【SS注意】ふるさとを汚すものは万死に値する

  • 1二次元好きの匿名さん23/07/10(月) 20:25:00

    男トレーナーxタルマエのSSです
    キャラ崩壊や解釈違い等々あると思いますのでご承知置き下さい
    苫小牧なタルマエは居ません

  • 2二次元好きの匿名さん23/07/10(月) 20:25:28

    ――ふるさとを愛する気持ちは純粋で、真剣で、神聖で、何と言うか、つまりは愛情でなければならない。
     文字通りの「一所懸命」が理想。生まれ、育ち、愛し愛されてきた故郷こそ畢生の領土にして財産。信心などは持ち合わせていない私でも、恩賜されたと思えるもの。
     要するに……苫小牧。
     けれど、そんな私にも「ふるさと」が増えた。そう思える人が出来た。
     出来たのだけど……。

  • 3二次元好きの匿名さん23/07/10(月) 20:26:03

    「今日は暑いね……エアコン入れても良いかな?」
    「……はい、そうですね」
     トレーナーさんは私に一言断りを入れると、リモコンに手を伸ばす。私は声が上ずっていないかが心配で、蚊の鳴くような返答だった。
     七月も半ば、とりわけ気温の高い日のトレーナー室。トレーナーさんが立ち上がる前に私は空かしていた窓を閉めていく。
     窓際の席の彼の後ろを通るだけで、私は音を立てて生唾を飲み込んだ。
     トレーナーさんは服をパタパタと広げては閉じる。それだけで私の、ウマ娘の嗅覚には彼の体臭が丸分かりだった。
     トレーナーさんは臭いを気にしている。汗臭さ、男臭さ、お年の臭い……。以前そう語ったトレーナーさんの、少し恥ずかしそうな表情、そして不快どころか寧ろ芳しいトレーナーさんの匂い。あぁ……。
    「ご飯が進む……」
    「ご飯?」
     彼が振り返り、きょとんとした表情で首を傾げた。
    ――しまったぁ!声に出てた!

  • 4二次元好きの匿名さん23/07/10(月) 20:26:42

    「”たんとうまい!!”です!お米だけ、と侮るなかれ、低タンパクでおにぎりにも適した美味しい苫小牧のお米です!ふと思い出して食べたくなってしまって」
     捲し立てるように私は誤魔化す。圧倒された様子の彼は、少し笑って「じゃあ、今度食べてみようか」なんて言う。
    「はい!是非!」
     私は何とかなったと思い息を吐く。するとトレーナーさんはこう溢した。
    「食いしん坊だなぁ」
     その一言で、私は別の恥をかいたことに気づいた。思わず下を向く。
    ――やっちゃった……。はしたないとか思われたかな……。
     大食いほどではないにしても、並のウマ娘程度には食べる私。トレーナーさんも大概食いしん坊なイメージがあったが、そこはやはり乙女心。
    ――色気より食い気な彼女は流石にトレーナーさんも嫌だよね……。
     想像の中のトレーナーさんが心底呆れた表情で言った。
    「タルマエは彼女と言うより……これから漁に出る船だね。スターヴェイション・シップかな?」
     ゴフッ!!

  • 5二次元好きの匿名さん23/07/10(月) 20:27:16

    「タルマエ!?」
    「いえ、大丈夫です……飲んだ唾でむせただけなので……」
     トレーナーさんはびっくりした様子で私の前に立ち、おろおろと私の様子を見る。
    「大丈夫?保健室行く?呼吸器の問題は深刻だし……」
    ――いえ本当に大丈夫なので、お願いですからそんなに心配しないで下さい。心が痛くて寝込みそう!!
    「本当に大したことではないので……」
     私がそう言って引き下がらせると、トレーナーさんは私を信じて、席に戻ってくれた。
     何をやっているのだろうか私は。トレーナーさんはそんなことを言わないだろうに勝手に想像して、勝手に傷ついて、おまけに良心を無心して。これがふるさとに対する行いか。はんかくさいタルマエのバカ者。
     私は近くの椅子に座ると、ため息を吐いた。空回りに自己嫌悪。そんな中でも、チラリと視線を向ければ、温かく柔らかな視線が交差する。
    ――アッ!!癒ッ!!尊ッ!!
     あっと言う間に語彙力の死んだ言葉が胸中を埋め尽くした。

