- 1二次元好きの匿名さん23/06/20(火) 22:21:04
ライスがトレーニングに来ない。
休みにするというような連絡もないが、予定時刻を回っても来る気配がない。と言っても、まだ10分ほどしか過ぎてはいない。だが、真面目な彼女がトレーニングをサボったり遅刻したりというのは珍しい。一体どうしたのだろう。
とはいえ、来ない以上はトレーナーとしてできることもない。空いた時間はトレーニングプランを考案するために使うことにしよう。まだ見終わっていない直近のレースもあった。それを見ておくのもありか。
いや、やはり教室や寮に探しに行くべきだろうか? ライスが事故に巻き込まれていたら、黙って待っていていいのだろうか。うーん……
コンコンコン
悩んでいるうちに、トレーナー室のドアをノックする音が聞こえた。そして開くと同時に、聞き覚えのある声が響いた。
「お、お兄しゃま! お、遅くなってごめんなさい!!」
「待ってたよ。少し遅かったけど、大丈夫かい?」
「う、うん。大丈夫、です。トレーニング、お、お願いします!」 - 2二次元好きの匿名さん23/06/20(火) 22:21:55
しかし、今日のトレーニング中、ライスの動きはどこかぎこちなかった。
「はあ……はあ……どう、お兄さま?」
「……少し焦ってたかい? いつもよりスパートが早かったみたいだけど」
「はあ……そ、そうだったの? ごめんなさい、そんなつもりじゃ……」
「まあ、気にしないで。次はそこに気を付けてもう1本やろう!」
「はい!」
勢いの良い返事とは裏腹に、2本目も早いスパートで最後まで足がもっていない。
「ど、どう? お兄さま!」
「うーん……今日のところは早めに切り上げようか?」
「だ、大丈夫だよお兄さま、ライスはまだ……!」
「そう? ケガとかしてない!」
「大丈夫! ライスは、元気いっぱいだよ?」
「じゃあ、違うメニューにしようか」
その後、行った他のトレーニングはそれなりにできていた。タイムこそあまり良くなかったが、しっかりトレーニングに励んでいた。が、気になったのは表情だ。いつもほどの覇気を感じない気がする。気がするだけかもしれないが、何か引っかかる。
「トレーニング、あ、ありがとうございました」
「うん、お疲れ様」
あいさつを交わし、トレーナー室に戻ろうとした。ただ、今日のことが少し気になりなんとなく振り返ったら、ライスはその場で立ち尽くしていた。
「あれ、ライス。どうしたんだ?」
「あ、あの、えっと……」
どうやら、何か言おうともじもじしている様子。少し待ってみると、向こうから話を切り出した。 - 3二次元好きの匿名さん23/06/20(火) 22:22:54
「あの、お兄さま。話してもどうしようもないことって、あるよね」
「突然、どうしたんだ?」
「ライスね、そんな話でもした方がいいのか、わからなくって……やっぱり迷惑かな?」
なんのことだか全然わからない。しかし、彼女が何かを打ち明けようとしている以上、それを受け入れる姿勢を取りたい。
「いや、そんなことはないさ。何か話したいことがあれば言って欲しい」
「トレーニングと関係ない話、でも?」
「ああ。ライスが話したいことなら、なんでも」
「ライスが、悪いことをしちゃったとしても?」
「えっ?」
悪いこと? 一体どんなことをしてしまったというのだろうか? まさか、犯罪の片棒を担がされてしまったとか!? 色んなことが頭をよぎり、少し焦ってしまったが、すぐに冷静になり、笑顔で答える。
「ライスが何を言おうと、俺はライスのトレーナーだよ」
「えっ……」
「どんなこと? 話してごらん?」
「う、うん」
ライスは、少しずつ話し始めた。
「今日のトレーニング、遅刻したでしょ?」
「ああ、そうだったな」
もしかすると、悪いことというのは遅刻のことだったのだろうか? そんなに気にすることもないのに……という言葉は一旦飲んだ。
「ライスね、お昼休みにアップをしておこうと思ってグラウンドを使ってたの」
「あ、そうだったんだ」
意外にも、トレーニングには遅刻したがトレーニングの準備はしていたようだ。オーバーワークにならないか不安だが、おそらく今日だけだろう。
「そこで、一緒にコースを使ってた娘が……倒れちゃったの」 - 4二次元好きの匿名さん23/06/20(火) 22:24:10
えっ?
