【CPSS】これは、僕の物語だ。

  • 1◆ZrONIBKxMk23/06/09(金) 21:20:15

    これから始まる僕の旅路を、手記として記すことにした。
    君が遺せたものがテロリストとしての記録と、君が描いた絵くらいしかなかったという事実が、僕にとっては酷く悔しかった。
    それに、この旅路は僕の旅路であると同時に、君のための旅路でもある。

    僕はもう一度、あの後悔をしたくない。
    この旅を記しておけば、たとえ僕が野垂れ死ぬことになっても、それまでの旅路は永久にここに残るから。
    もっとも、当然そこら辺で朽ち果てる気は毛頭ない。僕の目的を果たすまでは、何をしてでも生きてやる。



    だから探しに行こう、君が見た景色を。そこに君の思い出があると信じて。
    君が生きた証──あるいは君自身が宿る、この絵達と共に。

  • 2◆ZrONIBKxMk23/06/09(金) 21:22:39

    ※本編通り死別した後の5ノレ+少しソフィ
    ※コラ画像あり
    ※然程長くはならない予定
    ※見切り発車

    以上の点を容認できる方は、良ければお付き合いください。

  • 3◆ZrONIBKxMk23/06/09(金) 21:31:06

    旅に出たはいいけれど、手がかりは何もない。君が隣にいたら「馬鹿ですか」とでも言われそうだけど、それでも構わない。この旅路に、僕はこの命の全てを懸けても良いと思っている。

    君が描いた絵は、その多くが死んだものばかりだ。数少ない、場所が分かりそうなこの駅の絵すら、既に廃線になった駅舎の成れの果てだろう。データベースとの照合は困難だと思う。

    欧州方面に降り立った僕は、とりあえず東を目指すことにした。幸い、あの悍ましい会社の混乱の中でかの本物様の膨大なポケットマネーをくすねたから、交通手段も食事も宿も、自由に決められる。

    あの場所を見つけるためなら、僕はどんな世界の果てまでも行ってやろう。
    君のために。

  • 4二次元好きの匿名さん23/06/09(金) 21:39:05

    待機

  • 5◆ZrONIBKxMk23/06/09(金) 21:45:54

    どうしてもやることがなくて、暇を持て余すようになった。当たり前だ、僕の興味は君にしかなくて、君がいない世界の中で見たいものなんか、君が描いたあの場所だけだから。

    この暇とやるせなさを紛らわすために、僕も絵を描くことにした。
    絵を描くのは久しぶりだったから、この手記を書いてる僕の手帳に描いた。本当は君を描きたかったけど、汚く描いて怒られたくなかったから、適当に思いついた人物を描いた。

    その結果がスレッタ・マーキュリーと、僕の前任者。確かナンバーは僕の前だから4号。思えばこの前任者が彼女に入れ込んでいたから、僕は彼女を籠絡しろと言われたんだ。今更弁明しても無駄だろうけど、あれは僕の本心で口説こうとしたんじゃないからな。

    僕は最期まで、君にとってエラン・ケレス──その偽物でしかいられなかった。僕の本当の名前も、本当の顔も教えられなかった。
    そして、それはアイツも同じだったんだろう。スレッタ・マーキュリーの前では最期までエラン・ケレスのまま姿を消してしまったんだよ。
    だから、僕もアイツも同じなんだ。

    昔はアイツの目が嫌いだったけど、今は同じ後悔を背負った仲間として共感出来る。アイツ自身がどう思っていたかは、知りようがないけどね。

  • 6◆ZrONIBKxMk23/06/09(金) 21:55:51

    僕の絵の勘を取り戻して、ようやく君を描くことにした。でも君だけじゃダメだ。彼女も……ソフィも一緒に。
    彼女のことをよく知ることはできなかったけど、君にとって彼女が大事なのは痛いほど分かっている。

    そして、君の手帳を使わせてもらうことにした。

    ここに描かれているものが君の心だったなら、君はこの中にまだ生きている。
    僕は君の手帳に君を、君たちを描いていく。僕が絵の中で君たちを生かしてやる。今はただ、それくらいのことしか出来ないから。