  • 6二次元好きの匿名さん23/07/10(月) 20:27:59

    ――何と言いますか、言い訳をさせて下さい。
     誰にともなく謎の断りを入れてトレーナーさんの様子を窺う。
     小首を傾げたトレーナーさんの可愛らしい表情も癒し。仕事に戻ろうとふと手に持ったままのリモコンに気づいて、それを静かに戻す、ゆったりとした余裕のある仕草。クールビス仕様なので服の隙間から肌が覗ける上に、そこには健康的な胸に首筋に鎖骨。パソコンに伸ばした腕に浮く血管。
    ――ぷにぷにしたい!なぞりたい!
     トレーナーさんは半袖に変わった頃、肌があまり綺麗な訳ではないと、苦笑いを浮かべていた。
    ――襲って良いってことですか?何、可愛い顔しているんですか?舐め回しますよ?
     ここまで言っているけれど、私は鎖骨も血管も別に重要ではない。トレーナーさんだから良いんだと思う。
     中性的ではないけれどややマイルドで、優しい顔つき。威圧感がなく、それでいて男らしさを時折見せる包容力。
    ――エッチ!トレーナーさんエッチ!エッチなのは良くないと思います!

  • 7二次元好きの匿名さん23/07/10(月) 20:28:37

    「とっくにそうだよ」
     あの時のことをふと思い出す。私をふるさとだと、同じように思ってくれていると言った、ドバイに行く前の瞬間を。
     あの時の真剣な眼差しには胸がドキリと高鳴り、私はこの人と共に歩んできて本当に良かったと深く感じた。
    ――つまり相思相愛!二人は恋人、否、許嫁!もう合意と見てよろしいですね!?病める時も健やかなる時も、汝、苫小牧と、タルマエと生きて行きますね!?はい結婚。
     続いて思い出すのは私がお腹を壊した時。初めてのドバイで、恐らく水か何かに当たったのか、一時は酷い状態。それでもトレーナーさんの迅速な対応で軽度で済んだ。一人だったらこう上手くは行かなかっただろう。
     しかしトレーナーさんは自分がチェックを怠った所為だとずっと気に病んでいた。何度も何度も私に謝って……。
    ――そんなに謝ってばかりだと悪い人に騙されちゃいますよ?ほら目の前に、トレーナーさんのことを貪って、食べ尽くして、骨の髄までしゃぶって啜って、首輪着けて所有物にしちゃいたいウマ娘が居るんですから……。

  • 8二次元好きの匿名さん23/07/10(月) 20:29:12

     更には帰国してからの休養中。前に行ってみたいと言ってた、樽前山に二人で登りに行った時。
     開けた空に青々とした山林、そして眼下に小さく見える苫小牧。二人でおにぎりを食べていると、何も言わない私に対してトレーナーさんはこう言った。
    「このまま、何処か行ってみる?」
     私が顔をあげる。すぐ隣の、少しだけ寂しそうな顔と少しだけ見つめ合う。それからトレーナーさんは頭をふるふると振った。
    「ごめん、冗談だよ」
     トレーナーさんが静かに笑った。泣いたように。
    「何言ってるんですか!」
     私が立ち上がって声を張り上げると、トレーナーさんはやっぱり優しい目をしていた。
     トレーナーさんも弱気になるんだ、そう思いつつ、諦めようとした彼に内心凄く怒って、発破を掛けたのが、私。
     正直、今は思う。弱音を吐けず、でも不調から抜け出せなかった私の代わりに言ってくれたんだろうと。涙は溢れなかったけれど、本当に泣きたかったのは私の方なのだと。
    ――拐って!奪って!私を苫小牧から!何処に居てもあなたがふるさとだから!

