タマモクロス、訪れる 4皿目

  • 1二次元好きの匿名さん23/07/21(金) 20:22:50
  • 2二次元好きの匿名さん23/07/21(金) 20:24:23

    それでは前スレの続きを投下させて頂きます
    どうかごゆっくりご覧下さい

    「どんとびーなーばす」
    ジャパンカップ前の合同記者会見で挨拶する黒っぽい鹿毛のウマ娘
    すらりとした長身と健康的に少し焼けた肌に似合う、斜めに緑のワンポイントが入った白い膝丈のワンピースタイプの勝負服が清楚な雰囲気を醸し出す彼女は、ボブカットの髪を揺らしてリラックスした表情で笑うならばタイキシャトルなどにも通じる活動的な美人に見えたことだろう
    しかしたった一言名前だけを言って即挨拶を終了する姿からは、眠そうな目付きとも相まってそんな愛想は何一つ見受けられなかった
    ”なんやこいつ、やる気あるんか?
    ほんまに『これ』が、今年のオーストラリア代表なんか?”
    共同会見で横並びのテーブルに座るタマモクロスから見て、彼女はとてもトレーナーが言うような要注意ウマ娘には見えなかった
    『資料に目は通したかい?
    ドントビーナーバス、彼女は今年だけでもコックスプレート、セジェンホーステークス、マッキノンステークスとG1を3勝してる強豪だよ
    脚質は差し、先行することもある
    特にその末脚は驚異的だ』

    ……記者達が何とかしてコメントを取ろうとしても、その全てを面倒臭そうに「Yes(はい)」「No(いいえ)」の一言だけで片付けてゆくやる気の欠片も見当たらない姿は、どう見ても映像の中であのフォークインを『たった173mしかないコックスプレートの最終直線で』ぶち抜いて置き去りにしたオーストラリア現役最強ウマ娘と同じ人物には見えなかった

    『タマモクロス、エセ関西人とものぐさ相手に難儀する』

  • 3123/07/21(金) 20:25:21

    「アー、ネエチャンネエチャン、イマチョットエエヤロカー?」
    「……は?」
    「ワシチョットキキタイコトアンネンケドナ、イマチョットエエヤロカー?」

    長いことトゥィンクルシリーズで走っていると、変なファンに路上で声を掛けられる事などはしょっちゅうだが、これはその中でもかなりハイレベルな方だった

    もう秋も深まるこの時期だというのに、スーツの上着を脱いでシャツにネクタイ姿で額から汗を垂らして必死の形相で、府中の駅前で道行く人々に声を掛けている痩せぎすな若い白人男性
    髪型も今は乱れているが、元々はきっちりとキメていたのであろうと推察されるし、着ているシャツやネクタイ、スーツのパンツや革靴に至るまでもよく見れば上等なものであると判る
    足下に置いている鞄だってやや古びてはいるが、タマモクロス自身のトレーナーがもつような高級品だ
    上着を羽織ってぴしりと決めれば、それこそG1の表彰式に立っていても違和感の無い紳士であろう

    「オオ、ドヴモスンマヘンナァー
    ワシチョットヒトヲサガシトルンヤ」
    しかしその怪しげな言葉遣いが、全てを台無しにしていた

    思わずあっけにとられて立ち止まったタマモクロス
    反射的にその言葉に返事をしてしまったのは同じ関西弁(?)を話すものとしてのシンパシーがそうさせたのかも知れない
    「人を探しとるんか?
    それやったらあっちの交番で聞いて、一緒に探して貰ったらどないや?」
    「!!オオ!!ヤットツウジルヒトガオッタワ!
    Japanハシンセツナヒトガオオイイウケド、ダレモハナシキイテクレヘンカッタンヤ!!」
    「いや、そのしゃべり方やとなあ……」
    「ナンデヤネン!ワシチャントニホンゴハナシトルヤロ!!」
    「……とりあえず交番、あーポリスメンに話してみたらどないや?
    すぐそこやから案内するわ」
    「Thank you!!」

    鞄を手に取り大喜びする男性を案内しながら、
    ”なんでこう、ジャパンカップの頃には、濃い外人とよく遭うんやろか……”
    とオベイやイブビンディ(今年も会見で大暴れしていた)を思い出すタマモクロスだった

  • 4123/07/21(金) 20:27:04

    「はぁ!?ドントビーナーバスのトレーナー!?」
    交番にたまたま居た英語が多少話せるお巡りさんと男性の会話を聞くともなく聞いていると、その中に出て来たとんでもない単語にタマモクロスは驚愕した
    「と言うことは今、ジャパンカップの出走者が行方不明なんか!?
    早いことURAにも連絡せな!?」
    それを聞いて焦るタマモクロスに
    「いや、それがそうでもないらしいんですよ、この方の言うことだと」
    話を聞いていたお巡りさんがのんびりとそう言った

    「……ええー、エビフライて……」
    ドントビーナーバスはレースの出走前には必ず験担ぎとして、エビフライ(オーストラリア式に言うならプローンフリッター)を食べるのを常にしているそうだ
    そして彼女は明後日のジャパンカップに向けて験担ぎの為に、フォークインに教わったトーキョーレースコース近くの安くて美味しいエビフライを食べられる店に向かって、のっそりとホテルを出て行った
    (ちなみにトレーナーが着いていこうとしたら、「(子供じゃないんだからいらない)」と拒否されたらしい)

    しかし出発から30分後
    トレーナーのスマホにドントビーナーバスから
    『(財布をホテルに忘れた
    この店私のスマホ決済とかも使えないみたいだ
    金もってきて)』
    と言う救援要請(?)がかかってきた
    『(すぐに迎えに行くから、そこから動くな)』と伝えたまでは良かったが、間の悪いことにスマホのバッテリーも限界近かったらしく、そこからぶつりと連絡が取れないのだという

    「なのでこの辺のエビフライ食べられる店に片っ端から電話して、そんなウマ娘さんが来てないか聞いてみますのでね
    ここでお二人はお待ち下さい」
    そうお巡りさんに説明を受けたドントビーナーバスのトレーナーは心配そうな様子を隠せていないが、それでもぴしりと背筋を伸ばして交番のパイプ椅子からお巡りさんが電話している姿を見つめていた

  • 5123/07/21(金) 20:30:31

    「あー、ウチも用事で外出しとる途中やったから、そろそろ帰らないとあかんのや
    スマンけどここでお別れでええかな?」
    「ソンナツレナイコトイワントイテーナ、タマモクロスサン」
    ギョッとして思わずその顔を見ると、ドントビーナーバスのトレーナーは不敵な表情でタマモクロスを観察するように
    「サッキアンタガハナシキイテクレタンハ、ツイトルトオモタンヤ
    セッカクヤカラドントビーナーバスガミツカルマデ、ジャパンカップノハナシデモセーヘンケ?」
    「アンタも中々のタヌキやな……」
    「Whatタヌキ?ソレナンデスノン?」
    「……面倒くさいから自分のスマホで調べーや……
    ウチも心配させたないから、自分のトレーナー呼ぶで?」
    「スキニシタラ、ヨロシイガナ」
    そう言って笑う顔は、なるほどこのトレーナーも国を代表するウマ娘を育てただけのことはある、と思わせるふてぶてしい迫力に満ちていた

    「うわ、ホントにドントビーナーバスのトレーナーだ
    タマが変なことに首突っ込むのは良くあるけど、こりゃまた特大級だなあ……」
    「ウチも好きで首突っ込んどるんと違うんやけどなあ……」
    連絡を受けて慌てて飛んできたトレーナーの第一声はタマモクロスとしては是非とも否定したいものだった

    そう突っ込む間に、タマモクロスのトレーナーはドントビーナーバスのトレーナーに向かって直立不動で挨拶をしていた
    「Ah,MR.Hades? It's a pleasure to meet you.」
    「I am flattered to hear that,MR?」
    そう言って握手を交わす両トレーナー
    「トレーナー英語出来たんや……」
    「簡単な会話程度はね
    それよりヘディスjrトレーナーと直にお話出来るなんて凄いラッキーだよ……」
    「えらいシュッとしとるなとは思うてたけど、そんな凄いトレーナーやったんやなこの人……」
    「オーストラリアの殿堂入りトレーナーの息子さんだよ?この方
    しかもチームの跡継いで1年目で、いきなりドントビーナーバスにG1を3つ勝たせてるし
    なんならサブトレ時代から殿堂入りのお父さんの腕利き助手で通ってた人だし」
    「なんでそんな人がカタコトの関西弁しゃべっとんねん……」

  • 6123/07/21(金) 20:31:22

    「ワシノトコニヨウクルジャパニーズニナライマシタンヤ
    ウマイモンヤロ?」
    「(ミスターヘディス、お上手なのですが、その、何と言いますか
    お話しされている日本語は、かなり訛りの強い日本西部の方言なのですよ
    それもスラングを大量に含むような)」
    「(……何故道行く方々が私の日本語に返事をしてくれなかったのか判ったよ
    確かにJapanでは目立つ容姿の私が、スラングだらけの方言を話していたら異様に映るだろうさ……
    あの野郎、オーストラリア帰ったら見てろ……)」
    二人が何を言っているのかはわからなかったが、トレーナーが気の毒そうに説明していたのと、ヘディストレーナーの怒りを湛えた表情を見る限り、あの怪しい関西弁を教えた相手の運命は決まったようだ、とタマモクロスは思った

    「(うーむ、心当たりのある店には全部聞いてみたのですが、どこも仰られるようなウマ娘さんは来てませんねえ
    東京レース場近辺なのは間違いないのでしょう?
    店名や、エビフライ以外の出してる料理等に何か心当たりはありませんか?)」
    電話を終えたお巡りさんが、頭を掻きながらそうへディストレーナーに尋ねる

    「Huuuumh……」
    心当たりが無いようで頭を捻るヘディストレーナー

    「エビフライ、ねえ……
    あ、もしかして」
    タマモクロスのトレーナーが手を打ったのはその時だった

    「(Mr.ヘディス、もしかしてドントビーナーバスが食べようとしていたのは、シュリンプフリッターでは無くて、シュリンプのテンプラではありませんか?)」
    タマモクロスのトレーナーからの質問に
    「(……有り得ますね、ドントビーナーバスは割と大雑把な性格をしていますから……
    テンプラとフリッターを似たようなものだ、と覚えていた可能性はあります)」
    眉間を揉みながら返事するヘディストレーナー
    堂に入ったその姿から普段の苦労が偲ばれる

  • 7123/07/21(金) 20:31:41

    「トレーナー、なんかわかったん?」
    「ああ、ドントビーナーバスが入った店と言うのが、天ぷら屋かも知れないって話さ
    フライも天ぷらも、英語だと両方『エビの揚げた奴』になっちゃうから」
    「はー、オーストラリア人からしたら、海老天もエビフライも似たようなもんやねんな……」
    説明を聞いて文化の違いに感心するタマモクロス

    「なるほど!それなら天ぷら屋と蕎麦屋にも電話してみますよ!
    もうしばらく待って下さいね!」
    そういってお巡りさんが再度電話に向き合って5分ほどして

    「ああ、その人です!
    今から保護者の方がそちらへ向かいますので!!」
    そういって電話を切ったお巡りさんは満面の笑顔で
    「(ヘディスさん!お探しのウマ娘さん、見つかりましたよ!)」
    ヘディストレーナーへと尋ね人の現在位置を告げた

    何度も何度もお巡りさんの手を握って感謝するヘディストレーナーが、タマモクロス達の道案内で該当の店へと到着したのはそれから10分ほど後だった

    「てんやかあー、そらエビフライ言われたら思いつかんわなー」
    「結構庶民的な店に通ってたんだね、フォークイン」
    「(ここなのですね!早くナーバスと合流を!!)」
    そういって急いで店内へ入ろうとするヘディストレーナーに向かって「Too late(遅いよ)」と言う間延びした声がした

  • 8123/07/21(金) 20:33:02

    「(トレーナー遅いよ、アデレードに財布を取りに帰ったのかと思った)」
    そうスローテンポなオーストラリア英語でトレーナーに皮肉を飛ばすドントビーナーバス
    スキニージーンズと白いシャツの上からデニムジャケットと言うシンプルな姿だが、それが却って彼女のスラリと伸びる肢体の魅力を引き立てていた
    最もそれはしゃきっとしていればの話であり、猫背で肩を落として全身でだるさを表現しているかのようなドントビーナーバスの姿は、眠たげな目つきもあって有り体に言って暇を持て余した不良学生のようにしか見えなかった

    「(ナーバス、本当に君という娘は……
    君が店の名前と場所を私に言わなかったのが原因だろう?
    ほら、ここまで道案内してくれたこの人達にお礼を言わないと)」
    「(ん?この人達?……うわぁ、こりゃあ驚いた)」
    そこで始めてタマモクロス達に気づいた様子のドントビーナーバスは、
    「How's it going?(やあ、こんちは)」
    と、軽い調子で言いながらひょいっと左手を肩まで持ち上げて、何ともダルそうに挨拶をしてくれた

    「(こら!ナーバス!この人達のお陰で私は君を見つけられたんだぞ!
    きちんと挨拶と礼をするんだ!)」
    そんなドントビーナーバスを威厳を持って叱りつけるヘディストレーナー

    「(うへ、うるさいこって)」
    そしてその叱責を受け流すようにして首を竦めた彼女は
    「(なあ、君もそう思うだろ、【タマモクロス】)」
    先程と同じスローテンポなオーストラリア英語で、しかししっかりとタマモクロスの目を視線で捉えながら語り掛けてきた
    その立ち姿は先程と変わらず力感の欠片すら感じられないものだったが、タマモクロスの全身を撫で回すようなその粘度の高い視線は、紛れもなく敵を観察する競走ウマ娘のものだった

    「……なあ、トレーナー」
    「……なんだい、タマ?」
    「実感してきたわ、ホンマにコイツが、オーストラリア現役最強ウマ娘何やな……」
    「俺もやっと理解できてきた気がするよ
    こりゃあ、トレーナーだけじゃなくて、ウマ娘本人も結構な曲者だね」

  • 9123/07/21(金) 20:33:21

    てんやの入口前で立ったままで静かに睨みあう
    お互いの表情はシリアスだが、場所が迷惑極まりない上に状況が状況である
    その結果、誰がどこから見ても訳のわからない不条理な空間が、ここに形成されていた

    そして無言のまま緊張が高まったその時

    グゥ~

    ドントビーナーバスのお腹から、間の抜けた音が響いた

    「trainer、I’m craving for heaps of Prawn(トレーナー、めっちゃエビ喰いたい)」
    「(……全く君と言う娘は……)」
    「(しゃーないじゃん、長いこと待ってたからまたお腹減ったんだよ)」
    へディストレーナーへと振り向いて、照れる様子も見せずにいろいろとぶち壊しな発言をするドントビーナーバス
    それを受けてまたもや苦い表情で眉間を揉むへディストレーナー
    この二人の普段からの距離感が伝わってくるような、何とも締まらないやりとり

    「へディストレーナー……」
    「ウチ何となくコイツのことがわかってきた気がするわ……」
    この短時間で見慣れてしまったその姿に、二人揃ってつい同情してしまうタマモクロス達だった

  • 10123/07/21(金) 20:34:32

    てんや
    老舗ファミリーレストランであるロイヤルホストグループの一員にして、天ぷら専門のチェーン店である
    天ぷら定食、天丼、天ざる以上!という清清しいまでのラインナップをだいたいは1000円以内で食べられる点が嬉しい
    実はこのてんや、出店がほぼ関東地方に集中しており、タマモクロスも東京に来るまでは見たことが無かった
    なので今回が初めての来店だったりする

    「……トレーナー、ウチらまで天ぷら食べに付き合う必要無かったん違うか?」
    「俺もそう思うんだけど、へディストレーナーに『折角の機会なのだから、お礼にご馳走しますよ?』と言われたら、相手が同年代とは言え断れる訳ないんだよなあ……」
    国を代表するようなトレーナーのチームの二代目と、タマモクロスを立派に育て上げたとは言え担当一人目の若手トレーナー
    立場の差は歴然であった

    「JOH-TING-DONG,Please」
    他の面々が注文をどうするかメニューを見る前からさっさと店員を呼ぶドントビーナーバス
    先程から見ての通り、何処までもマイペースなウマ娘である
    「(ナーバスが失礼をして申し訳ない……
    あ、私はこのオールスターティンドゥンを下さい)」
    そしてそれを謝罪しつつ、自分の注文もちゃっかり通すへディストレーナー
    この弟子にしてこの師ありであった
    「タマ、俺は上天丼にしようかと思うけど、タマはどうする?」
    「もうウチも上天丼でええわ、店長さん、ウチは大盛で」
    「はい、承りました!」
    先程へディストレーナーの謝罪を受けていた店長が柔やかに答える
    その時の会話によるとドントビーナーバスは来店後すぐに2杯の上天丼を片付けていたそうなのだが、お金を持ってきて貰ったらノータイムで三杯目に行く辺りそちらの意味でも中々の大物である

  • 11123/07/21(金) 20:34:55

    「……アイツを担当するとかへディストレーナーも親父さんも、かなりの豪傑やなあ……」
    サービスの麦茶を飲みながら思わずこぼすタマモクロス
    「タマ、失礼な事を言わない」
    トレーナーのフォローも心なしか空しく響く
    「セヤネン、タイヘンナンヤ
    モウワシ、シンドーテカナンワ!」
    へディストレーナーが耳聡くこちらの会話に日本語で乗ってくるが、それに待ったをかける声が一つ
    「(トレーナー、またあたしの悪口言ってる?)」
    言わずとしれた大物様である

    「(君は自覚があるのなら、少しは行動を改めてくれませんかね)」
    苦々しい口調のへディストレーナー
    「(真面目ちゃんになれば勝てるってんなら、そうしないでもないんだけどね)」
    それに対して、全く悪びれる気配のないドントビーナーバス
    「(本当に君は……)」
    もう何度目かわからない眉間を揉むへディストレーナーの姿は、日本語で言うのなら「背中が煤けていた」とでも表現したくなるような哀愁を放っていた

    「お待たせしました!オールスター天丼、上天丼二つ、大盛上天丼です!
    これでご注文お揃いでしょうか!?」
    「Cheers!(どうもありがとう!)」
    「Ta-(あんがとね)」
    返事までマイペースなオーストラリア組と
    「はい、これで全部です」
    律義に答えるトレーナー

    「ありがとうございます!
    それではごゆっくりどうぞ!」
    (営業スマイルがブレへんなこの人……)
    その三者三様の姿に動ずる事なく帰っていくパートらしきおばさんに、タマモクロスはプロの姿を見た

  • 12123/07/21(金) 20:35:35

    「(へディストレーナー、ありがとうございます)
    じゃあ頂こうか、タマ」
    「サンキューな、へディストレーナー
    せやね」
    「では」
    「「いただきます」」

    何とも奇妙な、呉越同舟の昼食が始まった

    目の前にある大盛上天丼に目を向ける
    まず目につくのは真ん中に鎮座する海老天2本
    そしてその周りをいんげん、れんこん、かぼちゃといった脇役が固める
    それぞれの天ぷらとご飯はとろりとした天丼のタレで縞模様に染め分けられ、ホカホカと湯気と共に魅惑的な甘辛い香りを放っていた

    ”いかにも東京の天丼言う感じやなあ
    天つゆやのうてタレがかかっとるし”
    東京の天丼でメジャーな甘辛いとろみの強いタレは、実は関西だとあまり使われていない
    天丼であっても、濃いめの天つゆがかけてあることの店の方が多いのだ
    その結果、丼の最後の方が牛丼つゆだくのようなびしょびしょの天つゆ味ご飯になることが多く、これはこれで美味しいのだが嫌がる人もいる
    どちらが良いかは好みの問題ではあるが、タマモクロスからすると甘辛いタレからはいかにも江戸前な食べ物という感じがして、これはこれで好きだった

  • 13123/07/21(金) 20:35:57

    ”まずはいんげんからにしよか”
    まず最初に手をつけるのは手前に横たわるいんげん
    衣を透かして見える濃い緑色が、いかにも美味そうである

    あむ、さくり、じゃきっ、しゃく、しゃく、ごくん

    誘われるようにして口にすれば、ぱりぱりさくりとした衣の砕ける軽快な歯触りと、程よく火の通ったいんげんの繊維質な歯触りの二種のコントラストが嬉しい
    そのまま噛みしめれば衣に染みた濃い甘辛のタレの味の中から、いんげんから飛び出てきた水分に含まれるいんげん独特の青い匂いとクセのある甘味が感じられる
    ”いんげんは煮物や和え物にする事が多いけど、こうやって天ぷらにするのも美味いなあ
    このほっくりした甘さが揚げると余計に引き立つ気がするで
    匂いにいかにも青い豆!というクセはあるけど、それもまたよし言う奴やね”

    歯触りや匂いだけの食べ物だと思うなよ?と言わんばかりにタレに負けじとその風味を振り撒いてくるいんげんに思わず頷きながら、今度はご飯だけの部分を一口

    ぱくり、もぐ、もぐ
    口の中がいんげんとタレの味で満たされたところへほわほわとやってくる温かいご飯が嬉しい
    ちょっとだけかかったタレの味もまた気持ちの良いアクセントだ
    ”うんうん、天丼やねんからご飯も一緒やないとそらあかんわな
    この甘辛のタレも最初は面食らったもんやけど、これはこれで美味しいなあ”

  • 14123/07/21(金) 20:36:19

    口の中が今度はタレの味で満たされた状態になった中、続いて箸を向けるのは薄目に切られたれんこん

    ぱくり、ぱり、しゃき、しゃき、しゃくん

    しっかりと火は通りつつもれんこんらしいシャキシャキ感は失わない、実に『らしい』歯応え
    欲しかったところへ欲しかったものが返ってくる、あうんの呼吸とも言うべき安心感

    ”やっぱりれんこんの歯触りは野菜天には欠かせへん
    煮ても焼いてもこのシャキシャキした感じは絶品やし
    間違いのない美味さ、というのはこういうことを言うんやろか”
    そう思いながらまたご飯を頬張る

    今度もタレつきご飯はれんこんのうまみをしっかりと受け止めて、口内に優しい幸せを振り撒いてくれた

    ”よし、次はメインに行くで!”

    まだかぼちゃが残る中、敢えて先に海老天に狙いを定める
    ”折角二本乗っけてくれてるんやから、先に一本食べてもまだ次があるいうゆとりが持てるわな”

    『天丼を食べる時、海老天の本数は心の豊かさと直結する』
    大抵の日本人に当てはまるこの格言、タマモクロスも例外ではなかった

  • 15123/07/21(金) 20:37:12

    ぱくり、ぱり、もにゅ、ぶりっ、ぶつっ
    よくタレの染みた衣ごと海老天を半ばほどで噛み切れば、エビ独特のぶりぶりとした繊維質の弾力と歯切れの良さが歯を通して頭全体に響き渡る
    ”うんうん、ええ歯切れや、海老天はやっぱりこうやないと!”

    もぐ、ぶつん、ぶちん、じゃきっ、むにゅっ
    歯を受け入れつつも拒むようなこの弾力を再度噛みしめれば、断ち切られたエビの身からは甘くコクのある汁気が沸きだし、その旨味をタレの甘辛さと衣の油の甘みと香ばしさが後押しする
    ”口の中が幸せやー、ほんま贅沢しとる気持ちになるわー”
    海老天を食べている、という実感を何よりも感じるこの瞬間
    しっかりと潮の香りを漂わせる海産物でありながら、まるで肉のような芳醇なコクのある汁気と、肉では有り得ないぶつぶつと歯切れ良く断ち切られてゆく小気味よい身の噛みごたえの心地よさ
    そこへ追い掛けるようにタレの良く染みたご飯を頬ばるならば
    「美味いなあ……!」
    この単純明快にして心の底からの混じりっ気なしの賞賛しか、タマモクロスの語彙の中から出てくる言葉はなかった

    続いてもう一本といきたくなる箸を止め、一旦麦茶を飲んで息を整える
    ”お、そういえばこれは何が入ってるんやろ?”
    つまようじや七味、天丼のタレ等が並んだテーブル上の一角にある茶色の四角い容器
    トングがついていることから、何か食べ放題のものが入っているように思われる

    ”天丼いうたら沢庵かしば漬けがお約束やからな、その辺ちゃうかな”
    そう思いつつフタを開けると、中には小口切りにされた大根の漬物が入っていた
    ”お?大根やけど沢庵ちゃうみたいやな、茶色いし昆布が混ざっとるし”

  • 16123/07/21(金) 20:38:40

    トングで一切れ丼へと摘まみ上げ、試しにかじってみる

    かりり、ざき、ばり、こり
    ”おー、甘めの醤油漬け大根やね、これもこれで天丼の合間にはええ感じやな”
    その正体は甘みと昆布のうまみを感じる、大根の醤油漬け
    天丼の油で重たくなった口の中を、大根の風味と醤油の香りでさっぱりさせる名脇役だ

    ”沢庵もええけどこれもええなあ
    これはおにぎりなんかにも合いそうやわ
    今度探して、安かったら買うてみよか”
    ご飯を頬ばって、大根とご飯との相性を確認するように再度楽しむ
    かり、こり、もぐ、もぐ、ごくん

    口の中がさっぱりしたところで、次はかぼちゃに箸を向ける
    薄目に切られたかぼちゃはタレとご飯の湯気に蒸らされて、しっとりと水分を帯びている

    ”さくさくのかぼちゃもええけど、ようタレが染みてるこういうのもまた美味いんや”
    そんな確信とともに、あんぐりと口を開けて一口でかぼちゃを頬ばる

    あむん、もにゅ、さくり、ほく、ほく、むにゅん、もにゅん、ごくん

    よくタレの染みた衣の甘辛さと中のホクホクとしたかぼちゃの甘みが渾然一体となった、一種独特のみたらし団子を思わせる味わい
    かぼちゃという野菜の持つ甘みを油がじっくりと引き出した、天ぷらならではの美味さ
    ”炊いたかぼちゃの甘さと天ぷらの甘さとは、似てるんやけど何か違うんよなあ
    こういうのが料理の醍醐味言う奴なのかもしれんなあ”
    かぼちゃのボリューム感のある甘さで満たされた口を再度麦茶でさっぱりさせたら、とうとう残るは最後の海老天と少量のご飯だけだ

  • 17123/07/21(金) 20:39:04

    ”さあ、これが最後のお楽しみや
    いざ、海老天!”
    がぶり、ぶちん、ざきん、もにゅん、もぐ、もぐ、ごくん
    口の中に一気に広がる、エビの香りとタレの味とご飯の甘みと油のうまみと……!
    ”美味いなあ、やっぱり
    これはもう、一気に行ってまわな失礼言うもんやで!”
    そのまま一気呵成に残りのご飯と海老天とを、掻き込むように食べ進む
    わしわしわしわし、じゃく、ぶつん、ぶりん、ざく、もく、もにゅ、じゃく、むに、むに、ぐいん、……ごくん

    ほうっ

    嵐のように口内を流れゆく美味さの奔流
    その目くるめく一時を堪能して、タマモクロスは一つ息を吐いた

    隣を見れば、そこには上天丼を食べ終えてこちらも満足げに息を吐くトレーナーの姿
    二人何となしに目線を合わせて、同じ言葉を口にする

    「「ごちそうさまでした」」

    反対側の二人が物珍しそうにタマモクロス達を見ていたが、今ならそれも笑ってスルー出来そうだった

  • 18123/07/21(金) 20:39:45

    「(へディストレーナー、ご馳走になりましてありがとうございました)」
    「(お気になさらず、ナーバスを探すためにご協力頂いたのです
    この程度安いものですよ)」
    「(大変お世話になりました
    このお礼はまたいずれ、明後日以降にさせて頂きますよ)」
    「(これは残念だ、二日後に私達の祝勝会を開いて頂けるものかと思っていたのですが)」
    「(残念ながら、私どもの祝勝会にあなた方をご招待することになるでしょうね)」
    ニヤリ
    にやり
    二人は同時に不敵に笑ってお互いの右手を強く握った

    人の悪い笑顔で握手を交わすトレーナー達を横目に、タマモクロスはドントビーナーバスに絡まれていた

    「(なあ、タマモクロス
    あんたもエビの尻尾喰ってたよな?
    アレは日本人は皆やるのかい?)」
    「え?プローン?テイルやから尻尾のことやんな?
    プローンてなんや……?」
    「(解んねーかなあ、アレだよ、アレ)」
    そう言って、てんやの入口に貼ってある海老天のポスターを指差すドントビーナーバス
    「ザット?ん?あ、海老天か?
    海老天の、テイル……
    あー、エビの尻尾かいな、それがどないしたんや?」
    普通の英語すら話せないのだから、オーストラリア英語等解るわけもない
    ぽかんとするタマモクロス

    「(だーかーらー、日本人はみんなエビの尻尾喰うのかって聞いてんの!)」
    ムキになって海老天の写真を指差すドントビーナーバス
    長身の彼女が背の低いタマモクロスにそうやって迫るものだから、傍目から見ると不良に絡まれる子供のような絵面である

  • 19123/07/21(金) 20:40:53

    「あー、食べるかどうか言うことか?
    うん、ウチは勿体ないから食うで?
    当たり前のことやんか」
    そんな中でようやくドントビーナーバスの言いたいことを察したタマモクロス
    しかし返事が日本語な辺りが、彼女の語学力の限界を示している
    「(おー、日本人は皆喰うんだな、あたしと一緒だ
    だよな!アレ喰わないと骨が丈夫にならないもんな!)」
    しかし何となくニュアンスで相手には通じていたようだ
    コミュニケーションの不思議である
    「ボーン?ストロンガー?ああ、骨を強くするのに食うんか言うてるんか
    イエス、イエス、カルシウムやからなー、食べな骨は強くならんで」
    こちらも単語のニュアンスで何とか伝わっているようだ
    トレーナー達とはえらい違いである

    「(あんた中々面白いな、気に入ったよ
    だから、ジャパンカップじゃ本気でぶち抜いてやるよ)」
    怪しげな会話の末、そう笑顔でタマモクロスに宣言するドントビーナーバス
    よく見ると目があまり笑っていない

    「あ?今、なんちゅうた?ジャパンカップいうたな?」
    その言葉に吞気な笑顔から表情を急変させるタマモクロス
    相手の表情で察したのか、こちらもいきなりの臨戦態勢である

    「(へえ、英語解ってないクセに挑発には反応するんだ
    やっぱりあんたおもしれーわ
    明後日が楽しみだ)」
    先程までの気怠げな表情が嘘のように、獰猛に笑って左手を差し出すドントビーナーバスに

    「いきなりええ顔になったやないか、そんだけやる気満々何やったら、ウチも明後日に全力で『おもてなし』したるわ」
    タマモクロスは同じように左手を差し出して、そっくりな表情で笑った

  • 20123/07/21(金) 20:44:36

    以上で投下は終了で御座います
    お楽しみ頂けたでしょうか?

    現在ヤングジャンプにて大盛り上がり中の89ジャパンカップ
    今回はその翌年の正史での勝者にお越し願いました
    次回90ジャパンカップ
    この二人を含めた豪華メンバーの結果をお楽しみに
    (全力で自分のハードルを上げていくスタイル)

    それでは追いづらいスレではありますが、今回もよろしくお願いいたします
    ではまた次回に

  • 21二次元好きの匿名さん23/07/21(金) 21:30:25

    復活お待ちしていました
    時間を掛けて読ませて頂きます(目立つようage)

  • 22二次元好きの匿名さん23/07/21(金) 21:46:54

    うわーい面白いお話に飯テロがついてやがるぜ
    楽しく読ませていただいております

  • 23123/07/22(土) 05:59:38

    >>21

    ご覧下さいましてありがとうございます

    落ちてばかりで申し訳ありません

    どうかごゆっくりお楽しみ下さい

    今後ともよろしくお願いいたします


    >>22

    ご覧下さいましてありがとうございます

    過分なお言葉をいただきまして恐縮です

    これからもご期待に添えるよう努力していきますので、

    よろしくお願いいたします

  • 24二次元好きの匿名さん23/07/22(土) 08:45:05

    朝保守
    この話しは食事前に読んではいけない

  • 25123/07/22(土) 16:18:56

    >>24

    ソンナコトナイデスヨ

    マヨナカニヨンデモダイジョウブナケンゼンスレデスヨ

  • 26二次元好きの匿名さん23/07/22(土) 23:00:45

    そう言えば1990ジャパンカップだと15頭立てなんだよね
    タマを入れるとちょうど16頭立て(当時のフルゲート)になるのか

  • 27二次元好きの匿名さん23/07/23(日) 07:27:45

    ほー

  • 28二次元好きの匿名さん23/07/23(日) 19:12:43

    飯時前に見るんじゃなかった
    パクパクしたくなりますわ

  • 29二次元好きの匿名さん23/07/23(日) 22:21:47

    >>26

    >>27

    ご覧下さいましてありがとうございます

    ジャパンカップの出走メンバーにつきましては多少()の変更はある予定です

    もうしばらくお待ち下さい


    >>28

    ご覧下さいましてありがとうございます

    よろしければ過去スレ等もお読み頂ければ御飯までの時間つぶしになるかと思います

オススメ

このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています