【閲覧注意】ハズレ部屋のソフィ【SS】

  • 1スレ主23/06/28(水) 06:21:31

    14話でもしソフィが死なず、他のメンバーと一緒にグラスレー寮の一室に監禁されていたら、を仮想したSSです。
    注意点は以下のとおりです。

    ・主人公はソフィ・プロネです。
    ・その他の主な登場人物は、ノレアと強化人士5号、およびニカです。
    ・あまり明るいお話ではありません。
    ・一部、設定の捏造があります。
    ・時間経過や流れが、本編と異なる場合があります。

    上記説明で合わないと思いましたらブラウザバックをお願いします。
    だいたい一度に6レス~12レスずつ投下していきます。基本的に毎朝投稿します。二週間前後で終わる予定です。

  • 201_1/823/06/28(水) 06:22:00

    脳を沸騰させるデータストーム。
    全身に襲いかかる耐え難い不快感。
    その全てに興奮しながら、ソフィ・プロネは叫ぶ。

    「聞こえる……感じる! あの時のトキメキ!」

    求めているものはここにあった。
    もう少しだけ進めば、きっと届く。

    「私を殺そうとする綺麗な声!」

    乗っ取られたガンヴォルヴァからのビームの雨をかわし、青い光に包まれたエアリアルに突進する。

    「スレッタ…あんたじゃない!」

    世界が広がっていく。いや、白く書き換えられていく。
    エアリアルの向こうに少女の姿が見えた。
    ヘルメットの中で血を吐きながら、ソフィは自らの手を伸ばす。

    「私が、欲しかったのは……!」

  • 301_2/823/06/28(水) 06:22:44

    お腹いっぱいのご飯。
    ふかふかの寝床。
    温かいシャワー。

    ガンダムに乗って戦えば手に入った。ほんの数回分だけ、だったとしても。
    でも結局、本当に欲しいものは手に入らなかった。

    私を好きでいてくれる家族。

    相棒はいた。戦友と呼べる連中もいた。慕ってくれる難民の子どもたちは大勢いた。
    でも、私をずっと見てくれて、話を聞いてくれて、甘やかしてくれて、愛してくれる人はいなかった。
    戦っても殺しても奪っても、何をしても手に入らなかった。

    なら、もういい。
    家族が手に入らない、というなら。

    私のことを純粋にみてくれる、ひとが、いればいい。
    ただ純粋に殺そうとしてくれる、ひとが、いればいい。

    赤い髪の少女が見える、
    白く広がっていく世界で、純粋な殺意に満ちた声が反響する。
    ひび割れた視界の中で、ソフィは前へ前へと手を伸ばし、そして、

    「待ってよ……消えてしまえ……!」

    もう一つの声が、

    「みんな死んでしまえ……ひとりぼっちにしないで……!」

    背後から響くのを聞いた。

  • 401_3/823/06/28(水) 06:23:24

    ……あ?

    フットペダルから足が離れる。
    スラスターの噴射が止まる。自動操縦機能が働き、ガンダムが減速する。
    脳を焼き続けていたデータストームが、緩んだ。

    ……あれ?

    脳が痛い。全身が痛い。口からはまだ血が流れている。
    間違いなくこのまま自分は死ぬ。死ぬはずだ。こうやって、届かぬ手を伸ばしながら。
    でも。
    「嫌だ、嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ……!」
    泣き声が聞こえた。
    無線からではない。データストームが直接届ける声だ。
    よく知った声が、押し殺すようにうめき声を上げている。

    このまま自分は死ぬはずだった。死ぬつもりだった。
    否、いつ死んでもいいと、普段からそう思っていた。
    だから怖いもの知らずに生きていけた。どこにいても自分勝手に振る舞うことができた。
    でも。
    「死ぬのは怖いよ……もういやだ、殺してよ……」
    懇願するような声が、全身にまとわりつく。
    データストームの不快感にも耐えて操縦桿を握り続けた腕が、今は動かない。
    前に進むことができない。白い世界へと向かうことができない。

    ……なんで?

    愕然とする。
    待ち望んだものが目の前にあるというのに、どうして自分はこんなところで足踏みしている。
    進めない理由が、よくわからない。自分の行動が理解できない。

  • 501_4/823/06/28(水) 06:24:04

    そうしているうちに、赤い髪の少女の声は聞こえなくなってしまった。
    代わりに世界を満たすのは、無数の感情がごちゃごちゃに混ざった、混沌そのものの泣き声。
    何が言いたいのかわからない。何を自分に訴えようとしているのか、理解できない。

    ちがう。
    私が欲しかったのは、これじゃない。
    きれいで、純粋で、真っ白で、何もなくて、完全で、完璧な否定だ。
    こんなよくわからないごちゃごちゃじゃない。混沌じゃない。
    もうそんなのはうんざりなんだ。だからもう、私を、

    「怖いよ……」

    鬱陶しい声がまとわりつく。
    それを振り切ろうとして、振り切ることができない。

    「置いていかないで……ひとりぼっちにしないで……」

    ガンダムは完全に停止していた。
    少女はもう、一歩も動けない。

    「死ぬのは、怖いよぉ……!」

    白い世界が、遠ざかっていく。
    もうそこへ行くことはできないことを悟って、少女は、ため息を付いた。

    ――ああもう。わかったよ。ったく、仕方ないなぁ。

  • 601_5/823/06/28(水) 06:24:46

    意識が戻り、目を開ける。
    見たことのない天井が視界いっぱいに広がる。
    「……?」
    頭を巡らせようとして、全身が鉛のように重いことに気づく。不快感こそ無いが、ひどく動きづらい。
    それでもどうにか首を動かし、周囲を見回す。

    広い部屋――雑然と隅に荷物が積まれた――の中に、自分はいた。部屋の端付近に置かれたベッドの上に寝かされた状態だ。布団は白く清潔で、嫌な匂いもしなくて心地よい。
    このまま目を閉じて二度寝してみたい誘惑に駆られるが、我慢して状況把握を続ける。

    自分のベッドのすぐ左隣で、ノレアがソファに座って、うつらうつらと船を漕いでいた。
    どうやら疲れ切っているようだ。相棒に声をかけて起こすよりも先に、ソフィは逆側に視線を向ける。
    ベッドの右手、部屋の中央には、ノレアが座るのと同じ種類のソファに、緑色の髪の青年が腰掛けていた。
    確かあれは――エラン・ケレス。あのねっとりとした気持ち悪い声でスレッタに迫っていた彼が、なぜここに?
    そしてそのエランの更に奥には、体育座りのニカ・ナナウラ。右腕を三角巾で吊った少女は、部屋の隅に身を隠すようにひっそりとうつむいていた。

    ……なに? このよくわかんない組み合わせ。

  • 701_6/823/06/28(水) 06:25:21

    所属も目的も異なる三人組が、一つの部屋の中で距離を置きつつ、それぞれの姿勢でくつろいでいる。
    このわけの分からない状況にソフィが首を傾げていると、唐突に視界の中に人影が飛び込んできた。
    こちらがびっくりするより早く、その人影は唸り声を上げる。
    「やっと目が覚めたの」
    否、唸り声ではなく、怒りまみれの心配の声だった。
    今まで見たことがないほど感情的になっているノレアを見上げ、ソフィは直前の記憶を思い出す。エアリアル相手に特攻を仕掛けた自分に、背後から聞こえてきた声。

    『死ぬのは、怖いよぉ……!』

    あれは……ノレアの声、だったはずだ。
    データストームを伝って遠方の声が聞こえるという現象も、ごく稀にだが起こりえると、昔聞いたことがある。
    けれど、いつも冷静で寡黙な我が相棒が、あんな怯えきった声で泣くなんてことがあるのだろうか。
    今となっては疑わしい。幻聴というやつだったのかも知れない。

    いまいち自分の記憶に自身が持てないまま、ソフィは真偽を確かめようと口を開き、
    「やあやあ、無事に目が覚めてよかったよ。僕も心配してたからねぇ」
    声を発する前に、右側から割り込まれた。
    いつの間にかベッドの隣にまで接近していたエラン・ケレスが、ねっとりとした笑顔を浮かべている。

  • 801_7/823/06/28(水) 06:26:37

    たちまちノレアが豹変した。ベッドの上に身を乗り出し、威嚇するように低い声で告げる。
    「ソフィに近寄らないでください。刺しますよ?」
    「ええー? 僕は君の友達を心配してるだけだよ? 変質者みたいな扱いは心外だなあ」
    「変質者でしょう貴方は。おまけに臆病で軽薄で優柔不断でいい加減。
     いいからあっちに行ってください。ソフィに変質者がうつる」
    「おいおい、ひどい言い草だなあ。僕だって君の看病をさんざん手伝ってあげたのに。椅子をそっちに運んであげたり、点滴を毎回準備したり、汚物を片付けたり――」
    「そのデリカシーのなさが変質者だって言っているんです」

    ぽんぽんと罵声を投げつけるノレアを見上げ、ソフィは唖然とする。寡黙な相棒がこんなに言葉を連ねるのを見たのは初めてだ。よほどエランを敵視しているのか。
    ……いや、嫌いな相手は無視してかかるのが、我が相棒の常だったはずだが。
    ふと横を見やれば、部屋の隅で体育座りするニカも居心地が悪そうな表情だ。ノレアとエランのこんなやり取りを何回も経験しているのだろう。

  • 901_8/823/06/28(水) 06:27:00

    「…………」
    なんだかよくわからない。
    よくわからないが――なんというか、こう、面倒くさい。
    もう好きにやってろ。そんな気分になった。

    ソフィはノレアに視線を戻すと、今度こそ口を開く。
    「ノレア。私はもうちょっと寝るよ」
    「え? ……ちょっと待ってソフィ、今の状況の説明くらいは」
    「それは次に目が覚めたときにね。じゃ、おやすみ」
    相手の困惑を無視して、ソフィはさっさと目を閉じた。

    もう少しだけ、このふかふかの布団の心地を味わおう。それと嫌な匂いのしないシーツも。
    今はまだ、その程度の余裕はあるみたいだったから。

  • 10二次元好きの匿名さん23/06/28(水) 07:17:19

    期待

  • 11二次元好きの匿名さん23/06/28(水) 07:56:31

    保守保守

  • 12二次元好きの匿名さん23/06/28(水) 12:36:01

    5号はノレアに落ちる前はナチュラルに気持ち悪い奴だったな、そういや

  • 13二次元好きの匿名さん23/06/28(水) 17:23:36

    これは続きが気になる…

  • 1402_1/823/06/28(水) 22:50:10

    「あー……」
    ソフィは嘆息する。
    すでに時間は夕方に差し掛かっている――外の風景が見えるわけではないので、壁に架けられた時計から判断した限りでは、だが。
    ソフィは二度寝から目覚め、そしてノレアからの状況説明を受け終えていた。

    目覚めた直後の少女の記憶は、ランブルリング襲撃後のエアリアルとの二度目の交戦が最後だった。あのあと自分がどうやって助かり、何故この部屋にいるのか。そのあたりはまるで記憶になかった。

    ノレアの説明によると、エアリアルに敗北したソフィが死なずに済んだ理由は、ソフィのガンダムが減速するのを見たエアリアルがとどめを刺さなかったからだ、という。
    おまけにスレッタ・マーキュリーは戦闘終了直後にエアリアルから飛び出し、ソフィの救助活動に乗り出してきたのだそうだ。
    「本気であんたのことを心配してたわよ、直前まで殺し合いをしてたのに。本当におかしな人間ね、あいつ」
    「やっぱ優しいんだなぁ、スレッタお姉ちゃんは。本当に家族になってほしかったなあ、残念だなあ」
    うっとりしながらソフィがそう言うと、ノレアの顔に微妙に不機嫌が追加されたものだ。

    まあ、それはともかく。
    スレッタがコックピットを開けたタイミングで、ノレアの横槍が間に合った。彼女は武器を突きつけてスレッタを下がらせてから、ルブリス・ウルごとソフィを回収した。
    そしてノレアはプリンスの配下の部隊と合流し、2機のガンダムを彼女らに預け、ソフィとともにこの部屋で身体を休めることになったのだ。

  • 1502_2/823/06/28(水) 22:50:33

    否。
    正確には、このグラスレー寮の一室に、二人まとめて監禁されることになった。
    そのあと時間差で追加された部外者二人とともに、完全に囚われの身と言っていい状況である。

    昏睡状態だったソフィはいったん別室で治療を受けることができたし、ノレアの食事もきちんと出るし、着替えも出してはもらえる。だが、部屋の扉は普段は厳重にロックされ、出ていくことはできないのだという。

    ランブルリング襲撃の結果、学園には緊急事態宣言が発令され、すべての建物と出入り口がフロント管理社の監視下に置かれることになった。そんな状況では、迂闊に学園の中を歩き回ったり、ガンダムとともに学園の外に脱出するのは危険だ。
    プリンスの部下たちからはそう説明された、という。

    しかしノレアは納得できない様子だった。
    今のプリンスの権力ならば、自分たちを地球に戻す方法は見つけられるはずだ。もし方法がないのだとしても、なぜ自分たちを部外者二人と同じ部屋に閉じ込める必要があるのだ、と。
    そう愚痴る彼女は、中央のソファで優雅にくつろぐエランと、部屋の隅でうつむくニカを交互に睨みつけていた。

  • 1602_3/823/06/28(水) 22:51:04

    ソフィとしても相棒の意見には同感だった。所属も目的も、さらには育った環境も全く異なる人間を一緒の部屋で寝泊まりさせれば、お互いが無駄にストレスを溜め込むだけだ。現にノレアもイライラを募らせ、冷静さに刃こぼれが生じている。
    「うーむ……」
    しばし考え込んだが、そのときのソフィには、プリンスの狙いを読むことはできなかった。結局は相棒に説明の続きを促すしかなかった。

    ノレアの説明の最後は、地球の現状に関してだった。
    プラント・クエタ襲撃犯確保のため、ベネリットグループは艦隊を地球に派遣し、そしてフォルドの夜明けの本拠地を襲撃した、という。
    その結果は、すでにプリンスの部下たちを通じてノレアに知らされていた。

    難民キャンプの人々はごく少数を除いて脱出に成功、しかし、MS部隊は壊滅。生き残ったのはナジたち少数の幹部と、オルコットくらいだという。

  • 1702_4/823/06/28(水) 22:51:25

    「そっかぁー……」
    ペッシ。グリスタン。フィリップ。マチェイ。ジャリル。
    戦死した人々の顔を思い浮かべ、ソフィはもう一度嘆息する。
    彼らとは正直、それほど深い仲というわけでもない。ソフィたちはフォルドの夜明けに派遣された身でしかなく、彼らと肩を並べて戦ったのも数回程度だ。
    だがそれでも、1年近い期間、彼らと寝食を供にした。全員とではないが、夜に薪を囲んで自分たちの身の上を語り合ったこともある。ソフィといえど彼らの死に無感動ではいられなかった。
    ……ではあるが。

    「また同胞たちが……! スペーシアンに……! スペーシアンどもに殺されたっ……!
     この報い、絶対に奴らに受けさせてやるっ……!」

    ベッドの横でぎりぎりと歯ぎしりするノレアの憤りには、同調できない気分だった。
    少し前までならば、ソフィ自身も知り合いの死に怒り、相棒とともに復讐を誓ったかも知れない。
    だが、今の状況では。

  • 1802_5/823/06/28(水) 22:52:03

    布団の下で、ソフィは右の手の平の開閉を試みる。だが指はほんの少し震えただけだった。このぶんだと、いくら時間が経っても、おそらくこの手は――
    「んー……」
    まだきちんと動く左手で頭をかいてから、ソフィはエアリアルとの戦闘を脳裏に再現する。切り札であるガンヴォルヴァの制御を乗っ取られ、さらにはパーメットスコアを強引に引き上げられ、手も足も出ずに敗北したあの戦いの様を。
    きっとあのガンダムは、既存のガンダムを完全に無力化する兵器なのだろう。となれば、自分たちがいくら命を捨てて戦ったところで――
    「…………」
    そして最後に、ソフィはぶつぶつと怨嗟をつぶやく相棒を見やる。
    きっとその怒りは偽りではないのだろう。
    仲間たちの死、スペーシアンによって地球に振りまかれる不幸。それに対する憤りは本物なのだろう。
    けれど。

    『死ぬのは怖いよ……』

    死の恐怖に怯える相棒の声を、思い出す。
    いや、あれはきっと幻聴だ。死に瀕した自分が勝手に思い描いた妄想。そのはずだ。

    だけどもし、幻聴ではなかったとしたら。
    万が一にもありえないけれど、あの声が本当に、ノレアの本心だったとしたら。

    ……自分は我が相棒に、どう声をかけるべきなのか。

  • 1902_6/823/06/28(水) 22:52:42

    ソフィは無言で上半身を起こした。
    スペーシアンを呪い続ける相棒の肩に、左手を乗せる。
    「ノレア。難民キャンプの連中は、みんな助かったんだよね?」
    そう声をかけると、ノレアは呪詛を止め、こちらに瞳を向けた。
    「……何人かは亡くなったって聞いてる。でも、ほとんどの人間は、無事に次の受け入れ先に逃げることができたって」
    「そっか。みんな頑張ったんだね。ガンダムがないのに、ちゃんと時間稼ぎを完遂したんだ」
    ソフィはノレアを引き寄せながら、静かな声で続けた。
    「凄いじゃんみんな。あんなおんぼろのモビルスーツとトラックだけだったのに、ちゃんとやり遂げたんだよ。マチェイのトラップ、きっと凄く役立ったんだろうね。ベッシはきっと、いつもの軽口を叩きながら最後まで頑張ったんだよ」
    「………!」
    ノレアが目を見開き、そして気まずそうにうつむいた。
    死者を悼むことを忘れた自分を、恥じているようだった。
    「……そうだね、ソフィ。みんな頑張ったんだ。傲慢なスペーシアン相手に、命をかけて……」

  • 2002_7/823/06/28(水) 22:53:20

    「きっとグリスタンはさ、いつもどおり口うるさく指示を飛ばしてたんだろうね。フィリップは最後まで暑苦しく戦ったんだろうなぁ。
     そういやフィリップのとこの長男、まだ5歳だったっけ。私の自慢話、何度か聞いてくれたなあ。無事に次の避難地に辿り着けてるといいなあ」
    「そうだね、ソフィ……」
    ノレアの表情から、少しずつ憤りが抜け落ちていく。

    仲間の死は悼まなければならない。生き残った者たちで、死者を弔わなければならない。
    それは、二人がフォルドの夜明けに派遣された後、大人たちから教えてもらった作法だった。
    教えられた直後には、そんなことをする意味は分からなかったが。

    「地球に帰ったら、みんなのぶんのお墓を作ってあげなきゃね。きっとそんな暇すら無かったはずだし」
    「……そうだね。生き残って、お墓を作ろう。ソフィ……」

    今はわかる。
    それはきっと、憎しみに呑まれないために必要なことなのだ、と。

    ぐすぐすと鼻を鳴らし始めた相棒の背中を、ソフィはぽんぽんと叩いてやったのだった。

  • 2102_8/823/06/28(水) 22:54:00

    ……さて、と。

    相棒の気分が落ち着いたことを確認してから、ソフィは室内に視線を巡らせる。
    部屋の奥に座るニカは、複雑そうな表情でこちらを見つめていた。
    そして相変わらず部屋の中央でくつろぐエランは、首だけをこちらに向けている。頬杖をついた優雅な姿勢で、しかしその目は、しっかりとこちらを注視している。
    いや。正確には、自分の隣で意気消沈するノレアを、だ。

    ……ふーん?

    エランの表情を確認して、ソフィは心の中でうなずく。
    自分の直感が間違っていなければ、もしかしたら、彼を利用できるかもしれない。
    あんな気持ち悪いヤツを頼るのは嫌だなあ、と思わないでもなかったが。

  • 22二次元好きの匿名さん23/06/28(水) 22:54:43

    5号に目ぇ付けるソフィさんナイス

  • 23二次元好きの匿名さん23/06/28(水) 23:08:16

    ソフィが生きてたらノレアは5号に心開かなさそうだな

  • 24二次元好きの匿名さん23/06/28(水) 23:13:56

    それでも5号はノレア気にしてると言う…

  • 25二次元好きの匿名さん23/06/28(水) 23:21:31

    ソフィさんマジでノレアの心の安定剤…

  • 2603_1/823/06/29(木) 06:17:37

    三度目の眠りから目を覚ましたソフィは、薄明かりの中で目をしばたかせた。
    部屋の照明は最低限にまで落とされているが、夜目の効く彼女は、時計の針もはっきりと見える。
    ――午前1時。
    そのまま視界を巡らせると、隣のノレアはソファの中に埋もれるようにしてぐっすりと眠っている。ニカは定位置で毛布をかぶって横になっていた。
    そしてエランは。

    「んしょっ……と」
    ソフィはベッドから抜け出た。そのまま中央のソファへと歩く。身体はまだひどく重かったが、動けないほどではない。
    そして挨拶もなしで、エランの右隣に腰掛ける。
    「おや、こんばんは」
    やはり彼は起きていた。隣に座ったソフィを見やって、天使のような笑みを浮かべる。
    「君、もう歩いていいの? まだ横になってたほうがいいんじゃないかな?」
    ただし、その態度はどことなくよそよそしい。まるでこちらと会話をしたくないかのようだ。
    まあ、思い当たるフシはある。スレッタへのナンパを邪魔したり、彼のファラクトを無断で調査したりと、短い期間のあいだに何度も彼には迷惑をかけている。煙たがられるのも当然ではあった。
    だがソフィはいつもの図々しさで、にやにやと笑いかける。
    「なんか眠れないからさぁ。しばらく話し相手になってよ、お兄さん」

    エラン・ケレス。いや実際は、整形を施された影武者。
    スレッタ・マーキュリーを、否、スレッタの乗るエアリアルを狙ってナンパを繰り返していた気持ちの悪い男。
    ガンダムに乗って命を削ることを強要された身でありながら、生き残って逃げ切る気満々で立ち回る青年。
    臆病で軽薄で優柔不断でいい加減、とはノレアの評だ。だが彼女はその後、渋々ながらもこう付け加えた。その操縦技術と格闘能力だけは確かだ、と。

  • 2703_2/823/06/29(木) 06:18:02

    そんな相手の瞳を注視しながら、ソフィは尋ねる。
    「お兄さんってさ、ガンダムを降りたがってるんだって? ノレアからそう聞いたんだけど」
    「そりゃあそうさ。僕は長生きしたいんだ。あんな欠陥マシーンとはさっさと縁を切りたいよ」
    語るエランはいつもどおりの飄々とした態度――だがその口調にはどこか憤懣が感じられる。彼がガンダムを嫌っているのは本当のようだ。
    それを確認したソフィは、更に踏み込む。
    「ガンダムから降りたあとはどうするつもりなの? 生きていくアテなんてあるのぉ?」
    「アテなんてなくとも、いくらでも生きてく方法はあるさ。特に、今の僕にはこの顔という武器があるからね」
    「顔? 顔が武器? ……目がビーム照射装置になってて、それで銀行強盗でもするの?」
    「違うよ。力づくで奪うんじゃなくて、言葉で騙し盗るのさ」
    苦笑した後、エランは饒舌に語り始めた。
    「たとえばヒモ……いやホスト……じゃなくて、特殊な接客業とかだね。
     この顔を武器に、お金はあるけど心が飢えてる連中とお近づきになるんだ。で、そいつらの心の乾きを癒すような言葉を相手に与えてあげるんだよ。すると相手はたちまち気前が良くなって、僕にお小遣いをくれるのさ。たっぷりとね」
    「えー? そんな美味い話があるかなあ?」
    「それがあるのさ。君が知らないだけで、ね」
    エランはひとつウインクしてみせる。

  • 2803_3/823/06/29(木) 06:19:18

    どうも段々と気分が乗ってきたようだ。緑の髪の青年は、芝居じみた仕草を交えて熱心に喋り続ける。
    「コツはね、相手をよく観察すること、そして相手の話を注意深く聞くことだよ。相手が何を欲しがってるのか、どんなことにプライドを持っているのか。それを知れば、相手が本当に欲しがってるものはすぐに分かる」
    「ふーん。……なんか、難しそうだね」
    「そうでもないよ。まあ、人によって向き不向きはあるけど。
     君なんて、割とこういうのに向いてるんじゃないかな。……特殊な、じゃなくて、普通の接客業にね」
    「え? 私?」
    ソフィは意表を突かれた。まさかここで自分に話が及ぶとは思っていなかった。
    目を丸くしたまま、少女は自分を指さす。
    「私がぁ? 騙し盗る? 殴って奪うんじゃなくて? ……できるわけないじゃん、そんなん」
    「いや普通の接客業の話だから、騙し盗るわけじゃないけどね。
     結局はコミュニケーション、他人と関わろうとする能力だよ。で、君にはその才があると思う。
     もちろん色々と勉強は必要だけどね。君ならモビルスーツなんかに乗らなくたってやっていけるさ。うん、そっちのほうがずっと――」
    そこでエランは急に言葉を切った。一瞬だけ気まずげな表情を浮かべ、そしてすぐ、あからさまな誤魔化しの笑顔を作る。
    今までの饒舌さが嘘のように、彼は短く、つぶやいた。
    「調子に乗りすぎたよ。ごめん」
    「……?」
    エランが謝ってきた理由が分からず、ソフィは首を傾げる。

    ……うーむ。なんなんだろ、こいつ。キャラがブレてね?

    が、それはともかく。
    眼前の青年が、ガンダムを降りた後も生きていく方法を知っているということは分かった。だいぶ怪しげではあったが。

  • 2903_4/823/06/29(木) 06:19:43

    次の確認だ。
    ソフィは、顔に微笑みを貼り付けたまま黙り込む青年に向かって身を乗り出す。
    「お兄さん、接客業のお話はこれでおしまい? なら、別の話に付き合ってよ」
    「……ま、いいけどね。どんな話題かな?」
    気が乗らない様子のエランの右手に、ソフィはさりげなく左手を伸ばした。
    「お兄さんってさ、ノレアに気があるの? やたらと話しかけたり見つめたりしてるよね。なんていうかさあ、気持ち悪いよ?」
    軽口をたたきながら、左手の指でエランの右手の甲をつつく。モールス信号――声を使わない方法でメッセージを伝える。

    ――この部屋、盗聴されてる?

    エランは笑みを崩さないまま、不本意そうに肩をすくめた。
    「ひどいなあ、そういうのじゃないさ。僕はただ、みんなと仲良くしたいだけだよ。ギスギスしたって誰も得しないもの」
    と同時、彼はこちらと同じ方法で、無言のメッセージを返してきた。

    ――もちろん。監視カメラもある。

    やっぱり見張られていたか。
    プリンスが自分たちを信用していないという疑念が確信に変わる。ついでに目の前の青年が、見た目通りの軽薄な人間ではないという確信も得る。

  • 3003_5/823/06/29(木) 06:20:21

    「嘘だあ。絶対に色目を使ってたでしょ」
    軽口を続けながら次に何を聞くべきか考えていると、今度は向こうがモールスで質問してきた。

    ――右手は動く?

    体調不良を見抜かれたソフィは、ぎくりと動きを止めてしまった。セリフも不自然に途切れる。 
    と、こちらの沈黙をカバーするように、エランは大げさな身振りを加えつつ言葉を連ねてきた。
    「そういうのじゃないけれど、でもまあ、彼女は実際いい子だよ。君を看病してるときなんて本当に甲斐甲斐しくてさ。態度は刺々しいけど根は優しいってタイプだね。そういう子は嫌いじゃない」
    芝居じみた仕草で左手を掲げる青年を見上げながら、ソフィは忙しく思案する。すぐに方針を決めなければいけなかった。目の前のこの人物を、信用するか否か。

    ……今の自分の身体に起きていることを、正直に伝えるべきなのか。

    彼がノレアに何らかの思惑を持っているのは間違いない。それが良からぬものでないという保証はない。だが今この状況では――プリンスさえ味方と言い切れない状況では、頼れる相手も他にいなかった。
    ソフィは決心し、相手の右手を左指でつつく。

    ――動かない。たぶん、もう二度と。

  • 3103_6/823/06/29(木) 06:21:47

    するとエランの言葉が一瞬途切れた。軽薄な笑みが曇り、困ったように眉根を寄せる。
    だが彼はすぐに唇を吊り上げると、こちらに身を乗り出してきた。
    「とにかく、僕はここにいるみんなと仲良くしたいのさ。平穏無事な人生こそが僕の望みだからね。それを君にもわかってほしいな」
    そして彼はその長い指で、メッセージを返してきた。

    ――君はもう、長くない。

    エランもまた、データストームによって引き起こされる症例を知る人間の一人だ。そしてペイル社の替え玉である彼は、前任者の死をすでに見たことがある――ノレアはそう語っていた。
    だから、彼の見立ては恐らく正しい。
    内心でそう認めつつ、ソフィはわざとにやにや笑いを浮かべてみせた。
    「はいはい、わかったわかった。そういうことにしておいてあげるよ」
    そしてモールスで、別のことをエランに尋ねる。
    それは、この相手にもっとも聞きたいと思っていたことだった。

    ――危なくなったら、ノレアを助けてくれない?

  • 3203_7/823/06/29(木) 06:22:37

    エランが真顔になる。
    その様子を見る限り、こちらの質問の意図は十分に伝わったようだ。

    と、彼は真顔のまま、胸の前でパチンと手を合わせた。
    拝むような仕草で、告げてくる。
    「……悪いけど、今のやり取りは彼女には黙っておいてくれないかな。変な誤解を与えるのも嫌だしさ」

    即答できない。少し考えさせろ。
    そういうことらしい。

    ソフィはにやにや笑いのまま、口を開いた。
    「別にいーよ。黙っといてあげる」
    そしてソファから立ち上がり、エランをあとに残してベッドへと戻る。

    たったこれだけのことで、もう身体中に疲労がたまっていた。

    右手の指はやはりほんの少ししか動かない。
    頭も少しばかり痛い。それもひっきりなしに、だ。

  • 3303_8/823/06/29(木) 06:23:01

    ……長くない、かあ。

    のそのそと布団を被り直しながら、エランからの忠告を胸中で反芻する。
    実のところ、彼から指摘されるまでもない話ではあった。かつて施設で知り合い、戦場ではなく施設の中で死んでいった他の魔女たちも、死の二歩手前くらいの時期にこんな症状を示していたからだ。
    頭痛、極度の疲労、末端の麻痺。
    自分もほどなく彼女らの仲間入りだろう。もっともあの強烈なデータストームを浴びて即死しなかったのだから、むしろ幸運ではあるのだが。

    天井を見上げ、死までの時間を測る。この部屋を出る前か、学園を脱出する前か、地球にたどり着く前か。
    いずれにせよ、生きてできることはそう多くはない。

    ふと視線を感じ、ソフィは首を右に傾けた。
    エランが横目でこちらを見ていた。彼らしからぬ真顔で――否、憂いの表情で。

    ひょっとして、とソフィは思う。
    あいつが自分との会話を避けていたのは、自分がもうすぐ死ぬことを悟っていたからじゃないのか。すぐに死ぬ人間と親しくなるのが辛かったから、ではないのか。

    ……意外と優しいのかな、あいつ。

    もう少し信用してもいいかもしれないと思いつつ、ソフィは目を閉じた。
    睡魔はすぐにやってきて、彼女を眠りの園へと連れ去った。

  • 34二次元好きの匿名さん23/06/29(木) 07:41:42

    二人ともかっこいいじゃん

  • 35二次元好きの匿名さん23/06/29(木) 07:49:04

    良スレの予感。ソフィの聡明さが見れて嬉しい

  • 36二次元好きの匿名さん23/06/29(木) 15:25:11

    こっちの5号もしっかりイケメン
    どうなるか期待期待

  • 37二次元好きの匿名さん23/06/29(木) 19:16:46

    5号が二周目に見えてきた。この5号がノレアを気にかけてる理由が気になる

  • 38二次元好きの匿名さん23/06/29(木) 19:18:45

    2週目5号かソフィを必死に看病してるノレア見て思うところがあったって感じかな

  • 3904_1/723/06/29(木) 22:55:52

    翌朝。
    遅めに目覚めて、ベッドの上でチューブ式の病人食を食べ終えたソフィは、部屋の中を見渡す。
    ノレアは自分のベッドの横で、熱心にノートに絵を描いている。
    エランは相変わらず真ん中のソファでくつろいでいる。
    ニカは定位置である部屋の隅で体育座りし、膝に顔を埋めている。
    「…………」
    空になった容器をゴミ箱に投げ入れ、さらに1分ほど待ってみたが、その構図は一向に変わらない。
    四人も人がいるのに全員が没交渉のまま、部屋の中に沈黙が満ちる。

    ソフィは唇を尖らせたのち、ベッドの上に座ったまま、大声で宣言した。
    「これから暇つぶしを開始しま~す。
     さ、全員こっち来て! 雑談するよ!」
    「……何言ってるの、あんた」
    ノートから顔を上げたノレアが呆れたような表情でツッコミを入れてくるが、ソフィは全力でそれに反論する。
    「こんな何もない部屋で無言のままでいたら、私は暇で暇でおかしくなっちゃうじゃんかぁ。だから付き合えノレア!」
    「……別にあんたと雑談するのは構わないけど、なんで他の奴らまで呼ぶの。要らないでしょ」
    「ノレアと二人だけだと話のレパートリーがすぐに尽きるじゃん。喋る時間はいくらでもあるんだから、人を増やさないと持たないよ?」
    「……あんた、そんなに喋りたがりだっけ?」
    「そりゃゲームとかコミックとか、せめて縫いぐるみがあるなら一人で遊ぶけどさぁ。全部ないんだから喋るしかないじゃん! 文句あるなら縫いぐるみ作ってよノレア!」
    「無茶苦茶言わないでよ……」
    嫌そうな顔のノレアにさらに食い下がろうとしたところで、背後から援軍が現れた。
    いつの間にかベッドのそばまでやってきたエラン・ケレスが、芝居がかった仕草で両手を広げる。
    「雑談かあ。いいアイディアだね。僕は喜んで参加するよ」

  • 4004_2/723/06/29(木) 22:56:24

    いつもの調子のエランに、ノレアが露骨に嫌悪の表情を向けた。
    「近寄らないで下さい。刺しますよ?」
    「君はいつもそれだねえ。でも今回ばかりは君の友達からのご指名だからね、受けないわけにはいかないよ」
    「貴方と喋ることなんてありません」
    「君の友達が僕たちと喋りたいって言ってるわけだしさ。だからみんなで仲良く雑談しようよ」
    「ソフィの気まぐれに乗じて調子に乗らないで下さい」
    不機嫌極まるノレアと天使の笑顔のエランが、ソフィの頭上で舌戦を繰り広げる。
    こいつらは放っておいてもよさそうだ。そう判断したソフィは、部屋の隅のほうへと顔を向けた。
    「ほら、ニカもこっちへ来て。暇つぶしに付き合ってよ」
    「……えっ?」
    顔を上げたニカ・ナナウラが、口をぽかんと開く。まさか自分まで指名対象だとは思わなかったのだろう。
    戸惑いをありありと浮かべたまま、彼女は首を横に振った。
    「わ、私は……私は、あなたたちのやり方には賛同しない」
    「やり方ぁ? 何言ってるのさ。そんなん今はどうでもいいっての。雑談に付き合えって言ってるの」
    「ざ、雑談だって、する理由なんて……」
    ごにょごにょと小声で反論する彼女を見て、ソフィは思案を巡らせる。子供たちとの交流で積み重ねた経験から判断する。

    ――この手のタイプは、早々に脅しつけて押し切るべし。

    ソフィは背後のノレアを指さし、ニカに告げた。
    「いいからこっちに来る。来ないとノレアをそっちにけしかけるよ? こいつの蹴りとか頭突きとか喰らいたくなかったら、大人しく雑談に付き合いな」
    「ひっ……!」
    おびえ切った表情で、ニカが慌ててこちらに向かってきた。
    やはり我が相棒の威嚇効果は抜群だ。ソフィは満足げにうなずく。
    無論、猛獣扱いされたことに憤慨してこちらを睨むノレアについては、ガン無視を決め込んだのだった。

  • 4104_3/723/06/29(木) 22:57:08

    結局、ソフィのベッドの端にそれぞれが腰かけ、輪になって会話することになった。ノレアはソフィの左手側、エランとニカは右手側に陣取る。
    「……で、何を話すのよ」
    不機嫌な口調でノレアが口火を切る。
    定番通りに自己紹介、と言いかけて、ソフィは思い留まった。みんな脛に傷を持つ身だ。身の上なんて話しづらいだけだろう。
    思い直した少女は、ベッドの上に胡坐をかいて周囲を見渡した。
    「じゃ、好きなものを話そう! 趣味でもいいよ?
     私はね、食べることと寝ること! あと遊ぶことが好き! ノレアは?」
    「……絵を描くこと」
    「短すぎ! もっと話を膨らませて! 何を描くのが好きとか、どんな構図が好きとか!」
    「あんただって短かったじゃない……
     それに、絵について話すのは嫌」
    「なんでだよぉ。ノレアなら色々喋れるでしょう?」
    「いくら頼まれても、これだけは駄目」
    ノレアは頑として首を横に振る。どうも絵を描くという行為は、彼女にとって誰にも踏み込んでほしくない領域らしい。
    そういえば昔、川の風景画を描くノレアに何が楽しいのかと質問したことがあったけれど、生返事ばかりで何も答えてはくれなかった。

  • 4204_4/723/06/29(木) 22:57:58

    むぅ、とソフィが困っていると、横合いから助け舟が出る。
    「じゃあ、鉛筆削りについて教えてくれない?」
    エラン・ケレスがにこやかに笑う。
    ノレアが不審げに彼を見やる。
    「……鉛筆削り? 何を言ってるんですか、貴方は」
    「だって君、ナイフで鉛筆を削るときも凄く熱心だったしさ。何度も角度を確認したり、鋭さを調整したり。いろいろこだわりがあるんでしょ? それを聞いてみたいなあ」
    ソフィはすかさずエランの提案に乗っかった。
    「いいじゃん、それ。私もノレアのこだわりに興味あるなあ。聞いてみたいなあ」
    「なんでよ。そんなもん聞いてどうするの。意味ないでしょ」
    「これは暇つぶしの雑談だってぇの。話すことに意味なんてないってば。だから話してよ、ノレア」
    「……まったく……」
    本気で不服そうではあったが、ノレアもようやく諦めてくれた。ぼそぼそとした声で、鉛筆を削るためのナイフを扱う際の注意点について話し始める。

  • 4304_5/723/06/29(木) 22:58:26

    同じタイミングで、エランの指が動いた。ソフィとノレアにだけ見えるよう、ベッドの端をリズミカルにつつく。
    モールス信号だ。恐らくそこが、室内の監視カメラから死角となる場所なのだろう。

    ――武器、ある?

    どうやら彼は、この集まりの意図をすぐに汲んでくれたようだ。雑談に紛れつつプリンスの目を憚っての情報交換。それがソフィの狙いだった。
    ノレアもエランのモールス信号に気づいたようだ。一瞬だけ驚きの表情を見せた後、説明を続けながらソフィに咎めるような視線を向ける。
    彼女はエランからの質問を無視し、ソフィの膝下――エランからは見えない場所を、指で叩いた。

    ――あんた、こいつを信じるの?

    さすがは我が相棒。この情報交換会の首謀者が自分であることを一瞬で見抜いたか。
    ソフィはにんまりと笑う。そして相棒の手の甲を、左手の指でつつき返す。

    ――生き延びるためだよ。他に味方、いないでしょ?

    その返答を受けて、ノレアが言葉を止め、思案顔になった。エランとソフィとを交互に見やる。
    やがて彼女は一つため息をつき、諦めたような表情で雑談を再開した。
    と同時に、エランにも見える位置で指を叩く。

    ――鉛筆。鉛筆削り用のナイフ。それだけ。

    不満たらたらの態ではあったが、どうにか納得してくれたようだ。
    そのまま彼女は雑談を続けつつ、合間合間にモールスを入れ、エランと情報を交換し始めた。

  • 4404_6/723/06/29(木) 22:58:56

    5分後。
    「……つまりこの鉛筆の細さは、影を塗るのにちょうどいい。
     ……こんなものでいい? ソフィ」
    「上出来! じゃあ次はエランね!」
    「僕かい? 僕はね、こう見えて多趣味なんだ。さて、何から話そうか」
    雑談は続く。
    エランは思いのほか頑張り、大げさな身振り手振りを交えながら延々と自分の趣味について語ってくれた。
    「ふふっ、僕のピアノは本格派だよ。いつか君たちにも僕の演奏を聞かせてあげよう。澄み切った金属音が奏でるハーモニー……」
    「ピアノは金属音なんか奏でません、弦を奏でるんです。金属音を鳴らすのはトイピアノくらい。何が本格派ですか」
    どうも8割がたは口から出まかせみたいだったが、まあ特に問題はない。情報交換が進めばいいのだから。

    お互いが持つ武器。部屋の外にあるはずのモビルスーツとその種類。この部屋の監視体制。
    次に何かが起こったとき、自分たちがどう動くかを決めるための判断材料。それを少しずつ増やしていく。

  • 4504_7/723/06/29(木) 23:00:41

    しかし情報交換がひととおり終わってみて判ったのは、状況はあまり芳しくないということだった。
    お互いに隠し持っている武器はなし。銃やナイフ、スタンガンの類はすべて没収されてしまった。
    2機のガンダムは寮の中のドックに置かれているはずだが、確証はなし。別の場所に移動させられていたとしても確かめようがない。
    この部屋の監視体制も隙がない。食事を運び込んだり、ゴミを持っていく係の人間は、訓練された武器持ちが常に複数名。少なくとも、こちらも武器無しでは制圧は無理だろう。

    ……このままだと、手詰まりかなあ。

    エランの長い長い自分語りが終わるころには、ソフィもそう判断せざるを得なかった。
    なにか大きな変化でもない限り、できることは何もなさそうだ。

  • 46二次元好きの匿名さん23/06/29(木) 23:30:54

    楽しみにしてたぜ!!

