Love & peace

  • 1123/06/12(月) 21:19:54

    「あーあ、恋してみたいなぁ」
    「「──────!?」」

    ある日の食堂にて。その一言は、私スペシャルウィークと、友だちのキングちゃんを震撼させるには、十分過ぎた。
    別に、高校生の月並みな愚痴、そんなに驚くようなことでもないと思うかもしれない。いやいや、そんなことはない。それを言ったのが……だって……だって……

    「ごほっごほっ……す、スカイさん……珍しいわね、貴女がそんなこと……」

    そう、セイちゃんなんだから!

  • 2123/06/12(月) 21:20:38

    「そ、それってどういうことなのセイちゃん。セイちゃんがそーゆー話するの、すごく珍しくない?」

    思わずにんじんステーキを呑み込む。消化、大丈夫だろうか。今は数多の激戦を制してきた、私のお腹を信じるしかない。本当の敵は諦めだ。

    「いやいや、セイちゃんも年頃の女の子だよ?そんなことも考えるって」
    「……怪しいわね。何考えてるかわからないけど、どうせまた、何かは考えてるんでしょう? あなたって、そういう人だから」
    「……ちぇー、いい友達を持ってセイちゃん幸せだなー」

    なんとも、打ち合わせたかのような、言葉のキャッチボール。少し、羨ましい。
    私と二人じゃああはならないし、多分二人も他の人じゃあならない。胸の内も手の内も知り尽くす、二人こその会話。
    水面揺れるコップに口をつけて、撫でるような手つきで机に手を置く。私でもわかる。いわゆる「真実を話します」って感じだった。
    一方のキングちゃんは、「詐欺師の自白を聞いてやろう」といった様。これも友情の一つなのかはわからないけど、名前に違わぬ毅然とした態度だった。……いや、キングというより、尋問官みたいだけど。

  • 3123/06/12(月) 21:21:12

    「なんかやっぱりさ、『恋っていいもの』みたいな認識が世の中跋扈してるわけじゃないですか」
    「……まぁ、そんなに異議を唱えられることも無いでしょうね」

    もう既に、キングちゃんは怪訝な顔だ。この口調、前提を納得させてから論を展開する話し方。私達は知っている。こういう時のセイちゃんの話は、胡散臭くて、それでいて納得させられるものばかりなのだ。口下手じゃあトリックスターは務まらない。

    「でもね、セイちゃん思うわけですよ。『恋は盲目』とも言うでしょ?私達ってば、この年でアスリートなわけじゃん。私としては、ここに『隙』があると思うのです」
    「例えば、正確にラップを刻んで逃げる子がいるとする。全然周りのことも気にしないで、どうしてもそのラップを崩せない。しかも、そのラップ通りに走られたら負けちゃうってなったら、誰も勝てる気がしないでしょ?」

    ブルボンさんみたいなものだよって、詐欺師は付け足す。確かに、だからこそブルボンさんは強いのだ。適距離とは言えない舞台で、一番人気を背負って、ライスシャワーさんの極限仕上げでやっと、届きえたのだから。
    そうじゃなくたって、セイちゃんの言っていることはよくわかる。スタートからゴールまで先頭でいられるなら、それが一番強いに決まってる。それこそ、スズカさんのように。
    うんうんと、納得した私を見てセイちゃんも頷く。それと、少しだけ上がる口角。
    彼女は語る。

  • 4123/06/12(月) 21:21:48

    「でも、もしその子が走っている最中、数秒に一度恋人の顔が浮かぶとしたらさ」

    「正確なラップなんて刻めるのかな」

    凄く、怖い笑顔だった。
    策を弄したセイちゃんの笑顔は、時々悪魔かと錯覚する。いや、悪魔だってここまで恐ろしくはない。
    固唾を飲みこんで、ついでに牛乳も飲み込む。少し、カラダが冷たい。

    「お、おそろしい……」
    「そう?『好き』は『隙』なんだから。利用しない手はないと思うけどなー」

    なんだかんだ、勝利に一番貪欲なのはセイちゃんなのかもしれない。

    「まあ問題はね、コレ世間様によると、倫理的にNGらしいってことなんだけど……」
    「当たり前じゃない……」

    キングちゃんの呆れたようなツッコミが入る。セイちゃんは嬉しそうに、にへらーと笑っている。
    オチもついた、反応も上々。普段なら、ここで話は終わりになるのだけど。
    今日は少しだけ違うらしい。

  • 5123/06/12(月) 21:22:27

    「ということで、恋ってものを経験してみたいんだよ。理解しないまま武器にするほど、セイちゃんバカじゃないからさー」
    「でもさぁ、身近にいないじゃん?男の子。どーしたもんかねと思ってるんだよねー」
    「しょうがないよ、マヤちゃんとかシリウスさんも嘆いてたし。だからトレーナーさんにちょっかい出すんだと思うけど……」

    因みにそういう私はどうかと言われると……まぁ、少し返答に困る。け、健全な関係だと思いますよ?

    「そうよ、それこそ、貴方のトレーナーはどうなの?結構顔立ちは整っている方でしょう?」

    確かに気になる。すごく気になる質問だ。
    セイちゃんのトレーナーは、中々の男前として知られている。訳のわからない作戦を提示したり、年中コートを着ていたりする(冷え性らしいとの噂だ)変人ではあるが、顔立ちが整っていて、優しい人だと評判だ。
    対してセイちゃんは、トレーナーさんが好きなのか嫌いなのかわからない。からかったりしてるみたいだし、仲は悪くなさそうだけど、その実どうなのだろうか。
    緊張の一瞬。答えは直ぐに返ってきた。

  • 6123/06/12(月) 21:23:03

    「いやぁ、ナイナイ」
    「あー、そうなんだ」

    結構、意外だった。悩む間もなくの返答だったから。どうしてトレーナーさんは駄目なんだろう。タイプじゃないのかな?
    取り敢えず、疑問そのままに聞いてみた。
    さっきより間を空けて、「んー」という唸り声。眩しそうに電灯を細目で見つめている。

    「別にー?タイプじゃない訳じゃないし、かっこいいとも思うけどさー」
    「まず、私達は学生と立派な大人だし。トレセンじゃ良くあることらしいけどね、トレーナーと……とか。おかしいって普通」
    「あと、私の前じゃ吸わないけど、なんかタバコ臭いし」

    要するに、「立場的に無理」「普通にそんなに好きではない」というのが真相らしい。中々夢のない返答なんだね……

    「なんというか……真っ当な理由ね。貴方にしては」
    「貴方にしてはってなんだよぅ。いつだって私はまともだよ?」
    「そう思ってることがまずまともじゃないのよ」
    「いやぁ、手厳しいねー」

    そう言って、手を頭に当てる。見上げるように椅子を倒す。まるで、顔を隠すように。誰にも見せないように。

  • 7123/06/12(月) 21:23:45

    「じゃあ、もうそろそろ時間だし、あと一杯だけ飲んで終わりにしようかな。二人は何か飲む?」

    少しして、顔を戻す。セイちゃんは気がきくひとだ。もし人の心がわからなかったなら、騙すのもあそこまで上手くはなかったのかもしれない。
    ちょっとだけ考える。どうしようかな、オレンジジュースとか、にんじんジュースとかにしようかな。でもやっぱりなぁ……

    「じゃあ、私牛乳!」
    「私は……そうね、貴方と同じでいいわ。どうせ貴方、紅茶でしょう?」
    「それがねー、キング。最近私、コーヒー党に鞍替えしたんだ」
    「な、なんですって……」
    「じゃ!キングもミルクなし、砂糖なしでいいよね!取ってくるよー!」

    それが別れの言葉だった。言うが早いか、ライオンを見つけたガゼルのように急発進。食堂の通路を縫うように、スルスルと何処かに消えていった。
    隣で「う、裏切り者ぉ……」と、ご立腹のキングちゃんの声が聞こえる。呆然とする私。
    疾風が、まだこの場所に留まっている。

    私は一つ、あることを思い出していた。

  • 8123/06/12(月) 21:24:07

    『セイちゃんのトレーナー、コーヒー好きで通ってたなあ』

  • 9123/06/12(月) 21:24:38

    変な匂いがした。
    嗅いだことのない匂い。
    窒息するような匂い。
    鼻の良い私だからわかる、
    ほんの僅かな、残り香。


    Love & peace
    二つの、甘い香り。

  • 10123/06/12(月) 21:25:27

    おしまい!
    久しぶりの復帰作なんでクオリティは悪しからず……

  • 11123/06/12(月) 21:27:53

    今気づいたんですけど、タイトルにSSって入れ忘れた……
    ゆるして

  • 12二次元好きの匿名さん23/06/12(月) 21:34:32

    ほう、年中コートでコーヒー好きのトレーナーですか
    ちょっとダンディになったカフェで想像してしまった

  • 13二次元好きの匿名さん23/06/12(月) 21:42:04

    すこです

  • 14二次元好きの匿名さん23/06/12(月) 21:50:46

    最後の一文がわかんなかったけど、これタバコのpeaceか……
    確かに、ほのかに甘い匂いがするんだよなぁ……

  • 15二次元好きの匿名さん23/06/12(月) 21:56:02

    珍しいタイプのつよつよセイちゃんで良きかな良きかな

  • 16二次元好きの匿名さん23/06/12(月) 22:24:16

    スペちゃん視点でセイちゃんの心情が分からないの面白い
    セイちゃんマジ策士

  • 17二次元好きの匿名さん23/06/12(月) 22:28:34

    やられた……!
    そのピースですか……!
    お見事、まるでセイちゃんの作戦に嵌められたようにキレイに持っていかれました
    こういうどんでん返しだいすきです

  • 18二次元好きの匿名さん23/06/12(月) 22:33:24

    過去作は存じ上げませんが、復帰でこのクオリティは反則では…お見事

  • 19二次元好きの匿名さん23/06/12(月) 22:41:28

    コーヒーと匂いで察しさせるとこまでセイちゃんの掌の上かもしれない

  • 20123/06/12(月) 23:10:08

オススメ

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