- 1二次元好きの匿名さん23/06/27(火) 20:01:21
- 2二次元好きの匿名さん23/06/27(火) 20:01:43
今のは枕詞。
導きたい言葉は他にある。
つまり喜ばしいことは喜ぶべきだと考えている。
でないと勝ち取った意味がないから。
そう思うし、実践してもいる。
表立って気取るのは性格に合わないが、近しい相手には嬉しい気持ちを隠さない。
表彰の場では堂々とする。
応援は照れずに真正面から受け止める。
大きなレースの一着では、自然に拳を振り上げたこともあった。
結果は上々。
ファンが増えた。
自信が深まった。
ストレスを発散しやすいので、トレーニングも調子が乗った。
人間関係も淀みない。
あり方を教えてくれたトレーナーさんには感謝をしてもし尽くせない。
なのでレースで返すことにした。 - 3二次元好きの匿名さん23/06/27(火) 20:03:05
今のは序詞。
本心はもう少し先にある。
要するに私はトレーナーさんに恩があるのだ。
トレーニングの面もそうだけれど、日常の面でも彼の存在は私に多大な影響を与えている。
勝利の栄光をいただいた。
そのための術と力をいただいた。
心構えもいただいている。
そしてたくさんの輝ける日々と思い出も。
トレーナーさんは決まって、グラスの努力の賜物だよ、と断じる。
自分の活躍がない、とは言わない。
一人でも相応の結果は出ただろう。
でも、トレーナーさんのいないグラスワンダーは別物だったに違いない。
勝利を掴む術も力も、心構えも、思い出もなく、三年間を駆け抜ける。
和歌の題材にはちょうどいいかもしれない。哀愁と後悔の歌が読めそうだ。
しかしトレーナーさんの側で閃くこの身は、紛れもなく二人で磨いた大業物。
丹念に丹念に研ぎ澄ませた、私たちの不断の努力の結晶。
トレーナーさんの生涯にとって最高傑作でありたい。 - 4二次元好きの匿名さん23/06/27(火) 20:03:50
心地よい春風が吹いている。
桜が地面をピンクに染めてしまい、学園は毎日掃除が大変だ。
本館から別館へ移るわずかな間にも、粉雪のように舞う花びらが尻尾についた。
軽く揺すって落とすつもりが、むしろ内側に侵入してしまう。
いっそのこと、トレーナー室まで運ぼうか。
いやいや、トレーナーさんにずぼらだと思われては困る。
四月の中頃。
歓迎ムードも一旦は落ち着いて、ゆっくり季節を楽しめるように。
喫禁のレースもないので、しばらくは気を休めていられる。
友達を誘ってピクニックにでも行きたいすっきりした天気だ。
花見でもいい。 - 5二次元好きの匿名さん23/06/27(火) 20:05:08
春の風物詩と言えば、トレセン学園特有のものを忘れてはいけない。
もろもろの行程を終えた新入生たちが、真新しいジャージでターフに繰り出す。
憧れの舞台の第一歩。
以後数年、夢を託す地の感触を確かめる。
反応は様々。
広大な練習場に感動する子、目を回す子、冷静に分析を始める子、闘志を燃やす子。
彼女らを眺める上級生の反応も一様ではない。
微笑ましく見守る人、有望株を探す人、ちょっかいをかける人、そして変わらず闘志を燃やす人。
私は四番で一番だ。
敵とは思いつつ、当時の自分を思い返すと口を歪めずにはいられない。
ニュービー時代の己に教えてやりたい。
あなたの選択は誤っていない、と。 - 6二次元好きの匿名さん23/06/27(火) 20:06:23
別館の廊下に移ってからも、窓から彼女らを見物していた。
今年の新入生のうち、どれだけが頭角を表すか。
九割は今年中に潰されるだろう。
風に飛ぶ花びらのように。
デビューを踏み外し、結果を残せず、スターを引き立てるための養分に成り下がる。
