- 1二次元好きの匿名さん23/07/08(土) 01:01:36
照り付ける太陽、むわっとする空気。
もはや夏本番と思ってしまうような、そんな猛暑日であった。
トレーナー室に向かう途中の僅かな距離、外を歩いただけで汗をかいてしまうほど。
早くクーラーをつけないとと思いながら目的地にたどり着くと、前からとても良く見知った顔。
金髪碧眼、青色のメッシュの入った特徴的なロングヘアー。
この熱気を平然と受け流しているかのような、涼し気な雰囲気。
担当ウマ娘のネオユニヴァースが、こちらに気づいたように尻尾を振りながら、小走りで近づいていた。
「ハロートレーナー、ここでも“ランデブー”は“レアアース”」
「こんにちはユニヴァース、言われて見ればここで会うのは少し珍しいね」
確かにトレーナー室の前で鉢合わせ、ということは今までなかった気する。
普段は俺が先にトレーナー室にいて、ユニヴァースを待つパターンが殆どだ。
トレーナー業が専門の俺と、学生としての生活も送っている彼女のサイクルでは、必然的にそうなる。
ユニヴァースは腕で口元を隠しながら、嬉しそうに目尻を下げた。
「トレーナーに早く会えて“COMF”だね、それが“MOOM”でも」
「うん、俺も君と早く会えて嬉しいよ……待ってて、鍵開けるから」
「……?」
ユニヴァースの言葉に同意する、少しでも早く会えるのは、確かに嬉しい気がする。
俺はチャリンと、軽い金属音を響かせながら、内ポケットからトレーナー室の鍵を取り出した。
すると彼女はその鍵を、正確にはその鍵に付属しているものを、物珍しそうに凝視する。
「その“衛星”は“LDBG”?」
「衛星……ああ、キーホルダーのことかな、これは貰い物でね」
そう言って俺は、鍵についたテントウムシを模したキーホルダーを、彼女に示した。 - 2二次元好きの匿名さん23/07/08(土) 01:01:54
このキーホルダーとの出会いは、ほんの数時間前だったりする。
同期のトレーナーから、突然、大量のキーホルダーを差し出されたのだ。
曰く、担当の子に収集癖があり、そのコレクションが許容量を超えてしまったため、二人で手分けして配ってるのだとか。
一体全部でどんだけあるんだと心の中で呆れながら、これも何かの縁だと思い、一個だけ貰うことにした。
そしてたくさんの種類の中から、特に目に付いたのがこのテントウムシのキーホルダーだった。
そんな感じで、俺はネオユニヴァースに、エアコンの効いたトレーナー室でキーホルダーとの馴れ初めを説明する。
「まあ、トレーナー室の鍵には何もつけてなかったから、丁度良かったよ」
「ふふっ、とっても“DIGG”。トレーナーはテントウムシが『お気に入り』?」
「あー、好きな小説のキャラクターの名前というか、あだ名というか、それが『天道虫』でね」
「『物語』に憧れて? なんだかゼンノロブロイみたいな“軌道”を感じるね」
「そんなところかな、ちょっと前に映画にもなったんだよ」
「“マグネター”、きっと『あなた』に似た“GENY”な人なのかな?」
「……それはどうかな、むしろエマージェンシーな人だと思うけど」
事ある毎に首折ってくるからなあ、そもそも殺し屋だし。
俺は大好きな小説だけど、ユニヴァースの嗜好に合うかどうかは正直ちょっと怪しい。
というわけで俺は布教欲を抑え込んで、小説については適当にボカすことを決めた。
「まあそれについてはその内、とりあえずミーティングを始めちゃおうか」
「“UNDY”、これからレース活動についてだね、“スクイーズド”か“コヒーレンス”か」
「うん、色んなレースに出るか、数を絞っていくか」
「ネオユニヴァースは────」
俺達は一時間ほど、これからの出走レースについて話し合った。
今日で全てを決めるわけでなく、ざっくりとした方針を共有するのが目的である。
彼女の希望と俺の提案を混ぜ合わせて、とりあえずの結論を導き出してから俺は彼女に告げる。 - 3二次元好きの匿名さん23/07/08(土) 01:02:11
「……うん、とりあえず今日はおしまい。後は自由にして構わないよ、お疲れ様でした」
「トレーナーも『お疲れ様』だよ……ここで少し“EVA”をしても“ART”かな?」
「何かやりたいことがあるなら構わないけど、ってああ、なるほど」
具体的な内容にピンと来なかったが、ユニヴァースの手元を見て、疑問は氷解した。
彼女が鞄から取り出したのは細長く切った黄色い折り紙、いわゆる短冊であった。
それ見て、俺は今日が7月7日、七夕であったことを思い出す。
やたらと折り紙を持ち歩いている生徒を見かけるな、と思ってはいたけれど。
「ネオユニヴァースも『七夕飾り』に願いを“搭載”して“ローンチ”したい」
「そういえば今日は七夕だったね、どこかに笹でもあるのかな?」
「アファーマティブ、生徒会が“ARGE”をしていたよ」
「なるほど、せっかくだし俺も何か書こうかな」
「それなら“ANOI”……『どうぞ』だよ」
そう言って、ユニヴァースは青色の短冊を取り出して、俺に手渡した。
俺達はそのまま、お互いにしばらく黙って、短冊とにらめっこを始める。
とはいえ、俺の方の書く内容はほぼ決まっていた。
無病息災、ユニヴァースが怪我無く走り続けられますように。
多分、大部分のトレーナーが書くであろう、あまり面白味のない内容ではある。
さらりと書き終えて、ふと俺はユニヴァースの方を見る。
彼女は手に持った短冊にペンを走らせた様子はなく、ただ窓から外を見つめていた。
まだ外は明るい時間ではあるが、その目はまるで星空を眺めるかのように、遠い。
「……ネオ? どうかしたの?」
気づけば、俺は問いかけていた。
その言葉にユニヴァースはちらりとこちらを見てから、手元の短冊に視線を落とす。
そしてぽつりと、小さく呟いた。 - 4二次元好きの匿名さん23/07/08(土) 01:02:32
「今日は織姫と彦星が逢う日」
七夕で語り継がれる二人を、遠くの誰かに重ねるように、身近な誰かと重ねるように。
その声色には寂しさと悲しさと、そしてほんの僅かな恐怖が入り混じっていた。
「距離15光年……間に合うかな? ネオユニヴァースはずっと手伝う手段を考えている」
今日は、天の川を隔てて離れ離れになった織姫と彦星が、一年に一度だけ会うことの出来る日。
その二人を表す星であるベガとアルタイルの距離は、そのくらいあると何かで読んだ覚えがあった。
一年の一度の逢瀬の距離が、光の速さで十五年というのは確かに遠すぎる。
実際のところ、それはもはや、次元を超えた別れなのだろうと思う。
「“断絶”はとっても悲しい“航路”……“ABSS”をネオユニヴァースは“観測”しているから」
ユニヴァースはどこか遠くを見つめていた。
きっとその目には文字通り次元を越えた先の、俺達のいる宇宙とは違う宇宙が映っているのだろう。
以前に聞いた、彼女が見る別宇宙の彼女の話。
その宇宙で、彼女は愛する人との別れを、大切な人の孤立を、ひどく後悔していた。
だからこそ、広大な天の川に引き裂かれた織姫の気持ちに、彼女は共感してしまうのかもしれない。
「そうだね、じゃあ、これを届けたらどうかな?」
「……“THIS”?」
そして、だからこそ、俺もどうにか彼女を笑顔にしたいと、思ってしまうのだ。
七夕、天の川、星空────気づけば俺はそれらの言葉から導き出した発想を、そのまま口に出していた。 - 5二次元好きの匿名さん23/07/08(土) 01:02:46
チャリンと、軽い金属音。
俺が差し出した右手の中には、トレーナー室の鍵についていた、テントウムシのキーホルダー。
それを見てユニヴァースは、目を丸くしていた。
当然だろう、何故この話の流れでこのアイテムが出て来るのか、普通は理解できない。
正直、俺もなんでこれに繋がったのか、ちゃんと理解できていない。
ただ勢いのまま、論理性も理屈もブン投げて、俺は言葉を行き当たりばったりで吐き出していく。
「テントウムシは、ほら、飛べるし」
「……“LODI”は得意なのかな?」
「感じて書くと天の道の虫っていうくらいだし、天の川くらい余裕でいけるよ、多分」