  • 9二次元好きの匿名さん23/07/10(月) 20:29:56

    「……」
     黙々とお仕事をするトレーナーさん。どれくらいか分からないけれど、ずっと、じっと、見つめていた。
     彼が私のことを考えて、何か力になれないかと行動してくれて、気づけば好きになっていた。突っ走りがちな所とか、思い悩んでしまったこととか、でも投げ出せなくて泥臭く地道に、ロコドルもトレーニングもしてきたこととか。全部支え続けてくれた。
     だからずっと、私からも、彼に沢山、沢山、返したいと思ってきた。それが出来ているのかは分からない。彼が与えてくれたものが多すぎるから。どれだけだって天秤は釣り合わない。
     にも関わらず……。
    ――さっき、私、何考えてたの?
     思わず頭を抱えたくなって、きゅっとスカートの裾を摘まむ。
     変態的な欲情ばかりで、トレーナーさんに何を返すどころの話ではない。
     曇りのない真心こそふるさとに相応しいのに……。
     想像の中のトレーナーさんが冷たい目をして言う。
    「へぇ、タルマエは俺を、変態的な願望をぶつけるだけの都合の良い男だと思っていたんだ。ロコドルが聞いて呆れるね。恥ってものがないのかな?」

  • 10二次元好きの匿名さん23/07/10(月) 20:30:33

    「トレーナーさん、少し、席を、外します」
     不意に立ち上がったタルマエが顔を赤くして肩で息をしたと思ったら、急に冷静になり、俺にそう言った。
    「大丈夫?やっぱり調子悪い?」
    「いえ、元気です。元気ですので、走ってきます!!」
     返事も聞かずに飛び出して行ったタルマエ。俺は慌てて席を立つが、廊下を見る頃には見えなくなってしまった。
    ――今日、休養の筈だったんだけど……。
    「この天気だし、熱中症などにならないように気を付けて」
     そうメッセージを入れると、席に戻った。
     レース出走に関する届け出、出走手当ての分配、出納承認などの書類に目を遠し、タブレットでサインを書いていく。
     しかしふと手が止まると、パソコンの駆動音以外、空っぽの部屋の静寂が耳に痛かった。
     窓の外は青空が広がっている。やっぱり暑そうだ。無理にでも連れ戻すか悩んでいると、ノックの音がした。
    「こんにちは、タルマエさんのトレーナーさん」
    「カレンチャン?こんにちは」
     来訪したのはカレンチャンだった。

  • 11二次元好きの匿名さん23/07/10(月) 20:31:13

     カレンチャンとタルマエはその活動柄、共に撮影したり、SNS談義をしたりと交流があった。そして彼女のトレーナー……彼と俺もまた交流があった。
     言わばご近所付き合い染みた彼女が、俺の姿を認めると、ささっと近寄ってきては、指を顎に当てた。
    「タルマエさん、凄い勢いでしたね。ぎゅーんって」
    「そうだね?」
     話はそれだけではなさそうだ。そう思って疑問に思っていると、彼女はにんまりと笑った。
    「トレーナーさんって、タルマエさんのこと、どう思っているんですか?」
    「どう……?」
     意外と言うか、変わった質問で、さながら取材記者さんのようだ。やはり友人としてトレーナーからの心証が気になるのだろうか。ともすれば友達想いの良い娘だな、と感じた。
     それで本題はタルマエのことをどう思うかである。
    「そうだね……まずは綺麗で、可愛い娘かな。あとは凄く郷土愛が強くて、熱心で、走りでもロコドルでも、実際に結果を残してくれた。凄いし、誇らしいよ」
     彼女の目をふと見ると、それは品定めするかのような、射抜く視線であった。

