【SS】キングちゃん! バッタつかまえたよ!

  • 1二次元好きの匿名さん23/07/16(日) 19:00:01

     夏合宿。毎日、暑い日差しの中トレーニングをする季節。今日はウララさん、ライスさんと森の中を走り込んだ。前に行ったコースでは大変な目に遭ったが、今回はウララさんに合わせて走りやすいコースを選んだ。しかし、長い距離になるので途中で休憩時間を取ることにした。

     休憩中、ウララさん達は草原や木々の中を歩いていた。どうやら、虫捕りをしているみたい。虫かごも持ってきていた。
    「見て見てキングちゃん!」
    声がする方を見ると、両手を開いたウララさんがこっちに向かってきていた。
    「きゃあっ!? ちょ、ちょっと! 近づかなくても見えるわよ!」
    ウララさんの手には、緑色のバッタが乗っていた。それも、見たこともないような大きさと太さ。手の指よりも太く、そして指と同じくらい長い。近くで跳ばれたら気絶しまいそう。
    「よ、よく見つけたわね、そんなに大きいの……」
    「この子、とっても大きいでしょ!」
    ウララさんが再び両手を掲げて来る。
    「だ、だから! 近づかないでー!!」
    「大丈夫だよ! この子大人しいんだ!」
    「それでも、ダメなものはダメ!」
    「ウ、ウララちゃん! に、苦手な人もいるから、あんまり人に近づいたらよくないよ」
    「そうなのー?」
    ライスさんのおかげで助かった。
    「でも、この子はなんて名前なんだろー?」
    「うーん……キリギリス、なのかな? アリとキリギリスに出てくるのと、体が似てるから……」
    「きりぎりすー?」
    二人はその虫をまじまじと見ている。虫は特に逃げる様子もなく、ウララさんの手の上を歩いている。
    「ウララちゃん、この虫さんはどうするの?」
    「宿に戻ったらみんなにも見せるんだ! いこーいこー!」
    手に持ったまま、走り始めてしまう。
    「ま、待ちなさい! せめて虫かごに入れなさいよ!」
    私達も、その後を追って走り始めた。

  • 2二次元好きの匿名さん23/07/16(日) 19:00:53

    「はい。キリギリスさんです」
    宿に戻った後、私達はマーチャンさんに虫かごを見せていた。
    「やっぱりキリギリスなんだ! どんなものを食べるのー?」
    「草はなんでも食べます。野菜も大好きです。ただ、お肉も食べるのです。仲間同士で食べてしまうこともあるのです」
    「お肉もあげた方がいいのー?」
    「お肉というのは他の昆虫などのことで、豚さんや鶏さんのお肉は食べません。しかし、煮干しさんやかつお節さんは食べます」
    「じゃあ、お野菜とかつお節をあげればいいんだね?」
    ウララさんの質問から嫌な予感がした。その予感はすぐに的中する。


    「キングちゃん! この子、飼ってもいい?」
    「ええっ!?」
    合宿でもウララさんと私の部屋は同じ。ウララさんが飼うということは、私の部屋に虫かごが置かれるということ。
    「だ、ダメよ! たかが虫じゃない! 同じ部屋の中に置くのも嫌よ! 逃がしたってまた捕まえればいいじゃない!」
    「えー? でも、虫かごの中に入れるから逃げないよ!」
    「でもウララちゃん、虫さんは自然の中で生きてるから、虫かごの中にいるのは不幸になっちゃうんじゃないかな……?」
    「この子はとっても大人しくて、ウララと一緒にいてくれる子なんだよ? ウララとお友達になれそうだもん! お別れしたくないよー!」

     そう言われて気づく。確かに、このキリギリスは大人しかった。ウララさんにつかまった後、逃げようとすることはなく、手の上を歩いているだけだった。今も、虫かごの中で跳ねることはなく、ただただ歩き続けている。

     そして、ウララさんの顔がだんだんと八の字になっていることにも。

  • 3二次元好きの匿名さん23/07/16(日) 19:01:53

     もし、ここで断ったらウララさんはどうなるの?
     もし、キリギリスが逃げないのであれば、部屋にいる分は問題ないのでは?

    「ちゃんとお世話できるのね? 逃げたりしないよう、できるのね?」
    「うん! 絶対逃がさないし、エサもウララがちゃんとやる!」
    ここで認めないと、一流たる器とは言えない。

    「……わかったわ。キリギリス、飼ってもいいわ」
    「ほんと!? やったー! キングちゃん大好き!」
    「ちょっと! 調子が良すぎるわよ!」
    「よかったね、ウララちゃん!」
    結局、許してしまった。ここぞという時に甘さが出てしまうのは治すべきかしら。
    「では、名前を付けるのはどうでしょうか? キリジローはどうでしょう?」
    「キリジロー? カッコいい! よろしくね、キリジロー!」
    とんとん拍子で色々と決まった。ただ、釘は刺しておかなければ。
    「だけど、この合宿が終わるまでよ。寮にまで持って帰ることは許可しないわ。それでもいいなら、飼いなさい」
    「わかった! ウララ、ちゃんとがんばるよ!」

     その日から、キリジローが部屋にやってきた。エサは野菜とかつお節を食堂でもらい、ウララさんが与えることになった。許可した身ではあるけれど、最初はやはり嫌だった。部屋にいるのに心休まらない感じがした。一方のウララさんは、楽しそうにキリジローを見ていた。
    「えへへ……キリジロー、おいしい?」
    今日はキャベツを与えていた。
    「見て見てキングちゃん! キリジロー、キャベツいっぱい食べてるよー!」
    「だから近づけないでって言ってるでしょう!?」
    「そっか! キングちゃんは苦手なんだよね。ねえ、キングちゃんが部屋にいない時はかごの外に出してもいいでしょ~?」
    「……まあ、私がいない間ならいいわ。でも、ちゃんと虫かごに戻せるんでしょうね?」
    「大丈夫! 今日も出したけど平気だったし!」
    「ちょっと! 聞いてないわよそんなの!」
    やはり、落ち着かない。けれど、ニヤニヤするウララさんを見ていると、今さらダメと言う気にはなれなかった。

  • 4二次元好きの匿名さん23/07/16(日) 19:03:16

    「あ、わたしお風呂入ってくるね!」
    そう言って、部屋を出ていくウララさん。残された私とキリジロー。

     ……気にかける必要はないし、気にしなければいいのに、やはり気になってしまう。ついつい、視線をキリジローの方に向けていた。
    「まったく、なんでこんなものが好きなのかしら」
     そう呟いたものの、キリジローがキャベツをボリボリとほおばる姿から目を離せなかった。虫は何をしてくるかわからないし、いきなり飛ぶし、くっついてくるし、見た目が気持ち悪いしで嫌いだ。けど、なぜか目を離せない。気持ち悪いはずなのに。怖いはずなのに。いや、怖いから離せないのかもしれない。

    「ジッギィィィィィィ」
    「きゃあっ!?」
     虫かごの中から音がする。キリジローだ。キリジローが鳴いた。スズムシやコオロギが羽をこすって音を出すと、グラスさんが言っていたのを思い出す。オスがメスに見つけてもらうためにそうするらしい。キリギリスもそうだったとは。
    「ジッギィィィィィィィィ」

     もし、私がやろうとすれば、キリジローをつぶすこともできる。つかまえて逃がすことだってできる。やりたくはないけど。ウマ娘や人間と虫では、力の差は歴然。でも、呑気にキャベツを食らい、鳴き声を上げているキリジローを見て、なぜか、怖がっていることがバカバカしく思えてきた。

    「おまたせー! あれ、キングちゃん? キリジロー見てるの?」
    「聞いてウララさん! キリジローはオスよ! さっき鳴いてたの!」

  • 5二次元好きの匿名さん23/07/16(日) 19:04:08

     以降、私がいる時にもキリジローを外に出すことを許可した。キリジローは本当に大人しく、いきなり跳ぶようなことは一度もなかった。
    「見て見てキングちゃん! ウララの肩までお散歩してるよ!」
    「か、肩はやめておいた方がいいと思うわ……服の中に入ったら大変よ?」
    「あっ、そうだね! おいで、キリジロー」
     
     逃げようとしないのはきっと、ウララさんの優しい振る舞いのおかげ。キリジローが腕を伝う時のウララさんは、虫捕りをしている間と違って穏やかだった。無理に触って捕ろうとせず、キリジローの行く先々に手を添え、待っていた。本当に、この二人は心が通じてるんじゃないかと思ってしまうほど。
    「あはは! キリジロー、くすぐったいよ!」
     
     ウララさんもキリジローの飼育にすっかり慣れていた。飽き性なところがあったから、途中で適当になるんじゃないかと思っていたけれど、最後まで面倒を見ようとしていた。
     森での虫捕りも時々やっていたけれど、キリジローほど目を引くものがいないようで、ウララさんは何も持ち帰ることはなかった。

  • 6二次元好きの匿名さん23/07/16(日) 19:05:09

     キリジローを捕まえてから一週間後のこと。

    「キングちゃん! キングちゃん!」
    朝早い時間に、ウララさんの声に起こされた。
    「ん~……何? どうしたのよ?」
    「キリジローが、キリジローが変なの!」
    ウララさんが差し出す虫かごを見る。
    「ひゃああああっ!?」
    思わず声を上げてしまった。虫かごの中には、跳ね回るキリジローがいた。跳ねているところを見たことなかったので、驚いてしまった。
    「な、なんか元気ね、キリジロー」
    「違うの! キリジロー変なの!」
    「変?」
    「さっきからね、跳ねてばっかりなんだけど、それだけじゃないの! ウララの指に乗っかっても落っこちちゃうの!」
    「落っこちる?」

     今一ピンと来てない私に、ウララさんが実演してみせる。虫かごに指を入れていく。その瞬間、キリジローが跳ねて指に飛び乗ったかと思いきや、数秒しがみついているものの、少しずつ脚が離れていき、下に落ちた。落ちたと同時に、また跳ね回る。
    「ね? 変でしょ!?」
    「そうね……今までなら、指をかごから出しても乗っかったままだったわね。どうしたのかしら?」

  • 7二次元好きの匿名さん23/07/16(日) 19:06:58

    「どうしよう!? キングちゃん、どうすればキリジローは元に戻る!?」
    「えっ」

     テンパるウララさんを前に怯んだけれど、冷静に頭を回転させる。様子が変なのは、何を示しているのか。病気? いや、もしかしたら栄養不足かも? 昨日はエサの交換をしてなかったから、思ったよりも早く野菜が傷んでたとか? 後は水不足?
    「とりあえず、エサを変えて、水も入れ替えましょう!」
    「わ、わかった! わたし、野菜もらってくる!」
    ウララさんは部屋を飛び出ていった。私も小皿に水を入れ、キリジローの様子を見る。すぐにウララさんも戻ってきて、エサと水を交換した。
    「キリジロー、新しいご飯だよ。どう?」
    栄養不足だったなら、これで解決できるはず。でも、これでダメだったなら、後は何ができる?
    「キリジロー、食べてよ! どうして食べないの……?」
    様子を見続けていたが、口につけようとする素振りは見せても、一切食べていない。
    「マーチャンさんに聞いてみましょう! 何か知ってるかも!」

    「ふむふむ。それは弱っているのではないでしょうか」
    朝食の時、マーチャンさんにキリジローの容態について話してみた。ただ、マーチャンさんも虫の飼育の専門家ではないため、詳しくはわからないようだった。
    「キリギリスは一年も生きないのです。短い人生を生きる生き物なのです。キリジローも、おじいちゃんだったのでしょう」
    「それじゃあ、どうすればいいの!?」
    ウララさんは、それでもなんとかしようと考えている。
    「心配になるのはわかるけど、私達にできることはもう何もないわ。後はキリジロー次第よ」
    「うーん、何もできないの? キリジロー、助けられないの?」
    「回復の見込みがあるなら、必ずエサを食べるでしょう。気になるけど、私達にもトレーニングがあるもの。終わってからまた確認しましょう?」
    「そっか。うーん、キリジロー……」
    私達は心の靄が晴れないまま、トレーニングへ向かった。

  • 8二次元好きの匿名さん23/07/16(日) 19:09:12

     トレーニングが終わり部屋に戻ると、先にウララさんがいた。
    「あ、あら、ウララさん。先に帰ってたのね」
    恐る恐る声をかけると、ウララさんはゆっくりと声を出した。
    「キ、キングちゃん……」
    「な、なに? どうしたのよ?」
    声が震えていた。本題を切り出せない。
    「き、きり……」
    「きり……?」
    「キリジロー……動かなくなっちゃった……」
    厳密には、動いていた。けど、素人から見てもはっきりわかった。

     虫かごの中のキリジローは、仰向けになって下に寝転がっている。脚の一本一本が時折、不規則にピクリと動いている。けれど、起き上がる気配はない。
    「て、手で起こしてみれば、また元気になるんじゃないの?」
    「……」
    ウララさんは、黙って首を振った。わずかな望みをと思ったが、既にやった後だったらしい。
    「……仕方ないわ。やれることはやった。それでもダメな時はあるもの」
    励ましになるかわからないけれど、慰めるしかなかった。
    「キングちゃん、わたし、どうすればいいのかな?」
    「ど、どうすればって……」
    「キリジロー、まだ生きてるから、どうすれば、いいの、かな……」
    言葉が途切れ途切れになっている。顔は見えないけれど、すぐに想像できた。

    「まだ生きているなら、つらい思いをさせないようにするしかないでしょう」
    「それじゃあ、なにをするの? ご飯は食べないんだよ?」
    「……このまま、このままにしましょう。それが一番よ」
     動きが止まる、その時まで。水も飲めない、エサも食べられない、好きなところにも行けないのなら、それが一番いいはず。外で鳥に食べられるよりは、それが幸せなはず。本当はどうすべきかわからないけれど、そう思う他なかった。

     ただ、それはつまり、このまま部屋に居続けることになる。この雰囲気のまま。
    「ウララさん、今日は早いけどもう食堂に行きましょう?」

  • 9二次元好きの匿名さん23/07/16(日) 19:10:20

    「そ、それじゃあキリジローさんはもう……」
    「ええ。少なくとも、元には戻らないと思うわ」
    私達二人は、ライスさんと同席して夕食を食べていた。ライスさんにもキリジローのことを話した。
    「キリジローさん……ごめんなさい、ライスのせいで」
    「なんでライスさんが謝るんです?」
    「キリジローさんも、きっと自然で生きていたかったかもしれなかったのに……私が見つけてウララちゃんと持って帰っちゃったせいで……」

    「それは違います!」
    ライスさんの言葉を聞いて、思わず声が出てしまった。
    「きっと、幸せだったはずです! ウララさんと一緒に過ごせて、狭いけど、平和な中で生きていて、仲良くしてたんです! 虫に気持ちがあるかはわからないけれど、それでも、これでよかったはずなんです……」

     自分でも言っていて不思議だった。ライスさんを励ましたいという思いももちろんあったけれど、それはそれとして、自分の言葉が全部本心で、キリジローが幸せだったと認めないと、どこかが、何かが崩れてしまいそうで……

    「とにかく、ウララさんとライスさんと出会えたことは、キリジローにとってもいいことだった……そうよね、ウララさん?」
    「…………うん」
    うつむいたまま、ウララさんも頷いた。
    「でも、自然の中だったら、長生きできたのかもって……」
    色々としゃべったけれど、私では暗い雰囲気は払拭できない。そう思った時、背後から声がした。
    「そうではありません。キリジローは、波に呼ばれていました」
    声の主は、マーチャンさんだった。
    「波に、呼ばれてた?」
    「はい。命は、海に帰ります。海は、キリジローさんの名前も呼んでいました」
    「寿命……だったってこと?」
    「そうとも言えます」
    寿命だったのなら仕方ない……けれど、
    「みなさん、この後砂浜に集まれますか?」

  • 10二次元好きの匿名さん23/07/16(日) 19:11:42

     マーチャンさんの提案で、四人で夜の砂浜に集まった。キリジローの虫かごも持ってきた。
    「何をするの? マーチャンさん」
    「お見送りしましょう」
    「お見送り?」
    「はい。キリジローさんが海に帰っていく、お見送りです」
     キリジローは、ついに動かなくなってしまった。まだ動くこともあるのかもしれないが、これを見れば死んでしまったと判断する他ない。
    「キリジローさんの体が、海に行くわけではありません。命が、海へと帰っていきます。見えないものを、お見送りするのです」
     そう言って、マーチャンさんは波打ち際へ視線を向けた。私達も、そうする。聞こえてくるのは、波の音だけ。

     海を見つめていると、いろんなことを考えてしまう。キリジローと出会った時のこと、最初はとても嫌だったこと、でも徐々に慣れていったこと、ウララさんのうれしそうな顔を見れたこと、いきなり弱った時に何をすべきか内心焦ったこと、キリジローが動かなくなって何かが抜け落ちたような感覚……

    「キリジロー……」
    静寂を破ったのは、ウララさんだった。
    「なんで、死んじゃったの……? わたしたち、まだ会ったばかりで、もっといっぱい遊びたかったのに……」
    「ウララさん……」
    顔を向けると、ウララさんの顔から何かが落ちた。
    「もっと一緒に遊びたかった……写真もいっぱい撮って、商店街の人にも見せたかったよ……家族にも紹介したかったよ……まだ、まだ色んな場所につれていって、それで、すごいねーって言われて……」
    聞いているだけで、こっちも泣きそうになった。
    「せっかく仲良くなれそうだったのに……友達になれないままお別れなんて、嫌だよ……」

     不思議な話。たかが虫、そう思っていたのに、興味もなかったのに、こちらの気持ちまでずっしりと重くなる。一匹死んだくらい何よ、その辺の虫だってしょっちゅう踏まれて死んでるはず……なのに、なのにどうして?

     どうして、キャベツを食べていた姿を思い出してしまうの?
     あの鳴き声が、脳裏で響いているの?

  • 11二次元好きの匿名さん23/07/16(日) 19:13:29

    「おや? あれは……」
    突然、マーチャンさんが話し始めた。
    「キリジローさんが……波に乗って戻ってきた?」
    「えっ?」
    三人で顔を見合わせ、虫かごに目をやる。ウララさんがキリジローを手ですくいだす。
    「きゃっ!?」
    ウララさんが声を上げた。
    「どうしたの!?」
    「大丈夫? ウララちゃん?」

    「噛んだ……」
    「えっ?」
    「わたしの指、噛んだ。キリジローが……!」
    暗い中だったこともあって、私にはわからなかった。けれど、噛まれたウララさんが言っているのだから、間違っているはずがない。
    「噛んだよ! いたくない! くすぐったいくらいだけど、噛んだ!」
    ウララさんがどんな顔をしていたかはわからない。わからないけれど、その一瞬だけは、笑顔になっていたような気がした。

    「いってしまいました……」
    マーチャンさんが呟いた。
    「…………うっ、うわあああああああああん!!」
    堰を切ったように、ウララさんが泣き始めた。
    「ううっ……ぐすっ…………」
    ライスさんも、それを見てしゃくりあげている。

     きっと、私は今後も虫を飼うことはないし、捕まえることもしないと思う。けれど、この出会いは思い出として残ると確信した。
     一寸の虫にも五分の魂なんてことわざがあるけれど、本当に虫に魂があるかなんてわからない。やっぱり、虫は虫。ウマ娘や人間よりもはるかに小さい生き物。だけれど、きっと、それが好きで、愛を注ぐ人がいるのなら、それは双方にとって幸せなことだと、信じたい。

  • 12二次元好きの匿名さん23/07/16(日) 19:17:39

    「よいしょ、これでオーケーだね!」
     翌日、ウララさんは宿の近くに穴を掘り、キリジローを埋めた。簡単にだけれど、木の枝を使ってお墓を作った。
    「ウララちゃん、大丈夫?」
    「うん! もう大丈夫! ちゃんとお別れするんだって、決めたから!」

     昨日の涙と共に、悲しみは振り切れた。ちっぽけな生き物からもらったものは、寂しさだけではないから。

    「ありがとう、キリジローさん。夏合宿になったら、ライスもまた会いに来るね」
    「ええ。私も、会いに来てあげる。だから、ここで待ってなさい」
    「一緒に行けなくてごめんね。さよなら、キリジロー!」
    お墓の前で一礼して、振り返る。今日もトレーニングに励まなくてはならない。

     夏合宿の、短い合間の出来事。こういう経験を通して、みんな大人に、一流に近づいていくのだろう。

  • 13二次元好きの匿名さん23/07/16(日) 19:25:57

    おしまい


    実話を元にしたシリーズです

    話中では一週間にしてますが、実際は出会った翌日に弱って死んでしまいました……

    思いの外へこんだのでSSの題材にできればと思い、半ば無理やり出力

    昆虫が題材なので理解は得られづらいと思いましたが、そこを変えると短命にならず物語の肝が変わってしまうのでそのままにしました


    過去の実話を元にしたシリーズ

    見てみてタイシイィィィーーーーーーーン!!!!!|あにまん掲示板bbs.animanch.com
    【SS】ライスが遅刻?|あにまん掲示板ライスがトレーニングに来ない。休みにするというような連絡もないが、予定時刻を回っても来る気配がない。と言っても、まだ10分ほどしか過ぎてはいない。だが、真面目な彼女がトレーニングをサボったり遅刻したり…bbs.animanch.com
  • 14二次元好きの匿名さん23/07/16(日) 19:33:05

    この時期の雰囲気にピッタリなssをありがとう…
    夏って暑さや活力だけでなく特有の静かさや寂しさがあるよね
    キリジローの丁寧な描写とウララちゃんたちの感情が強調されていた点が特に好きです

  • 15二次元好きの匿名さん23/07/16(日) 19:34:12

    セミとかもだけど虫の命マジで短いのよね…
    出来るだけ外に逃してあげたい

オススメ

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