- 1123/06/15(木) 19:48:32
男には引いてはならぬ時がある
女にも負けるわけにはいかない時がある
ならば、ウマ娘には?
勿論、引けない戦いというものがあるのだ
タマモクロスが今から挑もうとしているのは、そういった戦いだった
どすん
底知れぬ重量感を持って、舞台の上にその怪物は姿を現した
それは、あまりにも熱すぎ、あまりにも厚すぎ、あまりにもお得すぎた
がこん
間髪を入れず、その相棒が寄り添うように、だが雄々しく立ちはだかる
びっしりと表面に汗をかき、なみなみと注がれたその魁偉なる姿は、ヒトならばそれだけで畏れを抱くような威厳に満ちていた
「お待たせしましたー!
ウマカツパンと、どえりゃーたっぷりアイスミルクコーヒーでーす!
ごゆっくりお召し上がり下さーい!」
配膳用のカートからそれを降ろしたウエイトレスの笑顔が、己を嘲笑うかのように見える
『貴様にコイツが倒せるのか?』という幻聴を、タマモクロスは頭を振って振り払った
それは パンと言うには あまりにも大きすぎた
大きく ぶ厚く 重く そして サービス精神旺盛すぎた
それは 正に 山脈だった
『 タマモクロス、人生初のコ●ダコーヒーにて洗礼を受ける 』 - 2123/06/15(木) 19:49:28
話が違う
タマモクロスは大いにそう思った
確かにこの店の評判を聞いた相手は芦毛の怪物オグリキャップ
尋常ならざるブラックホールを腹に飼うバケモノだ
しかしその時に同席していたイナリワンやスーパークリークも、この店については悪い評判を言い募るようなことは無かった
むしろ口々に誉め称えていたが故に、タマモクロスは『自分へのご褒美』として何度か足を運んだカフェのパンケーキではなく、オグリキャップとイナリワンが激賞するこの店のカツサンドを選んだのだ
『●メダのメニューはとても美味しい
ワタシもカサマツにいる頃から、レースを勝ったときによく行っていたんだ
中央に来ても近所にコメ●があると知ったときは、感動のあまり全メニューを制覇してしまったくらいだ』
『オグリよお、お前さんそりゃあ店の迷惑になってねえか?
予約してから行くんならともかく、いきなり全メニュー制覇されたら店員も天手古舞いになっちまうぜ?』
『それはわかっている、だからカサマツにいた頃から、コ●ダに行くときは前の日に電話を掛けるようにしていたんだ
カサマツでキタハラが私に、そうする方が良いと教えてくれたんだ』
『……それなら、良いのかぁ?
まあコメ●もてめえの商売なんだから、予約してりゃあ大食いの客が来るのには文句はねえか』
『オグリちゃんの言うとおりコ●ダコーヒーは良いお店ですよ~
食事だけではなく、ドリンクやデザート類までウマ娘サイズを用意してくれているし、どれも美味しいですもの~』
『普通のサテンや”かふぇ”なんかでメシ食うと物足りねえってなることが多いけど、●メダだったらその心配はしなくていいのは確かに助かるねぇ
何だかんだどのメニューも美味えしな』
『と言うことだ、タマ
キミが行ったことが無いのなら、一度食べに行く値打ちはあると思う』
回想から現実へと意識を戻す
”……よう考えたら三人とも『美味しい』『量が多いから助かる』しか言うてへんかったな……
これは、ウチのリサーチ不足やったか……”
後悔が頭を掠めるも、現に目の前にある巨大なカツサンドはどうしようもない - 3123/06/15(木) 19:50:05
”ウチはこれに今から一人で挑まなアカンのか……”
本来はトレーナーと二人で訪れる筈だったコメ●コーヒーだが、生憎トレーナーは急な業者との打ち合わせが入ったとのことで、今日は夕方までトレーナー室を動けない
なので折角のオフに、タマモクロスは一人で食事に来る事になってしまっていた
”今日はトレーナーとここに来る予定やったから、誰とも予定を合わせてへんからなあ……
つまりウチは孤立無援や”
一時期のご飯をカラダが受け付けないといった症状からはもう快復したタマモクロスだが、それでも食事量は一般的な成人男性よりは多い、ウマ娘としては小食な程度に収まっていた
あらためて目の前のウマカツパンを眺める
”大きい……”
普通のカツパンですら、小型枕と揶揄されるコ●ダコーヒーである
その企業がウマ娘達に向けて開発したメニューが、並のサイズであるはずがなかった
パーティー用かと思われる大きな皿の上にて四方を睥睨するのは、文字通り山のようなカツサンド
通常サイズであろうと思われる、それでも小型の辞書くらいはありそうなカツサンド
その巨大カツサンドが菱形に四つ並べてあり、それぞれが十字に四等分されているため、ビジュアル的にはどこかの部活への差し入れか、前衛的なオブジェにしか見えない
そしてド迫力のカツサンドの隣には、これまた直径がタマモクロスの顔ほどもある大きなガラスのビアジョッキに、なみなみとミルク入りアイスコーヒーが注いである
少なく見積もっても氷抜きで1.5リットル以上はありそうだ
”コメ●コーヒーの人は、ウマ娘は全員オグリ並に食うと思とるんとちゃうか、これ……”
テーブル席のPOPに描いてあった『ウマ娘さんにオススメ!!』の文字にもう少し用心するべきだったとつくづく思う
”不幸中の幸いは、ウチが後で選ぼうと思てデザートを頼んでへん事やな”
もしここにデザートまで付いてきていたなら、タマモクロスはギブアップしてオグリキャップを呼び出すことを余儀なくされていただろう
”これは、ウチとコ●ダコーヒーとの一騎打ちや
上等や、昔ならともかく今やったら気合いで食えんことはないやろ”
周囲に気付かれないようにそっと、インナーの首元を緩める
”さあ、ウチとやろうや!!”
お手拭きで手を清め、タマモクロスの孤独な戦いが始まった - 4123/06/15(木) 19:51:22
まず一つ、手前側からカツサンドを一切れ持ち上げる
ひょい
見た目よりは軽く持ち上がるが、やはり厚みが尋常ではない
更にその上に
”熱い、な”
手に取った時伝わってくる熱に感心するタマモクロス
”喫茶店のサンドイッチなんて初めて食べるけど、こんな温いもんなんやな
ウチが食べとったスーパーの半額シール貼っとるやつとはえらい違いや”
持ち上げたカツサンドの断面をしげしげと眺める
こちらも半額シールの常連である衣の分厚いカツサンドとは違い、しっかりとした厚みの豚肉を優しく包み込む黒いソースを纏ったきつね色の衣
カツの上下に見えるキャベツらしき細切り野菜の中に見慣れぬ緑色を見かけてタマモクロスは首を傾げた
”キャベツの色ではないわな、せやけどこんな濃い緑色でサンドイッチに入る野菜て何や?
きゅうりでは無さそうやしほうれん草とかか?”
しげしげとその緑色を眺めてみると、片方が濃い緑色、もう片方は薄い緑色となっており、その間はグラデーションとなっている
その色の移り変わりが、記憶中枢を刺激した
”この断面には見覚えがあるんやけど何やった?
ウチは間違いなくこれを見たことがあるはずや”
疑問を解くために行儀悪いとはわかりつつ、上のパンを少しめくってみる
そこから出て来たのはソースに塗れたキャベツの千切りと、特徴的な濃い緑色と光沢をもつ半円形の薄切り野菜
”これピーマンやったんか!!
そら見たことがあるはずやわ!!”
謎の緑色の正体は、まさかの生ピーマンの薄切りであった
”生のピーマンとか食べたことないけどどんなもん何やろ?”
好奇心のままにパンを戻してまず一口 - 5123/06/15(木) 19:52:34
あんぐり
がぶっ
大口を開けてカツサンドを噛みちぎる
もふっ
まず感じるのはパンの柔らかさ
中のカツの熱さを受け止めたパンからは、お日様を思わせる小麦の香りが立ち上る
その中を歯が通り抜けると、今度は挟まれた具の感触がやってくる
じゃくっ
ソースの染みた衣の柔らかくもサクサク感を失わない噛みごたえ
しゅりっ
そして衣のサクサク感に混ざって歯に当たるのはカツの熱で蒸らされて少し柔らかくなったキャベツの穏やかな歯触り
パリッ
その中でも主張する、キャベツとは逆にパリパリとした張りを失わない、生ピーマンのフレッシュな歯切れの良さ - 6123/06/15(木) 19:53:35
これらを感じながら噛み進めると、とうとうカツの中心部、厚めに切られた豚肉の部分に達する
ず、ずずず、ざきっ
揚げたての熱を芯にまで蓄えた熱い熱い豚肉に歯がめり込む
その繊維を思う存分食い千切り、引きちぎる
肉食動物の食事を想起させる原始的な快感
そして一口分を食い千切った後に噛み締めて咀嚼すれば
じゅわ、じゅわ、つうん
カツの衣に染みたソースの酸味と甘辛さと、パンに塗られた辛子マヨネーズの微かな刺激と
ぐじゅっ、もにゅ、もそっ
衣から染み出す油の甘さと、噛み締めた肉から湧き出る肉汁の濃い旨みとコショウの匂いと、パン生地のパサパサした部分が口内で湿っていく中で滲む素朴な甘味とイースト酵母の香りと
しゅりしゅり、パリパリ
食物繊維の感触の中からやってくるキャベツの甘味と水分と、歯応えと共に細胞壁を崩す時に放たれるピーマンの青臭さと軽快な苦みと、そこから産まれる後味の爽やかさと……!
がじゅっ、むにっ、じゃくっ、もご、もご、もむ、もむ、む、ごくん
そして飲み込んだ後に感じるのは圧倒的な満足感
カツサンドと言う荒々しい熱量を征服した、本能に訴えかけるような背徳感を伴う少し後ろめたい快感
その後ろめたさと空腹とに背中を蹴り飛ばされるようにして、次の一口に取りかかる - 7123/06/15(木) 19:54:18
がぶり
更に次の一口へ
がぶりがぶり
更に更に次の一口へ
がしゅ、ざしゅ、もぐ、もぐ
タマモクロスはカツサンドを食べる自分の手が、いつの間にかかなりの勢いに乗っていることに驚いていた
普段食が細い方である自分が、こんなオグリキャップやスペシャルウィークのような食べ方をするとは
これが、出来たてのカツサンドによるコ●ダコーヒーの魔力なのかもしれなかった
ずず、ちゅーちゅーちゅー、ごくん
カツサンドの熱さに灼けた口の中へ、アイスミルクコーヒーをストローで一気に吸い込む
熱を持っていた口内が爽やかに冷やされ、ソースの刺激と油の重さをミルク入りコーヒーがさっぱりと流し去っていく
しかしこの甘味は何だろうか?
缶コーヒーやトレセンの食堂のコーヒー等で味わう砂糖とはまた毛色の違う甘さをアイスミルクコーヒーから感じる
”また今度、オグリにでも聞いてみたらわかるやろか?”
そう思いながらタマモクロスはもう一度、少しメープルシロップに似た香りのするアイスコーヒーを飲み込んだ - 8123/06/15(木) 19:55:03
食事という行為には、原始的な征服欲や生物の嗜虐的な部分を満足させる何者かが含まれている
きっとその本能的な飢えは、このカツサンドのようなある種の無謀に挑むときであればあるほどに、背徳感を伴って満たされていくのだろう
カツサンドを噛みちぎり、飲み下す度にタマモクロスはそれを実感していた
気がつけば皿の上に残るカツサンドはあと一切れ
”後はコイツでしまいや、しまいなんや……”
しかしコ●ダコーヒーのウマカツパンはここへ来てタマモクロスに最後の牙を剝いていた
腹が重い
胸が苦しい
背中に冷や汗が滲む
体全体を支配する、圧倒的な膨満感
カツサンドの山脈を征服するための最後の胸突き八丁坂
ここまで3と3/4人前を食べ尽くして、最後の一切れが限りなく重い
”しまった……オススメに従ってアイスミルクコーヒーにしたのが失敗やったんか……”
ただでさえ圧倒的なボリュームで責め立ててくるカツサンドの山脈
それと共に甘味の入った飲み物を頼んだのは明らかに失策だった
”アカン、甘いもん飲みながらアレだけでっかいカツサンド食べたもんやから、余計に腹一杯になってしもうとる……!”
アイスミルクコーヒーに含まれる糖分は血糖値を底上げし、カツサンドによる量の暴力を強力にサポートする伏兵の一撃としてタマモクロスを今苦しめていた - 9123/06/15(木) 19:55:27
その上、残った一切れのカツサンドそのものがまた強敵である
すっかり冷めたパンはもそもそとした食感で口中の水分を奪い、
ソースを吸い込んだぶよぶよとした衣は油の匂いと重さをそこに加えて、圧倒的な威力で一杯になった胸を襲い腹を責め立ててくる
冷めた肉は嚙みきるのに先程以上の力を要求し、噛めば噛むほど満腹感が押し寄せる悪循環を後押しする
温かい内はよいアクセントとして機能していたキャベツとピーマンは、今となってはソースのクドさを底上げするかさ増し材としての力をフルに発揮し
トドメにカツサンドを流し込むための最後の頼りであるアイスミルクコーヒーは、量が減ると共に氷が溶けて薄くなりコーヒー風味のかき氷の最後の残り汁のような有様になっていた
”頑張れ、頑張るんやウチ
この程度のしんどさ、ジャパンカップや有馬記念のしんどさと無念に比べれば、なんちゅうことはないわ!!!”
ざわり、
タマモクロスの芦毛の長い髪が風もない店内でなびく
その目は稲妻のような青光りする光を湛え、全身には底知れぬ力が漲る - 10123/06/15(木) 19:55:55
”行くで、行くで、行くで!!”
右手が最後の一切れを力強く摑む
”電光石火の、『白い稲妻』とは”
大きく口を開けてカツサンドへかぶりつく
”ウチのことや!!!”
勢い良く食い千切り、咀嚼して一気に残りのアイスミルクコーヒーで流し込む!
ごとん
ふうー
全てのカツサンドを完食し、やりきった清々しい表情を見せるタマモクロス
”どや、根性見せたったで……”
その横顔はG1で辛くも勝利した時のような、凄絶さと満足感に満ち溢れていた
「ありがとうございましたー」
会計を終えてトレセン学園への帰路に就くタマモクロス
”ウチは、これで一つ自分の限界を越えることが出来たんや”
食べ過ぎたせいかその歩みは重いが、背筋を伸ばしてオマケの豆菓子を握りしめ、真っ直ぐに前を向いて歩くその姿は戦いを終えた戦士のようであった
この後コメ●コーヒーは食べきれない分の持ち帰りが出来る事をオグリキャップに教えられて、死ぬほど落ち込むことをまだタマモクロスは知らない - 11二次元好きの匿名さん23/06/15(木) 19:57:19
夕飯食べる前に読みたかった
- 12123/06/15(木) 19:58:04
以上で終了で御座います
お楽しみ頂けましたでしょうか?
なお、当方にコ●ダコーヒーに対して含むところは一切御座いません
単に何も知らずに初めて行ったときの自分の経験を書いただけです
それでは皆様、よきコメ●ライフを - 13二次元好きの匿名さん23/06/15(木) 20:18:09
コメダ、駅近だと人も量も多すぎて昼飯の時間帯に頼むと来るのも食べるのも時間かかって腹一杯のまま午後を迎えることになるから行く時は余裕を持っていきたい
- 14二次元好きの匿名さん23/06/15(木) 20:18:55
- 15123/06/15(木) 20:20:19
- 16二次元好きの匿名さん23/06/15(木) 20:21:55
- 17二次元好きの匿名さん23/06/15(木) 20:22:38
食事の描写一つ一つが繊細に時に雄弁に食欲を刺激してきてどうにかなりそう
あと何よりタマがお腹いっぱい食事できてるのが見てて幸せだわ…
今度久しぶりに行ってみようかな - 18123/06/15(木) 20:26:44
- 19二次元好きの匿名さん23/06/16(金) 01:07:40
- 20123/06/16(金) 05:00:02
- 21二次元好きの匿名さん23/06/16(金) 16:39:14
ちょっと保守
- 22二次元好きの匿名さん23/06/16(金) 19:47:12
タマ、今度カサマツに行ったときにコメダじゃない東海地方の喫茶店のモーニングを食べに行ってみないか?
パン屋さんもやっている喫茶店のモーニングは焼き立てパン食べ放題だったり、メロン農家もやっている喫茶店のモーニングはメロン半玉が出てきたり、おしゃれなレストランのモーニングはおしゃれな卵焼き?が出てきて、コーヒーいっぱいでこんなに頂いていいのか?って気持ちになるけど、とっても美味しいんだ!
あとは和風コメダことおかげ庵。これはお団子を焼いて食べさせてくれたり、喫茶店のはずなのにきしめんがあったりするんだ。トレセンの近所にもあるから今度行かないか?
www.komeda.co.jp - 23123/06/16(金) 22:02:31
魅力的なお誘いありがとうございます!
名古屋の喫茶店凄く凄い……
どんだけバリエーションあるんですか……
和風コ●ダは初めて知りましたね
また機会があれば行ってみようと思います
さて、それでは予告させて頂きますが、明日夜21:00頃に第二話を投稿予定です
夕食後のお楽しみに如何でしょうか?
ではまた明日夜にお待ちしております
- 24二次元好きの匿名さん23/06/17(土) 07:09:51
保守
- 25二次元好きの匿名さん23/06/17(土) 13:33:31
保
守
! - 26123/06/17(土) 21:06:50
お待たせいたしました
これより投下させて頂きます
では、お楽しみ下さい
「うどんやけど……おかずやないわ、これは……」
●亀製麺の一角で、タマモクロスは己の見識の狭さを思い知った
うどんとはつるつると白く、細く、やわく、そして胃に優しい食べ物であり
また財布にも優しい三玉で100円、特売日なら四玉100円等という格安価格の食べ物であるはずだった
しかし、世の中にはそんなものとは全く違ううどんの世界があるのだ
太く、力強く、逞しく
タマモクロスが今までたべてきたうどん全てを鼻で笑うような、豪快なうどんの世界がそこにはあった
『 タマモクロス、讃岐うどんはうどんにしてうどんにあらざるものであると知る 』 - 27123/06/17(土) 21:07:42
●亀製麺
香川名物讃岐うどんを全国チェーンで展開するうどん店にして、本業が兵庫県の焼き鳥屋である謎の企業
そのせいで一部の讃岐の民からは、蛇蝎の如く嫌われると聞くが定かではない
そんな●亀製麺にタマモクロスとトレーナーが足を踏み入れたのはある初夏の暑い日のことだった
「暑いから冷たいうどん言うのも、わからんでもないけどなあ
ウチざるうどんやない冷たいうどんとか、あんまり外で食べたことないわ」
「そうなのか、でもここのは値段の割に美味いし、量も好きなのを選べるからタマにも悪くないと思うぞ」
「そうなんか、ウチ初めてやから教えてや」
和気藹々と二人並んで列の最後尾につく
並びながら見上げると、そこにあるのは様々な見慣れぬ名前のうどん達
”かけ、ざるはわかるけど、ぶっかけ?醤油?釜揚げ?釜玉?
知らんメニューが多すぎる、一体どう普通のと違うんやこれ?”
「なあ、トレーナー」
メニューの謎を解明するべく水先案内人たる己のトレーナーに声をかける
「ん、どうしたタマ?」
「ウチこのメニューに載っとるうどん、『ざる』と『かけ』しか知らんのやけど、それぞれどんな奴なん?」
「ありゃ、タマは讃岐うどんの店そのものが初めてか、なら説明するよ」
「よろしゅう頼むわ」 - 28123/06/17(土) 21:08:43
「まず『ぶっかけ』
これは普通の茹でたうどんを丼に入れて、ざるうどんのツユをかけて生姜とネギと切ったすだちを載せた奴だな
熱いのと冷たいのとがあって、どちらも美味しい
俺は冷たいのが好き」
「うどんにすだちをかけるんやな、讃岐うどん……」
「次に『醤油』
これは茹でたうどんを丼に入れてネギと生姜と大根おろしを載せるだけ
そこにダシ醤油をかけて混ぜて食べる
これも熱いのと冷たいのがある」
「醤油だけ?そんなんしたら辛くて食べられへんのと違うん?」
「そんな塩辛くなるほどたくさん醤油はかけないよ
ちょっと垂らして混ぜて味見して、物足りなければ醤油を足す感じ
なんというか、うどんそのものの小麦の味がよく判って美味しい
これにもすだちは着いてくるね」
「どんだけすだちが好きなんや、讃岐の人……」
列を進みながらトレーナーの解説は進む
「次に『釜揚げ』
普通のうどんは茹でた後に水に入れて冷やしてから、もう一度温めたり冷たいまま食べたりするけど、これは茹でた後に水に入れないでそのままゆで汁と一緒に桶に入れて、そうめん食べるときみたいにざるうどんのツユで食べる」
「一回水に入れるのと入れヘんのとでそんなに違うん?」
「『釜揚げ』の方がふわふわもちもちしてて、普通の奴より少し柔らかいけど食感が良くて美味しい」
「イマイチ想像つかんなー」
「何となくお餅っぽいうどんだと思えば良いかもね」 - 29123/06/17(土) 21:09:13
「で、最後に『釜玉』
これはさっきの『釜揚げ』のうどんを丼に入れて、その上から生卵とネギを入れるだけ
後は食べるときに醤油をかけて混ぜる」
「は!?うどんに生卵?!」
「要するにうどんの卵ご飯だよ、それに生卵入りうどんなら月見うどんとか、すき焼きの最後のうどんがあるじゃん」
「あー、ご飯の替わりにうどんのあつあつの奴なんか……
理屈はわかるけど、味がすき焼きの最後の奴でしか想像出来へん」
「結構美味いよ?
これに明太子載せて混ぜるメニューあるけど、あれは美味しかった」
「卵ご飯に明太子とか、それ絶対美味しい奴やろ……
何ちゅう贅沢な……」
話をしている間にも列は淀みなく進む
「まずあそこの店員さんに何うどんをどのサイズで頼むか注文して、その後に天ぷらとお握りのコーナーで好きなのを取る、で、最後にお金を払うんだ」
「ほー、トレセンのカフェテリアみたいな感じやな」
「だいたいあんな感じだね」
そして、タマモクロス達の番がやって来る
「俺は冷たいぶっかけうどんの並、タマは?」
「ウチも同じのにするわ、あ、うどんは増やせるんかな?」
「なら店員さん、この娘の分は大にして下さい」
「承りましたー!ぶっかけ冷や並と大ご注文でーす!」
「「「「ありがとうございまーす!!」」」」 - 30123/06/17(土) 21:09:38
注文を受けた店員が目の前にある大きなケース内からうどん玉を一つ摑む
そのままうどん玉を水の入ったシンクの中へ入れて持ったまま数回ぐるぐるとかき回す
その間に反対の手で横からとった丼をシンクの水で冷やして、そこへ水中で躍るうどん玉を掴み上げる
丼の底にうどんを押し付けながら傾けて水を切ったら、今度はくるりとうどんを捻りながら形良くうねるように盛り付ける
そしてうどんの上にすだちを一切れ置いて、氷水の中に浮かぶ小さな寸胴鍋からお玉で一杯分ツユを注ぐ
その流れるような動きに感心していると、店員はそのまま
「はい!並の方お待たせしました!!」
トレーナーへと一玉分のうどんの入った丼を差し出した
メニューではネギ、生姜、すだちの3点セットが載っていたうどんだが、今はすだちしか載っていない「あ!ちょい待ちや!!ネギ入ってへんで!」
それを見て思わず声を上げるタマモクロス
「あ、タマ、これで良いんだよ」
「お客様、ネギや生姜はお会計後に取り放題になっていますのでそちらへどうぞ!!」
「あ、せやったん?
どうもすんません……」
己の先走りを察して思わず顔を赤らめるタマモクロス
「どうも済みませんでした」
そのタマモクロスの横で即座に店員に頭を下げるトレーナー
「え、今のはウチが勘違いしただけやろ?
トレーナーが謝る必要ないやん?」
「いや、タマは俺のために言ってくれたんだろ?
説明してなかった俺が悪いんだよ
むしろタマは気にしないで欲しい
店員さん、お騒がせして申し訳ありませんでした」
そのやり取りを見て苦笑いの店員は
「よくあるのでお気になさららないで下さい!
はい、こちら大でお待ちのお客様、どうぞ!」
そういって素早く作ったタマモクロスの分のうどんを丁寧に渡してくれた - 31123/06/17(土) 21:10:09
「あー、えらい早とちりしてもうたわ……」
トレーナーに庇われたのが照れくさくて、どうにも顔が熱くて堪らないままに進んだ先には、山のような天ぷらを積んだ揚げ物コーナーが待っていた
「うっわ、天ぷらが山積みになっとるやん、しかもメッチャメチャ種類多いし」
「どれもおいしいけど俺のオススメは、野菜かきあげと卵の天ぷらかなー」
「卵の天ぷら?」
「うん、半熟卵の天ぷら
うどんにのせて食べると、割ったとこからどろっと半熟の黄身が流れてきて美味しいんだ」
「鍋焼きうどんにのっとる卵みたいな感じやろか?」
「もうちょっと生っぽいかな?
気になるなら取ってみたら?」
「せやけどかきあげも食べてみたいんや……
天ぷら二つものせたら贅沢しすぎでバチあたるんちゃうやろか……」
「あーたーらーなーい」
ひょいひょい
呆れたように言いながら、トレーナーの持つトングが素早く動いた
タマモクロスのうどんにさっさと卵の天ぷらとかきあげをのせて
「ここは俺が出すから気にしないで食べてくれ
タマも以前と違って食べられるようになったんだから、遠慮しないでも良いんだよ」
「せやかて、こんなに……」
悪いことをしたかのように目線を逸らすタマモクロスに
「タマが食べてくれないと俺が悲しい
タマは家族が悲しむようなことをするような娘じゃない、だろ?」
そういって笑うトレーナーの笑顔がまぶしく見えて
「……ありがとうな」
タマモクロスはそう呟くのが精一杯だった
尚、天ぷらが二つも載っているためお握りはスルーした(贅沢すぎや!!) - 32123/06/17(土) 21:10:37
そのまま二人でまとめて会計を済ませ、レジの隣のテーブルにあるネギや生姜、天かすをうどんに入れていく
「自分とこで天ぷら大量に揚げとるから、天かす取り放題サービス出来るんやな」
感心しているタマモクロス
「思いついた人は頭良いねえ」
そう言いながらせっせとネギを丼に山盛りにするトレーナー
「……トレーナー、タダや言うても流石にネギ山盛りはちょっと店に悪いで……」
「俺ネギたっぷりが好きなんだけどなあ」
「余らしたら切った人に申し訳ないやろ、ええとこで止めとき」
そうタマモクロスが制止すると、トレーナーはにんまりと笑って
「わかったで、母ちゃん!」
と甲高い裏声で返事をしてのけた
「ほんまにわかったんやろなー、て誰が母ちゃんやねん!!」ビシィ!
反射的に手の甲でツッコミを入れるタマモクロス
「流石タマ、見事なツッコミだ」
何故か満足げに何度も頷くトレーナー
「あー、もう早いこと食べようや
こんなとこで漫才しとってもしゃあないで」
「はーい、ママー」
再びの裏声
「まだ言うか!」ビシィ! - 33123/06/17(土) 21:11:57
二人掛けのテーブル席に揃って腰を下ろして、お互いのうどんと向き合う
「ほな」
「じゃあ」
「「いただきます」」
そして改めて目の前のうどんと向き合う
”やっぱりやり過ぎちゃうかこれ……”
白地に青い線の入った丼に、これまた白いうどんが渦を巻くように盛り付けられている
うどんの下の方は『ざるうどんのツユ』とトレーナーが言っていたように濃い茶色のダシに浸かっている
そしてうどんの上にはネギと生姜とすだちが彩りを加え、それをどん!と抑え込むように巨大な野菜かき揚げと卵の天ぷらが、うどんの左右に載せられていた
”うどん自体はそんな多くはないはずやけど、かき揚げのボリュームが凄いわ
このかき揚げ、ソフトボールくらいあるんちゃうか?”
大きな野菜かき揚げは、細長く切った何種類かの野菜とネギらしき小さな丸っこい緑色の野菜で構成されている
”これはタマネギと、にんじんと、ネギと……あと一つ何やろか?”
とりあえず最初に天ぷらから行くのも気が引けたので、端の方のうどんをつまんでそこから攻めていく
ずるり
渦を巻いて整列するうどんを引っ張り出して、ダシを絡めて持ち上げて口に運ぶ
ぐぐん
”いや、何となくは思っとったけど、ここのうどん、太いし重たいな?!”
たかだかうどん3本程度、その程度を引っ張って持ち上げるだけで、箸を持つ指にズシリとした重みが懸かる - 34123/06/17(土) 21:12:54
”なんかウチの思っとるうどんとは全然ちゃうなこれ
まあ、トレーナーも美味い言うとったし、食べてみんことにはわからんわ”
ぐいっ、はむっ、ずるっ、ずるず……
うどんの動きが、止まった
”重っ!?堅っ?!”
タマモクロスは驚愕した
啜ろうとしても、うどんの端が丼の底から出てこない
噛んで啜り治そうとしても、その程度ではびくともしない!
嚙みきろうとしても軽く歯を立てた程度では、うどんの弾力に跳ね返される?!
うどんを箸で引こうとしても、うどんがびよんびよんと伸びて力を吸収していく!!?
「○*#&:#=@?!?!?!?」
うどんを口に咥えたまま目を白黒させているタマモクロスを見て、トレーナーは笑いながら語り掛けた
「タマ、そう言うときはもう一回嚙みきっちゃった方が良いよ
弾力凄いから、普通のうどんと同じ感覚だとビックリするよね、これ」
ふんふんふんふん
トレーナーの言葉にうどんを口から垂らしたままで、何度も頷くタマモクロス
”と、とりあえず嚙みきってしもてそれからや”
ぐいん、
噛み締める歯がうどんに食い込む
ずにっ、
太いうどんの抵抗を感じながら、うどんを前歯で嚙み切ってゆく
ずずずず、かつっ、ぶつん
顎が疲れる、と思うような一瞬とも一拍とも思える時間が過ぎて、上下の歯がカツン、と当たる感覚とともにうどんは噛み切られた - 35123/06/17(土) 21:13:40
”何ちゅう堅いうどんやねんこれ!?
噛み切るだけで一仕事やで?!”
しかしその強さは噛み切って終わりではない
ぐいん、ぐいん、ぎゅっ、ぐぐん、ぐいっ、ごくん
”の、飲みこめるように噛むのも凄い力いるわ……
これガムでも芯に入っとるんちゃうか?!”
ふう
飲み込んだ後、思わず軽く溜息を吐くタマモクロスに、トレーナーは再度笑いかけた
「タマ、讃岐うどんの感想はどう?」
「び、びっくりしたわ……
うどん言うたら柔らこうて軽く噛んだら切れて、するるっと飲み込めるもんやと思とったわ、ウチ……」
「最初はそう思うんだよね
でもわかって食べてみると、これはこれでかなり美味いんだよ?」
「た、確かに堅さにビックリしとるだけで、味わう余裕が無かったわ
味とか今のやと全然分かれへんかった」
そう答えて、再度この難敵に挑戦するタマモクロス
”今度は慎重に……”
恐る恐るうどんを一本つまみ、慎重に箸で手繰り寄せながら啜る
ずるっ、ずるずるっ、ずずずずっ、ちゅぽん
まず感じるのは、先程は味わう余裕のなかったダシの濃厚なカツオ節と昆布の風味
そこに醤油の香りとダシの旨み、恐らくは砂糖とみりんであろう甘味が加わってこの強力なうどんに負けない強い旨味と香りで口の中を満たす
”大分濃いめのダシやけど、あの堅いうどん相手やと、こんくらい強めの味付けやなかったら負けるわなぁ” - 36123/06/17(土) 21:14:13
ぐいん、ぐいん、ぎゅっ
先程と同じように堅いうどんを噛み締めていく
しかし今度は余裕があるせいか、さっきわからなかったうどんそのものの味が良く理解できる
”か、噛むのが大変やけど、噛めば噛むほどに小麦の香りがしてくるんやな、このうどん
しかもその香りがダシとええ具合に混ざって、こら美味しいわ”
小麦の香りがダシの風味で満ちた口内を吹き渡り、うどんそのものの滋味を舌にもたらす
そしてダシはうどんの味や香りと手を取り合って、口内に大量の唾液を湧かせてくる
”なんかこのうどん噛んどったら、凄い勢いでよだれ出てくるなあ”
ぐぐん、ぐいっ、ごくん
そして口内のうどんを飲み込めば、不思議な虚無感が広がった
”何やこれ?なんか口の中から、大事なもんが抜けてしもたような気持ちになる……”
その虚無感を埋めるようにうどんをもう一口
ぐいっ、はむっ、ずるっ、ずるずるっ、ぐいん、ずにっ、ぶつん
”何やろう、この満たされた感じは?”