  • 12二次元好きの匿名さん23/07/10(月) 20:32:06

     微かに身震いしていることに、俺は気づいた。瞬間、何かしらの危険信号が頭の中でけたたましく響き渡る。
    「そうですか、良かった!」
     彼女は笑顔を綻ばせ、雰囲気が一変する。
     しかし俺は心臓が早鐘を打ち、得も言われぬ緊張感に汗を浮かべていた。
    ――何だ、何が言いたいんだ……?
     それは恐怖。笑顔と言う狩人の威力を前に、獣が抱く本能である。
     カレンチャンは此方の戸惑いなど気づかず、ニコニコと微笑んで言う。
    「タルマエさん、トレーナーさんと一緒に居て凄く嬉しそうだなって。特に最近そう感じたんです。少し前よりもずっとお互いが信頼し合ってて、素敵だったから」
    「あ、ありがとう……?でも良いコンビなのは君と君のトレーナーさんもそうじゃないか」
    「えへへ、ありがとうございます!でもお世辞じゃなくて、お二人もお似合いだなって思うのは本当ですよ」
     花が咲いたように笑う彼女。此方を随分と評価してくれている様子だ。
     同時に、自分たちの評価を真正面から受け止め誇る自信家な所で、強かさが垣間見えた。

  • 13二次元好きの匿名さん23/07/10(月) 20:32:57

     彼女の視線と、変わり身の速さ。生きた謎がここに居る。そう思っていると、彼女はあっさりと踵を返した。
    「お仕事の邪魔しちゃってごめんなさい。カレン、そろそろお兄ちゃんの所に行きますね」
    「あぁ、彼にもよろしく伝えて貰えると嬉しいな」
    「はーい」
     何だか随分と拍子抜けな最後だ。俺はそう思い、仕事に戻ろうと視線を外すと、再び声が掛かった。
    「あ、最後に良いですか?」
     僅かに開いたドアからひょっこりと半身だけ姿を見せて、カレンチャンが問う。
    「もしもー……タルマエさんみたいな女性があなたの前に現れたら、どう思いますか?」
    「……タルマエみたいな女性?」
     質問の内容を理解するのに少し時間を要した。その間も彼女は待ってくれる様子だった。
    ――タルマエみたいなひとか……。
     俺は考える。俺とて女性に興味がない訳ではない。ただトレーナーとしての役目が生活の中心で、あまり出会いは多くなかった。

  • 14二次元好きの匿名さん23/07/10(月) 20:33:55

     ふと思い出すのは、ライトハローと言う女性との一幕だった。
     お互い仕事づくめの生活をしている、と言う話から始まり、連絡を取って、ご一緒することが間々あった。
     アイドルか何かのライブに連れていって貰い、ライブの楽しみ方を教えて貰ったり。
     忘年会だか新年会だかで既にへべれけになっていた彼女に振り回されカラオケに行ったり。
     一緒にイベントに参加して街中で写生して、お互いの絵を誉め合ったり。
     彼女との時間はとても安らいで、でも楽しくて、別れ際には内心、惜しむこともあった。
     しかし、確実に、心の何処かにしこりのような違和感が拭えなかった。
     ある時、ピクニックに行った。
     彼女は酷く優しくて、彼女の料理はお弁当なのに温かくて、彼女の隣でうたた寝してしまって……。
     夕刻、起きた俺に彼女は笑いかけてくれた。
     俺は、しまった、そう思った。
     彼女は最後まで優しかった。必死に笑顔を取り繕う俺に対して。
     その日から、彼女へ、俺は上手く返信出来なくなった。

  • 15二次元好きの匿名さん23/07/10(月) 20:34:49

     グランドライブ企画が終わり、彼女も俺も、それぞれの日常へと返る。
     彼女は、最後に俺にこう言った。
    「トレーナーさんは、担当の娘を凄く大事にされてるんですね」
    「そうですね。あの娘は凄く頑張り屋さんで、それに応えて上げたいんです」
    「そうして上げて下さい。きっと、それが強い想いに、力になる日が、必ず来ると思うんです」
     ピクニックが終わっても、グランドライブが終わっても、何となく近況を話す程度には付き合いがある。けれど彼女と俺は一歩も、二歩も、他人になった。
     時折思うのは、あの時、惜しいことをしたなと言う後悔。それがほんの少し。
     でも本当は……彼女が離れて、他人になってくれて、酷く安心していた。
     俺の迷いを見抜いて、情けない男だと愛想を尽かしてくれて。ライトハローと言う女性が、強く、賢明であったことに、俺は隠れて泣いてしまった。
     あの日、彼女の膝で寝てしまった時、俺の頭の中に変わらずに居たのだ。
     ホッコータルマエが。
     一人の女性、その人生を選べば、きっと担当との距離は離れる。ただの指導者として、もっと大人の、他人の接し方をする。今の若い支え方は出来なくなる。