  • 47二次元好きの匿名さん23/06/29(木) 23:35:16

    全員玄人感があってかっこいい!…ニカ以外

  • 4805_1/823/06/30(金) 06:57:29

    「さて、次は君の番だよ」
    独演会を終えたエランが、笑顔で隣の少女へと水を向ける。
    指名されたニカは、狼狽えるように周囲を見回した。
    「……あの、本当に私も話すんですか?」
    無理もない。この連絡員はつい先日、ソフィとノレアから死にそうな目に遭わされたばかり。そもそも彼女の右腕を折ったのもソフィ自身だ。
    ニカが尻込みするのは当たり前だし、ソフィもそれは承知の上だった。彼女をここに呼び寄せたのは、この情報交換をただの雑談に見せかけるための演出に過ぎない。
    したがって、ニカがこのまま喋るのを拒否したとしても、特に何の問題もないのだが。

    「そーだよ。暇つぶしだし、気軽にどーぞ」

    ソフィはひらひらと左手を振り、促す。
    考えてみれば、フォルドの夜明けの面々とはすっかり戦友同士になったというのに、その連絡員である彼女のことを自分たちはろくに知らない。特に興味もなかった――この状況に陥るまでは。
    動かない自分の右の手を、ソフィはちらりと見やる。

    ……力ずくで奪う、以外の方法かぁ。

    そして彼女はニカに視線を戻し、告げた。
    「当たり障りのないことだけ喋ればいいんだよ。それとも、私たちとは何も話したくない?」
    「……いや、そんなことはないよ」
    そう言うと、ニカは少しだけ考え込み、そして口を開いた。
    「私の趣味は、メカいじり、です」

  • 4905_2/823/06/30(金) 06:58:07

    そして10分後。
    ソフィは自らの選択を、少しばかり後悔する羽目になった。

    「まだそんな考えが通用すると思ってるんですか。本当に現実を舐めてますね、貴女」
    「おーいノレア、これ雑談だから。雑談にマジ切れすんなってば」
    ベッドを乗り越えようとする相棒を、ソフィは左手で押さえつける。万全ではない今の体調では、なかなかの重労働だ。
    反対側では、エランがニカを――割と必死な表情で――なだめていた。
    「ねえニカ、そういう主張の類は、あんまりこの場に相応しくないというか」
    「いいえ、やっぱり言わないと駄目だと思います。対話しなければ、何も変えられない……!」
    「その使命感は、もっと別の場所で発揮して欲しいなあ」
    うんざり気味のエランのセリフに、ソフィも心の底から同意したい気分だった。

    何が起こったかといえば単純で、趣味の話に熱中するあまり、ニカがぽろっと本音を言ってしまったのだ。いつかきっと高い性能のモビルスーツを作って、宇宙に住む人達に自分たちの力を認めさせる、と。
    即座にノレアが「そんなことができるわけがない」と頭ごなしに否定し、ニカが真っ向から反論し……という流れで、あっという間に口喧嘩に発展した。
    「今は地球の技術力は低い。低いから舐められてる。でも、宇宙と同じだけのものが作れるようになれば、きっと宇宙の人達だって」
    「スペーシアンがそんなことで私達への弾圧をやめるとでも? あいつらのやってきたことを知らないんですか、貴女は」
    いちいち敵意を剥き出しにするノレアもノレアだが、メカの話になると絶対に譲らないニカもニカだ。片手で相棒の首根っこを押さえつけながら、ソフィもさすがに呆れる思いだった。

  • 5005_3/823/06/30(金) 06:59:07

    さて、どうしたものか。
    子どもたちの喧嘩の仲裁は慣れっこではあるが、同年代の喧嘩となるとほとんど経験がない。
    しばし思案したソフィは、結局、子どもたち相手によく使う手を持ち出した。

    「ねえ。せっかく作るなら、モビルスーツじゃなくてご飯を出すマシーンが欲しいんだけど。あれ作れない?」

    話題そらし。言葉のチョイスさえ間違えなければ、よほど頭に血が上ってない限り高確率で通用する。
    果たして二人はぴたりと喧嘩を止め、同時にソフィへ顔を向けた。
    「ご飯を出す、マシーン?」
    「……何? それ」
    ソフィはにぃっと笑って、二人に説明する。
    「学園の食堂にあったやつだよ。どんなランチが欲しいかをパネルに入力したら、すぐに奥からシュってご飯が出てきたじゃん。私、あれが欲しい!」
    宇宙にあって地球にないものは色々あったが、ダントツで欲しいと思ったのはあれだった。
    フォルドの夜明けが拠点にしていた難民キャンプは慢性的に食糧不足で、子どもたちがいつも腹を空かせていたものだ。あのマシーンをもし再現することができたなら、難民の子どもたちも毎日満腹になれるに違いない。

  • 5105_4/823/06/30(金) 06:59:49

    そんな思いもあっての提案だったのだが、二人からの反応は芳しくなかった。
    「あれこそスペーシアンの搾取の象徴じゃないの。搾取されている側の私たちが持てるはずがない」
    「うーん……そうだね。地球だと一部の限られたエリアくらい、かなあ。できるとしても……」
    「えー!? なんでー!? あのマシーンはモビルスーツより作るのが難しいってワケ!?」
    喧嘩していたはずの二人から息もぴったりに否定され、ソフィは口を尖らせる。が、二人がこちらを見る表情は、無知な者を憐れむ人間のそれだった。
    なんでだよぉ、とソフィが一人で憤慨していると、今日何度目かの助け舟が横から出された。

    「じゃ、なんでアレが宇宙でできて地球ではできないのか、考えてみようか」

    エラン・ケレスはにこにこと笑いながら、ニカに提案する。
    「学園の食料供給システムはどういうふうに成り立っているのか、説明できるかい? ニカ」
    ニカはしばし思案した後、こくんとうなずいた。
    「まず、あの学食の設備は、0から食料を作っているわけじゃない。予め準備しておいた食材を調理しているだけなの。で、その食材を作っているのは……」

  • 5205_5/823/06/30(金) 07:00:42

    要するに。
    ご飯の原材料となる肉や魚、野菜は、宇宙のあちこちにある大型の食糧生産プラントで作られる。そこでは培養肉や遺伝子調整された穀物が育てられ、一次加工されて食材製造プラントへと送られる。
    食材製造プラントでは、複数の原材料を組み合わせて二次加工を施し、長期保存できる食材を製造する。
    学園はその食材を受け取ってストックしておき、作る料理に応じてその食材を調理設備にセットする。
    学園の調理設備が実際にやっているのは、食材を切ったり混ぜ合わせたり、簡単な加熱処理をしたり、調味料で味を整えているだけ、ということだ。

    説明を受け終えたソフィは、呆然とする。
    「つまり、あのマシーンを地球で再現したかったら……
     ええと、食糧を生産する工場と、食材を製造する工場も必要って、そういうワケ?」
    「それだけじゃなくて、原材料や食材を安全かつ迅速に運搬する輸送手段や、それらを長期保存する冷蔵・冷凍設備も必要だね」
    「さらに、それらすべてを動かすための電力や、原材料や食材を作るのに必要な水を安定的に得る仕組みも必要。
     ……そんなことも知らなかったの? ソフィ」
    「う、うるさいなあ! 仕方ないじゃんか、誰も教えてくれなかったんだし!」
    ノレアから冷たい視線を向けられたソフィは、声を荒らげた。
    他人から懇切丁寧に教えてもらったことといえば、戦闘に役立つ知識と技術しかない。学食でランチを供給する仕組みがそれほど面倒で複雑だとは、初めて見るソフィには想像することすら困難な話だった。
    スペーシアンに搾取されているから食糧すらろくに無いのだ、という大人たちの言葉を真に受けて、その理由まで深く考えてこなかったせいでもあるが。

  • 5305_6/823/06/30(金) 07:01:58

    だが、ソフィは諦められない。何しろ食べることは大好きだし、難民キャンプの子どもたちが腹を空かせるのをこれ以上見るのも忍びないのだ。
    「どうにか地球で作れないの!? 全部のエリアとは言わなけど、せめて難民キャンプだけでもさあ!」
    「じゃあ、地球のほとんどのエリアで、アレが不可能な理由を考えてみようか」
    エランが解説を引き継いだ。
    「今の地球は、戦争シェアリングによってあちこちのエリアで断続的に戦闘が起こっている。戦闘が起これば建物が壊され、道路や電力網や水道管は寸断される。修理の人間を寄越すことすら危険だから、壊れたものは壊れっぱなしだ。
     つまり今の地球では、食料供給を支えている設備をろくに維持できないってことさ」
    「あー……そっかあ」
    ソフィはやっと得心した。
    工場や道路、電力網や水道管が壊れて修理もできないとなれば、食糧を安定的に供給するなんて不可能。言われてみれば当たり前の話だ。というか、自分たちも作戦の一環で建物や道路を破壊した経験がある。

    ……つまり、自分で自分の首を絞めていたってワケか。

    なんともやるせない気分で、ソフィはため息を付いた。
    「ご飯をたくさん食べたくて戦ってたのに、戦えば戦うほどご飯が食べられなくなるなんて……なんなんだよそりゃあ」

  • 5405_7/823/06/30(金) 07:02:41

    横合いからノレアが口を挟む。
    「ソフィ、それは違うでしょ。すべての元凶は、戦争シェアリングを地球に押し付けるスペーシアン。あいつらを全員殺せば、地球は豊かさを取り戻せる」
    「待ってノレア、そんなことは不可能だよ。それよりも戦争シェアリングを縮小してもらえるよう話し合うほうがいいし、話し合いの交渉材料を作るためにも、まず技術力を――」
    「交渉など何の意味もないってことがわからないんですか。いい加減にしてくださいよ貴女」
    「やる前から無意味だって決めつけるなんて、そんなのおかしいよ!」
    そしてさも当然のように、意見を異にする二人の人間の言い争いが再開される。飛び交う罵声の只中にさらされたソフィは、文字通り頭を抱えた。

    ……あー、もう。こいつらは。雑談だって何度も言ってるってのに。

    いいかげん面倒くさくなってきた。ついでに頭痛も酷くなってきた。
    やる気をなくしたソフィは、口論する二人を遮るように、ごろんとベッドに寝転がる。
    「はい、暇つぶし終わり。みんな解散」
    「……えっ?」
    「は? ……ちょっとソフィ、いくらなんでも自分勝手が過ぎる」
    文句を言いたげな二人に向かって、ソフィは寝転がったまま、大声で怒鳴り返した。
    「暇つぶし終わりィ! 全員解散ッ!」

  • 5505_8/823/06/30(金) 07:03:32

    理屈抜きの力技。子どもたちの喧嘩が収まらない場合の最終手段だ。
    だが効果はあったようで、鼻白んだノレアは口を閉じ、自分のソファへと戻った。
    ニカも毒気を抜かれたような顔で、部屋の隅の定位置へ歩いていく。
    エランは中央のソファへ戻る前に、お疲れ様、と声をかけつつにっこりと笑いかけてきた。何の底意もない彼の笑顔は、もしかしたら初めて見たかも知れない。

    だが、ベッドに寝転がるソフィの気は晴れなかった。

    何もかもを騙されていたような気分だった。
    いや、騙されていたというのは正しくない。悪いやつが一人いて、そいつに嘘を吹き込まれ続けてきた、なんてわけではないのだから。
    嘘をついていたと言うなら、自分が出会ってきた人間全員が少しずつ嘘をついていたのだろう。あるいは、少しずつ嘘を信じ込んでいたのだろう。
    自分自身も含めて。

    ……そう。疑いもしなかっただけだ。
    自分が戦うことで何がもたらされるのかを、自分で考えてこなかっただけだ。
    だからこれは、自業自得でしかない。

    「……遅いんだよなあ、気づくのが」

    寝転がったまま、ソフィは右手の開閉を試みた。
    やはり指は、ぴくりとも動かなかった。

  • 56スレ主23/06/30(金) 07:04:35

    ●業務連絡

    皆様、お読みいただきありがとうございます。コメントは励みになっております。
    現在は添付する画像の準備に追われており、なかなか返答ができない状態です。申し訳ありません。

    明日以降は毎朝1回のペースで投稿いたします。
    なお現在スレ主は仕事の都合のため、17時~23時に投稿ができません。
    勝手なお願いで申し訳ありませんが、この時間帯に保守作業を手伝っていただけると助かります。

    物語は全14話を予定しております(伸びる可能性があります)。
    長文になりますが、最後までお付き合いいただければ幸いです。

  • 57二次元好きの匿名さん23/06/30(金) 07:22:34

    投稿楽しみにしております
    規制かかってない時間帯で定期的に保守します

  • 58二次元好きの匿名さん23/06/30(金) 08:10:49

    続き楽しみにしてます
    ソフィかっこいいし5号と以外にいいコンビ
    本編では目立ちにくかったノレアを大切に思う気持ちが見られそうで嬉しい

  • 59二次元好きの匿名さん23/06/30(金) 12:20:53

    無知な子供と聡明な少女兵でちびっこのヒーローだったソフィの側面が全部見られていい

  • 60二次元好きの匿名さん23/06/30(金) 12:23:39

    ノレア!来るな!とか言ったりしてたもんなぁ本編でも

  • 61二次元好きの匿名さん23/06/30(金) 18:25:47

    アーシアン視点だとマジでヒーローだしな

  • 62二次元好きの匿名さん23/06/30(金) 19:12:14

    一見すると自由なソフィをフォローするしっかり者のノレアという印象なのに実はノレアのほうがソフィがいないと駄目なのがいい

  • 63二次元好きの匿名さん23/07/01(土) 01:00:08

    今回滅茶苦茶良かったです…
    限りない少ない供給さえも戦闘の被害で知らぬ間に切ろうとしていた……もうどっちもどっちってことなんですかね…何とも言えないんですけど…

  • 6406_1/823/07/01(土) 04:10:55

    そして、その日の深夜。
    盛大にあくびをしながら、ソフィはトイレを出た。
    時刻はすでに午前に差し掛かっている。部屋の照明は最低限にまで落とされていた。他の三人も、すでにそれぞれの場所で眠りに落ちている。
    朝の雑談の後、ベッドに寝転がりながら色々と考えていたら、いつの間にか寝入ってしまった。昼食も夕食もすっ飛ばして、次に少女が目が覚めたのがこの時間だったのだ。
    「うー。ご飯、2回も食べそこねちゃった……」
    もっとも、自分に出される食事といえばチューブ入りの味気ない流動食なので、それほど惜しいというわけでもなかったが。

  • 6506_2/823/07/01(土) 04:12:02

    トイレからの帰り道にふと横を見ると、ニカがいつもの位置で毛布をかぶっていた。積まれた荷物の上に横になっているので、毛布があるとはいえ随分と寝づらそうだ。
    なんとなく気になったので、ソフィは左手で、ニカのほっぺをつついてみる。
    「ニカ?」
    「……うん?」
    相手の眠りは浅かったようで、すぐに目を開けた。
    寝起きでぼんやりとしているニカに、ソフィは声をかける。
    「そんな地面が硬いとこじゃなくて、あっちのソファで寝たら?
     ノレアを気にしてるなら、むしろエランのそばにいたほうが安全だよ?」
    「……え? あ、うん」
    ニカは少しだけ驚いたようだが、すぐに毛布を持って立ち上がった。そのまま、エランが横になっているソファへと向かいかける。
    だが彼女はその途中で立ち止まった。
    首をこちらへと向け、口を開く。
    「あのね、ソフィ。今日の雑談のことなんだけど」
    「うん?」
    「あなたはどう思っているの? その、このままテロを……戦いを続けて、地球は良くなると、思う?」

  • 6606_3/823/07/01(土) 04:13:03

    「…………」
    すぐには答えられない。
    ソフィが昼間からずっと考えていたのも、まさにこのことだった。

    もしノレアが言う通りにスペーシアンを地球から駆逐できるなら、確実に地球の状況は良くなるだろう。
    だがニカの言う通り、それは不可能な話だった。真正面からではスペーシアンに勝てないからこそ、地球側はガンダムなどという命を削る兵器に頼り、テロ活動に走っているのだから。
    そしてテロに走れば走るほど、自分たちの攻撃や宇宙からの報復で建物や道路は壊れ、水道や電気は止まり、ますます地球は貧しくなる。
    だから答えは――

    ソフィの頭にちらりと、この部屋に仕掛けられているだろう盗聴器のことがよぎる。
    だが、
    「良くならない、だろうね」
    少女は躊躇なく、ニカに返答した。
    「少なくとも、美味しいご飯はますます食べられなくなる。その理屈は、まあ、飲み込めたよ」
    「じゃ、じゃあ」
    ニカの顔が輝き、彼女は身体ごとこちらに向き直った。
    「それなら、やっぱりテロなんて止めるべきだよ。こんなことを続けてたって、誰も幸せにならないよ」
    「…………」
    その問いかけにも、やはりすぐには答えられない。ソフィは左手で頭をかく。

  • 67二次元好きの匿名さん23/07/01(土) 04:13:13

    ニカちゃん、その子もう長くないんですよ…

  • 68二次元好きの匿名さん23/07/01(土) 04:14:01

    ソフィがいると外れ部屋の交流がめちゃくちゃ進むな
    潤滑油だ

  • 6906_4/823/07/01(土) 04:14:16

    正直、この問いに真正面から答えるのは面倒くさい。きっとひどく疲れるだろう。
    だがやはり、真剣に自分の考えを伝えるべきなのだろう。ニカのためというよりも、自分が知り合ってきた人々のために。
    ソフィもまた、相手に身体ごと向き直った。
    「あのさ。ニカは知らないだろうけど、フォルドの夜明けの戦闘員にマチェイってのがいてさ。トラップ作るのが得意なおっさんなんだけど」
    「……え?」
    相手の困惑顔を見つめながら、ソフィは続ける。
    「そいつ、もともとは街の修理屋さんだったんだよ。奥さんがいて、子供も3人いて、真面目に普通の暮らしをしてたんだってさ。
     でもある日、奥さんと子供3人を一度に失ったんだ。街でデモがあって、それをベネリットグループの駐留部隊が武力鎮圧して、その流れ弾に巻き込まれて、4人とも殺された。デモに参加したわけじゃなく、いつもの買い物の帰り道だったんだけどね」
    「………!」
    「マチェイは家族の葬儀を済ませた後、ベネリットグループに訴え出た。家族を巻き込むような鎮圧方法を選んだ駐留部隊の指揮官に責任を取らせようとしたんだ。
     そしたら数日後、マチェイはいきなり殺人犯として指名手配された。罪をなすりつけられたんだよ。マチェイ本人が家族全員を殺したってことにされたんだ。マチェイは警察に捕まる寸前にどうにか街の外に脱出し、そのままテロ組織に入ったんだってさ」

  • 7006_5/823/07/01(土) 04:14:51

    ニカは絶句している。やはり彼女は何も知らなかったようだ。無理もないが。
    ソフィは真顔で、ニカに問いかける。
    「マチェイはどうすればよかったんだろうね。
     おとなしく捕まれば間違いなく死刑だよ、口封じも兼ねて。でも他の街に逃げ延びたとしても、指名手配されてるからマトモな職業には就けない。
     それに、あいつの家族を殺した本当の犯人は、そのあとも駐留部隊の指揮官に収まって、力ずくの治安活動で何人もの市民を殺し続けてる。
     マチェイは逃げながら色々と考えて、フォルドの夜明けに入ることにしたんだ。それまでろくに銃を握ったこともなかったのに」
    それは、ある日の夜に薪を囲んで、本人から聞いた話だった。

    マチェイだけではない。フォルドの夜明けのメンバーから聞かされた身の上話は、どれも似たり寄ったりだ。
    先祖伝来の土地と家を企業行政法によって無理やり奪われた。いわれなき罪をでっちあげられ、テロ組織に逃げ込まざるを得なかった。
    たぶんその中には、嘘や誇張、思い込みも混じっていたのだろうけれど。
    大事なものを力ずくで奪われて、そして正当な手段では二度と取り戻すことはできない。その一点だけは、間違いなく全員に共通していた。

    ソフィは真顔のまま、ニカに再び問いかけた。
    「……マチェイは本当に、どうすればよかったんだろうね?」
    それは彼女本人にとっても、答えを見つけ出せない問い。
    マチェイは真面目な男だった。修理の腕も確かだった。本人の幸せだけを考えたなら、フォルドの夜明けになんて入らず、どこか遠い街に偽名で隠れ住んで、モグリの修理工をしながらひっそりと暮らせばよかったのだ。
    だけど彼は自分の意志でテロ組織に残り続けた。残り続けて、あっさりと命を落とした。

  • 7106_6/823/07/01(土) 04:15:23

    ニカは下を向いて黙り込んでいる。……真剣に、考え込んでいる。
    答えなんて出ないだろうし、それでいいのだろうと思う。簡単に答えなんか出されたら、そっちのほうが腹が立つ。
    ソフィはそう納得して、踵を返した。自分のベッドへと戻りかける。

    と、絞り出すような声が背中に響いた。
    「……あなたも……?」
    下を向いたままのニカが、問いかけてきた。
    「あなたも、家族を奪われたの?」

    「……いや、別に」
    ソフィは苦笑しながら、もう一度ニカに向き直る。
    「私は捨て子だったから。ノレアやみんなと違って、誰かに奪われたわけじゃないよ」
    そう、奪われたわけではない。
    自分を孤児院の前に捨てていった親は、おくるみ代わりのボロキレ以外は何も与えてはくれなかった。名前すらも、だ。
    「最初から大事なものは持ってなかった。
     ……奪われて怒るノレアたちが、実はちょっと羨ましいくらい」
    だから、大事なものが欲しかった。
    欲しかったけれど、力ずくで奪う方法しか知らなかった。
    だから力ずくで奪ってきただけだ。恨みや憎しみがあったわけではない。

    結局その方法では、大事なものは手に入らなかったのだけれど。

  • 72二次元好きの匿名さん23/07/01(土) 04:15:44

    こういうのが見たかった
    ありがとう

  • 7306_7/823/07/01(土) 04:16:09

    「ま、そういうわけでさあ。
     冷静に考え直してみたら、私はすぐに止められたんだよね。
     止めるつもりがあって、止めたあとも生きていく方法を知っていたなら」
    そしてエランからは、モビルスーツを降りても生きていく方法があると言われた。生き延びる才能があると言われた。少しばかり怪しい助言ではあったが。
    「もう少し早く気づけたら、私は止めることができたかもね。もう遅いんだけど」
    「そ、そんなことはないよ! 遅いなんてことはない!」
    ニカが必死に言い募る。
    「今からでも、止めてしまえば……辞めてしまえばいい! 私みたいに、フロント管理局に自首して……いえ、私は直前で妨害されちゃったんだけど。でも、私もここを出られたら、ちゃんと自首するから! だからあなたも」
    「いや、だからさあ。遅いんだよ、もう」
    ソフィは苦笑したまま、自分の右手を差し出した。
    麻痺した指を、ニカの眼前に突きつける。
    「エランから聞いたんだよね? ガンダムの呪い。データストームによる身体の障害と、死。
     私はもう長くない。たぶんあと半年と生きられない。ひょっとしたら一ヶ月後には死ぬかも知れない。
     やり直してる時間はないんだ。私には、ね」
    「……あ、ああ……」
    目を見開いて、ニカがあとずさる。

  • 7406_8/823/07/01(土) 04:16:56

    衝撃をまともに受け止めた彼女の肩を、ソフィは左手でぽんと叩いた。
    「あんたがそんな顔をしてどうするのさ。これは私の問題だよ? 私が勝手にパーメットスコアを上げすぎて、勝手に自滅しただけ。
     あんたが気に病むことじゃない。そんな顔されても、逆に腹立つ」
    そう言い捨てて、ソフィは今度こそベッドへと戻っていく。
    後ろで立ち尽くすニカには、もう視線は向けない。いま彼女に語るべきことは全て語り終えた。

    ――そう。私は自滅だ。時間がないのは自業自得。それでいい。

    ベッドの上で、のそのそと布団に身体を入れる。
    その途中で、隣のソファに身をうずめて眠るノレアを、ちらりと見やった。

    ――でも、こいつにはまだ時間がある。

    真面目に冷静に戦い続けた相棒なら、死期はもっとずっと後のはず。だから、
    布団をかぶって目を閉じて、ソフィは祈った。
    どうかノレアは、間に合いますように、と。

    祈りを聞き届けてくれる相手のことなんて、ろくに知りはしなかったけれど。

  • 75二次元好きの匿名さん23/07/01(土) 04:16:56

    辛いなぁ…

  • 76二次元好きの匿名さん23/07/01(土) 13:07:53

    ニカとの対話とかこれをやってたら違ったんだろうなというポイントを丁寧にやってくれてありがたい
    応援してます

  • 77二次元好きの匿名さん23/07/01(土) 18:13:02

    暗くてもいい
    残された時間が少なくてもいい
    ソフィの姿が見たい!

  • 78二次元好きの匿名さん23/07/01(土) 23:10:30

    最終回前期待保守

  • 7907_1/823/07/02(日) 05:25:51

    次にソフィが目が覚めたのは、早朝だった。
    部屋の照明はまだ暗い。寝ぼけ眼で周囲を見回すと、ノレアはまだ隣で眠っている。ニカはエランの向かい側のソファに移動し、そこで毛布をかぶっていた。
    そしてエランは、すでに目を覚まし、壁面に埋め込まれたモニターに見入っている。
    「……?」
    モニターをよくよく見やれば、今までずっと真っ黒だったその画面に、ニュース映像が表示されていた。音声はミュートのままだったが、映像には文字起こしが付いていて、情報を読み取ることは難しくない。

    ニュースは、地球のクイン・ハーバーで発生中の、大規模なデモと暴動の様子を伝えていた。

    「…………」
    ソフィはベッドを出て、エランの横に歩いていく。
    そのまま挨拶もなしに隣に座った。
    「……このテレビさあ、他のチャンネルには変えられないの? つまんないニュースより、アニメとか見たいんだけどなあ」
    エランは顔をこちらに向けもせず、首を振る。
    「残念ながら、チャンネルを選ぶことはできないみたいだね。スイッチもなければリモコンもなし。向こうがセレクトした番組だけを視聴できる親切設計だよ」
    「へー。余計なお世話ってヤツだね」
    ソフィは不機嫌な声でそう答える。
    実際、不機嫌にならざるを得ない。自分はともかくノレアがこんなニュースを見たら、怒りをさらに募らせるのは間違いない。
    それが――それこそがプリンスの狙いなのだとしたら? ソフィの中で、嫌な予感がますます大きくなっていく。

  • 8007_2/823/07/02(日) 05:26:51

    急いだほうがいいかも知れない。
    モニターには警棒に叩きのめされる市民が映り、流れる字幕は増え続ける死傷者の数を伝える。だがソフィはすべて無視し、脳内でこれからの話の流れを組み立てていく。
    そうしていると、隣のエランが興味深げに問いかけてきた。
    「……君はこういうニュースを見ても、あんまり怒らないんだね?」
    ソフィは少しだけ笑って、返答する。
    「ま、正直他人事だし。
     力が強いほうが弱い連中を踏みにじって奪う、なんてフツーの話だし。
     私もそのやり方で生きてきたしね。怒る筋合いなんてないよ」
    「……じゃあ、君が弱いほうに回ったら?」
    「もちろんゲームオーバーだよ。強いやつに出会ったら、命も何もかも奪われてオシマイ、ってだけ」
    平然とそう答えた後、瞳だけを動かし、自分の右の手を見やる。
    この手ではもう、銃の引き金も引けなければビームライフルのトリガーも引けない。今や自分も完全に弱者、奪われる側というわけだ。

  • 8107_3/823/07/02(日) 05:27:29

    エランはさらに質問を重ねてきた。
    「……君とノレアは、違うってことかな?」
    「そりゃ、ぜんぜん違うよ。ノレアは――」
    首だけを向けると、相棒はまだ、ソファのなかで寝こけていた。
    無防備な寝顔を見つめながら、続ける。
    「ノレアの身の上はよく知らない。一度も話してくれなかったから。でも、人から聞いたことがある。あいつは自分の両親をスペーシアンに殺されたんだって。
     だからノレアはスペーシアンを本気で憎んでる。いつもスペーシアンに怒ってるんだ。だって、」
    ソフィはそこで口を閉じた。
    左手を伸ばし、エランの手の甲をつつく。

    ――あいつはきっと、両親からたくさん愛してもらっていたから。

    モールス信号でそう伝えると、エランは天井を見上げた。
    何を考えているかよくわからない表情で、彼はしばらく黙り込んでいたが。

    「……ああ、ごめんごめん。暗い話になっちゃったね。
     せっかくだから、もっと明るい話題で会話しようよ」

    視線を水平に戻すと、いつもの軽薄な笑顔を浮かべたのだった。

  • 8207_4/823/07/02(日) 05:28:28

    そのキャラクターの変貌ぶりに、内心舌を巻きつつも。
    ソフィもまたいつものふてぶてしい笑みに戻り、話題を切り替える。
    「じゃあさ。この前の話の続きをしようよ」
    「この前の話? なんだったかな?」
    にこやかに笑う相手の手の甲を、そっとつつく。

    ――危なくなったらノレアを助けてほしいって件。返事は?

    するとエランは、顎に左手をやった
    「ああ、そうか。ここを出たら、君とノレアと一緒にデートに行こうって話をしたっけ」
    と同時、エランから手の甲をつつき返される。

    ――承諾する。でも、君も一緒だ。

    ソフィは呆れたような表情を浮かべた。
    「何言ってるのさ、そんな話してないよ。ていうか、ノレアはともかく、なんで私までデートに連れてくつもりなの。 
     女の子を二人同時に連れまわそうなんて発想、気持ち悪すぎ」

    ――私はいい。もし荒事になったら、ノレアだけを連れて逃げて。

    エランはこれ見よがしに胸に手を当て、へらへらと笑う。
    「いやいや、ノレアだってきっと、デートに出かけるなら君と一緒がいいって言うはずさ。僕としても、両手に花は大歓迎だよ」

    ――無理だ。彼女は君を置いていけない。

  • 8307_5/823/07/02(日) 05:29:04

    ……?
    エランが伝えてきたメッセージに、ソフィは疑問符を浮かべた。
    置いていけない、とはどういう意味だろう。
    ノレアだってそれなりに修羅場はくぐっている。銃弾飛び交う中、自分のような半死人を連れて逃げるなんて自殺行為だということくらいは承知しているはずだ。
    「止めろっての。そんなふざけた真似したらノレアが激怒するよ? 最悪、殺されるよ?
     デートするならノレア一人だけ。私は諦めなよ」
    ソフィはそう口にしながら、青年の右手をつつく。

    ――あいつはそこまでガキじゃないよ。

    いざとなれば、真面目な我が相棒はきちんと最善の行動を取ることができる。その確信を込めてモールス信号を送る。
    だが、エランはなぜか同意しない。
    メッセージを返すこともせず、黙ってこちらを見ている。
    いつの間にかその笑みは、へらへらとしたものではなくなっていた。

    「……エラン、こっちの話、聞いてる? デートは私を置いて、あんたたち二人で」
    「ああ、思い出した」
    いきなりエランが口を開いた。
    こちらのセリフに強引に割り込んで言葉を続ける。
    「昨日の夜、君が寝ている間のことだけど。ノレアが一度だけこっちに来て、僕に話しかけてきたんだ」
    「……へ?」
    無口で内向的で無愛想な我が相棒が、自主的にエランに話しに行った?

  • 8407_6/823/07/02(日) 05:29:35

    意外にも程がある。ソフィは身を乗り出した。
    「あいつ、あんたに何を言ったの?」
    「あまり君に近づくなとか、君に気安く話しかけるなとか、君を騙そうとするなとか、君に色目を使ったら殺すとか、まあそういうことを延々。5分くらい。いつもの調子で」
    「……それだけ?」
    「それだけだね。ひたすら君のことだけだった」
    「……? 何、それ」
    よくわからない。ノレアはいったい、エランに何を言いたかったのか。
    相棒の気持ちを測ることができずに首を傾げていると、緑の髪の青年はじっとこちらを見た。
    その目は笑っていなかった。
    「あの子、君にものすごく依存しているんじゃないか? 君はまるで自覚がないようだけど」
    え?
    「もし君が――たとえば戦死するなりして――あの子の傍からいなくなったとしたら。
     ……あの子、耐えられるのかな?」
    ええ?

    そんなバカな。
    あいつはそんなキャラじゃない。
    皮肉屋だけど、いつだって冷静で、寡黙で、いちいち仲間の死に動じたりなんて、

    『置いていかないで……ひとりぼっちにしないで……』

    いつか聞いた泣き声が脳裏をよぎり、ソフィは目を見開いた。

  • 8507_7/823/07/02(日) 05:30:07

    エランが語り始める。
    いつもとは真逆の、真摯で重々しい口調で。
    「君がこの部屋に担ぎ込まれてから二日前に目を覚ますまでの間、ノレアはずっと君の看病をしていた。
     そりゃあもう甲斐甲斐しくね。僕も思わず手伝いを申し出ちゃったくらいに必死だったよ。
     ……彼女は錯乱しかけてた。君がこのまま目覚めないんじゃないかって、ひどく心を痛めてた」
    「…………」
    「どうも君は、自分の命をとても軽く見てるようだ。
     ま、それ自体は君の哲学ってやつだ。好きにすればいい。
     でも、ノレアにとって君の命は軽くはない。むしろ何よりも重いかもしれない。
     ……君はそういう彼女の思いに、きちんと向き合ってないんじゃないか?」
    「…………」
    ソフィは何も返答できない。
    初めて見るエランの真剣な表情に気圧された、ということもある。
    だが最大の理由は、突きつけられた問いの重さを、受け止めることができなかったためだった。

    ……私に死んでほしくない? 死んでしまったら、立ち直れない?
    ……いつ死んじゃっても構わないと、私はそう思っていたのに?

    こちらが呆然としているのを見て取ったエランは、ふう、と一つ息をついた。
    「……ごめん。こんなの余計なお世話だよね。
     僕としても本当は、こんな踏み込んだことを話すつもりじゃなかった。
     でも、どうしても黙っていることができなかった。
     君にきちんと向き合ってもらえないノレアが、あまりにも可哀想だったから」

  • 8607_8/823/07/02(日) 05:30:39

    「……私、は」
    何か言い返そうとして、結局ソフィは、何も言えなかった。
    エランの指摘どおりだったからだ。

    ノレアが素直じゃないから、それに甘えて、真剣に相手の本音を聞き出そうとしなかった。
    いつも黙って後ろを守ってくれるから、それに甘えて、いつも好き勝手に振り回していた。
    自分はノレアの何を知っていたというのか。いやそもそも、何も知ろうとすらしなかったんじゃないのか。

    「あー……」
    後悔の念が押し寄せて、ソフィは頭を抱える。
    なぜこんな大事なことを、今更になって知る羽目になるのか。
    自分にはもう、いくらも時間が残っていないというのに。

    「ま、身近な人だからこそ本音に気づかない、なんてよくあることだよ。そんなに気を落とさないで。
     とはいえ……このままってわけにはいかないよね。
     もう一度、君の友達とよく話し合ってみたら? 多分それくらいの時間はあるさ」
    慰めるようにそう言ってから、エランはソファに座り直した。
    彼は無言でニュースに見入り、そして何かを考えているようだった。

    ソフィもまた、無言で立ち上がった。のろのろと自分のベッドへと戻っていく。

    背後のニュースは、地球での死傷者の数を報じ続けていた。

  • 87二次元好きの匿名さん23/07/02(日) 09:05:01

    いいなあ。ソフィもノレアのこと大切に思っていただろうけど本編では色んな意味で置いていく形になっちゃったからね
    5号もそこを見抜いてフォローしてあげるのカッコいい

  • 88二次元好きの匿名さん23/07/02(日) 09:13:21

    ずっと付いてなかったあのタイミングでTVついてたの、シャディク勢の仕込みの可能性高いよなぁ……
    実際、何も仕込んでないなら「魔女は最後まで利用させてもらう」だなんて確信めいた言葉吐くのは謎だし(本編は5号が最悪のタイミングで運悪く付けちゃった可能性も高いけど)

  • 89二次元好きの匿名さん23/07/02(日) 18:07:51

    データストーム汚染みたいなところにも触れてるし水星の魔女の読み込みがすごいな

  • 90二次元好きの匿名さん23/07/02(日) 21:02:07

    最終回ソフィノレ出演記念保守

  • 91二次元好きの匿名さん23/07/03(月) 01:33:27

    あの何もついていなかったテレビがいきなりつくの、たしかに仕込みな感じがするね。

  • 92二次元好きの匿名さん23/07/03(月) 02:06:57

    ソフィ5号ノレアの三人の話がますます読みたくなる最終回だった
    楽しみに待ってます

  • 9308_01/1123/07/03(月) 03:27:34

    気づけば、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。
    「……あれ」
    のそのそと上半身を起こしてみると、時刻はとっくにお昼を回っている。また二食ぶんを食べ損ねたらしい。
    右へ首を向ければ、中央のソファにエランとニカが隣りあって座り、モニターに映るニュースを見つめていた。
    昼間になったからということか、映像音声が部屋に響いている。デモ隊のリーダーとの交渉がどうとか言っている。
    「もうミオリネの会談が始まるのか。展開が早いな。
     さて、総裁選に向けての点数稼ぎとしては、どういう結果が望ましいのかな?」
    「ミオリネはそんな打算的な人間じゃありません。地球の人々と手を取り合いたいって気持ちは本物です。きっと双方にとっていい結果に……」
    そんな二人の会話も漏れ聞こえてくる。
    ……会談?
    「デリングの娘が地球に降りて、地球側の代表と会談をするんだって」
    首を傾げていると、背後から不機嫌な声が状況を解説してくれた。
    無論、ノレアだ。
    彼女はベッドの横のソファに座り、ノートと鉛筆を手にしたまま、苛つきを隠せない表情でニュースを眺めている。
    「……虐殺者の娘め。今さら慈悲深き支配者を気取るつもりか。反吐が出る……!」

  • 9408_02/1123/07/03(月) 03:28:44

    相棒の横顔を見つめながら、ソフィは思考を巡らせる。

    ノレアはいつも、世界に対して怒っていた。
    それは世界に諦観していたからだと思っていた。何の希望も持っていないからだと思っていた。

    ……そんなはず、ないじゃん。

    ちょっと考えてみればわかることだ。
    本当に何の希望も持っていないなら、いちいちこんなふうに苛立ったり怒ったりはしない。
    完全に無関心になるだけだ。……自分みたいに。

    まだ希望を捨てきれていないからこそ、期待を裏切り続ける世界に怒るのだ。

    ……結局、私は何も判ってなかった。相手の言うことを額面通りに受け取るだけだったから、ノレアの本心も見えてなかったんだ。

    早朝のエランとのやり取りを思い出しながら、ソフィは自嘲する。
    戦って奪う以外のやり方はないのか。
    戦い続ければ地球は良くなるのか。
    自分はいつもそうだ。深く考えなかったから、結局は何も判らないままだった。

  • 9508_03/1123/07/03(月) 03:29:46

    だけどもう、そういうわけにはいかない。
    いつ荒事が起こるかわからないのに、相棒の本音を知らないなんて危険すぎる。
    いざというとき、相棒が自分を置いて逃げることができない、なんて事態に陥れば、二人で共倒れになりかねない。

    ソフィは決意する。
    相棒と向き合い、彼女の本心を聞き出し、そして必要であれば説得しなければいけない。
    自分を見捨てて逃げるよう言い聞かせなければいけない。

    ニュース映像を見ながらぶつぶつとつぶやくノレアに、ソフィは話しかけた。

    「ノレア。
     あのさ、もう気づいてると思うけど」
    相棒がこちらに顔を向ける。

    そう、彼女はもうとっくに気がついているはずだ。
    こちらの右手が動かないことを。しょっちゅう頭痛を感じていることを。すぐに疲労が貯まることを。
    ……命が、長くないことを。
    気づいていながら、ノレアはその話題を避けている。極力触れまいとしている。

    でも、もうお互いに目を背けるわけにはいかない。
    ノレアの緑がかった瞳を真正面から見つめ、ソフィは核心へ踏み込む。
    「私の身体は、たぶんあと」

  • 9608_04/1123/07/03(月) 03:30:45

    そして即座に胸ぐらを引っつかまれ、言葉を途切れさせる羽目になった。
    「ぐえっ。ノ、ノレア、ちょっ」
    「…………」
    恐ろしく強い力で下に引きずり込まれ、身動きが取れない。頭は布団に押し付けられんばかりだ。
    抵抗もできないまま目を白黒させていると、ノレアの声が響いた。
    「……言わないでっ……」
    相棒の顔はすぐ近くにあるけれど、首を無理やり押し下げられたので視界の外だった。だからその表情は見えない。
    「……言うな。それ以上、何も言わないで」
    ささやくような小声で、相棒は喋り続ける。
    それはこちらに話しかけるというより、ここではないどこかへ祈り上げるような口調だった。
    「お願いだから、これ以上は。
     これ以上は何も。何も。何も」
    「……ノレア?」
    その切実さに、ソフィは驚く。
    相棒の声に込められた感情の重さは、少女の想像をはるかに超えていた。
    「何も。何も言わないで。何も。何も。何も。
     ……何も奪わないで。
     お願い。
     これ以上は。
     これ以上はもう、私から奪わないで……」
    声は涙混じりになっていた。
    ソフィを掴む腕は、震えていた。
    「お願い。あんたは。ソフィだけは。
     ソフィを私から奪わないで。ソフィだけは、ソフィだけは……」

  • 9708_05/1123/07/03(月) 03:32:26

    予想だにしていなかった事態に、ソフィは驚き戸惑う。
    首を捻じ曲げて右手側を見ると、エランとニカも困惑顔でこちらを見ていた。
    二人ともこちらに声をかけようとはしない。エランは腰を浮かしかけていたが、しかしその場からは動いていなかった。

    ――ソフィ、君がなんとかするしかない。

    彼の真剣な表情は、そう語っていた。

    ……そりゃもちろん、そのつもりだ。
    だけど、今のノレアにどんな言葉をかければいいのかが分からない。
    そもそも、なぜ彼女がこれほどまでに思い詰めてるのか、それがよく分からない。

    自分はすぐ死んでしまうと言うのに。
    家族というわけでもないのに。
    なぜこうも死んでほしくないと願うのか。
    それがソフィには、わからない。

    「…………」
    そして、思い出す。
    自分が何も判っていなかったのは、知ろうとしなかったからだ、ということを。
    どうして、と尋ねなかったからだということを。

  • 9808_06/1123/07/03(月) 03:33:39

    「どうして?」
    下を向き、相手と頭の一部を接する。
    そんな奇妙なポーズのまま、ソフィは問いかけた。
    「どうして私に死んでほしくないのさ。仲間が死ぬなんて、今まで何度でもあったじゃんか」

    自分たちみたいな魔女は何人もいた。皆、知り合ってから2年とたたずに死んでいった。
    だから、自分もノレアもそうなるものだと受け止めていた。そういうものだと受け入れていた。
    いずれすぐに死ぬのだから、死ぬことをいちいち怖がる必要はないと思っていた。
    死なないことを願うのは不毛だと思ってた。

    「みんなと同じだよ。みんな死んでいった。私も死ぬ。それだけのことじゃん」
    「……違う……
     他の子たちとは、違う……」
    絞り出すような声で、ノレアが答える。
    だが、ソフィは分からない。

    「あんたと私は家族じゃないんだよ?
     家族なら死んだら悲しいってことは、私も知ってる。
     でも私は家族じゃないんだから、私が死んだら次を見つければいい。次の仲間と相棒になればいい。
     今までだってそうしてきたんでしょ? 私も、あんたも」
    「嫌だよっ! 嫌、なんだよ……!
     家族じゃなくても、なかったとしても、それでもソフィに死んでほしくない!」

    ノレアの腕の力が、ますます強くなる。
    絶対にこの手を離さない、離したくないと言わんばかりに。
    しかしソフィには分からない。どうしても、分からない。

  • 9908_07/1123/07/03(月) 03:34:22

    分からない、けれど。
    本当によくわからない、けれど。

    ……嬉しい。

    そんな気持ちが、芽生えた。

    「私たちは家族じゃなくて、私はすぐ死ぬのに、それでも死んでほしくないの? ノレア」
    「……そうだよ……」
    「なんで?」
    「……っ。
     好き、だからだよぉ……!
     好きだから、ずっと一緒に、生きていたいんだよぉ……!」

    ノレアの訴えを聞いても、やっぱりソフィは理解できなかった。
    好きだろうとなんだろうと、人は死んでいく。
    自分たち魔女は特にそうだ。
    死んでいくと決まっているのに、死んでほしくないと願うのは不毛だ。現実を直視できていない。さっぱり理解できない。

