サンセットマジックと風踊る魔法の鈴

  • 1二次元好きの匿名さん23/07/17(月) 18:22:39

    「使い魔〜、ちょっと部屋使わせてー」

     夏本番。ウマ娘はこの時期になるといつものトレセン学園ではなく、砂浜にて普段以上にトレーニングに明け暮れる…所謂夏合宿ってヤツを毎年やっている。

     世の中の子は夏休みに入って、友達と遊んだり、どこかへ行ったりして夏の思い出を作るけどアタシ達ウマ娘は走って、泳いで、走って、タイヤ引いて、早押しクイズをして…。

     とにかく、学園にいる時以上にトレーニングに励む期間。おかげでタイクツな授業から開放されるから助かるけど、その分たくさんの宿題や自学用の課題を合宿前に手渡され、学園が再開する9月に提出しなきゃいけない。

     …めんどくさいなあ。でも、これをやらないと先生はグチグチ文句言ってくるだろうからやらないともっとめんどくさい事になる。だから、休養日でヒマしてる時に一気に片付けちゃおうと、使い魔の部屋に訪れた。

     自分の部屋でもいいんだけど、他に人がいるし勉強する時に気が散るのも嫌だから静かに出来る所を求めて使い魔の部屋にやって来た。思った通り、使い魔の部屋は一人部屋だからとても静か。

     集中出来そう…なんてアタシの見立てに狂いはなかった事にちょっぴり得意げになっていると、普段見慣れないものを目にする。

    「…なぁにそれ、アンタそんなの持ってた?」
    「風鈴の事?宿舎の方が厚意でどうぞ〜って。せっかくだし吊るしてみた」
    「へえ…実物を見るのは初めてかも」

     漫画とかアニメとかだと、ベランダ前に風通りの良さそうな所に吊るされていて夏を強調するアイテムってイメージが強いけど…正直、アタシには引っ掛ける理由がよくわからない。

    「ホントにそれ、音聞くだけで涼しくなれるの?冷房もないのに」
    「これが意外と涼むんだ。そりゃ冷房に比べたら落ちるけど…でも、これはこれで凄いよ。魔法みたい」
    「アンタってすぐ魔法みたいって言うからイマイチ信用できないのよね〜…」

     アタシがこれの効果を知らないからって使い魔は少し自慢げに魔法みたいと例える。そんな顔がちょっと憎たらしくてアタシも憎まれ口で返してやる。

     まあ、そんなに言うなら特別にその魔法がどんなもんか見極めてやろうじゃないの。使い魔が座って作業してる卓袱台の向かいに座って、参考書を広げるのだった。

  • 2二次元好きの匿名さん23/07/17(月) 18:22:58

    「…と。まあこんなもんかしら」
    「お疲れさん、もう戻るか?」
    「んーん、ずっと正座してて脚が痺れちゃったしちょっとゆっくりさせて」

     一通りの宿題もスピードアップの魔法で強化したスイーピーの前には敵じゃない。サクサクっと進めまくって数学の問題は15枚あったのがもう5枚だけになり、夥しい量の漢字ドリルもちょちょいのちょいでいっぱい進めてやった。

     両手を組んで上に身体を伸ばすと、さっき怪しい目で見てた風鈴がひらひらと風に揺られて踊っている。その姿はまるで物語に出てくる妖精みたいで、赤く染まり始めたおひさまの光を背にハミングを口遊むかのように自由に舞っている。

    「…それにしても不思議ね、このフーリンって」
    「お、どうだった?だいぶ静かにやってたけど」
    「…んー、よくわかんなかったわ。結局」

     正直、このフーリンがどういうものなのかってのが分からなかったのは勉強には集中していたからだと思う。今だって、風にのってりんりん音を立ててるし、勉強してる時も同じ感じだったはずなのに全く気にならなかったし。

     ただただ不思議な音色。改めて耳を傾けてみると、メトロノームや走っている時みたいに一定のリズムを刻むんじゃなくて強弱が曖昧な拙い踊り子のような足踏みみたいなのに、ちょっと好きかもしれないメロディー。

     …フシギ。

    「あ、そういえば暑さは気にならなかったかも?集中してただけだと思うけど」
    「この暑さの中、集中出来たのは風鈴のおかげかもね?俺も没頭しちゃったから全然時間の経過に気付かなかったよ」

     使い魔も音が生み出す不思議な力に導かれたみたいで、軒先にぶら下がるフーリンをポケーと眺めてる。それだけ、ただ風が吹けば音がなるだけのガラスに心を奪われちゃったってことなんだ。

     それって、つまり?

    「ふふん、スイーピーは気付いてたけど?これは隠されたマジックアイテムなのよ!」
    「マジック…確かにそうかもね。そうじゃなきゃこんなに集中できなかっただろうし…さすがスイープ、天才魔法少女の称号は伊達じゃないね」
    「当たり前じゃない!足りないわ、もっと褒めなさい♪」

     ホントは今気付いたけど、こういうのは言ったもん勝ちだもん。使い魔も嬉しそうに褒めてるしアタシも悪い気はしないからきっと皆ハッピーなんだから、それってすっごくステキじゃない?

  • 3二次元好きの匿名さん23/07/17(月) 18:23:18

     使い魔がスイーピーをたくさん褒めた後、微笑みながら窓の方を見るからつられるように見てみると、地平線の果てに夕陽が沈みそうになっていた。

     差し込むオレンジの優しい日差しは、おひさまが今日も頑張ったねって言ってくれているように感じた。

     …もっと、褒めて欲しい。

    「ねえ、使い魔。ちょっと照明消して」
    「何で?目悪くなるよ?」
    「ちょっとだけだから!ね、いいでしょ?」

     あんまり乗り気じゃなさそうな使い魔を説得し、何とか消してもらう事に成功した。というか使い魔のくせに何ご主人さまに楯突こうとしてんのよ、ナマイキね。

     切るよって声と同時にパチンとスイッチが押され、訪れた静寂。オレンジ色の世界にアタシ達はいる。

    「はいこれ、あおいで」

     自分の席に戻ろうとする使い魔にうちわを渡して、スイーピーの横をポンポン叩いて座るよう促す。今日は人使いが荒いななんて言いながらも座る辺り、コイツも根っからの従者気質よね。

     ぱた、ぱた。

     ざあ、ざあ。

     りん、りん。

     かな、かな。

     傍から聞こえるアタシの為にあおぐ風の音が。集中して疲れた心を癒やすかのような波の音が。外から入ってくる風に揺られ、踊るように魅了するフーリンの音色が。夕方を告げるヒグラシの愛の叫びが。

     このオレンジ色の世界を作る主要元素であり、その世界の住人であるアタシ達2人だけに掛けられるサンセットマジックを彩っている。

  • 4二次元好きの匿名さん23/07/17(月) 18:23:44

    「アタシはそういうのよくわかんないけど…こういうのをフーリューっていうのかしらね」
    「そうかもしれないね。夕涼みってやつだ」

     ふと、ぽしょりと漏れ出たアタシの疑問に使い魔は曖昧かつアタシの知らない言葉で答えてきた。ユースズミって何かしら…?

    「こうやってさ、エアコンも扇風機もつけずにベランダや軒先で夕暮れの風を浴びて納涼することをそう言うんだって」
    「昔は冷房なんてなかったから夏の暑さを凌ぐのも大変だったんだろうけど…アイディアを駆使して乗り切ってたんだ」

     音を用いるなんて結構ロマンチックなとこあるよねなんて、使い魔がちょっぴり得意げに説明するのを聞いてふと思った部分があった。

     冷房もない中で、ムシムシする夏の暑さを乗り切る為にものだけじゃなくて五感を使って自分の感覚を欺くなんてまるで───。

    「そっか、フーリンはアタシ達のご先祖様から代々伝わる魔法なのね」
    「かもなあ。暑さを何とかする為に音に頼ろうとするってのも魔術的発想と言えるね」
    「フーリンさえあれば発動出来る魔法…お手軽で効果テキメンな魔法を見つけるなんてご先祖様もやるじゃない♪」

     フーリューはご先祖様が遺していった文化で、後世に脈々と受け継がれて過去と今を結ぶ絆…そう考えると、フーリンっていうのは思った以上に侮れない存在なのかもしれない。

     使い魔が軽く相槌を打った後に再び訪れる、オレンジ色の無言。多分だけど、そうしなきゃいけないと思って使命感で黙っているんじゃなくてアタシも使い魔もこの場に言葉はいらないって頭が理解してるのかもね。

     だって、アタシ達は今まさに魔法に酔いしれているから。

     …でも、この静寂はくぅ、と静かな部屋で鳴るには十分すぎる…ヒグラシとは違う新たな虫の調で突然終わっちゃった。

    「…お腹すいた?」
    「ち、ちがうもん!今のはスイーピーのじゃなくて使い魔のお腹が鳴った音だもん!」
    「え、マジで?…まあでも、もうこんな時間だし俺の腹もなるわな。食堂でも覗きに行く?」
    「そ、そうね。アタシはそうでもないけど?使い魔がどうしてもって言うなら?ついてってあげる」

     ふう。使い魔が少しおバカで助かったわ。だって、天才魔法少女のスイーピーが気を抜いたせいでお腹が鳴ったなんて気付かれちゃったらカッコ悪いじゃない。

  • 5二次元好きの匿名さん23/07/17(月) 18:24:19

    「ほらほら、そうと決まればとっとと行くわよ。時間はユーゲンなんだから」
    「はいはい…」
    「コラァー!はいは1回って言ってんでしょ!?」

     さっきの話を紛らわせるようにツーンとして、上手い事誤魔化しきれたと手応えを感じながら部屋を後にしようとすると、後ろの方からりん、とフーリンが鳴った。

     多分、強い風が吹いたわけでもないし用心の為にってさっき使い魔が窓を閉めてたから、きっとドアを開けた時の風がアレを揺らしたのかしら?

     それはまるで、ご飯に行くアタシたちに行ってらっしゃいって言ってくれているみたいに感じて───。

    「行ってきます!」
    「…アンタもそう聴こえたんだ。今の音」
    「そんな気がしたってだけだけどね。一緒に言う?」
    「ふふん、仕方ないわね!」

     何となく、嬉しくなった。フーリンとこうやっておしゃべり出来る事になのか、使い魔もそういう風に聴こえてた事になのかわからないけど。

     その鈴の音を聴き、使い魔がその声に応えるようにちゃんと挨拶を返した事に何でか心がポカポカになったの。

    「いくわよ?いっせ~の…」
    「「行ってきます!」」

     二人で揃って挨拶すると、フーリンも手を振るようにひらひらと舞い踊る。まるで笑顔で見送ってくれているみたいに見えたのだった。

     そう思うと嬉しくて、何でかやっぱり舞い上がっちゃって。

    「…時期違いになっちゃうけど…風鈴、合宿が終わったら買いに行こうか」
    「…!うん!」

     気づけば、アタシ達はすっかりフーリンの音魔法に魅了されちゃっていた。

  • 6二次元好きの匿名さん23/07/17(月) 18:25:41

    短いの書きました
    オチが弱い気がするのは特に何も考えずに書いたからなのでどうか許し亭

  • 7二次元好きの匿名さん23/07/17(月) 18:33:50

    風鈴が軒先で吊るされるのもレアにはなったけど見かけると夏が来たなって感じがするよね
    ほっこりする作品ありがとうございます

オススメ

このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています