【SS】おやすみDOG

  • 1途中で広域規制巻き込まれるかも23/07/18(火) 17:42:23

    シニア級の一年目。あたしは名実ともに”日本のエース”になった。
     今年勝ったGⅠは大阪杯、宝塚記念、天皇賞秋、ジャパンカップ、有馬記念。前哨戦も含めれば、トレーナーさんと交わしたハイタッチも何回になるかな。
     
     そんな活躍を受けてか、年末に実家の父ちゃんと母ちゃんが、村のみんなを集めてちょっとした祝賀会を開いてくれることになった。
     ちょっとばかり照れ臭くはあったけど、あたしとしても村のみんなが集まってくれるっていうのは嬉しかったし、一緒に頑張ってきたトレーナーさんへの労いにもなるかと思って、二つ返事で凱旋と洒落こんだ……まではよかったんだが。






    「そっちは大丈夫なのかよ?」
    「道路は完全に通行止めだから、明日まで帰れそうにないわねえ。泊まれる宿はなんとか見つけたから、心配はいらないわよ」
    「ならよかった」

     着いた途端に、村だけじゃなく近隣一帯が天気予報にもなかった大雪に襲われた。
     こんな中じゃ出歩くのも危険だってことで祝賀会は延期になった上に、ちょうど街まで買い出しに行っていた家族が道路の通行止めで帰れなくなっちまった。
    かくして、実家には遠路はるばるやってきたあたしとトレーナーさんだけが取り残される形になったわけだ。

  • 2二次元好きの匿名さん23/07/18(火) 17:43:01

    「トレーナーさんは一緒に家にいるのよね?悪いんだけど、今日はアンタがおもてなししてくれる?」
    「え?もてなしってなんだよ?」
    「色々よ、色々。あんたのトレーナーさん、うちの村にとっては神様みたいな人なんだからさぁ。失礼のないようにしなさいよ」
    「神様って……もうちっと身近なもんじゃねえかな」

     神様ってのがあんなに人がいいなら、きっとあちこち助けて回って過労死寸前に違いねえだろ。母ちゃんはたまにこういう大げさな例えをすんだよな。
     とはいえ、傍から見ればトレーナーさんは田舎から出てきたあたしを、日本で初めてジャパンカップを勝つまでに育ててくれたすげえ人だ。……そう考えると、やっぱりあたしの接し方って失礼だったりすんのか?でも歳もそんなに離れてなくてどうしても気安くなっちまうし、何より本人がいいって言ってるしな。自然体が一番だろ。

    「はい……はい。いいえ、こっちのことは気にしないでください。では、くれぐれもお気をつけて。はい、失礼します。──ありがとう、エース。ご両親とも大丈夫そうでよかった」

     途中で代わったトレーナーさんが、通話を終えてあたしにケータイを返してきた。
     今気づいたけど、あんまり顔色がよくねえな。年内に残ってた仕事を急ピッチで片づけたみたいだし、多分疲れが溜まってるんだ。

    「なんだか悪いな、トレーナーさん。せっかく休み取って来てもらったのにさ」
    「はは、ご両親にも何回も同じこと言われたよ。なんだかこっちが申し訳なくなっちゃった」
    「明日帰ってきたら倍くらい謝られるぜ、多分……とりあえず、茶でも出そうか?外寒かったし」
    「ああ、おかまいなく」

     さっきの母ちゃんの言葉に影響されたわけじゃねえが、今のトレーナーさんは遠路はるばるこんな田舎まで来てくれたお客さんだ。みんなが来られないっていうなら、せめて羽を伸ばしてもらわねえと。もっとも、祝賀会の目的を考えれば本来はあたしもお客さんの側ではあるんだが。
     まったく雪のヤローめ、明日晴れたら道の端にどかしてやる。トレーナーさんも手伝ってくれるかな。腰、やんねえといいけど。

  • 3二次元好きの匿名さん23/07/18(火) 17:43:36

    「ごちそう様!いやー、腹いっぱいだよ」
    「おう、お粗末さん。見てるこっちが満足するくらいの喰いっぷりだったな」

     夕方になってお互い腹も減ってたから、簡単な料理を作って二人で食うことにした。
     ご飯に焼き魚、煮物、味噌汁、お浸し。ありきたりな食卓だったけど、腹が減ってればなんでもご馳走に感じるもんだ。

    「特にこの煮物がさ、味がよく染みててすごく美味かった」
    「へへっ、家庭の味ってやつだな。母ちゃんの母ちゃん、そのまた母ちゃんからずっと受け継がれてんだぜ。レシピなんて教わってもねえのに、台所に立つと不思議と真似できちまうんだよ」
    「なるほど。エースは結構つまみ食いする子供だったんだな」
    「……母ちゃんから聞いたりしてないよな?なんで分かったんだ?」

     あたしはぎょっとした。確かに腹が減ってはつまみ食いをして母ちゃんに怒られてたけど、もちろんトレセン学園で出会ったトレーナーさんがそんなことを知ってるはずがない。高等部にもなってつまみ食いする奴なんざシービーくらいのもんだ。

    「なに、台所にいる時間が長かっただろうってだけのことだよ。俺も子供の頃はそんな感じだった」
    「なるほどな、さすがの観察力だぜ」
    「それほどでも。ほら、エースは結構分かりやすいし」
    「なにおー!あんたに言われたかねえ!」

     そんなくだらない問答が終わって、あたしたちは一緒になってひとしきり笑った。二人きりなのにえらく賑やかな時間だった。
     今日は父ちゃんや母ちゃんもいないわけだから、もし一人で帰省してたらこんな時間もなかったと考えると、つくづくこの人に会えてよかったと思う。

  • 4二次元好きの匿名さん23/07/18(火) 17:44:08

    「……暇だな」

     今年の振り返りだとか来年の予定だとか、そんな実のある話題の種も尽きて、あたしたちは時間を持て余し始めた。壁の時計を見るとまだ夜の七時前。この辺が娯楽の少ない冬の田舎の怖いところだ。

    「トレーナーさん、先に風呂入って来いよ。さっき沸かしといたからすぐ入れるはずだぜ」
    「いいのか?」
    「ああ。あたし長風呂だしさ、トレーナーさんが先入った方が待たせなくていいだろ」
    「そうか。じゃあ、お言葉に甘えて」

     着替えを持ったトレーナーさんがふすまを開けると、ストーブのおかげで暖まっていた部屋に冷たい空気が流れ込んだ。居間以外には暖房なんて利いてないから、廊下はほとんど外と同じような温度だ。

    「うおっ、さぶっ!」
    「はははっ!帰りは湯上がりだからもっと寒さが堪えるぜ!ほら早く行った行った!」

     やたら広い家だから、昔は風呂場から居間までの廊下が府中の直線くらい長く感じたっけな。トレーナーさんからすれば菊花賞ぐらいの長距離だろう。
     さて、取り残されたあたしは一層暇になっちまった。テレビを点けてやってもいいんだけど、なんとなく今はやかましいバラエティー番組ってやつを観たい気分じゃない。ワイドショーなんかなおさらだ。



    「おう、お帰り。ちゃんと温まったか?」
    「ああ。久々に湯舟に浸かったもんだから気持ちよくってさ。少しのぼせたかも」

     三十分くらいして、髪が少し濡れたままのトレーナーさんが戻ってきた。なるほど、朝に畑で会う時にやたら寝癖が多かったのはこれが理由だったか。
     のぼせて倒れられても困るから、あたしは台所の冷蔵庫から瓶を一本持ってきた。都会じゃまず聞かないような会社のロゴが入ってる。

    「そんなトレーナーさんにいいもんやるよ。今ならキンキンに冷えてるぜ」
    「ああ、フルーツ牛乳」

     投げ渡してやると、まるで生まれて初めて見たような顔でトレーナーさんが言った。

  • 5二次元好きの匿名さん23/07/18(火) 17:45:15

    「うちじゃ風呂上がりっていえばコレでさ。あ、大人だしビールの方がよかったか?」
    「いや、ビールはやめとく」
    「飲めねえの?」
    「人の家で酔っ払うっていうのはどうもね。一応、学生の手前だし」

     トレーナーさんはフルーツ牛乳を一気に飲み干して、「うまい」と一言呟いた。こういうところはしっかりしてんだよな。本当は下戸なのかもしれねえけど。

    「ところでエース、それは?」
    「ああ、これか──」

     トレーナーさんが指差した先、つまり座椅子に座ってるあたしの横には、何も書かれてない段ボール箱が二つ置かれている。この人が風呂に入ってる間に物置から持ってきたものだ。
     箱を開けると、それぞれ木彫りの小さな胴体と頭がぎっしり入っていた。頭の方にはウマ娘みたいな耳がついている。組み立てればだいたい二十センチくらいになるはずだ。

    「……こけし?」
    「似たようなもんだな。土産屋とか道の駅でよく色付け体験ってやってるんだけど、それの手伝いでさ。毎年冬になると工場からこうやって箱詰めで届くから、全部組み立てて送るんだよ」
    「エース、君の家って農家だよな?」
    「そうだ。だからこれは副業だよ、副業。真冬の時期は今日みたいに雪が降ったりで畑が使えないんだよな。もちろん機械の整備とか仕事はあるんだけどさ、何か売らないと収入にならねえだろ?」

     昔も昔、それこそまだ農作業も手伝わせてもらえなかったような頃から、これの組み立ての手伝いだけはやらされていた。早く片づけたら母ちゃんがご褒美に駄菓子を買ってくれたりして──今思えば体よくこき使われてただけかもしれねえが、あたしにとっては畑いじりよりも付き合いの長い仕事だ。

    「父ちゃんも母ちゃんも今日はいねえし、久々にちょっとばかり手伝ってやろうかなってさ」
    「へえ。これ、俺もやっていいのかい」
    「やっぱりそう言うよな、トレーナーさんは。というわけでさ、やり方教えるからちょっとばかり手伝ってくれ!」

     トレーナーさんを隣の座椅子に座らせて、あたしは実演しながら組み立て方を教えてやった。

    「この穴に頭を差し込むんだけど、結構力入れないと嵌まらねえんだ。ちょっと怖いかもしれねえけど、案外頑丈だから、思い切ってやっちゃって大丈夫だぜ」
    「おお」

  • 6二次元好きの匿名さん23/07/18(火) 17:47:27

    おっかなびっくりって感じであたしの真似をしているところを見てると、随分年下の子供にモノを教えてるような気分になってくる。大人とは思えないくらい何にでも興味を持つんだ、この人は。

    「どうだい、エース。ちゃんとできてる?」
    「バッチリだ!筋がいいな、トレーナーさん」

     トレーナーさんはすぐにコツを掴んで、あたしの方も昔の手際を思ったより早く取り戻せたもんだから、ほんの一時間くらいで箱の中身は全て組み立て終わった。
     「イエーイ!」と掛け声と共にハイタッチ。レースや畑仕事に限らず、あたしたち二人で何かをこなした時にはお決まりの挨拶に。そのままお互い何も言わずとも肩を組んで、畳の上に寝転がって──今日はまだ風呂に入ってないことに気がついた。

    「ちょっ、ちょっとあたし風呂入ってくるからよ!トレーナーさんはのんびりしててくれ!」
    「ああ、ごゆっくり……」

     慌ててトレーナーさんから離れて風呂場に向かう。これから風呂だっていうのに顔が熱いもんだから、のぼせねえか心配になった。

  • 7二次元好きの匿名さん23/07/18(火) 17:47:58

    夕方頃に弱くなってた雪はまた強くなり始めて、時々ガタガタと窓が揺れている。
     換気のために少し窓を開けたせいか、それとも一気飲みしたフルーツ牛乳のおかげか、あたしは顔も身体もすっかり湯冷めしていた。もちろんトレーナーさんもそうだろう。

    「ちょっと寒くなってきたな。ストーブの温度上げるぞ」
    「ああ、頼む」
       
     もう夜の十時だ。そろそろ部屋に布団を敷きに行った方がいいんだろうが、ストーブの前にいるとどうも動きたくなくなっちまう。
     さっきからずっと黙ってるけど、まさか寝落ちしてないだろうなと思って隣のトレーナーさんを見ると、寝てはいなかったがあらぬ方向を向いていた。何を探してる風でもなく、ただじっと何かを見ている。

    「虫でもいんのか」
    「いや。ただ、壁の柱に傷があるなと思って」
    「あたしが毎月身長測ってたんだよ。早く伸ばしてえと思って牛乳ガブガブ飲んでた」
    「そうか。エースはこの家で育ったんだな」
    「……おう」

     感慨深そうに呟いてるのを見ると、「何を当たり前のことを」と言われたいわけじゃなさそうだ。前にここに来たときはお互いジャパンカップのことで頭がいっぱいで、家の中のことまで気にしてる余裕がなかったんだよな。

    「そうだよ、あたしはこの場所で育ったんだ。でっけえ夢と一緒に、あちこち駆け回ってさ」

     明日になったらアルバムでも見せてやろうかな。ただ、場所が分からねえから母ちゃんに聞かねえと。

  • 8二次元好きの匿名さん23/07/18(火) 17:48:30

    「なあ、トレーナーさん」
    「どうした」
    「ちょっと思い出話をしたい気分なんだ。あんたには退屈かもしれねえけどさ、聞いてくれるか」
    「もちろん」

     家にいるのにホームシックみたいな気分になって、あたしは頼まれてもないのに昔話を始めた。

    「今日みたいな寒い日はさ、こんな風にストーブの前で家族みんなでくっついてたんだ。家族全員に対してストーブ一個なんて足りるはずがねえんだけど、くっついてれば不思議と暖かくってよ」
    「いい家族だな。素敵な話だ」
    「まあ、その代わり夏が暑苦しいんだけどな。扇風機の前はいつも取り合いになってた」
    「ははは、エアコンじゃ風情が足りないか」
    「そんなことねえよ、暑いのは暑いし」

     また、窓の隙間から風が吹き込んできた。半年遅いんだよ、お前は。

    「また冷えてきたな。……もう少し寄ってもいいか?」
    「ああ」

     了解を得て、あたしは少しずつ隣のトレーナーさんにもたれかかって体重を預ける。 
     いつも何の気なしに抱き合ったり、肩組んだりしてるはずなのに、頭を寄せる数センチが遠くて遠くて仕方がない。ただ、ゆっくりでも確かに進んでいるから、やがてトレーナーさんの肩の感触がやってきた。少し硬えけど、温かくて大きい枕だ。

    「重くねえ?」
    「いや、全然。もっと預けてくれてもいいんだぞ」
    「そっか。じゃ、お言葉に甘えるぜ」

     少しだけ脱力して目を閉じると、すぐにこらえきれないくらいの眠気がやってきた。

  • 9二次元好きの匿名さん23/07/18(火) 17:49:13

    あたしは”葛城栄主”だ。「生まれた場所が違うから」って諦めてきた奴らを見返して、ついに日本のエースになったウマ娘。これからもその名を背負って走り続けるのをやめるつもりはねえ。
     でも、今ここにはあたしと、三年間あたしをずっと傍で支えてくれた人しかいない。だから今日は、今日ぐらいは──ただの”カツラギエース”でいたっていいよな。

    「あったけえ……」

     瞼越しにストーブの灯りが揺らめいて、意識が徐々に薄れていく。今日は久々にいい夢が見れそうだ。

    「おやすみ、エース」
    「ああ、おやすみ」

  • 10二次元好きの匿名さん23/07/18(火) 17:50:04

    オワリ。特にオチはないです。


    エースいいよね……メスにしたい気持ちとされたい気持ちが半々になってる

  • 11二次元好きの匿名さん23/07/18(火) 17:59:29

    良いSSやー!あと気持ちはわかる

  • 12二次元好きの匿名さん23/07/18(火) 17:59:57

    冬にはにっくき雪が恋しくなるようなあたたかいSSでした
    寝たエース起こすな…

  • 13二次元好きの匿名さん23/07/18(火) 18:02:45

    馬の骨だからスレタイに一本釣りされた
    トレエスいいよね…いい…

  • 14二次元好きの匿名さん23/07/18(火) 18:02:55

    良いSSをありがとう
    エースもエストレも育成で好きになるしかなかったので、こういうのは本当好き

  • 15二次元好きの匿名さん23/07/18(火) 18:03:38

    背中を預けてただそばにいるっていう距離感もいいな…

  • 16二次元好きの匿名さん23/07/18(火) 18:05:13

    キャラストでも添い寝してるしな
    距離近いのに超健全なのが良いんだ

  • 17二次元好きの匿名さん23/07/18(火) 18:31:34

    寝た犬起こすな(半ギレ)
    こういう下心なしに距離が近い関係いいよね…

  • 18二次元好きの匿名さん23/07/19(水) 00:22:11

    大雪も粋な事をする

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