    理解できないけれど、しかしソフィは、思った。

    そういうふうに思ってもらえるのは。
    ずっと一緒に生きていたいと思ってもらえるのは、嬉しい、と。

  • 10008_08/1123/07/03(月) 03:35:06

    新たに芽生えたこの気持ちは、自分自身でもよく分からないものだった。
    けれど、手放したくないと思えるものだった。
    切り捨てたくないと思えるほどに、暖かい感情だった。
    「…………」
    しかし、困った。
    これではノレアを説得できない。
    死んでほしくないと願うノレアの気持ちを、嬉しいと思ってしまっている今の自分では――自分を見捨てるようノレアを説得するのは無理だ。
    視線を横に向けてみると、エランは相変わらずこちらを見守るだけだ。表情は真剣だけれど、助けに入ってはくれそうにない。

    ……どうしよう。

    このまま何も言わずにいれば、一歩も前に進めないということになる。
    もしかしたら明日にでも揉め事が起こるかもしれないというのに。

    ソフィは必死で考える。今までの人生でもダントツと断言できるほど全力で脳をフル稼働させる。
    この場でノレアを説得することは難しい。順番通りに話を進めることはできない。

  • 10108_09/1123/07/03(月) 03:35:36

    4人ともが沈黙したために、部屋の中に響くのは、ニュースの音声だけとなった。

    『……ベネリットグループが譲歩する可能性は低いですが、もし交渉が妥結すれば、地球側にとって大きな進展に……』

    それは明るい未来を期待する声だった。

    ……未来。
    そういえば、それを二人で話したこと、一度もなかったな。
    そんなものがあるなんて、今まで一度も考えたことはなかったから。

    ひとりごちた後、ソフィは口を開いた。
    「ねえノレア。何もかもが終わったら、何したい?」
    「……え?」
    意表を突かれたのか、相棒が疑問符を上げた。彼女の腕の力が緩む。
    話題そらしに成功したソフィは顔を上げ、再び相棒と視線を合わせる。

    「何もかもが上手く行って、全部終わって……私たちが戦う必要もなくなったらさ。
     あんたは何がしたい? ノレア」

    「何って……」
    ノレアは呆然としている。
    ソフィはにっと笑い、そして促した。
    「言ってよ。私はノレアが何をしたいのか、一度も聞いたことがなかった。
     全部終わったら何がしたい? ガンダムを降りて、銃を捨てて、どこへ行きたい?」

  • 10208_10/1123/07/03(月) 03:36:17

    それは現実逃避の質問だった。
    今の苦境から目をそらして、都合のいい未来を夢見る。
    問いかけたソフィ自身も、それは十分に自覚していた。

    だが、今を直視できないなら、せめて。
    未来への希望を、繋ぎたい。

    「なんかあるでしょ? やりたいこと。行ってみたい場所」
    「…………」
    ノレアは無言だ。こちらを見つめ返し、泣きそうな顔で考え込んでいる。
    彼女もこの問いかけが現実逃避であることは分かっているのだろう。
    それでも今は、彼女もそれに縋るしかない。縋らなければ、今を耐えることすらできないのだから。

    そして、数秒後。
    ノレアはとうとう、自らの望みを口にした。

    「……絵具を買って、筆を買って、キャンバスを買って、イーゼルを買って。
     それを持って、太陽が明るい場所に行ってみたい。空気が綺麗で、水が美しくて、色彩が豊かで。
     あんたと一緒にそんな場所に行って、風景を一つ一つ絵にしたい。心いくまで筆を走らせたい」

    おお、とソフィは感嘆した。
    我が相棒はやっぱり詩的だ。自分だったら美味しいものを腹いっぱい食べたいとかその程度なのに、願いの描写の量からして違いすぎる。

  • 10308_11/1123/07/03(月) 03:37:21

    「太陽が明るい場所かあ。いいねー。でも、それってどこに行けばいいのかなあ?」
    「南仏のアルルはどうだろう? 大勢の有名な画家がそこで絵を描いたそうだよ。大昔の話だけど」
    いつの間にかベッドの傍に忍び寄っていたエランが、訳知り顔で提案してくる。
    ちゃっかりと美味しい役をこなす彼にジト目を向けつつも、ソフィは彼の話に乗っかった。
    「南仏……えーと、どこだっけ? どこにあるか知らないけど、どうやって行こうか」
    「クイン・ハーバーからだと地球の反対側になるね。飛行機は飛んでいるかな。飛行機がなければ船か」
    「……船なんて使ったら、何十日もかかる。そんなに長い間、ソフィが船の中で大人しくできるはずがない」
    意外にも、ノレアも話に乗っかってきた。
    先程まで泣きそうな顔だったのに、薄く笑みすら浮かべてこちらを揶揄してくる。
    なんだとお、とソフィは怒ってみせた。ノレアだって狭いところに閉じ込められるのは嫌いなくせにと反論した。

    そうしながら、ソフィは改めて決意する。

    ノレアには時間がある。未来への願いがある。自分と違って。
    だから、必ず生かしてここから返す。

    たとえどんな手段を使ったとしても。


    モニターの中ではニュースキャスターが、地球と宇宙の代表同士での会談が始まったことを伝えていた。

  • 104二次元好きの匿名さん23/07/03(月) 05:00:09

    まずい…本編だとこの後…!

  • 105二次元好きの匿名さん23/07/03(月) 09:19:14

    このあとがノレアの終わりの分岐点だよね…

  • 106二次元好きの匿名さん23/07/03(月) 19:28:23

    期待保守

  • 107二次元好きの匿名さん23/07/04(火) 01:11:30

    保守

  • 10809_1/823/07/04(火) 06:03:13

    「やあ、ごめんごめーん。ちょっとお腹痛くてさー」
    トイレが長くなったことを言い訳しながら、ソフィは部屋へと戻った。
    時計を見てみれば、もう夜の7時を回っている。大して長くもない文章にえらく時間がかかってしまった。右手が使えないので仕方ないのだが。
    こっそりくすねた予備の鉛筆を、どうやってノレアにバレずに戻そうか、なんてことを思案しながら中央のソファまで歩く。

    ノレアも含めた三人は、少しずつ距離を取りながら部屋の中央に陣取り、思い思いの姿勢でモニターに流れるニュース映像を眺めていた。三人ともこちらに視線も返さない。えらく熱心に見入っている。
    「……なんかあったの?」
    軽い調子で尋ねながら、ソフィもモニターに視線をやり、そして驚愕した。

    『ベネリットグループのモビルスーツが住宅団地を砲撃。犠牲者が多数出ている模様』

    その文字とともに、燃える市街の様子が映っている。
    クイン・ハーバーで戦闘が――否、戦争が始まっていた。

    「スペーシアンが……また私たちを殺して、私たちから奪っていく……っ!
     結局、スペーシアンは……この世界は……っ!」

    身を乗り出して歯ぎしりするノレアを、今はソフィも止めることはできなかった。

  • 10909_2/823/07/04(火) 06:04:04

    エナオ・ジャズは、通信機に報告する。
    「サリウス代表を運ぶ船は、12時間以内に準備が完了する見通し」
    すべてがフロント管理社の監視下に置かれたこの状況で、長距離移動できる船を学園内に秘密裏に確保するのは、いかに彼女といえど容易ではない。だがそれでもやり遂げねばならなかった。
    もはや一刻の猶予もない。持ち駒をすべて使い潰してでも時間を稼ぎ、サリウスの身柄を宇宙議会連合に届けなければならない。

    そんななか、ひとつ懸念事項があった。
    エナオは相手に告げる。
    「あの二人、どうする? このまま解放しても、ガンダムには乗らずに逃げ出す可能性が高い」
    スペーシアンへの敵愾心を煽るべく色々と配慮したつもりだったが、こちらが期待していたほどには敵意は高まらなかった。このままだと学園方面に敵の部隊を引き付ける駒がいなくなる。宇宙議会連合の介入の口実も増やせなくなる。

    しかしエナオの通信相手はいささかも慌てない。
    ガンダムを繋留するドックへの通路以外を全てロックし、二人の逃げ道を塞ぐこと。
    学園内にドミニコス隊が乗り込んできたならば、彼らの通信をグラスレー寮にも流し、天敵が来たことを二人に教えてやること。
    その2手だけで十分だ、とエナオに指示し、そして笑ってみせた。
    魔女にはどこにも逃げ場はない、最後までこちらの駒として利用させてもらう、と。

    「了解」
    エナオは短く返答し、グラスレー寮から邪魔な生徒を退避させるための準備を開始した。

  • 110二次元好きの匿名さん23/07/04(火) 06:04:33

    このレスは削除されています

  • 11109_3/823/07/04(火) 06:11:36

    眠れぬ夜が、明けようとしていた。
    モニターに流れるニュースは、戦闘エリアの拡大と死傷者の増大をしきりに連呼している。
    ニカはいつもの定位置に戻り、一人で打ちひしがれていた。ミオリネがこの虐殺を指揮したという報道がよほどショックだったようだ。
    ノレアは中央のソファに座ったまま、ニュースにかじりついている。速報が出るたびに怒り出すので、宥めるのに回っていたソフィも途中で諦めざるを得なかった。
    そのソフィは今、相棒のそばを離れてベッドに戻り、ベッドの端に腰掛けるエランと意見をやり取りしていた。

    総裁選は、このままいけばミオリネの当確はほぼ確実。
    ベネリットグループの頂点を狙っていただろうプリンスの野望はご破産に終わることになる。
    それだけならいいが下手をすると、プリンスがグループ内に張り巡らせた陰謀の網まで新総裁によって明るみに出され、プリンスの一派がまとめて破滅に追い込まれるかも知れない。
    プリンスがその事態を恐れた場合、自分たちはプリンスによって口封じに殺される可能性がある。

    ……まあ、そうなるだろうなあ。

    天井を見上げながら、ソフィは無感動に嘆息する。
    最初から高いとは言えなかったプリンスへの信頼は、とっくの昔に底値を割っていた。どういう扱いを受けたとしてもショックはないし、向こうが何をしてきたとしても対応できるよう心構えをしておくべきだろう。

  • 11209_4/823/07/04(火) 06:12:03

    「ところでソフィ、気がついてるかな?」
    時計を見ながらエランが聞いてくる。
    「いつもはこの時間に朝食が運ばれてくるんだけどね。未だに来る気配がない」
    「……あ、そうなの? 私ここに来てからその時間はいつも寝過ごしてるから、気がつくも何もないんだけどさ」
    「おや、そうだったっけ。これは失敬」
    てへ、とあざとく舌を出すエランの右手を、ソフィは指でつついた。
    彼女らを世話する係の人間が一向にやってこない、ということはつまり。

    ――この建物内でもう、何かが始まってる。

    ――その可能性が高いね。

    メッセージを交換し、二人は黙り込む。
    どうやら最悪の事態に備えなければならないようだ。

    ――あのソファとこのベッドとで、バリケードでも作ろっか?

    ――銃器がないから、少しの時間稼ぎにしかならない。それよりは……

    二人は急ぎ、対応方法の再検討を始めた。

  • 11309_5/823/07/04(火) 06:12:35

    9時近くになって、ようやくノレアも気分が落ち着いてきたようだ。
    あるいは単に疲れたのか。
    ソファに体育座りして、ぶつぶつと何かをつぶやくだけになっている。
    もうモニターの方を見てもいない。

    ……そろそろいいかな?

    ソフィは相棒を見やる。
    少しでも身体を休ませなければならなかったし、今後の対応方針を伝える必要もある。
    そばに来るよう指示すべく、ソフィは口を開こうとし、


    カシュっ。


    直後、間の抜けた電子音とともに、部屋の扉がスライドした。
    「……開いた?」
    体育座りしていたニカが、呆然とつぶやく。

    外には誰も立っていない。無人だ。
    このままなら自由に外に出ていける。

    ソフィは何もない廊下を睨みつけた。
    想定よりも早く、始まってしまったらしい。

  • 11409_6/823/07/04(火) 06:12:56

    扉が開いて真っ先に動き出したのは、ノレアだった。
    脱兎のごとく駆け寄ると、ほとんど体当りの勢いで扉の真横の壁に背中を押し付ける。
    彼女は首だけを扉の外に出し、廊下に誰もいないことを念入りに確かめた。

    「……無人。ソフィ、行くよ。脱出しよう」

    険しい顔でこちらを見つめるノレアの姿に、ソフィは安堵の笑みを浮かべた。
    先程まであれほど怒り散らしていたのに、今はもう最速で最善の行動をとっている。さすがは我が相棒だ。
    「そうだね。ここに留まるよりは、さっさと逃げたほうが良さそう」
    同意したソフィはベッドから降りた。ついでに隣の青年にウインクする。
    エランはやれやれと肩をすくめ、そして芝居がかった仕草でお辞儀をしてみせた。
    「承知しました、お姫様方。あなたたちの騎士が護衛しましょう」

  • 11509_7/823/07/04(火) 06:13:18

    廊下に出て歩き出すと、すぐに異常に気づいた。
    あちこちに防火扉が降りていて、行ける場所が大きく制限されている。
    部屋という部屋の扉が厳重にロックされていて、どこにも入ることができない。
    「……どういう意図だろうね? コレ」
    ソフィは疑問を口にする。
    「僕らをどこかに誘導したい、てことかな?」
    周囲を確認しながら、エランが答える。
    「建物の外への道は全て塞がれてる。奥へ進む道しか残ってない……」
    ノレアが警戒を強める。
    「困ったな。早くみんなのところへ帰らなきゃいけないのに」
    ニカが困惑する。

    …………。

    ソフィは歩みを止めないまま、首だけを背後に捻じ曲げた。
    さも当然のように自分たちと同行する少女に、ツッコミを入れる。
    「なんで私たちについてくるのさ、ニカ」
    すると右腕を吊った少女は、不本意そうな顔を向けてきた。
    「別にあなたたちと同じところに行きたいわけじゃないよ。こっちにしか行けないだけ」
    「うろうろ出歩くより、治安部隊とかが来るまで大人しく待ってたほうが安全だと思うよ?」
    「そんなわけにはいかないよ。わたしは地球寮のみんなを裏切ったんだから。だから、早く帰って謝らなくちゃいけない」
    「……鬱陶しい……」
    ぼそりとノレアが毒を吐く。
    だがさすがに彼女もこの状況でニカと口論を始めるつもりはないようだ。そのまま黙って先頭を歩いていく。

    ……ま、いいか。

    例によって面倒くさくなったので、ソフィはこのメンバーのまま探索を続けることにしたのだった。

  • 11609_8/823/07/04(火) 06:13:47

    防火扉によって制限され、ほぼ一方向にしか行けない廊下を歩く。
    やがて4人は、巨大な空間が広がる一画に行き当たった。
    ノレアがつぶやく。
    「ドック……グラスレー寮の……ということは」
    首を巡らせると、すぐにそれは見つかった。
    ルブリス・ウル。ルブリス・ソーン。
    ソフィとノレアの乗機は、ずっとこの場所で整備されていたようだ。被弾個所は修繕され、今すぐにでも出撃可能なように見える。
    と、2機のガンダムを発見したちょうどそのタイミングで、ドックが大きく揺れた。
    「この振動……モビルスーツか?」
    エランが天井を見上げる。学園内に新たなモビルスーツが侵入したらしい。
    直後、ドック内のスピーカーから声が響き渡った。

    『カテドラル所属、ドミニコス隊司令のケナンジ・アベリーだ。学生諸君らはその場から動かないように』

    建物の外からの通信を、そのままこのドックにも流しているのか。
    耳にしたノレアが驚愕の表情を浮かべる。
    「ドミニコス……魔女狩り部隊!」

    どうやら事態は、最悪の方向に向かって突き進んでいるようだった。

  • 117二次元好きの匿名さん23/07/04(火) 09:21:15

    ついに運命の時がきてしまった…

  • 118二次元好きの匿名さん23/07/04(火) 18:20:34

    保守

  • 119二次元好きの匿名さん23/07/04(火) 18:22:14

    うわぁ…ああ…

  • 120二次元好きの匿名さん23/07/04(火) 21:25:12

    あ…ああァァ…

  • 121二次元好きの匿名さん23/07/04(火) 21:40:12

    この5号はソフィを看護するところからノレアの本当の姿を見てたんだね

  • 122二次元好きの匿名さん23/07/05(水) 07:26:32

    ほしゅ

  • 12310_1/823/07/05(水) 08:07:57

    あー、そういうことかあ。
    ソフィは他人事のようにつぶやく。

    ドミニコス隊の司令官がわざわざ学園内までやってきて、自ら生徒たちに勧告を行っている。ということは恐らく、この学園はすでにドミニコス隊の包囲下にあるということだ。もはやこっそり脱出することは不可能だろう。
    残った手段は強行突破しかない。そして自分たちは誘導されるようにガンダムの置かれたこのドックに通された。これに乗って戦えと言わんばかりに。

    「なるほどね。最初から私たちをここで使い潰すつもりだったってことかあ」

    地球の魔女を死ぬまで暴れさせて、自分たちが逃亡するための時間を稼ぐ。いかにもあのプリンスらしい駒の使い方だ。
    ソフィは右手を見やる。やはり指は回復していない。このぶんではウブリス・ウルに乗り込んだとしてもその性能を十全には引き出せない。パーメットスコアもどこまで上げられるものか。
    たとえ体調が万全だとしても、ドミニコスの本隊との戦いで勝てる公算は低いというのに。

    想定していた中でも、これは最悪の部類だ。
    ソフィは嘆息する。
    そして想定していたのだから、想定通りに事を進めるだけだ。
    ソフィは迷いなくノレアに告げた。

    「私がウルで先に出てアイツらを引き付ける。
     ノレアは2分後にソーンで出て。で、外壁を破壊してここから脱出。おっけー?」
    「………っ!」
    ノレアの顔色が変わる。さすがは我が相棒、一瞬でこちらの意図を見抜いたらしい。
    自分を囮にして逃げろ。それがソフィの作戦だった。

  • 12410_2/823/07/05(水) 08:09:05

    「だっ……駄目、そんなのっ!」
    「問答してる暇はないよ」
    あえて冷たく言い捨てて、ソフィはウルへと向かう。
    その肩を、ノレアがあわてて掴んだ。
    「一人で魔女狩り部隊と戦うつもり!? 嬲り殺しにされるだけじゃない!」
    「4分くらいは持たせるよ。いいからさっさとソーンに乗って。もう時間がないし」
    「一緒に戦わせてよ、ソフィ!」
    「ダーメ。そんなことしたら、二人まとめて包囲されて終わるだけじゃん」
    「囮になるなら、あんたじゃなく私が!」
    「それで私だけ生き延びたとして、半年後には私はお陀仏だよ。それじゃ何の意味もないでしょ」
    「だからってっ……」
    突き放すようにソフィは言葉を連ねるが、ノレアはどうやっても納得してくれない。

    ……やっぱ、こうなったか。

    昨日のやり取りで、相棒が自分を見捨てることができないことは分かっていた。
    相棒の気持ちは理解できないけれど、しかし、きっとこうなるだろうということは予想できた。
    そして、自分が相棒を説得することは不可能だということも。

    今は一刻を争う。
    ふう、とひとつ息を付くと、ソフィは身体ごと相棒に向き直った。
    「行きたいところがあるんでしょ? ノレア。
     太陽が明るい場所に行くんでしょ? そこでたくさん絵を描くんでしょ?
     だったら、自分が生き延びることだけを考えなよ」

  • 12510_3/823/07/05(水) 08:10:17

    「嫌だよっ……! ソフィと一緒じゃなきゃ、嫌だよっ!」
    泣きながらノレアは拒絶する。
    そして、その声に少しずつ、呪詛が混ざり始める。
    「一緒に行けないなら……置いていかれるくらいなら……!
     一緒に死のう、ソフィ。ガンダムで大暴れして、一人でも多く道連れにしよう?
     私たちがこんな目にあってるのに、のうのうと楽しんで生きてる連中を……学園ごと、何もかも!」

    ああ――違うよノレア。
    ろくに知りもしないこの学園の連中なんて、どうでもいいじゃないか。
    どう生きていようが、どう死のうが、私とあんたには何の関係もない。
    そんなことをしたいわけじゃないんだよ、ノレア。

    やはりノレアの気持ちは理解できない。
    この状況でも未だに世界を憎しみ続ける相棒の気持ちは、よく分からない。

    でも、それほどまでに今の世界を憎むなら。
    もっと良い世界を、心の底から望んでいるのなら。
    やっぱりこいつは、生き延びなければならない。
    この世界を受け入れて、好き勝手に生きて死んでいく自分とは違うのだから。

    ソフィは両手を大きく広げた。
    「ノレア! それなら……ハグだ!」
    両腕で相棒の胴を締め付ける。右手首を左手で掴み、相手の両腕ごと拘束する。
    不意打ちで身動きを封じられたノレアが、思わず仰け反った。
    「はぁっ!? あ、あんた、何をしてるの!?」
    「ハグだよ! あとついでに、別れのキス♪」

  • 12610_4/823/07/05(水) 08:10:45

    ソフィがむちゅーと唇を伸ばすと、ノレアがますます仰け反る。
    「何考えてるの!? こ、こんな状況でっ」
    自然とノレアの顎が上がり、首筋が無防備にさらけ出される。
    そこへ背後から腕が伸びた。素早くノレアの首を覆い、頸動脈を締め付ける。
    鮮やかな手際だった。ノレアは抵抗どころか呻き声ひとつたてることなく、あっという間に失神する。

    床に崩れようとするノレアの身体を、長身の青年が支えた。
    「サンキュー、エラン♪ 打ち合わせ通りにスムーズに行ったね」
    ソフィは青年に笑いかける。こういうこともあろうかと、事前に二人で対応を決めておいたのが役に立った。
    エランはノレアを担ぎ上げつつ、苦笑する。
    「まあ、それは良かったけど。
     これってさ、あとで僕が彼女に殺されることになるんじゃないかなあ?」
    ぼやく青年の腰のポケットに、ソフィは懐から取り出した紙片を差し込んだ。
    「ノレアが目覚めたら、まずこれを読ませてよ」
    「これは?」
    「遺書。昨日書いといた。トイレの中で」
    「……左手だけで?」
    「いちおう両利き訓練も受けてたからね。それでも苦労したけど」
    そうか、とエランはうなずく。
    彼もすでに、こうなることは承知済だ。
    ソフィが囮になること。ノレアがそれに同意しないであろうこと。そしてそうなった場合、ノレアの代わりにエランがガンダムを操縦して、気絶させたノレアを連れて逃げること。
    大きな危険があることも承知で、エランはすべて引き受けてくれた。
    渋々、ではあったけれど。

  • 12710_5/823/07/05(水) 08:11:46

    エランはノレアを肩に担ぎ上げた。
    だが彼はその姿勢のまま、ふと、視線をソフィに向ける。

    「……君だって、怖がったっていいんだぜ?
     怖がって、逃げたっていいんだ。なのにそうやって、一人で全部おっかぶるのか」

    こうしなければいけないのは理解できる。けれど、納得できない。
    そんな表情でエランは問いかける。
    ソフィはにっと笑ってみせた。
    「私が怖がって逃げたら、エランが外のドミニコスを全部やっつけてくれる?」
    「……それは……」
    「無理でしょ? だから私が囮になる。それだけだよ」
    そして少女は、彼の肩に担がれた相棒を見やった。
    「ノレアをよろしく頼むよ、エラン。
     こいつは私と違って、ちゃんと怖がりだから。ちゃんと面倒見てあげてよ?」
    「……承知した。彼女の命は、僕が守る」
    ノレアを担いだエランは、今度こそソフィに背を向けた。一度も振り返ることなく、ソーンのほうへと歩いていく。

    そもそも彼には、こんな危険な役目を引き受けるような義理は全くない。なのにこうして請け負ってくれたのは、間違いなく彼が心底のお人好しだからだろう。
    ありがとう。彼の背中に、ソフィは小声でつぶやいた。

  • 12810_6/823/07/05(水) 08:12:25

    「さってと。行こうか、私も」
    軽く伸びをしてからウルの方に視線を向けると、もう一人の人間が視界に入った。
    右腕を三角巾で吊った少女は、まだこの場に留まり、そして今までの自分たちのやりとりを呆然と見守っていたようだ。
    その少女とソフィの目が合う。
    すると相手は、はっと我に返った。
    「……ま、待って! あなたはガンダムに乗って戦いに行くつもりなの!?」
    「そーだけど?」
    「なんで!?」
    「ノレアを無事に逃がすため。……今までのやり取りは聞いてたんでしょ?」
    「聞いてたけど、でも、わからないよ!」
    ニカは左手に拳を作りながら、大声を上げた。
    「仲間を生きて帰したいなら、戦っちゃダメだよ! 投降すれば……自首すればいいんだよ!」

  • 12910_7/823/07/05(水) 08:12:50

    ソフィは一瞬ぽかんとなった。が、すぐに思い至る。
    相手は何も知らないのだ。的はずれな提案が出てくるのも仕方ない。
    時間はあまりないが、この誤解を正すくらいの余裕はある。
    「ニカ。いま学園に来てるのは魔女狩り部隊。魔女狩り部隊は魔女を殺すために存在してる。モビルスーツ戦になれば最優先でコックピットを狙ってくるし、動けなくなったガンダム相手でも降伏を促す前にコックピットを貫いてトドメを刺す。例外はないよ」
    その返答にニカは一瞬ひるんだが、それでも納得できないと首を振る。
    「最初からガンダムに乗らなければ、無防備な状態なら、相手だってそんなことはしないよ! ……しないはずだよ!」
    「相手の指揮官がよっぽどお人好しなら、武器を捨てて投降すれば死なずに済むかもね。でもそうなった場合、ノレアは残る人生すべてを牢に繋がれて終わりだよ。私たちは大勢人を殺したテロリストなんだから」
    「…………!」
    ニカは口ごもる。
    ソフィは歩き出した。相手の横を通り過ぎる。

    「結局、あんたとは色々違うんだよね、私たちは。
     あんたと同じことはできない。同じ道には行けないよ」

    会話はできる。意見を交換もできる。時には共感だってできるかも知れない。
    でも、その道は決定的に違う。見てきた世界と、してきたことが違いすぎる。

  • 13010_8/823/07/05(水) 08:14:08

    歩き続けたソフィは、ルブリス・ウルの前にたどり着いた。
    それに乗り込むべくリフトの操作を始めたのち、ふと、背後を振り返る。
    ニカは無言のまま、こちらについてきていた。
    ガンダムに乗り込む自分を、それでもどうにか翻意させようと、説得の言葉を必死に考えている様子だった。

    くすりと笑って、ソフィは口を開く。

    「ねえニカ。私はあんたと同じ道は行けないけれど、でも、あんたのやろうとしてることは悪くないと思った。
     交渉事なんて舐められたら終わりだもんね。スペーシアンに舐められないように技術力を高めるのはアリだと思う」
    「……え?」

    こちらを見上げるニカに、ソフィは最後の言葉を、投げかけた。

    「私が言うのもおかしな話だけどさ。頑張れよニカ。あの世で応援してるから。
     あとついでに、ご飯マシーンも作ってくれたら嬉しいな。やっぱりアレ、地球に絶対必要だからさ」

    リフトがルブリス・ウルの胸部までせり上がった。
    ソフィは手早くコックピットを開き、ガンダムに乗り込んだ。

  • 131二次元好きの匿名さん23/07/05(水) 08:26:32

    ソフィなんてかっこいいんだ…でもつらい

  • 132二次元好きの匿名さん23/07/05(水) 08:37:09

    ニカがすごい理想主義というかお花畑だな…実際いいそうというか近しいことを本編で言ったからこそノレアはキレた
    でもこういう思考だからこそ架け橋になれるんだよね

  • 133二次元好きの匿名さん23/07/05(水) 08:56:42

    理想主義の相手に「現実を見ろ」「甘ちゃんすぎる」「舐め切った思考回路」みたいに言うのは納得だし爽快だけどそれでもそんな理想主義の理想論が形になるのが一番良いのは確かだからな
    同じ所に行き着いちゃうにしてもそんな理想論を目指して辿り着くのと最初から諦めて流れ着くのじゃ結果は同じでも過程の意味が全然違うしその違った過程で何かがあるかもしれない

  • 134二次元好きの匿名さん23/07/05(水) 12:46:19

    シャディク株が20話で暴落した理由で魔女を利用する発言があげられてるけど
    甚大な被害を発生させたところ以上に、ノレアの心を踏みにじって、弄ぶ行為だったからってのが大きいんだなぁって改めて思った

  • 135二次元好きの匿名さん23/07/05(水) 13:04:21

    お互いのことを想ってるのにこうなるのはとても辛い…

  • 136二次元好きの匿名さん23/07/05(水) 18:40:32

    お前達がガンダムだ!!

  • 137二次元好きの匿名さん23/07/05(水) 22:42:32

    一気読みしましためっちゃ面白い!
    展開は辛いけど楽しみに待ってます!

  • 13811_1/823/07/06(木) 06:10:33

    ノーマルスーツがないと、コックピットの中って意外と寒いなあ。
    普段着のままで身震いしながら、ソフィは思う。
    ふと自身の左手を見やれば、操縦桿に添えられたそれは、カタカタと震えていた。
    「……あれ?」
    違和感を感じながらも、ソフィはルブリス・ウルを起動させる。
    ドックの別の場所に置かれたガンヴォルヴァを操るため、パーメットスコアを一気に3に引き上げる。
    「……ぐっ!?」
    身体にのしかかるデータストームの負担が、予想よりもはるかに大きい。誤ってスコアを4まで引き上げてしまったのかと錯覚するほどだ。
    それほどまでにソフィの身体機能は低下しきっていた。4分どころか1分耐えることができるかどうか。
    「……上等っ!」
    己に活を入れながら、少女は愛機のスラスターを巡航速度に引き上げる。

    「さあ、いくよウル。私たちの最後の戦いだ」

    機体はすぐに、ドックと学園とを隔てる扉にたどり着く。
    ソフィは動かぬ右手の代わりに、左手で操縦桿のトリガーを引いた。
    ビームガトリングガンが放たれる。たちまち扉が派手に吹き飛び、学園の敷地が視界に広がる。

    3機のガンヴォルヴァを引き連れ、ルブリス・ウルは学園内に飛び出た。

  • 13911_2/823/07/06(木) 06:10:57

    「ドミニコスゥ! お待ちかねの魔女の登場だよぉ!」
    学園周辺のすべてのモビルスーツに届くよう、オープンチャンネルを開く。
    可能な限りの大声で告げる。
    「さっさと出てきなよ、魔女狩り部隊! あんたらが出てこなきゃ、30秒ごとに学園の建物にビームをぶっ放しちゃうよぉ!?」
    より多くの敵を引き寄せるために、脅しのセリフを告げる。
    ソフィ自身はいまさら学園の連中をどうこうする意志もなかったが、仮にドミニコス隊がこそこそと隠れ潜むようなら、躊躇なく校舎を攻撃するつもりではいた。
    だが10秒もたたないうちに、最初の一機が堂々と視界に飛び込んでくる。
    「止まれ、魔女! 俺が相手だッ!」
    無線から流れてきたのは、先ほどドック内に響いた声と同じものだった。つまりあの紫色のベギルペンデは、ドミニコス隊の司令官機。

    ――しめた!

    直掩もなしで司令官がのこのことやってきた。あの一機さえ落とせば、ドミノコス隊の指揮系統は大幅に混乱するはず。エランたちの乗るソーンが逃げ切る確率も高まる。

    「仲間を大勢殺してくれたね、司令官さん! あんたも地獄に叩き落してやるよおっ!」

  • 14011_3/823/07/06(木) 06:11:56

    3機のガンヴォルヴァに攻撃を命じつつ、ソフィもまたウルの火砲を開く。もっとも片手しか使えないぶん、ウル本体の攻撃はどうしても散発的にならざるを得ない。
    それでも4機による波状攻撃だ。並みの相手であれば10秒ともつまい。現にあのベギルペンデも、大盾で防御するのが精一杯だ。
    「デブった猫みたいに鈍重だねえ。現場に自ら出てくるなんてご立派だけどさ、部下に魔女殺しを任せすぎて鈍っちゃってるんじゃないの、司令官さんっ!」
    とどめを刺すべく、ビームサーベルを引き抜く。
    直後、コックピットのすぐそばをビームがかすめた。さらにはガンヴォルヴァが1機バックパックを吹き飛ばされて墜落していく。
    「なあっ!?」
    慌てて周囲を確認すれば、ビームライフルを構えたベギルペンデが左右に1機ずつ。建物の陰に隠れ、こちらに隙ができるのを窺っていたのか。それにしても、まさか司令官を囮にするなんて!
    ソフィが泡を食っている間に、左右の敵は同時に突進を仕掛けてきた。司令官機とともにあっという間に包囲網を形成する。

    ――ヤバっ! まだ2分すら経っていないってのにさ!

    このまま包囲され続ければ、アンチドートを喰らうまでもなくすぐに撃墜されてしまう。エランのガンダムが脱出する時間を作れない。
    「こんにゃろっ!」
    残るガンヴォルヴァ2機に増援の足止めを命じ、ソフィは司令官機に襲い掛かった。
    急いでこいつを落とすしかない。こいつさえ落とせば、ドミニコスといえど……っ!

  • 14111_4/823/07/06(木) 06:12:28

    すでに呼吸が荒い。早くも心臓に痛みが走っている。まだスコア3を開始して1分程度だというのにこのザマだ。これ以上長引かせるのはまずい。
    一気に敵を両断すべく、ソフィはビームサーベルを振り下ろし、
    「踏み込みが浅いっ!」
    あっさりと敵のサーベルに防がれた。さらにはフットユニットによる蹴りでビームガトリングガンを弾き飛ばされてしまう。
    「しまっ……!」
    一瞬で攻守が入れ替わる。ベギルペンデは今までの鈍重さが嘘のような機敏さでサーベルの突きを繰り出し、精密にこちらのコックピットを狙ってくる。ソフィは防戦一方に追い込まれた。

    ……強い。この司令官は予想をはるかに超えて強い。
    でも、それでもスコア3まで引き上げた自分が仕留められない相手ではないはず。
    なのにこんなに苦戦するのは、
    「私が、遅くなってるっ……!?」
    腕が鈍い。足が動かない。体調不良とは全く異なる理由で、全身がまるで思うように動いてくれない。
    左手がカタカタ震えている。膝はガクガクだ。歯がガチガチと鳴っている。
    「なんなのさ、これ?」
    未知の感覚だ。
    でもこれは、自分もよく知っているはずの感覚だ。長いこと忘れていただけで。
    敵のビームサーベルがコックピット近くをかすめ、ソフィは思わず身をすくめる。

  • 14211_5/823/07/06(木) 06:12:58

    ……なんなんだよ、これぇ!?

    胸中であげた悲鳴が口からも漏れかけた。ソフィはあわててオープンチャンネルを切る。
    敵にこちらの情けない声を聞かせるなど、殺してくれとお願いするようなものだ。それにエランに無駄な心配をかける訳にはいかない。

    だが、冷静な行動ができたのもそこまでだった。
    敵の攻撃を避けるたびに背筋が寒くなる。戦闘を続ければ続けるほど涙がこぼれる。今にも失禁しそうだ。
    ソフィの身体はますます思うように動かなくなっていき、それに連れて、感情の揺れは手がつけられないほどに激しくなる。

    ……まさか。
    もしかして。
    この感覚は。

    「ひぃ……嫌あああああああっ!」

    再びコックピットの至近を敵のビームサーベルがかすめた瞬間、とうとう耐えきれず、ソフィは大声で悲鳴を上げた。
    それは、恐怖だった。

  • 14311_6/823/07/06(木) 06:13:53

    ビームサーベルで切り込まれるたびに呼吸が止まる。フットユニットで装甲の上から蹴られるたびに心臓が締め付けられる。
    今のソフィは初めて戦場に出た新兵同然だった。歴戦の魔女狩り部隊に刻み殺されるだけの素人に過ぎなかった。
    「怖いよ……怖いよ、ノレア! 助けてよノレア!」
    自分から送り出した相棒にすら、涙を流して助けを請う。
    心を占めるのは、ただひたすらに死にたくないという思いだけだった。
    ノレアのもとに帰りたいという願いだけだった。
    「嫌だっ、嫌だぁ! 怖いよノレア!」
    ソフィはルブリス・ウルのビームサーベルを闇雲に振り回す。
    それは敵によってあっさりと、左腕ごと切り飛ばされた。
    ソフィはますます混乱に追い込まれる。
    「うあああああああ! 来るなぁ、来るなぁっ!」
    無論そんな願いなど聞き届けてはもらえない。敵は外科医じみた冷静さでソフィの乗機を解体していく。ウルを無力化していく。ソフィの命を奪うべく攻撃を繰り出す。
    ウルの左足が、切断された。

  • 14411_7/823/07/06(木) 06:14:20

    「ひぃぃぃぃいいいっ!」
    もはや完全に我を失い、ソフィは機体を反転させた。眼前の司令官機から逃げ出すべくスラスターを吹かせる。
    直後、振り返ったウルをビームライフルの連射が襲った。右足に2発が命中し、膝部分を残してもぎ取っていく。胴体に直撃したビームは、胸部シェルユニットを半壊させ、機体を真っ逆さまに叩き落した。

    ウルは無防備に、地に落ちていく。

    天地逆転したコックピットの中で、ソフィはやっと状況を把握した。
    敵の僚機2機はとっくにガンヴォルヴァを落とし、ウルにライフルの照準を合わせていたことを。
    その2機のライフルが、今度はこちらのコックピットを狙っていることを。
    「ああ……」
    もはや叫ぶ力もなく。
    ソフィは涙を流しながら、呆然と、自分にとどめを刺そうとする敵を見つめる。

    ……なんで、こうなった?

    誰にともなく問いかける。
    死ぬなんて怖くなかったはずだ。
    戦いに恐怖を覚えたことなんて、10才を過ぎたころには無くなったはずだ。
    なぜこんな急に、まるで新兵みたいに自分は怯えているのか。素人みたいにパニックに陥っているのか。

  • 14511_8/823/07/06(木) 06:14:52

    そして、すぐに理由に思い至る。

    一緒に生きたいとノレアに言われたとき、自分はたしかに喜んでしまった。
    死んで欲しくないと願われたとき、自分は嬉しいと思ってしまった。

    ……生きたいと、願ってしまった。

    死ぬことが平気でなくなった瞬間、自分はただの子供に戻ってしまったのだ。

    こちらに狙いを定めるビームライフルを見つめて、ソフィはようやく思い出す。
    弱者とは、こういうものなのだ。
    死の恐怖に怯え、涙と鼻水を垂れ流し、無様に泣き叫びながら死んでいく。
    何もかも奪われ、守りたいものも守れず、後悔と怨嗟の果てに死んでいく。
    それが弱き者の運命だ。それがこの世界のルールだ。

    自分だってずっとそのルールを守ってきた。強者として弱者を踏みにじってきた。
    だからこの結果は自業自得だ。弱者として奪われる順番が、自分にも回ってきたに過ぎない。

    「……ははっ」

    ソフィは無力に天を――否、地を仰ぎ。
    そして、ルブリス・ソーンがドックから飛び出るのを見た。

  • 146二次元好きの匿名さん23/07/06(木) 09:52:08

    どうなるんだ…

  • 147二次元好きの匿名さん23/07/06(木) 09:56:22

    最後まで見届けるぞ
    どんなに辛い展開でも…

  • 148二次元好きの匿名さん23/07/06(木) 10:43:56

    個人的には仲良くなるソフィとニカが良かった
    同じ底辺のアーシアンでも現実と理想みたいな話は本編でも見たかったので

  • 149二次元好きの匿名さん23/07/06(木) 11:36:23

    ノレアのソフィへの気持ちが前向きだけど死に突き進んでたソフィに生きたいって気持ちを思い起こさせた
    でもその結果死への恐怖が生まれてソフィは上手く戦えなくなって…ってのがつらい

  • 150二次元好きの匿名さん23/07/06(木) 20:13:50

    更新が楽しみで、けど怖いという

  • 15112_1/923/07/07(金) 05:03:54

    「今更、もう1機だと……っ!?」
    司令官機の無線が、驚愕を伝える。
    ルブリス・ウルにとどめを刺そうとした2機の僚機の注意が逸れる。

    ドックから飛び出たルブリス・ソーンはこちらに背を向け、一直線に外壁を目指していた。
    ウルのほうを振り返る気配もない。
    ソフィが時間を稼ぐことを信じ、最速で学園の外へと向かっている。

    「いかん、追え!」
    司令官機が僚機に命令を下す。
    2機のベギルペンデが、ソーンを追い始めた。

    間違いなく、学園の外にもドミニコス隊は配置されている。外と内から挟み撃ちにあえば、いかにエランが凄腕であろうと撃墜は免れない。

    そうなれば、ノレアも殺される。
    一緒に生きたいと自分に願ってくれた少女は、死ぬ。

    真っ逆さまに落ちながら、ソフィは、それを悟った。

  • 15212_2/923/07/07(金) 05:04:19

    「……ア、」

    思い出せ。
    自分は何に乗っているのか。

    「ガ、」

    踏みにじる強者。奪われる弱者。
    その構図をひっくり返すためのモビルスーツ。

    「ンダ、ム……」

    命の代わりに力を授ける悪魔の機体。
    ソフィは吠え立てた。

    「ガンダァァァァムッ! 残りの命をアンタにあげるっ! だから、」

    スコアを一気に4まで引き上げる。
    完全に光を失っていた機体が、血の色に輝き出す。

    「私に、友達の命を守らせろぉぉぉォ!」

    ルブリス・ウルはスラスターの光を爆発させ、ソーンを追うベギルペンデの1機に襲いかかった。

  • 15312_3/923/07/07(金) 05:05:28

    1機目の背中にウルが衝突し、その推進装置を破壊し尽くした上で大きく跳ね飛ばした。
    2機目が慌ててビームライフルを構えるが、ウルは構わず突っ込み、自らの胴体装甲を粉々にしつつ敵の両腕をへし折る。
    瞬間、ウルのコックピットは殺人的なGに晒された。データストームと相まったそれはソフィの内蔵を破壊し、盛大に血を吐き出させる。
    少女は構わずウルに命ずる。
    「行けぇぇぇぇ!」
    ウルは流星と化して、最後に残った司令官機へと突っ込んだ。
    「ぬうぅぅぅ!?」
    司令官機はとっさに重心をずらして直撃を回避した。
    だがウルは残る右腕で敵の胴体を引っ掛け、強引に引きずり回す。
    2つの機体はもつれ合うようにして飛んでいく。
    ソーンの向かう先とは逆、学園の戦術試験区域のほうへと。

  • 15412_4/923/07/07(金) 05:06:19

    真っ赤に輝くコックピットの中で、ソフィは気が付いた。
    もう心臓は痛くない。――心臓が、なくなっている。
    もう呼吸は苦しくない。――肺が、なくなっている。
    データストームに焼かれて、からだが、どんどん消えていく。

