

     待てば海路の日和あり。
     学園に行くのも、この服を着るのも、後少しだから。
     未来への期待と、寂寥感を覚えながら、私は彼から身を離した。
     ――――おっと、大切なことを忘れていた。
     彼の耳元に顔を近づけて、起こさないように、小さな声で囁いた。

    「おはようございます、トレーナーさん」

      ◇ ◇ ◇

     私達は、トゥインクルシリーズを走り抜けた。
     ブライアンちゃんとも競い合って、小さな頃から夢見た舞台に立つことが出来て。
     本格化の時期も終わりを告げた私は、トレーナーさんと話し合って、引退を決意した。
     私と同じような脚を持つ誰かを支えられるようになりたい、というのが今の私の夢。
     しばらくはヴィクトリー倶楽部で恩返しをしながら、将来を考えるつもり。
     …………まあ、もう一つ、夢はありますけど。
     というわけでトレーナーさんとの契約も解除となり、後は卒業を待つばかり。
     新たなトレーナー人生の邪魔をしてはいけないと思い、十日ほどは、距離を置いていた。
     十一日目、彼のトレーナー室の前を一時間ほどウロウロしていたら、偶然、再会した。

  • 3二次元好きの匿名さん23/06/06(火) 20:03:42

     ――――目の下に深い隈を作り、少しだけやつれた、トレーナーさんに。

     気づけば、泣きながら、怒鳴っていた。
     多分、今までの人生で、一番怒った瞬間かもしれない。
     トレーナーさんが自分のことをないがしろにしている姿を、許せなかったから。
     無理矢理ソファーに寝かしつけて、仕事を手伝って、少し冷静になってから話をした。

     ――――君のことばかり考えてしまうから、仕事を増やしていた。

     ああ、そっか、私と同じだったんだ。
     私もこの十日間、バクちゃんやチヨちゃん、他の友人達からも心配されていた。
     あのブライアンちゃんからすら、大丈夫なのかと声をかけられたほど。
     ついに耐えられなくなって、ダメだとは思いながらも、会いに来てしまったけど。
     でも、やっと気づいた。
     私達は、ダメなんだ。
     私達は、離れちゃ、ダメなんだ。
     そこから私は――――攻めに攻めた。
     体調管理の重要性やどれだけ私が心配したかなどを熱烈に説き伏せて。
     ついに入手したのが月桂冠付きの鍵、トレーナーさんの部屋の合鍵である。

    「私も、かなり無茶をしたなあ」

     制服の上から桜色のエプロンをつけて、朝食の支度をする。
     トレーナーさんと一緒に買いに行った、トレーナーさんが選んでくれたエプロン。
     桜の色合いと意匠がとても綺麗で、彼も何度も似合うと言ってくれた。
     だから何度付けても心は踊るし、何度見せても、もっと見て欲しいと思ってしまう。

  • 4二次元好きの匿名さん23/06/06(火) 20:03:57

    「また、褒めてくれるかな……?」

     期待に胸を膨らませつつ、手を動かしていく。
     ご飯はトレーナーさんが準備してくれているので、お味噌汁と焼鮭と目玉焼き。
     朝食に関しては、いつも和食にしている。
     ……やっぱり乙女としては、私のお味噌汁が毎日飲みたいとか、言われたかったので。
     ここ数か月、何度も繰り返した動き。
     あらぬことを考えてながらでも、準備は着々と進んでいく。
     すると、小さな足音が聞こえてくる。
     時計を見れば7時丁度、トレーナーさんがいつも起きて来る時間帯。
     おはよう、と眠たそうな声色で、目をこすりながらトレーナーさんが起きて来た。
     寝巻のままで、髪は乱れていて、髭もまだ剃っていない状態。
     そんな姿すらも、愛おしく感じてしまうのだから、重症だと思う。
     私はエプロン姿のまま、にっこりと微笑んで、彼に告げる。

    「おはようございます、トレーナーさん。もうすぐ、朝ご飯出来ますよ」

     トレーナーさんは微笑みながら、エプロン似合ってるね、と言ってくれる。
     一瞬、言葉が詰まる。
     普段は鈍い時もあるのに、こういう時は、私の言って欲しいことを言ってくれる。
     ああ、ずるいなって、思ってしまう。
     私は赤くなった頬を見せないように、調理に集中するのであった。

  • 5二次元好きの匿名さん23/06/06(火) 20:04:10

    「トレーナーさん、あーん♪」

     やらっれぱなしは性に合わないので、とりあえず反撃に出ることとした。
     トレーナーさんは顔を赤らめながらも、素直に口を開けてくれる。
     すでに、拒否したところで私が引き下がらないことを知っているから。
     もう何回もやっていることなのに、未だ慣れないのか、毎回可愛らしい反応をしてくれる。
     十分に味わって、飲み込んで、彼は幸せそうに言う。
     ――――とても美味しいよ、毎日食べたいくらいだ。

    「そっ、そうですか……」

     直球を投げ込まれて、私は反応出来ずに俯く。
     ……これも何回もやってることなのに、未だ慣れない。
     トレーナーさんは、本当に、ずるい人だ。
     私が言って欲しいことを、まるで見透かしてるように、何度も言ってくれる。
     普通に接していたら、太刀打ちすることができない。

    「……あーん、ささっ、こっちも、あーん」

     感情を誤魔化すように、私はトレーナーさんの口に箸を運んでいく。
     ……食べるのが早くて良かったと、今以上に思ったことはないかもしれない。
     チヨちゃんから、私はトレーナーさんに対して積極的だと言われたことがある。
     でもそれは少し違って、そうしないと、彼に骨抜きにされてしまうから。
     やられっぱなしは性に合わないから、私はどんどん前に出ていくのである。

  • 6二次元好きの匿名さん23/06/06(火) 20:04:33

    規制回避は任せろ

  • 7二次元好きの匿名さん23/06/06(火) 20:04:36

     食事を終えて、すこしだけゆっくりして、学園へ行く時間となる。
     これが、何度も繰り返してきた、今の私のルーティン。
     トレーナーさんと一緒に過ごせることが嬉しくて、楽しくて、幸せで。
     ――――少しだけ、物足りなくて。

    「トレーナーさん♪」

     靴を履いている彼に、小さく声をかける。
     彼はすぐにこちらを向いて、どうしたの、と問いかけた。
     私は上目でトレーナーさんを見上げながら、からかうように笑う

    「いってきますの挨拶が欲しいなあ、なんて」

     思わせぶりに、軽く顎の辺りとトントンと指で叩いてみせた。
     こんなことをしても、トレーナーさんが乗ってこないのはわかっている。
     私のことを大切に思っているからこそ、彼が今、段階を進めることはない。
     
     ――――そっか。

     トレーナーさんは、小さく呟く。
     そして少しだけ屈んで、私と真っすぐ顔を合わせた。
     まるで、トレーニングの時のような、真剣で真面目な表情。
     ……えっ?
     そのまま肩をガシッと掴まれて、しばらくの間じっと見つめられる。
     振り払うことは簡単に出来るのに、その目で見られると、動けない。
     
    「とっ、トレーナー、さん?」

     目を閉じて、とトレーナーさんは優しく告げる。
     私は言われるがままにぎゅっと目を瞑ってしまい、じっと待つしかなかった。

  • 8二次元好きの匿名さん23/06/06(火) 20:04:51

     顔が熱い、身体が微かに震える、心臓がバクバク鳴り響く。
     私は、何をされてしまうのだろうか。
     私は、何をされたいと思っているのだろうか。
     気が付けば、唇を少しだけ、トレーナーさんに向けて突き出していて。

     ――――刹那、ぽんぽん、と頭を撫でられた。

     ぱちりと反射的に目を開けると、楽しそうに微笑みトレーナーさんの顔。
     今はこんな感じで勘弁してね、と笑いながら言い放ち、先に家を出た。
     私は、少し温もりの残り頭に触れながら、呆然と見送る他なかった。
     …………からかわれた。
     昔はたじたじになって終わりだったのに、強くなってしまったのだろうか。
     いや、逆なのだろう。私が、弱くなってしまったのだ。
     その証拠に、子ども騙しように頭を撫でられたことが、すごく嬉しく感じている。

    「……何が『今はこんな感じで』ですか、もう」

     負け惜しみをぼやきながら、私は熱くなった頬を手のひらで冷ます。
     その最中、ふと、微かに感じる違和感。
     ……まだ?
     その言葉の真意にようやく気付いてしまい、頬が更に熱を上げていく。

    「……っ! ああ、もう……!」

     トレーナーさんは、本当にずるい。

  • 9二次元好きの匿名さん23/06/06(火) 20:06:09
  • 10二次元好きの匿名さん23/06/06(火) 20:14:15

    いいものを読ませていただいた・・・

  • 11二次元好きの匿名さん23/06/06(火) 20:15:31

    最高かよ
    異性の匂い色濃く染み付いたまま学舎に行くとか花の乙女たちにとってはもはやテロでしょ…

  • 12123/06/06(火) 20:45:01

    >>10

    あざます、本当は元のスレが落ちる前が書ければ良かったんですけどねえ……

    >>11

    これもヴィクトリー倶楽部流の戦略なのか……

  • 13二次元好きの匿名さん23/06/06(火) 20:50:01

    健全でもいいじゃないか、うん

  • 14二次元好きの匿名さん23/06/06(火) 20:55:35

    >>11

    トレーナーの方にもローレルの匂い染み付いてるのかな

  • 15二次元好きの匿名さん23/06/06(火) 20:58:54

    俺が酒の勢いで立てたスレからすごいのが生えてきた……!?

  • 16123/06/06(火) 21:51:05

    >>13

    それでももうちょっと叡智にしたかったのです

    >>14

    それで噂されちゃうんだよね……

    >>15

    良い概念をありがとうございました

    ホントは保守もしたかったんですけどね……すまぬ

  • 17二次元好きの匿名さん23/06/07(水) 07:21:10

    ちょっとよわよわになってるローレルすき

  • 18123/06/07(水) 09:53:26

    >>17

    俺もすき

    ちょっとやり過ぎた感はあるけど

オススメ

このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています