(SS注意)割れ鍋に綴じ蓋

  • 1二次元好きの匿名さん23/07/20(木) 12:27:44

    「ヒシミラクル! ラスト二週! ペースを上げて!」
    「うぅ~、熱血鬼トレーナーがわたしをいじめるよ~ぉ……!」

     ヒシミラクルは愚痴を零しながらも、走るペースを上げていく。
     なんやかんや言っても、彼女はちゃんと言われたトレーニングはきちんとやり遂げる。
     そんなことは当然だと思う人もいるかもしれないが、少なくとも誰にでも出来ることではない。
     実際、彼女もある程度厳しく言わなければサボってしまうところがある。
     だからこそ俺は、あえて彼女に対しては厳しく接している。

     しかし、最近は少しその心境に、変化が生じてしまっていた。

     ヒシミラクルの中ではなく、俺の中に。
     言われた距離を走り切った後、彼女はへろへろと俺の下へと歩み寄ってくる。

    「はぁはぁ、ふぅ~……もお~無理です~、これ以上は動けません~」

     乱れている呼吸、額から流れる大粒の汗、限界と書いてありそうな表情。
     常識的にも、理論的にも、ここが限界だろう。

     お疲れ様、頑張ったね。
     今日はこれでお終い、ちゃんとクールダウンはしてね。

     そう、彼女に告げるべき場面だ。
     しかし、心の奥底でどす黒い何かが小さく騒めくのを、俺は確かに感じた。
     気づけば────考えていた言葉とは、別の言葉が口から飛び出ていた。

  • 2二次元好きの匿名さん23/07/20(木) 12:27:58

    「…………それくらい言えるなら、もう五週くらいは追加できるかな」
    「うえええっ!? 本気かあ……!? ストイック過ぎません~!?」

     耳と尻尾をピンと逆立たせて、ヒシミラクルは目を見開いた。
     びくりと震える身体、今にも泣きそうな目つき、垂れがちの眉は綺麗な八の字を描いている。
     そんな彼女を見て、俺の背筋にぞくりと冷たい何かが走った。
     ああ、この表情だ。
     この可愛らしい生き物の、この表情を、もっと、もっと見ていたい。
     無意識の内に口角が吊り上がり、新たな言葉を発しようと思い────我に返った。

    「いっ、いや、冗談だよ。今日はこれでお終い、クールダウンはしっかりとね」
    「えっ……トッ、トレーナーさんも冗談きついなあ~もぉ~、あは」

     ヒシミラクルはピシリと一瞬凍り付いて、すぐに表情を緩ませる。
     ……危ないところだった、これ以上負荷をかけたら彼女が怪我する可能性もあった。
     無駄に不安を煽ってしまったのも、冗談としてはタチが悪い。
     心の中で大きく息を吐きながら、時計を見る、寮の門限までは大分余裕がある。

    「今日は良く頑張ったね、予定とかなければ何かゴホウビでも」
    「良いんですか!? やったぁ! えへへ、なんか甘いものが良いなあ~♪」

     俺の言葉に、ヒシミラクルはパアっと笑顔を咲かせた。
     その表情に暖かいものを感じながら、同時に後ろめたさを感じてしまう。
     今日の彼女が頑張ったのは事実だ。
     しかしそれ以上に、これが罪悪感を埋めるための行為だと自覚しているから。

  • 3二次元好きの匿名さん23/07/20(木) 12:28:14

     近頃の俺は、ヒシミラクルをもっといじめたいと、思ってしまっている。

     彼女が、へとへとになりながら辛そうにしている顔をもっと見ていたい。
     彼女が、俺の叱咤の声に対して泣きそうに上げる悲鳴をもっと聞いていたい。
     彼女が、退路を塞がれてヤケクソになりながら突き進むのをもっと後押ししたい。
     そして全てを乗り越えた後────満面の笑みを浮かべる彼女の前に居たい。

     ああ、なんて歪んだ衝動なのだろう。
     きっとこんなことを知ったら、彼女が幻滅するに違いない。
     鼻歌混じりでクールダウンを続ける彼女を見ながら、俺は大きなため息をついた。

  • 4二次元好きの匿名さん23/07/20(木) 12:29:07

    ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

  • 5二次元好きの匿名さん23/07/20(木) 12:29:23

    「ヒシミラクル! ラスト二週! ペースを上げて!」
    「うぅ~、熱血鬼トレーナーがわたしをいじめるよ~ぉ……!」

     トレーナーさんの言葉はわたしは愚痴を吐き出しながら、ペースを上げていく。
     トレーナーさんは、とっても厳しい。
     トレーニングに妥協は許さないし、逃げようと思えばすぐに追いかけて来る。
     …………けどわかってる、それも全て、わたしのためにやってくれてるんだって。
     わたしはふつーのウマ娘で、ふつーの女の子で。
     何も言わなければ辛いことからは逃げて、楽な方へ楽な方へと進んでしまう。
     だから、トレーナーさんはあえて心を鬼にして、厳しく接してくれている。
     本当は、大きな声を上げるのが苦手なくらい、優しい人なのに。
     だからこそわたしは、そんな彼の期待には、出来る限り応えようと思っている。

     しかし、最近は少しその心境に、変化が生じてしまっていた。

     トレーナーさんの中ではなく、わたしの中に。
     言われた距離を走り終えて、わたしは息を切らしながら彼の下へと歩いた。
     そして呼吸を整えながら、言葉を紡ぐ。

    「はぁはぁ、ふぅ~……もお~無理です~、これ以上は動けません~」

     ポタポタと落ちる汗と凄まじい熱気を感じながら、トレーナーさんを見る。
     トレーナーさんはタブレットとストップウオッチを見比べながら笑みを浮かべていた。
     炎天下の中、立っているだけでも辛いだろうに、そんなことはおくびにもださない。
     まあ、流石に今日はこれで終わりだろうなあ~、そう考えていた瞬間だった。
     突然、トレーナーさんの表情が、険しい、厳しいものに変わる。

  • 6二次元好きの匿名さん23/07/20(木) 12:29:39

    「…………それくらい言えるなら、もう五週くらいは追加できるかな」

     眉間に皺を寄せて、緊張したような固い表情で、眉は綺麗な逆ハの字を描いている。
     そんな彼を見て、わたしの背中にぞくりと冷たい何かが走った。
     あは、この表情だ。
     その言葉が本気でないのはすぐにわかった。
     でも、普段優しくて穏やかなトレーナーさんの厳しい表情を、もっと見たかった。
     口角が吊り上がりそうになるのを必死で抑えて、わたしは言葉を思ってもない言葉を発する。

    「うえええっ!? 本気かあ……!? ストイック過ぎません~!?」

     トレーナーさんの瞳がぎらりと光る、表情筋がぴくりと反応する。
     それを見て私は、心が高揚してしまうのを、確かに感じた。
     贅沢な全部入りお好み焼きの焼き上がりを待つような心境で、彼の言葉を待つ。
     しかし────急に彼の厳しい表情は、和らいでしまった。

    「いっ、いや、冗談だよ。今日はこれでお終い、クールダウンはしっかりとね」
    「えっ……トッ、トレーナーさんも冗談きついなあ~もぉ~、あは」

     焼き上がった瞬間に、掻っ攫われてしまったような心境。
     わたしはそのショックを笑って誤魔化しながら、クールダウンを始める。
     心臓は別の意味でドキドキして、頬は別の意味で熱くなっていた。
     ……危ないところだった、危うく本音が飛び出てしまうところだった。

    「今日は良く頑張ったね、予定とかなければ何かゴホウビでも」
    「良いんですか!? やったぁ! えへへ、なんか甘いものが良いなあ~♪」

  • 7二次元好きの匿名さん23/07/20(木) 12:30:07

     トレーナーさんからの予想外のゴホウビ、わたしは思わず笑みを浮かべた。
     素直に嬉しいと感じながらも、同時に後ろめたさを感じてしまう。
     きっとこれは、さっきのわたしの反応を、トレーナーさんが誤解したから。
     わたしの自分勝手な欲求のために、彼に気を遣わせてしまったのを自覚しているから。

     最近のわたしは、トレーナーさんにもっといじめられたいと思っている。

     彼に、もっと険しい表情で鋭い目つきを向けてほしい。
     彼に、大きくて厳しい声と言葉で背中を押して続けてほしい。
     彼に、逃げ出しそうになるわたしの退路を塞いで追い詰めてほしい。
     そして全てを乗り越えた後────いっぱいホメて、いっぱい甘やかしてほしい。

     ああ、なんて歪んだ衝動なのだろう。
     きっとこんなことを知ったら、トレーナーさんも幻滅するに違いない。
     わたしはため息が出そうになるのを鼻歌で誤魔化しながら、クールダウンを続けた。

  • 8二次元好きの匿名さん23/07/20(木) 12:31:14
  • 9二次元好きの匿名さん23/07/20(木) 12:35:15

    ミラ子を見てるといじめたくなる感はなんか分かる

  • 10二次元好きの匿名さん23/07/20(木) 12:38:41

    この素晴らしいSSを評価できる言葉が上手く見つからないが埋もれるにはあまりにも惜しいので保守

  • 11二次元好きの匿名さん23/07/20(木) 12:40:03

    いいぞぉ

  • 12二次元好きの匿名さん23/07/20(木) 13:13:56

    どっちが先に我慢できなくなるかな

  • 13二次元好きの匿名さん23/07/20(木) 13:16:22

    なんか見覚えあるなと思ったらやっぱりあのスレが元ネタか…
    いいよね

  • 14123/07/20(木) 15:15:16

    >>9

    なんなんでしょうねあのオーラ

    >>10

    ありがとうございます、その言葉だけで十分です

    >>11

    ミラ子いいよね……

    >>12

    片方が我慢できなくなったら片方も我慢する必要がなくなるから誤差

    >>13

    前々から書きたいと考えてました

  • 15二次元好きの匿名さん23/07/20(木) 16:16:38

    でかいけつの人?

  • 16二次元好きの匿名さん23/07/20(木) 16:24:25

    被虐願望と加虐願望を互いに抱いても教え子との関係の中では普通は良くないものとして認識できているからすれ違ってるのいい…
    答え合わせができた時には普通じゃない関係に転がり落ちてそう

  • 17二次元好きの匿名さん23/07/20(木) 16:24:55

    タイトルの通りの関係素晴らしいぞ

  • 18123/07/20(木) 20:21:14

    >>15

    そうですね

    前作も読んでいただいてありがとうございます

    >>16

    きっとその時はズブズブな関係になるんやろうなあ

    >>17

    タイトル考えた時この言葉しか出てきませんでした

  • 19二次元好きの匿名さん23/07/20(木) 20:25:48

    良かったです
    語彙力が足りないのでこうとしか表現できず申し訳ない

  • 20123/07/20(木) 20:54:51

    >>19

    ありがとうございます

    その言葉だけで十分嬉しいです

  • 21二次元好きの匿名さん23/07/20(木) 21:17:10

    >そして全てを乗り越えた後────満面の笑みを浮かべる彼女の前に居たい。


    ここすき

    厳しくしたい虐めたい欲求に意識が向いてるけど、全てをやり遂げさせることで手放しにいっぱいホメていっぱい甘やかしたいのもきっと本心なんだろうなって

  • 22123/07/20(木) 21:39:55

    >>21

    着地点はお互い共通してますからね

    自分も好きな部分です

  • 23二次元好きの匿名さん23/07/20(木) 21:52:23

    ミラ子書きの端くれだけどこーいうアプローチ自分にはできないからフツーにすごいわナ
    SMの心情とか複雑すぎてムズカシイとゆうか

  • 24二次元好きの匿名さん23/07/20(木) 22:20:11

    互いの性癖がバレて歯止めが効かなくなったらどうなっちまうのかなこの二人

  • 25二次元好きの匿名さん23/07/20(木) 23:34:52

    心理描写が上手くて実に読ませるSSですね…立て続けに書けるのが素晴らしい

  • 26123/07/21(金) 02:31:12

    >>23

    まあ自分も言うほど理解出来てないです

    ミラ子のSSはいくらあっても困らないので楽しみにしてます

    >>24

    外から見たら何も変わらなそう

    見えないところではかなり粘っこそう

    >>25

    ありがとうございます

    立て続けに書けてたのはたまたまで普段着はのんびりです

  • 27二次元好きの匿名さん23/07/21(金) 13:22:30

    ソフトSMは良い…純愛の延長線としてすんなり受け入れられる

  • 28二次元好きの匿名さん23/07/21(金) 19:28:51

    このレスは削除されています

  • 29123/07/21(金) 19:29:16

    >>27

    塩梅が難しいところですよね

  • 30二次元好きの匿名さん23/07/22(土) 07:17:08

    このレスは削除されています

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