    ああ、嫌だなあ。
    怖いなあ。
    死ぬのがこんなに怖いなんて。
    自分がなくなっていくのが、こんなに恐ろしいだなんて。

    もう二度とノレアに会えないのが、こんなに、悲しいなんて。

    ああ、でも、そうか。

    こんなに嫌で、怖くて、悲しいから、みんな必死に生きようとしてたんだな。
    みんな必死に、死から逃れようとしてたんだな。

    きっとノレアも……あいつも最初からずっと、死を怖がってたんだ。
    だから必死で考えて、必死で生きてたんだ。


    ……そっか。
    私は、ようやく、たった今、
    本当に生きることが、できたんだ。

  • 15512_5/923/07/07(金) 05:06:58

    涙をこぼしながら、ソフィは思った。

    ノレアが死ぬなと言ってくれたから、
    一緒に生きたいと言ってくれたから、

    私は、生きたいと、願うことができたんだ。

    「……ははっ。」

    視界が閉じていく。
    何も見えなくなっていく。

    自分のすべてが無くなるその刹那、
    ソフィは、この世でたったひとりの友人に、語りかけた。



    「ノレア、ありがとう。
     私を好きで……いて、くれて……」

  • 15612_6/923/07/07(金) 05:07:36

    ケナンジ・アベリーは強烈なGに耐え、機体の制御を続ける。
    「くそっ……! 確かに、現場から離れすぎていたな!」
    緑の機体に完全にとどめを刺す前に、新たに出現した機体のほうへ注意を向けてしまった。専属パイロットだった頃であれば考えられない失態だ。司令官の椅子に座り続けて、自分の勘もずいぶんと鈍ってしまったものだ。
    だが、ガンダムへの対処方法まで忘れたわけではない。

    最優先で狙うべきコックピットは、武器の届く位置にない。だが、次の優先目標なら問題なく攻撃できる。
    ケナンジは、敵機の頭部で輝くシェルユニットに狙いを定める。
    頭部ごと吹き飛ばす勢いで、ベギルペンデの拳を叩きつける。

    シェルユニットは粉々に破壊され、ガンダムの赤い発光が止まった。
    凄まじい加速でベギルペンデを引きずり回していた敵機が、急速に速度を失っていく。

    ケナンジは自機の姿勢を立て直し、大きく開けた広場――戦術試験区域の只中に、敵機ともつれあいながらもどうにか着地した。
    「ふう……」
    思わず、安堵の吐息を漏らす。

  • 15712_7/923/07/07(金) 05:08:21

    モニターを確認すると、新たに出現したもう1機のガンダムは、すでに外壁を破壊して脱出していた。
    ケナンジは通信機で学園外の部下に連絡し、その旨を伝える。
    もっとも、まだ本命であるプリンスとその部下の制圧が完了していない。あのガンダムの捕縛にまで手が回るかは微妙なところだ。

    次にケナンジは、2機の僚機に通信を飛ばす。
    「おいお前ら、まだ生きてるか?」
    すぐに返信が来た。パイロットは二人とも無事、しかし機体は中破し、これ以上の戦闘任務は不可能。
    「やれやれ……」
    ケナンジは嘆息する。
    この学園にプリンスの隠し玉が潜んでいるだろうと睨んではいたが、これほどの痛手を被ることになるとは予想していなかった。

    もっとも、と、彼は視界を巡らせる。
    少なくとも探知できる範囲では、建物の被害は皆無。このぶんなら学園の生徒たちに犠牲者は出ていないだろう。その意味では幸運だった。

  • 15812_8/923/07/07(金) 05:08:58

    と、部下の一人から確認の通信が入る。
    司令官殿は無事か。そちらのガンダムはどうか。
    「俺は無事だよ。ちゃんと死に損ねた。で、ガンダムは」
    視界を引き戻す。
    緑のガンダムは着地の衝撃で仰向けに倒れていた。頭部と胸部のシェルユニットを失い、完全に沈黙している。
    「こちらのガンダムは無力化した。もう問題はない」
    部下にそう伝えながら、ケナンジは感慨を深めた。

    ……まさか、仲間を逃がすために、自ら囮になるとはな。

    憎しみのままに自爆同然に突っ込んでくるガンダムなら、これまで何度も見た。
    だが、仲間を助けるために自分の身を犠牲にしたガンダムパイロットは初めてだ。

    ――いや、違うか。かつて一度だけ同じことがあった。

    ケナンジは21年前を思い出す。
    ヴァナディース事変。
    あのとき最後に交戦したガンダムも、味方を逃がすためにこちらの乗機に組みつき、戦域外まで押し出して時間稼ぎを図った。
    今回のパイロットも同じことを狙い、そして21年前と同様、見事に時間稼ぎを成功させた、というわけだ。

  • 15912_9/923/07/07(金) 05:09:42

    さらに、21年前との共通点がもうひとつ。
    ケナンジは無線で部下に尋ねる。
    「お前ら、少女の声は聞こえたか? ありがとう、という」
    二人の部下は二人とも、戸惑いながらも同じ言葉を返した。イエス、と。
    聞き違いではなかったことを確認し、ケナンジは目を閉じる。

    無線ではなく、データストームを介してのメッセージの伝播。

    「あのとき聞こえてきたのは、誕生を祝福する歌。
     今日聞こえたのは、仲間への感謝の言葉、か……」

    あの少女の声は、この学園周辺で通信を聞くすべての人々の耳に届いたはずだ。

    ケナンジは改めて緑のガンダムに見入る。
    頭部を破壊され、右腕以外の四肢を失い、地面に横たわるガンダムは、しかしどこか満足そうに見えた。
    命のすべてを燃やし尽くして、誇らしげに天を向いていた。

    「……だから、ガンダムには関わりたくないんだよなあ」

    疲れた中年の表情で一人ぼやいた後、ケナンジは司令官の顔に戻った。
    任務に戻るべく乗機を再チェックする。
    テロリストの捕縛と証人の確保。それが終わるまで、休むことはできない。

    緑のガンダムの処理を部下たちに任せ、紫のベギルペンデは、戦術試験区域を飛び立った。

  • 160二次元好きの匿名さん23/07/07(金) 08:52:56

    呪いの機体であるガンダムは同時に力なき者の救い手でもあるんだ

  • 161二次元好きの匿名さん23/07/07(金) 16:33:52

    ソフィ…

  • 162二次元好きの匿名さん23/07/07(金) 18:25:29

    ソフィー!!!😭

  • 163二次元好きの匿名さん23/07/07(金) 19:43:08

    何個か前のパートだけどソフィが5号にノレアは「ちゃんと」怖がりって言うところが好き
    公式では死に魅入られたまま逝ってしまったソフィだけど恐怖や生きたいと願う気持ちを知るのとどっちが幸せだったんだろう
    考えさせられる

  • 164二次元好きの匿名さん23/07/08(土) 02:23:10

    保守

  • 16513_1/623/07/08(土) 05:58:35

    ノレアへ。
    この手紙をあんたが読んでるってことは、私はもう死んでるってことだ。

    (もし万が一、私がまだ生きてるのにあんたがこの手紙を読んでるのなら、今すぐこの手紙を破り捨てて燃やしてね。絶対にこの先は読まないでね。ホント頼むよ)

    遺書なんて書くのは初めてだから、いろいろと読みづらいと思う。それは許してほしい。
    あとこれ左手で書いてるから、字が汚いのは勘弁してね。

  • 16613_2/623/07/08(土) 05:59:24

    まず一つ目。
    あんたを生かすために私が囮になるのは、私自身が決めたこと。
    エランに頼まれたわけじゃないから、あいつに当たるのはやめてあげて。
    あいつ自身もこういうやりかたは不本意なはず。
    でも、あんたを逃がすために、他に方法がなかったんだ。
    だから私が囮になったことについて、誰かを恨んだりするのはやめて。
    これは本当に、心からのお願い。頼むよ。

  • 16713_3/623/07/08(土) 05:59:54

    二つ目。
    私が死んだことで、自分自身を呪ったりしないでね。
    私はあんたに生きてほしかった。あんたに幸せを掴んで欲しかった。
    できれば私も一緒に生きたかったけれど、私はもう寿命で、一緒に行ってあげられない。
    でもそれはあんたのせいじゃない。私が自分でそうなることを選んだだけだ。
    だからあんたは、私のことを気に病む必要なんてない。
    ノレア、今は自分の幸せのことだけを考えてね。心からのお願いだよ。

  • 16813_4/623/07/08(土) 06:00:30

    三つ目。
    これからはもう、赤の他人のことなんて考えるな。
    あんたは真面目すぎる。世界のことや赤の他人のことを真面目に考えすぎる。
    私みたいになれなんて言わないけれど、もうちょっといい加減に生きていいよ。
    世界がどうなろうと、赤の他人がどうなろうと、あんたは生きていけるし、幸せにもなれるんだから。
    幸いにも、エランはいい加減な生き方の達人だ。ノレア、これからはあいつを見習って生きろ。
    いいね? これは心からのお願いだよ。

    (ここらで自分の文章を読み返したんだけど、心からのお願いが3つ続いちゃってるね。まあいいか)

  • 16913_5/623/07/08(土) 06:01:07

    四つ目。
    あんたも気がついてると思うけど、私たちのガンダムはエアリアルには勝てない。
    そしてたぶん、スペーシアンはエアリアルみたいな兵器をどんどん量産してくると思う。
    いくら私たちがガンダムに乗って自分の命を削っても、いずれ何もできず殺されるだけになると思う。

    だからノレア、今のうちにガンダムを降りろ。
    組織から逃げ出して、そして別の戦い方を見つけろ。
    いつも難しいことを考えてるあんたなら、真剣に考えれば、別の方法を見つけることはできると思う。

    見つからなければ、エランみたいにいい加減に生きろ。
    とにかく、せっかくの命を無駄に使うのは、私が許さないよ。いいね。

  • 17013_6/623/07/08(土) 06:01:32

    最後に。
    私はあんたがこれから幸せに生きることを、心から願っています。
    ガンダムを降りて銃を捨てて、
    太陽が明るい場所でたくさん絵を描く未来が来ることを、心から祈っています。



    どうか健康に気を付けて、できるだけ長生きしてね。



    ソフィ・プロネ、あんたの親友より。

  • 171二次元好きの匿名さん23/07/08(土) 08:20:55

    地球の魔女二人からは昔見たガンダム主人公達の悲しい部分を感じてたから
    このSSはそこら辺を拾ってくれてる感じがしてすごくいいんだ
    結構テロリストだから悪、卑怯者みたいな感じで二人が叩かれてるところも見てきたから余計に
    押さえつけられてきた少年少女がガンダムに乗って命を削って目の前の現実と戦ってたら
    そこを善悪の問題で叩けないよ、それはもうヒーローなんだよ

  • 172二次元好きの匿名さん23/07/08(土) 17:21:22

    ノレアは生まれさえ違えば恐怖や怒りに支配されることもない普通の絵を描くことが好きな女の子でいられたし
    ソフィだってあんな形で生き急がずにすんだ
    二人のことを丁寧に掘り下げてくれて嬉しい
    読み応えがあるし泣ける

  • 17314_1/523/07/08(土) 18:19:40

    夏の青空の下、私はふと、背後を振り返った。
    真新しい白い壁。ぴかぴかのガラス窓。足跡の汚れのない玄関口。
    4年前のここがどんな場所だったかを思い出して、あまりの違いに隔世の感を味わう。

    かつて難民キャンプの拠点だった廃校は、新築の学校に生まれ変わっていた。
    ゴミだらけの廊下も汚れた壁も割れ窓もすべて撤去済みだ。昔の名残は、もう何一つ残っていない。

    ……いえ。ただ一か所だけ。
    校庭の隅、木々と草むらに隠れるようにして作られた小さな広場。
    たったいま私が立っているこの広場が、かつてこの場所に何が存在していたのかを示している。

    この人目を引かぬ広場にあるのは、複数の小さなお墓。
    かつてこの場所で起こった戦闘に巻き込まれ、亡くなった難民の人たちの墓。
    そして、フォルドの夜明け――難民キャンプを根城にしていたテロ組織の、その戦闘員の墓だ。

    これらのうちのいくつかは、かつて難民キャンプにいた子供たちが作ったもの。
    けれど半分以上は私が建てたものだ。
    4年前に、私の友人と一緒に作ることを約束したものだ。

    ……結局、あの娘と一緒に作ることはできなかった。
    だから私が一人で、
    あ、いや。
    正確には、私と私の連れ合いの二人で、大きな石や廃材を使ってお墓を建てた。
    小学校の建設が決まった時も、連れ合いと一緒にあちこちに頼み込んで、どうにかこの場所だけは残してもらった。

    たった今、3回目の墓参りが終わったところだ。

  • 17414_2/523/07/08(土) 18:20:01

    あのスペーシアン同士の大規模な戦いが終わってから4年。
    ベネリットグループの事業の大部分が地球側に売却されてから、4年。
    地球と宇宙のパワーバランスは変わった。ほんの少しだけ、だけど。
    結局は宇宙側の資金力が圧倒的に大きいのだから、一度は地球資本の手に渡った事業も少しずつ宇宙に買い戻されている。
    4年前と比べて、状況はそれほど劇的に改善したわけではない。

    それでも、地球と宇宙の資本は混ざり、呉越同舟とはいえ同じ船に乗ることになった。
    人もモノもお金も交わり、お互いがお互いの事情に少しずつ関わることになった。
    結果として、戦争シェアリングはなし崩し的に縮小されつつある。地球は宇宙側の意思決定に少しだけ関与できるようになったし、宇宙にとっては地球にある自分の資産を破壊するような行為は忌避すべきものになったからだ。

    そしてまた、地球の復興も少しずつ進みつつある。
    旧ベネリットグループの会社のいくつかが、率先して復興事業に取り組んでいるからだ。
    この学校も、旧ベネリットグループ――ジェターク社の手による事業のひとつ。

    かつてこの場所に攻撃を加えた連中の手によって新しい学校が建つことに、思うところがない訳ではない。
    それでも、ここが廃校のままであるよりは、ずっとマシなことだと思う。

    ……あれから4年経って、やっと私も、そういうふうに割り切ることができるようになった。
    かつてスペーシアンへの恨みと憎しみにまみれていた私も、少しずつ、今の世界のあり方を受け入れることができるようになった。

  • 17514_3/523/07/08(土) 18:20:26

    それができるようになった理由のひとつは。

    「お墓参り終わった?
     いやあ、ホント暑いねここは。さっさと校舎に入ろうぜ」

    4年前と変わらぬ軽口を叩きながら、彼はこちらに背を向け歩いていく。
    相変わらずの馴れ馴れしさ。相変わらずの軽薄な笑顔。
    私は4年前と変わらないむすっとした顔で告げる。
    「墓前では静粛になさい。罰当たりだしマナー違反。あんたが女の子に好かれないのは、そういうところね」
    「そりゃ、僕はお遊びで女の子と付き合うことはもうしないって決めてるからね。ビジネスライクな付き合いか本音を出し合える関係か、その二択さ」
    「カッコいいこと言ってるつもり? ただのダメ人間のセリフよ、それ」
    「やれやれ、手厳しいねえ」
    すたすたと歩いていく彼の背中を、私は見つめる。

    結局、この4年間、私は彼に守られ続けてきた。
    私が牢獄に送られることなく保護観察処分に留まったのも、彼の尽力が大きい。
    そして彼は、ずっと私の傍にいてくれた。軽口を叩きながら、馴れ馴れしくちょっかいをかけながら、少しずつ変わっていく世界の中を、ただ一緒に歩き続けてくれた。

    そうしているうち、いつしか私は、この世界に安堵を感じることができるようになった。
    この世界を、許すことができるようになった。

    「おーい、早く行こうぜ。クーラー効いた部屋で涼みたいんだよ、こっちは」
    「……本当に、風情も情緒も無いのねあんたは。人間としての最低限のデリカシーくらいは持ち合わせないと、いずれ誰かに刺されるわよ」
    「僕を刺すなんて君くらいのものだろ? なら、君に刺されないうちは問題なしさ」

    ……まあ、とはいえ。
    こいつがムカつく奴であるということは、4年前から一向に変わらないのだけれども。

  • 17614_4/523/07/08(土) 18:20:54

    彼とともに玄関から校舎に上がり、長い廊下を歩き続ける。
    今が夏休みでなければ大勢の子供たちでにぎわっていたであろう廊下は、私たち以外は誰もいない。清掃され、きっちりとワックスで仕上げられ、靴墨の汚れも見当たらない。
    けれど4年前のここは、無数のゴミが散乱したままの状態だった。ブーツなしでは数歩歩いただけでガラスの破片が足に突き刺さるような状態だった。
    ……そんな廊下の先に、あの娘の根城があった。
    砲撃で壁に穴が空いた教室に、マットレスや毛布を持ち込み、マチェイに直してもらった廃品のゲーム機を設置し、無数の縫いぐるみを家族のように自分の周りに置いて。

    今はもう、そこは真新しい会議室になっているけれど。
    しかし4年前、確かにあいつはその場所にいた。

    廊下を歩きながら、私は服の内ポケットに、そっと手を入れる。
    4年間ずっと懐に入れて持ち歩いていた、A4大の紙。
    鉛筆で書き殴られた汚い字の踊る紙片。
    特殊加工で痛みが進まないよう処理したそれは、

    ……あいつの、遺書。

    私が世界を憎悪せずに済んだ、もう一つの理由だ。

  • 17714_5/523/07/08(土) 18:21:21

    命を無駄にするな。
    自分自身を呪うな。
    見も知らぬ誰かを恨むな。
    そして、幸せに生きろ。

    あいつが私に残した言葉。
    私は絶対に忘れない。
    この先何があろうと、決してこの紙片は手放さない。
    私が死ぬときは、この手紙を一緒に棺に入れてもらう。

    たとえあいつが照れくさがって止めたとしても、私は必ず、そうするだろう。

    きれいな廊下を歩く。
    ほどなく、かつてあいつが根城にしていた部屋と同じ場所にたどり着く。

    大きな会議室。
    扉は閉まったままだが、中から会話が漏れ聞こえてくる。
    きっと今も大勢の人がいて、盛んにお喋りを続けているのだろう。

    「…………」

    なんとなく、ため息を付き。
    ほんの少しだけ、意を決して。

    私はその部屋の扉を開けた。

  • 178二次元好きの匿名さん23/07/08(土) 18:23:01

    ちょうど更新来てびびった
    保護観察処分ってことは一回捕まった…?

  • 179二次元好きの匿名さん23/07/08(土) 22:05:10

    ノレア…5号と軽口叩き合える関係になれたのはよかった
    ソフィは家族を欲しがってたけどノレアがすでにそうだったと思う

  • 18015_01/1423/07/09(日) 07:56:34

    「窓を全部閉めてるのに、赤ちゃんが泣き出すほどうるさい? あー、そりゃダメだねえ。わかった、報告しとくよ。えーと、場所は……北地区の……うん、了解。
     で、あんたは? こっちも騒音? ホント、宇宙資本の企業は騒音対策がなってないね。地球はプラントと違って音を遮るのが難しいってのが根本的に判ってないんだ。……ああうん、ちゃんと報告しとく。だから住所も教えて」

    部屋の真ん中で、椅子に座った赤髪の少女が、大勢の大人に囲まれている。
    彼女は手元の端末で地図アプリを眺めつつ、次から次へと持ち込まれる苦情を難なくさばいていた。

    そんな少女に、スーツ姿の女性が食って掛かる。
    「ちょっと! なんであんたがウチへの苦情を勝手に聞いてるのよ!?」
    赤髪の少女は、しかしそちらに視線も向けない。
    地図アプリに苦情をぽちぽちとメモりながら片手間で答える。
    「仕方ないじゃんペトラ。ジェターク社のお客様相談室はいっつも仕事が遅いって評判だよ?
     何回電話してもちっとも状況が改善しないから、みんな私に苦情を言いに来るんだよ」
    「そりゃ悪うござんした! でもね、会社にはルールとか手続きとか手順ってモンがあるの! それを無視しちゃダメでしょ!
     ……そもそも、今やってるのは学校の保護者懇談会! ウチの会社の苦情受付じゃない!」
    「一石二鳥で手間が省けていいじゃん」
    「いいワケないだろっ!? 会の進行がムチャクチャだっ!」
    苛立ちが頂点に達したのか、スーツの女性の口調がヤンキーっぽくなる。
    彼女は少女にびしりと指を突きつけた。
    「ていうか、あんたはウチの社員でも何でも無いだろーが! 株式会社ガンダムのテスター! リハビリ中の患者!
     そのアンタが、なんでここでジェターク社の代表ヅラしてんだよ!?」
    すると赤髪の少女は、スーツの女性に顔を向け、にやりと笑ってみせた。
    「それはアレだ。人の上に立つ者の人徳ってヤツ?」
    「ざっけんな! せめて部下を一人でも持ってからそのセリフを言えっ!」

  • 18115_02/1423/07/09(日) 07:57:03

    ……まあ、なんというか。
    こっちもこっちで、相変わらずだ。
    いつも自由に好き勝手に行動し、いつの間にか知り合いを増やし、周囲を振り回しながら思うがままに生きている。

    私の友人、ソフィ・プロネ。
    そもそも彼女がこの街に来たのはつい4ヶ月前、株式会社ガンダムの新しいリハビリ施設の第一入居者として、だったはずなのだが――もうすでに、この街の多くの住人と気安く話せる仲になっているようだ。
    そしてこの保護者懇談会にも、ほぼ無関係にも関わらず関係者ヅラして参列し、いつのまにか会場の主役となってしまった。

    「ふんふん。水道の水に赤いものが混じるようになった。あー、確かに工事の影響かもねえ。わかった、見に行くから場所を教えて」
    「だーかーらー! アンタが勝手に苦情を処理するんじゃないっつーの!」
    あいつに振り回される周囲は、気の毒という他ない。
    今の被害者はジェターク社のお偉いさんの一人なので、ちょっとだけ愉快に思わなくもないが。

    それにしても、どうしてソフィはここまで元気なのだろう。正直、呆れるばかりだ。
    内臓の半分以上が人工臓器になり、脊髄のほとんどがGUNDに置き換わり、まだ歩行のリハビリも途中だと言うのに、4年前に難民キャンプの子どもたちのボスとして君臨していた頃とまったく変わらない傍若無人ぶりである。

    「何の心配もいらなさそうだね、彼女は」
    私の連れ合いが肩をすくめる。
    私もうなずかざるを得ない。本当に、あの戦闘の直後のことを思えば、今はまさに隔世の感だ。

