- 1二次元好きの匿名さん23/06/25(日) 21:27:41
「わあ〜!とってもオシャレだねえ!」
ここは賃貸マンションの一室。あたしは今日、トレーナーさんのお引越しの手伝いに来ていた。
リビングとキッチンが一体になっているタイプのお部屋、これなら料理をしながらリビングの様子がよく見えるねえ。
まだ家具も何も無い、手付かずの空間。これからどんな風にお部屋がトッピングされてくんだろうって、もう胸が踊ってる。
「アケボノにもそう言ってもらってよかった」
「お部屋もすっごく広いし、キッチンもそう!とっても料理しやすそうだよ〜♪」
引越し作業が終わったら、今日の夕ご飯はここで一緒に食べることにしている。何を作ろうかな、コンロが3つもあるからたくさんメニューを増やせるねえ。せっかくだから豪華にコース料理、なんて考え出して……おっとと、まずは荷運びが先!
「重たい物はあたしに任せてね!それじゃ、がんばろー♪」
「本当に助かるよ……よし、僕も僕でできることをしなきゃ!」
埃ひとつない新居のまっさらな空気を吸いながら、ふたり手分けして荷解きを進めていく。
こういうのってなんだか……これから一緒に住むみたいで、とってもドキドキしちゃうね。
弱火でコトコト温まってく心をキュッと引き締めて、新しい生活空間を作り上げていった―― - 2二次元好きの匿名さん23/06/25(日) 21:28:23
「アケボノ?僕も手伝うけど……」
「いいのいいの!トレーナーさんはゆっくり座って待っててねえ」
トラブルもなくお引越しは無事終了して、もうすぐ夕ご飯の時間。ピカピカのキッチンを目の前にして、緊張と興奮が同時に全身を駆け巡る。
「一緒買い出しに来てくれただけで十分だよ。それに、ここからリビングでくつろいでるトレーナーさんの姿を見てたいんだ〜♪」
「うーん、そこまで言うなら……ありがたく休ませてもらうよ」
トレーナーさんは首をかしげながら、ソファに腰を下ろす。
あたしは早速冷蔵庫を開けて、今買ってきたばかりの食材を吟味していく。
勿論冷蔵庫も新品だ。これまでのトレーナー寮には入らなかった大型のもので、あたしがたくさん食材を採ってきても、これならラクラク収納できちゃう。
「〜♪」
まな板をリズムよく叩く、お出汁の用意もバンタン。
今日はいつもに増して調子がいいかも?
広いキッチンはあたしの大きな体つきにピッタリで、動線も窮屈に感じない。
何より……視線を少し先に向ければ、何時でもトレーナーさんの顔が見られる。
今はパソコンに向かって……お仕事かな?
休んでていいって言ったのに、ほんとトレーナーさんったら真面目なんだから。
今はお仕事してるキリッとしたかっこいい顔だけど、そのうちリラックスして油断したお顔も見せてくれるのかなあ。
めくるめく将来の光景が、この場所から無限に見えてくる。
その最初の一歩、美味しいよって笑う姿を思い浮かべながら、コンロのスイッチを捻った。 - 3二次元好きの匿名さん23/06/25(日) 21:28:54
色々考えたけど、あたしと言えばちゃんこ、ちゃんこと言えばあたし。
テーブルの中心にどかんと大きなちゃんこを据えて、玉子焼きに唐揚げ、サラダとコーンバター焼き……他のメニューも盛りだくさん!
「あのキッチン、とっても使い勝手がいいねえ♪おわかりできるくらい作っちゃったよ〜。いっぱいあるから、どんどん食べてね〜♪」
「やった!いただきます!」
「はい、ちゃんこどーぞ☆」
あたしは早速お椀にちゃんこをよそい、トレーナーさんに手渡した。
アツアツの出汁をものともせず、トレーナーさんはそれをかきこんで……大きく一息。
「あ〜……アケボノ特製の出汁が染みる……」
「あっ、トレーナーさんお口におべんとがついてるよ?とったげるね」
「えっ!?あ、ありがとう」
「もう〜♪そんなに焦って食べなくても、ちゃんこは逃げたりしないよ〜」
さすがに作りすぎちゃったかなと思ったけれど、トレーナーさんは少しも嫌な顔せずに、どんどんお皿を空にしていく。そして、お決まりの台詞を口にするんだ。
「……うん!今日もとっても美味しいよ!」
「やった♪もっともっ〜と食べていいからねえ♪」 - 4二次元好きの匿名さん23/06/25(日) 21:30:10
初めてトレーナーさんと出会ってから、もう数え切れないほどたくさん手料理を食べてもらってきた。
つくねから染み出た出汁にびっくりした顔。
目を伏せ、昆布の旨みをじっくり味わう顔。
おっきいお肉にありついて喜ぶ顔。
どれもこれもひとつとして同じものはなくて、全部がキラキラ輝いて見える……どれも大切な、あたしの日常。
お部屋が変わっちゃっても、あたしとトレーナーさんは『ちゃんこ鍋』なのは変わらない。
……って、あたしの方は思ってるけど。
トレーナーさんの方は、どう思ってるのかな。
長かったはずの学園生活もいよいよ終盤。あっという間に時間は過ぎていく。そしたら、そのあとは……?
