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テレビのなかでレースを走る、かわいくて、速くて、強くてかっこいいウマ娘。
女の子ならだれでも一度は、彼女たちのようになりたいと願ったことがあると思う。
幼なじみのAちゃんも、そんなウマ娘の1人だった。
Aちゃんは飛ぶように駆け抜けていくおてんばな娘で、にこっと笑うと八重歯が見える、太陽みたいな女の子だった。
私とAちゃん、それとBくんは、小さいころから一緒に遊ぶ仲だった。
3人で遊ぶと私はいつも置いていかれて、2人の背中を眺めることになった。
2人とも優しいから、私がいないことに気づくと、すぐに振り返ってくれた。
西陽が木立にさしこむなか、2人の影がとても眩しくて、遠く感じた。
さみしいとか、劣等感とかはなかった。
ほんとうは私も2人と並んで走れたらもっと楽しかっただろうけど、それはしかたのないことだから。 - 22/323/06/18(日) 12:05:34
高校生になって、私たちは同じ学校に進学した。
Aちゃんはレースの道には進まなかったけれど、地元の高校のアイドルだった。
Bくんも顔立ちがすっきりとしてきて、私が言うのもなんだけど、それなりにかっこよかった。
なんとなく2人が付き合うんだろうなと思っていた。
私たちの小さな地元における、幼なじみの、ちょっとビッグなカップル。
それをいちばん近いところで見れるなんて、ドラマみたいでいいなって思っていた。
Bくんは私に告白をしてきた。
なにが起こったのかわからなくて、返答に窮したくらいだ。
なんで私なの。Aちゃんじゃないの。
そう言うと、Bくんも困ったように、なんでAちゃんの名前が出てくるの。俺がずっと好きだったのは。
私のどこが好きなの。Aちゃんみたいにかわいくないし、明るくないし、心も身体も、強くないんだよ。私は泣きそうだった。鼻の奥のほうから海のにおいがする。
俺はむしろ、そういう弱いところも好きっていうか。守ってあげたいって思うんだ。
なにそれ。なにそれ。私、守られたくなんかない。守られたくなんかない!
八つ当たりだってことは私がいちばんわかっていた。
ショックを受けているBくんのことも、きっと私はずっとAちゃんに嫉妬していたんだってことも、なにもかも最悪だった。 - 33/323/06/18(日) 12:05:57
さらに最悪なのは、Aちゃんにこのことを話してしまったことだった。
Aちゃんが見せた一瞬の戸惑ったような、ショックを受けたような、なにかを飲み込むような顔をいまでも覚えている。
でもAちゃんはやっぱり、私よりずっとできた子だった。
3人で遊んでいるとき、Bくんと2人で振り返って、置いてかれちゃっているところを見て、妹みたいだね、かわいいねって言ってたんだ。弱かったり、遅かったりって、勝負の世界じゃないんだから、そんなに重要じゃない気がする。それも含めて、Bくんは好きなんじゃないかな。わたしも、もちろんそうだよ。
私はがまんできずに泣いてしまった。ごめんね。ごめんね。私が泣くべきじゃないのに。ほんとうはAちゃん、きっとBくんのことが好きなのに。
泣いてしまった私を見て、Aちゃんも泣いてくれた。
でも、その涙の意味はきっと複雑だった。
Aちゃんのどことなく心ここにあらずな目や、そこから流れる涙は、とても綺麗でかわいくて愛おしかった。
私はAちゃんの涙を指ですくって、頬をなぞって唇に触れた。
Aちゃんの瞳の焦点がとりもどされて、あ…という小さな吐息が私の指にかかった。
私はAちゃんにかぶさるように近づいて、唇を重ねた。