  • 18215_03/1423/07/09(日) 07:57:35

    4年前。
    私を魔女狩り部隊から逃がすため囮となったソフィは、パーメットスコアを4まで上げた状態で戦闘を続け、その代償として死ぬはずだった。
    その運命を覆したのは、スレッタ・マーキュリーだった。
    スレッタは校内のスピーカーを通じてデータストームを介したソフィの声を聞き、その瞬間に駆け出した。たまたま近くにいたペトラ・イッタを伴って。
    そして彼女は、二人乗りのスクーターを飛ばして墜落したルブリス・ウルのもとへ急行し、魔女狩り部隊がソフィを始末しに来るより早く救助活動を始めたのだ。

    テロリストの命を救おうというスレッタの行動に、なし崩し的についてきたペトラは初めは懐疑的だったという。周囲にいた学生たちも呆れて見守るばかりだった。だが、遅れて駆けつけてきたニカ、および地球寮の面々も救助活動に加わるに連れて、その熱意はだんだんと他の生徒たちに伝播した。
    魔女狩り部隊が徒歩で現場に到着したときには、すでにソフィは人工呼吸器をつけられて救急車に乗せられ、ペトラの連絡で受け入れ態勢を整えたジェターク社直営の病院に向かった後だった。

    病院に運ばれたソフィは、脳と心臓と肺だけは奇跡的に動いていたが、他の臓器の多くが破壊されていた。
    そんな彼女を死の淵から掬い上げたのは、ベネリットグループの最先端の――つまりは、人類で最も進んだ医療技術。そして、それを惜しむことなく投入することを許可したジェターク社のCEOだった。

    学園を襲ったテロリスト相手になぜ彼がそこまでのことをしたのか、それは判らない。
    いずれ本人に直接会えたなら、聞いてみたいと思う。

  • 18315_04/1423/07/09(日) 07:57:59

    ともあれ、ソフィはスペーシアンのもとで命を繋ぐことになった。しかし彼女の罪状は残ったままだ。たとえ身体が回復しても、そのまま裁判に掛けられ処刑されるはずだった。
    それをどうにかしたのが、私の連れ合いだった。
    彼は脱出したと見せかけて学園内に戻り、私とともに身を潜め、状況を探っていた。そして地球寮での立ち聞きから、ソフィの現状やクワイエット・ゼロの出現を知ったのだ。
    そこで彼は最終決戦に参加してベネリットグループに助力する代わりに、ソフィ、そしてこの私の減刑を願い出ることにした。
    結果、ソフィと私は「魔女」ではなく「少年兵」の扱いに変わり、それに伴って罪も大幅に減じられ、保護観察処分が下されることになったのだ。

    ちなみに私自身は、決戦に同行することはできなかった。自分がソフィを見殺しにしたという事実に耐えられず、連れ合いの見つけた学園内の隠れ家で、ただ呆然と時を過ごすだけだった。
    だからソフィと私を救ってくれた一件は、私のなかで彼への最大の借りとして残っている。彼は一言も口にしないし気にしている様子もないけれど、いずれ必ず何らかの形で返さなければならないと思っている。
    もちろん、面と向かってそう告げてはいないけれど。

    それはともかく。
    ソフィの手術の大部分が終わり、傷んだ内蔵や脊髄がGUNDに置き換わったのが3年前。
    長い昏睡から目覚めたのが2年半前。
    ベッドから起き上がり、車椅子に乗ることができるようになったのは2年前。株式会社ガンダムでリハビリを初めたのもその頃。
    そして今、彼女は杖を使っての自力歩行が可能となり――4年前と同じく、身近な人間をきりきり舞いさせている。

    ……いや本当、どういう回復力なんだあいつは。4年前はあと半年の命とか言っていたはずなのに。
    我が友人ながら首を傾げざるを得ない。

  • 18415_05/1423/07/09(日) 07:58:27

    「あーもう! 埒が明かないっ!」
    なおも勝手に近隣住民から話を聞き続けるソフィに、もはや何を言っても無駄と悟ったか。
    ペトラはソフィ本人ではなく、そのそばに突っ立っている付添人に文句を言い始めた。
    「ニカ! アンタんところのテスターをどうにかしてよっ! いくらウチがアンタんところと提携してるって言っても、これは完全に横紙破り! どう考えても業務妨害だよっ!?」
    「うん……ごめんねペトラ。ソフィにはあとで言って聞かせるから」
    「あとじゃなくてっ! 今っ! 言って聞かせろぉ!」
    苦笑するニカ・ナナウラ。地団駄を踏むペトラ・イッタ。
    二人をよそに、ソフィはメールを打ち始める。
    「ボブへ。北地区の再開発の騒音がうるさいって文句がいっぱい来てるよ(添付ファイル参照)。住宅街への配慮が足りないんじゃない? このままだと抗議活動とか起こって工事がストップするから、今のうちに対策してね。詳細な説明が必要なら、案内するから現地来て……っと」
    ペトラがあわててソフィに振り向いた。
    「ちょっと! ウチのCEOに直メールすんなって! また現地視察を予定に組み込んじゃうじゃないの!」
    「ボブは現場主義の社長なんだし、いいじゃん別に」
    「よくねーよ! あの人ただでさえ忙しい上に提携先の出向役員とその秘書からイビられまくってて……
     いやその前に、あの人をボブって呼ぶのはやめてよいい加減! なんなんだよそのアダ名!?」
    「私とあいつが初対面のとき、あいつが名乗ってた偽名だよ。あれ、話したことなかったっけ?」
    「聞いてないよ。まあその話は興味あるケド……それはともかく、部外者が人の会社のトップに気軽にコンタクトすんなっての!」
    いくら怒鳴られてもソフィは馬耳東風だ。へいへーいと生返事をしつつ、さっそく次のクレーマーの対応を始めている。
    ある意味で痛快な光景だったが、このままではいつまで待っても、この漫才じみた会話劇が終わりそうにない。

    私は手を上げ、赤髪の少女に声をかけた。
    「ソフィ、私のお墓参りも終わったよ。ちょっと散策に行かない?」

  • 18515_06/1423/07/09(日) 07:58:59

    こちらに顔を向けたソフィは、後日また会うことを約束してクレーマーとの会話を切り上げた。
    私はニカから付き添いの役目を一時的に引き継ぐ。
    保護者懇談会の責任者であるペトラは心底ほっとした表情だった。私たちがソフィとともに部屋を出ていこうとすると、こちらに向かって拝む真似をしてみせたほどだ。

    「……相変わらず、好き放題やってるのね」
    私は友人に声をかける。
    未だ保護観察処分の身である私は、大っぴらに外を出歩くことは許されていない。だからあまりソフィにも会いに行けない。
    今はもっぱら連れ合いの家にこもって通信教育で勉強している。基礎的な学問、そして、美術を。
    ソフィは杖を突きながらも、元気に笑ってみせた。
    「まーね。スレッタお姉ちゃんは居ないけど、株ガンのみんなは優しいし、近所の悪ガキはだいたい手下にしたし、楽しくやってるよ」
    ……彼女も私と同様、リハビリ目的以外での外出はあまり許可されないはず……なのだが。
    今日の騒動といい、どうも割と頻繁に街を出歩いているようだ。よほど指導監督の方針が緩いのだろうか。
    まあ、それはいい。
    「私はもうすぐ保護観察期間が終わる予定。……あんたは?」
    「私も多分もうすぐなんじゃないの? 違反だけはしないよう気をつけたし」
    ホントか? と思わずツッコみたくなったが、ここは友人の言葉を信じよう。
    そのまま私は、一番聞いてみたかった質問を口にする。
    「あんたはどうするつもりなの? 保護観察期間と、リハビリを終えたら」

  • 18615_07/1423/07/09(日) 07:59:30

    ソフィは即答した。
    「ジェターク社に入社しようかなって考えてる。なんだかんだで地球復興に一番力を入れてるのはあそこだし、地元住民の評判が一番いいのもあそこだし。私の夢には一番近いかなって思うから」
    「……あんたの夢って、相変わらずあれ?」
    言わずもがなの質問を、私は彼女に投げかける。
    ソフィはその場で立ち止まり、満面の笑みでうなずいた。

    「うんっ! 地球のありとあらゆる場所に、ご飯マシーンを作るっ!」

    それはすなわち、街中に電力網と水道網と道路を通し、工場を作り、そしてそのエリアの秩序を恒久的に保つ、ということだ。
    地球のあちこちを、そんな豊かで平和な場所にする。
    恐ろしく壮大な夢を、彼女はこともなげに宣言した。

    簡単じゃないよ、と念のため釘を差してみるも、ソフィの瞳の輝きは一切曇らない。
    「わかってるって。でもさ、私はもう2回も死にかけて命を拾ってるわけじゃん? だったらこれからは、自分が本当に欲しいものを掴むために生きていたいんだよね」

    ……本当に、すごいヤツだと思う。
    どんな障害があろうと、欲しいと思ったものに遠慮も恐れもなく突き進み、周囲の人間を巻き込んで障害を取り除き、そして最後には勝ち取ってしまう。
    4年前の私は、ソフィみたいに生きたいと憧れた。
    今の私は、こいつみたいにはなれないし、なる必要もないと分かってはいるけれど。
    でもやっぱり、こいつはすごいヤツなんだなと、改めて思う。

  • 18715_08/1423/07/09(日) 07:59:54

    友人の力強さに背中を押されるようにして、私も、自らの未来を口にする。
    「ソフィ。実はね、通信教育の先生が、私の絵を筋がいいって言ってくれてさ」
    「へえ?」
    「それで今度、直接絵の指導を受けてみないかって提案してくれて」
    「おお!?」
    「……保護観察期間が終わったら、欧州に指導を受けに行ってみようって、思ってる。1年くらい」
    正式に絵を学んで、できるなら独り立ちして、そして、たくさんの絵を描きたい。
    太陽が明るい場所だけでなくて、暗い場所も雨の場所も、大都会も田舎も廃墟も。
    私が生きるこの時代を、憎まなくて済むようになったこの世界を、可能な限り自分の筆で描き残したい。
    それが今の私の願い。
    ソフィと比べればささやかだけど、それが私の今の望み。
    「凄いじゃん! 本格的な画家になるんだね、ノレア!」
    「なれると決まったわけじゃないけどね」
    「なれるさ! ノレアなら!」
    力強くソフィは請け負う。
    今まで何度も助けられてきたその笑顔に、今日もまた励まされ、私は微笑んだ。
    「……うん。絶対に一人前の画家になるよ、私」

  • 18815_09/1423/07/09(日) 08:00:18

    笑みを浮かべたままうんうんと頷いていたソフィが、ふと、私から視線を外す。
    「……で、となると」
    彼女は私の背後へと顔を向けた。
    そこに立っているのは、今までずっと黙って私たちのやり取りを見守っていた、私の連れ合い。
    ソフィは意地の悪い表情で彼に尋ねた。
    「エランはさ、どうするつもりなのかなー?」
    「……どうって? 何のことかな?」
    なんだか居心地悪げな彼に向かって、ソフィはますます意地悪い顔で言葉を連ねる。
    「私たち、市民ナンバーをもらうときに仮の生年月日も設定したんだけど、それで計算すると、そろそろ二人とも成人年齢なんだよね。
     ってことはさ、法的にも大人ってわけじゃん? 堂々と色々デキちゃったりするわけじゃん?」
    「…………」
    彼はソフィから微妙に視線をそらした。素知らぬ顔で告げる。
    「ふーむ、つまり君は、大人の世界に興味があるってことかな?」
    「ちょっとぉ? 私のことなんか言ってないよ? はぐらかすなってば」
    にやにやと笑みを浮かべて、ソフィは彼の顔を覗き込む。
    「わかってるんでしょ? ノレアが欧州に旅立つ――これって、エランにとってもいい機会じゃん。ねえ?」

  • 18915_10/1423/07/09(日) 08:00:51

    しばし黙りこくったあと、私の連れ合いは、やれやれとわざとらしく肩をすくめた。
    「まったく……君たちはさ、生き急ぎすぎなんだよ。
     せっかく晴れてガンダムの呪いなんてものから逃れられたんだぜ?
     だったら、もっとのんびり青春を楽しんでいいと思うんだけどな」
    大げさに首を振ってみせる彼は、どうも何かを誤魔化しているようだ。
    ソフィもそれを察したらしく、ぶーぶーとぶーたれながら親指を下に向ける。エランの甲斐性なし、と文句をつける。
    しかし彼は飄々とした態度を崩さず、ソフィをたしなめた。
    「僕も大概ひどい目にあったけど、君だってガンダムには散々な目にあわされただろ? それこそ2回も命を奪われかけた上、何度も手術を受けないと寿命が尽きるような状況だった。言わば、呪いのマシーンに取り殺される寸前だったんだ。
     ホラー映画みたいな状況から抜け出して取り戻した平穏なんだ、何も考えずに享受してもバチは当たらないぜ?」
    「……呪い? 取り殺す……?」
    すると、今度はソフィが急に目を丸くした。
    彼女には珍しい真面目な表情を浮かべると、何かを思い出そうとするかのように下を向く。
    「ガンダムが……ホラー映画。本当にそうかなあ?」
    「いやほら、完全にホラー映画だったじゃないか。エアリアルには実際に人が取り憑いてたわけだし。まあアイツは、スレッタ・マーキュリーをデータストームから守ってたそうだけど」
    「……ガンダムの中の人格は、パイロットをデータストームから守ってた……」

  • 19015_11/1423/07/09(日) 08:01:17

    何かに思い当たったらしく、ソフィは顔を上げた。
    目を輝かせて告げる。
    「そっか。学園でベギルペンデに特攻をかけてる最中、急に心臓と肺の痛みが無くなったんだけど。
     あれって、ウルが私を守ってくれてたんだ」
    「……は?」
    私の連れ合いが怪訝そうな表情を浮かべる。
    「おいおい、何を言ってるんだソフィ。ガンダムが乗り手を守った? そんなワケ無いだろ」
    「だってエランも言ったじゃん。エアリアルに宿った人格がスレッタお姉ちゃんを守ってたって。なら、ウルが私を守ったとしても何もおかしくないよ」
    「いやいやいやいや、エアリアルは例外だろ? 25年前だかに亡くなったエリクト・サマヤの生体コードを転移させたとか何とか。他のガンダムとは完全に別物だよ」
    「そりゃエアリアルは特別製だろうけど、他のガンダムだってデータストームの向こう側と繋がることはできるわけだしさー」
    そのまま二人は、守っただの守ってないだのと議論を続ける。
    黙って聞いていた私は、ふと、昔所属していた組織で耳にした話を思い出した。
    二人の横顔に、告げる。
    「……ルブリス・ウルとルブリス・ソーンは、武装や装甲は新しく取り付けたものだけれど、GUNDフォーマット自体は25年前にオックス・アース・コーポレーションが製造したものをそのまま流用していたそうよ。
     そしてその当時、オックス・アースはルブリスで何度も人体実験を繰り返して、多数のパイロットを廃人に追い込んだらしい。
     もしかしたらそのパイロットのうちの何人かの人格が、ルブリス・ウルのGUNDフォーマットに取り込まれていたのかもね」

  • 19115_12/1423/07/09(日) 08:02:03

    「うえッ……それって本当に? 完全にホラー映画の定番ストーリーじゃないか」
    私の連れ合いが青ざめる。
    「あー、ありそうだよねそれ。そっか、その人達が私を守ってくれたのか」
    ソフィがにこにこと笑う。
    「よく考えてみたらさ、ランブルリングのときからなんか妙だったんだよ。あのときエアリアルにパーメットスコアを無理やり引き上げられたのがきっかけで、ウルの中に宿った人格が目覚めたのかもね」
    そして彼女は、こちらのほうを意味ありげに見やった。
    「私があのとき戻ってこれたのも、きっとウルのおかげだ。途中でノレアの泣き声が聞こえてこなかったら、たぶん私は、あのまま白い世界に進んでただろうから」
    「……私の、泣き声……?」
    身に覚えがなかったので首を傾げていると、ソフィはひらひらと右手を振った。
    「なんでもない。こっちの話だよ」
    そして彼女は歩みを再会した。左手で杖を突きながら、しかししっかりとした足取りで前へ進む。
    こっちは意味がよくわからないままなのだけれど――まあ、しょせんは終わった話だ。深く詮索する必要もないか。

    あの最終決戦のあと、エアリアルやファラクトは全て消滅したそうだ。ウルもソーンもカテドラルで解体され、ネジの一本も残っていないはず。
    ガンダムのない世界で、私たちはただの人間として歩んでいく。昔のことを掘り返している暇なんてない。今は二人とも、やるべきことがあるのだから。

    私と連れ合いもまた、ソフィの後を追って廊下を歩き始めた。

  • 19215_13/1423/07/09(日) 08:02:32

    ソフィは地球の食糧難を解消すべくジェターク社へ。いや、まずはリハビリが先だが。
    私は画家として一人前になるべく、欧州へ。
    ……そして。
    隣を歩く連れ合いに、私は顔を向ける。
    彼はこちらの表情に何かを感じ取ったのか、気まずげに視線をそらした。
    しかし私が無言でじっと見つめていると、とうとう音を上げ、こちらに向き直る。
    「ああ、わかってるよ。僕だってそれは考えてるさ。でもこういうことは……ホラ、もっと雰囲気のある場所で、二人っきりで」
    「一緒に来てくれる? 私と、欧州へ」
    ただ一言、そう告げる。
    彼はセリフを中断した。ああ、その、そっちの話なの、なんて小声でつぶやく。
    やがて彼はひとつ息をつくと、真剣な表情をこちらに向けた。
    「……当たり前だろ。4年前から決めてるんだ。君を守るって」
    「じゃ、これからもお願いね。私のこと」
    私は微笑んだ。

    この世界を、これからも、彼と一緒に歩いていく。
    ひとまずはそれでいい。
    そこから先は、またそのときになったら考えるとしよう。

    「二人とも、遅いよぉ?」
    そう言いながら振り向くソフィは、にやにやと笑っている。
    きっと彼と私との会話が耳に入っていたのだろう。
    ……まあ、彼はともかく、私はちっとも気にしないけれど。

    笑うソフィに追いつき、その隣に並ぶ。
    彼女とはしばしのお別れだ。
    でも、生きている限りはまた会える。
    それぞれの人生を積み重ねて、それぞれの物語を手土産にして、きっとまた、どこかの空の下で再会する。
    だから、悲しむ必要も嘆く必要もない。

  • 19315_14/1423/07/09(日) 08:03:09

    私は服の内ポケットのあたりに手をやる。
    ソフィが私にくれた手紙。その言葉が正しかったのだと、今更ながらに思い知る。

    私はソフィに命を救われ、彼に人生を救われ。
    ソフィもまた、スレッタや多くのスペーシアンから命を救われた。

    この世界は残酷なだけじゃない。奪っていくだけじゃない。
    だから見知らぬ誰かを恨む必要なんてない。
    諦めずに歩いていけば、きっとなんとかなる。
    今の私は、そう思うことができる。

    だから、行けるところまで行ってみよう。
    私が助けてもらったように、どこかの誰かを助けながら。
    見たい場所を見て、描きたい場所を絵に残そう。
    未来の誰かの心に、私が生きた時代の記憶を残すために。


    ――と。
    窓の外、視界の端に、お墓の広場がちらりと見えた。
    4年前にここで亡くなった人たちを弔う場所。
    「みんな、行ってくるよ」
    私はそうつぶやき、そして、二人とともに歩き去ったのだった。

  • 194スレ主23/07/09(日) 08:03:40

    これにてハズレ部屋のソフィの物語は終了です。この長い物語に付き合っていただいた皆様、本当にありがとうございます。


    本編19話の泣き崩れるノレアを見てこのお話の筋書きを考え、本編20話視聴後から書き始め、本編23話あたりでラスト以外を書き終え、本編24話を見てからラストを書き始めるという割と強行軍なスケジュールでした。元加古川民としてソフィとノレアの物語をもっと深掘りしたかった、という欲望に突き動かされてのことですが、ちゃんと最後まで書き終えることができてホッとしています。


    まだまだ水星の魔女について語りたいことや考察したいことはたくさんありますので、他のスレに書き込むこともあるかと思いますが、そのときはどうかよろしくお願いします。


    それでは、また。


    ※蛇足ですが、過去作です。

    【閲覧注意】目が死んでるボブ【加古川SS注意】|あにまん掲示板12話で父殺しをしてしまったボブが、もしそのままフォルドの夜明けに拾われており、かつ誰にも身バレせずに済んだら、を仮想したSSです。以下は注意点です、・加古川のボブ概念です。ソフィとノレアはまだ地球に…bbs.animanch.com
    【閲覧注意】目が死んでるボブ【加古川SS注意】Part2|あにまん掲示板12話で父殺しをしてしまったボブが、もしそのままフォルドの夜明けに拾われており、かつ誰にも身バレせずに済んだら、を仮想したSSです。前スレはこちら。https://bbs.animanch.com/b…bbs.animanch.com
  • 195二次元好きの匿名さん23/07/09(日) 08:08:24

    乙。そしてありがとう

  • 196二次元好きの匿名さん23/07/09(日) 08:14:31

    乙でした!
    そっか、ソフィにも夢はできたのか……
    この時空でのスレッタとソフィの会話も聞きたいな……

  • 197二次元好きの匿名さん23/07/09(日) 08:36:40

    いいものを読ませてもらいました。力作をありがとう
    ソフィやノレアに未来が与えられて夢ができたのが本当に嬉しい
    5号とノレアがこういう形で結ばれたことも
    泣いてしまった
    次回作も楽しみにしてます

  • 198二次元好きの匿名さん23/07/09(日) 08:47:57

    いいお話だった
    こんな結末でもよかったんじゃないかなって思った 
    毎朝楽しみに待っていました
    ありがとうございました!

  • 199二次元好きの匿名さん23/07/09(日) 10:53:07

    良い物を見た……ありがとう……

  • 200二次元好きの匿名さん23/07/09(日) 12:34:42

    毎朝楽しみにしていました!
    本当に本当にありがとうございました。涙が出ます…

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