- 1二次元好きの匿名さん23/06/29(木) 23:34:45
晴れ間が雲に覆われ、ぽつぽつ雫が落ちてくる。トレセン学園のウマ娘達にとって、外へ走りに行く日が減る梅雨は憂鬱な季節でもある。そんな季節を迎えたこの街を往く、ゆらゆら躍る傘が一つ。
空は灰色、雨模様。それでも、心は晴れ模様。今のネイチャを表すのなら、きっとそんな表現がよく似合った。
心が沈む足元悪い日にあって、楽し気に傘を揺らしながら、馴染みの商店街への道を往く。ほんのり微笑みを浮かべたネイチャの頭の中では、今晩振舞う料理と、お夜食の献立表が丁度完成した所だった。
「……よし!」
軽く足を止め、小さくそう呟いたら、再び靴で雨音とセッション。スネアのように雨を弾くネイチャの傘が、ジャズのように揺れ、ワルツのように踊った。
この時間、ネイチャは本来学園のトレーニングコースにいるハズだった。来る夏の重賞戦線に向けて、ネイチャも見知った顔と共に気合を入れてターフを蹴り、青春の汗を流す……という予定は、外れた午後の天気予報によってお流れとなった。
学園のコースは臨時休業。こうなると、午後からコースを予約していたウマ娘とそのトレーナー達は、急な予定変更を迫られる事となる。屋内施設の利用予約を急いで押さえ、あるいは予定を前倒しミーティング、またあるいは、夏合宿前最大の鬼門となるテスト対策に方針転換、等々。
今頃、予定変更が間に合ったウマ娘達で、体育館とトレーニングルームは屋根や窓を叩く雨音より賑わっている事だろう。 - 2二次元好きの匿名さん23/06/29(木) 23:38:04
即ち、予定変更が間に合わなかったネイチャのトレーニングは、残念ながらお休みとなった。
LANEでトレーナーからその連絡を受け取ったのは良いが、真っ直ぐ寮に帰った所で今日の授業で出された課題はそこまで時間を使わないし、部屋でできるトレーニングも限られている。同室のマーベラスサンデーが他のウマ娘達と共にトレーニングルームの確保に成功したのもあって、すぐに手持ち無沙汰になるのが目に見えていた。
そこでふと、先程のLANEをもう一度眺めてみる。トレーナーのメッセージに添えられた、ごめん、の一言。何も天気の事を彼が謝る必要はないのだが、気合を入れて今日のトレーニングに臨もうとしていたのであれば、こちらも後ろ髪を引かれる思いになる。
それなら、ちょいとお話してお互いこのモヤモヤをスッキリさせようじゃありませんか。
そう思い至ったネイチャは大きく頷くと、各々トレーニングや寮へ向かう友人達に向き合った。
「と言う訳なので、アタシはトレーナーさんの顔でも見に行ってくるよ。こっちとしてもああ言われちゃうと気になるし、毎日見てる顔に会わないと、調子も狂うでしょうからね」
そんな理由を付けてトレーナー室へと脚を運ぶネイチャを、友人達は別れの挨拶と共に見送った。そして、ちょっぴり口角を上げて、輪になってひそひそ話。
トレーナー室へ向かうネイチャが傍から見ると実に楽しそうな足取りをしているのは誰もが知っているが、敢えてそれを言う者は居なかった。
足取り軽やかにトレーナー室へやって来たネイチャは、まずリズムよくノックを二回。返事を待って、お決まりの挨拶を返す。
「おいっす、トレーナーさん」
「あっ、ネイチャ!? ちょっと、待っ……!」
何やら驚き慌てた様子の彼が後半の”待って”を言い終わる前に、ネイチャは既に扉を開けていた。
「はいはい、ネイチャさんですよー。お休みの日にやって来たからってそんなに驚かなくても……ん?」
ふと彼の方を見ると、どうにもばつの悪そうな表情で大きな段ボールを抱えていた。
腕で隠れていない部分から有名なメーカーとその看板商品であるカップ麺のロゴが見え隠れし、その足元には栄養ドリンクがこれまた箱で積んで置いてある。そして、机の上には恐らく学園に提出する書類の山。 - 3二次元好きの匿名さん23/06/29(木) 23:39:52
トレーナーの事情を瞬時に察知したネイチャは、腰に手を当て彼をジトりと睨む。
「トレーナーさんや」
「……はい」
観念したかのように力無く返したトレーナーは、カップ麺の段ボールを床に置いて深々と頭を下げた。その様子にため息一つ、ネイチャは一歩前に出る。
「まったく、やらなきゃいけない事に一生懸命なのも良いけど、過ぎたるはなんとやら、自分の身体も気遣ってあげないと……って、いつもアタシに言うのはどの口でしたっけ?」
「……面目次第もございません」
頭を下げる彼に対し、ネイチャはため息をもう一つ。そして、仕方ないなぁ、と声を上げて両の腕を腰に置いた。
「そういう事なら、いつも頑張ってくれるトレーナーさんの為に、またまたネイチャさんが一肌脱ごうじゃありませんか」
「えっ?」
その言葉に、顔を上げたトレーナーは驚きで目を丸くした。
こういう時、ネイチャが自分にしてくれる事と言えば決まっている。だが、不意の雨とは言え、せっかくお互いにできた時間を自身の為に使わせるのは申し訳ない気持ちが勝っていたのだ。
「でも、ネイチャにもやる事があるんじゃ……」
「いいからいいから、せっかくできた時間なんだし、お互い有意義に使わなくちゃね」