「そういえばトレーナーさん、ちょっと聞きたいことがあるんだ〜」
「ん〜、どうしたの?」
「このお部屋のキッチンがすっごく使いやすいんだって話はもうしたと思うけど……スペースの広さとか、作りがあたしにピッタリだったからびっくりしちゃったの」
「うん……?それなら何よりだ」
トレーナーさんは、あたしの言いたいことがまだよくわかってないのかな。
それとも、本当に何も考えてなかったりして……もうしそうだったら寂しいけれど、勇気を出して話を進める。 - 5二次元好きの匿名さん23/06/25(日) 21:30:29
「寮からお引越しして、当分はこのお部屋で生活するんだよね?」
「それはもちろん」
「何年先もずっと?」
「そりゃ……アクシデントがなければそのつもりだけど」
「……多分このキッチン、トレーナーさんが使うと広すぎて使いにくいよ?」
「……?だって料理はアケボノがするんだから――」
そこまで言いかけて、トレーナーさんはようやく気づいたみたい。
顔が真っ赤になったと思ったら真っ青になって、口からなにか言いたそうなのに言葉が出ないのか、まな板の上のお魚さんみたいにパクパクしてる。
「ご、ごめん……!どうしようすっかりアケボノが料理してくれるのが日常になっちゃってて……今後の進路を縛るつもりなんてないから!頑張って俺も料理して――」 - 6二次元好きの匿名さん23/06/25(日) 21:32:16
「トレーナーさん」
堰が外れたように喋りだしたお口を人差し指で止める。あたしの長い腕は、机の向こう側にも悠々届いた。
「あたしね、今とっても嬉しいんだ。だって、トレーナーさんもあたしと同じ気持ちだってわかったんだもん♪」
「アケボノも……?」
トレーナーさんは申し訳なさそうに縮こまっちゃったけど、なんにも悪いことなんてないんだよ?
どうぞって作るあたしと、ごちそうさまって食べるあなた。広くてまあるい地球の上で、こんなにもぴったりな相手に出逢えたこと……こんな奇跡、もう二度と起こらないよ。
「うん!あたしもね、これから先もずっ〜と、トレーナーさんに料理を食べてもらいたいの♪はい、あーん♪」
まだ残っていたデザートのプリンを、そのお口に放り込んだ。抵抗もせずトレーナーさんはもぐもぐして……。
「ボーノ?」
「ボーノ!」
うん……やっぱりだ。もう何万回も見てきた、トレーナーさんの美味しい!って顔。少しだって色褪せたり、飽きたりなんてしてない。
それどころか、もっといっぱい見せて欲しい、もっといっぱい笑って欲しいって気持ちが心の底から溢れて来る。だから……気の迷いなんかじゃ絶対ないんだよ。
「あたし……」
「アケボノ?」
「う、ううん!やっぱりなんでもない!そろそろ時間も遅いし、早く食べてお片付けしよう?」
口から飛び出そうになった言葉をギリギリのところで飲み込んで……楽しい時間もそろそろお開き。今は、気持ちの確認ができただけで十分かな。
あたしはぱんぱんと手を叩き、空のお皿を持って立ち上がった―― - 7二次元好きの匿名さん23/06/25(日) 21:33:12
「ごめんな……後片付け任せちゃって」
「気にしないでトレーナーさん♪今日はいっぱい頑張ったから、ゆっくり休んでてねえ」
お風呂上がりのほかほかなトレーナーさんを、膝の上で抱えながらソファでくつろぐあたし。
つむじに顔を近づけると、ミントっぽいシャンプーの香りがほのかに漂ってくる。
「うー……」
もぞもぞとくすぐったそうにするけど、体が船を漕いでて、今にも眠っちゃいそう。
「もう寝ちゃっても大丈夫だよ〜♪」
「ん……でも……」
「片付けはほとんど終わっちゃってるから、なんにも気にしなくていいの。ほら……」
掌でトレーナーさんのまぶたを覆う。あたしの胸に頭を預けてゆらりゆらり。
「今日はありがとね、トレーナーさん。たくさんあたしの料理食べてくれて」
「んん……」
子守唄のように、細く優しく囁く。多分もう、寝かかってて何を話しても空返事しか返ってこない……はずだよね?
だから、今から話すことはただの独り言。 - 8二次元好きの匿名さん23/06/25(日) 21:33:34
「今日だけじゃないよ。これまでもこれからも……いっぱいの『美味しい』をくれて、ありがとう」
掌をまぶたから離して、もっとふんわりと体を引き寄せる。
「他にも言いたいことあるけど、今は我慢するね」
本当は、今すぐにでも大きな声で伝えたい……けれど、まだあたしは学生で、大人のトレーナーさんを困らせる訳にはいかない。
この胸の奥に秘めた夢は、周りのみんな全員に認めてもらって、満開のおめでとうで祝福して欲しいから。
「あたしね、トレーナーさんにもっと美味しいって言って貰えるように、たくさん勉強頑張るよ〜!進学して、調理師の免許取って、料理人を目指すんだ〜」
いつか同じトレーナーさんと同じ立場になったその時に、自信を持って伝えられるように……今ここで、
宣言しておこう。
「そしたら、あたしの世界でイチバンおっきな気持ち伝えるから……それまで待っててね」 - 9二次元好きの匿名さん23/06/25(日) 21:34:01
「…………」
すう、すう……と規則的な呼吸音。やっぱり予想通り、完全に夢の世界に行ってしまったトレーナーさん。
我慢するなんて言ったけど……ほんのちょっとだけ、起きていてくれたら良かったのになんて夢想するくらいは、許して欲しいなあ。
ゆっくり起こさないように抱えあげて、寝室へと運ぶ。
「ぐっすりだねえ♪」
寝顔って本当に心を許した人にしか見せてくれないんだって、どこかで聞いたことがある。
布団に包まれたゆるゆるのお顔を見ていたら……蓋をしてた想いが吹きこぼれてきて。
ゆっくりゆっくり、お顔とお顔が近づいて―― - 10二次元好きの匿名さん23/06/25(日) 21:34:50
「――大好きだよ」
こつん。
おでこ同士をくっつけて、ぽろりと口にこぼしてしまったのは、胸の内に隠してた大切なもの。
「言っちゃった……♪ふふ、内緒だよ?」
すやすやのトレーナーさんには聞こえるはずもない、だからこれはセーフなんだって贔屓目にあたし自身をジャッジした。
まあ……これくらいは頑張るあたしへのご褒美ってことで!
「……おじゃましました、また明日ね♪おやすみなさい、トレーナーさん」
いつか、『おじゃましました』じゃなくて『いってきます』になれますように。
煌めく夜空と暖かなちゃんこに願いをかけて、あたしはそっと扉を閉めた―― - 11二次元好きの匿名さん23/06/25(日) 21:35:11
ボノトレには家具や調理器具を買い換える度無意識に大きいサイズのものを買うようになって欲しい
前回のちゃんこ
【SS】BIRTHDAY――スタートラインと、これからのこと|あにまん掲示板どすん、と食堂の机が揺れた。塔のようにそびえ立つそれからはお腹をぐうと鳴らしそうな甘い香りが漂っている。「ボーノな特大誕生日ケーキだよ〜☆ みんな食べてってねえ♪」あたしが一日かけて作ったビッグなショ…bbs.animanch.com - 12二次元好きの匿名さん23/06/25(日) 21:35:57
私事ですがこの掲示板にssを投下し始めてから本日でまる1年が経過しました
ボーノのSS少なすぎだろ!|あにまん掲示板「もう引退してから結構経つけど……こうしてコースを歩いてると、やっぱり足がうずうずしちゃうね〜」【ウマ娘の性、だな】夜の帳が降りた学園のコース、自主練に勤しんでいた生徒たちはみんな寮に帰ってしまって、…bbs.animanch.comだからといって何になる訳でもないですが、私の拙文を読んで感想や挿絵をくださった全ての皆様のおかげで、こうして継続して書き続けることができました
最大限の感謝を込めて……これからもおっきくて強くて可愛い最高のウマ娘、ヒシアケボノをどうぞよろしくお願いいたします
- 13二次元好きの匿名さん23/06/25(日) 22:04:53
ちゃんこ鍋のような優しいお味のトレボノSSだぁ…
いつも助かります - 14二次元好きの匿名さん23/06/25(日) 22:06:56
あら~良いですね ボーノが隣にいる事が当たり前になってるトレーナー…
- 15二次元好きの匿名さん23/06/25(日) 22:07:30
おでこをこつんとくっつけるところ好きすぎる
- 16二次元好きの匿名さん23/06/25(日) 22:38:57
担当に趣味や感性が引きずられるトレーナー概念はいいぞ
>広くてまあるい地球の上で、こんなにもぴったりな相手に出逢えたこと……
ここすき 流石アケボノ表現もスケールがでかい
- 17二次元好きの匿名さん23/06/25(日) 22:49:01
こんなの卒業と同時に同棲スタートじゃないですか