倒れた?
まさか、悪いことって、激突しちゃったってことか!?
「すごく前の方を走っていたんだけど、だんだん足がフラフラになって、横に倒れちゃって」
「それでね、近くの娘が近づいてコースの脇に避けようとしてたの。でも体が重くて動かないみたいで……」
「ライス、それを見てたらお手伝いしなくちゃって思って近寄ったんだけど、もう1人駆け寄ってきてその娘を運んだの。ライスは、近くまで来たけど見てるだけで……」
「それで、その娘、意識はあったんだけど、全然大丈夫って、ちょっとしたら走れる言ってて、でも、立ち上がれないみたいで……どうしよどうしよー! ってライスが考えてたら、他に近くにいた2人が『私達が担架と先生連れてくるから』って行っちゃって、ライスと2人でコース脇で倒れた娘を囲んでたの」
「その娘達もトレーナーに電話した後は、声をかけたり、飲み物を飲ませたりしてたんだ。けど、ライスは何もできなくて役立たずで……離れることもできなくて……どうしようって思ってたら担架が来て、先生が様子を見ながらその娘を運んでくれたの」
彼女の話を聞き、ようやく事態を飲み込めてきた。
「それで、遅刻しちゃったのか」
「はい……」
一応、思い違いがあってはいけないと思い、1つだけ質問する。
「念のため確認だけど、ライスがぶつかったわけじゃないんだよね?」
「うん、ライスがぶつかったわけじゃないの」
それを聞き、安心した。 - 5二次元好きの匿名さん23/06/20(火) 22:26:33
「良かった。急病人が出て、それを助けたなんて、すごいじゃないかライス!」
「えっ? でも、ライス、遅刻しちゃったのに……」
困惑する顔を向けてきたが、気にせず続ける。
「人助けをしたんだろ? そっちの方が大事じゃないか。遅刻なんて気にしないでいいよ」
「でも……」
「えっ?」
彼女の顔を見たら、瞳の輝きが揺らめいていた。
「ライス、なにもできなかった……なのに、遅刻もしちゃった……」
なるほど。何もできなかった無力感に苛まれてしまっているのだろう。しかし、話を聞いてみて、悔やむことなど何一つないと思う。
「倒れた娘のとこに行って、そこで一緒にいたんだろ?」
「う、うん……」
「その娘のために行動しようって思うことが一番大事だと思うよ。今の世の中じゃ、急病人がいても見て見ぬフリをする人だっているんだ。倒れた娘がいたら駆け付けたんだから、ライスはいいことをしたんだよ」
「でも、何もしてないのに?」
「それは、余計なこともしてないってことでしょ?」
「えっ……そ、そうなの、かな……」
「それに、その娘は何か言ってなかったか?」
「何か……あっ」
『ごめんね、あたしなんかのために』
『ありがとうね、たすけてくれて』
「あっ……」
「何か言ってたかい?」
「ごめんね……ありがとう……って!」
彼女の目から溢れ出した光。それが何よりの、優しさの証明だ。 - 6二次元好きの匿名さん23/06/20(火) 22:27:56
- 7二次元好きの匿名さん23/06/20(火) 22:38:46
おしまいですぅ
実話を元にしたシリーズですぅ
自分の感情整理も兼ねてSS化してすぐ書き留めました
以前書いたやつ
見てみてタイシイィィィーーーーーーーン!!!!!|あにまん掲示板bbs.animanch.com - 8二次元好きの匿名さん23/06/20(火) 23:48:36
実際のところ人手に余力があるだけで、出来ることは増えるからね
野次馬は困るが手伝うつもりで居てくれるのは超助かるんだ、結果的にやる事なく終わっても役立たずなんて事はないぞ
ライスとスレ主の優しさに幸あれ