- 1二次元好きの匿名さん23/06/27(火) 09:32:02
「炎風と感じられるなら、エアコンを付けていただいても大丈夫ですよ?」
夏の訪れを肌と耳で感じられるようになった頃合い。
トレーナー室でのミーティング、机を挟んで向き合っているヤマニンゼファーは、心配そうに眉をひそめた。
今日は世間一般的には猛暑日と呼ばれる暑さ、本来ならばエアコンを使うべきだろう。
だが、彼女の担当トレーナーとしては、その選択肢はなかった。
「問題はないよゼファー、風もちゃんと入って来てるしね」
「……トレーナーさんの汗が雨風のようになっています」
「もしかして、匂う?」
「いえ、それは凪です、むしろ良き香風だと私は思いますよ」
「えっと、うん、それはどうも」
「ですが無理な我慢は悪風です、どうぞエアコンをつけてください」
そう言いながらゼファーは笑みを浮かべて、エアコンの使用を薦めて来る。
だが、それでも、俺はエアコンを付ける気にはならなかった。
その理由は単純明快で、彼女の方がエアコンの風を苦手としているからだ。
ヤマニンゼファーというウマ娘は、人工の風を苦手としている。
団扇や扇子で吹かせる風は大丈夫のようだが、エアコンの風などは不得手。
一度だけ、イベントの控室でガンガンに冷房を聞かせた部屋で待機していたことがあったのだが、見る見るうちに顔色を青くしていった。
もう少し広い空間であればあまり気にならないのだが、トレーナー室程度の広さだとどうしても風をが当たる場面が出てくる。
また、エアコンを使う以上は窓は閉めることになるため、外から風が入らなくなってしまうのも彼女にとっては問題になるのだ。
そして何より、今現在ゼファー本人は平気そうな顔をしている。
慣れているのか、風を感じ取りやすいのか、とにかく彼女はエアコンを必要としていないのだ。
とすれば、俺が我慢するか、ゼファーが我慢するかという話になる。
その場合、どっちを優先するかは明白なわけで。 - 2二次元好きの匿名さん23/06/27(火) 09:32:17
「平気だって、この間もらった団扇もあるし、ほら」
先日駅前で配っていた団扇を取り出して、ゼファーに向けてパタパタと風を送る。
彼女はその風を心地良さそうに、目を細めて受けて止めていた。
「ふぅ、東風ですね……ではなくて、トレーナーさんが常風となれないのではと」
「いやいや、それこそゼファーがいつも通りでいてくれることが、俺には大事だし」
「……私のことを想っていただけるのは、好風なんですが」
そう言ってゼファーは困ったように、けれどちょっとだけ嬉しそうに眉尻を下げた。
そして彼女は口を噤んで、じっと考え込むように目を閉じり。
蝉が二回ほどアンコールに応えた頃、彼女はピンと耳を立てて、目を開いた。
「トレーナーさん、俄風で申し訳ありませんが、少しトレーナー室をお借りしても良いですか?」
────そんなゼファーからのお願いで、トレーナー室を追い出されたのが一時間前。
その間、食堂で一人お茶をしながら時間を潰していた。
ミーティング自体はそこまで重要な内容はないので、遅れることに問題はない。
時間潰しにしてもスケジュールの確認や、資料の閲覧などやることいくらでもある。
色々とやっていたら、あっという間に彼女の指定した時刻となっていた。
俺はトレーナー室に戻り、その扉の前に立つ。
「流石にここからじゃ何もわからないな」
正直なところ、ゼファーが何をしているのかは皆目見当もつかない。
恐らくは先ほどのエアコン絡みの話なのだろうが、エアコン付けるだけならば一時間もいらないだろう。
また、たまたま食堂に来たゼファーの知り合いから、彼女が色んなところを駆け回っていると聞いた。
無論、彼女のことだから心配はないはずなのだが、少し不安になってしまう。
頭の中をぐるぐると巡る悪い想像を振り払いながら、俺は扉を軽くノックした。 - 3二次元好きの匿名さん23/06/27(火) 09:32:33
「ゼファー、もう良いかな?」
「はい、是非、戸風となってください」
少しだけ、楽しそうな響きのゼファーの声。
とりあえず悪いことではなさそうだ、とほっと息をついて、俺は扉を開いた。
ちりんちりん、と涼やかな音色が、俺の鼓膜を揺らす。
軽い音楽を響かせる窓際を見れば、落ち着いた色彩の簾と彩り豊かな複数の風鈴。
ミーティングで使用するテーブルのクロスや椅子のクッションなどは涼しげな青一色。
また机の上には小さいガラスのフラワーベースに青々とした葉が映える枝が一本。
他にも様々なインテリア等を配置し、工夫して、部屋に爽やか雰囲気を演出していた。
出る前とは気温は変わらないはずなのに、感じる暑さは明らかに和らいでる。
「これは……驚いたな……」
まさか僅かな時間で、ここまで部屋の印象を変えて来るとは。
お互いが気持ち良く過ごせる空間にするために、インテリアに手を加える。
正直なところ、自分には全くなかった発想であり、感動すら覚えるほど。
とにかく称賛の気持ちを伝えたい、俺は立役者の姿を探した。
どうやらまず部屋を見て欲しかったらしく、扉の裏に隠れていたゼファーがひょっこり顔を出す。
俺からの反応を心待ちにしているような、わくわくとした表情を彼女は浮かべていた。
「ふふっ、涼風を感じることは出来たでしょうか?」
「ああ、さっきまでの暑さが嘘みた────」
ゼファーの姿を見た瞬間、息が止まった。
楽しそうに尻尾をゆらゆら揺らす彼女は、何故か水着姿でその場に立っていたのだから。 - 4二次元好きの匿名さん23/06/27(火) 09:32:51
上下共に、青と白の大ぶりのフリルが重なった、華やかなデザインの水着。
正面から見るとビキニに見えるが、背中で上下が繋がっており、腰の赤いリボンが良いアクセントになっていた。
すらりとしたお腹や手足は、女性らしいしなやかさと鍛えあげられた力強さを感じられる。
また、シミ一つない瑞々しい素肌は惜しみなく晒されていて、思わず目を逸らしそうになるほど眩しい。
大胆さと愛らしさ、その二つを見事に両立させた、まさにゼファーらしい水着姿。
……まあ、問題はそれをなぜ今着ているのか、ということなのだが。
「えっと、ゼファー、その格好は……?」
「今度、テイオーさんやヘリオスさん達と海風となろうという話になりまして」
「ああ、それは良いことだと思うけど」
「それで一緒に水着を買いに行ったのですが、これを着ればトレーナーさんも沖つ風を感じられるかと」
その時のことを思い出したのか、ゼファーはくすくすと笑みを零す。
きっと、とても楽しい時間だったのだろう。
ゼファーが友人達と仲良く水着を選んでいたと思うと、心が暖かくなってくる。
しかし、正直なところその水着姿は少々刺激が強く、目のやり場に困ってしまうのも事実だった。
────ふと、彼女がジっと上目遣いで、こちらを見つめていることに気づく。
「トレーナーさん、それで、どうでしょうか? 良風でしたか?」
大きな期待と少しばかりの不安が混ざり合った、きらきらとした瞳。
……どうやら、逃げ道を塞がれてしまったようである。
諦めて、俺は彼女の瞳に向き合って、改めてその水着姿をしっかりと見つめる。
そして頭の中でハラスメントにならないように言葉を選びつつ、可能な限り率直な感想を伝えるべく、口を開いた。
「……まず、君と海に来てるかのような気分を味わえた」
「ふふっ、それは光風です。東風や南風やと歩き回った甲斐がありました」
俺の言葉に、ゼファーは顔を綻ばせる。
なんとなく彼女は服選びなどはあまり悩まない印象があったので、少し意外な答えであった。 - 5二次元好きの匿名さん23/06/27(火) 09:33:12
「色合いも涼しげなんだけど、それでいてどこか君らしい」
「意識してませんでしたが、私の好きな色風を無意識に吹かせていたのかもしれません」
「青と白と、それに赤の組み合わせがマッチしていて、とても華やかだ」
「……白と赤?」
こてんと、ゼファーは首を傾げる。
はて、色合いについて同意してくれてたと思ったのだが、微妙な反応が返ってきた。
色の組み合わせについてもしかしたら本人的には納得いっていないのかもしれない。
とはいえ言葉を撤回する意味も薄い、その点はとりあえず横に置いて言葉を続ける。
「それにフリルも、君のふんわりした可愛らしさを良く引き出していると思う」
「…………っ!」
「前からと後ろからで印象が大きく変わって、色んな方向から見てみたくなるね」
「あっ、あの、トレーナーさん……」
「勿論君自身もスタイルが良くて肌も綺麗で……ってごめん、正直に話し過ぎた」
水着ばかりではなくゼファー本人も褒めよう、と思ったがこれでセクハラになってしまう。
慌てて言葉を止めて、謝罪を口にするが彼女の様子がどこかおかしい。
伏し目がちに視線を泳がせながら、どこか赤みの差した顔で、もじもじと身じろいでいる。
やがて恥ずかしそうに、困ったように、そして少し嬉しそうに、こちらをちらりと見て、口を開く。
「ほっ、褒めてくれるのは嬉しいんですが、その、私が聞いたのは部屋の感想で」
「…………」
ゼファーの言葉の意味を、一瞬理解できなかった。
しっかりと飲み込んで、頭に巡らせて、考えて、ようやく自分が何を勘違いしていたか気づく。
思わず手で顔を覆い、俯いてしまう。
手のひらで触れる肌は、今の俺自身の頭の中と同じで、燃えるように熱い。
何をやってるんだ俺は。 - 6二次元好きの匿名さん23/06/27(火) 09:33:27
「……変なこと言って、すいませんでした」
「いっ、いえ、嬉しくは、あったので」
「えっと、部屋もすごく涼しい場所になってて、すごく涼しく感じたというか」
部屋に対しても確かに感動を覚えていたのだが、恥ずかしさで語彙が死滅している。
それでも、心を尽くしてくれたゼファーに何とか感謝を伝えたくて、何とか言葉を重ねていく。
「インテリアやデザインがとても夏らしくて、いるだけで暑さが和らいでいくというか……」
けれど、上手いこと言葉をまとめることが出来ない。
俺は思わず苦笑しながら、頭をかいた。
「……ダメだな、君の水着に目を奪われてしまって、考えが纏まらない」
「…………ふふっ、なんだか私も頬に熱風を感じてきちゃいました」
ゼファーは頬の赤みを濃くしつつ、はにかんだ笑顔を浮かべる。
その表情は、とても楽しそうに、俺には見えた。
やがて彼女は俺に背を向けて、ミーティングを行う机を指さした。
まっすぐ伸びた背筋と少し汗の滲んだ白いうなじ。
尻尾は先ほどよりも激しく、ぶんぶんと風を起こしそうなほどの勢いで動き回っている。
「もっとさやさやでいられるように、足下にも用意をしたんですよ」
言われて見れば、椅子の足元には水の張られた桶が二つ。
俺達は椅子に腰かけて、裸足をその桶に浸した。
水は程よく冷えていて、全身に涼やかさが行き渡るようで、とても心地良い。
目の前のゼファーも俺の様子を満足そうに見つめながら、足を楽しそうに動かしていた。 - 7二次元好きの匿名さん23/06/27(火) 09:33:42
「ぴっちぴっち、ちゃぷちゃぷ、らんらんらん……♪」
「あはは、でも鼻歌を歌いたくなるほど、気持ち良いよ」
「はい、緑風を感じていただけたようで、良かったです」
ゼファーの楽しそうな鼻歌に、俺も釣られて笑顔になってしまう。
うん、これでお互いに遠慮することなく、有意義にミーティングをすることが出来そうだ。
爽やかな気分になりながら、切り出そうとする直前、彼女が先に言葉を紡いだ。
「……トレーナーさん、一つ質問しても良いですか?」
「ああ、なんでも聞いてくれ、今なら何でも答えられそうだ」
「あら爽籟、それでは遠慮なく、風音を聞かせて頂きましょうか」
そう言うとゼファーは机の上に身を乗り出して、ぐいっと顔を近づけた。
たゆん、と大きく揺れる彼女の胸元が視界に入ってしまい、思わず目を逸らす。
しかしそれは風読みしていたと言わんばかりに、彼女も視線の先に顔を動かした。
どこか悪戯っぽい表情で微笑みながら、彼女はそよ風のような声で囁く。
「────この水着の感想を、もっと風に乗せて聞かせてくださいね?」 - 8二次元好きの匿名さん23/06/27(火) 09:35:20
お わ り
本当はパカらいぶ直後に投下予定だったのですが水着イベントは次回だと気づいて投下しました - 9二次元好きの匿名さん23/06/27(火) 09:39:45
これは良SS
スレ主さんってば情景描写がお上手なのでこんな時間にも関わらず没頭してしまった
涼風にあてられたような爽やかな気分になりました…ありがとう - 10123/06/27(火) 10:07:07
- 11二次元好きの匿名さん23/06/27(火) 22:05:27
- 12二次元好きの匿名さん23/06/27(火) 22:10:43
思わずニヤニヤとしてしまう涼風SS良き…
- 13二次元好きの匿名さん23/06/27(火) 22:13:21
時間帯のせいで気づかなかった…
透明で涼しげな、何というか夏の日の一幕って感じが最高でした - 14二次元好きの匿名さん23/06/27(火) 22:15:06
涼しくしたつもりが逆に暑くなってるぞ!
- 15123/06/27(火) 23:52:39
- 16二次元好きの匿名さん23/06/28(水) 00:13:32
寝る前にいいSSを読ませていただきました...水ちゃぷちゃぷするゼファーさんの鼻歌が脳内再生余裕すぎていい...
- 17123/06/28(水) 00:50:42
- 18二次元好きの匿名さん23/06/28(水) 01:46:38
- 19123/06/28(水) 06:52:14
- 20二次元好きの匿名さん23/06/28(水) 07:51:00
すごい よかった
- 21二次元好きの匿名さん23/06/28(水) 16:12:17
オラッ!保守!
もっと多くのウマカテ民の目に触れろ! - 22123/06/28(水) 19:06:09