- 1二次元好きの匿名さん23/06/27(火) 20:39:13
前スレが規制に引っかかっている間に落ちたので建てました
需要はあまりないけど自作SSを投下しています
スレ画は前スレでの有難い頂き物です
前スレ
(SS注意)タマモクロス、訪れる|あにまん掲示板男には引いてはならぬ時がある女にも負けるわけにはいかない時があるならば、ウマ娘には?勿論、引けない戦いというものがあるのだタマモクロスが今から挑もうとしているのは、そういった戦いだったどすん底知れぬ重…bbs.animanch.com過去作
飯テロ総合スレを目指したかった跡地
(SS注意)ここに来れば(辻SS大歓迎)|あにまん掲示板ジジジジジジジジブシュ、ジュァー真っ赤に熾った炭火の上に大ぶりな牡蠣が並んでいる大人の握りこぶしほどもある沢山の牡蠣は整然と炭火の上に整列し、今まさに焼き上がろうとしている殻の隙間から溢れる汁は炭火の…bbs.animanch.com8として連作辻SSを投下しています
ゴールドハタチー「は?酔ってねえしまだ飲めっから」|あにまん掲示板だいたいさぁアンタトレーナーの癖に担当とこうして酒飲んでて良いわけ?正確には元担当だけどさ……いやさアンタのトレーナーとして覚悟が足んないとかじゃなくてさ?アタシとこうしてサシで飲んでたらさ言われない…bbs.animanch.com17として連作辻SSを投下しています
多分ファル子はフラッシュの脳にもこれ叩き込んでる|あにまん掲示板フラッシュの人生のフルコースにハムカツをねじ込んでる。bbs.animanch.com - 2二次元好きの匿名さん23/06/27(火) 20:39:29
このレスは削除されています
- 3123/06/27(火) 20:40:28
本日21:00頃より前スレの続きを投下いたしますので、皆様よろしければ御覧下さい
- 4123/06/27(火) 20:59:06
お待たせいたしました
これより投下させて頂きます
では、お楽しみ下さい
辛いものが大好きな人間というのは世の中に結構多い
曰く「凄く辛いものを食べて、汗をダラダラかくのが快感」
「内臓がカッと熱くなる感覚が病みつきになってしまった」
「何にでも唐辛子をかけないと気が済まない」
等々の迷言を残す、同好の士以外からは自殺願望でもあるのかと言う目で見られる、スコヴィル値の限界に挑むチャレンジャー達である
タマモクロスもそんな人達がいることは知っていた
だがしかし
「辛あぁぁぁ!!!???
痛あァァァ???!!!」
「タマ!?大丈夫かタマ!?」
「アカン!!目が!耳が!?鼻が!!!???」
「タマ!キツいならこれだ、タマ!ラッシーを飲むんだ!!」
「ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァァ……」
がくり
「タマ?!しっかりしろタマァァァァ!!」
「………………(口の中が全部痛くて話されへん)………………」
まさか自分のトレーナーが、そんな人物の内の一人であると言うことは今日まで知らなかった
『タマモクロス、カレーの限界値という名の深淵を覗き込む』 - 5二次元好きの匿名さん23/06/27(火) 20:59:30
このレスは削除されています
- 6123/06/27(火) 21:00:03
その日はごく普通のオフだった
夏合宿を終え二学期が始まってしばらくした頃であり、秋のG1前哨戦が始まる直前のタイミング
一度疲労を抜いて、ジャパンカップに向けて調子を整えて行くためのインターバル期間
ここからはG1に向けて追い込んでいく為の、密度の濃い時間が待っている
激闘の予感に滾る己を落ち着けようと、空を見上げる
まだ残暑は厳しいが、見上げた空は少しずつ秋の色に近づいているように思えた
がらり
トレーナー室のドアを開ける
「邪魔するでー」
「邪魔するなら帰ってー」
あうんの呼吸で返事するトレーナーと顔を見合わせ、互いにニヤリと笑う
「トレーナーもえらい染まってきたなあ」
「いやいやいや、御代官様程ではございませんよ」
「ほっほっほっ、そちも悪よのう……って何でやねん!」ビシィ!
タマモクロスの左手が唸る
それを見てうんうんと頷くトレーナー
「うん、今日も良いツッコミだ」
「はあ、誰がトレーナーをこんな風にしてしもたんやろか
最初に会った頃はえらい真面目やったのに……」
わざとらしく嘆くタマモクロスに
「鏡ならそこにあるよ?」
と定番ボケを重ねるトレーナー - 7123/06/27(火) 21:01:01
「……ホンマにトレーナー関西産まれとちゃうんやろな?
ウチ最近疑わしくなってきたわ」
ここまでの流れるような(?)遣り取りに思わず本音がこぼれる
「失礼な、どこからどう見ても生粋の名古屋県民だみゃー」
更にボケを重ねてくるが、キレ味は悪い
「そういうとこやで……」
「本当に愛知育ちなんだけどなあ……」
「本当かー、本当に愛知育ちかー」
唐突にウザ絡みをするタマモクロス
「何故ドリフ……?
本当だよ、実家の隣はCoCo壱番屋だったし」
「……ココイチと愛知に関係があるんか……?」
「知らないの?ココイチは名古屋で40年前に出来た店なんだぜ?」
何故かドヤ顔で答えるトレーナー
「へー、そうなんや
と言ってもウチ、ココイチはあんまり行ったこと無いけどな」
それを聞いたトレーナーの目が、妖しく光った
「そりゃあいけないなぁ、ココイチにあまり行ったこと無いとか人生損してる」
自信満々に謎の発言をするトレーナー
「その損は多分、簡単によそで取り返せる奴な気がするで……」
「丁度良い
もうじき昼休みだし、今日はココイチで昼飯にしよう
タマも奢るから着いてきて」
タマモクロスのツッコミも届いている様子が無い
「いや、それならありがたくご馳走になるけど、何がアンタをそこまでココイチに熱くさせるんや……」
最早諦めの境地に入ったタマモクロスの問い掛けに対する返答は
「愛知県民の、血潮かな……」
限りなくクオリティーの低いボケであった - 8123/06/27(火) 21:02:25
「と言うことで!やって参りました!CoCo壱番屋!」
店の前で満面の笑顔のトレーナー
「芸人の取材かいな、どんなテンションやねん……」
それを見て甘引きするタマモクロス
「俺も最近来てなかったんで、大分楽しみなんだよ」
「それはええんやけど、トレーナー?」
「どうした、タマ?」
「なんでそんな、普段持ち歩いてないバッグ持ってるん?」
トレーナーが右手に提げている、ビビッドな黄色のシンプルなトートバッグ
この時点でスーツ姿で持つバッグとしては違和感があるのだが
「しかもなんやねんその絵柄、さっきから悪目立ちしとるで……」
『No Curry,No Bird』のレタリングとカレーを食べるデブなニワトリのファンシーなイラストが、スーツ姿と相まって一種異様な空気を放っていた
「カレーの日にはこのバッグだと決めているから」
「……さよか」
大真面目に話すトレーナーの、今まで知らなかった一面
仮にも家族を名乗るのなら、相手の趣味にも付き合わねばならない
そう思って我慢していたが、流石にそろそろ本気で突っ込んで良い頃合いではなかろうか
タマモクロスが真剣にどう説得するかを考え始めた中で
「じゃあ入りますか、いざココイチ!」
ウッキウキで足取りも軽く、トレーナーは店内へと突入した
「……後でええか」
タマモクロスもそれに続いて、店内へ足を踏み入れていった - 9123/06/27(火) 21:03:10
「いらっしゃいませ、2名様ですか?」
「はい、出来たらテーブル席でお願いしたいんですが」
「それではこちらへどうぞー」
入店と共に流れるようにスムーズに席へと案内される
席につくと直ぐに水のグラスが運ばれてきた
「ご注文はのちほどでよろしいですか?」
「はい、後でお願いします」
トレーナーが返事をしている横でとりあえずメニューを広げると、見慣れないメニューが目に入った
「ココイチっていつからカレーラーメンやカレーうどん始めたんや……」
「結構前からやってる気がするなあ」
「カレーなら何でもありやねんな、ココイチ」
気を取り直してメニューを見つめる
「トレーナーは何にするん?」
「俺はもう決めてる、ナスとチーズ10辛」
「ふーん、ならウチは……え?」
待て、今何かおかしな発言が無かったか?
CoCo壱番屋はカレーの辛さを1-5の五段階で、有料で増やすことが出来る
しかし5辛ですら辛さが物足りないとなった辛みジャンキー達のために、裏メニューとして『それ以上』があるのだ
そしてタマモクロスの知る限り、10辛とは普通に店で注文可能な辛さとしては最強の激辛カレーだった - 10123/06/27(火) 21:04:28
メニューから目を離してトレーナーと目線を合わせる
「?どうしたの、タマ?」
「ウチの聞き間違いやろかな、今10辛て言わんかった?」
「いったよ?」
「いや10辛て……、ウチ2辛までは食べたことあるけど、アレでも相当辛かったで?」
それを聞いたトレーナーの目が再び妖しく光った
「へーえ、ならタマは2辛までは食べられるんだ?」
「食べられるで?
食べた後口の中がヒリヒリして、ちょっとしんどかったけどな」
そんなに辛いものが好きな訳でも無いタマモクロスとしては、2辛が普通に食べられる限度だった
「ならタマ、俺のオススメを食べてみないか?
辛さは2辛だけど美味さは保証するよ?」
トレーナーの満面の笑顔による提案を前に少し考える
先程からの発言を考えると、明らかにトレーナーは辛いもの好き、それも相当なレベルだと思われる
そんな人間のオススメというのが果たして常人に食べきれるレベルなのか
「……ホンマに辛さは2辛のままなんやろな?」
そう慎重に尋ねるタマモクロスに
「本当だよ、2辛に甘くなるソースを足すだけだし」
トレーナーは輝くような笑顔でそう返事をした
「甘くなるソース?」
聞いたことのない商品名が出て来た
再び警戒心を顕わにするタマモクロスにトレーナーは
「そんなヘンなものじゃ無いよ、文字通りカレーを甘口にする、スパイス入りハチミツのこと」
そう慌ててフォローを入れた
「リンゴとハチミツ入りのカレールーは買ったことあるけど、ココイチまでハチミツ入れるようになったんやな……」
「カレーを甘口にするなら、ハチミツか果物か炒めたタマネギ辺りはお約束だしねえ」
「うーん、2辛かー……」
熟考の末、タマモクロスはトレーナーのオススメを頼むことにした - 11123/06/27(火) 21:05:38
それでは、と言うことで注文のために店員を呼ぶ
ピンポーン
「はい、お決まりでしょうか?」
「俺はナスとチーズ10辛の200g
この子はナスとパリパリチキン2辛の300gでお願いします
後、ラッシーを二つと甘くなるソースも下さい
出すのは全部一緒でお願いします」
「かしこまりましたー!」
賽は投げられた
”ホンマにトレーナーを信じて良かったんやろか……”
模擬レースで出会ってスカウトされた頃以来の、トレーナーへの疑いの気持ちが湧くのを無視してカレーを待つ
「いやー、久しぶりだなー」
そのトレーナー本人は見ての通りにカレーが楽しみで仕方ないようなのだが
”10辛やもんなあ……”
2辛ですらヒィヒィ言いながら食べていたタマモクロスには想像すらつかない領域の話である
一体どのような劇物がやって来るのか
好奇心と恐れとが一進一退でせめぎ合う中、とうとう問題のカレーがやって来た
「お待たせしましたー、ナスカレーチーズ乗せ200g10辛のお客様ー」
「俺です」
「はい、こちらどうぞ
こちらはナスカレーパリパリチキン乗せ300g2辛です、こちらラッシーです
甘くなるソースはこちらに置かせて頂きますね
それではごゆっくりどうぞー」 - 12123/06/27(火) 21:06:10
”さて……”
まずはやって来てしまった自分のカレーに目を落とす
見た目はごく普通の茶色のカレーに、薄い衣を纏ったスマホサイズの鶏肉と細切りの揚げナスが乗せられた一品
2辛と言うことで、辛さもそれなりである事が予想される
”そう言えばさっきトレーナーが、甘くなるソースとか言うてたな”
ふと思い出してトレーナーの方を向くと
”!?!!??”
心底嬉しそうに10辛カレーの上に、ハチミツと同じ樹脂容器に入った甘くなるソースをぶちまけている姿があった
「と、トレーナー、何をしとるん?」
引き攣った顔で質問するタマモクロス
「あ、そうだった、タマもこれをスプーン一杯くらい入れて、よく混ぜてから食べてみて
そうするとものすごく美味しいから」
そういって何事も無かったように、にこやかに甘くなるソースを渡してくるトレーナー
しかしタマモクロスとしては今の行動が謎すぎて、そちらへの疑問の方が勝った
「トレーナーは辛いのが好きやから10辛にしたんよな?
何でそれをわざわざ甘くしとるん?」
「え?」
聞かれたトレーナーは、意表を突かれたような表情をしていたが、すぐに納得したかのように話しだした
「これはココイチマニアの間では『10辛3甘』って言われてる食べ方でね?
10辛カレーにだいたいスプーン一杯半位の甘くなるソースを入れると、辛さはそのままでコクが出て美味しくなるんだよ
元は俺がタマに勧めた『2辛2甘』が元祖なんだけどね」
「じゅっからさんあま?にからにあま?」
よく解っていない様子のタマモクロスに苦笑して、トレーナーは再度話しはじめた
「辛くするだけなら別にもっと辛くは出来るけど、普段美味しく食べるには10辛位が俺には上限なんでね、辛さはこの程度で抑えてる」
「この程度て」
10辛をこの程度と言ってのける己のトレーナーを、タマモクロスは心底恐ろしいと思った - 13123/06/27(火) 21:07:24
「で、10辛って大分スパイス増やしてるから、そのままだと辛さばかりが目立って味が単調なんだよね
そこに甘くなるソースを入れると食べたときには甘さが前に来て、後からガツンと辛さが来るからメリハリがあって余計美味しく感じるんだ
タマもそのカレーにスプーン一杯くらい甘くなるソース入れてみたら、全然違う美味しさになるから試してみて?」
熱心なトレーナーの言葉には確かに説得力があったが、それはそれとしてトレーナーの前にある10辛カレーの、ココイチとは思えぬ黒みを帯びた色のルーは得も言われぬ殺気を放っていた
「これを、スプーン一杯くらい入れて混ぜるんやな?」
ここまできたなら女は度胸だ、とばかりに腹を括ったタマモクロスは、甘くなるソースを容器からスプーンに注ぎ始めた
スパイス入りハチミツと言っていたように、甘くなるソースの粘度はかなりのものだ
こぼさないようにスプーンに一杯になった甘くなるソースをルーに混ぜていく
「当たり前やけど見た目は全然変わらんなあ」
「まあ量も少ないしね」
「さて、タマの準備もできたようだし」
「せやね、ほな食べようか」
「「いただきます」」
二人して手を合わせた後、まずはルーとご飯を適当に混ぜてすくい上げる
”見た目はそれこそ普通のカレーなんやけどなあ”
しかし普通に見えてもこのカレーは2辛、タマモクロスの限度一歩手前の辛さである事に変わりは無い
”ええい、迷っててもしゃあないわ、いったれ!”
ぱくり、もむもむ、ごくん
”あれ?甘い?”
まず口に入れたときに広がるのはスパイスの香りと優しい甘さ、そしてルーの深いコク
辛味は確かにあるが、舌に刺さるような以前体験した2辛のような辛さではない - 14123/06/27(火) 21:08:45
”おかしいな?2辛やってトレーナーはいうてたのに……”
疑問のままにルーのコクと香りを堪能して飲みこんで、次の一口を、と考えたときにそれはやって来た
”どれ、次は……ん?あ!辛っ!?”
カレーを飲み込んだ後からやって来る、喉や舌を刺すような独特の辛味
それが先程の甘さやコクで慣らされた口の中に後から後から襲いかかる
”これがさっきトレーナーのいうてた『前に来る甘さと後から来る辛さのメリハリ』か!!”
これは確かに2辛だ
以前にも経験した唇を、舌を、喉を刺して抉ってくるようなパンチ力のある辛さが
”……来ない?なんでや、確かに最初の辛さは前に食べた時と変わらんかったで?”
襲ってきた辛さが緩やかに引いていった事に疑問を覚えるタマモクロス
その不思議を解明しようと次の一口へとスプーンを進める
ぱくり、もむ、もむ
まず口に入れて最初にやって来る甘味
そして甘味に遅れてカレールーのコクが舌に馴染んでくる
”問題は、ここからや”
さっきは早々に飲みこんでしまったので、どう来たのかがハッキリしなかった辛さ
その正体を突き止めようと敢えて飲み込まず、舌の上にカレーを残す
”来たっ!”