「……そうかな…………そうかも」
「それにほら、これナナホシテントウなんだよ、七星、だから星の二つや三つは簡単に飛び越えられるって」
「ふふっ、確かに“FOTX”の星の力なら、“MIP”じゃないのかな?」
我ながら、支離滅裂な内容だったとは思う。
大の大人の言動だとは到底思えない、話しながら顔が熱くなったほどだ。
正直、ちょっとだけ後悔をしたのだけれど。
ユニヴァースが楽しそうに微笑んでくれたので、そんな後悔は空彼方に飛んで行ってしまった。
彼女は俺の手の中にあるテントウムシに、手を伸ばした。
微かに、少し冷たくて、しなやかな指の感触が伝わる。
「スフィーラ……『ぼく』は『あなた』が身に着けているテントウムシを、愛していたんだ」
愛おしむように、ユニヴァースは受け取ったテントウムシを優しく撫でる。
そういえば、国によってはテントウムシとは『幸運を運んでくる虫』とされていることを思い出した。
俺がこのキーホルダーを選んだのも、もしかしたらその記憶が影響しているのかもしれない。 - 6二次元好きの匿名さん23/07/08(土) 01:03:01
「いっぱいありがとうだね、トレーナー、これを笹に“コネクト”して“送信”をするよ」
そう言いながら、ユニヴァースは短冊に文字を書いていく。
内容は見ることが出来ないが、とりあえず納得してくれたみたいなので、一安心。
その滑らかな動きのペンが短冊を書き終えた後、それを一旦、机の上に置く。
そして、急に思い出したように、彼女は言葉を紡いだ。
「……トレーナー室の鍵のキーホルダーが“NIZR”をしているね」
「ん? ああ、それくらい気にしなくて良いよ、元々なかったんだし」
「ネガティブ、“ランドマーク”はとっても大切、だからネオユニヴァースから『プレゼント』」
ユニヴァースは鞄に手を伸ばすと、あるものを取り出した。
チャリンと、軽い金属音。
彼女が差し出した右手の中には、トレーナー室の鍵についてたものと同じ、テントウムシのキーホルダー。
……手分けして配ってるって言ってたな、そういえば。
キャパオーバーするほどの量ならば、同じものが何個か混じってても不思議ではないだろう。
呆気に取られる俺を他所に、彼女は俺の手を取って、そのまま自分の手で包むように、キーホルダーを握り込ませる。
じっと見つめる彼女の目が、握り締められた手が、少し恥ずかしくなって目を下に逸らしてしまう。
────運命の悪戯なのか、その視線は彼女の短冊を捉えてしまった。
いつの間にか耳の近くまで来ていた彼女の小さな口が、そっと囁く。
「『彦星様』には『わたし』がどこにいても、会いに来て欲しいな」
その短冊には『織姫と彦星がちゃんと愛し合えますように』とだけ書かれていた。 - 7二次元好きの匿名さん23/07/08(土) 01:03:19
お わ り
間に合わなかったので供養供養 - 8二次元好きの匿名さん23/07/08(土) 01:21:43
素敵だった……デムユニ仄めかしもGOODだった……
- 9二次元好きの匿名さん23/07/08(土) 01:38:29
上手く通じなくても今は行動に移せば通じ合える...
テントウムシのキーホルダーを手渡すのがとてもすごくいい...
とても素晴らしいSSをありがとうございます - 10二次元好きの匿名さん23/07/08(土) 01:43:33
ありがとう……いいものを読ませてもらいました……
- 11二次元好きの匿名さん23/07/08(土) 03:45:23
テントウ虫ってイタリアじゃ幸運グッズなんだっけ 元の持ち主は変な鳴き声の珍獣だったり…?
- 12二次元好きの匿名さん23/07/08(土) 05:48:13
昨日出たばかりの台詞なのに筆はやいな……
良かったです - 13123/07/08(土) 06:27:28
- 14二次元好きの匿名さん23/07/08(土) 18:29:31
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