  • 16二次元好きの匿名さん23/07/10(月) 20:35:31

    「タルマエを選ぶよ」
     簡潔に纏めて、ただその言葉のみを、質問してきた少女に返した。
     少しの間きょとんとした表情をしていたカレンチャンは、にんまりと笑った。
    「カレン、『タルマエさんみたいな女性があなたの前に現れたら、どう思いますか』って質問したんですけどー……。何で、どっちを選ぶかって返事をしたんですか?」
     爆弾を残すだけ残して、彼女は去って行った。トレーナー室には、勝手に地雷を踏み抜いた男が一人、項垂れる。
    「そう言うことかぁ……」
     どうやら仲が良いからと、体よくからかわれてしまったらしい。
    ――いかん、気が抜けているぞ。
     俺は自分の頬をスパンと両手で打ち付ける。
    ――あくまでも担当、担当として大事だから。
     彼女は俺をトレーナーとして信用してくれている。彼女の心にはいつも苫小牧がある。彼女の愛は大きく純粋で……。
     ……俺の入る余地は、あるのだろうか。

  • 17二次元好きの匿名さん23/07/10(月) 20:36:17

     一人でも懸命に路上で宣伝をし、ライブをし、地道に、がむしゃらに、突き進むロコドルとしての一面。その内側の生真面目さや不器用さ、故郷の人々への愛、己が背負い引っ張ろうとする根性。
     彼女を支えたいと思ったのは、そう言った彼女の強さとか、綺麗さとか、見た目の可愛さと共に、小さな背に乗せた覚悟に圧倒され、魅せられたからだろう。
     彼女と共に歩み、彼女の喜びを増やせれば、彼女の幸福を祝福出来たならば。そう思って担当をしてきた。
     バレンタインに貰ったのは、彼女オススメのハスカップチョコ。送ったのはハスカップのチーズケーキだった。
     言うなれば、苫小牧が俺たちを繋いでくれた。逆に彼女から苫小牧を取り上げることは出来ない。彼女に故郷がいつでも味方なんだと思って貰い、いつでも支えてくれていると感じて、一時の安らぎを与えること。俺には、どれだけ支えたってそれしか出来ない。
    ――勝てないよなぁ……。
     苫小牧は俺にとって、それまで名前を聞いたことがあるかないかくらいの町でしかなかった。外様は何処まで行っても外様でしかない。
     必死に苫小牧の人々に協力して貰って、何とか形にしてきたのだ。

  • 18二次元好きの匿名さん23/07/10(月) 20:37:09

    ――考え過ぎだ。もっとシンプルに、やることは変わらないんだから。
     俺は少し立ち上がると、軽く肩を回す。それから再び椅子に着いた所で、部屋のドアが開いた。
    「ただいまです」
    「お帰り。思ったよりも早かったね」
    「頭が冷えたので……」
     買ったらしく、スポーツドリンクのボトルを持ってタルマエが戻って来た。
     ボトルを傾け、半分ほど飲むと、ふうと一息吐いて、椅子に着いた。
     この部屋では俺のデスクに近い位置に机と椅子を配置している。タルマエが相談しやすいようにと近づけ、それを特に拒むことなくそのままにしてきた。
     だが、今ばかりはその判断が間違いだったのではと感じる。
     走ってきたのか、彼女の透き通るような滑らかで輝かしい頬には汗が一筋流れ、夏の日差しを取り込むとイミテーションのようにチカッと光る。その反射光が目を差し、視線を向けると、更に輝かしい、宝石のような瞳に目を奪われた。
    ――綺麗だ……。
     暫し見とれていると、視線が交わっていることに気づく。誤魔化すつもりで、俺が微笑むと、彼女もまた微笑んだ。
    ――アッ!!可愛いッ!!推しッ!!