そうしていると甘味とコクを感じていた舌の上から、刺すような辛味がやって来る
”これがさっき喉から来た辛さやな、しかし、やっぱり前に食べた2辛よりは弱いような?”
ごくん
更に不思議さを感じつつ飲みこんで、目の前で汗すらかかず10辛を堪能するトレーナーに質問する
「なあ、トレーナー
このカレー前に食べた時の2辛より大分辛ないような気がするんやけど」
そう尋ねられたトレーナーは
「そう、それが2辛2甘の面白いとこなんだよね」
再度満面の笑顔でタマモクロスに語りだした - 15123/06/27(火) 21:09:10
「実際の辛さは普通の2辛カレーと変わらないんだけど、甘くなるソースを入れたことで口あたりとコクが増してるから、その辛さが余り後を引かないんだ
確かに辛いけど、辛さをうまみと甘味が上書きしてる状態とも言えるね」
「ほー、なるほど」
レースの予測やトレーニングの理論について語るように、ココイチのカレーについて熱く語るトレーナー
この男がもしトレーナーを志していなければ、今頃はどこかのカレー屋にいたのかもしれない
「それでも辛いことには変わりないからね
無理だと思ったらそこのラッシーを飲めば、辛さが大分マシになるよ」
「外食のドリンクって金持ちの飲むものやと思ってたけど、案外実用的やったんやな」
「そのタマの意見もどうかと思うよ……」
何処までも締まらない二人だった
”さて、思てたよりも辛さがキツないのもわかったし、つぎはこれやな”
タマモクロスが改めてスプーンを向けたのは、カレーの上に鎮座する鶏肉
パリパリチキンと言う名前に相応しく、薄い竜田揚げのような衣を纏った姿はいかにもカレーによく合いそうで期待が高まる
あんぐり、もぐ、ばり、ざしゅ、もむ、もむ、ごくん
カレーとともに口に含めば、文字通りパリパリした食感の皮目と、ご飯の蒸気とカレールーで程よく緩んだ下の部分で、噛み心地のコントラストを味わうことが出来る
そのまま強く噛み締めれば、鶏肉の中から滲んできた脂とカレールーとが混ざり合い、また別種のコクが産まれる
そこへ時間差で襲い来る辛味すら、このパリパリチキンを美味しく食べさせるための良いアクセントだ
甘さと辛さの両方を受け止めて、パリパリチキンが己の旨さを乗せて渾然一体の美味を演出する
揚げ物とカレーの相性が良いのは周知の事実だが、パリパリチキンはその中でも頭一つ抜けた好相性を見せてくれていた
”確かにこのチキンとカレーはめっちゃ合うな!
トレーナーがオススメするのも納得や”
内心感嘆しつつ、チキンをもう一切れ
今度はさっきと違ってルーの中にチキンを沈めて、よくルーを染み込ませてからご飯と共にすくい上げる - 16123/06/27(火) 21:10:11
あんぐり、むにゅ、もむ、むちっ、ぶつり、ごくん
全身にカレーを纏ったパリパリチキンはその印象を一転させる
今度はルーの味わいを吸い込んだ衣が、油の甘味を加えたカレー風味を口内にまき散らす
衣の風味を味わったならば、今度はチキン本体だ
ぱりぱりとした衣の歯応えが目立った先程と違い、今度は鶏肉のむちっとした弾力が歯にダイレクトに伝わってくる
弾力をぶつりと断ち切れば、中から溢れ出るのは肉汁
カレールーの甘さと辛さの二段構えの上から、口内全てを押し流すようなチキンの奔流がやって来る
渾然一体の一口目とは逆にスパイスの風味を押し流すようにして、パリパリチキンは別の姿で口内の主役を張ってくれた
”味を染み込ませるかそのままで食べるかでこんだけ印象が変わるんやな”
感心しながらいいかげん辛さで痺れてきた舌を、トレーナーのオススメに従ってラッシーでリフレッシュさせる
”あ、思ったよりさっぱりしとる”
ほの甘いヨーグルト風味のラッシーは、スパイスの刺激に疲れた口をスッキリと落ち着かせてくれた
”さて、チキンがあれだけ美味かったならコイツはどうやろうか”
次にタマモクロスがスプーンを伸ばすのは揚げナス
小山になっているそれをルーに馴染ませるように、山を崩してかき混ぜる
そしてご飯と共に口の中へ
あんぐり、もぐ、くにゅ、じゅわり、ぬるり、ごくん
舌の上にナスが乗る
ナス自体には主張する強い味はない
しかし、揚げナスにはスポンジのように、周りのソースを無限と言って良い程に吸い込む特徴がある
ここでも揚げナスはその個性を存分に発揮して、カレーの風味を存分に口内に振り撒く
更に揚げナスはその身のうちに大量の油を蓄えているため、口内に振り撒かれたルーは油の甘さを追加され、コクと旨みを深くする
そしてその身に蓄えたものを出しきった後も、ペースト状になったナスは、カレーの辛さを受け止める役割を最後まで全うして胃の中へ消えていった
”麻婆茄子と言い、茄子の天ぷらといい、ナスのパスタといい、ナスは本当に油を使った料理に入れたら天下一やな
何にでも合うし、何とでも味の底上げをしてくれるわ” - 17123/06/27(火) 21:10:42
そのまま勢いにのせて、再度ナスの多い辺りを口にする
あんぐり、もぐ、もにゅ、じゅわり、ぬるり、ごくん
より濃い旨みを含んだルーと揚げナスのコンビネーションが、再びぬるりつるりとスムースに口内を潜り抜けていった
チキン、揚げナス、贅沢に両方、ここで基本に立ち返ってご飯とルーだけ
そうやって様々なバリエーションを堪能しつつ勢い良くカレーをかきこんでいると、ラッシーの助けがあったとしても段々と口が辛さに麻痺してくる
しかし、そんな時の強い味方をタマモクロスはテーブルの端に発見していた
”ここらでコイツを入れてみよか”
手を伸ばしたのは、福神漬け
日本式カレーのお供としてあちらこちらで活躍する真っ赤なアイツである
生憎とCoCo壱番屋の福神漬けは赤くない茶色のタイプだが、その心地良い歯応えと酸味は変わらない
備え付けのケースからトングで福神漬けを摘まみとり、カレーの上に盛大にばら撒く
そのまま混ぜ込んでカレーを口にすれば、甘味、旨味、辛味の三重奏の中にコリコリッとした心地良い歯応えと独特の風味が加わり、噛み締めれば甘酸っぱく塩気のある福神漬け独特の味がカレー色に染まった口内をリフレッシュさせてゆく
”2辛とかしんどいと思うてたけど、こうやって色々駆使すれば美味しく食べられるもんやねんな”
何となく辛いカレーに持っていた苦手意識が払拭されていくのを感じるタマモクロス
これならばやりようによっては3辛、5辛と更に上の辛さも克服出来るのではないか
そう思ってふと前を見ると、そこには汗一つかかないで10辛を半分がとこ征服したトレーナーの姿があった - 18123/06/27(火) 21:11:19
「トレーナー、ちょっと聞きたいんやけど」
「お、どうしたタマ?やっぱり辛かったか?」
「いや、そんな事はないで
この食べ方ならウチでも美味しく食べられるわ
教えてくれてありがとうな」
「そりゃあ良かった
これでタマもココイチの良さが解っただろう」
絵に描いたようなドヤ顔をするトレーナーに苦笑するが、本題はこれからだ
「なんか思ってたより辛いものウチはいけるんちゃうかとなってな、どのくらいならいけるのか自分の限界を知りたくなったんや」
「あんまり無理はしない方が良いよ?胃腸にダメージ残したらアスリート失格だよ?」
タマモクロスの言葉に苦笑いするトレーナー
しかしタマモクロスが本当に言いたいのはここからだった
「でや、トレーナーのその10辛がどのくらいキツいのか、一口だけ味見してみて構わへんかな?」
「え゛、いや、それは」
「ウチがトレーナーみたいに食べられるとは思うてへんけど、一口だけならラッシーとかあるからいけるんちゃうかと」
「うーん、タマが俺の好みを理解してくれたのは嬉しいけど、現役ウマ娘にこれはなあ……」
そういって渋るトレーナー
アスリートとしてはこちらの方が正論である
しかし諦めないタマモクロスは食い下がる
「ええやん、ウチかてトレーナーがどんなんが好きなんか興味あるんや」
更にテーブルに身を乗り出して、トレーナーを見上げるようにしておねだりする
「な、ええやろ?」
カレンチャンを思わせる角度で、うるうると目を見つめながら小首を傾げる
未だかつてこの手でトレーナーが落ちなかった事は無かった
「………………わかった」
好奇心の虜になったタマモクロスのあざとい上目遣いに、トレーナーはいつものように陥落するのであった - 19123/06/27(火) 21:11:52
「くれぐれも、少しだけにしなよ?
辛いの苦手な娘に食べさせるものじゃないんだから」
「わかっとるわかっとる」
「わかってない言い方ぁ……」
タマモクロスのものと比べると幾分黒ずんだ色の、10辛のカレーにスプーンを入れる
トレーナーの忠告を元に、すくい取るのは一口分だけ
「さあて、今のウチがどの程度通用するのか、挑戦させて貰おうやないか!」
「タマ、やっぱり止めとかない?」
「やる気も元気も満タンや!!やったるでぇ~っ!」
「ダメだ、やる気が漲ってる……」
そしてタマモクロスは勢い良くスプーンを口に入れた
ぱくり
まず口に入れたときに広がるのは強いスパイスの香り
”おお?ウチの分よりも大分カレーの匂いが強いな?”
次に押し寄せるのは2辛と同じように甘味とコク、そしてピリピリとした辛みを舌の付け根に感じる
”なんや、思っとったのよりも辛い事ないな、2辛よりは辛さがあるけどそこまででも……”
ごくん
そして油断してカレーを飲みこんでしまったタマモクロスに、10辛という激辛の世界が一斉に牙を剝いた - 20123/06/27(火) 21:12:15
ビシィッ!!
「!!??」
舌の上と喉に、同時に衝撃が走った
それと共に全身からぶわり、と熱い汗が噴き出す
”な、なんや今のは?!”
針でざくざくと刺されるような痛みが口内全てを駆け回り、
目の奥から熱湯を注ぎ込まれたような熱さに涙が溢れ、
カレーの香りで満たされていた鼻にはワサビの何倍も強烈な香辛料の刺激が押し寄せ、
鼻と体内でつながっている耳の奥にまでスパイスの容赦ないパンチが浴びせられた結果、コメカミを耳から脳を搾り上げるようなギュッとした頭痛が襲う
タマモクロスは、比喩でなく全身を10辛に掻き回される感覚に絶叫した
「辛あぁぁぁ!!!???
痛あァァァ???!!!」
「タマ!?大丈夫かタマ!?」
トレーナーの声が聞こえるが、反応するような余裕が持てない
最早辛さと衝撃に耐える事しか考えられないタマモクロス
だがその間にも10辛の攻撃は終わらない
叫んだ事で血行が良くなったのか、今度は喉から胃にかけての内臓全てが火がついたように熱くなった
熱が出たとか言うレベルではない
まさに焼け火箸を突っ込まれたような、という古びた表現がピッタリ来る惨状である
しかもまだまだ口内からの攻撃も終わっていない
控え目に言って、胃から上の五感全てが火責めに遭っているような地獄であった - 21123/06/27(火) 21:13:13
「アカン!!目が!耳が!?鼻が!!!???」
「タマ!キツいならこれだ、タマ!ラッシーを飲むんだ!!」
トレーナーが慌てて渡してきた二人分のラッシーを一気飲みするが、その程度で10辛の進軍を止められる筈もない
飲み込んだその時には多少刺激が緩んだが、逆に緩んだ後に再度刺激が押し寄せるために、却って痛みを鋭く感じる
火炎地獄から生還しかけたところでまた引き戻される絶望
タマモクロスに出来ることは、ただスパイスの刺激に耐えて涙を流す事しか無かった
「ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァァ……」
がくり
ひとしきり叫んだ後、タマモクロスは全身から吹いた汗が冷えていく感覚と共に崩れ落ちた
「タマ?!しっかりしろタマァァァァ!!」
「………………(口の中が全部痛くて話されへん)………………」
迂闊に10辛の世界に足を踏み入れたものへの、手荒にも程のある歓迎であった
「あ゛ー、よう゛やぐ声がでる゛よう゛にな゛っでぎだ」
「タマ、まだまともな声が出てないよ……」
追加でラッシーを頼むこと3杯
何とか持ち直したタマモクロスであるが、ダメージは甚大であった
「ごめ゛ん゛な、ドレーナ゛ー
止め゛てぐれ゛たのに、ごんな゛事になっで」
「うん、反省したなら良いんだよ
はい、これで汗拭いて、それで食べ終わって胃がしんどいならこれを飲んでおいて」
『No Curry,No Bird』の黄色いトートバッグから次々に出てくるのは汗拭きシート、整腸剤、漢方の胃薬、スポーツタオルといった対策グッズ
なぜトレーナーが『カレーの日にはこのバッグと決めている』のかを、タマモクロスは心の底から理解した - 22123/06/27(火) 21:14:16
力なく汗拭きシートで額を拭う
その顔色は挑む前とは比べものにならないほどに弱々しい
「……明日もオフにしようか」
こくり
タマモクロスはトレーナーの提案に頷く事しか出来なかった
”えらいことになってしもたけど、ウチのカレーは後少し残っとる
こんな事で食べ残しなんかしたらバチ当たるわ”
そう己を奮い立たせて無言でカレーに向き直るタマモクロス
10辛騒ぎの前に大半は食べ終えていたとは言え、まだ多少は残っているカレーをあらためてすくい上げる
あむ
”……甘い?”
10辛の一撃を耐えた後だからか、最初に比べて2辛が非常に優しい味に感じる
”トレーナーもこんな感じで、少しずつ辛いもんを食べられるようになったんやろうか”
そのまま嘘のようにスムーズにカレーを食べ進み、トレーナーが食べ終わるのとほぼ同時にタマモクロスもカレーを完食する事が出来た
「「ごちそう様でした」」
声は何とか元に戻ったが、10辛で内臓に負ったダメージはそれなりである実感がある
”無茶はアカンなあ……”
辛さを克服するという目的は確実に達成出来たものの、全く喜べないタマモクロスだった - 23123/06/27(火) 21:15:43
「ありがとうございましたー」
会計を終えて店を出る
タマモクロスの歩く足取りは、入る前と比べて明らかに重い
「トレーナー、今日はゴメンなあ
折角楽しみにしてたココイチやのに」
「ちゃんとタマを止めなかった俺も悪いんだよ、気にしないで」
「せやかて、ウチが調子にのらんかったら、あんな大騒ぎになってなかったんやし……」
体調は回復したもののわかりやすくヘコむタマモクロス
「俺達は『家族』なんだろ?
ならちょっとくらいやらかしたって、フォローするのは当たり前だよ」
「トレーナー……」
そのまま二人無言でトレセン学園への道のりを歩く
その間ちらちらとこちらの調子を気遣ってくるトレーナーを見て、タマモクロスは自分がこのお詫びとして何が出来るかを考えていた
「「……………………」」
無言の道中は続く
そしてトレセン学園の正門を潜る頃になって、タマモクロスはようやく声を上げた - 24123/06/27(火) 21:16:16
「トレーナー、今日ウチはアンタに助けてもろうた
せやから幾ら家族であってもこのお礼はせんといかん」
「またタマはそんな事を……
俺に迷惑かけたとか思わなくて良いのに」
呆れるトレーナーを横目に、更に言葉を紡ぐ
「ウチがトレーナーに出来る事はなんやろうか
ずっと考えとったんやけど、やっぱりウチに出来ることは走ることしかあれへん」
背筋を伸ばしてトレーナーの目を見つめる
その姿には先程までの弱々しさなど欠片も無い
「せやからウチはアンタに走ることでお返しをする、具体的には今年のジャパンカップでな」
そう言い放ち、不敵に笑う
「宣言するわ、ウチは今年、必ずジャパンカップを勝つ
オベイはもうおらんし、フォークインもニュージーランドで走るから今年は出ない言うとるけど」
青白い稲妻を思わせる炯々とした眼光を放つその顔は
「誰が来ようと関係ないわ、ウチの本気、見せつけたる!」
今にも走り出しそうな、猛々しいギラギラした光を湛えていた
「……そうか、それなら俺も全力でタマを支えないとな!」
そういって笑うトレーナーに
「当たり前や!ウチはアンタのウマ娘やで!
いつまでだってウチらは一緒や!」
そう高らかにタマモクロスは笑顔で返した - 25123/06/27(火) 21:26:31
以上で終了でございます
お楽しみ頂けましたでしょうか?
まず、前スレの保守にご協力頂きました皆様に、スレ主が何も出来ずに落としてしまいご迷惑をかけたことをお詫び申し上げます
大変申し訳ありませんでした
もし愛想を尽かしていなければ、今後とも当スレをよろしくお願いいたします
さて、今回の内容についてです
CoCo壱番屋の10辛の脅威は、一度味わったなら忘れ難いものがあります
辛さが得意な人ならたいしたことが無いとは言いますが、それは苦手な人間にとっては死刑宣告に他ならないのです
そんな高校生時代の二つの意味で『辛い』思い出をネタにして今回は書かせて頂きました
因みに作中の10辛3甘や2辛2甘は数年前に深夜番組で紹介されたココイチマニアオススメのいくつかのバリエーションだそうです
2辛2甘は実食してみましたが、確かに作中で書いたように美味しくなっていました
尚、『No Curry,No Bird』トートバッグは実在します
中々ステキな見た目をしていますので、スーツでなく私服なら『アリ』だと思います
それでは皆様、良きココイチライフを - 26二次元好きの匿名さん23/06/27(火) 21:42:51
- 27二次元好きの匿名さん23/06/27(火) 21:44:49
新作DA!
ふざけてではなくて、美味しく食べようとして知らずに5辛注文して口の中が大変になったのを思い出しました
甘ソースとラッシーは見落としてたのか知らなかった…
しかし…こんな美味しそうな描写をされるとお腹の中がすっかりカレーの気分になっちゃったぞ…
スパイスの香りまで漂ってくるようでした
ごちそうさまです - 28123/06/27(火) 21:45:30
- 29123/06/27(火) 21:50:36
御覧下さいましてありがとうございます
自分も高校の時に10辛を一皿頼んで悶死した記憶が蘇ったもので、ついつい筆がのりまして今回は過去最長となりました
あの鼻と喉がダメになる感触は一度だけで十分ですよ……
甘くなるソースはコロナ下で追加されたみたいなのでご存じなくても仕方ないかと
カレーは偉大なのです
なにが偉大ってコンビニでもスーパーでも何処でも大抵レトルトかルーを売ってるので、いつでも入手可能な所です
- 30二次元好きの匿名さん23/06/27(火) 23:36:49
今回もお腹が空くSSをありがとうございます
タマは明日のトイレが心配ですね…… - 31二次元好きの匿名さん23/06/28(水) 00:03:43
- 32二次元好きの匿名さん23/06/28(水) 06:42:22
- 33二次元好きの匿名さん23/06/28(水) 13:52:47
タマ知ってるか
日本に駐留してる米軍の人たちはココイチが大好きで、好きすぎて再入隊(契約延長)の宣誓をココイチの前でやったりするんだ。
まあ、アメリカのメシに比べると美味いもんなあ…
府中だと近所の横田基地の近所のココイチ行くと多分めっちゃアメリカしとるよ。
米軍兵はCoCo壱番屋が好きすぎるのでココイチの前で再入隊の宣誓したりする「本当に大好き」「パッチを作ったりもする」どうしてそんなに…togetter.com - 34二次元好きの匿名さん23/06/28(水) 14:02:28
- 35二次元好きの匿名さん23/06/28(水) 18:20:00
- 36123/06/28(水) 21:17:22
- 37二次元好きの匿名さん23/06/28(水) 21:21:56
前スレの初期からずっと読んでいました
時系列がどんどん進んでいくのにタマの競争人生の最後まで書ききるのだろうかと期待感で溢れています
メシテロ部分は楽しく、それ以外のエピソードでしんみりという緩急がまさに辛さと甘さの混ざり合うカレーのようで
思い描いたことを全て書ききることができるよう応援しています - 38123/06/28(水) 21:31:14
御覧下さいましてありがとうございます
一応構想のようなものはあるのですが、割と行き当たりばったりなスレなので何処まで行くかはまだ未定ですね
自分のやれるだけのことは詰め込みたいと思っていますので、低速進行なスレですがよろしければお付き合い下さい
暇だと過去作も読んで頂けたなら飯テロ補給にはなるかと思います(露骨な宣伝)
- 39二次元好きの匿名さん23/06/29(木) 05:48:56
35ですが
一応無事であることを報告します - 40123/06/29(木) 06:59:54
- 41123/06/29(木) 12:51:15
- 42二次元好きの匿名さん23/06/29(木) 13:10:11
- 43二次元好きの匿名さん23/06/29(木) 16:31:03
最近は15辛の販売も始まったんですよね
先日食べてみたところ10辛よりさらにスパイスの風味が強く、独特な味わいでした
あれはあれで美味しいんですが通常のとは別物と思ったほうがいいかも - 44123/06/29(木) 18:54:24
- 45二次元好きの匿名さん23/06/29(木) 23:11:03
甘口ソースのことは知らんかったなぁ、とび辛スパイスは使ったことあるけど
普段1辛食べてるけど久し振りに2辛チャレンジすっかねえ - 46二次元好きの匿名さん23/06/29(木) 23:14:11
CoCo壱行ったことが無かったけどこのSS読んで気になってきた
久しぶりに食堂以外のカレー食べてみるか - 47二次元好きの匿名さん23/06/30(金) 09:31:19
- 48二次元好きの匿名さん23/06/30(金) 18:56:08
3辛は謹んでお断りさせて頂きたく…
- 49二次元好きの匿名さん23/07/01(土) 06:54:00
おなかすきましたわね
- 50123/07/01(土) 11:25:58
- 51123/07/01(土) 11:29:38
皆様毎度拙作を御覧下さいましてありがとうございます
さて、それでは次回投下日時を予告させて頂きます
明日7/2 21:00頃より投下させて貰いますので、それまでしばらくお待ちください - 52二次元好きの匿名さん23/07/01(土) 20:07:37
保守
- 53二次元好きの匿名さん23/07/02(日) 01:26:17
新作期待保守
- 54二次元好きの匿名さん23/07/02(日) 10:48:11
休みのトレ「昼飯何にすっかな…」
- 55二次元好きの匿名さん23/07/02(日) 14:48:50
- 56123/07/02(日) 20:02:48
- 57123/07/02(日) 20:55:23
皆様お待たせいたしました
それではこれより投下させて頂きます
こんなんじゃダメだ、アタシの理想にはとても届かない
もっと努力しなきゃ、到底望むモノは手に入らない
その為にはもう、自分だけじゃどうしようもない
時間がない!
もうすぐ本番は来てしまうと言うのに!
誰か、こんな時に頼れる人は
そう考える脳裏に、頼れる先輩の顔が浮かんだ
タマモクロスは困惑した
まさかこんな事を頼まれるとは
確かにしおらしげな顔をして
『お久しぶりです、今お時間いいですか?』
と聞いてきたこの後輩に、とりあえず話してみるようにと言ったのは自分だ
しかしこの秋のG1シーズン目前に、現役の自分にまさかこんな話が持ち込まれるとは
現実逃避しそうになる自分を無理矢理抑えつけて、目の前の相手に意識を再び集中する
「タマモ先輩!どうかお願いします!」
「いや、そう言われてもウチも暇やないからなあ……」
「それはわかってます!
でも、もう時間がないんです!
もうタマモ先輩以外に頼れる人が居ないんです!」
「ええー……」
タマモクロスは目の前で必死に頭を下げて頼み込んでくる、モデル業を営む後輩に再度困惑した
『タマモクロス、想いを巻き上げる手助けをする』 - 58123/07/02(日) 20:56:38
ゴールドシチーがトゥインクルシリーズから引退したのは、今年の宝塚記念の後のことだった
シニア2年目の今年、大阪杯を勝利して念願のG12勝目を掴み取り、宝塚記念を7着で終えたゴールドシチーの引退会見での笑顔には、やり切った満足感はあっても悔いはないように見えた
そして今のゴールドシチーはモデル業専業となり、今年度を終えれば卒業することが決まっている
そんなゴールドシチーが秋のG1戦線の開幕直前のこの時期に、一体何をタマモクロスに聞こうというのか
「アタシに、美味しいお弁当の作り方を教えて欲しいんです!!」
「言いたいことは山ほどあるんやけどな?
まずアンタの同室のバンブーは、割と料理得意やなかったか?」
何故そんな事に、G1出走を控えた自分が時間を割かねばならないのか
もっと時間に余裕のある相手はいるだろう?
そんな意志を込めて問い掛けると、ゴールドシチーは一歩も引かない強い目線でタマモクロスに返事をした
「来週末のスプリンターズステークスにバンブー先輩が出走するのは、タマモ先輩もご存じですよね?
アタシはその日にお世話になったバンブー先輩に、お弁当を渡したいんです!」
割と真面目な理由ではあったが、やはり自分に話を持ってくるのは筋違いのように思えた
「……ならバンブーがアカンのはわかった
そしたらユキノはどうや?あの子アンタと仲が良うて料理得意やろ?」
「ユキノも秋華賞前哨戦のクイーンステークスの追い込みに入ってて、そんなことに付き合わせて居られないんです」
ちょっと待て
「おい、そしたらウチやったら『そんな事に』付き合わせて問題ないっちゅうんかい」
思わずタマモクロスがジト目でツッコむと
「タマモ先輩さっき自分で言われましたよね?
『ウチはこの秋ジャパンカップ直行やから、少しなら時間に余裕あるで?』って」
「確かに言うたけどもなぁ……」
自分で墓穴を掘ったことを理解するタマモクロス
いよいよもって断れる口実が無くなってきた - 59123/07/02(日) 20:58:08
「そもそもアレや、なんでそんな話になって、なんでウチを頼ろうと思ったんや?
そこをまず聞かせてくれんかな?」
「え、そこですか……」
あからさまに嫌な顔をするゴールドシチー
「なんや?話せへんような理由あるんか?」
「いえ……、そんなことはないです、お話します」
少し渋りながらも、ゴールドシチーは語り始めた
「元々お料理をアタシに教えてくれてたのは、バンブー先輩だったんですよ
前々からアタシが、苦手な料理を出来るようになりたいって言ってたのに付き合ってくれて、バンブー先輩のお陰でアタシも卵焼きは作れるようになりました」
真剣な眼差しでゴールドシチーは言葉を継ぐ
「でもそこからはあまりアタシの進歩がないまま、トレーニングやモデル業が忙しくなってそのままになっちゃって
バンブー先輩には本当に引退までお世話になったから、何かその分のお返しをしたいとずっと思ってたんですよ
それで、この前モデルの仕事の時に尊敬する事務所の先輩に聞いたんです
何かお礼をするのに良いものはないかって」
思い返すように虚空に目線をやる
「そしたら『私が単独での初めての大きな仕事の時に、プレッシャーで何も食べられなくなっちゃって、撮影前日とかフラフラだったの
その時今のダンナが『体調管理にはコレが一番良いって聞いた』って手作りしてくれたキウイのスムージーが、人生で一番美味しかったし貰って嬉しかった
スムージー飲んでぼろ泣きしたのなんて、あの時だけ
アレで勇気づけて貰ったから、私はここまで頑張れたのよ』って」
虚空を泳いでいた目線が、タマモクロスの目に再び合わされる
「それを聞いて、アタシ思ったんですよ
アタシ達競走ウマ娘にとって、一番の大舞台ってやっぱりG1じゃないですか
そのG1に挑むときに背中を押せるものを渡したい
それにはオグリ先輩じゃないですけど、元気の出るご飯が一番だって思ったんです!
最初に料理を教えてくれたバンブー先輩に、アタシは貴女のお陰でこんなに出来るようになりましたって!
それで、バンブー先輩にお弁当を作るのに頼りになる人ってなると、アタシにはユキノとタマモ先輩しか思いつかなかったんです
長くなりましたがコレが理由です
タマモ先輩!どうかアタシに美味しいお弁当の作り方を教えて下さい!」 - 60123/07/02(日) 20:59:42
そういってもう一度深々と頭を下げるゴールドシチー
そのタマモクロスに向ける眼差しは、怖いほどに真剣だった
「言いたいことはわかった
せやけどそれには幾つか問題があるで?」
「問題ですか?」
「まず一つ
アンタがバンブーのトレーナーなら、G1の前に後輩から貰った弁当食べてるの見て不安にならへんか?
栄養計算とか、消化効率とかを専門の栄養士さんがキチンと考えてるものと違うんやで?」
「う、それは」
たじろぐゴールドシチー
「次に一つ、そこをクリアしても時間がない
アンタが栄養士さんからメニューを教えて貰ったとして、それをキチンと作れるように練習する時間があるか?
専門のプロの人らのマネをせんとアカンのやぞ?」
「……はい」
だんだんと威勢が悪くなっていく
「最後に、それがほんまにバンブーの為になるかどうかや
バンブーの性格からして、アンタが弁当作ってきて喜ばん筈がない
でもそれが果たして、バンブーの最高のパフォーマンスを発揮する手助けになるかならんかはわからん
バンブーが、シチーの弁当を食べて負けるわけにはいかん!と気負って出遅れでもしてみいや?
アンタもバンブーも、お互いに自分のせいやと思って悩んで、調子おかしくするのは目に見えてんで?」
「……はい……」
目に見えてゴールドシチーの耳が垂れ下がる
問題点を列挙される度に顔を曇らせていたゴールドシチーは、最早泣き出しそうな表情でタマモクロスの指摘を噛み締めていた - 61123/07/02(日) 21:00:10
「せやからな、アンタ一人では考えたらアカン」
「え?」
伏せられていた顔が持ち上がる
タマモクロスは悪戯に笑ってゴールドシチーに告げた
「アンタは今は授業と仕事以外はフリーやろ?
せやったらバンブーが風紀委員の仕事なんかで動けへん時に、バンブーのトレーナーに聞きに行ったらええねん
『バンブー先輩にこうやってお礼をしたいんで、何を作ってくるのが一番ええですか?』ってな」
「あっ……」
気がつかなかった、と言うように青い目を見張るゴールドシチー
「それやったら、向こうのトレーナーもアンタが作れる中で、バンブーにとって一番ええものを一緒に考えてくれるやろ
バンブーが変に気負ったりせんように、フォローもしてくれるやろうし」
にこやかにそう告げるタマモクロス
「タマモ先輩……!」
瞳を潤ませて感激するゴールドシチー
「ありがとうございます!早速、明日にでも聞きに行ってきます!」
「それがええと思うで、アンタの気持ち、バンブーにもきっと伝わるわ
……頑張りや」
「はいっ!!」
そういって背筋を伸ばして頭を下げるゴールドシチーの表情は、キラキラと輝いて見えた
それを見てタマモクロスは
”よし、これで事態はウチの手を離れた
すまんなシチー、ウチもジャパンカップに向けて追い込みたいんや”
と表情に出さずに安堵していた - 62123/07/02(日) 21:00:56
そして翌日の夜
「なんでこないなんねん!!」
美浦寮の生徒用キッチンに、タマモクロスのツッコミが響き渡った
「タマモ先輩!ご指導よろしくお願いします!」
エプロン姿でやる気満々のゴールドシチー
「済まないね、タマモクロスさん
色々メニューを考えたんだけど、ゴールドシチーさんが作って一番間違いの無いものは何かってなるとコレなんだよね
そっちのトレーナーにも、話は通してあるから安心してくれよ」
頭をかきながらもどこか面白がっている風情の、バンブーメモリーのトレーナー
「いやあ、そういう目的ならウチのキッチンを貸すのは大歓迎だよ!
バンブーに美味いもの作ってやりなよ!シチー!