    だから君の心の中に、僕が見たかったものを描くことを許してほしい。僕が見たかったのは、君なんだ。

  • 7二次元好きの匿名さん23/06/09(金) 21:59:02

    待機

  • 8◆ZrONIBKxMk23/06/09(金) 22:13:34

    都市部を出て、街道の整備されていない区域に出てきた。今日からは野宿だ。
    荷物用にサイドカーをつけたバイクに乗って、砂利道を、草むらを、古い時代の道路を走ってきた。
    慣れないなりに街で調達したテントを張り、火を起こして、レトルト食品を温めて食べた。

    こんな何気ない旅路も、君と来たかった。
    ふと、目の前の火に飛び込みたくもなる。君が描いてきた骸のようになれば、君の元へすぐに行ける。でもそれを君は許さないだろうと思って踏みとどまる。
    「生きろと言った人間が簡単に死ぬな」と。

    死への甘い誘いを振り切ること。それが今の僕にとって、「生きる」ことなんだと思う。
    そして改めて身をもって知った。「生きる」って、こんなにつらいことなんだって。

  • 9◆ZrONIBKxMk23/06/09(金) 22:29:13

    初めて野宿をしてみたけど、快適なものじゃない。
    地球暮らしはスペーシアンにとって苦痛だと言われるけど、多分その苦痛を凝縮しているようなものなんだと思う。
    ……この書き方は、よくなかったかな。気をつけよう。

    ふと、君たちにもそんな経験があるのかな、と考えた。君たちの立場を考えれば、必要に迫られて野営をすることもあったのかもしれない。分からないけど。
    君たちがそうやって生きてる光景を思うと筆が良く進んだ。楽しむためにやるわけじゃないけど、二人なら楽しかったんだろう。
    そう思うと、やっぱり隣に君が……

    いや、そういうことを書くのは、もうやめにしよう。その穴が埋まらないことはとっくに分かってるじゃないか。

    だから今は前を向いて、あの場所を探しに行く。

  • 10◆ZrONIBKxMk23/06/09(金) 22:41:59

    僕が整備された街道を外れて旅をしているのは、その方があの場所が見つかりやすいと思っているからだ。
    君の素性と、情報の少なさを考えると、人の往来が多い場所ではないんだろう、みたいな推測。
    でも物資の補給とかのために街に寄る必要はあるから、そこでたまに聞き込みをすることもある。……今日は不発だった。
    ダメ元で路地裏の少年なんかにも聞いたけど、流石に知ってるわけがない。もしかしたら君たちと同じような悪ガキの秘密基地になってるかも、みたいな淡い期待はしたけれど……

    これを書いてる筆を止めて顔を上げると、鉛筆を握って振りかぶる君が見えた気がした。悪ガキと書いたのは悪かったから、頼むから止めてくれ。

  • 11二次元好きの匿名さん23/06/09(金) 22:44:08

    これもしかしてノレア視点の書いてた人!?
    まじで期待だわ

  • 12◆ZrONIBKxMk23/06/09(金) 23:05:16

    前の街で買った食料の方が美味しかったな、とか思いながらバイクを走らせていると、ふと目に入った廃墟が気になったので、調べることにした。

    朽ちた看板に書かれてる文字は読めなかった。劣化によるものじゃなく、知らない言語だったからだ。でも建物の形や僅かに残ってた看板の絵から察しはついた。
    ここは、かつての商店街。人々が生活していた場所だったんだ。

    君や僕の年頃なら、いろんな店を眺めては買ったり、買わずとも思いを馳せたりと楽しんでたのかもしれない。
    ソフィに振り回される君の姿が目に浮かぶ。これが欲しい、あの店に行こうとわがままを言われ、君はそれに少し呆れつつも付き合うんだろう。

    僕は……おそらく付き合わされて代金を支払う係。何でも買ってあげたい気持ちはあるけれど、少しは加減してくれよ。

  • 13二次元好きの匿名さん23/06/09(金) 23:08:43

    切ない……

  • 14◆ZrONIBKxMk23/06/09(金) 23:35:56

    野営も手際良く出来るようになり、旅も最近は少し楽しんでいるけど、依然として君が見た景色に関する手がかりはない。
    別の大陸なのか、それとももう人の手で壊されてしまったのか、はたまた僕が見落としてるだけなのか。色々な思いが巡る。

    そうやって街の路地裏で物思いに耽っていたら、いつの間にか夜になっていた。この辺りの宿はもう埋まってるらしい。どうしようもなくて、昨日は路地裏で眠ることにした。

    路地裏は風が吹き抜けて寒かったけど、君の手帳を入れたバッグを抱いていたら、不思議と暖かかった。
    そして僕の目の前で泣きじゃくった君を思い出す。あの時の君の小さく震える背中の温もり、力の抜けた腕の感触、溢れるソフィへの思い。

    それが眠る前の最後の記憶だった。
    あの夜は、微笑む君の夢を見ていた気がした。

  • 15二次元好きの匿名さん23/06/09(金) 23:59:41

    一人旅の夜に見る星空はとても広かった。路地裏と違って、遮るものが何もないんだ。
    君も見たことがあるんだろうか。

    綺麗だけど、綺麗すぎて、広すぎて、怖くもなる。そしてこんな夜に、君が描いたソーンの絵を見てしまった。

    吐いた

    君を貫いた光芒が目の前に蘇り、あの時の衝動と、データストームの侵蝕を思い出す。当たり散らそうにも、周りには何もない。
    一人だ。
    どうしようもなくて、みっともなく泣き喚き、君の名を叫んだ。

    でも、君たちの眠りを妨げちゃいけない。だから筆を進めて、とにかく落ち着こうとした。


    君たちが、穏やかに眠れていることを願う。
    そして僕の吐いた物で、涙で、君の手帳を汚さなくてよかったと思う。

  • 16◆ZrONIBKxMk23/06/10(土) 00:25:33

    奇妙な出会いがあった。とある町を出た日に、夜盗に襲われた。こうして手記に記録を記していられる時点で、命とこれと、君が無事だったことはわかるだろう。

    君よりもっと幼い少年が一人だった。
    肩にかけた小さな鞄はほぼ空っぽ。震える片手でナイフを、力強くもう片手でぬいぐるみを握っていた。熊のぬいぐるみだった。

    食べ物かお金を寄越せと言われた。きっと飢えてるんだと思ったから、食事をあげるからナイフをしまってと言うと、少年は泣きながら崩れ落ちた。
    なんでも彼は、あのクイン・ハーバーでの戦闘に巻き込まれ、家族を、家を、友達を失ったらしい。君が怒りを募らせた、あの報道の時だ。
    それから僕が滞在した町に避難していたようだけど、里親や同年代などとの人間関係が上手くいかず家出してきたらしい。

    見過ごせなかった。君もきっと、僕と同じ選択をしたと思う。旅程は変更を余儀なくされる。

    彼を、僕の旅に同行させることにした。
    だからしばらくはこの日記も、絵も、少しおやすみだと思う。
    寂しがる必要はないよ。近いうちに、また描いてあげるから。

  • 17二次元好きの匿名さん23/06/10(土) 08:27:35

    こういう雰囲気のSS好きだわ

  • 18◆ZrONIBKxMk23/06/10(土) 08:50:17

    少し間が空いたから、とりあえずは旅程の変更とその結果起きた出来事について記しておこう。

    まず、少年を旅に加えたことで食糧の余裕がなくなった。本来なら最短ルートで東の街に向かう予定だったんだけど、彼が加わると食糧の消費も概ね倍になる。
    だから、僕たちはルートを変更して、より近い南の港湾都市を目指すことにした。前からベネリットグループの駐屯地があった大きな都市だ。

    少年の行き先に当てはなかった。
    ただ、どこか他の集落で誰かに預けられればいいとだけ思っていたから、僕は街に着いたら行政に掛け合って、孤児院などの類がないか調べた。
    大きな都市だったからそれくらいはあったけど、結論から言って、この都市はダメだった。理由?ベネリットグループの駐屯部隊がいるからだ。

    グループが新体制になってから強引な治安維持とかみたいな衝突はすごく減ったけど、警備用のMSがゼロになったわけじゃない。
    そして、この少年はMSに酷く怯えているんだ。炎上するクイン・ハーバーで見上げた黒い巨人。その恐怖に今も苛まれている。

    偶然街中でMSを見て怯えて、涙を流した彼に、僕はただ寄り添うことしかしなかった。できなかった。君の時と同じだ。


    僕はあと何度、誰かの悲しみを受け止めればいいんだろう。
    そして僕の悲しみは、一体誰が受け止めてくれるんだろう。

  • 19◆ZrONIBKxMk23/06/10(土) 09:08:04

    港湾都市がダメだったので、物資を補充して、改めて東の街を目指した。また少年も一緒だ。
    唯一の収穫は、この辺りは比較的混乱の少ない土地だったため、もしかしたら君の絵のような綺麗な場所が残っているかもしれないということだ。
    具体的な情報じゃないけど、希望が持てた。

    旅路の夜中。寒さか恐怖か震える彼に、僕は新しく買った毛布をかけて、気を紛らわすために話をした。君の話、そして僕の旅の話を。
    最初はただ黙って聞いているだけだったけど、次第に彼は軽く相槌を打ってくれたり、質問をしてくるようになった。

    話の途中で僕の持っていた手帳について聞かれた。君の絵の方の手帳だ。無意識にそれを、大事そうに手に取っていたらしい。

    僕は、僕が描いた君の絵を見せた。
    少年は「綺麗な人だね」と言ってくれた。
    僕は咄嗟に彼を抱きしめた。嬉しかった、君を認めてくれる人がいて。
    君の罪の話だってしたのに、彼はただ君を綺麗だと言ってくれた。この旅路の中で、初めて君が生きていたことを知って、認めてくれたんだ。





    「そのお姉さんのこと、好きなの?」と訊かれたときには流石に困ったけどね。
    僕だってそんなことを他人に言うのは恥ずかしかったさ。でも嘘偽りなく「大切な人だよ」とは答えられた。今はそれで勘弁してほしい。

  • 20二次元好きの匿名さん23/06/10(土) 11:05:33

    また、間が空いてしまった。
    これを書く時間も、絵を描く暇もなかったんだ。ごめん。

    本来僕は南の港湾都市には寄らず、元いた町から東の街まで行くつもりだった。それが少年と一緒になったことで南の方に寄ることになった。
    だから港湾都市までの道も、そこから元々目指していた東の街への道も想定していなかった旅路だ。
    だからその道のりは結構苦労した。予定していなかったルートを、旅に不慣れな子供と往く。明らかに今までより移動ペースが落ちていた。

    ある日、旧世紀からずっと人の手が入っていないような場所に差し掛かった。もしかしたら、この辺りにあの景色があるんじゃないかなって思えた。
    少し寄り道していこうか、そう思った矢先だった。

    少年が体調を崩した。
    簡単な医薬品の類は持っていたからひとまず小康状態には収められたけど、何があるかはわからない。
    寄り道は中止だ。僕たちは東の街へ全速力で走る。

    これは、どうしても先に進めない夜中に、彼が眠った後を見計らって書いている。君がもし見ているなら、彼を守ってやってくれ。

  • 21◆ZrONIBKxMk23/06/10(土) 11:22:30

    結果から言って、彼は無事だった。
    街についてすぐ、僕は病院を探して彼を運び込んだけど、これまでの心労と、ここまでの旅の疲労の蓄積による体調不良とのことだった。
    数日入院して休むことになった。

    そして東の街で彼の身元を引き受けてくれる人がいないか探してみたところ、ある老夫婦が手を挙げた。
    彼らはかつてどちらも紛争で親を失い、その後は息子も失ってしまった。だから話を聞いて、同じような境遇の彼を救いたいと言ってくれた。
    幸い、病院で面会した時の少年と老夫婦の関係は良好だったし、万が一問題があれば行政が対応してくれるそうだ。つまり、彼とはここでお別れである。



    全てうまくいった。嬉しかった。
    なのに、どうしても僕の中ではある苦しみが消えない。

    君もここにいたら、一緒に喜んでくれただろう。なのに僕は、君の笑みを描けないんだ。見たことがないとか、そういう理由じゃない。
    ……分からないんだ。
    それでも僕は落ち着かないから、代わりにソフィを描いてみる。でもやっぱり、僕は満足しない。

    いつか夢に見た君の微笑みを、僕はずっと求めている。
    この旅路が終わるまでに、君の笑顔を描けるのだろうか。

  • 22◆ZrONIBKxMk23/06/10(土) 11:46:54

    少年と別れて、僕はまた一人旅に戻った。
    ……いや、君たちがいるから三人でいいかな。

    あの道中で見た場所が気になったけど、まずは元々辿る予定だった、前の町と東の街を結ぶルートを見てみることにした。

    道中で判断するのも急ぎすぎだけど、多分外れだ。でも、綺麗な景色はたくさんあった。
    この旅がいつまで続くかわからないけど、いつかはそれらの風景も君に見せたい。だから端末に座標だけマークした。
    時間が残っていればちゃんとした画材を持って来て、君のために大きな絵を描くんだ。君が見たかっただろう綺麗な世界を、きっと僕が見せてやる。



    さて、僕に残された時間は、あとどのくらいなのだろうか。

  • 23◆ZrONIBKxMk23/06/10(土) 12:02:48

    生きていると面白いこともあるもんだ。

    結局当初予定していたルートを巡り終え、前の町に戻った僕は、前に見た場所を探索してみようと思い立ち、南の港湾都市に再び向かった。
    今度の旅路は整備された街道を使ったので苦労は少なかったし、それなりに人との交流があったけど、今では君たちだけと荒地を往く旅の方が楽しく思えた。

    さて、港湾都市に着いて宿を取ると、ベネリットグループのスタッフなる者から接触があった。なんでも、VIPからの連絡があるとのことだった。
    連絡してきたのはミオリネ・レンブランとグエル・ジェターク。あのお姫様とお坊ちゃんだ。どこで僕の今を知ったのだろうか。

    二人とも、僕に送りつけてきたのはとあるデータだ。
    グエルから受け取ったのは一件の座標データ。調べてみると極東のある場所だった。ご丁寧に画像データも付いていたからあの場所ではない。
    でも確かに、僕が一度は行かなければならない場所だった。

    ミオリネからは、君を使い潰した憎きあの組織のデータ。君やソフィに関する記録だった。……奴らが君に接触したのは、この近辺らしいじゃないか。
    もしかしたら、もしかするかもしれないよ。



    エラン・ケレス、強化人士5号──今は捨てた顔と名前、身分がもたらした縁に感謝する。
    それは、君も同じだったね。

  • 24◆ZrONIBKxMk23/06/10(土) 12:07:04

    この衝動を、僕は言葉にも、絵にも出来なかった。




























    見つけたよ、ノレア。

  • 25◆ZrONIBKxMk23/06/10(土) 12:19:31

    あれから何日経っただろうか。



    僕はあの地にテントを構え、心ゆくまで君が求めた風景を眺めた。
    その度に君と巡り会えた喜びと、隣に君がいない悲しみが綯い交ぜになって、堪えられなかった。何度笑い、何度泣いただろう。

    数日経つと流石に食糧なんかが足りなくなりそうだと気付いたので、忘れないように座標を端末にマークし、惜しみながら旅立つ。



    僕は東の街に再びやってきた。旅もこれで終わりかと思うと、何か複雑な気持ちがあった。目的を果たして、喜びたいのに。
    本当は、あの場所が見つからないまま、永遠に君と旅をしていたかった気持ちがある。
    僕は、どうすればいいんだろう。

    こんな滑稽な絵を描いても、気持ちは上滑りするばかりだ。しばらく描くのはやめよう。こんな状態で君を描いたら、それは失礼だからね。

  • 26◆ZrONIBKxMk23/06/10(土) 12:26:26

    もう書くこともないんじゃないかと、思っていた。

    しばらく目的を喪ったまま東の街に滞在していたある日のことだった。
    ふと僕の手帳を落として、拾い上げた時に中身を見ると、グエルからもらった座標データをこちらにも書き写していたようだった。

    そうだ、これが次に向かうべき場所だった。
    そしてこれが、僕の最期の旅になるんだろう。








    君と、お別れするための旅だ。

  • 27二次元好きの匿名さん23/06/10(土) 13:23:19

    君の絵で見たことがある、廃墟の駅舎だ。
    鹿が1匹、草を食んでいた。

    目的地が近くなっていることがわかる。

    咄嗟に見比べたくなったけど、君の絵を見比べれば僕の決心が揺らぐ。それじゃダメなんだ。
    僕はこの物語を終わらせて、君と別れる。これ以上、僕の人生に付き合わせるわけにもいかないから。




    それから僕は何をする?
    僕はこの世界で、何のために生きる?
    後で考えれば良い。かつては君にそう言ったけど、今は僕が、それを考えられる気がしない。

    僕の気持ちとは裏腹に、足取りは軽かった。

  • 28◆ZrONIBKxMk23/06/10(土) 13:37:55

    この物語は、ここで終わる。
    君が眠る時が来た。

    ソフィの墓だ。
    ここが、彼が指し示した座標だった。周りにはいくつか同じような墓が並び、ソフィの隣にも誰かが眠っているようだ。

    君もここで眠るべきなんだろう。
    だから、僕と君はこれでお別れだ。あの時からしばらく、僕に付き合わせて回り道をしてもらった。
    それもここまで。

    安らかに眠れ。

  • 29◆ZrONIBKxMk23/06/10(土) 13:49:25

    「……
















    駄目だよ!
    君がいなくて、僕はどうやって生きれば良い!
    僕に生き方を教えてくれよ、生きる理由を僕にくれよ!
    僕には君が必要だ!君しかいないんだ!
    僕にとって、大切なのは君なんだ!

    そうだ…………僕は、君が好きになったんだって、言いたかった……!」

  • 30二次元好きの匿名さん23/06/10(土) 13:56:06

    5号くん…………

  • 31◆ZrONIBKxMk23/06/10(土) 13:57:55

    結局、僕は君と別れられなかった。
    君自身を喪って、それでもどうにか生きてきたのに、君との繋がりを絶って、どうやって生きるんだ。
    同じ過ちを繰り返したくはない。今度こそ、君を離さない。

    ソフィには悪いけど、僕は君をまだ連れて行く。今度こそ、とてつもなく長い旅になるよ。



    行き先は決まってないけど、時間はある。
    だから、ゆっくり考えれば良いさ。

  • 32 23/06/10(土) 13:59:46

    ( ;∀;)あ゛あ゛あ゛あ゛
        切ないいいいい

  • 33◆ZrONIBKxMk23/06/10(土) 14:11:14

    「あ、あったよ!あれがソフィとシーシアのお墓?」

    「走るなセド。……そうだ、ソフィのことはわからんが、シーシアのは俺が、作った墓だ。」

    「確かにこれ、ソフィさんのお墓です。周りの子達、ソフィさんが学園に連れて来れなかった家族じゃないかなって。あの、ノレアさんのお墓も……」

    「彼女に関しては、アイツに任せればいいわ。にしてもグエル、アンタもここにはずっと来てないんでしょ?その割にはどのお墓も随分綺麗だけど?」

    「ああ、多分俺たち以外の誰かが来たんだろうが……そんなやついるか?」

    「誰かは分からなくても……きっと、優しい人が来てくれたんだと思います。それで、いいんです。」

  • 34◆ZrONIBKxMk23/06/10(土) 14:41:40

    気の向くままにいろんな所を旅してきたけど、結局あの街に戻ってきた。

    旅の中では1番滞在期間が長くて、君の景色にも近い。
    いつか君に見せたい景色を描こうと考えたら、もう少し絵を練習したり、生活拠点が欲しいと思ったから、ここで家を借りることにした。

    この街での生活にも慣れてきた頃、彼と再会した。
    クイン・ハーバーで家族を失い、僕と少し旅をして、この街にやってきた、あの少年だ。
    街の老夫婦の養子となり、今はこの街で楽しく暮らしている。
    決して喪った悲しみが癒えるわけじゃないけど、それでも今は毎日が楽しい──そんなことを言っていた。

    僕がこの旅について話したのは、思い返すと彼だけだった。僕の目的も知っている。だから、あの場所は見つけられたかと言われて、僕は首を縦に振った。
    すると「今度連れて行って」と頼まれた。僕としては僕と君だけの場所にしたかった気持ちもあったけど、結局僕はまた首を縦に振った。なんでだろう。

    多分、君の心根にあるものを僕しか知らないのが、それはそれで寂しく思えたんだ。
    だから、君を認めてくれたあの子には、それを分かち合いたい。君は、許してくれるかな。

  • 35◆ZrONIBKxMk23/06/10(土) 15:15:33

    少年と、その養親である老夫婦と一緒に、またあの場所にやってきた。

    僕も少年も老夫婦も、皆言葉が出なかった。そういう場所なんだ。
    この場所を僕が知れたのは君のおかげだ。だったら、僕たちのこの感情も、ある種君がもたらしたものだと思いたい。
    もしそうなら、君はまだ世界に何かを刻めるんだから。