  • 19二次元好きの匿名さん23/07/10(月) 20:37:48

     これは不味い。絶対に彼女の所為だ。おのれ……今度カレンチャンのトレーナーに釘を刺しておこう。
     正直、普段から可愛いとは思っている。だが今日は寧ろ、情欲が昂り、彼女を思いきり抱き潰してしまいたくなってしまっている。このままだと此方が先に溺れて、参ってしまうのは明白だ。
     そもそも彼女が魅力的なのが悪い。
     彼女の耳は大きくはないがとても愛らしい形をしていて、常に被っているメンコや帽子も含めて撫でて愛でてやりたくてしょうがない。きっとふにふにして触り心地も抜群だろう。
     お次にアメジストよりも綺麗な目。彼女の目を見るだけでうっとりとため息が出そうになる。
    ――目蓋ごしにキスしたい……。
     今の火照ったタルマエからは甘い香りがすることに気づく。高級なフルーツやお酒よりも瑞々しく芳醇。クラクラと当てられてしまいそうだ。

  • 20二次元好きの匿名さん23/07/10(月) 20:38:32

     思いきり抱き締めて、彼女の形、感触、匂い、その全てを腕の中に囲い込んでしまったら、きっと俺は何にでもなれるし、どうとでもなってしまうだろう。
     そのベビーフェイスに、確かに質量を感じさせる豊満な体。普段は意識しないようにしているが、改めて考えると女を見てしまうバストに、ヒップに、太もも。その割りに華奢な肩が少女を思わせて、絶妙なバランスを感じさせる。それが興奮と幸福を招き、きっと俺は絶頂出来てしまう。
     そしていつもの可愛らしい、耳にも心にも通る声でこう言うだろう。
    「正直そんな人だと思いませんでした。気持ち悪いです。二度と近づかないで」
     ダァンッ!!
    「トレーナーさん!?」
    「だ、大丈夫……」
     俺は思わず机に頭を打ち付け冷静になる。
    ――どこまで気持ち悪い想像しているんだ。思春期の男子なのか?
     音だけで、タルマエがおたおたと困惑しているのが分かった。それだけに罪悪感も凄い。彼女は、それこそアメジストの石言葉ように誠実だと言うのに……。
     彼女の心の平和、「ふるさと」としての献身は何処へ失せたと言うのか。

  • 21二次元好きの匿名さん23/07/10(月) 20:39:23

     トレーナーさんが壊れた……そう思っていると、すっくと立ち上がった。
    「俺も少し外すね。頭を冷やしてくる……」
    「あ、これ飲みますか?」
     私は自分で持っていたボトルを渡そうとする。彼は一瞬立ち止まり、ボトルと私の顔を交互に見る。
    「いや、それはタルマエが飲みなよ。水分は大事だからね、貰ったら悪いよ」
     そう言って微笑んで、トレーナーさんは部屋を後にして行きました。トレーナーさんはやっぱり優しい。
    「良いなぁ……」
     小さく呟く。トレーナーさんの真っ直ぐな気持ちと優しさとが、路上で活動していた一人の頃からずっと、私に寄り添い続けてくれている。彼が見守り続けているからこそ私はここまで来れた。
     それと同時に、あくまでも私は担当なのかとも感じる。
     ウマッターなどのリプライ欄を見ていると、ロコドルとしての私の姿に、胸や太ももなどの大きさで性を感じているコメントを残す人が、稀に居る。それ自体はどうでも良い。実害は特にまだないし、武器になるとさえ感じている。あくまでもファンの人々を苫小牧に向ける為の、言わば手段でしかないのだから。

  • 22二次元好きの匿名さん23/07/10(月) 20:40:11

     ではトレーナーさんはどうなのだろうか。トレーナーさんに下心を向けられたいのだろうか。
     最初から向けられていたら、多分、凄く嫌……かも知れない。
     でも何も意識されていないのも、なんだか……凄くモヤモヤしてしまう。
     トレーナーさんはいつでも優しい。でも支えてくれる中で、私の欲しい言葉とか、嬉しい行動とか、探してくれている気がする。もしも私が求めたら……。
    ――メチャクチャになるくらい、愛してくれたりとか……。
     私は一気に顔が熱くなるのが分かった。それはそうだ。このようなことを妄想するなんて、不埒にもほどがある。
    「何考えてるの、何考えてるの私!?」
     色々考え悶々としてしまい、今日はもうダメだった。
    ――普通に、普通のロコドルに、ホッコータルマエに戻ろう。
     私は呷るようにスポドリを飲み干す。空になったボトルを捨てようとして、その時、また気づいてしまった。
    ――さっきトレーナーさんに、飲みかけを上げようとした……?
     再び顔が熱くなる。湯気すら立ちそうなその熱さを、夏の日差しの所為だと決めつけてやりたい。そんな今日この頃。

  • 23二次元好きの匿名さん23/07/10(月) 20:40:57

    「タルマエさん、楽しそうだね」
    「こんな監視して良いのかな……」
     あるトレーナー室を窓の外から偵察しようとするトレーナーとウマ娘が居た。窓はカーテンを閉めておらず、今ならばともかく、ミーティング中は不用心かも知れない。彼は今度忠言しようかと考えていると、ウマ娘の方が言葉を返した。
    「二人の様子を探ってきてって言ったのはお兄ちゃんじゃなかったかな?」
    「……ごめんなさい」
     トレーナーの方は、カレンチャンにすっかり振り回されてしまっている。しかしそんな彼にも、タルマエとそのトレーナーを焚き付けたい理由があった。
    「あの二人、仲良さそうだね?」
    「……」
    「一緒にタルマエさんのふるさとに行ってるみたいだね?帰省デートだね!」
    「うぅ……そうだね……」
     彼もまた、ウマ娘に様々な想いを抱き、それを隠している人間で。
     そんな彼を見て惑わすように微笑んだり、自分を見ていないと頬を膨らませたりするウマ娘も、己のカワイさで魅了してやりたくて。
     でも、トレーナーとウマ娘の本来の関係はそうではなくて。
     道連れは、多い方が良い。そんな魂胆だったりするのだろう。

  • 24二次元好きの匿名さん23/07/10(月) 20:41:46

    以上
    終われ
    大分長くなってしまいましたがお目汚し失礼しました

  • 25二次元好きの匿名さん23/07/10(月) 21:07:57

    読み応えがあって楽しかったよ
    トレタルは推せる

  • 26二次元好きの匿名さん23/07/10(月) 22:19:51

    >>25

    ありがとうございます

    タルマエの真っ直ぐな所が好きなんじゃ……

  • 27二次元好きの匿名さん23/07/10(月) 22:38:08

    タルトレェ……ハローさんと良い感じだったのに答えはもう決まってたんだなぁ
    さすが互いのふるさと……

  • 28二次元好きの匿名さん23/07/10(月) 22:51:54

    最後まで読めて良かったよ、今までそんな素振り見せなかったのに最後でぶち込んでくるの強いなぁこの2人

  • 29二次元好きの匿名さん23/07/11(火) 00:08:12

    この手の互いの脳内で色々起きてる話好き
    寝る前に良いもの見れた

  • 30二次元好きの匿名さん23/07/11(火) 02:25:38

    >>27

    ありがとうございます

    タルトレはシナリオでもタルマエのこと大事にしてたイメージなんで、激推しであって欲しい……

  • 31二次元好きの匿名さん23/07/11(火) 02:28:03

    >>28

    ありがとうございます

    カレントレも素直になりたいのかも知れない

    だから仲間を作る必要があったんですね

  • 32二次元好きの匿名さん23/07/11(火) 02:29:21

    >>29

    ありがとうございます

    やっぱり恋愛はごちゃごちゃ暴走してる時が楽しいですしおすし

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