あるいは現実を受け止められないまま、授業料と引き換えに絶望をもらって逃げ帰る。
あまり気持ちいい光景ではない。
一歩間違えれば、私もそうだった。
トレーナーさんとの邂逅が私の運命を劇的に変えた。
でも運がよかった、とは言わない。
私の才が引き寄せたのだ。 - 7二次元好きの匿名さん23/06/27(火) 20:08:20
ふと。
彼はどうするのだろう、と思った。
新入生をスカウトするのだろうか。
二人で築いた実績は、チームを組むにも足りる。
私のメニューは出来上がっているので、基礎トレーニングは一人でもできる。
安定期に入った今、彼が別のウマ娘を見る可能性は高い。
なぜなら、トレーナーはウマ娘以上に一握りの存在だから。
需要に対して常に不足している。
優秀な人材は学園側が黙っていない。
チームを組ませて、多数のウマ娘の世話を焼かせる。
もちろん拒否権はあるだろうが。
で、トレーナーさんは優秀だ。
私を育てて、私が育てた。
複数のウマ娘の運用も問題なくできるに違いない。
彼の心持ち次第。 - 8二次元好きの匿名さん23/06/27(火) 20:10:07
個人的にはしてほしくない。
チームとなれば一人一人のウマ娘に向ける意識は当然薄まる。
それは困った。
後輩にトレーナーさんを取られるのは耐えがたい。
ただでさえ近頃、よそのウマ娘が彼に話しかけるようになって辟易しているのに。
彼も彼で、誰が相手でもにこやかに対応するものだから複雑だ。
範囲外から群がるだけなら、有名税で納得する。
しかし懐中にまで潜り込んでくるのなら話は別。
嫌だ。
私は彼と二人三脚がいい。
彼が他のウマ娘に現を抜かすなら、私は片足をもがれたも同然。
沈んだ気分でいたら、同期のキングヘイローに叱られた。
顔が硬ばっているわよ、グラスさんらしくない、と言われた。
いけない。
喜ばしいことは喜ばなければ。 - 9二次元好きの匿名さん23/06/27(火) 20:12:17
果たして、ゆっくり季節を楽しむ余裕はなかった。
少々有名になりすぎたらしい。
連日、新入生がトレーナーさんに話を伺いにやってくる。
私のファンもいれば、トレーナーさんの担当志願もいる。
聞かれるのは私たちの軌跡だ。
グラスワンダーを名バに、彼を名トレーナーに押し上げた戦いの日々。
二人で磨いた業物に、生半可な気持ちで触れようとしている。
刃物の扱いには気をつけろ、と教わらなかったのでしょうか?
私は彼女らに模擬レースを申し込む。
もちろん快く受けてくれる。
そして負けはない。
ひよっ子たちを突き放し、勝利に浸る。
トレーナーさんの意識を奪還して、溜飲を下げる。
性格の悪い先達だ。 - 10二次元好きの匿名さん23/06/27(火) 20:14:42
こんなに嫉妬深い性格なのかと、新しい発見に驚いた。
あくまでトレーナーとウマ娘、公私の混同はしないつもりだったのに。
もっと一緒にいたい。
もっと見てほしい。
他の子を褒めないで。
あなたのグラスワンダーはその女ではない。
私はここです。
彼女らが帰るまで、私は業火に浸かる思いでいた。
四月も後半。
ピンク色の地面が、足跡と雨で汚く変色していった。
私の胸の奥も。
不断の努力の結晶に錆がついた。 - 11二次元好きの匿名さん23/06/27(火) 20:16:47
彼から勝利の栄光をいただいた。
そのための術と力をいただいた。
心構えもいただいている。
そしてたくさんの輝ける日々と思い出も。
ところが、彼の心は未だ掌にない。
勝者のつもりでいた。
実際には一位というだけで、後続が追いすがっていた。
トレーナーさんを報酬にしたレースだ。
必ずしも勝つ必要はない。一着だろうと二着だろうと、故障しようと彼は平等に接するだろう。
しかし、誰にも渡したくない。
私たちの旅路に余人は不要。
誰であっても挟ませない。
力なき時代の謎がぶり返す。
勝者はなぜ偉ぶるのか。
鎮魂のため。
おのが魂の不安を鎮めるために君臨するのだ。 - 12二次元好きの匿名さん23/06/27(火) 20:18:11
気が付くと足はトレーナー室に。
彼はソファに腰掛け、黙々とパソコンを繰っている。
幸運なことに一人だけだ。
私はほくそ笑む。
喜ばしいことは喜ぶべき。
歩いていくと、彼が面を上げた。
やや疲れた表情に、不覚にもときめく。
私のために、ただ私のみのために蓄積された疲労。
茶を用意してあげつつ、口の中はいかなる甘味よりも甘ったるい快感が渦巻く。
ああ、やはり駄目だ。
この人は私のものにしないと。
トレーナーさんのいないグラスワンダーはなまくらに等しい。
いや、すでに錆びつつある。
得物は定期的に研ぎ直さないと切れ味が落ちてしまう。
彼というやすりで回復させるとしよう。 - 13二次元好きの匿名さん23/06/27(火) 20:20:12
ここまで本歌取り。
強調したいのは、トレーナーさんを絶対に譲らない、ということ。
彼の全てを独り占めする。
その心も。
視線も。
手腕も。
お膝の上も。
誰が邪魔をしようと。
誰になんと言われようと。
他ならぬトレーナーさんに「あの、グラス? 仕事できないからどいてほしいな」と優しくお願いされても。
性懲りもなく訪れたよその子が察したように退出しても。
ここは私の居場所です。 - 14二次元好きの匿名さん23/06/27(火) 20:22:12
トレーナーさんのお体が温かい。
落ち着く。気分が高揚する。
無理やり座って正解だった。
ぬるっと滑り込んだ時の、彼の驚きようったらない。
困惑する彼を鑑賞しながら、お邪魔します、と彼のお膝に腰を降ろす。
理由を聞かれても笑って答えず。
彼に包まれながら飲むお茶は格別だ。
せっかくなので慌てている両腕を捕まえて巻きつける。
不足していた感触がいいところに浸透してきた。
思わず尻尾も荒ぶるというもの。
耳も動いて少し恥ずかしいけれど、近しい相手には嬉しい気持ちを隠さないと決めている。
そのうち、彼は観念したように私の髪をすき始めた。
あら。
ふう。
私ここに住みます。
羞恥心? ありません不退転です。
文句があるなら外に出ましょう。
撫で斬りにして差し上げます。
「セイちゃんスペちゃんキングゥゥゥゥゥ! 聞いて聞いて―! グラスがトレーナーさんを尻尾でビンタしすぎてノックアウトしたデース!」
「エル~?」
「しかも気絶をいいことにグラスもそのまま胸枕で居眠りしてたデース! ヒェッ速っ!」
「エ~ル~?」
(完) - 15二次元好きの匿名さん23/06/27(火) 20:23:24
終わりです。
もしpixivで見ていただいていた人がいましたら本人なので大丈夫です。
またなにか思いついたらここにあげるかもしれません。 - 16二次元好きの匿名さん23/06/27(火) 20:26:07
乙
見覚えあるわ - 17二次元好きの匿名さん23/06/27(火) 20:26:39
甘えん坊のグラスは健康に良い
- 18二次元好きの匿名さん23/06/27(火) 20:28:38
見たことあるヤツ!アカウント削除してたのか……
- 19二次元好きの匿名さん23/06/27(火) 20:30:33
一回あにまんにも紹介されてた気がする
- 20二次元好きの匿名さん23/06/27(火) 20:35:17
原案カフェ書いてた?
あれも好きだった