ぐいん、ぐいん、ぎゅっ、ごくん
しかしその満たされた気持ちも、飲み下してしまえばまたやり直しとなる
”アカン、またすぐに口寂しさが襲ってくる!
これが、うどんの本当の実力やとでも言うんか?!”
濃い味のものを何度も何度も噛み締めて一気に飲み込んだ後は、それまでの口内の味の濃さとの対比でしばらくなんとも言えない虚無感が過る
これこそが麺類をついつい食べすぎてしまう秘密であり、特にそのギャップを感じやすい讃岐うどんが人気になった秘訣でもあった - 37123/06/17(土) 21:14:42
ごくん
「トレーナー、確かにこれは美味いわ
ウチの知っとった美味いうどんいうんはダシが美味くて、うどんはダシを美味しく食べるための添え物やったけど、讃岐うどんはうどんを食べるためにダシも具もあるんやな」
「お、鋭い事言うねタマ
確かに讃岐うどんってうどん自体が美味いんだよね」
「せやなあ、うどんはおかずやとウチは思うとったけど、これはおかずやのうて主役やな」
「それも千両役者って奴だね、どんな食べ方でも美味いし、安いし量も好きに選べるし」
「こら人気になるわな、天ぷら無しならそんな高いもんでもないし、知らんかって損した気分や」
そう応えるタマモクロスに
「ふっ、まだまだだな」
何故かノリノリで上から目線のトレーナー
「天ぷらも一緒に食ったときのぶっかけうどんの美味さは、その更に上を行く……!」
「な、なんやてー!」
とりあえず小芝居に乗っかるタマモクロス
「と言うことでかき揚げも食べてみなよ、温かい内の方が美味しいよ?」
「確かにそうやね、頂くわ」
いきなり素に戻って食事を再開するトレーナーと、それに着いていくタマモクロス
やはりこの二人、お笑いの才能については今一つであった - 38123/06/17(土) 21:15:08
大きなかき揚げを箸でまず崩していく
ざくっ、ざくっ、ざしゅっ
そしてダシに浸かって良く味が染みていそうな辺りをまずは一口
ざしゅっ、がしゅっ、ぐじゅっ
”あ、これも美味いわ”
口に入れるとまず広がるのはさくさくな衣の香ばしさと、良く火が通った玉ねぎの甘い匂い
そして噛めば玉ねぎとにんじんの歯触りに混ざってホクホクとした感触と独特の甘さを感じる
”あ、あと一つはさつまいもやったんか”
玉ねぎの甘味と歯触り、にんじんのシャキシャキ感とほろりとした食感、さつまいものホクホク感と甘味、ネギの香りと、天ぷらの端の焦げた部分のカリカリ感、そして良くダシに浸かっていた辺りの衣のもったりした感触と、噛むにつれそこから染み出す濃厚なダシの味
”確かにこれはたべる値打ちのある味や、それもこのざくざくっとした感じが残っとる内が華やな”
続いて、細かく砕けたかき揚げをうどんと一緒に啜り込んでいく
”!!これは!!”
先程とは全く味が違う
かき揚げの衣に染みた油の甘さとかき揚げのざくざく感とが、うどんを咀嚼するときに絶妙なアクセントを加えていく
味は良いがどこか単調だったうどんが、かき揚げを身に纏う事でワンランク上の味わいとなっている
”これがトレーナーがウチにかき揚げを勧めてきた理由なんやろな” - 39123/06/17(土) 21:16:52
ぐいっ、はむっ、ずるっ
もう一度、うどんを啜り込んでいく途中で、タマモクロスは味の変化に気がついた
”ダシが、甘くなっとる?”
もちろんダシそのものが変化したのではない
しかし崩れてダシに溶けつつあるかき揚げから染み出した油は、ダシの味に旨みと油分を付け加えている
さらに油分がうどんの口あたりをつるつると、スムーズにする副作用も同時に起こしているため、啜り込んでいく勢いが止まらない
”美味っ!天ぷらうどんの衣の溶けた奴にちょっと似とるけど、それよりも大分味が濃い分余計に旨味が増しとる!
なんやもう、うどん言うよりラーメンのダシみたいになっとるわ!”
そして、その濃いダシとともにうどんを噛み締めてみれば
”美味い……、なんかもううどんと違うて、ダシ味の噛みごたえある餅や団子食っとるような気分や……”
至福のひとときが、タマモクロスの舌の上に広がっていた - 40123/06/17(土) 21:17:24
しばらくかき揚げとうどんのマリアージュを堪能していたタマモクロスだが、かき揚げがほぼ無くなるとともに、次の獲物へと目線を移した
”次はこの卵の天ぷらや
さて、半熟卵を揚げとるいうことやったけどどんなもんやろか”
じゃく、むりりっ、
丼の端に横たわる、黄色い球体に箸を入れる
衣を割って中の半熟卵本体に箸が食い込んでゆく
ぱかり、ごろん、でろり
黄色い球体が二つに割れると、片方が転がってその断面をさらけ出す
中心部の半熟の黄身、その周囲の固まりかけた少し褪せた色の粒粒した部分、外側は白身が固まっているように見えているが、よくよく見るとこちらもやや緩い固まり方をしている
”やっぱり半熟卵は見た感じが豪華に見えるな
安いんは知っとるけど、気分はええな”
転がっている方を掴み、ダシにもう一度くぐらせて黄身の辺りをかじりとる
あむっ、くしゅ、ぶつん
まず黄身の濃厚な味わいと油を含んだダシの旨み、そして衣の食感がやって来る
”うん、この濃いダシと半熟の黄身の相性がバッチリやな、トレーナーの言うた通りや”
旨味の塊のような黄身とダシを、衣と白身で上手い具合に緩める、その感覚が面白い - 41123/06/17(土) 21:17:49
”これ白身多いとこと少ないとこで、かなり味が変わりそうやなあ”
そう考えながら残りの白身が多い辺りを口に入れると、
じゅわっ、むにゅり、どろり
”おっ?!
衣がダシたっぷり吸ってるとこと白身だけでも十分美味いのに、そこに黄身が入ると凄い複雑な味になる!
なるほど、白身のとこにはこういう楽しみもあるんやな”
半分を食べ終えたところで、今度はもう半分と別の形で向かい合う
”さて、トレーナーオススメの、うどんと卵で食べるパターンを試してみよか”
黄身が丼の底のダシに流れ出している辺りを、気持ちしっかり目にうどんに絡める
”さて、どないなもんやろか”
あむ、ず、ずずずずっ
”!美味っ!!”
その時、タマモクロスは確かにうどんの美味の極地を垣間見た - 42123/06/17(土) 21:18:38
”黄身とダシとうどんとが、しっかり絡み合ってお互いの美味さを跳ね上げとる!
ダシに浸かったうどんの美味さと、ダシに浸かった卵の美味さを足しただけやない!
卵とダシが混ざってるとこやないと出せヘん、何というか妙味とでも言うようなもんがでとる!!!”
タマモクロスは気付いていなかったが、おそらくこの状態のうどんと一番近い料理は茶碗蒸し、それも冷製のものだろう
冷たいサバ節と昆布のダシに半熟卵の旨味を乗せて、そこに野菜かき揚げから滲み出た野菜の旨味と油の甘味が加わって、それを生姜の風味で引き締める
作り方も方向性もまるで違うが、この組み合わせの味の構成要素は、奇しくも冷製餡掛け茶碗蒸しにそっくりであった
かき揚げ、半熟卵、うどん、ダシ、これらの旨み要素の押し寄せる津波の中、時折感じられるネギと生姜の刺激が濃い味に慣れた舌を復活させる
次々とうどんを啜っていたタマモクロスだが、その時ふと、もう一つの要素を思い出した
”せや、さっきうどんについとったすだちを搾ったら、どんな味になるんやろか?”
気になって試しにトレーナーに尋ねてみる
「なあ、トレーナー」
「どうした、タマ?」
「このすだち搾ったらどんな風になるん?」
にやり
トレーナーが妙に力の入ったニヒルな表情で笑う
「そこに気付かれましたかお客様
ものは試しだ、一度やってみちゃあ如何ですか?」
「何やねんその顔とセリフは
でも、そう言うなら美味しいんか?」
「美味い、間違いなく美味い」
今度はやたらに真面目な顔になるトレーナー
やはりお笑いのセンスは感じられない
「そ、そうか、それなら試してみるわ」 - 43123/06/17(土) 21:19:15
お盆の隅に寄せて置いたすだちを取り上げて、うどんの上で搾る
しゅわぁっ
すだちの香りが丼の中に立ちこめ、油とダシの匂いに満たされた空間に清冽な芳香が閃く
”お、なんや雰囲気が変わった?
どんな感じなんやろ”
すだちがかかったうどんに箸をつける
ずるっ、ずるずるっ
口にするとまず鼻に抜けるのはすだちの爽やかな香り
”おお?!ダシの匂いからすだちの匂いに一気に変わったわ!”
次に油とダシの風味を上書きする青い柑橘の優しい酸味
強い味に慣らされた舌をすだちの酸味がリフレッシュして、うどんの味をよりハッキリと際立たせる
”まるで別の食べ物みたいになったな!
これはこれでさっぱりしてて美味いわ!”
重くなっていた口の中がきれいさっぱり軽くなり、するするとまたうどんが入ってゆく
ダシと油の旨味で食べさせる前半戦と、すだちの香りと天ぷらの旨さが溶け込んだダシが喉を開かせる後半戦
いずれ劣らぬ讃岐うどんの魔力にタマモクロスはすっかり魅了されていた
ずるるっ、ずるっ、ずるずるっ、ずずずずっ、ちゅぽん
夢中になって最後の一本までうどんを飲み込めば丼は綺麗に空になり、深い満足感が食べ終えたタマモクロスの全身を包んでいた
向こうをみるとトレーナーも丁度うどんを食べ終えて満足げに息を吐いており、なんとはなしに二人目を合わせて笑い合う
「「ごちそうさまでした」」 - 44123/06/17(土) 21:19:32
うどんの量はタマモクロスにとっても少なめであったが、それよりもこの心地良い空気をトレーナーと共有していたかった
「あー、美味かったわー」
店を出て何となしに伸びをする
「タマが気にいってくれたみたいで良かったよ、またその内来るか?」
「せやな、今度はさっき言うとった生卵入れる奴にしてみよか!」
「あー、釜玉な、ぶっかけうどん気に入ったんならアレも良いと思うぞ」
「今日はトレーナーが出してくれたからな、次はウチに出させてや!」
「全く、タマがそんな事気にしなくて良いんだよ
俺はタマのトレーナーだぜ?」
「何を言うとんねや、アンタはウチのトレーナーやけど、その前にウチの家族や!」
「あーっ、タマそれいうかぁー?
だいたいだなァ……」
和気藹藹と、じゃれ合うように次はどうするかを話しながら歩きだす
二人は賑やかに初夏の街中を肩を並べて歩いていった - 45123/06/17(土) 21:21:39
以上で終了でございます
お楽しみ頂けましたでしょうか?
讃岐うどん、美味いですよね
堅くて苦手と言う方もおられますが、そんな人にもその魅力の一部なりともお届け出来れば幸いでございます
それでは皆様、良き●亀ライフを - 46二次元好きの匿名さん23/06/17(土) 21:33:58
なんで丸亀がラストオーダー回ってからこんな美味しい文章お出しになるん…いけず!お腹減った!
- 47二次元好きの匿名さん23/06/17(土) 21:35:42
タマが幸せそうで最高
◯亀行ったことないけど「行きたい!」と思わせる食事描写が素晴らしい - 48二次元好きの匿名さん23/06/17(土) 21:41:43
- 49二次元好きの匿名さん23/06/17(土) 22:04:14
- 50123/06/17(土) 22:06:03
- 51二次元好きの匿名さん23/06/17(土) 22:13:13
カツサンドの所、トネガワのかつ丼回思い出した
- 52123/06/17(土) 22:20:33
御覧下さいましてありがとうございます
トネガワのカツ丼回ですか!中々良いフードファイトでしたねー(違
アレもおそらく脳内のどこかに引っ掛かってネタ元になってるとは思いますが、明確に元ネタとして意識していたのは昔のラノベに出て来た『鉄人定食』です
なにせ古いラノベのネタなのでご存じの方はそう多くないかと
- 53二次元好きの匿名さん23/06/17(土) 22:25:17
- 54123/06/17(土) 22:29:09
- 55二次元好きの匿名さん23/06/17(土) 22:30:57
タマが美味しいもの食べてるというだけで嬉しいからもっと色々な物食べさせるssを読みたいなー
実際にうどん食べてうどん力を高める念入りな取材に裏打ちされた筆力がお見事 - 56二次元好きの匿名さん23/06/17(土) 22:41:57
ちくしょう美味そうだなあ!お茶漬け用意するか!
ハムカツのやつとかもだけど揚げ物の食感の描写すき
(すだちは香川のお隣、徳島の名産だから讃岐うどんによく乗っけられるのです……スライスしたすだちをたくさん乗せたすだちうどんなんて物もあるのです……) - 57123/06/17(土) 22:50:03
- 58二次元好きの匿名さん23/06/18(日) 09:09:59
カツサンドで終わりかと思ったらおかわりのSSが来てる…
読み進めていくうちに店内の空気感や情景まで浮かんでくるんですからびっくりしました
注文の流れもああ、これこれって思い出させてくれるような丁寧さ
タマとトレーナーの食レポも堂に入ってる感じがたまらないです
夫婦漫才まで始まっちゃってこれはもうちょっとしたフルコースですわ
入念な取材から出力される美味しそうな食事風景も流石でした
読後感も爽やかで食後にお店が出してくれる温かいお茶まで飲みきってほっとした時のあの気分が
ごちそうさまでした - 59二次元好きの匿名さん23/06/18(日) 09:35:49
御覧下さいましてありがとうございます
>読み進めていくうちに店内の空気感や情景まで浮かんでくる
お褒め頂きましてありがとうございます
そういって頂けたというのは非常に励みになります
ネタが続く限りは書いていくつもりなので、のんびりとお待ち下さい
- 60二次元好きの匿名さん23/06/18(日) 19:47:49
- 61二次元好きの匿名さん23/06/18(日) 23:39:15
保守
- 62123/06/19(月) 10:57:15
- 63二次元好きの匿名さん23/06/19(月) 18:54:39
- 64123/06/19(月) 21:47:11
- 65二次元好きの匿名さん23/06/20(火) 05:00:06
楽しみです!
- 66二次元好きの匿名さん23/06/20(火) 07:19:04
保守
- 67二次元好きの匿名さん23/06/20(火) 15:12:04
頼むから、頼むからラストオーダー前に頼むんだ...
- 68二次元好きの匿名さん23/06/20(火) 15:21:45
大阪には喫茶Yという化け物がいると聞く・・・
- 69123/06/20(火) 17:41:59
一応フードファイタースレではありませんので、タマをあの店に投げ込むような事はしないつもりです
- 70123/06/20(火) 20:43:15
皆様こんな低速進行のスレに足をお運び頂きましてありがとうございます
さて、それでは予告させて頂きますが、明日夜20:00過ぎに第三話を投稿予定です
>>67さんのご要望により、前回より1時間早めに投下させて頂きます
今回も夕食後のお楽しみに如何でしょうか?
ではまた明日夜にお待ちしております
- 71二次元好きの匿名さん23/06/20(火) 22:34:12
- 72123/06/21(水) 07:17:09
コメ●の商品は大体が量の加減を間違ってる気がしますな……
- 73二次元好きの匿名さん23/06/21(水) 11:11:00
- 74123/06/21(水) 19:57:52
お待たせいたしました
これより投下させて頂きます
では、お楽しみ下さい
地域による味の好みの違いと言うのはよく言われる話である
日本国内では、簡単に言えば北に行けば行くほど塩気の強い味付けが多くなり、南へ行けば行くほど甘い味付けが多くなるといわれている
タマモクロスもトレセン学園に来て以来、そんなちょっとした東西の味の違いに驚かされる事は多かった
そして様々な経験を経て、東京の味付けにも随分と慣れたつもりでいた
「甘酢と塩ダレと京風ダレ、どれにしましょう?」
「なんやねん甘酢て?」
「は?タマよぅ、何言ってやがんでぃ?」
「え?」
「え?」
しかし、まさか関西発祥のチェーン店ですら、そんな違いを発見する事になるとは思ってもみなかった
”東京は恐ろしい所や”
当人の言う『鳩が豆鉄砲を喰らったみたな顔』をしているイナリワンを見て、タマモクロスはそう思った
『 タマモクロス、東京の天津飯に驚愕する 』 - 75123/06/21(水) 19:58:54
「え?大阪の王●じゃ天津飯にはタレが一種類しかねえのかよ!?」
「びっくりしたんはウチもやわ、まさか●将の天津飯が、東京でそんな事になっとるとは思いもせんかったで……
塩ダレ言うのんも、関西やと珉●ちゅう別のチェーンの天津飯の味付けやしな……」
餃子の王●
のれん分けした大阪●将とゴタゴタしたり、中国に出店して撃沈したり等の紆余曲折はあるが、れっきとした京都出身の餃子一日百万個を誇る超メジャー中華料理チェーン店である
関西人からすれば、子供の頃から食べているお馴染みの餃子や唐揚げと言った惣菜を補給出来る、ちょっとしたソウルフードでもある
そしてホカホカご飯の上にカニ玉を乗せて醤油味の餡を掛ける天津飯は、餃子、炒飯、唐揚げと並んで王●の人気メニューの上位に必ず入る逸品である
(カニじゃなくてカニカマだろ?とか野暮な事を言ってはいけない)
それがどうしたことか
何故東京では醤油味の餡掛けではなく、肉団子や酢豚のような甘酢餡が掛けられているのか
「東京は恐ろしい所や……」
「たかだか天津飯のタレでんなこと言われてもなぁ……」
「そんなん言うてもイナリも前に、黒蜜でトコロテン食べる言うたら似たようなこと言うてたやんか」
「あー……、アレは流石に衝撃だったぜ……」
「あの後ウララが言うとった、そうめんのつゆで生姜入れて食べる言うのも中々やったけどな……」
特に意味もなく二人顔を見合わせて頷きあう
日本の食文化は広くて深かった
「ほー、王●以外の中華でも東京では、天津飯には甘酢餡掛けの店が多いんやな」
「あたしの知ってる店じゃあほとんど甘酢ダレだな
時々塩ダレや醤油味の、タマの言う関西のタレの店もあるんだけどよ」
ま、あたしだって東京の全部の中華の店、食って回った訳じゃねェンだけどな!
そういってからからと笑うイナリワン
この気風の良い小柄なライバルとタマモクロスが二人揃って●将に居るのは、ちょっとした頼まれ事が切っ掛けだった - 76123/06/21(水) 20:00:25
「おいタマ、済まねえがちょっと頼まれちゃあくれねえかぃ?」
イナリワンがトレーニング終わりのタマモクロスにそう声を掛けてきたのは、ダービーが終わった頃のことだった
「イナリか、どんな用かにもよるで?」
「お前さんの予定が空いてればで良いんだが、ちょっと走りを教えてやって欲しい後輩が大井に居てな」
「?そっちのトレーナーに頼むんやったらアカンのか?
それか大井の時のトレーナーに」
「それがなあ、そいつが挑戦してえって言ってるのが今年の帝王賞なんだけどな、出るんだよファル子の奴が」
「ああ……」
砂のハヤブサことスマートファルコン
坂が苦手と言う明確な欠点こそあるものの、今のダートの逃げウマ娘の中では頭一つも二つも抜けた実力者である
特に高速巡航能力については群を抜いており、それこそ大井レース場のような平坦コースならば、ダート史上最強クラスではないかとの呼び声も高い
そして帝王賞は、大井レース場ダート2000mのレースだった
「常識で解るよな対策なら親方だけで十分なんだよ
タマにはバカッ速いペースで飛ばしやがる逃げ先行相手に、どうやって差しウマ娘が足を残して差し込むかのやり口を仕込んでやって欲しいんだ
あたしの知り合いでそこらがいっとう上手えのはタマだからな
あたしやオグリじゃ力任せ過ぎて参考にならねえ」
「……そういうことなら教えるのは構わんけど、ウチも自分のノウハウを、しかも宝塚前にタダで教える訳にはいかんで?」
「あたしもそこらは承知の上だ
そいつがファル子に勝てたなら、今年の夏合宿付きっきりでタマの練習相手務めてやるよ
もし勝てなかったとしても練習相手を半月間と、オマケで1回好きなだけメシ奢ってやらあ」 - 77123/06/21(水) 20:00:52
にやり
タマモクロスの口角が吊り上がる
トレーニング終わりの落ち着いた表情が、レースに臨むアスリートの顔貌になる
「中々ええ条件付けてくるやないか」
にいっ
イナリワンも同じように獰猛に笑う
「お前さんなら『こういうの』の方が燃えるだろうと思ってな?
で、どうするんでぇ?」
タマモクロスの笑みが更に深くなる
「よっしゃ、受けたるわ
宝塚直前には流石に出来んから、日程はトレーナーに相談した後でええか?」
「そう来なくっちゃ面白くねえ!
頼むぜタマよう!」
そして昨日の帝王賞の結果は、スマートファルコンの見事な逃げ切り勝利だった
「四角までは理想的に行ってたんだけどなァ」
「アレはもうしゃーないわ、あんだけ後ろにきっちり追走されてプレッシャー掛けられて、そこから四コーナー抜けて二の足使える逃げウマ娘がどんだけおるんや」
「あいつも大抵バケモノだねぇ!
いやぁ、あたしらが本格化終わりそうつっても、まだまだ強え奴ぁ出てくるもんだ」
「お?なんや?イナリはもう引退するんか?
なら夏合宿フルで練習パートナーしてくれてもええんやぞ?」
にいっ
「冗談、こんな食い応えのある愉しそうな後輩ども見て、やる気にならずにいられっかよ」
にやり
「全く、年寄りみたいなことは言うてられへんなあ」
ふっふっふっふっふ
またもや顔を見合わせて、今度は不敵に二人で笑い合う
当人達は気合いが入っているだけなのだろうが、二人の身長も相まって、どう見てもヤンキー中学生のメンチの切りあいにしか見えなかった - 78123/06/21(水) 20:01:33
「お待たせしました!!
こちら天津飯大盛京風ダレと餃子二人前です!
それとこちらが中華飯ウマ娘盛です!
後、唐揚げと餃子と焼売を三つずつです!」
「お、来た来た」
「タマよぉ、ホントにそれだけで良いのかい?
何だったらもっと頼んでくれても良いんだぜ?」
「ウチが少食なんはイナリも知っとるやろ、それに無理してたらふく喰うても、後がしんどいだけやからな……」
「お、おう……」
急に遠くを眺めて虚ろな目をするタマモクロスに、何も言えないイナリワン
ウマカツパンの傷痕は、深い
「タマが良いなら良いんだけどよぉ、じゃ食うか」
「せやな」
「「いただきます」」
まずは手元の小皿に酢醤油とラー油を入れて、餃子のタレを作る
「イナリのんも入れとくで、ラー油は自分で入れてなー」
「おう、済まねえなぁ」
そしてタレを作ったならばまずは餃子から
毎度お馴染みのパリパリに焼けた王●の餃子が、香ばしい香りと共に皿の上に2列で整列している
”●将の餃子も久々やな、寮からやと●高屋の方が近いから、皆と行くときはあっちになるからなあ……”
ばり、むにっ、たぱっ
箸の先で餃子を一つずつに割ってタレに浸す
ついっ、ちょいちょい
タレが零れないように少し切ってからいざ口の中へ - 79123/06/21(水) 20:02:06
あぐ、もむ、もぐ、ざりり、ぺきん
まず感じるのは香ばしく焼けた皮の固い感触と、タレの酸味とラー油の辛味
そして噛みつけば、油でコーティングされて蒸された柔らかい上部の皮を通る上の歯と、ばりっと焦げ目を付けて焼いた下側の皮をへし折るようにして嚙みきる下の歯とのコントラストを感じる
”おー、これこれ
油っぽいけど、これやなかったら王●の餃子とは言えんわ
この食感がええんよ”
そして皮を嚙みきれば、中に閉じ込められていたニンニクとニラの強い匂いが、ガツンと一直線に突き抜ける
その匂いを堪能しながら具を咀嚼すると、豚肉のコクとキャベツの甘味が匂いとともにたっぷりの旨味で舌を包む
その味わいに酢醤油とラー油がスッキリ感と刺激を加え、切れ切れになった皮の感触が具の風味を受け止めつつ時に鋭く、時に柔らかに絡む
時折シャキッと歯に触るキャベツやニンニクの大振りな欠片が、良いアクセントになってさらに食欲が増してくる
これぞ、と言う昔ながらの餃子の味に満足しつつ飲み込めば、ニンニクとニラの香りの裏に隠れていた生姜が残り香として口内を刺激する
ふう
一つ食べただけで胸を満たすこの安心感
やはり餃子と言えばこの味だ
例え息がニンニク臭くなろうと、油っぽい空気で髪がベタベタしようと、翌朝の歯磨き時に残った匂いで後悔しようと、それでも止められない郷愁を誘う魔力がこの餃子にはあった - 80123/06/21(水) 20:03:16
”食は万里を越える言うだけのことはあるわな”
そう納得しながら次の餃子に手を伸ばす
むに、ひょい、とぷん
次は二つまとめて持ち上げて、どっぷりとタレに浸す
そしてそのまま持ち上げて一気に口の中へ
あんぐり、めしゅ、ぐむっ、もしゃ、はふほふはふほふ
”熱っ、美味っ、熱っ!”
はふほふと息を継ぎつつ餃子を噛み締めれば、口の中は餃子の幸せで一杯に満たされる
むぐ、むぐ、もにゅ、ごくん
豚肉の旨味を包み込むように酢醤油が踊り、香ばしい皮が砕けて溶けていくに従ってむにむにとした弾力が産まれ、キャベツの甘味とニンニクの刺激が拮抗して口の中を駆け回り、ニラと生姜の香りが鼻から抜けると共に、どっしりとした旨味の混合体が喉を通り抜ける
その一連の流れは余りにもスムースで、油でコーティングされた口から食道までの高速道路を、ツルツルと餃子が胃まで滑り落ちていくようだった - 81123/06/21(水) 20:03:48
”さて、そしたら今度はこっちや”
いよいよ本番、と言わんばかりに箸を置いてレンゲを手に取る
目の前に横たわるのは大きなカニカマを中心に乗せてご飯にかぶさる、幸せの黄色いカニ玉
そしてそのカニ玉の上を茶色い醤油味の餡掛けがすっぽりと覆っている
”東京式の甘酢ダレにも興味はあるんやけど、口に合わんかったら地獄やからな……”
好奇心に負けて、もしも食べきれなかったらイナリワンに悪い
そう考えたタマモクロスの妥協による注文であった
”天津飯も久しぶりやな”
かつっ、かつっ、ぐいっ
まずはカニ玉の裾野の辺りをレンゲ一杯分切り取って、ご飯もろともカニ玉の切れ端をすくい上げる
てろりと垂れ落ちる餡のとろみが訳もなく嬉しい
あむ、ぐいん、ほふ、とろん、はらり、ふわっ
口の中に入れた途端に柔らかに広がる、熱をたっぷり蓄えた餡の感触
その中に感じるのは粒々としたご飯の存在感と、カニ玉のとろりふわりとした舌触り
ほわん、さく、てろん、さく、ごくん
餡に紛れてとろとろと逃げ回る米粒を押し潰すように噛めば、柔らかく卵が歯茎や舌を撫でていく
そうかと思えば時折ネギのさくさくしゃきしゃきした歯触りが、柔らかさに慣れた口を驚かせるが、その刺激すらもとろりとろりと餡のとろみに溶けてゆく
”やっぱりこれやなあ、この優しいほわほわな卵とご飯の感じがたまらんねん”
思わず誰にとも無くうんうんと頷きながら、天津飯を飲み込むタマモクロス
久々の王●の天津飯は、昔から何も変わらない優しさと滑らかさで、遠く故郷を離れたタマモクロスの舌を喜ばせてくれた - 82123/06/21(水) 20:04:24
”さて、まだまだお楽しみはこれからや”
かつっ、ずいっ、ぐいん
今度はカニカマの多い辺りを狙って天津飯を豪快にすくい上げる
とろとろと垂れ落ちる餡の流れを楽しみながら、大きく口を開けて一気に頬張る
はむん
とろ、ふわ、にゅるん、じゅわっ、ぬるん
…………ごくん
ほおっ
決して贅沢な食べ物ではない筈の天津飯が、口内全てを優しく撫で回して、粒々としたご飯の感触であちらこちらを天上のマッサージのようにさすってゆく
ごくりとその嫋やかなねぎらいを飲み下せば、餡とご飯とが喉を、食道を、胃を丁寧に揉みほぐすようにしてとろりゆらりと流れ落ちていった
”さて、ここらでもう一回餃子もありやな”
レンゲを一旦置いて箸を再び手に取る
また餃子を二つまとめてタレに浸して口の中へ
天津飯の柔らかさにふやけた口の中で、再び餃子とラー油の暴力的な刺激が暴れ回る
”うんうん、餃子と天津飯はやっぱり名コンビやな
天津飯だけやとパンチが足らん
餃子ライスも悪くは無いんやけど、口が休むところがあらへん
二つ足したら丁度ええ加減に箸が進むんや”
餃子の刺激が口の中に残る間に、レンゲに持ち替えて天津飯を口いっぱいに含む
卵と餡の織り成す艶やかなびろうどの口触りが、またゆるゆると流れてゆく
ラー油とニンニクの刺激を受けた口内が癒やされたのを見計らって、再び餃子にかじりつく
穏やかに停滞した口の中が今度は戦国乱世の趣を見せる
刺激、停滞、刺激、停滞
穏やかな春の浜辺に打ち寄せる荒波のような、この餃子との両極端なコントラストこそが、王●の天津飯の人気の秘密なのかも知れない - 83123/06/21(水) 20:05:11
気がつけば餃子も無くなり、天津飯も残り僅か
この穏やかな一時に感謝を込めて、米一粒も残さぬように丁寧に天津飯をすくい上げる
とろり、つるり、ゆらり、さらり、…………ごくり
ひねもすのたりのたりかな、と言わんばかりの穏やかな美味さの波が、最後まで優しくタマモクロスの全身を撫でていった
ほう、と今日何度目かの息を吐いて、レンゲを置く
”競う事だけやなくて、こんな風に皆に優しくある事も、大事なことかも知れんなあ”
穏やかな気分を湛えて微笑むタマモクロスを、物珍しそうにテーブルの向かいから、イナリワンが無言で見つめていた
「「ごちそうさまでした」」
ゆっくり味わっていたタマモクロスと、ぱくぱくとテンポ良く食べ進んでいたイナリワン
二人はほぼ同じタイミングで食事を終えていた - 84123/06/21(水) 20:05:56
「ありがとうございましたーあ」
連れだって●将を出ると梅雨明け宣言直後の強い日光が二人の目を焼いた
「おおう、こいつぁ中々手厳しいぜ」
うんざりするように太陽を見上げてぼやくイナリワン
「全く、宝塚終わったら猛暑もすぐそこやな、疲労抜き終わったとこやのに」
同じようにこぼすタマモクロスを見て、にんまり、とイナリワンが口角を吊り上げた
「おうおう、ついさっき人を引退前のロートル扱いしやがった癖に、その御本人が夏バテかい?
そんなんだったら夏合宿なんざ行かねえで、畳で寝っ転がって昼寝してたほうが良いぜ?」
びきり
「あ゛?」
先程胃に収めた優しさはどこへ行ったのか
ノータイムでイナリワンの煽りにのって睨み付けるタマモクロス
「イナリ、そっちこそこの程度の暑さで音を上げとるんなら、もう現役は無理やないんか?
さっさと後輩に道を譲ったほうがええぞ?」
カチーン
「あ゛あ゛ん?」
自分から煽っておいて、煽り返されるとノータイムでキレる女、イナリワン
世間ではそれを逆ギレと言う
「上等じゃねえか!!あたしがもう無理かどうか見せてやらあ!!
今からコース行って勝負だぁ!」
「よっしゃ、吐いた唾飲まんとけよ!?
軽く10バ身はチギったるわぁ!!」
既に先程の穏やかな気分はどこにも見当たらない
蜘蛛の糸を垂らしたお釈迦様ですら鼻で笑いそうな、シニアのウマ娘とは思えない血気盛ん過ぎる遣り取りであった
炎天下、と言うには些か早い暑熱の雑踏の中を、小柄な二つの影が競い合うようにして、ちょこまかとすり抜けてゆく
トレセンへと早足で口論しながら帰っていく二人の頭上には、雲一つない快晴の夏の空がひろがっていた - 85123/06/21(水) 20:09:53
以上で終了でございます
お楽しみ頂けましたでしょうか?
王●と言えば餃子がいつも一番人気ではありますが、それ以外のメニューが決して劣っている訳ではありません
今回は天津飯にフィーチャーいたしましたが、焼きそばや炒飯、レバ炒め等々実力派は多数ございます
皆様も、次の機会に普段頼まないメニューに目を向けても面白いのではないでしょうか?
それでは皆様、良き●将ライフを - 86123/06/21(水) 20:11:03
- 87二次元好きの匿名さん23/06/21(水) 20:18:25
喫茶マウンテンも来訪して欲しいんだ
- 88二次元好きの匿名さん23/06/21(水) 20:22:06
タレの違い以前にそもそも長らく天津飯を食べてないな、と懐かしくなりました。
近所の●将がまた新装開店するとのことなので、その時必ず注文しようと思います! - 89123/06/21(水) 20:22:56
- 90123/06/21(水) 20:26:22
- 91二次元好きの匿名さん23/06/21(水) 23:52:58
導入だけで一つのssとして完成度が高い!
タマはオグリと一緒になること多いけどイナリともいい組み合わせだよなぁと実感
そして肝心の食事描写も相変わらずの素晴らしさ
田舎住まいでチェーン店というものに縁が無い自分にもその場の空気を教えてくれる、よいssでした - 92二次元好きの匿名さん23/06/22(木) 00:03:14
なんてこった…
カサマツは多分関西だと思ってたのに、甘酢しか知らなかったから醤油味の天津飯を食べにきてしまったぞ…
これは地方から来た私が中央でも恥ずかしくないウマ娘として文化に触れるための調査だから決して夜食とか間食ではないぞ。しかし高タンパクで消化に優しくて天津飯はたまらないな…
家でお母さんが作ってくれた天津飯はやたらと卵焼きが分厚くて装甲板みたいで、いかに卵焼き装甲を貫通して内部のご飯に甘酢タレを浴びせるかがパズルみたいだったなぁ。今度帰ったら一緒に作って食べよう。そうだな、キタ…うん、3人で…
さっき食べた天津飯はとろとろの卵焼きがまるで飲み物のようでついラーメンのようにズゾソッっと行きたくなってしまったが、流石にそれをしない理性はあったぞ。 - 93123/06/22(木) 10:18:54
- 94123/06/22(木) 10:23:35
御覧下さいましてありがとうございます
>天津飯は飲み物
学生の頃は自分も似たような事言ってましたわ……
するする食べられる分、気付けば消えてる率高いんですよね……
>お母さんの天津飯
ご家庭の味ですねえ、分厚い卵焼きにお母さんの愛情を感じます
ご家族(?)三人でお食事を楽しんで来て下さい
- 95二次元好きの匿名さん23/06/22(木) 21:55:13
おお、新作ありがたい
- 96二次元好きの匿名さん23/06/23(金) 01:00:57
深夜にとんでもないものを見てしまった
- 97二次元好きの匿名さん23/06/23(金) 10:06:05
こういう飯テロSSすごく好き
- 98二次元好きの匿名さん23/06/23(金) 10:44:40
- 99二次元好きの匿名さん23/06/23(金) 18:23:29
はて、自分がO将で食べる天津麺はどんなヤツだったか?
明日あたり行ってみなければなるまい - 100123/06/23(金) 21:16:38
- 101123/06/23(金) 21:20:46
皆様毎度御覧下さいましてありがとうございます
次の投稿を予告させて頂きます
第四話を本日22:00から投下させて貰います
今回は>>93にて申し上げました別路線の実験的なお話となりますので、飯テロに警戒する皆様もご安心下さい
それでは後ほどお目にかかりましょう
- 102123/06/23(金) 22:00:41
お待たせいたしました
これより投下させて頂きます
では、お楽しみ下さい
「ずるいなあ……」
スーパークリークの呟きは、ガリ●リ君をかじる音に紛れてよく聞こえなかった
『 タマモクロス、ガ●ガリ君をお駄賃に伝言を届ける 』
青い海
白い砂浜
快晴の夏空
水着のウマ娘
「ねーねー、おねえちゃんはなんで、かみのけまっしろなのー?」
「ぼくしってるー、かみのけしろいのは、しらがっていって、おばちゃんだからしろくなるんだよー」
「じゃあおねえちゃんじゃなくて、おばちゃんだー」
そして全力ではしゃぎ回るたくさんの子供達
「あのな、まずウチは白髪やないし、まだおばちゃん言われるような年でもないで?
わかったか?」
「えー?しらがだからおばちゃんじゃないのー?」
「おばーちゃんといっしょだー
『まだあたしはわかい!』っておとーさんとおじーちゃんに、いっつもおこってるのー」
子供というのは残酷なまでに、ためらわず見たままを口にすることがある - 103123/06/23(金) 22:01:00
びきり
「誰がおばーちゃんやねん、ウチはまだ10代やぞ?」
「わー!しらがのおばちゃんがおこったー!!」
「しらがー!しらがー!」
「なんでしらがなのに、おばーちゃんじゃないのー?」
それを笑って飲み込むのも大人の度量と言う物だろう
「だいたい誰が白髪やコラァ!ウチは芦毛やっちゅうねん!」
しかし、子供だからといって何をしても許されるというものではない
「にげろー!にげないとしらがにつかまるぞー!!」
「おばーちゃんこわいー」
「しらがおばちゃんがおこったー!」
「あしげってなーにー?」
叱るべきは叱る
褒めるべきは褒める
それが大人の対応なのでは無いだろうかとウチは思う
よってこのクソ生意気なお子様達に多少折檻するのは、教育的指導という奴である
ウチが今そう決めた”
だから
「ええ度胸しとるやないか!ウチから逃げ切れると思うなや!!」
わー!
きゃいきゃいとはしゃぎながら、蜘蛛の子を散らすように駆けだす幼児達を捕まえようと、タマモクロスはそこそこ本気で踏み込んだ - 104123/06/23(金) 22:01:39
全身汗まみれの姿で、タマモクロスはビーチパラソルの下へ腰掛けた
「あー、暑いわー」
朝からずっと悪ガキやすぐに泣きわめく子供の相手をしていたせいか、普段とは違う部分で疲れが溜まった気がする
肩に掛けていたクーラーボックスをどすん、とパラソルの下に置く姿は、十代にして子育てに疲れた母親の風情を醸し出していた
あながち子供達の言葉も、間違っていなかったのかも知れない
そんなタマモクロスにそっと麦茶のペットボトルが差し出された
「お疲れさまです、タマちゃん」
この海水浴の引率の手伝いであるスーパークリークが、タマモクロスと同じトレセン学園のスク水姿で、労うような微笑を浮かべていた
「そないに疲れるようなことはしてへんよ、実家のチビらの小っさい時と同じようにしとるだけやからな」
麦茶を受け取りつつ返事をする
実際タマモクロスからしたら、やっていることは弟達の世話と何ら変わりなかった
「それでも本当に助かりました~
子どもたちも今日の海水浴は凄く楽しみにしてたので」
二人してよく冷えた麦茶を飲みながら、今日の嵐を振り返る
「引率予定の保育士さんが熱出したんやったっけ
託児所の娘言うのも大変やなあ」
「夏風邪だそうで、子どもたちにうつす訳にはいきませんからね~」
スーパークリークの実家の託児所で毎年行われる、3-5歳児の海水浴イベント
その引率要員の保育士が一人病欠した穴埋めに急遽呼ばれたスーパークリークが、バイトとして手伝いを頼んだのがタマモクロスだった
『折角のオフの日に申し訳ないんですが、バイト代は出すので助けて貰えませんか?
タマちゃんなら、小さい子たちの扱い方も慣れてるでしょうから、私としても安心です~』
そんなスーパークリークの頼みに応じて、タマモクロスは先程まで幼児達が流されたりしないか、どこかへ行ってしまいそうな子は居ないか、危険な場所へ近づこうとする子は居ないかと目を光らせていたのだ
……途中からはすっかり子供達のオモチャにされていたような気がするが、気のせいと言うことにしておこう - 105123/06/23(金) 22:02:23
そして海水浴イベントも終了し、遊び疲れてほぼ寝ている子供達を、マイクロバスに全員詰め込んで見送ったのがつい先程のことだ
「後はこのビーチパラソルとマットを海の家に返したら、今日のバイトはお終い言うことでええんよな?」
「はい~、それで私達の仕事は終了ですね、今日は本当に助かりました
ありがとうございます」
雇用先の人間という意識もあってか、普段以上に丁寧なスーパークリークにタマモクロスは苦笑して返した
「もうバイトは終わりなんやろ?ならそんなに肩肘張って話さんでもええやん
ウチはバイト代貰えて嬉しい
クリークは手伝いが無事終わって嬉しい
クリークんとこの親父さんらと保護者の人は、子供らが皆楽しんで無事に帰ってきて嬉しい
それでええがな、ウチにまでそんなに気を遣わんでええんやで、クリーク」
そう言われたスーパークリークは
「……そう、ですね」
何かを躊躇うような少しの沈黙の後に
「タマちゃん、お疲れさまでした」
努めていつも通りを演じるかのように少しぎこちなく微笑んだ
まだ日は高いが、人影もまばらになりだした海水浴場
その光景を眺めながら、二人揃ってなんとはなしに無言で麦茶を口にする
打ち寄せる波の音
遠くから聞こえる有線の流す古いヒット曲
じんわりと染み込んで来るような湿度を帯びた暑さ
ベタつく潮風になぶられて、ざりざりとごわつく髪
細かい砂が入り込んだ、ざらざらとした不快感が残る耳と尻尾
沈黙を破ったのは、スーパークリークからだった - 106123/06/23(金) 22:03:11
「タマちゃんは、今年の秋はどこを目標にするんですか?」
「唐突やな、クリークはやっぱり天皇賞か?」
「……私の事は良いんです、タマちゃんは、何処なんですか?」
いつになく硬いスーパークリークの声音に違和感と予感を感じつつ、目線を合わせずに応える
「ウチは今年はジャパンカップからの有馬を大目標にしとる
なんせ未だにこの二つ勝ててへんからな」
それは当然スーパークリークも予想していたであろう答
「そう、ですか」
しかし、その答を聞いたスーパークリークの返答は
「タマちゃんは、秋天に来てくれないんですか……?」
どこか哀切を帯びたものだった
「秋天に向かうのも考えた
せやけどジャパンカップを勝ちに行くなら、その前に秋天を入れるのは調整がしんどなるだけや」
タマモクロスの返答は、反対に淡々とした乾いた声音だった
「やれんことはない
でも、ジャパンカップに本命を絞るなら秋天は邪魔や
去年も、その前もウチは万全を期してジャパンカップに挑んだ
それでも──」
オベイにも、フォークインにも届かんかった
乾いた声音に、僅かに渇望の色が乗った
「そう、ですか」
スーパークリークが同じように繰り返す
「そうや、せやから」
先程より熱の籠もった声色で
「クリークとは、もうやりあう事は無いんや」
タマモクロスはスーパークリークの最後の望みを斬り捨てた - 107123/06/23(金) 22:03:50
「……分かっちゃいますよね」
スーパークリークが再び話しだしたのは、二人がともに麦茶を飲み干してからだった
「そらそうや、ウチが何人そうやって最後のレースに臨む先輩や同期や、」
そこで一拍言い淀む
「……後輩を見てきたと思っとるんや」
乾いた声音なのは変わらなかったが、スーパークリークには、タマモクロスが泣いているように見えた
─元々、私は走り終えたら実家に戻るつもりだったんです─
ぽつりぽつりとスーパークリークは話しだした
「子どもたちのお世話をするのは好きですし、実家の託児所は周りの子育て中のお父さんお母さんに、すごく頼りにして貰っています」
─ありがとう、クリークさん!─
「託児所をこれからもずっと続けていくためにも、私が跡継ぎをやりたいとずっと思っていたんです」
─クリークさんがいるなら、私らも定年まで頑張って働かなくちゃだよねえ─
「本当に、皆のためになる仕事で、私も、大好きな子どもたちと、触れ合って居られる仕事で、」
─くりーくおねーちゃん!これみてー!!─
「何でしょうね、私は、私のやりたかった事をするために、皆に、望まれている、事をする為なのに」
─クリーク、お前は、お前が本当にやりたいことをやれば良いんだよ─
「どうしてなんでしょう、どうして、こんな風に」
─もっとレースを走っていたいと、思ってしまうなんて─
波の音に掻き消されそうなスーパークリークの嗚咽が、タマモクロスの耳にだけは届いていた - 108123/06/23(金) 22:04:58
スーパークリークの啜り泣く声が途絶えたタイミングで、タマモクロスが口を開いた
「あんたのトレーナーは、どう言っとるんや」
「トレーナーさんは、『クリークの意志なら、それを俺は尊重する』って……」
「それだけやないやろ」
涙声のスーパークリークの言葉を遮って
「あんたの左脚のことも有るから、あんたのトレーナーは止めんかった
違うか?」
タマモクロスは感情を乗せない声で問い掛けた
「そっか、タマちゃんは気付いてたんですね」
「偶然やけどな、宝塚の後にトレーナーがあんたに駆け寄って、えらい心配してたやろ」
梅雨時の阪神レース場の光景を思い出すタマモクロス
「あん時にクリークも、トレーナーも、やたらに左脚を気に掛けてたのが気になってな
で、夏合宿で様子を見てたら左回りの練習とスタミナトレーニングばかりで、脚に強い負担を掛けるトレーニングはしてへんかった
そこからの推測やな」
「凄いなあ、タマちゃんは」
─皆のことを何でも解っちゃうんですね─
そう呟いたスーパークリークに、タマモクロスは足元のクーラーボックスから、青い小袋を差し出した
「●リガリ君……?」
「運転手さんからのあんたとウチへの差し入れや、『今日は本当に助かりました、お二人とも秋のレース頑張って下さい』って言うてたで」
「……そうですか……」
ばりっ
小袋の端を開いて、中から水色の氷菓を取り出す
海水浴場の暑熱の中で、涼やかな水色とソーダの香りが心地良くタマモクロスの五感をくすぐる
ざしゅっ
大口を開けて、ガリガ●君にかじりつく - 109123/06/23(金) 22:06:54
じゃきっ、じゃくっ、するっ
ソーダ味のガ●ガリ君は口内を急速に冷やすとともに、名前の如く爽やかな歯応えと吹き抜けるようなソーダの風味を残して水となって消え去っていった
「クリーク、はよ食べんと溶けるで」
タマモクロスに促されたスーパークリークが、おずおずとガリ●リ君の袋を開けるのを確認して、改めて口を開く
「さっきの運転手さんはな、こうも言うとった」
ガリガ●君を口にしようとしていたスーパークリークの手が止まる
「『こうして知り合えたんだから、タマモクロスさんにもG1を勝って欲しいけれども、クリークさんは僕ら保育所の人間達の夢だから』」
スーパークリークの耳がびくり、と動く
「『同じレースに出ることになったら、僕らは皆クリークさんの応援に回りますよ
御免なさいね』」
ガ●ガリ君を握る手に、ギュッと力が入る
「『クリークさんは、将来保育所に帰ってきてくれるって前から言ってるんだけど、きっとそうなる前にもっと凄いウマ娘になって
』」
伏せられていた眼が見開かれて潤んでゆく
「『誰よりも優しくて強い、世界一のウマ娘になるって僕ら保育所の人間は皆信じてるから』」
つうっ
スーパークリークの大きな瞳から、涙がこぼれ落ちる - 110123/06/23(金) 22:08:05
「『タマモクロスさんのことは、世界で2番目に応援させて貰います!』ってな」
タマモクロスは振り向こうとはしなかったが、その耳には先程とは違う嗚咽が届いていた
じゃくっ、じゃくっ、しゃりしゅり、ごくん
ガリ●リ君をもう一口かじる
氷菓の冷たさが胃から背筋を通って脳にまで染み渡るのを感じる
「ずるいなあ……」
じゃくっ、ざりっ、しゃくっ
スーパークリークの呟きはガリガ●君をかじる音に紛れてよく聞こえなかった
じゃくっ、しゃりっ、しゃりっ、ごくん
「そんな事を言われたら」
ざしゅっ、じゃきっ、しゃくっ
「諦めようと、思っていたのに」
しゃりっ、するっ、がじ、がじ、がじ
「まだまだ、やらなくちゃって、思えて来ちゃうじゃないですか……!」
ガ●ガリ君の棒をしがむ音は、スーパークリークの呟きを掻き消してはくれなかった
「はよ食べんと、溶けるで」
海を見つめたままのタマモクロスの声に
「はいっ!!!」
スーパークリークは涙声で、でもいつも通りの温かさと元気に満ちた声で大きく返事をした - 111123/06/23(金) 22:08:40
「私、今年の秋は全休しようと思います」
溶けかけたガリ●リ君を食べ終えた後に、スーパークリークはそう宣言した
「そうするんか」
「はい、左脚に腱靭帯炎の前兆があると言うことで、お医者さんからは治療を勧められていたんです」
タマモクロスの素っ気ない返事も気にせず、スーパークリークは語り出した
「でも、腱靭帯炎の治療は場合によっては年単位の時間が掛かる、その間に私の本格化が終わってしまうかも知れない、そう思ったから……」
「今年の秋天で引退のつもりやったんやな」
「そうです、でも、今のお話を聞いてしまったなら、」
そう言って涙を力強く拭ったスーパークリークは
「私は諦めない、左脚を治療して、もう一度G1の舞台に立ちます
そして、世界一のウマ娘になります」
『魔王』とも呼ばれた高速ステイヤーの威厳を湛えて、再度そう宣言した
にいっ
タマモクロスの口角が吊り上がる
「ええ顔になったやないか、クリーク」
「ええ、お世話をしてくれた人のおかげで」
済ました顔で切り返すスーパークリーク
タマモクロスの笑みがより深くなる - 112123/06/23(金) 22:09:19
「クリーク、全休するんやったら一度オグリのトレーナーのとこに行って話を聞いてきたらどないや?」
「オグリちゃんの?……ああ!!」
何かに気付いた、と言った様子のスーパークリークに、タマモクロスは満足そうに話し掛けた
「オグリはシニアにあがってすぐに腱靭帯炎をやっとる、でも半年の休養だけでオグリは完治させて帰ってきた」
『ご飯をたくさん食べて温泉に浸かってリハビリしたら治った』という芦毛の怪物の言葉を真に受ける訳にはいかないが、それでも何か参考になることはあるだろう
「クリークも、なんか治療の参考になるかもしれんで、トレーナーと一緒に聞いてみいや」
スーパークリークが、姿勢を正してタマモクロスに向き直る
「ありがとうございます、タマちゃん、いや、タマモクロスさん」
「やめーや、調子狂うわ」
真剣なスーパークリークの謝礼を一刀の下に切り捨てて
「はよ帰ってきてウチとやろーや、クリークがおらんと詰まらんからな」
タマモクロスは好戦的に笑った - 113123/06/23(金) 22:14:37
以上で終了でございます
お楽しみ頂けましたでしょうか?
ガリガ●君は、どんな話の時にでも出せる小道具として、最強の汎用性を持っていると思っています
安い、誰でも知ってる、どこでも買える、美味しいと色んな環状を掻き立てるキーとしてもの凄く優秀なので、つい使いたくなるんですね
そんなガリ●リ君をキーとした、スーパークリークとタマモクロスのお話でした
飯テロ成分少なめですので不満に思われた方は申し訳ありません
次回からはまたもとの路線に戻そうと思っています
それでは御覧下さいまして誠にありがとうございました
では皆様、良きガリ●リ君ライフを - 114二次元好きの匿名さん23/06/24(土) 09:00:43
保守
- 115二次元好きの匿名さん23/06/24(土) 17:31:56
- 116123/06/24(土) 18:59:49
- 117二次元好きの匿名さん23/06/25(日) 02:24:36
ベタだけど、タマが551食べるのも見たいなぁ
- 118二次元好きの匿名さん23/06/25(日) 14:07:21
- 119二次元好きの匿名さん23/06/25(日) 17:03:20
- 120123/06/25(日) 17:59:25
御覧下さいましてありがとうございます
飯テロ描写とストーリー展開の両立は、やってみたいんですが中々難しいんです
自分の作風が全体的に濃い味でくどいので、複数の内容を詰め込むと読後感が重たくなりすぎてしまうんですよね
後、秋衣裳タマモクロスGetおめでとうございます
フル覚醒させたらかなり強いみたいなので是非お試しください
- 121二次元好きの匿名さん23/06/25(日) 22:28:29
保守
- 122123/06/26(月) 09:13:58
皆様毎度御覧下さいましてありがとうございます
さて、それでは次回投下日時を予告させて頂きます
明後日6/27の21:00から投下させて貰います
それまでしばらくお待ち下さい - 123二次元好きの匿名さん23/06/26(月) 19:56:35