そう言って、ネイチャは笑顔で胸を張り、拳でドンとポーズを決めた。彼女が自分より余程料理上手なのを知っていた彼は、業務に追われ不摂生がバレた事もあってか、少し恥ずかしそうに頬を指でなぞり、ネイチャの言葉に甘える事にした。
こうして、ネイチャはトレーナーの晩御飯と、溜まりに溜まった書類仕事をこなす為のお夜食を作る機会を得たのであった。 - 4二次元好きの匿名さん23/06/29(木) 23:42:14
ネイチャが彼に食事を作るのは初めてではない。
彼はその時も、積み上がった仕事をなんとか片付け、栄養を求める身体を引きずってふらふらと商店街を歩いていた。そんな彼を見つけたネイチャが、彼を労って一食提供したのをきっかけに、業務に追われ食生活が不安定になりがちな新人トレーナーに、栄養のなんたるかについて時に実食させながら指導していたのである。
そんなネイチャにとって一番頼もしい味方はと言えば、何と言っても学園からほど近い馴染みの商店街だろう。ここに来れば、新鮮な野菜も、安くて美味しいお肉も、なんでも揃う。そして、何より────。
「こんにちは、おばちゃん」
「あら、ネイちゃん! 来てくれたの? こんな日にありがとうね!」
「へへ、ちょいと野暮用が出来ましてね」
「おっ! ネイちゃんいらっしゃい! ウチにも寄ってってくれよ!」
「はいはーい、お野菜買ったらお邪魔させてもらいますねー」
冷たい雨にも負けない、学園の友人達に負けず劣らずの、人の暖かさが待っている。
「急に降られて困っちゃってさぁ」
「ホントにねえ、人が来なくってどうしようかと思ったわ」
天気の話はお決まりの話題。そこから、色んな話に花が咲く。
「ネイちゃん、最近どうなんだい? トレーナーさんとは」
「いやいや、別に何もありませんって……ただねぇ、ちょいと仕事人間が過ぎると言いますか」
時に学園での日々を話題にして、ネイチャはあの店へ、今度はあちらの店へ。学園での事を、特に自身とトレーナーの事を話す時に一際嬉しそうな表情を見せる一人の少女の姿は、冷たい雨で客足が伸びない商店街の人々を暖かく灯していた。 - 5二次元好きの匿名さん23/06/29(木) 23:46:57
「いやぁ、はは……ちょっと気合い入れて買いすぎちゃったかな?」
マイバッグ一杯に入った食材を揺らして、傘の下でネイチャは困ったように笑う。けれど、食べてくれる人の事を想うと、心の中は暖かい気持ちで一杯になった。
まぁ、トレーナーさんもお若いですし、多少作りすぎても大丈夫でしょう。
そんな風に考えて、マイバッグと傘を揺らし、帰路につく。ふと、頭の中で、先程決めた献立を思い浮かべてみる。
炊きたてのご飯は栄養を考えて玄米入り。最近、良い水加減をマスターした所だ。お伴は暖かい肉じゃがと、ほうれん草のゴマ和え。汁物は具沢山の豚汁に決まり。雨降りの少し冷える日に、きっとぴったりだ。デザートに、八百屋のおじさんがサービスしてくれた枇杷を追加。曰く、乙な味だそうな。お夜食には時間を置いても食べれるおにぎりと、後は────。
「ん?」
献立に想いを巡らせて学園への道を往くネイチャを、聞き覚えのある鳴き声が呼び止めた。目線を下に向けると、時々身体を撫でさせて貰っている猫が傘の下に入り、ネイチャを見上げていた。どうやら、顔馴染みにちょっと雨宿りをお願いするつもりらしい。
ネイチャはやれやれ、とわざとらしく眉を寄せると、傘を持ち替えた。
「仕方ありませんなぁ」
ちょっとだけですよ、とハンカチで身体の雨粒を拭ってやると、猫は嬉しそうににゃあ、と目を細める。
ふふふ、愛いヤツめ。次、晴れた日にはそのモフモフでお礼して貰おうか。
そんな事を考えながら、ネイチャは猫と一緒に歩幅を揃えて歩き出した。
突然の雨でトレーニングが無くなり、予定は買い出しと晩御飯の支度に変更。トレーニングが無くなるのは困りものだが、こうして猫とゆっくり歩く雨の日も、悪くない。傘を叩く雨音のリズムと、靴の音、それに合わせて揺れる傘。その内、ネイチャの口元はリズムに合わせ、メロディを奏で始める。
「ふふん、ふふふん、ふふん♪」
歩幅を合わせて歩く猫を真似しながら、すました足取りで水たまりを渡ってみる。ネイチャは、ふと初めて彼に食事を作った時の事を思い出した。知り合いのママのお店を借りて、ふらふらになるまで仕事をしていたトレーナーに、チャーハンを御馳走。
それをあっという間に完食したトレーナーは、満腹の安心感もあってかそのまま横になってしまった。そんな彼の意識を呼び起こしたのは、ネイチャの歌声だった。 - 6二次元好きの匿名さん23/06/29(木) 23:51:51
『ネイチャの歌、もっと聞いていたかった』
そう言えば、起きたときそんな風にお世辞も頂きましたね。
『ネイチャの歌が好きなのは本当だよ』
あはは、そうだったそうだった……んで、アタシってばまたちょっと捻た事言っちゃってね。カワイイ台詞の一つでも言えたら良かったんだけど。
『そんなネイチャも好きだよ』
「バッ……!」
待て待て、そこまで思い出さなくて良いんだよ、アタシ!
余りに鮮明にその台詞を思い出したからか、思わず声を上げたせいで足下の猫が驚いた顔でネイチャを見上げていた。
「あー、ゴメンゴメン。ちょっと恥ずかしい事思い出しちゃって」
不思議そうに首を傾げた猫に変な言い訳をして、一緒に歩き出す。その内に、口元から再びメロディが溢れ出した。
「ららら……♪らら……♪」
雨のリズムでメロディを奏で、猫と一緒に尻尾のリズムを弾ませ、ネイチャは歌う。もうすぐ学園だが、雨が上がるまでなら屋根のある所に猫が一匹居るくらいは大目に見て貰えるだろう。それか、この子お気に入りの雨宿りスポットがあれば、そちらで雨が上がるのを待って貰おう。
そうして猫と別れたら、食堂へ直行だ。調理場のおばちゃんには話を通してあるから、多分すぐにでも始められる。そこまで考えて、先程思わず頭から振り払った光景を、少しだけ思い出して、これからに繋げてみる。今頃、書類の何割かをなんとか片付けた頃だろうか。きっとお腹を空かせているに違いない。
そんな姿を思い浮かべ、ネイチャは微笑み、歌う。この歌を、そして歌うネイチャを好きだと言ってくれた彼が美味しいご飯を頬張る姿を楽しみに、ネイチャは猫と一緒に雨に歌うのだった。 - 7二次元好きの匿名さん23/06/29(木) 23:55:07
以上です。ありがとうございました。
(ようやく分かったSSを書ける人は凄いのだ)20|あにまん掲示板「初めてSSを書いてみたら難しすぎて一作品完成させる事ことすらできなかったのだ。スレでハートを50近く貰う人…pixivでランキングに乗る人は雲の上の存在なのだ」 という初代の嘆きに応えて文字書き達が…bbs.animanch.comこちらのスレの45で書いた1レスSSを改めて読み返したらティンと来たので、改めて書いてみました。
時々ネイトレにお夜食とか用意したりするネイチャさんが居ると健康に良いと思います。
- 8二次元好きの匿名さん23/06/30(金) 00:07:07
良き……気持ちを隠しきれないネイチャさん可愛い
- 9二次元好きの匿名さん23/06/30(金) 00:20:58
おかずをお伴って言うのネイチャが言いそう感あって好き
- 10二次元好きの匿名さん23/06/30(金) 00:47:55
ネイチャの献立がこの時間に刺さるわ。肉じゃがとか多分滅茶苦茶美味いんだろうなって。
- 11二次元好きの匿名さん23/06/30(金) 01:19:58
えがった
- 12二次元好きの匿名さん23/06/30(金) 05:59:06
1レスの時も今回もネイチャらしさが出てると言うか…可愛さが染み入るのだ
- 13二次元好きの匿名さん23/06/30(金) 08:16:13
皆様、読んで頂きありがとうございます。
ネイチャさんは尻尾が揺れたり嬉しそうな表情してたりで良い事あったんだな、って周りがすぐ気付くと可愛いと思う次第です。
上手く言えませんが、そちらの方がネイチャさんっぽいかな?と思ったのでそう言って頂けて嬉しいです!
料理上手な子は多いですが、和食の家庭料理を作ったら中々右に出る者がいないのではないかと勝手に思っていたりしています。
読んで頂き、ありがとうございます。その一言頂けるだけで嬉しゅうございます!
雨に歌うネイチャさんの可愛さがしっかり描写できていたのなら、これ程嬉しい感想は無いのだ。1レスSSの方も見て頂いてありがとうなのだ。
- 14二次元好きの匿名さん23/06/30(金) 15:39:05
枇杷って一瞬分からなかったけど果物のビワか
あと、乙な味って表現、お洒落だけどそこはかとなくネイチャっぽくて好き(語彙) - 15二次元好きの匿名さん23/06/30(金) 16:27:27
しっとり(物理)に対して心晴れやかなネイチャさんは健康に良い。その内病気にも効くようになる。
個人的な感想でごめんだけど雨の日に猫と一緒に歩くというシチュで某みんなのうたを思い出した
あんま再放送されないけど個人的にすごく好きな歌だから思い出せて嬉しい - 16123/06/30(金) 21:22:13