タマモ先輩も上手いこと教えてやっておくれよ!」
そしてキッチンを借りるに当たっての監督責任者、美浦寮長ヒシアマゾン
計4人がバンブーメモリーの為に美浦寮のキッチンに勢揃いしていた
なぜ栗東寮でやらないかというと、単純にバンブーメモリーにバレるのを避けるためである
いよいよ話が大きくなってきたのを感じて、タマモクロスはこっそりと溜め息をついた - 63123/07/02(日) 21:01:27
「それじゃあゴールドシチーさん、おさらいだけど作るメニューは単純に卵焼きと梅干しお握りだ
卵焼きは出来るだけ油を使わないで焼くこと
オリーブ油で小さじ1/2以下に抑えて欲しい
レシピは砂糖なしの塩だけ
塩の量は2g以下
卵は新鮮なものでMサイズ1つ
絶対に生や半熟の部分は残さないでね
お握りは海苔を巻かない、塩を振らない、ラップで包むだけ
ご飯は柔らかめに炊いた白米、良く研いで吸水は1時間以上で
中に入れる梅干しはこれ、種を必ず取って、量は5g以下を厳守
メモはとれた?」
「はい!大丈夫です!」
「よろしい、じゃあ後は当日まで練習するだけだ
僕も楽しみにしてるよ~」
バンブーメモリーのトレーナーはそういって、ヒラヒラと手を振りながら帰っていった
ついでにヒシアマゾンも「何かあったら呼んでおくれよ」とだけ残して自室に帰っていった
そして現場には残されたウマ娘が二人
片方にはやる気が、片方にはヤケクソ気味の気合いが漲っているのが見て取れる
「……よし、こうなったらウチもやるだけやったる
シチー!ビシビシ行くで!」
「はい!よろしくお願いします!」
ここにタマモクロスによる、ゴールドシチーの料理指導が幕を開けた - 64123/07/02(日) 21:02:10
「それやと強く握りすぎや!お握りやのうて餅や団子になってまうで!」
タマモクロスがゴールドシチーの握り方を指導する
「はい!こ、こうですか?」
おっかなびっくり肩の力を抜いて、ほわり、とご飯を手のひらで押すようにするゴールドシチー
「それくらいでええ、後は上手いこと手の中で転がして、外側だけ崩れないように握るんや」
「手の中で転がす……ああっ!?」
何度か手の中で向きを変えたお握りは、崩れるように三つに割れてしまった
「あー、割れてしもたか
最初は良くあるんや、慣れたらいけるからもう一回やってみよか」
「はい!お願いします!」
一度や二度の失敗で諦めるものか
ゴールドシチーの青い目は熱く燃えていた
「卵焼きとオムレツの違いがここへ来て出たんか……」
卵焼き鍋の中で、ぐちゃぐちゃのスクランブルエッグ状になった卵を見て、頭を抱えるタマモクロス
「あ、あの、どうしましょう
アタシこんな少ない油だと、上手く巻ける気がしないです……」
ゴールドシチーも自分の出来る卵焼きのやり方と大分異なるため、自信なさげに俯いて答える
頭を抱えていたタマモクロスは、とりあえず切り替えてゴールドシチーに向きなおった
「まず油を半分に分けよか
で、最初半分を卵焼き鍋に引いて、残り半分を後から少しずつ引くんや」
「え?どうやって後から?」
全く判らないという表情のゴールドシチー - 65123/07/02(日) 21:02:39
「皿に油を半分入れといてな、そこにキッチンペーパーを四つ折りにしたものを漬けておくねん
で、残り半分の油で焼き始めるんや」
「?それだと油を分けた意味なくないですか?」
ゴールドシチーの表情が更に訝しげになる
「慌てたらアカン
それでや、卵焼きを焼くときは、オムレツと違うて最初に薄く入れた卵を巻き上げて、それで空いたスペースに残りの卵をまた少し入れて、巻き上げた卵に巻き付けてというのんを繰り返して大きくしていくんや
その、巻き上げて空いたスペースにその都度キッチンペーパーで油を塗ればええ
油を節約する知恵やで」
「巻き上げて、空いたところに塗って卵をいれる……?」
全くわかっていない様子のゴールドシチー
今度は宇宙の神秘を見つめるような表情で、全身に?を飛ばしている
「あー、見てみんとようわからんか
ウチがまずやってみるからよう見ときや」
諦めたようにタマモクロスは、卵焼き鍋を片手にコンロに向かった
「はい!わかりました!」
しゅうー、かつかつかつ
卵焼き鍋に少量の油を引く
中火で充分に予熱したなら、そこへよく溶いた卵液の1/4程度を流し込む
その卵液を鍋の底全面に伸ばして、卵が薄焼き卵状に固まり始めるのを待つ
その間にも、卵焼きが空気を含んででこぼこにならないように、箸の先で気泡を潰して平らにするのは忘れない
「ここからがさっき言うてたポイントや、よう見といて」
「はいっ!」 - 66123/07/02(日) 21:03:08
タマモクロスの箸が大きく動いた
奥側から焼けた卵をペロリとめくって切手ほどの幅に折り畳み、畳んだ端から同じようにクルクルと手前に巻き込んでゆく
「ここを卵の上側が完全に固まる前にやらんと、卵焼きがバラバラになるからな
ええ感じの固まり方を覚えてやらなあかん」
「はいっ!」
手前まで焼けた卵を巻き込んだら、卵焼きを一番奥まで移動させる
卵焼き鍋の手前に何も無いぽっかりと空いた空間が出来た
そして今度は油に漬けていたキッチンペーパーを箸で摑んで、空いたところにするすると油を塗ってゆく
「こうやって油をもう一回ほんの少しだけ引いて、その上にまた卵を流しこむんや」
しゅわー
タマモクロスはそう言いながら、手元にある卵液をまた手前に先程と同じ、1/4量流し込んで広げていく
「後はさっきと同じようにやるんや
手前側の卵の下が焼けたら手前に巻いていく」
そう話しながら箸でまた卵焼きを巻き込んでいくタマモクロス
その手際には一切の淀みは無い
「タマモ先輩……、どうやってこんな技術身に付けたんです?
長年やってる主婦みたいな手際ですよ
タマモ先輩がトレセンに入ったのって、まだ中学生の時でしょ?」
感心するように言うゴールドシチー
それに対してタマモクロスは、卵焼き鍋から目を離さずに答えた
しゅうー
「ウチの実家はな、お母ちゃんが病気してしもて、お父ちゃんがその入院費用稼ぐために働きっぱなしやったから、ウチがチビらの面倒みてたんや」
「え……」
マズいことを言ってしまった
そう言うかのように、ゴールドシチーの顔色が青くなる - 67123/07/02(日) 21:04:08
くるり、くるり
「ウチがトレセン来る前の話や
ウチがレースで勝って仕送りして、入院費用全部払って
で、お母ちゃんが完治してからは普通の一般家庭や」
それを無視して、何事も無かったように淡々と語るタマモクロス
その間にも手は卵焼きを巻き、奧へと押しやり、油を引いて卵液を流し入れる
しゅわー、かつかつかつ
「それでウチはこんな風に色んな料理の仕方やなんやを覚えたり、近所のおばちゃんらに教えてもろたりしてたんや
せやから、アンタがでけへんのは当たり前やねん
気にせんでええ」
その声は本当に何も気にとめていないようで
ゴールドシチーには却ってその事がショックだった
「タマモ先輩……」
「それにウチはこんなチンチクリンやったからアカンかったけどな」
くるり、くるり、ずいっ
「もしアンタがウチの立場やったら、モデル業でウチよりもっと早くに入院費用稼げたかもしれへん
そんなんは人と比べるもんやないで」
ぺた、ぬりぬり、しゅわー、かつかつかつ
クルクルと卵焼きを巻き上げて、油を引いて最後の卵液を流し入れるタマモクロス
その声は素っ気ない口調ではあったが、温かさに満ちているようにゴールドシチーには思えた
「タマモ先輩……!」
くるり、くるり、くるっ、
ゴールドシチーが感極まる間にも、タマモクロスの手はクルクルと卵焼きを巻き上げる
しゅうー、とんとん、ごとん
そして最後に卵焼きの上下を入れ替えて、少しだけ焼いて皿の上へと出した - 68123/07/02(日) 21:05:01
ゴールドシチーがそちらに目をやると、見事な形の卵焼きが皿の上で湯気を上げていた
その形が、タマモクロスの歩んできた道程の努力の結晶のように見えて、ゴールドシチーには何よりもまぶしかった
「さて、無駄話はこれ位にして、アンタもやってみいや
やり方は今見てて判ったやろ?」
淡々とタマモクロスは語り掛ける
ゴールドシチーはそれに思う
”タマモ先輩は、アタシの失礼なんて気にしてないって態度で言ってくれてる
なら、アタシは今はそれに甘えて、ひたすら料理を頑張らないとその気遣いに応えられない!”
「はい!頑張ってみます!」
ゴールドシチーはこれ以上無いほどに真剣な表情でそれに答えた
「で、その結果がこの昼ご飯やねん……」
「だから卵焼きに妙に焦げてるのとか、形がおかしいのがいるんだね……」
昼下がりのトレーナー室
タマモクロスとそのトレーナーは、昨晩のゴールドシチーの奮闘について語り合っていた
その手元には大量のいびつだったり焦げていたりする卵焼きと、固く握りすぎたり、逆に崩壊しそうになっていたりするお握りがそれぞれ入った大型のタッパーウェア
「なんで今週中は、栄養バランスがイマイチやねんけど、これがお昼やで
トレーナーも協力するいうたんなら、食べるん手伝ってや」
「まさか俺にまで回ってくるとはなあ」
「家族なんやから、こういう事も助け合いや」
しれっと返すタマモクロス
多少身柄をあっさりゴールドシチーに売られた事を、根に持っていなくもない - 69123/07/02(日) 21:05:43
「まあ、その通りなんで協力はするけどね
このお握り薄味だから、明日からふりかけでも持ってくるかなあ」
「ウチはのりたまがええなー」
「承りましたよ、お嬢様」
「うむ、良きに計らえっちゅうやつや」
そう笑ってお握りに、もう一度かぶりつく
ゴールドシチーの努力の痕跡であるお握りからは、薄らと中の梅干しの香りが漂っていた
そしてその日の夜も、次の日の夜も、ゴールドシチーの練習は続いた
くるり……くるり……
慎重に、しかし手を止めること無く卵焼きを巻き上げる
ごと、ずっ、ずっ、ずっ
巻き上げた卵焼きを上側にずらす
ぺた、ぬりぬり、しょわー
油をもう一回キッチンペーパーで塗りつけて卵液を流し入れる
ごと、つんつん
卵液が全面に広がるように、平らになるように、卵焼き鍋を傾け、卵が焼ける前に空気の入った部分には、箸で穴を開けて焼き加減を調節してやる
くるり……くるり……
また、卵焼きを巻き上げる
とんとん、くるん
巻き上げた最後に、上下を返して継ぎ目の部分に念入りに火を通す
しゅうー
卵焼きの、焼ける音が小さくなる
”ここだ!” - 70123/07/02(日) 21:06:34
「えいっ」
くるん、とんとんとんとん
もう一度上下を返して、卵焼き鍋を軽く揺すりながら形を整える
そのまま火を止めて、皿の上に卵焼き鍋を持っていく
がちゃ、くるん、ごとん
そっと皿の上に卵焼き鍋を触れさせ、ゆっくりと卵焼きを転がして皿の上へと移す
きれいに皿の上に転がり出た卵焼きは、少し焼き色はついていたものの、きれいな形に焼き上げられていた
ふう、緊張の余り細くなっていた呼吸を元に戻して、大きく一度息を吐く
「タマモ先輩、どうでしょうか?」
卵焼きを見せて、批評をお願いする
これがきっと、今のアタシの最高傑作だ
「ふうむ、形についてはええ感じに出来とるな
色もちょっと焼きすぎな気はするけど、しっかり火を通さないとアカン事考えたらこんなもんやな」
タマモ先輩の講評を神経を張り詰めさせて聞いていく
ここまでは好評価だ
「んで、巻き方も問題なくきっちり巻けとるな
箸で摘まんでも崩れそうになったりもせえへん」
よし、ここまでは出来た
後は、最後のポイントだ
「そしたら、味見さして貰うで」
タマモ先輩が卵焼きを箸で小さく切りとって口に運ぶ
あむん、もぐ、もぐ、もぐ
……ごくん - 71123/07/02(日) 21:06:47
「シチー」
来た!
「はいっ!」
「ようやったな、ウチからしたらこれなら充分にようできとるわ
合格や」
……やった!!!
全身に喜びが広がっていく
思わず叫び出しそうな心と喉を押し殺して、腕でだけガッツポーズ
「うしっ、やった」
やっと、明日が本番という時になってタマモ先輩からの合格が貰えた!!
「ウチはこれならなんの問題も無いと思う
後は明日の朝、作った後にバンブーのトレーナーからOK貰えるかどうかや
そこは完璧には、ウチにはわからん」
タマモ先輩の話に、浮き立った心が真剣さを取り戻していく
「ま、でもこれならアカン事はないやろ
お握りも問題ないし、後は明日の朝寝坊せんようにな?」
そういってニヤリと笑うタマモ先輩に
「先輩、ありがとうございました!」
アタシは精一杯の真心を込めて大きく頭を下げた - 72123/07/02(日) 21:07:19
スプリンターズステークス当日の中山レース場
メインレースの出走者は昼前に検量室にて、URA職員による出走前の勝負服の現認を受ける
規定に違反していないかの確認のためだ
それが終わるとバイタルチェック及び薬物の簡易検査を受けて、そこで問題ないと認められて初めてパドックに立つことが許される
それらが終わったバンブーメモリーは、特に問題なく全てOKを貰った事にホッとしていた
何かURA規定に抵触するようなことをした覚えはないが、『もしも何かがあったら』と思ってしまうのは、G1のパドック待ち時間特有の緊張感が故だろう
更衣室で検査着からジャージに着替えて、ウォームアップ開始の時間を待つバンブーメモリー
彼女にトレーナーが室外から声を掛けてきたのは、そんなタイミングだった
「バンブー、今日の勝負メシ※持ってきたよ」
※勝負メシ(レース出走前に食べる軽食や弁当のこと、食べる前にURA職員によるドーピングチェックを受ける義務がある)
「あ、トレーナーさん!ありがとうございまっす!
今開けますから!」
ウマ娘の中には緊張で食べられないという者それなりにいるが、バンブーメモリーは毎回勝負メシを楽しみにしている側のウマ娘だった
”今日はトレセンの勝負弁当頼んでないし、中山レース場だから名物の塩ラーメン(小サイズ)かモカソフト、後は縁起物のG1焼きが鉄板ッスよね
今日はどれッスかね?”
わくわくしながらドアを開けてトレーナーを招き入れたバンブーメモリーに、トレーナーから手渡されたのは
「はいこれ」
「……え?お握りッスか?」
「うん、お握り弁当」
「いや、それは見たらわかるッスよ……」
小さなタッパーウェアに小分けされた白お握りと卵焼きだった - 73123/07/02(日) 21:07:54
「あれ?今日はトレセンの勝負弁当アタシ頼んでないっすよね?」
「うん、頼んでなかったね」
「……てっきりG1焼きか何かかな、と思ってたッスよ……」
宛てが外れたのか少しガッカリしたようなバンブーメモリーに
「まあまあ、とりあえず食べてみなよ
G1焼きよりこっちの方が御利益あると思うよ?」
トレーナーはニヤニヤと笑いかけた
「……トレーナーさん?なんかヘンなこと考えてませんか?
G1出走前なのに……」
トレーナーの態度を訝しむバンブーメモリーだが、勝負メシ抜きで走るのも何だか収まりが悪い為、とりあえず腰掛けてお握りを食べることにした
「いただきます」
軽く手を合わせてからお握りのラップを外していく
”……?トレセンの調理師さんが握ったにしちゃ、えらく大きさが不揃いッスね?”
なんとはなしの違和感を覚えつつとりあえず一口
あむ
勝負弁当のお握りにありがちな、塩気を感じられない単に握っただけの白お握り
”でも大抵は中になんか具を入れてあるんスよね”
もぐ、もぐ、ごくん、あむ
飲みこんでからもう一口お握りをかじると、口の中に強めの塩気と酸味が広がった
”これは梅お握りッスか
うん、レース前の筋肉の回復の為にはド定番ッスよね”
もぐ、もぐ、ごくん、あむ
口の中に梅の味が残っているうちに、残った部分を口の中へ
もぐ、もぐ、もぐ、ごくん
梅干しの爽やかな酸味と口の中に残る塩分は、白ご飯に程よい風味を付け加えてくれた - 74123/07/02(日) 21:08:47
”さて、そしたら次はこの卵焼きッスけど……
なんかいつもと違って、ちょっと茶色っぽくないッスか?”
いつもの勝負弁当なら、焦げ目一つ無くきれいな黄色一色に焼かれている卵焼き
それが今日の卵焼きは、まるで誰か料理が苦手な人間が作ったかのように、やや焦げ目のついた仕上がりになっている
”やっぱりなんかいつもと違うッスよ、これ
トレーナーさんは何を隠してるんスか?”
ぱきん
疑念を更に深めながら割り箸を割って、卵焼きを口にする
あむ、むにゅ、もく、もく、ごくん
”……シンプル過ぎるくらいシンプルな、塩味の卵焼きッスね……
これはこれで美味しいけど、いつもの甘い味つけの勝負弁当の卵焼きの方がアタシは好きなのに……
これじゃまるで、シチーが前に作ったオムレツみたい、な……?”