    少年の養父が「ここに終の棲家を建てたい」と言った。そして彼の友人を招いて、皆と感動を分かち合いたいとも。
    少年の生活のこともあるから、流石にこの話は却下になった。仕方ない、ただ発想は面白いと思ったんだ。










    それで僕は一つの計画を思いついた。
    君を使い潰し、忘れようとした世界への、復讐だ。

    ささやかで、壮大で。優しくて、取り返しのつかない復讐。
    途方もない時間がかかる話だけれど、いつかきっとやり遂げてみせる。絶対に。

    「馬鹿なの」なんて、言わないでくれよ。

  • 36◆ZrONIBKxMk23/06/10(土) 15:43:37

    【後年、とあるテレビ番組より】

    『見てください、この素晴らしい景色!この絶景を求めてアーシアン、スペーシアン問わず多くの人がこの町を訪れています!
    この町、"ノレア"はかつては人の手の入らない未開の土地でありましたが、アド・ステラ130年頃を期に各地から移住者が集まり、一つの新たな集落が生まれました。
    その移民のきっかけを作った、この町の創設者と言えるのが……こちらの美術館の創設者であり、画家としても知られる──────氏でした。
    今日は多くの風景画とこの町に尽くし、一昨年75歳で亡くなった彼が生きた、物語と称されるその生涯を追っていきます。』

  • 37◆ZrONIBKxMk23/06/10(土) 16:11:25

    【──────氏の遺品より見つかった、二冊の手帳より】

    片時も君のことを忘れたことはなかった。忘れるわけにはいかなかった。

    『君の名前を世界に刻みつけ、永遠に忘れさせない』
    それが僕の、壮大でささやかな復讐だった。あの地に町を作り、君の名前を付けた。それがああも大きくなって、たくさんの人に知られた。
    世界中が君を忘れられないように、君の心を、多くの人に伝播させた。もはや君無しでは、この世界は成り立たないんだ。
    もう、君がいなかった頃には戻れない。
    もちろん僕だって悩んださ。人にあの場所を明け渡していいのか。君の心を僕が解き放っていいのか。それで本当に僕は満足するのか。

    でも、これで僕は、君を失う悲しみを二度と繰り返さないで済むんだ。どんなに歪なやり方でも、僕は君を失いたくなかった。君を離したくなかった。
    だから、君のために生きただけじゃない。僕は、僕のために生きたんだ。

    ようやく君が、笑ってくれた気がした。不器用な笑い方で、だけど僕が一番見たかった笑顔。
    声は聞こえないけれど、多分僕があまりにも馬鹿らしくて笑ってるんだろう。それで良いよ。そんなことで笑える君が欲しかったんだ。


    いつの間にかこの手帳も、君の手帳も、最後のページを迎えていた。

    僕と君の旅路は、ここで終わる。

    一度終わらせようとしてから、とてつもなく長い時間をかけた。
    僕があの復讐を始めてから、ここに書くことはほとんどなかったけど、その間の物語は全て、僕が描いた絵に遺してきた。

    最期くらい、僕も素直になろう。
    ノレア・デュノク。僕は君を愛している。
    君に捧げた永遠に、僕はいつまでも隣で寄り添ってやる。


    これは、僕の物語だ。

  • 38◆ZrONIBKxMk23/06/10(土) 16:12:53

    【物語は、これでおしまい】

  • 39二次元好きの匿名さん23/06/10(土) 17:07:28

    (あまりの尊さに言葉が出ない)

  • 40二次元好きの匿名さん23/06/10(土) 17:33:05

    乙でした。
    途中感想レスする間すらなくひたすら魅入ってしまった。素敵な作品をありがとう

  • 41二次元好きの匿名さん23/06/10(土) 17:35:24

    スレ見失っちゃったけど前にも書いてた手帳の人ですか?

  • 42◆ZrONIBKxMk23/06/10(土) 17:49:09
  • 43二次元好きの匿名さん23/06/10(土) 21:14:43

    今更ですがすごく良かったです⋯5ノレの解像度上がった
    ありがとうございました

  • 44二次元好きの匿名さん23/06/11(日) 07:52:16

    あんただったか…乙乙

  • 45二次元好きの匿名さん23/06/11(日) 16:51:28

    泣いた…良いssスレだった

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