その時、バンブーメモリーの中で何かが繋がっていった
─最近仕事でも無いのに帰りの遅い同室の後輩─
─夜遅くに帰ってきて、何をしていたのかを聞いても誤魔化されてばかり─
─以前教えたときに、出来たことに大喜びしていたオムレツ─
─いつもより不揃いなお握り、いつもより焦げ目のついた卵焼き─
─今朝も珍しく自分よりも早起きして部屋を出て行って─
─自分が中山レース場に出発する前には戻ってきて─
─出発するときには『頑張って下さい!アタシも後から応援に行きます!』と声援をくれたシチー─
”まさか、このお握り弁当は” - 75123/07/02(日) 21:09:55
そして、半信半疑で次の卵焼きを持ちあげたその下に
『バンブー先輩、いつもありがとうございます
もう引退したアタシに先輩を手伝える事はほとんどありませんが、少しでも先輩の力になれればと思ってこの弁当を作りました
どうかスプリンターズステークス、勝って下さい!
ゴールドシチーより』
卵焼きを汚さないようラップに厳重に包まれた、シチーの筆圧の強い綺麗な文字で書かれた、緑色のメッセージカードが入っていた
バンブーメモリーが、背筋を伸ばして箸を置いた
そのまま振り向かず、静かに呼び掛ける
「トレーナーさん」
「どうだい、バンブー
今日の勝負メシのお味は?」
そうすっとぼけて聞いてくる己のトレーナーに
「……今まで食べた勝負メシの中で、一番気合いの入る味つけッス!!」
燃え上がるような気迫を漂わせて、バンブーメモリーは元気よく返事をした - 76123/07/02(日) 21:10:51
午後3時過ぎのトレセン学園カフェテリアのテレビ前には、大勢のウマ娘達が群がっていた
中山レース場メインレース
G1スプリンターズステークス
秋のG1戦線の始まりを告げる、中山レース場1200mの電撃戦
パドックからそのレースを皆で見ようとするウマ娘達の中に、タマモクロスの姿もあった
「うわー、皆さん気合い入ってますねー」
「そうデスね、スペちゃんは誰が良さそうに見えますカ?」
「うーん、スプリンターの人達のことはよく解らないですけど、やっぱりヘリオスさんが凄そうかなって思いますね
マイルだけじゃなく、短距離でも実績十分な人ですし」
「オオ、凄く無難な予想デース」
「だってスプリンターの人の事なんてわからないですもん……」
そんな声を聞きながらタマモクロスは
”ええ顔しとるやないか、バンブー”
ただ一人、バンブーメモリーの姿だけを追っていた
「空回りしたら、アカンぞ……」
タマモクロスの呟きは、周りの喧噪に溶けていった
秋晴れの中山レース場に、G1ファンファーレが鳴り響く
落ち着いてゲートに入るバンブーメモリーの姿は、タマモクロスにも一際気合いが入って見えた - 77123/07/02(日) 21:11:14
そしてレースを制したのは
『間を割ってバンブーメモリー!バンブーメモリー!
やったやった、バンブーメモリー1:07:08!!
レコードでの快勝です!!』
安田記念、宝塚記念での敗北の借りを返すように渾身の走りを魅せたバンブーメモリーだった
「バンブーメモリー先輩、凄いキレの末脚デース……」
「本当に凄い差し脚でしたね……
ちょっと怖いくらい……」
「中山の坂で仕掛けて、ド真ん中からバ群を割って差し切り
スプリントでこれは、ちょっと凄過ぎマース
エルの世界最強計画には、この人を超える必要があるンデスネ!
燃えて来ましタ!!」
バンブーメモリーの見せつけた豪脚に大いに沸くカフェテリア
そんな中でタマモクロスは
”おーおー、カメラに映っとるのも気付かんと、ま、しゃあないか”
勝利者インタビューを受けるバンブーメモリーの後ろの方に、最前列で辺りも憚らず大粒の涙を流す、最高の笑顔のゴールドシチーを見つけて思わず笑みをこぼした - 78123/07/02(日) 21:17:28
以上で終了でございます
お楽しみ頂けましたでしょうか?
>>42氏にご提案頂きました内容とは少し違ってしまいましたが、こんなゴールドシチーさんも、ありではないかと個人的には思っています
方向が捻じ曲がりました事につきまして、>>42氏には慎んでお詫び申し上げます
子どもの頃の運動会や、部活の大会などでお弁当を作って貰った、
あるいは配って貰った思い出のある方は多数おられると思います
そんなお弁当の思い出をタマとシチーさんとバンブー先輩に、少し捻った形ではありますが再現して貰いました
皆様の思い出のお弁当はなんですか?
その思い出を少しでも回想する縁としてこのSSを使って頂ければ幸いです
それでは皆様
良き弁当ライフを
- 79123/07/03(月) 05:53:15
朝の保守
- 80二次元好きの匿名さん23/07/03(月) 09:20:16
いいなあ
青春してるなあ - 81二次元好きの匿名さん23/07/03(月) 19:03:41
- 82123/07/03(月) 20:15:19
- 83123/07/03(月) 20:16:36
- 84二次元好きの匿名さん23/07/04(火) 07:00:02
42でリクエストした者ですが想像を超えるクオリティに感動です!
バンブーにお弁当を渡すまでの流れに無理がなく自然に展開していてするすると読めるし料理描写も会話も楽しめました
タマが主人公でもシチーの存在感が強く光っててシチー主人公といってもいいくらいです - 85二次元好きの匿名さん23/07/04(火) 11:32:06
- 86二次元好きの匿名さん23/07/04(火) 20:26:15
- 87123/07/04(火) 21:13:14
- 88二次元好きの匿名さん23/07/05(水) 08:53:27
あさごはん
- 89123/07/05(水) 17:53:56
- 90123/07/05(水) 22:55:54
皆様毎度拙作を御覧下さいましてありがとうございます
さて、それでは次回投下日時を予告させて頂きます
明日7/6 21:00頃より投下させて貰いますので、それまでしばらくお待ちください
次回は通常運行の店探訪の予定です - 91123/07/06(木) 05:54:02
朝の保守
- 92二次元好きの匿名さん23/07/06(木) 13:08:04
昼保守
- 93123/07/06(木) 21:01:25
皆様お待たせいたしました
それではこれより投下させて頂きます
「わからへん……なんで肉の替わりに豆腐の親戚を挟んどるのに、肉のハンバーガーより高くなんねん……」
「きっと『理解できません』ってフラッシュ辺りなら言うよね」
今年のSDT(サマードリームトロフィー):M(マイル)の覇者にして、栗東寮寮長であるフジキセキはそう笑って言った
『 タマモクロス、ハンバーガーの代償を警戒する 』
フジキセキ
栗東寮の寮長を勤めるタマモクロスの一学年下のウマ娘であり、昨年末にトゥインクルシリーズから引退した、『先に居なくなった後輩』でもある
現役期間中は左脚の屈腱炎に悩まされ、長期休養と復帰を繰り返していたフジキセキは、三度目の屈腱炎の再発によりターフを去った
それでも朝日杯、大阪杯、マイルチャンピオンシップとG1を3勝している実力者でもあるフジキセキは、治療後にドリームトロフィーリーグへと進むことが決まっていた
そしてデビュー戦である8月に開催されたサマードリームトロフィーのマイル部門で、フジキセキは華々しく優勝を飾って復活を世間に知らしめたのであった
とあるオフの日曜日の昼過ぎ
そんなフジキセキは、話があるとショッピングモールへ連れ出したタマモクロスに
「タマモ先輩、寮長やってみる気は無い?」
唐突に中々の爆弾発言を投げつけた
「は?寝言は寝てから言うもんやぞ?」
しかしタマモクロスの返答は、塩対応を通り越して暴言と言って良かった - 94123/07/06(木) 21:02:41
ヒドいなあ、とくすくす陽気に笑うフジキセキを胡乱げな目で見て、タマモクロスは反論を再び口にした
「だいたいなんでフジがドリーム行ったんで卒業するからって、学年上のウチが寮長やらなアカンのや」
「全くそうだよねえ、私もそれについては全面的に同意するよ」
「おい」
ならなんでそんな話を振った
そんな思いを目線に込めて睨み付ければ、
「私が選んだ訳じゃ無いさ、寮の関係者の皆さんとたづなさんの意見で出て来た、何人かの候補の一人が貴女だったんだよ、タマモ先輩」
フジキセキはそう苦笑して弁解した
「たづなさんも栗東寮のオッチャンらも、何を考えとるんや……
ウチを寮長にしたかてすぐまた交代になるやろ……」
そういって頭を抱えるタマモクロスを見て、フジキセキは不思議そうに言った
「タマモ先輩、貴女はまだまだトゥインクルシリーズでやるんだろ?
それなら交代って事にはならないんじゃないか?」
「トゥインクルでやるからって、寮に居るとは限らんやろ
シービー見てみいな」
「シービー先輩はねえ……」
再び苦笑いのフジキセキ
「真面目に言うで?
現役期間はともかく、ウチは寮長いうガラちゃうやろ」
至極真面目なタマモクロスの発言は
「え?何を言ってるんだい?」
不思議そうに言うフジキセキにさえぎられた - 95123/07/06(木) 21:03:11
「タマモ先輩くらい世話好きでお人好し、その上に下の世代からも人望のある実力者なんて中々いないよ?
しかも貴女なら、同世代ライバルと言うことでオグリ先輩やクリーク先輩にも物が言えるし、問題児なカワカミやスイープ、フクキタルにも遠慮無く怒れる
更に気難しいゴールドシチーみたいな後輩からも慕われてるとなると、もう先輩かバンブーくらいしか私には次の寮長なんて思いつかないさ」
しれっとそう告げるフジキセキに
「……えらい買い被られたもんやな……」
タマモクロスはそう返すのが精一杯だった
「まあ、タマモ先輩本人がやりたくないと言うなら仕方ないのかな、たづなさんに『本人の意志が固くて駄目でした』って言ってくるさ」
「いや、ウチは有難いんやけどそれでええんか?
次の寮長問題」
フジキセキの気楽そうな様子に思わずツッコむタマモクロス
「そう言うところが寮長向きなとこなんだけどね
でもやりたくないんだろう?」
「ウチはフジみたいに、皆の事を背負って走るいうタイプちゃうからな
ウチの背負えるんは家族と身内くらいのもんや」
「そのタマモ先輩の身内って、相当な人数になってそうなんだけどね
具体的には栗東寮の生徒数くらいに」
「そうかもしらんけど、やっぱり寮長いうのはなあ……
肩書で走るんと違うのは分かってても、いらんこと考えてまいそうやわ」
「駄目かー、まあでも」
そういって笑うフジキセキの表情は、
「寮長なんてのは、やりたくない気持ちがあるのならやらない方が良いのさ
そうじゃないと本人も寮生も不幸だよ」
至極真面目な色を湛えていた - 96123/07/06(木) 21:04:14
「で、ここまでは前置きなんだけどね」
「前置きの時点で、ちょっと話題がヘビーすぎへんか……?」
既にげんなりとした様子のタマモクロス
「タマモ先輩にはね、私の次の寮長のバックアップとフォローをしてもらいたいのさ」
「さっきから話題変わってへん!変わってへんがな!」
しれっとそう宣うフジキセキに思わずツッコむタマモクロス
「真面目な話だよ、次の寮長の候補はさっきも言ったように何人かいるのさ、でもね」
そこで言葉を切ったフジキセキは
「今の栗東寮に、タキオンとフクキタルとシャカール、それとスイープにカワカミ、この全員を抑えておけるウマ娘なんて居ると思うかい……?」
至極真剣な声音でそう問い掛けた
「……無理やな」
「だろう?」
はぁ……
二人の溜息が重なる
「フクキタルだけならドーベルやスズカが居るし、カワカミやスイープは言ってわからない子じゃないんだけどね
タキオンとシャカール、この二人を両方抑えるのは不可能だ」
「その二人はウチでも無理やわ
二人とも他人の手助け欲しがらんもん」
そう断言するタマモクロスを、目映そうにみるフジキセキ - 97123/07/06(木) 21:06:09
「やっぱりタマモ先輩、寮長やってくれないかな?
そこら辺を分かってくれる人材が、まず貴重なんだよ」
フジキセキが秀麗な眉をひそめて、再度タマモクロスに就任を打診する
「無理や言うてるやん……」
「だけど他の候補のポニーちゃん達だと、その辺がちょっとねえ……」
いかにも苦労してます、と言わんばかりの懊悩の表情
耳まで元気なく垂れている辺り芸が細かい
だが、タマモクロスにはその奧の魂胆が読めていた
「もうウチはこれ以上聞かへんで、フジ
この話題にこれ以上踏み込んだら、なし崩しでウチを寮の運営メンバーに入れるつもりやろ」
「ははははは、そう言う聡さがほしいんだよねえ、寮長やる人材には」
微妙に目線を逸らして高らかに笑うフジキセキ
どうやらタマモクロスの疑いは図星だったらしい
「それこそ聡い奴がええならタキオンでええやろ
あの子、何言うとるんかわからへんくらいには賢いで」
「そっちの賢さは寮長には求めて無いんだよ……
と言うかタマモ先輩も判って言ってるだろう?」
今度は泣き落としの様相であるが、タマモクロスにも言い分はある
「皆何でウチをレースに集中させてくれへんのや……
ウチは走って稼ぐ為に中央に来たんであって、皆の世話焼きに来たんちゃうんやぞ……」
「それが貴女の人望ってものだよ、タマモ先輩
良いことじゃないか」
「もっかい言うけどウチはフジみたいに、人からの重荷を喜んで背負う質やないんやで
ウチはウチの身内を支えるだけで手一杯や」
「全く勿体ないね、タマモ先輩だったら、それこそ生徒会でもやっていけるだろう?」
「アンタはやっぱりウチを買い被り過ぎや」
言葉が途切れたのを契機に、互いに目線を合わせて苦笑いを交わす
互いに相手を認めているからこその平行線を走る話題が、どちらもベテランになったと言うことを示しているようにタマモクロスには思えた - 98123/07/06(木) 21:08:32
「やれやれ、じゃあタマモ先輩に振られてしまった事だし、お昼でも食べて帰ろうかな
良ければ一緒にどうだい?
色々巻き込んだお詫びに奢るよ」
「そう言うなら遠慮無くご馳走になるわ……?!」
そこで急に言葉に詰まるタマモクロス
「?何か用事でもあったのかな?」
訝しげに尋ねるフジキセキに
「フジ、食べたから言うて寮長やれとか言い出すんは無しやぞ……」
疑い深く予防線を張るタマモクロス
最近色々と巻き込まれている分、慎重になっているのかも知れない
その及び腰な姿勢を見て
「信用無いなあ、確かに話を振ったのは私だけどさぁ」
フジキセキは今日何度目かの苦笑いを漏らした
缶コーヒー片手に話し込んでいたフードコートの片隅から腰を上げると、昼前の店内はそろそろ混雑しはじめているようだった
「さて、それじゃあタマモ先輩、何処にする?」
「ウチは特に希望はないなー
あ、でもおにぎりは最近食べ過ぎたからいらんわ」
なんだいそれは、と笑いながらフジキセキは辺りを見回す
各店舗の混み具合を観察し、比較的列が早そうな店を物色する
”……あそこかな?”
「私はモスバーガーが良いかなって思うんだけど、構わないかな?」
「ウチは構わへんけど贅沢やなあ
モスバーガーとか前食べたんいつやろか」
「タマモ先輩……もうお母さんは完治して退院してるんだろう?
それなら貴女くらい走って稼いでたら、いくらでもモスバーガー食べられるんじゃないのかな?」
タマモクロスの庶民的過ぎる発言に、呆れたように尋ねるフジキセキ - 99123/07/06(木) 21:09:09
「何を言うとるんや
お母ちゃんも完治して、走って稼げとる今やからこそ、ウチは節約しとかなあかんのや
もしお母ちゃんが病気再発したり、お父ちゃんが仕事で怪我でもしたりしたときに、家族を支えなアカンのはウチやからな
チビ達ももうじき中学生やし、学費は貯めといて損にはならんで」
至極真面目な表情で答えるタマモクロスに
「いやあ……
本当に貴女のその責任感の強さは長所だけど、それで自分を省みないのは短所だよね……」
フジキセキは褒めれば良いのかたしなめれば良いのか判らない、と言った風情でまたも苦笑した
とりあえず二人揃ってモスバーガーの前の列に並ぶ
並びながらメニューの看板を確認するのだが
「なあフジ、あのソイパティってなんや?
なんかオススメみたいに書いとるけど?」
見慣れないメニューに当惑するタマモクロス
「……私も知らないなあ、調べてみようか」
こちらも疑問に思ったか、フジキセキがスマホで検索してみれば
「……『肉を使用しないという挑戦』?」
「……肉の無いハンバーガーに何を挟むんや、トマトか?」
内容に思わずツッコむタマモクロス - 100123/07/06(木) 21:09:56
「えーと、『肉の代わりに大豆を加工したパティで、お肉の苦手なお客様やダイエット中の方にも安心してお召し上がり頂けます
「ファストフードだから不健康」ではなく、健康のバランスを考えて食べて頂ける商品を御用意しました』……
だってさ、タマモ先輩」
ほうほうと感心したようなフジキセキ
それとは対称的に
「大豆を加工したってつまりはそれ、豆腐やお揚げの洋風の親戚やんか
しかもメニュー見とったら、ソイパティ使ってる方が普通のバーガーより20円くらい高くなっとるやん」
呆れたように呟くタマモクロス
「わからへん……なんで肉の替わりに豆腐の親戚を挟んどるのに、肉のハンバーガーより高くなんねん……
ダイエット目的なら最初からバーガーなんか食わんと、ざるそばと豆腐でも食っといたらええやんか……」
と、ダイエット目的なのにハンバーガーを食べに来ると言う、矛盾した行動にツッコミを入れざるを得ない様子である
本格的に困惑するタマモクロスに
「きっと『理解できません』ってフラッシュ辺りなら言うよね」
そういって笑いかけるフジキセキは
「ウチは今まさに理解できてへんわ……」
タマモクロスの混乱を目の当たりにして、今度は笑みを深くした - 101123/07/06(木) 21:11:03
「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりでしょうか?」
「私はモスチーズバーガーのセット、オニポテとアイスコーヒーLサイズで
それと単品でテリヤキチキンバーガーとダブルとびきりトマト&レタス
タマモ先輩は何にする?」
「せやなあ、そしたらモスバーガーのセットをポテトとウーロン茶で
それとホットドッグ一つ」
「タマモ先輩、遠慮しなくていいんだよ?」
「ウチはそんなに食えんわ
それ言うならフジも普段より少な目やないか」
「もう現役じゃないからね、腹八分目を心掛けないと」
「そしたらこれで全部やな、それだけです」
「ありがとうございます、店内でお召し上がりですか?」
「「はい」」
思わずハモった二人に、営業スマイルよりは幾分か深い笑みを投げかけて
「それではこちらのベルでお呼びしますので、少々お待ち下さい!」
元気よく店員のお姉さんは返事をしてくれた
「……今のはちょっと恥ずかしかったわ……」
軽くこぼすタマモクロスに
「バラエティ的には、美味しいタイミングじゃないのかな?」
そうにやにやと疑問を投げかけるフジキセキ
「ウチは芸人ちゃうっちゅうねん、皆がフジみたいにエンターテイナーやって暮らしてないんや」
「タマモ先輩も十分素質あると思うんだけどね」
割と本気で言っているような表情だけに質が悪い - 102123/07/06(木) 21:12:17
「そういうのんは、走れんようになってから考えるわ」
「そうなると行く末は●沼●美子路線かな?」
「なんで関東(こっち)出身のフジが、あのオバチャンをしっとるんや……?」
「たまに母さんもバラエティ番組に出るからね
偶然見てた時に一緒に出てたのさ
私ももしかしたら、どこかで共演する事があるかも知れないしね」
「レースもそうやけど、割とコネ社会やな芸能界も」
「そんなに広くない業界だしね」
ぐだぐだと無駄話をしていると
ブーン、ブーン、ブーン、ブーン
唐突に呼び出しベルが振動し始めたのを見て、二人はハンバーガーを取りに行くことにした
それぞれのトレイに山盛になったハンバーガーを持って帰って着席
「それじゃあ」
「せやな」
「「いただきます」」
タマモクロスの目の前に広がるのは、ウーロン茶とポテトをお供に従えたモスバーガーと、その隣にふてぶてしく横たわるホットドッグ
”こう見ると中々に壮観やな
フジ程やないけど”
テーブルの向かいには、にこやかに野菜をたっぷり挟んだダブルバーガーにかぶりつくフジキセキ
そちらをチラリと見ながらこちらはまずアツアツの揚げたてポテトに手を付ける
指をやけどしないように慎重に摘まみ上げ、口許へ
しゃくり、ぱり、ほろ、ほく、ほく、しゅり、ごくん
アツアツの皮の部分を歯で噛み破れば、ホロリと火の通ったポテトの欠片が口内に散らばる
それと共に感じるのは、じゃがいも本来の土の香りと、ぱらりと振られた塩の味
熱さを宥めるように口の中でその欠片を転がせば、塩気とじゃがいものじんわりとしたうまみと甘味が馴染んで、ホッとするような、もっと欲しくなるような、フライドポテトの味になる - 103123/07/06(木) 21:13:16
”この熱い内のポテトいうのはやっぱり美味いなあ
言うてしもたら焼いたイモに塩振ってるのと変わらんのやけど、揚げとるから油の甘味と外の皮のぱりぱりが加わって、間違いのない味になっとる”
うんうんと久々のポテトを堪能しながらもう一口
しゃくり、しゃくり、ほろ、ほく、ほろ、ほく、……ごくん
今度もポテトは間違いのない味で、タマモクロスの舌を喜ばせてくれた
ずぞー
ポテトで熱くなった口内をウーロン茶で軽く冷やして、次の獲物へ手を伸ばす
ずっしりと重たいモスバーガーを持ち上げて、ソースがこぼれないよう慎重に包装紙を剥がしていく
”このミートソースがこぼれると悲惨やからな、気をつけとかんと”
ゆっくりと包みを開けば、その中からは茶色いバンズの間にボリューミーなパティと大振りなトマトを挟み、たっぷりとモスバーガー最大の特徴であるミートソースをまとった本体が姿を現した
”おー、久しぶりやけど大迫力なのは変わらんなー”
がっしりとバンズや具がズレないようにモスバーガーを持ち直し、大口を開けて一気にかぶりつく - 104123/07/06(木) 21:13:53
あんぐり、わしっ、ずにゅ、しゃりっ、ぐにっ、ずぬぬぬぬ、ぐいっ
かぶりついてみればまず感じるのはバンズのフワフワとした軽い食感
普通のパンよりも些か軽く感じるのは、中身が重たい故の錯覚なのだろうか?
続いて歯に当たるのは大振りに輪切りにされた新鮮なトマト
暖かいバンズを通り抜けた歯が、トマト表面の冷たさで一瞬身震いするような感覚を覚えるが、それはかじりすすむに従って感じる熱で相殺されてゆく
そのままトマトを突き抜けると次にあるのは、圧倒的な熱量を秘めてトマトをも温めた大量のミートソース
口の中が閉じる前から溢れるようなミートソースの熱気と酸味、旨みで満たされてゆく
その直下にはこれまた大量の玉ねぎのみじん切りを内包したマヨネーズの層
ミートソースに比べると目立たない存在ではあるが、このマヨネーズと玉ねぎがないとハンバーガー全体のバランスがとれない、重要な縁の下の力持ちである
それらの家臣団をくぐり抜けた先に待つのが、ミートソースに負けないほどの熱を放つ肉々しいパティ
いかにも肉を食べている、と言う実感をもたらすその存在感はやはりパティこそがハンバーガーの主役であると主張し、吠え猛るようだ
かつん
そのパティの中央で、上下の前歯が合わさると同時に引き抜くようにしてかじったモスバーガーを文字通り食い千切る
首ごと引き抜くようにして一口分をかじりとる、この大型バーガー特有の荒々しい快感
”モスバーガーの醍醐味はこのへんやなあ
ビッグマックなんかでも似たような感じはあるけど、あっちは中身が全部薄い作りやから、サンドイッチのごっついのをかじるみたいになるからなあ” - 105123/07/06(木) 21:14:25
もしゃ、もしゃ、口いっぱいに頬張ったモスバーガーを咀嚼する
まず口内を支配するのは、噛み切る途中から侵攻を開始していたミートソースの酸味と旨み
そこにトマトの酸味と冷たさが絡みつき、玉ねぎとマヨネーズの風味がまろやかなコクとシャリシャリした清涼感を添える
その混沌そのものたるソースの味の沃野に、パティから溢れだした肉汁と脂の反攻がやって来る
肉の旨みと脂の甘味、そしてパティを噛みつぶす度に感じる粗挽きの肉を噛む事で生じる新たな旨みとスパイスの香りの援軍
パティ由来のハンバーグの美味さそのものを叩きつけてくるような、強烈な反撃
しかしソースの側も負けてはいない
マヨネーズを取り込んだミートソースはまろやかな柔らかさとコクの深さで肉の美味さを包み込み、トマトの果肉とタマネギの食感がその涼やかさ、瑞々しさで肉の猛々しさを鎮めていく
そして一体となった具材の旨みはバンズの軽さの中に確かにある小麦の香りに受け止められて、
混沌そのものであった口内はミートソースの風味という、一つの秩序を持った勢力にまとめられてゆく
今ここにモスバーガー国内の天下統一は成されたのだ
存分にモスバーガーを咀嚼し、口内の秩序の形成を確認したならば、次はそれをウーロン茶の助けを借りてゴクリと飲み込んでゆく
様々な旨みの要素の固まりとなったモスバーガーが、甘味の無いすっきりとしたウーロン茶と共に胃へと雪崩れ込んでゆく
そして口内に残るは僅かなソースの味の残り香とウーロン茶の風味だけ
栄華を極めた宮殿の廃墟をみるような、重層的な味のビッグバンドが一度に押し寄せてくる快感とその後味
その落差を感じて再度モスバーガーにかじりつく
今度はソースの多い辺りを、その次は敢えてソースの少ない、肉ばかりの辺りを、その次はトマトが大目の部分を、と様々な比率で味の変奏曲を試す度に、モスバーガーは律儀にそれに答えてくれた
気がつけば手の中には僅か一口分のバーガーと、マヨネーズと混ざりきったオレンジがかった大量の残りソースのみ
もう一度ウーロン茶で口内をさっぱりとさせて、
最期には大量のソースをまぶしつけて、モスバーガーという一つの国家の興亡をみるかのようにあんぐりと飲み込む
口内へと消えた最期のモスバーガーは、これこそが我が望みとでも言うようにパティとソースの美味さを盛大にまき散らして胃の中へ去って行った - 106123/07/06(木) 21:14:58
ふう
まずモスバーガーを食べ終えて一息吐く
眼前に残るは、ホットドッグと少量のポテトのみ
ここは一気呵成に攻めたててホットドッグを制圧するべきか?
いやその前に大事なことを忘れてはならない
モスバーガーを食べ終わった後のソースには、重大な使命があるのだ
冷めたポテトを1つ手に取り、おもむろに残ったモスバーガーのソースの中へと突っ込む
このソースとポテトの相性が抜群であることは、モスバーガーを利用した事のあるものならば皆が知るところである
わくわくと総身にオレンジのソースを纏わり付かせたポテトを口にする
口内にまず感じるのはポテトの風味と共にソースの酸味とコク、そして中に含まれるタマネギのシャリ感がポテトの中身と好対照を成して、この時ポテトはフライドポテトという枠すら飛び越えて、言わば複雑なトマト味のポテトサラダとでも言うような蠱惑的な一面を見せる
”ほんまこの味付けでポテトサラダ作れたら、一財産いけそうやで
このソースとマヨネーズが混ざったら、こんなに肉だけやのうてポテトにも合うなんちゅうことは、作っとる人らも気づいてなかったんちゃうか?”
しっかり堪能して、ポテトがなくなったのをみてから最後にホットドッグへと手を伸ばす - 107123/07/06(木) 21:15:52
先程までのモスバーガーと比べてこちらの構成はシンプルだ
軽く焼かれた細いコッペパンの上にこちらもパリッと焼けたソーセージが一本
その上にケチャップ、マスタード、タマネギのみじん切りをたっぷり散らしてある古典的なスタイルである
しかしシンプルだからといってそれは味の善し悪しには関係ない
それを承知した上で、タマモクロスは大きく口を開いてホットドッグに食いついた
がぶり、ぬるん、しゃりっ、ぶつぶつっ、ばつん、もそっ、ぶちり
”おー、やっぱり味付けはシンプルやけど、モスバーガーのソーセージはほんま歯応えがええなあ”
噛みついてまず感じるのはケチャップの甘味とマスタードの酸味と少しの辛み、そしてタマネギの潰れる感触
その下から現れてくるソーセージにおもむろに歯を立てる
ぎしっ
香ばしく焼けたソーセージの皮は、最初は鎧のように歯を正面から受け止める
中の肉を、肉汁を、脂を漏らさぬように、抜き取られぬようにと門番の如く歯の前に立ちはだかる番人
それを顎に力をこめて、諸共に食い千切る!
ぶつぶつっ
皮の表面に歯の先が食い込む感触、防衛線にほころびが見える
そして更に力を込めるとソーセージは皮の切れ目同士が連携するようにつながってあっさりと中の肉をさらけ出し、そのまま歯で食い切られるがままに、ばつんと2つに折れた
城壁が崩壊し、一気に口内に流れ出してくる肉汁を、感じながら、ソーセージの周囲のコッペパンも共にもそりと噛みちぎる
そして口を閉じようとするが、ソーセージは最期の抵抗と言わんばかりに、僅かに皮をまだ繋げていた
そのレジスタンス達の最後の砦をもぶちり、と歯で噛み切って口内でホットドッグを咀嚼する - 108123/07/06(木) 21:16:41
噛み切られたソーセージはそれでもなお、とぶちりぶつんと最大限の歯応えで皮を噛み切られるのに抵抗しつつ、リズミカルに歯を受け入れる
そんなソーセージから出てくる肉の風味と肉汁が、先程から口内へ広がるケチャップとマスタードの混ざりきった酸味と甘味と、タマネギの僅かな清涼感に受け止められて、口の中が幸福で満たされていく
その幸福はコッペパンに染み込む事により更に増幅され、もっともっとと次を欲して止まない
”噛めば噛むほど味が出るのは良いソーセージの特徴なんやったっけか
前にファルコンが言うとったなあ
その伝でいくと、これは結構ええソーセージ使っとるんやな”
がぶり、ぶつん
欲望に突き動かされるままに、どんどんとホットドッグを食べ進める
ソーセージの歯応えがその道行きをばつんぶちんと8ビートで賑やかせば、
ケチャップとマスタードの時折ツンと鼻にくる辛みとソーセージの味を増幅する甘味と酸味は、リズム隊の上を走り抜けるギターのように様々な感情を掻き乱す
そしてそれらの味わいは全てコッペパンに受け止められて、確かな美味という即興演奏として口内を暴れ狂った後に胃へと降りていった
あぐり
もしゃ、ばつん、ぶつ、ばつん、しゃりっ、もぐ、もぐ、……ごくん
ホットドッグ最後の一切れを口にして、良く咀嚼して飲み込む
最期にグラスの底に少量残っていたウーロン茶を飲み干して、ほうっ、と一息吐く
久しぶりのモスバーガーの食事は、いかにもなジャンクフードの満足感と、ボリューミーな肉を食べる快感を思い出させてくれた
前を見ると、フジキセキももう少しで食べ終わるようだ
もう一度ほぼ空のウーロン茶の最後のしずくを飲み干して、タマモクロスは何となく一仕事を終えた気持ちになった
「「ごちそうさまでした」」
二人見交わした目線は、互いに満足したことを証明するようだった - 109123/07/06(木) 21:17:09
食べ終えてのトレセンまでの帰り道
フジキセキはもう寮の話をしようとはしなかったが、それはそれとしてそちらに気をとられて居る様子なのは間違いなかった
そして帰寮した二人が見たのは
「お慈悲を~っ!!お慈悲を下さいーっ!!」
「駄目ッス、慈悲はもうやれないッス!!
良いっスか、フクキタル
アンタが溜め込んだこの開運グッズという名前の粗大ゴミの雪崩で、タンホイザが1回、スズカが1回、そして今度はエアグルーヴが怪我してるんスよ!?
これはもう見過ごせないッス!
多少越権かも知れないッスが、風紀委員の名にかけてこのゴミ屋敷は始末するッス!!」
問題児その1と、次期寮長候補との揉め事だった
「タマモ先輩、私はこれに手を貸した方が良いのかな?」
「だからウチを寮長候補にするのはやめーや
今の寮長はフジなんやから、行って止めないとしゃあないんと違うかなあ」
「仕方ないよねえ……
ほら、バンブー、何をしてるんだい?
フクキタルも、これは君の開運グッズだろう?何でこんな事になってるんだい?」
「見ての通りッス!フクキタルの溜め込んだ開運グッズのせいで、さっき片づけようとしたエアグルーヴが転んで脚を怪我したんすよ!」
「フジさん!!お慈悲をおおぉ!お慈悲を下さいいいぃ!
この開運グッズ無しで次のレースに勝てとか、そりゃ無茶ってもんですよううう!!
どうかバンブー先輩の説得をおおおお!!!」
二人に挟まれ、ぎゃいぎゃいとうるさい両方の主張を聞いているフジキセキの姿を見て
”うん、やっぱしウチが背負い込めるのは身内までやな!”
タマモクロスは自分はレースに集中しようという決意を、更に固くした - 110123/07/06(木) 21:24:23
以上で終了でございます
お楽しみ頂けましたでしょうか?
前回、前々回と真面目な話が続いたので原点に立ち返って今回は軽めのお話を御用意しました
とりあえずオチをつけたい時のフクキタルは本当に便利
古事記にも書いてある
さて、今回の店舗についてですが、
モスバーガー、美味しいですよね
昔初めて食べたときに衝撃を覚えて以来、何年経っても>>1の大好物です
ここしばらくはフレッシュネスや各種カフェ等の同路線ライバルの増加や、
マクドナルド、ケンタッキーと言った大手ファーストフードの巻き返し等により苦戦しているモスバーガーですが、
これからも独自路線を貫いて美味しいハンバーガーを届けてほしいものです
……あ、でも●ムドムのマネだけはやめといた方が良いと思います>独自路線
それでは今回もお付き合い頂きましてありがとうございました
では皆様
良きモスバーガーライフを
- 111二次元好きの匿名さん23/07/07(金) 01:42:43
新作ありがとうございます
モス大好き
チリドッグが一番好きなんだけどあのソーセージが本当に美味しくて描写に「そうそうそれ!」と頷くばかり
ポテトにソースつけるお約束も回収されててこれは完璧なモスの作法ですね
(タマとフジという滅多に見ない組み合わせは新鮮
寮長として皆に慕われるフジが先輩として頼れる貴重な人材であるタマの存在のありがたさですね
生徒会程大袈裟でもなく顔が広く実績もあり…とフジの目の付け所は確かだった) - 112二次元好きの匿名さん23/07/07(金) 07:02:05
このレスは削除されています
- 113123/07/07(金) 07:06:54
御覧下さいましてありがとうございます
チリドッグ美味しいですよね
他にもスパイシーモスバーガーやライスバーガーなんかのメニューもありますが、辛いものを出すとタマトレが顔を出してきそうなので、今回は王道メニューにさせて貰いました
モスバーガーを頼んだのならソースをポテトにつけるのは国民の義務だと信じています
フジキセキってシナリオ見ていくと、案外深い付き合いのウマ娘が少ない印象になるんですよね
その分誰と絡ませても違和感が出ないので、もっと軽率に出してもいけるんじゃないかと思っています - 114123/07/07(金) 18:41:29
- 115123/07/08(土) 01:57:49
保守
- 116123/07/08(土) 12:48:22
昼の保守
次回は今のところ順調に書けてますが、取材先が遠いので雨だと億劫なのが難点ですな - 117二次元好きの匿名さん23/07/09(日) 00:14:20
- 118二次元好きの匿名さん23/07/09(日) 11:59:17
昼飯保守
- 119二次元好きの匿名さん23/07/09(日) 12:01:59
保守
- 120123/07/09(日) 15:24:28
皆様毎度拙作を御覧下さいましてありがとうございます
さて、それでは次回投下日時を予告させて頂きます
本日7/ 9 21:00頃より投下させて貰いますので、それまでしばらくお待ちください - 121123/07/09(日) 20:57:58
皆様お待たせいたしました
それではこれより投下させて頂きます
長い間渇望した瞬間だった
『最内突いてヤエノムテキ!オグリキャップは来るのか! バンブーメモリー来た!バンブー来た!』
目の前でチャンスが遠ざかっていく辛さは、もういらないとずっと思っていたはずだった
『オグリはどうだ!オグリはどうだ!
メジロアルダンも来ている!メジロアルダンも来ている!
メジロアルダン凄い脚だ!』
私は、私が『終わった』ウマ娘では無いと証明するこの瞬間の為にひたすらに努力してきたはずだった
『 バンブー!そしてメジロアルダン!7番のヤエノムテキ! ヤエノムテキ!』
皐月賞バとして、胸を張って世代の代表の一人を名乗る為に、雌伏の時を過ごして来たはずだった
『ヤエノムテキ!メジロアルダン! 並んでゴールイン!並んでゴールイン! どうやらアルダンは2番手!』
その末にやっと摑んだこの勝利は
『皐月賞を制したこの府中の2000で、ヤエノムテキ、また暴れました!』
私にとって、最高の結果に終わった
……それならば、どれ程に良かったのだろうか…… - 122123/07/09(日) 20:58:45
【天皇賞・秋、波乱の決着!!
オグリキャップ不調の原因は!?】
【敗因は調整失敗だけでは無い!?
オグリキャップ引退危機か!?】
【ドキュメント・24時間密着取材
オグリキャップ、天皇賞・秋に挑む
来週放送予定!乞うご期待!!】
……私は、本当に、このレースに勝てたのだろうか……?
『 タマモクロス、後輩にカツを入れる:上 』
ガラリ
タマモクロスは無言でトレーナー室のドアを開いた
「おはよう、タマ
……タマ?」
「…………」
そのまま無言でずかずかとトレーナー室奧の冷蔵庫に向かう
がちゃ
冷蔵庫を開いて中からスポーツ飲料のペットボトルを一本取り出す
かしゅ
ぐいっ
ゴッゴッゴッゴッゴッゴッ
そのまま蓋を開けて、荒々しく一気に飲み干してゆく
その完全に絞られきった耳と苛立ちを隠せない後ろ姿を見て、トレーナーはタマモクロスの不機嫌の原因に思い至った - 123123/07/09(日) 21:00:03
「天皇賞かな、タマ?」
トン
飲み干したペットボトルを冷蔵庫の隣の流しに置く
フー
そのまま深く長い息を吐いて
「マスコミ共は何をやっとるんやぁ!!!!
それを止めようとせんかったURAもトレーナーもオグリ本人も、アホなんちゃうかぁぁぁ!!!?」
雷でも落ちたかと言う勢いで、タマモクロスは己の怒りをぶちまけた
ふー、ふー、ふー、
「タマ、落ち着いた?」
「ウチは冷静や」
口ではそういうものの険を隠せない目つきと、まだ絞られている耳とが、タマモクロスの内心をあからさまに表していた
昨日行われた天皇賞・秋の前に、夏合宿をやっていた宿舎でオグリキャップがミニキャンプをやるという話は、タマモクロスもトレーナーも聞いていた
だがそのトレーニングキャンプの実体はテレビ局の24時間密着取材であり、天皇賞・秋に出て来たオグリキャップは誰がどう見ても調整を失敗していた
そうなれば、オグリキャップを1番のライバルとして意識しているタマモクロスとしては、テレビ局とトレーナー、そして取材を許可したURA広報部に怒りの矛先が向くのは自然な感情だった - 124123/07/09(日) 21:01:04
「何を考えとるんや!
あのオグリが取材受けたからって、飯食えなくてやつれてるとかありえへん!
緊張しようがプレッシャー受けようが、飯はいつでもおひつ3杯行く女やぞ、オグリは!?
テレビ局は一体何をやらかしよったんや?!」
未だに絞られっぱなしの耳に更に力が入っていく
際限なく上がる怒りのボルテージに、トレーナーも気圧され気味だ
「落ち着いて、タマ」
「ウチは冷静や、単にオグリとオグリのトレーナーとURA広報部のアホさにキレとるだけや」
据わった目でそう言い返されてしまえば、トレーナーに今出来ることは無かった
「……実際なんだったんだろうね、あのオグリキャップが、あそこまで憔悴した状態でレースに出てくるなんて
去年の天皇賞・秋、マイルCSからのジャパンカップ連闘やっても、多少調子悪い位で済んでたオグリキャップがアレだもんな」
「去年のアレを見てるからこそ信じられへん
オグリのトレーナーは体調管理についてはピカイチの腕前や
アンタには悪いけど、ウチはあのトレーナーのそこの手腕は日本一やと思うとる」
「実際それについては否定する要素も無いしね」
苦笑いするトレーナーに、済まなそうな表情をむけるタマモクロス
しかしその舌鋒は止まらない
「オグリ本人にも説教したろうと思っとったんやけどな
昨日の晩帰ってきて顔を見たら、頬はこけとるし目は虚ろ、耳は垂れるどころか潰れとる、尻尾の毛並も色艶最悪、もう一目見てどないしょうもない状態や
そんな時に何いうてもアカンから、オグリは枕元にバナナと麦茶だけ置いて部屋で寝かせてきたわ」
目の前にテレビ局のクルーがいたなら確実にタダでは済まなかっただろう、そんな剣呑な雰囲気でタマモクロスは語り続ける
「それでロビーに降りてきたらなんやアレは!
テレビも新聞もオグリ不調一色やないか!!
なんで勝ったヤエノも、負けて尚強しの2着のアルダンも、スプリンターから天皇賞・秋で3着に粘ったバンブーも、影も形もないんや!!
ふざけとるんちゃうぞ!
大概にせえよコラァ!!!」
轟
再度雷鳴のような怒りを響かせるタマモクロス
その小柄な体躯に見合わない声量で、窓ガラスがびりびりと振動する - 125123/07/09(日) 21:01:59
フーッ、フーッ、フーッ
まだ冷めやらぬ怒りを圧し殺して虚空を睨む
その姿はまるで、子供を傷つけられた野生の母虎の嚇怒のようだった
「それでもう、腹立ってしゃあないからここでトレーニングまでふて寝するつもりやったんや
うるさくしてすまんな、トレーナー」
「別に構やしないよ、俺達トレーナーもアレを見ちゃうと『何をやらかしたんだ?!』となったしね」
そう返すトレーナーだが、実際に昨日の天皇賞が終わった後の騒ぎは酷かった
ゴール後のヤエノムテキへのインタビューが終わると同時に、シンボリルドルフのトレーナーからのテレビ局とURA広報部に提出する抗議文への署名協力依頼の電話と、本文のひな形のメールが届くわ
スーパークリークのトレーナーから、オグリキャップの近況を確認するUMAINメッセージが鬼連投されるわ
トドメに二人揃って完全にブチ切れたイナリワンとそのトレーナーが、『今からテレビ局にカチコミかけるからついてこい』と言い出したのを、ゴールドシチーのトレーナーと二人がかりで深夜まで説得にあたったのは本当に大変だった
特にイナリワンは練習中の捻挫で天皇賞を回避しているのに、ジャパンカップを控えて血気盛ん過ぎるのは本当にどうかと思った
そんな苦労の跡は担当に見せるものでは無い、と何食わぬ顔で事務仕事に励むトレーナーだったが、彼とてマスコミに対して思うところは大量にあった
特に昨日の晩に当人達に事情聴取していたシンボリルドルフとそのトレーナーから聞かされた内容は、イナリワン達と共にカチコミしてやろうかと一瞬とは言え真剣に考える程のものであった - 126123/07/09(日) 21:02:43
『24時間密着取材だから、と言って練習中のみならず起床から就寝までどころか、本当にオグリキャップの部屋の前に24時間カメラを置いて撮影していたようでな
オグリキャップのプライバシー等、トイレとシャワー中と寝ているとき以外全く無かったようだ
悪いことにオグリキャップのトレーナーが抗議してもオグリキャップ本人が
「これで私のファンの人達や、カサマツの皆が喜んでくれるなら受け容れる」
と初日に言ってしまっていたのを逆手にとられて、もう撮影班のやりたい放題だったようだ
この件については、ルドルフと理事長を中心に意見をまとめてテレビ局とURA本部に厳重な抗議を行うから、くれぐれもウマ娘やトレーナー個人の暴走は食い止めて欲しい
君を見込んで頼む
これ以上マスコミに好き勝手させないために口実を与えないように動いてくれ』
「これがウマ娘達に漏れたら、もう一騒動あるのは目に見えてるよなあ……
タマはともかく、俺はえらく買い被られてるなあ……」
宙に浮いたぼやきは幸いなことに、仕事の雑音に紛れてタマモクロスには届いていないようだった - 127123/07/09(日) 21:03:43
その日のトレーニング中も、グラウンドのみならずトレセン学園全体に、何とはなしの不穏な空気が広がっていた
そんな中で集中して追い込むことなど出来るはずもなく、タマモクロスの今日のトレーニングはかなり早いタイミングで終わりとなってしまった
”オグリはもう目を覚ましたやろか
普段のオグリならあれっぽっちのバナナだけで足りるはずがないんやけど、今のオグリの調子はどうなんやろうか?”
シャワーを終えて髪を乾かしながらも、タマモクロスの心配は絶えない
普段ならのんびりと出来るはずのシャワー後のリラックスタイムですら、周りの空気に押し流されて不穏さを増していくようだった
身繕いを終え、トレーナーと別れて寮へ帰る
その道行きに
「……ヤエノ……?」
途方に暮れたようにベンチに座る、天皇賞・秋の勝者の姿があった
「……タマモさんですか……、お疲れさまです」
ジャージ姿でそうタマモクロスに挨拶をするその表情は暗く、とても昨日大レースを1年半振りに勝利した栄えある勝者の姿には見えなかった
”酷い顔やな”
タマモクロスは最初にそう思った
天皇賞・秋という大一番を勝利して、本来ならば栄光の中にいるはずの彼女は
”まるで、斜行か何かで勝ったレースで降着させられたみたいな、後悔だらけの顔をしとる”
挨拶を交わしたっきり何も言わないタマモクロスに、普段通りの口数は少なくとも武道家らしく目配りの効く彼女なら、『タマモさん、どうかしましたか?』という程度のことは聞いてくるだろう
それすら出てこない辺り、今のヤエノムテキの意識の大部分は何かに占められているのだろう - 128123/07/09(日) 21:04:21
それは、今朝からのオグリキャップについての報道と、校内を駆け巡る取材班への悪い噂
そして、それにより悪意無く醸成されてしまった
『オグリキャップはマスコミによる被害のせいで天皇賞・秋を勝てなかった
本来ならばオグリキャップが勝っていた』
という勝者への最大級の侮蔑を容認するような空気感そのものに他ならないだろうと言うことは、タマモクロスにも簡単に推察できることだった
「ヤエノ、まず言わせて貰うわ
天皇賞、おめでとうさん
ウチもテレビで見とったけど、ええ根性見せた差し脚やったで」
ピクリ、とヤエノムテキが反応した
「……ありがとう、ございます」
返事がぎこちない
「それで、アンタがええ勝ち方しとったからこそ言わせて貰うわ
アンタこんなとこで何やっとるんや」
「……え?」
ヤエノムテキが、意表を突かれたように俯いていた顔を上げた
「アンタは昨日の天皇賞で、誰にも文句を言われへん差し切り勝ちで優勝したんや
そんなアンタが喜びもせんと、勝利を誇りもせんと、こんなとこで落ち込んでてどないするんや」
いっそ冷酷と言ってしまって良いほどに、厳しい声音だった
タマモクロスの正面からの叱咤に、ヤエノムテキが何かを言おうとするが
「そんな事で、アンタに勝ちきられたアルダンやバンブーが納得出来るんか?」
その言葉に、ヤエノムテキは目を見開いた - 129123/07/09(日) 21:05:46
「思い出したか?G1で勝てんかった悔しさを?
天皇賞勝ったアンタには、他の16人の分の悔しさを背負って行く義務がある
そんな事は皐月賞勝った時点で知ってたやろ?」
タマモクロスの言葉に昏いものが蘇る
それは長い長い苦闘の記憶
その一歩目
毎日杯でたかが地方ウマ娘とどこか侮っていたオグリキャップに完敗し、皐月賞は抽選を潜り抜けての出走となった
その皐月賞で勝利して、周囲の侮る目線を跳ね返したかと思えば、『オグリキャップがいないから』『オグリキャップに完敗したウマ娘が皐月賞』と色眼鏡で見られ、
ならばと挑んだ日本ダービーでは、サクラチヨノオーの一世一代の激走に敗れ、
今度こそと鍛えに鍛えた夏合宿を越えた菊花賞では、スーパークリークに手も足も出ず
そして見た、オグリキャップとタマモクロスがしのぎを削る天皇賞・秋
ここでオグリキャップも『最強』ではないと言う暗い安堵を覚えなかったと言えば嘘になる
しかしその後の有馬記念
タマモクロスの猛追をしのぎきって勝ちきったオグリキャップを見て絶望した
例え現役最強でも、この怪物は倒せないのか、と
それからの1年半、暗い泥濘の中をひたすらに藻搔くような苦悩の日々
宝塚記念 7着
天皇賞・秋 4着
有馬記念 6着
安田記念 2着
宝塚記念 3着 - 130123/07/09(日) 21:07:05
もう、G1で勝つ事は出来ないのか
格付けは終わってしまったのか
そんな悪夢を振り払うためにもう一度、何も考えず我武者羅に鍛え込んだ三度目の夏合宿を越えて
タマモクロスはジャパンカップに直行した
スーパークリークは腱靭帯炎の療養で休養した
イナリワンは練習中の怪我で回避した
大チャンスが来た
そう思った
そして天皇賞・秋の当日
パドックで、憔悴しているオグリキャップの姿を見て愕然とした
だが、これで勝てないのなら、もう私は競争ウマ娘として生きていけないと思った
そこから、ゲートが開いて、中段に位置取ってじっとチャンスを待って
最終直線残り400m、前が空いた時に”ここしか無い”と直感した
そこからの13.8秒は、最早火水合一も何も無く、ただひたすらに無我夢中で、正直何も覚えていない
だが
ゴール板を過ぎた瞬間に、世界全てが自分に向けて降ってきた - 131123/07/09(日) 21:07:44
その瞬間の、目が覚めるような光景を覚えている
その瞬間の、東京レース場が割れるような歓声を覚えている
その瞬間の、号泣しながら叫んでいたトレーナーの顔を覚えている
その瞬間の、何もかもから解放されたような、突き抜けたような空虚と自由を覚えている
もう一度、あそこに立つために
あの泥濘を行く、ライバル達に報いるために
勝者が落ち込んでは、いられない
タマモクロスはヤエノムテキの雰囲気が変わったのを察した
”ようやっと目が覚めたみたいやな
長いこと勝ってなかったからって、周りに振り回され過ぎやで”
その思いをおくびにも出さず、ヤエノムテキに問い掛ける
「目ェ覚めたか?
なら、アンタのする事はなんや?」
「押忍!タマモさん!ありがとうございます!」
人が変わったような力強い返答だった
先程とは全く違う生気溢れる表情で
「トレーナー殿のところに行って、『次』をどうするのかを話し合ってきます
天皇賞・秋の勝者として、堂々と次のレースに臨む為に!」
ヤエノムテキは次の戦いへ臨む意気込みを口にした
その覇気を湛えた姿を見て
「よろしい!百点満点や!」
タマモクロスは今度こそ腹の底から破顔した - 132123/07/09(日) 21:10:56
以上で投下は終了でございます
書き上げてみれば、もの凄い長さになった為に分割投下の形式を取らせて貰いました
この続きは、また明日7/10 21:00頃に投下させて頂きます
それまでもうしばしお待ち下さい
それでは、今夜のところは失礼させて頂きます
また、明日の夜にお待ちしております - 133二次元好きの匿名さん23/07/10(月) 01:43:32
新作来てた!
またじっくり読ませて頂きます - 134123/07/10(月) 05:09:30
- 135二次元好きの匿名さん23/07/10(月) 14:37:57
保守
- 136二次元好きの匿名さん23/07/10(月) 19:42:51
保守上げ
感想はちゃんとじっくり読んで時間掛けてから - 137123/07/10(月) 21:04:25
皆様お待たせいたしました
それではこれより投下させて頂きます
翌日の朝
オグリキャップは、まだベッドから起き出して来なかった
枕元の麦茶のペットボトルこそ空になっていたが、二房置いてあったバナナは、一本減っていただけであった
『 タマモクロス、後輩にカツを入れる:中 』
「どないすればええんや……
あのオグリが起きてけえへんし飯も食べへんとか、ウチの想定外にも程があるわ……」
「オグリキャップと仲の良いタマでも、どうすれば良いか解らないのか……」
トレーナーと二人頭を抱えるタマモクロス
マスコミに対する怒りはまだあるが、今はそれよりもオグリキャップの方が心配だった
「オグリのトレーナーはなんて言うとるんや?
それによってウチも何をすればええかが変わるやろうし」
「オグリキャップのトレーナーからは、『今のオグリは精神的にすごく疲れてる
だからとりあえず自分で起きてくるまでは寝かせてやって欲しい』と言ってたよ
その後に、『その間にテレビの連中に対するお返しは、理事長とキッチリ詰めておく』って5,6人殺してきたみたいな顔して言ってたけどね」
「そらそんな顔にもなるやろな、あのオグリを見たら……」
思わず納得するタマモクロス
しかしその顔に笑顔は無い
そのまま二人の会話は煮詰まり、どうするべきかのアイデアすら出尽くした頃に - 138123/07/10(月) 21:05:59
こんこん
「失礼します、タマモさんはこちらに居られますか?」
ノックの音とともに、ヤエノムテキの声がした
「ヤエノか?ちょっと待ってな、今開けるわ」
タマモクロスが扉を開くと、そこには深刻な顔をしたヤエノムテキの姿があった
「急に押し掛けて申し訳ありません、オグリさんが未だに起きて来られない状態だとトレーナー殿が言っていたので、タマモさんに確認したいと思いまして」
「間違いないわ、今朝も起きられへんみたいで寝たっきりや」
オグリキャップの状態を伝えると、ヤエノムテキは更に険しい表情になって
「そんな事に……
何か私にも出来ることはありませんか?
私もオグリさんとはもう一度、正々堂々雌雄を決したいのです
空き巣狙いだと言いつのる、不粋な外野を黙らせるためにも」
そう尋ねてきた
「せやかてまずはオグリが元気を取りもどさんと、話にならんからな……」
「元気ですか……
いつものオグリさんならば、何か美味しいものを持っていけば元気になってくれるのでしょうが……」
そう二人が話していると
ガタン!
唐突に、大きな音がした
「美味しい、もの……?!
そうだ!美味しいものを持っていこう!タマ!」 - 139123/07/10(月) 21:06:15
何事かと振り向くタマモクロスに、デスクから立ち上がったトレーナーは、いかにも名案を思いついたような顔をして、そう言ってきた
「……あのな、トレーナー
今回はそれが通じへんからウチらも、オグリのトレーナーも、苦労しとるんちゃうんか?」
「だから、『美味しいもの』だよ!!
オグリキャップは岐阜のカサマツ出身だよな!?」
「は?何を今更……?」
「それは皆周知の事ではありませんか?
オグリさんは普段から、『カサマツの皆の為に』と言っておられますし」
そう言って戸惑う二人に対してトレーナーは、
「だから『美味しいもの』なんだよ!!
俺も愛知出身だから解るんだ!
疲れてるとき、弱ってるときに本当に食べたくなるものって、故郷の食べ物なんだよ!!
岐阜の出身なら、俺と似たようなもの食べて育ってるだろうから、俺ならオグリキャップの今食べたいものが解るかも知れない!!」
その言葉を聞いたタマモクロスの脳裏に、色々な場面が浮かぶ
『まさか王将の天津飯が、東京でそんな事になっとるとは思いもせんかったで……』
『うどん言うたら柔らこうて軽く噛んだら切れて、するるっと飲み込めるもんやと思とったわ』
確かにそうだ!
子供の頃から食べていたものと違うものには、最初は凄い違和感があった!
なら、オグリキャップにとっての、故郷の味とは?!
『知らないの?ココイチは名古屋で40年前に出来た店なんだぜ?』
『私もカサマツにいる頃から、レースを勝ったときによく行っていたんだ』
!オグリの、カサマツで食べていたものと言えば!! - 140123/07/10(月) 21:06:40
「それや!!
コメダやココイチなんかの、オグリがまだカサマツ居った頃に食べとった店のもんを持っていったればええんや!!」
「!そう言う事ですか!
なるほど、それなら確かに今のオグリさんにとって1番の『美味しいもの』になります!!」
「そう言うこと!
あー!!なんで早く思いつかなかったんだよ俺!!
よし、なら俺はオグリのトレーナーに声掛けて、二人で片っ端からこの辺で手に入る思いつくもの買ってくる!
タマとヤエノムテキさんは栗東寮に戻って、ロビーか生徒用キッチン辺りを借りられるように話を通しておいてくれ!!」
「わかったで!トレーナーも頼むわ!!
行くで!ヤエノ!」
「押忍!」
そして彼等は、オグリキャップの為に走り出した - 141123/07/10(月) 21:06:58
暗い
暗い部屋に居る
ガタゴトがたごとと私は立ったままで揺られている
ここは、暗くて、寒い
『「さA、笑ってクダサイ』」
よく、わからない声がする
『「アナタハ、地方ノ、日本ノ、全てno人達の希望でなけれbAいけなイ』」
私を追い立てる声がする
『「貴女は、負けてはイけNAい、だっtE貴女ハ、【ミンナノヒーロー】ダカラ』」
私を思い通りに動かそうとする声がする
『「Aなたは泣いてはイケナイ、daってアナタハ【アイドルホース】だかrA』」
私を、躍らせようとする声がする
『「貴方は偉大Deナクテはいケなイ、だっテ貴方は【顕彰馬】ダカラ』」
私を、走らせようとする声がする
『「アナタハ、理解saレてハいケNaい、だってアナタハ【芦毛の怪物】ダcAら』」
私を、崇め奉ろうとする声がする
『「貴女は、夢で無くてはいけない、だってあなたは』」
『「『「日本競馬の隆盛の為に産まれた【時代に選ばれた稀代の名馬】なのだから』」』」
私は、暗くて寒いガタゴト揺れる箱の中で、ただただ次の走る時を待つ
いつまでも何時までもイツマデモ
この鬣が、灰色から純白になるまで - 142123/07/10(月) 21:07:50
「オグリ、オグリ、大丈夫か?魘されとるんか?」
優しい、声がした
急速に意識が覚醒する
気がつけば、私は寮の部屋のベッドで横になっていた
「たま……」
「起きたか、えらい魘されとったで?
変な夢でも見たんか?」
「わからない……」
「そうなんか、どや、なんか食べられそうか?」
「すまない、あまりおなかがすかないんだ」
この前の取材から、私の体の調子はおかしい
寝ても疲れはとれないのに、何でかお腹は空かないのだ
起きていても寝ていても、悪い夢の中にいるようだった
「オグリ、体は起こせるか?
オグリのトレーナーが、食べられそうなもの色々買ってきてくれたから、試しに見るだけ見てみたらどうや?」
「とれーなーが」
折角トレーナーが買ってきてくれたのだ
食べられるかどうかはわからないが、行かないのはトレーナーに悪い
「わかった、おきる」
そうタマに言って体を起こそうとしたが、何故か上手く動かない
「ああ、あんまり無理したらアカン
レースの後に何も食べんと寝てたんや、そら体もおかしくなるやろ」
タマはそういって、私に肩を貸してくれた - 143123/07/10(月) 21:08:16
「ほら、ちゃんと掴まりや、このままキッチンまで行くで」
やっぱり凄いな、タマは
私が上手く行かないときに、いつも助けてくれる
「たま」
「?なんやオグリ?あ、どっか痛いとかあるんか?」
「ありがとう」
「……~~っ!もう、今から連れてくから無理せんと静かにしとき!」
タマはそう言って、私を担ぐようにしてキッチンまで連れて行ってくれた
寮のキッチンには、トレーナーとヤエノとタマのトレーナーが居た
私を見たトレーナーが、慌てたように駆け寄ってくる
「とれーなー」
「大丈夫か?オグリ
何か食べられそうか?」
トレーナーがもの凄く心配そうな顔をしている
そんなにも私を心配してくれているのか
上手く動かない体が、腹立たしかった
「すまない、おなかがすかないんだ」
そうトレーナーに謝ったその時だった - 144123/07/10(月) 21:10:30
懐かしい、匂いがした
くぅ
久しぶりに、私のおなかが、なった
「……とれーなー?この、においは……」
なんだろう
心があったかくなるような、気持ちが軽くなるような、そんな匂い
「オグリ、たくさんとは言えないが、カサマツの食べ物を持ってきたぞ」
「かさまつ、の」
懐かしさの、理由がわかった
タマに支えられて、キッチンのテーブルにつく
目の前には、たくさんの、懐かしいごはん
「とれーなー」
「どうした?オグリ」
また、心配そうな顔で私を見ている
「ありがとう」
トレーナーが、泣きそうな顔になった
「……良いから、食べられるかどうか、試してみてくれよ
全部、オグリのためのものだ」 - 145123/07/10(月) 21:11:17
コメダのカツパンとエビカツパン
ココイチのやさいカレー
たっぷり味噌だれが掛かった味噌カツ弁当
赤味噌のねぎと油揚げの味噌汁
コンビニのおでんの横に、つけてみそかけてみそ
分厚く切った、明宝ミニハム
「……カサマツのごはんだ……」
今だけは、このテーブルの上は懐かしい故郷だった
ゆっくりと、味噌汁のお椀を持ち上げる
久しぶりの、カサマツの味噌の匂いが鼻をくすぐる
懐かしさと、心細さに、堪らず口をつけた
ず、ず、ずずずず
温かい
まず、そう思った
温かい味噌汁からは、渋いような、苦いような、赤味噌独特の匂いがして、
口に含めば、どろりとした濃い旨みと、まろやかな塩辛さが溢れて、
ごくん
飲み下せば、唇も、舌も、喉も、食道も、胃も、心も、魂までも、全てが故郷の温かさに震えるようだった - 146123/07/10(月) 21:12:04
「おいしい……」
心の底からの本音が零れ出す
訳も無く、涙が滲む
漂う味噌汁の匂いにのって、行き場を無くしていた私の心は、居るべき場所に帰っていた
ず、ずず、ずずずず
少しずつ、味噌汁を飲んでゆく
冷えていた体に、ふわりとした熱が戻る
ずずずず、ごくん
味噌汁を飲み下す
箸を、手に取る
ず、ずず、かちゃかちゃ、しゃく、しゃく、じゅわり、くしゅ、……ごくん
汁と一緒にねぎとお揚げを口にする
よく煮込まれたねぎのとろりとした優しい甘さ
よく汁を吸ったお揚げから滲み出る、油を含んだ汁の味の濃さ
それらを噛み締めて、飲み下す
心が、少しずつ力を取り戻す - 147123/07/10(月) 21:12:53
ずずずず、かちゃかちゃ、ずず、もしゃ、しゃく、もしゃ、くしゅ、くしゅ、……ごくん
味噌汁を全て飲み干す
涸れていた気力が湧き出してくる
ほうっ……
私は、私のかたちを、思い出す
ごし、ごし、ぐいっ
目尻の涙を、拭う
「トレーナー、タマ、ヤエノ、タマのトレーナーも、皆、ありがとう」
キッチンに、ホッとしたような空気が流れる
「オグリ、美味いか?」
私を黙って見守っていてくれた、トレーナーが優しい目で尋ねてくる
「とても美味しい
心が、美味しいんだ
本当に、私の心が美味しいと言っている」
私は、本当に元気の出る食べ物を探してくれた皆に、
「ありがとう
皆、ありがとう」
ただただお礼を言うことしか出来なかった - 148123/07/10(月) 21:13:54
「オグリ……!」
今度はトレーナーが涙ぐんでいる
「ちょっと調子が戻って来たみたいやな」
タマが安心したように笑っている
「どういたしまして、オグリさん」
ヤエノが優しい目で私を見ている
「買ってきたものが外れてなくて良かったよ、本当」
タマのトレーナーが、やれやれといった表情で気の抜けた顔をしている
そんな温かい空気に満ちたキッチンに
グォゴゴゴゴォゥ……
迫力ある異音が響いた
「「「……え?……」」」
「……オグリ……もしかして」
恐る恐るといった様子のトレーナーの問い掛けに
「うん……、ホッとしたら、お腹が空いたんだ……」
私はままならぬ己の食欲に、恥じ入ることしか出来なかった - 149123/07/10(月) 21:17:42
以上で投下は終了でございます
この続きは、また明日7/11 21:00頃より投下させて頂きます
中篇は多少短くなりましたが、ここ以外で切ると内容が歪になるため敢えてここでおしまいとさせて頂きました
食べられるようになった芦毛の怪物の活躍()は明日をお楽しみに
それでは今夜のところはこれにて失礼させて頂きます
また明日の夜にお待ちしております - 150123/07/10(月) 21:19:17
- 151二次元好きの匿名さん23/07/10(月) 23:22:15
シングレではこの辺りどう表現するんだろうなあ